志保「三麺娘とソバの話」

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16 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2020/12/31(木) 22:07:03.19 ID:31ioHmBu0

「それに、よく覚えてないの」


思わず腰が浮いてしまった。

私は何食わぬ顔でお尻を椅子の上に戻し、


「何が?」

「話に出てた薬の名前。店主さんはそこまで教えてくれてたのに、調べたくても手掛かりが無いし。
……うぅ〜……思い出せない! もしかして私、若年性痴ほう症だったり!? 今日もレッスンで使う楽譜を家に忘れて来るし、最近ちょっとついてないかも――」

「……ところで店主さんの性別は?」

「ハスキーな声の人だったわ」


それだけ覚えてたら十分よ、と返した瞬間「にゃーん」と猫の鳴き声が高く響いた。

思わず産毛がぞわわわわって逆立ったけれど、話を打ち切るタイミングとしてこれ以上のものはなかっただろう。

自然と浮いた腰を今度はそのまま持ち上げて、立ち上がった私は振り向きざまに質問した。


「誰っ!?」

「志保ー。あずささんを駅まで迎えに行くから、代わりにお前を送ってくぞ」


立っていたのはプロデューサーさん。

抱えられてた暖房代わり、こぶんが「にゃーん」ともう一度高く鳴いた。
17 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2020/12/31(木) 22:08:37.20 ID:31ioHmBu0
===

「そうか、年越しそばの季節だよなぁ」


と、言うのが聞かされた静香の話をまた聞かされたプロデューサーさんの反応だった。


「知ってるか志保? 年越しそばって言うのにはな、すぐ切れる蕎麦にちなんで"悪い縁が切れる"って願掛けがあってだな」

「厄除けですか?」

「そうだけれど、一方では細く長くだとか、良縁や金運にもかかる願掛けがあるのが面白いトコだ」

「じゃあ、来年もよろしくお願いします」


なんて、やいやい言いながら歩く駅までの道は季節柄やけにスカスカだった。

仕事納めや何やらで外出自体が減ってしまい、交通量も普段に比べてずっと少ない。

ちなみに私たちが徒歩で移動しているのは、単に社用車が出払ってるという雑な理由だ。
18 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2020/12/31(木) 22:10:21.59 ID:31ioHmBu0

「お」


その時だった。

車道を車が通り過ぎた。

ピロン♪ と何かが着信したみたいな音。

同時にポケットに片手を突っ込んで、すぐ元通り仕舞ったのは私の方。

プロデューサーさんは暫くスマホを操作した後で、


「……そっかー。あずささんフラフラしちゃったかぁ」


その一言で察する現実が存在する。

フリーになったプロデューサーさんは、私と駅まで一緒に歩く理由が無くなった。


「あの、私なら一人で大丈夫ですから」


つい、癖で口走った。

プロデューサーさんは一瞬キョトンとした後で、じいっと私の顔を見つめ……じぃっと私の顔を見つめ……
……じ、じぃっと私の顔を見つっ、見つ、見つめて……!!
19 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2020/12/31(木) 22:11:18.47 ID:31ioHmBu0

「な、何なんですか一体……っ!?」



心臓を驚き殺す気なんだろうか!?


「あれ」


でも違った。

そう言って彼は指を差した。

私もつられて振り返った。

道路を挟んだ反対側、古びた電話ボックスの横に、まるでアイスでも売ってるように営業していたのは。


「……うそば?」

「浮蕎麦な」


こうこうと灯り続けてる電飾看板。

噂の屋台がそこにあった。
20 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2020/12/31(木) 22:12:43.38 ID:31ioHmBu0

プロデューサーさんの方を見ると、彼は神妙な面持ちで屋台をジッと見つめ。


「行燈が、消えない蕎麦屋……明かりなし蕎麦」

「えっ?」

「でも、まぁ、最後はお茶を出してくれたって言うし。――志保、ちょっと食べていくか?」

「えっ」

「年越し前の厄落としだ。さっき言ったろ? 蕎麦は悪い縁も切ってくれるってさ」


そうして、ズンズン歩き出した彼に慌ててついて動く。

そりゃ、ご飯を一緒に出来るのは悪くない提案だったけれど……。

私はまだ、プロデューサーさんに答えてもらってないことがある。


「プロデューサーさん、明かりなし蕎麦って何ですか?」


ビニールシートを捲る直前、プロデューサーさんは手を止めた後で、一瞬迷ってから言った。


「大丈夫、饅頭は怖くないぞ」

「落語じゃなくて!」
21 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2020/12/31(木) 22:13:38.06 ID:31ioHmBu0
===

――結局、この時食べた蕎麦の味を私はしっかり覚えてない。

ただしそれが、後から知った燈無蕎麦のせいだったのか、それとも『プロデューサーさんとご飯を食べた』という
事実が生んだ極度の緊張によるものだったのか……今となっては分からずじまい。


それでも肩を並べて飲んだお茶は、この世に無類の味わいだった。
22 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2020/12/31(木) 22:17:34.66 ID:31ioHmBu0
===

以上おしまい!

怪談を一本という話から膨らんだタイムリーな蕎麦ネタで書き納め。

作中の漢方薬話は落語「蛇含草」及び「そば清」をアレンジしたものです。

では、最後までお読みいただきありがとうございました
23 : ◆NdBxVzEDf6 [sage]:2020/12/31(木) 22:24:59.21 ID:/nelDPpt0
体の代わりに食べた記憶を溶かされちまった感じかな?
乙です

>>1
エミリー(13) Da/Pr
http://i.imgur.com/wds3Vru.jpg
http://i.imgur.com/AKqBy7U.jpg

四条貴音(18) Vo/Fa
http://i.imgur.com/4HBfx1Q.jpg
http://i.imgur.com/encIy0v.jpg

>>2
最上静香(14) Vo/Fa
http://i.imgur.com/elElgN9.jpg
http://i.imgur.com/mnKtKib.jpg

>>15
北沢志保(14) Vi/Fa
http://i.imgur.com/6Bvdkdh.jpg
http://i.imgur.com/timk9E7.png
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/01/01(金) 00:44:03.51 ID:C4/XRpiZo
うそばって若狭にあるやつかと思ったら違った
http://www.usoba.co.jp/img/top003_2.jpg
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/01/01(金) 00:51:52.96 ID:6qg18SbDO




何故か

……病院で入院している時、夜泣きそばの声が聞こえたので注文して食べ丼は後で回収しますと言われ、翌日その丼が見つかり看護婦さんに怒られたとき、三階にいるのにどうやって届けたの?

……な話を思い出した
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/01/01(金) 06:04:48.37 ID:I869Q7nMO
新年から良いものが読めた
おつです
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