魔王と魔法使いと失われた記憶

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462 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/22(木) 22:02:18.52 ID:D30CV/NDO


私はその場に崩れ落ちた。……そう、私ができることは、一つしかない。そのことを、私は悟った。


「ううっっ…………ううっ…………!!!」


もう、覚悟はできた。先生と……アングヴィラ王国宰相、クリス・トンプソンと戦う覚悟は。辛いけど、現実と向き合わなければ……!!


肩に、手が置かれたのが分かった。


「地獄なら、俺が付き合ってやる」


私は顔を上げ、エリックに向けて小さく頷いた。

463 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/22(木) 22:03:05.86 ID:D30CV/NDO

「……まあ、『騎士』としては及第点ね」

教授が苦笑している。

「ごめんなさいね、プルミエール。貴女にとっては厳しいことを言って」

私は袖で涙を拭った。

「いえ……いいんです。もう、大丈夫です」

「……その言葉が聞きたかった。一つ、大事なことを言い忘れたわ。多分だけど、エストラーダ候は生きている」

「……え?」

「……何?」

教授が首を縦に振った。

「ロックモールを通りがかった時、ミカエル・アヴァロンの魔力を感じたわ。
そこで少し調べたら、彼らしき人がアヴァロン大司教と一緒にいるのを見たという人がいた。それが本当ならだけど、彼はまだ、消されてはいない」

ジャックさんがフォークをケーキに刺し、ニヤリと笑った。

「どうする?ロックモールを素通りした方が安全だが」


「行きます」


もう私に、迷いはない。


464 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/22(木) 22:06:15.69 ID:D30CV/NDO
第20-3話はここまで。次回からロックモール編です。

なお、「4勇者」のうち存命しているのはアルベルトとクリスだけです。
ヘンリーは今回分かったようにエレンに討たれ、本編未登場の1人はサンタヴィラの惨劇後に亡くなっています。
465 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/22(木) 22:18:36.99 ID:D30CV/NDO
キャラ紹介

エレン・シェフィールド

女性。享年29歳。アリスとは2歳差である。
元より優秀な冒険者であったが、重傷を負い早くに一線を退く。その際、冒険者御用達の宿の若主人、トーマス・シェフィールドに嫁いだ。
以後は妹のアリスたちを後方支援していた。ガルデア遺跡に立ち入った経験が何度もあるため、水先案内人として重宝されていたようだ。
サンタヴィラの惨劇における動向は現在不明。この際に夫のトーマスを亡くし、未亡人となっている。

惨劇後は、「三聖女」として惨劇の語り部となる。悲劇の象徴として祭り上げられていたが、その顔はどこか感情をなくしたようだったとも伝えられる。
アリスやジャックとの連絡も全て絶ち、惨劇後ほどなく4勇者の一人、ヘンリー・スティーブンソンと結婚。1女をもうける。
結婚生活がどのようなものであったかは伝えられていない。少なくとも、表向きは平穏であった。
惨劇から10年後、ヘンリーを刺殺。そして自ら命を絶った。その事実を知るのは、極々限られている。
表向きは、流行り病による死亡とされ、共に国葬で送られた。
466 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/24(土) 22:27:38.46 ID:bALXQCzKO




第21話




467 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/24(土) 22:28:21.39 ID:bALXQCzKO

「どうもお世話になりました」

私は深く頭を下げた。馬には既に荷物は積んである。エリックは既に馬上の人だ。

数日間、教授も交えて厳しい修練をしてきた。ある程度の手応えは感じている。疲労も、昨日の休養日で大分取れたと思う。

「いいのよ。私も久々に貴女たちに教えられて楽しかったわ」

「ひぐっ、教授ぅ……」

エリザベートが教授に泣き付く。彼女は笑って頭を撫でた。

「別に今生の別れでもないでしょう?特に貴女は」

「でも……トリスで何があるか分かりませんし……」

「……そうね。『シェリル』については、私も知りたいし。……聞いているんでしょう?マリア・マルガリータ」

「え」

ニコリと教授がエリザベートに笑いかけた。

「どうしてそれを」

「彼女の魔法……いや、『秘宝』も使ってるのかしら。『千里眼』については、さすがに知ってるわ。トリスとしては最高機密なんでしょうけど」

ジャックさんが頷く。

「全貌を知ってるわけじゃないがな。特定の相手の視野などを共有するとは聞いている。エリザベートも似たようなのは使えるな」

「まあ、お前さんたちならバレていると思ってたけどな」

「バイク」に跨がりながら、ランパードさんが肩を竦める。

「そこまで織り込み済みか、ランパード卿」

「俺に女王陛下の深い御心は分からんよ。向こうからこちらには何もできねえしな。
ただ、戻ったら何かしらの動きはあるはずだ。『シェリル』がどの程度関与しているのかいねえのか、多分調査は始まってる」

「ブロロッ」と「バイク」から低く重い音がした。ランパードさんは僅か数日で、これを乗りこなせるようになったらしい。

「じゃあ姫様、後ろに乗ってくれ」

「……うん」

エリックがランパードさんを見た。

「そっちの用件が終わったら、どうする」

「多分俺に出されるのは、テイタニアの討伐指令だ。エリザベートを連れていくかは知らねえ。危ねえ橋を渡るから、俺としては国許に置いときたいが」

「嫌よ。貴方についていくもん」

ランパードさんの腰に、エリザベートが後ろからぎゅっと抱き付いた。

「……とこれだ。まあ陛下もエリザベートには甘いからな」

「そうか。まあ、近いうちに会うことになりそうだな。生きていれば」

「お互いな。じゃあ、世話になったな!また会おうぜっ!!」


ブロロロロ…………


2人を乗せた「バイク」が急速に小さくなっていく。私たちも、そろそろ出なければいけない頃だ。
468 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/24(土) 22:29:33.58 ID:bALXQCzKO
「行っちゃいましたね」

「ええ。そうだ、プルミエール。貴女にはこれを」

教授が懐から何かを取り出した。……これはっ!!?

「ちょ、ちょっとこれって……」

「ええ、『魔導銃』よ。私が使ってたのだけど、餞別としてあげるわ」

「そ、それって、すごく貴重なものじゃ」

「大丈夫、身を守る手段なら他にもあるから。むしろ貴女にはそういうのないし、ちょうどいいと思うわ」

手渡された銃は、ずしりと重い。これ、扱いきれるのかな……

「魔力に比例して威力が増すから、今の貴女なら結構なものになってるはずよ。むしろ、全力で撃たない方がいいかも。被害が大きくなるから」

「わ、分かりました。大切に使います」

「そろそろ行くにゃ!夕方までに宿場町に着かないとにゃ」

外套を被ったシェイド君が言う。馬に乗ろうとした時、向こうから誰かが馬でやってくるのが見えた。

「……あれって」

「ちょっと待ちな!!」


あの長い銀髪に狐のような耳……デボラさんだ。


469 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/24(土) 22:30:03.72 ID:bALXQCzKO
「どうしたんですか?」

「組のことはしばらくウィテカーとラファエルに任せたよ。……あたしもロックモールに連れていってくれないかい」

「えっ」

戸惑う私をよそに、教授は「いいわ」と微笑んだ。

「人が多い分には安心だし、貴女も時々修練を手伝ってくれたから。狙いはやっぱり」

「ミカエル・アヴァロン。あいつが父さんと母さんの仇かは分からないけど、何か知ってるのは間違いないからね」

「……そうね。ただ、くれぐれも無理はしないで。……貴女は、歳の離れた妹のようなものだから。ジャックも、いいでしょ?」

「ああ。ロックモールには、多少は土地勘があるだろう。そいつらを導いてやってくれ」

「任せときな」

ニヤリとデボラさんが笑う。

「エリックもいいだろ?」

「ああ。向こうの事情は、商売柄知ってるんだろう?」

「まあね。うちは女衒はやっちゃいないけど、用心棒系の依頼は結構あるからね」

「やったにゃ!!!」とシェイド君が声をあげた。

「お姉様も一緒にゃ!!これで勝った……」

「何が勝ったって??」

睨まれたシェイド君が冷や汗を流しながら震える。そういえば、部屋を覗こうとした彼が思い切り蹴飛ばされてたっけ。

「な、何でもないにゃあ……やっぱ怖いにゃあ……」

「デボラ、私の代わりにシェイドを頼んだわよ。舐めたことしたら半殺しで構わないから」

「ひうっ!!?アリス様、容赦や慈悲はないのかにゃ……」

「ないわ」

デボラさんが彼に近付いて、顔を近付ける。

「あたしに手を出そうとしたらマジで殺すから。そのつもりでいな」

「にゃぁ……」

エリックが溜め息をついた。

「まあ、デボラが一緒なら安心だな。ジャック、色々世話になった。また会いたいものだが」

「俺の寿命が尽きてなければ、な。……次会えるのはいつの日やら」

「そうだな。まだ目的地までは遥か遠い。次に会う時は、サンタヴィラの真実を伝えに行く時だな。数か月後か、1年後か」

「まあその時を楽しみに待ってるぜ、アリス共々。それまでは生きなきゃな」

ニヤリとジャックさんが笑った。教授も笑顔で手を振る。

「じゃあね。良い旅を」

「本当に色々、ありがとうございました!!行ってきます!!」

私は馬に乗り、深く頭を下げた。
470 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/24(土) 22:31:04.70 ID:bALXQCzKO
#



2人に次に会うのは思いもかけない形だということを、この時の私たちは知らない。



#
471 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/24(土) 22:31:45.60 ID:bALXQCzKO
#

モリブスからロックモールまでは丸3日かかる。幸い、モリブス領内では私たちの安全を確保してくれるようにすると、ベーレン侯が確約してくださった。
「シェリル」、もといテイタニアの襲撃の件で、ラミレス家もベーレン侯に大きな貸しができたという。「統領選当選がほぼ確実になったことを考えれば、この程度でも安いものたい」だそうだ。

私たちは最初の宿場町、サンティアナに着いた。交易路らしく、大荷物を馬車に積んだ商人が目立つ。

「賑やかなものですね。バザールみたいなのもある」

「南ガリアの農作物の評判はいいからね。テルモンでは高く売れるのさ。とりあえず、飯にするよ。酒はイケるかい?」

「はいっ!実は結構好きなんです!エリックもいいわよね?」

「構わん」

「ボクはお酒あんまりなのでいいかにゃ?」

「いいさ。とりあえずあそこにしようか。うちのもんも使っているとこさ」

デボラさんを先頭に入る。酒場は商人と護衛の傭兵で一杯だ。

「らっしゃい。注文は」

「『テキ』のソーダ割りを3杯、ココのミルク割りを1杯。ツマミにボガードのサラダ、鶏のティッカ焼き……辛いのはプルミエールがダメだから……茄子の挽肉詰め辺りでいいかね。
それと、ロックモールの最新事情を知りたいねぇ。変わりはないかい」

「……あんた、ワイルダ組のデボラ大姐か。外套で気付かなかったぜ」

「いいんだよ。で、どうなんだい?」

主人と思わしき口髭の男が、辺りを軽く見渡した。

「……テルモンの奴らはいねえな。ならいいか。テルモンとゴンザレス家との関係が、最近悪化してる」

「元からそんな仲は良くないだろ?」

「今回はちと違うらしい。テルモン領側の連中が軍隊を派遣してるって話だ。ここ数日のことだ」

「どういうことですか?」

デボラさんが振り向いた。

「ロックモールは世界二大歓楽街の一つさ。テルモンとモリブスの共同統治ってことになっててね。博打をテルモンの軍閥が、色事をモリブスのゴンザレス家が仕切ってるのさ。
一応持ちつ持たれつでこれまでやってたんだけどね。ゴンザレス家が1年前にベーレン侯に弓引いてからは大分押されてるんだよ」

「……あの時のことだな」

エリックの言葉に、デボラさんの表情に翳が差した。

「……まあね。あたしの旦那が殺されたのはその時さ。エリックのお陰でゴンザレスの乱は収まったわけだけど……ここで辛気臭い話をするのはやめとくかね。
とにかく、ゴンザレス家はあれで大分弱体化したんだ。もちろん、あたしたちワイルダ組には特大の貸しがある」

「ロックモールの花街が大分テルモンの影響を受け始めてるという話は聞いたことがあるな。そういうことか」

「まあね。ああ、もちろんあんたが気に病むことはないよ。ゴンザレス家の連中は、命があるだけまだマシと思うべきさ。
ただ、そうなると困ったね……軍隊まで来てるとなると、ゴンザレス家の庇護もそんなに当てにできそうもないってことか」
472 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/24(土) 22:32:35.56 ID:bALXQCzKO
「そうなのにゃ?」

いつの間にかミルクのようなものが入ったグラスを手にして、シェイド君が言った。

「ロックモールでは奴らに働いてもらうつもりだったんだ。でも、軍隊が来ているってことは、あまり期待できないかもしれない」

「軍隊は、俺たちに対する備えだろう?」

「多分ね。それと同時に、ゴンザレス家に圧力をかけてるのさ」

主人が私たちにお酒のグラスを手渡した。

「何やら訳ありみてえだな。まあ、くれぐれも気をつけな。厄介事に巻き込まれたくねえなら、ロックモールは素通りすることを勧めるぜ」

「生憎、そういうわけにもいかな「何でダメなんだよっっ!!!」」


激しい叫び声に、私たちはそっちの方を見た。酒場の隅で、若い男の人が傭兵の胸倉を掴んでいる。


「金なら幾らでも出すっ!!だからお願いだ、俺に雇われてくれっっ!!!」

「無理なものは無理だ。命は惜しいんだよ、他当たんな」

「100万ギラでもかっ!!200、いや300万でもっ……1000万!!!どうだ!!?」

「命の値段としては安すぎだな」

傭兵は見るからに歴戦の強者っぽいけど、男の人は随分と若い。私よりは下、見た目だけならエリックより少し上といったぐらいか。男の人はその場に崩れ落ちる。

最初は興味なさそうにしていたデボラさんが、急に目を見開いた。

「……驚いたねぇ……あそこにいるのは、まさか」

「……!!!ああ、そうだ。間違いない」

「エリック、知ってるの?」

エリックは「テキ」を一口飲んだ。


「ああ。あいつは、ゴンザレス家『現当主』。カルロス・ゴンザレスだ」


473 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/24(土) 22:35:57.28 ID:bALXQCzKO
第21話はここまで。新キャラ登場です。

