他の閲覧方法【
専用ブラウザ
ガラケー版リーダー
スマホ版リーダー
BBS2ch
DAT
】
↓
VIP Service
SS速報VIP
更新
検索
全部
最新50
魔王と魔法使いと失われた記憶
Check
Tweet
62 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/12(水) 00:53:25.87 ID:yGgQ9HDMO
ザンッッッ!!!
「がはああっっっ!!?」
男の苦痛の叫び。そして、魔王は……男の向こう側にいた。
「かはっ……てめえっっ……何をしたっっ!!?」
「『2』では反応されたか……驚いたな」
男は腹部を押さえている。大量の血が流れているのが、ここからでも分かった。
しかし、魔王はもう一度剣を構える。男がまだ戦えると思っているようだった。
「次は仕留める」
「できるか……な!!!」
63 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/12(水) 00:54:16.79 ID:yGgQ9HDMO
ザクリ
男が地面に剣を突き刺す。すると……男の身体が紅く光り始めた!!?
血は止まり、苦痛に歪んでいた男の顔に生気が戻ってくる。これは……回復魔法??いや違う、もっと別の何かだ。
まさか、これが……「遺物」の力??
そして、男は大剣を引き抜くと……私の方を振り向き、ニタァと笑った。
「予定変更だ、女からやらせてもらうっ!!」
64 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/12(水) 00:54:45.26 ID:yGgQ9HDMO
ズオンッッ
さっきより遥かに速く、男が踏み込んできた!!あっという間に私との距離が詰まる。
紅い剣が、私の頭上に見えた。
……ダメだ。私はここで……死ぬんだ。
65 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/12(水) 00:55:11.53 ID:yGgQ9HDMO
目をつぶった、その刹那。
66 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/12(水) 00:55:48.39 ID:yGgQ9HDMO
「アクセラレーション、5ッッッ!!!」
67 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/12(水) 00:56:50.76 ID:yGgQ9HDMO
「な??」
「きゃあッッ!!?」
暴風のような、何かが吹いた。一瞬のうちに、男の姿が小さくなる。
気が付くと、私は……魔王に抱きかかえられていた。ハァッ、ハァッと荒い息が聞こえる。
「愚か者め……!!逃げないからこうなるっ!!」
「ご、ごめんな、さい……」
「クソが……俺一人なら、『3倍速』で戦えたがっ……」
遠くの金髪の男が、ブンブンと大剣を振り回している。
「おいおい、何だ今の??俺でも見えなかったぜ?」
魔王は私を置くと、荒い呼吸のままゆっくりと男に向かい歩き始める。マナの量が、酷く減っているのが分かった。
私を助けるために使った、あの「加速5」というのは……多分、彼の切り札だったんだ。
「お前が、知る必要は、ない。そして……もう一回ぐらいは撃てる」
魔王がまた短剣を構えた。男の表情が、再び引き締まる。
「……何?」
「お前も、分かってるだろう?『2倍速』ですら、お前は……致命傷を避けるのに手一杯だった。
そして、多分……お前も切り札を使った。あれがスレイヤーとかいう……『遺物』の力か」
「……だとしたら?」
「お前は、『5倍速』には、対応できない。ここで俺に斬られて……終わりだ」
街灯に照らされた男から、感情が消えた。重い沈黙が数秒続いた後、男は何かを呟く。
68 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/12(水) 00:57:48.39 ID:yGgQ9HDMO
空間に黒い歪みのようなものが現れた。あれは、まさかっ……
「転移魔法っ??」
男は私たちを睨む。
「9割ハッタリだが……確かに、あれを撃たれたら、俺は死ぬ。仕方ねえ、撤収だ」
「貴様の名は?」
「……デイヴィッドだ。またな、『小僧』」
そう言うと、男は空間の歪みに消える。同時に、魔王はその場に崩れ落ちた。
69 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/12(水) 00:58:36.01 ID:yGgQ9HDMO
「大丈夫っ!!?」
「阿呆、がっ……!!ザックの中に、薬瓶がある……丸薬があるから、飲ませろっ……」
私は急いでザックを漁った。……あった、これだ。
瓶の中には黒い丸薬が5個入っている。私はその1つを取り出した。……凄い刺激臭がする。これを飲ませるの?
「いいから、早くっ……!!そうだ、それでいい」
魔王は丸薬を口にすると、顔をおおきく歪ませた。そして、水袋を手にすると、苦渋の表情で流し込む。
「うえっっ……!!!相変わらず、酷い味だっ……クソっ、最悪の気分だな……」
「ごめんなさいっ!!私が逃げなかったせいで……」
チッ、と魔王がまた舌打ちした。
「全く、だ。貴重な『霊癒丸』を、ここで使うことになるとはな……!!よくそれで生きてこれたな、小娘」
返す言葉もない。私は唇を噛んで俯いた。
「……こいつを守りながらサンタヴィラまで行くのか、さすがの俺も自信がなくなってきたぞ……。しかし、行かなければ仕方ない、か」
よろめきながら、魔王が立ち上がった。
「……本当に、大丈夫なの?」
「あれは……マナを無理矢理詰めた、一種の強壮剤だ。一応、ユージーンまでは歩ける。多分」
私は辺りを見渡した。今の、誰かに見られたりしいていないだろうか?
70 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/12(水) 00:59:15.34 ID:yGgQ9HDMO
魔王が首を振った。
「……生命の気配がない。街の門番は、あのデイヴィッドという男に事前に殺されているな」
「嘘……」
「大方、俺に全てを擦り付けるつもりなんだろう。……こうなった時のことまで考えていたわけだ」
果たして、門のそばには袈裟斬りに両断された死体が2体転がっていた。私の胃から、少し前に食べたシチューが逆流しそうになる。
「うぷっ……」
「……弔ってやるか」
魔王はそういうと、死体に手を触れた。急速にそれはしぼんでいき、やがて砂になって消えた。
「何をしたの?」
「……腐食魔法の一種、としておくか。惨殺された死体など誰も見たくはないだろう。特に、こいつらの家族は」
数分かけて、「弔い」は終わった。血がまだ辺りに残っているけど、一晩経てば地面に染み込むだろう。
「……行くか」
魔王は小さく言った。その目は……微かに濡れている?
それは気のせいだったのだろうか。
71 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/12(水) 01:00:15.66 ID:yGgQ9HDMO
#
疲れと精神的な衝撃から、ユージーンに着くまで会話はほとんどなかった。
着いたのは深夜。安宿に着くと、魔王は無言で金貨1枚を眠そうな女将に渡した。
「夜分すまない。行商の身だ、これで一部屋頼む」
「これって……ちょっと、宿代の10倍だよ?」
「深夜押し掛けた迷惑料込みだ。他言無用で頼む」
女将は首をひねりながら、私たちを部屋へと案内した。埃っぽい部屋だけど、文句は言えない。
「とっとと水浴びでもしてろ。俺は先に寝る」
「ちょっと!」
「聞きたいことは明日聞いてやる。ただ、朝早めにユージーンを出るぞ。モリブスで人が待ってるんでな」
「人?」
ベッドの布団を被りながら、魔王が言った。
「俺のパトロンだ。ジャック・オルランドゥ」
……オルランドゥ……魔術都市と、同じ名字?
「ねえ、どういうこと?」
呼び掛けたけど、魔王はもうスウスウと穏やかな寝息を立てていた。
72 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/12(水) 01:01:32.11 ID:yGgQ9HDMO
第3話はここまで。
アリスなどのキャラクター紹介は後日。
質問などありましたらどうぞ。
73 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/12(水) 18:56:55.69 ID:4aI2cGelO
設定紹介
「遺物」
遥か過去に作られた武具の総称。その全てが現在では再現不可能な技術で作られている。
作り手は「神」とされているが、一切は不明。ただ、そのどれもが超常の力を有している。
デイヴィッドの「スレイヤー」は地面に突き刺すことで本人の回復・強化を促していたようだ。まだ何かあるかもしれないが、現状は詳細不明。
(大体遺物=神器。ただ、ジュリアンは本編には出ません)
74 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/12(水) 18:59:11.20 ID:4aI2cGelO
魔術都市オルランドゥ
マナが豊富なオルランドゥ大湖のほとりにある。人口は約1万人。風光明媚な観光地でもある。
都市としては自治権を持っており、モリブス政府でも簡単には干渉できない。
学院長は合議制によって選ばれる。当代の学院長はローマン・ゴールディ。基本的に政治的野心には乏しく、研究の邪魔さえされなければいいというスタンス。
各国から最も優れた魔術師が集まり、魔術や科学の研究を行っている。
半面、各国からのスパイも多く最新の魔術を盗もうと虎視眈々。野心ある学生がやってくることもなくはない。
このため、研究成果は一定の実が結ばれるまでは秘中の秘とされ外に出ることはない。それでも発覚する時はある。
75 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/14(金) 16:43:08.45 ID:mtWo0cv2O
第4話
76 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/14(金) 16:43:35.29 ID:eY+H6i2KO
涼しい風が頬を撫でる。疲れは残っていたけど、今日は何とかなりそうだ。
ユージーンで馬を買ったからだ。魔王が御し、私はその後ろの鞍に座っている。胸が少し当たるけど、きっと彼は気にしないだろう。
「……馬、なんでオルランドゥで借りなかったの」
「借りられると思うか?俺たちに対する警戒体制が敷かれていた以上、その場で身元を調べられるのが落ちだ。そうしている間に拘束されたら終わりだろう?
どうにも世間のことを知らんようだな、小娘」
「なっ……!?」
実年齢は上だと知っていても、少年に小馬鹿にされた口調で言われるとさすがにムッとした。
馬を操る魔王が呆れたように振り向く。
「そもそも、俺なしではお前はただ殺されるか、さもなきゃ一生塔の中だ。少しは身をわきまえろ」
「何ですって??」
反論しようと思ったけどやめた。私はもう2回も彼に助けられている。路銀だって彼任せだ。傲慢でいけすかないけど、確かに彼は命の恩人なのだった。
黙っている私を見て、「……ふん」と魔王は前を向いた。
馬は冒険者ギルドで買うことができた。相変わらず相場の数倍で買っていたけど、あの金はどこから手に入れているのだろう?
