魔王と魔法使いと失われた記憶

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5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/07(金) 20:33:54.30 ID:Y29hMbuG0
1
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/07(金) 20:46:51.51 ID:ZjuWaGDDO
1
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/07(金) 20:52:14.87 ID:Q+ST0VOV0
1
8 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 20:52:47.29 ID:t6Hj5ReaO
1で決定しました。投下まで少々お待ちください。
9 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 21:51:44.46 ID:S0Anv1g5O



むかし、といってもそう遠くないむかしのこと。

ある山のふもとに、小さいけどゆたかな国がありました。

花はうつくしく、ごはんはおいしく、人はどこまでもやさしく親切でした。

北にまぞくの国が、南にはヒトの大きな国がありました。2つの国は長いあいだあらそっていましたが、国ざかいのこの国はずっと平和でした。
けっしてこの国はおかさないように、ヒトの王さまとまおうさまがきめていたからです。

この国ざかいの国の王さまは、とてもかしこく、そしてとてもじひぶかい人でした。
何十年もつづいたヒトとまぞくのあらそいを終わらせたい、ずっと思っていました。

そこにまおうがやってきました。「おれといっしょにへいわを作ろう」と持ちかけてきたのです。王さまはこころよくそれをうけいれました。


10 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 21:52:32.37 ID:S0Anv1g5O





……しかし、それはまおうのわなだったのです。




11 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 21:53:02.41 ID:S0Anv1g5O




まおうは夜、みんながねしずまったころにあばれだしました。
そして、たった、たったひとばんでその国の人たちを、かしこい王さまもふくめてほとんどみなごろしにしてしまったのです。



12 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 21:53:55.99 ID:S0Anv1g5O



生きのこったのは、たった3人。王女さまと、やどのかんばんむすめと、町外れに住むエルフのまほうつかいだけでした。
そして、命からがら南の国ににげこんだかのじょたちは、「まおうをたおして!!」とさけびました。


すぐにまおうをたおすためのとうばつたいがくまれました。
しかし、まおうはとても強く、小さな国にたった1人だけなのにそのすべてをうちやぶりました。
たくさんの人がぎせいになりました。死にました。

そして、もうだめだとだれもが思った時、ある青年が立ち上がったのです。


13 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 21:54:27.86 ID:S0Anv1g5O





「ぼくがまおうをたおして、世界を平和にする」


それこそがゆうしゃさまです。




14 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 21:55:00.70 ID:S0Anv1g5O




ゆうしゃさまはつばさのはえたまほうつかいと、とてもつよいせんし、そして心やさしいそうりょといっしょに小さな国にむかいました。
まものやまおうがころした人たちがつぎつぎとゆうしゃさまにおそいかかります。そのすべてをゆうしゃさまはたおしました。



そして……ついにゆうしゃさまはまおうをたおしたのです。やっと、世界に平和がおとずれました。



15 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 21:55:58.87 ID:S0Anv1g5O
#

私はパタン、と絵本を閉じた。子供の頃、よく読んだ本だ。
実際にこの出来事が起きたのは、私が2歳の頃らしい。その後すぐにこの絵本が作られ、そして子供たちが皆読むようになった。

勇者による英雄譚。それを読んで、憧れない子供はいない。
そして、悪逆の限りを尽くした魔王に怒らない子供もいない。

私もそうだった。魔族は悪であり、許されない存在なのだと聞かされて育った。


そう、実際に魔族と出会うまでは。


16 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 21:56:48.73 ID:S0Anv1g5O


その人は、とても親切な人だった。まるで兄のように、親のいなくなった私に接してくれた。
どこか私を邪険にしていた叔父夫婦ではなく、彼を慕うようになったのは当然だった。あるいは、それは私の初恋だったのかもしれない。



17 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 21:57:15.47 ID:S0Anv1g5O




しかし……私の12歳の誕生日に、彼は叔父夫婦を惨殺した。



18 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 21:57:54.28 ID:S0Anv1g5O




その時の記憶は、私にはない。というより、彼が叔父夫婦を殺した前後の記憶が、すっぽりと抜けている。
気が付くと、彼は既に処刑された後だった。どこか、現実味がなかった。


私が知っているのは、彼が人を殺めたというただの「事実」でしかない。


だからこそ、私はこの研究を始めた。そして研究は、完成に近付こうとしていた。


19 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 21:58:20.98 ID:S0Anv1g5O





「魔王と魔法使いと失われた記憶」





20 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 21:58:54.26 ID:S0Anv1g5O



第1話



21 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 21:59:51.48 ID:S0Anv1g5O
コポコポコポ…………

実験室のケトルが音を立てている。私は急須にお茶の葉を入れた。

「プルミエール、ちょっといいかしら?」

「あー、すみません!すぐお茶を……」

「そうじゃなくって。お菓子がないのよ、テルモン産のマロングラッセ」

向こうからアリス・ローエングリン教授の困惑した声が聞こえた。ケトルの火を氷結魔法で消し、彼女がいる書斎へと向かう。

「え?そこの戸棚にあったはずじゃ」

「ないのよそれが。せっかく楽しみにしてたのに……」

「私は食べてないですよ?」

「分かってるわよ。あなたはそんなことしないもの。ここに今日来た可能性があるのは……」

「……エリザベートですね。あの娘、本当に食い意地が張ってるから……」

アリス教授は笑いながら肩をすくめた。

「あら、決めつけはよくないわよ?そういうときのためのあなたの魔法じゃないの」

「ああ……それもそうですけど。でも、まだまだ改良が必要で」

「だからこそよ。学会発表前の予行演習と思って、見せてごらんなさいな」

私は口を尖らせた。私の同僚、エリザベート・マルガリータは天真爛漫だけど少し常識を欠いたところがある。トリス王家の出らしいけど、もう少しなんとかならないかしら。

まあ、とりあえずの確認……ということでいいか。

「教授が最後にマロングラッセを確認したのは?」

「そうねぇ、2時間ぐらい前かしら。氷結魔法を緩めに戸棚にかけておいたのよね。
そして講義のために席を外したから……貴女が来たのは?」

「30分前ですね。じゃあ、その間ってことですか」

私は水晶玉を取り出し、そこにマナを通していく。小さく、地の精霊に働き掛ける詠唱を始めた。
22 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:00:54.58 ID:S0Anv1g5O


「深き地の中より生まれ出る者
悠久の時を生き続ける者
汝に感謝と我が願いを伝えん
今より2刻、それより1刻半の間に汝が見たものを映せ……」


ぼわっと水晶玉の表面が歪む。そこには、上から見た書斎が映し出されていた。

「うん、私が出ていく所が見えるわね。『再生』、早められる?」

「はい。まだ『倍速』程度ですけど」

「本当は5倍速ぐらいまで行ってほしいのだけどね。そこはこれからの課題かしら」

「再生」を始めて20分ほどすると、窓から何かが入ってきた。

「……これは」

「猫、ねぇ。それも黒猫。最近研究棟に住み着いたって子かしら」

それは顔をあげると、スンスンと鼻を鳴らす様子を見せた。まるで犬みたいだ。
そして、一直線に戸棚に向かうと……器用に戸棚を開けてマロングラッセを咥えると、そのまま窓から去ってしまった。

「……まさか猫だなんて。というか、こんな器用な猫っているものなんですか?」

「あらら、『偽猫(デミキャット)』かもしれないわよ?最近、愛玩用に飼っている人多いらしいし。
あれなら子供ぐらいの知能があるから、不思議じゃないわ」

「偽猫なら尻尾は2本のはずですが、あの猫は……」

「1本だけだったわね。ここの魔道士が手を加えたのかもしれないわ」

アリス教授はクスクス笑っている。確かに、ここオルランドゥ魔術都市には変な魔術士がたくさんいる。
偽猫に普通の猫の真似をさせる人がいてもおかしくはない、か。

「まあ仕方ないから、お茶の時間にしましょう?
お湯、もう一度沸かし直しておいてね」

私は苦笑しながら厨房に戻る。研究の合間に飲むトリスの緑茶は格別なのだった。
23 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:01:56.43 ID:S0Anv1g5O
#

「にしても、大分こなれてきたわね。今までにない魔法であるのは確かだわ」

ズズッ、とアリス教授がお茶を啜った。私はマロングラッセの代わりに、エリザベートの故郷の土産「セベー」を齧る。少ししょっぱいけど、トリス茶にはそれがよく合う。

「ありがとうございます。でも、まだまだ課題は山積です。『再生速度』はまだ上げなきゃいけないですし、それに……」

「もっと昔のことを精霊を通して映し出すのは、マナが全然足りてない。引いてはマナの効果がまだ非効率であるという証明……でしょ?」

私は小さく頷いた。

「ええ。さすがですね。精霊魔法なら教授の右に出る人はいませんけど」

「あらあら、私には貴女の発想はなかったわ。精霊の『視覚』を再現することで、その場所で何があったかを映し出す。
あなたの『追憶(リコール)』は、唯一無二のものよ。もっと自信を持ちなさいな。
それに、『思い出させる』んでしょう?10年前に、何があったか」