「テキ」は大体テキーラと同等のものです。ココのミルク割りはほぼマリブミルクです。
モリブスの食文化はメキシコ+インドと考えて大体間違いありません。
テルモンはドイツ辺りの食文化になります。
474 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/24(土) 22:46:38.24 ID:bALXQCzKO
都市紹介

「絶頂都市」ロックモール

海に面した大娯楽都市。年中温暖であり、単純な娯楽・風俗都市ではなくリゾート地としての顔も併せ持つ。
テルモンとモリブスの国境にあり、両国の共同統治ということになっている。
賭博はテルモン軍閥、性風俗はモリブスのゴンザレス家の管轄である。
両国にとっては貴重な観光収入源であり、近年は遥か遠方のアトランティア大陸の富裕層も相手にしている。

成立の経緯は定かではないが、200年ほど前から現状の統治体制であったようだ。
温泉地としても名高いため、元は湯治場だったのではという推測がある。これを利用したユングヴィ教団直営の病院もある。なお、特権階級御用達である。

華やかな表の顔とは裏腹に、実権争いは絶えない。
特に1年前のゴンザレス家によるクーデタ未遂後は急速にテルモンの勢力が伸びており、そのパワーバランスは崩壊しつつある。
街の中央には、シンボルである巨大樹「女神の樹」がある。稀にできる実は万病に効く薬になるという伝説があるが、その真実を知る者は「ほぼ」いない。
475 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/10/25(日) 04:51:45.17 ID:tyz4vGADO
乙乙
476 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/27(火) 19:54:53.85 ID:kXxvSfJ/O




第22話




477 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/27(火) 19:55:57.99 ID:kXxvSfJ/O

俺はカルロスに近付く。外套のフードを取ると、すぐに奴の顔が強張ったのが分かった。

「……『魔王』エリック……!!?」

「あたしもいるよ」

デボラの姿を見て、カルロスの歯がカチカチと鳴った。まだ、そこまで怯えているのか。

「……デボラ・ワイルダ!!?な、何だよっ!!もう、ケリは付いたじゃないかっ!!」

「何だい、そんなに怖がるものかい?安心しな、旦那のことはあんたの父親を討ったことで終わってるよ。あんたには何の罪もないし、取って食いやしないさ」

「じゃ、じゃあ何でここにっ!!?」

俺の後ろからプルミエールが顔を出した。

「どうしたの?知り合いなのは分かったけど」

「前に少し話したが、デボラの旦那がこいつらの傘下の『無頼衆』に殺されてな。仇討ちしたわけだが、こいつはその倅だ」

「えっ……」

カルロスは俺を睨んでいる。驚愕と恐怖、そして憎悪が入り交じっているのが俺にも分かった。
本来、面倒事に首を突っ込むのは俺の主義ではない。だが、こいつにとって俺は仇だ。いかなる理由があれ、多少の負い目はある。

俺は改めてカルロスを見た。上等に仕立て上げられたはずの服は汚れ、あちこちが解れている。どこかから必死で逃げてきたのだろう。

「ちょっと野暮用でな。これからロックモールに行く」

「何だって!!!」

カルロスの目の色が変わった。

「本当にロックモールに行くのかっ」

「……?そうだが」

「俺も一緒に連れていってくれっ!!!金なら幾らでも出す」

尋常ならぬ血相だ。さっき主人が言っていた、主導権争いに絡むことか?

「金には困ってな「話を聞かせて」」

プルミエールが割り込んできた。

「プルミエール」

「そのぐらいはいいでしょ?昔あなたたちに何があったかは、詳しく知らないけど」

「そうさね。訳ありなのは確かみたいだ。困っているなら誰にでも手を差し出すのがうちの流儀だしね。いいだろ?エリック」

「……好きにしろ」

俺は軽く息を付く。店主が「奥の部屋を使いな」と合図した。
478 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/27(火) 19:56:50.14 ID:kXxvSfJ/O
#

「うん、美味しいにゃあ。この鶏がまた病み付きになりそうな味だにゃ」

鶏のティッカ焼きを頬張りながらシェイドが言う。それを無視して、デボラが訊いた。

「で、どういうことだい?ロックモールから逃げてきたって感じだけど」

「ああ……でも、彼女を助けたいんだ。でも、俺だけじゃ……」

「彼女って、恋人さんですかぁ?」

とろんとした目でプルミエールが言う。初めて会った時もそうだったが、存外こいつは酔いやすいな。その割に潰れにくいようだが。

「あ、いや……どうだろう。でも、俺にとっては……大切な人なんだ」

「なるほど、その人のことが好きなんですねぇ。詳しく話してくれますか?」

カルロスが視線を落とす。

「……彼女と出会ったのは、1ヶ月ぐらい前だ。たまたまロックモールの視察に来ていた俺は、花街の入口で男たちに囲まれている彼女に出会ったんだ。
花街での無理な勧誘はご法度だ。男たちはテルモン系の連中だったが、俺が名乗ると手を引いたよ。そして……俺は……」

「一目惚れしたってわけね。それがどうかしたのかい?あんたなら囲っちまうことは簡単じゃないか。
それとも何かい、その子はテルモン皇室のお姫様で、引き裂かれそうにでもなったとか言うのかい?」

「わ、分からないんだ」

「は?」

デボラがグラスを下ろす。カルロスは唇を噛んだまま俯いたままだ。

「彼女は、『私をしばらく守ってくれませんか?』とだけ言ってきた。俺も快諾したよ。
そして、しばらくロックモールで過ごしたんだ。……夢のような日だった。けど」

「テルモンが攻勢をかけ、あんたは逃げ出し、彼女は捕らえられた。まあよくありそうな話だねえ。
でも、なんでその娘をテルモンは捕らえたがってたんだい。それが分からないことには何とも言えないねえ」


「……それが分かれば苦労はしないさ。ただ、ユングヴィ教団の連中もいた」

479 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/27(火) 19:58:33.97 ID:kXxvSfJ/O


「「何!!?」」


俺とデボラの声が重なった。カルロスの女の話なぞ微塵も興味はないが、ユングヴィが絡んでいるなら話は違う。何故なら、その先には……

「アヴァロン大司教絡みか?」

「知らないよ。そもそも何でそんな小娘を狙うんだい?娼婦への勧誘にしろ、ユングヴィは色事は禁忌のはずだし」

「もう少し訊いてみましょうよ。どんな子なんですか?」

プルミエールが真顔になる。カルロスの顔が赤くなった。

「そっ、その……歳は16、7ぐらいだと思う。名前はメディア。深い緑の髪で、翠色の目をしてる。小柄で、少し胸は大きく……」

「おっぱいにゃ!!」

ゴツン、とデボラが拳骨をシェイドの脳天に振り下ろした。「酷いにゃぁ……」と奴が頭を抱える。

「続けな」

「はにかんだ笑顔が、とても美しい子なんだ……まるで、花のような……。きっと彼女も、俺のことを……」

シェイドが頭をさすりながら起き上がる。

「いたたた……本当にお姉さん、容赦ないにゃあ。でもそこが好きだにゃ。
で、ちょっと気になることがあったにゃ。『緑髪』って言ったにゃ?エルフじゃないにゃ?」

「……ああ、うん。そうだ」

「『女神の樹の巫女』の昔話、知ってるにゃ?」

俺とプルミエールは首を振る。デボラだけは「ああ、あれかい」と手を静かに叩いた。

「ロックモールに伝わる御伽噺だね。女神の樹から巫女が遣わされ、出会った男と恋に落ちるって話か。
しばらく一緒に幸せな時を過ごすけど、干魃が起きて急に巫女は姿を消し、雨と共に二度と現れなかったっていうよくある話さ。それと一体、何の関係があるんだい?」

「それ、実際にあった話を元にしてるにゃ」

「……は??」

「今から150年ほど前に、緑髪の少女がロックモールに現れたにゃ。彼女は万病を治す癒し手だったとされてるにゃ。そして、テルモンのロックモール総督と恋に落ちたにゃ」

「何でんなこと知ってるんだい?」

フフン、と得意気にシェイドが鼻を鳴らした。

「ご主人の蔵書は、結構目を通してるにゃ。それぐらいでないと、ご主人の跡は継げないにゃ」

そうだ。こいつはこう見えて魔術師としてはかなり能力が高い。家事は料理以外まるでできないが、ジャックが手元に置いているのはそういうことだ。
ジャックが整理整頓できないのもあるが、彼の家が散らかっているのはこいつが魔術書を乱読しているからに他ならない。
戦闘能力自体も高いが、地頭だけならこの中でも間違いなく一番だろう。

「話を続けるにゃ。御伽噺の通り、干魃があって少女は消えたにゃ。違うのは、その後にゃ。実は2人には子供ができていて、癒し手としての能力からその娘はユングヴィで高位まで登りつめたらしいにゃ。
これはご主人の『ロックモール史書』に書いてあった話にゃ。そこそこ信憑性はあるにゃ」
480 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/27(火) 19:59:37.61 ID:kXxvSfJ/O
「それがそのメディアって子と関係があるってわけ?」

モグモグとサラダを頬張りながらプルミエールが訊く。

「分からないにゃ。でも緑髪はエルフ以外にほぼ見ないにゃ。そしてユングヴィ教団絡みということで連想しただけにゃ。ただの偶然かもしれないにゃ。
カルロスだったかにゃ?何か他に思い付くことはあるにゃ?」

「……そう言えば、俺が熱を出した時……看病してもらったな。彼女が出した薬を飲んだら、すぐに全快したっけ」

「なるほどにゃあ。……まあ、何かしらある子とボクの勘は言ってるにゃ」

「そうなると、アヴァロンとの関係だねえ。たまたまなのか、絡みがあるのか……」

首をかしげるデボラに、カルロスが呆れたように言った。

「……ちょっと待てよ。あんたら、ロックモールに何しに」

俺はデボラと顔を見合わせた。正直、こいつを助ける義理はないし、目的を言う意味もない。
俺としてはアヴァロンを殺すのが第一だ、その上で、可能ならロペス・エストラーダを救出する。こいつに構っている余裕はない。そのはずだった。

ただ、カルロスの女がユングヴィ絡みではという話は引っ掛かる。こいつに協力する意味が、ひょっとしたら……


「決まってるじゃないですか、あのアヴァロンを倒しに……むぐっ」


俺は慌ててプルミエールの口を押さえた。眼鏡が外れそうになる。

「何言っているんだ馬鹿がっ!!」

「んぐっ、だって事実でしょ?隠しててもしょうがないじゃない。彼を放ったままロックモールに行く気?」

連れていく利点がないと言おうとしたが、そうとも言いきれない。そして、こいつを連れていくなら俺たちの目的はいつか話さねばならないことだ。

「え……今倒しにって」

「文字通りの意味だ。最近までロックモールにいたなら知らないかもしれないが、エストラーダ候が行方不明になった事件があってな。
この件とアヴァロン大司教は絡んでいる。というか、犯人だ」

「……は?」

デボラがそれに続ける。

「その後に大規模な争乱が花街であってねえ。その首謀者にも奴はちょいと噛んでるんだ。つまりは、奴はモリブスにちょっかいを出したのさ。それも悪質な、ね。
だから一応、この件はベーレン候からは黙認してもらってる。まあ、他にも色々あいつを殺したい理由はあるけど、それはあんたには関係ないから言わないよ」

「まあ、そんなとこだ。そしてお前に協力するのは、俺たちの目的にとって全くの無意味でもなさそうだ。
俺たちにお前が恨みを持っているのは知っている。それは仕方がない。だが、お前が望むなら手を貸してもいいとは思っている」

カルロスがまた唇を噛む。10秒ほどの沈黙の後、顔を上げた。

「お前らを許したわけじゃないっ。けど……父上が討たれた理由も、理解はしている。
……恥を忍んで言う。俺に協力してくれ」

「条件がある。相手はお前が思うよりずっと強大だ。だから、絶対に前に出るな。そして、女の件が片付いたらロックモールから逃げろ。分かったな、小僧」
481 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/27(火) 20:00:21.99 ID:kXxvSfJ/O
カルロスは小さく頷く。デボラが、少しだけ笑った。

「ってことで、もう少し話を聞こうか。あんたたちが襲われた経緯が分からないと、何ともできないからね」

「襲われたのは、一昨日だ。夜、急に奴らはやってきた。『メディアを引き渡せば何もしない』と……
でも、そんなことできるわけがない!だから俺は裏口から逃げたんだ。彼女と、5人も護衛を連れて」

