【CLANNAD】椋「もうすぐチャイム鳴りますよ。教室に戻らないと」

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34 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 22:05:31.73 ID:qavmK5lj0
椋「…………」

春原(お、おい、委員長の奴こっちに向かってくるぞ?)

朋也(だから無視しろっての。話しかけられない限りは我関せずを貫け)

椋「岡崎くん、おはようございます」

向かってくる藤林の方を見ないよう意識していたが、その努力も空しく声を掛けられる。

朋也「………おう」

流石にこれまで無視するわけにもいかず、ぶっきらぼうな返事をする。

椋「今日も遅刻ですけど、何かあったんですか?」

朋也「別に、いつものことだろ。なんで今日に限って聞いてくるんだよ?」

椋「わたし、委員長ですから」

朋也「ああ、そう。大変なんだな、委員長って」

椋「はい、大変なんです」

朋也「………」

話は終わったとばかりに、視線を外へ移す。
35 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 22:06:27.46 ID:qavmK5lj0
椋「……あ、あの……」

その藤林の言葉の直後、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。

椋「………」

肩を落としながら、藤林は席へと戻っていく。

春原「な、なんか、ちょっと委員長がかわいそうなんですが」

朋也「仕方ないだろ。答える気なんてないし」

春原「取り付く島もないって感じだな」

朋也「こっちはいい迷惑だっての」
36 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 22:08:03.89 ID:qavmK5lj0
〜〜〜

昼休みになると、俺は購買でパンとコーヒー牛乳を買って中庭へと出た。

朋也「ふぅ………」

コーヒー牛乳を飲んでひと息。3限目から出てきたが、ようやくひと息つけた気分だった。

朋也「どうにかしないとなぁ……」

誰に言うでもなく呟く。

どうやら俺は、完全に藤林に目をつけられたようだ。

授業中も、何度か藤林と目が合った。

流石の俺も授業の最中に抜け出すようなことは今までもしていない。だから、何故藤林がこちらを気にしているのかもよく分かっていないと言えば分かっていなかった。

朋也(大体、なんで俺なんだ?)

焼きそばパンを頬張りながら考え始める。

朋也(クラス委員長として……ってのは、まあ、今更だけど理由としては通ってるけど)

それなら春原だって対象になっても良さそうなものだ。

朋也(うーーーん………わかんねえ)

買ってきたものをあらかた食べ終えても、答えは出なかった。

朋也(まあ、いいか。どうせ長続きはしないだろ)

そんな楽観的な答えに辿り着く。
37 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 22:08:53.45 ID:qavmK5lj0
〜〜〜

5限目の予鈴が鳴る。

朋也「ふわ……」

腹が膨れたこともあってか、欠伸をかみ殺す。

椋「………」

問題の藤林はと言うと、ちょうど今の欠伸をばっちりと見ていたようだった。

朋也(ねむ……)

バックれてしまおうかとも一瞬考えるが、今の俺は藤林に目をつけられている身だ。

昨日の二の舞は流石に遠慮したいところだった。

ちなみに春原はと言うと、そもそも昼休みから教室に帰って来ていなかった。

朋也(俺も教室に戻って来なけりゃ良かった……)

今更そんなことを後悔するが、戻って来てしまった以上どうしようもなかった。

なんとか藤林の目を盗んで抜けられないかと考えている間に、本鈴が鳴ってしまった。

朋也(仕方ないか……)

結局、5限目と6限目はそのまま出席することになるのだった。
38 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 22:10:22.44 ID:qavmK5lj0
〜〜〜

6限目も終わり、帰りのHRが始まろうかという時間。

椋「あの、岡崎くん」

朋也「っ!」

外に目を向けていると、唐突に声を掛けられて少しばかり驚く。

朋也「……どうした、藤林?」

今日、藤林に話しかけられたのはこれで二度目だ。

俺が登校してきてからは、何度か目は合ったが話しかけてくることはなかった。

椋「あの、放課後なんですが、何か予定はありますか?」

朋也「………別に、何もないけど」

椋「なら、少しだけお時間いいですか?」

朋也「……あ、あぁ」

椋「ありがとうございます。中庭で待っていますので」

ぺこりと行儀よく一礼すると、藤林は席へと戻っていく。
39 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 22:12:09.68 ID:qavmK5lj0
朋也「………」

その後ろ姿を、アホのように見送る。

春原「ふーん……どうやら、完璧に目ぇ付けられてるね、岡崎」

傍観者に徹していた春原が、そう話しかけてくる。

朋也「どうして俺なんだ?」

春原「そりゃお前が遅刻、サボりの常習犯だからだろ」

朋也「お前だって同じだろ」

春原「まあそうだな」

朋也「……まさか、確率二分の一ってわけじゃないよな……」

春原「だとしたら、くじ運が悪かったと思って諦めることだね」

朋也「納得いかねえ……」

まぁ、別に放課後なら構わないと言えば構わないんだが。
40 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 22:13:49.07 ID:qavmK5lj0
〜〜〜

藤林に言われた通り、中庭へと出る。

その藤林はと言うと、ベンチに座ってなにやらトランプをいじっていた。

朋也「………」

椋「……あ、岡崎くん。待ってました」

俺に気が付くと、藤林はいそいそとトランプを片付け始める。

朋也「いや、別にいじりながらでも構わないぞ」

椋「気にしないでください。暇つぶしにいじっていただけですので」
41 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 22:14:52.65 ID:qavmK5lj0
朋也「あ、そう」

椋「と、隣、座っていいですよ」

朋也「そんじゃ失礼して、っと」

促されるまま、藤林の隣に腰掛ける。

朋也「で?俺に何の用だよ」

椋「えと、まずはこれです」

言いながら、藤林はトランプをシャッフルし始める。

何度か切ると、裏返しのまま12枚のカードを選びぬいた。

そしてその12枚のカードを、俺の方に裏を向けながら差しだしてくる。

椋「この中から三枚、選んでください」

朋也「………?」

なんだか良く分からないが、またいつもの占いだろうか?

とりあえず言われた通り、三枚選んでみる。
42 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 22:16:08.95 ID:qavmK5lj0
椋「選んだカードを見せてください」

朋也「ほらよ」

俺が引いたカードは、スペードのA、ダイヤの10、JOKERだった。

椋「………」

そのカードを見ながら、じっと考え込む。

朋也「それで何が分かるんだ」

椋「今は、岡崎くんという人間を占っています」

ほう、俺という人間をか。自分のことを占っているとなると少しばかり興味があるな。
43 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 22:16:57.33 ID:qavmK5lj0
椋「まず、スペードのAですが、Aはトランプでの1を表すものです。そして、見て分かるようにトランプのスペードのAは他のAよりも豪華な絵をしています。つまり、岡崎くんは他の人にはない特別なものがある、ということを表しています」

朋也「………」

椋「次にダイヤの10ですが、ダイヤの形は他のマークに比べてカクカクとしています。そして、数は10。これは、周囲に刺々しいイメージをどれだけ与えているのか、ということを表しています」

朋也「ほう」

なんだか妙な説得力があるな。

朋也「最後のJOKERは?」

椋「JOKERは終わり、反転、可能性を意味しています。これは、岡崎くんは少しのきっかけで大きく変わる事を意味しています」

朋也「まとめると?」

椋「岡崎くんは、今は不良をしていますけど、ちょっとしたきっかけで真面目になれる人間だ、ということです」

朋也「………」

なんか、今の藤林にとって物凄く都合のいい結果のような気がした。いや、多分気のせいではないだろう。
44 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 22:20:04.77 ID:qavmK5lj0
椋「………もう一度、聞いてもいいですか?」

朋也「なにをだ」

椋「今日の遅刻の理由です」

朋也「……ただ寝坊しただけだよ」

嘘ではない。いつもは目が覚めたら学校へ来るようにしている。

椋「いつも、寝坊なんですか?」

朋也「ああ、そうだよ。もうこの生活が染みついてるからな」

椋「わたし、知ってます。岡崎くんは、根は真面目な方です」

妙に真剣な顔で、真っ直ぐにそう言ってくる。

椋「今日だって、その気になれば授業をサボることだって出来たはずです。なのに、しなかった。それはどうしてですか?」

朋也「別に深い理由なんてない。なんとなくそういう気分にならなかっただけだよ」
45 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 22:20:39.68 ID:qavmK5lj0
椋「そんなことありません。だって岡崎くん、5限目はとても眠たそうにしていました」

