魔王と魔法使いと失われた記憶

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538 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/11/15(日) 08:24:39.32 ID:BgM8hp3DO
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539 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/16(月) 20:24:31.04 ID:6z/X/rfuO




第23.5話




540 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/16(月) 20:25:31.89 ID:6z/X/rfuO
「ご苦労様です」

私の前に、朝食が並べられる。芋を蒸し、裏ごししたものに塩を振ったもの。
そしてケルの葉にオリーブ油を軽く振ったもの。そして、トリス名産の大豆のケーキ「トフ」だ。
味はどれも薄味だが、しかし十分な栄養価を持つ。毎朝同じ食事だが、食の楽しみなど私には無縁だ。

客間にいるのは私だけだ。一人で食事をするのも、もう20年以上になる。
私には家族など要らない。ただ、神のみ傍にいればよい。

手を合わせ、世が太平であることへの祈りを強く念じた。


朝6の刻ちょうど。私、ミカエル・アヴァロンの一日はこうして寸分変わらず始まる。
541 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/16(月) 20:26:19.18 ID:6z/X/rfuO
#

食事が終わり、まずやるのは説法だ。それは旅先においても変わりはしない。
テルモンのユングヴィ教徒は皆敬虔だ。モリブスの不信心な連中とは違い、皆静かに聞いている。
そして水浴びをした後、身支度を整えて職務に入る。8の半刻。これもいつも通りだ。

職務はいつも、補佐のユリウスが持ってくる書類に沿って行われる。
まずは……彼女の様子を見ることからだ。統治府の4階の貴賓室に、彼女はいる。

「失礼しますよ」

「……はい」

彼女はただ窓際にたたずんでいた。

「お変わりは?」

「いえ、特に」

「そうですか。……『女神の雫』は」

「まだできません。あと、数日」

「分かりました。静かに待ちましょう」

貴賓室は整然と片づけられている。彼女は食事も何も必要としない。水と日光。それさえあれば生きていけるという。
彼女に感情はあるのだろうか。ふと、そんな考えが頭をよぎった。


彼女は、後数日すれば処刑される定めだ。
「女神の雫」さえ手に入ればいい、というわけではない。むしろそれは副産物に過ぎない。


彼女が生きていることは……いや、彼女が誰かと子を為すことは、大いなる災厄に繋がりかねない。
それは、150年前の教訓だ。そのことをユングヴィ教団はよく知っている。あるいは……彼女自身も。


「……怖くはないのですか」

「何がですか」

「死ぬことです。神に召されることを受け入れているということでもないでしょう」

一瞬、メディアの動きが止まった。

「……母なる大地に戻るだけですから」

……わずかな感情の揺らぎがあった。彼女を想う、あのゴンザレス家の青年が理由か。
それは、恋慕なのか。それとも……種を残そうという本能なのか。どちらにしろ、それは絶たれねばならない。

「そうですか。とにかく、お待ちしておりますよ」

部屋を出て、私は静かに息を付く。彼女の存在を早いうちに知れたのは幸甚だった。テルモンから急いで引き返した甲斐があったというものだ。
あと数日。あと数日でイーリスは救われるだろう。そして、未来の災厄も絶たれる。これを神に感謝せずして、何を感謝しようというのか。

笑みが思わずこぼれたのに気付き、私は咳払いする。次の目的地では、こんな表情は禁忌だ。
向かう先は、統治府の3階。そこには、もう一人の客人がいる。
542 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/16(月) 20:26:55.64 ID:6z/X/rfuO
#

「失礼します」

先ほどとは打って変わって、荒れた様子の部屋だ。部屋の隅で、年老いた男……エストラーダ侯の目が光った。まるで幽鬼のように。

「……できたのですか」

「いえ、まだ。あと数日と」

「あと数日!?それまでに、ファリスが死んだら……!!?」

私は彼に近寄り、手を頭の上に乗せた。気付かれぬよう、鎮静化の魔法をかける。

「大丈夫です。私たちが必ず見つけ出しますから」

「……本当でしょうな」

疑念が強まっている。言葉巧みにやり過ごしてもう2週間近くが経つが、さすがにもう限界か。
もし既にファリスが(恐らく)死んでいることを告げれば、彼の刃は私に向くだろう。

ネリドと一緒に、彼を消してもよかった。しかし、彼の娘に対する執着は利用できる。
そう考え、彼だけは生かしておいたのだった。……ある薬を投与しながら。

良心の呵責はない。所詮、モリブスのユングヴィ教徒は邪教徒だ。邪教徒は人ではない。家畜以下だ。
ただ、家畜と違って利用価値も場合によってはある。エストラーダ侯が、まさにそれだった。
もし、エリック・べナビデスとプルミエール・レミューがロックモールに来たならば……エストラーダ侯は、彼らを討つための刺客足り得る。
そう思って彼を残したが、動きは一向になかった。

シェリルがしくじったのは聞いている。そして、アリス・ローエングリンが来たらしいことも。
彼女は危険だ。ただでさえ危険なのに、ジャック・オルランドゥの元に戻ったのは非常に危うい。下手にモリブスには手を出せなくなった。
だとしたら、べナビデスとレミューが来るのを迎え撃つ方が得策だ。私がロックモールに戻ったのは、メディアの件だけでなく彼らへの対応も理由と言える。

それだけに、エストラーダ侯を抑えるのが限界に近付いているのは正直よろしくない。
「処分」を視野に入れるべき時が来てしまったのかもしれない。

……あと1日が限度か。そう思いながら、私は首を縦に振った。

「私が約束を違えたことなどございましたか?」

「……信頼しておりますぞ、大司教殿」

部屋を出ようとしたその時、外から禍々しい気配がした。……これは。
543 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/16(月) 20:27:23.04 ID:6z/X/rfuO
私は溜め息をついてドアを開ける。果たして、その男は階段を塞ぐように立っていた。

「……オーバーバックさんですか。今までどこに」

「お前の言う通りの『鼠狩り』さぁ」

「仕事はしているのでしょうね」

ニヤリと彼が嗤った。

「それだがなぁ……2ついい知らせがあるぜぇ。まず、お前が追っていた『魔王エリック』と、昨晩会ったぜぇ」

「何ですって!!?」

やっと来たか!ロックモールを通らずに皇都に着くのはかなり難しい。険しい山を越えねばならない上、補給もままならない。
女連れならば、確実にここを通るはずだと踏んでいたが……

そして、オーバーバックが魔王と会ったということは。

「始末はしたんでしょうね」

「いやぁ。少し遊んでそれきりだぁ。せっかくだから、長く遊び相手になってほしいからなぁ」

「……舐めているのですか」

激しい落胆と怒りが沸いてきた。世界を災厄から遠ざける機会をおめおめと逃すとは!

オーバーバックを睨み付けると、彼はその笑みを深くした。

「舐めてねえぜぇ?そもそも、俺とお前の関係は何だぁ?上司と部下かぁ?
違うなぁ、ただの契約関係だぁ。そしてそこには、『エリック・ベナビデスを消す』は入ってねぇ……」

「それでも六連星の一員か」という言葉が出かかって、私はそれを必死で抑えた。

確かにオーバーバックは六連星だ。しかし、その意思は誰にも縛れない。たとえ、アルベルト王でも。あるいはハンプトン卿でも。
彼の力は、あまりに強大だ。六連星に入れたのは、この男が危険すぎるから味方に引き入れたという理由以上のものはない。

そして、他の六連星と違い……この男には、世界を守ろうとする意思は全くない。
ただ、好きな時に飲み、好きな時に博打を打ち、好きな時に女を買う。その意思を縛るには、あまりにこの男は強大なのだ。

「分かってるなぁ、大司教さまぁ……俺にとっては、『記憶』がどうだとか関係ねぇんだよぉ……ヒリヒリするような勝負ができればそれでいぃ……。
せっかくだからもう一つ教えてやるよぉ。多分だが、カルロスってガキと魔王は組んでるぜぇ」

「……本当ですか??」

「ああ、恐らくなぁ。だが、俺はこれ以上タッチしねぇぜぇ?『狩り(ハント)』以外に、今の俺の興味はねえからよぉ」

何という僥倖!!世の災厄を、2つ同時に取り除ける好機が舞い降りるとは!!
やはり、神は私を愛しておられる。何と素晴らしき日か。

「……ええ、いいでしょう。好きになさい」

「ククク……じゃあ、俺は消えるぜぇ」

トントントン、とオーバーバックが階段を降りる。私はエストラーダ候に向けて振り返った。


「貴方に、向かってほしい所があります」


544 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/16(月) 20:27:50.52 ID:6z/X/rfuO
キャラ紹介

ミカエル・アヴァロン(47)

男性。181cm、63kgのやせ形。細目で短い白髪頭で、いつも穏やかな微笑みを湛えている。
イーリス聖王国のユングヴィ教団大司教。東の原理主義派(元教派)を束ねる。

温厚で几帳面だが神経質。常に同じ時刻に同じ行動をすることを旨としており、全ての欲は不要と断じている。
金にも美食にも女性にも関心がなく、清廉潔白が服を着て歩いているような男。愛するのは神のみと公言して憚らない。
とはいえ、厳格ながら人格者でもあり、人望は厚い。
ユングヴィ教団の教えに徹底して忠実な男でもあり、殺人や姦淫などは決して行わない。
ただ、自らの手を下さないやり方で都合の悪い人間を「消す」ことはある。

また、世俗主義派を邪教徒と捉えており、表面上はともかく内面では人として扱っていない。
「人でない者」、つまり敵に対しては徹頭徹尾冷酷であり残虐である。そのため、イーリスには彼を恐れる人も少なくない。

戦闘能力は白兵戦については低い。ただ、魔力は甚大であり当代でも屈指の存在なのは疑いない。
アヴァロンの過去については一切不明。ただ、神への絶対帰依を誓う理由はそのあたりにあるようだ。
545 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/16(月) 20:28:33.64 ID:6z/X/rfuO
今回はここまで。シェイド視点→プルミエール視点と続く予定です。
546 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/11/17(火) 17:40:57.47 ID:/TdwIN4DO
乙乙
547 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/18(水) 22:58:29.08 ID:lSBzGI7SO




第24-1話




548 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/18(水) 22:59:52.34 ID:lSBzGI7SO
統治府に近付くに従って、兵士の数が増えてきた。一昨日より多いかもしれない。

「そんなにあの娘が重要なのかねえ」

「よく分からないにゃ。殺す相手を守る意味はもっと分からないにゃ」

ボクらはプルミエールの魔法で人間に化けていた。持続時間はほぼ半日。魔法が解けるまでは、ボクらは姉弟か親子にしか見えないだろう。
魔法がかかっているとは言っても、デボラさんの胸は相当に目立つ。周囲の男たちの目がそっちに行くのは気に食わない。

「よう姉ちゃん。幾らだ……」

言い寄ってきた男の首筋に、短剣が突き付けられた。

「売りもんじゃないよ。『蜻蛉亭』はどっちだい」

「ひいっっ!!?あ、あっちだ。その物騒なもんをしまってくれっ」

デボラさんが鞘に短剣を納める。さすがに抜刀が速いな。

「『蜻蛉亭』?」

「ああ。一度主人の護衛を受けた所でね。あたしに貸しがあるはずさ。
1度しか行ったことがないから、場所の記憶は曖昧だけどねえ」

「なるほどにゃ。でもそこで情報貰えるのかにゃ?」

「統治府に娼婦を派遣する高級娼館だからね。まあ何かしら中の様子は分かるだろうさ」

統治府から200メドほどしか離れてない場所に、それはあった。蔦まみれの不気味な館。あれが「蜻蛉亭」らしい。
549 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/18(水) 23:00:23.05 ID:lSBzGI7SO
#

「お嬢様、『蜻蛉亭』に御用で?」

館の呼び鈴を鳴らすと、執事風の初老の男が出てきた。

「主人のカサンドラはいるかい。デボラ・ワイルダが来たと言えば分かるはずさ」

「……お待ちを」

5分ほど待つと、ボクらは中に通された。化粧水の濃い空気が鼻を付く。外観はああだけど、中は豪奢でいかにも娼館という感じだ。

「御主人、客人に御座います」

「通して」

執務室兼私室と思わしき部屋に入ると、初老の婦人が髪を櫛でとかしていた。顔には皺も少し見えるけど、十分現役で通りそうなほど美しい。
おっぱいも大きそうだし、あるいはここで得意客を取っているのかもしれないな。ボクは熟女趣味じゃないからちょっとお断りだけど。微かに甘い匂いもする。

婦人が顔を上げると、訝しげな表情になった。

「……本当にデボラ?」

「ちょっと狙われててねえ。耳は魔法で隠してるんだ」

「……その声と顔立ち、言われてみればデボラ・ワイルダね。変装は弟の……誰だっけ」

「ウィテカーさ。今日はいないけど、まあそんなとこさね。半年ぶりだけど、健勝そうで何よりだよ」

「お蔭様でね。貴女に命を救われたからこそ、私の今はある。ジャレッド、お茶を」

「畏まりました」

男が去っていく。

「しかし、急な訪問ね。貴女に護衛の仕事を頼む予定は今のところないわよ?
それとも何かしら、その可愛らしい男の子を、私にくれるとでも?」

思わずブルッと身震いした。カサンドラという女(ひと)はかなり綺麗だけど、さすがにボクの守備範囲じゃない。

「ははは、そういうわけではないさ。ちょっと、貸しを返して貰いたくてね」

「貸しを返す?」

「ああ、大したことじゃないさ。統治府で何が起きてるか、分かるかい?ここからも娼婦を送ってるんだろう?」

男がお茶を運んできた。それを一口啜ると、ふうとカサンドラさんが溜め息をつく。

「私には何もできないわ。統治府相手の商売は開店休業状態。ここ数日の物騒な動きと関係があるのかしら」

「多分大有りさ。どうなんだい」

「ユングヴィの偉いのが来てるって話。ユングヴィは私たちを目の敵にしてるから」

デボラさんがボクを見た。やはりあれはアヴァロン大司教だったか。

「誰かの出入りは?例えば、緑色の髪の女とか」

「……ちょっと分からないわ。あと数日で統治府での商売は通常通りになるって聞いたけど、情報はそれくらい。私にできることはないわ、申し訳ないけど」

「そうかい」

デボラさんが辺りを軽く見渡した。……微かに音が聞こえる。喘ぎ声だろうか。

「……ところで、テルモンの連中が随分来てるみたいだねぇ。結構な人数じゃないかい?」

「……何が言いたいのかしら」

カサンドラさんが眉を潜めた。デボラさんは肩を竦める。

「いや、これだけ来ると連中相手の商売は儲かってるんだろ?ここも満室みたいじゃないか。
それとあんた、すぐにここにあたしらを入れなかったね。客、ついさっきまで取ってたんじゃないかい?多分、テルモンの高官……違うかい」

「……目ざといわね」

彼女が苦笑する。そうか、彼女は商売上不利になる行動ができないわけか。だから、協力を拒んでいる……
550 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/18(水) 23:01:28.86 ID:lSBzGI7SO

「というわけで交渉さ。あたしらはあそこにいる人物に接触したい。統治府には関与できなくても、さっき言ったテルモンの高官からなら何とかできるだろ?」

「口利きをしろってことね。……そうね、不可能じゃない。でも、多少の面倒は伴うわね。報酬は?」

「命を救った貸しがあるだろ?まあ、それに加えて、モリブスの花街からこっちに何人か送れなくはないね。給金を弾むという条件で」

「いつからワイルダ組はそっちにも手を出しているのかしら?用心棒なら分かるけど」

「まあ、色々花街はあたしらに貸しを作ったからね。質は保証するさ」

ふむ、ともう一度カサンドラさんがお茶を飲んだ。

「……分かった。3時間後、もう一度ここに来て。これからもう一人、テルモンの第4皇子を客として取るの。彼経由で話を附けられる」

「第4皇子……随分年下だねぇ」

「ふふ、可愛い坊やは好きなの。母親の愛情に飢えた坊やは特に。……そうそう、その坊やを多分使うことになるけど、いいかしら?」

「……ボクかにゃ?」

フフフ、と妖しい笑いをカサンドラさんが浮かべた。

「ええ。ユングヴィは姦淫は禁じているけど、色事は禁じてないのよ。貴方なら、多分気に入る人がいるわ」


……そういうことか。ボクはげんなりした。


「……ここは、男娼も扱ってるのにゃ?」

「あら、子供なのによく知ってるわね。この子、何者?」

「ボクは「それは詮索しないでおくれ。まあ、信頼は置ける奴さ」」

ボクの言葉をデボラさんが遮った。……確かに、身の上を明かさない方が正解か。
ただ、ボクを男娼として送り込むというのは正直勘弁だ。ボクはデボラさんに耳打ちした。

(男の相手なんて死んでもゴメンにゃ)

ボクは確かに見た目がいい。女装だって多分似合うだろう。ただ、男に犯されるなんてまっぴらゴメンだ。

デボラさんは少し目を閉じた後、微かに笑った。

(大丈夫、考えがある。抱かれる必要なんてないから安心しな)

(本当にゃ?)

(あたしに任せな)

「相談は終わったかしら?」

デボラさんが頷いた。

「ああ。3時間後だね」

「ええ。その子も一緒にお願い」
551 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/18(水) 23:02:24.95 ID:lSBzGI7SO
#

「考えって何にゃ?」

ボクはかき氷が乗った匙を口に入れた。ロックモール名物らしいけど、マゴの実から取った蜜とあいまって実に美味しい。モリブスに戻ったら作ってみよう。

デボラさんはグバのジュースを飲むと、周囲をうかがって小声になった。

「渡しとくよ」

「……これって」

デボラさんが、懐から何かを取り出す。
手渡されたのは、黒い球だ。受け取ってすぐ、それがいかに危険なものか察した。

「そう、爆裂魔法を込めた『爆弾』だよ。魔力を通せば、離れた場所でも起爆できる」

「何でそんなものを持ってるにゃ?危ないにゃ」

「何が起こるか分からないからね。ロックモールにあいつがいると聞いて、組から持ってきたのさ。籠城したのを炙り出すためには、必要になると思ってた。
あたしの魔力を通さない限り爆発はしないから安心しな」

「……見えたにゃ。ボクはこれを置いたら、すぐに猫になって逃げるにゃ。そしてそれを受けて起爆すれば……」

「統治府は火事になり、アヴァロンはメディアを連れて出てくる。そこをエリックたちと叩く。どうだい?」

確かに、筋は通る。アヴァロンが「グロンド」を使って逃げるかもしれないけど、やってみる価値はありそうだ。

しかし……この作戦には、一つ見落としがある。


「オーバーバックはどうするにゃ」


デボラさんが言葉に窮した。あの男は、どこにいるのか分からない。そして、間違いなく只者じゃない。

「……それだね。敵はアヴァロンだけじゃない。炙り出しても、オーバーバックってのに守られていたら簡単じゃないのは分かる」

「対策が必要にゃ。あいつを引き離さないと……」

「賭場にいるって言ってたね。そこで何とか……え?」

デボラさんの表情が固まった。信じられないものを見たように、口がポカンと開けっ放しになっている。

ボクも振り向いて彼女の視線の先を見た。


……馬鹿なっっ!!?


カフェの入口に、黒い眼鏡の男がいた。短い黒髪に、黒と緑の斑の服。その異様な出で立ちから、客がざわめいた。

あの外見……間違いない。オーバーバックだ。
552 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/18(水) 23:02:56.47 ID:lSBzGI7SO
奴は一直線にこちらに向かってきた。ニヤニヤとした、気持ち悪い笑みを浮かべながら。
逃げるかどうかを逡巡する暇もなく、奴はボクらの隣の席に座った。

「暑いなぁ」

……気付いている?それともただの挨拶?

デボラさんが探るように言う。

「……まあ、 南国だからねえ……何か、用かい」

「ククク……いいねぇ、すぐ逃げないのは修羅場潜ってるなぁ」

「……あたしらを狙って来たのかい」

微かに声が震えている。
そもそも、どうしてボクらがここにいることを奴は知ったんだ?

それに答えるかのように、ニタァとオーバーバックの笑みが深くなった。

「品定めさぁ……。面白い気配を感じたんでなぁ。雑魚ならすぐに狩るつもりだったが、これは『太らせて』から狩るのが正解だぁ……」

何を言っている??確実に言えるのは、こいつはボクらの居場所を何かの方法を使って知っている、ということだ。
……冷や汗が額を伝ったのが分かった。

オーバーバックが、不意にボクの方を見た。

「……にしてもお前。回復が早いなぁ。殺さない程度に加減はしたが、腕取れてるかと思ってたぜぇ」

……!!?ボクの正体を、こいつは知ってる!!?

「……どうして分かったにゃ」

「俺には真実が『見える』んだよぉ。どんな魔法も、俺の前では無意味だぁ。
……せっかくだから、注文するぜぇ。焼きビーフン……はねぇなあ。この『パンシート』にするかぁ。一応、麺類らしいしなぁ」

まるでボクらがいないかのように、オーバーバックは気ままに振る舞っている。「殺そうと思えば殺せる」とでも思っているのか?

「何が望みにゃ」

「あぁ?さっき言っただろぉ、品定めってなぁ。あとは改めて警告だぁ。
緑髪の女には手を出すなぁ……依頼主からの依頼でなぁ、そこだけは契約上果たさなきゃいけねぇんだよぉ」

「契約主……アヴァロン大司教にゃ?」

「さあなぁ……ただ、俺の契約にはお前らを消すことは含まれていねぇ……何もしねぇんなら、将来性に免じて見逃してやるよぉ」

ガタン、と急にデボラさんが立ち上がった。目の前のかき氷は、すっかり溶けてしまっている。

「……行くよ」

「……分かったにゃ」

もちろん、アヴァロン大司教の件を諦めたわけじゃない。ただ、この場は早く立ち去りたかった。
エリックの言う通り、この男は……危険だ。底が全く見えない。

「おうおう、せっかくだから名物の『パンシート』でも見ていけよぉ。
……というか狐の女ぁ。お前、どこかで見たことがあるなぁ」

「知らないね」

オーバーバックの笑みが、さらに深まった。


「いやいや、会ったことがあるぜぇ……ああそうだ、あれは15年前だぁ。確か、名前は……パメラ」


553 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/18(水) 23:03:51.84 ID:lSBzGI7SO


デボラさんが驚きをあらわにして振り返った。パメラ??確かそれは……


「何であんたが、母さんの名を……」


「そうかぁ、親子かぁ。似てるはずだぁ、マナの感じも気配もぉ……」

「あんたっ、母さんを何で知ってるっ!!!」

「ククク」と愉快そうに……いや、恍惚に満ちた様子でオーバーバックは口を開いた。


嫌な……とても、嫌な予感がする。


「俺が殺った、最強の相手の一人だったぜぇ……あれは愉しかったぁ……」

554 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/18(水) 23:04:21.85 ID:lSBzGI7SO



「貴様ぁっっっ!!!!!」



デボラさんは懐から銃を抜こうとする。しかし、それより遥かに速く……どこからか取り出したか分からない長銃を、オーバーバックはデボラさんの鼻先に突き付けていた。


「見逃してやるって言ったのによぉ……残念だぜぇ」


つまらなそうにオーバーバックが呟く。……そして。

555 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/18(水) 23:04:48.23 ID:lSBzGI7SO




バァンッッッ!!!



銃声が、響いた。



556 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/18(水) 23:05:38.27 ID:lSBzGI7SO
キャラクター紹介

ハーベスタ・オーバーバック(年齢不詳、30代?)

男性。短い黒髪にサングラス、迷彩服を好んで着る。身長183cm、体重78kg。見るからに鍛え上げられた身体を持つ。
服装は明らかに北ガリア大陸のどこの国とも違う。南ガリアやアトランティア大陸でも同様の出で立ちはない。
鼻はそれほど高くはなく、常にニヤニヤと笑っている。どこか間延びした喋り方が特徴。

北ガリアの秩序維持を担う組織「六連星」の一人だが、立ち位置は他の5人とは大きく異なるようだ。
契約を重視し、契約外の行動は極力避けている様子が伺える。戦闘狂のようだが、「獲物は太らせてから狩る」が信条でもある。決して話が通じない男ではない。

趣味は博打とB級グルメ。盲人のようにも見えるが、目は見えているようだ。本人曰く「真実が見える」というがその真意は不明。
武器は深紅の長銃「紅蓮」。その戦闘能力は極めて高いが、その素性含め一切が謎に包まれている。
557 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/18(水) 23:08:18.50 ID:lSBzGI7SO
第24-1話はここまで。24-2は予定を変更してプルミエール以外の人物からの視点とします。

パンシートはフィリピンの焼きそばパンシットカントンに近いものです。
ロックモールの食文化は東南アジアのそれをイメージしてもらえば大体合っています。

なお、オーバーバックの発言からは随所に単語など違和感があるかと思われます。
これについてははっきりとした理由があります。明らかになるのはずっと後ですが。
558 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/18(水) 23:17:07.03 ID:lSBzGI7SO
なお、オーバーバックのCVは故野沢那智さんをイメージしてもらえば多分大体合っています。
559 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/11/18(水) 23:18:38.13 ID:trYrx1zF0
560 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/22(日) 14:04:35.53 ID:Y/Qr2n33O




第24-2話




561 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/22(日) 14:09:09.65 ID:Y/Qr2n33O


子供の頃見たあの光景を、あたしは未だにハッキリと覚えている。


父さんと母さんは、家を空けることが多かった。
2人と過ごした時間より、ジャック先生やアリスさん、あるいはベーレン候の家族と一緒だった時間の方が長かったかもしれない。
それでも、寂しさは感じなかった。一緒にいる時は、できる限りの愛情を注いでくれたから。
どこかの遺跡に向かう2人を、精一杯手を振って送り出す。それがあたしとウィテカーにとっての1週間の始まりだった。


父さんたちは、冒険から帰る度に嘘みたいな土産話をしてくれた。
とてつもなく巨大で知恵のあるドラゴン。ひとりでに動く、機械の兵士。機械が勝手に掃除をしてくれる不思議な邸宅……
どこまで本当なのか、当時のあたしには分からなかった。でも、真偽なんてどうでもよかった。


世の中は謎に満ちていて、だからこそ面白い。
きっと、父さんと母さんはそれを伝えたかったんだと思う。


そんな2人が、冒険先にあたしたちを呼ぶことはほとんどなった。
ただ、一度だけ連れていってくれた場所がある。モリブス南西部の、サンターナ山地だ。


丸3日かけて、あたしたち一家は山地を探索した。巨狼や二角熊のような、獰猛な魔物にも出合った。
すごく怖かったけど、どこか安心してもいた。父さんたちが守ってくれたから。そして、山地の奥にそれはあった。


『……うわぁ』


そこにあったのは、一面の花畑。花は全て、虹色に輝いていた。


『きれいでしょ』

母さんが穏やかに言う。

『うんっ!!すごくきれい……何て花なの?』

『名前はないわ。私たちが見付けた。ね、リオネル』

父さんが頷く。

『ああ』

『これ、皆に見せてあげたいなあ。ジャック先生やアリスさんにも』

『そうだな。だが、彼らはともかく、世の中には知られてはいけない花でもある』

『どうして?』

母さんが、足元の小石を花畑に投げ入れた。その刹那。
石が落ちた辺りが、一瞬のうちに黒く染まった。

『……え』

『花が『攻撃された』と感じたの。そして、花は猛毒を放つ』

父さんが何かを呟く。すると、花は元の虹色に戻った。父さんは「すまなかったな」と足元の花を軽く撫でた。

『この花畑は生きている。もし、大勢の人がここに来れば、ここは荒らされてしまうだろう。
そして、大勢の人が死ぬ。この花の毒によって』

『そうね。……知られることが、必ずしもいいこととは限らない。世界は美しいけど、封じられた方がいい事実もあるの』

父さんと母さんが、一瞬悲しげな表情になった。

『どうして父さんたちは、あたしたちをここに連れてきたの?』

『そのことを教えるためだよ、デボラ、ウィテカー。お前たちにも、きっと分かる時が来る』


父さんたちが、何を伝えようとしたのかは未だにハッキリとは分からない。


ただ、あの花畑の美しさは、きっと一生忘れることはないだろう。


562 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/22(日) 14:09:48.74 ID:Y/Qr2n33O
#


何で、こんなことを思い出しているんだろう?


目の前には、銃口があった。……ああ、そうか。



これが、走馬灯か。



……父さん、母さん。ごめん。
ウィテカー、後は頼んだよ。



唇を噛むと、目の前を何かが通った。……そして。


バァンッッッ!!!!!


銃声。


563 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/22(日) 14:10:33.25 ID:Y/Qr2n33O


……あたしの意識は、まだある。
腰の辺りを、誰かが強く抱き締めていた。


「限界突破(リミットブレイク)!!!!」


視界が一気に上へと移る。天井に当たると思った瞬間、目には家々の屋根が広がっていた。


「え」


ドスン、と衝撃が走る。シェイドが、私と一緒に屋根に降りたと認識するまで数秒かかった。

「逃げるにゃ」

「……は?」

「いいから逃げるにゃ!!!ボクにおぶさるにゃっっ!!!」

よく事態が飲み込めないまま、シェイドに背負われる。すると、風のように彼は屋根の上を走り始めた。……迅いっ!!