「でも追い付かれた」

「……意味が分からなかった。闇に紛れて逃げたのに、次々と……護衛が倒れていくんだ。怖くて、ただ馬を走らせた。
ロックモールを出れるかと思った時、目の前に男が立ち塞がってた。月明かりの下だからはっきりとは見えなかったけど、多分黒と緑の斑模様の服に、赤い……細長い何かを持ってた。
護衛たちを殺したのは、こいつだと直感したよ。そしてそいつは……ニヤリと笑ってこう言ったんだ。『女を置いて行けば何もしないぜぇ』と」

「何者だ?」

俺の問いに、震えながらカルロスが首を振った。目が潤み始めている。

「分からない……でも、あんな恐怖を感じたのは初めてだった。そしてメディアは……『ごめんなさい』とだけ残して去ったんだ……ウグッ……!!」

「それだけですか?他にも気付いたことは」

しばらく黙った後、カルロスが口を開いた。
482 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/27(火) 20:00:49.74 ID:kXxvSfJ/O



「そういえば……名前を、名乗ってたと思う。確か……『ハーベスタ・オーバーバック』」


483 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/27(火) 20:06:23.82 ID:kXxvSfJ/O
第22話はここまで。次回から本格的にロックモール編……と行きたいですが、間に22.5話を挟むかもしれません。
行方不明だったオーバーバックが現れた経緯はどこかで触れるべきなので、22.5話ではないにしてもその辺りの事情は説明します。
484 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/27(火) 20:27:44.72 ID:kXxvSfJ/O
キャラクター紹介

カルロス・ゴンザレス(19)

男性。176cm、68kg。彫りが深めの青年であり、やや垂れ目で黒い短髪。
寄ってくる女性は多いが、本人は堅物であり財産目当ての女には辟易している。

モリブス7貴族の末席、ゴンザレス家の現当主。父親のロドルフォは1年前にエリックによって殺害されている。
ゴンザレス家はロックモールを地盤としており、権益も持つ名門であった。
ただ、野心家のロドルフォがベーレン候に対しクーデターを決行。
この前段階として傘下のチャベス組をワイルダ組にけしかけ、組長のマルケスを殺したのが運のつきだった。
逆鱗に触れたデボラがジャックに協力を依頼。代理として送られたエリックがロドルフォを殺害することでこの一件は手打ちとなっている。

当時カルロスはロックモールにおり、クーデターのことは一切知らなかった。
後にエリックやデボラが暗躍していたとチャベス組の生き残りから聞いたため、父の仇として恨みを持っている。
ただ、ロドルフォが相当無理筋なクーデターに出たことについては疑念を抱いており、その過程でマルケス・ワイルダを殺害したのは悪手とも認識している。
このため、殺してやりたいほど恨んでいるというほどでも実はない。

性格はやや直情的で純情。また、すぐに金で解決したがる傾向がある。
戦闘能力は乏しいが、商売の才覚は相応にあるようだ。
485 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/27(火) 20:49:23.10 ID:kXxvSfJ/O
なおオーバーバックの持っている武器はアレです。
486 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/01(日) 21:02:44.62 ID:7lCLmiUQO



第23-1話



487 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/01(日) 21:04:10.25 ID:7lCLmiUQO

「ハーベスタ・オーバーバック」……聞いたことがない名前だ。私はもちろん、エリックもデボラさんも、そしてシェイド君も首を捻っている。

「誰にゃそいつ」

「俺が知るかっ!……ただ、間違いなく……只者じゃない。それは俺にすら分かった」

「テキ」を一口飲んで、デボラさんがふーっと息を吐いた。私の酔いも、大分覚めてきている。

「赤い何か、ねえ。武器、あるいは『遺物』かい」

「ボクは分からないにゃ。一応、『遺物大全』は一通り読んだけど、ちょっとピンと来ないにゃ。ただ……」

「銃の類いだな。馬に乗っていたのを次々殺したという辺り」

エリックにシェイド君が頷いた。

「魔法かもしれないけど、そうかもにゃ。ただ、銃の『遺物』は知らないから、多分未確認のにゃ。もちろん、それが『遺物』って保証もないにゃ」

「とにかく、覚えておく必要はありそうだねぇ……」

アヴァロン大司教の仲間だろうか?それとも、もっと別の誰か?
分からないけど、やっぱり簡単にはいきそうもない。

「ま、考えてもしょうがないさ。とっとと引き揚げて寝る……」

「待て。俺はあんたらは知っている。だが、この眼鏡の女と亜人のガキは誰だ?あんたらの仲間みたいだが」

カルロス君の言葉に、シェイド君が不快そうに笑った。

「ガキにゃ?お前より年上にゃ、敬語使えにゃ」

「何っ!?偉そうに言ってんじゃな……」

「ちょ、ちょっと!!喧嘩は止めなさいって」

シェイド君がぷくっと膨れる。

「む。締めてやろうと思ったけどプル姉さんの言うことなら従うにゃ」

「は!?何様だっっ!?」

「ボクの名はシェイド・オルランドゥにゃ。大魔法使い、ジャック・オルランドゥの弟子にして養子にゃ」

「……え?」

エリックが呆れたように首を振った。

「弟子も養子も自称だろう」

「に゛ゃっ!?でも、大体その通りにゃ?」

「まあ、好きに言えばいい。ああ、こいつの腕が立つのは本当だ。手を出すなら命の覚悟ぐらいはした方がいい」

カルロス君は唖然とした様子だ。ちょっと空気を変えなきゃ。

「えっと、私はプルミエール・レミュー。オルランドゥ魔術学院の学生……をやってました」

「あ、ああっ。よ、よろしく頼む」

デボラさんがやれやれと苦笑した。

「ま、自己紹介はそこまでだね。明日も早いから、今日はここでお開きにするよ。部屋割りは男女別でいいね?」

「えー、お姉様と一緒じゃな……何でもないにゃぁ……」

睨まれたシェイド君が小さくなった。

「カルロスはどうするんだい。仇のあたしらと一緒が嫌というなら無理強いはしないよ」

「……背に腹は変えられない。頼む」
488 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/01(日) 21:05:48.09 ID:7lCLmiUQO
#

「大丈夫なんでしょうか」

シャツ一枚のデボラさんが振り向いた。

「大丈夫って、なんだい」

「カルロス君です。……仇なんですよね」

ハハハとデボラさんが笑った。

「まあ事実だけどね。あいつには殺されるだけの理由があったし、そのことはあいつも分かってるさ。
子供だから一言言わずにいられないだけさね。前にも似たようなことがあったけど、親父と違って分別はある子だよ。
それに、あたしもエリックも負い目には感じてるんだ。どんな理由があれ、あの子の親父を殺したのはあたしらだしね」

「なら、いいんですけど」

デボラさんがニヤリと笑った。

「大丈夫って言えば、あんたはいいのかい?」

「え?」

「部屋割りさ。エリックと一緒の方が、よかったんじゃないのかい?」

「うえっ!!?あ、いや……そういう、関係でもないですし……」

「もう、お互い素直になんな。何か昔のあたしと旦那を見てるみたいだよ」

「そうなんですか?」

デボラさんが遠い目をした。

「旦那は無口な人でね。想いを口にするのが下手な人だった。あたしもそんなに器用な方じゃなかったからね。くっつくまでには色々あったもんさ。
あんたらが互いを気にしてるのは、分かりやす過ぎるくらい分かりやすいよ。そういう関係になった方が、この先を考える上ではいいと思うんだけどねえ」

そうなんだろうか。彼の気持ちも少しずつ見えてはきたけど……

そもそも、私自身の感情がよく分からない。彼には恩もあるし、悪い人でないのもさすがに分かってる。
ただ、男女の仲になるのがどうなのか……いい加減、彼に訊くべきなんだろうか。

「まあ、あんたらのことだし、野次馬が口を挟むことでないけどね。それに、あたしらにとって恋やら何やらよりも、今は優先すべきことはある」

「……そうですね」

布団を被り、目をつぶる。彼は今、どう思っているんだろう。
489 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/01(日) 21:08:20.22 ID:7lCLmiUQO
#

モリブスを出て3日目の昼。巨大な樹が、遠くに見えてきた。あれが「女神の樹」か。

「……大きいですね」

「高さは数百メドはあるらしい。木陰はいつも暗いから、幹に近いほど裏の世界になるんだ。娼館や賭場は、そっちの方にある」

「そういうことだね。普通の旅人は周辺の温泉に泊まるか、金があれば海に行くね。
で、あんたは追放されてるんだろ?どこか行くあてはあるのかい」

カルロス君が黙った。

「海側に別荘がある。そこも抑えられてたらお手上げだけど、あそこの存在はゴンザレス家の親族しか知らないはずだ」

「大丈夫なのか?」

「……まあいざとなれば旅人のふりをしてやり過ごすしかないさ。俺の顔は周辺部ならそう知られてないし。お前らは……まあ全員目立つけど」

シェイド君の目が輝いた。

「海にゃ!?おっぱい……」

「はないぞ。砂浜はかなり遠いからな。父上は書斎代わりに使われていた。静かなところさ」

向こうから10人くらいの人たちが、馬に乗ってやってきた。バザールの商団かしら。

「おお、ロックモールに行きなさるか」と、向こうから声をかけてきた。

「何だい?モリブスの商人と見受けたがね。帰りかい」

「いや、門前払いを食らった。昨日テルモンの連中が大勢やってきてな。ロックモール市は連中に占拠された。
モリブス側から入るのは査証が必要なんだそうだ。ただ、昨日の今日でそんなのが手に入るわけもねえしな……商売あがったりさ」

商人はうんざりしたように荷物を見ると、「じゃあな」と立ち去っていった。

「査証……そもそも、ロックモールが占拠されたこと自体モリブスには伝わってないだろうからねえ。……そういうことかい」

「どういうことです?」

デボラさんが苦笑した。

「ベーレン侯はある程度こうなることを読んでたわけだね。あたしらがアヴァロンを狙うことで混乱が生じれば、そこが突破口になるということか」

「でも、ロックモールが封鎖されているならどうやって中に入るんですか?」

「そこだねえ。カルロス、いい案はあるかい?」

「……ロックモールは城壁で覆われているわけじゃないが、モリブス側から入れる道は3つしかない。
そこに兵士を置かれたら、強行突破以外は手がないな……いきなり騒ぎを起こしたら、メディアを奪い返すなんて無理だと思う」

「あんたしか知らない道があるとか、そういうことはないかい?」

カルロス君が辛そうに首を振る。

「……そんな都合のいいことはないさ。いきなり躓くなんて」

「まあ、正面からやるしかないな。手早く終わらせる」

エリックの言う通り強行突破自体はできるだろう。ただ、「騒ぎにならずに」となると難しい。


その時、シェイド君がニマッと笑った。


「僕の出番のようにゃ」

「え?」

「僕が何者か、プル姉さん分かってるかにゃ?」

「……あっ!!」

「そうにゃ。猫になれば簡単に入れるにゃ。そこから査証を盗んでくるにゃ。ついでに中の様子も見てくればなお良しにゃ」

なるほど、確かにその通りだった。ジャックさんの下にいただけあって、女の子追ってるだけの子じゃないんだな。でも……

「結構危険だよ?あんた、本当に大丈夫なのかい」

「デボラ姉さんはこの前のボクの勇姿を見てないのにゃ。まあ心配しないでにゃ。皆はティアナの街で待機してるにゃ」

トン、と自信ありげに胸を叩くと、白い煙とともに彼は黒猫の姿になった。

「じゃ、行ってくるにゃ」
490 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/01(日) 21:09:03.97 ID:7lCLmiUQO
用語紹介

「天使の樹」

ロックモールのシンボルであり、ランドマークであり、繁栄の源でもある巨大樹。高さは500メートル、それによって作られる木陰は半径2kmにも及ぶ。
幹のすぐ下は毎日夜のような暗さであり、それが賭場や娼館にとっては都合の良い環境を作り出していた。幹に近いほど裏の世界に近いとされている。温泉など一般人向けの施設は外周部に多い。
いつからそれがあったかは定かではないが、少なくとも300年前にはその存在が確認されている。
実はほとんどつけないとされており、万病に効くなど様々な言い伝えがされている。そのどれが正しいのかは不明。
また、「女神の樹の巫女」の物語など、女神の樹にまつわる昔話や寓話も多い。その中の幾つかは事実に基づくものであらしいが、誰が作者も定かではない。
491 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/01(日) 21:09:49.96 ID:7lCLmiUQO



第23-2話



492 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/01(日) 21:11:13.30 ID:7lCLmiUQO

自分で言うのも何だけど、ボクは誤解されやすい。

この語尾のせいなのだろうか。ボクは元は「偽猫デミキャット」だった。偽猫には言葉を話せるのもいるけど、声帯の関係上どうしても「〜にゃ」と言ってしまう。
その時の癖が、御主人によって人化術を身に着けた後もどうしても残ってしまったらしい。最初の1年は直そうと努力したけど、やめた。

多分直そうと思えば直せたんだろう。でも、ボクはそうしなかった。面倒だったのと、この語尾と見た目を使って道化じみた振る舞いをした方が楽だったからだ。
御主人がそれを苦々しく思っているのは知っている。久々に会ったアリス様もそうだ。

でも、長年染みついた習性は捨てられない。それに、捨てる必要もなかった。こうしていれば、女の子にはちやほやされたし。
「お馬鹿でちょっと被虐趣味があって、見た目がかわいい亜人」として振舞うことに、ボクは満足していた。


しかし、変わる時が来たのかもしれない。否、道化としての仮面をそろそろ捨てる日が来たのかもしれない。
エリックたちの旅が、並々ならぬ覚悟で進んでいることは理解できた。デボラさんもそうだ。


