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魔王と魔法使いと失われた記憶
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262 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/15(火) 19:48:04.17 ID:mfBVGPEoO
第11-5、6話はここまで。
重苦しい話が続いたので、しばらく緩い感じにするかと思います。
第12話はエリック視点です。あるキャラが登場します。
263 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/15(火) 20:34:24.92 ID:mfBVGPEoO
武器・防具紹介
「聖人ディオのアミュレット」
2級遺物。ただ、ベルチェル家の血族以外では能力をフルに発揮できないためこの評価であり、ベルチェル家の人間が着けた場合は特級に迫る能力を持つ。
アミュレットとあるが腕輪のようなもので、宝石をあしらった豪奢な造りになっている。
夜限定で身体能力を爆発的に引き上げる効果を持つ。正確には着用者の脳のリミッターを外している。
このため、使用者の脳に非常に重い負担がかかる。脳腫瘍ができやすいのはこのためであり、精神面でも異常を来しやすい。
ファリスが一般人を殺害していたのもこのためで、倫理観が壊れていたからである。
また、ベルチェル家の歴代当主の技術や記憶を継承させる効果もある。
ベルチェル家自体は300年近く続いているが、これが使われていたのは最初の150年ほどであり、ある程度の地位を築いてからは着用は禁忌とされていた。
素人同然でろくに暗殺者としての教育を受けていないファリスやレナが凄腕の暗殺者然としていたのは、この技術継承の結果である。
魔法の素養が2人にあったのもこれに由来する。
なお、遺物が他人に渡ることをランパードは警戒していたが、ベルチェル家の人間以外には十全に使えない仕様のため結果的には杞憂だった。
264 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/15(火) 20:47:17.23 ID:mfBVGPEoO
キャラ紹介
ファリス・エストラーダ(20)
女性。ロペス・エストラーダ候の一人娘。長い金髪の女性で、鼻が高い整った顔立ちをしている。
病弱のため身体は痩せており、身体能力はアミュレットなしでは極めて低い。子供の頃から病弱で、「外に出たい」「父親の役に立ちたい」という想いが非常に強かった。
20の誕生日になり母親であるレナの死の真相を知ったこと、そしてアミュレットを着用してしまったことで運命が暗転する。
もっとも、アミュレットの副作用を知っていたとしても、彼女がその誘惑に抗えたかはかなり怪しい。
世界がエストラーダ邸の中で完結しており、対等な友人が遂にできなかったことが道を踏み外す原因となったと言える。
もし相談相手がいたなら、そして別の形で世界と関わることができたならば、彼女が「クドラク」となることはなかっただろう。
彼女自身の性格は極めて真面目であり、多少近視眼的ではあるが善良な性質だった。
もしアミュレットの「呪い」に囚われず、かつ健康であったなら良い為政者となっていただろう(ただし、理想主義であるため敵も多かっただろうが)。
265 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/15(火) 22:11:22.78 ID:mfBVGPEoO
余談ですが、アミュレットの元ネタは言うまでもなくアレです。
(変愚にはそのものズバリのアイテムが登場します)
266 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/09/15(火) 22:16:09.39 ID:8egode5DO
やっぱり元ネタはあれですか
乙です
267 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/18(金) 21:02:51.56 ID:TbDVBCa4O
第12話
268 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/18(金) 21:05:28.78 ID:TbDVBCa4O
鋭い南国の陽射しに、俺は思わず身を捩った。
体力はまだ回復しきっていない。「音速剣」に、2倍速での「零勁」2発。さらにその後も「腐蝕」を使っている。戻りきるまでには、あと1日はかかるだろう。
壁に掛かった時計を見ると、正午の半刻前だった。本当はまだ寝ていたかったが、部屋の暑さと明るさはそれを許しそうにもなかった。
「……ちっ」
舌打ちをしつつ、身体を起こす。やることは幾つもある。ワイルダ組の本部に、いつまでもいるわけにはいかない。
……そういえば、小娘は俺を起こしに来ていない。大体俺より早く起きているはずだが。
部屋を出ると、ラファエルの姿があった。
「やっと起きたんすね」
「小娘は」
「まだ部屋す。昨日は、色々ありましたから」
軽く鼻を鳴らして、彼は肩を竦めた。
「……寝ている、というわけではなさそうだな」
「まだ堪えてるみたいすよ。涙のしょっぱい匂いがしますもん」
「……馬鹿が」
小娘は、ファリス・エストラーダがクドラクになった経緯について、ある程度知っているのだろう。
それにアミュレットが関与していることも、薄々分かった。小娘なりに、ファリスに同情する面はあるのかもしれない。
だが、先に進まないと話にもならない。そもそも、誰が奴を救えたというのだ。
苛立ちと共に小娘の部屋に向かおうとした俺を、ラファエルが呼び止めた。
「あ、ちょっと待ってください。客人が来たみたいす」
「客人?」
「ええ。多分、あのエルフです。それと、もう一人……女すね」
「……女?」
エルフ……ビクター・ランパードか。あの一件の後、デボラの治療を受けたと聞いている。
その後どこかに消えたらしいが。女とは、奴の協力者か。
呼び鈴が鳴る。下の階にいるデボラが「なんだい」と不機嫌そうに言ったのが聞こえた。
「エリック、客だよ」
やはり俺に用か。俺は溜め息をついて、シャツのまま下に降りる。
「ランパードか、手短に……」
「あ、エリックだ!!」
269 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/18(金) 21:06:27.28 ID:TbDVBCa4O
緑髪の小柄な女が飛び付いてきた。俺はそれをひらりと交わす。
ドスン、と壁にぶち当たると「いてて……」と女が額をさすった。
「酷いじゃないですかぁ、20数年ぶりの再会ですよ?」
「お前のような女は知らんな」
「ひっどーい!絶対覚えてるよね?ねえ?」
「知らんものは知らん」
女はむくれるとランパードの方を見た。
「ビクター!何か言ってやってくださいよぉ!!」
「……姫、さすがにそれはねえよ。20数年ぶりに、それもガキの時以来会ってない知人にいきなり抱き付かれそうになったら、俺でも逃げるぜ」
「ビクターまで!?もう、こうなったらプルミエールのとこ行くもん……」
「やめとけ」
俺は険しい顔で女……エリザベート・マルガリータに言う。
「とても、そんなおちゃらけたノリに付き合う気分じゃないはずだ」
「……昨日のが理由ね」
「ランパードから聞いたか。クドラクを倒すための作戦を遂行していた」
「そりゃ知ってるよ、だって私も参戦したもの」
「「……何!?」」
俺とランパードの声が重なった。
「ちょっと待てトンチキ姫よぉ?そんなの一切聞かされてねえぞ?俺は今日あんたがこっちに来るって話しか……」
「あー、いや、嫌な予感したんだよねぇ。だから前日にこっそりこっちに来て、貴方の様子見てたわけ。
そしたらヤバそうなことになってるみたいだから、私のできる範囲でこっそりと、ね?」
……話が読めない。何かの魔法を使ったのは間違いないが……
「……こっそりって、何をしたんだよ」
「『憑依(ポゼッション)』を使った足止め。あのワンちゃんにはかわいそうなことをしたけど。
でも、あの怪物を倒せたのは、私のおかげでもあるわけですよ」
エリザベートがない胸を張る。
270 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/18(金) 21:07:22.26 ID:TbDVBCa4O
デボラが訝しげに彼女を見た。
「……このお子様、知り合いかい?」
「お子様じゃないですぅ。これでも27、適齢期の乙女なんですから。
あ、私エリザベート・マルガリータといいます。トリス森王国の第三皇女やってます。で、貴女は?いわゆる『姐さん』?」
「……あたしはデボラ・ワイルダだ。一応、この組を仕切らせてもらってる。
というかトリスの姫様まで来るとはどういうことだい?あのクドラクの件、そこまで大事なのかい」
ランパードが「あー」と苦笑した。
「いや、ここに来たのはそれだけじゃねえんだけどな。聞いてるかもしれねえが、嬢ちゃん……プルミエール・レミューは狙われてる。
モリブスのラミレス家含め、各国政府に。エストラーダ候は全く別の事情で消したがっていたようだが」
「各国政府に??エリックが連れてきた時点でただの娘じゃないとは思ってたけどねぇ……」
「で、トリス森王国は彼女を保護したい。で、俺だけでなく彼女……エリザベート皇女も協力することになったってわけだ。元々、オルランドゥ魔術学院では御学友だったしな」
エリザベートが真顔になった。
「そういうことです。プルミエール・レミュー嬢はさる理由で我が国にとっては重要な人材です。
そこで、トリスとしてはでき得る限りの支援をしたい。ここを訪れた理由の一つは、それを彼女に伝えるということにあります」
「解せんな」
俺の言葉に、エリザベートがムッとした様子になった。
「何がですか」
「まず、ランパード。お前、元は各国合同の討伐隊の一員と言っていたな?それがどうして俺たちに手を貸す?
トリスの意思がどこにあるか明確じゃない。討伐隊には、トリスも協力しているのだろう」
「……こちらも一枚岩じゃねえとだけ言っとく。ただ、こちらは女王の意を受けて動いている。そこは理解してくれ」
「女王の意?」
「これはまだ言えねえ話だ。だが、サンタヴィラにお前さんたちを連れていくのが、女王の意思だ。
信じる信じねえはそっちの勝手だが、敵がわざわざクドラク退治なんてクソ面倒なことに首突っ込むわけがねえことは分かるだろ?」
色々引っ掛かる。しかしとりあえずはいいだろう。
271 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/18(金) 21:07:59.54 ID:TbDVBCa4O
「分かった。2点目。俺たちを保護するなら、なぜエリザベートが来る必要がある?第三皇女とはいえ、そいつは貴人だ。お前なら、これがいかに危険な案件か理解しているはずだ」
「それは私から」
エリザベートが軽く手を挙げた。
「貴方の言う通り、これはかなり危険な案件です。ただ、プルミエールは私の親友なの。彼女を助けるために……」
「それだけじゃないな。単に助けるなら、こうやって俺の前に姿を現すはずがない」
ペロッとエリザベートが舌を出した。
「あー、まあ誤魔化されないかぁ。子供の頃から、妙に理屈っぽかったもんね」
「王族同士の交流会で、2、3回会った程度だろう?むしろ俺のことをよくそこまで覚えているな」
「同年代の王族なんて、貴方くらいだったもん。そりゃ覚えてますよ。で、何が言いたいの?」
「お前が小娘に接触するには、何かしら別の理由があるだろう。保護だけなら、そこのランパードだけでも十分なはずだ」
彼女がチラリとランパードを見た。
「結論から言や、俺だけでは不充分ということが分かった。嬢ちゃんには伝えたが、討伐隊がモリブスに集まっている。
ここに滞在し続けること自体危なくなってるが、最大の問題は『六連星』という精鋭が来てるらしいってことだ」
272 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/18(金) 21:08:51.38 ID:TbDVBCa4O
「……『六連星』?」
「ま、知るわけねえわな。これは、王族など一部しか知らねえ最上級機密事項だ。……ん」
ランパードの視線がデボラに向いている。顔色が青ざめているのが分かった。
「どうした」
「いや……続けとくれ」
ランパードが、出されたお茶を口にした。
「六連星は、各国から選抜された少数精鋭の独立遊軍だ。北ガリアの治安維持に携わっていると聞いている。
トリスは前から参加してねえし、モリブスも今の六連星に人は出してねえと思う。ロワールは……微妙だな。
とにかく連中について分かってることは少ねえ。構成員全員が『遺物』、それも特級持ちってくらいか」
俺の脳裏に、オルランドゥを出る時に出会ったあの男の顔が過った。
273 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/18(金) 21:09:20.84 ID:TbDVBCa4O
「……デイヴィッドという男も、その一人か」
「……!!やはり会ってたか」
「知っていたな」
バツが悪そうに、ランパードが頭を掻いた。
「いや……まあ妙だとは思ってた。オルランドゥから脱出しようとするお前さんたちを誰が止めるかって話は、最後まで聞かされなかったしな。
ただ、『六連星』絡みだろうとは直感した。そうか、デイヴィッド・スティーブンソンか」
「何者だい、そいつは」
俺より先に、デボラが口を開いた。
「『六連星』が誰によって構成されてるかはほとんど知られてねえんだ。ただ、スティーブンソンだけは例外だ。
魔王ケインを討伐した4勇者の1人、ヘンリー・スティーブンソンの弟。アングヴィラ王国近衛騎士団の団長だな」
身体が総毛立つ。4勇者……父上の仇の親族か!!
274 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/18(金) 21:10:40.00 ID:TbDVBCa4O
「……まあ、お前さんにとっては因縁の相手だな。向こうにとってもそうだろうが」
「……奴もここに?」
「いや、そこまでは知らねえんだ。まあ、デイヴィッドが来てるならすぐに分かるだろうが。手段を選ばねえからな」
デボラが真剣な表情で視線を落としている。……訳あり、か。
こほん、とエリザベートが咳払いをした。
「とにかく、貴方たちを守るには、私も加わった方が安全ってことです。
私はそんなに強くないけど、『憑依(ポゼッション)』と感知魔法だけならビクターよりも上だから。それと、アリス教授にお願いされたお使いもあるし」
「お使い?」
「そ。ジャック・オルランドゥ公の所に行くんでしょ?私も一緒に連れていってくれませんかねぇ」
「どういうお使いなんだ」
「手紙を託されてて。私が直接渡せって」
……何だか妙なことになってきた。こいつとは20数年ぶりの再会だが、この妙なノリにかき回されるのは変わらないのか。
俺は軽く溜め息をつく。
「……好きにしろ」
「やったあ!じゃ、早速……」
ランパードが「ちと待てや」とエリザベートの裾を引っ張った。
「もう一つの用件が済んでねえだろうが」
「もう一つ?……ああそっか」
「こっちを先に片付けねえといかんだろ。クドラク退治の後始末だ。
実はさっきエストラーダ候のとこ行ってな、ファリス嬢が消えたって大騒ぎになってる。
んで、クドラクの死体も『遺物』の残骸もないと来た。官憲に言えねえのは分かるが、死体とかどこに隠した?」
俺はふう、と息をついた。
「ない」
「……は?」
「だからない。俺が『消した』」
上の階で塞ぎ込んでいる小娘を思った。あいつはもう、納得しているだろうか。していないだろう。
だが、こうするしかなかった。俺たちに注目が集まらず、かつエストラーダ候を多少なりとも傷付けずに済むには。
275 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/18(金) 21:11:43.25 ID:TbDVBCa4O
#
月明かりの中、事切れたファリス・エストラーダの手を小娘が握り続けていた。
「……もう、いいだろう」
「え」
「俺たちは去らなきゃいけない。そして、この死体をどうにかする必要がある」
「……どうにか、って」
俺は一息ついた。これが残酷な宣告だというのは理解している。しかし、言わねばならない。
「死体を……塵にする」
「ダメエッッッ!!!」
小娘が叫ぶ。俺は腰を屈め、小娘と目線を合わせた。
「ならこいつを放っておくのか?処分する時間はないぞ?
