魔王と魔法使いと失われた記憶

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738 : ◆Try7rHwMFw [sage]:2021/01/11(月) 18:24:45.95 ID:m+vxd/s9o
「随分慌ただしいねえ。あんたもまだ回復してないんだろ?」

デボラが苦笑した。右肩は石膏で固められている。

「急いだ方がいいみたいだからな。一応、クロエたちの薬のお蔭で多少は体力は戻っている」

日はまだ低く、涼しさまで感じる。ヘイルポリスまでは2日ほどの道のりだが、それでも早いうちに出た方がいいということだ。


そう、俺たちはヘイルポリスへと向かうことになった。ジャックとアリスを救うためだ。


プルミエールがザックを担ぎ直した。向こうでは、クロエとブランがもう発つ準備をしている。

「デボラさんたちは、しばらくここに?」

「まあね。モリブスから軍隊が来るから、今回の件の説明をしなきゃいけない。一応、一部始終を説明できる立場にはあるからね。
それに、この肩じゃ足手まといになりかねない」

デボラの視線が、プルミエールから俺に移る。

「……アヴァロンの件、本当に心から恩に着るよ。仇の一人を討ってくれた……何と礼を言えばいいのか」

「それはいい。俺だってお前には随分助けられたからな」

「……ふふ、そうだね。『前と同じ御礼』は、できそうもないしね」

意味深に笑うデボラに、プルミエールはきょとんとしている。

「シェイド君も残るの?」

「にゃ。ご主人のことは気になるけど……エリックほど体力が戻ってるわけじゃないにゃ。行くなら万全にしてからにゃ」

「じゃあ、後で合流だね」

「そうなるにゃ。デボラ姉さんも行くにゃ?」

デボラが拳を握ってみせた。

「そうだねえ……まだ、仇は討ったわけじゃない。オーバーバックは、あたしがこの手で」

「蜻蛉亭」から、メディアと車椅子に乗ったカルロスが現れた。

「……もう、行くのか?」

「ああ。メディアを人間にするのはしばらく待ってもらうことになるが、大丈夫か?」

「信じて待つよ」

カルロスがメディアを見上げた。彼女は静かに微笑む。こんな表情もできるのかと、俺は少し驚いた。

「くれぐれも、肉体的接触は避けろ。性交なぞもっての他……」

「んなの肌身に染みて分かってるよ。それにこの身体じゃ、そういうのは無理だ」

クスクス、と後ろでプルミエールが笑う。

「……何がおかしい」

「いや、お母さんみたいだなあって」

少し、顔が熱くなった。

「……っ!ま、まあいい」

「ははは……無事を祈るよ」

「私からも、ささやかですが祈りを」

2人と握手をする。「そろそろいいかな?」と、クロエの声がした。


「分かった。……行ってくる」


4人が手を振る。次に会えるのは、いつだろうか。
739 : ◆Try7rHwMFw [sage]:2021/01/11(月) 18:25:25.18 ID:m+vxd/s9o
#

「存外『魔王』も感傷的なんだねえ」

馬上のクロエがニヤリと笑う。

「……ふざけろ。気のせいだ」

「ロックモールを離れてから、チラチラ『女神の樹』を振り返ってたじゃない。まあ、心残りがあるのは分かるけど」

「うるさい」

横のプルミエールがクスクス笑った。

「……何がおかしい」

「ううん、何も。……戦況は、どうなんですか」

「私たちが出た時は、膠着状態だったと思う。皇弟ナイトハルトが直々に出てくるのは始めてじゃないけど、父には北部の『イミル関』で痛い目に以前遭わされてるから」

「痛い目?」

トントン、とクロエが左手首の腕輪を叩く。

「『パワードスーツ』。ナイトハルトも遺物『グングニル』持ちだけど、父の守りは崩せなかった。手間取っている間に、崖上からの集中砲火を食らって撤収、というわけ。
イミル関は皇都とヘイルポリスを繋ぐ要所なの。今も、多分あそこで止まってる」

「でも、俺たちの支援が必要なのはどういう意味だ?」

ブランが気まずそうに頭をかく。

「アヴァロンによってユングヴィの神官兵が動員されてね。それで皇都での陽動が上手く行かなかった。
アヴァロンは死んだらしいけど、その腹心のアウグストは健在だ。こいつも何考えてるか分からないけど、ナイトハルトと組んだのは嫌な予感がするな」

