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【ミリマス】木下ひなたが外泊する話
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1 :
◆yHhcvqAd4.
[sage]:2020/10/30(金) 18:09:19.62 ID:w3nnd9V30
スレが立ったら投下します。
【登場人物】
・木下ひなた
・ジュリア
【場面設定】
ミリシタのメインコミュでまだ上記二人のお話が終わっていないぐらいの時期
12,000字無いぐらいですー
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1604048959
2 :
飢餓感 1/8
[sage]:2020/10/30(金) 18:10:30.72 ID:w3nnd9V30
失礼します、と一言かけて、木下ひなたは、今回は忘れずにノックをしてから事務室の扉を開いた。空調の効いた室内は暖かく、視線を合わせてくれたプロデューサーもジャケットを脱ぎ、椅子の背もたれに引っ掛けていた。彼の隣の席は空いており、ひなたはそこへ座るように促された。
一日につき一人十分ほどの短い時間ではあったが、39プロジェクトを契機に765プロダクションに所属することになった39人のアイドル達には、週に一度、面談の時間が設けられていた。ひなたのように実家を離れ、転校もして東京で暮らす者も複数いる。そういった地方出身者は特に優先的に面談を組まれ、親元を離れての生活の相談がしやすいよう、プロデューサーが面談のスケジュール管理を行っていた。
先程、同期の白石紬と廊下ですれ違った時にその優雅な歩き方を見て、ひなたは自分の足取りが重くなっていたのに気が付いたばかりだった。プロデューサーの席の隣に腰かけた時も、きっと不安が顔に出ているに違いない、と感じて、顔を上げ辛かった。
「何かあったか、ひなた」
プロデューサーはにっこりと笑った。自然な笑いとは少し違う、警戒心を解き、不安を和らげようとするための、努めて意識した笑顔。気を遣って彼がそうしているのだと、ひなたは理解していた。そして、自分達の知らない所で見えない苦労を重ねているはずのプロデューサーにそうさせてしまい、ひなたの胸中には苦い罪悪感が走った。
「あっ……ごめん、顔に出てたかい?」
「悩みがあって聞いて欲しい、って顔に書いてあるぞ?」
モニターに向いていた体を90度回転させて、プロデューサーはひなたの正面に向き合った。
「でも、話したら面談の時間、長引いちゃうかもしれないべさ」
「それはひなたが気にすることじゃないよ。話してごらん。それだけでも気分が上向きになる。大丈夫だ、ここには俺しかいないから」
大人の男性特有の低い声は、あくまでも落ち着いている。まだ湯気を立てているブラックコーヒーの香ばしい匂いが、ひなたの鼻腔にそっと手を差し伸べていた。
「ありがとう。じゃあ……話すねぇ。あのね、東京に引っ越してからもうだいぶ経って、ホームシックも克服できてきたって思うんだわ」
「そうだな。家族とも連絡取ってるんだろう?」
「うん。でも……家に帰って来た時とか、一人でご飯食べてる時とか、寝る前とか、朝起きた時とか、そういう時に声をかける相手がいないっていうのが、時々、無性に寂しくなっちゃって……」
ひなたが東京に来たばかりの頃、地方出身のメンバーを集めてオリエンテーションが行われたことがあった。互いの連絡先の交換、それぞれの住む場所から劇場までのアクセス、一人暮らしの注意点、東京で近づくべきでない危険な場所、生活に関して何か困ったら決して一人で抱え込まないことも資料と共に話された。その時に、ホームシックになった際の典型的な症状と、その対処法についてもひなたは知識としては知らされていた。
「時間が経てばホームシックも良くなるっていうのは、分かってるんだあ。ばあちゃんやじいちゃんと話したくて泣いちゃうようなことは、もう無くなったし……。でも、最近感じてる寂しさは、あんまり良くなってこなくって……」
体を揺すると、ひなたの体重を支えるオフィスチェアがギシッと静かに軋んだ。プロデューサーは前のめりの真剣な顔になって、ゆっくり話す担当アイドルの声に耳を傾けていた。
「そうか……俺も昔あったよ、そういうこと」
「えっ、プロデューサーが?」
彼がスイッチを切り、表計算ソフトを開いたままになっていたモニターが真っ暗になった。
