翼の生えた少女「私を天使と呼ばないで」

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1 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:21:55.55 ID:911yWUWG0
SS11作目です。オリジナルとなります。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1597857715
2 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:23:32.99 ID:911yWUWG0
ーーーパチンコ屋ーーー

ジャラジャラジャラ

男「……」

ジャラジャラジャラ

男「……」

ジャラジャラ...

男「くそっ、ゴミ台だなここも」

ゴソゴソ

男「ん?」

男「…チッ。金がねー」

男「」ガン

男「二度と打つか、こんな台」







ーーーーーーー

男「……」テクテク

男「酒買う金くらいは残しときゃよかったなぁ」

男(次給料入んのは明後日。残りの手持ちは212円。…今日明日はカップ麺だなこりゃ)

男(…今月もまた鬼電かかってくんだろーなー、気が滅入る。返せ返せって言われようが無いもんは返せねーっつーんだ)

男(今更ちまちま貯めたとこでどうにかなる金額じゃないことくらい奴さんたちも分かってんだろうがよ)

男「はーぁ」テクテク
3 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:24:26.48 ID:911yWUWG0



強面「おら!居留守使ってんじゃねぇぞ!」

刺青男「てめぇ約束反故にしてのうのうと暮らせると思ってんじゃねぇだろうなあ!?」



男「!」

男(な、なんだ。俺ん家の前になんか居る)



ドンドンドン!

強面「出て来いよ男さんよぉ。このドア開けてやってもいいんだぜ?」

刺青男「先に法を破ったのはあんただからな、こっちも出るとこ出たって文句ねぇよな」



男(マジかよ……あいつら借金取りか!?聞いてねーぞ…!これまで電話か紙面の督促だけだったのに!)

男(やべー、あんなのに見つかったらどうなるか分かったんもんじゃない。今日は最悪野宿でも)

大男「兄ちゃんが男か?」

男「っ!」

男「い…いえ、違います。騒がしいんで何かあったのかなと見てただけで…」

大男「ほぉ。ならこいつはお前の双子か?」

(男の顔写真)

男(げっ)

強面「よぉ、やーっと会えたな」

刺青男「……」ヌッ

男(…最悪だ…)
4 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:25:40.16 ID:911yWUWG0

強面「男さん、金、受け取りに来たよ」

男「……」

強面「先月中にまず50万をって言ってたよな?早く出しな」

男「……ない、です」

強面「あ?」

グイッ

男「ぐっ…」

強面「お前舐めてんの?期限は守らねぇわ人様から借りた金を返さねぇわ、おめぇは王様か?えぇ?」

強面「借りたものは返すってガキん頃教わったよなあ!?」

男「す、すみません…!でも本当に払えないんです…!」

強面「払えねぇ払えねぇっておめぇが返すって約束したから貸したんだろうが!調子のいいことばっか言ってんじゃねぇぞこら!!」

強面「分かる?お前のやってること泥棒だから」

男「申し訳ありません……生活にいっぱいいっぱいで…!本当この通りです!絶対、今月は払いますから!」

男(なんて日だちくしょう…!とりあえず今はこの場を乗り切らねーと…)

刺青男「あんた、今いくら持ってんの」

男「えっと…これだけで…」スッ

強面「……はぁ。次こそは払いますってさあ、聞き飽きたんだよね。壊れたラジオじゃないんだからさあ、もう言わなくていいよ」

強面「腎臓か漁船かどっちか選べ」

男「え?」

強面「おめぇの借りた金とその利子、しめて900万。どうせ返せねぇんだろ?俺達も親切で貸してやってるんじゃねぇのよ、許容期間は過ぎたってわけ」

強面「知ってるか?腎臓は1個1000万程度で取り引きされることもあるんだと。片方無くても死にゃあしねぇし、最高の臓器だな?」

強面「おい」

大男「あぁ」ガシッ

男「っ…!」ヨロ

強面「腎臓なら医者、漁船なら業者んとこ送ってってやるから、車乗るまでに決めとけ」ザッザッ

男「ちょっ、待って…待ってください!払います!本当に今月払います死んでも用意しますっ…!!」

強面「安いんだよ言葉がよ。その気もねぇのに誤魔化そうとしてんじゃねぇよクズ野朗」

男「本当です!もう絶対延滞しません…!」

男(嘘だろこのまま本当に連れてかれんの…!?漁船!?腎臓!?こ、殺される…?)

男(嫌だ嫌だ嫌だ!)
5 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:26:27.27 ID:911yWUWG0



身なりのいい男「まぁまぁ待ちなさい、君たち」



大男「む」

強面「!」

刺青男「邪魔だおっさん、あんたには」

強面「やめろ、この人は…」

身なりのいい男「少しいいかな。彼に用があるんだ」

男(…?)

身なりのいい男「……」ジッ

身なりのいい男「君が男君だね?話は聞いているよ。借金の返済に困っているのだろう?」

身なりのいい男「身から出た錆とはいえ、可哀想な話だと思ってね。君にうってつけの仕事を紹介しに来た」ニコッ

男「仕事、ですか…?」

身なりのいい男「そう。1ヶ月の間だけ家に帰れなくなるが、痛いことや苦しいことはしない。ただ、簡単なテストに協力してもらいたいのだよ」

身なりのいい男「期間が終わればここに戻ってこられることは保証しよう。無論、君の借金も完済だ」

男「そ、それは命の危険と隣り合わせだからとかでしょうか…?」

身なりのいい男「ははは。言ったろう、簡単なテストだよ」

身なりのいい男「どうかな?」

男「どんなことを――」

身なりのいい男「君ははいかいいえとだけ言えばいい」

男「……」
6 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:27:11.33 ID:911yWUWG0

男(滅茶苦茶怪しい)

男(いきなり現れてこんなうまい話持ってくる人間なんか信用する方がどうかしてる。借金取りの奴らが大人しくなったのも薄気味悪い…)

男(けど、どうせ断っても地獄なら……)

男「…やります」

身なりのいい男「その返事が聞けて嬉しいよ」

身なりのいい男「そういうことだ、彼は貰っていく。上に話はつけてあるから君たちはそのまま戻ってくれ」

強面「はい」




7 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:27:40.06 ID:911yWUWG0
ーーー数時間後ーーー

身なりのいい男「……」ザッザッ

男「ゼェ…ゼェ…」ザッ..ザッ..