「アウグスト?」

「そう、アウグスト・フェルナンデス。あいつは基本イーリス内部でしか動いてなかったし、知らなくて当然か。
アヴァロンの恐怖政治の一翼を担った奴だよ。異教徒や魔族の弾圧ではアヴァロン以上に苛烈かもしれない。
アヴァロンが行方不明になった情報がすぐに入るとも思えないけど、知ったらどうするかは読めないね」

……アヴァロンみたいなのがまだいるのか。神への盲信は害悪でしかないな。

「つまり、そいつが来るまでにナイトハルトを撃退すればいいわけだな?」

「そういうこと。ゲオルグが直接来たらまた厄介だけど」

「詳しい話は現地で、ということだな」

にしても、切迫した状況であるはずなのに、2人には妙な余裕がある。信用してないわけじゃないが、何か引っ掛かる。

「どうしたの、エリック」

「いや……何か、な」

視線を前に向けると、ポプの並木が見えてきた。今日の宿場である、エルファンが近いようだ。
740 : ◆Try7rHwMFw [sage]:2021/01/11(月) 18:26:06.23 ID:m+vxd/s9o
#

「……えっ?」

「ん?部屋は2部屋だよ。私はブランと、であなたたちと」

エルファンの宿のカウンターの前。プルミエールが口をパクパクさせたまま固まっている。……さすがにそれは聞いてない。

「……どういう意味だ」

「あ、そういう関係じゃ『まだ』ないの?アリスさんからはそう聞いてたけど」

「違うっっ!!!どうしてそんな適当な……そもそも、お前らは一緒でいいのか?」

「そりゃねえ。もう20年もいれば家族同然だしね」

「……はあ」

溜め息をつくブランの頭を、クロエが軽くはたく。

「何嫌そうな顔してんのよ」

「どうせ主導権はそっちなんだろ、知ってる。暴君の『姉』を持つと疲れるよ……」

「ほう、そこまで搾り取られたいの?」

今度は俺が溜め息をついた。「そういう関係」か。

にしても、こんな緊張感がないやり取りをできるのはやはり妙だ。

「……分かったから騒ぐな。今日はそういう部屋割りでいい。まだ日は高いから、少しぶらついてくる」

「了解。7の刻までに戻ってくればいいわよ」

宿を出た俺の後を、プルミエールがついてきた。

「ちょっと、幻影魔法は?ただでさえ目立つんだから……」

「……おかしいと思わないか」

「え?」

「あの2人、あまりに余裕がありすぎる。まるで、『何も起こらない』のを知ってるかのように。
そもそも、最初からしておかしい。カルロスがやられそうになった所に都合よく現れたらしいが、そんな偶然があるのか?」

「まさか、疑ってるの?」

クロエたちは多分、敵じゃない。俺たちを殺そうとするなら、単に油断した所を背後から刺せばいい。
ただ、何か裏がある。あるいは、この件自体が何か別の意図があるのじゃないか?

「……分からん。考えすぎかもしれないな」

俺は、今の推測を話すのはやめることにした。まだ早い。

そもそも、クロエとブランはさほどプルミエールと歳が変わらないだろう。せいぜいクロエが俺と同じ程度のはずだ。
未熟だから、緊張感なくいちゃつける。その可能性も、なくはない。

プルミエールがはぁと息をついた。

「色々この数日あったし、疲れてるのよ。少し湖畔を歩いて、ゆっくりしましょ?」

「……そうするか」

プルミエールが不意に俺の手を握った。体温がぶわっと上がるのが分かる。

「何だそれは」

「え、嫌だった?」

「嫌じゃないが……」

「ならいいじゃない。サラファンって、ちょっとした避暑地だし」

辺りを見ると、確かに家族連れや恋人同士が多い。
オルランドゥ大湖のほとりにあるこの宿場町は、テルモンからの観光客が多いのを俺は思い出していた。
だとしたら、恋人を「演じた」方が不自然ではない、のか。

「分かったよ」
741 : ◆Try7rHwMFw [sage]:2021/01/11(月) 18:26:33.85 ID:m+vxd/s9o
#

「〜♪」

プルミエールは上機嫌で鼻歌を歌っている。こいつもこいつでどうにも調子がおかしい。

「よくそんな気楽でいられるな」

「エリックが根詰め過ぎなのよ。そりゃ、私だって不安だけど……でも、少しくらい気晴らししないと、疲れちゃうから」

「そんなものか」

「そんなものよ」

オルランドゥ大湖に、日が沈もうとしている。茜色が湖面に照らされ、何とも言えない美しさだ。

不意に、プルミエールを見る。頬が僅かに朱が差しているように見えるのは、俺の気のせいだろうか。

「プルミエール」

「……ん?」


ドクン


その微笑みに、俺の鼓動が高まった。……何だこれは。そもそも、なぜ俺はプルミエールの名を呼んだ?