ここはワイルダ組の縄張りだが、だからと言って好き勝手できるわけでもない。死体を別の所に運ぶ際、一般人に見られでもしたら?」
「け、警察に言えば……」
「そうしたら俺たちの存在が公になるぞ?お前が狙われていないならいい。だが現実は違う。
私は的ですと弓兵100人の前に身を晒すようなものだ。それでいいのか?」
「でもっっ!!……塵にするなんて……そんなことしたら、ファリスさんの生きていた証は……」
276 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/18(金) 21:12:11.64 ID:TbDVBCa4O
「自分の命と甘ったるい感情のどちらが大事だっ!!!」
277 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/18(金) 21:12:39.75 ID:TbDVBCa4O
小娘の身体がビクッと震えた。唇を噛み、嗚咽しながら俯く。
「そんなの……哀し過ぎるっ……!」
「だが、他の選択の余地は、ない」
俺はファリスの右腕を掴むと「腐食」を使い塵にした。……もう、俺の体力もない。早めに済ませないといけない。
続いて、アミュレットを短剣で切り刻む。そのうちの、魔力がない一欠片以外を錆びさせ、踏み潰した。
「これだけは残しておいてやる」
それを小娘の側に置く。彼女は俯いたまま、ただ泣くだけだ。
動かなくなったファリスを仰向けに寝かせた時も、特に抵抗はなかった。
そして数分後、彼女は塵となって消えた。
278 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/18(金) 21:13:18.11 ID:TbDVBCa4O
#
それから俺たちはデボラと合流した。ウィテカーは深傷を負っていたが、命は取り留めたという。
小娘は、ずっと無言だった。デボラが話し掛けても、ほとんど反応を示さなかった。まして、俺の方は見向きもしなかった。
……俺の判断は、間違っていたのか。しかし、そうするしかなかった。
小娘がファリスにどんな思い入れを持っていたかは知らない。それを知ればまた違ったのだろうが、そんな余裕もなかった。
そう、仕方なかったのだ。
279 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/18(金) 21:13:58.37 ID:TbDVBCa4O
#
俺は天井を見上げた。小娘は、まだ引きこもっている。
どうやれば、あいつに前を向かせられるのだろう。時間が経てば、解決する類いの話なのか。
そんな俺の様子に、ランパードは気付いたようだった。
「……どうやって死体を消したかは知らねえが、嬢ちゃんは納得してなさそうだな。だから、ここに姿を現さないわけか」
ランパードがやれやれと首を振った。
「……やむを得ない処置だ。後で話に行く……」
はあ、とエリザベートが呆れたように息をつく。
「さっさと行ってあげた方がいいですよ?あの子、結構繊細ですし」
「何?」
「どうせ『こうするしかないんだ』って理屈で通したんでしょ?それ、一番やっちゃダメ。
女の子は共感してもらいたい生き物なのですよ。ね?ビクター」
ビクターが渋い顔になった。
「……なんで俺に振るんだよ」
「んー?何ででしょう。ま、それはともかく。
一言謝ってちゃんとプルミエールの想いを聞いてあげた方がいいんじゃないですか?2人がどういう関係かは知らないですけど」
……想いを聞く、か。確かに、それは必要なことかもしれない。
「……分かった」
「んふふ。エリックはやっぱり女の子の扱いが下手ですねぇ」
「……何か言ったか?」
「えー?何もぉ」
ガキの頃と変わらず、どこか人を食ったような奴だ。だが、言っていることは、多分正しい。
「チッ」と舌打ちをして、俺は立ち上がった。
280 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/18(金) 21:14:36.72 ID:TbDVBCa4O
その時、応接室のドアがバンと開いた。……いつぞやのオークだ。
「あ゛、姐ざんっっ!!だいへんでがす!!」
「何だい騒々しいねえ。一体何があったってだい」
「ぞれが……」
オークははぁはぁと息を切らしている。異常事態が起きたのは、すぐに分かった。弛緩していた部屋の空気が、一気に引き締まる。
「何だい、言ってみな」
「エストラーダ邸が、ぎえまじだ」
281 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/18(金) 21:18:42.19 ID:TbDVBCa4O
第12話はここまで。次回はプルミエール視点からです。
第11-3話にて犬がファリスを噛んだのは、実はエリザベートの妨害だったわけです。
282 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/18(金) 21:39:21.74 ID:TbDVBCa4O
キャラクター紹介
エリザベート・マルガリータ(27)
女性。トリス森王国第3皇女。オルランドゥには留学生として在籍している。
身長146cm、37kgの小柄な少女(?)。ストレートで肩までかかる緑髪に、額の辺りに白いリボンをつけている。胸は慎ましい。
丁寧語を混ぜた独特の喋り方をする。性格は天真爛漫で甘いもの好きと幼い印象すらあるが、実はかなり計算高く裏で色々やっていることも多い。
ジャックの指摘通り、ランパードの行動の一部は彼女からの(そしてマルガリータ女王からの)指示である。その肚の底はなかなか読めない。
基本は善良であり、プルミエールに対する友情も確かなもの。
ただ人を食ったような言動も多く、ナチュラルに鬼畜な発言をすることも少なくない。
エリックとは幼少期に数回会っており、その度にエリックは一杯食わされていたもよう。20数年ぶりに会ったにもかかわらず覚えていたのはこのためである。
(そしてからかいがいのある相手として、エリザベートもエリックを覚えていた)
ランパードとの関係は現在のところ不明。彼女が生まれた時からの付き合いであるのは疑いない。
283 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/18(金) 22:01:22.49 ID:TbDVBCa4O
なお、CVは小原好美さんのイメージです。
284 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/09/19(土) 07:28:30.34 ID:moHeHNCy0
乙乙
285 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/21(月) 15:18:05.72 ID:MsiqRxPqO
第13話
286 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/21(月) 15:19:16.26 ID:MsiqRxPqO
彼女の人生は何だったのだろう。
昨日の夜から、ずっとそればかり考えていた。
ファリスさんは、必死で「生きていた証」を欲しがっていた。なのに、彼女が生きていた痕跡は……私の掌の中にある、この金属の欠片しかない。
亡骸も何も、なくなってしまった。こんな終わり方は……あまりに、惨過ぎる。
魔王が選んだ方法は、きっとやむを得ないことだったのだろう。私の身に危険が及ばないようにするには、彼女を塵にすることで、私たちが関わった痕跡を消すのが最善だというのは分かる。
私が彼女に対して持っている感情は、魔王の言う通り単なる甘ったるい感傷に過ぎないのかもしれない。
それでも。……彼女は、こんな人生の結末を望まなかったはずだ。
なら、私は昨晩何をすべきだったのだろう?何度心に問うても、答えは出てこない。
ただ、私にできることは……非情な選択をした、魔王を恨むことしかなかった。それは、きっと間違っているのだろうけど。
287 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/21(月) 15:20:12.52 ID:MsiqRxPqO
#
気が付くと、窓からは南国の強い日射しが差し込んでいた。時計はとうに正午近い。
でも、何かしようとする気力は、私にはなかった。恐らく、これからエストラーダ侯に彼女の最期を伝えなければいけない。それは彼にとっても、私にとっても……あまりに辛いことになるだろう。
ノックの音がした。私はそれを無視した。
「俺だ」
魔王だ。今、一番会いたくない相手だ。
「……」
「……すまなかった」
何を詫びているのだろう。今更遅い。
黙っている私に、魔王はドア越しに話し続ける。
「俺は、お前とファリス・エストラーダとの間に何があったか、知らない。
だが、お前の事情も……もう少し聞くべきだった。俺の選択が間違っていたとは思わないが……しかし、一方的に決めてしまった」
「……あなたは、何がしたいのよ」
沈黙が流れた。
「……お前の力を借りたい」
「はあ?」
「そんな気分ではないだろうことは、分かっている。ただ……異常事態が起きた。ロペス・エストラーダが、家ごと消えた」
私は思わず跳ね起きた。泣き腫らした目のまま眼鏡をかけ、ドアを開ける。魔王は、険しい表情でそこにいた。
「……何ですって?」
「ついさっき、報告があった。詳しいことは分からないが、とにかくエストラーダ邸が文字通り消えた。
何があったかを探るには、お前の『追憶』が必要だ」
呆気に取られる。……それって、まさか。
魔王は、私が何を言おうとしているのかを察したかのように頷いた。
「そもそも妙だった。なぜファリス・エストラーダがお前を狙っていたのか。
恐らく、ロペス・エストラーダに他国からお前の討伐依頼が来ていた可能性は高い。もし、その依頼者が彼女のことを知っていたら?」
「あっ……!!」
ランパードさんは、他国からの討伐隊がモリブスに集まり始めていると言っていた。
彼らが「クドラク」を使って、私を殺しに来ていた可能性は……ゼロではない。
魔王は頷いた。
「ファリスが消えた翌日すぐに、エストラーダ侯に異変があった。偶然にしては、あまりに出来過ぎている。
恐らく、彼女は……あるいはエストラーダ侯は監視されていた。そして、クドラクが消えたと見るや否や、エストラーダ侯は用無しとして『消された』」
「それじゃ……ファリスさんは」
「一連の暗殺は彼女の意思によるものだとしても、昨日の襲撃はそれだけではない可能性がある。つまり、黒幕がいるかもしれない。
『クドラク』が死んだことで、そいつはファリス・エストラーダが生きていた証を根本から消そうとしている」
私は戦慄した。……ファリスさんは、ただ利用されていた?
魔王は少し目を閉じた後、話を続ける。
「都合のいい奴だと思うかもしれない。お前は、俺を許せないと思っているかもしれない。
だが……ファリスが哀しい存在だったという認識は、俺にもある。だから……」
彼は言葉を探しているようだった。
彼の決断に、納得したわけではない。ただ、このままだと……ファリスさんは、あまりに救われない。
私は彼の目を見た。
「……やるわ」
288 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/21(月) 15:20:56.13 ID:MsiqRxPqO
#
階段を下りた先にいたのは、あまりに予想外の人物だった。
「プルミエール!!久し振りぃ!!」
「エリザベート!??何故、あなたがここに??」
「んー、説明は後で。話はエリックから聞いてるよね?」
「ええ。エストラーダ侯が、邸宅ごと消えたって」
ランパードさんが険しい表情で私を見た。
「そうだ。俺の推察が正しければ、相手は相当厄介だ。だが、その前に状況を把握しなきゃいけねえ。
そのためには、お前さんの『追憶』が必要だが……姫、同行頼めるか?」
「うん、任せて」
「エリザベートが?」
「感知魔法だけなら、オルランドゥでも教授たち以上だったのは知ってるよね。
極端に高いマナを持つ者や、強い敵意や殺意を持つ者は、200メド先にいても分かる。そこから退避する手段もあるしね。
で、少し離れた場所で、ビクターとエリックには様子を見てもらいます。襲撃を万一受けた時の保険ね」
ランパードさんは「了解だ」と短く言った。
「嬢ちゃんが『追憶』を発動している間の護衛は、俺たちがやる。消えた時の状況が分かり次第、ジャック・オルランドゥのとこに行く。
館を消したのが魔法によるものなのか何なのか、既に館はこの世にはないのかそれともどこかにまだあるのか、その辺りの相談をすることになるな。恐らくは、今後の対応策も」
デボラさんも含め、ここにいる全員が重々しい雰囲気を身に纏っていた。一体、黒幕とは何者なのだろう?
289 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/21(月) 15:21:48.00 ID:MsiqRxPqO
#
「『六連星』?」
エリザベートが唇に指を当てた。
「あまり声を出さないでください。近くにはそれっぽいのはいないけど、誰が聞いているかは分からないから」
「……分かった。そんなに危険なの」
「世界各国で最も腕の立つ武芸者や魔法使いによって構成される、独立治安部隊。
『サンタヴィラの惨劇』を機に作られたと聞いてるわ。第二の『魔王ケイン』を生み出さないように……ということになってる。
全員が『特級遺物』持ちという話よ。そして、貴女を襲ったデイヴィッドという男もその一人」
あの男か!!言われてみれば納得だ。背筋に冷汗が流れる。
「そんなのが、今モリブスに……」
「という話。そして、エストラーダ侯とその邸宅を消したのも、多分『六連星』の誰かね」
「……ちょっと待って。独立治安部隊って言った?」
「うん。貴女の『追憶』は、国際秩序を根本から覆しかねないと思われてるんじゃないかな。
特に『サンタヴィラの惨劇』の真実が明らかになると、とても各方面に都合が悪いみたい」
「真実??」
エリザベートは、警戒するようにきょろきょろと辺りを見た。
「私もそこはよく分からない。でも、『サンタヴィラの惨劇』が単なる魔王ケインによる暴虐の結果でないのは確かだと思う。
だから、私たちは貴女たちを支援してるの。真実を明らかにするために」
「何でトリスはそこまで真実を求めてるの?」
「……うーん、よく分かんない。お母様は分かってるのだと思うけど」
彼女は肩をすくめる。
「でも、私が貴女を何とかしたいというのも本当よ。長年の友達の力になりたいって、当たり前じゃないですか」
「……ありがとう」
新市街が見えてきた。エストラーダ侯の邸宅近くには、野次馬が群がっている。
「うーん……2、3人、あの中にそれなりの魔力の人間がいますねぇ」
「追っ手?」
「多分」
魔王とランパードさんは、私たちの後方20メドぐらいを歩いている、らしい。
私は変装しているけど、おおっぴらにここで「追憶」を発動するわけにはいきそうもなかった。
「どうするの?」
「ん、ちょっとここは私に任せて。少し外すけど、すぐに戻る」
そう言うと、エリザベートは野次馬の中に入っていった。そして言葉通り、1分もしないうちに戻ってくる。
「準備おしまい。じゃあ、今からちょっと気を失うから、警戒とかよろしくねぇ」
「え、気を失うって、ちょっと!!?」
そう言うと、彼女は私の胸の中に倒れ込んだ。魔法か何かを使ってるんだろうけど……この間に何かあったらどうするの?
2、3分ぐらいしただろうか。急にエリザベートが目をぱちくりさせた。
「エリザベート??」
「んあ……おはよ」
「おはよって……大丈夫なの?」
「うん。とりあえず、邪魔者はもういないよ」
「え?」
「へへー。ちょっとね。じゃ、エストラーダ邸に行こっか」
何をしたのだろう?随分と自信ありげだけど。
とりあえず野次馬をかき分け、先へと進む。そこで目にしたのは、信じがたい光景だった。
290 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/21(月) 15:22:48.02 ID:MsiqRxPqO
「……本当に、何もない」
そう、「何もない」。まるでそこが前から更地だったかのように。エストラーダ邸があった痕跡は、跡形もなくなっていた。
縄で警察が通行制限をかけている。元々家があった所で、彼らが何か色々調べているのが見えた。
「ここで『追憶』を使っちゃう?」
「……ここからだと、門があった場所の『記憶』までしか分からないわ。でも、誰がここを訪れたぐらいは分かる。その後、どうやって家が消えたかも」
「了解。じゃ、お願い」
幸い、いつ頃消えたかの情報はある。私たちに絡んできたあのオークが、デボラさんの命令でちょうどエストラーダ邸を監視していたからだ。
彼の説明によると、「一瞬目を離した隙に、光と共に消え去った」らしい。転移魔法の存在は知ってるけどそんな大規模なものは聞いたことがないし、大体転移魔法は光なんて発することはない。つまり、私が知らない何かの魔法で消したのだろう。
私は小声で詠唱を始める。5分ほどして、水晶玉に邸宅が消える10分ほど前の「記憶」が映し出された。
「……これといって変なことは……あ」
ユングヴィ教団の司教らしき人が2人、門番に話しかけているのが見えた。
「これ、声は分からないの?」
「そこはこれからの改善点。でも、訪問者が分かっただけでも随分違うかも」
2人のうち1人は太目で髪が禿げ上がった初老の男だ。もう一人は……細い目で白髪の中年男性のようだ。
禿頭の方はモリブスのユングヴィ教団によくある服だけど、白髪の方はあまり見たことがない服だ。長袖で、南国には似つかわしくないようにも思える。これは確か……
「イーリスのユングヴィ教団の服だね。イーリスの原理主義派とモリブスの世俗派は、対立してたはずだけど」
訝し気にエリザベートが呟く。
態度からして、禿頭の方が白髪の男に気を遣っているようだった。この男が、「六連星」?