元がズマの皇子というのが本当だとしても、サンタヴィラの惨劇から20年も経っている。そんなに金がもつものだろうか。
そもそも、私はあまりにこの男のことを知らない。長旅になるなら、互いのことをもっと話すべきではないか。……好き嫌いは別にしても。
77 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/14(金) 16:44:50.38 ID:eY+H6i2KO
「ねえ」
「何だ」
声をかけたはいいけど、何から話すべきか思い付かない。そもそも、男性とちゃんと話すこと自体、今までの人生の中でそう多くはなかったのだ。
「……」
「……変な奴だな」
「あの……魔王ケインって、どんな人だったの」
魔王が馬を止めてじっと私を見た。……触れてはいけない話だっただろうか。
「……それがどうした」
「ただ、訊きたかっただけだけど……」
小さな溜め息が聞こえた。
「お前には関係のないことだろう」
「でも、あなたはサンタヴィラの惨劇の真実を知りたがっている。彼が、そんなことをする人じゃないと思っているからでしょ?それに、あなたもそこまで悪い人じゃない、多分」
「何を根拠に」
「何となく。それに、魔法使いはマナでその人の性質が分かるの。あなたは偉そうでちょっとムカつくけど」
ふん、と魔王が鼻を鳴らした。
「……小娘が偉そうに」
「でも、あなたが知る魔王ケインは、御伽噺の絵本のような極悪非道の悪党じゃない。そうでしょ?」
「……随分魔族に同情的なんだな」
「同情的じゃないけど……全ての魔族が、悪い人じゃないと知ってるだけ」
そして、そうだと思いたいから……私は「追憶」を産み出した。
魔王は馬を再び歩ませた。
「……父上は優しい人だった。厳しいが、少なくとも俺にとってはいい父親だった。
敵には容赦はない。刺客を斬り捨てたのを見たこともある。だが、理由もなしに誰かを殺すなんてことは、絶対にしない人だ」
「サンタヴィラ王国が何かした、と?」
「分からない。だが明らかに今語られている『魔王ケイン』は、俺の知る父上ではない。
とりあえず、次の宿場町で飯を食うぞ」
それきり、魔王は黙ってしまった。
78 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/14(金) 16:45:36.65 ID:eY+H6i2KO
#
「……おかわり」
フードをすっぽりと被ったまま、魔王が空になった皿を突き出す。テーブルの上には、早くも3枚の皿が重ねられていた。
「よく食べるのね……」
「俺は燃費が悪いからな。人より多く食らうし、多く寝ないといけない。とりあえず、この肉のスパイス炒めと『レー』を頼む」
「私、あれ苦手なのよね……」
「オルランドゥは一応モリブス領内だろう?食べないのか」
「辛いのダメなのよ……」
モリブスに行くのは3年ぶりだ。とにかく全部の料理がスパイスが効いていて辛いのだけど、「レー」は特に辛い。
サラサラで真っ黒なスープは、とても人間が食べる代物とは思えない。お米と一緒に食べるのだけど、私は2口で挫折した。
魔王が小馬鹿にしたように笑う。
「小娘は舌まで小娘だな。だから甘口の『ウー・ドレー』しか食えないのか」
「これは辛くないもの。ミルクのまろやかな風味が麺に絡んで美味しいわよ。嫌いなの?」
「辛さこそモリブス料理の真髄だろう?ミルクで誤魔化すのは邪道だ」
スパイス炒めと「レー」が運ばれてきた。ここの「レー」は特に黒い気がする。本当に、あれは同じ食べ物なのかしら。
私は「ウー・ドレー」の白い麺を啜った。甘味の中に複雑なスパイスの香りが拡がる。
「んぐっ……モリブスに、詳しいの?」
「まあな。昨日少し話したが、俺の後援者はモリブスにいる。俺もそいつのところで世話になったんでな」
「ジャック・オルランドゥだっけ?オルランドゥ魔法学院と、何か関係が……」
「もちろんある。だが、それについては本人の口から聞いてくれ」
魔王が匙を口に運んだ。表情は変わらないけど、額には汗が滲んでいる。
私のことを知っていたのは、それが理由なのかしら。
79 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/14(金) 16:46:26.87 ID:eY+H6i2KO
魔王が急に、匙を止めた。
「……いるな」
「追っ手?」
「多分。視線を感じる」
私も辺りを見渡した。……確かに、食堂の片隅に1人、明らかに常人じゃない魔力の人がいる。彼か。
「どうするの?」
「直接絡むまでは無視だ。宿泊する予定のイスラフィルで仲間が待ち伏せしているかもしれないが、その時は殺るしかないな。
……小娘、本当に戦闘向きの魔法はないのか」
「戦闘?私も戦えというの?」
「当然だ。昨晩のデイヴィッドみたいなのがいたら、俺一人だけでは守りきれん」
渋い顔で返された。
でも、当然私には戦った経験なんてない。さらに言えば、精霊魔法はあまり戦闘向きの系統ではないのだ。
考えろ。本当に彼に頼りっきりでいいのか……
「あ」
あった。彼を支援できそうな魔法で、私が使えそうなものが。
私は小さく頷いた。
「一応」
「相手はチンピラじゃない。一昨日の間抜け2人も、一応訓練は受けていたはずだ。本当に通用する程度のものなんだろうな?」
「実際に試したことはないの。でも、自信はそれなりにある」
「……信用するからな」
「助けられてばかりじゃ、悪いもの」
魔王が苦笑した。
「その意気込みやよし、だな。腹八分目だが、ひとまず外に出……」
魔王の視線が例の男に向けられた。男は、こっちに向かってまっすぐ歩いてくる。
どうしよう、と思っているうちに彼は私たちの所に来た。
80 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/14(金) 16:47:13.04 ID:eY+H6i2KO
「よう、お二人さん」
「何の用だ」
険しい目で魔王が彼を見る。背は185センメドぐらい。短い黒髪の痩せた男で、どことなく軽薄そうな感じだ。耳が長くて色白だから、エルフだろうか。
「すまねえな。間違ってたらすまねえが、そこのちっちゃいフードのが『魔王様』でいいか?で、巨乳の姉ちゃんがプルミエール・レミュー嬢」
「……だとしたら何だ」
男はニヤニヤしながら私たちのテーブルに座る。そして、出てきた言葉は私の……そして恐らくは魔王の想像の外にあるものだった。
81 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/14(金) 16:47:50.63 ID:eY+H6i2KO
「俺を雇わねえか?」
「……は?」
82 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/14(金) 16:48:21.83 ID:eY+H6i2KO
何を言ってるんだろう?この男がただ者ではないのはすぐに分かるけど……
「追っ手じゃないの?」
「いや、追っ手だ。あんたらの捕縛指令は、各国政府によって出されてる。で、そのための特務部隊が名目上協力して組まれてる。俺もその一人ってわけだ。
だが、俺にとってはチビの魔王と巨乳ちゃんを捕まえてもそんなにいいことがない。所詮悲しき宮仕え、部下の手柄は上司の手柄、なわけさ」
「……金次第で動くとでも?」
金で動く人は危険だ。もっと高いお金を出す人がいたなら、こいつは速攻で裏切る。
魔王もそう思っているようで、表情の険しさは増していた。
しかし、彼の答えはまた予想外のものだった。
「俺をサンタヴィラまで連れていく。それだけでいい」
83 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/14(金) 16:48:51.87 ID:eY+H6i2KO
「……何??」
魔王の怒気を孕んだ言葉に、男が肩をすくめた。
「あー、すまんすまん。ただ、俺はお前さんたちをどうこうするつもりはねえぜ。
むしろ協力したいと思ってる。どうだ」
「要らん。一切信用ならん。そもそも、お前は誰だ?」
しまったなあ、とこぼしながら男が頭をかく。
「俺の名はランパード。ビクター・ランパードだ。まあ、見ての通りトリス森王国の人間だ」
「トリス……まさか、エリザベートの知り合い?」
「ああ、そういや姫様のご学友だったな。まあまあ長い付き合いだぜ、あのトンチキ姫様とは。
まあ、この申し出を断ってくれても構わない。俺は勝手に支援させてもらうからな」
味方は多い方がいい。それに、このランパードという男が本当にエリザベートの知り合いなら、確かに信頼には足るはずだ。
ただ、魔王はじっとランパードを見ている。彼の下した結論は……
84 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/14(金) 16:51:11.01 ID:eY+H6i2KO
※安価1回目
1 ……分かった
2 ……断る
※3票先取
※1だとややコメディ色が強くなります。2だと2人のイチャイチャ(?)が増えます。
※ストーリーの大筋には変わりはありません。
85 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/08/14(金) 17:17:06.81 ID:/ltXQQef0
2
86 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/08/14(金) 17:40:08.31 ID:VoYiDPhDO
2
87 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/08/14(金) 17:50:06.61 ID:NxFnKKLQ0
2
88 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/14(金) 23:06:55.58 ID:eY+H6i2KO
「断る」
89 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/14(金) 23:07:57.34 ID:eY+H6i2KO
ランパードは苦笑した。
「……まあ、そう来るだろうよ」
「トリスのことだ、どうせ裏があるんだろう?それが何であれ、邪魔はさせない」
「邪魔はしねえって」
「エルフは信用ならん」
「嫌われんなあ」
ランパードはそう言うと、席を立った。
「ま、それならそうでいいさ。上にはお前さんたちは見付からなかったと伝えとく。
ああ、忠告な。テルモンの連中がイスラフィルで待ってるぜ。まあ、お前らならどうとでもするだろうが……人死に出したら目立つぜ。そんだけだ」
テルモンが??そこは……私の祖国だ。
「ちょっと待って!!」
周囲の視線が私たちに集まる。しかしランパードは振り向かず、そのまま去っていった。
魔王が険しい顔で私の裾を引く。
「馬鹿がっっ……!注目を浴びてどうする?そもそも、奴の言うことを素直に信じるつもりか?」
「でもっ……彼は『テルモンの人間が待ち伏せしてるって』……」
「ああ、そうだろうよ。言っただろう、お前の『追憶』はどこの国にとっても都合が悪い代物だ。だから、世界中がお前を狙ってる。
そして、あのランパードという男もお前を利用しようとしていただけに過ぎん。人を安易に信用するな、愚か者がっ」
そうか……彼は私たちを罠にはめようとしていたのかもしれなかったのか。……自分の甘さが嫌になる。
「行くぞ、これ以上注目を浴びるのはまずい」
90 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/14(金) 23:09:35.54 ID:eY+H6i2KO
「……あなた、もっと色々知ってるんじゃないの」
イスラフィルに向かう道中、私は魔王に訊いた。お昼を食べてから、彼の機嫌はずっと悪い。それはあのランパードという男によるものなのか、それとも私の迂闊さによるものなのか。……きっと両方だろう。
「色々とは、何だ」
「私を狙っている人たちの正体。色々な国が狙っているって言ってたけど……」
魔王は数秒黙った後、口を開いた。
「知ってどうなる」
「今から向かうモリブス公国も、私たちの敵なの?」
「……あそこは、まだマシだ。少なくとも、統領のベーレンは協力者だ。ただ、閣内にはお前を消したいと思っている連中が多いだろうな」
そうなのか。とすれば、そこまで心配しなくてもいいのかな。
「じゃあ、あのデイヴィッドって男は」
「……分からん。ただ、あいつは……間違いなく、国の中枢に近い人間だ。『遺物』持ちの時点で、普通の暗殺者じゃない」
魔王はまた口を閉ざす。何か、言葉を選んでいる気がした。
「まだあんなのがいるの?」
「……多分な……ん」
魔王が馬を止めた。
「……少し早いお出迎えのようだな」
91 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/14(金) 23:10:20.31 ID:eY+H6i2KO
30メドぐらい先に、男たちが立ち塞がっているのが見えた。
イスラフィルまではまだ1、2キメドはあるはずだ。目撃者が多くなる街中ではなく、街道で待っていたということか。
背筋に冷たいものが流れる。
「殺すの?」
「それしかあるまい」
私は昨日の、そして一昨日の夜のことを思い出した。……2日続けて惨い死体を、私は見ている。しばらく……というかできれば一生、人が死ぬのは見たくない。
「……やめて」
「殺らなきゃ殺られるんだぞ?」
「……そうでもないわ」
私は馬を降りて、男たちに向けて歩いていく。……近くには川が流れている。これは好都合だ。
「おい」
「すぐ終わるわ」
小さく呪文を呟く。
92 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/14(金) 23:10:46.24 ID:eY+H6i2KO
「清廉なる水の精霊よ
真実の姿を偽りに、偽りを真に曲げよ
心に惑いを、惑いを真実に変えよ……」
霧が一気に辺りにかかっていく。……上手く行った。
93 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/14(金) 23:11:44.71 ID:eY+H6i2KO
「何をした?」
「説明は後で。今のうちに通るわ、霧の中では何もしないで」
馬に飛び乗り、霧の中を進む。魔王の背中に手を触れ、魔法の効果が彼に及ばないようにした。
途中、男たちが剣を振り回しているのが見えた。私たちには、全く気付いてない。
そして……私たちは無事にイスラフィルに着いた。
94 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/14(金) 23:15:33.91 ID:eY+H6i2KO
#
「結局、あの魔法は何だ」
宿のベッドに座りながら、魔王が訊く。私は少し得意気になって答えた。
「精神魔法と精神感応魔法の合成術。『幻影の霧』とでも言うべきものね。
霧の中に入ると、認識が歪められて幻覚を見るの。一度かかったら、1刻は正気を失うわ。水場が近くにないといけないけど」
魔王の目が、初めて驚きで見開かれた。
「即興か?」
「ううん、昔作った魔法。研究論文に仕上げるほどのものじゃないけど……」
「……精神感応魔法の素養があるとはな」
「教えてもらったの。親代わりの、クリス・トンプソン宰相に」
その瞬間、魔王の目が憎悪に燃え、私の胸倉を掴んだ。
95 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/14(金) 23:16:25.81 ID:eY+H6i2KO
「……あの男が親代わり、だと?」
「えっ!?ええ、そうだけど……」
「クソッ!!!」
魔王が私を軽く突き飛ばした。私はもう一つのベッドに倒れこむ。
「きゃっ!!?何するのよ!!そもそも、トンプソン宰相に、何か恨みでも……」
魔王は努めて冷静になろうと呼吸を整え……そして告げた。
「……当然だろう??……あの男は、父上を討った勇者の一行にいた。仇なんだよ」
96 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/14(金) 23:16:53.43 ID:eY+H6i2KO
第4話はここまで。設定などはまた後程。
97 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/15(土) 01:37:53.18 ID:qQqQnsJpO
なろうの方をアップしました。一部微妙に表現を変えています。
設定紹介
レー……
カシミールカレーのような何か。本家よりは具が多い。
ウー・ドレー……
カレーうどんのような何か。カレーに牛乳を併せたような感じのスープが人気。
モリブスはメキシコ辺りの地理ですが、この世界(時代?)においてはインド的な食文化になっています。
また、「ソミ」は味噌です。カッテージチーズの味噌漬けが第1話で少し出ています。
98 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/08/15(土) 09:26:57.48 ID:NpluXm0DO
乙乙
99 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/16(日) 16:37:16.03 ID:cAlXBzjlO
第5話
100 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/16(日) 16:38:13.49 ID:cAlXBzjlO
モリブスに近づくにつれ、香辛料の匂いが濃くなった。嫌な感じじゃないけど、何とも形容しようのない匂いだ。
ここに来るのは3年ぶりだ。アリス教授に連れられて、貴族連に挨拶しに行った時以来か。
モリブス公国は、北ガリア大陸南東部に位置する。ここ10年ぐらいでかなり大きくなった国だ。
新興の南ガリア大陸からの交易が盛んで、ドワーフやオーク、オーガなど南からの異種族も少なくない。オルランドゥ魔術都市も、名目上はモリブスの統治下にある。
非常に陽気なお国柄だけど、治安は決して良いとは言えない。法よりも暴力、秩序より混沌というのがモリブスの伝統である、らしい。以前モリブスに行った時も、屈強な女護衛を3人ほど雇っていたような気がする。そうしないと襲われるから、だそうだ。
今回、私の護衛は……護衛と言えるのかよく分からないけど……自称魔王の少年だけだ。
ただ、彼との会話は、昨晩からすっかりなくなってしまった。目線すら合わせようとしない。
馬に揺られながら、会話の糸口を探ろうとしてもなしのつぶてだ。別に、気に入られようとかそう思っているわけじゃないけど……酷く不安になる。
101 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/16(日) 16:39:15.60 ID:cAlXBzjlO
原因は分かっていた。私が、彼の仇の一人であるトンプソン宰相に育てられたという事実だ。
父親の魔王ケインが討たれるべき存在だったのは、彼も認めている。それでも、あの怒り方は……何か異常なものを感じた。
あるいは、魔族の国であるズマ魔侯国と長年対立関係にあったアングヴィラ王国自体にいい印象を抱いていないのかもしれない。
……でも、だからといって会話までしなくなるなんて。その狭量さに、私は寂しさを覚えていた。
こんなので、これから先上手くやっていけるのだろうか?
