【ミリマス】松田亜利沙が写真撮影を依頼される話

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1 : ◆yHhcvqAd4. [sage saga]:2020/11/27(金) 00:00:13.36 ID:zlRaz8c80
スレが立ったら書きます。

https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1604048959/
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1604415599/
の続きのつもりです。

【主な登場人物】
・松田亜利沙
・中谷育
・豊川風花
・周防桃子
・秋月律子
・馬場このみ

多分8レスぐらいで終わります。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1606402813
2 :ベストショットを求めて 1/8 [sage saga]:2020/11/27(金) 00:03:46.50 ID:zlRaz8c80
 ある火曜日の午後のことでした。レッスンの合間で少しだけ抜けてきて、面談が予定されている事務室の前、その中から出てきた育ちゃんに、ありさは呼び止められました。

「亜利沙さん! お願いしたいことがあるんだけど」

 ありさにお願いって、一体何でしょうか。劇場の静かな廊下にはつらつと声を響かせる育ちゃんの目つきは、真剣そのものでした。

「プロデューサーさんの写真をとってほしいの」
「え、プロデューサーさんの、ですか?」

 どうしてでしょう。ありさは当たり前にそう思いました。

 小学校で課題発表があり、「身の周りの大人」を取材してレポートを作ることになっているそうです。家族は取材対象にしてはならない、と取り決めがあって、そこで選ばれたのがプロデューサーさんだった。育ちゃんはそんな風に説明してくれました。見せてくれた用紙には鉛筆の下書きが施してあって、大きな長方形が紙の上にぽっかりと口を開けています。なるほど、ここに貼り付ける写真が必要なんですね。

「インタビューは今のめんだん中にすませたんだけど、写真のうつり方があまりよくないの……。亜利沙さんなら上手にとってくれるかな、って」
「分かりましたっ! そういうことならありさにお任せください!」

 この世に生まれ落ちた天使、育ちゃんからの依頼です。ありさは使命感にメラメラと燃えてきました。今週中にお願い、と育ちゃんはぺこっと頭を下げてくれて、その可愛らしさに思わず鼻息が荒くなってしまいます。

 撮影対象はこの部屋の中にいるんですから、表情や構図にちょっと気を付ければ、すぐに終わるはず。ほんの朝飯前です。ありさは張り切って事務室の扉を開きました。

「失礼します」
「ああ、亜利沙。お疲れ様」
「……!」

 悪い意味でドキッとしてしまいました。そして、育ちゃんがうまく写真を撮れないと言っていた理由も分かりました。いい写真が撮れないのは、撮影技術や機材の問題ではなかったのです。

「プロデューサーさん、目の下のクマ、すごいですよ!」
「ああ、ちょっとな。今日は寝不足なんだ」

 プロデューサーさんはにっこり笑おうとしていますが、かえって痛々しい笑顔になってしまっています。「今日は」と言っていましたが、たった一日の寝不足で果たしてこうなってしまうものでしょうか。デスクに置いてある弁当箱――今日はジュリアちゃんが作ってきてくれたのでしょうか――は空っぽになっているようです。ご飯はちゃんと食べているみたいですが、どうすればいいのでしょうか。この様子だと、ベストショットが撮れるとは到底思えません。

「どうした亜利沙? 俺の顔なんかじっと見て」
「……ハッ! すす、すみませんっ。ちょっと、相談したいことがあって」
「ああ、育から何か頼まれたのか?」
「あ、そ、そうです! 写真撮って欲しいって言われたんですけど、なんていうか、その……」
「今の俺、よっぽどひどい顔してるんだな」

 そんなに体調は悪くないそうですが、もしかしたら、自分が体調不良だということに気が付かないほど調子が悪いのかもしれません。そのことが気にかかってしまい、面談で話したことは半分もありさの頭には残っていないような気がします。夢中で書きとったメモも、自分の書いた字であることは間違いないのですが、書いた記憶すらもあやふやです。
3 :ベストショットを求めて 2/8 [sage saga]:2020/11/27(金) 00:05:08.79 ID:zlRaz8c80
 結局、その日の内に育ちゃんからのミッションを達成することは諦めました。でも、明日になってみればプロデューサーさんの顔に元気が戻っているのか、と思うと、その可能性は低いような気がしました。レッスンを終えてから開いた控室の扉はずっしりと重たくて、それがありさの頭の中でこんがらがる糸をもっとぐちゃぐちゃにしていました。

