アイドルと僕

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/01(火) 22:01:08.06 ID:15qbZIjTO
あまり大きくはないステージの上で踊る彼女たち、というか彼女は、とても輝いて見えた。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1598965268
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/09/01(火) 22:15:30.52 ID:15qbZIjTO




買い物を終えて駅に向かうと、駅前広場に小さなステージができていた。

この暑さのなかご苦労なことに、駅ナカのファッションビルの管理会社がイベントを開催しているらしい。

横目に見ながら通りすぎようとしていると、司会の男性が大きな声で言った。

「それではアスタの皆さんがお送りする、『星空は二度瞬く』です。どうぞ!」

曲名が耳に入って、ふと歩みを止めた。それは、高校生の頃によく聞いていたアイドルグループが歌っていたのと同じものだった。しかし、グループ名はまるで違う。

ステージを見ても、自分が知っているグループのメンバーもいない。

たまたま同じ名前の歌を持っている、全く別のグループか。

少し残念に思いつつ再び行だした瞬間、聞き覚えのあるイントロが耳に入って来た。

『あの日見た流れ星 私はまだ覚えてる』

それは正しく、俺の知る歌と同じフレーズだった。立ち止まってもう一度ステージを眺めると、俺の知らない人たちが、知ってる歌を全力で踊っていた。

そして、そこから動くことはできなくなってしまった。
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/09/01(火) 22:21:39.84 ID:15qbZIjTO
彼女たちが何者なのかは分からないけれど、そこには確かなパワーを感じた。

ステージ付近の席では、ファンらしき人たちが大きな声でコールしていてる。熱烈なファンがいるようなグループなんだろうか。

一番のサビが終わる頃になると、俺は一人に視線が集中してしまうことに気づいた。

上手の端に立つ、少し小柄な女性だった。ツインテールになっているのは、本家のグループでその立ち位置のメンバーに寄せているからだろうか。

とてつもなくダンスが上手いわけでもなければ、歌も口パクのようではあるけれど、笑顔でそれをこなす彼女はきっとがんばり屋なんだろう。

ぼーっとその子を眺めていると、一曲目を聞き終えてしまった。
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/09/02(水) 00:01:09.41 ID:QdY+2849o
きたい
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/09/03(木) 21:46:42.65 ID:Sa1ZNgmGO
「続いて二曲目……と生きたいところですが、本日は時間の都合で次の曲が最後です」?

司会者が観客を煽るようにそう告げると、ファンらしき人たちは口々に不満の声をあげた。

ステージ上の彼女たちは満足げにそれを見て頷きつつ、マイクを手に取った。

「私たちはアイドルさんのコピーユニットとして活動しています!??二ヶ月後には初めてのワンマンライブも予定しているので、ぜひ遊びに来て下さい。よろしくお願いします!」

リーダー格らしい、センターに立つ彼女はそう言うと頭を下げた。それにならって、他のメンバーも頭を下げる。

コピーユニット、って言葉は初めて聞いた。後で調べてみようと心のなかにメモをして、二曲目が始まるのを待つ。

「それでは最後の曲です。『人魚の涙は何色か?』、どうぞ!」

そして流れてきたのは、やはり先ほどと同じアイドルグループの歌だった。これも、高校生の頃はよく聞いていた。

軽快な音楽に合わせてステップを踏んでいる。一番、二番と続いてもそのリズムが狂うことはなかった。

大サビに入る前、ファンのことを煽るようにメンバーがステージ前方で横一列になった。

「ハイハイハイ!」

叫びながら手拍子で観客を煽っている。前方のファンはもちろん、座って見ていた一般のお客さんたちもそれに応えるように手を叩いていた。

俺はというと、名前も知らぬまま、ツインテールの彼女を眺めている。

不意に、目があった。気がする。

ニコッと微笑んで、俺に向かって手を叩いて見せた。気がする。

あ、可愛い。

この時、俺は彼女に落ちてしまった。それだけははっきりと分かってしまった。
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/09/03(木) 22:09:03.95 ID:zKxc8nILo
いいぞ
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/09/04(金) 07:59:18.71 ID:7l7Q4s4JO
曲が終わると、彼女たちは「ありがとうございましたー!」と頭を下げてステージ横のテントへ降りていった。