そして、ボクだけが……覚悟がない。


御主人とアリス様がボクをエリックたちに付かせたのは、それに気付いていたからなんだろう。
なぜそんなことをわざわざしたのか。……理由は薄々分かっている。


もう、御主人は永くない。まだまだ生きるみたいなことを言っているけど、ずっと傍で仕えてきたボクには分かる。


夜、ひっそりと自室に消音魔法を張っている意味。
「静かでないと眠れない」何て言ってたけど、あれは大嘘だ。一晩中続く咳を、エリックたちに聞かせたくなかったからだ。
それに、あの煙草。普通の煙草じゃない。肺を中心とした胸の痛みを軽減する、超強力な鎮痛剤だ。
もちろん、それはエリックですら知らない。アリス様はさすがにすぐ気付いたようだけど。


そう、これはボクがオルランドゥ家を継げるか否かの試験なのだ。
そして、このままでは試験にボクは受からない。


軽く査証を奪ってくるって言ったけど、それは簡単なことじゃない。中の偵察はなおさらだ。
ただ、危険に怯えてもボクは変わらない。せめて、形だけでも……彼らに並びたいのだ。

ボクは猫の姿に「戻り」一目散に「女神の樹」の中心へと向かった。
カルロスの言う通りなら、そこにはロックモール統治府があるはずだ。
493 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/01(日) 21:12:10.12 ID:7lCLmiUQO
#

(これは厳しいにゃ)

街中にはあちらこちらに重装備のテルモン兵がいた。胸の紋章がフレスベルグ皇室のものだから間違いない。
血生臭さはないけど、賑やかであるはずのロックモールの目抜き通りは緊張感から閑散としていた。
あと、所々にユングヴィ教団の人間がいる。全員に共通しているのは、あの首飾り。どうやら、あれが「査証」のようだ。

中心部に行くに従い、物々しさは増していった。そして幹の真下に、荘厳で豪華な建物がある。……これが多分、ロックモール統治府。

実は、ロックモールには一度も行ったことがない。ただ、統治府が超特権階級御用達の賭場と娼館を兼ねているらしいという噂は聞いていた。
賭場街と花街のちょうど中間にある、この統治府に誰がいるのか。それだけは見極めないと。

(よっと)

バルコニーに登り、窓から中を見る。貴賓室のようだ。


そこには一人……緑髪の少女が座っている。

494 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/01(日) 21:13:49.05 ID:7lCLmiUQO
人の姿に戻ろうと思ったけど、ボクは思いとどまった。何故なら、少女の目には……あまりに「何もなかった」から。
確かに見た目は整っている。おっぱいもそこそこある。ただ、あまりに……人間味がない。そう、まるで植物か何かのような……

彼女がボクを見た。ゆっくりとこちらに近づいてくる。

逃げるべきか留まるべきか、ボクは躊躇した。逃げることを選択しようとしたその時、ボクは呼び止められた。

「あら、猫ちゃん……かな」

逃げようと思えばすぐ逃げられただろう。しかしボクは動かなかった。いや、動けなかった。


この少女、恐らくメディアという子だろうけど……普通じゃない。感情が、すぐには分からないのだ。
それだけじゃない。……香水か体臭か何かの、この匂い。甘い匂いが、ボクの身を封じた。


ボクはそのまま彼女に抱っこされ、頭を撫でられた。胸には、査証の首飾りがある。

「うふふ、かわいい猫ちゃん。人に慣れてるのかな」

メディアと思われる子は静かに微笑む。

このまま普通の猫のふりをしているのが、一番安全だ。……だけど、これはよく考えれば千載一遇の好機でもある。


無害なふりをするのは、やめろ。

495 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/01(日) 21:15:55.06 ID:7lCLmiUQO


「メディアさんだにゃ」


居心地の良い胸の中から抜け出し、ボクはくるんと一回転して亜人の姿になった。

「……どうして私の名を?」

「カルロスさんからの使いだにゃ。あなたを救うお手伝いをしているにゃ」

「カルロスさんの?」

初めて感情が見えた。僅かな喜びと、僅かな驚きだったけど。本当にこの人、カルロスの恋人なのかな?
そもそも、猫が亜人になるのを見てもそんなに驚いていない。不自然なほど、超然としている。

とりあえず、ボクは頷いておいた。

「にゃ。あなたにもう一度会いたいって。そもそも、あなたを連れ去ったのは誰にゃ?ユングヴィの誰かかにゃ?」

「……そっとしておいて。私はここで死ぬ定めなのだから」

「……にゃ??」

「彼は確かに大切な人。一緒に過ごしたかった。でも、彼の言うことが確かなら……」

「彼??」

外から靴の音が聞こえた。


「メディア、そこに誰かいるのですか」


まずいっ、これ以上ここにいるのは……自殺行為だ。

「いいえ、誰も」

「そうですか。入りますよ?」

「少し待っていただけますか。身支度を」

ボクは猫の姿に戻り、彼女の肩に乗った。そして早口で囁く。

「その首飾りだけもらえるかにゃ?」

「これは構わないわ。不要なものだから」

小声で言うと、そっとメディアがボクの首に査証をかけた。

「バレないかにゃ?」

「これを気にしているのはテルモンの人だけだもの。『彼』には関係ない」

「ありがとにゃ。また会うかもにゃ」

ボクは窓から一目散に逃げだした。


……「彼」……多分あれは、ミカエル・アヴァロンだ。

496 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/01(日) 21:16:47.91 ID:7lCLmiUQO
アヴァロン大司教が彼女をなぜ必要としているのだろう?必死で逃げながら、ボクは考えを巡らせていた。
これはただの推測だ。でも、メディアから受けた超然とした印象からして、このぐらいしか可能性がない。


メディアは、「女神の樹」の巫女なのではないか?


そもそも、「女神の樹」の巫女というのが何者なのか、ボクは知らない。人間ですらないのかもしれない。
一つ言えるのは、ユングヴィの連中……あるいはアヴァロン大司教が、彼女を必要としているのだろうということだ。

街の出口が見えてきた。ここを抜ければ、とりあえずは安心……


ゾクン


背後から、物凄く嫌な予感がした。刹那。


ボクの右肩を、灼熱の何かが貫いた。

497 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/01(日) 21:17:50.03 ID:7lCLmiUQO
用語紹介

「査証」

要するにビザ。ただ、この世界では写真技術がほぼなく、画像化はそれなりに高度な魔法使いでないとできない。
このため、ある程度高級な宝飾品を以て身分証明としている。大量に配る必要がある場合は、特殊な細工を施した宝飾品で代替しているようだ。
もちろん、盗難などによるなりすましを防ぐため、本当に重要な場合は魔術的措置を施される場合も少なくない。
ただ、今回の場合は占領から間もないため、そのような措置は取られなかったようだ。
498 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/01(日) 21:18:19.18 ID:7lCLmiUQO
今回はここまで。更新遅れて申し訳ありませんでした。
499 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/11/02(月) 14:33:43.15 ID:k8JFv33DO
乙乙
500 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/08(日) 21:58:05.76 ID:MGCdRfMlO
※今回は一部安価要素が入ります。
※今回のみ、コンマ判定を入れます。
(これに伴い、なろうの更新は後日になります)
501 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/08(日) 21:58:39.17 ID:MGCdRfMlO



第23-3-1話


502 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/08(日) 21:59:16.39 ID:MGCdRfMlO
「様子はどうだ」

応接間に入ってきたデボラがふうと息を吐いた。

「傷は塞がっているけど、出血がかなり多かったからねえ。今日は動けないね」

「……そうか」

窓から潮風が入ってきた。ロックモールの常夏の気候でも、このおかげで氷結魔法は必要なさそうだ。


俺たちは、何とか商人団を偽装してロックモールに入ることができた。その最大の功労者は、まだ眠りについている。
503 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/08(日) 22:02:00.37 ID:MGCdRfMlO
#

査証をぶら下げたまま、黒猫の姿のシェイドが俺たちの前に現れたのはつい1時間ほど前のことだ。右前脚は付け根から取れかかっていた。血まみれでほとんど死にかけていたが、気力だけで辿り着いたらしい。

「どうしたっ!!?」

「撃たれた……にゃ。多分……」

「いいからしゃべるなっ!!デボラっ!!」

無言で彼女が「時間遡行」をかける。撃たれてまだ間もなかったからか、脚自体はすぐにくっついた。

「……あいつだ。オーバーバックという男」

「……狙い撃ち、されたにゃ……それと……メディアは、統治府にいる、にゃ」

「何だとっ!!?」

シェイドが小さく頷く。

「多分……彼女にゃ……」

「どういうことだ」

シェイドが目を閉じた。

「シェイド君っ!!!」

「……心配しなくて大丈夫さ、脈はある。出血多量でとりあえず気を失っただけだね。例の薬は?」

「一応、何個か追加してもらいました」

「分かった。あとで飲ませれば死ぬことはないと思う。にしても……」

俺はデボラの方を見た。

「若干不可解だな」

「え??どうして」

「まず、メディアという女だ。どうして統治府にいるのか?カルロス、彼女はそんなに重要人物なのか?」

カルロスが弱々しく首を横に振る。

「知らないんだ。俺は、彼女の身の上を聞いたことがない。話したがらなかったんだ。俺は、それでもいいと……」

「だろうな。ただ、ユングヴィ絡みということぐらいは分かる。つまり、アヴァロン大司教が一枚噛んでいる可能性があるな」

「馬鹿な!!そんな大物が、なぜ彼女に」

「俺には分からん。その点については、シェイドが起きてから話を聞くとするか。もう一つ解せないのは、シェイドを生かしておいた意味だ。オーバーバックというのが何者か知らないが、多分殺そうと思えば殺せたはずだ。敢えて生かしておいたようにも見える。その意味が分からない」

プルミエールが少し考えている。

「……多分、警告じゃないかしら。これ以上この件に首を突っ込むな、という」

「猫の姿のシェイドを警戒していた、ということになるぞ」

「でもそれぐらいしかない気がする。何にしても……」

「想像以上の大事だな。……それでも、女を取り戻したいのか」

カルロスは「無論だ」と即答した。

「俺にとっても、彼女にとっても……互いが一番大切な人だ。救わないと」

青いな、という言葉を俺はすんでのところで飲み込んだ。それは事実かもしれないが、それが何かを変えることもある。
それに、俺だって「真実を知りたい」という単純な動機だけでここまで来ている。感情の力は、馬鹿にできないのだ。

「でも……どうするの?」

「一度、カルロスの別荘に行く。問題は、オーバーバックという男だが……」

「それは任せて。幻影魔法で気配はある程度遮断できるから」

「……!!できるのか」

「ジャックさんの下で修練したのは、あなただけじゃないのよ?私も色々覚えたんだから」

ニッ、とプルミエールが笑う。前はこんなに自信を持ってなかったと思うが、少し変わったな。

「分かった。信用するぞ」

「うん。それで、一つ提案があるんだけど……」

プルミエールが俺にある考えを打ち明けた。……もし可能なら、面白いかもしれない。
504 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/08(日) 22:02:42.68 ID:MGCdRfMlO
#

プルミエールがカルロスと一緒に応接間にやってきた。手には幾つかの衣装がある。

「子供の頃の服がまだあった。ネーナ婆の物持ちの良さには驚くな」

「本当にいいものは、数十年使えるものですよ。貴方の服も、かつてご主人が着ていたものです。
世継ぎがお生まれになった時のために、それも取っておいたのですよ」

厨房でスープを作りながら、老婆が微笑んだ。

「……世継ぎか。いつか見せたいものだな」

「お坊ちゃまなら、遠くないうちに見せられますよ。私が生きているうちに」

「……そうだな」

プルミエールが衣装を置いた。確かに、上等に仕立てられたものらしいのは見て分かる。

「幻影魔法を使った変装術は、ランパードさんから原理は教えてもらったわ。
耳の形と肌の色を変える程度しかできないけど、それでも格段にあなたと見抜きにくくなると思う」

「なるほど……デボラ、お前はどう思う」

「悪くないと思うね。私やプルミエールは、変装してもなお目立つ。何より、ロックモール中枢部には女に飢えた連中ばかりだからね。襲われても逃げられるとは思うけど、騒ぎにはなる。
あんたが単独で行くのは、そう悪いことじゃないと思うね。問題は、その見た目だけど」

その通りだ。俺の外見は、せいぜい14、5のガキだ。もっと下に見られるかもしれない。
少なくとも、酒と博打と女の街、ロックモールには不相応だろう。

「……道に迷ったという体裁を取るか」

「それしかないねえ。で、どこに行くんだい?」

俺はチラリとプルミエールを見た。どこか不安そうな顔をしている。

「……賭場街だな。花街に行ったところで相手にはされないだろう。何より、人が多く集まるからな」

「それが賢明だねえ」

プルミエールがほっとした様子になった。心配しすぎだ。

「でも、賭場街に行ってどうするんだ?まさか、博打を……」

「種銭ならあるさ。道に迷った貴族のボンボンが馬鹿ヅキで勝ちまくれば、嫌でも誰かが注目する。そこを突破口にするつもりだ」

「勝ちまくればって……自信が?」

「伊達にお前より10年近く生きているわけじゃないさ」

カルロスの心配は当然だろう。だが、賭け事はジャックに一通り仕込まれている。というより、あいつの退屈しのぎの相手をさせられていただけだが。
それでも疑いなくジャックは一流の博徒だ。モリブスでジャックの世話になっていた時、腕に自信がある博徒が何人もあいつに挑むのを見た。しかし、その全てにジャックは勝っている。
俺はその域にはないが、普通の相手なら負けることはない。それだけの自信はある。
505 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/08(日) 22:03:11.61 ID:MGCdRfMlO
#