そして、2人が邸宅に入ってちょうど10分ぐらいした時に、異変が起きた。
「……何これ!!?」
光の柱が、突然空から降り注いだ。それは半球状に広がり、エストラーダ邸を包み込むと……光と共に、それは消えた。
291 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/21(月) 15:23:31.50 ID:MsiqRxPqO
「……こんな魔法、見たことない」
「私も。……アリス教授なら、これが何か分かるのかな」
「どうだろう。とにかく、予定通りジャックさんの所に……」
エリザベートの表情が固まっている。
「どうしたの??」
「逃げなきゃ」
「え?」
「旧市街の方から、とてつもないマナの持ち主が近付いて来てる。ビクターと魔王にも知らせないと!!」
彼女が私の手を引いた。異変に気付いたのか、フード姿の魔王とランパードさんが木陰から姿を現す。
「どうしたっ!?」
「誰か来てる!!すぐにここから離れますっ!!」
「ってどうすんだよ!?」
エリザベートはポケットから黒い球を取り出すと、それを地面に投げつけた。
地面に、漆黒の空洞が姿を現す。
「すぐに『閉じちゃう』から!!早く入って!!」
エリザベートに背中を押され、私は「穴」の中に落ちていった。
292 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/21(月) 15:24:09.71 ID:MsiqRxPqO
#
……
…………
トスッ
「……ここは!?」
着いた先は、ワイルダ組の応接間だった。部屋を掃除中と思われる組員が、目を丸くしている。
やがてエリザベートや魔王、そしてランパードさんも天井から「落ちてきた」。エリザベート以外の2人は、何が起きたのか理解できないという様子だ。
「……どういうことだ?」
「魔術具『転移の球』を使いました。転移できる距離には制限があるし、事前に指定した場所までしか戻れないけど、転移魔法と違ってすぐに発動するの。緊急避難にはもってこいの道具」
冷汗を流しながらエリザベートが言う。ランパードさんは「おいおい……」と呆れ顔だ。
「そんなもん持ってたのかよ。そもそも、何でそんなものを?」
「アリス教授に何個か持たされたの。きっと必要になるだろうからって」
教授は私たちに起きていることをある程度知っているのだろうか。彼女に会って話してみたいけど、今はただ感謝しかない。
部屋にデボラさんが入ってきた。
「あんたたち……いつの間に??」
「ごめんなさい。多分、『六連星』と遭遇しそうになったので逃げてきました。
ここに私たちが長居するのも危険です。すぐに移動します」
深々と頭を下げるエリザベートに、デボラさんは思いもよらないことを言った。
「ジャック先生の所に行くんだろ?あたしも連れてきな」
「……え?」
「ちょいとあたしとその『六連星』とは訳ありでね。部外者というわけでもないのさ。
早くここを離れた方がいいんだろ?馬ならすぐ出す」
「いいのか?昨晩のことが知られたら、他の組員にも危害が……」
魔王の言葉に、デボラさんが苦笑する。
「まあ、知らぬ存ぜぬで通すさ。それに、あたしらの庇護者はベーレン侯だからね。
いかにそいつが偉かろうと、モリブスの今の統領であるベーレン侯相手に簡単に弓は引けないさ。
ラファエル!!馬5頭、とっとと準備しなっ!!」
「えっ?私、馬を1人で乗ったことなんて……」
「大丈夫、純粋な馬じゃなくってユニコーンとの混血種さ。人の言葉も多少は解するから、子供が乗ってもちゃんと走る」
デボラさんを先頭に本部を出る。厩の前には、もう5頭の白馬が用意されていた。
「義姉さん、お気をつけて」
「ああ。ウィテカーのこと、頼んだよ」
「無論す」
そうラファエルさんに言うと、デボラさんが馬に乗った。
「良く聞きな。目的地はジャック・オルランドゥ公の家だ。全速力で頼んだよっ!!!」
「ヒヒーン!!!」と、返事をするかのように5頭が嘶く。私が何とか鞍の上に乗ると、馬は物凄い勢いで走り出した。
293 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/21(月) 15:24:55.52 ID:MsiqRxPqO
#
「ジャック先生!いるかい?」
馬で走ること半刻ほど。追っ手に追われることもなく、私たちはジャックさんの家に着いた。
デボラさんの呼びかけに、気だるげな声が中から返ってくる。
「デボラか。久し振りだな。組は順調か?」
「まあね。今日はそれどころじゃないんだ。客人を連れて来……」
「分かってる。エリックとプルミエール、そしてお前は入れ。出歯亀エルフとその主人はまかりならん」
ランパードさんがはあ、と溜め息をついた。
「とことん嫌われてんなあ。何でそこまで嫌うかねえ」
「単純に入れんからだ。俺の部屋は客を呼ぶには狭すぎる」
確かに、ジャックさんの部屋はただでさえ散らかっている。魔導書ばかりで足の踏み場もない。
さらに、彼は足が不自由だ。玄関先まで出てくるのも一苦労のはずだ。
私たち3人で多分ギリギリで、5人も入る余地は確かになさそうだった。
エリザベートはというと、平然とした様子でニコニコしている。
「ま、会話には参加できませんけど様子は見れますし。ジャックさん、そのぐらいは許してくれますよね?」
「お前がエリザベートだな。……好きにしろ」
ジャックさんの言葉を聞くと、エリザベートが私の背中に手を軽く当てた。
「よしっと。これで視界は共有できたよ」
「え?」
「『憑依』の応用。実はあれ、人間相手にも使えちゃうんだよね。
余程縁が強いか、相手の魔力が自分を下回っている場合にしか使えないんだけど」
「エストラーダ侯の所で気を失ったのって、まさか」
「そ。嘘の証言者に成りすまして3人を引きはがしたってわけ。とにかく、会話の内容とかは私にもちゃんと伝わるから安心して」
これが彼女の研究内容なのだろうか。少なくとも、こんな魔法は聞いたことがなかった。
「まあ、一応外での見張り役も必要か。それは俺たちがやっておくから、お前さんたちは中でジャック・オルランドゥと話してきな」
「そゆこと。あ、これアリス教授からの手紙ね。何が書かれてるかは知らないんだけど」
エリザベートは鞄から封書を取り出した。ごく普通の手紙みたいだ。
「分かった。これを渡せばいいのね」
「うん。じゃ、よろしくねぇ」
294 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/21(月) 15:25:50.75 ID:MsiqRxPqO
#
「なるほど、な。……『六連星』か」
ジャックさんは煙草を灰皿に押し付けた。もう灰皿には潰れた煙草が数本転がっている。
私たちの説明を、ジャックさんは煙草を吸いながら黙って聴いていた。煙が部屋に充満し、少し息苦しい。
「やはり、知ってたんだね。それがあたしらの仇かい」
「……!!どうしてそれを」
「ガキの頃、先生とベーレン侯が話していたのをこっそり聞いちまったのさ。クドラクか六連星か、どっちかがあたしらの両親を殺したんじゃないかってね」
ジャックさんは、深く煙草の煙を吸う。そして白煙を吐き出すと、少しだけ目を閉じた。
「どちらかといえばクドラクの方が可能性が高いと思っていたがな。正直、真実は藪の中だ。
それこそ、プルミエールの『追憶』を使えば話は別だが。とにかく、状況はよく分かった」
彼は本棚からあの「遺物」の目録を取り出した。
「お前らの言う通り、エストラーダ邸を消したのは六連星の誰かが濃厚だ。転移術に近いが、俺の知識をもってしても事前準備なしにそれほどの質量を瞬時に消し去る魔法は存在しない。
恐らくは、転移術の力を増幅させる『遺物』を使ったと見るのが妥当だろう」
「小娘が言うには、エストラーダ邸に入って行ったのは2人ということだが」
「片方はモリブスのネリド大司教で間違いないな。外見からしてまず間違いない。
イーリスのユングヴィ教団服を着ていたのが、六連星と見て間違いないだろう。白髪の男でネリドが下手に出ていたことからすると……ミカエル・アヴァロン大司教か」
「……!!六連星の構成員を知っているのか?」
「いや、外見上の特徴から判断しただけだ。デイヴィッド・スティーブンソンもそうだが、六連星は恐らく貴人としての表の顔を持っている奴が大半だ。そうでないと特級遺物は持ち得ないだろうからな。
だから、六連星に弓を引くことは、世界に対して弓を引くこととほぼ同義と思うべきだろう」
ジャックさんは苛立ったように、煙草の火を灰皿に押し付ける。そして懐から、また紙巻き煙草を取り出して口にくわえた。
「そんな……じゃあどうすればいいんですか?」
「お前たちが世界に喧嘩を売る覚悟があるかどうか次第だ。まあ、エリックは当然覚悟を決めているようだがな」
「無論だ」
魔王の目はゆるぎない。私には、まだそこまでの覚悟はできていない。けど……
「どうして、その……アヴァロン大司教はエストラーダ邸を消したんでしょう」
「不都合、だったからだろうな。お前らの推測通り、クドラク事件の背後には六連星……アヴァロンがいた可能性が極めて高い。そのことが知られるのを恐れたのだろうな」
「そんなの……自分の都合で、罪のない使用人さんたちまで巻き添えにしたってことですか!!?」
「俺はミカエル・アヴァロンの人となりを詳しくは知らない。教義に厳格、魔族弾圧では先陣を切る『聖人』ということぐらいか。少なくとも、俺は酒をそいつと飲みたいとは思わない」
そう言うと、ジャックさんは目録をパラパラとめくる。そして、あるページで止まった。
「前にも言ったが、これに書かれているのは現在判明している『遺物』の情報でしかない。だからこれに書かれていない『遺物』があっても一切驚かない。
だが、イーリスにあって、なおかつ特級遺物となると……これしかないな」
彼が指差した文字は……
「冥杖グロンド 等級:特級」
295 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/21(月) 15:30:39.43 ID:MsiqRxPqO
第13話はここまで。第14話は多分エリック視点による修行編です。
「転移の球」はとても便利ですが、誰もが持っているわけでは当然ありません。
アリス・ローエングリンによる独自の改良が施された品です。
なお、手紙の中身は次回になります。
296 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/21(月) 15:31:20.35 ID:MsiqRxPqO
第13話はここまで。第14話は多分エリック視点による修行編です。
「転移の球」はとても便利ですが、誰もが持っているわけでは当然ありません。
アリス・ローエングリンによる独自の改良が施された品です。
なお、手紙の中身は次回になります。
297 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/21(月) 15:32:11.08 ID:MsiqRxPqO
多重投稿になってしまいました……申し訳ありません。
298 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/21(月) 15:39:50.91 ID:MsiqRxPqO
アイテム紹介
「転移の球」
魔術具の一種。「遺物」ではなく、あくまでアリス・ローエングリンの手によって開発された魔術具である。
事前に持ち主が「登録」しておいた場所に戻ることが可能。ただし、転移距離は5キロと限定されている。
さらに、利用者にある程度の魔術の心得があることが前提のため、誰にでも使えるわけでもない。
アリスはエリザベートに対し事前に使い方を教えていたので、スムーズな運用が可能であった。
通常の転移魔法は発動まで30秒ほどかかるが、この魔術具を使えば一瞬で目的地に通じる「穴」を形成できる。
ただ、穴が閉じるまでは10秒ほどしかない。あくまで緊急避難に特化した品である。
アリスは精霊魔法の第一人者だが、これにも大地の精霊の力を使っている。
地面に穴ができるという形態はそのため。逆に言えば、室内使用ができないというデメリットもある。
アリスは「改良すべき点が山ほどある」とこの魔術具を評している。
もし難点を全て解消すれば、革命的発明となるだろう。ただし、そのためのハードルも極めて高いのだが。
299 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/24(木) 21:22:19.22 ID:HSZ2OTe3O
第14話
300 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/24(木) 21:23:16.45 ID:HSZ2OTe3O
ミカエル・アヴァロン。名前だけは聞いたことがあった。父上と対立していた、イーリスの大司教。
そして、「サンタヴィラの惨劇」後、一気に魔族弾圧を展開した「聖人」。……「四勇者」と並ぶ、不倶戴天の敵だ。
俺は運命の悪戯に感謝した。こんなにも早く、奴に出会えるとは。魔族の、そしてズマの国民のためにも……奴は俺が殺さねばならない。
俺の様子に気付いたのか、ジャックが渋い顔になった。
「入れ込み過ぎだ。ちゃんと読んだのか?」
「……もう一度読む」
俺は目録に改めて目を通す。……これが「グロンド」か。
301 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/24(木) 21:24:08.18 ID:HSZ2OTe3O
#
「冥杖グロンド」
等級:特級
場所:イーリス・ユングヴィ大聖堂
初出:初版(聖歴402年)、第3版にて補遺(聖歴445年)
概要:ユングヴィ教団に代々伝わる神宝の一つ。他にも神宝があるようだが、公になっているのはこれのみ。
大司教の継承式のみ持ち出されるものであり、持ち主に多大な魔力をもたらすとされる。
古の勇者の一人も、これを使い世界を平和に導いたとされるが、詳細は定かではない。
補遺:聖歴444年、大司教マックス・マクシミリアンが乱心。私情から、対立していた司教ジェイムズ・ハーグリーブスとその部下17人を「消失」させる事件が発生した。
イーリス王国軍が彼を拘束した際に彼がグロンドを持っていたことから能力が判明。本人ごと空間転移を行うことが可能になるというもの。
範囲は最大半径50メドにも及び、かつ発動までの時間は転移術より遥かに短い。転移先からの帰還はグロンド所持者のみが可能である。
なお、ハーグリーブス司教らは行方不明になってから1ヶ月後、ズマ魔候国の山中で魔獣に喰われて殺害されていたのが判明した。
302 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/24(木) 21:24:51.05 ID:HSZ2OTe3O
#
「なるほどな。やはりエストラーダ邸を消したのは、このグロンドの力ということか」
「特徴とも合致するから、間違いないな。とはいえ、いかに『特級遺物』とはいえ、その力を引き出すのは本人の資質がないと意味がない。
アヴァロン大司教自体も、相応の使い手と見るべきだろう」
小娘がはっと何かに気付いた。
「……って、これって……エストラーダ侯とかは、今別の所にいるってことですよね??だとしたら、助けられるんじゃ!?」
「どうやって探す?イーリスからズマまでは300キメドは優に離れている。それぐらいの距離を転移できることからして、探す範囲は膨大になるぞ?