朋也「………」

まあ今日は授業中にも視線を感じたし、5限目の時も見られていたとしても不思議ではない。

が、なんとなく気恥ずかしい。

椋「ついでに言うと、6限目は完全に眠っていました」

朋也「ついでに言わなくてもいいだろそれっ!」

思わず突っ込んでしまった。

椋「す、すみません。でも、見てしまったので、言った方がいいのかな、って」
46 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 22:21:47.47 ID:qavmK5lj0
朋也「……あのさ、逆に聞いてもいい?」

椋「なんですか?」

朋也「どうして俺なんだ」

確信に迫る質問をぶつける。

椋「どうして?それは………」

朋也「藤林が俺に目を付けた理由は、遅刻常習犯でサボり常習犯だからだろ?」

椋「そ、そうです」

朋也「でも、それは春原にも当てはまることだろ。なんで二人いるウチ、俺だったんだ」

椋「………っ」

俺のぶつけた質問に、藤林は黙りこむ。別に、難しいことを聞いてるわけではないはずだ。

椋「………」

朋也「答えられない、か?」

椋「………」

無言のまま頷く。心なしか、ちょっと顔が赤い気がした。
47 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 22:22:45.68 ID:qavmK5lj0
椋「……あ、あの。やっぱり迷惑………ですか?」

申し訳なさそうに呟く。

朋也「ああ、そうだな。迷惑だ」

きっぱりと、そう答えた。

椋「うぅ……」

朋也「大体、俺なんかに付きまとってたらお前の内申も悪くなるぞ」

椋「! ………」

朋也「新学期から一緒のクラスになったと言っても、流石にもう俺が不良だってのは気付いてるだろ?」

椋「………」

朋也「お前はクラス委員長なんてもんをやる程度には優等生だ。俺なんかと付き合いがあるって知れたら、先生の見る目も変わる。違うか?」

椋「……そうですね、岡崎くんの言うとおりです」

朋也「だろ?だから……」
48 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 22:23:57.62 ID:qavmK5lj0
椋「でも、それとこれとは話が別です」

朋也「!」

椋「わたしは、わたしがやりたいからやっているんです。その結果、内申が悪くなるならそれでも構いません」

朋也「………なんでそこまで」

椋「理屈なんてありません。わたしが、岡崎くんのことを気にしたいから気にしてる。それだけです」

朋也「っ………」

言葉に詰まった。それは、どういう意味だ?

椋「それに、岡崎くんが不良だっていうのは同じクラスになる前から知ってます。お姉ちゃんから聞いてましたから」

朋也「あのおしゃべり女っ……!」
49 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 22:25:00.86 ID:qavmK5lj0
椋「もしかしたら三年に上がってちゃんと学校に出てくれるかなと思ったけど、岡崎くんは変わってませんでした。ぶっきらぼうで、不器用で、でも少しだけ優しいままでした」

朋也「………」

椋「岡崎くん、損をしています。そんなの、もったいないです」

朋也「そんなこと……」

椋「はい、わたしには関係ないです」

朋也「………」

言葉に詰まる。つまり、何が言いたいんだこいつは。

椋「今だって、岡崎くん、わたしの内申の心配までしてくれました。そこまで心配する必要は、岡崎くんにはないはずです」

朋也「それは、まあ……」

ただの詭弁で言ったと言うのは簡単だ。だが、何故かそれは憚られた。

椋「わたしには、岡崎くんの優しさがわかります。そんな優しい岡崎くんが損をしているのは、もったいないと思います」
50 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 22:25:57.10 ID:qavmK5lj0
朋也「………。結局、藤林は何を言いたいんだ」

椋「だから、えっと……あれ?」

そこで会話が途切れる。

朋也「………」

椋「……えーと……」

朋也「……主題がわからなくなったか」

やっぱり、どこか抜けてるな、こいつ。

椋「とっ、とにかく、わたしは岡崎くんが損をしているのが我慢できないってことです!」

無理やりまとめたな。

椋「そうです!わたしが言いたかったのはそれです!」

朋也「別に、俺は自分が損をしているなんて考えたことはなかったけどな」

椋「岡崎くんの主観ではなく、わたしの主観です」

言い回しがなんとなく杏っぽい。

朋也(やっぱりこいつら、姉妹なんだな……)

妙に納得してしまった。
51 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 22:26:57.65 ID:qavmK5lj0
椋「なので、岡崎くんには損をしないようにしてほしいんです」

朋也「損、ねぇ……」

椋「難しいことじゃありません。ただ、授業にはちゃんと出席することと、遅刻をしないこと。この二つを守るだけでも、岡崎くんは変われるって思います」

朋也「難易度高いなぁ……」

そうつぶやく。

椋「大丈夫です。占いにも、『ちょっとしたきっかけで変われる』って出ていますから」

朋也「もし、いやだって言ったら?」

椋「わたしが応援しますので、いやだなんて言わないでください」

朋也「………」

応援、ね……。
52 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 22:27:27.57 ID:qavmK5lj0
本日の投下、以上
53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/12/06(日) 02:19:41.76 ID:UlfvNyRho
おつおつ
54 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:25:33.14 ID:+jwYpwDO0
投下します
55 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:27:17.71 ID:+jwYpwDO0
――――――

SIDE−杏

杏「………………」

中庭の木に背を預け、近くのベンチに座る二人の会話を聞いていた。

杏(椋……あんなに積極的に朋也に……)

意外だった。あの奥手な椋が、朋也に対して積極的に自分の意見を言えるなんて。

杏(あたしがどうこうする必要は、もうないのかな)

それは、少し寂しいことだった。あたしを頼ってくれると思っていた椋が、なんだか遠くに行ってしまったような錯覚を覚える。

杏(……このまま行ったら、二人は付き合うことになるのかな)

そう想像すると、胸にちくりとした痛みが広がった。もともと、椋と朋也をくっつけようと思っていたのに、なんでこんな痛みがするんだろう……。

それは、考えるまでもないことだった。
56 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:28:35.62 ID:+jwYpwDO0
杏(………)

そこで、思考を閉じる。これ以上は、いけない。椋にも、朋也にも、迷惑をかけることになってしまうから。

杏(椋が一人でできるんなら……それが一番なのよね……)

そう心の中で結論を出す。あたしが思考を巡らせている間に、二人の話は終わったようだった。

朋也「じゃ、俺帰るな」

椋「はい。さようなら、岡崎くん。明日からは、遅刻せずに来てくださいね」

朋也「……約束はしかねるが、まあ、努力するよ」

椋「はい」

そうして、朋也は先に校門のほうへ歩き去ってしまう。
57 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:29:54.36 ID:+jwYpwDO0
頃合いを見計らって、一人になった椋に話しかける。

杏「椋、こんなところにいたのね。探したわよ?」

椋「あ、お姉ちゃん。ごめんね、ちょっと、用事があったから」

杏「そ。もう、用事は終わったの?」

椋「……ううん、まだ」

杏「ありゃ、そうなの?」

と言っても、もう朋也は行ってしまった後だけど。
58 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:30:58.41 ID:+jwYpwDO0
椋「………ねえ、お姉ちゃん」

妙に真剣な声色で、椋があたしを呼んでくる。

杏「ん、なに、椋?」

なるべく平静を装い、そう返事。

椋「わたし………来週の創立者祭の日に、岡崎くんに、こ、告白……しようと思うの」

杏「っ……そ、そう」

椋「さっきまで、ここに岡崎くんがいて、一緒に話をしてたの」

杏「………」

隠れて聞いていたともいえず、あたしは押し黙る。

椋「それで、気付いたの。やっぱり、わたし、岡崎くんのことが好きなんだ……って」

杏「そうなんだ。うん、いいんじゃない?あたしは応援してるよ、二人のこと」

本心を押し殺し、笑顔でそう告げる。そうだ、あたしはそれでいいって決めたじゃないか。

あたしが告白して振られるよりは、椋があいつと付き合う方が我慢できるって。
59 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:32:31.24 ID:+jwYpwDO0
椋「うん……だから、お姉ちゃんも」