後ろから追ってくる気配はない。でも、彼は屋根から屋根へと飛び移る。私をおぶった状態で。……こんな力が、どこにあったのだろう?

不意に、彼が態勢を崩した。地面へと落ちそうになったのを見て、私は彼から離れる。そして、今度は私がよろめく彼を抱いて飛び降りた。

「ぐっ!!!」

肩と腰に強い痺れを感じた。いくら小柄でも、人を抱きながら数メドの高さから跳ぶのはさすがに厳しい。
シェイドはというと、はぁはぁと荒い息をついている。あたしを救うために、かなり無茶をしたのは明白だった。

「……ちょっと待ちな」

手を彼の額に当てる。恐らく、さっきの「限界突破」とやらは、相当に体力とマナを消費する魔法だったはずだ。
とすれば、これで何とかなる。手が黄色く光り始めた。
564 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/22(日) 14:11:06.61 ID:Y/Qr2n33O

「……くっ……にゃっ!!?」

シェイドの目に精気が戻ってきた。彼は慌てて飛び起きる。

「何やってるにゃ!!逃げなきゃ……」

「多分、もう大丈夫さ。『時間遡行』で肉体を少し元に戻したから、体力やマナと同時に記憶も戻っちゃったみたいだね」

周囲を見渡す。「蜻蛉亭」のすぐ近くだ。

「……すまなかったね……あたしのせいで、こんなことに」

「いいにゃ。ボクに親はいないけど……ご主人やアリスさんが殺されてたら、同じことをしたと思うにゃ」

「ありがとう……一生恩に着るよ」

「ボクこそにゃ。あれは切り札だけど、反動も大きいにゃ。
……治してくれて本当に助かったにゃ」

ニッと笑うシェイドの頭を、思わず撫でた。

「意外といい奴だね、あんた」

「じゃあ後でおっぱい……あだっ」

あたしはシェイドの頭に拳骨をくれてやった。

「冗談とは分かってるけど、そんな余裕はないよ。これから、どうするんだい?
エリックたちと合流しようにも、大分距離がある。何より、オーバーバックと次に会ったら……」

「……エリックたちとは後でにゃ。今戻ったら、まとめて一網打尽にされかねないにゃ」

「なら、どうしてここに……あっ」

そうか、闇雲に逃げてた訳じゃないのか。蜻蛉亭には、今テルモンの皇子がいる。オーバーバックが何者かは知らないけど、あそこにいれば少なくとも暴れることはできない……!

あたしの様子を察したのか、シェイドがニヤリと口の端を上げた。

「さすがデボラ姉さんにゃ。理解したみたいだにゃ」

「時間には少し早いけど、あそこで待つことはできる。オーバーバックに気付かれたとしても、皇子の手前荒事には及べない……考えたね」

「にゃ。むしろ問題は帰りにゃ。あいつはボクらを見逃すとは言ってたけど、どこまで本当かは謎にゃ。こればかりは運否天賦にゃ」

運次第、か。でも、選択肢はない。

「行くよ」

あたしは「蜻蛉亭」の呼び鈴を鳴らした。
565 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/22(日) 14:11:41.60 ID:Y/Qr2n33O
魔法紹介

限界突破

肉体能力を爆発的に引き上げる魔法。肉体強化魔法を得意とするシェイドの切り札でもある。
筋力や動体視力、反射能力が通常の数倍になるため、エリックの「加速」に近い効果が期待できる。
違うのは、筋力自体も跳ね上がっているため一撃の効果は「加速5」よりはずっと高い点。
また常軌を逸した跳躍などは「加速」ではできない利点でもある。
半面、「加速」ほどの速度では動けない。また、音速を超えることによる衝撃波の発生も不可能である。

持続時間は2分ほどであり、終了後は反動で動けなくなる。「加速『閃』」を使ったエリックのように、本来は数時間マトモな行動はできない。
「時間遡行」でこのデメリットを打ち消せるデボラとの相性は非常に良いと言えるだろう。

なお、使用時には若干の溜めが要る。
オーバーバックに不穏な気配を感じたシェイドは、事前準備を済ませていた。
このため、銃が出た瞬間に「限界突破」を発動。銃を跳ね上げて天井に穴を作らせ、そこから脱出ということをやってのけている。
566 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/22(日) 14:18:56.60 ID:Y/Qr2n33O


第24-3話
567 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/22(日) 14:19:41.75 ID:Y/Qr2n33O
窓からの潮風が、私の髪を揺らした。陽射しは強いけど、このお蔭で存外過ごしやすい。

エリックは静かに本を読んでいる。シェイド君たちが出かけてから、ずっとこんな具合だ。

「あいつ、意外と読書家なんだな」

お茶を飲みながらカルロス君が言う。窓際にいるエリックは返事を返さない。

「確かに……時間があると寝ているか本を読んでるかですね。魔術書が多いですけど」

「……そうなのか」

複雑そうな表情で彼がエリックを見る。私はカップを置き、窓際に向かった。

「何の本を読んでるの?」

「これだ」

「……『マイク・ダーレン自伝』?マイク・ダーレンって、確か」

「ダーレン寺開祖だ。武の真髄を振り返りたい時には、いつも読むようにしている」

「私も読んでいい?」

エリックは一瞬無言になった。断られるかと思ったけど、机に積まれている中から一冊の本を渡された。

「これなら理解しやすいだろう」

「あ……ありがと」

手渡された分厚い本には「放浪記」とある。どういうことだろう?

「開祖ダーレンが世界各地を回った時の旅行記だ。武人でなくても、暇つぶしにはなる」

マイク・ダーレン。300年前にロワールに武人たちの聖地「ダーレン寺」を開いた伝説の人物だ。
その人物像は謎に包まれている。こんな自伝があることなんて、初めて知った。

「開祖ダーレンって、どんな人だったのかしら」

「武人にして魔術師、哲学者にして冒険者だったらしいな。本来は皆伝を受けていないと読ませてはいけないが、この際いいだろう」

「え」

「まあ読めば薄々分かる」

羊皮紙に書かれた文字はかなり達筆だ。ただ、読みにくいというわけでもない。
文章自体も小説家が書いたかのように滑らかで美しい。情景が目に浮かぶかのようだ。

中身は当時の世界各地の情勢や風物、人々の営みを中心に書かれている。時折挟まる武術への考察が非常に面白い。
300年前も、世界はあまり今と変わらない。貧富の差や権力者の横暴、それでも生き抜こうとする庶民のしたたかさ。
そして、ダーレンという人は常に弱者の側に立っていた人だったらしい。

興味深く読んでいくと、ある所で手が止まった。


「……え?」

568 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/22(日) 14:20:16.19 ID:Y/Qr2n33O

私が目にしたのは、「サンタヴィラ滞在の項」という章だ。
かなり頻繁に訪れているらしく、馴染みの宿に泊まった辺りの情景からその章は始まっていた。
そして、彼がここに来た目的。それは……

「気が付いたか」

エリックが私を見た。

「……うん。開祖ダーレンって、遺跡の探索も行ってたのね」

そう、彼が訪れていたのは「ガルデア遺跡」。魔王ケインが、正気だった時に調査を行っていたという遺跡だ。

「そうだ。そして、そこから先数ページが破られている」

「……!!本当だ……」

「ああ。何か、誰かにとって不都合なことが書かれていたのだろうな。『放浪記』には破られたページが幾つかあるが、中でもこの項が一番多い」

「何でだろう……まさか」

エリックが頷いた。

「父上の件と関連があるのかもしれないな。これが世に出回っていないのも、あるいはそういうことなのだろう」

誰が一体ページを破ったのだろう?あるいは、「サンタヴィラの惨劇」の真相を知る人物が、ダーレン寺にいるのだろうか?
569 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/22(日) 14:21:11.30 ID:Y/Qr2n33O


もやもやした気持ちを抱えていると、玄関の方から声が聞こえた。

「今帰ったよ」

「お帰りなさい!どうでした」

居間に現れたデボラさんとシェイド君は、どこかすっきりしない表情だ。

「いい話と悪い話がある。いい話は統治府に潜り込めるめどが一応立ったということ。悪い話は、オーバーバックに襲われたってことだね」

「何っ!!?」

エリックが立ち上がった。シェイド君が険しい表情になる。

「エリックの言う通りだったにゃ。あいつはボクらの手に負えないにゃ。しかも、どうやってるか知らないけど、ボクらがどこにいるかを把握できてるみたいだったにゃ」

「……よく無事だったな」

「それはボクも驚いてるにゃ。帰りにもう一度襲われるかもとは思ってたけど、その気配すらなかったにゃ。
『何もしなければ見逃してやる』という言葉がどこまで本当かは知らないけど」

エリックが腕を組んだ。

「どういうことだ?」

「『契約』、とか言ってたね。あたしらを殺すことは、それに含まれてないと。
あくまでメディアを守ることだけが目的みたいだった」

「契約……相手はアヴァロンだな。そこまでして『万病の薬』とやらが欲しいのか?」

「さあね。ただ、恐らくはオーバーバックは、アヴァロンの警護までは任されてない。
あんたはアヴァロンを狙ってるんだろう?メディアにさえ手を出さなければ、多分上手く行く」

カルロス君の顔色が変わる。

「ちょ……ちょっと待てよ!!?じゃあ何か?メディアは見捨てるのか??」

「……オーバーバックをどうにかしなきゃいけないにゃ。デボラ姉さんにとってあいつは仇だけど……」

「仇?」

どういうことだろう?デボラさんの表情は沈んでいる。

「あいつは、母さんを殺したのは自分だと言った。多分、父さんも……。
ただ、相対して分かった。今のあたしやシェイドじゃ、そしてエリックでも、あいつは倒せない。本気で来られたら、多分……」

「……やはりか。メディア奪還は諦めて、アヴァロンの確保だけ考えた方が……」


「ふざけるなっっ!!!」


カルロス君が叫ぶ。

570 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/22(日) 14:21:40.12 ID:Y/Qr2n33O

「体よく利用しておいてそれか!!?俺にとって、彼女が戻らなかったら何の意味もないっっ!!
所詮貴様は魔王ケインの息子だな、父さんを殺したのもどうせ報酬目当て……」

「……話は最後まで聞け」

「!?」

彼の喉元に短剣が突き付けられている。エリックが低い声で続けた。

「本来ならお前の女を救う義理はない。だが、受けた恩は無下にするなというのが父上の教えでな。
ここを使わせてもらっているだけでも借りはある」

シャキン、と短剣が鞘に納められる。

「理性的に考えたら、お前の女を無視した方がずっと安全だ。だが、俺の信念上そうも言ってられない。お前もそうだろう、デボラ?」

「まあね。そんなことしたら、父さんや母さん、そして旦那に憑り殺されてしまうよ。
でも、オーバーバックをどうにかしないと、話は先に進まない。誰かいい案、あるかい?」

皆、口を閉じてしまった。エリックやデボラさんすらお手上げの相手だ。……正直、倒す方法なんて……


「倒す」方法?


いや、違う。倒す必要がないとしたら?
私とエリックの目的も、カルロス君の願いも、オーバーバックを倒さずとも実現はできる。
彼が手を引いてくれるために、必要なことは……


「契約」……ひょっとしたら!?


私は手を挙げた。


「一つ、考えがあるの」


571 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/22(日) 14:22:12.16 ID:Y/Qr2n33O
用語紹介

ダーレン流

マイク・ダーレンにより約300年前に始まった武術の一派。
己の肉体のみを武器としているが、魔法と組み合わせた攻撃も行う。
実践重視であり、ロワール公国軍は皆大なり小なりこれを修めている。
総本山はロワール北部のダーレン寺。「政武分離」を掲げるロワール公国だが、その影響力は極めて大きい。

武術として強力であるというだけでなく、その哲学含めて信奉者は多い。
北ガリア大陸各地にダーレン寺の分寺があり、ユングヴィ教団と並ぶ宗教勢力としても存在している。
その教えは内省的かつ禁欲的。他者救済に重きを置くのがユングヴィであれば、自己救済・自己研鑽を目的とするのがダーレンと言える。
この教義の違いのため、ロワールとイーリスの間ではしばしば宗教戦争が勃発している。
とはいえ、ここ20年は互いに魔族という共通の仮想敵を持っているため小康状態のようだ。

開祖マイク・ダーレンの人物像については謎が多く、数多くの伝説がまことしやかに流れている。
その多くは説話として残っているが、歴史的資料は極めて少ない。エリックが持っている「マイク・ダーレン自伝」は複製ではあるが、それでも超希少である。
これをエリックが持っている理由は現在のところ不明。ただ、エリックが数少ない「皆伝」の保持者であるのは間違いないようだ。
572 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/22(日) 14:26:01.53 ID:Y/Qr2n33O
今日はここまで。更新遅れ申し訳ありません。
マイク・ダーレンは「オルランドゥ大武術会」の同名人物とほぼ同じです。
ただ、彼が辿った人生まで同じとは限りませんが。

次回からロックモール編の本番です。
573 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/11/23(月) 02:16:46.83 ID:clGPlxwDO
574 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/25(水) 23:17:29.93 ID:dbHTZ14LO



第25-1話



575 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/25(水) 23:18:50.81 ID:dbHTZ14LO
「……これが、ボク、にゃ?」

下がスースーする。姿見の向こうには、薄手のワンピースに身を包んだ少女がいた。

「へえ」とデボラさんが感嘆したように言う。

「よく似合ってるじゃないか。プルミエールの助けがあるとはいえ」

「……複雑な気分にゃ」

「蜻蛉亭」の従業員の腕は、すこぶる良いらしい。何でも女主人のカサンドラさんが、化粧術に精通しているからなのだそうだ。
彼女の実年齢を聞いて少々驚いたけど、あの肉体とこの化粧があれば客は確かに取れるだろう。

「うふふ、誇っていいわよ?それだけ素材がいいということだもの。
正直、即うちで雇いたいくらい。そのつもりはなあい?」

「遠慮するにゃ」

「あらら、つれないわね。じゃあデボラ、この子を一晩預けてくれないかしら?とても愉しい夜になると思うのだけど。もちろん、その子にとっても」

「それも断るね。そこまで暇でもないんだ」

「む、残念ねえ。その子もまだ若いんだから、悦楽の真髄を味わうには早い方が良いと思うのだけど」

正直に言えば少し心が動かされたけど、それはおくびにも出さないでおいた。
実年齢を知らなかったら「お願いするにゃ」とか口走っていただろうけど、さすがにちょっと離れすぎている。彼女が老いにくいエルフでないのは、結構残念なことだ。

「それにしても、何で女装しなきゃいけないのにゃ」

「向こうの要求よ。そういうのが好きな殿方は、決して少なくないの。しかもこれほどの見た目麗しい子は本当に希少なのよ。つくづく残念。
彼をたまに貸してくれたら、ワイルダ組にさらなる便宜を図れるのだけど」

「まあ、それは今度別の形で報いてやるさ。時間は、10時からだったかい。聖職者も随分と朝からお盛んだねえ。
しかも原理主義のイーリス派だろう?アヴァロン大司教にバレたら、控えめに言って即破門だろうに」

カサンドラさんが肩をすくめた。

「側近だから彼の予定は把握しているのだそうよ?それで無理矢理時間を作って、女装させた御稚児趣味に走るのだから業が深いわ」

「禁欲主義のなれの果てということかい。まあ、お蔭でつけ込む隙ができるわけだけどねえ」

ボクは小さく頷いた。

「確認にゃ。まず統治府に潜り込んだら、客と接触。準備と称して部屋を抜け出し、爆弾を設置。
そして猫に化けて逃げる……これでいいにゃ?」

「ああ。前に話していたのと違うのは、あんたが『限界突破』を使ってメディアごと逃げること。
メディアが死んでは意味がないからね。あんたのあの力なら、多分いけるはずさ。
オーバーバックが来たら、あたしとエリック、プルミエールが引き受ける。そこに片が付き次第、アヴァロンに対応する……」

「そのためにはオーバーバックの射撃をどうするかにゃ。初撃を避け、奴と話ができる状況を作れれば……」

「勝機はあるね」

カサンドラさんが呆れたように首を横に振った。

「にしても、アヴァロン大司教に喧嘩を売るなんて、あなたも無謀ねえ。まあ、テルモンの支配下にはいるのはこちらとしても御免だけど。
税金、酷いらしいからねえ。あの暗愚なゲオルグ帝からナイトハルト伯に世が変われば……」

「言っても詮無きことさ。それに、あたしらの目的は世直しじゃない。
詳しくは言えないけど、正直ただの私情だよ。まあ、ベーレン侯の依頼もあるけどね」

「まあ、何だっていいわ。商売しやすくなる方を、私は選ぶ。だから協力した」

「そして失敗は許されない、ね。まあ承知しているさ」

デボラさんが不意に、ボクを軽く抱き寄せた。

「……頼んだよ」

「分かったにゃ」
576 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/25(水) 23:20:17.69 ID:dbHTZ14LO
#

統治府の中は、まるで豪奢な宮殿だった。宮殿なんて行ったこともないのだけど。
特権階級御用達の娼館や賭場を兼ねているというのも納得だ。ボクは2階の奥の部屋に通された。

「失礼しますに……ます」

思わず語尾が変わりそうになったのを、必死で直した。部屋の奥のベッドには、30前後の男性が座っている。

「おお……これは可憐な」

てっきり脂ぎった中年が出てくるかと思っていただけに、ちょっと拍子抜けした。身なりには清潔感のある、顔立ちの整った男だ。

「本日の伽を務めさせていただきます、シェイラと言います。よろしくお願いしますに……ます」

「ははは、緊張しているのかな。さあ、こっちへ」

男はボクを呼び寄せると、隣に座るよう促した。……いきなり押し倒されるようなら、然るべき対応を取らせてもらう。

「は、はあ」

「新人と聞いているからね。そこまで無茶はしないよ。それにしても、本当に可憐だ……。今までの男の娘の中でも、ちょっと図抜けている」

「お、お褒めに預かり光栄です。……確か、ユリウス様、ですか」

「ああ。今日はしっかり癒してくれたまえ。そうだな、まずは按摩でもしてもらおうか」

「え?」

「気苦労が絶えなくてね。15分ほどでいい。伽はその後で構わないさ」

変わった男だ。余程疲れているのだろうか。

「ではうつぶせになっていただければ。……どうかされたのですか?」

「ははは、まあね……厳しい上役を持つと、こうでもしないとやってられないのさ」

上役……ミカエル・アヴァロンか。

「厳しい、のですか」

肩を揉みながら訊く。

「ああ。……うん、実に具合がいい。本職が按摩だったりするのかな?」

「お戯れを」

御主人にいつも按摩を頼まれているせいだろう。こういう時に役立つとは思わなかったが。

ユリウスという男は、ふうと息を付いた。

「……猊下は全てにおいて正しい。しかし、正し過ぎる。それに外れた者は、決して許されないのさ」

「罰、ですか?」

「ならいいのだけどね。消えるんだよ。いずこへと」

……「グロンド」を使っているんだ。ボクの背筋に冷たいものが流れた。粛清か。

「消える、と」

「ああ。理由は不明、どうやっているかも分からない。でも、とにかく『消える』」

「今こうしているのも、危ないのでは?」

「大丈夫。猊下は3階にいらっしゃる。客人と話されているらしい。時間になるまで、猊下は決してその予定を曲げない。つかの間の自由、ということだよ」

客人?メディアは4階のはずだから、エストラーダ侯が3階にいるのか。しかし、彼を匿う理由はよく分からない。何を考えているのだろう?

「客人、ですか」

「ああ。どうにも猊下の御心はよく分からない。……腰の辺りも頼むよ」

ボクは腰に手を移した。

「御心?」

「ああ。モリブスの邪教徒を保護したのもそうだが、あの緑髪の少女だよ。破滅を招くなら、即殺せばいいものを」
577 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/25(水) 23:21:38.95 ID:dbHTZ14LO

……破滅??

「どういうことですか?」

「ああ、喋り過ぎたな。……まあ、私も詳しく知らないんだがね。何せ、150年ぶりのことだから」

150年……前に、「女神の樹の巫女」が現われた時に、何かあったのだろうか。

「その時に何があったのですか」

「ああ。伝説でしかないけどね、『女神の樹の巫女』の子供が、人を食い始めたんだそうだ。
で、手に負えなくなったんで当時の大司教が封印したとか聞いてる。……ああ、この話は内密にしてくれよ。私も消されてしまうから」


……!!!


体温が一気に下がった気がした。……そういうことか。

このユリウスという男の言葉に、どれほどの真実味があるかは知らない。しかし、メディアの言葉にやっと合点が行った。


もしそれが本当なら、彼女とカルロスは……絶対に結ばれてはいけない。


しかし、もう一つの疑問は残る。ユリウスは、それについては多分答えを知らない。


それは、「なぜすぐにメディアを殺さなかったのか」という問いだ。彼女の体液から取れる薬ができるまで、待っているとでもいうのか。

今すぐ動いた方がいい、とボクの本能が告げた。できるだけ早く、メディアに会わないと。

「……ちょっと、小用を足してもいいですか」

「ん?構わないよ。戻ったら、伽としようか」

好色な目で、ユリウスがボクを見る。そっと重ねられた手を振りほどこうとする誘惑に、ボクは何とか耐えた。
もう、彼に会うことはないだろう。多分。


部屋をそっと出る。その刹那、禍々しい気配を上から感じた。……何だこれは??

578 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/25(水) 23:22:44.56 ID:dbHTZ14LO


オーバーバック?いや、あいつとは違う。この気配は……魔物にむしろ近い。


ボクは周囲を見渡し、まず化粧室に入った。爆弾を置くと、猫に姿を変えその窓の隙間から外に出る。
気配がしたのは、東側の方だ。こちらは西側だから、ちょうど逆。見に行きたいという欲求はあったけど、本能がそれを押し留めた。
それに構わず、4階のバルコニーへと駆け上がる。


果たして、そこにはメディアがいた。
その手には、前に来た時にはなかった緑色の大きな宝石が握られている。


カリカリと窓をひっかく。彼女がわずかな驚きとともに、ボクを迎え入れた。

「……あなたは」

「君を迎えに来たにゃ、カルロスが待ってるにゃ」

「……!!カルロスが……」

「ここはもうすぐ火事になるにゃ。その前に逃げるにゃ」

「……私は、ここで死ぬべき定め。ここに残るわ」

ボクの中に、迷いが生じた。ユリウスの言っていたことが本当なら、世界にとって彼女は確かに生きてはいけない存在なのかもしれない。
ただ、子をなさなければ大丈夫だとすれば……

「それは本心かにゃ?」

「……」

禍々しい気配は、さらに強まっている。これ以上ここに残るのは危険だと、獣としての本能が訴えかけていた。

「もしここで死にたいならそれはそれでいいにゃ。でも、君が少しでも生きたいと願うなら、ボクと一緒に逃げるにゃ」

ボクは宙返りをして、再びヒトの姿に戻った。幻影魔法の効果は切れているけど、この際それはどうでもいい。


ゾグンッ


下から、誰か来る気配がする。1人……いや2人??

579 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/25(水) 23:23:16.00 ID:dbHTZ14LO


ボクはメディアに手を差し伸べる。


「いいから来るか、来ないか、どっちなんにゃっ!!!」


メディアが逡巡する。小刻みに震えた手が、少しだけ前に出た。
ボクはそれを掴み、魔力を溜める。


ドアがノックされるのと、魔力が十分練られるのと、ほぼ同時だった。


「限界突破(リミットブレイク)!!!!」


彼女を抱いて、ボクは窓を破る。それが合図となって、館から轟音が響いた。

580 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/25(水) 23:23:47.16 ID:dbHTZ14LO
キャラクター紹介

ユリウス・ストロートマン(31)

男性。ユングヴィ教団イーリス聖教会の司教。
名門の子として生まれ、修道院でエリート教育を受ける。優秀ではあるが、過度に禁欲的な生活の反動から性的嗜好が歪んでいる。
もっとも、これ自体はユングヴィ原理主義派には少なからずあることであり、同性愛趣味は過度でなければ問題ないというのが一般的であった。

問題は、ユリウス・アヴァロンはそれすら禁忌として厳に禁じたこと。
禁忌を破った教徒は幹部であろうと文字通り「消されて」おり、一種の恐怖政治に近い状態となっている。
このため、異性愛だけでなく同性愛も地下に潜った状態でなければ行えない状況となっている。
ユリウスはその優秀さからアヴァロンからある程度の行動の自由を得ており、時折男娼を買うことでその欲求を満たしていた。
とはいえ、締め付けの強化から直近の禁欲期間は数カ月にも及んでおり、それが彼をして統治府内での買春という相当にリスキーな行為に走らせたといえるだろう。

本人は極めて紳士的であり温厚。外見の良さもあり、男女問わず好意を持たれやすい人物。
恋愛経験は年下の修道僧相手に何度かあったが、締め付けの強化に伴い別れている。
581 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/25(水) 23:24:41.81 ID:dbHTZ14LO
失礼しました。上の記事でユリウス・アヴァロンとあるのは「ミカエル・アヴァロン」の間違いです。
582 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/25(水) 23:26:19.90 ID:dbHTZ14LO



第25-2話



583 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/25(水) 23:26:49.42 ID:dbHTZ14LO


統治府から誰かが飛び出したのが見えた。シェイド君だ。


それを確認し、デボラさんが目を閉じ集中する。やがて、統治府から爆音が聞こえた。
被害を小さく留めるために、威力は小さめに抑えたという。ここまでは計画通りだ。


「ここまで、シェイド君たちが来れるでしょうか」

「……さあね。だけど、そうしてくれないと話にもならない」

シェイド君とメディアさんと思われる影は、屋根から屋根へと猫の……いや、豹のように飛び移っていく。凄まじい迅さだ。
まだ、オーバーバックと思われる人影は見えない。私たちがいるこの路地まで、距離はもう50メドもない。大丈夫、行けるはずだ。

様子を見ようと路地を出た刹那。


ドグン


……重く、気味の悪い気配を向こうから感じた。そこには……深紅の銃を担いだ、黒と緑の男。

584 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/25(水) 23:27:37.42 ID:dbHTZ14LO


彼が、私を見て嗤った。


「やはりなぁ……雁首並べて、一網打尽だぁ」


銃がシェイド君に向けて構えられる。……まずいっっ!!!


「加速(アクセラレーション)5!!!」


オーバーバックに向けて駆け出す黒い影が見えた。こういう時のために潜んでいた、エリックだ。


「おぉ」


オーバーバックはすかさず標的を変える。白い閃光が、エリックの至近距離で放たれた!


ヴォン


「嘘っ!!?」


思わず叫んだ。銃から放たれた閃光は、向こうの家の壁を粉々に砕いた。……何という威力。
いや、驚くべきはそこじゃない。あの至近距離で、弾丸を避けたエリックがおかしい。「加速」をかけているからといって、あんなことが常人で可能なの?

「はっ!!いいねぇっ!!」

エリックの拳を、オーバーバックは銃身で受ける。エリックは思わず後方に退いた。

「くっ……」

「いやぁ、愉しいねぇ……もう少し熟れてからの方が食べ頃だがぁ……」

「……止まりなさい」

私は、震える手でアリス教授から貰った「魔導銃」をオーバーバックに向けた。彼が呆れたように笑う。

「おいおい姉ちゃん、そんなへっぴり腰じゃ俺は撃てねぇぜぇ……」

「やってみないと、分からないわ」

シェイド君たちが路地に辿り着く。「ここは任せたよ」と、デボラさんが息が上がっているシェイド君を引っ張った。

「……随分、悠長なんだな」

睨み付けるエリックに、オーバーバックが銃口を向ける。私への警戒が解かれてないのは、すぐに分かった。

「そりゃなぁ。そこから逃げるのは、転移魔法でも使わないと無理だぁ……お前らを片付けてからでも、十分間に合うぅ……」

悔しいけど、オーバーバックの言う通りだった。「転移の玉」は稀少品で、アリス教授をもってしても簡単には作れないとのことだった。
「あなたたちにも持たせられればよかったのだけど」と、心底申し訳なさそうにしていたのが目に浮かぶ。

ただ、もし使っていたらオーバーバックはすぐに私たちを殺し、デボラさんたちを追っただろう。
彼は、私たちがどこにいるのかを把握できる。それが本当なら、逃げを打つ意味はない。


私は呼吸を整えた。……大丈夫、分かってたことだ。

585 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/25(水) 23:28:04.77 ID:dbHTZ14LO


「オーバーバックさん。……提案があるの」

「んん?命乞いかぁ??」

クックックと、オーバーバックが笑う。


「……私たちと契約を結ばない?」


586 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/25(水) 23:28:36.88 ID:dbHTZ14LO


「ほぅ??」


これは、賭けだった。正攻法で行っても、オーバーバックを倒せる見込みは多分ない。
私は彼に会ったことがなかったけど、エリックやシェイド君の口振りからこの男の危険性は何となく分かった。
そして、逃げても無駄だ。その上でアヴァロン大司教を捕らえ、かつメディアさんを救うなら……これしかない。

オーバーバックが、契約という言葉を使っていたのが肝要だった。この男の行動原理は、契約だ。まるで傭兵のように動くなら、雇い主を私たちに変えればいい。

問題は、対価だ。金なら、エリックが持つ宝石がある。どれほどの価値があるのか正確には分からないけど、少なくとも1000万ギラ以上はあるはずだ。
それ以外のものを……例えば、私の貞操を求められたら?分からない。ただ、穏やかに済む対価を私は願っていた。

もう一度呼吸を整え、私は口を開く。

「……あなたが、メディアさんを守るという契約を結んでいるのは知ってる。だから、それに上書きする形でこちらも契約を結ぶわ。
……『私たちに危害を加えない』という契約を」

オーバーバックの口の端が上がった。

「対価は何だぁ?俺は金じゃ動かねぇ……女も、名誉も要らねぇ」

「……!?じゃあ、何を対価にあなたはアヴァロン大司教と」

「お前らにそれが払えるとは思えねぇ……」


ズォンッッ!!!


