高森藍子「加蓮ちゃんたちと」北条加蓮「生まれたてのカフェで」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/25(金) 20:41:58.19 ID:mOMWMpAw0
――ちいさな建物の前――

車が止まり、エンジン音が切れた途端に私の右隣でずっと足をバタバタさせていた子――入院中の子その3・そーちゃんは扉へとタックルを仕掛けて飛び出した。
慌てて追いかけようとしたら、それよりも早く運転席の看護師さんが飛び出していた。ドアの閉まる風圧が二重に起きたと思うとあっという間に首根っこを掴んでいて、お説教を始める怖い顔と、知らん顔でそっぽを向くそーちゃん。
普段の関係がなんとなく見えてきて、それは私の中で知らないと知ってるがゴチャ混ぜになる物で。

変なの、

と笑ったら、私の左隣にて膝と手を合わせて行儀よく座っていた子――入院中の子その2・しろちゃんが、ぼんやりと私の顔を見上げた。

「ううん、なんでもない。さ、行こっか」

今日は12月25日。ポケットの招待状に導かれて、ちいさな祝福の元へ。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1608896517
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/25(金) 20:42:37.07 ID:mOMWMpAw0
レンアイカフェテラスシリーズ第147話です。

<過去作一覧>
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「膝の上で」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「最初にカフェで会った時のこと」

〜中略〜

・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「お届けするカフェで」
・高森藍子「加蓮ちゃんが忙しい日の、いつもではないカフェで」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「あしあとを追いかけたカフェで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「昼下がりのカフェで」



※このお話は、以下の過去作を読んで頂いてから進まれることを推奨します。

第40話『北条加蓮「藍子と」高森藍子「瑞雪の聖夜に」』
ttps://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1482571837/

第41話『北条加蓮「藍子と」高森藍子「膝の上で よんかいめ」』
ttps://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1483090417/

第99話『北条加蓮「藍子と」高森藍子「灰を被っていた女の子のお話」』
ttps://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1577176009/


※いつもの2.8倍くらいの分量があります。ごゆるりとお読みくださいませ。
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/25(金) 20:43:06.85 ID:mOMWMpAw0
「じゃあ私、先に入って藍子に知らせてくるから――」

と言ったら、看護師さんが左手で私の額をはたいた。

「った……。何よ」
「何よ、じゃないの。加蓮ちゃんも、招待状を受け取った立場でしょう? みんなと一緒に入らなきゃ」

ホント、お説教の好きな人。
分かってはいても、普段の人間関係より半歩遠い距離を保ってしまう。苦手意識ってヤツ?
なんて言ったら、藍子にまた怒られちゃうのかな。いつまで嫌い嫌いって言ってるの! なんてっ。

見慣れた病院の制服の代わりに、近くのデパートで目を瞑ってテキトーに選んだような上下服を身に纏う看護師さんは、未だジタバタするそーちゃんの首根っこを掴んだままでいる。
昔は私も、ああしてイタズラしてはつまみ出されてたなぁ……。
鬼のような怖い顔。でも、どこか楽しそう。
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/25(金) 20:43:38.79 ID:mOMWMpAw0
「かれんちゃん、かれんちゃん!」

一通り暴れた後、ようやく看護師さんの手から脱出したそーちゃんは短い歩幅を目一杯に駆使し、私の後ろへと駆け込んだ。

ぎゅー

と腰の辺りに抱きついたと思うと、そのまま顔を押し当ててくる。
さっきまで看護師さんに小言を浴びせられ、つんっとした不機嫌そうな顔をしていたことなんて、もう一昨日くらいの出来事だったみたい。
ひとしきり私へのスリスリを楽しんでから、

ぴょん

と後ろへ跳ぶ。髪と首元を完全に隠した、冬ならではのもこもこスタイルでも分かるくらいに、満面の笑み。

「また、かれんちゃんにあえちゃった!」
「ふふっ。また会えちゃったね」

まんまるな目をいっぱいに開いて、口も同じくらい大きく開いて。ほっほっほー! と、クリスマスの合言葉っ。

「かれんちゃん、きょうもサンタさん?」
「ううん。今日は、私じゃなくて、藍子――藍子ちゃんが、サンタクロースなの」
「う〜ん……?」
「覚えてくれてた? 藍子のこと」

