【ミリマス】帰省できなかったシアター上京組の年末年始

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3 :帰省できなかった年末年始 2/9 [sage saga]:2021/01/05(火) 22:31:02.47 ID:1nFF4fw90
 ひなたの声は震えていた。言えば迷惑になる。だが言わなければ、あとどのくらいこの寂寥感と戦わなければならないのか分からず、途方に暮れてしまうことは火を見るよりも明らかだった。

「今、事務所の方にいるのかい?」
「ああ、劇場は閉まってるからな。ちょっと今の内に片付けておきたい仕事があって」
「……事務所に、行っちゃダメだろか?」
「……どうした、ひなた」

 受話器の向こう側から聞こえてくる声が、柔らかくテンポを落とした。

「毎年、年末年始は家族と一緒だったんだけども、一人で過ごすのなんて初めてで、その……ちょっこし」
「いいよ、おいで。こまめに換気してるから、暖かい恰好で来るんだぞ。マスクも忘れずにな」

 寂しい、と口にする前に、プロデューサーが先にそれを拾い上げてくれた。気の抜けたように肺から出ていく空気が、ひなたの不安をいくらか引き取ってくれた。抑えつけていたストレスがまぶたの端から零れ落ちている。鼻をすする音を悟られないよう、ひなたはティッシュを何枚か手に取った。
 じゃあ後で、と通話を終えるや否や、ひなたはてきぱきと身支度を始めた。プリントをクリアフォルダに入れなおして、鞄の中へ。差し入れとして持っていけるものが無いかどうか、冷蔵庫をがばっと開いた。ニット帽を被り、長いマフラーをぐるぐる巻いて口元を隠すと、靴を履き終える前に玄関の扉を開いた。

 例年と異なって、元日から、場所によっては三が日が終わるまで閉店してしまう商店が多い、とニュースでは報じられていた。だから、ひなたは、商店街のあちこちに人が列を成しているのを見ても、特に驚きはしなかった。それほど凝った変装をしていない自分に気づくものがいないかどうか、その方が関心ごとであった。

 乗客の少ない身軽そうな電車に揺られること数駅。日の沈みかけた時間帯だったが、こんな年末にスーツや学生服を見かけることはほとんどなかった。車内の乗客がマスクをつけていない光景をひなたが思い出せなくなるぐらいに、誰もかれもが口元を隠していた。

 北海道の強烈な寒さに比べればひなたにとって東京の冬はまだ暖かく感じられたが、ビルの隙間から吹き込む冷たく乾いた北風が、肌をビシビシと叩いている。今にも雪が降り出しそうだった曇り空の隙間から、青がちらほらと見えていた。

 事務所への道すがら、ひなたの前方に見慣れたシルエットの赤毛が現れた。背中にギターケースを担いでいる。少し足を速めて顔を覗き見てみると、黒いマスクの向こう側で、パンクメイクを纏った彼女はニヒルに笑った。

「ジュリアさん、今日もカッコいいねぇ」
「キマってるだろ? ちょっと気合入れてたんだ」
「……ジュリアさんも、事務所に行くところかい?」
「ああ。あまりに暇なもんで、この辺の路上で歌ってきていいかどうかプロデューサーに訊いてみたんだけどさ『炎上するからやめとけ』って言われちまった。家に帰ろうかどうか、迷ってたんだ」
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