「……どうしたの?」

「い、いや。何でも……」


いけない。これじゃ俺は、まるで見た目通りの、思春期のガキじゃないか。


何か言わなければ。言葉を探すが、全然出てこない。焦りがさらに沈黙を深める。

プルミエールの顔が、気持ち近くなっている。え、待て、何だこれは……


苦し紛れに視線を外した。……その先にいた人物を見て、俺は固まった。


まさか。こんな所にいるはずがない。


短い黒髪に痩せた長身。耳こそ長くないが、それは……あの男に瓜二つだ。


「……ランパード?」


「え?」


プルミエールが俺の視線の先を見た。ランパードそっくりの男は、黒い髑髏があしらわれたシャツを着て、釣りに興じている。
そして、俺たちの存在に気づいたのか、ニヤリと笑った。

「よう、お二人さん。何か用かい?」

「あ……ランパードじゃない、のか?」

「ランパード?知らねえが……ほうほう」

男は釣竿を置くと、こちらに近付いてくる。俺はプルミエールの前に立った。
敵意はない。マナも感じない。ただ、他人の空似というには、似すぎている。

男は頭をかきながら苦笑する。

「いや、すまねえな。実に面白いマナだったんでな。デートの邪魔なら、消えるぜ」

「……お前、何者だ?」

男はふむ、と宙を眺め、「やっぱこれだな」とひとりごちた。



「俺は、ランダムだ。よろしくな」


742 : ◆Try7rHwMFw [sage]:2021/01/11(月) 18:27:05.85 ID:m+vxd/s9o
都市紹介

エルファン

モリブス南部の宿場町。人口は1万人程度で、やや高地にある。オルランドゥ大湖のほとりにあり、風光明媚なことから高級避暑地としての人気が高い。
温泉こそないが、上流階級の家族や若者には人気。ただ、物価は高く中間層以下にとっては高翌嶺の花の街でもある。
このため、宿場町としてはエルファンではなくそこから5kmほど先のデミファンが使われることが多い。こちらは商人御用達の普通の街。
領主の娘であるクロエは、当然のようにエルファンを宿泊地として選んでいる。

治安はよく、湖の魚介類を生かした料理が人気。ブドウ酒も良質であり、貴族からの人気は高い。
ただ、異種族への差別感情も強い。プルミエールが幻影魔法でエリックの見た目を変えようと焦ったのはこのためである。

なお、ヘイルポリスに入るルートは2つ。北部のイミル関から入るルートか、湖沿いに入るルートである。
皇都に近いのは前者だが難所でもあり、侵入は困難。また、湖沿いのルートも守りは堅く、ここから攻めるのも容易ではない。今回は後者を使ってヘイルポリスに入ることになる。
743 : ◆Try7rHwMFw [sage]:2021/01/11(月) 18:28:14.42 ID:m+vxd/s9o



第28-2話



744 : ◆Try7rHwMFw [sage]:2021/01/11(月) 18:28:49.94 ID:m+vxd/s9o


……誰だろう、この人。


甘い時間を邪魔された憤りより先に、私が感じたのは違和感だった。

ランダムと名乗る男性の見た目は、ランパードさんそっくりだ。耳がエルフのそれだったら、確実に私も間違えていただろう。
でも、それ以上に不思議だったのは、彼が纏う空気だ。マナが凄くあるわけじゃない。ただ、どこか現実離れしている。髑髏のシャツも、見たことがない意匠だ。

「名前を聞いたわけじゃない。だから、何者だと聞いている」

差し出された手を無視してエリックが言う。ランダムという人は、うーんと唸りながら頭を掻いた。

「それが分かりゃ苦労はしねえんだよ。俺自身よく分かってねえんだから」

「何?」

「記憶喪失なんだよ。15年前からずっと、な。ただ、幸い酒と料理の知識だけはあったからな。それを生かして、ここでレストランをやってる」

彼が湖畔の小屋を指差した。

「『アンバーの隠れ家』ってんだ。飯時には早いが、どうだ?
せっかくいい雰囲気の所邪魔したから、お代はまけとくぜ」

「……ビクター・ランパードという人はご存じですか。あなたにそっくりの、トリスの貴族です」

「俺にか?いや、聞いたことがねえな。そいつ、エルフなんだろ?他人の空似じゃねえか?
世の中には自分と同じ顔が3人いるというしな」

私はエリックと顔を見合わせた。彼に敵意はない。でも、明らかに何か、浮世離れしたものを感じる。

「お前、魔術の心得が?」

「あー、何か分かるんだよ。そいつがどのぐらいのマナを持っていて、どんな奴か。多分、生まれつきだな。
で、お前さんたち2人は俺が今まで感じたことがないマナがある。量とかじゃなく、『色』がな。
あ、名前聞き忘れてたぜ。兄ちゃん、名前は?」