オーバーバックのマナが、一気に膨れ上がった!まずいっ!!……私の賭けは、失敗に終わったんだ。

私は魔導銃を握り直す。こうなったら、できるだけ足掻くしか、ない。エリックの表情の険しさが増した。


ごめんなさい、教授。エリザベート。
そして……ごめんなさい。エリック。


587 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/25(水) 23:29:03.52 ID:dbHTZ14LO


覚悟を決めた瞬間、オーバーバックのマナが萎んだ。……どういうことだろう?


「いや、待てよぉ?……お前が、プルミエール・レミューかぁ?」

「……え、ええ。だとしたら?」

オーバーバックの顔から、初めてあの気味が悪い笑みが消えた。

「……なるほどなぁ……あるいは、お前らに乗る方が正解かぁ?」

「何を、言ってるの」

口の中が乾く。再び、オーバーバックがニヤリと笑った。


「俺の記憶を調べろぉ……今すぐでなくていぃ……」


588 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/25(水) 23:29:34.49 ID:dbHTZ14LO

「え?」

思いもかけない言葉に、私は固まった。エリックが、掠れた声で訊く。

「……どういうことだ」

「俺には記憶がねぇ……15年前からの記憶が、一切だぁ。
だから、俺はそれを取り戻すために、アヴァロンたちと契約を結んだぁ……
だが、その女なら確実に俺の『記憶』を取り戻せるはずだぁ。それが、1つ目の対価だぁ」

「……まだ対価が?」

「この場でお前らを見逃し、債務不履行になるのを上回るには、それなりの対価が要るぅ……
お前らが、もっと強くなったら、俺と戦えぇ……期限は、俺と次に会う時だぁ」

エリックが、私を見た。これは、その場しのぎに過ぎない。そう訴えていると、すぐに察した。

ただ、1つ目の対価は不可能じゃない。今の私が「追憶」で遡れるのは10年前までだけど、もう少し頑張れば15年前の記憶は分かりそうだ。
問題は、2つ目の対価。要は、「オーバーバックに殺されろ」ということだ。しかも、次にいつ会うかなんて、分かったものじゃない。


私は、目をつぶった。……ここが、正念場だ。


589 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/25(水) 23:30:07.22 ID:dbHTZ14LO

「……いいわ。でも、条件がある」

「条件ん?」

「ええ。今の私じゃ、15年前にあなたに何があったかは分からない。だから、時間をちょうだい。……そう……1ヶ月ぐらい」

「1ヶ月ぅ?」

私は頷いた。このまま行けば、サンタヴィラまで大体そのぐらいで着く。どちらにせよ、それまでには20年前まで「思い出せる」ようになっていなければならないのだ。

オーバーバックは渋い顔になった。

「……3週間だぁ。そこまで待てねぇ……」

思わず唾を飲み込んだ。

「……いいわ」

「プルミエールッッ!!?」

エリックが叫ぶ。オーバーバックの笑みが深くなった。

「いいぜぇ……!!契約、成立だぁ……」

向こうから、人々の叫び声が聞こえる。統治府から、人が逃げ出しているのだろう。その中に、アヴァロン大司教もいるはずだ。

オーバーバックが、パチンと指を鳴らす。しばらくして、彼の後ろに黒い空間の歪みができた。……転移魔法?

「俺はしばらく消えるがぁ、せっかくだから一つ情報をくれてやるぅ……
俺をやり過ごしたからといって、安心しないことだぁ。『怪物』が、まだ残ってるぜぇ……」

「何っ!!?」

「クックック……俺とやるまで、死んでくれるなよぉ。そして、殺しがいのある獲物になれぇ……」

そう言い残し、オーバーバックは消えた。


それとほぼ同時に……禍々しい気配を、私は感じた。今まで感じたことのないような、おぞましい気配を。

590 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/25(水) 23:30:37.78 ID:dbHTZ14LO


「誰かぁっっ!!!娘が、娘がぁっっ!!!」


「逃げろぉっっ!!!喰われ……があああっっっ!!!」


悲鳴が、ハッキリと聞き取れるほどに大きくなった。……何かが、近付いてきている!!?


「……逃げる、にゃ」

シェイド君が、路地から出てきた。

「え?」

「何かは分からないにゃ……でも、とにかく逃げるにゃっっ!!!」

エリックが、シェイド君の言葉を無視して叫び声がする方に駆け出す。

「エリックッ!!」

「お前らは先に逃げろ!!」

「そんなことを……」

遥か向こうに、2人の人影が見えた。遠くて顔までは見えない。

しかし……そのうちの1人からは、無数の細長い……触手か枝のようなものが生えているのが分かった。
それが次々と人々を捕まえている。……何なの、あれは??

591 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/25(水) 23:31:07.49 ID:dbHTZ14LO


「……何てことを」


緑髪の少女が、強ばった表情で呟いた。

「何なんだいあれはっっ!!?」

デボラさんの叫びに、彼女は弱々しく首を振る。

「……多分、あれは……私の前に来ていた客人。私の血で……人にあらざる者に変わってしまった」

「……え」

私は向こうを振り返る。……そんな、馬鹿な。



あれが、エストラーダ候だと言うの??


592 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/25(水) 23:32:01.89 ID:dbHTZ14LO
キャラクター紹介

カサンドラ・アーヴィング(49)

女性。高級娼館「蜻蛉亭」主人。普段は茶色の髪を上にまとめている。
50近いが、その肉体と技巧、そして卓越したメイクで未だに客を取っている。目尻に皺はあるものの、30半ばでも十分通用する程度には若々しい。
すっぴんでもかなり美しいが、それを他人に見せることはまずない。
年少の、できれば10代の客を好んで取る傾向にある。いわゆるショタコンであり、現役を続けているのは実益も兼ねている。

娼館の主人としては優秀で、目利きには定評がある。また、やむにやまれぬ事情から娼婦や男娼に落ちた者には手厚い保護を与えている。
実はモリブス出身ではなくテルモン出身。ただ、反皇室側の人間でありモリブスのワイルダ組(引いてはベーレン家)との関係が深い。
テルモン皇室からの刺客をデボラが撃退したことで、その関係性はさらに強まった。

なお、年齢上後継者を探しているがなかなか見当たらない様子。
593 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/25(水) 23:32:44.20 ID:dbHTZ14LO
今日はここまで。カサンドラは再登場の機会があるかもしれません。
594 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/11/26(木) 12:14:06.58 ID:XT5o9q4DO
乙です
595 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/11/27(金) 00:24:53.98 ID:qrUUkpVDO
596 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/30(月) 22:01:14.16 ID:KnL3hUx3O



第25-3話



597 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/30(月) 22:02:33.37 ID:KnL3hUx3O


「エストラーダ候……」


プルミエールが呟く。あれが、か?


2人の男まで、まだ50メドほどある。ただ、どちらがエストラーダかは大体分かった。
法服に身を包んでいるのがアヴァロンだろう。とすると、もう片方……ボロボロの服で、背中から枝か何かを生やしているのが、エストラーダか。

俺は彼には会ったことがない。ただ、保守派ではあるものの比較的マトモな男とは聞いている。今の、まるで怪物じみた人物とは、全く重なりあわない。


ビシュウッッッ!!!


遥か向こうから、枝が投げ槍のように飛んできた!?それはプルミエールに向かっていく。……まずいっ!!


ザンッ


「え」

「言ったはずだ、早くしろっっ!!ここは俺が何とかするっっ!!」

追撃のように向かってくる「枝の触手」を、俺は短剣で叩ききる。

「……分かった」

一瞬躊躇した後、プルミエールが頷く。去り際、「死ぬんじゃないよ」とデボラが言い残した。

もちろん、死ぬつもりはない。俺が逃げるだけなら、多分「加速」を使えば容易いことだ。
ただ、ここで足止めしないと、身体能力は普通の女に過ぎないプルミエールは危うい。まして、あのメディアという女が戦えるとも思えない。俺が時間を稼ぐだけ稼がないと……!

遥か向こう、アヴァロンが不機嫌そうに顔を歪めたように見えた。エストラーダは無差別に「枝の触手」を伸ばし、逃げ惑う人々を絡め取っている。
そして、絡め取られた人々は……


「がああああっっっっ………」


10メドほど先で、枝に捕まった男がみるみるうちに萎んでいく。よく見ると、あちらこちらに皮と骨だけになった死体が散乱していた。

「チッ」

捕まったら死ぬ、ということか。それにしても、これは……惨い。惨すぎる。


俺の腹の中から、灼熱の何かが込み上げてきた。


「アヴァロォォォンッッ!!!!」


叫びと同時に触手が5本飛んできた。俺は「2倍速」を発動し、それを交わす。服が、僅かに破けた。……2倍じゃ足りないか!?


「加速(アクセラレーション)5!!!」


俺は5倍速に切り替えた。前は精々数秒しか持続できなかったが……今なら、30秒は持続できる!!


10本以上の触手が、一気に俺に襲い掛かる。1本の動きは「遅い」。しかし、数があまりに多い。
剣を振るい枝を叩き斬りながら、俺はジグザグに動いて一気に距離を詰める。


残り40メド……30……20……10…………!!!


アヴァロンの顔が、ハッキリ見えた。その顔は驚きで見開かれている。……獲れる!!
598 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/30(月) 22:03:31.38 ID:KnL3hUx3O
刹那、俺の視界が塞がれた。エストラーダが背中から生えていた枝を束ね、丸太のようにして俺に打ち付けてきたと知ったのは、その寸前だった。


「ぐおっっ!!!」


俺は大きくしゃがんだ。頭の上を、巨大な何かが通りすぎる。
そして、俺は短剣を構えて距離を取った。「加速」は一度解除している。


「驚きましたね。今のを避けるとは」


遥か向こうで、ガラガラガラと建物が壊れるのが見えた。さっきのヤツが当たったのか。

「アヴァロン……なぜこんなことをしているッッ!!!」

「貴方も含め、神の教えに反する者の『救済』ですよ……それより、オーバーバックさんはどうしました」

アヴァロンの額には皴が寄っている。怒りを必死で押し殺しているかのようだ。
エストラーダが再び触手を動かそうとしているのを、奴が手で制した。

「生憎だったな。奴は寝返った」

「……!!?馬鹿なっ!!!」

「信じるか信じまいが、お前の勝手だ。少なくとも、ここからは手を引いた。あとは、お前らだけだ」

アヴァロンの顔が紅潮した。

「……だからあの男を引き入れるのに、私は反対したのです……とにかく、貴方にはここで『消えて』頂きます」

アヴァロンの手が振り下ろされた。それを合図に、エストラーダが触手とともに俺に襲い掛かる!!


ビュンッッ!!!ビヒヒュンッッ!!!!


高速の鞭打が、風切り音を上げる。「5倍速」を発動しつつ、俺はそれを何とか交わす。
速度はさほどでもない。しかし、やはり問題は手数だ。そして、5倍速を解いた瞬間に……恐らく、俺は捉えられる。

アヴァロンが杖……恐らく「グロンド」を構えたのが視界のの隅に見えた。魔法の効果範囲は分からないが、あれに巻き込まれたら終わりだっ!!!

逃げる余力を考えると……「音速剣」を使えるのは、実質1回。今撃つべきか?それとも……


ビシイッッ


「グアッッ!!?」


触手のうちの1本が、かすかに俺の手首に当たった。短剣が、カランと地面に転がる。


ニヤリ、とアヴァロンが笑ったように見えた。……舐めるなっっ!!!
599 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/30(月) 22:04:02.71 ID:KnL3hUx3O


「加速(アクセラレーション)7、『乱』!!!!」


音速手前まで抑えた速度で、俺は間合いを詰めた。アヴァロンを庇うようにエストラーダが立ち塞がり、「枝の触手」を束ねた盾を作る。しかし、この程度!!!


ドグォォォ!!!


拳に鈍い手応え。それと同時に、「盾」は木っ端微塵に吹き飛んだ。
アヴァロンまでは、もう残り3メドもない。この「速度」で奴が対応できるはずもない!!!

600 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/30(月) 22:04:46.38 ID:KnL3hUx3O


カッッ


黄色い光が、一瞬放たれる。
その直後……奴とエストラーダの姿が、消えた!?


「……驚きましたよ」


視界の向こう、20メドほど先に、奴らはいた。転移魔法?こんな一瞬で??
……いや、違う。魔法じゃない。奴は、「グロンド」の力を自分に向けた。それで、緊急回避したわけか!?

アヴァロンは、実に忌々し気な目で俺を見た。

「ただ単に『速く動ける』魔法じゃないですね?もしそうなら、エストラーダの攻撃をほとんど見切っているのはおかしい」

「……詐欺師や奇術師が種を明かすと思うか」

「ごもっとも」

「エストラーダに何をした」

エストラーダは、人形のようにアヴァロンの前に立っている。理性がないのは明白だ。

「先ほどの台詞、そっくりお返ししますよ」

テルモン兵が集まってきた。……攻めるべきか、退くべきか。

左足に体重を乗せる。……「閃」は使えない。
多分2人を殺せるだろうが、周辺への被害は大きい。何より、逃げるだけの体力もなくなる。
「音速剣」の射程でもない。とすれば、もう一度「5倍速」で近づくしかない、か。

行くことを決断した時、アヴァロンが腕時計を一瞥した。そして、「グロンド」が再び光る。

「……まだ、『調整』が不十分なようですね。それに、オーバーバックさんの裏切りで予定が狂いました。もう、退く時間です。
……必ず、貴方を殺し、彼女を取り戻します。予定は、全て忠実に遂行されねばならない」

調整?そう思う間もなく、2人は光の中へ消えた。
601 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/30(月) 22:05:13.66 ID:KnL3hUx3O
「何をしているっっ!!」

テルモン兵が俺に詰め寄ってくる。俺は「5倍速」を使い、その場から一気に離れた。

「え!?」

「消えた!!?」

風景が風のように流れる。プルミエールたちは、多分カルロスの家へと向かったはずだ。

俺の中には、アヴァロンたちを取り逃がした屈辱より、アヴァロンが退いたことへの疑問が渦巻いていた。

確かに、あのままやっていたらどちらが勝っていたかは分からない。
いや、俺の余力からすれば、長期戦に持ち込めば恐らく奴らが勝っていたはずだ。だから、俺は短期決戦を挑もうとした。
なのに、アヴァロンは退いた。……エストラーダは、完全な状態ではない?

まだ疑問はある。アヴァロンが、無軌道な殺戮に動いた意味だ。

原理主義派の中でも、過激派は世俗主義派を邪教徒だとみなしているのは知っている。そして、原理主義派にとってロックモールという街はそれ自体が禁忌の塊だ。
だからと言って、罪なき人々を殺す意味は何だ?あるいは、そこまでアヴァロンは狂っているのか?


とりあえず、幾許かの時間はできた。あのメディアという女が、その答えを持っているとすれば……一度、ちゃんと問いたださねばならない。

602 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/30(月) 22:05:49.60 ID:KnL3hUx3O
技紹介

「乱」

エリックの魔法「加速(アクセラレーション)」の7倍速。音速手前まで速度を落とすことで、周辺に被害を与える衝撃波の発生なしに行動することができる。
ただ、非常に繊細な調整が必要なため、修行前では使いこなせていなかった。
音速手前まで加速されることで、打撃の威力も相当程度高まっている。これを「乱打」することで、相手を圧殺するのが本来の骨子である。
なお、本編では一瞬のうちに10発ほどを「盾」に打ち込んでいる。現状での持続時間は10秒程度。
603 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/30(月) 22:06:39.85 ID:KnL3hUx3O



第25-4話



604 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/30(月) 22:07:07.24 ID:KnL3hUx3O

「メディアっ!!!」

カルロスの別荘に着くや否や、彼はメディアの方に駆け寄った。そして、感極まったように彼女を胸に抱く。

「……良かった……本当に……!!」

「……ごめんなさい。私、言っていないことが……言えなかったことが、たくさんある」

「いいんだ……君が戻ってきただけでも、俺は……」

カルロスが涙をゴシゴシと拭いて、あたしを見た。

「……心底恩に着る。あんたは親父の仇だけど……もう、いい」

「……問題は、これからだと思うけどねえ」

逃げ去り際にちらっと見えた、あの惨劇。エストラーダ侯に、一体何があったのだろう?
あんなことになった以上……もう、ただじゃ済まない。既にベーレン侯の元には、軍の派遣を要請する早馬が飛んでいるはずだ。

そして、それにこのメディアという女は、恐らく深く関わっている。これで「めでたしめでたし」となることは、まず考えられない。

「まず、エリックを待つにゃ。あいつなら、少なくとも逃げ切れると思うけど……」

シェイドの言う通りだ。あいつの「加速」は恐ろしく汎用性が高い。どういう原理かは分からないけど、認識速度まで加速されているようだった。だから、防御に徹すればそう簡単にはやられない。
1年前にカルロスの父親を討った時、「回転銃」の銃弾の雨を容易く潜り抜けていったのを思い出す。

「あ」

プルミエールが街の中心部の方を見た。エリックが、息を切らしながらこちらに走ってくる。

「エリック!!」

着くや否や、エリックは力尽きたように崩れ落ちた。それをプルミエールが抱きかかえる。

「……大丈夫、だ。魔力を、使いすぎた、だけだ」

「アヴァロン大司教と、エストラーダ侯は」

「……逃げた。まず、少し、休ませてくれ……色々、話したい、ことがある」

メディアが視線を落とした。感情が薄い子だと思っていたが、その行動からは幾許かの後悔のようなものが見えた。


……さて、鬼が出るか蛇が出るか。


605 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/30(月) 22:07:51.35 ID:KnL3hUx3O
#

「さあて、色々聞きたいことはあるんだけど……まずはあんたが本当は何者か、だねえ」

メディアの表情は乏しいけど、僅かに沈んでいるようにも見える。
カルロスが、彼女の右手に自分の手を重ねた。

「……メディア、俺は大丈夫だから」

微かに彼女が頷く。

「まず確認にゃ。君は、『女神の樹の巫女』。それで合っているにゃ?」

「……それが本当は何者なのか、あなたは知っているの」

「……あ、言われてみればにゃ。古い歴史書の、断片的な記述でしかボクも知らないにゃ……」

「でしょうね。都合の悪い箇所はユングヴィ教団が徹底して消したから」

「……解せんな。なぜユングヴィの連中が絡んでくる?」

体力回復の薬湯を飲みながら、エリックが訝し気にメディアを見る。

「ユングヴィが絡む理由は多分分かるにゃ、ボクを呼んだユリウスって男から聞いたにゃ。
150年前に、『女神の樹の巫女』の子供がユングヴィ教団の幹部まで登り詰めたって話はしたにゃ?その子供が、大量殺戮を行ったらしいのにゃ。
ただ、何がどうなってそんなことになったかは知らないにゃ。君は何か知ってるにゃ?」

「……ええ。それには、私の正体を言わなければいけない」

「正体?」

チラリ、とメディアがカルロスの方を見た。

「俺は大丈夫、覚悟はできてる」

「……ありがとう。まず、私は人間じゃない。あの、『女神の樹』の一部」

「……『一部』?」

「ええ。私……『女神の樹』は、繁殖する相手を持たないわ。同族に雄体はいないし、受粉もできない。
ただただ長い間、孤独に生きるより他ない生命。ただ、それでも本能が、子を残そうとすることはある。
そういう時に私が生まれるの。『雌蕊』として」

「『めしべ』?何だそれは」

ポンとシェイドが手を叩いた。

「学術書にあったにゃ。植物は、雌蕊に花粉を受粉することで繁殖するにゃ。……ああ、つまり」


「ええ。私は、ヒトの精を受けるための器。そして、子を為したら消える運命」


606 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/30(月) 22:09:18.48 ID:KnL3hUx3O

「……!!そんなっっ!!?」

ガタン、とカルロスが立ち上がった。

「……ああ、そういうことかい。あんたがこいつに抱かれなかった理由は」

こいつはこいつなりに、カルロスを愛しているのだろう。だからこそ、永遠の別れに繋がる行為を避けていたわけか。

「……それもある。でも、あと2つ理由がある」

「2つ?」

「ええ。まず、私の体液は強力な薬になる。原液を直接飲めば、人外の力を得られるほどに。
そして、続けて飲み続ければ……人の姿を失い、『雌蕊』を守るための騎士となるわ」

「……まさかっ!!?」

プルミエールが顔面蒼白になった。メディアが顔を伏せる。

「……ええ。あなたたちが見た、あの男性。彼は、私の血を飲んでしまったのだと思う」

「血?」

「あのアヴァロンという司教に囚われ、私はまず指を切られたわ。そして、血を採取された。
150年前にあったことは、ユングヴィの中では語り継がれていたみたい。前の『私』の伴侶が、私の死後に怪物と化したことを含め」


ドンッ


激しい音がした。エリックが、薬湯の入った陶器を机に叩きつけたのだ。

「外道がっ……!!アヴァロンは、初めからそのつもりでエストラーダを生かしておいたわけか!!
奴は血を得るために、お前を捕らえた。違うか」
607 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/30(月) 22:10:09.76 ID:KnL3hUx3O
そういうことか。……確かに、反吐が出る。
アヴァロン大司教の人となりは、薄っすらではあるけど聞いていた。


教義に忠実で温厚篤実、弱者に手を差し伸べる聖人。
……ただし、敬虔な信徒相手に限る。


モリブスの世俗派を、奴は獣より下の存在としか見ていない。
そんな奴が、モリブスの世俗派の長であるネリドと一緒にエストラーダ邸を訪れていたという時点で何かを察するべきだった……!

メディアが、軽く首を振る。

「それはあると思う。でも、それだけじゃない」

「もう一つの理由……子供が、大量殺戮を行ったという話にゃ?」

シェイドに、小さく彼女が頷いた。

「150年前、何が起きたかという記憶は『本体』を通して知っているわ。そして、『本体』は当時の『娘』と精神的に繋がっていた。
何が起きたかは、詳しくは分からない。でも、『女神の樹』はヒトから樹の姿に変わる時に、多量の生命を必要とするわ。多分、その時に……」

「生命としての本能、というわけにゃ。……そして、アヴァロンはその可能性を摘もうとしたわけにゃ」

「ええ。あの人は、邪悪ではない。少なくとも、本人は正しいことをしているとしか思っていない。
そして、世界のことだけ考えるなら、それは正しい。私は……子を為してはならぬ運命(さだめ)」


「ふざけるなっ!!!」


カルロスが立ち上がった。
608 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/30(月) 22:10:49.85 ID:KnL3hUx3O

「君はどう考えているんだ!!世界のことなんて、そして今後のことなんてどうでもいいっ!!
君の、本当の気持ちを知りたいんだよ!!」

メディアが言葉に窮した。会ってから僅かの時間しか経ってないけど、この娘は無感情じゃない。少しだけど、感情はちゃんとある。

長い沈黙の後、彼女の目から涙が一筋流れた。

「……分からない。これが『本体』の本能なのか、それとも私の感情なのか。
でも……許されるなら……私は、カルロスともっと一緒にいたい。でも、そんなこと……できるはずもない」

「メディアっ……!!」

カルロスが、彼女を胸に抱いた。

……若さだねえ。ただ、感情だけではどうしようもないことは、ある。

「じゃああんたはどうすればいいと思うんだい?清い関係を一生続けたまま、遠くに逃げるのかい?」

「……いや、アヴァロン大司教は討つ。……話はそれからだ。とにかく俺にも、何か手伝えないか??」

「……あんたは、その子の側にいてやんな。それがその子のためにもなるはずさ」

カルロスは、前線には出せない。アヴァロンたちをここで迎え撃つことになるだろうけど、迂闊に彼を晒せばまず狙われるだろう。
それに、彼女の精神を安定させる要因にもなる。多分、これが最適だろうね。


ところが……シェイドが納得していないように首を捻った。


「……どうしたんだい?」

「いや、あまり良くない予感がするにゃ。根拠はないにゃ、ただ……」

「ただ、何だい?」

「誰かもう一人、2人についているべきだと思うにゃ。万一の時の備えにゃ」

「まあ、そうだねえ……」

そうなると、アヴァロンとエストラーダ相手に3対2か。ただ、あの怪物と化したエストラーダ相手にこれは少し難しいかもしれない。
それに、テルモン軍とユングヴィ教徒もいる。味方ごと殺したアヴァロンに、どれだけ付いてくるかは別としてもだ。


あたしは悩んだ挙げ句、結論を下した。


「いや、2人の所まで辿り着けないようにすればいいさ。テルモン軍への工作は、あたしがやっとく」

「どうするにゃ」

「カサンドラを通してみるさ。第4皇子が彼女の客として来たからね、そこから頼み込んでみるよ。
さすがにアヴァロンの今回の所業は、テルモンとしても看過できないはずさ」

「……分かったにゃ。ボクも同行していいかにゃ?」

「構わないよ」
609 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/30(月) 22:11:16.74 ID:KnL3hUx3O
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この時下した選択を、あたしは後悔することになる。



610 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/30(月) 22:11:44.18 ID:KnL3hUx3O
キャラクター紹介

メディア(?)

女性。長い緑髪と白い肌で、どこか超然とした印象を与える。
基本的には無表情に近いが、感情がないわけではない。人間性は僅かながらにある。

その正体は「女神の樹」の「雌蕊」。樹本体から分離し、人間に擬態することで男性の精を受ける。こうすることで、次世代の樹を生み出す。
子供は女性しか生まれない。成人と共に樹に形を変え、周辺の生命エネルギーを吸い取ることで成長する。
そして、その際には甚大な被害が発生する。これが150年前にイーリスで起きた事件の真相である。
この際に、当時の大司教が「グロンド」を使って僻地に樹を飛ばしたことで一応の決着を見ている。

女神の樹の自意識としては、自己の生殖本能が人類にとって害であることを認識しており、それはメディアにも受け継がれている。
そもそも女神の樹自体が現在進行形で僅かながらもロックモール住民の生命を吸うことで存在しているため、人に危害を加えかねない繁殖の帰結は望ましいものではないという意識があるようだ。
メディアが自分の死に対して諦観していたのは、これが理由である。

とはいえ、人間的感情がないわけではないでもなく、カルロスに対する恋慕の感情もまた本物である。
この結末がどのようになるのかは、現状では全くの不明である。

なお、彼女の存在をアヴァロンがどうして知ったのかは別途明かされることだろう。
ちなみに、メディア自身の実年齢は1歳である。その1年で彼女が誰の元にいたのかは、まだ明かされていない。
611 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/30(月) 22:13:22.60 ID:KnL3hUx3O
今日はここまで。

次回ですが、少し思案中です。以下のどれかから多数決で選ぼうと思います。
なお、大筋に影響はありません。

1 このまま26話へ(戦闘メイン)
2 エリックとプルミエール
3 アヴァロンの現状

3票先取とします。
612 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/11/30(月) 22:28:11.36 ID:iPz53eh10
2
613 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/11/30(月) 22:53:03.48 ID:TITpAFaDO
2
614 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/12/01(火) 00:11:21.13 ID:uDSzzSe+0
2
615 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/01(火) 09:31:17.04 ID:iyEjcrKOO
2とします。
展開上一度アヴァロン側は書かなければならないことが判明したので、そっちはさらっとやります。
616 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/04(金) 21:54:39.25 ID:bvl3ZNmeO



第25-5話



617 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/04(金) 21:55:33.73 ID:bvl3ZNmeO

海が良く見える岩場に、彼は腰掛けていた。ザザァ……と波の音だけが聞こえる。

「エリック、そろそろ時間」

「……もう、か」

潮風が、彼の赤みがかった髪を揺らした。月光に照らされた彼の顔は、普段よりずっと精悍に見える。

「何か変わったことは?」

「いや、何も」

アヴァロン大司教の夜襲に備え、私たちは交替で見張りをしていた。彼が最初で、私が2番目だ。
夜目が利くシェイド君がその次で、最後がデボラさんという順番になっている。

「くれぐれも、無理はするな。多少は場数を踏んだとはいえ、お前1人で戦いは……」

「分かってる。怪しい気配があったら、すぐに家に戻って対応、でしょ?」

「ああ。向こうの人数にも依るが、基本は逃げだ。テルモンの支援を受けられるのは、明日からだからな」

デボラさんとシェイド君が、夕方にテルモン軍と話を付けてくれたのは大きかった。
テルモン軍にも犠牲者がおり、大司教への不信が出始めているという。「少なくとも大司教の確保までは協力しよう」ということらしい。

それでも、ユングヴィの神官兵はまだいる。彼らがどれだけいるのかは知らないけど、一気に来られたら厳しい状況には変わりないのだ。

「そうね。じゃあ、あとは私に任せて。まだ疲れ、抜けてないんでしょ?」

「いや……少し俺も残る」

「え」

「嫌か?」

私はブンブンと首を振った。嫌なはずがない。ただ、予想だにしなかっただけだ。

ポンポン、と彼が岩場を叩いた。ここに座れ、ということみたい。

「……いいの?」

「そこにずっと突っ立ってるつもりか?」

私はおずおずと座った。何か、心臓の音がうるさい。

エリックは何も話さず、私の方も見ずに月をじっと見ている。警戒はまだ解いてないみたいだけど、何か話してくれればいいのに。
私はというと、会話のきっかけを掴めずにいた。エリックは、何のために残ったんだろう?
618 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/04(金) 21:56:04.10 ID:bvl3ZNmeO
沈黙を破ったのは、彼の方だった。


「……どうするんだろうな」


「えっ」

「カルロスとメディアのことだ。全部終わって、奴らが生き延びれたとして……そこに未来はあるのか?」

「未来って……一緒に生きられるんだから、あるに決まって」

「いや、違う。カルロスは男で、メディアは女だ。人外だとしても。
そして、互いに想い合っている。そういう男女が、全く触れ合わずに生きることなどできるのか?」

できる、と言いかけて私は口をつぐんだ。前の私なら、躊躇わずそう言っていただろう。でも、今の私は……違う。

隣の少年に、もっと触りたい。触ってほしいと思っている。許されるなら、その先まで。
彼は意識しているか分からないけど、口付けだって交わしている。あの感触は、まだ忘れてはいない。

だから……カルロス君とメディアさんが繋がれた枷が、あまりに重いことを私は理解してしまった。
そう、愛し合っている2人は、1つになりたいと思うはずだ。それが決して許されないとしたら?