身なりのいい男「大丈夫かね、男君」

男「は、い…」ハァ、ハァ

男(歩けど歩けど山ん中)

男(車に乗せられて2時間、船に乗っけられて何時間……やっと着いたと思ったら登山…?どこに向かってるんだ…)

身なりのいい男「そろそろ悠長にしていられる時間も少ない」

男「すみま、せん…」ハァ、ハァ

身なりのいい男「構わんよ。もう着いたからね」

男「…!」



『国立医療生体研究所』



男(医療…)

身なりのいい男「行こう。この中だよ」ザッザッ

男「……」ザッ、ザッ

警備員「お疲れ様です!」

身なりのいい男「ご苦労」



カツ、カツ



秘書「所長、おかえりなさい」ペコ

秘書「そちらの方が?」

身なりのいい男(以降、所長)「そうだ。アレの元へ行く、君もついてきてくれ」

秘書「かしこまりました」

所長「そうそう、後で誓約書を書いてもらうのだが先に言っておくよ」

所長「男君、ここで見たこと聞いたことは絶対に他言無用だ。君から情報がリークしたと判明すれば我々は直ちに君を抹消する。いいね?」

男「は、はい…」




8 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:28:37.59 ID:911yWUWG0
ーーーエレベーター内ーーー

男「……」

所長「……」

秘書「……」

男(おっかねー。一つ質問飛ばしただけでもひっ叩かれそうな雰囲気だ)

男(このキツそうな女に)

秘書「何か?」

男「いえ…」

男(階数表示がないから分かんねーけど、なんか地下に向かってるみたいなんだよな。医療施設とかいう割にはやたら警備員だのセキュリティだのが多いように見えっけど、これが普通なのかね…このエレベーターもカードキーみたいなので開けてたし…)

男(というか、どこまで降りるんだこれ。長くないか?)

男(…もしかしなくても俺、やばいところに来ちまってるよな…。痛いこと苦しいことはないって言ってたけど、やっぱり俺はここで殺されて、その死体で人体実験を…!?)

所長「何をしている?早く来なさい」

男「!」

秘書「先にお降りください」



(薄暗い廊下)



男「……」




9 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:29:30.95 ID:911yWUWG0
ーーー重厚な扉の前ーーー

所長「退屈な道中ですまなかったね。この扉の向こうに君に会わせたいものがある」

男「会わせたい"もの"…?」

所長「テストは明日からだが、対象は知っておいた方がいいだろう?」スッ

ピッ カチッ

男(対象ってなんだよ。頭の狂った殺人鬼か…?得体の知れない化け物か!?)

男(…こ、来なきゃよかった…)ガクガク



...ギギギ



男(っ……)

男「……?」

所長「入りたまえ」

男「……」ソー...

男(眩しい部屋だ)

男「………ん………?」

その時見たのは

分厚く透明な壁で仕切られたその向こう





翼の生えた少女「……」





何一つ身に纏っていない、有翼の何かだった。

例えるならそれは

男(……天使?)
10 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:30:28.06 ID:911yWUWG0

男(座って背中向けてるから顔は見えないけど、これ、女の子……だよな。あ、いや人形か…?)

所長「美しいだろう」

男「え、そ…そうですね」

所長「君にはこれから1ヶ月、アレと対話をしてもらう」

男「これ生きてるんですか!?」

所長「当然だ」

少女「……」

男(全く動かない。あの翼も)

男(片方だけで俺の背丈なんか軽く超えてる…)

所長「この部屋の手前までは秘書君と共に来てもらうことになるが、ここに入るのは男君だけだ」

所長「詳細は執務室で話そう。君の借金に関わる手続きもある」




11 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:30:57.70 ID:911yWUWG0
ーーーーーーー

案内係「どうぞ、ここが貴方に割り当てられた部屋です」

男「どうもっす…」

案内係「所長からも言い付けられていると思いますが、指示がある時以外は決してこの部屋から出てはいけません。ご用の場合はそちらの電話をお使いください」

案内係「それでは」

ガチャン

男「………ふぅ」

男「案外広いな」

男「ベッド、トイレ、風呂、化粧台まである。窓が無いことを除けばビジホみてーなもんか」

男「……」

男(今日一日でこんなことになっちまうなんて考えてもなかった)



ーーーーー

所長「最後に、色々と訊きたいことはあるだろうが、好奇心は殺すことだ。契約上君はこの1ヶ月、我々の所有物となる。勝手な行動は厳罰だ」

ーーーーー



男(……ひと月、30日。それが過ぎればまた家に帰れんだよな…?しかも借金消えた上で)

男(あの人の人形に徹しよう。藪蛇なんか冗談じゃねー)

男「…寝るか」




12 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:31:35.42 ID:911yWUWG0
ーーー執務室ーーー

秘書「所長、彼ですが寝台に入り目を閉じているそうです。恐らく睡眠かと」

所長「そうか」

所長「ふむ…」ペラ

所長「29歳。172センチ65キロ。フリーター。現在900万の借金を背負う。理由は生活苦のためと書いているが、重度のギャンブル中毒」

所長「ふっ、典型的なクズだな」

秘書「…あのような人間に任せてしまってよろしいのですか?」

所長「あれだからいいのだよ。クズの方が扱いやすい」

所長「もとよりこの実験はアレを知らない人間にやらせなければ意味はない。先入観というノイズが混じるからな」

所長「故にあの男の監視は重要だ。それを秘書君、君に任せている。この意味が分かるな?」

秘書「!」

所長「君が優秀だからだ。頼んだぞ」

秘書「はいっ」




13 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:33:16.28 ID:911yWUWG0
ーーー1日目ーーー

男「……」

少女「……」

男(相変わらずピクリとも動かないな。昨日と同じ姿勢に見える)

所長『男君聞こえるかね』

男「はい」

所長『テストは基本的に、渡した用紙の通りに発話してくれればいい。何かあれば私から指示する。では始めてくれ』

男「…はい」

プツッ

男「……」



[用紙]
━━━━━━━━━━━━━━━
1. 自己紹介
  自分の名前を言う。
  自分の性格を言う。
  自分の長所を言う。
  自分の短所を言う。
  好きな食べ物を言う。
  嫌いな食べ物を言う。
  好きな飲み物を言う。
  嫌いな飲み物を言う。
  好きな色を言う。
  嫌いな色を言う。
  ……………
━━━━━━━━━━━━━━━



男(なんだこれ。幼児向けの教材か何かかよ)

男(まぁいいや)

男「…えー、俺は、男だ」

少女「……」

男「……」

男(こんなんでいいのか?)