街道の人通りはどんどん増えていく。とりあえずの目的地であるモリブスまで、もう少しのようだった。
102 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/16(日) 16:40:33.82 ID:cAlXBzjlO
#
「降りろ」
今日、初めて私に魔王が投げかけた言葉は、冷たい命令だった。
そこはモリブスの外れにある一軒家だった。木造で、かなり年季が入った建物のようだ。
「ここに、あなたの後援者が?」
「無駄口を叩くな、俺についてこい」
玄関のドアを魔王が乱暴に叩く。……返事がない。
もう一度ドンドンと魔王がやると、「うっせえなあ」という声が聞こえてきた。
「足悪いんだから上がってこいよ。エリック、お前だろ?鍵は開けてある」
「チッ」
ギイィ……と錆びた音と共にドアが開く。家の中は何かよく分からない紙と本で散乱していた。
「言ったのに片付けもできんようだな……」
ブツブツ言いながら、魔王が2階へと上がる。ギシギシと、階段がきしんだ。
そして、2階の奥の部屋のドアを無言で開けると、そこには……
「よう、エリック」
車椅子に乗った、痩せた魔族の男がいた。
103 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/16(日) 16:55:20.49 ID:cAlXBzjlO
「えっ!!?」
「まあ、知っているのは一部の教授と学園長だけだがな。魔族が創立者であることも含め、秘中の秘だ。
特に20年前からは俺について触れること自体ご法度になっちまった。こいつの親父のせいでな」
魔王がジャックさんを睨む。
「だから小娘を連れて来たんだろう」
「ハハハ、まあな。もともと魔族への風当たりは強かったが、さすがに窮屈に過ぎる。
お蔭で碌に研究もできやしねえ。……ゲホゲホっ」
体調が良くないのだろうか、ジャックさんの顔色はどこか白っぽく見える。
「大丈夫ですか??」
「んー、大丈夫……でもねえんだがな。まあ、そんなことはどうだっていい。
とりあえず、俺とエリックの目的は同じだ。サンタヴィラの惨劇の真実を知りたい。俺もエリックの親父、ケインとは古い仲でね、あいつがあんなことをやらかしたのには理由があると踏んでる。
そして、それを知ることが、魔族全体のためになると思ってる」
「……え?」
104 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/16(日) 17:10:19.65 ID:cAlXBzjlO
「要は冤罪の可能性がある、ってことだ。まあ、ケインがサンタヴィラ王国を壊滅させたという証人は『三聖女』がいるわけだがな。だが、絶対にあれには裏がある。
それが分かれば、魔族復権につながる可能性すらある。そうだろ、エリック」
魔王は「……ふん」と短く言った。
「……さっきから不機嫌だな。まあいい。で、それを知るにはプルミエール・レミュー、だったか?お前の『追憶』が必要だ。ただ、今のお前の力量ではとても20年前のことまでは『思い出させられない』」
「ちょっと待ってください!?私、名前言いましたっけ??」
「言ったろ?俺は魔術学院の管理者だと。ある程度生徒の情報は知ってるんだよ。勿論、その研究内容もな」
そうか、魔王が私のことを知っていたのは、この人経由だったのか。少し腑に落ちた。
「で、修業を付けてやるってわけだ。アリスは優秀な魔術師だが、研究者肌だからな。マナの効率的な作用方法を教えるには、俺の方が向いている。まあ、厳しく行かせてもらうが、そこは覚悟しとけよ」
「はっ……はい」
「あと、勿論ただで教えるわけじゃない。ちと、その前にやってもらいたいことがある。お前ら2人でな」
「え」
魔王も訝し気な顔になった。
「どういうことだ?」
「ぼちぼち貴族連による次期統領選挙が始まるわけだがな。有力候補者とその周辺で、殺しが相次いでいる。現統領で俺のダチ、ジョイス・ベーレンも側近が殺された。
序列2位の貴族、ロペス・エストラーダの周りだけ被害がないからこいつの指図だとは思うんだが、証拠がない」
「まさか、その証拠を?」
「そういうことだ。レミューをここに呼んだのは、そういう背景もある。『追憶』を使い、調べてもらいたい」
ゴクリ、と私は唾を飲み込んだ。……まさか、モリブスの権力争いに巻き込まれるなんて。
105 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/16(日) 17:12:17.80 ID:cAlXBzjlO
魔王が険しい顔になってジャックさんに詰め寄った。
「ちょっと待て。お前も知ってるだろうが、こいつは狙われてるんだぞ??」
「そうだ。ただ、ジョイスの手によるものじゃない。まあ政敵を殺しまくっているであろうエストラーダは、真相を知られかねないから消したがっているだろうがな。
どちらにしろ、安心して腰据えて修業したいなら、まずこの件の解決が必要ってわけだ」
「お前自身が解決すりゃいいだろ」
ジャックさんが呆れたように息をついた。
「この車椅子の身体でできるわけねえだろうが。いい年なんだからもう少し考えて物を言え、親父が泣くぞ?
というか、お前らがギクシャクしてんのもどうせお前が勝手にむくれてるんだろ?」
「……はあ??」
「図星だろ。そもそも、お前に女に対する免疫がないのは知ってる。まして、この娘の器量はなかなかだ。どう話せばいいのか分からねえんじゃねえのか?」
「そんなわけがっ!!」
魔王の顔が真っ赤になっている。
……え、そうなの?
「レミュー、エリックはこういう男だ。中身は見た目相当のところがあるが、悪い奴じゃない。ま、気長に付き合ってくれ」
「えっ……は、はあ……」
「チッ!!行くぞ!!!」
魔王は叫ぶと、部屋を出ていってしまった。
「ったく、素直じゃない奴だな……とりあえず、最近の殺しについての情報だ。一昨日の夜、ユングヴィ教団モリブス支部の前で大司教補佐のミリア・マルチネスが殺された。
何人か彼女と一緒にいたにもかかわらず、目撃者は何故かいない」
「……最近ですね。それにしても」
「ああ、奇妙だ。間違いなく、犯人は只者じゃない。もし何か分かったら、俺のところに来てくれ。修業はその後付けてやる」
106 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/16(日) 17:13:37.03 ID:cAlXBzjlO
#
魔王はジャックさんの家の前で待っていた。そして歩き出すなり小さく呟く。
「……すまなかったな」
「え」
「お前がトンプソンに育てられようと、奴はお前じゃない。俺が勝手に頭に血が上っていただけだ、許せ」
「あ……うん。いいの、気にしてないから」
「……そうか」
魔王はほっとしたのか、少し微笑んだ。……こうしてみると、結構かわいい所もあるんだな。
馬にまたがると、魔王がこちらを振り向いた。少し、顔が赤い。
「すまないが……その、胸が当たる。気持ち、離れてくれないか」
「あ……ごめん」
私も慌てて身体を離した。
彼は、何だかんだで私を女の子として見ているのかな。そう思うと、今までの行動が急に恥ずかしく思えてきた。
ただ、私も恋らしい恋をしたことがない。どうやって彼と向き合うべきなのだろう。
そして、目的地のサンタヴィラは……まだ遥か遠い。
107 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/16(日) 17:14:30.28 ID:cAlXBzjlO
第5話はここまで。
108 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/08/16(日) 17:44:48.66 ID:k68JHorDO
乙乙
109 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/17(月) 01:05:18.63 ID:Ws0S9QYyO
設定紹介
モリブス公国
北ガリア大陸南東部に位置する合議制商業国家。南ガリア大陸との交易でここ10年で急速に栄えた。遥か東のアトランティア大陸とも交流がある。
非常にラフでフランクなお国柄。南ガリアからの移民もあり他民族国家だが、人間優位で不満は少なくはない。
ズマから流れてきた魔族も少なくなく、北ガリア大陸の中では比較的魔族の存在が受け入れられている国でもある。
特に現在の統領、ジョイス・ベーレンは民族融和を掲げている。ただ、抵抗勢力も多く一連の改革が十分に進んでいるとも言い難い。
貴族連と呼ばれる特権階級が支配階層。各貴族には「無頼衆」と呼ばれる私兵がいる。一種のマフィアで、裏社会を形成している。そして、無頼衆同士の抗争は日常茶飯事。移民の多さもあり、治安は決して良くはない。
なお、上の記述からも分かる通り、今回は別大陸にも文明があります(ただしそこまで栄えてはいない)。
モリブスも港町という設定です。
110 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/18(火) 21:13:08.11 ID:8Z5elHuBO
第6話
111 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/18(火) 21:14:20.10 ID:8Z5elHuBO
ユングヴィ教団の大聖堂は、街の真ん中にある。鋭い尖塔と、その上部の大時計はモリブスのシンボルだ。
何でも500年前、世界を救った英雄とその仲間が私財を投げ打って作ったらしい。
ユングヴィ教団というとイーリス聖王国の印象が強いけれど、元を辿ればここが発祥なのだという。一生のうち一度は必ずここを訪れるのが、熱心なユングヴィ教徒の決まりだ。
私たちは、その下にいた。初秋とはいえ、モリブスの陽射しは暑い。私は眼鏡を外し、眼を拭った。
入口には、山のように花束が積まれていた。ユングヴィ教団の大司教補佐、ミリア・マルチネスが殺された現場だ。
彼女と思われる似顔絵も幾つかあった。どれも優しそうな婦人の顔だ。
今も目を腫らした老婦人が、フロアロの花を持ってやってきたところだ。随分慕われていたんだな。
「何か、御用ですか」
若い男が、私たちに呼び掛けた。
「あの……ちょっと」
「少し、ここで調べたいことがある。手間は掛けさせない」
魔王が言うと、男の額に少し皺が寄った。
「……子供の、それも魔族が来るところではありません。立ち去り……」
「『全ての種族に等しき救いを』。それがミリア・マルチネスの教えだったはずだが?」
魔王が鋭く言い返す。男の表情が、さらに険しくなった。
「……ネリド大司教は、『神を信じる者のみが救われる』と仰ってます。魔族は神を信じないのでしょう?勿論、ユングヴィ教も」
「だからと言ってここで俺たちが何をしようと勝手だ。お前らに迷惑は掛けん、だから消えろ」
「……何ですって」
男が魔王に掴み掛かろうとしたのを、私は間に入って止める。
「ちょ、ちょっと!!す、すみません、本当に大したことではないんです。ただ、1刻……いえ、半刻の間、ここにいさせてください。
死者を弔うのは、人も魔族も関係ないはずです」
「……」
男がじっと私を見る。そして「ふんっ」と言うなり踵を返した。
112 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/18(火) 21:15:22.85 ID:8Z5elHuBO
「……やれやれ」
「『やれやれ』じゃないわよ!もう少し穏便にできないの?」
「穏便にできないのはあいつの方だ。そもそも、お前はモリブスのユングヴィ教団の事情を知らんだろう?」
「……え」
魔王は呆れたように首を振った。
「ユングヴィ教団の中で、ミリア・マルチネスは改革派だった。ジョイス・ベーレンに近い立場だったと言える。
ただ、ルイ・ネリドら主流派はずっと煙たがってたからな。主流派は『無頼衆』ともつるんでいたから、改革派の首魁の死は好都合なんだよ」
「え……そうだったの?詳しいのね……」
「俺もそこそこ長くモリブスにいたからな。このぐらいは知っている。マルチネスが死んだ、ということはこれもジャックが言っていた一連の殺しとみて間違いない」