杏「………。え?」

椋「知ってるよ。お姉ちゃんも、岡崎くんのこと……」

杏「……ッ……なに言ってるのよ、椋……」

椋「………わたし、お姉ちゃんに負けたくない。でも、それとは別に、お姉ちゃんのことはライバルだとも思ってるの」

杏「…………」

椋「それに……岡崎くんを想っていた時間は、わたしよりもお姉ちゃんのほうが長いから。そのお姉ちゃんを差し置いて、わたしが先に告白するのは、卑怯だって、そう思う」

杏「椋……」

椋「お姉ちゃんの気持ちを知ったうえで、わたしは……岡崎くんのことをお姉ちゃんに相談したの。それだって、卑怯なことだった」

杏「っ……」
60 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:33:41.10 ID:+jwYpwDO0
椋「だからね……もう、お姉ちゃんには、頼らない。卑怯なことは、しない、って。そう決めたの」

杏「……あたしは……」

何を言ったらいいのかわからず、言葉に詰まる。

この子は……椋は、あたしに、朋也に告白するべきだと、きっとそう言いたいんだと思う。

椋「わたしは、逃げないから。お姉ちゃんも、逃げないで向き合ってほしい」

杏「………………」

椋「……話は、それだけ。じゃあ、わたし、先に帰るね、お姉ちゃん」

何も言えずに立ち尽くすあたしを置いて、椋は先に帰って行ってしまう。
61 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:35:14.37 ID:+jwYpwDO0


杏(……あたしは……)

椋の決意を受けて、あたしは一人学園のベンチに座り思考を巡らせていた。

杏(……創立者祭までは、まだ、時間がある)

多分、その日までの時間を、あたしが朋也に想いを伝える時間として空けたんだろう。

椋だって、朋也のことが好きなはずなのに。

杏「逃げるな………か……」

ポツリと、そう呟いた。あたしのしていたことは、やっぱり逃げだったのかな。

だとしたら、あたしは……どうしたら、いいんだろう。

朋也に、告白する?でも、それは……。

杏(………。怖い………)

もし、振られてしまったら。もう、友達としても……話すことができなくなってしまう。

振られた相手に、今まで通りに接することなんて、今のあたしにはできない。

杏「………どうしろって言うのよ……」

深いため息とともに、そう独り言ちる。
62 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:38:19.43 ID:+jwYpwDO0
*   *   *

SIDE−朋也

夕暮れ時。いつものように春原の部屋でだらだらと過ごしている時だった。

美佐枝「岡崎いるー?」

ドアをノックする音と共に、美佐枝さんの声が聞こえてくる。

朋也「………」

春原「おい、呼ばれてるぞ岡崎」

朋也「ここお前の部屋なんだから、お前が応対しろよ」

春原「あんたが呼ばれてるんだからあんたが出ればいいだろっ!」

そう言いつつも、部屋のドアを開ける春原。
63 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:39:17.91 ID:+jwYpwDO0
美佐枝「ああ、いたいた。岡崎、あんたにお客さんよ」

朋也「俺に?ここ、春原の部屋だけど」

美佐枝「だからこそ不思議なんじゃない。女の子よ?あんたたちと同じ三年みたいだけど」

春原「藤林椋じゃないの?とうとうここまで来るようになったとか」

朋也「………いやいや、まさか」

ありえない、と答えることができず、苦笑いでそう答える。

美佐枝「寮の入り口で待ってるから、行ってあげなさい」

朋也「あ、ああ……」

一体誰だ?まさか、本当に藤林……じゃ、ないよな……?
64 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:40:57.17 ID:+jwYpwDO0


杏「………や」

朋也「……杏?」

寮の入り口で待っていたのは、想像した方の藤林ではなく、姉のほうだった。

朋也「どうしたんだ、わざわざこんなところまできて」

ボタン「ぷひー」

朋也「っと、ボタンも一緒か。なんだ?散歩の途中か?」

杏「まぁ……そんなところよ」

朋也「なんだ?俺に用か?」

杏「……ちょっと、面貸しなさいよ」

朋也「? お、おう……?」

妙に真剣な面持ちの杏の誘いに、戸惑いながらも頷く。
65 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:42:33.07 ID:+jwYpwDO0


ボタン「ぷひーぷひー♪」

朋也「………」

杏「………」

夕暮れ時の道を、無言のまま二人で歩く。

ボタンのご機嫌そうな鳴き声だけが、辺りに響いていた。

朋也「………やけに機嫌いいな、ボタンのやつ」

沈黙に耐え切れず、当たり障りのない話題を振ってみる。

杏「………ん、そうね」

それに対し、気の入っていない杏の返答。

朋也「………」

杏「………」

そこで話が終わってしまう。

朋也(なんだってんだ………)

杏の考えが全く読めない。俺に用があるんじゃなかったのか?
66 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:44:34.27 ID:+jwYpwDO0
朋也「……っ!」

ふと、杏に呼び出される心当たりを思い出した。

そういや、昨日の一件……一応、藤林には口止めしておいたんだが、まさか、それを問い詰めるために来たのか?

だとしたら……。

朋也(………やべえ……よな……?)

急に身の危険を感じ始める。まさか、愛しの妹を不良の道へ引きずり込みそうな俺を始末するために……?
67 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:46:37.46 ID:+jwYpwDO0
朋也「な、なあ、杏?」

杏「……なに?」

朋也「今って、その……どこに向かってる、んだ?」

杏「………別に、どこに向かってるわけでもないわよ」

朋也(俺を始末したあとどこに埋めるか考えながら歩いている……とか……?)

もしそうだとしたら。

朋也(俺……生きて帰れるのか……?)

杏「……ねえ、朋也」

朋也「は、え、あ?な、なんだ、杏?」

今度は杏から話しかけられ、思わずどもりながら返事をする。

杏「………その、さ」

しかし、特に突っ込みも入れずに杏は続ける。
68 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:47:55.97 ID:+jwYpwDO0
杏「………………い、今のあたしたちって………、端から見たら、どう見えるんだろ?」

朋也「……は……?」

いきなり訳のわからない質問をされ、間抜けな返事をしてしまう。

杏「だっ、だからっ、今のあたしたちって、端から見たらどう見えるのかなって聞いてるの!」

その問いを受け、俺たちの前を歩くやつに視線を移す。

ボタン「ぷひ?」

朋也「……活きのいい食材が手に入ったから、これから味噌を買いにいくところ?」

杏「そんなに現世とお別れしたいの、朋也?」

朋也(こえぇーーーっ!)

いつもの軽口でそう答えたが、発言には気を付けた方がいいかもしれない。

本気で始末されるんじゃないかと心配になってきたぞ……。
69 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:49:40.19 ID:+jwYpwDO0
朋也「……じゃあ逆に聞くが、どういう返答を期待してんだお前は」

杏「そっ、それは……その……」

そこで押し黙るのか……。藤林と言いこいつと言い、姉妹そろって似たような反応をしやがって。

朋也「はぁ……さあ、どう見えてんだろうな。カップルにでも見えるんじゃねーの?」

杏「っ! ………」

思わずまた軽口で返してしまったが、予想に反して杏はまたも押し黙る。

朋也「……………おい、なんか言えよ」

その沈黙に耐え切れなくなり、そう呟いた。

杏「えと、その、そう!そうよね!やっぱりそう見えるわよね!」
70 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:51:01.91 ID:+jwYpwDO0
朋也「なんだ、その答えを期待してたのか」

杏「バッ、違うわよ!そういうんじゃなくって……っ!」

朋也「……?」

杏「そ、それで、その、朋也は、もしそう見られてたら、どうなのかなー……なんて……?」

朋也「どうなのか、とは?」

杏「う、うれしいとか、迷惑とか、そういうあれよ」

朋也「別に、どうとも思わねーよ。男女が二人で歩いてりゃ、そう見られても仕方ないだろうしな」

杏「っ………じ、じゃあ、迷惑では……ない、のね」

朋也「まあ、迷惑でもなければうれしいわけでもないな。好きに思ってろよってところだ」

素直な感想を口にする。

そもそも、二年の時からこうして二人でいることはたまにあったわけだし、今更それに対して感想を上げろと言われても返答に困る。
71 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:52:19.53 ID:+jwYpwDO0
杏「そ、そっ……か」

杏のその返答で、またも会話が途切れる。

朋也「……結局、何が言いたいんだ、お前は」

杏「……―――」

小さく口を動かし、なにかを呟いている様だったが、何を言ったのかまでは聞き取れなかった。

朋也「ふぅ……」

追及する気にもなれず、ため息をもらす。

昨日から、こいつら姉妹に振り回されっぱなしだ。
72 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:53:23.81 ID:+jwYpwDO0
〜〜〜

あれ以降無言のまま歩き続け、着いた場所は商店街のはずれにある空き地だった。

朋也(俺を埋める場所を、ここに決めたってわけか……?)