「……!!お前、俺が子供とは思わないのか」

「や、そんなマナを子供が持ってたらおかしいだろ?30前ぐらいか、ざっくり。で、名前は?」

「……エリック、とだけ言っておく」


ランダムさんの表情が、一瞬固まった。僅かに目が潤むと、それをゴシゴシと擦った。


「あ、何だこれ……おかしいぜ。妙に目が湿ってやがる。……会ったことは、ねえよな?」

「……お前によく似た男にならあるが」

エリックも戸惑っている。本当に、何者だろうこの人。

「……まあ、いいや。飯、ただにしてやるよ。どうだい」

「いいんですか?」

「おう、お前さんたちならいいぜ」

「じゃあ、あと2人増えても大丈夫ですか?」
745 : ◆Try7rHwMFw [sage]:2021/01/11(月) 18:29:47.79 ID:m+vxd/s9o
#

「あ、戻ってきた」

宿に着くと、ちょうどクロエさんたちがフロントに出てきたところだった。湯浴みの後なのか、2人とも髪が濡れている。

「……随分暢気なもんだな」

「もっと肩の力を抜いたら?少なくとも、『今日は』何も起こらないはずだし」

……何で言い切れるんだろう?確かにクロエさんたちは戦いに慣れてそうではあるんだけど。

疑問を口に出しかけたけど、とりあえずやめた。確かに、私もエリックも、難しく考える癖があるのは確かだし。

「今日のご飯って、予定あります?」

「ん、ないけど。プルミエールさんは、ここに来たことってあるの?」

「いえ、初めてなんですけど。さっき、ある方から自分の店に来てくれって。お代はタダでいいそうです」

ブランさんが渋い顔になった。

「タダ?本当に大丈夫かそれ。店の名前は?」

「はい、『アンバーの隠れ家』って」

「ウッソだろ!!?」

彼が驚きで叫んだ。クロエさんも口をあんぐりと開けている。

「それ、エルファンでも滅多に予約が入らない超人気店だよ……」

「そうなんですか?」

「皇族や貴族でも簡単に予約が取れないって話。父さんは1度行ったことがあるらしいけど……どうしてそんなことに?」

私はさっきの出来事を話した。「へえ」とブランさんが呟く。

「俺は知らないけど、ビクター・ランパードってトリスの貴族とそっくりなのか。それが縁と」

「店主がどんな人か知らなかったけど、ちょっと変わった人なのね。確かに名前が幾つもあるとか、正体不明とかいう噂はあったけど。
でも、こんな機会なんて二度とないだろうから、乗ってみようかな」

そこまで凄い人なのか。とてもそうは見えなかったけど……

エリックが何か考えている。

「どうしたの?」

「いや、何で俺を見て涙ぐんだのか、よく分からなくてな。少なくともあの男、ただの料理人じゃないぞ」

「うん……確かに。マナの『色』とか言ってたし」

どういうことなんだろう?とりあえず、行けば何かわかるのかな。
746 : ◆Try7rHwMFw [sage]:2021/01/11(月) 18:30:24.30 ID:m+vxd/s9o
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「おー、よく来てくれたな」

店に入ると、さっきと同じ髑髏のシャツ姿で、ランダムさんが出迎えに来た。
既にテーブルには料理が用意されている。……5皿?

