【ミリマス】帰省できなかったシアター上京組の年末年始

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1 : ◆yHhcvqAd4. [sage saga]:2021/01/05(火) 22:29:27.32 ID:1nFF4fw90
スレが立ったら書きます。大晦日に慌てて書いた話だけで満足しようと思っていたのですが、年始のことまで頭に浮かんできたので書きました。

【概要】
出てくる人:木下ひなた、横山奈緒、ジュリア、白石紬

大晦日の話と、一月二日の話を両方続けていきます。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1609853366
2 :帰省できなかった年末年始 1/9 [sage saga]:2021/01/05(火) 22:30:28.79 ID:1nFF4fw90
【2020年12月31日】


 暖房が効いて暖かい自室の中で、木下ひなたはまどろんでいた。突っ伏していた炬燵から頬を引き剥がして壁の時計を見ると、時刻は午後4時だった。仕方が無いことであるとはいえ、大晦日を独りで過ごしたことの無いひなたは、何をしようか、あるいは何をしたいのかも分からないまま、中学校の宿題を卓上に放り出したままにしていた。

 全世界的にウイルス性の伝染病が流行し、あらゆるものが大きな打撃を受けた一年だった。社会の仕組みそのものも変容してしまった。感染拡大を抑止するためにニュースでも新聞でも盛んに叫ばれていたのは、狭い空間で密になることや、大声を張り上げること、あるいは集まって会食をすることだった。人口の密集する都市部で生活する人間は、自らが病を持ち帰ることを恐れて故郷に帰ることもできないまま盆を過ごし、そして今、年末年始を迎えようとしていた。

 師走を迎えるずっと前の段階で、クリスマスの公演は無観客のネット配信となることが決まっていた。カウントダウンから続く元日ライブも今年は実施見送りとなり、年末年始は事務所に所属する全アイドルに休暇が出ることが言い渡されていた。クラスターの発生や、通勤途中での感染を避けるため、年始の数日間が過ぎるまでは、劇場も一時立ち入り禁止となるほどだった。

 去年までのひなたは、冬休みの間北海道に帰ることができていた。地方からやってきて東京で一人暮らしをしている者は、優先的に帰省の機会を与えられていたからだ。しかし、日々感染者の増加が報じられる都市部から田舎へ帰ることによってもたらされる災禍や、懇意にしている近所付き合いの悪影響を鑑みて、東京に残ったまま年を越すことをひなたは家族へ告げたばかりだった。家族の生命と社会的立場を守るための決断であることを、北海道の両親は尊重してくれた。愛してやまない祖父母も、ひなたの選択を笑って受け入れてくれた。だからこそ、東京で一人、顔を曇らせているのはきっと自分だけなのだと思えば、不甲斐なさに目尻が熱くなるのを感じた。そんなことで涙を流しそうになる自分を責めたくなって、まだ洗い物を済ませていない台所や、卓上に散らばったプリントのことを考えようとした。暖かいのは足元だけだった。

 乱れた心を鎮めるには、乱れたものを整えることだ。ひなたは頬を叩きながらそう念じて、炬燵から足を抜いた。窓の外に見えた空は、灰色の雲に覆われていた。

 昼食の後片づけを丁寧に終えた時、ひなたのスマートフォンが鳴った。彼女のプロデューサーからの連絡であることを、設定した着信音が告げていた。

「もしもし、おつかれさまです」
「お疲れ様、ひなた。今、時間大丈夫か?」
「うん、平気だよぉ」

 通話の向こう側で、固定電話の呼び出し音が聞こえてきた。劇場の事務室に設置された電話機とは違う音だった。

「まぁ、大した用件があるわけでもなかったんだ。ひなた、年末は帰省しないで東京に残るって言ってたから、どうしてるのかと思ってな」
「あっ……」

 ひなたの胸中にズキンとした痛みが走った。平気だよ、と言おうとしたのに、喉の奥でつっかえて、気道が塞がれてしまったかのようだった。

「あっ、あの……プロデューサー」
3 :帰省できなかった年末年始 2/9 [sage saga]:2021/01/05(火) 22:31:02.47 ID:1nFF4fw90
 ひなたの声は震えていた。言えば迷惑になる。だが言わなければ、あとどのくらいこの寂寥感と戦わなければならないのか分からず、途方に暮れてしまうことは火を見るよりも明らかだった。

「今、事務所の方にいるのかい?」
「ああ、劇場は閉まってるからな。ちょっと今の内に片付けておきたい仕事があって」
「……事務所に、行っちゃダメだろか?」
「……どうした、ひなた」

 受話器の向こう側から聞こえてくる声が、柔らかくテンポを落とした。

「毎年、年末年始は家族と一緒だったんだけども、一人で過ごすのなんて初めてで、その……ちょっこし」
「いいよ、おいで。こまめに換気してるから、暖かい恰好で来るんだぞ。マスクも忘れずにな」

 寂しい、と口にする前に、プロデューサーが先にそれを拾い上げてくれた。気の抜けたように肺から出ていく空気が、ひなたの不安をいくらか引き取ってくれた。抑えつけていたストレスがまぶたの端から零れ落ちている。鼻をすする音を悟られないよう、ひなたはティッシュを何枚か手に取った。
 じゃあ後で、と通話を終えるや否や、ひなたはてきぱきと身支度を始めた。プリントをクリアフォルダに入れなおして、鞄の中へ。差し入れとして持っていけるものが無いかどうか、冷蔵庫をがばっと開いた。ニット帽を被り、長いマフラーをぐるぐる巻いて口元を隠すと、靴を履き終える前に玄関の扉を開いた。

 例年と異なって、元日から、場所によっては三が日が終わるまで閉店してしまう商店が多い、とニュースでは報じられていた。だから、ひなたは、商店街のあちこちに人が列を成しているのを見ても、特に驚きはしなかった。それほど凝った変装をしていない自分に気づくものがいないかどうか、その方が関心ごとであった。

 乗客の少ない身軽そうな電車に揺られること数駅。日の沈みかけた時間帯だったが、こんな年末にスーツや学生服を見かけることはほとんどなかった。車内の乗客がマスクをつけていない光景をひなたが思い出せなくなるぐらいに、誰もかれもが口元を隠していた。

 北海道の強烈な寒さに比べればひなたにとって東京の冬はまだ暖かく感じられたが、ビルの隙間から吹き込む冷たく乾いた北風が、肌をビシビシと叩いている。今にも雪が降り出しそうだった曇り空の隙間から、青がちらほらと見えていた。

 事務所への道すがら、ひなたの前方に見慣れたシルエットの赤毛が現れた。背中にギターケースを担いでいる。少し足を速めて顔を覗き見てみると、黒いマスクの向こう側で、パンクメイクを纏った彼女はニヒルに笑った。

「ジュリアさん、今日もカッコいいねぇ」
「キマってるだろ? ちょっと気合入れてたんだ」
「……ジュリアさんも、事務所に行くところかい?」
「ああ。あまりに暇なもんで、この辺の路上で歌ってきていいかどうかプロデューサーに訊いてみたんだけどさ『炎上するからやめとけ』って言われちまった。家に帰ろうかどうか、迷ってたんだ」
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