 扉を開いた先には、いつものように劇場のアイドルちゃん達がいます。ありさみたいに、今来たばかりの人、これから劇場を後にする人、空き時間を潰している人や、台本を黙々と読み込んでいる人も。その中に、救急箱の中身を補充している風花さんの姿が見えて、ありさのアンテナにピーンと来るものがありました。

「風花さんなら、何か分かるかもしれませんっ!」
「へっ? な、何が?」
「こら亜利沙。声が大きいわよ」
「ああああ、すみません律子センパイ! 実は、かくかくしかじかで……」

 ありさの話を聞いてくれた風花さんの隣には、律子センパイが座っていました。そんなに大きな声を出したつもりはなかったのですが、ありさの声はいつも大きいから分かりません。台本を読んでいた桃子ちゃんや、後から部屋に入って来たこのみさんもデスクの周りに集合してきました。ありさはアイドルちゃん達に囲まれています。今日の天国です。鼻血が出てしまいそうなのですが、さすがに今は悶えている場合じゃありませんっ。

「……不眠症かもしれないわね。仕事をいっぱい抱えてるのに、最近、寝つきが悪かったり、真夜中に目が覚めたりしてる、って言ってたから、病院にかかるように勧めたんだけど……」
「医療の専門家の言うことに従わないなんて……お説教だね」

 溜息をつく風花さんの横では、桃子ちゃんが腕を組んでぷりぷり怒っています。写真に収めておきたいぐらいたいへんキュートなのですが、今カメラを向けたらありさがお説教を食らうに違いありません。

「育の頼みのこともあるけど、何とかしないとまずいことになりそうね。あの人の代理になれる人はいないんだから、どうにか睡眠だけでも確保させないと」

 おっ、律子センパイ、乗ってきてくれそうな感じがします。心強いです。

「一番効果があるのは、医療機関に行ってもらって、ちゃんと睡眠導入剤を処方してもらうことなんだけど……心療内科に行くことになるから、ハードルが高いかもしれないのよ」
「心療内科、ですか……ありさにとってはですけど、あまりその、いいイメージが……」
「それも無理のないことかもしれないわね。心の病気を持っているっていうマイナスの印象を持たれがちだもの。実際、それで適切な対処をできず余計にストレスを抱えちゃう人も多いのよ」

 あのプロデューサーさんなら、自分の心に不調があるなんて認めようとしない気がします。それに、病院へ行く時間が果たして、いつも忙しいあの人にあるのでしょうか。
4 :ベストショットを求めて 3/8 [sage saga]:2020/11/27(金) 00:05:41.92 ID:zlRaz8c80
 ふと、桃子ちゃんが開いている台本の「カップラーメン」という文字が目に入りました。その中のある文字がどうもありさの記憶に引っかかるんです。なんか……こういう、病気に関する言葉だったような……。プラ……プラ……。

「風花さんっ、あの、病気関係のコトバで……『プラなんとか』っていうのをありさはどこかで見たことがある気がするんです。何か知りませんか?」

 あいまいな質問に一瞬だけ薬箱を見つめた風花さんでしたが、すぐに合点がいった様子でした。さすがです!

「プラシーボ効果のこと?」
「多分それです! ありさは名前だけしか知りませんけど……」

 偽薬、とも言われる「プラシーボ」を、風花さんは分かりやすく説明してくれました。薬だと信じ込んでいると、実際何の効果も無いものであっても病気の症状が良くなったりすることがあるんだそうです。単なる飴玉を、酔い止めの薬だと言われて舐めたら乗り物酔いが回復した、っていう事例もあるんだとか。人間の思い込みって凄いですね。それじゃあ、ありさも自分がスーパーアイドルだと思い込めたら、スーパーアイドルちゃんみたいなカリスマを発揮できちゃったりするんでしょうか。

「否定的な意見もあることだけど、ただ単に不安やストレスを軽減させるだけなら、有効かもしれないわね。効果が見られなければ、病院へ行ってもらうきっかけになるかもしれないし……」
「ちょっと、中々の名案なんじゃない? でかしたわ、亜利沙!」

 ふおおっ、あの厳しい律子センパイからお褒めの言葉を頂いちゃいました! でも、すぐさま桃子ちゃんから「調子に乗っちゃだめだよ亜利沙さん」とチクッとされてしまいました。うう……でも、これもまた、ちょっとしたゴホウビ……。

「うーん、でも、お薬として飲ませるものがいりますよね? それっぽいものって何かありますか? ありさは何も持ってないです……」
「あっ……これなんか、どうかしら?」