エリックが溜め息をついた。

「……分かったみたいだな」

「そんな……!!じゃあ、どうすればいいのよ……」

「それに答えが出ているなら、ここに残りはしないさ」

彼は足元の小石を拾い上げ、海へと放り投げた。

「俺は男だ。だから、カルロスが自分の欲求に耐えられるとは、そんなに思っていない。
まして20になるかどうかのガキだ。普通に考えたら、好き合ってる女がいたらヤりたくて仕方ないに決まってる」

「じゃあ見捨てろって言うの??」

「……いや、それはできないし、したくもない。だから上手い解決法がないか、あの話を聞いてからずっと考えていた」

「だから、私に?」

彼が頷いた。

「もしお前がメディアなら、どうする?」

「私がメディアさんなら?」

「ああ。俺は女じゃないからな。それはお前の方がきっと良く分かる」

私が彼女なら……どうするだろう?
619 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/04(金) 21:56:52.61 ID:bvl3ZNmeO
決して結ばれることはできない。それはカルロス君の破滅だけでなく、多くの犠牲を招きかねないからだ。
なら、彼に抱かれるのを拒みつつ、一緒に生きられるだけで良しとするの?それはそれで、生き地獄を彼に味わせることになる。


とすれば……私なら、きっと身を引く。トンプソン先生のように、精神感応魔法に長けているわけじゃないけど……できれば、彼の記憶を消した上で。
傷付くのは、自分だけでいい。彼には、自分のことは忘れてもらって幸せに生きてほしい。……そう考えるんじゃないか。


でも、じゃあメディアさんはどうするのだろう?自ら命を絶つのだろうか。自分の生死には頓着がなさそうな人だ、そうするかもしれない。
もし、記憶を消す手段があるとしたら……


私は首を強く振った。そんな結末は、あっちゃいけない。

620 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/04(金) 21:57:25.79 ID:bvl3ZNmeO
「どうした?」

「ううん……ちょっと。嫌なことを考えちゃって」

「……そうか」

エリックが、もう一度足元の小石を投げた。さっきより強く。

「2人は、どこまで分かってるんだろう」

「さあな。カルロスは多分、そこまで考えていないだろう。ただ、メディアは違うはずだ。
だから、意図してあいつを遠ざけていた。そんな気がする」

「……!でも、さっきは……」

「ああ。あの娘もカルロスに惚れている。会えば耐えられなくなると、知ってたんだろう。
あるいは、無感情に見えるのも演技かもしれない。自分を騙すための」

「……本当に、何もできないの?例えば、彼女を人間にするとか……」

荒唐無稽な思い付きだった。それができれば、どんなに幸せだろう。
でも、そんな奇跡は起きないのを、私は知っている。エリックも、不快そうに顔を歪めた。

「……できるわけがないだろう。そんな、お伽噺じみたことが……」


その時、エリックの表情が固まった。

621 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/04(金) 21:58:20.31 ID:bvl3ZNmeO
「どうしたの?……まさか、アヴァロンが来たとか」

「いや……違う。お伽噺じゃない。不可能じゃないぞ、それは」

「え?」

「魔物が人間になった例を、俺たちは知ってる」

「えっ、誰なの?」

エリックがニヤリと笑った。


「察しが悪いな。シェイドだ」

622 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/04(金) 21:58:49.52 ID:bvl3ZNmeO
「ああっっ!!!」

私は思わず叫んだ。そうだ、シェイド君はもともと偽猫(デミキャット)だった。それがアリス教授によって亜人の姿になれるようになったんだった。とすれば……

「鍵はアリス教授が握っているわけ?」

「そうなるな。まあ、それも全部アヴァロンたちを何とかした上でのことだが」

エリックが立ち上がり、うーんと伸びをした。

「2人には、このことを話すの?」

「いや、全部終わってからだ。第一今日はもう遅い。……やはり、残って良かった」

「え?」

「お前のおかげだ。俺だけじゃ、こんな考えにはたどり着けなかったからな。……見張り、よろしく頼む」

エリックは微笑むと、ポンと私の肩を叩いて家の方に消えていった。

#


そして……夜が明けた。長い1日が、始まろうとしていた。


623 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/04(金) 21:59:41.56 ID:bvl3ZNmeO
用語紹介

偽猫(デミキャット)

猫に良く似た魔獣。人里周辺に住んでおり、農作物を荒らす害獣として知られる。猫との違いは尻尾が2本ある点にある。
7〜8歳児並みの知能を持ち、とても悪戯好き。簡単な言葉を話す個体もいる。
好事家の中には偽猫をペットとして飼う者もいる。ただ、とにかく悪戯好きのため、飼い慣らすのは苦労するようだ。
戦闘能力も魔獣としては高めのため、冒険者でも中級以上ないと戦闘は回避すべしというのが定評である。

シェイドはもともと偽猫としてはかなり知能が高く、それが魔術生命体にする一助になったようだ。
なお、シェイドは悪戯好きではないが、その欲求が大体(巨乳の)女性に向いているもよう。
624 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/04(金) 22:00:08.49 ID:bvl3ZNmeO



第26-1話



625 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/04(金) 22:00:54.94 ID:bvl3ZNmeO
目が覚めて時計を見る。5と半刻。枕は変わっても、寸分違わないことに私は満足した。
ここには信徒はいない。いるのは私と、「魔法環」で拘束されているエストラーダだけだ。

残る血はわずか。完成前に彼を解き放ったのは、私らしからぬ失敗だった。

闖入者の存在に気付いた時、私は行動の予定を早めてしまった。メディアと、「女神の雫」を奪われるのを避けるためだ。
しかし……相手の力量は、私の想定を上回っていた。……何たる失態。
しかも、こういう時のために「契約」を結んでいたはずのオーバーバックが寝返ったのは、完全に考えもしていなかった。
626 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/04(金) 22:01:21.83 ID:bvl3ZNmeO


……許されない。


許されない許されない。


許されない許されない許されない許されない。


627 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/04(金) 22:02:03.06 ID:bvl3ZNmeO


全ては、予定通り、予想通りに行われねばならない。こんなことはあってはならぬ。断じて。そう、断じて。


掌に熱い痛みを感じた。血が一筋、流れている。拳を握りすぎたらしい。

……いけない、怒りを、外に出してはならない。神は、それをお許しにはならない。
そもそも、最初に予定を破ったのは、私だ。その後の一連の「予想外」は、全て戒律を破った私への天罰なのだ。


大きく呼吸をする。大丈夫、全て問題ない。心の在り方も、平時に戻った。
メディアと「女神の雫」は、すぐにでも取り戻せる。オーバーバックにしても、そもそも信頼などしていなかった。
まずは盗人たちを討ち、その上で彼女を殺す。ロックモールの邪教徒どもは、その上で浄化してやればいい。予定は狂ったが、台無しになったわけではない。

私は最後の血の瓶を手に取り、自我を失ったエストラーダに与えた。もう、口で飲ませなくてもよい。ただかけるだけで、植物のように吸収するのだ。


「……………カァァァァ…………!!!」


叫びと共に彼の身体が桃色に輝いた。……よし。これで昨日のようなことはあるまい。

エリック・ベナビデスが退いてくれたのは幸甚だった。
あの時、もうエストラーダは動けなくなっていた。私が戦えば問題なかっただろうが、私が自ら手を下すのは教義に反する。

時計は6の刻に近付いていた。ここには、食事番の信徒はいない。だが、何も問題ない。

私は部屋の片隅にある銀色の大きな箱……「冷蔵庫」を開けた。そこには、蒸し芋の裏ごしとケルの葉のサラダ、そして「トフ」が入っている。
事前に命じておけば、これは必ず望み通りの物を時間通りに作ってくれる。冷えているのは、この際やむを得ない。予定通りの時間に、予定通りのものが食べられることが何より大事だ。

食事の後は説法。聞く者が邪教徒のエストラーダだけであっても、時間通りにこなさねばならぬ。ロックモールの「浄化」と、盗人たる魔王の討伐は……それからだ。
628 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/04(金) 22:02:36.44 ID:bvl3ZNmeO


ジリリリリ!!!


「モニター」の近くから音が鳴る。……耳障りな音だ。
しかし、これが……「電話」が鳴ることはほとんどない。誰だ?


私は受話器を手に取った。

「……もしもし」

『やはりいたかよ』


「……!!デイヴィッド・スティーブンソン!!?」


629 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/04(金) 22:03:12.71 ID:bvl3ZNmeO
あまりに予想外の声に、私は絶句した。なぜ彼が?
そして……なぜ私がここにいることを知っている?

……気に食わない。心底気に食わない。現状は、あまりに想定を外れている。

そんな私を嘲笑うように、スティーブンソンは「ククッ」と嗤った。

『さぞ腰を抜かしてるだろうなあ、偽善者の司教さんよ。まあ隠す理由もねえから種明かししてやる。『シェリル』の『パランティア』だよ』

「何ですって」

『あんたの戻りが遅いから念のため『見たら』この有り様だ、そうだ。で、俺にお鉢が回ってきたってわけだな』

「……彼女自身が来ればいいでしょう」

『ところがそうも行かねえ。トリスで『本体』がヤバくなりかけてな、『主端末』ごと逃走中だ。まあ、亡命先はうちの国だろうよ。
そんなわけで、俺がそっちに向かうことになったってわけだ』

「貴方自身の任務は?アリス・ローエングリンを追っているんでしょう」

『ああ、『それも兼ねて』だ。モリブスのジャック・オルランドゥのとこを急襲したが、藻抜けの殻でな。どこかに消えやがった。
とすれば、魔王御一行がいるここが目的地と踏んだ。援軍が来て嬉しいか?』

「手出しは無用です。予定にない」

カカカカカと、耳障りな笑いが受話器から響いた。目の前にいたら、躊躇わず「グロンド」を握っていただろう。

『と言うだろうと思ったぜ。まあそっちはそっちでやりな。俺は勝手にやらせてもらう、魔王狩り含めてな』

「……それが言いたかっただけですか」

『いや……ハーベスタ・オーバーバックの件だ。なぜ裏切られた?』

スティーブンソンの声が低くなった。
630 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/04(金) 22:03:47.93 ID:bvl3ZNmeO
「私の知ったことじゃない」

『にしてもだ。俺たちは15年も、『契約』であいつを縛り付けてきた。逆に言えば、15年は従順だった。それが何故急に心変わりする?』

「……待たせ過ぎた?」

『それなら不平不満は言ってたはずだ。それに、極力そうならないように、あいつにはでき得る限りの自由を与えていた。
さらに言えば、あいつには多分、普通の時間の概念がない。1年も15年も似たようなものだ。……何かやらかしたな?』

いや、そんなはずはない。むしろ、相当気を遣っていた。だから、魔王は余程の「好条件」を出したはずだ。
強敵と戦う機会?魔王たちと戦うという話なら、こちらもいつだって命じられる。それは決定打じゃない。

……

…………まさか。


「プルミエール・レミュー……」


631 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/04(金) 22:04:19.95 ID:bvl3ZNmeO
『…………!!!それか!!!』

「ええ。彼女の『追憶』が、人に対しても使えるなら……人の記憶を思い出させるものならば……寝返りは、あり得る」

そうだ。彼女の魔法は、土地の記憶を呼び起こすものとばかり思っていた。クリス・トンプソンの情報からも、そう判断していた。
しかし、もし人の失われた記憶も取り戻せるなら。「自分が何者かを調べる」ということを契約の対価とする私たちより、遥かに彼女は優位に立つ。


そして、オーバーバックの正体は……


ゾクンッ


凍り付くような悪寒。もし、彼が自分が何者かを思い出せば……世界は破滅へと近付くと、私は確信した。
「サンタヴィラの惨劇」と同じか、あるいはそれ以上に……この真実は「知られてはならない」。

632 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/04(金) 22:04:47.05 ID:bvl3ZNmeO

『……まずいな』

「ええ。本当に始末すべきは、彼女だった」

『了解だ。俺も極力急ぐ』

電話がブツリと切れた。時計はもう6の刻。朝食を取るべき時間を過ぎている。

「……忌々しい……!!!!」

私は椅子を蹴り上げた。あらゆることが、予定通りになっていない。心底忌々しい……!!


彼らがどこにいるか、凡その見当は付いている。襲撃予定は朝の9の刻。


予定された、平穏で無駄のない日々を取り戻すのだ。


633 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/04(金) 22:05:13.55 ID:bvl3ZNmeO
用語解説

「冷蔵庫」

秘宝の一つ。我々が知る冷蔵庫とかなり近いが、動力源は謎。温度調整は任意でできる。
また、事前に命令した食事を自動で作り、冷蔵庫で保存する機能もある。食材がどこから来ているのかは謎だが、かなり幅広い注文に対応できるらしい。これがロックモールにある理由は現状では不明。

なお、アヴァロンがいる場所は以前六連星のリモート会議が行われた場所でもある。
これがある部屋は、ロックモール市街からやや離れた場所にあるようだ。
634 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/04(金) 22:06:23.44 ID:bvl3ZNmeO
今日はここまで。次回以降は戦闘シーン多めです。

なお、この「冷蔵庫」は過去作に近いものが出ています。
635 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/12/04(金) 22:30:43.23 ID:/QifgMJn0
636 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/08(火) 21:56:45.08 ID:NFy1JhCKO




第26-2話




637 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/08(火) 21:58:37.50 ID:NFy1JhCKO
「思っていたよりは寄越したものだねえ」

目の前には重装備のテルモン兵が7人。小隊長と思われる男が、兜を片手にあたしとシェイドの所に来た。
年齢は40ぐらいか。無精髭で武骨な印象を与える。場数はそれなりに潜っているようだ。

「カルツ・ヴェルナーだ。シュヴァルツ第4皇子の命でこちらに参上した」

「ああ、よろしく頼むよ。にしても、思ったよりちゃんとした援軍で驚いたね」

「皇子の命だからな。モリブスとはあまりいい関係ではないが、テルモンがモリブスを攻撃したという風説が流布されれば国益に関わる。
何より、昨日の殺戮。こちらも6人が死んだ。ユングヴィには適切な回答を求めたいものだが」

「なるほどにゃ、ロックモール制圧はユングヴィの意向が強いということにゃ?」

「と聞いている。彼らからの要請を受け、皇帝陛下が我々を送ることを決断された。
まあ、陛下の御心は分からないが、シュヴァルツ皇子はそもそも乗り気ではないよ」

「だろうねえ」

もしテルモンが本気でロックモールを制圧しようというなら、皇子は娼館に通わないだろう。
利権拡大を狙ったテルモンが、アヴァロンの誘いに乗ったというのが妥当な読みか。

問題はアヴァロンだ。あいつはメディアを奪うためなら手段を選ばない。
さらに、エリックが言っていた「救済」の言葉も気になる。ユングヴィ教に背くとして、この街そのものを破壊しつくそうとしている可能性すらある。

シュヴァルツ皇子の説得には、この仮説が効いた面もあった。あたしたちにとっても、そしてテルモンにとっても、アヴァロンは敵なのだ。だから、この男たちを寄越したのだろう。

「街中の警備はどうなってるにゃ」

「万全だ。しばらく戒厳令を敷くということにはなってい……」


あたしの視線の向こう。防風林に隠れる形で、何人かの人影が見えた。
そしてそこから放たれたのは……緑色の「枝の槍」。


「伏せなッッ!!!!」


ザクッッ!!!!


「グハッ!!?」


血飛沫が、あたしの頬にかかった。数十メド先から放たれた「槍」の何本かが、反応が遅れたテルモン兵の胸を貫いたのだ。
やられたのは、3人か。さすがに隊長のヴェルナーは避けている。

「なっ!?」

「家の中に逃げなっ!!あたしたちが対処するっ!!」

「しかし……」

「しかしもクソもないよ!!死にたいのかいっ!?」

ヴェルナーが家に向かって駆け出すのと同時に、防風林から、5人の人影が現われた。アヴァロンとエストラーダ侯、そしてあとの3人は教団の兵士か。

「愚かな……あの皇子は、神に逆らう選択をしたようですね」

「……どこの神様かねえ」

あたしは銃を構える。杖を構えたアヴァロンが、一瞬光ったように見えた。

「来るよ!!!」

あたしとシェイドも、家の方に走る。それから程なくして、何者かが近くに現れる気配があった。


シャアアアアッッ!!!


「枝の触手」が、あたしたちに襲い掛かる。来やがったね!!

638 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/08(火) 21:59:49.89 ID:NFy1JhCKO
「加速(アクセラレーション)5」


ザンッ!!!ザンザンザンッ!!!


千切られた「触手」が宙に舞う。あたしたちの後方に、エリックが飛んできたのだ。そして……


ゴウッッ!!!


「なっ!!?」


激しい振動。振り向くと、エリックとアヴァロンの間に、大きな陥没ができていた。


「次は外さない」


家の陰から、プルミエールが「魔導銃」を握って現れた。……役者が揃ったね。


「……無駄な足掻きを」


アヴァロンが、少し距離を取った。それを守るかのように、エストラーダ侯が無数の触手を背中から生やして立ちはだかる。
教団兵は家の方に向かっているけど、そこはヴェルナーらテルモン兵の生き残りに任せるしかない、か。


パウッ!!!


アヴァロンに向けて放った魔弾は、エストラーダ侯の「枝の盾」に防がれた。盾は激しく砕かれたけど、すぐに元通りに修復される。これは埒が明かないね。


ダッッ!!!


エリックが短剣でエストラーダ侯に斬りつける。「それ」は剣を触手で受けつつ、後方から別の触手が彼を掴もうとした。


「させないにゃ!!!」


シェイドがそれを蹴り飛ばす。アヴァロンが、さらに距離を取ろうとしたのが見えた。


「逃げる気かいっ!!!」


奴が杖を構えた。転移?いや、違う。これは……


「光の矢(セレスティアルアロー)」


上空に、強大な魔力を感じた。……こいつはまずいっ!!!

639 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/08(火) 22:00:36.89 ID:NFy1JhCKO


ゴウッ!!!


あたしの横を、魔力の塊が通り抜ける!!!アヴァロンはすんでのところでそれを交わした。上空の魔力は、霧散したようだ。

「よくやったよ!!」

プルミエールが「魔導銃」を放ったのだ。彼女が銃を構えながら、ゆっくりとこちらに近付いてくる。

「大丈夫ですか」

「ああ……あれはやばかった」

忌々しそうにアヴァロンがこちらを見る。エストラーダ侯とエリック、そしてシェイドは少し離れた所にその戦いの場を移していた。あの手数に接近戦で対応するには、2人に任せた方がいい。事前に取り決めた通りだ。

そして、アヴァロンに対峙するのは……あたしとプルミエールだ。迂闊に近付けば、「グロンド」の「転移」の餌食になるからだ。

それにしても、さっきの「光の矢」……溜めが必要な魔法だったようだけど、あれはエストラーダ侯を含めた、あたしら全員を消し去りかねないほどの威力だったかもしれない。
魔法使いとしての純粋な力量も、相当高いのはもはや疑いない。軽い震えを、背中に感じた。

「……皆殺しにするつもりかい」

「正当防衛なら、神もお許しになるでしょう」

「……どこが正当防衛だよ」

この男の身体能力そのものは、そこまで優れてはいないはずだ。だから、あたしとプルミエール2人で銃を撃ちまくれば、アヴァロンを殺すことはさほど難しくないだろう。
……でも、それを躊躇させる何かがある。いや、既に罠を張っているかもしれない。


アヴァロンが「グロンド」を構えた。……「瞬間移動」でも使うつもりかい!?それとも「光の矢」?


あたしはその刹那、違和感を覚えた。さっきは身体が光っていた。しかし、今は……光っていない。


その杖の先は、プルミエールに向けられている。まずいっ!!!


「歪めなさい、『グロンド』」

640 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/08(火) 22:01:31.89 ID:NFy1JhCKO


「え」


彼女の前に、黒い歪みができた。木の葉がそこに吸い込まれていく!?


「どきなっ!!!」


プルミエールを突き飛ばす。右足が、何処かに吸い込まれていく感覚がした。その先は……とてつもなく冷たい。


「ぐうっっっっ!!?」

「デボラさんっ!!」

プルミエールが、歪みの中に魔弾を放つ。「コォォォオオ…………」という魔獣か何かの叫びが聞こえると、吸い込む力が急に弱まった。
右足を引き抜く。氷の欠片が、ビッシリとついている。恐らくあのまま放っておいたら、あたしは吸い込まれて魔獣の餌食になっていたわけか。
仮に魔獣を倒せたとしても、酷寒で死ぬ。……いい神経してるじゃないか。

チッ、とアヴァロンが舌打ちをした。

「余計な真似をしますね……貴女、お会いしたことは?」

「ないね。だけど、初対面だけどあんたから胸糞の悪さしか感じないね」

「邪教徒が良く言います……ああ、なるほど。そういうことですか」

ククク、と愉快そうにアヴァロンが嗤う。酷く不快だ。

「何がおかしい」

「いえ……既視感の正体が分かったので。なるほど、オーバーバックが貴女たちを……いや、貴女を見逃したわけだ」

「……?」

「判断の早さと洞察力は父譲り、見た目は母譲り、ですか。なるほど、貴女も生かしておくと厄介になりそうだ」

何を言っている?父さんと母さんのことを、アヴァロンがなぜ知っている?

嫌な想像が、頭に浮かんだ。血が沸騰しそうに沸き立つ。


「オーバーバックが父さんと母さんを……リオネル・スナイダとパメラ・スナイダを殺したのは……あんたも噛んでるね」


アヴァロンの笑みが深くなる。


「彼の元にお二人を『案内』しただけですよ」

641 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/08(火) 22:01:59.25 ID:NFy1JhCKO


ゾワッッッ


激情に任せ、あたしは引き金を引く。次の刹那……


バァンッッッ!!!


あたしの右肩が、砕けた。


642 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/08(火) 22:02:31.23 ID:NFy1JhCKO
武器・防具紹介

「冥杖グロンド」

特級遺物の一つ。発動により自己とその周囲の物質を転移する力を持つ。
溜めの時間に応じて転移範囲は変えることができるが、最大で半径50メドぐらいまでの転移が可能。
転移先は実際に行ったことがある場所でなくても地図の座標がある程度分かれば指定できる。
都合の悪い人間を魔獣の巣があり酷寒のイーリス北西部「ガルバリ山脈」の山中に連行するのがアヴァロンの常套手段である。
そして連行した後にすぐに自分だけ逃げることで、「自分の手を汚すことなく」始末するわけである。

基本的に自己の周囲に領域展開し自分ごと移動するが、視界の届く範囲に転移の歪みを作り出すことも可能。
この場合、自分から入るように誘い込むか、あるいは吸収能力を持つ魔獣の住処を転移先にすることになる。
今回は後者。発動をいち早く察していなければプルミエールは「吸い込まれていた」であろう。
643 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/08(火) 22:02:58.51 ID:NFy1JhCKO



第26-3話



644 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/08(火) 22:03:48.82 ID:NFy1JhCKO


「あああああっっっっ!!!!!」


叫びに思わず視線を移した。崩れ落ちるデボラさんが見える。


「デボラさんっっっ!!!」


彼女の危機はすぐに分かった。激しい出血。すぐ手当てしないと……!!!


ビュンッッッッ!!!


その刹那、触手の鞭打がボクを襲う。飛び退くと、頬に熱い痛みを感じた。……危なかった。
一撃はそれほど速くもないけど、手数がとにかく多すぎる。反動の大きい「限界突破(リミットブレイク)」なしでやるのは、限界だった。
エリックすら交わすのに精一杯だ。そして、手数に押されてボクらはエストラーダの本体にすら辿り着けていない。あの、エリックをもってしてもだ。

「限界突破」は、切り札としてギリギリまで温存しておくつもりだった。エリックも「音速剣(ソニックブレード)」は使っていない。
人外と化したエストラーダは、まだ底を見せていない。早めに手札を晒すのは自殺行為だ。そう、御主人やアリスさんには教わっている。


でも……使うなら、今しかないっっ!!!


エリックと目が合う。「行け」と視線で分かった。


「限界突破(リミットブレイク)ッッッ!!!!!」


645 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/08(火) 22:04:33.86 ID:NFy1JhCKO


アヴァロンに向けて走り出す。その直後、後方から気配を感じた。


ビシイッッッッ!!!


脚を薙ぐような触手。ボクはそれをすんでの所で跳んで避ける。「主人」のアヴァロンには近付けさせない、というわけか。

だけど、もうすぐ間合いだ。あと一歩踏み込めば……


アヴァロンがニィと笑った気がした。


寒気を感じ、ボクはデボラさんたちの方に退いた。
「限界突破」を解く。一瞬しか発動していないのに、酷く怠い。

「貴方ですか?例の盗人は」

「お前、何かしてるにゃ?」

「それを漏らして、何の得になりますか?」

違いない。ただ、見当は付いている。会話をしているのは、デボラさんの治療時間を稼ぐためだ。

奴の方は良く見ていない。ただ、詠唱はなかったはずだ。無詠唱でも使え、かつ魔法の発動を悟られないようにする魔法は、そうない。
「魔法障壁」なら、発動が分かるだろう。それが反射効果まで持つものなら、なおさらだ。それを無詠唱で行うのは、御主人ですら無理だ。


つまり、奴が使っているのは……「目には目を(アイフォアアンアイ)」。自分が受けた傷を、相手にそのまま返す呪法だ。


646 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/08(火) 22:05:15.35 ID:NFy1JhCKO
……聖職者が聞いて呆れる。だが、その欠点から無詠唱で使うのは難しくはない。
奇妙なのは、アヴァロンが無傷な点だ。別の魔法を使っているのか……いや、あの法衣だ。多分、あれも遺物だろう。
攻撃を無力化するとなると、1つしかない。「大高僧モーロックの法衣」だ。「遺物大全」に、確かあった。

高速で思考を巡らせながら、ボクはアヴァロンに悟られぬよう治癒魔法をかけていた。さほど程度の高いものじゃないけど、止血の役には立つ。

(悪い、ね……また下手を、打った)

弱々しく見上げるデボラさんに、ボクは小さく首を振った。
あそこで撃つのは当たり前だ。ボクだって、あいつが「モーロックの法衣」を着ていると分からなかったら、同じ行動を取る。


……変だ。じゃあ何でさっき、エストラーダに受けさせた?


いや、それだけじゃない。プルミエールさんの銃も避けている。つまり、いつでも傷を反射できるわけじゃない?