魔王が花束の山の前にしゃがみこみ、少しだけ手を合わせた。私もつられて同じようにする。
「……さて、やるか。『追憶』は使えるな?」
「2日前の宵8刻、よね。少し時間は掛かるけど」
「思い出させる」までの時間が長いほど、魔力も時間も消費する。半刻で終わらせる自信はそんなにないけど……やるしかない、か。
113 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/18(火) 21:16:33.22 ID:8Z5elHuBO
小さな声で詠唱する。全神経を大地に集中し、精霊の「動き」を水晶玉に集めた。
「再生時間」が短いのは救いだった。いつ殺されたかが大体分かっているから、無駄な時間の「再生」は少なくてすむ。
半刻より前に、ぼんやりと水晶玉に映像が浮かび上がった。大聖堂入口の薄明かりが、中年の女性と若い男性2人を照らしている。
何か話しているようだけど、会話内容は声が小さすぎて分からない。……この辺りも、要改善かな。
「これが『追憶』か……真ん中の女が、マルチネスだな」
「多分」
そして、彼女が階段を降り始めた時だ。
ナイフを持った腕が、突然彼女の腹部を貫いたのだ。
114 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/18(火) 21:17:50.86 ID:8Z5elHuBO
「え??」
少し時間を「巻き戻す」。人の姿は、3人以外にない。なのに、虚空から腕が飛び出している。
……こんなことがあるの??透明になる魔法なんて……見たことも聞いたこともない。
魔王も訝しげに水晶玉を見ている。
「もう一度見せろ」
「……うん」
惨劇が再び映し出される。……私には、虚空から腕が急に出てきたようにしか思えない。
魔王は無言で考えている。10秒ぐらいして「そうか」と口を開いた。
「どうしたの?」
「妙だな。俺も魔法には然程詳しくはないが、仮に『透明化』という魔法があるなら腕だけが実体化はしない。そもそも、ナイフごと直前まで透明にはならないはずだ。
『幽体化』なら魔族に伝わる魔法にあるからそれだと思ったが、幽体になると物理的に物は持てない。透過するからな」
「……だとしたら?」
「さっき見ていて、僅かに空間が歪んでいた。まるで何かに身を隠していて、そこから腕だけが伸びたような……そんな感じだ。
俺の読みでは、魔道具……いや、何かしらの武具によるものだと思う」
「そんな魔道具や武具なんて、聞いたこともないわ」
「俺もない。だが、『遺物』ならできる可能性がある。
つまりは、遺物を持てる立場の人間が彼女を殺している可能性大だ。エストラーダ候は高齢だから、恐らくはその意向を汲んだ誰かによるものだな」
私はゾクンと身を震わせた。「遺物」……あのデイヴィッドという男が持っていたものと、似た何か??
ということは……
「……ちょっと待ってよ?じゃあ、今ここでこうしていること自体が危険じゃないの?
こうやっているのを、後ろから刺されたら……」
「いや、それは多分ないな」
自信ありげに魔王が言い切る。
「どうして?」
「マルチネスを昼間に殺せるなら殺しているはずだ。彼女は街頭での説法も多かったからな。
つまり、夜に襲わないといけない理由があったってことだ。多分、白昼堂々とは使えないのだろうな。あるいは、昼は行動できないか、だ」
魔王が立ち上がった。
「どこに行くの?」
「『無頼衆』の一つ、『ワイルダ組』だ。あそこは俺に貸しがある」
115 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/18(火) 21:19:12.21 ID:8Z5elHuBO
#
モリブスの繁華街を通り過ぎ、旧市街に入ると異臭が鼻を突いた。香辛料の香りに生臭い何かやすえた臭いが混じった、酷く不快な空気だ。
街並みもボロボロの建物が目立つ。道行く人たちは皆身なりがみすぼらしく、目がギラギラと光っていた。
……というか、男たちは皆私に視線を向けている気がする。まるで、獣のような……そんな感じだ。
「ビクビクするな、堂々としろ」
「でっ、でも……」
目の前にオークが2人、その後ろにオーガが1人立ち塞がった。
「よう、姉ぢゃん。これがら飯でも食わねが」
「えっ、用事が」
「いやいや、旨い店知ってるだよ。悪いことはしねがらよ……」
下品た笑いを浮かべるオークの1人の首筋に、魔王がナイフを突き付けた。
「死にたいか?」
「てっ、でめえっ……ガキのぐせにっ……!」
そうしている間に、残りのオークが私を羽交い締めにしようとする。魔王は懐から何か取り出すと、それをオークに投げ付けた。
「ぎゃああっっ!!」
オークの肩には投げナイフが深く刺さっている。オーガが一歩、前に出てきた。
「お、おめえ……ぶっと、ばす」
ブォンッッ
拳の風圧が私にも届いた。それを魔王は事も無げに交わす。
「マイカの旦那、やっぢまってくでぜえっ!!」
「幻影の霧」を詠唱しようにも、そんな余裕はなさそうだった。マズいっ。
しかし魔王は、一瞬のうちにオーガの懐に入る。
「あ」
ドグッッッ!!
その瞬間、身長2メドはゆうに超える巨体が……浮いた。
「げぶっっ……」
オーガはその場にしゃがみこんだ。魔王は「ふん」と左拳を見る。右手にはナイフがあるから、刺したわけではないみたいだ。
「喧嘩を売るなら相手を見てやれ、雑魚が」
「だ、旦那ぁぁ?……ごの、ワイルダぐみに喧嘩さ売っで、ただでずむど……」
「何だい、騒がしいねえ」
116 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/18(火) 21:21:06.19 ID:8Z5elHuBO
向こうから狐の耳のようなものを付けた女性が男2人とやってきた。男の1人はコボルトで、もう1人は場違いにも思える燕尾服を着た人間の男性だ。
女性は白く長い髪で、扇情的な露出の多い服を着ている。ツンと張った乳房と少し厚みのある唇は、同じ女の私から見ても色っぽい。
お尻から尻尾が何本かゆらゆらと揺れている。……娼婦、じゃなさそうだな。
「あ゛、姐ざんっ!!」
ナイフを抜いて、もう1人のオークが叫んだ。
「何だい、3人がかりで女の子を拐おうとしたのかい?しかも護衛の男に返り討ちとは情けないねえ、恥を知りな。
にしても、地味なようでかなりの上玉だねぇ……何の用があって……あら、あんたは」
狐耳の女性が魔王に気付いたようだ。
「そっちに向かう手間が省けたぞ、デボラ」
「あら、エリックじゃないかい!いつ戻ってきたんだい?」
デボラと呼ばれた女性が笑いながら魔王の手を取った。
「昨日だ。訊きたいことがあってな。にしても、相変わらず躾がなってないな。俺のことも知らん下っ端か」
「南から来た新人さ、すまないねえ。後でキツく言っとくから、機嫌直しておくれよ」
……随分馴れ馴れしい女性だな。彼女の目線が、私に向く。
「で、この娘は?まさか、『これ』かい」
小指を立てた女性に、魔王が呆れたように首を振る。
「……違う。色々こちらも都合があってな。一緒に行動している。
それで、少し落ち着いて話したい。できれば人払いした場所でだ」
「へえ、そっちから褥に誘うなんて成長したじゃないか。あたしなら大歓迎だけど?」
「……馬鹿が。真面目な話だ」
「ごめん、その女性って」
デボラと呼ばれた女性が「へえ」とニヤニヤしながら私たちを見る。
「ああ、こいつは……」
「ごめんねぇ、あたしはデボラ。これでもワイルダ組の組長やってんだ。あんたは?」
……この人が?無頼衆をまとめているのが、女性とは思わなかった。
「私は、プルミエール・レミューです。その……オルランドゥにいたことがあります」
「へえ、魔法使いかい。なるほど……訳ありみたいだねえ」
魔王がデボラさんを睨む。
「お前には関係のないことだ」
「ま、あんたのことだ。言いたくなかったらそれでいいさ。じゃ、組に行こうか」
117 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/18(火) 21:23:48.92 ID:8Z5elHuBO
#
ワイルダ組の応接間は、思いの外飾り気がなかった。無頼衆というと、派手で怖い先入観があったけど……
「つまらない部屋だろう?」
デボラさんが部屋を見渡して言う。
「いえ……そんなんじゃ」
「いいんだよ、本当のことさ。旦那は不要な物を置くのを嫌がったからねえ」
彼女の視線の先には肖像画がある。仏頂面のコボルトの男性が腕を組んでいた。
「……旦那さん、ですか」
「そうさ、1年前に殺された」
燕尾服の男性がお茶を運び、無言で一礼する。
「悪いね、パーネル」
「失礼します」
出てきたのはモリブス流のミルクティーだ。甘く色々な香辛料が入っているもので、少し癖がある。
口にすると、複雑な香りが広がった。甘さの中に華のようなふくよかさがあるというか……苦味はあるけど、このお茶は嫌いじゃない。
「……美味しいです」
「だそうだよ?エリック」
「なぜ俺に振る」
「ん?理由が必要かい?」
魔王はムッとしてお茶をフーフー吹き出した。熱いのダメなのかな。
「ま、それはそれとして。旦那の仇を取ったのがエリックさ。本当はジャックに頼みたかったけど、彼は病気だからねえ。
遣わされたのが14ぐらいの子供だった時はどうしたものかと思ったけど、まあ結果としては本懐を遂げられたよ」
あ、借りってそういうことか。なるほど……
「無駄話はいい、本題に入らせてくれ」
「ああ、すまないねえ。で、何だい。無茶な話じゃなきゃ聞くよ」
「最近相次いでいる要人の暗殺。下手人に心当たりはあるか」
サッとデボラさんの顔色が変わった。
「……あんた、確かしばらくモリブスにいなかったね」
「ああ、野暮用でジャックの所にいた。モリブスの市街に来たのは1ヶ月ぶりぐらいだが」
「そうかい、知らないはずだよ。夜に出歩くのは止めときな」
「……何?」
118 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/18(火) 21:24:19.46 ID:8Z5elHuBO
デボラさんがお茶を飲み、深い溜め息をついた。
「この1ヶ月、夜になると原因不明の殺しが起きるんだ。しかも誰がやったかも分からない。
殺されたのは要人が多いけど、堅気も結構殺されてる。女子供もね」
「……え」
「誰が呼んだか、殺しの犯人をこう呼ぶようになった。『幽鬼クドラク』ってね」
クドラク……昔話の吸血鬼の名前だ。でも、そんなの実在するわけがない。
魔王の表情が険しくなった。
「心当たりはあるか?ロペス・エストラーダの身内だと踏んでる。しかも恐らくは『遺物』持ちだ」
デボラさんはしばらく黙った。
「……身内、ねえ……」
「やはりな、誰だそいつは」
「でもあり得ないね。エストラーダ候には歳を取ってからできた若い娘しかいない。それも、病弱でずっと屋敷から出たことのないような箱入り娘さ。
間違っても殺人なんてやれるわけがない。手掛かり1つ残さず、屈強な衛士も一突きで殺してるんだ。間違いなく達人の域だよ、あれは」
女性か……なら違うかな。
それでも魔王は食い下がる。
「そいつの名は」
「確か……ファリス。ファリス・エストラーダだったっけねえ」
119 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/18(火) 21:24:50.29 ID:8Z5elHuBO
第6話はここまで。
120 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/18(火) 21:36:37.64 ID:8Z5elHuBO
訂正です。
>>112
は「2日前」→「3日前」です。
第5話の後、1日経過しています。
121 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/18(火) 22:28:42.34 ID:8Z5elHuBO
設定紹介
ユングヴィ教団
北ガリア大陸で広く信仰されている宗教。一神教ではあるが、神への帰依を強く主張する原理派と、人に交わることを是とする世俗派が存在する。両者の対立の歴史は長い。