男(俺とこの子の間を隔ててるのは厚い特殊強化アクリル壁らしい。中心部に細かい穴がいくつか空いているからこちらの声は届くとのことだが……こんな頑丈に閉じ込める必要がある生き物……まるで動物園のライオンだ)

男「俺の性格は――」




14 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:33:44.43 ID:911yWUWG0
ーーーモニタールームーーー

男『俺の性格は、はっきり言って怠け者だな。昔と違って何すんのも面倒になってきてなぁ…』

所長「機器に異常は無いな?」

監視員「問題ありません。映像、音声ともに良好です」

所長「アレに変化は?」

少女『……』

監視員「ないですね」

所長「想定内だな」

男『短所はさっき言っちまったけど、怠け癖が――』



.........




15 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:34:28.81 ID:911yWUWG0
ーーーーーーー

男("もし自分がなれるとしたら何になりたいか")

男(なりたいものなー)

男「大金持ちだな。一度でいいから富豪の気分ってのを味わってみたいわ」

男(遊び放題贅沢し放題だろ。実際にそんな奴らが居るって想像するだけで腹立ってくるな)

少女「……」

所長『今日はそこまでだ。部屋を出て秘書君と共に上がってきなさい』

男「分かりました」スクッ

トットッ

男「すいません、開けてくれますか!」

...ガチャ ギギギ

男(いかつい出入り口だよな…見てるだけで気味が悪い)

秘書「早く出てください」

男「!あぁ」ソソクサ



ガチャン!



少女「………」




16 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:34:56.78 ID:911yWUWG0
ーーー2日目ーーー

男(今日は…"相手に質問せよ")

男「………」

男(100の質問。昨日とは逆ってことか)

男「名前なんて言うんだ?」

少女「……」

男「きみの性格は?」

少女「……」

男「自分の長所……自分の良いと思うとこはあんのか?」

少女「……」

男(昨日と同じだ。これっぽっちも反応しない。見えんのはでけー翼と小さい背中だけ)

男(…どんな顔してんだろうな)




17 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:35:25.14 ID:911yWUWG0
ーーー3日目ーーー

男「人を好きになるってのは俺から言わせてもらうとただの独占欲なんじゃねーかと思ってる」

男「自分のものになって欲しい、なんて直球だ。所有したいんだろ。だから他人に手出されて怒るんだよ」

男(って、何語ってんだろうな俺。"他人を好きになることについて"とかよー…そんなん知らねーって。適当こいてべらべら喋ってりゃいいよな)

少女「……」

男(どうせひと月後にはおさらばだ)




18 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:36:09.05 ID:911yWUWG0
ーーー7日目ーーー

男「明日世界が滅ぶとしたら、今日何をしておきたいかだとさ」

少女「……」

男「決まってるぜこんなの。何の気兼ねもなくパチ……したいことすりゃいいんだわ」

男「ぶっちゃけ全員、他人なんかどうだってよくなるだろうし、犯罪とかやりたい放題、ひっどい有様になんじゃねーのかね」

男「俺はちょっと見てみたい気もするけど」

男「きみはどうだ?」

少女「……」

男「……」

男「はぁ…」

男(今日もいつもの独り言祭りか)

男(別にいいんだけどよ。これ続けてればちゃんと帰れるってんなら)

男(…あと3週間だろ?テスト時間以外はずっと自室に居ろっつー命令だし、ここでは延々と自分語りしてるだけだし……さすがに飽きてくる)

男「なぁこの際贅沢は言わねーからさ、あーでもうーでも返してくれよー」

少女「……」

男「きみも暇だろ?ちょっとくらい付き合ってくれてもいいんじゃん」

男「天使ちゃんよー」

少女「……………」

男(にしても俺って意外と喋れる人間なんだな。あんま次の言葉にも詰まんねーし戻ったらピン芸人目指すのもありかもな、はは)
19 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:37:04.31 ID:911yWUWG0

男「で、話戻すけど世界滅亡っつって…も……」

少女「……」ジッ...

男(こっち、向いてる…!)

少女「……」

男(思ったより幼い……いや凛々しい?)

男(けど、目が――冷たい)

男「……ぁ」

男「きみは……天使なのか…?」

少女「………」





少女「私を天使と呼ばないで」





男「え……あ」

少女「……」

男「ならなんて…?」

少女「……」

男(また向こうに顔を向けてしまった)

男(天使と呼ぶな、ってなんでダメなんだ?)

所長『男君そのまま続行してくれ』

男「あ、はい」




20 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:37:45.51 ID:911yWUWG0
ーーー8日目ーーー

男「そうして、その屋敷の令嬢は人の暖かみを感じながら静かに息を引き取りました」

男「…これが俺の知ってる"悲しい物語"かね。最後は幸せそうに終わるから悲しさ100%かと言われると微妙かもな」

男「さっきの"楽しい物語"とどっちが良かったよ?話読み聞かせるとか初めてだけど、まあまあ上手く話せてたと思うんだよな。個人的には最初に話したやつが一番の傑作だ」

少女「……」





ーーーモニタールームーーー

少女『……』

所長「変化は無し」

所長(昨日の一件、あるいはと思っていたが元の木阿弥か)

所長(しかし成果と考えてよいだろう)

男『――、―――?』

所長「ものは使いようだ」




21 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:38:15.57 ID:911yWUWG0
ーーーーーーー

男「最後の話だって何もかも嫌いだった令嬢が親身な世話係に出会って変わっていくってやつだったけど、実際世の中にそんな不幸の塊みたいな人が居るのかよって突っ込みたくなんだよ。こういう極端な境遇なんてのも作り話だから――」

男(全っ然反応してくれん)

男(これじゃあ必死こいてマシンガントークしてる俺が馬鹿みてーだ。こんなのに真剣になる必要なんざねーのに……暇っつーのは恐ろしいな)

男(ダメ元でもう一回、天使って呼んでやるか?)