アヴァロンはもう次の攻撃体制に入っている。……そういうことか!!
647 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/08(火) 22:05:46.71 ID:NFy1JhCKO
治癒魔法で、体力はさらに消耗している。「限界突破」の残り発動時間は、せいぜい10秒。

……その間に、決着を付ける。プルミエールさんに、一瞬視線を送った。彼女が察してくれるかは、賭けだ。


「うおおおっっっっ!!!」


大地を強く蹴る。アヴァロンが一瞬たじろいだ。


「チッ」


「グロンド」に集まっていた魔力が薄らいだ。恐らく、「状態(モード)」を変えたのだ。


「高僧モーロックの法衣」は、特級ではなく一級遺物だ。「大全」にはその詳しい理由が書かれていなかったけど、無条件で攻撃を遮断できるほど、都合のいいものじゃないのは理解した。
つまり、攻撃時にはその効力を発動できず、逆に守備時には攻撃できない。

とすれば、アヴァロンが次に取る手は何だ?一回ボクに攻撃させて、反射で苦悶している所でじっくり殺すだろう。いや、そこで全員転移させて、魔獣に殺すよう仕向けるか。


なら……「攻撃しなければいい」。

648 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/08(火) 22:06:25.21 ID:NFy1JhCKO
ボクは態勢を低くし、両腕で奴の脚を狙った。殴るのでも、突くのでもない。そのまま倒し、奴と「グロンド」を引き離すのだ。


アヴァロンとの距離が3メドほどになった時、奴の顔色が変わった。悟られたかっ!?

「エストラーダッッッ!!!」

叫びと共に、「枝の触手」が一気に伸びてくる。これまでとは全く比較にならない程の速度っ!!
ボクは右拳でそれを弾く。アヴァロンが実に忌々しそうな表情で再び間合いを取り、「グロンド」を突き立てた。

「つくづく予定に合わぬ行動をするっっ……!!」

鞭打の手数が一気に増していく。ボクは、それを避け続けた。
攻撃なんて、とてもじゃないけど無理だ。やはり、まだ本気じゃなかったか。


アヴァロンの杖が、黄色く光り始めた。
それとほぼ同時に、急に身体が重くなる。「限界突破」の効力が、切れたのだ。


だけどボクに驚きや落胆、そして絶望はない。


なぜなら、それは……「予定通り」だったから。

649 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/08(火) 22:06:53.25 ID:NFy1JhCKO


「失せなさ……」


「それは、こっちの、セリフにゃ……」


光が満ちようとした、その瞬間。アヴァロンの頭が、白い霧で覆われた。


「『幻影の霧(ミラージュ・ミスト)』ッッッ!!!」


650 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/08(火) 22:07:59.17 ID:NFy1JhCKO
武器・防具紹介

「高僧モーロックの法衣」

一級遺物。見た目は白い法衣にしか見えない。ユングヴィ教団に「グロンド」と共に伝えられる神宝であり、歴代の大司教に受け継がれるものである。
魔力を通すことで着用者に与えられる全ての物理・魔法攻撃を無力化できる。ただし、一定の集中が必要なため、発動中に他の魔法を使うことは至難である。
アヴァロンは平行して「目には目を」を自らにかけているが、普通はこれすらまず実行できない。
必然的に、攻撃や激しい運動をする場合には発動を解く必要がある。防御に徹すれば完全無欠だが、さりとて万能でもない。

また、シェイドが試みたようにタックルによるテイクダウンなどへの防御効果は薄い。
仮にそのまま持ち上げられ、海に投げ捨てられればアヴァロンは普通に死ぬ。あくまで直接攻撃にしか効かない能力である。
そして、状態異常を防ぐ力もない。この点をシェイドは看過していたわけである。
651 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/08(火) 22:08:45.24 ID:NFy1JhCKO
今回はこれまで。26話は多分7〜8部構成です。
次でようやく折り返しになります。
652 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/12/10(木) 00:14:24.05 ID:OUMdxgbDO
乙乙
653 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/10(木) 23:08:43.02 ID:6QjOvduJO




第26-4話




654 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/10(木) 23:09:10.27 ID:6QjOvduJO


霧に包まれた瞬間、目の前が虹色に光った。そこにいたのは……神であった。


長く清らかな黒髪に、慈愛に満ちた微笑み。手を広げ、私を温かく抱いて下さろうとしている。……何という至上の幸福!!
ああ、ようやくお会いできた。涙が溢れそうになる。


それと共に、強烈な違和感を覚えた。


……何故私は、神にお会いできたのだ?
一途な祈りが通じたのか?それとも、たゆまぬ修練の成果か?


否、この程度で神は私を「お許しにならない」。


私は、一度だけ手を血に染めている。その罪は、一生かけてようやく贖えるものだ。
だからこそ、私は一念に神にその身を捧げ続けた。神の教えを広めるために、ありとあらゆることをやった。


しかし、まだ足りぬ。


足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ……!!!


655 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/10(木) 23:09:40.24 ID:6QjOvduJO
#


「うおおおおおっっっっ!!!!」


裂帛の気合いと共に、私は幻想の神を打ち破った。そして代わりに目の前にあったのは……銃口。


「……まだ殺しはしません」


ゴウッッ!!!!


「グロンド」を握っていた右腕の先が、消し飛んだ。


「ぐあああっっっっ!!!じゃ、邪教徒風情がっっっ!!!!」

「……自分に背く者は、全て邪教徒なのですか?……哀れですね」

眼鏡の女……プルミエール・レミューが憐憫の目で私を見た。……何と言う屈辱……!!

「お前たちは、自分たちが、何をしようとしているのか……分かっているのかっ!!?その行いは、神に背き、世界を破滅へと導くものだぞっ!!?」

「分かりません。1つ言えるのは、多くの関係のない人々の命を奪った貴方こそ、神に背く邪教徒であるということです」

「笑止っ!!邪教徒は人に非ずっ!!何より、命を奪ったのはあの邪教徒の成れの果てだっ!!」

「……詭弁も、いいところにゃ」

ゆらりと、亜人の少年が立ち上がった。疲弊しているのか、大分ふらついている。

「お前は、生きてはいけない存在にゃ。……デボラさんには悪いけど、代わりに仇、取らせてもらうにゃ」

レミューが私の額に銃口を向ける。……その手は震えていた。

「……プルミエールさん」

「ええ、分かってる」

……予定外、それも最悪の予定外だ。ここで終わるとは……
もはや「グロンド」も使えない。ここで、神に召されるのか……


刹那、視界の端にエストラーダの触手が見えた。


……否。まだ、神は私を見捨ててはいない。


「『騎士』よ、我が身を守りたまえッッッ!!!」


叫ぶと一瞬のうちに、私の身体は樹の枝で覆われた。


エストラーダは、エリック・ベナビデスに決定打を打ち込めないでいた。こちらの援護に少し回ったことで、徐々に劣勢にもなっていたようだ。
このままでは、どちらにしても終わりだろう。だとすれば……これしかない……!!


意識が、身体が溶けていく。……エストラーダに、生命を吸われているのだ。そして、魔力も、意識も……


その行き着く先は。


656 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/10(木) 23:10:47.62 ID:6QjOvduJO


……


…………


視界が切り替わった。見下ろす先には、魔王エリックがいる。


全て、予定通りだ。私は満足して、新たな身体の口の端を上げた。


『さあ、神にその身を捧げなさい』


657 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/10(木) 23:11:23.46 ID:6QjOvduJO
キャラクター紹介

「エストラーダ」

メディアの血の摂取で怪物となったエストラーダ候。既に自我はほとんど失われ、血を与えたミカエル・アヴァロンを護り、奉仕する存在へと成り果てている。
基本的にはアヴァロンの意のままに動き、無数の枝の「触手」で攻撃、「補食」する。
枝に捕まった者は生命を吸われ、息絶える。それが「エストラーダ」の養分となるのである。
勢い、その身体の維持には相当数の「養分」が必要である。このため、「完成体」となってもその寿命は基本的に短い。

本文の描写で対エリックはまだ省かれているが、手数こそ多いもの速度は遅く、2倍速で対応できる程度ではある。
また、アヴァロンの意識と切り離された場合、自我が薄いため十全な能力は発揮できない。アヴァロンの呼び掛けに応じた時に速度が速まったのは、再びリンクが張られたからである。
とはいえ、圧倒的な手数と防御能力に対しエリックも決め手を欠いており、「音速剣」の使用を検討している最中に今回の「同化」が発生してしまった。

なお、プルミエールは殺害を一瞬躊躇っていたが、アヴァロンの「同化」は反応不可能な速度で行われたため、彼女を責めるのは酷というものだろう。
同化後にエストラーダ候の自我がまだあるかは不明。
658 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/10(木) 23:12:24.22 ID:RHoKoq5QO




第26-5話




659 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/10(木) 23:13:40.93 ID:6QjOvduJO


エストラーダ候の背中から伸びる、歪んだ幹。その先にアヴァロン大司教の上半身がくっついている。
その異形の怪物を見た時、私は激しい絶望と後悔に襲われた。


人を殺すのは、初めてだった。エリックと一緒に行動するようになってからも、私自身が直接誰かを傷付けたことは、ない。
だから、目の前にいた男が、どんな鬼畜であろうと……それを撃つことに対して躊躇がなかったかと言われたら、それはきっと、違う。

でも、それでも即座に撃たなきゃいけなかった。それが、こんな事態に繋がってしまったんだ。

「……プルミエールさんは、悪くないにゃ」

シェイド君が、呟いた。

「あの速度では、誰も反応、できないにゃ。それより、エリックを……」

「シェイド君!?」

彼が崩れ落ちる。その瞬間、激しい衝撃を私は感じた。

「きゃああっっっ!!?」

3メドほど、シェイド君ごと飛ばされただろうか。右腕の上が、激しく痛む。シェイド君は無事みたいだけど、それでもかなり身体を強く打っているようだった。

『……まだ加減が上手く行かないですね。当てたつもりだったのですが』

私は、アヴァロンの右腕……というよりは巨大な「幹」の風圧が、私を薙ぎ倒したのをようやく理解した。
……風圧だけであの威力?直撃なんてしたら……

いや、怖がってる場合じゃない。悔やんでる場合でもない。
シェイド君は限界だ。デボラさんは立ち上がったけど、右肩を押さえている。あんな短時間で、治るわけがない。

右手を曲げる。痛いけど、骨は折れてない。エリックを助けられるのは、私だけだ。

「シェイド君、デボラさんを連れて家に逃げて」

「家に?……ああ、そうだにゃ。了解にゃ」

シェイド君が、よろめきながら走り始めた。もちろん、ヴェルナーさんたちの支援という意味もある。でも、それだけじゃない。
カルロス君とメディアさんが隠れている地下室。そこには、崖の方に抜ける隠し通路がある。

多分、彼らはそれを使って逃げているはずだ。そして、直接戦えなくなったら、彼らに追い付き、守ってあげる。
ある程度状況が煮詰まった時にはそうすると、事前に決めていた。

『逃げるつもりですか?』

巨大な幹が、シェイド君に向けて振り下ろされる。


「させないっ!!!」


「魔導銃」が火を吹き、幹に直撃する。
それを破壊するまでは至らなかったけど、それでも大きく向きを変えることぐらいはできた。


ズォォォォンンッッッッ!!!


巨大な地響きが耳を突いた。


「助かったよ!!」


シェイド君と合流したデボラさんが叫ぶ。2人は、家の中へと消えていった。
660 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/10(木) 23:14:28.11 ID:6QjOvduJO

『……そういうことですか。まあ、予定に変更はありませんが』

エリックはというと、激しくエストラーダ候の触手とやりあっていた。触手の攻撃は激しさを増している。……見るからに厳しそうだ。

「エリック!!!」

「来るなっ!!!お前も逃げろッッ!!!」

見たところ、アヴァロンとエストラーダ候は繋がっているけど、動きは独立したもののようだった。
細かい、無数の「枝の触手」はエストラーダ候。そして、幹による攻撃はアヴァロン。つまり、私がここを去れば……1対2でエリックは戦うことになる。そんなのは無茶だ。

「でもっ!!?」

「でももこうもないっ!!巻き添えを食らいたいのか阿呆がっ!!!」

そうか!エリックの「加速」は、10倍速以上だと周囲に被害をもたらしかねない。
彼が本当の全力を出すには、私は邪魔でしかないのだ。


でも、この怪物に果たしてそれが通用するの??


そもそも、アヴァロンの力量を私は……いや、私たちは見誤っていた。隠密魔法で気配を消し、シェイド君を囮に「幻影の霧」を当てる。その狙いは、見事に当たった。
でも、彼はあっさりと幻術から抜け出した。それだけ、彼のマナは膨大なのだ。

さっきから、アヴァロンは力任せの攻撃しかしていない。でも、これで魔法が使えたら……


私は、ふと「グロンド」が転がっていた地面を見た。……ないっ!!?

661 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/10(木) 23:14:55.23 ID:6QjOvduJO


『早速ですが、まずはさっき逃げたスナイダ夫妻の娘と、亜人の盗人から消えて貰いましょうか。ついでに、メディアも。
『女神の雫』は大変惜しいですが、後で取りに行けば十分でしょう』


幹の先には……「グロンド」があった。……そんな。



「やめてええええええっっっっ!!!!!」



次の瞬間。別荘は、光に包まれて……消えた。



662 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/10(木) 23:15:35.84 ID:6QjOvduJO
キャラクター紹介

「アヴァロン」

「エストラーダ」と一体化した姿。背中の辺りから生えた高さ4mほどの幹の先端に、上半身裸のアヴァロンがくっついた異形と化している。
そこからは腕のような巨大な幹が左右に生えている。「腕」の先端には枝があり、これで物を取ったりすることが可能。
自我を保っていられるのは、本人が持つ巨大な魔力による。なお、エストラーダから生えている枝は操作不能であり、あくまで動かせるのは幹部分だけである。
言ってみれば、2つの意思が1つの身体を共有し、それを分割して動かしているというべきかもしれない。

通常の攻撃手段は幹を使い殴るのみ。ただ、その攻撃力は計り知れない。
また、「グロンド」を手にしたことで強力な魔法攻撃も可能となっている。

なお、燃費は極めて悪い。
663 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/10(木) 23:16:03.29 ID:6QjOvduJO




第26-6話



664 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/10(木) 23:16:41.58 ID:6QjOvduJO


別荘が消えた瞬間、さすがの俺も崩れ落ちそうになった。……最悪だ。


プルミエールは責められない。彼女は、もともと戦闘慣れしていない。そういう奴でもない。
本当なら、のんびりとオルランドゥ魔術学院で魔法研究に生涯を捧げるはずの女だ。心根も真っ当な、こういう修羅場にいてはいけない類いの人物だ。

それに、何よりアヴァロンは強大に過ぎる。こうなる前に、俺がエストラーダを討たねばならなかった。
「音速剣(ソニックブレード)」や「閃(フラッシュ)」の発動を躊躇していなければ……こうはならなかったはずだ。
ただ、もし発動していたら、プルミエールたちは無事では済まなかったかもしれない。どちらが正しかったのか、俺には分からない。


一つ言えることは……絶体絶命ということだ。


665 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/10(木) 23:17:28.70 ID:6QjOvduJO


満足そうに嗤うアヴァロンの顔が、急に渋くなった。


「……!??……おかしいですね」


……間に合ったのか。俺は大きく息をついた。まだ、最悪ではない。

恐らく、アヴァロンは誰を転移させたかというのを把握できるのだ。
そして、転移した中に……多分、シェイドやデボラ、そしてメディアたちはいない。

俺は短剣を構え、エストラーダと向き合う。まずは、こいつを何とかしないといけない。

ビヒュンッッッ

「ぐっ」

触手を横っ飛びに交わす。攻撃は相変わらず激しい。だが、2倍速でも避けられなくもない。
元は普通の男であるエストラーダの攻撃は、ある程度は読める。速度もさほど速くもない。

ただ、触手を斬ってもすぐに再生される。そして、本体に近付こうとすると触手の盾で防がれる。それを破壊しても、すぐに別の盾が現れ、キリがない。
「音速剣」の使用を躊躇っていたのは、奴の再生速度と余力を読みきれていなかったのもある。もし「音速剣」を使って仕留められないなら、その時こそ本当の終わりだ。より危険性が高い「閃」は尚更だ。
666 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/10(木) 23:18:09.56 ID:6QjOvduJO


……何か妙だ。


エストラーダがアヴァロンを吸収した時の触手は、恐ろしく速かった。アヴァロンの意思が反映されていたにせよ、だ。
あの速度で攻撃されていたなら、2倍速じゃ太刀打ちできない。30秒しか持続できない5倍速か、さらに持続時間が短い「乱」を使うしかなかったはずだ。
そして、今2人は一体化している。アヴァロンの意思が、こちらにさらに反映されていても不思議ではない。

にもかかわらず、俺はまだ攻撃に対処できている。いや、むしろ……遅くすらなっている。


導き出せる答えは1つ。

エストラーダにはまだ自我が残っている。そして、それはアヴァロンに僅かながらでも抵抗している。


とすれば……自我を完全に取り戻せば!!?

667 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/10(木) 23:18:49.97 ID:6QjOvduJO
そのためにはどうすればいい。自分が、ロペス・エストラーダであると思い出させるには……

激しい攻撃のさなか、まだ愕然としているプルミエールが見えた。アヴァロンが幹の腕を振り上げ、止めを刺そうとしている。


「加速(アクセラレーション)5!!!」


大地を思い切り蹴り、プルミエールのもとに向かう。俺が彼女を抱いて逃げるのと、奴の攻撃が再び空振り地面を揺らすのとは、ほぼ同時だった。

『つくづく無駄な足掻きを……』

「何を呆けているっっっ!!」

「でも、皆……」

「多分無事だっ!!俺を信じろっっ!!」

青ざめながら、プルミエールが頷く。豊かな胸元に、首飾りが見えた。

……いや、これは違う。金属を紐で繋いだだけの代物だ。確か、これは……


……そうか。これがあった。

668 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/10(木) 23:19:16.96 ID:6QjOvduJO
「プルミエール、これは……ファリスが持っていたアミュレットの欠片か?」

「え?」

「今すぐそれに『追憶(リコール)』をかけろっ!!物にかけた場合、手にした者にその『物の記憶』を思い出させる効果があったはずだっっ!!」

「で、でも、なんでっ!?」

「エストラーダを正気に戻すためだっっ!!ファリスが死んだ夜のことを、『思い出させろ』っ!!」

「でも、そんな時間なんて」

「俺が何とかするっっ!!!いいからやれっっ!!!」

プルミエールが、戸惑いながら詠唱を始めた。修練の結果、こいつの魔力もかなり向上している。1分足らずで、詠唱は終わるはずだ。
だが、1分という時間をアヴァロンが許すはずもない。


だから、そのための「加速」だ。


俺はプルミエールの頭に手を乗せる。そして、「10倍速」を発動した。
マナの残量からして、「音速剣」を1度撃つのが限界だ。だが、これくらいしかもう思い付かない。
669 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/10(木) 23:19:44.69 ID:6QjOvduJO
#


俺の「加速」は、動きを速める魔法ではない。


自分と、自分が触れた物の「時間を加速する」魔法だ。ベナビデス王家の血族だけが使える、秘術でもある。


2倍速なら、周囲の2倍。5倍速なら、周囲の5倍の時間の中を、俺は動ける。俺以外の世界で起きていることは、全てその分ゆっくりと動く。


命のない物の時間は加速させやすい。物を枯らしたり、朽ちさせたりするのは比較的楽だ。
だが、命があるものだとかなり疲弊する。ジャックの元での修練がなければ、2倍速すら大変だっただろう。……だが、今なら。

670 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/10(木) 23:20:32.45 ID:6QjOvduJO
#

視界の端で、ゆっくりと「グロンド」が光るのが見えた。まずい。詠唱が終わりきる前に撃たれたら、さすがにどうしようもない。


早く終わってくれ……その想いは通じた。


「終わった!」

「よくやった!!」

俺は紐の部分を持ち、「5倍速」に切り替えてエストラーダに向かう。「グロンド」を発動しかけたアヴァロンが、一瞬怪訝そうになった。

『…………?』

エストラーダの触手が5本、俺に襲い掛かる。それを他愛もなく避け、俺は欠片をエストラーダに投げ付けた!


「キシャアアアアアッッッ!!!」


奇っ怪な叫びと共に、巨大な「枝の盾」が現れる。しかし、「5倍速」で投げられた欠片は、それを易々と砕いた。


……そして。


ダンッッッッ!!!


身体に、欠片がめり込む。エストラーダの動きが、止まった。

671 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/10(木) 23:21:01.79 ID:6QjOvduJO


『……何を』


……ア


…………アア


『……………アアアアアアア!!!!!』


エストラーダが吼えた。何かに苦しむかのように身をよじらせ、そして踞る。目からは、赤い涙が流れていた。


エストラーダは、「思い出した」のだ。自分が何者であるかを。そして、同時に娘が何者であったかも、その末路も、あるいは……死ぬ間際の想いも……全て知ることになった。

672 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/10(木) 23:21:31.94 ID:6QjOvduJO


『なっ!!?』


アヴァロンの「幹」が大きく揺れる。それは、根本から折れようとしてた。


自我を取り戻しつつあるエストラーダが、アヴァロンを拒絶し始めたのだ。
そして、この瞬間こそ……俺が狙っていたものだ!!!


右手を、短剣の束にかける。狙いは上方の、アヴァロンの身体。失敗は、許されない。するつもりもない。


エストラーダの枝を踏み台にして、俺は飛び上がる。……今だ!!!



「音速剣(ソニックブレード)!!!!」



…………ザンッッッッッッ!!!!!



『え』



間の抜けた声と共に、アヴァロンの身体は……上下に両断された。



673 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/10(木) 23:21:58.56 ID:6QjOvduJO
魔法紹介

「加速」

エリックら魔族の王にしか使えない魔法。名前からすると動きを加速させているように見えるが、その実は「自分の時間を加速させる」魔法である。
このため、発動中は周囲の動きがスローモーションになる。例えば2倍速なら半分、5倍速なら5分の1の速度になる。故に攻撃の回避は容易になる。
しかも自分の拳や剣の速度は加速されているため、威力は跳ね上がる。攻防両面で極めて強力な魔法であると言える。
ただ、それ故に魔力の消費も激しい。エリックが乱発できているのは、彼の才能と修練の結果である。

現状20倍速までは可能だが、10倍速以上の攻撃だと音速を超えるため衝撃波による周辺被害が発生する。このため、10倍速以上を発動した状態での攻撃は一瞬しかできない。
ただ攻撃を伴わないなら、今回のように10倍速を使うことは不可能ではない。
なお、極めた先には別の効果もあるらしいが、その領域に達したとされるのはエリックの父ケイン程度である。

触れた物の時間を加速させる効果もある。第3話の終わりに死体を塵にしたのはこれである。
命がない物の加速は容易いらしく、100倍速ぐらいはできるようだ。半面、(植物含め)命がある物に対する難度は高い。
674 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/10(木) 23:23:54.12 ID:6QjOvduJO
今回はここまで。諸々の伏線回収回でした。
なお、ファリスの死体の処理にも「加速」を使っています。

第26話はあと2パートです。短めになるはずです。
675 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/12/11(金) 15:13:44.31 ID:0E97GYNT0
イナズマイレブンの安価SSもあるので読者はどんどん参加してくださいね
676 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/11(金) 15:19:20.73 ID:gNj1/M8DO
注:イナイレの安価はやっていないので誤爆かと思われます。念のため。
677 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/12/11(金) 15:56:42.05 ID:FFhfEo9DO
乙です
678 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/12/14(月) 16:30:36.55 ID:9GqEijSDO
乙乙
679 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/15(火) 18:56:16.39 ID:CRgXx40Z0
てすと
680 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/15(火) 18:57:04.08 ID:CRgXx40Z0




第26-7話




681 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/15(火) 18:58:10.44 ID:CRgXx40Z0


視界が、ゆっくりと落ちていく。何が起きた?


…………ドスン


地面に叩き付けられる衝撃。声を出そうとしたが、なぜか何も出てこない。
私の身に、何があった?エストラーダが急に喚いたかと思った瞬間に、私の前に魔王が出てきた。そして、これだ。


私は、何かの攻撃を受けた。それだけは分かった。
そして、この状況は私の予定にはない。本来なら、プルミエール・レミューはガルバリ山中に送られ、魔獣ノーサの餌食になっていたはずだった。
魔王エリックも同様だ。あの小柄な身体で、私に勝てるはずもない。そのはずだった。


視界が、急速に暗くなっていく。


神は、私をお助けにならないのか?


682 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/15(火) 18:59:01.91 ID:CRgXx40Z0
#

私は、12の時からずっと、一念に神に祈りを捧げ続けた。自らの贖罪のために。

そう、私は母を殺した。ユングヴィの神学校へと通わせるため、折檻を加え続ける母を殺した。
母は悪魔に魅入られていた。しかし、悪魔払いはその筋に任せるべきであった。自ら行ったことで、私は深い禁忌を犯した。
だが、母は自殺……狂死として処理された。私がそう装ったからだ。

そして、それを幸いに、私は神に強く帰依するようになった。自らのために、そして神のために。
祈り続けていれば、我が罪は浄化され、神の御心が私をお救いになる。そう信じて35年以上生きてきた。

果たして強い神への想いは、自らを高みへと押し上げた。だが、足りない。私をお救いになった神への感謝は、こんなものでは足りない。
皆に救いを。そして、それを拒む愚者には裁きを。信じ続けた果てに、神はおわすのだ。

683 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/15(火) 18:59:57.60 ID:CRgXx40Z0
#


しかし、神の姿は、未だ見えない。私は腕を天に伸ばした。

ああ、我が神よ。私は自らを、貴女に捧げ続けました。せめて、どうか一目でも……!!


「かみ、よ……」


『神はもういない』


どこからか、声が聞こえた。


「え」


『神はもういない。お前はそこで、朽ちていけ』


今際の際に聞こえたその声は……20年前に死んだはずの、魔王ケインのものだった。


……そんな。こんなことが、あっていいはずがない……!!
私の祈りは、神への想いは、一体……!!!


ぐしゃり


それきり、私の意識は、永遠に途絶えた。


684 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/15(火) 19:00:40.88 ID:CRgXx40Z0
キャラクター紹介

カエラ・アヴァロン(享年35)

ミカエル・アヴァロンの母。夫はアヴァロンが4歳の頃に流行り病で死んだ。
上級貴族の娘であり、ユングヴィの上級司教であった夫が亡くなるまでは幸せな家庭を築いていたようだ。
ただ、夫が亡くなったことへのショックと、子育てのストレスから精神が崩壊。過度に教育と神への帰依をアヴァロンに押し付けるようになった。
耐えきれなくなったアヴァロンは、12歳の時に彼女を殺害。ただ、衝動的なものではなく、ある程度計画的に自殺に見せ掛けていたようである。
なお、アヴァロン自身の記憶も自己正当化のためかなり歪められている。

アヴァロンの性格の一端が幼少期の虐待にあったのは疑い無い。
ただ、独善的で狡猾な性格は、母親殺害時には既にできていたようである。それは彼女の殺害により、より深刻なものとなったと言えるだろう。

なお、アヴァロンはこの後神童として異例の出世を果たす。
20年前の時点では「六連星」ではなかったが、それでも各地の首脳と会える程度の地位にはあったようである。
685 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/15(火) 19:01:39.08 ID:CRgXx40Z0




第26-8話



686 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/15(火) 19:03:04.99 ID:CRgXx40Z0


ぐしゃり


エリックがアヴァロンの頭蓋を踏み砕いたのが見えた。巨大な幹は白い石のようになり、既にさらさらとした砂になり始めている。

「エリック!!」

「もう、大丈夫だ……」

はぁはぁと、肩で息をしている。彼の元に走り、崩れそうになっているのを支えた。

「本当に、大丈夫なの」

「かなり、無茶をしたが、な。……あいつらの、後を追う……」

近くで、何か動く気配がした。……白髪になり、枯れ果てたようにしわくちゃになっている、エストラーダ候だった。

「えっ」

「……君、たちは」

枝に寄りかかり、手を伸ばそうとしている。……意識があったんだ。

そしてようやく、私はエリックの意図を正確に理解した。ああそうか、ファリスさんのアミュレットの欠片は、彼の記憶を呼び戻すために使われたのだ。
あの混乱の中、言われるがままに「追憶」を掛けていたけど……とすれば。

「エリック、逃げないとっ」

「いや、もうエストラーダに、そんな力は、ない。それに……」

小さくエストラーダ候が頷いた。

「ファリスは、逝ったのだな。自らの、意思で」

「そうだ。怪物になり果てた自分を、知られたくない、と」

「……私にも責任が、ある」

「え?」

エストラーダ候が苦笑した。

「アヴァロンが、ネリドと私の前に現れたのは……1ヶ月と少し前、だ。その時、私は……クーデターの計画を、持ち掛けられていた。そして、君たちの排除も。
それに向けて、隠密裏に動いてもいた。思えば、アヴァロンは……あの指輪のことも、知っていたのだろう。そして、計画を知ったファリスが、どう動くであろうかも……グフッ」

「エストラーダさんっ!!」

「もう、いい。寿命が来ているのは、分かる。それに、ファリスの想いも知った……これ以上の殺戮を犯さずに、済んだ……アヴァロンは」

「死んだよ。俺が殺した」

満足そうに、彼は微笑む。

「……そうか。アヴァロン大司教からは、ファリスの居場所を、君らが知っていると聞かされていたが……私は、いいように使われていた、わけだな」

「ああ。だが、落とし前はつけさせた」

「そうか……プルミエール君、だったな。……これを」

胸に刺さっていた金属の欠片を取り出すと、エストラーダ候は穏やかな声で私に言う。

「ファリスのことを……忘れないでくれ。もう、君だけが……彼女と心通わせた人間、だ」

「……はいっ」

目から涙が溢れ出す。……ファリスさんは、エストラーダ候には普通に生きていて欲しかったはずだ。……こんな結末なんて、ない。

私の思考を読んだかのように、エストラーダ候は首を横に振った。

「私のことは、いい。狂人に踊らされただけのこと、だ」

彼は、ロックモールの青空を見上げる。雲一つない、透き通るような空だ。

「……ファリス、今逝こう。愚かな父を、赦してくれ」


カァァァッッ


不意に一瞬、金属が赤く、温かく光った。


687 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/15(火) 19:03:38.67 ID:CRgXx40Z0


これが何だかは、正確には分からない。でも、多分……ファリスさんの答えなんだ。
根拠はないけど、なぜかそう思えた。


エストラーダ候の身体が、白い石に変わっていく。そして、端から砂となって、砕けていった。

彼は、穏やかに笑った。


「……そうか。ありがとう……」


それが、エストラーダ候の、最期の言葉だった。


688 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/15(火) 19:04:22.05 ID:CRgXx40Z0
#

私はエリックを支えながら、なくなった別荘へと向かう。崖を見ると、階段が下まで続いていた。

私は涙を拭う。皆に、追い付かなくちゃ。

「……歩ける?」

「何とか」

海岸伝いにずっと歩けば、通りに出る。逃げる場合は、そこで落ち合う手筈になっていた。

もう、大丈夫だろう。転ばないように、慎重に一歩ずつ階段を下っていった。


その時だ。


ズズンッッッ!!!!