そーちゃんは小さく頷いた。首を傾げながら頷いたから、斜め下へこくんと垂れ下げる形に。
ゆるめに巻いたマフラーがほどけてしまったから、かがんで巻き直してあげたら、ありがと! と大声で言って、またにぱっと笑う。
少しだけ、周囲の注目を浴びちゃったかも。ま、いっか。
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/25(金) 20:44:06.86 ID:mOMWMpAw0
「…………」

私がそーちゃんへと笑い返してあげるのと、ほぼ同時に。
後ろから、くいくい、とロングスカートの端を摘まれる。あ、この格好はビターチョコ風コーデって私が勝手に呼んでるスタイルだよ。しっとりカカオ色のスカートを基本にして、アクセとか髪飾りとかも合わせていくの。ちょっぴりしっとり気味な大人の味。でも、こうしていると私もちびっこになっちゃった気分だから、少し失敗しちゃったかな?

「…………」

振り返ると、そーちゃん以上のもこもこ姿なしろちゃんが、じ、と私のことを見上げてた。
ニット帽は髪を覆うのみならず、おでこを半分くらい隠しちゃってる。
口元まで隠すマフラーと、名前通りの真っ白なセーター。雪でも降れば、妖精に見えちゃうかもしれないね。

瞳の色は、濁った灰色。現実世界に膜をかけて視界をぼやかしたような細目は、中の着色を忘れてしまったガラス細工のようだった。
……彼女は昔の私と同じ。世界の隅にて神様に嫌われて、寂しく生きている。
今日だって、一時退院の許可がギリギリ降りるか降りないか、くらいの不安定な状態だったみたい。
外気温があと2度低ければ許可がもらえなかった、なんて車内で看護師さんが言ってたっけ。

「わたし……」

周りの人達も同情しちゃうのかな。病院の人達が、逆に優しくなってしまったからこそ……。
でもね、私には分かるの。そんなしろちゃんだって、ちゃんと気持ちを持ってる子だってこと。

「わたし、は……はやく、行きたい、ですっ」

右手で私のスカートを摘んだまま、左手を建物の方へと向ける。そのまま腕ごとぶんぶん振り、「あの、あのっ……」と繰り返そうとした。

「うん、そうだね。ほら、そーちゃんも行こっか。今日は、藍子ちゃんがサンタクロースになって、待ってくれてるよ」

私達のやりとりを不思議そうに見つめていたそーちゃんは、やっぱり自信なさげに首を傾げながらも、うんっ、と大きく頷いた。

右手の小指を、しろちゃんにぎゅっと握られ。左手は、先を急かすそーちゃんに引っ張られる。
そんな私の後ろで、看護師さんが小さく笑った。
わざわざ振り返ったりしなかったけど、なんだか優しい表情を浮かべているような、そんな気がした。
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/25(金) 20:44:36.88 ID:mOMWMpAw0
住宅地をお散歩すれば10秒に1回くらいは発見できそうな、どこにでもある外観の建物。真っ白な壁と、私のスカートよりは少し甘みのかかった色のドア。そんな建物にも両側のちびっこ2人は歓声を合わせて、今から訪れるクリスマス・タイムに胸を高鳴らせる。
私も、少しだけ楽しみになってきちゃった。
藍子によると、びっくりするほどじゃないけど色々準備してるみたいだし?
何が待ってるのかな、って思うと、気付いたら私が先頭に立ってドアノブを回していた。

「あっ、かれんちゃんずるい! わたし、さきにいくっ!」
「…………」
「しろちゃんも、先に行きたいよねっ」
「は、はいっ。先に行きたい……!」
「じゃあいっしょに行こう! かれんちゃんも、いっしょだよ!」
「……ふふっ。私がズルいって話じゃなかったの?」

そーちゃんってば、私の前に回り込んで反対側のしろちゃんと手を繋ごうとして、そのまま後ろ歩きで建物に入ろうとするから、すごくおかしな格好になっちゃってる。
しかも途中で、あれっ? って首を傾げてるし。このままだと外を見ながら中に入ることになって、扉を開けた先に何が待っているのか見れないって気付いたんだろうね。
慌ててくるっと振り返って。転んだりしないで、ドアの隙間をひょいっとすり抜けていった。
どこかのドジな巫女さんなら、このタイミングで絶対足をもつれさせるんだろうなー、なんて思っちゃった。