「あ、俺も一緒に飲もうと思ってな。今日は貸し切りだ」

「どうしてそこまで?」

「んー、気分だな。今日予約してた客には、頭下げて別の日にしてもらったよ」

「……気分、な」

エリックが訝しげにランダムさんを見る。彼は「ハハハ」と快活に笑った。

「まあいいじゃねえか。酒も用意してあるぜ。エルファンの貴腐ワインから行こうじゃねえか。あ、酒は皆行けるかい?」

「はいっ!是非」

「俺はそこまで強くないが……まあいいだろう」

クロエさんたちも問題ないみたいだ。テーブルに着くと、ランダムさんがワインを開ける。
ふわりと、甘いハチミツのような香りがここまで広がってきた。

「凄い……!!これが名高い、エルファンの白ワインですか?」

「おう。白じゃなくって貴腐ワインだがな。貴腐ワインは知ってるか?」

私は首を振った。クロエさんは口をあんぐりと開けている。

「話には聞いたことがあるわ。ブドウをカビさせて作るワインが、最近できたって……まさか、それ?」

「おう。というか、俺がやり始めた。これをやると糖度が跳ね上がるんだよ。
甘味を凝縮するという意味じゃアイスワインも近いが、こっちの方がより風味が豊かだ」

「よくそんなこと思いつくわね……さすがは『アンバーの隠れ家』の主人」

「ハハハ、たまたま『知ってた』だけさ。じゃ、まずは乾杯と行こうか」

黄色い液体の入ったワイングラスを掲げ、ランダムさんが「出会いに乾杯!」と叫んだ。
グラスを合わせてワインを飲む。……何これっ!!

「うわっ!!甘いっ!!!」

「ちょっとこれ凄いな。砂糖かハチミツ入れたんじゃないのか??」

驚くブランさんに、ランダムさんがニヤリと笑う。

「ところが完全にブドウだけだ。食前酒にはちょうどいいだろ?
テーブルにある前菜はこいつに合わせている。ブルーチーズのソースを使った夏野菜のテリーヌだ」

貴腐ワイン?テリーヌ?聞いたことがない言葉ばかり出てくる。最高級レストランって、こんな感じなのかな。

前菜に手を付けた。野菜の甘さを癖のあるソースが引き立てる。その風味をワインがさらに強めている。間違いなく美味しい。
ただ、この料理の味わい、どこかで……

「ん?嬢ちゃん、口に合わなかったか?」

「いえ、とても美味しいんですけど。どこかで食べたことがあるなあって。
……あ、オルランドゥのカトリさんと、ウカクさんのお店だ」

そうだ。チーズの使い方が、とてもよく似ている。あそこもチーズを使った料理が売りだった。

ランダムさんが驚いたように目を見開く。

「驚いたぜ、そいつらは俺の弟子だな」

「そうなんですか??」

「ああ。俺は弟子とか取らねえんだけどな。そいつらは別だ。元気してるか?」

「はいっ!あそこも色々お酒が置いてあって、いつも通ってました」

「おお、そうか。ってことは嬢ちゃんは、魔術師関係者だな」

言葉に窮した。あまり、私たちの旅の目的を人に話すべきじゃない。
747 : ◆Try7rHwMFw [sage]:2021/01/11(月) 18:30:51.77 ID:m+vxd/s9o
「え、ええ、まあそんなところです」

「心配すんなよ、訳ありなのは初見で分かってる。お前さんたちが連れて来たそのカップルも、まあまあ只者じゃないな。
例えばそこの黒髪の姉ちゃんが左腕に着けているのは、ただの腕輪じゃない。違うか?」

クロエさんが思わず左手首を隠した。

「なっ!!?」

「ハハ、だから心配すんなよ。皇室の連中にチクるつもりはねえよ」

「……本当にお前、何者だ?記憶喪失なのも、嘘か」

エリックの言葉にどこからかワインの瓶を取り出して、ランダムさんは静かに首を振った。

「や、それは本当だ。嘘をつく理由がねえよ。ただ、何となくそいつの『マナ』……さらに言えば人格とかが分かる。生まれつきだろうな。
料理もそうだ。もともと、俺には知識があった。ないのは、記憶だけだ」

「取り戻したいとは思わないのか?」

エリックがちらりと私を見た。15年前……今の私では難しいけど、もう少し成長すればできなくはない。

ランダムさんは肩を竦める。

「いや、今の生活には結構満足してるんだよな、これが。昼は魚を釣って、時には山で狩りをする。
それを使った料理で皆に喜んでもらう。それだけで十分なんだよ。金も名誉も、なぜか欲しいとは思わねえんだ。……ただ」

「ん?」

「……いや、言ってもしょうがねえんだがな。1つだけ覚えていることがあるんだよ。それは、『エチゴ』という男を追えってことだ」

「『エチゴ』?」

「そう。名前しか分からねえ。なぜ追わなきゃいけねえのかも。ただ、記憶を取り戻さない方がいい気もしててな」

ランダムさんはワイングラスをあおった。……記憶を取り戻したがっていたオーバーバックとは、正反対だな。

「ま、とにかくこうやって若いのと酒が飲めるだけで幸せだぜ。ワインもスピリッツも、北ガリアだったら大体いいのを取り揃えてるぜ。ドンドン呑んでくれ」
748 : ◆Try7rHwMFw [sage]:2021/01/11(月) 18:31:20.99 ID:m+vxd/s9o
#