大陸北部のイーリス聖王国は原理派による宗教国家。世俗派の中心であるモリブス公国との関係は良くない。
ユングヴィ教団自体はモリブスが発祥とされており、聖人ブレイズが神との会合により開いたものと伝えられている。
その一番弟子で世界救済の英雄の1人であるジュリア・ヴィルエールがイーリスに国を興した際、2つの宗派が分かれた。
ただ、同じ世俗派でも方向性により対立があり、大司教補佐のミリア・マルチネスはより宗教色の強い改革派であった。現大司教のルイ・ネリドは旧守派で、貴族との癒着が強く政治への関与も頻繁に行っている。
教団は医療など社会インフラを担っており、教団員は一定の社会的尊敬を集めている。なお、教団員育成のためのユングヴィ学院がイーリスとモリブスそれぞれにある。
言うまでもなくブレイズは「一族」のブレイズで、ジュリアは「崩壊した〜」のジュリアです。
なお、「オルランドゥ大武術会」の大封印が完全な形で(もちろんシデとダナ抜きで)遂行された世界線のため、本作では「一族」は基本的に完全に消失しています。
122 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/08/18(火) 23:11:35.15 ID:wS1nOsRDO
乙
123 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/21(金) 20:36:24.00 ID:GUtbYzIjO
第7話
124 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/21(金) 20:37:51.96 ID:GUtbYzIjO
エストラーダ候の家は新市街の高級住宅街にある。デボラさんから伝えられた住所に行くと、高い壁で囲まれた邸宅が見えた。
「すごい……お城みたい」
「『七貴族』の家はどこもこんなものだ。まあ、やはり正面から接触するのは至難の業だな」
邸宅の門には衛士が2人。確かに、立ち入るには許可か何かが要るだろう。
それにしても……これって。
「……中からこっそり抜け出すって、難しそうね」
「だな。抜け出すには壁を何とか越えるしかないが、普通の身体能力じゃ無理だ。
それに、昼にそんなことをしたらさぞ目立つだろう。仮にそんなことをするのなら、夜しかない」
「……本当に、そのファリスさんが『クドラク』だと思ってるの?病気の女の子なんでしょ?」
「ということになってるが、本当かどうかは分からん。何にせよ、クドラクと一度相対しないと何とも言えん」
「私たちを狙って、クドラクが外のどこかの国から来たという可能性は?」
魔王が首を振る。
「それにしては、統領でもないエストラーダに肩入れし過ぎている。
もちろん、エストラーダに政権転覆してもらいたいと考える連中……テルモンの皇帝ゲオルグ辺りの差し金という可能性はあるが。一般人まで殺す理由はない」
「それはファリスさんだってそうでしょ?」
「会ってみないとどういう人物か分からんだろう。か弱い少女が殺人鬼だったという例はなくはないからな」
「でも、剣の達人っていうのはおかしくない?」
魔王が額に皺を寄せた。
「しつこい奴だな……ただ、分からんことが多過ぎるのも確かか。一度ジャックに報告したいが、今から行くと帰りは夜だ。
『追憶』を使いたいところだが……」
衛士がこちらを見ている。フードをすっぽり被った男に、黒いローブの魔法使いというのは……やっぱり目立ちすぎるよね。
とても時間をかけて「追憶」を使える感じではない。そもそもいつからいつまでを「再生」すればいいのかが分からない以上、使う魔力は膨大になりそうだった。
「一度、引き揚げようか」
「……その前にだ。バザールに行くぞ」
「え?」
「小娘、お前が何でオークに絡まれたか分からんのか?お前は浮きすぎている。……色々と。
せめて身なりぐらいは周りに合わせろ」
「へ?ちょ、ちょっと!!」
魔王が足早に歩き出した。「周囲から浮いているのはあなたもじゃない!」と叫びかけたけど、それをやったらいよいよ不審者だ。
というか、周りに合わせるって……
早足で歩く私たちと、若い女の子2人がすれ違った。おへそを出した、露出の多い服だ。モリブスではよくある服だけど……
……まさか、私にあんな格好をしろというの?
125 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/21(金) 20:38:52.57 ID:GUtbYzIjO
#
バザールに入ると、街中に香る香辛料の匂いがさらに濃くなった。
その空気があまりに刺激的過ぎて、軽く目眩がするほどだ。
モリブスのバザールは、北ガリア最大の市場だ。南ガリアからの不可思議な食べ物、テルモンやズマで産出される鉱物や貴金属、そして遥か東のアトランティア大陸で作られた工芸品……その全てが集まっている。
ここで買えないものはない、らしい。武具だけじゃなく、怪しげな薬だって「裏バザール」なら手に入るということだ。
魔術に使う薬を求めて3年前に来た時は、教授と一緒だった。だから全然心細くなかったけど、今回は違う。
魔王が何を考えているのか、さっぱり分からない。というか……あんなのを着たら恥ずかしくて消えてしまいそうだ。
「ねえ、やめてよ……服なんていいから」
「馬鹿が。狙われている身というのが分かっているのか?今も誰かが……あるいはクドラクがお前を探しているのかもしれんのだぞ」
「でもっ!!あんな服なんて着たら……」
私が耐えられない。私の顔は地味だから、周りに合わせれば目立たなくなるかもしれないけど……でも嫌なものは嫌だ。
しかし、それを魔王に伝えて聞き入れるだろうか?力ずくで着させられるだけだろう。
唇を噛みながら、私は彼についていく。……やっぱり、私の気持ちは分かってもらえないのかな。
「……着いたぞ」
魔王があるテントの前で足を止めた。そこにあったのは。
「……え?」
そこには、見るからに上等なドレスが並んでいた。記事の光沢からして絹だろうか。
どれもゆったりとした感じで、落ち着きの中に上品さを感じさせる意匠だ。
「これって……」
「お前の服を買いに来たのだが?他国から来た良家の令嬢とその護衛という設定なら、モリブスであれば差程目立たんだろう。
それともまさか、モリブスの娘どものような破廉恥な服を着させるとでも思ったか?」
唖然として返す言葉がない。その通りだから。
魔王が呆れたように、大きく息を吐いた。
「本当に馬鹿だな、小娘……お前のその胸で『ビキ』なんて着たら、オークでなくても発情するぞ。
『私はここにいますから犯して下さい』と宣言してるようなものだ。もう少し物を考えろ」
「お、犯す……?」
「……お前、姿見を見たことは?」
「あ、あるわよ、そのぐらい」
「なら男に抱かれたことは?」
「……あるわけないじゃない」
彼は小さく「だろうな」と呟いた。
「自分の容姿をもう少し考えろ。お前は……その、男にとっては……目の毒だ」
「……どういうこと?」
私が不細工、ということだろうか。地味だとは思ってるけど……
魔王の顔は真っ赤になっている。
126 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/21(金) 20:40:42.22 ID:GUtbYzIjO
「と、とにかくだっ。さっさと買って宿に戻るぞ」
魔王は幾つかのドレスをパパッと選んで店主に渡す。
「120万ギラ貰おうか」
……120万ギラ??そんなに高いの??
店主の顔を見るとニヤニヤと笑っている。絶対にボッタクリだ。
バザールの品は値札がない。どれも店主との交渉で決まる。最初の言い値は大体がかなり高い。
しかし、これはいくら何でも高過ぎだ。魔族だから、相当吹っ掛けてるんだ。
しかし魔王は……
「そんなのでいいのか?」
平然と金を出そうとしている。
「ちょ、ちょっと!!」
「何だ小娘」
「何でいきなりそんな大金払おうとしてるの?馬鹿なの??」
「馬鹿とは何だ、身の程を……」
「それはこっちの台詞よ!?バザールで最初の言い値通りに払う客なんていないわよ、そもそも相当高いわよこれ?」
「そういうものじゃないのか?」
ムッとした様子で魔王が言う。ダメだ、全然分かってない。
「違うわよ……というかあなたの金銭感覚ってどうなってるのよ。オルランドゥのカトリさんのお店でも、100万ギラとかあり得ない額払ってたでしょ!?」
「あれは口止め料込みだ」
「にしても高過ぎ。そもそもどこからお金出してるのよ……」
「母上が持っていた宝石があるからな。ジャックに預けてるが、食うには困らん」
……それで20年も生きてこれたって、どれだけの価値がある宝石だったんだろう。
とにかく、彼は私に物を考えろと言うけど、彼は彼で全然世間のことを知らないのはよく分かった。
コホンと咳払いの音がした。
「で、買うのか?買わないのか?」
「あ、買います!でも120万はちょっと」
「いや、それ以上はまからんな」
店主はニヤリと笑う。こっちの財布に120万以上あることが見透かされたのだ。これはまずい。
「でも、高過ぎます!」
「南ガリアの最高級の絹だ、これでも安いぐらいだが?」
……これはいけない。買うか、別の店にするかしかない。
辺りを見渡すと、バザールでドレスを売っている店はあまりなさそうだった。服を売っている店はあっても、あの露出の多い「ビキ」ばかりだ。あれは着れない。
どうしよう……。魔王は「払えばいいじゃないか」と相変わらず言ってるし。
仕方ない、ここはもう妥協するしか……
「ちょい待ちな。これ、本当に南ガリア産か?」
後ろから声がする。どこかで聞いたような……
振り返ると、そこには背の高いエルフがいた。
127 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/21(金) 20:41:29.98 ID:GUtbYzIjO
「……ランパードさん??」
「よう。おお、『エリック』も一緒か」
魔王が腰の短剣に手を掛けた。
「貴様……なぜここに。そして、なぜ俺の名を」
「名前はちと調べれば分かるさ。あと、ここに来たのは偶然だ。信じるかどうかはお前さんたち次第だがな」
「攻撃の意思はない」と言うかのように、ランパードさんが手を上にあげた。
「パッと見だが、そのドレスはテルモンの大量生産品だな。1着せいぜい3万ギラってとこか。
南ガリア産の本物でも20万ギラが相場だが」
「えっ、そうなんですか?」
店主を見ると、「余計なことを言いやがって」とでも言いたげにランパードさんを睨んでいる。
「服買うならこんなボッタ店じゃなく、もうちょいちゃんとしたとこを知ってるぜ、ついてきな」
ランパードさんが私たちを手招きする。後ろで「クソッッ!!」と店主が叫ぶのが聞こえた。
「あっ、ありがとうございます!!」
「いいってことよ。『魔王様』はお気に召さないらしいがな」
魔王が低い声で言った。
「……何故、モリブスにいる」
「言ったろ?『勝手に支援させてもらう』ってな。あと、別件で用事があってな」
「……用事?」
「ああ。『幽鬼クドラク』の調査だ。貴族選が無事終わってくれねえと色々都合が悪い。
で、モリブスから不穏な動きがあると連絡を受けてな。それでここにいるってわけだ」
……この人って何者なんだろう?エリザベートとも知り合いみたいだし、追っ手なのに私たちを殺すどころか協力するとか言っている。
「なるほどな」と魔王が呟く。
「貴様、『草』か」
「『草』?」
ランパードさんが苦笑する。
「いや、ちと違うんだがな」
「妙だとは思っていた。エリザベート・マルガリータと知己であるらしい点からして、ただの男ではあり得ない。
小娘、トリスのエルフは各地に『草』と呼ばれる諜報員を送り込んでいる。恐らく知らないだろうが」
ブンブンと首を振る。そんなの、初めて聞いた。
「草はどこにでもいる。ある者は商人に、ある者は市民に身をやつしている。……一番多いのは娼婦や男娼だがな。多分、こいつは……その元締めだ」
「……さすが魔王だ、なかなかいい推測だぜ。8割は合ってる」
「……何?」
「これ以上は言えねえな。ま、俺が敵じゃねえことは分かってくれ。とりあえず服屋行った後、酒でも飲みながら話そうや」