向こうから、地響きのような音が聞こえた。そして、そこから感じられたのは……強大で邪悪な、2つの魔力。


「……何っ?」

「何だ、これはっ」


砂浜の向こうから、誰かが走って来るのが見えた。……デボラさん??


「来るなっ、引き返しなっっ!!!」

「ど、どうしてですかっ??アヴァロンは、もう……」

「それどころじゃないんだよ!!!」

心を落ち着けるように、大きくデボラさんが深呼吸する。顔色は、顔面蒼白だ。



「カルロスが…………怪物になっちまった」



689 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/15(火) 19:05:39.91 ID:CRgXx40Z0




第27-1話




690 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/15(火) 19:06:44.17 ID:CRgXx40Z0


「どこだっ、探せっっ!!」


男たちの声が、遠くに聞こえた。地下室には、厳重に鍵をかけている。だが、いつまでもつのか。
エリックたちが簡単にやられるとは思わない。未だにいけすかないが、あいつの腕は確かだ。デボラ・ワイルダもいる以上、助けはいつかは来るはずだ。
問題は、それまでここがもつかどうか。召使のザンダを家に帰しておいたのは、正解だった。

「邪魔だぁっっ!!」

別の誰かが入ってくる気配があった。ワイルダが事前に手配していた、テルモン兵か。

メディアを見る。表情はさほど変わらないが、視線は沈んでいる。短い付き合いだけど、彼女の感情はなんとなく分かるようになっていた。
俺は手を彼女のそれに重ねる。

「……行こう」

「え」

「逃げは早めに打った方がいい。アヴァロン大司教も戦闘に手一杯で俺たちのことまで気付かないはずだ」

分厚い樫の扉の向こうからは、剣戟の金属音と叫びが聞こえてきた。戦況は、ここからじゃ分からない。でも、先手を打つことの大切さは、親父を反面教師にして知っている。
親父がどうやって討たれたかは、伝聞でしか知らない。ただ、「高速回転銃」を手にして傲り、悠長に過ごしていた所をエリックたちにやられたとは聞いていた。

地下室の片隅の床には、金属の扉がある。それは、有事の際にと先祖が作った、抜け道に通じる扉だ。

ゴンザレス家は、しばしば密談にこの別荘を使っていたという。それにはちゃんとした理由があった。
まず、街からここまではほぼ一本道で、誰かが来たのを見付けるのが容易い。そして、いざという時はここから崖下まで降り、砂浜伝いに歩けば街道に出れるようにもなっている。
俺は先人に心から感謝した。それを今こそ使わせてもらう時だ。

「うおおっっ!!!……はあっ、はあっ……開いた」

扉は錆び付いていたが、何とかギィという気持ち悪い音と共に開いた。潮の匂いが一気に広がる。

「行こう」

小さく頷くメディアの手を取り、階段を降りる。段々と光が強くなっていく。
そして、開けた先には……足を踏み外せば遥か下の海に落ちてしまいそうな、長い階段が崖に張り付いていた。

……ゴクリ

ボロボロのロープを頼りに、くりぬかれた階段を慎重に降りる。上からは、誰か女の叫び声が聞こえた。……急がないと。

降りた時には、酷く疲弊していた。メディアはというと、心配そうに俺を支えていた。
……情けねえな、守るべき女に支えてもらってるんじゃ。

「大丈夫、急がないと」

「……うん」

俺たちが下にいると悟られないように、小走りで砂浜を駆ける。昨日の騒動で戒厳令でも出ているのか、普段なら水着の男女で溢れている海水浴場には人影もまばらだった。目立たず動けるのは幸運だ。

とりあえず、何かあったら「蜻蛉亭」まで逃げろとは言われている。あそこには、テルモンの皇子がいると聞いていた。テルモンの連中に頼るのは少し癪だけど、四の五の言っていられる状況じゃない。


……ゾクン


背中に寒気が走った。メディアを見ると、凍り付いたように立ち止まっている。
691 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/15(火) 19:07:43.96 ID:CRgXx40Z0

「どうしたんだ?」

「……ダメ、戻らないと」

「何でだよ……」

彼女が向こうを指さした。15メドほど先に、皮鎧を着た、短い金髪の男がいた。腰からは、やたらと長い剣の鞘がぶら下がっている。
俺は戦いの訓練を受けているわけじゃない。でも、そいつが只者じゃないのは、すぐに分かった。

「……逃げよう」

彼女が頷いたその瞬間、俺たちの横を何かが通り過ぎたのが分かった。


ザンッ


ドゴォという地響きとともに、後にあった椰子の樹が倒れた。……え??

「逃げようとしても無駄だ。次は当てる」

「……誰だよ、お前は……」

「アングヴィラ王国近衛騎士団団長、デイヴィッド・スティーブンソン。エリック・べナビデスとプルミエール・レミューの居場所はどこだ?」
692 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/15(火) 19:08:40.93 ID:CRgXx40Z0
……メディアが狙いではないのか?そもそも、はるか西のアングヴィラの近衛兵団団長ともあろう者が、わざわざ単騎でエリックやプルミエールさんを狙うなんて……

金髪の男は、深紅の大剣を地面に突き刺して言う。

「居場所を教えれば見逃してやるよ。俺はその『女神の樹の巫女』には興味がないんでな……」

「……何でエリックたちを。アヴァロン大司教とは、仲間なのか」

「仲間……というより同盟だな。ただ、互いにやることは干渉しないことになってる。ま、『魔王エリック』と『魔女プルミエール』を殺したいのは同じだが。
お前があいつらと一緒にいたことは知ってる。素直に吐きな」

俺は悩んだ。エリックたちには恩もある。ただ、あいつが親父の仇であるのには変わりない。
ここであいつらを売っても、問題はないんじゃないか。俺にとって大事なのは、メディアとこの街を抜け出して逃げ切ることだ。

「あ、あいつらは……」

「駄目」

メディアが、鋭い目で俺を見ると、小さく首を振った。

「あなたは、そういう人じゃない。それに、教えてもきっと……彼は私たちを殺す」

「え」

もう一度、デイヴィッドと名乗る男を見る。……目の底に、深い闇が見えた気がした。
……確かに、こいつの言うことを信じられる保証はない。

……俺は悩んだ。行くも地獄、退くも地獄。そして、俺には……力がない。

「どうしろと言うんだ」


「私に任せて、あなたは逃げて。『あなたは助かる』」


分かったと言いかけて、俺は強烈な違和感を覚えた。「あなたは助かる」?つまり、自分を犠牲にすると?
ダメだ、それだけはダメだ。彼女には、生きてもらわないと意味がない。2人で生き残らないとダメだ。
でも、どうすればいい?目の前の男は、間違いなく強い。エリックならともかく、俺でどうにかなる相手じゃ……


俺の頭の中に、恐ろしい考えが浮かんだ。

693 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/15(火) 19:09:27.77 ID:CRgXx40Z0

……そうか。これなら彼女を守ることができるかもしれない。とりあえず、2人で生き残るとしたら、これしかない。


俺は、メディアをおもむろに抱きしめた。そして……


「……ごめん」


そう一言言うと、俺は彼女の唇を奪った。そして、舌を深く挿し入れる。
欲情のためじゃない。彼女の唾液を、体液を摂取するには……これしかなかったから。


「むっ……!!?むちゅっ……」

「駄目っ!!!んんっ……それは、んぐっ、それだけは……!!!」


身体が一気に熱くなる。そして、頭が俺のものじゃないかのように、急速にめぐり始めた。

694 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/15(火) 19:10:27.28 ID:CRgXx40Z0


背中が、熱イ。両腕ガどこマでも伸びテイク。


そうダ。メディアヲ守ルには……ヒトであルコトヲ、ヤメレバイイ。



「WOOOOOOOO!!!!!」


俺の……カルロス・ゴンザレスの人としての意識は、そこで途絶えた。


695 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/15(火) 19:11:10.23 ID:CRgXx40Z0
場所紹介

「ロックモール・イリア海水浴場」

ロックモールの一大名所。富豪の高級別荘が立ち並ぶ一角にある。一般人には解放されておらず、特権階級の憩いの場である。
近くには温泉を活用した「ロックモール総合病院」もある。ここはユングヴィの世俗派が運営する病院であり、アヴァロンら原理主義派との関りは薄い。
なお、イリアとは先代の「女神の樹の巫女」の名である。

人がほとんどいなかったのはカルロスの推測通りであり、テルモン主導で戒厳令が出されたため。
なお、デイヴィッドは「アングヴィラ近衛騎士団団長」であるため、ユングヴィ教団を警戒するテルモンの兵士たちからはスルーされている(というよりテルモンへの協力者と騙っている)。
696 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/15(火) 19:12:16.03 ID:CRgXx40Z0



第27-2話



697 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/15(火) 19:12:58.93 ID:CRgXx40Z0


「……これは酷いにゃ」

別荘に入るなり、強い血の臭いが鼻についた。玄関先には事切れたテルモン兵が横たわり、その少し向こうにはユングヴィの神官兵が腹を剣で貫かれていた。
内部ではかなり激しい戦闘があったみたいだ。数の上ではこちらが有利だったはずだけど、エストラーダの攻撃を食らったのも確かいたはずだから、全体としてはそう戦力は変わらなかった、ということか。

「気を付けな……まだ、いるかもしれない」

デボラさんにボクは頷く。彼女の顔色は青白いままだ。出血は何とか止めたけど、骨までは治せなかったかもしれない。ボクも限界だけど、残党がいたらボクが戦うしかない。

ゴトッ

抜け道がある地下室に向かおうとすると、何かが倒れる音がした。そこに向かうと……

「ヴェルナーさん、かにゃ?」

頭から血を流しながら立ち上がろうとするヴェルナーさんが見えた。その横には、ハンマーと神官兵の死体が転がっている。

「……アヴァロン、は」

「まだにゃ。向こうでボクらの仲間が戦ってるにゃ。ボクらはカルロスを追うにゃ……歩けるにゃ?」

「かたじけない……こいつら、魔法か何かで強化されてやがった……ただの神官兵と見て、侮ってたよ……」

地下室の扉を開けようとしたけど、しっかりと鍵がかかっていて開かない。中に人の気配はなさそうだ。

「デボラさん、銃を」

「魔導銃」を受け取り、できる限りの出力で放つ。轟音と共に、扉は砕けた。

「大丈夫、かい?」

「……もう余力はほぼないにゃ。でも、行かなきゃ」

案の定、カルロスとメディアは逃げた後だった。どのくらい前に逃げたかは分からないけど、急いだ方がいいと本能が言っていた。

その次の瞬間。


ゾワッ


外から、恐ろしいほどの魔力の高まりを感じた。……まずいっ!!
698 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/15(火) 19:13:55.30 ID:CRgXx40Z0


「走るにゃっ!!!」


抜け道に至る扉を確認し、2人を支えながら駆ける。扉を閉めるのと、光と共に何かが消える気配がしたのは、ほぼ同時だった。

「なっ……!!?」

「多分、アヴァロンの魔法にゃ。ボクらを消そうとしたのにゃ」

「『消す』?」

「いいから急ぐにゃ、あの2人だけじゃ身は守れないにゃ」

ふら付きながらも崖を降り切る。カルロスたちの姿は、まだ見えない。

「……上手く、行ったかね」

「分からないにゃ」

彼らが神官兵に捕まらないとは言い切れない。ただ、数はずっとテルモン兵の方が多い。多分大丈夫だろうという、うっすらとした推測はあった。
ただ、どうにも嫌な予感が消えない。砂浜を歩きながら、足がどんどん重くなるのが分かった。理屈じゃない、本能が何かを訴えかけている。


街道が、向こうに見えた。……その時。


ぞわわわわっっっ


強烈なマナ……いや、邪気!?それも、2つ???
699 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/15(火) 19:14:30.23 ID:CRgXx40Z0

「何だいこれはっ!!?」

「行くにゃっ!!ヴェルナーさんは、ここで待ってるにゃ!!」

「し、しかし」

「あなたの傷が一番深いにゃ!何かあったら逃げてにゃ!!」

首を縦に振る彼をしり目に、ボクは気力を振り絞って走る。全身が軋んで、すぐにでも倒れ込みそうだ。でも、この中で何とかできるとしたら、ボクしかいない。


そして、ボクが見たものは。


ぞわわわわっっ!!


エストラーダ候と同じように背中から無数の「枝」を生やす、カルロスの後ろ姿だった。そして、彼と対峙しているのは……深紅の大剣を振るう剣士。


「邪魔だあっっ!!!!」


ブンッという風切り音が、ここまで聞こえた。切り落とされた枝の付け根から、間髪を置かず新しい枝が生えてくる!?


「WOOOOOOOO!!!!」


獣のような咆哮。そして、彼がメディアを胸の中に抱きながら戦っていることに、ボクは気付いた。

「カルロスっ!!?」


「ダメっっっ!!!」


メディアの叫びが聞こえると同時に、「触手」が3本、ボクの方に飛んできた。……しまった、反応が……
700 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/15(火) 19:15:12.34 ID:CRgXx40Z0


「何ぼーっとしてるんだいっ!!!」


後ろからボクについてきていたデボラさんが、左腕だけで僕を抱えた。勢いあまって倒れたボクらの頭上を、触手が通り過ぎる。

「……あ」

「呆けてるんじゃないよっ!!あれは、もう『カルロス』じゃないっ!!今すぐ戻って、エリックたちに伝えにいくよっ!!」

……デボラさんの言う通りだ。多分、あれは……メディアに近づく人間を全て「敵」と認識しているんだ。こうなった以上、ボクらにできることは、ない。

起き上がって後退しても、「触手」の追撃はない。「カルロス」と戦う男が、ボクらの味方とも思えない。……退く以外に、道はなさそうだ。

「……分かった」

ボクらは、ふらつく足で走り出す。ボクもデボラさんも、正直体力は限界だ。それでも、気力を振り絞らないと。

「彼」がどうなるかは、ボクには全く分からない。ただ、エストラーダと同様殺戮を引き起こすなら……誰かが止めないとダメだ。
じゃあ、それは誰だ?エリックにそこまでの余力が残っていることを、ボクは心から祈った。


……そして、多分それはただの願望であることも、ボクは知っている。


「ぐあっ……」

「シェイド!?」

砂に足を取られた。これ以上は……走れそうもない。猫の姿になった所で、この足場の悪さではエリックたちのところまでは戻れない……か。

「デボラさん、任せたにゃ。ボクは少し……休むにゃ」

「……分かった」

彼女も右肩を負傷してて、全く万全じゃない。ただ、戦闘するならともかく、体力的にはまだボクより余裕はある。ボクにできることは、ただ……これ以上の襲撃がないのを祈るだけだ。
701 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/15(火) 19:16:05.25 ID:CRgXx40Z0


サクッ


誰かの足音がする。砂浜にはほとんど人はいない。ヴェルナーさんが、30メドほど離れた木陰で休んでいるのが見えるぐらいだ。
ボクはそのまま寝てしまいたいという欲求を振り払い、身体を起こす。もしさらに追っ手がいるなら……ボクは、ここまでだ。


サク、サクッ


疲れで視界が不鮮明だ。誰かが近付いているのは分かるけど、まだはっきりとは見えない。


「……誰、にゃ」


その顔が見えそうになった瞬間、ボクの視界が白い霧のようなもので覆われた。


「……!!?」


身体から、力が抜けていく。そしてボクは、そのまま意識を失った。



702 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/15(火) 19:16:53.18 ID:CRgXx40Z0
キャラクター紹介

カルツ・ヴェルナー(35)

男性。テルモン王国のシュヴァルツ第四皇子付きの騎士。身長178cm、78kgの筋肉質で短い黒髪。眼光鋭く、無精ひげの無骨な男。老け顔。
下級貴族の出だが、その剣術の腕を買われ第四皇子とはいえ皇室付きの騎士にまでのし上がった。
決して剣術の技巧は優れていないが、愚直な太刀筋で相手を消耗させ、頑強な肉体に任せて肉を斬らせて骨を断つ戦術を得意とする。
その剣同様、本人も不器用な職人肌。命令を忠実、着実に不平を言わずこなすため、皇室の信頼は厚い。
皇弟ナイトハルト・ヴォルフガングから召し抱えの話もあったが、シュヴァルツ皇子付きになってまだ1年ということもあり固辞している。

なお、意外にもグルメであり、こっそりと各地のレストランの記録を付けている。あくまで備忘録であり、人に見せるものではないとのこと。
何度も縁談が来ているが、任務以外では口下手なのと強面な外見が災いし未だ独身。
本人は独身であることに負い目や焦りを感じていないというが、ロックモールで主人が娼館に入り浸っているのを見て少し心が揺らいでいる。
703 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/15(火) 19:18:40.51 ID:CRgXx40Z0
今回はここまで。

ちょっと息抜きに番外編でもやろうかと思っています。
なるべくぬるーいやつです。(人口が減っている中あるのかは知りませんが)何かリクエストがあればどうぞ。
704 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/12/16(水) 23:58:41.02 ID:mx1fXFSDO

有りすぎて迷うから選択方式にしてくれ
705 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/17(木) 08:53:38.69 ID:k1echxTrO
>>704
とりあえず考えているのはこの辺りです。

1 プルミエールの酒品評会
2 ヴェルナーのレストラン探訪
3 エリザベートとランパードの道中記

他に何かあれば考えます。27話はあと3、4パートで終わるはずです。
706 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/12/18(金) 16:48:46.02 ID:aOJnNIGDO
1だな
707 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/12/28(月) 00:09:30.93 ID:g6U9DEhfo
待ってる
708 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/29(火) 21:31:36.75 ID:Dh94pGk20
大分お待たせしました。息抜きパートを作ろうと思案中なのですが、シナリオになかなかそれらしき区切りがつきません。
イメージとしては次の次の章ぐらいにそういう余裕ができそうなのですが、少々お待ちください。

とりあえず、投下します。
709 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/29(火) 21:32:11.39 ID:Dh94pGk20




第27-3話



710 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/29(火) 21:33:13.36 ID:Dh94pGk20


私がこの世に「生まれ落ちた」のは、1年前だ。


女神の樹の下にいた私を拾ったのは、ユングヴィ教団の老司教、オフィーリア・アーヴィングだった。
彼女は統治府での執務の帰りに、たまたま私を見つけたのだ。

『あなたを守らないと』

開口一番、彼女は言った。

『どうしてですか』

『あなたが『女神の樹の巫女』だから。あなたの存在を知ったら、利用したり、殺そうとしたりする人がすぐに現れる』

私は驚いた。私の中にある「樹の記憶」から、利用されたりすることがあるだろうことは知っていた。そして、「私の娘」が犯してしまったことから、危険視する人がいるだろうことも理解していた。
でも、私を見てすぐに「女神の樹の巫女」だと彼女が理解したのは、さすがに予想外だった。傍から見たら、裸で横たわっている変な女にしか見えないはずだ。

『なぜ分かったのですか』

『無駄にこの街で70年以上生きているわけじゃないのよ。それに『女神の樹』については、こちらでも色々調べているの。
上に話をするととても面倒なことになりそうだから、私のところで止めているのだけどね』

『……なぜ、私を助けようと』

『過去の『巫女』の末路は知っているわ。その誰もが、不幸せな結末になった。
最初の巫女は悲恋の結果ここに根を生やし、2人目は慰み者となった挙句に命と引き換えにこの街を作った。そして3人目になってやっと子を成すことができたけど、その子は惨劇を引き起こしてしまった。
あなたの意識がどれなのか……あるいはその全てなのかは分からない。でも、私はあなたに『普通の女性』として生きてもらいたいの』

『え』

『それが神の教えだから。私の個人的な想いもあるけど、それはまたいつか、ね。ついてらっしゃい、とりあえずその恰好を何とかしないといけないわ』
711 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/29(火) 21:33:50.63 ID:Dh94pGk20
#

オフィーリアさんはロックモール郊外の彼女の私邸に、私を匿った。そして、人としての生き方や知識を色々と教えてくれた。

彼女は、ユングヴィ教団のロックモール支部を束ねる人だった。一応原理主義派に属しているけれど、心情的には世俗派に近いらしかった。
ロックモールにある病院の院長も兼ねていて、いつもとても忙しそうにしていたけど、とても親切で温厚な人だった。

そして、私が「人」として生きていく道はないか、こっそりと探してくれていた。
それは悲しいかな、ついに見つけられなかったのだけど。

家族のことを一度だけ聞いたことがあるけど、とても寂しそうな顔になったので慌ててやめた。
人には、触れられたくない過去があるのだと、その時知った。


とても、幸せな時間だった。多分、先代たち含めても、一番幸せだったかもしれない。


712 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/29(火) 21:34:41.62 ID:Dh94pGk20
#


それは、ほかならぬユングヴィ教団によって壊された。私の存在が、どこからか漏れたのだ。


そして、オフィーリアさんは自分の命と引き換えに……私を逃がした。カルロスと出会ったのは、その夜のことだ。

713 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/29(火) 21:35:20.44 ID:Dh94pGk20
#

最初は、当面の隠れ蓑としてしか、彼のことを考えていなかった。でも、彼は真っすぐで、優しかった。
そう……先代たちが愛してしまった男たちのように。

そして、私もまた、彼に惹かれてしまった。

それがただの本能なのか、それとも私の「記憶」によるものなのかは分からない。でも、それが誤ってると知っていても……想いは強くなってしまった。
だから、あの日……私が浚われたことはむしろ僥倖だったのかもしれない。多分、私の方が耐えきれなくなっていただろうから。

結ばれることは、何かしらの破滅に繋がる。そう理性では分かってた。
オフィーリアさんからも、「もしその時が来たら、まずゆっくり考えなさい」と釘を刺されていた。
この身体である限りは、誰も愛することはできない。……分かってたはずだった。

だから、アヴァロンに連れ去られ、「女神の雫」を作れと命じられても、私は抵抗しなかった。
ああ、これでよかったのだ。先代たちのような「過ち」を、繰り返すことはない。……そう思い込もうとした。
714 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/29(火) 21:35:58.45 ID:Dh94pGk20
#


ああ、なのに。分かっていたのに。


私は、愛されたいと思ってしまった。だから、カルロスのキスを……受け入れてしまった。

715 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/29(火) 21:36:26.04 ID:Dh94pGk20
#

彼の胸に抱かれながら、私は悔恨の念でいっぱいになっていた。
でも、涙は、流れない。すごく泣きたい気分なのに、泣けないのだ。


……ああ、私は所詮「魔物」なのだ。それを実感し、さらに悲しくなる。代わりに、強く握った手のひらから緑色の「血」が滲むのが分かった。


頭上では、彼の「触手」が必死に私を守っているのが分かった。深紅の大剣の男の剣戟は凄まじく迅く、そして重い。私でもそれが分かった。
剣の一振りで、幹のような「触手」が何本も斬り飛ばされていく。


「邪魔だってんだろうがぁっ!!!!!」


ヴォン


剣から放たれた衝撃波が、私とカルロスを襲う。ボロボロになったカルロスが、残り少なくなった「触手」で盾を作った。……しかし。


バキィッッッ!!!


それは他愛もなく砕け散る。触手の隙間から見える男の顔は、まるで悪鬼のようだ。


地面に剣を突き刺してからの男の攻撃は苛烈だった。明らかに、人間を超越した何かだった。いや、本当に彼は人間をやめかけているのかもしれない。

あの剣が「遺物」と呼ばれるものであることは薄々分かった。
……あれは、ヒトが持っていいものじゃない。ヒトを確実に狂わせるものだ。理屈ではなく、本能で私はそのことを知っていた。

でも……私は、何もできない。……あまりに、無力だ。


胸に抱いている、宝石をちらりと見る。これを使えばきっと、この危地を脱することができるだろう。
でも、それはカルロスが否定したやり方だ。彼の想いを裏切ることになる。……それだけは、できない。


手のひらから、一筋緑の血が流れた。こうやって彼にわずかずつ力を与え続けているけど……もう、限界だ。


「終わりだっっっ!!!!!」


ザンッ!!!


最後の盾も破られた。カルロスは干からび、崩れ始めている。


…………ごめんなさい。私になんて、会わなければ…………


堅く目を閉じる。……このまま、カルロスと一緒に斬られるのだ。
716 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/29(火) 21:37:07.92 ID:Dh94pGk20



「なっ!!?」



その時、男が飛びのくのが見えた。……何だろう?エリックさんたちが来たのだろうか。


ガチャッ


顔を上げる。そこには、見たことのない鎧を着た、2人組がいた。顔は、異形の兜に覆われて見えない。

717 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/29(火) 21:38:10.95 ID:Dh94pGk20


「……誰だ、貴様らは」


「別に名乗るほど大した者じゃないよ、デイヴィッド・スティーブンソン」

青い鎧の声の主は、若い男性のようだ。

「チッ」

大剣の男が剣を薙ぐ。その衝撃波を、もう一人が容易く掌で弾き返した。

「攻撃は効かないわよ。こちらからの有効打も、多分ないけど。
でも、この子たちを守ってエリック・ベナビデスたちが来るのを待つことくらいはできるかな」

もう一人の、赤い鎧の中は女性みたいだ。デイヴィッドと呼ばれた男の顔が歪む。

そして、大剣を再び地面に突き刺した。


「……魔王が来るまで温存しとくつもりだったが……使うしかねえなぁ!!……轟け、『スレイヤー』ッ!!!」


深紅の剣が、赤い光を纏う。天まで届こうかという光と共に、その斬撃は振り下ろされた。


……しかし。


ズォンッッ!!!!


青い鎧の男性が、それを全身で受け止めた!??


「うおおおおっっ!!!!!」


パァンッッッ!!!!!


甲高い破裂音。男が、呆気に取られたような表情で彼を見つめる。

718 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/29(火) 21:38:38.03 ID:Dh94pGk20


「……マジ、か??」


鎧は真っ二つに割れた。しかし、男性は苦笑いを浮かべ、傷一つなく立っている。赤い髪の、精悍そうな人だ。

「あーあー……『パワードスーツ』が破壊されるとはねえ……こりゃ、シュトロートマンさんにまた小言言われそうだな」

「あーあーじゃないわよ、ブラン……。それが壊されること自体、相当想定外なんだから。
でも、もうあなたに打つ手はないかな。その遺物を『解放』すれば皆殺しにできるだろうけど、あなたも死ぬ。つまり『詰み』ってやつ?」

デイヴィッドが何か唱えるのが分かった。背後に、空間の歪みができる。

「……悪いが、逃げさせてもらうぜ」

「逃がすかよ!!!」

ブランと呼ばれた男性が、銃を抜こうとした。デイヴィッドは剣を振るい、彼を妨害しようとする。
衝撃波を、赤い鎧の女性が身をもって防いだ。

「あっぶないわね……ここまでで、良しとしましょ?」

デイヴィッドは、空間の歪みに消えようとしている。

「……テルモンの、反皇帝派かっ!!!」

「ご存知のようで光栄ね、アングヴィラの近衛騎士団長様。ま、またお会い……はしたくないわね」

反皇帝派??そんなのが、なぜここに……??