転移先が魔獣の棲み処なら、辿り着くことすらままならん。この目録のハーグリーブスのように、食われて死ぬのが落ちだ」
ジャックの言う通りだろう。デボラの表情も険しい。
「ってこれ……帰還できるのは一人だけかい?」
「俺も詳しくは分からないが、この目録を読む限りではそうだな」
「となると、モリブスのネリドもついでに消されたことになるね。あんな奴どうなったって構わないけど、これはこれで大変なことになるんじゃないか?」
その通りだ。改革派のミリア・マルチネスが殺されただけでなく、旧守派で無頼衆との繋がりも深かったルイ・ネリドも消えたとなれば、モリブスのユングヴィ教団は大混乱に陥るだろう。
状況はどうも俺たちだけの話では済みそうもない。とっととこの国を去りたいが、小娘の修行をジャックにつけてもらわないと始まらない。
それは多分数日では終わらないだろう。厄介なことになった。
「だろうな。ジョイス……モリブス統領、ジョイス・ベーレンがじきここに来ることになるだろう。プルミエールは一度会っておいた方がいいな」
「ベーレン候か」
会ったことは1度ある。人間としては、まあまあ信用の置ける印象ではあった。
ワイルダ組の後援者でもある。表立っての支援は望めないが、何かしらの後添えがあるかもしれない。
「これは紛うことなき政変だ。7貴族の序列2位と、ユングヴィ教団の首魁が消えたわけだからな。
クドラクの件は、むしろこの前振りでしかなかったとすら言える。で、お前の修行だが」
小娘が封書を差し出した。
「その前に、これを。アリス教授からの手紙です」
それを受け取ると、ジャックはピッと切断魔法を使い封を切る。
中身を読み出すと、愉快そうにクックックと笑い出した。
「……面白い。あの女、この状況を読んでいたな」
「え?」
「何?」
アリス・ローエングリン。小娘の師に当たることは聞いている。精霊魔法の第一人者であり、40そこそこにしてオルランドゥ魔術学院教授という異例の出世を遂げている、らしい。
ジャックは手紙をテーブルに広げた。
「大分前に、奴はオルランドゥを出ている。今あそこにいるのは、途轍もなく精巧に作られた傀儡だ」
「「は?」」
プルミエールが手紙を手に取る。俺も横からそれを覗き見た。
303 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/24(木) 21:25:35.53 ID:HSZ2OTe3O
#
ジャック・オルランドゥ殿
御無沙汰をしています。お身体はどうでしょうか?
既に私の学生2人が、そちらにお邪魔していることかと思います。2人の指導、よろしくお願いします。
私は今、テルモンに向かっているはずです。デイヴィッド・スティーブンソンが動いたのは確認しました。
エリザベートをそちらにやりましたが、状況は切迫していると認識しています。
私もこのままでは命が危ういと重い、精霊を宿らせた傀儡に私の影武者をさせています。思考、行動の癖など全て私に忠実ですから、余程でない限り看破されないでしょう。
私の側にいたエリザベートすら、恐らく気付いていないはずです。今頃仰天しているのではないかしら。
テルモンに行くのは陽動のためです。エリック・ベナビデスとプルミエールが力を付けるだけの時間を稼ぐには、多少の無茶が必要です。詳しくは話しませんけれども。
私のことを案じられるかもしれませんが、その点の心配は無用です。私が分の悪い賭けをしないのは、よく御存知でしょう?
一服したら、会いに行きます。そう時間は掛からないでしょう。
くれぐれも、身体はご自愛下さいませ。
貴方の
アリス・ローエングリン
304 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/24(木) 21:28:06.97 ID:HSZ2OTe3O
#
「ぴゃあ!!!」という声が外から聞こえた。さしものエリザベートも、全く予想だにしてなかったようだ。
小娘はというと、プルプル手を震わせている。信じられない、とでも言いたげな表情だ。
「教授……一体どういうことなの??」
「ジャック、ひょっとして初めから」
煙草を加えながら、ジャックがニヤリと笑う。
「その通り。あいつに情報は流してたのは俺だ。プルミエールが狙われるであろうことも、お前が彼女を『浚いに』来るであろうこともあいつは分かっていた。
黙っていて悪かったが、あいつもお前らの支援者だったってわけだ。勿論、俺がプルミエールの『追憶』を知っていたのもアリス経由だ」
「どういう経緯だ?そもそも、お前とこのアリスって女はどういう関係だ」
「元嫁だ」
「……はぁ??」
「ええっっ!!?」
305 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/24(木) 21:28:33.95 ID:HSZ2OTe3O
俺と小娘が叫ぶ。デボラだけは「ああ」とさほど驚いた様子はない。
「確かにいたねえ。思い出したよ、あの女(ひと)かい」
「お前ら姉弟が居候していた時はまだ一緒に住んでいたからな。別れたのはそれからしばらくしてからだな」
「まあ、魔法馬鹿同士だったからねえ。別れたって話を聞いた時はさほど驚かなかったけど、付き合いはまだあったんだねぇ」
「嫌い合って別れたわけではないからな。よく連絡は取っていたし、エリックの話もしている。もちろん、こいつが何を望んでいるのかも」
流石の俺も驚いた。人間側に協力者がいたとは。
「六連星のことも把握してたようだな。陽動っていうからには、何かしらでテルモン方面に連中の注目を集めようという考えだろう」
「陽動って……危険じゃないんですか!!?」
「無茶はするが危険は冒さない、それがアリス・ローエングリンという女だ。まあ、やるからには成算があるってことだろ」
「解せないねえ」
デボラが口を挟んだ。
「何で教授様がこんな厄介ごとに首を突っ込むんだい?あんたの役に立ちたいからといっても、こいつはちと度が過ぎるよ」
ジャックは煙草を灰皿に押し付けた。
「俺もアリスも、20年前の『サンタヴィラの惨劇』には疑念を持っている。
ケインとの付き合い上、理由無しにあんなことをするはずがないと確信しているからな。旧友の汚名をそそぐというのが理由の一つだ。
そして、六連星が出張ってきて確信したが、これは間違いなく国家絡みでの陰謀だ。そうじゃなければ、プルミエールは狙われない」
ジャックはコフコフ、と軽い空咳をした。少し、話しているのが辛そうにも見える。
「……事の背景がろくでもないことは、察しが付いてる。このまま、『歴史の真実』が明らかにされないままのほうが、世界は平和なんだろうが……ゴフッ」
「ジャックさん!!大丈夫ですかっ??」
「ん……まあ、まだ大丈夫だ。とにかく、アリスが時間を作ってくれている間に、お前らを鍛えないといかん」
「時間……どれぐらいだ」
俺の問いに、ジャックが黙った。
「分からん。ただ、最低1週間、恐らくは2週間までは粘れるだろう。どの程度グロンドの転移に融通が利くかにもよるが、あれを頻繁に使えないならアヴァロンは陸路でテルモンに向かうはずだ。
ここからテルモンは往復に2週間はかかる。その間に、『追憶』の使い勝手を向上させないといかんな。無論、奴を討てるだけの力も身に付けたいところだ」
「……たかが2週間でできるのか?」
「それはお前がよく知っているだろう?」
ニィというジャックの笑みに、俺は初めてここに来た時のことを思い出して身震いした。体術にはある程度自信があったが、魔法はからきしだった俺に根本から魔法の基礎を叩き込んだのが彼だ。
その修行は思い出したくもない。あの苛烈なのを、もう一度やるのか?
クックック、とジャックが面白そうに笑う。
「冗談だよ。課題は明白だ。お前は『加速』の持続時間、プルミエールは『追憶』の効果範囲の拡大。エリザベートにもちと稽古を付けてやるかな。
課題が明白だから、そこまで時間はかからんよ。まあ苦労はしてもらうが」
「あたしにも……頼めるかい」
「……お前もか」
デボラが頷く。
「誰が父さんと母さんの仇かは分からない。ファリスの母親なのかもしれない。
だけど、もしもの時のためだ。もう一度、あたしを鍛えてはくれないかい?」
「いいだろう。じゃあまず手始めに、俺の家の掃除をしろ」
「は?」
「俺の他に4人も寝泊まりするんだ。幸い、この家は相応に広い。散らかってる本を整理すりゃ、それなりに何とかなるだろ」
306 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/24(木) 21:32:27.03 ID:HSZ2OTe3O
#
「何だか妙なことになりましたねぇ……。あのアリス教授が偽者で、ジャックさんの元奥さんというのにも腰を抜かしましたけど」
パタパタとはたきで塵を払いながらエリザベートが言う。額には汗が滲んでいる。
「皆ここに滞在するのは仕方ないさ。あたしらを匿う意図もあるんだろう?」
デボラの言う通りだ。俺たちがジャックを頼る可能性は、少し考えれば分かりそうなものだ。それでも、アヴァロンという男がここを襲わないだろうと確信できるのには理由がある。
それは単純に、ジャックが当代一の大魔導師だからだ。彼の知名度は高くはないが、彼以上に魔術の腕が立つ男は父上以外に見たことがない。
アヴァロンがジャックのことを知らないとは思えない。とすれば、こちらに追手は迂闊には来ないはずだ。
俺は魔道書を持ち上げた。やたらと重い。横の男は背の高さを活かしてひょいひょいと片付けている。
「……さっきから思っていたが、何故お前もいる?」
「そりゃあ姫のお守りだろ。てか俺も命は惜しいんでね、一人でモリブス市街に残る選択はねえよ」
ランパードが本を片手に言う。ジャックは酷く渋い顔をしていたが、安全面から結局こいつも泊めることになってしまった。「俺が人質に取られたらまずいだろう?」とはこいつの弁だ。
「にしても、どれも面白そうな本ですね。読み耽ってしまいそう」
「そりゃあ天下のオルランドゥ家の正統後継者だからね。蔵書の質は魔術学院の大図書館に勝るとも劣らないさ。
あたしやウィテカーも、よくここに入り浸ってたものだよ」
俺は魔道書が微かなマナを帯びていることに気付いた。なるほど、ここのマナの濃さはそういうことか。
昔極端に濃い濃度のマナの下で鍛練をさせられ閉口したが、これはそれの亜種ということのようだ。掃除をしろと命じたのには、相応の理由があるということだ。
片付けは半日がかりで終わった。幸い外に異変はない。今日のところは逃げ切ったと言えそうだった。
「ふえぇ、疲れたぁ……お腹空いたぁ……って誰が作るの?」
「そう言えば……ジャックさん、足悪いし誰が身の回りのお世話してるんだろう?」
俺は辺りを見渡した。そういえば「あいつ」にまだ会ってないな。
「ここから街まではかなりありますものねぇ。食糧の調達とかも必要だし。どうなんですそこのとこ」
「あたしに話を振るのかい?あたしらが居候してた時は、普通にアリスさんが食事作ってたけどねぇ。まだジャック先生も五体満足だったし」
デボラが困惑したように言う。
「……召し使いがいる。ただ、今日は見てない」
「いるのかい?こんなに散らかってて?」
「散らかってるのが好きな奴だ。というか散らかしたのは多分そいつだ。どこに行っているのだか……」
ニャァ、と黒猫がドアから入ってきた。
「あら、猫ちゃん。……この子、どこかで見たことがありますねぇ……」
「そうね。アリス教授のとこにいた猫も黒猫……」
「それはそうだにゃ。それがボクだからにゃ」
307 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/24(木) 21:33:31.67 ID:HSZ2OTe3O
「「「???」」」
猫が喋る。そしてクルッと宙返りすると、12、3ぐらいの少年の姿になった。半ズボンに半袖で、褐色の肌をしている。
「な゛??」
「やはりいたか、『シェイド』」
ニシシ、と笑うと奴はプルミエールに抱き付いた。
「えっ!!?」
「んー、やっぱり美人さんだにゃ。このおっぱいに埋もれ……」
スリスリとプルミエールの胸に頬擦りする奴に、ゴスッ、俺は拳骨を脳天に食らわす。「あだっ」っとシェイドは飛び退いた。
「何するにゃ!!このチビ!!」
「お前もだろう?相変わらず女癖の悪い奴だな」
「おっぱいは正義にゃ!!それに、ボクの可愛さに落ちない女の子はいないにゃ!あ、あっちにも狐耳のお姉様がいるにゃあ!」
シェイドはデボラに向けて駆け出す。それを彼女は前蹴りで吹っ飛ばした。
「あぐ……暴力反対にゃあ……」
「頭の弱いガキは嫌いだよ。というか何だいこいつは。亜人かい?」
「いや、こいつは……」
車椅子の音がする。ジャックだ。
「シェイド、飯の支度をサボって何油を売ってる?」
「あ、御主人!!ただいまにゃ、買い出しは終わってますにゃ」
「女漁りの間違いだろ?ったく、お前が仕事しないから家がいつまでたっても片付かん」
「あのぉ、この子は……」
「俺の召し使いだ。『偽猫』を基にした魔術生命体だな」
「にゃ!!シェイド・オルランドゥ21歳だにゃ!絶賛お嫁さん募集中にゃ!!」
「ガキが何言ってやがる。せめて召し使いとしての仕事を最低限できるようにしろ。飯はどうした?」
「あぐ、今から作りますにゃ……ちょっとお待ちを」
そう言うとシェイドはパタパタと厨房に向けて駆け出した。
「何だいありゃあ。そもそも21って」
「13年前に偽猫を捕まえてな。俺の身の回りの世話をするためにアリスが残した。偽猫としての年齢を足すとあんな感じだ」
「にして騒々しい奴だねぇ……」
デボラが眉を潜めている。プルミエールは呆気に取られた様子だ。
「……人に化けるんですね……」
「『人化術』だな。あれは学会にも発表されてない。ユングヴィの奴らが五月蝿いからな」
ジャッ、ジャッと鍋を振る音が聞こえる。香ばしいスパイスの薫りが漂ってきた。やっと飯にありつけそうだった。
308 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/24(木) 21:35:39.00 ID:HSZ2OTe3O
#
「どうぞ召し上がれにゃ!!」
テーブルにはバターと鶏の「バー・レー」、そして鶏と長魚のスパイス炒めがある。俺が好きな辛口の「カシ・レー」ではないが、仕方ない。シェイドは辛いのが苦手だ。
「あっ、美味しい!!食べやすくて」
「本当ですねぇ!モリブス料理ってクセがある印象だったけど、これなら大丈夫かも」
「喜んでもらえて光栄ですにゃ。ささ、取り分けますにゃ」
シェイドはプルミエールの皿にばかり料理をよそっている。……気分が悪い。
それはどうもエリザベートも同じようだった。理由は違うが。
「えっと、私にはないんですかねぇ?」
「おっぱいない子はダメにゃ、出直して来いにゃ」
「な、なんですってぇ!!?」
パシッとジャックがシェイドをはたき、ランパードがエリザベートを押さえる。
「馬鹿者がっ。こいつらは客人だ、手を出すことはまかりならん」
「えー」
「第一、礼をちゃんと学べと言っているだろう?何年俺の召し使いをやっている?」
「だって……これは耐えられませんにゃ」
ジャックが深い溜め息をついた。
「すまんな。どうも理性は獣のままのようだ。遠慮なく突き放して構わん」
「は、はぁ」
エリザベートはまだ額に青筋を立てている。まあ、当然だが。
「何ですかこの侮辱。私は貴方より大分歳上ですよ?ランパードも何か言ってやって下さいよ」
「ま、まあまあ。貧乳は希少価値と……いでっ」
ランパードが激しく痛がった。脛でも蹴られたか。
「おふざけはこの程度にして、だ。モリブスの様子は」
「やはり緊迫してましたにゃ。ラミレス家主導で厳戒態勢が敷かれてますにゃ。
彼らがエリックたちに気付くのは、あのままだと時間の問題だったはずですにゃ。ここに逃げたのは大正解にゃ」
「他に気付いたことは」
「ユングヴィが荒れてますにゃ。後任を誰にするかで」
「当然だな」
ジャックがナプキンで口を拭く。
「明日早くに、多分ベーレンが来る。修行はその後……」
一瞬のうちに、ジャックの表情が変わった。
309 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/24(木) 21:36:09.15 ID:HSZ2OTe3O
「……誰か来る」
「何っ!!?追手か」
「いや、それにしては人数が少ない。3人、それも……」
「一般人にかなり近いマナですねぇ」
エリザベートは怪訝そうに窓の外を見る。どういうことだ?
