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【オリジナル】クリスマス・ヒーロー
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1 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/12/24(木) 05:36:10.58 ID:uyzFntxd0
豊橋という女子生徒は物静かで不思議な雰囲気を纏っていた。
『不思議』と一言で表現しても、それは何も電波系な不思議さではなく、例えば普通に授業を受けているだけ、あるいは廊下を歩いているだけでも、彼女は静謐な神聖さというか、軽々しく触れてはいけないような気持ちを抱かせる。この女の子の近くは常に空気が澄んでいるような錯覚を周囲に与える。
しかし、立てば芍薬座れば牡丹……なんて言うほど豊橋の容姿が特段に優れているわけではない。彼女は少し色素の薄い柔らかそうな黒髪に、良くも悪くも普通の顔立ちをしている。
だけど、それでも豊橋の佇まいは人の目を引き、思わず一歩距離を置いて遠巻きに眺めていたくなってしまうのだ。
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1608755770
2 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/12/24(木) 05:38:31.53 ID:uyzFntxd0
そんな豊橋と物理的な距離が近くなったのは、秋の席替えの時だった。
一クラス二十七人、どこにでもある普通科高校の一年生の教室。廊下側から数えて二番目の列の一番後ろから一個前が俺、そしてその後ろが豊橋だった。
豊橋の話は俺も常々耳にしていたし、ましてや同じクラスでもう半年も過ごしているのだ。そういう雰囲気というのにも慣れたつもりだったけれど、実際に近くに彼女がいるとどうしたことだろうか。
「よろしく」なんて豊橋に声をかければ、「ええ」なんて静かなのにやけに通りのいい声が鼓膜をくすぐる。スンと息を吸えば、冬の日の出を想起させるシンと清められたような芳香が鼻を抜けていく。
「豊橋は人型空気清浄機だ」なんて友達が真面目な顔をして言っていたことを思い出した。
「豊橋と同じクラスになってから風邪をひかなくなった」なんて別の友達が言っていたことも思い出した。
その時の俺は笑いながら冗談として受け取っていたけれど、実際に彼女を近くにしてみると、それらもあながち間違いではないんじゃないのかもな、なんて思ってしまった。
3 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/12/24(木) 05:39:40.34 ID:uyzFntxd0
豊橋は、クラスでは“触れてはいけない人”のような立ち位置を確立していた。
触れてはいけない、と言っても、彼女は嫌われているわけではない。むしろその逆だろう。
私のような人間がそう軽々とこの人に話しかけていいのだろうか……とは、前回の席替えで豊橋の隣の席になった女子生徒の言葉である。それに「わかる」と神妙に頷く女の子がたくさんいた。
豊橋と話す時だけ異様に緊張するんだけど……とは俺の男友達の言葉である。それに「それな」と強く頷く野郎どもがたくさんいた。
だから俺も豊橋の空気にあてられて畏れ多くて萎縮する……なんてことはなかった。
4 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/12/24(木) 05:40:42.46 ID:uyzFntxd0
なにせ俺はデブなのだ。
いや、デブは言い過ぎたかもしれない。とにかく、俺は小太りかデブかで百人に問えば大体フィフティーフィフティーに意見が分かれるような体型をしているのだ。
好きな食べ物はラーメンとハンバーグ。嫌いな食べ物は何もない。出された食事は全て平らげるのが礼儀だ、とお皿まで舐めるような勢いで食べるという矜持がある。年々ウエストのサイズが大きくなるのに若干の不安を覚えないでもないけれど、男には決して曲げてはいけないものがあるのだ、という開き直りにも似た矜持だ。
そんな哀れな仔ブタには豊橋の静謐な空気もそこまで効かない。なにぶん俺は周りに流されない鈍感なのだ。十年物の皮下脂肪を舐めてもらっては困る。伊達に太っちゃいねーんだよこっちは。
そういうわけで、俺は話題を見つけては豊橋にもちょくちょく声をかけていた。昨日食べたラーメンが美味しかったとか、グルメ番組の料理が美味しそうだったとか、駅前商店街に新しく出来た飲食店のレビューだとか、なんだとか。
5 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/12/24(木) 05:41:30.47 ID:uyzFntxd0
豊橋の反応はいつも薄かった。
「そう」「うん」「ふぅん」「そう」「へぇ」「ええ」「そう」……何を話しても大体こんな感じだった。
食べ物には興味ないのかなぁ、あんなに美味しいのに……あ、ていうか俺ウザがられてるのか――なんて思って落ち込む時も一瞬だけあったけど、なんだかんだで俺の話は最後まで聞いて相槌を打ってくれるし、最近は「それは美味しそう」とか言ってくれる豊橋を見ていると、段々と対抗心のようなものが胸中に芽生えてきた。
――いつか絶対、豊橋の腹の虫が鳴くようなグルメ話をしてやる! 今に見てろ、そのポーカーフェイスを崩してやるんだから!