「……はい」

「貴女の記憶は、誰かによって消されている。それを取り戻すことは、私にすら無理だったわ。
どうして貴女の記憶が消されたのかは分からない。何か、貴女が知ってはいけない真実を隠すためかもしれない。
でも、貴女の『真実を知りたい』と思う気持ちは止められないわ。だから、私は貴女に精霊魔法を教えることにしたの。そして、それはもうすぐ実を結ぶわ」

教授が私に微笑みかけた。

「プルミエール・レミュー。貴女の魔法は、きっと多くの人を救うでしょう。学会が終わったら、各国から召し抱えの文が届くはず。そのために、もう少し頑張らなくちゃね」

「はい!それも、教授のおかげです」

「やあねぇ、御世辞を言っても何も出ないわよ?
……ところで、もし文が来たらどこに行くつもり?」

「え?……それは、多分……アングヴィラじゃないかと。私、あそこで育ちましたし」

窓から風が吹き込んできた。教授は少し険しい顔になって、開いたままだった窓を閉める。

「……あそこはやめときなさい」

「えっ……何でですか?」

私は困惑した。完全にアングヴィラに戻るつもりでいたからだ。
24 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:02:38.97 ID:S0Anv1g5O
私の生まれは大陸北東部のテルモン皇国だけど、叔父夫婦の死の後は南西のアングヴィラ王国で育った。
記憶を失ったままの私を、たまたまテルモンを訪問していたクリス・トンプソン宰相が拾ったのだ。
そして、私は彼の庇護の元育てられた。オルランドゥ魔術学院に入れたのも、彼の口利きがあってのことだ。
私に父の記憶はほとんどない。だけど、トンプソン宰相は……私にとっては、親も同然だ。

だからこそ、アングヴィラに戻らないという選択肢はなかった。私の「追憶」で、彼の恩に報いる。そのつもりだった。

だから、教授の言ったことを私は理解できなかった。困惑したままの私に、教授は首を振る。

「いいからやめておきなさい。貴女のためよ」

私は思わずテーブルを叩いた。ガチャンとグラスが揺れ、溢れた緑茶がテーブルクロスを濡らす。


「どうしてなんですかっっ!!!」


教授は無言のまま、天井を見上げた。

「いつかは伝えないといけないけど、私にはまだ確信がない。もう少し、待ってちょうだい。
学会が終わり、今は秘している貴女の魔法が世に知られるようになったら……きっと理由を教えられると思う」

「……一体何を」

「真実を知ることは、時に残酷なのよ。……仕官の件なら、もしモリブスから話が来たら通してあげる。古い友人がいるの」

教授は溢れたお茶を布巾で拭き取った。

「お茶、淹れ直すわね」

教授があんな頭ごなしに言うなんて初めてだ。……でも、その時の私には、彼女の言うことが全く分からなかった。
25 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:03:32.70 ID:S0Anv1g5O
#

お茶の後の微妙な空気は、1人の闖入者によって破られた。

「教授!プルミエールさんっ!お茶にしましょ!」

「……エリザベート、もう済ませたわよ?」

「えっ……私抜きで?ひどいっ」

「遅刻する貴女が悪いのよ。ここでの論文執筆は、3の刻からと決まってなかった?」

エリザベートは時計を見る。針は4と半刻を指していた。

「ありゃあ……確かに。大遅刻ですねぇ」

「まあ貴女の論文は詰めの段階だし、もう来なくても大丈夫かもしれないけど」

ばつが悪そうに、エリザベートは頭をかく。

「うう……すみません。あ、プルミエール。そっちはどう?」

「うん、まあまあ順調」

「そっかそっか。どんな魔法なのか、楽しみだよぉ。プルミエールだったら、さぞすごいんだろうなぁ」

「あなただって。でも、同じ研究室でも学会まで研究内容は秘密なのよね」

ウフフ、と教授が笑った。

「まあ、新しい魔術ってのはそれだけの価値があるからね。昔からの慣例、ってとこかしら。
実際、事前に漏れた結果盗用されて大問題になったこともあるから」

「でも教授は知ってるんですよね、プルミエールの研究」

「ええ、でも教えないわよ」

「むー、残念。ところで、ぜんっぜん話は変わるんですけど。『魔王』、出たらしいですよ」

26 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:04:07.32 ID:S0Anv1g5O
「『魔王』?……ズマのハンプトン大魔候、ではなくて?」

エリザベートが声を潜める。

「違いますよ。モリブスに、自称魔王が出たそうなんです」

「自称?意味ないじゃない、それ」

「ええ。でも、ご存じの通りエルフの情報網ってそこそこ正確なんですよ。で、そいつって魔力の質が異常に高かったらしいんです」

「……悪さは?」

「今のところ。ただ、オルランドゥ方面に向かったとかなんとか」

アリス教授が黙った。

「……こっちに?」

「ええ。だから注意した方がいいって、さっき連絡が。見付けたら即警察にと」

「悪いことをしてないのに、警察を呼ぶの?」

やれやれ、とエリザベートが首を振った。

「だからこそよ。魔王の正体は分からない。けど、高い魔力を持った魔族なんて、それだけで危険でしょ?
何かしでかす前に捕まえておかないとダメじゃん。あなたの叔父さんたちだって、魔族に殺されたわけでしょ?」

「……まあ、そうだけど」

「何が切っ掛けで魔族の『獣性』が解き放たれるかなんて、分からないでしょ?だからこれは仕方ないのよ。まして自称魔王なんて、ロクな奴じゃないだろうし」

確かにそうだろう。概して魔族には、悪人が多いとされている。
だから各国で人権は制限されている。多民族国家で比較的寛容な、ロワールやモリブスですら、だ。

「……あまり遅くまでやらない方がいいわね、2人とも。
特にプルミエールは魔法を使わせちゃったし、もう上がっていいわ」

「え、いいんですか?」

「学会、来週でしょ?論文も大事だけど、実技が上手く行かなかったら意味はないわ。
今日は早めに帰って、体力を回復させときなさい」

「あっ、ありがとうございます!」

教授はヒラヒラと手を振った。
27 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:05:01.40 ID:S0Anv1g5O
#

私の家は、オルランドゥ魔術学院から歩いて10分ぐらいの所にある。
家からはオルランドゥ大湖が近い。マナに溢れたあの湖畔を歩くと、それだけで力が湧いてくる気がする。

ゆっくりと歩いていると、ぐう、とお腹が鳴るのを感じた。
夕食時には少し早いけど……ま、いっか。最近お酒も飲んでなかったし、少しぐらいはいいだろう。

「へい、らっしゃい。ってプルミエールじゃん」

「おひさです、カトリさん」

湖の側に立つレストラン……というかカフェに入ると、カウンターの向こうからピョコンと長い耳が立つのが見えた。

「うん、久し振りだねえ。学会が近いって聞いたから、しばらく来ないもんだとばかり思ってたよ」

「今日は早く帰れたんです。だから、学会前の気晴らしってことで」

「いいねえ。今日はいいのが揚がってるんだ、ちゃちゃっと捌いてやんよ」

白い歯を見せて、ウサギの亜人……カトリさんが笑った。旦那さんのウカクさんは、厨房みたいだ。

「いいですね!何ですか?」

「オルディック海老だよ。今、旦那が海老の煮込みスープを作ってるけど、あたしは活け造りだね。これはあたしからのおごりってことでいいかい?」

「あっ、わ、悪いですよ」

「いいからいいから。学会が上手く行ってあんたが仕官したら、その時に出世払いさ」

奥からウカクさんが現れ、奥の席にいる客に料理を出しに行った。
後ろ姿しか見えないけど……随分小さいな。亜人かホビットかしら。テーブルには皿が結構積まれている。

「ありがとうございますっ。で、お酒ですけど」

にぃ、とカトリさんが笑った。

「ちゃんとあるよぉ。アングヴィラ産の葡萄酒の白、『コルナック』」

「わぁすごい!でも、高いんでしょ?」

「まあね。でも、これもおごっちゃう」

「え?」

カトリさんがチラリと奥の客を見て、私に耳打ちした。

「それがさ、あの客が『前払い』って言ってドカンと払ったのよね。受け取れないって言ったんだけど、聞かなくって」

「え、いくらぐらい?」

「それが100万ギラ!2週間分の売上だよ?まあ、それに見合うぐらい良く食べるんだけどさ……」

100万ギラ??魔術学院を首席で卒業した仕官者の初任給2ヶ月分並みじゃない……

「何者なんですか?」

カトリさんは肩をすくめた。

「さあ。というか、子供なんだよねぇ。本人は28だとか言ってたけど。
気味が悪いけど、お金は確かに持ってたからそれ以上は聞かないことにしといた。何より、魔族っぽいのよねぇ」