「……これで8連勝かよ」

計画は順調だった。何も知らないガキのふりをし、賭場に「迷い込み」、幸運だけで勝ったようにみせかける。
これが続けば、間違いなく支配人がこちらに来るだろう。俺を締めに来るか、本気で身ぐるみはがすために。
その時が交渉のタイミングだ。「モリブスの貴族」ということにしておけば、向こうの目の色も変わるだろう。

「運がいいだけですよ」

「……馬鹿ヅキかよ。ガキに舐められるのもいい加減にしてもらいてえが」

周囲の目が苛立ちと怒りに染まり始めていた。賭場の「親」は何度か俺をはめようとしているが、その度に巧い具合に降りて出血を最小限にとどめている。

この「テル・ポルカ」はカードを使った遊戯だが、単なる運任せでは勝てない。そして、そのことをほとんどの博徒は知らない。
重要なのは確率と席ごとの行動。そして賭ける額とその時期。ジャックはそれを体系立てていた。知識量の差が、そのまま圧倒的な勝率となっていたのを、俺は知っている。

「クソッ……小僧、まだ続けるよな?」

「あっ、はい。この遊戯って楽しいですね」

「……楽しいだけで終わると思うなよ。ちょっと待っていろ」

「親」役が奥へと引っ込んだ。支配人と思われる男の怒声が響く。
そして、身なりのいい初老の男がやってきた。口は微笑んでいるが、目は一切笑っていない。この男が、支配人か。

「君、随分勝っているそうじゃないか。どうだね、ここで大きく勝負してみないかい?」

「えっ……ちょっと、怖いんですけど」

「ふふ、しかし勝てば君は一晩のうちで大金持ちだぞ?どうかね」

俺は悩んでいるふりをしてみせた。……食いついた。
問題は、この男がどれだけの情報を持っているかだ。この賭場が、テルモン政府直轄の運営とは知っている。テルモンの、あるいはアヴァロンの意図を知ることができるか……?
506 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/08(日) 22:03:45.89 ID:MGCdRfMlO


「やめとけぇ」


上の吹き抜けの方から声がした。少し甲高い、男の声だ。

「え」

「そいつ、ただのガキじゃねえぜぇ。見たところ、ゲームの本質をよく理解しているなぁ。あんたで勝てる相手じゃ、多分ねぇ」

「……どういうことですか」

「まあ、そいつは俺に任せなぁ。せっかくだから、俺が直接相手してやんよぉ」

支配人の顔が青ざめている。……何者だ?
507 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/08(日) 22:04:19.57 ID:MGCdRfMlO


と思ったその時、上から誰か飛び降りてきた。黒い服に、黒いグラスの眼鏡。短い黒髪は、後へと撫でつけられている。


「よぉ」

「……おま……貴方は、どなたですか」

思わず素が出そうになった。明らかに、身に纏う空気が、常人のそれではない。

「名乗るほどの名はねえがよぉ、ハーベスタと呼んでくれ。ただの観光客だぜぇ」


ハーベスタ!!?


背中に冷たいものが、一気に流れる。こいつがシェイドを撃ち、カルロスの護衛を射殺したという……ハーベスタ・オーバーバックか!!
508 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/08(日) 22:05:08.52 ID:MGCdRfMlO
オーバーバックは、ニヤァと笑った。

「こいつとはじっくりサシでやりてぇなぁ……支配人さんよぉ、奥の部屋、借りていいか?『親』はあんたがやってくれ」

「え」

「なあに、純粋に勝負を楽しみてぇだけさぁ。ただ、そこで見たり聞いたりしたことは一切口外無用だぁ……」

「はっ、はいっ!!!分かりましたっ!!!」

オーバーバックが俺の方を向いた。余裕以上に、得体の知れなさを感じる。

「じゃあ行くかぁ」

「……はい」

オーバーバックについていくと、豪奢な貴賓室に通された。貴人用の賭場、と言ったところか。

扉が閉まり、オーバーバックが俺の向かいの席につく。そして身を乗り出して話を切り出した。

「さて……猫被るのはやめようぜぇ。何者だぁ?」

「……お前に名乗る意味も義理もない」

「だろうなぁ。だが、薄々見当は付くぜぇ。……エリック・べナビデス」

極力動揺を表に出さないよう、「誰だそいつは」と白を切った。しかしオーバーバックは「やれやれ」と首を振る。

「他の連中なら誤魔化せるだろうがよぉ、俺の目は欺けねぇ。多分、魔法とやらで偽装してるなぁ?
その肌の色と耳からして、まず間違いなく魔族だぁ。そして、無知なガキを騙ってここに来た意味……情報収集だろぉ?」

「……やるか?」

「いや、俺にそのつもりはねぇよぉ。ここで騒ぎ起こしても仕方ねぇしなぁ。俺は『魔王退治』に興味はねぇ」

「だがシェイドを撃ったな」

オーバーバックが肩をすくめた。

「アヴァロンの奴の所にいたらしいんでなぁ。あの小娘に用があるならやめとくのが正解だぜぇ」

「……どういうことだ」

オーバーバックが支配人を見た。

「そこから先は、こいつで決めようじゃねぇかぁ。『テキサス・ホールデム』……ここじゃ『テル・ポルカ』とかいうらしいなぁ」

「……何?」

「勝負に勝つごとに、1つ情報を教えてやるよぉ。負けたら、そこで打ち切りだぁ。ああ、有り金は元手を置いて出ていってもらうぜぇ」

「……いいだろう」

金は惜しくない。勝負に勝てば、こちらが知りたいと思う情報を教えてくれるのだ。むしろ、これは好機……!!

オーバーバックが、眼鏡を外した。……白目??盲人かっ!?

「ああ、気にすんなよぉ。ちゃんと『見えてる』からよぉ……じゃあ、始めるぜぇ?」
509 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/08(日) 22:08:15.35 ID:MGCdRfMlO
※オーバーバックへの質問内容を幾つか挙げます。
3票先取の多数決とします。

1問目は強制的に成功します。2問目以降にオーバーバックが答えるかは(厳しめの)コンマ判定次第です。

質問候補は以下の通りです。

1 メディアという女は何者だ
2 エストラーダ侯はどこにいる
3 アヴァロンがここにいる理由
4 テルモン政府はなぜここを制圧しようとしている
5 オーバーバックの正体
510 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/08(日) 22:23:52.39 ID:MGCdRfMlO
※2300までに票が入らない場合はやり方を変えます。
(回答数をコンマによるランダムで決めます。優先順位は秘匿)
511 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/11/08(日) 22:43:41.35 ID:0qU0qSYj0
1
512 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/08(日) 23:55:01.58 ID:MGCdRfMlO
とりあえず1から入ります。

コンマ下が75以上なら2問目質問可能です。
00のみほぼフルオープンとします。
513 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/11/08(日) 23:58:31.16 ID:nK2pzAkDO
はい
514 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/13(金) 20:47:15.23 ID:IYt6kOGhO




第23-3-2話




515 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/13(金) 20:48:16.74 ID:IYt6kOGhO
「支配人……オーティスだったなぁ。ヒラで頼むぜぇ」

こくんとオーティスと呼ばれた男が頷く。俺とオーバーバックの前に2枚のカードが配られ、5枚のカードがその間に伏せられた。
カードを見る。……2枚とも「聖剣」だ。考えられる上で最強の組み合わせ。これで負けるはずがない。

オーティスがまず、5枚のうち2枚をめくる。黄色の2と赤の聖剣。既に「3枚組」が完成している。俺は平静を装った。

「先攻は」

「お前からでいいぜぇ」

一応、俺にチップは20枚配られている。一気に大きく張ってもいいが、オーバーバックは警戒するだろう。降ろすのも勝ちではあるが、ここは……

「3枚」

「そこそこ大きく出たなぁ。手が入ってるなぁ?」

「……いきなりチマチマしても仕方ないだろう。乗るか」

「レイズ……ってここでは『上乗せ』だったなぁ」

ここでか。向こうにも手は入っているのかもしれないが、「聖剣」の3枚組にはまず勝てない。4枚組になることだって、十分ある。
向こうの考えは甘い。所詮この程度……


「……10枚だぁ」


「何っっ!!?」


馬鹿なっ!!?まだ2枚しか開示されてない状況で、これは無謀だ。どういうつもりだっ!?

「くくっ……不安が手に取るように分かるぜぇ……さて、3枚目頼むぜぇ」

オーティスが3枚目をめくる。青の王だ。色は場に出ている「赤の聖剣」と同じ。俺にはあまり関係はないが、もう一枚王が出れば「王宮」が手役で完成する。

「どうするぅ?」

「……2枚だ。合わせて、12枚」

「レイズかぁ。いいねぇ、生きがいいぃ……」

オーバーバックがニヤリと笑う。


「フォールド、降りだぁ」


516 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/13(金) 20:48:51.35 ID:IYt6kOGhO
「……何??」

「この勝負は譲るぜぇ。サービスだぁ」

……無謀な賭けに出ておきながら、自分から降りるだと!?

「何を考えている」

「若人へのプレゼントさぁ……ああ、オーティス。足りねえチップは、俺の右腕を担保だぁ。10枚ほど貰えるかぁ?」

「なっ!!?」

「状況はお前が有利だぁ。俺は弾が足りてねえからなぁ」

ニヤニヤとオーバーバックが嗤う。そこには焦りも虚勢もない。本当に余裕があるのか?

「しかし、オーバーバック様……」

「殺されてえのかぁ?」

「ひっ!!?準備いたしますっ!!」

そう言うとオーティスはチップを取りに部屋を出た。オーバーバックは中から鍵をかけると、身を乗り出す。

「で、何を訊きたい?」

訊きたいことは腐るほどある。オーバーバックの正体、エストラーダ候の行方。しかし、今は……


「メディアという女、何者だ」


オーバーバックは「やはりなぁ」と口の端を上げた。

「何でお前があの女を嗅ぎ回るのかはさっぱり分からねえがよぉ。……あの猫と組んでるわけだなぁ」

「お前に言う義理はない」

「まあせっかくだから、それは不問としてやるよぉ。で、メディアという女のことだなぁ?
実は俺も詳しくは知らねぇ。俺はこのせ……いや、この街についちゃほとんど知らねえからなぁ……」

「しかし、俺よりは知っている」

ククク、とオーバーバックが嗤った。

「違いねぇなぁ。あの女、人間じゃねぇらしいなぁ」

「……魔物の類いか」

「さぁなぁ。ただ『女神の樹』の『一部』だって話だぁ。その体液は、万病の薬となるとか聞いたぜぇ」

「それがアヴァロンの狙いか?」

奴が肩を竦める。ドンドン、とドアを叩く音が聞こえた。

「オーバーバック様」

「せっかくだから、あと5分待てよぉ」

オーバーバックが酒らしきものを口にした。「椰子酒」か。

「……アヴァロンには雇われた立場だからなぁ。せっかく博打と女を楽しんでたら、奴が戻って来て俺を見つけやがったぁ。
テルモンに行ってたって聞いたから油断してたぜぇ……」

「なぜアヴァロンがここに?」

「それは次の勝負に勝ってからだぁ」
517 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/13(金) 20:49:21.97 ID:IYt6kOGhO
女神の樹の一部?巫女とは違うのか?それに、万病の薬……それがアヴァロンの狙いだとしても、テルモン兵を使ってここを制圧する意味は謎だ。

ただ、エストラーダ候がここにいる理由は少し見えてきた。今はこの世にいない娘、ファリスを救うにはこれしかないと言われたのだろう。
プルミエールの「追憶」では、「急ぎで来てもらいたい場所がある」とだけ告げられていたようだが……

「せっかくだから、残りのカードも開けるかぁ」

おもむろにオーバーバックが残り2枚のカードを開けた。黄色の5。そして……黄色の聖剣。

俺は息をついて手札を晒した。

「聖剣の『4枚組』だったな。どちらにせよ、結果は……」


「ククク……命拾いしたなぁ」


「……何?」


心底愉快そうに、奴が手札を見せる。それは……黄色の3と、黄色の4。
つまり、奴の手札は……


「ストレートフラッシュ……ここじゃ『同色順列』だったかぁ?
良かったなぁ、俺が勝負してたら、お前は負けてたぜぇ」


「馬鹿なっ!!?」

「馬鹿も何もねぇよぉ。この結果は必然だぁ。……さあ、次行くかぁ。今度はわざとは負けねぇ」

奴の余裕は、本物だったとでもいうのか?そして、まだ伏せられていたカードの中身を知っていたとでも?
あり得ない。こんなことが、あっていいはずがないっ!