そこまで見届けると、ポケットからスマートフォンを取り出して『コピーユニット』について検索してみた。

ヒットしたいくつかのページの情報をまとめると、アイドルやアニソンユニットのダンスをコピーしているグループのことらしい。それはプロとして働いているわけではなく、コスプレイヤーが趣味として活動しているものがほとんどであること。

そこまで知識を詰めると、今度は彼女たちのグループ名である「アスタ」について検索をかけた。

検索結果のトップにはグループのSNSが出てきたので、それを開いてみる。

メンバーは全部で9名のようで、最新の呟きでは「今日は駅前のイベントに出演です!」としっかり宣伝もしていた。また、トップに固定されている投稿ではワンマンライブのことも呟いていた。

帰ったらもうちょっとちゃんと調べてみようと、そのアカウントをフォローするボタンをタップして、それをジーンズのポケットにしまった。

さて、帰るか。

そう思い、視線をあげると先ほどまでステージ上にいた彼女たちがその衣装のままテントから出てきて、こちらに向かって歩いてきた。
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/09/05(土) 12:01:16.65 ID:b4nGCka8O
おつ
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/09/06(日) 22:10:45.62 ID:m7NO/Da6O
彼女たちに向かって、前列に陣取っていたファンたちが声をかけに近づいていった。出待ちというか何というか分からないけれど、メンバーもそれに応じて立ち止まったり、声を返したりしている。

へぇ、結構距離感近いものなんだな。

さすがに今日知ったばかりで声をかける勇気はない。そのまま彼女たちの横を通って、駅構内に向かおうとしたところだった。

「あ、さっき見てくれてましたよね」

すれ違う瞬間、呼び止められた気がする。でも、それが自分に向かってなのか分からずに、一瞬立ち止まって振り返った。

「お兄さん、さっき私のこと見てくれてませんでした?」

ツインテールの彼女が、にこにこしながらこちらに手を振っていた。

自分に向かって声をかけているのか確認するように、自分の顔を指さしてみると、彼女は頷きながらこちらに近づいてきた。

「もっと前の方に来てくれたら良かったのに」

「前の方にはファンの人いたから……っていうか、見えてたんですね」

「見えてましたよー、レス送ったの気づきました?」

「レス?」

「視線合いませんでした?」
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/09/06(日) 22:11:34.62 ID:m7NO/Da6O
ああ、と納得して頷いた。

「勘違いかと思った」

「あんなに後ろで見てたの、お兄さんだけだから。それに、私の方見てくれる人って珍しいからね」

ほら、と彼女は他のメンバーの方を振り返った。確かに、他のメンバーには数には差があれど、今も何人かのファンが話しかけている。それなのに、彼女は自分から俺に声をかけてくれたということは。

「ま、お兄さんが私のことを推してくれたら嬉しいんだけど」

自虐するように彼女は笑った。ステージ上の笑顔とは違う、少し哀しい笑顔だった。

「推します推します」

その表情に何だか胸が詰まって、つい口から言葉が漏れてしまった。

「え、本当ですか?」

「うん、本当に。お姉さんが見てて一番惹かれましたし」

それを聞いて、彼女はパッと表情を明るくした。今度は、さっきとは違って心の底から光って見える笑顔だった。

「あ、私はめうです。名前、めう。お兄さん、お名前は?」
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/09/06(日) 22:12:07.95 ID:m7NO/Da6O
「タツヤさん……くん? タツヤくん!」

名前を呼んでどや顔をされた。反応に困りつつも照れてしまって、視線をそらしてしまう。

「めうー、行くよー」

他のメンバーがファンとの交流を終えたのか、帰るように声をかけられた。彼女はそちらに手を挙げて、最後にこちらに問いかけた。

「ねえ、ツイッターとかやってる?」

唐突に聞かれて、頷いて返す。

「私のアカウント、『めう@アスタ』で検索したら出てくるから! フォロー待ってるね!」

そう言うと、右手を差し出された。きょとんと呆けて見返すと、「握手しよ」と首を傾げられて慌てて手を差し出した。

見た目通り、細くて白い指先が俺の右手をつかんで、両手で上下に振られた。緊張で火照ったせいか、彼女の手は少し冷たく感じられた。

「またね! ありがとね!」

ニコニコ笑顔で手を振って、彼女は背中を向ける。その背中を見送りながら、体中に熱がたまるのを感じた。
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/09/07(月) 09:14:05.15 ID:fG0ibvvGO
きたい
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/09/14(月) 00:07:19.74 ID:RNy0wtmvO
自宅に帰ってツイッターで言われた通りに検索すると、彼女の言った名前でアイコンが出てきた。