ゾクリ、と身体に震えが走った。まさか……

「『魔王』?」

「なーに突拍子もないこと言ってんのさ。相手は子供よ?確かに怪しいも怪しいけど、魔王はないわよ」

奥の席の男……いや少年は、ウカクさんと何やら話している。こっちの会話には気付いてないようで、ほっとした。

「そう……ならいいんですけど」

「とりあえず、これ付け出しね。ちょっと待ってて、葡萄酒の栓抜くから」

チーズをトリス名産の調味料「ソミ」に漬けたものを出すと、カトリさんがコルク抜きを探し始めた。
私は奥の席の少年をもう一度見る。……そんなに魔力は感じない。
魔王は異常に魔力が高いってエリザベートが言ってたから、やっぱり気のせいかな。

トクトクと葡萄酒がグラスに注がれる。口にすると、キリッとした刺激が喉を通り抜けた。その奥には、芳醇な香りと甘味。

「美味しいっ!!」

「でしょ。どんどん飲んでね」

しばらくすると、お酒と料理の美味しさで、奥の席の少年のことはすっかり忘れてしまったのだった。
28 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:05:31.24 ID:S0Anv1g5O
#

「じゃあカトリさん、また〜」

「プルミエール、足元には気を付けてねえ」

「らいじょうぶれすよぉ。家までは3分もないですしぃ」

うーん、自分で喋っていて呂律が怪しい。2本開けたのはやり過ぎだったかな……

ふらふらと、家に向かって歩く。上級学生には1人1軒の家が貸し与えられる。研究に専念してほしい、という魔術学院の意向であるらしい。
小さいけど、そこそこ快適で嫌いではない。あと少しでここともお別れと思うと、ちょっと残念だけど。
29 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:06:16.33 ID:S0Anv1g5O


…………ザッ


背後から音が聞こえた。……何だろう。振り向くけど、誰もいない。

また歩き始める。家が見えてきた。


…………ザッ、ザッ


今度は気のせいじゃない。ハッキリと、足音が聞こえる。
嫌な予感がして振り向いた。そこには……


30 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:07:27.15 ID:S0Anv1g5O


「動くな」


黒装束の男が2人。そしてそのうちの1人は、私の背中に剣を突き付けている。


「…………え」

「叫ぶな。叫んだり声を出したら殺す。大人しく我々についてこい」

「……何者、なの」

酔いが一気に抜けていくのが分かった。まずい。これは、まずい。
でも、魔法を使っても……詠唱している間に刺されるだろう。もちろん、私に武術の心得なんて、ない。

黒装束の男は、底冷えのする声で告げた。

「お前に言うことはない。ただ、ついてくればいい」

「……何を、しようと、いうの」

歯がガチガチと震える。目からは涙が溢れてきた。


そんな。こんな所で、私は……殺されるの??


男は何も言わず、剣をさらに突き付ける。プツ、と制服のローブが貫かれる音がした。


「お前が知る必要もない。今殺されたいか?」


足に力が入らない。絶望で、私はその場に座り込みそうになった。

31 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:08:09.14 ID:S0Anv1g5O


その刹那だ。


…………ザンッッッ


32 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:08:46.66 ID:S0Anv1g5O


「……あっ」


何か、光るものが私の目の前に走った。黒装束の男の首が大きくかしげ……そしてボドリと落ちた。

鮮血が、噴水のように上がる。


「え」


もう一人の男が口にした瞬間、彼の首も地面に落ちた。
首をなくした身体だけが、2体目の前に立っている。


これは、悪夢?酔いが見せた、悪夢なの?
しかし、降り注ぐ紅い雨は……これが現実であることを示していた。

33 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:09:25.07 ID:S0Anv1g5O


恐怖が全身を駆け抜ける。


「……キッ、キャア……むぐっ」


叫ぼうとした私の口を、誰かが塞いだ。


「黙れ。逃げるぞ」

「んぐうっっっ!!?」

「黙れ、と言っている」


口を塞ぐ主の顔が見えた。月光に照らされた、その顔は……

34 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:10:00.74 ID:S0Anv1g5O



浅黒い肌に尖った耳。そして、まだ幼さを残した顔。


まさか、あの店にいた彼…………


次の瞬間、私の意識は、消えた。


35 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:10:26.14 ID:S0Anv1g5O
#


それが、私……プルミエール・レミューと、「魔王」エリック・ベナビデスの出会いだった。


36 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:11:13.29 ID:S0Anv1g5O
第1話はここまで。

キャラクターの外見設定などは後程。
37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/08(土) 08:27:24.02 ID:jfYZjryC0
新作乙
38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/08(土) 12:23:52.37 ID:xOh7syr10
面白そう
39 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/08(土) 23:36:49.72 ID:onGBSWCoO
キャラクター紹介

プルミエール・レミュー(22)

女性。出身はテルモンの首都、皇都テルモン。12歳の時に「英雄」の一人にして現アングヴィラ王国宰相のクリス・トンプソンの庇護のもとアングヴィラに移住。
魔力の突出した才を認められる形で16よりオルランドゥ魔術都市に留学する。
現在6年生(現在の基準で言えば修士2年)。成績優秀であり、「土地の記憶」を呼び起こす魔術を研究している。

身長162cm、体重53kg。少し長めの黒髪で眼鏡をかけている。
地味めの外見であり服装にも無頓着だが、顔立ちは整っており磨けば光る。巨乳。研究一筋で恋愛経験はない。
酒好きでありしかも強め。酔うと笑い上戸になる。
基本的には控えめな優等生キャラだが、若干天然気味の毒舌を吐くことも。自分に自信があまりなく、ノリも少し暗い。それは言うまでもなく過去の出来事に由来するものである。
40 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/10(月) 09:38:12.93 ID:fbURo3hcO



第2話



41 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/10(月) 09:38:39.22 ID:fbURo3hcO
「んっ……」

目が覚めると、見知らぬ天井が見えた。どうやら布団の中らしい。

……


「きゃああっっっ!!?」


私は跳ね起きた。自分が、下着だけの姿だと気付いたからだ。


「騒ぐな、小娘」


高い声が響く。その主は窓際に座り、鋭い視線を私に向けていた。

「心配しなくても手を出しちゃいない。血塗れのまま寝かせるわけにもいくまい」

その通りで、私の身体も髪もきれいな状態のようだった。ということは……

「ま、まさか……私を裸に……??」

「睡眠魔法をかけてる間にな。……繰り返すが、手は出してはいない」

顔から火が吹き出そうになった。そんな……父さん以外の男の人に、生まれて裸を見られたなんて……

「ど、どういうつもりなのっっ!!?」

「だから血塗れのままだとシーツが汚れるだろう?ここは普通のホテルだ、きれいなままにしておくのが礼儀だろう」

浅黒い肌で分かりにくいけど、彼の顔も赤くなっているようだった。

「……本当に、何もしてないのよ、ね」

「……初対面の女、それも意識を失っている女に無理矢理するほど俺は外道じゃない。
にしても暢気なものだ、殺されかけたというのに、自分の裸の心配か」

私はハッとなった。そうだ、黒装束の男たちに刃を突き付けられ、そこに彼が現れた……

「……あ、あなたは何者なの」


「俺か。俺の名は、エリック」


エリック……古にいたという「大魔王」と同じ名だ。
42 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/10(月) 09:39:31.36 ID:fbURo3hcO
「噂の『魔王』って、あなたなの」

少し驚いた表情を見せた後、彼はニィと笑った。

「話が早いな。そうだ、俺が『魔王』だ」

こんなに小さいのに?という言葉を私は飲み込んだ。不意を突いたとはいえ、一瞬で2人を殺したこの子が普通であるはずがない。
ガタガタと身体が震えた。昨日の夜のことを思い出したのと、これから彼が一体何をするのかということへの恐怖からだった。

「な……何で『魔王』が、私を」

「別に殺そうとか思ってるわけじゃない。もちろん身体が目当てでもない。
俺の目的は、お前をサンタヴィラ王国跡地に連れていくこと」

「……サンタヴィラ??」

自らを魔王と名乗る少年は頷いた。

「そうだ。先代の『魔王』ケインが、国民を皆殺しにした、その地だ」

「一体、何のために」

「お前に『思い出させてもらう』ためだ。20年前、あそこで本当は何があったかを」


……ドクン


ちょっと待って。この子……まさか、私の魔法を知っている??そんな馬鹿な!?
43 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/10(月) 09:40:24.09 ID:fbURo3hcO
驚きのあまり固まっている私に、自称魔王は笑いかけた。

「お前が思うほど、オルランドゥの情報管理は堅くないんだよ。
お前が一週間後の学会に合わせて発表する新魔法『追憶』。そのことぐらい、俺は知っている。そして、お前を狙った連中もどういうわけか知っていた」

「……え」

「『追憶』はこれまで国家が秘密としてきた機密を暴きかねない。権力者にとっては、この上なく危険な魔法だ。
だから、『追憶』のことを知ったならお前を消したいと思ってる連中は少なくないはずだ。殺すまではいかなくても、生涯自分の監視下に置こうとするだろう」