オーバーバックが鍵を開けた。


「さあ、2回戦だぁ」


518 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/13(金) 20:49:51.38 ID:IYt6kOGhO
用語解説

「テキ・ポルカ」

ポーカーの一種、テキサスホールデムに非常に近いカードゲーム。Aが聖剣である以外はほぼカードもトランプ同様である。
エリックが言う通りツキ任せのゲームと思われがちだが、実は非常に深い戦略性に満ちたゲーム。
エリックはジャックから教えてもらったが、当のジャックはアリスよりは弱い。

オーバーバックがなぜこれを知っていたかは現状では謎である。
519 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/13(金) 20:50:55.73 ID:IYt6kOGhO




第23-4-1話



520 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/13(金) 20:52:05.12 ID:IYt6kOGhO
エリックが戻ってきたのは、何かあったんじゃないかと皆が……そして私が心配しだした頃だった。時計の針は10の半刻を指している。

「……今帰った」

「エリック!!」

思わず玄関まで駆け寄る。身なりはきれいなままだ。けど、表情は明らかに冴えない。「チッ」と彼が舌打ちをした。

「……どうしたの」

「いや……久々にコテンパンにやられただけだ」

「え」

「心配するな、最低限の収穫はあった。それと……シェイドを撃った男に会ったぞ」

「本当なのっ!?」

エリックが忌々しげに頷いた。

「傷を与えるどころか、有り金全て巻き上げられたがな……とにかく、皆を集めてくれ。シェイドは」

「……今起きたにゃ」

上から声がした。シェイド君が、デボラさんに支えられている。

「シェイド君っ!?」

「大丈夫、にゃ。……今の話、本当にゃ?」

「ああ。そっちの話も聞かせてくれ。メディアについては、最低限の情報は仕入れてきた」

「……そうにゃ。ボクも、色々気付いたことがあるにゃ」

ゆっくりと階段を降りてくる。居間から、カルロス君も顔を出してきた。

「メディアについて何か分かったのか!!?」

「ああ。平たく言えば、彼女は人間ではない、らしい」

「え」

衝撃を受けているカルロス君をよそに、シェイド君が「だろうと思ったにゃ」と呟いた。

「表情含め、受けた印象が人間のそれじゃなかったにゃ。魔獣とも違うにゃ」

「ああ。『女神の樹』の『一部』らしい。まるで……」

「昔話の巫女にゃ。でも人間じゃないというのは……」

「オーバーバックも知らないようだ。ただ、体液……多分、涙や血含めて……『万病の薬』らしいな」

カルロス君が「……え」と漏らした。

「……どうした」

「あ……いや。……彼女は、俺と……その、そういうことをするのを、すごく嫌がってたんだ。『まだ早い』って……」

「別に不自然でもないだろ?女ってのは、惚れた男でも……いや、惚れた男だからこそ、簡単に股は開かないものさ。
まだ出会って1ヶ月だろ?むしろ、恋人になるのが早すぎる……」

「いや、確かにちょっと変にゃ」
521 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/13(金) 20:53:00.08 ID:IYt6kOGhO
デボラさんの言葉をシェイド君が遮る。

「え?」

「オーバーバックの言っていたのが本当なら、それは多分全ての体液が含まれるにゃ。
唾液も、汗も、愛液も……薬なら、進んで飲ませたがるはずにゃ。でも、メディアのやっていたのは逆にゃ」

「薬じゃないってこと?」

「断言はできないにゃ。ただ、それがアヴァロンの目当てなのは間違いないにゃ。そして……」

「エストラーダ候がここにいる理由も合点が行く。アヴァロンは、ファリスの薬が手に入ると言ってここに彼を連れてきた。
ただ、ファリスが死んだのはアヴァロンなら知っているはずだ。つまり、エストラーダは騙されていることになる」

「どうしてそんなことを……」

エリックが首を振った。

「分からん。明日、また情報を集めに出るしかないな。しかし、どうすれば……」

「あたしがやるよ」

デボラさんが手を挙げた。

「えっ……!?」

「ここには護衛依頼で何回か来てるからね。シェイドの具合も落ち着いたし、あたしが出た方が具合がいい。まあ、変装ぐらいはした方がいいけどね」

「ボクも行くにゃ」

「シェイド君!?」

「オーバーバックの気配は、何となく分かったにゃ。次は撃たれないにゃ。
デボラお姉様が撃たれるようなことがあったら大変にゃ」

デボラさんがふうと息をついた。

「……まあ、仕方ないねえ。……で、オーバーバックという奴は、何者だったんだい」

「……分からん。色々謎だらけだが……一つだけ言えるのは、あいつは只者じゃない」

苦虫を噛み潰したようにエリックが言う。こんなに悔しそうな彼は初めて見たかもしれない。

「どういうこと?」

「……俺は、『一度も』勝てなかった。一度だけ、お情けで勝たせてもらっただけだ。
後は、全部あいつの掌の上だった。いい手が入ってもそれ以上の手で潰される。ブラフをかけても見透かされる。
『テキ・ポルカ』であんなに負けたのは……ジャック相手にだってない。イカサマもしていないようだった……あまりに、現実離れした強さだった……」

「……そんなに強かったのかい」

「ああ。理不尽なほどに」

ふうむ、とデボラさんが手を顎の辺りにやった。

「……あんたが『テキ・ポルカ』で強いのはよく知ってるよ。あたし含めて、うちのもんじゃ誰も勝てなかった。ジャック先生ほどじゃないけどね。
そのあんたがそこまで言うのは、確かに只事じゃないねえ」

「奴はあれを違う名前で呼んでいた。『テキサス・ホールデム』と。デボラ、聞いたことは?」

「ないねえ。……シェイド、あんたは?」

「……御主人なら知ってるかもにゃ。でも、それは置いとくにゃ。
とりあえず、外見の特徴だけ教えてくれにゃ。見たらすぐ逃げるにゃ」

「ああ。……服は普通の服だった。盗賊が着ているような、薄茶の上下だ。髪は黒く、短い。そして……黒い眼鏡をかけていた。その下の目は白だ」

シェイド君が訝しげに首を捻る。

「白目?盲人かにゃ?」

「いや、完璧に見えていたようだった。ただ、黒い眼鏡も白目もかなり目立つ。それは確かだ」

「にしても、なぜあなたに危害を加えなかったのかしら」

「……アヴァロンには雇われていると言ってた。もちろん、俺のことも知っていた。だが、俺を殺すことには興味がないらしい。完全に他人事だったな」

色々妙な人らしい。シェイド君を撃ったけど、殺そうとしたわけでもないみたいだ。悪い人ではないのかな。

「……まあ、考えても仕方ないにゃ。今日はシャワーでも浴びて寝るにゃ。デボラお姉様も一緒に寝……あたっ」

「馬鹿言うんじゃないよ。そんな口が叩けるなら、もう大丈夫だね」

「2階に3部屋ある。俺は下で寝るから、適当に割り振ってくれ。まあ、女は女で寝るのが普通だと思うが」

「……と言ってるけど、どうするかい?」
522 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/13(金) 20:54:58.85 ID:IYt6kOGhO
※多数決です。この晩を

1 デボラと過ごす
2 エリックと過ごす

2票先取です。内容がやや異なります。

また、第24話の視点も後程多数決を取るつもりです。
523 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/11/13(金) 21:07:08.17 ID:wUhKcM+O0
1
524 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/11/13(金) 21:17:29.09 ID:vqleIYfDO
1
525 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/14(土) 19:59:01.38 ID:OmOMbSvFO



第23-4-2話



526 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/14(土) 20:00:00.65 ID:OmOMbSvFO
「そうします」

エリックの様子が気になったけど、そっとしておこう。私が声をかけて、どうなるって話でもなさそうだし。

#

「……ふう」

お湯につかり、私は軽く息をついた。お風呂は外にあって、海を見ることができるようになっている。
温泉を引いているらしく、お湯は白く濁っている。疲れが芯から溶けていく気がした。

「入るよ」

後ろから声がした。デボラさんだ。胸は大きいけど腹筋は締まっていて、鍛えているのがよく分かる。……私のポヨポヨした身体とは、随分違うなあ……

「あっ、はい。どうぞ」

「フフ、遠慮しなくていいんだよ。……久々にロックモールに来たけど、やっぱり温泉は格別だねえ」

「護衛とかで、よく来てたんですよね」

「ああ。ゴンザレス家にも世話になったことがある。何であの親父が豹変したのかは、未だによく分かってないんだけどね」

「そうなんですか?」

デボラさんの表情が暗くなった。

「……突然だったからね。旦那……マルケスはカルロスの父親を護衛し終わった帰りに、後ろから刺されたのさ。ゴンザレス家の傘下、チャベス組の連中にね。
そして、連中はベーレン家とモリブス政府に牙を剥いたのさ。ロックモールの独立を叫んで、ね」

「……何でそんなことを」

「……さあね。ただ、万病の薬ってのが本当なら、それを狙っていた可能性はあるかもしれないね……」

彼女はお湯を掬い、それを顔にかけた。

「1年前から、メディアさんは狙われていた?」

「どうだろうね。あんたの魔法なら、少しは分かるかもしれないけど。ただ、どこでいつまで時を戻せばいいのやら。
そもそも、そんな娘が1年間どこにいたのかも謎だね。一度、メディアに会ってみないと」

「でも、どうやって」

「そこだねえ……まあ、行ってから考えるさ。情報が色々足りなさすぎるしね。
それにしても、いいのかい?エリックを放っておいて」

「ひあっ!!?な、何ですか急に」

ニヤニヤとデボラさんが笑う。顔の温度が急に上がった気がした。

「あんだけ凹んでるエリックはほとんど見たことがないからねえ……てっきり、今日は傍にいるものだと思ってたよ」

「……心配じゃない、と言えばそうですけど……どんな声をかけていいのか、分からなくて」

「同じ空間にいるだけでも意味はあるものさ。まあ、あんたの言うことも分かるけどね。
あいつは下手に触るとへそ曲げるからねえ……」

確かに、エリックが怒る時は一気に沸騰する印象がある。
普段は落ち着いていて紳士ですらあるけど、触れられたくない部分には絶対に立ち入らせない、壁みたいなものが彼にはあった。

そういうのは、乗り越えるべきものなのだろうか。それとも、そこは触れないままにするのがいいのだろうか。……私には分からない。
527 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/14(土) 20:00:32.21 ID:OmOMbSvFO
にゃあ、と猫の鳴き声がした。……シェイド君?思わず辺りを見渡すと、デボラさんが「ククッ」と笑った。

「大丈夫だよ。あいつじゃない」

「でも……」

「意識が戻ってから少し話したんだよ。……オーバーバックに凹まされたのは、エリックだけじゃないってことさ。
あいつがあたしたちと一緒に来た理由も聞いたよ。意識を失ってる間、『これじゃダメにゃ』と譫言をずっと言ってた」

言われてみれば、おちゃらけたことを今日のシェイド君は言ってない。デボラさんに支えてもらってた時も、前なら胸を触ろうとかしてたはずだ。

「……変わろうと、してるんですかね」

「多分ね」

デボラさんはそう言うと、海をじっと見つめた。

もう、日付は変わろうとしている頃だろう。長い一日が、やっと終わろうとしていた。
528 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/14(土) 20:00:58.87 ID:OmOMbSvFO
#



翌日、デボラさんにある事実が突き付けられることを、この時は誰も知らない。


529 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/14(土) 20:01:24.31 ID:OmOMbSvFO
第23-4話はここまで。更新ペースは大分戻ります。
530 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/14(土) 20:01:51.18 ID:OmOMbSvFO
用語解説

ロックモール温泉

ロックモールに沸く温泉。白濁しており、皮膚病や美肌に効果があるとされる。
その他内臓病にも効くとの評判は高い。一説には「女神の樹」の加護であるとも言われている。いつから湧いていたかは不明。
なお、飲用しても効果はある。煮詰めたものは媚薬としての効用もあり、これがロックモールを「絶頂都市」足らしめたと言えるだろう。

なお、煮詰めた高濃度の温泉にはもう一つの使い方がある。静脈注射することで爆発的な力を得るという麻薬である。
ただ反動も大きいため、実際に使われることは現在ではほぼなくなっている。抗争の際に鉄砲玉に射たせることはなくはないようだが。
531 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/14(土) 21:16:44.74 ID:OmOMbSvFO
予告していた通り、多数決を取ります。

24-1話の視点は……

1 デボラ
2 シェイド
3 一度敵サイドに振ってほしい

一応3票先取とします。
532 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/11/14(土) 21:36:20.93 ID:HAV//eQt0
2
533 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/14(土) 22:18:37.89 ID:OmOMbSvFO
上げます。
534 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/11/14(土) 22:29:12.94 ID:sExZvgpDO
3
535 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/15(日) 00:16:28.41 ID:OR/RQwq/O
0000になったので、2か3で決戦投票とします。
2票先取です。
536 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/11/15(日) 00:31:17.02 ID:rBnoP7Mu0
2
537 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/11/15(日) 00:33:19.22 ID:l4BDo9kko
3
538 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/11/15(日) 08:24:39.32 ID:BgM8hp3DO
3
539 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/16(月) 20:24:31.04 ID:6z/X/rfuO




第23.5話




540 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/16(月) 20:25:31.89 ID:6z/X/rfuO
「ご苦労様です」

私の前に、朝食が並べられる。芋を蒸し、裏ごししたものに塩を振ったもの。
そしてケルの葉にオリーブ油を軽く振ったもの。そして、トリス名産の大豆のケーキ「トフ」だ。
味はどれも薄味だが、しかし十分な栄養価を持つ。毎朝同じ食事だが、食の楽しみなど私には無縁だ。

客間にいるのは私だけだ。一人で食事をするのも、もう20年以上になる。
私には家族など要らない。ただ、神のみ傍にいればよい。

手を合わせ、世が太平であることへの祈りを強く念じた。


朝6の刻ちょうど。私、ミカエル・アヴァロンの一日はこうして寸分変わらず始まる。
541 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/16(月) 20:26:19.18 ID:6z/X/rfuO
#

食事が終わり、まずやるのは説法だ。それは旅先においても変わりはしない。
テルモンのユングヴィ教徒は皆敬虔だ。モリブスの不信心な連中とは違い、皆静かに聞いている。
そして水浴びをした後、身支度を整えて職務に入る。8の半刻。これもいつも通りだ。