「わーっ! すごいっ、すごいっ」

一足先に入っちゃったそーちゃんがぴょんぴょん跳ねてる。私としろちゃんも、手を繋ぎながら後に続く。

建物内は玄関とメインフロアが隔たり無く繋がり、そのワンフロアだけで構成されている状態だった。
最初に目に入ったのは、真正面のモミの木。デコレーションはされていないみたいで、まるで森からそのまま持ってきたような葉色が床の木目と相対している。
向かって左側にはどこか古めかしいレンガを積み重ねて作った暖炉と、薄橙色のマットレス。
右側には、こっちも床に直接座れる状態になっているスペースと、腰ほどの高さの長テーブルが横に2つ。それから、表紙に大きな一葉が描かれた小冊子が、これも2つ置いてある。1組分の座席の向こう、奥側の壁際にはキッチンと言うにはやや手狭なスペースと小さな戸棚、携帯冷蔵庫もあるみたい。シンクの無骨な銀色を目立たせないように、戸棚や冷蔵庫にはクリスマスカラーが着色されてあった。

そして、モミの木の隣に立ち、両手を前に合わせて深々とお辞儀をする1人の女の子――。
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/25(金) 20:45:06.83 ID:mOMWMpAw0
「いらっしゃいませ♪ 藍子のちいさな世界へ、ようこそっ」

髪の結び目をいつもより大きく作り、落ち着いた仕草に加えて普段より優しい声。
一応、お仕事扱いってことで目元と唇には軽いメイクを施している。おそらくだけど、この部屋のどこかには録画中のカメラが設置されている筈。と言ってもどこかに公開する予定もないみたいだけどね。
そんなナチュラルメイクは、前掛けに描かれた白ひげおじさんのイラストとトナカイ柄のスリッパによって、遠くから見ていたいと思わせる雰囲気を良い意味で台無しにしていた。

「加蓮ちゃん。それから、そーちゃんに、しろちゃん。看護師さんも。ようこそ、いらっしゃいました♪」
「しょうたいじょうだよ!」「……じ、じょう」
「ふふ、持ってきてくれたんですね。ささやかな場所ですけれど、今日は、ゆっくり楽しんでいってください」

靴を脱ぐのすら惜しげにそーちゃんが駆け込んでいく。自分の身長の2倍くらいは高いモミの木を見上げたと思うと壁際へ走っていき、ひとつひとつの花柄やリースを見る度に胸の奥から気持ちを取り出すような息をつく。
その後を、しろちゃんがちょっぴり必死そうに、小走りで追いかけようとしていた。

まず、靴を――靴紐の部分にちいさなリボンが2つ施されていて、だけど履いてみるとすごく歩きやすく疲れにくい、寿命も長いことで有名なブランドの靴を、ていねいに脱ぐ。
ちなみに元は藍子が教えてくれたブランドのなんだよ。リボンは1つだけどね。もう1つは……ふふっ。さあ、なんでしょうか?

靴を脱いだら、靴下越しにぺたぺたと足音を立てながら、そーちゃんを追っかけていく。でもそ―ちゃんの方が好奇心の移り変わりが早くて、次から次へと新しい物を見つけては走って行っちゃうから、歩幅がより狭いしろちゃんでは追いつけない。頑張って、ぺたぺた、ぺたぺた、と追いかけていって。息を荒くしたところで、ようやくそーちゃんが立ち止まった。

「しろちゃん、みてみて! すごいねっ」
「……で、ですっ」

今度はそーちゃんから、しろちゃんへ駆け寄ってあげる。壁の飾りを指差してゆきながら、2人で頷き合う。

「ふふ♪」

そんな2人を見守っていた藍子は、ふと、視線をゆっくりこちらへ戻した。こちら……というよりは、私の斜め向かい側へ。

「看護師さんも、どうぞ。入ってください」
「え、あぁ……そうだったわね。お邪魔します、藍子ちゃん」
「はいっ」
「……どしたの? らしくもなくポカーンとして」
「ついつい、2人のことを見ちゃってたから……。加蓮ちゃんのこと、あれこれ言えないわね。今日は私も、招待状をもらった身だってこと、すっかり忘れちゃってたわ」