夕食はとても楽しく、和やかに進んだ。エリックが魔族であることはすぐに見破られたけど、特に詮索されることもなかった。

何より、料理は本当に絶品だった。湖で取れた「イール」という魚を焼いたものに濃いソースをかけたものや、山で獲れた野鳥のスープなどはきっと忘れられない。
そして、お酒。どのお酒も本当に美味しく、料理と一緒に合わせるとそれがさらに引き立つのだ。タダだからいいけど、一体どれぐらいのお値段なんだろう……考えると酔いが醒めそうだなあ……

クロエさんは甘え上戸らしく、ブランさんにやたらとしなだれかかっている。やっぱりこの2人、恋人同士なのかな。
エリックはというと、ランダムさんに色々食材について訊いている。お酒はそんなに飲んでないけど、そっちに興味があるのね。

「……なるほど、木の実のソースか。そういう使い方があるんだな」

「野趣を楽しみつつ臭みも消せるからな。森の食材には森の食材を合わせる、鉄則だな。
にしても、お前さんたちただの観光客じゃねえよな?多分、あの姉ちゃんはシュトロートマン家の人間だろ」

「え、分かってたの?」

「以前一回うちに来たことがあるだろ。今へイルポリスがきな臭くなってるから、さしずめその2人は援軍ってとこか」

「そこまで知ってたのね」

ニヤリとランダムさんが笑う。

「まあ、年の功ってやつだな。ま、俺がとやかく言える立場じゃねえし、どちらの肩を持つつもりもねえが……気を付けな」

「もちろんそのつもり……」

ランダムさんがクロエさんに首を振り、自分の左手首を指さした。

「違う、そいつだよ。俺にはそれが何か分からねえが、人には過ぎたる力じゃねえのかな?
そういうのは、できるだけ使わねえ方がいい。まあ、『目には目を』ってことで使わなきゃいけねえんだろうが」

「なっ……」

「気を悪くしたらすまねえな。それに、こいつは俺の直感だ。間違ってるかもしれねえ。
ただ、何か良からぬ予感がするんだよ。……気を付けな」

クロエさんは不服そうにランダムさんを見ている。なぜそんなことを言ったのだろう。その時の私には、分からなかった。

「ま、悪かったな。そろそろ締めにするから、別の酒を用意するぜ」
749 : ◆Try7rHwMFw [sage]:2021/01/11(月) 18:31:54.94 ID:m+vxd/s9o
#


このランダムさんの忠告を、私たちはヘイルポリスに着いてから思い出すことになる。
それも、嫌と言うほど。


750 : ◆Try7rHwMFw [sage]:2021/01/11(月) 18:32:32.65 ID:m+vxd/s9o
キャラクター紹介

ランダム(年齢不詳)

男性。体つきや顔など、ランパードに酷似している。エルフ特有の耳があれば、ほぼランパードと思われる程度。ただし、本人たちに面識はない。
15年前に記憶を失い、エルファンの街に辿り着いた。そこでレストラン「アンバーの隠れ家」を開店。本人の豊富な知識や陽気な人柄もあり、瞬く間にエルファン、そしてテルモンを代表する名店となる。
ジビエを中心とした料理であり、その調理方法は特殊にして多様。素材の野趣を生かすその料理は皇室や貴族からの評価も高いが、召し抱えの要請はことごとく断っている。
無類の酒好きでもあり、新しい醸造法の開発などテルモンに与えた恩恵は大きい。ただ本人は「自分が飲むためのもの」としているが。

マナの質を読み取る特殊能力がある。本人の性格、果ては血筋まである程度は判断できるようだ。
それがなぜ自分にあるのかはよく分かっていない。ただ、本人の嗜好に合った料理を出すという点で、仕事には役立っている。
記憶をなくしているが、過去にはこだわらない性質。その他謎ばかりだが、本人は当面一料理人のままでいいと考えているようだ。

外見年齢は30前後。ただし15年前から一切顔立ちが変わっていない。

旧シリーズのランダムとの関係性は、現在不明。
751 : ◆Try7rHwMFw [sage]:2021/01/11(月) 18:34:52.01 ID:Zpt9ZdPfO
一時中断。
752 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2021/01/11(月) 18:43:22.31 ID:Zpt9ZdPfO
sagaにするのを忘れていました。
753 : ◆wCAPYNYM6w [saga]:2021/01/11(月) 21:16:13.64 ID:b5rhOPz3O
テスト
754 : ◆wCAPYNYM6w [saga]:2021/01/11(月) 21:16:45.87 ID:b5rhOPz3O