「嘘……じゃあ、昨晩のも」

「多分な。どこの誰かは分からない。少なくとも、今日の新聞には昨日の殺しのことは書いてない」

そう言うと、魔王はポイと私に新聞を投げた。

「俺も軽く死体をあらためたが、証拠はなしだ。まあ、魔族じゃなかったからズマの人間じゃない」

「そん、な……」

「だから、お前に選択肢はない。このまま魔術学院に戻っても、昨日みたいに襲われるのが落ちだ。俺と一緒に、サンタヴィラに行くしかねえんだよ」

「……『サンタヴィラの惨劇』には、生き証人の『3聖女』もいるわ。魔王が国を滅ぼしたのは、歴史的な事実……」
44 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/10(月) 09:41:10.20 ID:fbURo3hcO
急に魔王がこっちにやってきて、首根っこを掴んだ。


「それが事実だと、誰が決めた??人が言えば、それが事実になるのか??ああっ???」


45 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/10(月) 09:42:04.10 ID:fbURo3hcO
「か……は……」

息が、苦しい。小さい身体なのに、なんて力だろう……意識が、遠退き始める。

魔王は我に返ったのか、急に力を緩めた。

「げほげほっ!!げふっ……」

「……すまない。……だが、俺はサンタヴィラの惨劇を疑っている」

「ど、どうして……」

「……俺の知る魔王は、そんなことをする人間じゃないからだ」

「え」

少しだけ、沈黙が流れる。

「……まさか、あなたって」

「そうだ。……魔王ケイン・ベナビデスの息子だ」

「でも、あれは20年前で……」

この子はどう見てもせいぜい15ぐらいだ。基礎学校の生徒だと言われても通るだろう。20年前に生まれているはずがない。

魔王が苦笑した。

「魔族の寿命は他の種族とそう変わらん。だが、俺のベナビデス家だけは別だ。エルフの連中並みには生きる。
だから、俺の成長は普通の半分だ。もちろん、お前よりは長く生きている」

「……じゃあ、28歳って」

チッ、と魔王が舌打ちする。

「あの店主、余計なことを……」

本当に年上だったのか。それなら、この態度の大きさは少し納得が行く。

「じゃあ、あなたは……父親の無念を晴らそうと」

「そんなんじゃない。ただ、納得が行かないだけだ。
父上があの国を滅ぼした、それは多分事実だろう。だが、俺の知る父上と『魔王ケイン』は全く噛み合わない。
真実を知りたい。ただ、それだけだ」

魔王が真っ直ぐ私を見た。漆黒の瞳はどこまでも深い。
46 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/10(月) 09:42:32.34 ID:fbURo3hcO



ああ、彼も私と同じなのか。



47 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/10(月) 09:43:47.56 ID:fbURo3hcO
この少年……というよりこの男性のことを、私は全く知らない。一般的な、邪悪な魔族なのかもしれない。
ただ、嘘をついているわけでは全くなさそうだった。特に、自分が知らない真実を知りたいと願う心には曇りがない。
それぐらいは、目を見れば分かる。それに、邪気を孕んだマナは彼からは感じ取れなかった。


しかし……決断はできなかった。アリス教授に、一言相談したかったからだ。


「……少し、考えさせて」

「そんな余裕はないぞ。ここにいられるのも、せいぜい今日が限界だ。これからお前を狙う連中は増えていく。だったら、早めに逃げを打つ」

「でもっ!!教授に、一言言わないと!」

「お前が今会いに行けば、確実に教授も巻き込むぞ??行き先を知っているはずだと拉致されるかもしれない。
アリス・ローエングリンは有能な魔術師らしいが、暗殺者を撃退できるほどなのか?」

私は言葉に窮した。魔王が溜め息をつく。

「失踪の件は、後で伝書鳩でも飛ばしておけば済む。今は、オルランドゥから逃げるのが先だ。……少し、席を外す」

「え」

「血塗れの服を着たら目立つだろう?新しい服を買う。それでモリブスに向かうぞ」

「サンタヴィラって、ここからだと北西じゃ?アングヴィラ経由で行った方が……何で逆方向へ」

魔王が苛立った様子でまた舌打ちした。

「馬鹿か?ここの東にあるのはアーデンの森だ。ただでさえ魔物が多くて俺でもお前連れじゃ危ない。
しかも安全なルートはアングヴィラの管理下だ。魔族の俺が通れると思うか?小娘」

「……私は小娘じゃない。プルミエール。プルミエール・レミュー」

「小娘もプルなんとかも一緒だろう?とにかく、東に行って最短距離は無謀だ。西からオルランドゥ大湖を反時計回りで行く」

「そんなっ!!遠回……」

そう言いかけて私はやめた。


……これはむしろ好都合かもしれない。その道程なら、テルモンも通る。つまり……


「追憶」で、10年前の事実が分かるかもしれない。


私は首を縦に振った。
48 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/10(月) 09:44:22.44 ID:fbURo3hcO
「……分かった。でも、一つ聞かせて。サンタヴィラに行って、もし真実が分かったら……その時、私はどうなるの?
……そしてあなたはどうするつもりなの」

「前者については、ちゃんと報酬付きで解放してやる。金は唸るほどあるから、全てが終わったらそれなりに不自由のない日々が送れるはずだ。
後者については……分からない。どうするのか、自分でも分からない」

「え?」

魔王は悩んでいるようだった。まるで、見た目相応の少年みたいに。

「……ただ、俺は……ベナビデス家の長として、それを知るべきだと思う。どんな残酷な真実であっても。
それを知らないと、俺は……そして魔族は、先には進めない」

「……あなた……」

魔王が苦笑した。

「これぐらいでいいだろう?夜にはホテルを出る。少し寒いかもしれないが、しばらくは下着で我慢してくれ」

そう言うと、小さな魔王は部屋を出ていった。
49 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/10(月) 09:44:59.80 ID:fbURo3hcO
#

「じゃあ、行くぞ」

魔王はフードをすっぽりと被った。私はというと、魔法使い御用達の黒いローブ姿だ。「いつも慣れている服装の方がいいだろう」ということらしい。
これからは長旅になる。魔王の背中には、2人分の着替えがギッシリと詰まったザックがあった。魔法使いと行商人、ということで通すのだという。

教授には、まだお別れの言葉を言えてなかった。無断でオルランドゥを出ることには、とても罪悪感がある。今日は安息日だったからいいけど、明日私が来ないと知ったらどんなに悲しむだろう。

……それでも、私が狙われているのが事実なら。そして、その被害が教授たちにも及ぶのなら。この決断は、もうやむを得ないことなのだ。

辺りはすっかり暗くなっている。今日は徒歩で隣町のユージーンまで行くらしい。
ここからは15キメドほどある。……そんなに長い距離を歩いたことなんて、今まであっただろうか。

「どうした」

「……いえ、大丈夫」

魔王に促され歩き始める。彼のことを信用したわけじゃない。でも、私を守ってくれるのは、彼だけだ。
私が使える攻撃魔法なんて、たかが知れている。昨晩のことを思い返すと、改めて身震いがした。
50 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/10(月) 09:45:41.83 ID:fbURo3hcO
オルランドゥの街を出ようとした、その時だ。


……ゾクン


向こうに、強い魔力を感じる。魔王も足を止めた。

「……いるな」

「待ち伏せ!?まさか、あれも私を……」

「恐らくはな。多分、街の各出口に人員を配置している。かなり組織だった動きだ。ただ……あそこにいるのは1人だけだな、そこは救いだ」

「どうして1人だけなの」

「そもそもの人員が少ないのだろうさ。あとは単純に……あそこにいる奴は強い。昨日の間抜けとは、明らかに違う。1人でも十分、ということだろう」

「どうするの?」

魔王は一瞬黙った。

「やり過ごせればいいがな。だが、望み薄だ。一応、フードで顔は隠しておけ」

少し進むと、ハッキリと待ち伏せする人物の姿が見えた。木に寄りかかり、街灯の明かりが男を照らしている。
軽装だが、目は鋭く隙がない。私でも、彼が訓練を受けた人間だとすぐに分かった。
51 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/10(月) 09:46:28.17 ID:fbURo3hcO
「そこの魔法使い、止まれ」

ビクッと、私は金縛りのように固まった。

「な、何ですか一体」

「フードを上げろ。確認だ」

その時、魔王が何かを私に手渡した。……指輪?


次の瞬間。



ゾワアアアアアアッッッッ!!!



彼から、強い魔力の奔流が放たれた!!まさか、これで力を押さえ付けていた?