杏「やっぱり、ここか……」

杏のそんな呟きが聞こえてくる。

朋也「え、マジ?ここなの?」

杏「え?なにが?」

朋也「俺を埋める場所」

杏「……埋められたいの?」

朋也「そんなわけないだろ」

杏「何をわけのわからないことを言ってるのよ」
73 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:54:32.01 ID:+jwYpwDO0
朋也「じゃあ、なにが『やっぱりここ』なんだ」

杏「ん……。あたしとボタンの、思い出の場所だから……ね」

ボタン「ぷひー♪」

朋也「思い出の場所?」

だからなんなんだ、と言おうとして、やめた。

杏のボタンを眺めるその横顔が、とても優しいものだったから、突っ込む気になれなかった。

杏「あたしが、一番リラックスできる場所ってことよ」

朋也「ふーん……」

深くは聞かず、そんな相槌を打つ。
74 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:55:51.63 ID:+jwYpwDO0
杏「……ねえ、朋也」

朋也「なんだ?ようやく俺を呼び出した本題か?」

杏「ん……まあ、そんなところ」

どうやら、俺を始末するつもりではなかったようで、安心して話を聞くことができそうだった。

杏「椋から、話は聞いたわよ」

朋也「!?」

咄嗟に、杏から距離を取って身構える。

朋也「や、やっぱり、俺をここで始末するつもりなんだなっ?」

杏「落ち着きなさいよ。別に、怒ってるわけじゃないから」

朋也「そっ、そうなのか?本当だな?」

杏「どうしてそこを疑うのよ、もう……」

杏は呆れたようにため息をついている。

どうやら、本当に怒ってはいないようだった。
75 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:56:56.41 ID:+jwYpwDO0
朋也「……じゃあ、俺になんの話があるんだ」

とりあえずの警戒を解き、あらためて話を聞く。

杏「……どうして椋がそんなことをしたのか、って、考えてみた?」

朋也「考えたよ。けどわかんねえ」

杏「ほんとにわかんない?」

朋也「………」

思い当たる、と言うか……まさか、って思うことはある。

が、それを自分の口から言うのは気恥ずかしい。

杏「あんたにだって、なんとなく想像はつくでしょ?」

朋也「ああ……まあ、な」
76 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:58:34.57 ID:+jwYpwDO0
杏「あの引っ込み思案な椋が、どれだけ勇気を振り絞ってあんたを追ったのかわかる?」

朋也「そもそも俺、あいつのこと詳しく知らねえからな」

杏「……そう、ね。ごめん……」

朋也「いや、別に謝られるようなことじゃないけどさ」

杏「あたしだって……あんたの後を追って授業サボるなんてしたことないのに」

朋也「は……?」

なんだか話の流れがおかしい。結局、何が言いたいんだこいつは。

杏「だから、その……椋の気持ちは、大体察しはつくでしょ?」

朋也「そりゃ、そんだけ言われりゃあな……」

まあ、だからと言って実感なんて湧くわけでもないんだが。
77 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:59:40.22 ID:+jwYpwDO0
杏「だから……さ……。ここから先は、あたしのただの自己満足だから」

朋也「自己満足……?」

杏「うん……。その……椋にね、怒られちゃったの、あたし」

朋也「怒られた?何をだよ」

杏「逃げるな……って……」

朋也「………」

杏「わたしは逃げないから、お姉ちゃんも自分の気持ちと向き合え、って……ね……」

朋也「……それって……」

杏「…………」

朋也「……つまり、そういうこと……だよな……?」

杏「……っ……」

俺の問いに、杏は顔を赤くして俯く。

返答はなかったが、その仕草で答えを言っているようなものだった。
78 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 23:00:57.07 ID:+jwYpwDO0
朋也「……あー……と、その、だな……」

杏「っ、卑怯、だよね。自分の気持ちを口にしないで、察してもらおうなんてさ」

なんと言っていいものか考えていると、杏のほうが先に口を開きそう早口で話す。

朋也「……」

杏「……この気持ちに気付いたのは、最近なの。クラスが別になって、今度は椋からあんたの話を聞く立場になって、さ……」

朋也「それって……」

ひと月も経ってないじゃないか……。

杏「最初は、あたしだってわけわかんなくって……でも、そうだって考えたら、いろんな辻褄も合って……」

ぽつり、ぽつりと、言葉を選ぶように途切れ途切れに話し続ける。

杏「でも、あたしは……椋を泣かせたくなんてなくって。それに……断られちゃったら、あんたと友達としても話できなくなっちゃうかもしれないし……」

朋也「………」

杏「矛盾と行き止まりばっかりで……その場から、動くこともできなくなって……」

杏の言葉に、否定も肯定もすることができなかった。
79 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 23:02:27.11 ID:+jwYpwDO0
杏「だから、ここからまた歩き出すために……これは、必要なことなの」

そう言うと、杏は潤んだ瞳のまま俺の顔をまっすぐに見つめてくる。

杏「好きです、朋也」

朋也「っ……」

杏「ずっと……朋也のことが、好きでした」

今にも零れそうな涙を瞳いっぱいに溜めて、杏はそう告白してくる。

朋也「ああ………ありがとう」
80 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 23:03:35.11 ID:+jwYpwDO0
杏「………っ、はぁ〜〜〜〜!すっきりした!」

朋也「――――は?」

先ほどとは打って変わり、明るい声でそう言う杏。

杏「言ったでしょ?これは、ただのあたしの自己満足だって。返事なんて、最初から期待してないの!」

朋也「………」

杏「正直、分が悪いのは自覚してるしね。それに、椋を泣かせたくないっていうのも、あんたと友達としても話できなくなくなるのがいやだって言うのも本音」

朋也「杏……」

杏「だから、この話はこれでおしまい!あ、言っておくけど、返事はいらないから!あたしと朋也は、これからも友達ってことで!」

杏はいつも通りの、明るい声で話す。

まるで、さっきの告白なんてなかったかのように。
81 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 23:04:50.09 ID:+jwYpwDO0
杏「じゃ、あたし帰るね。ボターン!帰るわよー!」

ボタン「ぷひ?ぷひー!」

トテトテトテ、と杏の下まで駆けてくるボタン。

足元まで来たそいつを抱き上げると、

杏「バイバイ、朋也」

今までの重苦しい雰囲気などどこへやら、杏はやはりいつも通りの笑顔でそう言って帰っていく。

朋也「………」

その後ろ姿を追う気になれず、黙って見送るのだった。
82 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 23:05:52.53 ID:+jwYpwDO0
本日の投下、以上
83 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/12/11(金) 01:40:10.69 ID:OTFARMc7o
おつやで
84 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/17(木) 00:03:18.68 ID:A1s5ERM90
投下します
85 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/17(木) 00:03:57.46 ID:A1s5ERM90
〜〜〜

ぼんやりとした思考の中、春原の部屋へ戻ってくる。

春原「おや、おかえり。客って、結局誰だったんだ?」

朋也「ん……ああ、杏だった」

春原「藤林は藤林でも、姉のほうだったのか。で、なんの用だったの?」

朋也「………」

なんの用だった……か。なんて答えるべきなんだ、ここは。

告白された、なんて馬鹿正直に言うのは気恥ずかしい。

朋也「ちょっと……な」

結局、答えることができずそう濁す。

春原「? まあ、なんでもいいけどさ」

春原も、深くは追及してこなかった。

そうしてそのまま、その日はその話題が出ることはなかった。
86 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/17(木) 00:04:38.65 ID:A1s5ERM90


翌日。

朋也「………」

いつもより早い時間。

朋也(なんでこんな早くに目ぇ覚めちまうんだよ、俺……)

今から出れば、遅刻前に学校に着いてしまう時間だった。

朋也「はぁ……行くかぁ」

仕方なく準備をして、家を後にする。
87 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/17(木) 00:06:11.84 ID:A1s5ERM90
〜〜〜