「一応、応対は俺がする。異変があったら出て構わん」
「……分かった」
ジャックが車椅子で玄関へと向かう。一般人が、たった3人?
「誰だろう?」
「見当も付かないね。ここは隣とは相当離れてる。理由もなしに来るとこじゃない」
窓をそっと見る。玄関に来た男たちは……
「あっ」
プルミエールが声をあげる。俺もすぐに気付いた。
3人のうちの1人に見覚えがあった。モリブスに来て、ミリア・マルチネスの死の状況を見た時に対応した、あの若い男だ。
310 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/24(木) 21:39:45.71 ID:HSZ2OTe3O
第14話はここまで。次回はプルミエール視点です。
多少心理描写が多めになるかもしれません。
311 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/24(木) 21:52:41.17 ID:HSZ2OTe3O
キャラ紹介
シェイド(21)
男性(雄)。身長164cm、54kg。黒髪に褐色の肌の猫耳少年。笑うと八重歯が見える。
元は魔獣「偽猫」だったのをジャックとアリスが手を加え、魔術生命体とした存在。倫理には反しているが、2人ともその点は無頓着である。
アリスが離婚の際に生活能力がないジャックのためにと残した存在だが、シェイド自身は料理以外の家事はあまり得手ではない。
こっそりと(?)魔術書を読み漁っており、片付けないので家は散らかり放題である。
街に出る時は亜人のふりをしている。女好きであり、特に巨乳で歳上の女性が好み。ナンパのためよく家を空けている。
自分の見たくれの良さを自覚しており手を付けた女性も多いが、あまりに浮気性なので長続きはしない。
また、貧乳には価値がないという信念があり、エリザベートには全く関心がなかった。
ジャックとアリスのメッセンジャーのような役割もしており、第1話ではエリックについての情報を伝えに来たところだった。
なお、この際は猫に化けている。この姿での移動速度は恐ろしく速い。
またオルランドゥ姓を名乗ってはいるが、当然養子ではない。本人はジャックの跡を継ぐつもり満々ではあるが。
312 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/09/26(土) 07:43:20.04 ID:6EGJwsjY0
乙乙
313 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/28(月) 19:55:00.24 ID:YA6smyVZO
第15話
314 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/28(月) 19:55:51.64 ID:YA6smyVZO
ユングヴィ教団の人が来て数分後、ジャックさんが戻ってきた。
「安心しろ、追手ではない。俺に依頼だ」
「ネリドの捜索かい」
「そうだ」
「でもあんたはこの身体だ?捜索依頼なんて意味がないじゃないか」
「俺なら妙案があると思っていたようだな。ああ、お前らがここにいることは気付いてないようだったから安心しろ」
私は胸を撫で下ろした。少しはゆっくり、安心して眠れそうだ。
「で、何て返事したんだ?その妙案ってのがあるのか」
「一応、受けることにした」
「放っておけばいいじゃねえか。魔王やお嬢ちゃんにとっては、ネリドもエストラーダも敵だろうよ」
「テキ」を飲み干し、ランパードさんが言う。ジャックさんは小さく首を横に振った。
「モリブスを完全に味方に付ける必要がある。ジョイスはともかく、ユングヴィは向こう側だ。あと恐らくは、他の貴族もな。
ユングヴィに恩を売っておけば、ここからの活動が大分しやすくなる。今後の布石、というわけだな」
「にしても、さっきどこにいるか分からないとか言ってたじゃねえか。捜索なんて意味がねえだろ」
ジャックさんが私と魔王を交互に見る。
「そこで、お前たちの出番というわけだ」
「え?」
「どういうことだ」
315 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/28(月) 19:56:35.65 ID:YA6smyVZO
「まずプルミエールには『追憶』を磨いてもらう。『追憶』の難点は音声再生ができないという点だ。どういう経緯でネリドとエストラーダが消されたか分かれば、アヴァロンが主犯だと確定できるはずだ。
そして、その上でアヴァロンを捕縛する。そのためにはエリック、お前の力が必要だ」
「……殺すのではなく、捕縛?」
「『死人に口なし』だろう?それに、アヴァロンを生かしておかないとエリザベートの『憑依』を使ってネリドたちの居場所を探ることもできん」
エリザベートの顔色が真っ青になった。
「ちょ、ちょっと待ってください!?そんなことできるわけが……第一、それってもろに外交問題……」
「イーリスの大司教がモリブスの大司教を害した時点でもう外交問題だろう?それを証明した上でなら、風当たりも少なかろう。
イーリス王家がどういう反応を示すかは知らんが、正義は我にありということだな。
あと、ついでにお前も鍛えるからそのつもりでいろ。条件次第で誰にでも『憑依』できるようになるはずだ」
トクトクと瓶からお酒を注ぎ、ランパードさんがニヤリと笑った。
「これを奇貨に一気に引っ掻き回すつもりだな」
「そういうことだ。まあ、ネリドやエストラーダが生きているとは思わん。ただ、主犯を捕まえれば少なくともモリブスでは堂々と動けるようにはなる。
アリスがどれぐらいの時間を作ってくれるのかは知らないが、その間にアヴァロンを捕まえるだけの力量を付けさせよう。多少の無茶はするが」
「無茶?」
「それは明日のお楽しみだ。じゃあ、飯を済ませてとっとと寝るぞ」
「ん?部屋はどうすんだ。掃除して大分広くはなったが」
ジャックさんの家は存外に広かった。使われていなかった客間が3つあるから、この人数が泊まることは問題ない。
ランパードさんが言っているのは、部屋割りのことだろう。普通に考えたら男女で分かれるのだろうけど……
「俺は御免被る。エルフと一緒というのはな」
嫌そうな顔をして魔王が言う。……また始まった。いい加減心を開けばいいのに。
「おいおい、男女が一緒ってのは……」
「……今更それ言います?」
エリザベートが頬を膨らませた。彼女も反論するのはちょっと意外だ。
「え」
「普通に私とビクター、プルミエールとエリックでよくないですか?デボラさんは余っちゃいますけど」
「あ、私はお邪魔虫なんで1人で寝るさ。そこのエロ猫が夜這いに来たら蹴り飛ばすつもりだけどね」
「に゛ゃ!!?そ、そんなことはしないにゃ?」
シェイド君が叫んだ。……あ、そのつもりだったんだ。ジャックさんがはあ、と息をつく。
「前科があるだろうが。まあ、安全のためにもその組み合わせが妥当だな。くれぐれも盛るなよ」
「……?」
「するわけがないだろう」
魔王は険しい表情だ。彼とはもう何日も一緒の部屋で寝ているけど、男性としては驚くほど紳士だというのは知っている。……会話もろくにないのだけど。
エリザベートを見ると、「何のことですかねぇ」と明後日の方を見ている。ランパードさんは「ハハ……」と苦笑していた。
「……ん?」
魔王が私の袖を引っ張った。
「寝るぞ」
「う、うん」
316 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/28(月) 19:57:55.52 ID:YA6smyVZO
#
部屋は少し埃っぽいけど、掃除したお陰でそこそこ清潔にはなっていた。私は軽くお風呂で汗を流した後、寝間着に着替える。
昨晩のことがあってから身体を洗ってなかったから、随分さっぱりした。
魔王はというと、本を読み漁っているようだった。
「魔術書?」
「ああ。明日からジャックの指導が始まる。準備だけはしておかんとな。ああ、これがお前の分だ。今晩じゃなくてもいいから、少し読んでおけ」
「あ、ありがとう……これって?」
「『マナの持続的運用法』についてのジャックの論文だ。昔のことを『思い出させる』には、不可欠だからな」
魔王は物凄い勢いでパラパラと本を読んでいる。こうしてみると、やはり彼はただ者じゃないと思う。
しかし、表情には余裕がない。というか、いつもそうだ。今日は特にそうかもしれない。
「もう遅いから、明日にしたら?それに、身体もまだ洗ってないでしょ?」
「明日朝入るからいい」
……何だか、少し不安になってきた。彼は、余りに自分を追い立て過ぎている。
「ねえ、一つ聞いていい?」
「何だ」
「あなたって、趣味とかってないの?」
「……ないな。旨いものを食うのは嫌いではないが、楽しみというほどでもない」
「本当に?」
「……何が言いたい」
魔王が紙を捲る手を止めた。
「……何かに焦っている気がして。あなたが楽しそうにしているのを、見たことがないもの」
「……それのどこが悪いっ」
「……前に、全てが終わったらどうするつもりなのか訊いたことがあるわよね。そして、あなたは『分からない』って。
私には20年前にサンタヴィラで何があったか『まだ』分からない。でも、あなたがそれを知りたがっているのは知ってる。自分を含めた、全てを犠牲にしてでも」
バンッッ!!!
大きな音に、私はビクッとした。魔王が魔術書を机に叩きつけたのだ。
「お前に何が分かるっっ!!!」
「……だから、分からないの。でも、何があなたをそこまで追い込んでいるのかは知りたい。
……あなたが悪い人じゃないのは、いい加減分かってる。何度も命も救われたわ。
でも、あなたは……何か『大義』のために自分を殺してる気がする。見てて、辛くなるの」
魔王が怒りの余り震えているのが分かった。ランプの灯りに照らされた彼の顔色は、まるで御伽噺の鬼神のように真っ赤だ。
一瞬、彼が飛び掛かろうとしたように思えた。私は刹那、目をつぶって身を屈める。
317 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/28(月) 19:58:38.60 ID:YA6smyVZO
……しかし、魔王は襲ってこなかった。代わりに聞こえたのは、落胆とも悲嘆とも付かない溜め息だった。
「……何故、俺やジャックがこんなことをしようとしているか、ちゃんと話したことがなかったな」
「え」
魔王は俯くと、そのまま静かに席に座り直した。その表情は、影になって見えない。
「俺たちは『サンタヴィラの惨劇』を疑っている。あれが父上の意思ではなく何者かによって引き起こされた事件ではないかと。
そして、それは……『魔王ケイン』を、ひいては魔族そのものを世界の仮想敵とするためのものだったのではないかと」
「……何のために?」
「どこの国も矛盾や不満を抱えている。その怒りを魔族に向けさせることで、世を平安に保ちたいのではないかというのが……俺たちの仮説だ。
勿論、『4勇者』も虚構だ。お前の育ての親、宰相トンプソンも含めてな」
「違うっ!!」と声に出かかったけど、私はそれを耐えた。今は、彼の話を聴く時だ。
何より、それを否定しきれない自分がいた。「六連星」デイヴィッドは、4勇者の親族なのだ。
魔王が震えている。
「……だが、同胞がその虚構の犠牲になっているのは……耐えられん。俺はズマ魔候国の正統後継者にして真の魔王だ。同胞たちを救う……責務がある」
「ズマ魔候国って、ハンプトン大魔候がいるじゃない」
「ハッ」と心底軽蔑しきった様子で魔王が吐き捨てた。
「あれは自らの富と安寧しか考えていない僭王だ。奴も討たねばならん。民のためにも」
「討たねばならない人が、そんなにいるのね」
「……そうだ。トンプソンもデイヴィッドも、ハンプトンもアヴァロンもだ。だが……俺には力が足りない。昨日、それを思い知った」
318 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/28(月) 19:59:30.60 ID:YA6smyVZO
……しかし、魔王は襲ってこなかった。代わりに聞こえたのは、落胆とも悲嘆とも付かない溜め息だった。
「……何故、俺やジャックがこんなことをしようとしているか、ちゃんと話したことがなかったな」
「え」
魔王は俯くと、そのまま静かに席に座り直した。その表情は、影になって見えない。
「俺たちは『サンタヴィラの惨劇』を疑っている。あれが父上の意思ではなく何者かによって引き起こされた事件ではないかと。
そして、それは……『魔王ケイン』を、ひいては魔族そのものを世界の仮想敵とするためのものだったのではないかと」
「……何のために?」
「どこの国も矛盾や不満を抱えている。その怒りを魔族に向けさせることで、世を平安に保ちたいのではないかというのが……俺たちの仮説だ。
勿論、『4勇者』も虚構だ。お前の育ての親、宰相トンプソンも含めてな」
「違うっ!!」と声に出かかったけど、私はそれを耐えた。今は、彼の話を聴く時だ。
何より、それを否定しきれない自分がいた。「六連星」デイヴィッドは、4勇者の親族なのだ。
魔王が震えている。
「……だが、同胞がその虚構の犠牲になっているのは……耐えられん。俺はズマ魔候国の正統後継者にして真の魔王だ。同胞たちを救う……責務がある」
「ズマ魔候国って、ハンプトン大魔候がいるじゃない」
「ハッ」と心底軽蔑しきった様子で魔王が吐き捨てた。
「あれは自らの富と安寧しか考えていない僭王だ。奴も討たねばならん。民のためにも」
「討たねばならない人が、そんなにいるのね」
「……そうだ。トンプソンもデイヴィッドも、ハンプトンもアヴァロンもだ。だが……俺には力が足りない。昨日、それを思い知った」
この人は、多くのものを背負い過ぎている。見た目は子供だけど、普通の人が背負ったらすぐに潰れてしまいそうな業を背負ってしまっている。
そして、それを自分だけで抱え込もうとしている。魔族のために。
……そんなの、もつわけないじゃない。
319 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/28(月) 20:00:02.37 ID:YA6smyVZO
私は立ち上がった。そして、取ったのは……自分でも思いもかけない行動だった。
ぎゅっ
320 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/28(月) 20:00:42.82 ID:YA6smyVZO
気が付いた時、私は彼を抱き寄せていた。何でこんなことをしたのか、自分でもよく分からない。ただ、なぜかこうするしかないように思えた。
「むっ……なっ、何をするっ!?」
その間数秒。我に返った魔王が、力で私を押し返した。
「ご、ごめんなさい!!ど、どうしたんだろう、私……」
沈黙が流れる。それを破ったのは、彼の方だ。
「……すまん。もう一度、抱いてくれないか」
「……えっ」
「嫌ならいい。二度と、我儘は言わん」
私より小さい彼が、さらに小さく見えた。それが悲しく、愛おしく見えて……私はもう一度、彼を胸に抱いた。
気が付くと、私は彼の頭を撫でていた。……本当に私、どうしちゃったんだろう?