男「大体世界滅亡を願ってる女の子がそうそう居るかっつの。ははっ」

男(次はなんて言われんのか少し怖いかもな)



少女「楽しい?」



男「!!」

少女「……」

男「……さっきまで全然楽しくなかったけど」

男「きみが話し相手になってくれんなら、楽しい」

少女「……」

男「……」



...バサ(男の方を向く少女)



少女「いいよ。相手してあげる」

男「ま、マジで」

少女「……」

男(なんとなく表情がおっかないんだが……やっぱ昨日の怒ってんのか…)
22 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:38:44.27 ID:911yWUWG0

男「…じゃあ次の話は」

少女「それやめて」

男「え?」

少女「それ」

男「……これか?」

(手に持った台本用紙)

少女「そう」

男「あー、でもこいつは…」

所長『構わない。ソレの言うことは極力聞いてやるようにしてくれ。そこに書いてないことだろうが対話を続けるのが最優先事項だ』

男「了解です」

男「オーケー、なら」

クシャ

男「これでいいか?」

少女「……」

男「いや、はは、きみには話したいことというか訊きたいことがめっちゃあったんだ。何から訊こうかなぁ」

少女「さっきの話」

男「?」

少女「世界の滅亡を願ってる生き物ならここに居る」

男「…きみがそうだって?」

少女「……」

男「……」
23 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:39:12.91 ID:911yWUWG0

男「気持ちは分かる」

少女「っ!」

男「俺も、借金で首回んなくなってる時はしょっちゅう滅びろ滅びろって祈ったもんだよ」ハハッ

少女「……一緒にしないで」

男「ならなんで滅びて欲しいんだ?」

少女「あなた達が一番よく分かってるでしょう」

男「お、俺が?」

男(こんな場所に閉じ込めてるから?無遠慮に話しかけまくったから?翼が付いてることと関係が…?)

男(ダメだダメだ、俺は知らなくていいことだ)

男「…あ、そうか。服を着せてもらえないから?きみも女の子だもんな、ひん剥かれたままじゃ恨みたくもなるよな」

少女「………」

所長『男君、今日はそこまでだ』

男「え…はい」

男(やば、最後のはちょっとした冗談のつもりだったんだけど、通じてなかったよな)

男(また無視されたりして…)




24 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:40:11.40 ID:911yWUWG0
ーーー9日目ーーー

男「……」

少女「……」

男「あー、コホン」

男「安心してくれ。俺は子供に興味はねーから、きみをそういう目で見ることはない」

少女「…?」

男(ん?思ってた反応と違う)

少女「何を言ってるの?」

男「な、なんでもない」

男「そうだな、じゃあゲームでもするか!」

少女「……」

男「……」

少女「なに」

男「え、えー…しりとり、とか」

少女「しりとり…?」

男「もしかしてしりとり知らない?」

少女「どんな汚れた行為なのかしら」

男「汚れた?ただの言葉遊びゲームだぞ」

男「お互いに言葉を一個ずつ言い合ってくんだ。ただし、相手が言った言葉の最後の文字から始まるものしか言えない。一度使った言葉は使えないのと、"ん"で終わったり、言える言葉が無くなったりしたら負けになる」

少女「…面白いの?」

男「やってみっか。俺からな、しりとり」

男「次にきみが"り"から始まる言葉を言う」

少女「陸」

男「そうそう。じゃあ、靴」

少女「吊り橋」

男「視界」

少女「椅子」

男「スイカ」

少女「かばん」

男「はい負け」

少女「は?」

男「"ん"で終わったろ?」

少女「………」
25 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:40:41.35 ID:911yWUWG0

少女「…しりとり」

男(お)

男「リス」

少女「推理」

男「理科」

少女「管理」

男("り"、か)

男「…リップ」

少女「ぷ……プール」

男「ループ」

少女「……」ジー

男("り"なんかよりよっぽど思い付きづらいだろー)

少女「プリ――!」ハッ

男「どした?」ニヤニヤ

少女「…プロ」

男「ロープ」

少女「っ…」

少女「…もっと、他のゲームは無いの」

男「お気に召しませんでした?"プ"リンセス?」

少女「」ジロッ

男(おーこわ)

男「ちょいと趣向を変えてみるか。記憶力の勝負ならそっちに分があるかもしれないしな。記憶しりとりって言って――」




26 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:41:19.49 ID:911yWUWG0
ーーー10日目ーーー

男「昨日のしりとりで思ったんだよ。きみ、そもそも知ってる言葉の数自体がかなり少ないよな。そりゃあ俺に勝てないわ」

少女「…最後は勝った」

男「俺だけハンデ付きのやつな」

男「だから、また違うゲームだ。回文は分かるか?」

少女「いえ」

男「前から読んでも後ろから読んでも同じ読みになる文のこと。回る文って書くんだけどな。竹藪焼けた、とかな」

少女「たけやぶやけた…」

男「今日は出来るだけ長い回文を作ってみようと思う。作り方は俺流だから、きみにも手伝ってもらいながらな」




27 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:41:49.97 ID:911yWUWG0
ーーー14日目 執務室ーーー

所長「……」ペラ..ペラ..