魔王が剣を抜く。小振りの短剣だ。

「命が惜しければ、黙って通せ」

男は少し驚いたような表情になったけど、すぐにニヤリと笑みを浮かべた。

「噂の『魔王』か」

「分かってるなら話が早い。歯向かうなら殺す」

「冗談が下手だな」

男はぬらり、と深紅の大剣を抜いた。
52 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/10(月) 09:47:11.20 ID:fbURo3hcO




「『遺物』が一つ『スレイヤー』。この剣の錆にしてやるよ」



53 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/10(月) 09:47:49.32 ID:fbURo3hcO
第2話はここまで。

後程エリックのキャラ設定を投下します。
54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/10(月) 10:42:50.72 ID:WpqhEABC0
おつ
55 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/10(月) 10:46:20.28 ID:fbURo3hcO
こちらも更新を始めました。
内容は今のところ同一です。多少加筆修正が今後あるかもしれません。

https://ncode.syosetu.com/n7453gk/
56 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/10(月) 15:41:10.80 ID:fbURo3hcO
キャラクター紹介

エリック・ベナビデス(28)

男性。出身はズマ魔侯国の首都、エリコグラード。8歳の時に「サンタヴィラの惨劇」が発生、その際に国を追われる。
その後の消息は(現在の所)不明。何者かの手引きでオルランドゥ魔術都市に「魔王」を称して現れた。
父親は「サンタヴィラの惨劇」を引き起こした「魔王ケイン」。彼にとっての魔王は決して悪人ではなかったようだが……?

160cm、55kg。浅黒い肌に赤みがかった短髪。
見た目は13ぐらいの少年にしか見えない。ただ、目付きだけは外見不相応に鋭い。大食漢でありよく寝る。本人曰く「燃費が悪い」。
偉そうな物言いをするが基本的には紳士。女性に対する免疫はあまりない。感情の沸点は低いが、冷静になるのも早い。
57 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/12(水) 00:49:28.27 ID:yGgQ9HDMO




第3話




58 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/12(水) 00:49:55.87 ID:yGgQ9HDMO


「遺物」??そんな、馬鹿な!?


この大陸には「遺物」と呼ばれる幾つかの武具がある。そのどれもが、使い手に強大な力を与える、らしい。
かのアングヴィラの勇者にして国王の、アルベルト・ヴィルエールも「遺物」を使って魔王ケインと相対したという。

そして、「遺物」の多くは国宝として大切に保管されている。一般人が目にできる代物ではないし、私も見たことがない。
もちろん、実際に使われるなんてことは……まずあり得ない。そのはずだ。


しかし、目の前の男は……確かに「遺物」と言った。

59 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/12(水) 00:50:50.28 ID:yGgQ9HDMO


魔王が腰を落として半身に構えた。金髪の男が嗤う。

「その構え、ダーレン寺流か」

「……だから何だ」

「魔王がまさかダーレン寺の薫陶を受けているとはな。実に興味深いが……」

男が構える。


「2人ともここで消えてもらう、ぜっ!!!」


……迅いっ!!?


大きく振りかぶってからの荒々しい一撃を、魔王はすんでの所で後ろに避けた。間合いはまだ遠かったはずなのに……


その刹那。


クンッ


地面に刺さるかと思われた大剣が、急に上へと跳ね上げられた!
あんな重そうな剣なのに、男はそれをダガーか何かのように軽く扱っている??


ブオンッッ


風圧がここまで聞こえてくる。魔王はというと、その追撃も大きく後方に跳んで交わしていた。


「小娘、逃げろ!!」


「え」


魔王が叫ぶと、すぐに次の剣撃が彼を襲った。それも何とか避けたみたいだけど……


恐怖で足が……動かない。

60 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/12(水) 00:51:43.59 ID:yGgQ9HDMO
金髪の男が、ニヤリと私を見て笑った。

「心配するな、お前はすぐには殺さない。じっくり愉しんでからだ」

攻撃をしながらなのに、なんて余裕……魔王は逃げるだけで手一杯というのに。

魔王が「チッ」と舌打ちをした。

「馬鹿が……!!逃げろと言ったはずだ!!」

「アホが、逃がさねえよ!!そもそも、お前本気じゃないんだろう!?やってみせろよ、『魔王様』がよぉっ!!」

男の攻撃が、さらに迅さを増した。あんな重そうな剣だ、一発食らったらそれで終わりなのは目に見えてる。
魔王の顔からも、焦りの色が見て取れた。


横薙ぎの一撃を、魔王は大きく後ろに避ける。間合いが僅かに広がった。その時、彼の口が動いた。
61 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/12(水) 00:52:32.66 ID:yGgQ9HDMO


「加速(アクセラレーション)、2」


凄まじい量のマナが、彼に集まるのが分かった。そして。


魔王の姿が、消えた。


62 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/12(水) 00:53:25.87 ID:yGgQ9HDMO


ザンッッッ!!!


「がはああっっっ!!?」


男の苦痛の叫び。そして、魔王は……男の向こう側にいた。


「かはっ……てめえっっ……何をしたっっ!!?」

「『2』では反応されたか……驚いたな」

男は腹部を押さえている。大量の血が流れているのが、ここからでも分かった。
しかし、魔王はもう一度剣を構える。男がまだ戦えると思っているようだった。

「次は仕留める」


「できるか……な!!!」

63 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/12(水) 00:54:16.79 ID:yGgQ9HDMO


ザクリ


男が地面に剣を突き刺す。すると……男の身体が紅く光り始めた!!?
血は止まり、苦痛に歪んでいた男の顔に生気が戻ってくる。これは……回復魔法??いや違う、もっと別の何かだ。


まさか、これが……「遺物」の力??


そして、男は大剣を引き抜くと……私の方を振り向き、ニタァと笑った。


「予定変更だ、女からやらせてもらうっ!!」

64 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/12(水) 00:54:45.26 ID:yGgQ9HDMO


ズオンッッ


さっきより遥かに速く、男が踏み込んできた!!あっという間に私との距離が詰まる。


紅い剣が、私の頭上に見えた。


……ダメだ。私はここで……死ぬんだ。

65 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/12(水) 00:55:11.53 ID:yGgQ9HDMO


目をつぶった、その刹那。


66 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/12(水) 00:55:48.39 ID:yGgQ9HDMO




「アクセラレーション、5ッッッ!!!」



67 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/12(水) 00:56:50.76 ID:yGgQ9HDMO


「な??」


「きゃあッッ!!?」


暴風のような、何かが吹いた。一瞬のうちに、男の姿が小さくなる。


気が付くと、私は……魔王に抱きかかえられていた。ハァッ、ハァッと荒い息が聞こえる。

「愚か者め……!!逃げないからこうなるっ!!」

「ご、ごめんな、さい……」

「クソが……俺一人なら、『3倍速』で戦えたがっ……」

遠くの金髪の男が、ブンブンと大剣を振り回している。

「おいおい、何だ今の??俺でも見えなかったぜ?」

魔王は私を置くと、荒い呼吸のままゆっくりと男に向かい歩き始める。マナの量が、酷く減っているのが分かった。
私を助けるために使った、あの「加速5」というのは……多分、彼の切り札だったんだ。

「お前が、知る必要は、ない。そして……もう一回ぐらいは撃てる」

魔王がまた短剣を構えた。男の表情が、再び引き締まる。

「……何?」

「お前も、分かってるだろう?『2倍速』ですら、お前は……致命傷を避けるのに手一杯だった。
そして、多分……お前も切り札を使った。あれがスレイヤーとかいう……『遺物』の力か」

「……だとしたら?」

「お前は、『5倍速』には、対応できない。ここで俺に斬られて……終わりだ」

街灯に照らされた男から、感情が消えた。重い沈黙が数秒続いた後、男は何かを呟く。
68 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/12(水) 00:57:48.39 ID:yGgQ9HDMO


空間に黒い歪みのようなものが現れた。あれは、まさかっ……


「転移魔法っ??」


男は私たちを睨む。

「9割ハッタリだが……確かに、あれを撃たれたら、俺は死ぬ。仕方ねえ、撤収だ」

「貴様の名は?」


「……デイヴィッドだ。またな、『小僧』」


そう言うと、男は空間の歪みに消える。同時に、魔王はその場に崩れ落ちた。
69 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/12(水) 00:58:36.01 ID:yGgQ9HDMO
「大丈夫っ!!?」

「阿呆、がっ……!!ザックの中に、薬瓶がある……丸薬があるから、飲ませろっ……」

私は急いでザックを漁った。……あった、これだ。
瓶の中には黒い丸薬が5個入っている。私はその1つを取り出した。……凄い刺激臭がする。これを飲ませるの?