どのぐらいそうしていただろうか。今度は優しく、彼が私から身体を離す。
「……ありがとう。臭くはなかったか」
「えっ、その、何も感じなかったけど」
本当のことだ。というより、そんなことに気が回らなかった。
魔王がフッと笑う。
「変わった趣味だな。……今から、風呂に入る。先に、寝てていいぞ」
「え、でもあなたは」
「俺もすぐに寝るから安心しろ」
そう言う彼の顔は心なしか穏やかに見えた。タオルを持って、魔王が部屋を出ようとする。ドアを開けた時、彼は不意に私に振り向いた。
「小娘。俺のことを『エリック』と呼ぶことを許す」
「……?」
「魔王じゃ言いにくかろう。何より、俺が魔王であるのが知れたら不都合もいいところだ。まあ、もう何回か呼んでいたようだが」
「そうだけど……」
魔王が穏やかに微笑んだ。
321 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/28(月) 20:01:11.99 ID:YA6smyVZO
「とにかく、明日から疲れるぞ。しっかり寝ておけ。……おやすみ、『プルミエール』」
322 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/28(月) 20:03:19.22 ID:YA6smyVZO
第15回はここまで。諸事情あり遅れ&短めです。申し訳ありません。
次回は会談&修行です。アリスがどんな手を打ったかが分かります。
323 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/28(月) 20:32:52.81 ID:YA6smyVZO
キャラ紹介
アリス・ローエングリン(39)
女性。身長155cm、43kgの小柄な体型。童顔であり、数年前までは20代前半と言われても通るほどだった。
さすがに40近くなり目尻に皺が見えるようにはなってきたが、それでも歳不相応には若い。なお、胸は控えめ。
穏和な人格者として通っており、天才肌の研究者としては例外的に指導者としても定評がある。
40手前でオルランドゥ魔術学院の教授となる事例はほとんどなく、精霊魔法の分野では第一人者。「追憶」の開発にも多少なりとも貢献している。
ただ、ややマッドサイエンティストな側面もあり、精霊の力を借りることで魔獣をより高次の生命体にさせたり、精巧な傀儡に自分の疑似人格を乗り移らせたりもしている。
進歩のためなら多少の倫理観は覆されてもよいと考える危うさのある女性である。
なお、実はギャンブル好きで滅法強い。もっともプルミエールら学生の前ではその顔はほとんど見せていない。
ジャック・オルランドゥは元夫。恋人というよりは研究者としての同志という意味合いが強かったらしい。
結局互いの研究を優先した結果離れて暮らす方がいいという結論に達し離婚。ただ、愛情は残っており関係も良好である。
なお、子供はいない(できなかった)。シェイドはその意味で子供に限りなく近い存在でもある。
エリックに絡む一連の計画は第1話以前から把握しており、プルミエールの情報をエリックに教えたのも彼女である。
エリザベートの行動など、彼女がそれとなく誘導している面も大きい。
背景には元夫への協力以上の動機がどうもあるようだが、詳細は不明。
324 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/28(月) 20:45:41.35 ID:YA6smyVZO
なお、アリスは「崩壊した〜」シリーズのアリスの子孫に当たります。
傀儡などについては彼女が遺した一部オーバーテクノロジーを活用しているようです。
325 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/10/01(木) 20:36:09.53 ID:mKWppRREO
第16話
326 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/10/01(木) 20:37:03.91 ID:mKWppRREO
目覚めると時計は6時を指していた。少し早く起きてしまったかしら。
魔王……エリックはすうすうと静かな寝息を立てている。こうして見ると、本当にただの年下の男の子にしか見えないんだけど。
「……かわいい、かも」
言ってから思わず口をふさいだ。何言ってるんだろう、私。そもそも急に彼を抱き締めたり、ちょっと行動がおかしくなってる。
「ん……」
エリックが身動ぎした。しまった、聞かれたかな……。
「あ、お、おはよう」
「ん……変な奴だな」
彼が目を擦る。良かった、気付いてない。
「ま、まだ寝てていいと思う。6時過ぎたばかりだし」
「……もうそんな時間か」
大きく伸びをすると、エリックはおもむろに着替え始めた。無駄な肉のない褐色の肌が、朝日に照らされて光る。
「え、ちょ、ちょっと?」
「……今更恥ずかしがることもないだろう。心配するな、お前が着替える時はいつも通り外に出てやる」
「そ、そうだけど……」
やっぱりどう接したらいいか困ってしまう。別に恋人になったとか、そういうわけでもないのに。
……恋人、か。
私はちゃんとした恋をしたことがない。子供の頃に出会った「あの人」に感じていたのは、恋愛感情というよりは大人への憧れだろう。
トンプソン先生……クリス・トンプソン宰相に対して持っていたのは畏れと尊敬が入り交じった感情で、これも多分恋じゃない。
異性と接することがほとんどなかったこともあって、私は22の今まで生娘のままだ。
だから、今私が抱えている気持ちが何なのかは、自分でもよく分からない。
これが恋というものなのだろうか?それとも、ただの同情?……頭が混乱する。
そもそも、エリックは私をどう思っているのだろう。昨晩、やっと私を「小娘」ではなく、名前で呼んでくれるようになったけど。
もし彼が私を「女」と見ているのなら、私はどうすればいいのだろうか。受け入れるべきなのかどうか、それすらも分からない。
……考えるのは、今はやめよう。考え出すと、頭がまとまらなくなる。
327 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/10/01(木) 20:37:50.02 ID:mKWppRREO
「終わったぞ」
私もローブを手に取る。
「うん。じゃあ、少しだけ待ってて」
「了解だ……と言いたいが」
エリックが窓を見た。振り向くと、黒い影が窓の縁の所に見える。……あれって。
「舐めるなっっ!!」
窓をバンと開けると、黒猫は「にゃあ」と鳴いて狭い窓枠を駆けて行った。
「シェイド君?」
「……判断がつかんな。ただ猫にしては随分こちらの様子を見ていたが」
顔を真っ赤にしながらエリックが言う。
「まさか、覗き?」
「ジャックも言っていたが、あいつは手癖が悪い。お前も気を付けろ。部屋の外で待っている」
「あなたも、覗かないでね」
「……馬鹿が」
ふん、と鼻息を鳴らすと彼は静かに出ていった。
328 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/10/01(木) 20:38:43.28 ID:mKWppRREO
#
「あれはお前じゃないだろうな」
朝食の席で、エリックがシェイド君に言う。彼の頬には手形がハッキリと残っていた。
「何の話にゃ?」
「とぼけるな。小娘の……プルミエールの着替えを覗こうとしてただろう?猫に化けて」
「ん?してないにゃそんなの。だって……」
デボラさんがハムを乗せたパンを齧り、盛大な溜め息をついた。
「こいつ、私の着替えを覗いてやがったんだよ。すぐに気付いて平手打ちかましてやったさ」
ギロッとデボラさんがシェイド君を睨んだ。彼は身をモジモジさせている。
「怖いにゃお姉さん……でもそれがいいにゃ」
「先生、どんな教育してんだい?覗き魔だけじゃなく被虐趣味まであるのかい」
「返す言葉もないな。女癖以外は優秀なんだが」
エリックがデボラさんを見た。
「デボラ、シェイドが来た時間は?」
「確か、6時過ぎだねえ」
ちょうど猫が通った時間だ。
「ボクを疑うなら筋違いにゃ。それに、エリックがいるのに手は出せないにゃ。こいつ怖いにゃ、容赦ないにゃ」
「……それもそうか。じゃあ、あれはただの猫……ん」
「そういえば」
エリザベートとランパードさんが、まだ起きてない。「そのうち起きるだろ」とジャックさんは言ってたけど。
329 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/10/01(木) 20:39:34.40 ID:mKWppRREO
「おはようございまぁす」
欠伸をしながらエリザベートがやってきた。後ろからついてきているランパードさんは、どこか疲れた様子だ。
「あれはお前か」
「ん?あれって?」
「猫だ。俺たちの部屋を覗いていた」
「……ああ、あれ」
ランパードさんが前に出た。
「すまねえな、『草』からの連絡があってな」
「『草』?」
「そうだ。アヴァロン大司教だが、明け方前にモリブスを発ったらしい」
ニヤリ、とジャックさんが笑う。
「やはりな」
「昨晩話していた、アリス・ローエングリン教授の策ってヤツか?」
「そうだ。俺も詳しくは知らない。だが、あいつの行き先がテルモンだということを考えると、薄々見当は付く。
大方、テルモンの反皇帝勢力に動きがあったんだろう。イーリスとテルモンは一応同盟国だ。ユングヴィの原理主義派も多い。
アヴァロンは、表向きは教団員の保護でテルモンに向かったと考えるべきだろう」
「まさか……ローエングリン教授が煽動でもしてんのか?」
「直接手を下すような女じゃない。ただ、『何かおかしなこと』を引き起こした可能性は高いな。例えば、反皇帝勢力の首魁、カール・シュトロートマンの演説が街中で流れたり、とか」
「んなことができるのか」
ジャックさんが私を見た。
「お前なら分かるだろう?」
「……まさか」
「そうだ。『追憶』は大地の精霊が『過去に見たもの』を水晶などに映し出す。とすれば、『今見ているもの』を何かに映し出すこともできると思わないか?」
……可能だ。というか、それなら私にもできなくはない。ただ、やる意味がないと思っていた。
もし、遠くの場所に映し出せることができたら……それは確かに有益だろう。アリス教授なら、この程度は簡単にやってのける。
「理解できたようだな」
「でも、それって……教授が反皇帝勢力と手を組んでる、ってことですよね?どうしてそんなことを」
「それは本人から聞いた方がいいだろうな。一つ言えるのは、あいつにはあいつなりの事情があるってことだ」
ジャックさんがミルクを飲んだ。事情?一体何だと言うのだろう。
デボラさんが訝しげに口を開く。
「とにかく、しばらくアヴァロンは戻ってこない。そう考えるべきってことだね?
ただ、行ったっきり戻ってこないってこともあり得るんじゃないのかい」
「プルミエールの『追憶』が仕上がって、ネリドとエストラーダの消失にアヴァロンが関わっていると分かれば、それだけでもかなり効く。
もちろんアヴァロンを捕縛できれば最上だが。エリックとプルミエールの存在は邪魔極まりないはずだから、何かしら手は打ってくるはずだ」
「それって、アヴァロン以外の誰かが来る可能性があるってことかい」
「後で来るジョイスは俺の協力者だ。ラミレス家は敵としても、連中では派手に軍隊を動かすことはできない。無頼衆を使おうにも、俺相手に喧嘩を売るほどの度胸もないだろう。
だからこそ、アヴァロンはクドラクを使おうとしたわけだ。できることなら大事にならずに、こいつらを殺したかったからな。
それができるのは、アヴァロン本人以外だとかなり限られる。アヴァロンのグロンドなら、存在そのものを消し去れるからな」
デボラさんが「なるほどねぇ」と干し肉を焼いたやつを口に運んだ。ジャックさんが私たちを見る。
「時間的な猶予はこれでできた。後はお前ら次第だ」
330 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/10/01(木) 20:41:39.04 ID:mKWppRREO
#
「にしても、何であの猫は私たちの部屋にいたんだろう」
お皿を洗いながらエリザベートに言う。彼女は布巾でお皿を拭きながら私を見た。
「部屋が分からなかったからじゃない?猫の目って、そんなに良くないから」
「そんなものかなあ」
それにしては、じっと見られていたような気がする。シェイド君なら、まあ分かるのだけど。
「考えすぎだよぉ。ていうか、何でこんなに疲れるんだろうね」
床を箒で掃きながら、デボラさんが辺りを見た。
「これ、昨日も思ったけど……この家自体のマナ濃度が高いね。魔術書から発せられるものだけかと思ってたけど、そこかしこにマナの発生源がある。前はこうじゃなかったけどねえ」
「なるほど、家事自体が修行の一環なわけですか」
そう、朝食を食べ終わると「シェイドだけでは片付かん」ということで私たちも家事の手伝いをさせられていた。エリックとランパードさんは薪割りをしているはずだ。
人遣いが荒いなあと思ったけど、やはりそれなりに意味があることみたいだ。
「寝室はマナが濃くなかったから、まだ良かったですけど」
「そう言えばそうだねえ。さすがにそこまで先生も鬼じゃな……」
「甘いな」
331 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/10/01(木) 20:42:33.13 ID:mKWppRREO
急にジャックさんが車椅子で現れた。口元には意地悪そうな笑みが浮かんでいる。
「ひあっ!!ビックリしたぁ」
「甘いとはどういうことです?」
「昨日は初日だったからな。これからこの家のマナ濃度を徐々に上げていくぞ。寝ている間も修行というわけだ。まずはマナの総量と体力を増やす。
近いことを昔エリックにもやったが、それよりも負荷は掛けさせてもらう。当然『夜の運動』なぞやっている暇も余裕もないぞ」
「『夜の運動』?」
ギクッ、とエリザベートの動きが固まった。
「まあお前らは安心だ。エリックのヘタレはよく知っているからな。そろそろジョイスが来るから、手早く終わらせておけ」
「は、はいっ」
ジャックさんが去ると、エリザベートが大きな息をついた。
「消音魔法掛けてて気付くとか……」
「何やってたのよ、あなた」
「プルミエール、気付かないのかい……そいつら、『番』だよ」
「『番』?」
「要は夫婦ってことさ。違うかい?」
「は???」
思わず大声が出た。
え?エリザベートって結婚してたの??そりゃ私より少し歳上だけど、見た目はこんな子供なのに。
エリザベートは「ははは……」と苦笑している。
「厳密には『番』予定なんですけどねぇ。まだ正式には婚約の儀を行ってないから」
「トリスの風習は知らないけど、こんな早いうちから結婚するとはねぇ。まあ、好色多淫でエルフは有名だから、若くてヤッてても驚かないけどさ」
「むう、失礼な。ロックモールやベルバザスの娼婦と一緒にしないでくれますかねぇ。私はビクター一筋で10年ですよ?」
「……え、そんなのずっと一緒に勉強してきて初耳なんだけど」
「休暇とかの際に、ね。ま、別に隠しておくことでもなかったんだけど」
さすがにちょっと驚いた。言われてみれば、2人の距離感とか納得するものがあるけど。
「……そ、そうなんだ……というか、あの黒猫、もしあなたたちが、その……してるとこに来たらどうしたんだろ」
「え」
エリザベートの表情が固まる。
「ご、ごめん。変なこと言っちゃったかな」
「いや、違くて。『草』の猫、三毛猫なんだけど」
部屋に重苦しい沈黙が流れた。……私たちの知らない誰かが、偵察に来ている?それともただの猫?