所長「彼に目を付けられたのは運が良かった」

所長「見たまえ秘書君、アレの発した言葉の数だ。我々では到底なし得ぬ成果だろう」

秘書「めざましいですね。会話というよりは幼子に言語教育を施している様相ですが」

所長「それだけでも試行した価値はある」

秘書「…しかし所長」

所長「うむ、皆まで言わずとも分かっている」

所長「以降も同じ調子で進められては意味が無い。この実験に求めているのは安定ではないからな」

所長「そうだな……明日、実験後彼をここまで連れてきてくれ」

所長「少し、アレに対する印象を変えてもらおう」




28 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:43:02.71 ID:911yWUWG0
ーーー15日目ーーー

男「んー…」

少女「どうしたの?今日は何もしない?」

男「そうじゃないんだけどさ、俺の知ってる言葉遊びゲームって大体出し尽くしちゃったんだよ」

男「アレンジでもしてみるか……それか紙とペン使えんならもっと幅広く出来るかも」

少女「……」

少女「しりとり」

男「ん?」

少女「しりとり」

男「りんご?」

少女「ゴミ」

男「三日月」

少女「切手」

男「天使」

少女「……」

男「……あ、今のはわざとじゃ…」

少女「…あなた、これが何か知らないのね」

バサ...

少女「なぜ訊かないの?」

男「なぜって…」

少女「気にならないの?」
29 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:43:29.59 ID:911yWUWG0

男「………」

男「ならない。きみと話が出来るだけで十分だ」

少女「…!」

男(本当はめちゃくちゃ気になる。でも詮索なんかしたら生きて帰れなくなるだろうからな…)

男「むしろ小さい頃、そういう翼があったらかっこいいのにとか考えてたりしたよ」

少女「……そう」

男「次なんだっけ?"し"でそっちの番か」

少女「……」

男「もしもーし?」

少女「………」

男「?」



ゴツン



男「!?」ギョッ

男(ビクッた…!今の、羽をぶつけられた…?)

少女「…フフ」

男「!」

少女「幸せ」

男「え」

少女「"せ"。次、あなたの番」

男「あ、おう」



.........




30 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:44:08.98 ID:911yWUWG0
ーーー廊下ーーー

秘書「……」カツカツ

男「……」トットッ

男(あの子が笑ったのって、何気に今日が初めてだな)

男(あの後結局しりとり系のゲームしかしなかったけど、そういや初日よか表情豊かになったよな。…初日はこっち向いてすらくれなかったっけか)

男「……」

男(にしてもあれ……羽で壁を小突いただけみてーだが、どう考えても柔らかいものが立てる音じゃなかった)

男(もっと重い、鉄とか…)

男「あの翼ってなんなんですかね」

秘書「……」

男「…!すいません何でもないです!今のは独り言だとでも思ってください!」

秘書「…所長が貴方をお呼びです。執務室まで同行致します」




31 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:44:42.38 ID:911yWUWG0
ーーー執務室ーーー

男(やべー…さっきのうっかりのせいだよな、多分…)

所長「お疲れ様、男君。アレとの対話も順調のようだね」

男「えぇ、まぁ」

所長「しりとりとは、なかなか面白い試みだ。ゲームで気を引こうと言うのだな?おかげで興味深い実験結果を得らることが出来ているよ」

男「あんなんでいいんですかね…」

所長「無論だ」

所長「さて、君に来てもらった件なんだがね」

男(っ…!)

所長「ははは。そう身構えないでくれたまえ。アレのことを少し知ってもらうために呼んだのだよ」

男「…アレって、あの子のことですよね?」

所長「うむ」

所長「男君は、アレの背に付いている翼をどう思う?」

男「……」

男「天使みたいだと思いました」

所長「以前もそう言っていたな。そしてそれは間違ってはいないよ」

秘書「……」

所長「宗教や神学で言われるところの天使ではないがね」

所長「君も気付いたかもしれないが、あの翼はただの羽毛ではない。アレの意思によってその材質を自在に変えることの出来る特殊なものだ」

所長「我々は可変質有機体と呼んでいる」
32 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:45:10.40 ID:911yWUWG0

男「材質を…え、すみませんつまりどういう…」

所長「つまり、時に羽毛のように柔らかく、時に刃のように鋭く変質させることが可能なのだよ。ターミネーターという映画は知っているね?形状の変更は出来ないが、イメージとしてはそれだ」

男「あぁなるほど」

男(さっきの小突いた時の音はそういうことか…)

所長「そしてここだけは映画と共通するのだがね」

所長「あの翼で既に何人か殺されているんだ」

男「え……」

男(殺人ってことか…?マジでか…?)

秘書「正確には死者13名、重軽傷者0名という事件が3年前に起きました」

男「……だから、ここに閉じ込めてるんですか?」

所長「そうだな。アレは危険過ぎる」

男「………」

男(だったら…あの子をああやって生かしてるのは何のために…)

所長「君に教えるのはここまでだ」

所長「テストの対象についてあまりに知らな過ぎるのも気持ちが悪いだろう?」

所長「今のを聞いてしまうと、アレは君が思うほどに天使とは言えないかもしれないな」ハハッ




33 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:45:38.73 ID:911yWUWG0
ーーー16日目ーーー

男「鹿」

少女「亀」

男「めだか」

少女「…今日は"か"なんだ?」

男「偶々だよ偶々」

男(この子が殺人鬼ね…)

少女「か……か……」

男(…とてもそうは見えねー。そんなやばい奴が動物縛りしりとりに没頭したりするか?)