「いいから、早くっ……!!そうだ、それでいい」

魔王は丸薬を口にすると、顔をおおきく歪ませた。そして、水袋を手にすると、苦渋の表情で流し込む。

「うえっっ……!!!相変わらず、酷い味だっ……クソっ、最悪の気分だな……」

「ごめんなさいっ!!私が逃げなかったせいで……」

チッ、と魔王がまた舌打ちした。

「全く、だ。貴重な『霊癒丸』を、ここで使うことになるとはな……!!よくそれで生きてこれたな、小娘」

返す言葉もない。私は唇を噛んで俯いた。

「……こいつを守りながらサンタヴィラまで行くのか、さすがの俺も自信がなくなってきたぞ……。しかし、行かなければ仕方ない、か」

よろめきながら、魔王が立ち上がった。

「……本当に、大丈夫なの?」

「あれは……マナを無理矢理詰めた、一種の強壮剤だ。一応、ユージーンまでは歩ける。多分」

私は辺りを見渡した。今の、誰かに見られたりしいていないだろうか?
70 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/12(水) 00:59:15.34 ID:yGgQ9HDMO

魔王が首を振った。

「……生命の気配がない。街の門番は、あのデイヴィッドという男に事前に殺されているな」

「嘘……」

「大方、俺に全てを擦り付けるつもりなんだろう。……こうなった時のことまで考えていたわけだ」

果たして、門のそばには袈裟斬りに両断された死体が2体転がっていた。私の胃から、少し前に食べたシチューが逆流しそうになる。

「うぷっ……」

「……弔ってやるか」

魔王はそういうと、死体に手を触れた。急速にそれはしぼんでいき、やがて砂になって消えた。

「何をしたの?」

「……腐食魔法の一種、としておくか。惨殺された死体など誰も見たくはないだろう。特に、こいつらの家族は」

数分かけて、「弔い」は終わった。血がまだ辺りに残っているけど、一晩経てば地面に染み込むだろう。

「……行くか」

魔王は小さく言った。その目は……微かに濡れている?


それは気のせいだったのだろうか。

71 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/12(水) 01:00:15.66 ID:yGgQ9HDMO
#

疲れと精神的な衝撃から、ユージーンに着くまで会話はほとんどなかった。
着いたのは深夜。安宿に着くと、魔王は無言で金貨1枚を眠そうな女将に渡した。

「夜分すまない。行商の身だ、これで一部屋頼む」

「これって……ちょっと、宿代の10倍だよ?」

「深夜押し掛けた迷惑料込みだ。他言無用で頼む」

女将は首をひねりながら、私たちを部屋へと案内した。埃っぽい部屋だけど、文句は言えない。

「とっとと水浴びでもしてろ。俺は先に寝る」

「ちょっと!」

「聞きたいことは明日聞いてやる。ただ、朝早めにユージーンを出るぞ。モリブスで人が待ってるんでな」

「人?」

ベッドの布団を被りながら、魔王が言った。


「俺のパトロンだ。ジャック・オルランドゥ」


……オルランドゥ……魔術都市と、同じ名字?


「ねえ、どういうこと?」

呼び掛けたけど、魔王はもうスウスウと穏やかな寝息を立てていた。

72 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/12(水) 01:01:32.11 ID:yGgQ9HDMO
第3話はここまで。

アリスなどのキャラクター紹介は後日。

質問などありましたらどうぞ。
73 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/12(水) 18:56:55.69 ID:4aI2cGelO
設定紹介

「遺物」

遥か過去に作られた武具の総称。その全てが現在では再現不可能な技術で作られている。
作り手は「神」とされているが、一切は不明。ただ、そのどれもが超常の力を有している。
デイヴィッドの「スレイヤー」は地面に突き刺すことで本人の回復・強化を促していたようだ。まだ何かあるかもしれないが、現状は詳細不明。

(大体遺物=神器。ただ、ジュリアンは本編には出ません)
74 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/12(水) 18:59:11.20 ID:4aI2cGelO
魔術都市オルランドゥ

マナが豊富なオルランドゥ大湖のほとりにある。人口は約1万人。風光明媚な観光地でもある。
都市としては自治権を持っており、モリブス政府でも簡単には干渉できない。
学院長は合議制によって選ばれる。当代の学院長はローマン・ゴールディ。基本的に政治的野心には乏しく、研究の邪魔さえされなければいいというスタンス。
各国から最も優れた魔術師が集まり、魔術や科学の研究を行っている。
半面、各国からのスパイも多く最新の魔術を盗もうと虎視眈々。野心ある学生がやってくることもなくはない。
このため、研究成果は一定の実が結ばれるまでは秘中の秘とされ外に出ることはない。それでも発覚する時はある。
75 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/14(金) 16:43:08.45 ID:mtWo0cv2O




第4話



76 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/14(金) 16:43:35.29 ID:eY+H6i2KO
涼しい風が頬を撫でる。疲れは残っていたけど、今日は何とかなりそうだ。
ユージーンで馬を買ったからだ。魔王が御し、私はその後ろの鞍に座っている。胸が少し当たるけど、きっと彼は気にしないだろう。

「……馬、なんでオルランドゥで借りなかったの」

「借りられると思うか?俺たちに対する警戒体制が敷かれていた以上、その場で身元を調べられるのが落ちだ。そうしている間に拘束されたら終わりだろう?
どうにも世間のことを知らんようだな、小娘」

「なっ……!?」

実年齢は上だと知っていても、少年に小馬鹿にされた口調で言われるとさすがにムッとした。
馬を操る魔王が呆れたように振り向く。

「そもそも、俺なしではお前はただ殺されるか、さもなきゃ一生塔の中だ。少しは身をわきまえろ」

「何ですって??」

反論しようと思ったけどやめた。私はもう2回も彼に助けられている。路銀だって彼任せだ。傲慢でいけすかないけど、確かに彼は命の恩人なのだった。

黙っている私を見て、「……ふん」と魔王は前を向いた。

馬は冒険者ギルドで買うことができた。相変わらず相場の数倍で買っていたけど、あの金はどこから手に入れているのだろう?
元がズマの皇子というのが本当だとしても、サンタヴィラの惨劇から20年も経っている。そんなに金がもつものだろうか。

そもそも、私はあまりにこの男のことを知らない。長旅になるなら、互いのことをもっと話すべきではないか。……好き嫌いは別にしても。
77 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/14(金) 16:44:50.38 ID:eY+H6i2KO
「ねえ」

「何だ」

声をかけたはいいけど、何から話すべきか思い付かない。そもそも、男性とちゃんと話すこと自体、今までの人生の中でそう多くはなかったのだ。

「……」

「……変な奴だな」

「あの……魔王ケインって、どんな人だったの」

魔王が馬を止めてじっと私を見た。……触れてはいけない話だっただろうか。

「……それがどうした」

「ただ、訊きたかっただけだけど……」

小さな溜め息が聞こえた。

「お前には関係のないことだろう」

「でも、あなたはサンタヴィラの惨劇の真実を知りたがっている。彼が、そんなことをする人じゃないと思っているからでしょ?それに、あなたもそこまで悪い人じゃない、多分」

「何を根拠に」

「何となく。それに、魔法使いはマナでその人の性質が分かるの。あなたは偉そうでちょっとムカつくけど」

ふん、と魔王が鼻を鳴らした。

「……小娘が偉そうに」

「でも、あなたが知る魔王ケインは、御伽噺の絵本のような極悪非道の悪党じゃない。そうでしょ?」

「……随分魔族に同情的なんだな」

「同情的じゃないけど……全ての魔族が、悪い人じゃないと知ってるだけ」

そして、そうだと思いたいから……私は「追憶」を産み出した。

魔王は馬を再び歩ませた。

「……父上は優しい人だった。厳しいが、少なくとも俺にとってはいい父親だった。
敵には容赦はない。刺客を斬り捨てたのを見たこともある。だが、理由もなしに誰かを殺すなんてことは、絶対にしない人だ」

「サンタヴィラ王国が何かした、と?」

「分からない。だが明らかに今語られている『魔王ケイン』は、俺の知る父上ではない。
とりあえず、次の宿場町で飯を食うぞ」

それきり、魔王は黙ってしまった。
78 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/14(金) 16:45:36.65 ID:eY+H6i2KO
#

「……おかわり」

フードをすっぽりと被ったまま、魔王が空になった皿を突き出す。テーブルの上には、早くも3枚の皿が重ねられていた。

「よく食べるのね……」

「俺は燃費が悪いからな。人より多く食らうし、多く寝ないといけない。とりあえず、この肉のスパイス炒めと『レー』を頼む」

「私、あれ苦手なのよね……」

「オルランドゥは一応モリブス領内だろう?食べないのか」

「辛いのダメなのよ……」

モリブスに行くのは3年ぶりだ。とにかく全部の料理がスパイスが効いていて辛いのだけど、「レー」は特に辛い。
サラサラで真っ黒なスープは、とても人間が食べる代物とは思えない。お米と一緒に食べるのだけど、私は2口で挫折した。

魔王が小馬鹿にしたように笑う。

「小娘は舌まで小娘だな。だから甘口の『ウー・ドレー』しか食えないのか」

「これは辛くないもの。ミルクのまろやかな風味が麺に絡んで美味しいわよ。嫌いなの?」

「辛さこそモリブス料理の真髄だろう?ミルクで誤魔化すのは邪道だ」

スパイス炒めと「レー」が運ばれてきた。ここの「レー」は特に黒い気がする。本当に、あれは同じ食べ物なのかしら。
私は「ウー・ドレー」の白い麺を啜った。甘味の中に複雑なスパイスの香りが拡がる。