肩をすくめる看護師さんへと、藍子は嬉しそうに頬を緩めた。
私もたぶん、同じように笑っていて、そして同じように、招待状をポケットに入れていることを半分忘れて、そーちゃんとしろちゃんのことを見守っていた。
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/25(金) 20:45:36.94 ID:mOMWMpAw0
ちびっこ'sの興味は壁際の飾り付けからレンガのインテリアへと移り、暖炉の形に組み立てられた中を不思議そうに覗き込む。お尻をふりふり揺らしながらどうにか入り込もうとするそーちゃんを、しろちゃんが一歩離れた位置からぼんやりと、だけどはっきり好奇心を表情に出して眺めていた。

「いつものカフェのマネ?」
「はい。やっぱり、思いつくのはいつもの場所でしたから……。あっ。店員さんには、真似してもいいですか? って、ちゃんと許可をもらったんですよ」
「いやそこは気にしてないから……。でも、こっち側はちょっと違う雰囲気だよね」

向かって左側の暖炉っぽいインテリアやマットレスは、いつものカフェのくつろぎスペースそのもの。冬になったら現れる暖炉ストーブ――昔っぽい家具と現代の道具を合わせたアイディアインテリアに、座り込むとそこがカフェであることを忘れてしまうほどゆっくりできる空間に、とてもよく似ていた。
だけど反対側のテーブルや、そこに敷かれたテーブルクロス、メニューの柄は、カフェで見る物とは少し違う。
そして、雰囲気も。こっちは藍子の言う「ちいさな世界」って感じ。

「少しだけ、私っぽさを出したいなって思ったんです。だから、半分は真似で、半分は私オリジナルなんですよ。くつろいでもらいながら、クリスマスのわくわくも味わってほしくて、いろいろ工夫したつもりですっ」
「…………」
「どうですかっ?」
「藍子。……インテリアコーディネーターとかも向いてるんじゃない?」
「えへへ……。カフェ限定かもっ」

いつかそういう企画でも提案してみよっかな、なんて思って、連鎖的に書き慣れた手書き版企画書やそれについて話し合うモバP(以下「P」)さんの顔とかを思い浮かべていると、看護師さんからまた頭をはたかれた。
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/25(金) 20:46:07.30 ID:mOMWMpAw0
「あたっ」
「加蓮ちゃんは、本当、すぐに自分の世界に入っちゃうんだから。藍子ちゃんも、苦労させられてるんじゃない?」
「……はいっ。実は、そうなんです。加蓮ちゃん、いつもマイペースで、自分の世界を大切にしていて――」
「それは藍子でしょうがっ」

なんて、いつもの調子で言っちゃったら、暖炉に頭を半分ほど入ってたそーちゃんがビクッてなっちゃった。

「っと。……それはいつもの藍子でしょ」
「えへっ。そんな加蓮ちゃんと一緒にいるのが、好きなんです」
「そう――」

後半は、看護師さんへと向けられた言葉。確認かもしれないし、独り言のようなものかもしれない。
看護師さんはそれ以上、野暮な追及を続けたりはしなかった。
代わりに室内をゆっくりと見渡して――壁の角から天井の端、テーブルの色まで全部、見通すような目で。藍子が、少しだけ緊張に身を縮こませる。

「ごめんなさいね、そういうつもりではなくて……。これが加蓮ちゃんの好きな場所だなって、ちょっと思っただけなのよ」

私の好きな場所。藍子と穏やかな時間を過ごすカフェ。
……今でも当然、看護師さんを入れてあげるつもりなんてない。聖域に踏み入るなっ、なんて言葉は、決して全部が冗談という訳ではないのだから。
そんな意地が、つい、背中を押し出したいなんて天邪鬼な衝動を生み出す。
けどさすがに、看護師さんだけを冷たい冬の風景へ追いやったりはしなかった。

半分が模倣、半分が優しさ。
この世界にいさせてあげるのは、あくまでも藍子が作った場所だからね?
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/25(金) 20:46:40.30 ID:mOMWMpAw0
心の中でそう唱えていると……ジト目が、2人分。

だからなんで私の周りにいる人達はこう、Pさんもだし、最近はアイドル仲間もそうなんだけどっ。人が内心で思ったことを、簡単に見透かしてくるかな!