第29話




755 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2021/01/11(月) 21:24:57.70 ID:b5rhOPz3O
「アンバーの隠れ家」から戻ってから、微妙な空気が続いている。帰り道も、皆どこか言葉少なだった。
それは部屋に戻った今でも続いている。

「どうしてあんなこと言ったんだろうね」

プルミエールが髪を梳きながら言う。やはり、引っかかっていたか。

「あのランダムという男が何者かは分からん。ただ、率直に言えば俺にも違和感があった」

「違和感って、クロエさんたちのこと?」

「ああ。彼らを信用してないわけじゃない。敵でもないと思う。ただ、あまりに都合が良すぎる」

「都合?」

「ああ。なぜ、絶妙の時機にカルロスたちの所に現れたのか?不思議に思わなかったか」

プルミエールが手を止めた。

「そりゃ……運が良かったからじゃ」

「そこだ。俺は運をそんなに信じてない。運だと思っている物事の背後には、必ず何かがあるはずだ。
あいつらには感謝している。ただ、ランダムが初対面の人間に無意味に警鐘を鳴らすような、思慮のない男とは思えないんだ」

「……確かに」

「『パワードスーツ』、だったな。『遺物』じゃないと言っていたが……何か問題があるんだろうか」

「どうだろ……明日クロエさんたちに訊いてみるしかないんじゃないかな」

「そうだな。明日も早い、今日はもう寝るぞ」

「……うん」

何か、俺たちは根本から勘違いしている気がする。
そもそも、ジャックとアリスがヘイルポリスに行った意図は何だ?父の友人だからといって、無批判に信用しすぎてはいなかったか?

とにかく、ヘイルポリスに行かないと話にならない。目で見たものしか、信用してはならない。
それは、俺がプルミエールと一緒にいる理由でもある。
756 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2021/01/11(月) 21:30:17.18 ID:b5rhOPz3O
#

エルファンからヘイルポリスまでは、オルランドゥ大湖沿いに馬を走らせ半日程度だ。
シュトロートマンの勢力が強い地域であるらしく、この方面から攻められる心配は薄いのだという。

それにしても、クロエたちは相変わらず暢気なものだ。まるで小旅行から帰ってくる程度のノリだ。どう切り出せばいいか……

「クロエさん、ところでそれ、ヘイルポリスの遺跡から出土した、って」

プルミエールから先に彼女に話しかけてくれた。正直、助かる。どうも俺はこういうのが苦手だ。

「……あ、『パワードスーツ』?うん、そうだけど」

「その遺跡ってどんなものなんですか?何か気になっちゃって」

「あー、昨日のランダムさんの言葉が気になってるのか……」

ちらりと彼女がブランを見る。ブランは小さく頷いた。

「あんたらなら言ってもいいだろ。ヘイルポリス南部にある小遺跡さ。そんなに深度はないけど、それでも出土品は結構あってね。こいつだけじゃなく、幾つか『秘宝』が見つかってる。
んで、アリスさんは『まだ奥があるんじゃないか』って疑ってる。あの人、オルランドゥの教授じゃなくって冒険者が本業なんじゃねえかな」

「かもね。昔、ジャックさんも来たことがあったって聞いてる。父だったら、もっと詳しく知ってるかも」

父上も、何か絡んでいたりするのだろうか。あるいはデボラの両親も。

「俺からも、いいか?」

「ん、いいわよ」

「お前らがカルロスを助けたのは、偶然じゃないな」

2人の表情が凍った。図星か。

「……どうしてそう思うの」

「あまりに時機が良過ぎる。そして、今の余裕。そんな魔法があるとは思わないが……未来が読めているのか?」

ふう、とクロエが息を付いた。

「……さすがね。といっても正確じゃないんだけど」

「どういうことだ」

「ヘイルポリス遺跡の最奥には、ある装置があってね。私たちじゃ使えないけど、アリスさんは使える。と言っても、この前来た時に使えるようになったのだけど。
『1週間ぐらい先までの未来が予測できる』んだって。それもかなりの精度で」

「何!!?」

「嘘っ!!?」

俺とプルミエールの声が重なった。そんな馬鹿げたことができるわけが……

「……まあ、そう思うのが当然だよね。私たちも、カルロス君を助けるまでは半信半疑だった。
あの時刻、あの場所にスティーブンソン近衛騎士団団長が現われた時、正直震えたわ。ね、ブラン」