不安を抱えているうちに、呼び鈴が鳴った。
332 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/10/01(木) 20:43:51.49 ID:mKWppRREO
第16話はここまで。長さとしてはこのぐらいがちょうどいい気がしてきました。
次回はエリック視点です。会談と修行、そして不審な影の話です。
333 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/10/01(木) 21:02:29.89 ID:mKWppRREO
用語紹介
「番」
トリス森王国特有の結婚形態。トリスは一夫多妻(ないしは多夫多妻)制であり、結婚は「番」契約に基づく。
男性は女性の元に通う「通い婚」であり、女性同士の同意があれば他に妻を持つことが許される。
ただし女性も他の男性と「番」になることが可能であり、基本的にイニシアチブは女性側にある。つまり、一夫多妻制ではあるが女性優位社会である。
エルフは他国(ないしは他種族)から好色と揶揄されることが多いが、これは強ち間違いでもない。
娼婦(男娼)にトリス出身者が多いのは困窮によるものではなく、敢えて好んで選ぶ者が少なくない。
これはエルフという種族の生殖能力が低く、試行回数を増やさないと種として存続し得ないからである。「番」制度の背景にも、こうした事情がある。
なお、男性、あるいは女性同士でも「番」にはなれる。可能性は大幅に下がるが、魔法を使えば同性間の生殖も可能である。
「番」契約を結べるのは16歳からだが、一般的にこの年齢では性行為は不可能であるため適齢期は30歳以上(多くは35歳前後)である。
この観点からすると、政治的な事情があるにせよエリザベートとランパードの事例はかなりトリスにおいても珍しいと言える(しかも特定の相手のみとなると極めて珍しい)。
334 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/10/01(木) 21:11:57.72 ID:mKWppRREO
この辺りは現在減速運転中の「オルランドゥ大武術会」と共通しています。
335 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/10/04(日) 09:49:29.41 ID:e/SkxUbmO
多分今日投下しますが、以下の点について検討中です。
・タイトル変更。妙案ありますでしょうか……
どうにもタイトル付けるのは苦手です。
336 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/10/04(日) 19:32:14.71 ID:KRGt/NcrO
タイトルは少し考えます。ここのタイトルはそのままで、なろうだけ変える可能性が高そうではありますが。
更新開始します。
337 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/10/04(日) 19:33:28.95 ID:KRGt/NcrO
第17話
338 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/10/04(日) 19:35:03.11 ID:KRGt/NcrO
「よう、久し振りっちゃね」
陽気に大男が手を上げる。髪は禿げ上がり、顎髭を生やしている。どこぞの山賊か何かかとしか思えない出で立ちだが、この男がモリブス統領、ジョイス・ベーレンだ。
「御無沙汰しております」
「エリックも元気そうたい。にしても、随分賑やかやねえ。弟子は取らん言うてなかったか?」
ベーレン候の言葉は南ガリア訛りが強い。オーガの血が入っているとも聞く。
オーガやオークは粗暴な種族との印象が強いが、十分な知性を持ち合わせた者も決して少なくない。ただ、人の言葉が構造上発音しにくいだけなのだ。
ベーレン候は混血だからか、さすがに流暢だ。それでも独特の訛りはある。
ジャックが苦笑した。
「まあ、成り行きだな。それに、期間限定だ」
「……身体は大丈夫なんか」
「しばらくはもつだろう」
「煙草はほどほどにしとき。アリスちゃんが悲しむけん」
「あいつも承知の上さ。小姑みたいな説教をしにここに来たわけではないだろう?」
ベーレン候が頷く。
「まあ、知っての通りっちゃ。ロペス・エストラーダとルイ・ネリドが消えた。どっちも俺とは敵対してたけど、さりとて不在なのも困る。そして、それが意味することが何かも大体は分かる」
「……そうだな。話に入る前にここにいる奴らを一通り紹介しておこう。この眼鏡が、件(くだん)のプルミエール・レミュー」
プルミエールが遠慮がちに一礼した。
「で、このチビエルフが」
「チビは失礼じゃないですか??あ、私はトリス森王国の……」
「第3皇女エリザベート・マルガリータっちゃ?で、そこの背の高いのが、ビクター・ランパード卿やね」
「え、会ったことって……」
「いや、ない。申し訳ないんけど、頭ん中を少し読んだたい」
「『読んだ』?」
ベーレン候が人懐っこい笑みを浮かべた。これがあるからこの男は憎めない。
「っちゃ。ベーレン家は代々『精神感応術』が使えるんよ。要は、思考の表層を覗けるっちゃ。
アングヴィラのクリス・トンプソンのような水準じゃなかけど、色々便利なんよ。こうやって驚かしたりな」
「相変わらず人が悪いねえ」
「はは、まあ手品みたいなもんたい。不快にさせたなら謝るっちゃ」
339 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/10/04(日) 19:36:09.76 ID:KRGt/NcrO
苦笑するデボラにベーレン候が笑った。エリザベートは少しむくれている。
「……まあいいですけど」
「にしても、トリスも絡んできたのは驚いたたい。あのマルガリータ女王の考えることはよう分からん」
「それはお母様に言ってくださいます?」
「それもそうっちゃ。まあ、もう魔族だけの問題じゃなかね」
ジャックが頷く。俺も感じ始めてはいたが、これは単に魔族を差別から解放するための闘争ではない。もっと根の深い何かだ。
俺とプルミエールが「サンタヴィラの惨劇」の真実を明らかにすることにどんな意味があるかは分からない。ただ、それが北ガリアの勢力図を一変させる何かに繋がり得るのは、もはや疑いがない。
だからこそトリス王家は動いているのだろう。そして、南ガリアとの交易で主導権を確立したいモリブスもだ。
「……どういうことなんですか?」
プルミエールの言葉に、ベーレン候が「うーん」と唸った。
「俺も正直なところ全て分かってるわけじゃなかよ。
ただ『六連星』が動いたということは、北ガリアの中核国であるアングヴィラ、テルモン、イーリスにとっては不都合ってことなんは間違いなか。ロワールが何考えとるかはちと分からんけど。
言ってみればこれは、覇権を巡る争いになりかねんわけたい。違うか、エリザベート姫にランパード卿」
「俺も全貌を聞いたわけじゃねえぜ。ただ、女王は何かを感じ取ってるな」
ランパードの目がエリザベートに向く。彼女も首を縦に振った。
「お母様の『千里眼』が何を見たかは知らない。でも、それなりの根拠がなければこんなことはしないです」
「やろ?俺としては南ガリアとの交易の邪魔にならなきゃいいんよ。ただ、イーリスが土足でこちらの庭を荒らすんなら考えがあるっちゃ。
まあ、表立って喧嘩売るわけにもまだいかんけど、協力はさせてもらうつもりたい」
プルミエールが頭を下げる。
「ありがとう、ございます」
「ええって。ただ、モリブスという国としてあんたらを保護するにはイーリスの……アヴァロン大司教の関与を示す証拠がなか。
それに、あんたらも知っての通りこちらも一枚岩じゃないけん。ラミレス家やゴンザレス家は元より親テルモンや。連中の動きを抑えるには、然るべき何かが要るけん」
「それは俺も既にこいつらに伝えている。とりあえず、こいつらが力を付けるまで7貴族の残りと無頼衆を押さえてくれ。時間はそうかけさせん」
「了解っちゃ」
340 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/10/04(日) 19:36:40.11 ID:KRGt/NcrO
エリザベートが手を挙げた。
「ちょっと、いいですか?貴方自身の身の安全は」
「それは心配なか。な、ジャック」
「基本的にお前が害される心配は薄いと思ってるが、過信は禁物だぞ?相手は『六連星』だ、何をしてくるか分からん」
「それもそうたい。ま、気をつけとくっちゃ」
そういうとベーレン候は立ち上がった。そして霞のように消えていく。
「「……消えたっ!!?」」
「どうしてあの人は普通に帰らないのかねえ」
驚くプルミエールとエリザベートをよそに、デボラが肩をすくめた。俺もベーレン候とは数えるほどしか会っていないが、ほぼ毎回こうだ。
「用心深いんだよ、あいつは。あの図体でな」
「転移魔法、じゃないですよね……」
「いや。そもそも、さっきまでここにいたのはジョイスの『分身体』だ。あいつはああ見えて俺の同期でな。幻影魔法では右に出るものがいない。
精神感応術はむしろおまけみたいなものだ」
そうらしい。父上とも知己だったと聞く。涙ながらに想い出を一晩中語られたこともあった。少々暑苦しいが、嫌いな人物ではない。
エリザベートが首を傾げる。
「ということは、本人は別の所にいるわけですか」
「ああ。それは俺にも分からない。クドラク……ファリス・エストラーダが父の政敵である奴を狙わなかったのはそういうことだ。
何せどこにいるのかすらよく分からんのだからな。とにかく、これで準備が整ったというわけだ」
ニヤリとジャックが笑った。
「また、あれか」
「それが一番効率がいい。今回は濃度をさらに濃くするぞ。その上で、幾つか負荷をかけていく」
2年前のことを思い出し、いささかうんざりした。24時間、体力が削られ続けるのは俺でもさすがに厳しい。
「こむ……プルミエールやエリザベートにも、同じ内容をやらせるのか?」
「このぐらいしてもらわんとな。じゃあ、行くぞ」
341 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/10/04(日) 19:37:17.86 ID:KRGt/NcrO
#
「……ふう」
修練が一服し、俺はベッドに身体を投げ出した。プルミエールはというと、部屋に戻るなりしゃがみこんで動かない。
それも当然だろう。高いマナ濃度の下での魔力展開。それに加えて筋力と持久力を高めるための運動。
俺の場合、それに加えて庭でランパードとの地稽古までやらされている。相当な使い手であるはずのランパードすら、最後は碌に動けなくなっていた。
1時間の休憩後は夕食、そして家事だ。この家事がまた地味に堪える。
「……大丈夫、か」
「ぜ、全然、大丈夫じゃ、ない……ベッドにすら、辿り着けない……」
俺は力を振り絞り彼女に肩を貸した。フラフラになりながら彼女を寝かせる。
「……あり、がと……でも、力が、抜けてく……」
「肝心なのは体力とマナの使い方だ。無駄なく使わないと、すぐに衰弱するぞ……。
寝ている間もマナの濃度は上がっていく。身体に、効率のいい使い方を、身体に叩き込ませろ」
「そんなことを、いっても」
「……仕方がない」
俺はザックから瓶を取り出した。「霊癒丸」を1粒取り出し、歯で半分に噛み切る。……酷い苦味と刺激臭が口に拡がった。
半分は無理矢理飲み込み、もう半分を彼女の掌に渡す。
「飲め」
「え」
「飲まんともたんぞ」
プルミエールはなぜか躊躇している。顔が妙に赤い。
「……不味いのは我慢しろ」
「そ、そう……でも、これって、あの……」
「何を躊躇っている」
プルミエールは意を決したようにそれを飲み込んだ。「うえ」という呻きが漏れる。すぐに血色が良くなってきた。
「……凄い。酷い味だけど」
「元々これはジャックの薬だからな。前の時も使っていたものだ。半粒だけでも、疲労回復に十分な効果はある」
「ありがとう……でも、これって貴重なものなんでしょ?」
「これはジャックからもらったものだ。まあ、多少の補充は利くはずだ」
「そう……」
また顔が赤くなっている。俺の顔も、つられて熱くなっているような気がする。
……私情を挟まないと、俺はこの旅を始めた時に決めていたはずだ。ここまで、情に脆くなっていたのか?
俺は頭を振る。いかん、疲労のせいで考えがおかしくなっている。
342 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/10/04(日) 19:38:02.45 ID:KRGt/NcrO
窓の外を見た。空は茜色に染まり始めている。モリブスの乾いた風が、頬に当たった。
「……ん?」
バルコニーに、何かが見えた。……黒猫?それはまるで、部屋の中を覗き見ようとでもしているかのようだ。
シェイドか?いや、あいつも同じような修練を受けている。覗きをする気力なぞあるはずもない。
とすれば、今朝の黒猫か。……どこか引っかかる。
「プルミエール、ちょっと来い」
「え?」
黒猫を見るなり、彼女の顔から血の気が引いた。
「あれって……」
「やはり、今朝の猫か」
「多分……でも、気味が悪い」
やはりプルミエールも同じことを考えていたようだった。あれは不自然だ。
「エリザベートやランパードの猫か?」
「違う。今朝来たのは三毛猫って言ってた。黒猫じゃない」
「となると……別のエルフによるもの、ということか」
「……そうなるわ。エリザベートたちも認識してると思う」
嫌な予感がした。やはり、アヴァロンはこちらを監視しているのか?ジャックがいるとはいえ、ここも安全ではないのか。
「ジャックに言った方が良さそうだな」
「その必要はない」
いつの間にか、ジャックが部屋にいた。その表情は険しい。
「知っていたのか?」
「ランパードから話は聞いた」
その後ろからランパードが現れた。
「すまねえな。どうもありゃ、うちのもんらしい」
「お前が『草』の元締めじゃないのか?」
「そうだ。が、前にも言ったがトリスも一枚岩じゃねえ。女王とは別の指揮系統が存在する。
俺も表向きはそっちの命を受けてたが、どうにも裏切りに気付かれたらしいな」
「何だそれは」
「知ってるかどうか分からねえが、トリスの女王は政(まつりごと)はやるが行政には参画しねえ。この長が司祭長のジェラルド・ヴァレンチンだ。
ジェラルドは女王の『番』の一人だが、政略上のもんで夫婦関係はない。で、トリスの実権を握りたがってる。所詮は小物だが」
ジェラルド・ヴァレンチンか。名前は聞いたことがある。権力欲は強いが、臆病な男であるらしい。
「マルガリータ女王に弓を引けるような男でもないだろう?いくら他国と歩調を合わせるにせよ、そっちの方が立場が強いんじゃないのか」
「まあな。しかもエリザベートも俺と一緒にいる。それを承知で喧嘩を売るなんてことはできねえはずだ。
だからこそ気になる。何のために偵察しているのか」
「ここの守りは?」
ジャックが窓の外を見た。もう黒猫はいない。
「基本、変なのが来たらすぐに分かるはずだ。それに、俺の力量を知っていたら下手な手は打てない」
「……とすると?」
「手を出しているのはジェラルドではない可能性があるな。あるいはただの猫か。心当たりは?」
「猫に心当たりはねえな。他にちょっかいを出してきそうな奴……」
数秒考えた後、ランパードの顔色が変わった。
343 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/10/04(日) 19:38:41.18 ID:KRGt/NcrO
「あっ!!?」
「どうしたんですか??」
「いや、まさか。しかし……あり得る」
「えっ、ちょっと!!?」
プルミエールの制止も聞かず、ランパードが部屋を出ようとする。ジャックがそれを引き留めた。
「待て。もう少し説明しろ」
「まずいことになってるかもしれねえんだ、ちと1、2日外してもいいか??」
「どういう要件だっ!?」
「『草』が乗っ取られたかもしれねえ。少なくとも、侵食されてる。それができる人間を、1人だけ知ってる。そして、マルガリータ女王とも敵対し、ジェラルドに近い人間を」
「誰だそいつは??」
ランパードが自分を落ち着かせるためか、大きく息をした。
344 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/10/04(日) 19:39:11.44 ID:KRGt/NcrO
「シェリル・マルガリータ。マリア・マルガリータ女王の父親違いの妹にして……幽閉中の『ダークエルフ』だ」
345 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/10/04(日) 19:40:46.06 ID:KRGt/NcrO
今回はここまで。北九州弁もどきが出てますが、訛りを表現するためのものですのでご承知ください。
次回は短めです。六連星側の話になります。
346 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/10/04(日) 19:52:51.23 ID:KRGt/NcrO
キャラ紹介
ジョイス・ベーレン(51)
男性。身長204cm、体重105kgの偉丈夫。頭は禿げていて、強面の風貌もあり山賊か何かにしか見えない。
母親がオーガであり、声帯の構造上訛りがある。南ガリア出身者は大なり小なり訛っている。
温厚で陽気な男であるが、政治家としては理知的でリベラル。また、通商政策に力を入れており「儲かればええんよ」というのが口癖。移民政策も進めている。
半面、治安政策には甘い。この点でロペス・エストラーダとは鋭く対立していた。
もっとも人間性は互いに認めあっていたらしく、敵対者というよりは好敵手に近い関係でもあったようだ。
オルランドゥ魔術学院の卒業生でもあり、ジャックとは学生時代からの旧知の仲。
エリックの父である魔王ケイン、そしてデボラの父であるリオネル・スナイダとも親しかったようだ。
幻影魔法については達人級であり、本人の意思通り動く「分身体」を作る「分身(ダブル)」は彼にしかできない魔法である。
なお分身体は触れたりもするので、看破はほぼ不可能である。ただし、食事だけはできない。
347 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/10/06(火) 20:59:58.19 ID:ZGv8N3vbO
第17.5話
348 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/10/06(火) 21:03:10.01 ID:ZGv8N3vbO
……ザシュッッ!!!