「んぐっ……モリブスに、詳しいの?」

「まあな。昨日少し話したが、俺の後援者はモリブスにいる。俺もそいつのところで世話になったんでな」

「ジャック・オルランドゥだっけ?オルランドゥ魔法学院と、何か関係が……」

「もちろんある。だが、それについては本人の口から聞いてくれ」

魔王が匙を口に運んだ。表情は変わらないけど、額には汗が滲んでいる。

私のことを知っていたのは、それが理由なのかしら。
79 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/14(金) 16:46:26.87 ID:eY+H6i2KO


魔王が急に、匙を止めた。


「……いるな」

「追っ手?」

「多分。視線を感じる」

私も辺りを見渡した。……確かに、食堂の片隅に1人、明らかに常人じゃない魔力の人がいる。彼か。

「どうするの?」

「直接絡むまでは無視だ。宿泊する予定のイスラフィルで仲間が待ち伏せしているかもしれないが、その時は殺るしかないな。
……小娘、本当に戦闘向きの魔法はないのか」

「戦闘?私も戦えというの?」

「当然だ。昨晩のデイヴィッドみたいなのがいたら、俺一人だけでは守りきれん」

渋い顔で返された。

でも、当然私には戦った経験なんてない。さらに言えば、精霊魔法はあまり戦闘向きの系統ではないのだ。

考えろ。本当に彼に頼りっきりでいいのか……

「あ」

あった。彼を支援できそうな魔法で、私が使えそうなものが。

私は小さく頷いた。

「一応」

「相手はチンピラじゃない。一昨日の間抜け2人も、一応訓練は受けていたはずだ。本当に通用する程度のものなんだろうな?」

「実際に試したことはないの。でも、自信はそれなりにある」

「……信用するからな」

「助けられてばかりじゃ、悪いもの」

魔王が苦笑した。

「その意気込みやよし、だな。腹八分目だが、ひとまず外に出……」

魔王の視線が例の男に向けられた。男は、こっちに向かってまっすぐ歩いてくる。

どうしよう、と思っているうちに彼は私たちの所に来た。
80 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/14(金) 16:47:13.04 ID:eY+H6i2KO


「よう、お二人さん」


「何の用だ」

険しい目で魔王が彼を見る。背は185センメドぐらい。短い黒髪の痩せた男で、どことなく軽薄そうな感じだ。耳が長くて色白だから、エルフだろうか。

「すまねえな。間違ってたらすまねえが、そこのちっちゃいフードのが『魔王様』でいいか?で、巨乳の姉ちゃんがプルミエール・レミュー嬢」

「……だとしたら何だ」

男はニヤニヤしながら私たちのテーブルに座る。そして、出てきた言葉は私の……そして恐らくは魔王の想像の外にあるものだった。
81 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/14(金) 16:47:50.63 ID:eY+H6i2KO


「俺を雇わねえか?」


「……は?」


82 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/14(金) 16:48:21.83 ID:eY+H6i2KO
何を言ってるんだろう?この男がただ者ではないのはすぐに分かるけど……

「追っ手じゃないの?」

「いや、追っ手だ。あんたらの捕縛指令は、各国政府によって出されてる。で、そのための特務部隊が名目上協力して組まれてる。俺もその一人ってわけだ。
だが、俺にとってはチビの魔王と巨乳ちゃんを捕まえてもそんなにいいことがない。所詮悲しき宮仕え、部下の手柄は上司の手柄、なわけさ」

「……金次第で動くとでも?」

金で動く人は危険だ。もっと高いお金を出す人がいたなら、こいつは速攻で裏切る。
魔王もそう思っているようで、表情の険しさは増していた。


しかし、彼の答えはまた予想外のものだった。


「俺をサンタヴィラまで連れていく。それだけでいい」


83 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/14(金) 16:48:51.87 ID:eY+H6i2KO


「……何??」


魔王の怒気を孕んだ言葉に、男が肩をすくめた。

「あー、すまんすまん。ただ、俺はお前さんたちをどうこうするつもりはねえぜ。
むしろ協力したいと思ってる。どうだ」

「要らん。一切信用ならん。そもそも、お前は誰だ?」

しまったなあ、とこぼしながら男が頭をかく。

「俺の名はランパード。ビクター・ランパードだ。まあ、見ての通りトリス森王国の人間だ」

「トリス……まさか、エリザベートの知り合い?」

「ああ、そういや姫様のご学友だったな。まあまあ長い付き合いだぜ、あのトンチキ姫様とは。
まあ、この申し出を断ってくれても構わない。俺は勝手に支援させてもらうからな」

味方は多い方がいい。それに、このランパードという男が本当にエリザベートの知り合いなら、確かに信頼には足るはずだ。
ただ、魔王はじっとランパードを見ている。彼の下した結論は……

84 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/14(金) 16:51:11.01 ID:eY+H6i2KO
※安価1回目

1 ……分かった
2 ……断る


※3票先取


※1だとややコメディ色が強くなります。2だと2人のイチャイチャ(?)が増えます。

※ストーリーの大筋には変わりはありません。
85 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/14(金) 17:17:06.81 ID:/ltXQQef0
2
86 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/14(金) 17:40:08.31 ID:VoYiDPhDO
2
87 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/14(金) 17:50:06.61 ID:NxFnKKLQ0
2
88 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/14(金) 23:06:55.58 ID:eY+H6i2KO




「断る」




89 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/14(金) 23:07:57.34 ID:eY+H6i2KO
ランパードは苦笑した。

「……まあ、そう来るだろうよ」

「トリスのことだ、どうせ裏があるんだろう?それが何であれ、邪魔はさせない」

「邪魔はしねえって」

「エルフは信用ならん」

「嫌われんなあ」

ランパードはそう言うと、席を立った。

「ま、それならそうでいいさ。上にはお前さんたちは見付からなかったと伝えとく。
ああ、忠告な。テルモンの連中がイスラフィルで待ってるぜ。まあ、お前らならどうとでもするだろうが……人死に出したら目立つぜ。そんだけだ」

テルモンが??そこは……私の祖国だ。

「ちょっと待って!!」

周囲の視線が私たちに集まる。しかしランパードは振り向かず、そのまま去っていった。

魔王が険しい顔で私の裾を引く。

「馬鹿がっっ……!注目を浴びてどうする?そもそも、奴の言うことを素直に信じるつもりか?」

「でもっ……彼は『テルモンの人間が待ち伏せしてるって』……」

「ああ、そうだろうよ。言っただろう、お前の『追憶』はどこの国にとっても都合が悪い代物だ。だから、世界中がお前を狙ってる。
そして、あのランパードという男もお前を利用しようとしていただけに過ぎん。人を安易に信用するな、愚か者がっ」

そうか……彼は私たちを罠にはめようとしていたのかもしれなかったのか。……自分の甘さが嫌になる。

「行くぞ、これ以上注目を浴びるのはまずい」
90 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/14(金) 23:09:35.54 ID:eY+H6i2KO
「……あなた、もっと色々知ってるんじゃないの」

イスラフィルに向かう道中、私は魔王に訊いた。お昼を食べてから、彼の機嫌はずっと悪い。それはあのランパードという男によるものなのか、それとも私の迂闊さによるものなのか。……きっと両方だろう。

「色々とは、何だ」

「私を狙っている人たちの正体。色々な国が狙っているって言ってたけど……」

魔王は数秒黙った後、口を開いた。

「知ってどうなる」

「今から向かうモリブス公国も、私たちの敵なの?」

「……あそこは、まだマシだ。少なくとも、統領のベーレンは協力者だ。ただ、閣内にはお前を消したいと思っている連中が多いだろうな」

そうなのか。とすれば、そこまで心配しなくてもいいのかな。

「じゃあ、あのデイヴィッドって男は」

「……分からん。ただ、あいつは……間違いなく、国の中枢に近い人間だ。『遺物』持ちの時点で、普通の暗殺者じゃない」

魔王はまた口を閉ざす。何か、言葉を選んでいる気がした。

「まだあんなのがいるの?」

「……多分な……ん」

魔王が馬を止めた。

「……少し早いお出迎えのようだな」
91 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/14(金) 23:10:20.31 ID:eY+H6i2KO
30メドぐらい先に、男たちが立ち塞がっているのが見えた。

イスラフィルまではまだ1、2キメドはあるはずだ。目撃者が多くなる街中ではなく、街道で待っていたということか。


背筋に冷たいものが流れる。


「殺すの?」

「それしかあるまい」

私は昨日の、そして一昨日の夜のことを思い出した。……2日続けて惨い死体を、私は見ている。しばらく……というかできれば一生、人が死ぬのは見たくない。

「……やめて」

「殺らなきゃ殺られるんだぞ?」

「……そうでもないわ」

私は馬を降りて、男たちに向けて歩いていく。……近くには川が流れている。これは好都合だ。

「おい」

「すぐ終わるわ」

小さく呪文を呟く。
92 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/14(金) 23:10:46.24 ID:eY+H6i2KO