128 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/21(金) 20:45:51.26 ID:GUtbYzIjO
#
「じゃ、再会を祝して……って何だよその仏頂面は」
「俺が喜ぶと思うのか?貴様は。エルフは信用ならんと言ったはずだ」
リンゴジュースが入ったグラスを片手に魔王が言う。お酒は飲めないらしい。
「でもあのボッタクリ店で大損こかずに済んだだろ?素直に感謝しとけよ」
ニヤリとランパードさんが笑う。私は自分の服を見た。
緑色の簡素だけど上品さがあるドレスだ。身体の輪郭が見えにくい、ゆったりとした意匠なのもいい。
何でも、肌触りのいいトリス綿で作られているらしい。モリブスでも上流階級御用達の店なのだそうだ。値段はそこそこしたけど、10万も行っていない。
「……ふん」
「まあいいや。じゃ、乾杯と行くか」
チン、と私とランパードさんのグラスが触れた。魔王も渋々グラスを合わせる。
私は金色の液体を喉に流し込んだ。炭酸の刺激と喉越しが心地いい。
「ぷはあっ!!やっぱ暑いモリブスにはモリブスエールだな!!これに辛い料理がまた合うんだわ」
ランパードさんは鶏のスパイス焼きを頬張った。
「……で、お前さんたちは何でモリブスに残ってるんだ?てっきり先に行ってるものだと思ってたが」
「……白々しい」
「いや、マジで知らねえんだよ。お前さんたちの監視は確かに任務のうちだが、四六時中見てるわけでもねえ。ぶっちゃけ、今日会ったのはマジで偶然だ」
一気にランパードさんがグラスを飲み干す。
「ま、お前さんたちがここにいるってことについちゃ、言えねえ理由もあるんだろうがな」
「……『幽鬼クドラク』について、知ってるんですか」
私が言うと、ランパードさんは驚いたように目を見開いた。
「……お前さんたちも絡んでるんか。早速狙われたとかか?」
「いえ。でも私たちもそいつを追ってるんです。何か、御存知なんですか」
「……お前さん、何か知ってるな」
魔王とランパードさんとの間に、不穏な空気が流れる。
「……知っていたら何だと言うんだ」
「いや、繰り返すが俺はお前さんたちの協力者だ。少なくともこの件については利害が一致している。
だから取引だ。そっちが情報を出せば、俺もそれに見合った何かをする」
「等価交換か。狡猾なエルフらしい」
「情よりも理だぜ。そうでないとこの稼業はできねえ。で、どうなんだ」
魔王はしばし黙り込んだ。私から言った方がいいだろうか。
「……えっと、私はそうは思ってないんですけど……彼は、ある人を疑ってるみたいなんです」
「……!!誰だそいつは」
チッ、と魔王が舌打ちした。
「余計なことを……」
「でも、このままじゃ何もできないでしょ?ランパードさんなら、打開策があるかもしれないじゃない」
「手出ししにくい相手か」
魔王が溜め息をつき、小声で言った。
「……ファリス・エストラーダだ。恐らくは『遺物』持ちだ。ロペス・エストラーダなら、遺物を持っていても不思議じゃないからな。
姿を消す効果がある代物だ。ひょっとしたら、肉体増強の効果もあるかもしれない」
「エストラーダの娘か!確かに俺もその可能性はまず考えたが、肉体的にあり得ねえと思ってたぜ」
「だが、遺物を使っているならあり得なくはない。夜間にしか犯行を行えないのも、家を抜け出す機会が警備が手薄な夜しかないからだ。
闇に紛れ、遺物の力で逃走する。そして、父の政敵を次々襲う。……一般人も殺しているのは理屈が分からないが」
129 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/21(金) 20:46:33.35 ID:GUtbYzIjO
ランパードさんが、エールのおかわりを頼んだ。
「エストラーダは確かにベーレンと対立してるが、奴はあまり汚い手を使わないはずだぜ。
無頼衆を使うのは、序列3位のラミレス家や5位のゴンザレス家のやりそうな手口だ。エストラーダは、ユングヴィのネリド大司教は使うが直接汚ねえことはしねえ」
「……何が言いたい?」
「もし、だ。娘の犯行だとしたら、独断かもしれねえってことだ。エストラーダはそれを知らないか、あるいは困り果てているかもしれねえ」
大きなエールのグラスが運ばれてきた。その半分ぐらいを、ランパードさんは一気に飲む。
「エストラーダ候に、クドラクがファリスさんかもしれないってことを言うんですか??」
「いや、いきなりはな。ただ、医者のふりをして潜り込み、ファリスと接触するぐらいはできる」
「え?」
そんなことができるというの?
ランパードさんはニッと口を広げた。
「ファリス・エストラーダは不治の病らしいが、トリスの医術は試してないはずだ。というわけで、医者を騙る」
「でもっ、それって……」
「いや、実際ある程度医術の心得はあるからな。とりあえず、明日試してみるか。
お前さんたちはどうする?魔王はさすがに家に入れないだろうが」
「……同席、できるんですか」
「助手ということで、姉ちゃんはどうよ。魔王、お前さんもそれでいいだろう?」
「ふん」、と魔王が鼻を鳴らした。
「……勝手にしろ」
130 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/21(金) 20:47:12.04 ID:GUtbYzIjO
#
「うーん!ひっさびさに飲んだぁ」
私は大きく伸びをした。空は既に暗くなり始めてるけど、このぐらいなら大丈夫だろう。
「嬢ちゃん、なかなかいけるな。今度は時間無制限でやろ……っと怖い怖い」
魔王がランパードさんを睨みつけた。
「そんなに威嚇しなくてもいいのに」
「エルフには心を許してはならん」
「でも、ランパードさんいい人だよ?」
「……どうだか」
ランパードさんが、「じゃあ明日朝の10の刻にここで会おうぜ」と手を振った。私も手を振り返す。
「ええ!!よろしくお願いしまーす」
魔王はムッとした様子で歩き始めた。……これって、ひょっとして。
「えー、まさか私とランパードさんが仲良くしてるから機嫌悪いの?」
「……馬鹿がっ。そんな嫉妬などという感情は、俺は持ち合わせてないっ」
……魔王の表情は暗くて分からない。でも、ひょっとして……照れてたりするのかな。
「んふふっ」
何か、年下の子を見てるようで可愛いな。フードの下の表情を覗いてやろう。
私が彼の前に出ようとしたその時だ。
魔王が急に立ち止まった。
131 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/21(金) 20:47:58.28 ID:GUtbYzIjO
「あたっ」
彼の背中に当たってしまった。……やりすぎたかしら。
「えっと……ひょっとして、怒って……」
「……静かにしろ。……何かおかしい」
私は辺りを見た。人通りは減ったけど、変な人はいない。
「誰もいないじゃない」
「いや、いる。……ごくわずかだが、気配がある」
私にはマナも何も感じない。魔王の気のせいじゃないだろうか。
刹那。
「避けろッッッ!!!」
「え」
魔王が私を突き飛ばす。そして……
132 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/21(金) 20:48:54.73 ID:GUtbYzIjO
バシュッッッッッ!!!!
133 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/21(金) 20:49:31.04 ID:GUtbYzIjO
私が見たのは。
虚空から伸びた腕と、切り裂かれた魔王のフード。
そして、飛び散る鮮血だった。
134 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/21(金) 20:50:29.65 ID:GUtbYzIjO
第7話はここまで。
135 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/08/21(金) 20:54:23.90 ID:+MBQS8Hj0
乙乙
136 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/21(金) 21:06:26.22 ID:GUtbYzIjO
キャラ紹介
ビクター・ランパード(58)
男性。エルフであり短い黒髪と尖った耳が特徴。軽いノリながらどことなく底知れない印象の男。トリス森王国出身。
30前後の見た目だが、その実58歳とかなりの年長。エルフの寿命は人間の2倍であるため、外見とは裏腹に知識は相当豊富。本人曰く医術の心得もある。
戦闘能力は不明だが、かなりの能力があると思われる。
身長185cm、70kgの痩せた体躯。酒が好きな様子であり、フランクな物言いをする。
実はかなりトリスでも高位にあるもよう。プルミエールの友人であり王族のエリザベート・マルガリータとも知己であるらしい。
追っ手として遣わされたと言っているが、それが本当なのかは甚だ怪しい。
エリックとプルミエールにサンタヴィラに着くまでの協力を申し出たが、警戒したエリックにより断られた。その真意は不明。
ただ、トリスが世界各地に送り込んでいる諜報員「草」の元締めに近い立場にあることは確かであり、「情より理」を重んじるリアリストでもある。
137 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/21(金) 21:08:00.30 ID:GUtbYzIjO
なお、ランパードの口調が「崩壊した〜」シリーズのランダムに似ていますが、これは仕様です。
ランパードがランダム本人でないことは明言しておきます。
138 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/27(木) 12:28:42.21 ID:IcevcAFHO
第8話
139 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/27(木) 12:29:09.15 ID:IcevcAFHO
「ま……『エリック』!!」
思わず魔王と言いかけて言い直した。ただでさえ騒ぎになりかけてるのに、火に油を注ぐようなことをしてどうするの?
魔王はというと、斬られた右腕を押さえていた。血がボタボタと流れている。決して浅くはなさそうだった。
「逃げ…………!?」
今度は私にもハッキリ見えた。空間の歪みだ。
それは、私の方に向かって来るっ!!?
地面に倒れていた身体を、僅かにひねった。
「キャッ!!?」
ザクッ
本当に、間一髪だった。顔の横の地面に、血塗れの短剣が突き刺さっている。それを握る腕は……存外に細い。
「間に合わんかっっ!!!加速(アクセラレーション)3!!!」
魔王が叫ぶ。そして、左手だけで私を抱えあげると彼は猛然と逃げ出した。
私たちのいた広場が、みるみる間に小さくなっていく。通り過ぎる人々が、目を丸くしているのが分かった。
しかし……200メドほど走ったところで、魔王は……止まった。褐色の顔色が、土気色になっている。
もう、体力がもたないんだ。私から血の気が引いた。
140 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/27(木) 12:29:52.60 ID:IcevcAFHO
「ぜえっ、ぜえっ、ぜえっ…………!!!」
「ちょっと、大丈夫なの?それにその傷っ」
「いいから、逃げろっ…………!!ぜえっ、ぜえっ……俺の代わりは、いるが、お前の、代わりは……はあ、はあっ……いないっ……!!」
「嫌よ!!あなた、死ぬつもりなのっっ!!?」
「死には、しないっ……だが……」
魔王が私たちが襲われた広場を見た。誰かがこっちに来ている感じはしない。けど……逃げ切れた気も、全然しない。
私は黙って彼を背負った。身体が私より小さくて助かった。おぶって歩くぐらいはできる。
そして、僥倖だったのは……広場に噴水があったことだ。
小声で詠唱する。……間に合って!!
3メドぐらい先に歪みが見えたのと、詠唱が終わったのはほぼ同時だった。
「幻影の霧(ミラージュ・ミスト)!!!」
私たちの前を霧が包む。……やった!!