教室のドアを開け、中へと入っていく。

椋「岡崎くん!」

俺の姿に気づいた藤林が、俺のほうへ駆け寄ってきた。

椋「おはようございます、岡崎くん」

朋也「……ああ、おはよう」

昨日の杏の話を思い出す。


杏『……どうして椋がそんなことをしたのか、って、考えてみた?』

杏『あんたにだって、なんとなく想像はつくでしょ?』

杏『あの引っ込み思案な椋が、どれだけ勇気を振り絞ってあんたを追ったのかわかる?』

杏『だから、その……椋の気持ちは、大体察しはつくでしょ?』


朋也(杏の話では、こいつも……)
88 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/17(木) 00:07:40.22 ID:A1s5ERM90
椋「今朝は遅刻しなかったんですね、岡崎くん」

朋也「まあ……昨日の今日だしな」

椋「ありがとうございます。わたしの言ったことを真面目に考えてくれて、うれしいです」

照れたような笑顔で、そう言ってくる藤林。

朋也(……別に、藤林の言ったことを気にして遅刻せずに来た、ってわけではないんだけどな……)

それは口には出さず、照れ笑いする藤林の顔を見続ける。

朋也(こんな俺なんかの、どこがいいんだかな……)

椋「? どうかしましたか、岡崎くん?」

朋也「え?」

椋「まじまじとわたしの顔を見ているから……なにか付いていますか?」

朋也「……目と鼻と口がついてる」

椋「岡崎くん、わたしは真面目に聞いてるんですよ?」

朋也「俺だって真面目に答えてるよ」
89 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/17(木) 00:08:30.53 ID:A1s5ERM90
椋「その、そんなに見つめられると、少し照れます」

朋也「……悪かったな」

椋「いっ、いえ、岡崎くんが謝るようなことでは……」

何とも言えない会話をしていると、予鈴が鳴り響いてくる。

椋「それじゃ、わたしが言ったもうひとつの約束も、お願いしますね、岡崎くん」

朋也「………善処するよ」

椋「今日は土曜ですから、岡崎くんならきっと大丈夫です」

根拠のない話だった。

朋也「ああ、そうだな……」

少しくらい、こいつとの約束を守ってやってもいいか、なんて思ってしまう。
90 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/17(木) 00:09:46.49 ID:A1s5ERM90
〜〜〜

2限目が終わった休み時間に、春原が登校してくる。

春原「なんだ、今日は早いじゃん、岡崎」

朋也「ん……まあな」

春原「どうしたの?窓の外なんか見てたそがれちゃって」

朋也「いや……別に」

春原「どうしたんだ、岡崎。なんか元気ないな?」

朋也「………」

クイ、と無言のまま親指である席を指す。

春原「……あー」

指した先では、藤林が次の授業の準備をしている。

春原「目ぇつけられてるのは継続中なのね」

朋也「そういうことだ。だから、授業をバックれることもできねえ」

おかげで、眠くて仕方ない。
91 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/17(木) 00:10:30.49 ID:A1s5ERM90
春原「どうせ委員長に岡崎を止めることなんてできないだろうし、無視してバックれればいいじゃんよ」

朋也「そういうわけにもいかねえだろ……」

春原「は?なんでだよ?」

朋也「……また、俺のあとをついてくるかもしれねえし」

春原「あー……なるほどね」

朋也「はぁ……」

ため息ひとつつき、窓の外を意味もなく眺め続ける。




その日、俺が授業をバックれることはとうとうなかった。
92 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/17(木) 00:12:10.25 ID:A1s5ERM90
〜〜〜

午前だけの授業が終わり、放課後になる。

隣の席に視線を移す。

朋也(あの野郎……俺が抜け出せないと知ったうえで、堂々と授業サボりやがって……)

そんな理不尽な怒りを覚える。

結局こいつが受けた今日の授業は、3限目だけだった。

朋也(少しは真面目に授業受けろってんだ)

心の中でそう悪態をつき、今までの俺もそうだったことに気が付く。

俺がこんなことを考える日が来るなんてな、と自嘲し、カバンを持って教室を出た。
93 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/17(木) 00:13:54.26 ID:A1s5ERM90
杏「あっ」

朋也「?」

廊下へ出たところで、息を詰まらせる声が聞こえてきた。

その声の主は、俺の顔を見て少しだけ動きを止め、

杏「や、朋也。椋から聞いたわよ、今日は遅刻しないでちゃんと登校したんだって?」

すぐにいつも通りの調子で話しかけてくる。

朋也「あ、ああ……まあな」

杏「椋との約束を律儀に守るなんて、あんたも真面目よねぇ」

朋也「別に、そういうわけじゃ……」

待て。なんで杏が、俺と藤林の約束を知ってるんだ?

杏「もう二人の心は通じ合っちゃってるとか?いや〜、なんかそう考えたら妬けちゃうわよね〜」

朋也「………」

杏「ところで、椋は?」

朋也「……まだ、教室のなかにいるよ」

杏「そ。あんたも帰るんでしょ、朋也?今までの遅刻ばっかりの生活リズムを直そうってんだから、頑張んなさいよ」
94 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/17(木) 00:14:57.50 ID:A1s5ERM90
朋也「……杏」

教室の中へ入って行こうとする杏を、呼び止める。

杏「っ、なに?朋也」

いつも通りの調子で話すが、一瞬の動揺までは隠せていなかった。

朋也「……ちょっと、話があるんだ。藤林と帰るつもりだったんだろうけど、少しだけ時間いいか?」

杏「は、話?って、なによ改まって。話したいことがあるんなら、ここで話せばいいじゃない」

朋也「ここではちょっと、な。人の目もあるし」

杏「ひ、人に聞かれたら困る話?」

朋也「ああ、そうだ。……心当たりは、あるよな」

杏「………」

極力普段通りの調子を保っていたであろう杏が、ついに口を閉じる。

朋也「……。中庭で、待ってる」

俯き、返事をしない杏を置いて、その場を離れる。
95 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/17(木) 00:15:58.36 ID:A1s5ERM90
〜〜〜

中庭のベンチに腰掛け、来訪者を待つ。

朋也「………」

杏は、来てくれるだろうか。

昨日の今日だ、来ない可能性の方が高かった。

かといって、言い出しっぺの俺がすぐにこの場を離れるわけにもいかない。

朋也「……なに、やってんだろうな、俺」

ベンチの背もたれに腕を乗せて空を仰ぎ、そう呟いた。
96 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/17(木) 00:16:43.84 ID:A1s5ERM90
〜〜〜

朋也「……………」

時間にして、小一時間が経っただろうか。

朋也「………なにやってんだ、俺………」

もう一度、同じ言葉を呟いた。

朋也「あの女……ブッチとはいい度胸してやがる……」

俺のことを好きだ、と告白した少女の顔を思い浮かべる。
97 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/17(木) 00:17:38.84 ID:A1s5ERM90
朋也「………はあ、帰るか……」

すっかり重くなった腰を上げ、家路に着こうとする。

椋「お、岡崎くん!」

と、ここで呼び止められる。

声の主は、呼び出した人物ではなく、その妹だった。

朋也「……藤林?」

椋「あ、えと、お姉ちゃんから、岡崎くんがここで待ってるって聞いて、その……」

朋也「………」

何を考えてるんだ、杏は……?

まさか、俺と藤林をくっつけるつもりなのか……?