そして、デイヴィッドはいずこへと去った。

「大丈夫??」

「え、ええ。……あなたは」

女性が兜を脱ぐ。長く黒い髪の、快活そうな女性だ。


「私は、クロエ。クロエ・シュトロートマン。アリス・ローエングリン教授からのお願いで、ここに来たわ」


719 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/29(火) 21:39:03.61 ID:Dh94pGk20
キャラクター紹介

オフィーリア・アーヴィング(享年73)

女性。ユングヴィ教団のロックモール司教であり、教団が運営する病院の院長でもあった。
実質的なロックモールの顔役であり、テルモンとモリブスの両国の勢力を取りまとめられるだけの人物であったと言える。
元は娼婦であったが、身請けした貴族が夭折したのを受けて帰依。以来「聖母」として人々の信頼を集めた。「蜻蛉亭」のカサンドラも、彼女の影響を強く受けている。
テルモン系の人間ではあるが、心情的には反皇帝派であり、その関係上モリブスの世俗派との交流もあったようである。

その人望と政治手腕からテルモン皇室、イーリスの原理主義派からは危険人物とされてきた。
彼女には政治的野心が乏しかったが、アヴァロンは彼女を排除する切欠をひたすら欲しがっていたようである。
果たして、野心ある若い神父の手によりメディアの情報がリークされ、これを口実に彼女は邪教徒として殺された。反論の余地もなく、一刀両断であったようである。

なお、メディアを人間に戻す方法は色々と探していたようだ。
実はアリスとシェイドの存在にも辿り着いており、亡くなる直前には会う約束も取り交わしていた。
もし彼女の死がなければ、メディアはアリスの元にいた可能性が高い。
720 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/29(火) 21:39:47.81 ID:Dh94pGk20




第27-4話



721 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/29(火) 21:40:21.81 ID:Dh94pGk20


……誰だこいつは。


目の前にいる異形の2人を見て、さすがの俺も動きが止まった。


男は上半身こそ普通だが、下半身には見慣れない意匠の甲冑を着けている。
女はもっと異様だ。赤い、似たような甲冑だがやたらと曲線的で、継ぎ目が見当たらない。こんな防具は、見たことがない。


「主役登場、ね」

女が笑う。そこに敵意はない。それだけは分かった。


……ただ、この状況を整理できない。カルロスは枯れ果て、いるはずのデイヴィッドはどこかへ消えている。メディアは無事なようだが……


何がここで起こった?


722 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/29(火) 21:41:27.02 ID:Dh94pGk20
#

そもそも、ここに来るまでがおかしかった。

デボラに案内されるまま、限界に近い身体を何とか動かして俺たちは砂浜を走った。
途中、木陰で休んでいるヴェルナーを見つけた。息があることを確認し、もう少し先へと進む。

「シェイド!!?」

デボラがうつぶせに倒れているシェイドに駆け寄る。その表情は、すぐに安堵へと変わり、やがて疑念へと変わった。

「……どうした?」

「いや、寝てるだけさ。……でも、『マナが戻っている』」

「何?」

「こいつもギリギリで動いてたからね。だから、ここであんたらを呼びに行くのを託されたんだ。
『少し休む』って言ってたから、意識を失っているのはいいんだ。でも、体力もマナも回復しているなんて、あり得ない」

「……誰かが回復魔法を??」

後ろからプルミエールが割り込んできた。デボラは首をひねる。

「どうだろうね。というより、睡眠魔法(スリープ)もかけられてる気がする。
あたしはここで少しシェイドの様子を見るよ。あんたらは先に行ってな。あたしじゃ、あいつらとは戦えない」

「あいつ『ら』?」

「深紅の大剣を持った男さ。間違いなく『使う』」

ぞわっと背が逆立つ錯覚がした。……あいつだ。

「……デイヴィッド……!!」

「やはり、知ってたね」

「……万全でないと、戦える相手じゃない。無理そうなら、すぐに全力で逃げる。
カルロスについては……運を天に任せる以外にない」

オルランドゥ魔術都市から出た際、デイヴィッドはまだ実力を隠していた。
もしあそこで本気を出されていたら……どちかが死んだはずだ。
そして恐らく、それは俺の方だっただろう。「閃」は、プルミエールがいる以上使いようがなかったからだ。

逃げる体力は残っているか?数秒ぐらい、「5倍速」を発動できる程度はある。ただ、誰かを守るのは……無理だ。

「プルミエール、お前はここにいろ」

「……分かった。無理は、しないで」

「そのつもりだ」

俺は小走りで街道へと向かった。……戦闘は、もう終わっている?
723 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/29(火) 21:42:12.94 ID:Dh94pGk20
#

……そして、俺はこの2人と出会った。

メディアが抱いているのは、干からび骨と皮だけになりつつあるカルロスだ。まだ息はあるのだろうか。

「……主役、だと?」

「そう。アリス教授からの依頼でやってきたってわけ。ああ、さっき彼女には自己紹介したけど改めて。
クロエ・シュトロートマンよ。よろしく」

差し出された手を握るべきか、俺は躊躇した。敵意はないが、本当に信用できるのか?

男が肩を竦める。

「その格好じゃ怪しまれるだろ。『パワードスーツ』、解除しないと」

「あ、それもそうね」

女が左手首に触れると、甲冑は煙のように消えた。女はごく普通の町人姿になる。……こんな魔法、見たことがない。

「何をやった、そして何者だ?」

「あー、これ?装備を解除したの、魔法じゃないわ。まあ説明が長くなるけどそれは置いとくわね。
私はカール・シュトロートマンの娘。パパの名前は聞いたことあるでしょ?」

「……テルモンの反皇室派の長か?確かに、アリス教授は協力関係にあるとは聞いていたが」

「そ。で、今手が離せないってことで、私たちが代わりにね。というか、この子大丈夫?」

メディアが悲しげに首を振る。

「……私のために……力を使いきった。もう、このままじゃ」

男がカルロスに駆け寄る。すぐに渋い顔になった。

「……確かに、これはまずいな」

「何とかできそう?」

「さっきの子供はただの過労だから良かったけど、こっちは深刻だね。……一応薬一式はあるけど、見たところ老化の進行だから気休めにしかならない」

「……そうか。彼、あなたの大切な人なんでしょ?」

コクン、とメディアが頷く。

「もう、どうしようも……」

「苦痛なく逝かせることならできるけど。延命を望むなら、一応応えられる」

……こいつら、医者か何かか?シュトロートマンの娘が、そんな大層な奴だとは聞いたことがない。

「延命?」

「といっても数日。最期のお別れぐらいは言えると思うわ」

メディアは悲しそうに俯き、胸元から緑の宝石を取り出した。

「……これを使えば、彼は助かる」
724 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/29(火) 21:42:43.15 ID:Dh94pGk20

「……あなた、それって」

「『女神の雫』。私の生命の結晶。そして、『願い』を一つだけ、叶える力を持つの」

男の目が見開かれた。

「伝承は、マジだったのか!!?」

「……伝承?」

「ああ。ユングヴィに伝わる話だ。『巫女は命と引き換えに『女神の雫』を産み出し、それをもって干天に慈雨を降らせた』とね。
150年前、怪物となり倒れた夫の願いを聞き入れ、巫女は雨を降らせたのさ。
自分を我が物にしようとした豪商と、ロックモールの一部を水没させるだけの豪雨をね。
そして、その引き金となったのが、その宝石って話だ。娘を逃がした時に、もう覚悟は決まっていた……と解釈されてる」

「随分詳しいのね」

男が苦笑した。

「まあ、一応イーリスの人間だしな。……エリックが来たということは、アヴァロンは」

「俺が殺した」

「そうか。親父に代わって礼を言うよ。まだ、残党は多いが……」

「親父?」

「ああ、俺の紹介がまだだったな。ブラン・コット。親父はイーリスの第一師団団長だ。俺は放逐された身だがな」

イーリスの第一師団団長の息子?それが、なぜシュトロートマンの娘と……一体、何が起きている?

クロエがメディアを見つめた。

「……それを使えば、あなたは死ぬ。でも、彼は助かる。そういうことね」

「……私は、所詮ヒトじゃない。そして、誰かを愛することも許されない。……ならせめて、この命は彼を助けるため……」


「……ダメ、だ」


掠れた声。カルロスが、口を開いた。
725 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/29(火) 21:43:33.08 ID:Dh94pGk20

「……あなた、それって」

「『女神の雫』。私の生命の結晶。そして、『願い』を一つだけ、叶える力を持つの」

男の目が見開かれた。

「伝承は、マジだったのか!!?」

「……伝承?」

「ああ。ユングヴィに伝わる話だ。『巫女は命と引き換えに『女神の雫』を産み出し、それをもって干天に慈雨を降らせた』とね。
150年前、怪物となり倒れた夫の願いを聞き入れ、巫女は雨を降らせたのさ。
自分を我が物にしようとした豪商と、ロックモールの一部を水没させるだけの豪雨をね。
そして、その引き金となったのが、その宝石って話だ。娘を逃がした時に、もう覚悟は決まっていた……と解釈されてる」

「随分詳しいのね」

男が苦笑した。

「まあ、一応イーリスの人間だしな。……エリックが来たということは、アヴァロンは」

「俺が殺した」

「そうか。親父に代わって礼を言うよ。まだ、残党は多いが……」

「親父?」

「ああ、俺の紹介がまだだったな。ブラン・コット。親父はイーリスの第一師団団長だ。俺は放逐された身だがな」

イーリスの第一師団団長の息子?それが、なぜシュトロートマンの娘と……一体、何が起きている?

クロエがメディアを見つめた。

「……それを使えば、あなたは死ぬ。でも、彼は助かる。そういうことね」

「……私は、所詮ヒトじゃない。そして、誰かを愛することも許されない。……ならせめて、この命は彼を助けるため……」


「……ダメ、だ」


掠れた声。カルロスが、口を開いた。
726 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/29(火) 21:44:12.83 ID:Dh94pGk20
(二重投稿失礼しました)



「君、は、生きなきゃ、いけない……人間になる、方法は、アリスって人が、知ってる、んだろう……」

「……カルロス」

「俺の、ことは……いいんだ。君を、守れた、だけで……」

ブランが首を振った。

「もう喋るな。寿命が……」

「俺は、満足、だよ。メディア、君は、君の人生を……」

俺は唇を噛んだ。……安い悲劇だ。こんな結末を見たかったわけじゃない。
アヴァロンは討ち、エストラーダ候も塵に帰った。だが、この2人を守れなかったことは……痛恨の極みだ。

確かに、2人を守ることは、俺の宿願とは何の関係もない。だが、父上の教えには背く。
「頼まれたことは、最後まで遂行しろ。それが君主たるものの務めだ」。父上は、事あるごとにそう言っていた。

俺は、魔族を統べる君主たらねばならない。見捨てることは、決してできない相談だった。


……何か、できないのか。本当に、打つ手はないのか。


メディアがクロエの制止を振り切り、宝石を強く握る。


「……嫌。あなたの記憶を消してでも……!!!」


その時、向こうからプルミエールとデボラの姿が見えた。


…………それだ!!!


「加速(アクセラレーション)5ッッッ!!!!」
727 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/29(火) 21:45:21.99 ID:Dh94pGk20


宝石が砕かれようとした瞬間、俺は力尽くでそれを奪う。そして叫んだ。


「デボラッッ!!!『時間遡行』を!!!」

「えっ!!?」

「今なら間に合う!!余力は!?」

「ほとんどないけど……」

俺はクロエとブランを見た。

「今から治療をやるっ!!今から来る亜人の女に、体力回復の治癒魔法を!!あとはあいつが何とかするッッッ!!」

「え」

「いいからすぐにだ!!できるんだろ、強力な治癒(ヤツ)!」

そうだ。シェイドの様子からして、あいつの体力を回復させたのはこいつらのうちのどちらかだ。
なら、その力を借りれば……デボラの魔力を回復させれば、「時間遡行」で「干からびる前の」カルロスに戻すことは、多分できる!

一瞬呆気に取られていたクロエが「ああ」と呟いた。

「あれは魔法じゃないわ。薬を霧状にして、ついでに眠らせただけよ。寝ないと体力は戻らないから。でも、お望みとあらば……」

彼女は一瞬のうちに、赤い甲冑姿になった。そして何か操作すると立て続けにデボラとカルロスに霧を放つ。

「あ……か……」

「デボラさんっ!!?」

崩れ落ちるデボラを、プルミエールが支えた。カルロスもまた、ガクッと首が横に倒れる。

「とりあえずお望み通りにね。ここじゃ目立つから、少し場所を移動しましょうか」
728 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/29(火) 21:45:57.49 ID:Dh94pGk20
アイテム紹介

「女神の雫」

「女神の樹の巫女」がその生命力を注いだ結晶。砕くことで、巫女が願った「奇跡」を起こすことができる。
奇跡の力は相当に強く、死者蘇生など世界の理をねじ曲げることまで可能。ただ、世界の征服や破滅など大それたものはできない。
結晶は硬く簡単には砕けないが、巫女だけは簡単に破壊することができる。
なお、破壊すると巫女は死ぬ。いわば心臓のようなものである。

女神の樹の巫女の体液は直接飲むとエストラーダやカルロスのように人外化を引き起こすが、一定以上希釈すればまさに万病の薬となる(そして強烈な媚薬ともなる)。
このため、生殖という役目を終えた巫女は利用されるのを防ぐため「女神の雫」を作るのである。いわば、自決装置のようなものである。
もっとも、それ自体に奇跡という副次的な効果があるため、かえって狙われる理由になっているのだが。

メディアについて言えば、彼女は早い段階で死を覚悟していた。
「同じ死なら人の役に立つ死を」ということで、アヴァロンに言われるまま雫を生成していたというわけである。
なお、アヴァロンの願いについては次回ブランが明かすことになるだろう。一応、私利私欲ではない。
729 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/29(火) 21:46:45.77 ID:Dh94pGk20




第27-5話



730 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/29(火) 21:47:12.76 ID:Dh94pGk20

「……落ち着いたか」

「そうみたい。デボラさん、さすがに疲れて眠ってるわ」

私はゆっくりと扉を閉めた。……やっと、一息つける。

私たちは、「蜻蛉亭」にいた。娼館の部屋を病室代わりに使わせてもらえることになったのだ。
カサンドラさんは「お代は頂くわよ」と言っていたが。魔族であるエリックの姿を見ても嫌な顔をしなかった辺り、やっぱりいい人なんだろう。

カルロス君の処置は、一応無事に終わった。
デボラさんの付き添いで見ていたけど、「時間遡行」の過程で例の「触手」が背中から生えて来た時にはさすがに焦った。エリックを呼びに行こうと思ったくらいだ。
でも、もともと深い眠りに入ってたらしく、暴れることは幸いなかった。何でも、あのクロエさんという人の薬が効いていたらしい。

カルロス君の生命力はかなり失われているらしい。デボラさんからは「流れた血は元に戻せない」とは聞いていたけど、それと同じ理屈のようだ。
あのデイヴィッドには随分触手を斬られていたみたいだ。どうもその影響があるんじゃないかという。

それでも、彼が一命を取り留めたのは確かだ。

今、カルロス君はメディアさんが看病している。
まだ乗り越えなきゃいけない障害は幾つもあるだろうけど、一先ず大きな山は越えたんじゃないか。私はそう思った。

シェイド君はというと、猫の姿に戻ってまだ寝ている。私はもちろん、エリック以上に体力を酷使したのだろう。
そもそも、シェイド君にとって亜人の姿は仮初めのものだという。その状態を維持するだけでも、結構な体力を使うのだと聞いたことがある。


彼がいなければ、私たちがアヴァロンに勝つことはなかっただろう。いや、これは皆の勝利なのだ。


思い切り喜びたかったけど、そんな気力もないほど、皆疲れ果てていた。
とりあえず柔らかなベッドで、早く寝たいな……


でも、生憎そうもいかない。下には、私たちを待っている人がいる。
クロエさんとブランさんだ。
731 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/29(火) 21:47:50.03 ID:Dh94pGk20
#

1階の応接室に入ると、彼らが落ち着かない様子で座っていた。

「娼館なんて初めてだけど、こんな感じなんだな。もっとゴチャゴチャしてると思ってた」

「来る必要もないでしょ……あ、来た来た」

私たちは、彼らの向かいに座った。

「ごめんなさい、やっと処置が終わって……。お待たせしました」

「いえいえ、お気遣いなく。あなたのことは、アリスさんから聞いてるわ。今までで一番の学生だと」

「そんな……お世辞ですよ」

コホン、と隣から咳払いがした。エリックも相当に疲れているらしい。

「手短に頼む。正直、結構限界だ」

「そうね、申し訳ない。私たちがアリス・ローエングリン教授からのお願いで来た、とは言ったわね」

「ええ。でも、なぜあなた方が教授と知り合いなんですか?
確かに、反皇室派を支援しているとは聞いてましたが」

「厳密には『反皇帝派』ね。皇室にもマシなのはいるから。
アリス・ローエングリン教授……そしてジャック・オルランドゥ氏は私たちの協力者であり、皇帝に対抗する力を与えてくれるパトロンなの」

「……解せんな」

エリックが会話に割り込んできた。

「まず、一介の学者がテルモンの件に首を突っ込む理由が分からない。
それに、ブランだったか?お前はイーリス出身で、テルモンの件なぞどうでもいいだろう」

「……そもそも、何で私の父が反旗を翻したか、知ってる?」

「いや」

「皇帝ゲオルグの圧政が理由なんじゃないですか?」

私の言葉に、クロエさんが小さく首を縦に振る。

「それはもちろんある。でも、もっと大きな理由がある。
父はテルモン南西部にある小都市、ヘイルポリスの領主だった。そして、ヘイルポリスには小さな遺跡があるの」

「遺跡?」

「そう。『断絶の世紀』は知ってるでしょ?私たちの世界には、『500年前から過去の記録が一切ない』。
ただ、その手掛かりとなる遺跡は幾つか世界に存在する。ヘイルポリス遺跡もその一つ」

「断絶の世紀」はもちろん知っている。ただ、「遺物」や「秘宝」がその手掛かりになりうるものだとは聞いていた。
ただ、どこから出土したのかというのまでは知らない。


……何か、ざわざわしたものを胸の内に感じる。なんだろう、これ。

732 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/29(火) 21:49:22.91 ID:Dh94pGk20


私は動揺を悟られぬよう、努めて静かに訊いた。

「教授が昔冒険者をやっていたのと、関係があるんですか」

「もちろん。彼女とジャック・オルランドゥ氏は、その発掘作業に携わってた。父もそれを後援していたの。
でも、皇室はそれを潰したかった。だから、3年前にヘイルポリスを襲撃したのよ。何とか死守できたけども」

「どうしてですか?ただの遺跡の発掘作業じゃ……」

その時、「まさか」とエリックが呟いた。

「……狙いは」

「ええ。遺跡に眠る『秘宝』や『遺物』。それを独占するつもりだったんでしょうね。
あれは、使い方によってはとてつもなく危うい。あなたたちは、身をもってそれを知っているはず」


……そういうことか!!鈍い私でも、やっと分かった。


今テルモンで起きていることは、ただの反乱じゃない。強大な武力をどちらが握るかという争いなのだ。
そして、遺跡ということは……

「『サンタヴィラの惨劇』とも、関係がある話なんですね」

「恐らくは。あなたが考える以上に、『秘宝』や『遺物』は世界を変えかねないの。それも、根本から」

「お前たちが着ていたあの鎧も『遺物』か」

ブランさんが肩を竦めた。

「いや、『パワードスーツ』は『秘宝』の方だよ。というか、よく誤解されるんだけど武具だからといって『遺物』とは限らないんだ。
その魔力の源となる『魔洸石』が含まれているか否かが大事でね。あれは、人の精神に重大な影響を及ぼすのさ。
パワードスーツの動力源はあくまで着用者本人の魔力と『電力』。至って平和な代物だよ」

「そんなものを、どうしてお前たちが?その遺跡からの出土品なのか」

「ご名答。で、俺はイーリスの反ユングヴィ教団派としてクロエたちに協力する立場ってわけだ。
まあ、こいつとはガキの頃からの腐れ縁なんだけどな」

クロエさんがやれやれと溜め息をつく。

「『幼馴染』と言ってくれないかな?ま、それはともかく。
私たちがここに来たのは、ヘイルポリスにいるアリスさんとジャックさんの支援をお願いしたいからなの」

「……え??教授たちは、モリブスにいるはずじゃ……!!?」

「襲撃の気配があったからなのかな。数日前にヘイルポリスに『転移』してきたのよ。ジャックさんの容態も良くないみたいでね……
あなたたちのことは、大分気にしてた。そして、ミカエル・アヴァロン大司教の動向も。
でも、彼女は動けなかった。『本当にごめんなさい』と、言伝を預かってるわ」

襲撃……多分、あのデイヴィッドだ。私たちは出くわさなかったけど、2人からカルロス君が戦っていた相手が彼であることは聞いていた。

それにしても、新しい情報が多くて頭が混乱する。というか、私の失われた記憶とも、何か関係があるんじゃ……

私は首を振った。きっと、考え過ぎだ。

「『支援』ということは、何かに巻き込まれているのか?」

クロエさんが頷いた。

「ええ。ヘイルポリスは今、テルモン軍によって襲撃を受けてるわ。
相手は……皇弟ナイトハルト・ウォルフガング。そして父とアリスさんは、その防衛に回ってる」

「そこで、俺たちの力を借りたい。そういうことだな」

「ええ。あなたの目的が、『サンタヴィラの惨劇』の真実を暴くことにあるのは知ってる。
だから、無理にとは言わない。でもさっきプルミエールさんが言ったように、決して無関係じゃない」

エリックが私の目を見た。答えは決まっている。
私はクロエさんに頷いた。


「やります」


733 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/29(火) 21:50:01.59 ID:Dh94pGk20
武器・防具紹介

「パワードスーツ」

「秘宝」の一つ。全身鎧であり、滑らかな意匠を含め明らかに既存の鎧とは一線を画している。
その防御性能も破格であり、「スレイヤー」の力を解放した一撃も一応耐えることができる(ただし受ければ破壊される)。
外見は「アイアンマン」のそれをもう少し曲線的にしたものと考えればよい。クロエやブランの持つもの以外にも、1、2点存在する模様。
なお、左手のバックルに収納することができる。質量は約1kgと軽く、女性のクロエでも問題なく扱える。
本人の魔力に応じて身体能力を引き上げる効果もある。電力はサポート動力程度。兜内部は全方位モニターとなっており、周辺状況を分析するようにできている。

ブランが言う通り「秘宝」と「遺物」の最大の違いは「魔洸石」を内蔵しているかどうかに左右される。
パワードスーツにも「魔洸石」を内蔵する強化版があるようだが、それが現存するかは不明。ただ、あるとすれば間違いなく「特級遺物」だろう。
734 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/12/29(火) 21:50:53.90 ID:Dh94pGk20
今日はここまで。明日で大体追いつきます。
735 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/12/30(水) 01:52:14.76 ID:yvLieVxDO
乙乙
736 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/01/11(月) 18:23:07.72 ID:m+vxd/s9o



第28-1話



737 : ◆Try7rHwMFw [sage]:2021/01/11(月) 18:23:41.06 ID:m+vxd/s9o
テスト
738 : ◆Try7rHwMFw [sage]:2021/01/11(月) 18:24:45.95 ID:m+vxd/s9o
「随分慌ただしいねえ。あんたもまだ回復してないんだろ?」

デボラが苦笑した。右肩は石膏で固められている。

「急いだ方がいいみたいだからな。一応、クロエたちの薬のお蔭で多少は体力は戻っている」

日はまだ低く、涼しさまで感じる。ヘイルポリスまでは2日ほどの道のりだが、それでも早いうちに出た方がいいということだ。


そう、俺たちはヘイルポリスへと向かうことになった。ジャックとアリスを救うためだ。


プルミエールがザックを担ぎ直した。向こうでは、クロエとブランがもう発つ準備をしている。

「デボラさんたちは、しばらくここに?」

「まあね。モリブスから軍隊が来るから、今回の件の説明をしなきゃいけない。一応、一部始終を説明できる立場にはあるからね。
それに、この肩じゃ足手まといになりかねない」

デボラの視線が、プルミエールから俺に移る。

「……アヴァロンの件、本当に心から恩に着るよ。仇の一人を討ってくれた……何と礼を言えばいいのか」

「それはいい。俺だってお前には随分助けられたからな」

「……ふふ、そうだね。『前と同じ御礼』は、できそうもないしね」

意味深に笑うデボラに、プルミエールはきょとんとしている。

「シェイド君も残るの?」

「にゃ。ご主人のことは気になるけど……エリックほど体力が戻ってるわけじゃないにゃ。行くなら万全にしてからにゃ」

「じゃあ、後で合流だね」

「そうなるにゃ。デボラ姉さんも行くにゃ?」

デボラが拳を握ってみせた。

「そうだねえ……まだ、仇は討ったわけじゃない。オーバーバックは、あたしがこの手で」

「蜻蛉亭」から、メディアと車椅子に乗ったカルロスが現れた。

「……もう、行くのか?」

「ああ。メディアを人間にするのはしばらく待ってもらうことになるが、大丈夫か?」

「信じて待つよ」

カルロスがメディアを見上げた。彼女は静かに微笑む。こんな表情もできるのかと、俺は少し驚いた。

「くれぐれも、肉体的接触は避けろ。性交なぞもっての他……」

「んなの肌身に染みて分かってるよ。それにこの身体じゃ、そういうのは無理だ」

クスクス、と後ろでプルミエールが笑う。

「……何がおかしい」

「いや、お母さんみたいだなあって」

少し、顔が熱くなった。

「……っ!ま、まあいい」

「ははは……無事を祈るよ」

「私からも、ささやかですが祈りを」

2人と握手をする。「そろそろいいかな?」と、クロエの声がした。


「分かった。……行ってくる」


4人が手を振る。次に会えるのは、いつだろうか。
739 : ◆Try7rHwMFw [sage]:2021/01/11(月) 18:25:25.18 ID:m+vxd/s9o
#

「存外『魔王』も感傷的なんだねえ」

馬上のクロエがニヤリと笑う。

「……ふざけろ。気のせいだ」

「ロックモールを離れてから、チラチラ『女神の樹』を振り返ってたじゃない。まあ、心残りがあるのは分かるけど」

「うるさい」

横のプルミエールがクスクス笑った。

「……何がおかしい」

「ううん、何も。……戦況は、どうなんですか」

「私たちが出た時は、膠着状態だったと思う。皇弟ナイトハルトが直々に出てくるのは始めてじゃないけど、父には北部の『イミル関』で痛い目に以前遭わされてるから」

「痛い目?」

トントン、とクロエが左手首の腕輪を叩く。

「『パワードスーツ』。ナイトハルトも遺物『グングニル』持ちだけど、父の守りは崩せなかった。手間取っている間に、崖上からの集中砲火を食らって撤収、というわけ。
イミル関は皇都とヘイルポリスを繋ぐ要所なの。今も、多分あそこで止まってる」

「でも、俺たちの支援が必要なのはどういう意味だ?」

ブランが気まずそうに頭をかく。

「アヴァロンによってユングヴィの神官兵が動員されてね。それで皇都での陽動が上手く行かなかった。
アヴァロンは死んだらしいけど、その腹心のアウグストは健在だ。こいつも何考えてるか分からないけど、ナイトハルトと組んだのは嫌な予感がするな」

「アウグスト?」

「そう、アウグスト・フェルナンデス。あいつは基本イーリス内部でしか動いてなかったし、知らなくて当然か。
アヴァロンの恐怖政治の一翼を担った奴だよ。異教徒や魔族の弾圧ではアヴァロン以上に苛烈かもしれない。
アヴァロンが行方不明になった情報がすぐに入るとも思えないけど、知ったらどうするかは読めないね」

……アヴァロンみたいなのがまだいるのか。神への盲信は害悪でしかないな。

「つまり、そいつが来るまでにナイトハルトを撃退すればいいわけだな?」

「そういうこと。ゲオルグが直接来たらまた厄介だけど」

「詳しい話は現地で、ということだな」

にしても、切迫した状況であるはずなのに、2人には妙な余裕がある。信用してないわけじゃないが、何か引っ掛かる。

「どうしたの、エリック」

「いや……何か、な」

視線を前に向けると、ポプの並木が見えてきた。今日の宿場である、エルファンが近いようだ。
740 : ◆Try7rHwMFw [sage]:2021/01/11(月) 18:26:06.23 ID:m+vxd/s9o
#

「……えっ?」

「ん?部屋は2部屋だよ。私はブランと、であなたたちと」

エルファンの宿のカウンターの前。プルミエールが口をパクパクさせたまま固まっている。……さすがにそれは聞いてない。

「……どういう意味だ」

「あ、そういう関係じゃ『まだ』ないの?アリスさんからはそう聞いてたけど」

「違うっっ!!!どうしてそんな適当な……そもそも、お前らは一緒でいいのか?」

「そりゃねえ。もう20年もいれば家族同然だしね」

「……はあ」

溜め息をつくブランの頭を、クロエが軽くはたく。

「何嫌そうな顔してんのよ」

「どうせ主導権はそっちなんだろ、知ってる。暴君の『姉』を持つと疲れるよ……」

「ほう、そこまで搾り取られたいの?」

今度は俺が溜め息をついた。「そういう関係」か。

にしても、こんな緊張感がないやり取りをできるのはやはり妙だ。

「……分かったから騒ぐな。今日はそういう部屋割りでいい。まだ日は高いから、少しぶらついてくる」

「了解。7の刻までに戻ってくればいいわよ」

宿を出た俺の後を、プルミエールがついてきた。

「ちょっと、幻影魔法は?ただでさえ目立つんだから……」

「……おかしいと思わないか」

「え?」

「あの2人、あまりに余裕がありすぎる。まるで、『何も起こらない』のを知ってるかのように。
そもそも、最初からしておかしい。カルロスがやられそうになった所に都合よく現れたらしいが、そんな偶然があるのか?」

「まさか、疑ってるの?」

クロエたちは多分、敵じゃない。俺たちを殺そうとするなら、単に油断した所を背後から刺せばいい。
ただ、何か裏がある。あるいは、この件自体が何か別の意図があるのじゃないか?