職務はいつも、補佐のユリウスが持ってくる書類に沿って行われる。
まずは……彼女の様子を見ることからだ。統治府の4階の貴賓室に、彼女はいる。

「失礼しますよ」

「……はい」

彼女はただ窓際にたたずんでいた。

「お変わりは?」

「いえ、特に」

「そうですか。……『女神の雫』は」

「まだできません。あと、数日」

「分かりました。静かに待ちましょう」

貴賓室は整然と片づけられている。彼女は食事も何も必要としない。水と日光。それさえあれば生きていけるという。
彼女に感情はあるのだろうか。ふと、そんな考えが頭をよぎった。


彼女は、後数日すれば処刑される定めだ。
「女神の雫」さえ手に入ればいい、というわけではない。むしろそれは副産物に過ぎない。


彼女が生きていることは……いや、彼女が誰かと子を為すことは、大いなる災厄に繋がりかねない。
それは、150年前の教訓だ。そのことをユングヴィ教団はよく知っている。あるいは……彼女自身も。


「……怖くはないのですか」

「何がですか」

「死ぬことです。神に召されることを受け入れているということでもないでしょう」

一瞬、メディアの動きが止まった。

「……母なる大地に戻るだけですから」

……わずかな感情の揺らぎがあった。彼女を想う、あのゴンザレス家の青年が理由か。
それは、恋慕なのか。それとも……種を残そうという本能なのか。どちらにしろ、それは絶たれねばならない。

「そうですか。とにかく、お待ちしておりますよ」

部屋を出て、私は静かに息を付く。彼女の存在を早いうちに知れたのは幸甚だった。テルモンから急いで引き返した甲斐があったというものだ。
あと数日。あと数日でイーリスは救われるだろう。そして、未来の災厄も絶たれる。これを神に感謝せずして、何を感謝しようというのか。

笑みが思わずこぼれたのに気付き、私は咳払いする。次の目的地では、こんな表情は禁忌だ。
向かう先は、統治府の3階。そこには、もう一人の客人がいる。
542 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/16(月) 20:26:55.64 ID:6z/X/rfuO
#

「失礼します」

先ほどとは打って変わって、荒れた様子の部屋だ。部屋の隅で、年老いた男……エストラーダ侯の目が光った。まるで幽鬼のように。

「……できたのですか」

「いえ、まだ。あと数日と」

「あと数日!?それまでに、ファリスが死んだら……!!?」

私は彼に近寄り、手を頭の上に乗せた。気付かれぬよう、鎮静化の魔法をかける。

「大丈夫です。私たちが必ず見つけ出しますから」

「……本当でしょうな」

疑念が強まっている。言葉巧みにやり過ごしてもう2週間近くが経つが、さすがにもう限界か。
もし既にファリスが(恐らく)死んでいることを告げれば、彼の刃は私に向くだろう。

ネリドと一緒に、彼を消してもよかった。しかし、彼の娘に対する執着は利用できる。
そう考え、彼だけは生かしておいたのだった。……ある薬を投与しながら。

良心の呵責はない。所詮、モリブスのユングヴィ教徒は邪教徒だ。邪教徒は人ではない。家畜以下だ。
ただ、家畜と違って利用価値も場合によってはある。エストラーダ侯が、まさにそれだった。
もし、エリック・べナビデスとプルミエール・レミューがロックモールに来たならば……エストラーダ侯は、彼らを討つための刺客足り得る。
そう思って彼を残したが、動きは一向になかった。

シェリルがしくじったのは聞いている。そして、アリス・ローエングリンが来たらしいことも。
彼女は危険だ。ただでさえ危険なのに、ジャック・オルランドゥの元に戻ったのは非常に危うい。下手にモリブスには手を出せなくなった。
だとしたら、べナビデスとレミューが来るのを迎え撃つ方が得策だ。私がロックモールに戻ったのは、メディアの件だけでなく彼らへの対応も理由と言える。

それだけに、エストラーダ侯を抑えるのが限界に近付いているのは正直よろしくない。
「処分」を視野に入れるべき時が来てしまったのかもしれない。

……あと1日が限度か。そう思いながら、私は首を縦に振った。

「私が約束を違えたことなどございましたか?」

「……信頼しておりますぞ、大司教殿」

部屋を出ようとしたその時、外から禍々しい気配がした。……これは。
543 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/16(月) 20:27:23.04 ID:6z/X/rfuO
私は溜め息をついてドアを開ける。果たして、その男は階段を塞ぐように立っていた。

「……オーバーバックさんですか。今までどこに」

「お前の言う通りの『鼠狩り』さぁ」

「仕事はしているのでしょうね」

ニヤリと彼が嗤った。

「それだがなぁ……2ついい知らせがあるぜぇ。まず、お前が追っていた『魔王エリック』と、昨晩会ったぜぇ」

「何ですって!!?」

やっと来たか!ロックモールを通らずに皇都に着くのはかなり難しい。険しい山を越えねばならない上、補給もままならない。
女連れならば、確実にここを通るはずだと踏んでいたが……

そして、オーバーバックが魔王と会ったということは。

「始末はしたんでしょうね」

「いやぁ。少し遊んでそれきりだぁ。せっかくだから、長く遊び相手になってほしいからなぁ」

「……舐めているのですか」

激しい落胆と怒りが沸いてきた。世界を災厄から遠ざける機会をおめおめと逃すとは!

オーバーバックを睨み付けると、彼はその笑みを深くした。

「舐めてねえぜぇ?そもそも、俺とお前の関係は何だぁ?上司と部下かぁ?
違うなぁ、ただの契約関係だぁ。そしてそこには、『エリック・ベナビデスを消す』は入ってねぇ……」

「それでも六連星の一員か」という言葉が出かかって、私はそれを必死で抑えた。

確かにオーバーバックは六連星だ。しかし、その意思は誰にも縛れない。たとえ、アルベルト王でも。あるいはハンプトン卿でも。
彼の力は、あまりに強大だ。六連星に入れたのは、この男が危険すぎるから味方に引き入れたという理由以上のものはない。

そして、他の六連星と違い……この男には、世界を守ろうとする意思は全くない。
ただ、好きな時に飲み、好きな時に博打を打ち、好きな時に女を買う。その意思を縛るには、あまりにこの男は強大なのだ。

「分かってるなぁ、大司教さまぁ……俺にとっては、『記憶』がどうだとか関係ねぇんだよぉ……ヒリヒリするような勝負ができればそれでいぃ……。
せっかくだからもう一つ教えてやるよぉ。多分だが、カルロスってガキと魔王は組んでるぜぇ」

「……本当ですか??」

「ああ、恐らくなぁ。だが、俺はこれ以上タッチしねぇぜぇ?『狩り(ハント)』以外に、今の俺の興味はねえからよぉ」

何という僥倖!!世の災厄を、2つ同時に取り除ける好機が舞い降りるとは!!
やはり、神は私を愛しておられる。何と素晴らしき日か。

「……ええ、いいでしょう。好きになさい」

「ククク……じゃあ、俺は消えるぜぇ」

トントントン、とオーバーバックが階段を降りる。私はエストラーダ候に向けて振り返った。


「貴方に、向かってほしい所があります」


544 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/16(月) 20:27:50.52 ID:6z/X/rfuO
キャラ紹介

ミカエル・アヴァロン(47)

男性。181cm、63kgのやせ形。細目で短い白髪頭で、いつも穏やかな微笑みを湛えている。
イーリス聖王国のユングヴィ教団大司教。東の原理主義派(元教派)を束ねる。

温厚で几帳面だが神経質。常に同じ時刻に同じ行動をすることを旨としており、全ての欲は不要と断じている。
金にも美食にも女性にも関心がなく、清廉潔白が服を着て歩いているような男。愛するのは神のみと公言して憚らない。
とはいえ、厳格ながら人格者でもあり、人望は厚い。
ユングヴィ教団の教えに徹底して忠実な男でもあり、殺人や姦淫などは決して行わない。
ただ、自らの手を下さないやり方で都合の悪い人間を「消す」ことはある。

また、世俗主義派を邪教徒と捉えており、表面上はともかく内面では人として扱っていない。
「人でない者」、つまり敵に対しては徹頭徹尾冷酷であり残虐である。そのため、イーリスには彼を恐れる人も少なくない。

戦闘能力は白兵戦については低い。ただ、魔力は甚大であり当代でも屈指の存在なのは疑いない。
アヴァロンの過去については一切不明。ただ、神への絶対帰依を誓う理由はそのあたりにあるようだ。
545 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/16(月) 20:28:33.64 ID:6z/X/rfuO
今回はここまで。シェイド視点→プルミエール視点と続く予定です。
546 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/11/17(火) 17:40:57.47 ID:/TdwIN4DO
乙乙
547 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/18(水) 22:58:29.08 ID:lSBzGI7SO




第24-1話




548 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/18(水) 22:59:52.34 ID:lSBzGI7SO
統治府に近付くに従って、兵士の数が増えてきた。一昨日より多いかもしれない。

「そんなにあの娘が重要なのかねえ」

「よく分からないにゃ。殺す相手を守る意味はもっと分からないにゃ」

ボクらはプルミエールの魔法で人間に化けていた。持続時間はほぼ半日。魔法が解けるまでは、ボクらは姉弟か親子にしか見えないだろう。
魔法がかかっているとは言っても、デボラさんの胸は相当に目立つ。周囲の男たちの目がそっちに行くのは気に食わない。

「よう姉ちゃん。幾らだ……」

言い寄ってきた男の首筋に、短剣が突き付けられた。

「売りもんじゃないよ。『蜻蛉亭』はどっちだい」

「ひいっっ!!?あ、あっちだ。その物騒なもんをしまってくれっ」

デボラさんが鞘に短剣を納める。さすがに抜刀が速いな。

「『蜻蛉亭』?」

「ああ。一度主人の護衛を受けた所でね。あたしに貸しがあるはずさ。
1度しか行ったことがないから、場所の記憶は曖昧だけどねえ」

「なるほどにゃ。でもそこで情報貰えるのかにゃ?」

「統治府に娼婦を派遣する高級娼館だからね。まあ何かしら中の様子は分かるだろうさ」

統治府から200メドほどしか離れてない場所に、それはあった。蔦まみれの不気味な館。あれが「蜻蛉亭」らしい。
549 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/18(水) 23:00:23.05 ID:lSBzGI7SO
#

「お嬢様、『蜻蛉亭』に御用で?」

館の呼び鈴を鳴らすと、執事風の初老の男が出てきた。

「主人のカサンドラはいるかい。デボラ・ワイルダが来たと言えば分かるはずさ」

「……お待ちを」

5分ほど待つと、ボクらは中に通された。化粧水の濃い空気が鼻を付く。外観はああだけど、中は豪奢でいかにも娼館という感じだ。

「御主人、客人に御座います」

「通して」

執務室兼私室と思わしき部屋に入ると、初老の婦人が髪を櫛でとかしていた。顔には皺も少し見えるけど、十分現役で通りそうなほど美しい。
おっぱいも大きそうだし、あるいはここで得意客を取っているのかもしれないな。ボクは熟女趣味じゃないからちょっとお断りだけど。微かに甘い匂いもする。

婦人が顔を上げると、訝しげな表情になった。

「……本当にデボラ?」

「ちょっと狙われててねえ。耳は魔法で隠してるんだ」

「……その声と顔立ち、言われてみればデボラ・ワイルダね。変装は弟の……誰だっけ」

「ウィテカーさ。今日はいないけど、まあそんなとこさね。半年ぶりだけど、健勝そうで何よりだよ」

「お蔭様でね。貴女に命を救われたからこそ、私の今はある。ジャレッド、お茶を」

「畏まりました」

男が去っていく。

「しかし、急な訪問ね。貴女に護衛の仕事を頼む予定は今のところないわよ?
それとも何かしら、その可愛らしい男の子を、私にくれるとでも?」

思わずブルッと身震いした。カサンドラという女(ひと)はかなり綺麗だけど、さすがにボクの守備範囲じゃない。

「ははは、そういうわけではないさ。ちょっと、貸しを返して貰いたくてね」

「貸しを返す?」

「ああ、大したことじゃないさ。統治府で何が起きてるか、分かるかい?ここからも娼婦を送ってるんだろう?」

男がお茶を運んできた。それを一口啜ると、ふうとカサンドラさんが溜め息をつく。

「私には何もできないわ。統治府相手の商売は開店休業状態。ここ数日の物騒な動きと関係があるのかしら」

「多分大有りさ。どうなんだい」

「ユングヴィの偉いのが来てるって話。ユングヴィは私たちを目の敵にしてるから」

デボラさんがボクを見た。やはりあれはアヴァロン大司教だったか。

「誰かの出入りは?例えば、緑色の髪の女とか」

「……ちょっと分からないわ。あと数日で統治府での商売は通常通りになるって聞いたけど、情報はそれくらい。私にできることはないわ、申し訳ないけど」

「そうかい」

デボラさんが辺りを軽く見渡した。……微かに音が聞こえる。喘ぎ声だろうか。

「……ところで、テルモンの連中が随分来てるみたいだねぇ。結構な人数じゃないかい?」

「……何が言いたいのかしら」

カサンドラさんが眉を潜めた。デボラさんは肩を竦める。

「いや、これだけ来ると連中相手の商売は儲かってるんだろ?ここも満室みたいじゃないか。
それとあんた、すぐにここにあたしらを入れなかったね。客、ついさっきまで取ってたんじゃないかい?多分、テルモンの高官……違うかい」