椋「あの、岡崎くん……?」

朋也「あ、あぁ、なんだ?」

椋「……わかってます。岡崎くんが呼び出したのは、お姉ちゃん、なんですよね」

朋也「……ああ」

椋「お姉ちゃん、用事があるから椋が行ってあげて、って……」

朋也(………逃げられた、か)

まあ、想定の範囲内ではある。

代わりに藤林が来たのは想定外だが。
98 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/17(木) 00:18:49.92 ID:A1s5ERM90
椋「なにか、あったんですか?」

朋也「別に、なんもねえよ」

杏が来ないとわかった今、俺がここにいる理由はもうなかった。

心配そうな顔をしている藤林を横目に、家路に着こうとする。

椋「あっ、待ってください、岡崎くん!」

そんな俺の後を、藤林が追いかけてくる。

椋「せっかくですし、一緒に帰りませんか?」

朋也「………別に、構わないけど」

椋「あ、ありがとうございます」

照れたような顔をしながら、俺の隣に並ぶ。

そうして二人、学校を後にした。
99 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/17(木) 00:21:34.97 ID:A1s5ERM90
〜〜〜

椋「あの、岡崎くん」

朋也「あん?なんだ?」

椋「来週の創立者祭なんですけど……岡崎くん、予定はなにかありますか?」

朋也「創立者祭?そうか、もうそんな時期か」

椋「今年はわたしたち、3年生ですから、クラスの出し物もないので自由にまわれますよね」

朋也「あー、まあ、そうだな」

椋「……なんだか岡崎くん、他人事みたいな反応ですね」

朋也「そりゃ、今までまともに創立者祭に出たことなんてねえからな」

創立者祭当日は、出欠は朝のHRだけだったから、それを終えると春原の部屋へ行き無為に時間を潰すのが恒例だった。

椋「そんなの、もったいないですよ」

朋也「って言われてもな……別段、創立者祭に興味があるわけでもないし」
100 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/17(木) 00:22:39.81 ID:A1s5ERM90
椋「その……もしよろしければ、今年の創立者祭はわたしと一緒にまわりませんか?」

朋也「………。は?」

椋「で、ですから、その……岡崎くんさえよければ、わ、わたしと一緒に創立者祭、まわりませんか?」

朋也「……………」

なんと答えるべきか……。

断る理由なら、いくらでもある。が、昨日の杏の話を聞いたうえでこの誘いを断るってことは……。

朋也(こいつを振る、ってことと大差ない、よな……)

正直なところ、今の自分の気持ちもはっきりしていない状態で藤林や杏と過ごすのは、避けたかった。
101 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/17(木) 00:23:27.30 ID:A1s5ERM90
椋「岡崎くん?」

朋也「ああ……いや、悪い、藤林」

椋「え……?」

朋也「創立者祭は……一緒にまわれねえや」

だから、断ることにした。

椋「……そうですか」

朋也「ごめんな、せっかく誘ってくれたのにさ」

椋「いえ、気にしないでください。ただの、思いつきだったので」

朋也「………」

杏から聞いた話が本当なら、思いつきなんて、そんなことはないはずだった。

椋「わ、わたし、先に行きますね!それじゃあ!」

藤林は居たたまれなくなったのか、駆け足気味に行ってしまう。

去り際の藤林の瞳には、今にも零れそうなほど涙が溜まっていた。

朋也「………はぁ」

別に俺が悪いわけでもないのだが、なんとも後味の悪い結果となってしまった。
102 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/17(木) 00:24:13.06 ID:A1s5ERM90
〜〜〜

家へ着くと、急激に眠気が襲ってくる。

朋也「ふわ……」

あくびを噛み殺し、自室へ向かう。

朋也(そういや、今日は朝早くに起きて、授業中もほとんど寝なかったんだっけ……)

今までの生活を考えると、眠いのは当然だった。

朋也(春原のとこ行く前に、少しだけ寝ていくか……)

そう決め込み、布団に入り込んだ。
103 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/17(木) 00:26:36.69 ID:A1s5ERM90
本日の投下、以上
終盤、ひとつだけ安価を取ろうと思います。
一番安価の多かった選択肢で話を進める予定ですので、よろしくお願いします
では
104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/12/17(木) 12:12:04.39 ID:ErljDnjfo
おつ
105 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/23(水) 19:25:29.33 ID:NeZuheWK0
投下します
106 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/23(水) 19:27:06.78 ID:NeZuheWK0


それからの一週間は、何というか、あっと言う間だった。

藤林との約束を気にしている、というわけではないのだが、朝は遅刻前に登校し、授業をバックれることもなくなっていた。

そんな、今までの日常とは変わった一週間を過ごす中。

藤林と杏の二人とは―――妙な距離が、出来つつあった。

藤林が俺に話しかけてくる数も減り、杏は相変わらず俺に話しかけてくるものの、どこか距離を置いたような接し方で。

俺自身の気持ちにも整理がつかないまま、時間だけが流れた。
107 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/23(水) 19:28:26.74 ID:NeZuheWK0
創立者祭前日の夜。俺は、久しぶりに春原の部屋に来ていた。

朋也「おーっす」

春原「岡崎か。なんか、お前がこうして僕の部屋に来るのもずいぶん久しぶりな気がするな」

朋也「だな。朝早起きするもんだから、学校終わって家に帰ると眠くなっちまって、そのまま寝るのが習慣づきつつあるみたいだ」

春原「不良だった岡崎くんが、委員長に目をつけられたことでずいぶん真面目になったもんだねぇ」

朋也「………」

春原「ありゃ、突っ込みなし?」

朋也「いや……事実、そうだしな」

あの日、藤林に占ってもらった結果を思い出していた。

椋『岡崎くんは、今は不良をしていますけど、ちょっとしたきっかけで真面目になれる人間だ、ということです』

朋也(ちょっとしたきっかけで真面目に……なぁ)

思い当たるきっかけと言えば、あの日、杏に告白されたことだった。

杏『ずっと……朋也のことが、好きでした』
108 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/23(水) 19:29:39.73 ID:NeZuheWK0
朋也「………。なあ、春原」

春原「ん、なに?」

朋也「もし、もしだぞ?」

春原「だからなんだよ」

朋也「もし、仮に、お前が藤林と杏に告白されたとしたら……どうする?」

春原「………はい?」

朋也「もしもの話だよ」

春原「……脈絡なさすぎてわけわかんないんですけど」

朋也「仮にの話だよ。そんな深く考えるな」

春原「うーん……そうだねぇ」

別に、こいつの答えに期待しているわけではなかった。

ただ、今のあの二人との微妙な距離感に、少し参っている自分がいただけだ。
109 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/23(水) 19:31:13.39 ID:NeZuheWK0
春原「杏はともかく、椋ちゃんのことは正直あんまりわかんないしなぁ」

いつかの俺と、似た感想。それも当然と言えば当然だ。

俺らみたいな不良生徒と積極的に関わり合う女の子なんて、稀な存在だった。

春原「そう考えると、付き合うなら杏だよね、やっぱり。普段は辞書とか飛び蹴りとかかましてくるけど、付き合うことになったらしおらしくなりそうだし!」

朋也「………」

予想通りの答えだった。

春原「あ、でも、今の岡崎の立場で考えたら椋ちゃんを選んじゃっても良さそうだよね!」

朋也「っ……」

続く春原の返答に、息を詰まらせた。
110 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/23(水) 19:32:09.19 ID:NeZuheWK0
春原「……で、僕の答えで岡崎くんは答え、出せそう?」

朋也「………さて、な」

春原「この一週間、お前、ずっと難しそうな顔してるぞ?そりゃ、相手は双子の姉妹だし、簡単に答えなんて出せないだろうけどさ」

朋也「別に、そういうわけじゃ……」

春原「………答えを出すんなら、明日がタイムリミットだぞ、岡崎」

朋也「え……?どういう意味だ?」

春原「杏には黙ってろって口止めされてたけど……ま、ちょっとフライングだけど話しちゃっていいか」

朋也「杏……?」

春原「今日の放課後、杏に呼び出されてさ。珍しく僕に相談なんて言うんだよ」

朋也「………」
111 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/23(水) 19:33:37.47 ID:NeZuheWK0


SIDE−春原

放課後。ここ最近は付き合いが悪くなった岡崎を見送った僕は、一人寂しく帰ろうと玄関へ向かっていた。

そこに、そいつはいた。

杏「ようやく来たわね、待ってたわよ」

春原「杏?なんだよ、岡崎なら先に帰ったぞ?」

杏「馬鹿ね、あんた。そんなの見ればわかるわよ」

春原「え?もしかして、僕を待ってたの?」

杏「だからそうだって言ってるじゃない。そもそも、なんてあたしが朋也を待ってるのが当たり前と思ってるのよ、あんたは」

春原「いや、だって最近杏と岡崎、ギクシャクしてたし」

杏「……っ……そっか、あんたにも気付かれちゃってたのか」

春原「なに?僕に用事?」

杏「ん……そう。ちょっと、相談を……ね」

春原「そ、相談?」

杏「なによそのすごーく嫌そうな顔は」

春原「べ、別にそんな顔してませんよ?あ、あは、あははは!」

杏「ここじゃひと目につくわ。玄関まで来させて悪いけど、ちょっと面貸しなさい」

春原「あ、ああ……?」
112 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/23(水) 19:35:38.73 ID:NeZuheWK0
〜〜〜