「清廉なる水の精霊よ
真実の姿を偽りに、偽りを真に曲げよ
心に惑いを、惑いを真実に変えよ……」


霧が一気に辺りにかかっていく。……上手く行った。

93 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/14(金) 23:11:44.71 ID:eY+H6i2KO
「何をした?」

「説明は後で。今のうちに通るわ、霧の中では何もしないで」

馬に飛び乗り、霧の中を進む。魔王の背中に手を触れ、魔法の効果が彼に及ばないようにした。

途中、男たちが剣を振り回しているのが見えた。私たちには、全く気付いてない。


そして……私たちは無事にイスラフィルに着いた。

94 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/14(金) 23:15:33.91 ID:eY+H6i2KO
#

「結局、あの魔法は何だ」

宿のベッドに座りながら、魔王が訊く。私は少し得意気になって答えた。

「精神魔法と精神感応魔法の合成術。『幻影の霧』とでも言うべきものね。
霧の中に入ると、認識が歪められて幻覚を見るの。一度かかったら、1刻は正気を失うわ。水場が近くにないといけないけど」

魔王の目が、初めて驚きで見開かれた。

「即興か?」

「ううん、昔作った魔法。研究論文に仕上げるほどのものじゃないけど……」

「……精神感応魔法の素養があるとはな」

「教えてもらったの。親代わりの、クリス・トンプソン宰相に」


その瞬間、魔王の目が憎悪に燃え、私の胸倉を掴んだ。
95 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/14(金) 23:16:25.81 ID:eY+H6i2KO


「……あの男が親代わり、だと?」


「えっ!?ええ、そうだけど……」

「クソッ!!!」

魔王が私を軽く突き飛ばした。私はもう一つのベッドに倒れこむ。

「きゃっ!!?何するのよ!!そもそも、トンプソン宰相に、何か恨みでも……」

魔王は努めて冷静になろうと呼吸を整え……そして告げた。


「……当然だろう??……あの男は、父上を討った勇者の一行にいた。仇なんだよ」


96 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/14(金) 23:16:53.43 ID:eY+H6i2KO
第4話はここまで。設定などはまた後程。
97 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/15(土) 01:37:53.18 ID:qQqQnsJpO
なろうの方をアップしました。一部微妙に表現を変えています。

設定紹介

レー……
カシミールカレーのような何か。本家よりは具が多い。

ウー・ドレー……
カレーうどんのような何か。カレーに牛乳を併せたような感じのスープが人気。

モリブスはメキシコ辺りの地理ですが、この世界(時代?)においてはインド的な食文化になっています。
また、「ソミ」は味噌です。カッテージチーズの味噌漬けが第1話で少し出ています。
98 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/15(土) 09:26:57.48 ID:NpluXm0DO
乙乙
99 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/16(日) 16:37:16.03 ID:cAlXBzjlO



第5話



100 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/16(日) 16:38:13.49 ID:cAlXBzjlO


モリブスに近づくにつれ、香辛料の匂いが濃くなった。嫌な感じじゃないけど、何とも形容しようのない匂いだ。


ここに来るのは3年ぶりだ。アリス教授に連れられて、貴族連に挨拶しに行った時以来か。


モリブス公国は、北ガリア大陸南東部に位置する。ここ10年ぐらいでかなり大きくなった国だ。

新興の南ガリア大陸からの交易が盛んで、ドワーフやオーク、オーガなど南からの異種族も少なくない。オルランドゥ魔術都市も、名目上はモリブスの統治下にある。

非常に陽気なお国柄だけど、治安は決して良いとは言えない。法よりも暴力、秩序より混沌というのがモリブスの伝統である、らしい。以前モリブスに行った時も、屈強な女護衛を3人ほど雇っていたような気がする。そうしないと襲われるから、だそうだ。


今回、私の護衛は……護衛と言えるのかよく分からないけど……自称魔王の少年だけだ。

ただ、彼との会話は、昨晩からすっかりなくなってしまった。目線すら合わせようとしない。

馬に揺られながら、会話の糸口を探ろうとしてもなしのつぶてだ。別に、気に入られようとかそう思っているわけじゃないけど……酷く不安になる。
101 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/16(日) 16:39:15.60 ID:cAlXBzjlO


原因は分かっていた。私が、彼の仇の一人であるトンプソン宰相に育てられたという事実だ。


父親の魔王ケインが討たれるべき存在だったのは、彼も認めている。それでも、あの怒り方は……何か異常なものを感じた。
あるいは、魔族の国であるズマ魔侯国と長年対立関係にあったアングヴィラ王国自体にいい印象を抱いていないのかもしれない。


……でも、だからといって会話までしなくなるなんて。その狭量さに、私は寂しさを覚えていた。
こんなので、これから先上手くやっていけるのだろうか?


街道の人通りはどんどん増えていく。とりあえずの目的地であるモリブスまで、もう少しのようだった。
102 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/16(日) 16:40:33.82 ID:cAlXBzjlO
#

「降りろ」

今日、初めて私に魔王が投げかけた言葉は、冷たい命令だった。

そこはモリブスの外れにある一軒家だった。木造で、かなり年季が入った建物のようだ。

「ここに、あなたの後援者が?」

「無駄口を叩くな、俺についてこい」

玄関のドアを魔王が乱暴に叩く。……返事がない。
もう一度ドンドンと魔王がやると、「うっせえなあ」という声が聞こえてきた。

「足悪いんだから上がってこいよ。エリック、お前だろ?鍵は開けてある」

「チッ」

ギイィ……と錆びた音と共にドアが開く。家の中は何かよく分からない紙と本で散乱していた。

「言ったのに片付けもできんようだな……」

ブツブツ言いながら、魔王が2階へと上がる。ギシギシと、階段がきしんだ。
そして、2階の奥の部屋のドアを無言で開けると、そこには……


「よう、エリック」


車椅子に乗った、痩せた魔族の男がいた。
103 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/16(日) 16:55:20.49 ID:cAlXBzjlO

「えっ!!?」

「まあ、知っているのは一部の教授と学園長だけだがな。魔族が創立者であることも含め、秘中の秘だ。
特に20年前からは俺について触れること自体ご法度になっちまった。こいつの親父のせいでな」

魔王がジャックさんを睨む。

「だから小娘を連れて来たんだろう」

「ハハハ、まあな。もともと魔族への風当たりは強かったが、さすがに窮屈に過ぎる。
お蔭で碌に研究もできやしねえ。……ゲホゲホっ」

体調が良くないのだろうか、ジャックさんの顔色はどこか白っぽく見える。

「大丈夫ですか??」

「んー、大丈夫……でもねえんだがな。まあ、そんなことはどうだっていい。
とりあえず、俺とエリックの目的は同じだ。サンタヴィラの惨劇の真実を知りたい。俺もエリックの親父、ケインとは古い仲でね、あいつがあんなことをやらかしたのには理由があると踏んでる。
そして、それを知ることが、魔族全体のためになると思ってる」


「……え?」

104 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/16(日) 17:10:19.65 ID:cAlXBzjlO
「要は冤罪の可能性がある、ってことだ。まあ、ケインがサンタヴィラ王国を壊滅させたという証人は『三聖女』がいるわけだがな。だが、絶対にあれには裏がある。
それが分かれば、魔族復権につながる可能性すらある。そうだろ、エリック」

魔王は「……ふん」と短く言った。

「……さっきから不機嫌だな。まあいい。で、それを知るにはプルミエール・レミュー、だったか?お前の『追憶』が必要だ。ただ、今のお前の力量ではとても20年前のことまでは『思い出させられない』」

「ちょっと待ってください!?私、名前言いましたっけ??」

「言ったろ?俺は魔術学院の管理者だと。ある程度生徒の情報は知ってるんだよ。勿論、その研究内容もな」

そうか、魔王が私のことを知っていたのは、この人経由だったのか。少し腑に落ちた。

「で、修業を付けてやるってわけだ。アリスは優秀な魔術師だが、研究者肌だからな。マナの効率的な作用方法を教えるには、俺の方が向いている。まあ、厳しく行かせてもらうが、そこは覚悟しとけよ」

「はっ……はい」

「あと、勿論ただで教えるわけじゃない。ちと、その前にやってもらいたいことがある。お前ら2人でな」

「え」

魔王も訝し気な顔になった。

「どういうことだ?」

「ぼちぼち貴族連による次期統領選挙が始まるわけだがな。有力候補者とその周辺で、殺しが相次いでいる。現統領で俺のダチ、ジョイス・ベーレンも側近が殺された。
序列2位の貴族、ロペス・エストラーダの周りだけ被害がないからこいつの指図だとは思うんだが、証拠がない」

「まさか、その証拠を?」

「そういうことだ。レミューをここに呼んだのは、そういう背景もある。『追憶』を使い、調べてもらいたい」

ゴクリ、と私は唾を飲み込んだ。……まさか、モリブスの権力争いに巻き込まれるなんて。

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