「そーちゃん、しろちゃん」

冷たい視線の範囲外へ、小走りで。

「探検ごっこは、そろそろおしまいに――ううん。後でまたやろうね。サンタさんな藍子ちゃんが、何か用意してくれているみたい。一緒に、もらいに行こうよっ」

暖炉から頭を引っこ抜いたそーちゃんが、はいっ! と行儀良さげに返事すると、しろちゃんも、無言だけど、こくんと頷いた。
このまま自由に楽しむ時間を過ごして、楽しかった1日にしちゃってもいいんだけどね。
誰かさんが用意してくれたことを無碍にするのも、なんだか悪いし? なんてっ。
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/25(金) 20:47:08.07 ID:mOMWMpAw0


□ ■ □ ■ □


高森藍子ちゃん、試練の時!

「…………」
「…………」

……なんて大げさに言ってみたけど。とはいえ、目の前の光景は大げさなキャッチコピーよりも言葉にしにくい、奇妙なものだった。
藍子が両手を前に揃えて立っている。
そーちゃんが向かいに立ち、全く同じポーズを取っている。
お互いに何も言わない。
藍子は店員さんが注文を待っている時のように佇んでいるし。
そーちゃんは医者が病状を伝えるのを待っている時のように少し緊張気味。

「……そ、そーちゃん」

先に口火を切ったのは藍子だった。
声が明らかに震えているのが感じ取れて……あぁ、そっか。これは逆みたい。
緊張しているのは藍子の方だね。

「私のこと……分かりますか?」

かつて藍子と2人で病院へ向かい、そーちゃんと再会した時に、「しらない!」と言い放たれた藍子。
ここへ来る途中も、藍子の名前を出してもピンと来ていない様子だった。
さあ、今のそーちゃんの答えは!

「えっと……ええっと……だ、だれだっけ?」
「うぐっ!」

藍子の身体が「く」の字に曲がった。前掛けの白ひげおじさんがくしゃりと歪み、鼻とひげの次にお腹が位置するヤバいアートみたいな状態になってしまう。
これは、ちいさなクリスマス会が打ち切りになっちゃうんじゃ――

「あっそうだ! おもいだした、あいこちゃん! わたし、おもいだしたよ!」
「……!!」

パッションアイドルらしく、ぐっ! とガッツポーズをしてみせる藍子。過去1番のドヤ顔だったかもしれない。
それにしても、8歳の女の子に振り回される16歳……。改めて考えると、うん。……やめとこ。
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/25(金) 20:47:37.79 ID:mOMWMpAw0
「…………」

あいこちゃん、という名前を聞き、しろちゃんが顔を上げた。半歩ほど前に出たと思ったら1歩下がり、私の足へとしがみつく。

「そうです!」
「うん。そーちゃんですよねっ」
「あれ? あいこちゃんも、そうじゃないの?」
「……??」
「あれっ?」

全く噛み合っていない会話に、また、しろちゃんが半歩前へ。かと思えば1歩下がって私の足へしがみついての繰り返し。
一応、しろちゃんも藍子の顔を見るのは初めてじゃない筈なんだけど……。
そんなに怖い顔ってこともないだろうし。背丈だって私と同じ。前掛けの白ひげおじさんが怖い……ってことは、多分ないと思う。

「ほわ〜っ」
「……?」
「えっとね。しろちゃんが、こんなかおをしてテレビを見てるの! ほわ〜っ」
「しろちゃんが……」
「だよねっ」

そーちゃんがくるりと振り返る。しろちゃんはいつの間にか、私の足から手のひら分くらい離れていた。ぼんやりとした顔つきで藍子を見上げて、口を小指くらいに開いて……。
確かにこう、なんというか「ほわ〜」って顔をしていた。
私達にとってはすごく馴染みのある表情、ってことはこの子もしかして――

「……藍子のファンになってたりする?」

背後で、看護師さんが苦笑を漏らした。
とてもとても困ったような顔だった。
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/25(金) 20:48:07.17 ID:mOMWMpAw0
「そ、そうなんだ……」