「ああ。それで、俺たちもアレ……確か『スパコン』だったか。その『予言』を信じるようになったってわけさ。
ヘイルポリスを出る時に、アリスさんから1週間は皇弟ナイトハルトの動きがないとは聞いてたからな。しばらくの身の安全は濃厚と判断してる」

……なるほど、やはり種があったか。しかし……これは。

「人智を逸してます、ね……」

プルミエールに先を越された。そう、その通りだ。ランダムがああ言った理由も、少し分かる。
そんな「神」に近い力を、アリス・ローエングリンは扱えるのか?それは、間違いなく為政者からしたら……脅威でしかない。

「そうね。『秘宝』は、私たちが及びもつかない可能性を持っている。
だからこそ、皇帝ゲオルグの圧政から人々を解放する可能性がある。そうは思わない?」

「……かもしれませんね」

プルミエールは、何か考えている。この女は考えに甘い所はあるが、決して馬鹿ではない。

そして、俺の中にも疑念が生まれた。父上が「サンタヴィラの惨劇」を起こした理由は、何だ?


遥か向こうに、尖塔のようなものが見えてきた。あれが、ヘイルポリスか。
757 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2021/01/11(月) 21:30:43.44 ID:b5rhOPz3O
#

「父様、クロエ・シュトロートマンただいま戻りました」

ヘイルポリスの古城に入ると、長髪の初老の男が奥から現れた。温厚そうだが、どこか厳粛な空気を纏っている。

「君が、『魔王』エリック・ベナビデスか」

「ええ。あなたが」

「左様。ヘイルポリス領主、カール・シュトロートマンだ。ここに来てくれて幸甚に思う。
その女性が、プルミエール・レミュー嬢だな。話はアリス・ローエングリン教授から聞いているよ」

「お会いできて光栄です、陛下。教授は」

「北部のイミル関だ。私は一旦こっちに戻ってきたが、彼女はまだあそこだ。オルランドゥ卿もそこだが……」

「容態が良くない、とは聞いています。大丈夫なんですか」

シュトロートマンが口を濁す。

「……とてもそうは見えない。ただ、考えがあってイミル関にいるのだとは思う。幾つか、『秘宝』も持ち込んでいるようだし、全く無策とは考えにくい」

……「秘宝」か。何か、胸騒ぎがする。

「その『秘宝』が何かは、ご存知なのですか」

「いや……あれを扱えるのは、ローエングリン教授だけだ。こちらとしては、ひとまず彼女に任せるしかない。今までも、彼女には色々助けられてきたしな」

プルミエールに視線を送る。彼女が小さく頷いた。

「私たちをイミル関に連れて行ってくれませんか」

「無論だ。ただ、今日はもう遅い。宿を取っているから、そこで休むといい。
それにしても、エリック君、だったな。やはり、ケイン殿とよく似ている」

「……やはり父上をご存知でしたか」

「会ったのは、私がごく若い時の一度きりだったが。先代皇帝シャルルについて諸王会議に出た時に、な。立派な方だったと記憶しているよ。
『サンタヴィラの惨劇』の話を聞いた時は、耳を疑ったものだ」

「父上は、ジャック・オルランドゥ卿やアリス・ローエングリン教授とも懇意でした。その点について、話を聞いたことは」

「……そうなのか。初めて聞いたよ」

俺は軽く落胆した。シュトロートマンは、あまりジャックやアリスの素性について詳しく知らないらしい。

「とりあえず、簡単な祝宴の席を設けている。よかったら、どうだ。昨晩の『アンバーの隠れ家』ほどのものは出せないと思うが」

「いえ、ご相伴に預からせて頂きます」
758 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2021/01/11(月) 21:31:24.48 ID:b5rhOPz3O
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翌日のアリスとの再会が、思いもよらぬ形になることを、この時の俺はまだ知らない。



759 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2021/01/11(月) 21:45:47.13 ID:0XZYkCiFO
ちょっと回線の調子が良くないですね……
もう一度中断します。
760 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/01/14(木) 05:27:08.79 ID:64v9BhkDO

ちょっと気になる事が一つ
カール・シュトロートマンは領主とあるが王か否か
王なら陛下で貴族なら殿下か閣下
761 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2021/01/15(金) 16:37:09.56 ID:s0ydGNtFO
>>760
多分単純ミスですね。すみません。
ヘイルポリス周辺は半独立状態ではありますが、あくまでシュトロートマンは貴族です。
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