高垣楓「あなたがいない」

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202 : ◆eBIiXi2191ZO [sage saga]:2020/09/25(金) 23:39:28.16 ID:17bnaLyc0

「そう言えば、楓ちゃん」

 夜。いつものイタリアンバルで、瑞樹さんとちひろさんと一緒にお酒をたしなんでいた。

「なんです?」
「先週、行ったんでしょ? P君のところ」
「はい、行きました」
「どう? 少しは落ち着いた?」
「おかげさまで」
「そう……ならよかった」

 私と瑞樹さんの会話を、ちひろさんはにこにこと眺めている。
 私が安定しているもうひとつの要因、それは間違いなくPさんだった。
 薬が効いてだいぶ安定しているとは言え、いつまた暴発するか、分からない。そう思ってしまうことが私を不安にさせる。
 でも。

 あそこに行けば、Pさんに会える。
 そう思うことで、私は心の安寧を得ている。
 それは現実を受け入れず、未だ夢を見ていると、そう言われても仕方のないことだ。
 けれどどうしても私は、Pさんを忘れることなど、できない。折り合いをつけること、それができるのは彼に会うこと。私の中にひとつルールができた。

 私たち三人はゆっくりと語らい、気が付けば夜もだいぶ遅くなってしまう。
 ちひろさんは私のマンションに寄るつもりだったけれど、今日は遅いしもうお開き、ということになった。

203 : ◆eBIiXi2191ZO [sage saga]:2020/09/25(金) 23:39:55.32 ID:17bnaLyc0

「ただいま」

 誰もいない部屋。この暗さにももう、慣れた。
 この前までちひろさんと一緒に料理したり、ゆっくりと話し合ったり。あるいは。
 泣きはらして、慰められたり。
 私はキッチンへ向かい、コップに水を注ぐ。ポーチから薬を取り出し飲もうとして。

「あ。今日はちょっと深酒しちゃったし」

 副作用が強くなってしまうといけない。そのままポーチへ、薬を戻した。
 さっとシャワー程度で済ませ、私は寝る準備をする。かち、かち、と。目覚ましの音。
 うまく、眠れない。
 やはり薬のお世話になるべきかと頭をよぎったけれど、それはダメなことと、もう一度目を瞑る。だが睡魔はやって来ない。
 私はむくりと起き電気をつけ、化粧台の引き出しから彼の手紙を、取り出した。

204 : ◆eBIiXi2191ZO [sage saga]:2020/09/25(金) 23:40:30.20 ID:17bnaLyc0

 何度も何度も読み返す、手紙。
 読み返せば、悲しみが襲ってくる。自傷行為と言われても仕方ない。だけど。
 こうして傷を負うことで、彼を忘れずにいられるのなら。
 私は意味のない自傷を、繰り返す。心は未だ、歪んだまま。
 安定なんて、それは気持ちの波の大きい小さいの違いでしかなく、多少ましなアンバランスに過ぎない。

 私は、気持ちにけりもつけられず。
 死を選ぶことも、できず。
 いつまでも現状をたゆたうだけの、存在。

 アイドルである私。
 最近は妖艶さが増したなどと言われるけれど、私にはその価値が分からない。
 でもアイドルであるうちは、私は自分の存在を確かめることが、できている。

 そして、アイドルではない、私。
 なにもないただの高垣楓に、どれほどの価値があるというのか。
 存在を認められる私と、存在を黙殺する私と、二律背反が心の中にあり続けている。
 きっかけがあれば簡単に壊れてしまう私を、今この場にとどめているのは確かに、Pさんの存在なのだ。

205 : ◆eBIiXi2191ZO [sage saga]:2020/09/25(金) 23:40:58.51 ID:17bnaLyc0

 Pさん。私は。
 アイドルでいられていますか?
 私で、いられていますか?

 私はいつだって、Pさんを呼び続けている。求め続けている。でも。
 あなたが、いない。
 その事実を突きつけられるたび私は、心の中で慟哭する。泣いて、泣いて。泣き疲れて。
 そして今日も、眠るのです。

 Pさん、あなたが好きです。
 あなたに、会いたい。
 言葉が、想いが、漂いながら空へ溶け、見えなくなる。
 私はベッドの中でうずくまり、朝が来るのをただひたすらに待つ。そしてまた私は、アイドルへと戻るのだろう。

206 : ◆eBIiXi2191ZO [sage saga]:2020/09/25(金) 23:41:25.02 ID:17bnaLyc0

 朝が来る。
 私は。


207 : ◆eBIiXi2191ZO [sage saga]:2020/09/25(金) 23:41:52.24 ID:17bnaLyc0

「あなたがいない」


(了)

208 : ◆eBIiXi2191ZO [sage saga]:2020/09/25(金) 23:45:13.76 ID:17bnaLyc0

完結です。おつかれさまでした。

このお話はもともと個人誌用に書き下ろした作品で、ほぼ冊子がはけたので記念に投下したものです。
ハッピーエンド至上主義の私が、ハッピーじゃない話を書いてみよう、ということで、自分の持てる限りを尽くして書かせていただきました。

お読みくださりありがとうございます。
読んでくださった方の琴線に触れたら、この上ない慶びです。

ではまたいつか ノシ
209 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/09/26(土) 02:17:30.11 ID:IEeppdbDO
……余計に問題が増えたのに先送りの打切りエンドなイメージ

例えるなら、沖縄決戦の映画で第32軍司令が自決する寸前で終わったみたいな……
210 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/09/26(土) 02:29:33.68 ID:jIuZaEQX0
乙でした

まあいやらしい言い方だけど、楓さんにとっては「Pが死んだのは自分のせいじゃなかった」
という結論を与えられたおかげで救われた感じがあるのかもね
この後、復讐をする事が生きがいな人間に変貌する可能性もあるけど
211 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/09/26(土) 09:24:43.30 ID:dcIST1SzO
おつ
212 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/09/26(土) 09:53:53.00 ID:P0uCsOuho
213 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/09/26(土) 13:23:28.57 ID:r63/Yeaa0
おつ
214 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/09/26(土) 23:06:01.52 ID:3dIyquIRo
215 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/28(月) 15:58:28.54 ID:NtXNaaqi0
二人セゾン?
216 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/10/07(水) 13:34:58.56 ID:yuX/0Nfh0
花鳥風月
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