「……目ざといわね」

彼女が苦笑する。そうか、彼女は商売上不利になる行動ができないわけか。だから、協力を拒んでいる……
550 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/18(水) 23:01:28.86 ID:lSBzGI7SO

「というわけで交渉さ。あたしらはあそこにいる人物に接触したい。統治府には関与できなくても、さっき言ったテルモンの高官からなら何とかできるだろ?」

「口利きをしろってことね。……そうね、不可能じゃない。でも、多少の面倒は伴うわね。報酬は?」

「命を救った貸しがあるだろ?まあ、それに加えて、モリブスの花街からこっちに何人か送れなくはないね。給金を弾むという条件で」

「いつからワイルダ組はそっちにも手を出しているのかしら?用心棒なら分かるけど」

「まあ、色々花街はあたしらに貸しを作ったからね。質は保証するさ」

ふむ、ともう一度カサンドラさんがお茶を飲んだ。

「……分かった。3時間後、もう一度ここに来て。これからもう一人、テルモンの第4皇子を客として取るの。彼経由で話を附けられる」

「第4皇子……随分年下だねぇ」

「ふふ、可愛い坊やは好きなの。母親の愛情に飢えた坊やは特に。……そうそう、その坊やを多分使うことになるけど、いいかしら?」

「……ボクかにゃ?」

フフフ、と妖しい笑いをカサンドラさんが浮かべた。

「ええ。ユングヴィは姦淫は禁じているけど、色事は禁じてないのよ。貴方なら、多分気に入る人がいるわ」


……そういうことか。ボクはげんなりした。


「……ここは、男娼も扱ってるのにゃ?」

「あら、子供なのによく知ってるわね。この子、何者?」

「ボクは「それは詮索しないでおくれ。まあ、信頼は置ける奴さ」」

ボクの言葉をデボラさんが遮った。……確かに、身の上を明かさない方が正解か。
ただ、ボクを男娼として送り込むというのは正直勘弁だ。ボクはデボラさんに耳打ちした。

(男の相手なんて死んでもゴメンにゃ)

ボクは確かに見た目がいい。女装だって多分似合うだろう。ただ、男に犯されるなんてまっぴらゴメンだ。

デボラさんは少し目を閉じた後、微かに笑った。

(大丈夫、考えがある。抱かれる必要なんてないから安心しな)

(本当にゃ?)

(あたしに任せな)

「相談は終わったかしら?」

デボラさんが頷いた。

「ああ。3時間後だね」

「ええ。その子も一緒にお願い」
551 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/18(水) 23:02:24.95 ID:lSBzGI7SO
#

「考えって何にゃ?」

ボクはかき氷が乗った匙を口に入れた。ロックモール名物らしいけど、マゴの実から取った蜜とあいまって実に美味しい。モリブスに戻ったら作ってみよう。

デボラさんはグバのジュースを飲むと、周囲をうかがって小声になった。

「渡しとくよ」

「……これって」

デボラさんが、懐から何かを取り出す。
手渡されたのは、黒い球だ。受け取ってすぐ、それがいかに危険なものか察した。

「そう、爆裂魔法を込めた『爆弾』だよ。魔力を通せば、離れた場所でも起爆できる」

「何でそんなものを持ってるにゃ?危ないにゃ」

「何が起こるか分からないからね。ロックモールにあいつがいると聞いて、組から持ってきたのさ。籠城したのを炙り出すためには、必要になると思ってた。
あたしの魔力を通さない限り爆発はしないから安心しな」

「……見えたにゃ。ボクはこれを置いたら、すぐに猫になって逃げるにゃ。そしてそれを受けて起爆すれば……」

「統治府は火事になり、アヴァロンはメディアを連れて出てくる。そこをエリックたちと叩く。どうだい?」

確かに、筋は通る。アヴァロンが「グロンド」を使って逃げるかもしれないけど、やってみる価値はありそうだ。

しかし……この作戦には、一つ見落としがある。


「オーバーバックはどうするにゃ」


デボラさんが言葉に窮した。あの男は、どこにいるのか分からない。そして、間違いなく只者じゃない。

「……それだね。敵はアヴァロンだけじゃない。炙り出しても、オーバーバックってのに守られていたら簡単じゃないのは分かる」

「対策が必要にゃ。あいつを引き離さないと……」

「賭場にいるって言ってたね。そこで何とか……え?」

デボラさんの表情が固まった。信じられないものを見たように、口がポカンと開けっ放しになっている。

ボクも振り向いて彼女の視線の先を見た。


……馬鹿なっっ!!?


カフェの入口に、黒い眼鏡の男がいた。短い黒髪に、黒と緑の斑の服。その異様な出で立ちから、客がざわめいた。

あの外見……間違いない。オーバーバックだ。
552 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/18(水) 23:02:56.47 ID:lSBzGI7SO
奴は一直線にこちらに向かってきた。ニヤニヤとした、気持ち悪い笑みを浮かべながら。
逃げるかどうかを逡巡する暇もなく、奴はボクらの隣の席に座った。

「暑いなぁ」

……気付いている?それともただの挨拶?

デボラさんが探るように言う。

「……まあ、 南国だからねえ……何か、用かい」

「ククク……いいねぇ、すぐ逃げないのは修羅場潜ってるなぁ」

「……あたしらを狙って来たのかい」

微かに声が震えている。
そもそも、どうしてボクらがここにいることを奴は知ったんだ?

それに答えるかのように、ニタァとオーバーバックの笑みが深くなった。

「品定めさぁ……。面白い気配を感じたんでなぁ。雑魚ならすぐに狩るつもりだったが、これは『太らせて』から狩るのが正解だぁ……」

何を言っている??確実に言えるのは、こいつはボクらの居場所を何かの方法を使って知っている、ということだ。
……冷や汗が額を伝ったのが分かった。

オーバーバックが、不意にボクの方を見た。

「……にしてもお前。回復が早いなぁ。殺さない程度に加減はしたが、腕取れてるかと思ってたぜぇ」

……!!?ボクの正体を、こいつは知ってる!!?

「……どうして分かったにゃ」

「俺には真実が『見える』んだよぉ。どんな魔法も、俺の前では無意味だぁ。
……せっかくだから、注文するぜぇ。焼きビーフン……はねぇなあ。この『パンシート』にするかぁ。一応、麺類らしいしなぁ」

まるでボクらがいないかのように、オーバーバックは気ままに振る舞っている。「殺そうと思えば殺せる」とでも思っているのか?

「何が望みにゃ」

「あぁ?さっき言っただろぉ、品定めってなぁ。あとは改めて警告だぁ。
緑髪の女には手を出すなぁ……依頼主からの依頼でなぁ、そこだけは契約上果たさなきゃいけねぇんだよぉ」

「契約主……アヴァロン大司教にゃ?」

「さあなぁ……ただ、俺の契約にはお前らを消すことは含まれていねぇ……何もしねぇんなら、将来性に免じて見逃してやるよぉ」

ガタン、と急にデボラさんが立ち上がった。目の前のかき氷は、すっかり溶けてしまっている。

「……行くよ」

「……分かったにゃ」

もちろん、アヴァロン大司教の件を諦めたわけじゃない。ただ、この場は早く立ち去りたかった。
エリックの言う通り、この男は……危険だ。底が全く見えない。

「おうおう、せっかくだから名物の『パンシート』でも見ていけよぉ。
……というか狐の女ぁ。お前、どこかで見たことがあるなぁ」

「知らないね」

オーバーバックの笑みが、さらに深まった。


「いやいや、会ったことがあるぜぇ……ああそうだ、あれは15年前だぁ。確か、名前は……パメラ」


553 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/18(水) 23:03:51.84 ID:lSBzGI7SO


デボラさんが驚きをあらわにして振り返った。パメラ??確かそれは……


「何であんたが、母さんの名を……」


「そうかぁ、親子かぁ。似てるはずだぁ、マナの感じも気配もぉ……」

「あんたっ、母さんを何で知ってるっ!!!」

「ククク」と愉快そうに……いや、恍惚に満ちた様子でオーバーバックは口を開いた。


嫌な……とても、嫌な予感がする。


「俺が殺った、最強の相手の一人だったぜぇ……あれは愉しかったぁ……」

554 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/18(水) 23:04:21.85 ID:lSBzGI7SO



「貴様ぁっっっ!!!!!」



デボラさんは懐から銃を抜こうとする。しかし、それより遥かに速く……どこからか取り出したか分からない長銃を、オーバーバックはデボラさんの鼻先に突き付けていた。


「見逃してやるって言ったのによぉ……残念だぜぇ」


つまらなそうにオーバーバックが呟く。……そして。

555 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/18(水) 23:04:48.23 ID:lSBzGI7SO




バァンッッッ!!!



銃声が、響いた。



556 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/18(水) 23:05:38.27 ID:lSBzGI7SO
キャラクター紹介

ハーベスタ・オーバーバック(年齢不詳、30代?)

男性。短い黒髪にサングラス、迷彩服を好んで着る。身長183cm、体重78kg。見るからに鍛え上げられた身体を持つ。
服装は明らかに北ガリア大陸のどこの国とも違う。南ガリアやアトランティア大陸でも同様の出で立ちはない。
鼻はそれほど高くはなく、常にニヤニヤと笑っている。どこか間延びした喋り方が特徴。

北ガリアの秩序維持を担う組織「六連星」の一人だが、立ち位置は他の5人とは大きく異なるようだ。
契約を重視し、契約外の行動は極力避けている様子が伺える。戦闘狂のようだが、「獲物は太らせてから狩る」が信条でもある。決して話が通じない男ではない。

趣味は博打とB級グルメ。盲人のようにも見えるが、目は見えているようだ。本人曰く「真実が見える」というがその真意は不明。
武器は深紅の長銃「紅蓮」。その戦闘能力は極めて高いが、その素性含め一切が謎に包まれている。
557 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/18(水) 23:08:18.50 ID:lSBzGI7SO
第24-1話はここまで。24-2は予定を変更してプルミエール以外の人物からの視点とします。

パンシートはフィリピンの焼きそばパンシットカントンに近いものです。
ロックモールの食文化は東南アジアのそれをイメージしてもらえば大体合っています。

なお、オーバーバックの発言からは随所に単語など違和感があるかと思われます。
これについてははっきりとした理由があります。明らかになるのはずっと後ですが。
558 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/18(水) 23:17:07.03 ID:lSBzGI7SO
なお、オーバーバックのCVは故野沢那智さんをイメージしてもらえば多分大体合っています。
559 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/11/18(水) 23:18:38.13 ID:trYrx1zF0
560 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/22(日) 14:04:35.53 ID:Y/Qr2n33O




第24-2話




561 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/22(日) 14:09:09.65 ID:Y/Qr2n33O


子供の頃見たあの光景を、あたしは未だにハッキリと覚えている。


父さんと母さんは、家を空けることが多かった。
2人と過ごした時間より、ジャック先生やアリスさん、あるいはベーレン候の家族と一緒だった時間の方が長かったかもしれない。
それでも、寂しさは感じなかった。一緒にいる時は、できる限りの愛情を注いでくれたから。
どこかの遺跡に向かう2人を、精一杯手を振って送り出す。それがあたしとウィテカーにとっての1週間の始まりだった。


父さんたちは、冒険から帰る度に嘘みたいな土産話をしてくれた。
とてつもなく巨大で知恵のあるドラゴン。ひとりでに動く、機械の兵士。機械が勝手に掃除をしてくれる不思議な邸宅……
どこまで本当なのか、当時のあたしには分からなかった。でも、真偽なんてどうでもよかった。


世の中は謎に満ちていて、だからこそ面白い。
きっと、父さんと母さんはそれを伝えたかったんだと思う。


そんな2人が、冒険先にあたしたちを呼ぶことはほとんどなった。
ただ、一度だけ連れていってくれた場所がある。モリブス南西部の、サンターナ山地だ。


丸3日かけて、あたしたち一家は山地を探索した。巨狼や二角熊のような、獰猛な魔物にも出合った。
すごく怖かったけど、どこか安心してもいた。父さんたちが守ってくれたから。そして、山地の奥にそれはあった。


『……うわぁ』


そこにあったのは、一面の花畑。花は全て、虹色に輝いていた。


『きれいでしょ』

母さんが穏やかに言う。

『うんっ!!すごくきれい……何て花なの?』

『名前はないわ。私たちが見付けた。ね、リオネル』

父さんが頷く。

『ああ』

『これ、皆に見せてあげたいなあ。ジャック先生やアリスさんにも』

『そうだな。だが、彼らはともかく、世の中には知られてはいけない花でもある』

『どうして?』

母さんが、足元の小石を花畑に投げ入れた。その刹那。
石が落ちた辺りが、一瞬のうちに黒く染まった。

『……え』

『花が『攻撃された』と感じたの。そして、花は猛毒を放つ』

父さんが何かを呟く。すると、花は元の虹色に戻った。父さんは「すまなかったな」と足元の花を軽く撫でた。

『この花畑は生きている。もし、大勢の人がここに来れば、ここは荒らされてしまうだろう。
そして、大勢の人が死ぬ。この花の毒によって』

『そうね。……知られることが、必ずしもいいこととは限らない。世界は美しいけど、封じられた方がいい事実もあるの』

父さんと母さんが、一瞬悲しげな表情になった。

『どうして父さんたちは、あたしたちをここに連れてきたの?』

『そのことを教えるためだよ、デボラ、ウィテカー。お前たちにも、きっと分かる時が来る』


父さんたちが、何を伝えようとしたのかは未だにハッキリとは分からない。


ただ、あの花畑の美しさは、きっと一生忘れることはないだろう。


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