フォローするボタンをタップして、ツイートを確認する。

ライブの報告や日常のこと、とりとめもなく色々なことを呟いていた。

『今日、お声かけしてもらった者です。またイベントいきますね! ありがとうございました』

無難な言葉を選んでリプを送った。そのままベッドにスマホを置くと、日課のランニングに出た。

小学生の頃、スタミナがないからと監督には練習後に走ることを求められた。気づけば10年が経ち、生まれた町を離れ、サッカーを辞めた今でもその日課はやめられなかった。

イヤホンから流れるのはあまり売れることのないまま解散したインディーズバンドの歌だ。動画サイトでたまたま聞いた一曲に心酔して、中古のアルバムを買い漁っては聞いている。

いつもは5キロでやめてしまうが、なんだか今日は気分がいい。距離を伸ばしてみようと、いつもより橋一本分、長めに走った。

大学入学と合わせてこの街に来て、もう二年が経つ。橋一本の距離で住宅街から都会に変わっていくことは今気がついた。

遠いところに来てしまったなぁ。

そんなノスタルジックな気持ちになってしまう程、その光は強かった。
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/09/14(月) 00:08:11.52 ID:RNy0wtmvO
俺が生まれ育った町は、何もなかった。

山と海はある。周りに住む人たちはみんな顔見知りで優しくて、夜になると星が輝いて虫がさざめく町だった。かと言って、漫画に出てくるような過疎地域でもなく、ショッピングモールや娯楽施設もなくはない。

決して嫌いではなかった。むしろ好きだった。

だからこそ、俺はそこを出ることを選んだ。

ずっとここにいると、甘えてしまう気がした。何かを為すにはあまりにも狭い世界だった。

だから俺は勉強をして、どうにかいい大学に入ろうと受験に挑み、今の大学を勝ち取った。合格発表の後は教師に頼まれて後輩に演説もした。

そうやって出てきたこの町で、俺はあまりにも小さな存在だった。

大学の同期は当然優秀なやつばかりだし、サッカーだって高校で見切りをつけてしまった。サークルでフットサルをするくらいでしかない。

田舎から出たら何かが変わる。

それは漠然とした願いでしかなくて、実際は大勢のうちの一人にしかなれていない。
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/11/25(水) 11:01:04.79 ID:7ykx7FHuO
続き待ってる
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/04/03(土) 21:43:29.09 ID:i7Q+K0YcO
長らく置いてしまってすみません。
再開します
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/04/03(土) 22:01:27.37 ID:gOMqN4+yo
うおおおおおおおあ!
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/05/11(火) 00:19:00.53 ID:BI7vjm55O
環境だけで何かが変わるということはないと、ここに来て気がついた。もしくは、俺自身が何かを為せるほどの器をもっていなかったというだけかもしれないが。

こうやって走る距離を伸ばしたのも、或いは今日見かけた彼女、めう……ちゃん、のように、輝く誰かに焦がれてということなのかもしれない。だとしたら、あまりに単純すぎて自分でも笑えてしまう。

テレビでは俺と同世代のスポーツ選手やタレントがど?活躍する様子が日夜流れ、大学の連中も明らかに俺より優秀だ。今日の彼女のように、誰かを惹き付けるなんてこともできない。

それでも俺は、なんて言える何かもないのが恥ずかしいけれど、ただ焦る。

誇れるものがない自分に。

都会から見る星のように、俺の光は霞んだものに感じられた。

ステージで見た彼女と、ステージを見ることしかできない自分。

楽しかったはずなのに、勝手に比較して勝手に落ち込む。

そんな自虐心を振り払うように、いつもよりオーバーペースで走り、自宅に戻った。
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/05/11(火) 00:29:37.46 ID:8qGe7FDEo
続き!!!!来た!!!
ありがとう!!!
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