先を歩く杏について歩き、人気の少ない旧校舎のほうまでやってくる。

春原「……で、相談?って、なんだよ」

杏「………朋也とのこと、なんだけど」

春原「まあ、それはなんとなく予想ついたけどさ」

杏「あたしと朋也って、前はどんな話をしてたんだっけ……と思って」

春原「は?」

わけのわからない質問をされ、間の抜けた声が出てしまう。

杏「なんか、最近、朋也とどう接したらいいのかわからなくなっちゃって……さ」
113 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/23(水) 19:37:20.77 ID:NeZuheWK0
春原「どうもなにも、別に普通でいいじゃん」

杏「そ、それがわからなくなったって言ってるんでしょ!?」

春原「いや、だからなんでわからなくなったのかが僕にはわからないんだけど」

杏「……〜〜〜……」

そこで、杏が押し黙る。どうも、何か言いにくいことのようだった。

春原「……まさか」

ふと、思い当たる。

春原「杏、岡崎に告白なんかしちゃったりとか?」

杏「っ、ば、バカっ!声がでかいわよっ!!」」

春原「心配しなくても、誰も聞いてないって」

杏「で、でも、だって、その、ほら……う〜〜……」

顔を真っ赤にし、視線をあちこちに落ち着きなく移している杏。

……からかいたくなる気持ちが湧いてくるが、ここでからかうと命に関わる気がするからやめておくことにする。
114 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/23(水) 19:39:02.20 ID:NeZuheWK0
春原「とりあえず、告白、したんだ?」

杏「〜〜〜〜……え、えぇ、そうよ!なに、なんか文句でもあんの!?」

春原「で、岡崎の答えは?」

杏「き、聞いてないわよ!そもそも、返事はしなくていいって言っちゃったし!」

春原「はぁ?」

杏の行動がまるで理解できない。岡崎に告白したけど、返事はしなくていいと言って、更には岡崎との接し方がわからなくなった?

春原「……あのさ、杏」

杏「な、なによ?」

春原「杏は、その気持ちを岡崎に伝えて、どうしてほしかったわけ?」

杏「べ、別に、どうもしてほしくなんて……」

春原「嘘でしょ、それ」

杏「〜〜〜……」
115 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/23(水) 19:41:01.79 ID:NeZuheWK0
春原「お前や岡崎とは前からつるんでたからさ、杏の気持ちもなんとなくだけど僕は気付いてたよ。ま、本人の問題だし、口出しするつもりはなかったから黙ってたけどさ」

杏「……い、言っておくけど、あたしだって自分の気持ちを自覚したのは最近なのよ!それなのに、なんとなく気付いてたって……」

春原「自分の気持ちって、自分ではなかなか気付かないこともあるってことでしょ」

杏「っ……」

春原「心配しなくても、ここで聞いたことは言いふらすようなことはしないよ。そんなことしたら、杏に殺されるだろうしね」

杏「あ、当たり前じゃない、そんなの……」

春原「うん。だから、正直に言ってくれていいよ。杏は、どうしたいの?」

杏「………………」

長い沈黙が続き、やがて杏が口を開く。

杏「……どうしたらいいのか、わからないのよ」

その返答は、ちょっと予想外だった。

春原「どうしてだよ。岡崎のことが好きで、その気持ちを伝えたなら、返事だって聞きたくなるだろ、普通」

杏「……怖いの。朋也に、拒絶されるのが……」
116 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/23(水) 19:43:21.11 ID:NeZuheWK0
杏「もし、朋也に断られちゃったら……もう、友達としても話ができなくなっちゃったら……朋也の近くに、いられなくなっちゃったら……そう思うと、怖いの……」

春原「………」

杏「だから、返事はいらないって言って……今まで通りのあたしで、朋也と接してきたつもりだったんだけど……なんだか、最近妙な距離が出来ちゃった気がして……」

春原「まあ、ギクシャクしてたのは事実だね」

杏「それは、あたしが一番怖がってたことなの。朋也ともっと話したい。一緒にいたい……なのに、それが出来なくなり始めてて……」

春原「……なるほど、ね」

杏の言いたいことは、なんとなくわかった。

一番恐れていた事態が起こり始めている。それが苦しくて、どうしようもなくて……それで、誰かに相談しなきゃならないほど追い詰められたわけか。

春原「でもさ。それが嫌だったんなら、なんで岡崎に告白したりなんかしたんだよ。友達としてでも一緒にいられればよかったんなら、その気持ち、抑えたままいればよかっただろ」

我ながらなかなかヘタレな発想だと思ったが、今の杏の様子を見ているとそれが一番だったんじゃないかと思える。
117 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/23(水) 19:45:22.64 ID:NeZuheWK0
杏「……明日の創立者祭。その日……椋は、朋也に告白するつもりみたいなの」

春原「……………はい?」

唐突に出てくる、椋ちゃんの名前。

杏「椋もね、朋也のことが好きなの。でも、椋もあたしの気持ちを見抜いてて……自分の気持ちから逃げるな、って、怒られちゃって……」

春原「……あー……」

それで、すべてに納得がいった。

つまり、椋ちゃんに背中を押されて、杏は岡崎に告白した。

けど、一緒にいられなくなるのが嫌だから、返事は聞かずに終わった。それで今、実際に一緒にいられなくなりつつある。

そうして、色々な状況に追い詰められていたんだ、杏は。

杏「あたしは……椋に泣いてほしくない。朋也が椋と付き合うなら、それでもいいって思ってた。それで、あたしは、自分自身のケジメとして想いを朋也に伝えただけのつもりだったの」

春原「………」

杏「なのに……どうしてこうなっちゃったのよ……」
118 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/23(水) 19:46:57.08 ID:NeZuheWK0
春原「……結局さ。杏自身は、どうしたいわけ?」

杏「あたし自身……?」

春原「そう。今の話からだと、杏自身がどうしたいか、どうなってほしいのかが見えてこない」

このままいけば、椋ちゃんは創立者祭の日に岡崎に告白するんだろう。

それで岡崎がどういう答えを出すのかはわからないが、どちらにしろ杏とは自然と距離ができるのは間違いなかった。

春原「椋ちゃんと岡崎が付き合うようになったら、杏だってそんな二人の傍にはいられなくなるよ」

杏「そんなわけ……」

春原「そんなわけ、あるんだよ。第一、杏はその岡崎への想い、捨てることできる?」

杏「……っ……」

春原「できないから、こうして苦しんでるんでしょ?そして、その気持ちを抱えたまま、恋人同士になった椋ちゃんと岡崎の二人と一緒に過ごしていたら、傷つくのは、自分だけじゃ済まなくなるよ」

杏「………わかってるわよ、そんなことくらい……」
119 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/23(水) 19:48:46.78 ID:NeZuheWK0
春原「どうしたらいいかわからない、じゃなくてさ。自分がどうしたいか、それを決めるのがまずやらなきゃいけないことなんじゃないの?」

杏「………あたしが、どうしたいか……か」

春原「僕から言えるのは、それだけ」

杏「……ありがと、陽平」

春原「礼を言われるようなことはなにも言ってないよ。結局どうするのかを決めるのは杏だからね」

杏「………うん」

春原「じゃ、僕は先に帰ってるよ。……岡崎になにか伝言があるなら、伝えてもいいけど?」

杏「ううん、大丈夫。……わかってると思うけど、朋也には、何も言わないでね」

春原「りょーかい。ま、最後に僕の個人的な意見だけは言わせてもらうけどさ」

杏「?」

春原「岡崎には、椋ちゃんよりも杏の方がお似合いだと思うよ」

杏「…………ありがとう」

杏の最後のお礼は聞こえない振りをして、その場を後にする。
120 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/23(水) 19:50:21.55 ID:NeZuheWK0