141 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/27(木) 12:30:20.53 ID:IcevcAFHO
私はここに残るかどうか迷った。残れば、「クドラク」を捕まえられるかもしれない。
でも、霧の中からは人の気配が消えていた。逃げられた?ううん、多分、動いてないんだ。霧が晴れるまで、待っているのかも……
それに、何より……魔王が心配だった。荒い息遣いが耳元で聞こえる。意識があるのかすら分からない。
医者?いや、魔族の彼を診てくれるとは思えない。ユングヴィ教団も味方になってくれそうもない。
ジャックさんの家は遠すぎる。とすれば、残るのは……
142 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/27(木) 12:31:14.82 ID:IcevcAFHO
#
「デボラさんっっ!!!」
ドアを叩くと、コボルトの男が怪訝そうに私を見下ろした。
「……何だこんな夜に……お前は」
「大変なんですっっ!!!」
男はすぐに魔王の様子に気付いたようだった。
「……すぐに呼んでくる」
上の階から、薄手の服を着たデボラさんがかけ降りてきた。
「どうしたんだいっっ!!?……その傷はっ」
「『クドラク』にやられたんですっっ!!急に、襲ってきて……」
「……入りな。あたしが治療する」
「え」
「怪我の治療には自信があるんだ。狐人の魔力、なめんじゃないよ」
すぐに魔王はベッドに寝かされた。フードの下を見ると、右肩に近い所がごっそり抉れている。骨が見えてないのが不思議なほどだ。
「……酷いね。エリック、意識は」
「一応……ある」
魔王の具合はさらに悪くなっているように見えた。デボラさんは荒縄で傷口の上を縛ると、お酒を持ってきた。
「……え?」
「消毒さ。モリブス南部特産の『テキ』を濃縮したものだよ。痛いけど、我慢しな」
トポトポトポ…………
「ぐああああああああっっっっ!!!!」
魔王が絶叫する。それと同時に、デボラさんが両手をかざした。掌が乳白色に光ると、鮮血で濡れていた魔王の傷口の色が、変わり始める。
「……すごいっ……」
モコモコモコと、失われたはずの肉が盛り上がってきた。治癒術って、こんな感じだっただろうか?
「言ったろ?狐人の魔力、なめんじゃないってね。亜人はオルランドゥには入れないけど、魔法を学べるのは魔術学院だけじゃない」
「まさか、ジャックさんの所?」
額から汗を流しながら、デボラさんが笑う。
数分後に魔王の傷は、すっかりなくなっていた。
143 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/27(木) 12:31:48.62 ID:IcevcAFHO
「これでよし……と。彼はうちの組の後見人なのさ。旦那とはダチでね。旦那がいなかったら、彼に惚れてたかもしれないねえ」
「それにしても、この魔法……」
「『時間遡行(アップストリーム)』さ。誰にでも使えるもんじゃないらしいけどね。でも、肉体は戻っても、失われた血と体力はそう簡単には戻らない。
いくらエリックが頑強と言っても、薬湯飲ませて1日は寝とかないとダメだね。酒で傷から入った毒は消したけど」
魔王はさっきお酒をかけられたのが余程苦痛だったのか、意識を失っているようだった。デボラさんが緑色の液体を瓶からグラスに注ぐと、彼の枕元に置く。
「意識が戻ったら、こいつを少しずつ飲ませてやりな。にしても……クドラクがそれほど強いとは、ねえ」
「いきなり空間から腕が伸びてきたんです。完全に不意を突かれて……」
「他に気付いたことはあるかい?」
「腕は細かった気がしますけど、それ以外は……」
デボラさんがしばらく黙った。
「……そうかい。もし何か分かったら、あたしらにも教えとくれ。できる限りはする」
144 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/27(木) 12:32:30.89 ID:IcevcAFHO
#
部屋の明かりは煌々と付いている。クドラクが襲ってきた時に、すぐに分かるようにということだった。
薄闇の中でも、近い距離なら歪みがそこにあるのは見えた。まして明るい場所なら、それなりの違和感はあるだろう。クドラクが夜にしか現れない理由の一つが分かった気がした。
「ん……ぐ……」
苦しそうに魔王が呻く。私は綿の布で、彼の顔に流れる汗を拭き取った。
こうして見ると、本当に少年にしか見えない。でも、私は……また彼に救われてしまった。
「……ごめんなさい」
唇を噛んで呟く。
私は、彼に何かしてあげられただろうか?守られることに甘えてはいなかっただろうか?
そんな心の緩みが、クドラクに存在を知られる理由になってしまったのでは?
目の辺りが熱くなってくる。……本当に、私は……世間知らずの小娘なんだ。
145 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/27(木) 12:33:26.21 ID:IcevcAFHO
「……なぜ、泣く」
かすれ声が聞こえた。魔王が、うっすらと目を開けている。
「……!!意識がっ」
「……ここは、どこだ」
「ワイルダ組。……デボラさんが、傷を治したの」
「……お前が連れてきた、のか」
私は無言で頷いた。魔王がフッと笑った。
「……すまなかったな」
「え」
「俺も、周囲への警戒を欠いていた。許せ、あれは俺の責任だ」
「違うっっ!!私が、お酒に酔って浮かれてたから……」
小さく彼が首を振る。
「いや……あそこで襲ってくるとは、思わなかった。想定が、甘過ぎた」
「え」
私は薬湯の存在を思い出した。グラスを口元に持っていくと、彼は一口飲んだ。
「……苦いな」
すぐに顔をしかめる。
「……確かに、お前は狙われている。が、周囲に人がいる所で、しかもまだ宵になる前に来るとは、考えてなかった」
「それって、どういう……」
「焦り、だろうな。正体が知られることへの……ただ、『霧』に入っても無闇矢鱈に暴れてはいなかった。あの危険性を知っていたか、あるいは直感で動かぬ方がいいと考えたか……」
魔王が私に微笑みかけた。……こんな顔で笑う彼を、初めて見た。
「ともあれ、救われたのは……俺の方だ。あそこで霧を張らなかったら……『アレ』を使わざるを得なかった」
「『アレ』?」
「俺の、本当の切り札だ。使えば、確実にクドラクは殺せる。
だが……俺だけじゃなく、お前も、いや周囲の無辜の人々も傷付ける。いや、殺しかねない。だから、助かった。ありがとう」
顔が熱くなるのを感じた。素直に感謝されるなんて……思ってなかったから。
146 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/27(木) 12:33:54.10 ID:IcevcAFHO
「えっ、あっ、うん……私こそ」
コホン、と魔王が咳払いをした。
「……それで、明日は、行くのか?」
そうだった。エストラーダ候の邸宅に、ランパードさんと訪れる予定なのだった。
もし、ファリスさんがクドラクだとしたら……私は、自分を狙う相手の前にノコノコと出向くことになる。
しかし……あの腕。一瞬しか見えなかったけど、男性にしては細過ぎるようにも思えた。
「追憶」で再生すれば、特徴とかもう少しハッキリと分かるかもしれない。そして、それがファリスさんのそれと一致するなら……
私は首を縦に振った。
「……ええ。クドラクの正体を確認するなら、行くべきだと思う」
「だが、恐らくエストラーダは、お前の人相を知ってるぞ?それに、あのランパードがお前を守る保証もない」
「それは、そうだけど……」
変装で何とか誤魔化せるだろうか?……正直、自信がない。
魔王がふうと溜め息をついた。
「俺は、変装についてはよく知らん。だが、ワイルダ組のウィテカーなら詳しいはずだ」
「……え?」
「あいつは元々、暗殺者だった。変装ならお手の物だ」
147 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/27(木) 12:34:35.73 ID:IcevcAFHO
#
翌朝。待ち合わせの広場に向かうと、既にランパードさんが待っていた。医者らしく、白装束を着ている。
「お待たせしました」
「……どちら様だい?」
キョトンとした様子で、彼が私を見る。それもそうだろう。髪の色は黒ではなく緑。眼鏡はなく、耳はエルフのように尖っている。
「私です、プルミエールです」
「……嬢ちゃんか??」
私は唇に指を当てた。
「ええ。少し、変装を」
「……幻覚魔法か、それもかなり高度な。そんなのも使えたのか?」
「いえ、ある人にかけてもらったんです」
ウィテカーさんはデボラさんの弟らしい。亜人じゃないように見えたのだけど、何でも彼らは人間と狐人との子供なのだという。
亜人が強く出たのがデボラさんで、人間が強く出たのがウィテカーさんとのことだ。
複雑な家庭そうだったけど、そこには立ち入らないことにしておいた。
そしてやはり、彼もジャックさんの指導を受けた、らしい。「見た目を少し変えるぐらいなら問題ない」って言ってたけど、これは少しなんてもんじゃない。
眼鏡も幻覚魔法で消している。デボラさんといい、相当な使い手であるのはもはや疑いがなかった。
ランパードさんは怪訝な顔をしている。
「ある人……誰だそいつ」
「言うことはできないんです。それより……」
「……魔王だな。聞いたぜ、ここで襲撃があったと。狙われたのか」
小さく頷いた。
「ええ。彼は傷を負って、今別のところに」
「……そうか」
彼は鞄から新聞を取り出し、私に手渡した。
「旧市街入口で2人死亡、『クドラク』か」
148 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/27(木) 12:35:19.72 ID:IcevcAFHO
「……え」
「ここで襲撃があってから数時間後だ。恐らくは恋人同士、どこかの連れ込み宿にでも行こうとしたんだろうが。夜が更けてから歩くのは自殺行為ってことだな」
「嘘っ、まさか……」
私たちが狙われた巻き添えになって?