「……分からん。考えすぎかもしれないな」

俺は、今の推測を話すのはやめることにした。まだ早い。

そもそも、クロエとブランはさほどプルミエールと歳が変わらないだろう。せいぜいクロエが俺と同じ程度のはずだ。
未熟だから、緊張感なくいちゃつける。その可能性も、なくはない。

プルミエールがはぁと息をついた。

「色々この数日あったし、疲れてるのよ。少し湖畔を歩いて、ゆっくりしましょ?」

「……そうするか」

プルミエールが不意に俺の手を握った。体温がぶわっと上がるのが分かる。

「何だそれは」

「え、嫌だった?」

「嫌じゃないが……」

「ならいいじゃない。サラファンって、ちょっとした避暑地だし」

辺りを見ると、確かに家族連れや恋人同士が多い。
オルランドゥ大湖のほとりにあるこの宿場町は、テルモンからの観光客が多いのを俺は思い出していた。
だとしたら、恋人を「演じた」方が不自然ではない、のか。

「分かったよ」
741 : ◆Try7rHwMFw [sage]:2021/01/11(月) 18:26:33.85 ID:m+vxd/s9o
#

「〜♪」

プルミエールは上機嫌で鼻歌を歌っている。こいつもこいつでどうにも調子がおかしい。

「よくそんな気楽でいられるな」

「エリックが根詰め過ぎなのよ。そりゃ、私だって不安だけど……でも、少しくらい気晴らししないと、疲れちゃうから」

「そんなものか」

「そんなものよ」

オルランドゥ大湖に、日が沈もうとしている。茜色が湖面に照らされ、何とも言えない美しさだ。

不意に、プルミエールを見る。頬が僅かに朱が差しているように見えるのは、俺の気のせいだろうか。

「プルミエール」

「……ん?」


ドクン


その微笑みに、俺の鼓動が高まった。……何だこれは。そもそも、なぜ俺はプルミエールの名を呼んだ?

「……どうしたの?」

「い、いや。何でも……」


いけない。これじゃ俺は、まるで見た目通りの、思春期のガキじゃないか。


何か言わなければ。言葉を探すが、全然出てこない。焦りがさらに沈黙を深める。

プルミエールの顔が、気持ち近くなっている。え、待て、何だこれは……


苦し紛れに視線を外した。……その先にいた人物を見て、俺は固まった。


まさか。こんな所にいるはずがない。


短い黒髪に痩せた長身。耳こそ長くないが、それは……あの男に瓜二つだ。


「……ランパード?」


「え?」


プルミエールが俺の視線の先を見た。ランパードそっくりの男は、黒い髑髏があしらわれたシャツを着て、釣りに興じている。
そして、俺たちの存在に気づいたのか、ニヤリと笑った。

「よう、お二人さん。何か用かい?」

「あ……ランパードじゃない、のか?」

「ランパード?知らねえが……ほうほう」

男は釣竿を置くと、こちらに近付いてくる。俺はプルミエールの前に立った。
敵意はない。マナも感じない。ただ、他人の空似というには、似すぎている。

男は頭をかきながら苦笑する。

「いや、すまねえな。実に面白いマナだったんでな。デートの邪魔なら、消えるぜ」

「……お前、何者だ?」

男はふむ、と宙を眺め、「やっぱこれだな」とひとりごちた。



「俺は、ランダムだ。よろしくな」


742 : ◆Try7rHwMFw [sage]:2021/01/11(月) 18:27:05.85 ID:m+vxd/s9o
都市紹介

エルファン

モリブス南部の宿場町。人口は1万人程度で、やや高地にある。オルランドゥ大湖のほとりにあり、風光明媚なことから高級避暑地としての人気が高い。
温泉こそないが、上流階級の家族や若者には人気。ただ、物価は高く中間層以下にとっては高翌嶺の花の街でもある。
このため、宿場町としてはエルファンではなくそこから5kmほど先のデミファンが使われることが多い。こちらは商人御用達の普通の街。
領主の娘であるクロエは、当然のようにエルファンを宿泊地として選んでいる。

治安はよく、湖の魚介類を生かした料理が人気。ブドウ酒も良質であり、貴族からの人気は高い。
ただ、異種族への差別感情も強い。プルミエールが幻影魔法でエリックの見た目を変えようと焦ったのはこのためである。

なお、ヘイルポリスに入るルートは2つ。北部のイミル関から入るルートか、湖沿いに入るルートである。
皇都に近いのは前者だが難所でもあり、侵入は困難。また、湖沿いのルートも守りは堅く、ここから攻めるのも容易ではない。今回は後者を使ってヘイルポリスに入ることになる。
743 : ◆Try7rHwMFw [sage]:2021/01/11(月) 18:28:14.42 ID:m+vxd/s9o



第28-2話



744 : ◆Try7rHwMFw [sage]:2021/01/11(月) 18:28:49.94 ID:m+vxd/s9o


……誰だろう、この人。


甘い時間を邪魔された憤りより先に、私が感じたのは違和感だった。

ランダムと名乗る男性の見た目は、ランパードさんそっくりだ。耳がエルフのそれだったら、確実に私も間違えていただろう。
でも、それ以上に不思議だったのは、彼が纏う空気だ。マナが凄くあるわけじゃない。ただ、どこか現実離れしている。髑髏のシャツも、見たことがない意匠だ。

「名前を聞いたわけじゃない。だから、何者だと聞いている」

差し出された手を無視してエリックが言う。ランダムという人は、うーんと唸りながら頭を掻いた。

「それが分かりゃ苦労はしねえんだよ。俺自身よく分かってねえんだから」

「何?」

「記憶喪失なんだよ。15年前からずっと、な。ただ、幸い酒と料理の知識だけはあったからな。それを生かして、ここでレストランをやってる」

彼が湖畔の小屋を指差した。

「『アンバーの隠れ家』ってんだ。飯時には早いが、どうだ?
せっかくいい雰囲気の所邪魔したから、お代はまけとくぜ」

「……ビクター・ランパードという人はご存じですか。あなたにそっくりの、トリスの貴族です」

「俺にか?いや、聞いたことがねえな。そいつ、エルフなんだろ?他人の空似じゃねえか?
世の中には自分と同じ顔が3人いるというしな」

私はエリックと顔を見合わせた。彼に敵意はない。でも、明らかに何か、浮世離れしたものを感じる。

「お前、魔術の心得が?」

「あー、何か分かるんだよ。そいつがどのぐらいのマナを持っていて、どんな奴か。多分、生まれつきだな。
で、お前さんたち2人は俺が今まで感じたことがないマナがある。量とかじゃなく、『色』がな。
あ、名前聞き忘れてたぜ。兄ちゃん、名前は?」

「……!!お前、俺が子供とは思わないのか」

「や、そんなマナを子供が持ってたらおかしいだろ?30前ぐらいか、ざっくり。で、名前は?」

「……エリック、とだけ言っておく」


ランダムさんの表情が、一瞬固まった。僅かに目が潤むと、それをゴシゴシと擦った。


「あ、何だこれ……おかしいぜ。妙に目が湿ってやがる。……会ったことは、ねえよな?」

「……お前によく似た男にならあるが」

エリックも戸惑っている。本当に、何者だろうこの人。

「……まあ、いいや。飯、ただにしてやるよ。どうだい」

「いいんですか?」

「おう、お前さんたちならいいぜ」

「じゃあ、あと2人増えても大丈夫ですか?」
745 : ◆Try7rHwMFw [sage]:2021/01/11(月) 18:29:47.79 ID:m+vxd/s9o
#

「あ、戻ってきた」

宿に着くと、ちょうどクロエさんたちがフロントに出てきたところだった。湯浴みの後なのか、2人とも髪が濡れている。

「……随分暢気なもんだな」

「もっと肩の力を抜いたら?少なくとも、『今日は』何も起こらないはずだし」

……何で言い切れるんだろう?確かにクロエさんたちは戦いに慣れてそうではあるんだけど。

疑問を口に出しかけたけど、とりあえずやめた。確かに、私もエリックも、難しく考える癖があるのは確かだし。

「今日のご飯って、予定あります?」

「ん、ないけど。プルミエールさんは、ここに来たことってあるの?」

「いえ、初めてなんですけど。さっき、ある方から自分の店に来てくれって。お代はタダでいいそうです」

ブランさんが渋い顔になった。

「タダ?本当に大丈夫かそれ。店の名前は?」

「はい、『アンバーの隠れ家』って」

「ウッソだろ!!?」

彼が驚きで叫んだ。クロエさんも口をあんぐりと開けている。

「それ、エルファンでも滅多に予約が入らない超人気店だよ……」

「そうなんですか?」

「皇族や貴族でも簡単に予約が取れないって話。父さんは1度行ったことがあるらしいけど……どうしてそんなことに?」

私はさっきの出来事を話した。「へえ」とブランさんが呟く。

「俺は知らないけど、ビクター・ランパードってトリスの貴族とそっくりなのか。それが縁と」

「店主がどんな人か知らなかったけど、ちょっと変わった人なのね。確かに名前が幾つもあるとか、正体不明とかいう噂はあったけど。
でも、こんな機会なんて二度とないだろうから、乗ってみようかな」

そこまで凄い人なのか。とてもそうは見えなかったけど……

エリックが何か考えている。

「どうしたの?」

「いや、何で俺を見て涙ぐんだのか、よく分からなくてな。少なくともあの男、ただの料理人じゃないぞ」

「うん……確かに。マナの『色』とか言ってたし」

どういうことなんだろう?とりあえず、行けば何かわかるのかな。
746 : ◆Try7rHwMFw [sage]:2021/01/11(月) 18:30:24.30 ID:m+vxd/s9o
#

「おー、よく来てくれたな」

店に入ると、さっきと同じ髑髏のシャツ姿で、ランダムさんが出迎えに来た。
既にテーブルには料理が用意されている。……5皿?

「あ、俺も一緒に飲もうと思ってな。今日は貸し切りだ」

「どうしてそこまで?」

「んー、気分だな。今日予約してた客には、頭下げて別の日にしてもらったよ」

「……気分、な」

エリックが訝しげにランダムさんを見る。彼は「ハハハ」と快活に笑った。

「まあいいじゃねえか。酒も用意してあるぜ。エルファンの貴腐ワインから行こうじゃねえか。あ、酒は皆行けるかい?」

「はいっ!是非」

「俺はそこまで強くないが……まあいいだろう」

クロエさんたちも問題ないみたいだ。テーブルに着くと、ランダムさんがワインを開ける。
ふわりと、甘いハチミツのような香りがここまで広がってきた。

「凄い……!!これが名高い、エルファンの白ワインですか?」

「おう。白じゃなくって貴腐ワインだがな。貴腐ワインは知ってるか?」

私は首を振った。クロエさんは口をあんぐりと開けている。

「話には聞いたことがあるわ。ブドウをカビさせて作るワインが、最近できたって……まさか、それ?」

「おう。というか、俺がやり始めた。これをやると糖度が跳ね上がるんだよ。
甘味を凝縮するという意味じゃアイスワインも近いが、こっちの方がより風味が豊かだ」

「よくそんなこと思いつくわね……さすがは『アンバーの隠れ家』の主人」

「ハハハ、たまたま『知ってた』だけさ。じゃ、まずは乾杯と行こうか」

黄色い液体の入ったワイングラスを掲げ、ランダムさんが「出会いに乾杯!」と叫んだ。
グラスを合わせてワインを飲む。……何これっ!!

「うわっ!!甘いっ!!!」

「ちょっとこれ凄いな。砂糖かハチミツ入れたんじゃないのか??」

驚くブランさんに、ランダムさんがニヤリと笑う。

「ところが完全にブドウだけだ。食前酒にはちょうどいいだろ?
テーブルにある前菜はこいつに合わせている。ブルーチーズのソースを使った夏野菜のテリーヌだ」

貴腐ワイン?テリーヌ?聞いたことがない言葉ばかり出てくる。最高級レストランって、こんな感じなのかな。

前菜に手を付けた。野菜の甘さを癖のあるソースが引き立てる。その風味をワインがさらに強めている。間違いなく美味しい。
ただ、この料理の味わい、どこかで……

「ん?嬢ちゃん、口に合わなかったか?」

「いえ、とても美味しいんですけど。どこかで食べたことがあるなあって。
……あ、オルランドゥのカトリさんと、ウカクさんのお店だ」

そうだ。チーズの使い方が、とてもよく似ている。あそこもチーズを使った料理が売りだった。

ランダムさんが驚いたように目を見開く。

「驚いたぜ、そいつらは俺の弟子だな」

「そうなんですか??」

「ああ。俺は弟子とか取らねえんだけどな。そいつらは別だ。元気してるか?」

「はいっ!あそこも色々お酒が置いてあって、いつも通ってました」

「おお、そうか。ってことは嬢ちゃんは、魔術師関係者だな」

言葉に窮した。あまり、私たちの旅の目的を人に話すべきじゃない。
747 : ◆Try7rHwMFw [sage]:2021/01/11(月) 18:30:51.77 ID:m+vxd/s9o
「え、ええ、まあそんなところです」

「心配すんなよ、訳ありなのは初見で分かってる。お前さんたちが連れて来たそのカップルも、まあまあ只者じゃないな。
例えばそこの黒髪の姉ちゃんが左腕に着けているのは、ただの腕輪じゃない。違うか?」

クロエさんが思わず左手首を隠した。

「なっ!!?」

「ハハ、だから心配すんなよ。皇室の連中にチクるつもりはねえよ」

「……本当にお前、何者だ?記憶喪失なのも、嘘か」

エリックの言葉にどこからかワインの瓶を取り出して、ランダムさんは静かに首を振った。

「や、それは本当だ。嘘をつく理由がねえよ。ただ、何となくそいつの『マナ』……さらに言えば人格とかが分かる。生まれつきだろうな。
料理もそうだ。もともと、俺には知識があった。ないのは、記憶だけだ」

「取り戻したいとは思わないのか?」

エリックがちらりと私を見た。15年前……今の私では難しいけど、もう少し成長すればできなくはない。

ランダムさんは肩を竦める。

「いや、今の生活には結構満足してるんだよな、これが。昼は魚を釣って、時には山で狩りをする。
それを使った料理で皆に喜んでもらう。それだけで十分なんだよ。金も名誉も、なぜか欲しいとは思わねえんだ。……ただ」

「ん?」

「……いや、言ってもしょうがねえんだがな。1つだけ覚えていることがあるんだよ。それは、『エチゴ』という男を追えってことだ」

「『エチゴ』?」

「そう。名前しか分からねえ。なぜ追わなきゃいけねえのかも。ただ、記憶を取り戻さない方がいい気もしててな」

ランダムさんはワイングラスをあおった。……記憶を取り戻したがっていたオーバーバックとは、正反対だな。

「ま、とにかくこうやって若いのと酒が飲めるだけで幸せだぜ。ワインもスピリッツも、北ガリアだったら大体いいのを取り揃えてるぜ。ドンドン呑んでくれ」
748 : ◆Try7rHwMFw [sage]:2021/01/11(月) 18:31:20.99 ID:m+vxd/s9o
#

夕食はとても楽しく、和やかに進んだ。エリックが魔族であることはすぐに見破られたけど、特に詮索されることもなかった。

何より、料理は本当に絶品だった。湖で取れた「イール」という魚を焼いたものに濃いソースをかけたものや、山で獲れた野鳥のスープなどはきっと忘れられない。
そして、お酒。どのお酒も本当に美味しく、料理と一緒に合わせるとそれがさらに引き立つのだ。タダだからいいけど、一体どれぐらいのお値段なんだろう……考えると酔いが醒めそうだなあ……

クロエさんは甘え上戸らしく、ブランさんにやたらとしなだれかかっている。やっぱりこの2人、恋人同士なのかな。
エリックはというと、ランダムさんに色々食材について訊いている。お酒はそんなに飲んでないけど、そっちに興味があるのね。

「……なるほど、木の実のソースか。そういう使い方があるんだな」

「野趣を楽しみつつ臭みも消せるからな。森の食材には森の食材を合わせる、鉄則だな。
にしても、お前さんたちただの観光客じゃねえよな?多分、あの姉ちゃんはシュトロートマン家の人間だろ」

「え、分かってたの?」

「以前一回うちに来たことがあるだろ。今へイルポリスがきな臭くなってるから、さしずめその2人は援軍ってとこか」

「そこまで知ってたのね」

ニヤリとランダムさんが笑う。

「まあ、年の功ってやつだな。ま、俺がとやかく言える立場じゃねえし、どちらの肩を持つつもりもねえが……気を付けな」

「もちろんそのつもり……」

ランダムさんがクロエさんに首を振り、自分の左手首を指さした。

「違う、そいつだよ。俺にはそれが何か分からねえが、人には過ぎたる力じゃねえのかな?
そういうのは、できるだけ使わねえ方がいい。まあ、『目には目を』ってことで使わなきゃいけねえんだろうが」

「なっ……」

「気を悪くしたらすまねえな。それに、こいつは俺の直感だ。間違ってるかもしれねえ。
ただ、何か良からぬ予感がするんだよ。……気を付けな」

クロエさんは不服そうにランダムさんを見ている。なぜそんなことを言ったのだろう。その時の私には、分からなかった。

「ま、悪かったな。そろそろ締めにするから、別の酒を用意するぜ」
749 : ◆Try7rHwMFw [sage]:2021/01/11(月) 18:31:54.94 ID:m+vxd/s9o
#


このランダムさんの忠告を、私たちはヘイルポリスに着いてから思い出すことになる。
それも、嫌と言うほど。


750 : ◆Try7rHwMFw [sage]:2021/01/11(月) 18:32:32.65 ID:m+vxd/s9o
キャラクター紹介

ランダム(年齢不詳)

男性。体つきや顔など、ランパードに酷似している。エルフ特有の耳があれば、ほぼランパードと思われる程度。ただし、本人たちに面識はない。
15年前に記憶を失い、エルファンの街に辿り着いた。そこでレストラン「アンバーの隠れ家」を開店。本人の豊富な知識や陽気な人柄もあり、瞬く間にエルファン、そしてテルモンを代表する名店となる。
ジビエを中心とした料理であり、その調理方法は特殊にして多様。素材の野趣を生かすその料理は皇室や貴族からの評価も高いが、召し抱えの要請はことごとく断っている。
無類の酒好きでもあり、新しい醸造法の開発などテルモンに与えた恩恵は大きい。ただ本人は「自分が飲むためのもの」としているが。

マナの質を読み取る特殊能力がある。本人の性格、果ては血筋まである程度は判断できるようだ。
それがなぜ自分にあるのかはよく分かっていない。ただ、本人の嗜好に合った料理を出すという点で、仕事には役立っている。
記憶をなくしているが、過去にはこだわらない性質。その他謎ばかりだが、本人は当面一料理人のままでいいと考えているようだ。

外見年齢は30前後。ただし15年前から一切顔立ちが変わっていない。

旧シリーズのランダムとの関係性は、現在不明。
751 : ◆Try7rHwMFw [sage]:2021/01/11(月) 18:34:52.01 ID:Zpt9ZdPfO
一時中断。
752 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2021/01/11(月) 18:43:22.31 ID:Zpt9ZdPfO
sagaにするのを忘れていました。
753 : ◆wCAPYNYM6w [saga]:2021/01/11(月) 21:16:13.64 ID:b5rhOPz3O
テスト
754 : ◆wCAPYNYM6w [saga]:2021/01/11(月) 21:16:45.87 ID:b5rhOPz3O




第29話




755 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2021/01/11(月) 21:24:57.70 ID:b5rhOPz3O
「アンバーの隠れ家」から戻ってから、微妙な空気が続いている。帰り道も、皆どこか言葉少なだった。
それは部屋に戻った今でも続いている。

「どうしてあんなこと言ったんだろうね」

プルミエールが髪を梳きながら言う。やはり、引っかかっていたか。

「あのランダムという男が何者かは分からん。ただ、率直に言えば俺にも違和感があった」

「違和感って、クロエさんたちのこと?」

「ああ。彼らを信用してないわけじゃない。敵でもないと思う。ただ、あまりに都合が良すぎる」

「都合?」

「ああ。なぜ、絶妙の時機にカルロスたちの所に現れたのか?不思議に思わなかったか」

プルミエールが手を止めた。

「そりゃ……運が良かったからじゃ」

「そこだ。俺は運をそんなに信じてない。運だと思っている物事の背後には、必ず何かがあるはずだ。
あいつらには感謝している。ただ、ランダムが初対面の人間に無意味に警鐘を鳴らすような、思慮のない男とは思えないんだ」

「……確かに」

「『パワードスーツ』、だったな。『遺物』じゃないと言っていたが……何か問題があるんだろうか」

「どうだろ……明日クロエさんたちに訊いてみるしかないんじゃないかな」

「そうだな。明日も早い、今日はもう寝るぞ」

「……うん」

何か、俺たちは根本から勘違いしている気がする。
そもそも、ジャックとアリスがヘイルポリスに行った意図は何だ?父の友人だからといって、無批判に信用しすぎてはいなかったか?

とにかく、ヘイルポリスに行かないと話にならない。目で見たものしか、信用してはならない。
それは、俺がプルミエールと一緒にいる理由でもある。
756 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2021/01/11(月) 21:30:17.18 ID:b5rhOPz3O
#

エルファンからヘイルポリスまでは、オルランドゥ大湖沿いに馬を走らせ半日程度だ。
シュトロートマンの勢力が強い地域であるらしく、この方面から攻められる心配は薄いのだという。

それにしても、クロエたちは相変わらず暢気なものだ。まるで小旅行から帰ってくる程度のノリだ。どう切り出せばいいか……

「クロエさん、ところでそれ、ヘイルポリスの遺跡から出土した、って」

プルミエールから先に彼女に話しかけてくれた。正直、助かる。どうも俺はこういうのが苦手だ。

「……あ、『パワードスーツ』?うん、そうだけど」

「その遺跡ってどんなものなんですか?何か気になっちゃって」

「あー、昨日のランダムさんの言葉が気になってるのか……」

ちらりと彼女がブランを見る。ブランは小さく頷いた。

「あんたらなら言ってもいいだろ。ヘイルポリス南部にある小遺跡さ。そんなに深度はないけど、それでも出土品は結構あってね。こいつだけじゃなく、幾つか『秘宝』が見つかってる。
んで、アリスさんは『まだ奥があるんじゃないか』って疑ってる。あの人、オルランドゥの教授じゃなくって冒険者が本業なんじゃねえかな」

「かもね。昔、ジャックさんも来たことがあったって聞いてる。父だったら、もっと詳しく知ってるかも」

父上も、何か絡んでいたりするのだろうか。あるいはデボラの両親も。

「俺からも、いいか?」

「ん、いいわよ」

「お前らがカルロスを助けたのは、偶然じゃないな」

2人の表情が凍った。図星か。

「……どうしてそう思うの」

「あまりに時機が良過ぎる。そして、今の余裕。そんな魔法があるとは思わないが……未来が読めているのか?」

ふう、とクロエが息を付いた。

「……さすがね。といっても正確じゃないんだけど」

「どういうことだ」

「ヘイルポリス遺跡の最奥には、ある装置があってね。私たちじゃ使えないけど、アリスさんは使える。と言っても、この前来た時に使えるようになったのだけど。
『1週間ぐらい先までの未来が予測できる』んだって。それもかなりの精度で」

「何!!?」

「嘘っ!!?」

俺とプルミエールの声が重なった。そんな馬鹿げたことができるわけが……

「……まあ、そう思うのが当然だよね。私たちも、カルロス君を助けるまでは半信半疑だった。
あの時刻、あの場所にスティーブンソン近衛騎士団団長が現われた時、正直震えたわ。ね、ブラン」

「ああ。それで、俺たちもアレ……確か『スパコン』だったか。その『予言』を信じるようになったってわけさ。
ヘイルポリスを出る時に、アリスさんから1週間は皇弟ナイトハルトの動きがないとは聞いてたからな。しばらくの身の安全は濃厚と判断してる」

……なるほど、やはり種があったか。しかし……これは。

「人智を逸してます、ね……」

プルミエールに先を越された。そう、その通りだ。ランダムがああ言った理由も、少し分かる。
そんな「神」に近い力を、アリス・ローエングリンは扱えるのか?それは、間違いなく為政者からしたら……脅威でしかない。

「そうね。『秘宝』は、私たちが及びもつかない可能性を持っている。
だからこそ、皇帝ゲオルグの圧政から人々を解放する可能性がある。そうは思わない?」

「……かもしれませんね」

プルミエールは、何か考えている。この女は考えに甘い所はあるが、決して馬鹿ではない。

そして、俺の中にも疑念が生まれた。父上が「サンタヴィラの惨劇」を起こした理由は、何だ?


遥か向こうに、尖塔のようなものが見えてきた。あれが、ヘイルポリスか。
757 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2021/01/11(月) 21:30:43.44 ID:b5rhOPz3O
#

「父様、クロエ・シュトロートマンただいま戻りました」

ヘイルポリスの古城に入ると、長髪の初老の男が奥から現れた。温厚そうだが、どこか厳粛な空気を纏っている。

「君が、『魔王』エリック・ベナビデスか」

「ええ。あなたが」

「左様。ヘイルポリス領主、カール・シュトロートマンだ。ここに来てくれて幸甚に思う。
その女性が、プルミエール・レミュー嬢だな。話はアリス・ローエングリン教授から聞いているよ」

「お会いできて光栄です、陛下。教授は」

「北部のイミル関だ。私は一旦こっちに戻ってきたが、彼女はまだあそこだ。オルランドゥ卿もそこだが……」

「容態が良くない、とは聞いています。大丈夫なんですか」

シュトロートマンが口を濁す。

「……とてもそうは見えない。ただ、考えがあってイミル関にいるのだとは思う。幾つか、『秘宝』も持ち込んでいるようだし、全く無策とは考えにくい」

……「秘宝」か。何か、胸騒ぎがする。

「その『秘宝』が何かは、ご存知なのですか」

「いや……あれを扱えるのは、ローエングリン教授だけだ。こちらとしては、ひとまず彼女に任せるしかない。今までも、彼女には色々助けられてきたしな」

プルミエールに視線を送る。彼女が小さく頷いた。

「私たちをイミル関に連れて行ってくれませんか」

「無論だ。ただ、今日はもう遅い。宿を取っているから、そこで休むといい。
それにしても、エリック君、だったな。やはり、ケイン殿とよく似ている」

「……やはり父上をご存知でしたか」

「会ったのは、私がごく若い時の一度きりだったが。先代皇帝シャルルについて諸王会議に出た時に、な。立派な方だったと記憶しているよ。
『サンタヴィラの惨劇』の話を聞いた時は、耳を疑ったものだ」

「父上は、ジャック・オルランドゥ卿やアリス・ローエングリン教授とも懇意でした。その点について、話を聞いたことは」

「……そうなのか。初めて聞いたよ」

俺は軽く落胆した。シュトロートマンは、あまりジャックやアリスの素性について詳しく知らないらしい。

「とりあえず、簡単な祝宴の席を設けている。よかったら、どうだ。昨晩の『アンバーの隠れ家』ほどのものは出せないと思うが」

「いえ、ご相伴に預からせて頂きます」
758 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2021/01/11(月) 21:31:24.48 ID:b5rhOPz3O
#



翌日のアリスとの再会が、思いもよらぬ形になることを、この時の俺はまだ知らない。



759 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2021/01/11(月) 21:45:47.13 ID:0XZYkCiFO
ちょっと回線の調子が良くないですね……
もう一度中断します。
760 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/01/14(木) 05:27:08.79 ID:64v9BhkDO

ちょっと気になる事が一つ
カール・シュトロートマンは領主とあるが王か否か
王なら陛下で貴族なら殿下か閣下
761 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2021/01/15(金) 16:37:09.56 ID:s0ydGNtFO
>>760
多分単純ミスですね。すみません。
ヘイルポリス周辺は半独立状態ではありますが、あくまでシュトロートマンは貴族です。
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