 それまで見物人に徹していたこのみさんが、ハンドバッグから何かを取り出しました。フタつきのプラスチックケースに、黄色い楕円形の粒がたくさん入っています。ありさには見覚えがあります。それは、コンビニでも買える口臭予防カプセル。お酒を飲む前に服用する人が多いらしいので、このみさんが持っているのも不思議ではありませんでした。こんなものが……と思いましたが、掌に二、三粒取り出してみると、お薬に見えなくもありません。実際これって噛んだりせずに飲み込むものですから、使い方も飲み薬と同じですね。

「セクシーな大人のエチケットよ」

 そう言ったこのみさんはとても誇らしげに、右手を頭に、左手を腰に当ててクネッと腰を捻っています。すっごくプリティーです。けど、それを正直に言うとちょっと機嫌を損ねてしまうので、ありさにしては珍しく、頑張って空気を読みました。律子センパイが場を繋いでくれて助かりました。よく一緒にいる莉緒さんは、毎度どんなコメントをして乗り切っているのでしょうか。今度調査しなければいけません。
5 :ベストショットを求めて 4/8 [sage saga]:2020/11/27(金) 00:06:09.88 ID:zlRaz8c80
 風花さんがチャック付きポリ袋の予備を出して、さっきのカプセルを六粒入れました。こういう袋に入っていると、ますますお薬に見えてきます。包装シートに入っていれば完璧なんですけど……。

「後でプロデューサーさんに渡すんでしょう? ノーシーボ効果っていって、お薬の副作用も思い込みで出ちゃうことがあるから、その辺りをうまく避けて説明するわ。……それにしても、これ、市販薬の睡眠補助剤と見た目がちょっと似てるかも。病院にかかるまでいかなくても、これで効き目が無かったら市販薬の方を紹介できるかもしれないわね。そっちは本当に薬効があるから」

 睡眠補助剤……ありさが口に出したら噛んでしまいそうです。睡眠ほじょじゃい……やっぱりダメでした。ドラッグストアでは痛み止めとか絆創膏ぐらいしか探したことがありませんでしたが、そういうお薬も売ってるんですね。

 さて、お薬を渡して、プラシーボ効果がうまく効けばプロデューサーさんはぐっすり寝てくれるかもしれません。でも、ありさの頭にはもう一つ疑問がありました。

「プロデューサーさんって、いつも夜遅くまで劇場にいますよね。早く帰ってもらったりとか、できないんでしょうか」

 ありさの疑問に真っ先に答えてくれたのは、律子センパイでした。劇場の鍵閉めを担当していたり、〆切の近い仕事が後回しになっていたりで、夕方で帰れることはほとんど無いそうです。外で仕事するアイドルの付き添いをすることも多いから、余計に……。プロデューサーさんが時々劇場に寝泊りしているっていうのは、噂ではなく本当だったこともそこで知りました。

「どうにかして、プロデューサーを定時で帰らせましょう。手伝える仕事は手伝わないと……」
「律子ちゃん、私も加わるわよ。表計算ソフトは一通り扱えるから、事務関係は多少なり負担を減らせると思うわ」
「ありがとうございます、このみさん。でも、あの人しかやれない業務もあるはずだから……って、それも尋ねてみないと分からないか」

 何やら話が大きくなってきました。控室は今やちょっとした会議室になっています。「プロデューサーお休み大作戦」なんて名前までつけられて、律子センパイ、このみさん、風花さんの三人が中心になって話が進み、これからその提案へ向かうことになりました。

 難しいお話はお任せできるみたいだから安心できます。ただ、どうしてありさが先頭に立たされているのでしょうか。言い出しっぺなんだからキビキビ歩かなきゃダメだよ、なんて、踏み台を抱えた桃子ちゃんが圧をかけてきます。
6 :ベストショットを求めて 5/8 [sage saga]:2020/11/27(金) 00:06:59.47 ID:zlRaz8c80
 五人分の足音をパタパタさせながら事務室へ向かう途中、ありさ達のターゲットは、廊下の曲がり角から突然姿を現しました。不意打ちに心の準備ができておらず戸惑うありさの横では、桃子ちゃんがもう踏み台の上に立っていました。

「話は聞いたよ、お兄ちゃん。風花さんから病院に行くように言われてたのに、元医療従事者の言うことを聞かないなんてどういうことなの? 風花さんのことを軽く見過ぎなんじゃない?」
「今がみんなにとって大事な時期なんだ。俺のことなんて気にしてる場合じゃ――」
「口答えしない!」