そんな野望を皮下脂肪のさらに下へと抱えこんだ俺の秋はあっという間に流れていき、やがて季節は晩秋へ駆け込んでいった。
6 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/12/24(木) 05:42:27.82 ID:uyzFntxd0
その日の俺は珍しく読書なんかを嗜んでいた。
秋と言えば一に食欲二に睡眠、三四が無くて五に食欲。つまり何でも美味しく頂ける魔法の季節だ。
だけど世論は『秋といえば読書だスポーツだ』なんて嘯くもんだから、俺もたまにはそんな世間の流行りに乗っかってみたのだ。
そうして手に取ってみたのは、なんでもおよそ十年ぶりに新刊が出るというライトノベルの第一巻だった。
十年前って言うと俺は六歳か、あのころのマイブームはお好み焼きだったなぁ……なんてノスタルジックな気持ちに浸りつつ、肌寒い晩にその本を読み耽り、読み終わる。
端的に言うととても面白かった。たまには読書の秋もいいもんだな、なんて思った。
7 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/12/24(木) 05:43:12.53 ID:uyzFntxd0
その翌日、学校に登校すると、俺は早速豊橋に声をかけた。
「なぁ、サンタクロースっていつまで信じてた?」
それは昨日読んだライトノベルの冒頭の文と重なる部分が大いにあったけれど、なにぶん俺は周りに影響されやすい性格なのだ。十年物の皮下脂肪とそれに付随する鈍感? それについてはまた別腹だ。
何はともあれ、そんな俺の言葉を聞いた豊橋は目をぱちくりと一度瞬かせた。初めて見た反応だった。
「……辰野君って、食べ物の話以外もできるんだ」
「なにっ」
そしてなかなか結構なことを言われた。こいつは俺をなんだと思っているのだろうか。……あ、食べ物のことばっか考えてるブタか。まぁ、うん、確かにそれはしょうがないかもしれない。
8 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/12/24(木) 05:44:16.20 ID:uyzFntxd0
それはそれとして。
「失礼な、俺はこう見えて文化的な側面もあるんだぞ」
「絶対、うそ」
「いやいや、食は全ての文化に通ずるんだぞ?」
「ほら、また食べ物の話」
「これは言葉の綾だ」
なんて、しょうもない会話が続いた。あら珍しや……なんて思っていると、フッと息を吐き出した豊橋が呟いた。
「……今でも信じてるって言ったら、どうする?」
「は? サンタクロースを?」
「…………」豊橋の顔に愁眉。そして緩く首を振った。「なんでもない」
そんな反応を見て、ちょっとムッとした。それはアレかな、こんなブタに話しても理解を得られるわけがねぇやな的なアレかな?
「サンタクロースはな、信じてるやつの中にいるんだよ」
だから俺は勢いに任せて口を開いていた。
「……え?」
豊橋は胡乱なやつを見つけたっていう風な目を向けてきたけれど、気にしない。
「信じてるやつの中には実在するんだよ。俺だってサンタはいると思う。つかいて欲しい。その理由がお前にはわかるまい。なぁ?」
挑発的に言うと、流石の豊橋もちょっと腹が立ったのか、三白眼になる。あんまり怖くなかった。
9 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/12/24(木) 05:44:59.09 ID:uyzFntxd0
「じゃあ、教えてよ。理由」
「ああいいとも。いいか、お前、豊橋。サンタクロースの姿を頭に思い浮かべてみろよ」
「……ええ」
「赤い服を纏って、白いひげを蓄えてさ」
「……うん」
「そしてデブだろ?」
「…………」
「は? なんで無言なの? なに、お前のサンタってもしかして細身のイケメンなの?」
「……違うけど」
「だろ? デブだろ?」
「まぁ……うん」
「うむ。で、サンタはデブなくせにみんなの人気者だろ?」
「そう、だね……」
「つまりな、サンタクロースってやつはデブの憧れなんだ。ヒーローなんだ。デブっててもいいんだよ、人気者になれるんだよって俺たち仔ブタを勇気づけてくれるんだ。だからいて欲しいのだよ」
10 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/12/24(木) 05:45:44.14 ID:uyzFntxd0
わかってもらえたかな? と聞くと、しばらく無言。それから、
「……サンタに憧れるより、痩せた方が早くない?」
とか言われた。
「なんてこと言うんだ、お前、その言葉は世界のデブの半数に宣戦布告するも同然だぞ」
「半数なんだ」
「そりゃあそうだ。デブにはそれぞれデブなりの矜持があるんだよ」
「……前から思ってたけど、辰野君は変わってるよね」
「それは豊橋には言われたくないのだが?」
なんて言い合っているうちに予鈴が鳴った。気付かないうちに隣の席に集まって電車の話をしていた鉄道系男子たちも自席に戻っていき、俺と豊橋の会話も打ち切りになった。
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