しかし、ランパードさんは首を横に振る。
「クドラクの餌食になっているのは、要人だけじゃねえ。一般人も普通に殺されてる。お前さんたちが襲われたのは必然だったかもしれねえが、こいつらは違う。
クドラクは、言ってみれば……理性半分、狂気半分の獣のようなもんだ。だからこそ対応しにくい」
「狂気……」
「『遺物』の効果かもな。俺も詳しくは知らねえが、『遺物』の中には精神に影響を与えるものがあるとも聞くからな」
私はデイヴィッドという男を思い出していた。今にして思えば、彼の言動も少しおかしかった。まるで戦闘、いや殺戮を楽しんでいるような……
「とにかく、危なくなったらすぐ退くぜ。……って何をしている?」
「『追憶』を使うんです。確か場所は……この辺りでしたか」
「『追憶』……?現場を映し出す、ということは」
「ええ。何か特徴がないかと」
私は水晶玉を取り出し、詠唱を始めた。時間も場所もほぼ正確に分かっているから、それほど時間は掛からずに済む。
程なくして、魔王が刺された場面が浮かび上がった。暗いけど、街灯の灯りで腕は見える。
「……これが『追憶』か……意外とハッキリ見えるものだな……」
ランパードさんが呟く。突きが迅過ぎて腕が見えたのは一瞬だけど、何回か繰り返し見ているうちにあることに気付いた。
「……あ」
「どうした、嬢ちゃん」
「これを見てください」
私は「追憶」の作動を一旦止めた。水晶玉の映像が固定される。
「……これは」
「ええ。手首に何か着けてます。……アミュレット?」
宝石が幾つかついたアミュレットだ。見るからに高そうなものだけど……
「ファリス・エストラーダがこれを着けていれば……」
「多分、間違いないです」
149 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/27(木) 12:36:12.48 ID:IcevcAFHO
#
「何だお前らは」
衛士が怪訝そうに私たちを見る。ランパードさんが鞄から何かの巻物を取り出し、広げてみせた。
「トリス森王国の一級医術士、ビクター・ランパードだ。ファリス嬢の件で、ロペス・エストラーダ候と話したい」
「……何だって?」
「悪いが、こいつは本物だ。マリア・マルガリータ女王の印も入っている。
ファリス嬢が長く床に臥せってると聞いてな。確か、治したら賞金が出るんだろ?」
衛士が顔を見合わせた。
「……本当に、トリスの医術士か」
「ああ。世界でも数人しかいない一級医術士だぜ。助けになると思うが」
「閣下に話をしてくる。そこで待て」
衛士の一人が邸宅へと入っていく。私はランパードさんに耳打ちした。
(あれって、本当に本物なんですか)
(間違いなく本物だぜ)
(トリスの医術士って、簡単になれるものじゃないですよね)
ハハハ、とランパードさんが笑う。
(一応これでもお前さんの3倍近く生きてるからな。ま、本当に治療をするかは見て決めるが)
(治療?魔法を使うんじゃ)
(治癒魔法も使うが、トリスの医術は「切って治す」。身体の中にある病巣は、生命力を高める治癒魔法だけじゃ消えないからな)
そんな方法があるとは知らなかった。エルフの技術はほとんど知られてないけど、やはり独特なものなんだな。
150 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/27(木) 12:37:05.11 ID:IcevcAFHO
5分ほどして、小柄な老人が衛士と共にやって来た。ランパードさんが跪くのを見て、私もそうした。この人が、エストラーダ候か。
「お会いできて光栄です、閣下」
「トリスの一級医術士とは、真か」
「確かに」
老人は衛士が持っていた巻物を読むと「ふむ」と呟いた。
「確かに、マリア・マルガリータ女王の筆跡だ。その女性は?」
「私の助手です。施術を行うなら、助手が不可欠ですから」
「身体を切り裂き、病巣のみを取り出す……か。トリスの施術の話は聞いている。確かに1人では無理な所業だ。良かろう」
邸宅の中に入ると、豪奢な応接室に通された。
「マルガリータ女王は健勝か」
「お元気であります」
「そうか。私と同世代というのが信じがたい……ともあれ、ファリスのことであったな」
「ええ。ご病状、思わしくないとか」
エストラーダ候が溜め息をついた。
「元より身体が丈夫ではなかったが……3ヶ月ほど前から、具合が悪くなってな。特に頭痛が酷いそうだ」
「なるほど、その他の病状は」
「ここ最近は、身体を起こすのもやっとだ。手遅れでなければいいと思っている……」
エストラーダ候は辛そうに俯いている。これが演技とは思えない。
「一度、お嬢様に会わせて頂くことは」
「……無論だ。治してくれるなら、金に糸目はつけん」
彼と共に2階へと上がる。その一室のドアを、エストラーダ候が叩いた。
「私だ。入って大丈夫か」
「……いいですわ」
か細い声が聞こえた。入ると、黄金色の長い髪の少女が身体を起こして窓の外を見ている。
151 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/27(木) 12:38:05.50 ID:IcevcAFHO
「ファリス、トリスから医術士が来た。報償金の話を聞いたようだ。今日の具合は」
「気分は、そこまで悪くはありませんわ」
ふわり、と少女が笑った。多分、私より少し若い。随分と痩せてしまってるけど、貴族の女の子らしい気品のある美しさだ。
ゆったりとした長袖の服を着ている。手首の辺りは、見えない。
「そうか……お前の母親も早く逝ってしまった……お前を喪うことは、耐えきれん」
「大丈夫ですわ。御父様より早く逝くことは、しませんもの。この方たちが、お医者様ですか?」
「そうだ」
ランパードさんが、再び跪く。
「トリス森王国が一級医術士、ビクター・ランパードです。どうかお見知りおきを。こちらが、助手の」
しまった。本名を伝えるわけにはいかない。偽名なんて、考えてなかった。
「……プ、プル。プル・レムです」
「変わったお名前ですのね。エルフって、初めて見ましたわ」
ウフフ、とファリスさんは微笑む。コホコホと、軽く咳をした。
「大丈夫かっ??」
「え、ええ。……コフコフッ。このぐらいは、どうとでも」
「少し診させて頂きます」
ランパードさんが手を彼女の頭に当てた。厳しい表情をすると、「失敬」と今度は胸に手をやる。
「こ、こらっっ!!何と破廉恥……」
「肺の中を見ているのです。今度は腕を」
服を捲し上げた。右手首には……何も着けていない。
良かった。やはり魔王の勘違いだった。
そもそも、こんなか弱く、大人しそうな子がクドラクなわけがない。
152 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/27(木) 12:38:46.48 ID:IcevcAFHO
ランパードさんが息をつく。
「なるほど。……ここで結果を話しますか?」
「ファリス、お前は」
「……構いませんわ」
一拍、ランパードさんが間を置いた。
「率直に申し上げます。非常に難しい施術を要するかと思います。頭の中、脳内と肺に悪しき塊があるようです。私をもってしても、取り除けるかは……5分」
エストラーダ候が息を飲むのが、私にも分かった。ファリスさんはというと……相変わらず微笑んでいる。
「……5分、か」
「どのような施術ですの」
「一度、痛みを消し深い眠りについていただきます。その上で、私が施術を。
助手もユングヴィから追加で調達しましょう。治癒魔法をかけながらの長丁場になりますゆえ」
「ファリス、お前……」
「御父様。やらねば私は死ぬのでしょう?ならば、やるしかないではないですか」
……凄い子だな。こんなに肚が据わった言葉は、私には吐けない。絶対に慌てふためいてしまうだろう。
「……そうですか。ならば施術の詳しい説明を致しましょう。閣下、場所を変えます」
チラリとランパードさんが私を見た。「空振りか」という落胆の色が見える。
その時、視界の端に何か光るものが見えた。化粧台の上にあるものは……
153 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/27(木) 12:39:17.71 ID:IcevcAFHO
ドクン
鼓動が強くなった。あれは、まさか!?
「おい、どうした……あ」
ランパードさんも、私の視線の先にあるものに気付いたようだった。表情が凍り付く。
そう、そこにあったのは……あのアミュレットだ。
154 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/27(木) 12:40:53.71 ID:IcevcAFHO
第8話はここまで。
トリスの医術は現代の外科に近いものです。薬などの代わりに治癒魔法を使って対応するとお考え下さい。
155 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/08/27(木) 17:15:06.17 ID:5tGRNeOb0
更新来てたか
乙乙
156 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/27(木) 20:30:40.47 ID:f9qjZZ1GO
キャラ紹介
デボラ・ワイルダ(30)
女性。狐耳に少し厚めの唇の妖艶な女性。身長168cm、59kgで豊かな乳房を持つ。子供はいない。
ワイルダ組の組長を亡き夫から継いだ。夫はコボルトで無口な人物であったらしい。元はモリブス裏社会の用心棒的なことを弟のウィテカーとやっていた。
生まれはモリブスで、父親はテルモンのある高名な冒険家であった。アトランティア大陸からの移民である狐人の母親と出会い、姉弟が生まれた。
なお、両親は15年ほど前にオルランドゥ大湖の調査に出たきり行方不明になっている。
冒険者だった両親の伝手でジャック・オルランドゥに師事。その後独立したという経緯があり、魔術の腕は極めて高い。
特に物質の状態を元に戻す「時間遡行」は、世界でも使える人物がほぼいない。なお、父親もその使い手であった。
ワイルダ組の組長(大姐)となってからはそのカリスマ性で高い支持を受けている。南ガリアからの移民も多く受け入れており、人望は厚い。
なお、一度だけエリックと関係を持っている。彼女からすれば夫の仇を射った御礼とのことで、心は依然夫にある。
エリックもそれを知ってか、それ以上は求めていない(というかヘタレなのでできなかった)。
ちなみに、夫の仇は7貴族の一角ゴンザレス家傘下の無頼衆であった。
157 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/27(木) 20:53:00.84 ID:f9qjZZ1GO
余談ですが、時間遡行を使える点からも分かる通り、彼女(とウィテカー)はシデの子孫です。
両親が登場することは多分ないと思いますが、未定です。
158 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/30(日) 20:41:43.32 ID:GOi8ToA6O
第9話
159 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/30(日) 20:43:40.07 ID:GOi8ToA6O
「……施術の流れは以上です」
ランパードさんの説明に「本当に大丈夫なのか」とエストラーダ候が不安がった。
無理もない。頭蓋に穴を明け、そこから病の巣を切り抜くなんて……正直、現場を見たら倒れそうだ。
ランパードさんは難しい顔をして頷く。
「施術には万全の注意を払います。ただ、私の腕をもってしても5分です。
さらに、肺の病も厄介です。脳を何とかした後、こちらにも手をつけねばなりません」
「本当に、助かるんだろうな?」
「お嬢様を助けられるのは、世界では私以外に1、2人かと」
「……分かった。金は幾らでも払う」
「それについては治った後にでも。……ところで、お嬢様は最近変ではありませんか?」
来た。本題だ。
「変……とは?」
「夜いなかったり、あるいは何か部屋で物音がしたり……」
エストラーダ候が首を捻る。
「さて……そもそも、ファリスは数メドを歩くのもやっとだぞ?メイドの助けを借りねば厠で用も足せん」
ランパードさんが訝しげに私を見た。しかし、あのアミュレットは間違いなくクドラクが着けていたものだ。
「朝はどうですか」
「昼まではまず起きん。さっき身体を起こしていたのを見て驚いたくらいだ」
どうもエストラーダ候はファリスさんがクドラクであるかもしれないことに気付いてないようだ。ランパードさんの推測は、やはり正しいのかな。
しかし……昨晩のクドラクの動きは、どう考えても病人のものではなかった。「遺物」が力を与えているとしか考えられない。
そして、ひょっとしたらあのアミュレットこそが……
160 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/30(日) 20:44:18.07 ID:GOi8ToA6O
私は2人の会話に割り込んだ。
「ちょっといいですか」
「どうしたプルミ……プル」
コホンとランパードさんに咳払いをした。流石に正体を知られたらまずい。
「エストラーダ候、お嬢様の化粧台に、アミュレットがありましたが……あれは?」
「おお、気付いたか。外しているのは珍しいと思ったのだ。あれは母親の形見の一つだ」
「形見、ですか」
「そうだ。輿入れの時に持ってきたものでな。あいつの家の家宝であったと聞いている」
「家宝」
「そうだ。常に着けておってな……亡くなる前に、ファリスに託したのだ」
「失礼ですが、奥様も病で?」
エストラーダ候が辛そうな顔で俯いた。
「違う。15年前……自ら命を絶ったのだ」
「え」
「詳しい理由は知らん。ただ、『幸せでした』とだけ……その話は、もういいか」
「……そうですか、すみませんでした」
15年前……「追憶」を使って「思い出させる」には、私の力はまだ十分じゃない。
すごく時間をかければ真相が分かるかもしれないけど、そこまでする必要もないように思えた。何より、そんな余裕はない。
161 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/08/30(日) 20:44:46.40 ID:GOi8ToA6O
ランパードさんの表情がさらに鋭くなっている。
「その家宝、何か特別な由来が」
「私も詳しくは知らん。ただ、特別なまじないが込められていると聞いたことはある」
「よもや、『遺物』とか」
「まさか。……もう片方の形見は、明らかに尋常のものではないが」
「……そうなのですか?」
身を乗り出すランパードさんに、エストラーダ候が苦笑いする。
「すまん、施術とは関係がない話だな」
「それもお嬢様が?」
「ああ、女物なのでな。一度でいい、あれを着たファリスが見たいものだが……この話は、これでいいだろう」
女物……ドレスか何かかな。エストラーダ候は話を打ち切りたがっている。
ファリスさんがクドラクである可能性は考えてなさそうだけど、何か隠してる気がする。
「失敬。施術の日程を決めたいのですが……少し、助手と相談させてくれませんか」
「ここではダメなのか」
「ユングヴィからも応援が必要ですから。一度、退かせて頂きます。午後にまた、伺わせて頂きたく」
「そうか。では、暫し待とう」
689.43 KB
Speed:0.4
[ Aramaki★
クオリティの高いサービスを貴方に
VIPService!]
↑
VIP Service
SS速報VIP
更新
専用ブラウザ
検索
全部
前100
次100
最新50
続きを読む
名前:
E-mail
(省略可)
:
書き込み後にスレをトップに移動しません
特殊変換を無効
本文を赤くします
本文を蒼くします
本文をピンクにします
本文を緑にします
本文を紫にします
256ビットSSL暗号化送信っぽいです
最大6000バイト 最大85行
画像アップロードに対応中!
(http://fsmから始まる
ひらめアップローダ
からの画像URLがサムネイルで表示されるようになります)
スポンサードリンク
Check
Tweet
荒巻@中の人 ★
VIP(Powered By VIP Service)
read.cgi ver 2013/10/12 prev 2011/01/08 (Base By
http://www.toshinari.net/
@Thanks!)
respop.js ver 01.0.4.0 2010/02/10 (by fla@Thanks!)