 怒鳴り声一歩手前、桃子ちゃんの声は廊下の奥まで反響していました。きっと、曲がり角の向こうに人がいたら、ありさ達みたいに足を止めていることでしょう。

「いい? お兄ちゃんは桃子達を引っ張っていく代表なんだよ。アイドル達はみんな見てるの。代表の人がそんなにくたびれた顔してたら、みんな安心してレッスンやお仕事にも励めないでしょ! だから、自分の体調管理だってしっかりしないと、お金をもらってお仕事をするプロとして――」
「桃子、そこまでよ」

 割って入った律子センパイですが、桃子ちゃんは「でも、律子さん」と食い下がろうとします。

「私達の見てる前でそんなに強く言ったら、ハラスメントになっちゃうわよ? プロデューサーを余計に落ち込ませたくないんだったら、二人きりの時にじっくり言い聞かせてあげてね」

 このみさんに優しく諭されて、桃子ちゃんはしぶしぶ踏み台から降りました。でも、まだ肩をわなわなと震わせています。ありさが思っていたよりもずっと、腹に据えかねていたんですね。怒った顔が可愛い、なんてさっき思ってしまったことが申し訳なくなってきました。十一歳の桃子ちゃんは、年相応の子どもにも見えましたし、ありさよりずっと大人にも見えました。

「ちょっとした提案があるの。どこかのお部屋でお話できない?」
「わ……分かりました。それなら、事務室に来てください」

 落ち込んでいるのかな、と顔を覗き込もうとしてみましたが、プロデューサーさんの顔には相変わらず元気が無くて、表情を伺い知ることはできませんでした。

 五人の先頭に立っているのに、大人達に囲まれていて、何も言えないままのありさ一人だけが、子どもに取り残されているような気がしていました。
7 :ベストショットを求めて 6/8 [sage saga]:2020/11/27(金) 00:07:29.89 ID:zlRaz8c80
 事務室に立ち入るのは今日二回目です。キャスター付きの椅子もコロコロ引っ張ってきて、作業台にもなっているテーブルの周りに六人で集まりました。普段は四脚しか椅子がありませんから、お誕生日席を設けてもちょっと狭い気がします。

 さっきの桃子ちゃんの言葉を、プロデューサーさんはどう受け止めていたのでしょうか。風花さんの説明を、プロデューサーさんは静かに聞き入れていました。お薬は亜利沙ちゃんに預けてありますから、と言われて、慌ててありさは、鞄の中からポリ袋に入った偽薬を取り出しました。袋の中では、透き通った黄色の粒がひしめきあっています。恐る恐る渡しては、風花さんのお話が怪しまれてしまいます。ありさは思い切って、プロデューサーさんの大きな掌に袋を押し付けました。

 律子さんとこのみさんの申し出を受けて、目の前ではありさにはよく分からない用語が飛び交っています。とりあえず分かったのは、「鍵閉めは青羽さんに任せる」というプロデューサーさんの言葉と、六時には上がるから、居残りレッスンも無しでみんな撤収するように、という指示ぐらいでした。

「このみさん、それに律子も、俺のやるべき仕事を振っちゃってすみません。手当を出してもらえるよう、話してみますから」
「このまま無理されても、ミスが増えるだけですからね。その冴えないクマ、何とかしてくださいよ?」
「次の飲み会はプロデューサーのおごりね?」
「あっ、このみさんズルい! 未成年の私にも何かおごって下さい。でないと不公平ですよ!」

 どうやら「作戦」はうまくいきそうです。胸をなでおろしていると、桃子ちゃんが隣から鞄の紐を引っ張ってきました。

「亜利沙さんからも、何か言いなよ」
「ええっ、ありさがですか? い、いや……他のみなさんが全部言ってくれましたから、ありさが言うことなんて何も!」

 プロデューサーさんと、律子センパイと、このみさんと、風花さん、それに桃子ちゃんも。全員の視線が一斉にありさに向けられました。こうなるんだったら準備、心の準備をさせて下さい!

「亜利沙の発案なんだってな。ありがとう」
「いっ、いえいえ、とんでもないです! それより、しっかりリフレッシュして、明日いい顔を撮らせて下さい! 育ちゃんもそれを望んでるはずですから!」
「……ああ、そうだな。それじゃあみんな、世話をかけてしまうけど、協力を頼む」

 プロデューサーさんは、深々と頭を下げました。
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