「一人暮らしを続けてると、そういうストレスに苛まれることがあるんだ。家の中で誰とも会話しなかったり、何気ない挨拶が無い生活を送ってると、それがあった頃の生活と現状を比べてしまって、その落差に落ち込んでしまうんだよ」
「そっかぁ……そう言われると、家族と電話する時以外は、家の中じゃしゃべらんからねぇ……うーん……でも、どうしたらいいべさ?」
「俺は、大学生の頃に一人暮らしを始めたんだけど、無性に人恋しくなった時は、友達に頼んで、泊まりに行ったりしてたな。酒とか持ち込んでさ」
「へぇ、何だか楽しそうだねぇ」
落ち込んで平坦になっていた内心に僅かなザワつきの波が立った。俯き気味になっていた顔を上げて、ひなたはブラックコーヒーをすするプロデューサーの目を覗き込んだ。
3 :
飢餓感 2/8
[sage]:2020/10/30(金) 18:11:45.87 ID:w3nnd9V30
「ひなたも、ここの誰かの家に泊まりに行ってみたらどうだ?」
「ええっ、だめだめ、そりゃ迷惑になっちゃうべさ」
「いや、そうとも言い切れないぞ。それこそ、一人暮らししてる子もいるんだし、似た立場の人と過ごしてみるのも、お互いリフレッシュにもなるはずだ」
泊まりに行く、という行為に心が躍るのを感じてはいたが、さしたる用事もないことを思うと、ひなたは遠慮せずにはいられなかった。でも、という前置きが口から滑り落ちた瞬間、ノックとほぼ同時に、視界の端にあったドアが開いた。
「……失礼しまーす。って、あ、まだ取り込み中か」
白いドアを背景に、かき上げてセットした赤い髪が殊更に目立っている。それに呼応するかのような、白い頬にあしらわれた青い星。
「ああ、もう次の人の時間だったか。そうだジュリア、ちょうどいい。頼みがあるんだ」
ノブを回して退出しようとするジュリアをプロデューサーが呼び止め、手近にあった椅子を引き寄せ、同席するよう促した。何が丁度いいんだ、と顔に疑問符を浮かべながらもジュリアはひなたのすぐ傍に腰かけた。
「地方組の同じ一人暮らしってことで、ひなたをジュリアの所に一晩泊めてもいいか?」
「ええっ、そんな、わる――」
「ああ、別にいいぜ」
プロデューサーの唐突な頼み事に慌てるひなたとは対照的に、何も聞かされていないにもかかわらず、ジュリアはひなたを一瞥すると即答した。まるで、質問される前から答えが決まっていたかのようだった。あまりにも堂々としたそのたたずまいに、ひなたは一瞬呼吸することを忘れてしまった。
「プロデューサー、今日でいいのか?」
「ああ、いけるか?」
「まあ、特段用事があるわけでもなければ、人を招けないほど散らかしてるわけでもないしな」
「ジュリアさん、いいのかい? まだなんも事情を話してないのに」
「話なら後でゆっくり聞くよ。じゃあヒナ、今日は一緒に帰ろうな」
ぽんぽん、とジュリアが、動揺からまだ立ち直れないひなたの肩を叩いた。
「う、うん。ありがとう……じゃあ」
ひなたは思案した。ただ泊めてもらうだけではダメだ。せめて食事の支度ぐらいはこちらで。実家の農園から送ってもらった野菜が真っ先に頭に浮かんだ。この事務室にも暖房がついている。夜になると肌寒い。北海道の冬ほどではないだろうけれど、きっと、今日だって少し寒いはず。それならやっぱり……。
「ジュリアさんのおうち、カセットコンロと、土鍋、あるかい?」
「……あ〜、いや、無いな。フライパンと鍋なら一応……それも全然使ってないけどな」
二人のやり取りを聞いていたプロデューサーが、机の下の鞄から黒い長財布を取り出した。そこから紙幣を二枚取り出し、むき出しのままでひなたにそれらが差し出された。受け取ったひなたは軽い悲鳴をあげた。覗き込んだジュリアもギョッとしていた。
「今の時代だったら、カセットコンロよりクッキングヒーターの方が安全だし使いやすいぞ。対応する鍋を一緒に見繕っても、それで足りるだろう」
「あっ、でも、プロデューサー、もらいすぎだよぉ」
「残った分は戻してくれよ。ああ、領収書をもらっておいてくれ。名前は書いてもらわなくていいからな。もしかしたら、経費で落ちるかもしれないから」
差し入れのお菓子を分けあうような軽さで、プロデューサーは二万円もひなたに手渡していた。自分達のアイドル活動の裏で動いているお金の額が途方もないことを知ったひなたにとっても、自分が手にしたそれは大金であった。自分の財布に入れるときも、丁寧に二回も折り畳んだ。扱ったことの無い金額ではなかったものの、わざわざ自分のために差し出されたことを思うと、ひなたは掌が汗ばむのを感じた。
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