少女「かつお!」

男「"お"?あるんだろうがパッと出てこないな」

男(俺が嘘をつかれてるとか…?だとしてもこんな訳のわからん状況で何が本当かなんて分かんねーな)

男(…やめだやめだ。考えるだけ無駄だわ。俺はあと半月同じことしてりゃいいんだ)

男(この子が何者で、どんな扱いを受けてようと俺には関係ねー)

男「オットセイ、でどうだ」





ーーーモニタールームーーー

所長「……」

所長「変わらぬか」

所長(少々、予想外だ)

所長(…ならば)




34 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:46:20.34 ID:911yWUWG0
ーーー夜 男の部屋ーーー

男「よっ、と」

男「…うぬぬ…」

男(お、今回は結構真っ直ぐになってる気がするぞ)

男(…翼生えてたりしたらバランス取るのむずそうだよな)

男「……」

秘書「失礼します」

男「ん!?」

秘書「…何をしているのです?」

男「いえ、暇なんで、逆立ちでもと…」

秘書「暴れないでくださいよ」

秘書「所長からの指示を伝えに来ました。明日はテストを行わず、終日部屋で待機しているようにとのことです」

男「一日ずっとですか!?」

秘書「はい」

男「あの…やる事が無くて暇なんですが」

秘書「我慢してください。お得意の逆立ちでも練習していたらどうです?」

秘書(能天気な男)

秘書「用件は以上ですので、次は明後日に迎えに上がります」




35 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:46:47.47 ID:911yWUWG0
ーーー18日目ーーー



ギギギ ガチン



男(なんか久しぶりな気がしてくんなー。一日空いただけだってのに。このテスト以外にする事ないからだろうな)

所長『要領は変わらない。これまでと同じように始めてくれ』

男「分かりました」

少女「……」

男「よう。今日もしりとりからやるか?」

少女「……」

男「……?」

男「聞こえてる?」

少女「…なぜ来なかったの」

男「!…それは昨日の?」

少女「……」

男「えっと…」

男(どうしよう。正直に言っちまっていいのか?)

少女「どうせアレの命令でしょう」

少女「そんなもの無視して、来てよ」

男「……」

男(悪いが俺は所長さんの言うことを全部聞く必要があるんだ。きみの頼みも聞いてやりたいとは思うがこればっかりは無理だ)

男(って、言うわけにもいかねーよな…)
36 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:47:18.06 ID:911yWUWG0

少女「………」

少女「……こんな壁が……今すぐにでも……」ボソッ

男「?」

少女「…しりとりはいい」

少女「昨日何をしていたのか、教えて」

男「昨日はずっと寝てたよ」

少女「ずっと?ただ寝てただけ?」

男「いやいや飯の時とかは起きてたって」

少女「最初は何時?」

男「そ、そこから?細かい時間なんか覚えてねーけど…」

少女「……」

男(やたら真剣な目で見てくる。何がそんなに気になるんだ)

男(…しゃーない)

男「ざっくりだけどそれでいいか?朝起きたのは大体10時過ぎくらい――」




37 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:47:58.15 ID:911yWUWG0





男(それから、例のテストは一日置きに行われるようになった。実験部屋に行くとあの子は決まって俺が昨日何をしていたのかを聞き出そうとする。何もしてないから面白くもなんともねーと思うんだけど…)

男(相変わらずしりとりが好きみたいで、テスト中一回はやってる。大抵俺が勝って無表情のまま再戦してくるんだが、あれは絶対悔しがってるよな。そんくらいは分かるようになってきた)

男(親戚の子なんかが居ればこんな感じなのかねぇ……羽が生えてて、厳重に隔離されてることを除けば)

男(どっちにしろ、俺には縁のない話か)




38 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:48:27.87 ID:911yWUWG0
ーーー27日目 男の部屋ーーー

男「え、明日もないんですか?」

秘書「そうです」

男「それじゃあ次は」

秘書「三日後です。テスト最終日となります」

男「えー…」

男「すみません、俺の携帯ってまだ使えませんか?」

秘書「許可出来ません」

男「ですよね……うーん、どうやって時間潰すか…」

秘書(……)

秘書「楽しいのですか?アレと会話をするのが」

男「まあ、他にする事もないので」

秘書「……」

秘書「貴方は、アレをどう思っているのです?」

男「どうって…」

男(所長さんにも似たようなことを訊かれた気がする。あの時は確か天使っぽい、みたいな答えをしたよな)

男(今はそうだな…)

男「他人、ですかね。なんか囚人みたいというか」

秘書「さながらここを刑務所とでも言いたいのですね」

男「そんなつもりはないですよ!」

秘書(他人に囚人)

秘書(この男はアレを"人"として見ていると…?)

秘書(…馬鹿げてるわ)

男「俺は別に他意があって囚人と言ったわけじゃ…!」

秘書「もういいですよ。責めているのではありませんから」

秘書「三日後、テストが終われば貴方は自由の身です。正午過ぎにはここを発ちますので、それまでに出る準備をしておいてください」

秘書「では失礼しました」



ガチャ



男「……」

男「準備って、何すりゃいいんだ…?」




39 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:48:53.98 ID:911yWUWG0
ーーーーーーー

ギギ...

ガチン

少女「…遅い」

少女「また、アレの言いなり?」

トットッ...

少女「!」

所長「男君でなくて、残念だったかね?」

少女「……」

所長「良い。その表情、声。君の情動は枯れてなどいなかった」

所長「嗚呼美しい……やはり君こそが相応しいのだ」

少女「………」

所長「間もなく、最終フェーズに移行する。それまでに協力的になってくれると嬉しい限りだよ」

所長「私も、きっと彼もね」

少女「……」

所長「何しろ君は」



所長「人類の希望なのだから」




40 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:49:33.14 ID:911yWUWG0
ーーー30日目ーーー

男「……」

少女「……」

男(今日が最後のテストだってのに)

男「…しりとり、するか?」

少女「……」

男(この通り何も喋ってくれない)

男(まるで初日に逆戻りしたみてーだ)

男「それとも別のゲームがいいか?」

少女「……」

男「……なぁ」

男(まさか三日で俺のことを忘れちまったとかじゃねーよな…)

男「所長さん」

所長『なんだね』

男「これ、続けちゃって大丈夫なんすか」

所長『問題ない』

男「……」

男「ゲームじゃないなら、また俺の話でもするか」

少女「………」

男(お、ちょっとだけこっち見た?)

男「…まずはここ三日間のことからな。つっても例によって何かしてたわけじゃないんだが」



.........




41 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:49:59.57 ID:911yWUWG0
男「――ってことがあったからさ、これに関しちゃあんまいい思い出じゃねーんだよなー」

少女「……」

男「……」

男(独り言祭り、再来)

所長『男君、時間だ』

男「あぁ、はい」

男「…ふぅ。なんか話したかったな、今日が最後なんだしよ」

少女「っ!」

男「じゃあな」



スクッ



少女「……」

男「…どうした?」

少女「………」

バサ...