SIDE−朋也

春原は話し終え、小さくため息をつく。

春原「杏はさ。岡崎と一緒にいられなくなるのを何よりも恐れてるんだよ。去年とはクラスも分かれちゃったし、その気持ちは更に強くなってるかもね」

朋也「………杏……」

春原「なんにしても、明日には椋ちゃんからの告白が待ってるってわけだ。どうしたらいいのか、そろそろ覚悟を決めといた方がいいんじゃない?」

朋也「……ああ」

春原「逃げたいってんなら、それでもいいと思うよ?なんせ相手は姉妹、それも双子だ。どっちを選んだにしても、後味の悪さは残るだろうしね」

朋也「……そうだな……。後味の悪さは残るだろうけど……」

でも、逃げるようなことは、したくなかった。

朋也「悪いな、春原。杏に口止めされてたってのに、話してくれてさ」

春原「いや、別に気にしなくていいよ。杏も、岡崎も、僕の友達だからね。できるなら、全員納得できるような結末になってほしいしさ」

朋也「納得できるような結末……か」

果たして、そんなものがあるのかどうか……。

明日は、創立者祭だ―――
121 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/23(水) 19:51:55.19 ID:NeZuheWK0
本日の投下、以上
次の投下終了後に安価取る予定です
122 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/12/23(水) 20:35:16.45 ID:MiDPl2aao
おつ
123 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/12/27(日) 22:45:05.02 ID:FDfzuo8mo
おつ
124 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/28(月) 22:27:29.39 ID:Nu6S4o660
投下します
125 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/28(月) 22:31:12.82 ID:Nu6S4o660


創立者祭当日。

朝のHRで出欠を取ると、後は自由時間となる。

朋也「………」

春原「さて、と。じゃ、どうするんだ、岡崎?」

朋也「……そうだな……」

ふと、とある席に視線を移す。

クラス委員長でもある藤林と、目が合った。

椋「………」

その視線が、今日は帰らないでいてください、と言っている気がした。

朋也「……最後の創立者祭くらい、見て回ってもいいかもな」

意識したわけではないが、そう口をついて出てくる。
126 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/28(月) 22:32:46.66 ID:Nu6S4o660
春原「そっか、じゃあ僕は寮に帰ってるよ。逃げたくなったら、いつでも来ていいからな」

朋也「ああ……。ありがとな、春原」

逃げ道もちゃんと用意してくれる春原に、感謝する。

春原「いいってことよ。決着をつけたんなら、あとで話聞かせろよな!」

俺の背中をポンと叩き、春原は教室を出ていく。

朋也「………決着を、な……」

その後ろ姿を見送り、俺も席を立つ。

椋「っ……」

そんな俺の様子を見ていた藤林が、俺から少し遅れて立ち上がると、周囲にいた女生徒と二、三、話をしてから俺のほうへ向かってくる。
127 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/28(月) 22:34:10.08 ID:Nu6S4o660
椋「とっ、朋也くんっ!」

朋也「………。あん?」

今、なんて呼ばれた……?

椋「……と、朋也……くん……」

俺の名前を確かめるように、もう一度呟かれる。

朋也「……あ、ああ……なんだ、藤林?」

極力平静を装い、そう返事。

椋「あ、その……わ、わたしのことは、できれば椋……って、呼んでください」

朋也「………」

椋「ほ、ほら、同じ学年に、お姉ちゃんもいますから。苗字だと、ややこしいじゃないですか」

朋也「……まあ、そうだな」

今更ではあるが、道理ではある。

まあ、杏のことは名前で呼んでいるんだから、ややこしいことなんてないとも言えるんだが。
128 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/28(月) 22:35:32.99 ID:Nu6S4o660
椋「ですから、わたしのことは、椋、と呼んでください」

朋也「……わかったよ。で、なんだ?……り、椋」

我ながら、なんとも初々しい呼び方だった。

椋「っ、は、はい。ええと……改めて、なんですけど……」

改めてなのは、呼び方もそうだったのだが、それは突っ込まないでおこう。

椋「よろしければ、今日は、わたしと一緒に、ま、まわりませんかっ?」

朋也「………」

藤林……椋からの、二度目の誘いだった。

椋「その、実は今日、わたしも一緒にまわる約束をしてる人はいないんです。と、朋也くんも、春原くんは一緒にいないみたいですし……どうかな、って思って」

朋也「……」

ちらりと、椋の後ろにいる数名の女生徒へ視線を移す。

俺と椋のやり取りを見守っているんだろうそいつらは、俺の視線に気が付くと露骨に視線を逸らした。全員、俺らと同じ三年のようだった。

恐らくは、椋の友達。椋がこうして俺に話しかけている姿を見守っているということは……多分、椋の気持ちを知っているに違いなかった。
129 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/28(月) 22:37:15.13 ID:Nu6S4o660
朋也「………椋」

椋「はっ、はい!」

朋也「前にも言ったが……悪い、一緒にはまわれない」

だから、そいつらに、フォローを任せることにした。

椋「あ………」

朋也「ほら、お前の後ろ。お前のことを待ってるやつらだろ?俺のことなんていいから、あいつらと一緒にまわれよ」

椋「……っ……」

椋はグッと拳を握り、

椋「わ、わかりました。すみません、朋也くん。二度も、同じお誘いをしてしまって……っ」

無理に笑顔を作ると、俺にそう告げて数名の女生徒の元へ向かっていく。

朋也「………」

数名の女生徒に慰められている椋を横目に、教室を後にする。
130 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/28(月) 22:38:27.21 ID:Nu6S4o660
〜〜〜

朋也「……で、だ……」

いざ教室を出たはいいものの、特に当てがあるわけでもなかった。

周囲を見渡すと、行き交う人の群れ。

俺みたいに一人でいるようなやつはおらず、みんながみんな誰かと一緒にいるやつらばかりだった。

なんだか、俺一人だけが異物のように思えた。

朋也(ま、実際異物、なんだろうけどな……)

どう思おうと、今日創立者祭に残ると決めたのは俺自身だ。

楽しめるとは思えないが、とりあえずは三年間一度もまともに参加することのなかった創立者祭をまわろう、と決めた。
131 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/28(月) 22:40:26.98 ID:Nu6S4o660
〜〜〜

昼飯時。

ふらふらと当てもなく歩いていた中で買った食い物を手に、人気のない校舎裏へ足を向ける。

朋也(やっぱ、人のいないところのが落ち着くんだな、俺……)

校舎裏のベンチに座り、昼食を食べ始める。

朋也(……俺は、少しは変われたんだろうか)

ふと、前に椋に占ってもらったときのことを思い出していた。

椋『岡崎くんは、今は不良をしていますけど、ちょっとしたきっかけで真面目になれる人間だ、ということです』

今なら、椋が何を言わんとしていたのか、わかる気がする。

椋は多分、自分がそのきっかけになるつもりだったんだろう。

朋也(人は、そう簡単には変われないだろ)

少なくとも、自分から変わろうとしない限り、変われるはずはない。

朋也(じゃあ、俺はどうなんだ……?)

俺は、自分から変わろうとしていたんだろうか。

椋との約束通り、この一週間は遅刻もせずに登校し、授業もちゃんと出席した。

少なくとも、この一週間は、自分から変わろうとしていたのかもしれなかった。

朋也(……はん、ガラじゃないよな、俺みたいな中途半端なやつが、さ)

自分でそう思うんだから、周囲の人が見たって同じ感想に違いなかった。
132 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/28(月) 22:41:55.92 ID:Nu6S4o660
杏「……あ……」

手にしていた食べ物をひととおり食べ終えたあとに、来訪者がやってきた。

誰も来ないだろうと踏んでこの場所を選んだのに、当てが外れたようだった。

杏「……朋也」

朋也「……よう、杏」

現れたそいつも、手には創立者祭で買ったと思われるものが入った袋。

朋也「こんなところに来たって、なんもないだろ。中庭に行けば、ちゃんと飯を食うテーブルだってあるだろうに」

杏「……うっさいわね、ちょっと一人になりたかっただけよ。そういうあんたは、なんでこんなところでご飯なんて食べてるのよ」

朋也「俺は不良だからな。こうして一人でいる方が落ち着くんだ」

杏「陽平は?」

朋也「朝のホームルームだけ受けて帰ったよ」

杏「そ、だからあんた一人なのね」

朋也「そういうことだ」
133 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/28(月) 22:45:20.26 ID:Nu6S4o660
杏「そう……。それじゃ、どうしよっかな……」

朋也「別に、俺に遠慮することないぞ。ここで食って行けよ」

杏「お断りよ。……別に、あたしとあんた、付き合ってるわけでもないんだし」

朋也「……そっか。そういや、一人になりたかったって言ってたな。じゃ、俺行くよ」

杏「………」

朋也「じゃあな」

押し黙る杏の横を通り過ぎ、立ち去ろうとする。

杏「……待って」

そんな俺を、杏が呼び止めた。

朋也「………」

その呼びかけに応じて、足を止めた。
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