藍子もまた、瞳に困惑を滲ませ私を窺う。何の気まずさなのか分かっていないそーちゃんだけが、私達の顔を交互に見ていた。

「……藍子ちゃんがテレビに映ると、ずっとそこから離れなくなるのよねぇ。どこかぼんやりしているのはいつもなんだけど――」

そこまで説明して、看護師さんは気まずそうに視線を逸らす。

「しろちゃん、あれからずっと好きな物探しをしていたみたいなのよ」
「好きな物探し……。前よりワガママになったって聞いたけど」
「そう。でも、藍子ちゃんには特に夢中になっていたみたい。私もね、あぁ、やっと見つけたのかなって思っちゃって。藍子ちゃんのことを調べたり映像を用意してあげたりしているうちに、すっかりファンになっちゃった」
「……じゃあアンタのせいでもあるんじゃんっ」
「仕方ないでしょ、本当にようやくだったのよ。本当にようやく……。夢中になれる物なら、たくさん見せてあげたいじゃない」
「それはっ……」

ふと、過去の記憶が蘇った。……とはいえ映像の端々に罅割れのある、曖昧で、自分に都合良く改竄されているかもしれないワンシーン。
私、病院にいた頃によくアイドルの話をしてた。多分相手はこの看護師さんで、それで……。私はたぶん、そこそこ楽しそうにしてて。看護師さんのことは顔も目も見てなかったから知らなかったけど、あの時の記憶を、肌の感覚で思い出すと……この人は、ひょっとしたら嬉しそうにしていたかもしれない。
世界に幸せを見つけられなかった女の子が、瞳の中に希望を見出した瞬間。
看護師さんにとって、それは自分のことよりも嬉しい出来事だったのかもしれない。

「……しょうがないなぁ」

緊張感が、冬部屋の温かさに緩んでいく。

「それはしょうがないよ。それに、藍子のファンが増えるのは嬉しいことだし。看護師さん、今回は許してあげるっ」
「……そっか」
「? そんなに不思議がることってある? 私だって、自分らしくないこと言ってるなーって思うけど」
「それは……ふふ。加蓮ちゃん、優しくなったのね」
「そうなんですっ。加蓮ちゃんって、すごく優しいんですよ」
「こら、藍子。こういう時だけ急に割り込んでくんなっ」

悔しいって気持ちも、心の片隅にしこりとしてこびり付いてるけど……。それよりも嬉しい気持ちの方が大きい、っていうのが本意だった。
しろちゃんが好きな物を見つけられたことも、藍子のファンが1人増えたことも。
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/25(金) 20:48:36.99 ID:mOMWMpAw0
「では、そーちゃん、しろちゃん」

前掛けの白ひげおじさんをスプラッターにしないよう気をつけながら、藍子が2人へと目線を合わせた。

「こちらへどうぞ。今日は、クリスマスですから。おいしいジュースを用意しているんですよ。ほら、こっちに座って……。加蓮ちゃんも、看護師さんもっ」

ちびっこが歩幅を合わせてテーブルにつく。子供が座るのにちょうどいいサイズの座布団が並べて用意してあった……のだけど、そーちゃんはその右隣に座っちゃった。
座布団は、私の顔を見ながらぺたぺたと叩く。

「かれんちゃんは、ここっ」
「ありがとう、そーちゃん」
「…………ここ」
「しろちゃんも、ありがとね」
「これ、あけてもいい!?」

答えを返す前からそーちゃんはテーブルの上の、おそらくメニュー表と思われる冊子へ手を伸ばす。
1ページめくると、ひまわり色の紙に端っこがくるんと丸まった文字で「クリスマスメニュー」って書いてある。
その下には「わくわくするジュース」「クリスマスみたいなジュース」「ちょっぴり大人なドリンク」……。

「いや、どういうメニューよこれ……」
「わくわくするんだって! わたし、これがいい! しろちゃんは?」
「え、と……。クリスマスなジュースが、いいです」
「だってー!」
「ま、待って! わたしも、わくわくするジュースがほしい!」
「だってー!」
「ううんっ、大人なドリンク? っていうのがほしい!」
「だってー! ……えっと、どれ?」
「あらら。出ちゃったわね、しろちゃんのわがまま攻撃」