少女「寒いの」

少女「ドアの横、空調のスイッチがあるから切って」

男「…おう…」




42 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:50:32.55 ID:911yWUWG0
ーーーモニタールームーーー

所長「何事だ?アレは何故立ち上がった?」

監視員「いえ分かりません。ただ、翼を広げただけのようですが…」

少女『………』

男『…おう…』

所長(…?)

所長「今何か発言したんじゃないか?」

監視員「マイクには何も入ってません」

男『』トットッ

所長(出口に向かっている?)

少女『……』ファサ

所長(翼をはためかせた…)

男『すいませーん!開けてください!』

所長「……気のせいか」



チカッ、チカッ




43 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:51:01.59 ID:911yWUWG0
ーーーーーーー

男「……」トットッ

少女「……」ファサ

男(スイッチって、これか)

カチッ

男(最後の会話が空調のオフ……ちょっと虚しいな)

男「すいませーん!開けてください!」



...ガチャ ギギギ



秘書「お疲れ様です」

男「珍しいっすね、お疲れ様だなんて」

秘書「この30日の貴方への謝意です」

男「もしかして、お礼とかあったり…!?」

秘書「調子に乗らないでください」



ガチャン!



少女「………」

少女「待ってて」




44 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:51:28.93 ID:911yWUWG0
ーーー正午 モニタールームーーー

監視員「ふぁーあ…」

監視員「まずいなぁさすがに夜勤からのぶっ続けは体に堪える…。あいつが体調なんか崩さなきゃ今頃眠れてたのになぁ」

監視員(いけないいけない。こんな愚痴所長の耳に入ったら惨事だ)

監視員(腹減らないけど、何か食べとかないと保たないよなぁ)

監視員「…ん?」



内隔壁ロック『チカッ、チカッ』




45 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:52:03.71 ID:911yWUWG0
ーーー執務室ーーー

秘書「よろしいのですか所長?送り届けるだけなら私でもこなせますが」

所長「なに、ここへ来る時も私が付き添ったのだ。帰りも付き合ってやるのがある種の作法だろう」

所長「それに彼の感想も聞きたいのでね」

秘書「…承知しました」

所長「私が空けている間の管理は、また君に一任する。昼食は道中彼と共にとることにしよう」

所長「車の手配だけ頼む」

秘書「はい」



...ザザ



所長「む」

監視員『所長、確認したいことが』

所長「なんだ?」

監視員『内隔壁のロックが解除されているようなのですが、今はどのような作業が行われているのですか?』

所長「内隔壁だと?」チラ

秘書「隔壁に係わる作業予定はありませんが…」

所長「誰が作業をしているんだ」

監視員『それが、どのカメラにも作業員が見当たらないので所長に確認をと思い…』

所長「なに?」

所長(アレを隔離する空間の出入り口は内隔壁と外隔壁の二重ロックになっている。外隔壁は食事を与える為に日に三度開閉されるが、内隔壁は点検時意外にロックを解除することはない)

所長(元より内隔壁の制御スイッチは、男君が実験で使用していた部屋の出入り口に設置されている。アレの翼も届かぬ上、我々に見つからぬよう触れることなど不可能なはずだが…)
46 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:52:46.62 ID:911yWUWG0



ーーーーー

男『…おう…』

少女『……』ファサ

ーーーーー



所長(…まさか)

時計『12:08』

所長「おい、原因究明は後だ!一番近い者に連絡して大至急ロックをかけろ!」

所長「それから食事係に外隔壁を開けるなと伝えろ!」

監視員『そ、その、一番近い人物が食事係でして…』

所長「っ」

所長「早く止めろ!!」

監視員『はいっ!』




47 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:53:22.63 ID:911yWUWG0
ーーーーーーー

食事係「今日も麗しの天使様に餌を届けに来ましたよっと」

食事係「気分は飼育員だ」

カチッ

食事係「天使様の食事にしては全く美味しそうじゃないのはすごいよな」

...ゴゴゴ

監視員『聞こえるか!?おい!』

食事係「?なんでしょう?別に俺は食べたりしませんよ?」

監視員『よく聞け、絶対に外隔壁を開けるんじゃないぞ!』

食事係「え?いやもう」

ゴゴゴ...

食事係「開きましたけど…」

食事係「…!?」



少女「……」



食事係「な、なん……」

少女「……」

少女「ご苦労様」

バサッ――





グシャッ




48 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:53:49.39 ID:911yWUWG0
ーーー男の部屋ーーー

男「……」ボー

男「今日で終わりなんだよな」

男「…すんげー長い1ヶ月だった」

男(ここに連れてこられた時は借金のツケでやべーことされんじゃねーかって思ったが、終わってみればなんてことはない)

男(これで俺の借金はチャラ。また明日から打ちに行けると考えたら…今から高まってくるな!)

男(あとはこの1ヶ月のことを綺麗さっぱり忘れりゃいいんだろ?最高の儲け話に乗れたもんだ)



ーーーーー

少女「…フフ」

ーーーーー



男「……」

男(なんだかんだ、楽しくはあったかもしんねーな)

男「さーてと、お迎えが来るまで待ちますか」




49 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:54:20.57 ID:911yWUWG0
ーーーーーーー

パンッ パァン!

少女「……」ペタ、ペタ

職員A「く、くそ…!」

職員A(銃がまるで効かん!)

職員B「来るな…来るなぁ!」タァン!

職員A「取り乱すな!俺達で無力化出来なくとも応援が来る!それまで足止めするんだ!」パァン!

少女「……」ペタ、ペタ

職員A(全て翼で弾いている…通常の銃では意味がない…!)

職員A「そうだ催涙弾があったな?奴にぶつけるぞ!」

職員B「そ、そうでし」



ザンッ



職員B「た……?」

ゴト(転がり落ちる職員の頭)

職員B「ひ……ぁ……」

少女「……」

職員B「た、たすけ…」



ズシャッ



職員B「」

少女「……」

少女「」ガサゴソ

(地下エレベーター用カードキー)

少女「……」



ペタ、ペタ




50 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:55:01.03 ID:911yWUWG0
ーーーーーーー

男「…昼過ぎには出るって言ってたよな?」

男「そろそろ来んのかね」



ビー! ビー!



男「!?」

男「なんだなんだ!?」

男(これも何かのテストか!?警報音みてーな音だけど…!)

ビー! ビー!

男「………」

男「…だ、誰も来ない」

男(連絡もない)

男「じっとしてるべきなのか…?」



タァン! ババババッ!



男「」ビクッ

男(今の…銃声?)



パンッ! パンパンッ!

「こっちじゃない回り込め!」

ズガガガッ

ビシャッ

「ぐあああぁ!」

タァンッ タァン!


51 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:55:38.59 ID:911yWUWG0

男(な、何が起きてんだよ…)

男(俺も逃げた方がいいか!?でも今の部屋の外から聞こえてきやがった…!)

男(あぁ、くそ!ようやく帰れるって時に…!)

男「!そういや電話っ!」

男(この部屋に唯一備え付けられてた固定電話があったな!使う機会なかったがこいつで所長さんに繋げれば…)

男(…番号知らねー)

男(やばいやばい怖ぇ。間違いなく異常なことが起きてる…!)

男(とにかく隠れた方がいいのか!?)

男「…?静かになったな…」

男「………」

男(………)

ソー...

男(…少し、少し開けるだけなら…)



...カチャ



男「……」

男(……誰もいない?)

男(あんだけ騒がしかったのに)

男(反対側は……)





少女「…見つけた」ポタ..ポタ..




52 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:56:36.32 ID:911yWUWG0

男「――!」

少女「……」

男「…きみは…」

男(この翼……どう見てもあの子だ)

男(体中に付いてるのは……血……?)

男「」ギョッ

(周囲に散乱する職員の死体)

男(なんだよ、これ…!)

少女「……」スッ

ガシッ

男「へ…?」

グイッ!

男「うお!」

男(ち、力強っ)

少女「」クルッ

男「待っ――」



タッタッタッ




53 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:57:20.99 ID:911yWUWG0
ーーーーーーー

少女「」タッタッタッ

男「なぁおい…!止まってくれ!」タッタッ

男(なんだってんだ!?俺はなんでこの子に…!?)

男(ものすごい力で引っ張られる…!)

「居たぞ!ここだ!」

「撃て!絶対に止めろ!」

男「ひっ」

パンッ! ズダダダッ!

男「うわああぁ!」

男(死ぬっ…!!)

少女「」バサッ

カンカン、カンッ

少女「邪魔」

グシュッ

「う…あぁっ!」ブン!

ザシュッ

――プシャー

男(は…?)

男(ひ、人が、首が……)

男「……う」

男「おえぇぇ」ビチャ、ビチャ
54 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:58:28.92 ID:911yWUWG0

男(死んだ……人間が豆腐みたいに……!)

男「はぁ…はぁ…ぅぷっ」

少女「…立って」

男「や、やめて、くれ…!」

少女「………」



スゥ(翼で男を掴む)



男「あ…嫌だ…離して…っ!」

少女「……」バサ...

男(どうして俺ばかりこんな目に遭うんだ!?)

男(俺もさっきの人みたいに、こ、殺され)

男「帰してくれえぇ!死にたくないぃっ!」



スタッ、スタッ




55 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:59:02.53 ID:911yWUWG0
ーーーーーーー

男「ああ…ああぁ…!」

少女「」スタッスタッ



『非常口』



少女「…!」



ドガッ



男「う…」

男(眩しい…外だ…)

少女「ねぇ」

少女「空を飛ぶのって楽しいかな」

男「そ、そら…?」

少女「うん」

男「…っ…」ビク、ビク

少女「……」

少女「きっと、楽しい」
56 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 02:59:29.03 ID:911yWUWG0



秘書「動かないで」チャキ



男「秘書さん…!」

秘書「この銃は普通の銃とは違うわ。遺伝子を破壊する薬品が弾に塗布されてる。掠るだけで体組織が死んでいくのよ」

秘書「大人しく戻りなさい。私も出来るだけこれを撃ちたくはないの」

少女「………」

少女「………」

少女「」フッ

秘書(え――)



ブワァッ!



バサ..バサ..



秘書「……」

秘書(今の…)




57 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/20(木) 03:00:52.82 ID:911yWUWG0
一旦ここまでとなります。
58 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/20(木) 14:45:49.26 ID:gjN9Yh+9o
続けて
59 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/20(木) 15:43:52.18 ID:ptbzL0mdo
読んでる
60 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/20(木) 18:17:13.30 ID:NymNTeXN0
応援。
61 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/08/27(木) 00:51:50.80 ID:2+mgJcSb0
ーーー執務室ーーー

所長「対象は北北西に向けて飛び去った。間違いないな?」

秘書「はい」

所長「そうか」

所長「内隔壁のロックを解除したのは恐らく男君だ」

所長「実験終了間際、アレと男君の不可解なやり取りがあった。あの時彼に指示したのだろう」

所長「翼を広げたのはカメラの死角を作り、声を拾わせないため……部屋外カメラを増設するべきだったね」

秘書「申し訳ありません。追い付いていながら取り逃してしまい…」

所長「君はよくやったさ。あそこで撃たないのは正しい判断だった。何のためにこのような立地に施設を構えたと思っている」

所長「既に捜索隊を派遣した。特にアレの逃げた方角には選りすぐりの者を向かわせてある」

秘書「…所長、被害の方ですが」

秘書「職員の死者が16名。いずれも一般職員ですがこの数は運営に支障をきたす恐れがあります」

所長「補充は出来そうか?」

秘書「当てはあります」

所長「ならいい。それよりもアレの逃走時の映像を解析したい」

所長「貴重な実践データの山だろうからね」

秘書「……すぐに持ってこさせます」

所長「もう一つ興味深いのは、男君を連れ去ったことだ」

秘書「……」

所長「まだ彼の利用価値はありそうだね」




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