と、後ろから見守る看護師さん。

「……好きな物探しは、藍子を見つけて終わったんじゃなかったの?」
「あら。アイドルに夢中になってからも、あちこちに好奇心を向け続けていた子が昔いたような――」

罅割れた映像より、やっぱり今が大事だよね!
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/25(金) 20:49:07.30 ID:mOMWMpAw0
「じゃあ、わたしはわくわくジュースにするので、しろちゃんとは、後で分けっこしよう!」
「……いいの?」
「だから、かんごしさんは大人のドリンクね! だって、かんごしさんは大人だから!」
「ふふ、そうしましょうか」
「しろちゃんは、クリスマスのジュース! ……あれっ? かれんちゃんのジュースがないよ!?」
「ホントだよー。私のことも招待するってあんだけ言っておいて、ドリンクが3人分しかないってどういうことー?」

テーブルを挟んで向かい側、藍子が困ったように頬を掻く。

「ふふっ。私も大人なドリンクでいいよ。お願いね、藍子」
「……はいっ。では、少々お待ちくださいね」
「しょうしょう!」「……しょう?」
「すこし、待っててね」

……こんなことを考えるとまたポケットの招待状の角張りが気になっちゃいそうだけど、おもてなしをするのって難しいんだね。座布団のことも、メニューのことも。
そして、藍子らしくないミスだなって思ったから、からかったことをちょっとだけ後悔しちゃった。
緊張してるのかな……。私達の注文を受け、キッチンスペースへと向かう足取りも、心なしかレッスン漬けの後を思い出させる。

隣に並んであげて、何かアドバイスをしてあげたい。具体的に思いつかなくても、大丈夫、って声をかけてあげるだけで、心が安らぐだろうし。

「みて、みてっ。つぎのページは、ジュースをのんだ後なんだって! なにが書いてあるんだろ?」
「……だ、だろ?」
「しろちゃんも、気になるよねー?」
「ええと、ええと……」

ページのはしっこに手をかけたり離したりするそーちゃんは、結局ページをめくることはしなかった。

「かれんちゃんも、気になるよねー!」
「うん、気になっちゃうねっ。でも、ジュースを飲んだ後って書いてあるから、今は我慢だよ」
「はいっ!」
「……はいっ」
「ふふ、いい子」

そーちゃんが右手を上げれば、しろちゃんも真似する。肘のところで曲がっちゃった、少し控えめな挙手。
私も真似してあげると、そーちゃんが同じように肘を曲げて、きょとん、と首を傾げちゃった。
一瞬だけ黙り込んで。
あははっ! と、誰からともなく笑い声が起きた。
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/25(金) 20:49:37.04 ID:mOMWMpAw0
「お待たせしました♪ ……そ、それはなんのポーズでしょうか」

3種類、4人分のドリンクを運んできた藍子が、ぱちくりと瞬きする。

「はい! のポーズっ」「……ですっ」
「…………?」
「何変な顔してんの、藍子。はいのポーズだよ?」
「……………………??」

深く考えることはやめたみたい。さて、ジュースだけど……。

「まっしろだねっ!」
「はい、真っ白ですよ。クリスマスのジュースは、雪の色。でも、とってもあたたかくしてありますから」
「…………」
「わくわくするジュースの味は、秘密です。しろちゃんも、飲んでみていいからね」
「大人なドリンクは……これ、グレープの匂い?」
「加蓮ちゃんには、すぐにばれちゃいますねっ。グレープを、子どもにも飲みやすいように薄めて、甘くしてみました」

そーちゃんとしろちゃんがテーブル越しにジュースを受け取ってから、残り2人分のカップを手に、藍子がこちらへ回り込んで渡してくれる。
看護師さん用のドリンクは、少し濃い目の色。
……ってことは私はまだまだ子供ってこと? 確かに、看護師さんにはまだ敵わないけどさ。

「藍子が私のことをどう見てるのか、よーく分かったよ」
「まあまあ。大人なドリンクっていうのは――」
「いただきまーす!」「……ま、まーす」
「はい。ゆっくり飲んでください♪ それで、大人なドリンクの、大人という言葉の意味は、」
「うわあ、おいしいっ! すごい、すごいっ」「……す、すごいっ」
「ええと……」

パッショングループではまとめ役になりがちな藍子ちゃんも、子供たちの勢いには勝てないみたい。
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