血飛沫が宙に舞う。巨体が、ゆっくりと倒れていく。
極白の雪が、紅に染まる。袈裟斬りに斬られた男は、薄く嗤いながら動かなくなった。
そう。最期の顔は……確かに嗤っていた。深く、牙を見せながら。
「ざまあみろ」
そんな声が、どこからか聞こえた気がした。
もう、知性も理性もないはずなのに。まるで、呪いをかけているような、低く、歪んだ声。
いや、それは確かに呪いだ。
なぜなら……今でもこうして、奴の……魔王ケインの死を、夢に見るのだから。
349 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/10/06(火) 21:04:26.52 ID:ZGv8N3vbO
#
「……ハッ」
私は正気に戻った。執務室の机に、突っ伏していたらしい。
時計を見る。幸い、意識を失っていたのは10分程度だったようだ。
ノックの音がする。
「陛下」
「入れ」
深く一礼して、その翼人は入ってきた。短く切り揃えられた金髪の男が、指を眼鏡に当てる。
「時間です」
「……そのようだな」
私は、机の釦を押した。本棚が独りでに開き、その中から巨大な「モニター」が現れる。
そして、その画面は瞬く間に6分割された。出席者は……3人か。
「まず御苦労様です、アヴァロン大司教。今どちらに」
『ロックモールですよ。色事に興味はないですが、ここしか会談ができないなら仕方がない』
「テルモンの状況は聞き及んでますか」
『ええ。カール・シュトロートマンが動いたようですね。あの暗愚なゲオルグでは、対応しきれますまい』
「貴方自ら向かう必要もないでしょう。エリック・ベナビデスと……プルミエール・レミューの捕縛を優先しないとは、貴方らしくもない」
『ユングヴィの教えを守ることの方が重要です。何より、血を見るのは苦手なのですよ。殺生は神の思し召しにも反します故』
澄ました顔で良く言う。自分が殺すか、魔獣に殺させるか程度の違いでしかない。この偽善者が、私は堪らなく嫌いだ。
350 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/10/06(火) 21:05:12.13 ID:ZGv8N3vbO
「コホン」
私の後ろにいる翼人が小さく咳払いをした。気付かれたか。
「貴方のことだから、別の手段を打っているのでしょう?」
『無論。まだ、来てないようですが』
モニターの中上の青年が、小さく言った。
『シェリル・マルガリータか』
『さすが『拳神』、察しがいい』
『『分かる』だけだよ、アヴァロン大司教。むしろ、よく口説けたものだね』
『あそこにエリザベート・マルガリータとビクター・ランパードがいると伝えたら乗り気になりましてね』
フフ、とアヴァロン大司教が笑う。左下の男が舌打ちした。
『ゴチャゴチャうるせえんだよ、腐れ司教が。正面から行ってぶった斬ればいいだろうが?』
「デイヴィッド、口を慎め。不敬だぞ」
デイヴィッドが不服そうに、もう一度舌打ちをする。
『陛下、なんでこんな奴らとつるんで『六連星』なぞ作った?んなの、アングヴィラだけで……』
「しかし、『秘宝』は……遺物含めて、我らが共同で管理せねばならん。我らがこうして話しているのも、秘宝のお蔭だ。
そして、秘宝は危うい。誰も手にしてはならぬ。我ら以外は」
『だから俺を呼び戻し、サンタヴィラ跡地に向かわせた。分かってんだよ、んなのは。ただ、まだるっこしく陰険なやり方は、俺の性に合わねえんだよ。
つーか、シェリルはともかくあとの2人はどうした??』
「ナイトハルト伯は北方の蛮族の討伐だ。ゲオルグ帝が動けばいいものを。オーバーバックの居場所は……誰にも分からん」
『オーバーバック?どこかで死んでるんじゃねえか??あるいは、レナ・エストラーダみてえにいつの間にか死んだとかか?』
「死んでいたら、私が察している。口が過ぎるぞ、デイヴィッド」
翼人の言葉に、デイヴィッドが黙った。
『……すまねえ、言い過ぎた』
『とにかく、あの2人……いや、4人についてはシェリルに任せました。彼女の力は、『クドラク』以上に暗殺向きですから。
ここに出てこないことからして、既に行動を始めたようですね』
「……そのようですね」
351 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/10/06(火) 21:06:17.26 ID:ZGv8N3vbO
シェリル・マルガリータか。魔族とエルフの間に産まれた、禁忌の子。その身は、長年幽閉されている。
しかし、それでもなお彼女は影響力を行使し続けている。姉のマリア・マルガリータ女王の目を巧みに盗みながら。それを可能としているのは、彼女が持つ「パランティア」の力だ。
彼女は「クドラク」同様に、「姿が見えない」。しかし、決定的に違うのは……
「陛下」
後ろから声をかけられる。つい、思考に耽っていたらしい。
「失礼をした。貴方の予定は」
『テルモンに行きユングヴィ教徒の保護を。シュトロートマン一派への対応については、ナイトハルト伯が戻り次第任せるつもりです。
その後は『魔女シェリル』の首尾次第でしょうね。まず心配は要らないと思いますが』
『アリス・ローエングリンが行方不明らしいが』
「拳神」ロイド・ロブソンが呟く。アヴァロン大司教の顔が、僅かに歪んだ。
『何ですって』
『僕の『知る』程度の話だ。オルランドゥでは騒ぎになり始めている。監禁しようとしたら傀儡だったらしい』
『……『秘宝』、ですかっ!??』
顔を紅潮させる大司教に、ロブソンが首を振った。
『そこまで僕には『分からない』。ただ、彼女とその元夫、ジャック・オルランドゥには最大限の注意を払うべきだ。いかに『魔女シェリル』であっても、討てるとは限らない』
『……それもそうですね』
大司教から余裕が消えた。私は後ろの翼人を見る。
「どうする」
「捜索隊を展開しましょう。デイヴィッド、指揮を頼めますか」
『サンタヴィラの監視と捜索はいいのか』
「さしあたりそちらを優先しましょう。オルランドゥに向かってください」
『人使いが荒いな、大将』
デイヴィッドが溜め息を付いた。この男も彼には逆らえない。
「とにかく、『魔王エリック』と『想起者プルミエール』の処理はシェリルに一任しよう。では、各々方」
モニターが一斉に消えた。私は椅子にもたれかかる。
352 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/10/06(火) 21:07:20.86 ID:ZGv8N3vbO
「お疲れですか」
「やむを得ん。そろそろ家督をユリアンに譲りたいものだが」
「あのお方にはまだ荷が重いかと」
「……それもそうか」
私は苦笑した。そう、荷が重い。このような秘密は、息子に引き継がせるものではない。断じて。
私は立ち上がった。
「行かれますか」
「ああ、民の声を聞くのが、王の仕事だ」
「変わりませんね、貴方は……アルベルト陛下」
「陛下はよせ、所詮婿養子だ。クリス、デイヴィッドへの指示は任せる」
「御意」
そう言うと、翼人……宰相、クリス・トンプソンは深く頭を下げた。
353 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/10/06(火) 21:09:36.13 ID:ZGv8N3vbO
短めですが今回はここまで。
次回は多分プルミエール視点です。
色々オーバーテクノロジーが出てますが、今後もこうした要素が出ます。
354 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/10/06(火) 21:50:18.05 ID:ZGv8N3vbO
キャラ紹介
アルベルト・ヴィルエール(38)
男性。184cm、75kgの栗色の髪の男性。ヴィルエール王家のフィリア・ヴィルエールは妻。側室はおらず、1男1女がいる。
20年前、魔王ケインを討った勇者。その剣の腕は現在においても天下無双である。
温厚篤実な人格者であり、民の声を良く聞き吸い上げる名君。前代がやや専制気味だったこともあり、なおのこと民に慕われている。
ただし、その裏では「六連星」を組織しており、清廉潔白な人物というわけでもない。
魔王ケインの死については重大な秘密があるようだが……?
また、明らかに文明レベルを逸脱した「秘宝」を幾つか使っているもよう。その真実は、まだ闇の中である。
なお婿養子である。婿入り前の名はアルベルト・オーディナルであり、一貴族の跡取りに過ぎなかった。
355 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/10/06(火) 21:51:39.93 ID:ZGv8N3vbO
上のキャラ紹介から色々察するものがあろうかと思いますが、展開はお楽しみに。
なお、今回の展開に合わせ、なろうの方の題名とあらすじを変更しています。
356 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/10/06(火) 21:54:42.60 ID:TjTrjC8T0
乙
357 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/10/10(土) 17:11:50.18 ID:QhyjSLwuO
第18話
358 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/10/10(土) 17:12:37.89 ID:QhyjSLwuO
ランパードさんが姿を消して、2日が経った。連絡は、まだない。
さすがのエリザベートも、修練に集中できていないようだった。顔色は悪く、疲労も溜まっているみたいだ。
バサッ
「す、すみませんっ!!もう一度……」
「いや、いい。お前はもう休んでおけ」
床に落ちた魔術書を拾おうとしたエリザベートに、ジャックさんが溜め息混じりに言った。
「でもっ!!?」
「ランパードが心配なのだろう?だが、集中できないなら修練の意味はない。むしろ邪魔だ」
エリザベートが涙目で唇を噛む。こんなに悔しそうな彼女を初めて見た。
「先生、言い方キツくないかい?」
「だが、これくらいせねばならん相手だ。『魔女シェリル』については、説明されただろう?」
デボラさんが何か言おうとしてやめた。私は一昨日のことを思い出す。
359 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/10/10(土) 17:13:19.04 ID:QhyjSLwuO
#
「ダークエルフ?」
私の問いに、ランパードさんが頷いた。
「私も詳しく知らないけど、確かエルフの間で、稀に生まれてくるという」
「そうだ、『忌み子』だ。トリスに災いをもたらすとして、生まれた瞬間から国家の管理下に置かれる。
実の所、完全なる偶然で生まれてくるわけじゃねえ。魔族とエルフが『番』になった場合、小さい確率で生まれることが分かっている」
「そのどこが問題なんだい、愛し合って生まれた子だろう?」
デボラさんの言葉に、ランパードさんが首を振る。
「これがどういうわけか、強大な……途轍もなく強大な魔力を持って生まれてくるんだよ。しかも、今までの事例からして例外なく『邪悪』。
トリスは余程のことをやらかさねえと死刑はしねえ。ただ、過去のダークエルフは、大体大量殺人を犯し、そして処刑されてる。
だから、生まれたら即拘束、監禁だ。赤ん坊に罪はねえが」
エリザベートが同意した。
「シェリル叔母様も、何人も人を殺したと聞くわ。私もシェリル叔母様のことは、怖くてお母様に聞いたことがない。
でも、どうして叔母様は処刑されてないの?」
「理由は2つ。まず、単純に王族だからだ。ソフィア前女王は、恋多き女だった。そして、魔族を『番』としたことの責任を取って……というより、ダークエルフを生んだことの責任を取って自死した、らしい。
姫が生まれる前のことだし、きっと聞かされてねえと思うが」
エリザベートの顔が蒼白になる。
「……そうだったの」
「ああ。ただ、王族は処刑できない。マリア様も、負い目があるんだろうな。だから徹底した監視下に置くだけに止めている」
「ちょっと待て。じゃあなぜ殺人を犯したと分かる?ずっと監禁されてるんだろう?」
エリックの言う通りだ。ずっと動けないなら、人殺しなんてできるはずがない。
しかし、ジャックさんの口から飛び出したのは、驚くべき言葉だった。
360 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/10/10(土) 17:14:23.49 ID:QhyjSLwuO
「『憑依』、それも離れた場所にいても、接触しなくてもできる類いのものか?」
「さすが、ジャック・オルランドゥ。知ってたか」
「『魔女シェリル』の噂は聞いたことがある。15、6年ぐらい前に自らを『シェリル』と名乗る女が、『歓楽都市ベルバザス』に出現したと。
そして暗黒街を牛耳り、エルフの娼婦たちを瞬く間に支配下に置いた、らしいな」
いつも余裕の笑みを浮かべているランパードさんが、とても険しい顔になった。
「そうだ。そして俺が派遣された。厳密には、俺とその部下3人だ。
しかし……犠牲を払った。重い、重い犠牲を……」
「部下は全員」
「殺されたさ。希少品のはずの銃を、それも見たことがないものを、奴は持っていた。……多分、あれは遺物だ。
それでも俺は、何とか『シェリル』と名乗る女を討ったさ。だが、そいつはエルフじゃなく、人間だった。
そして、3ヶ月後に再び……今度はロワールのニャルラで『シェリル』が現れたんだよ。『自分はトリス王家のシェリル・マルガリータだ』と名乗る、『亜人の女』が、な」
ジャックさんが煙草に火を付けた。
「『魔女シェリル』はどこにでも現れる。そして、世界のあらゆる歓楽街を支配する。
伝説じみた存在だが、確かにエルフの『憑依』を使っていれば説明は付くな。
そして、さっき言っていたもう一つの理由は……本当にシェリル・マルガリータが関与しているかという証拠がない、ということだな?」
「そういうことだ。そして、どうやって『憑依』しているのかも分からねえ。監視も異口同音に『彼女はそこにいた』と言いやがる。
マリア様の『千里眼』ですら、シェリルが動いたという証拠は押さえられてねえんだ。
ただ、マリア様に対して弓を引こうとしているのは確かだ。ジェラルドとも利害は一致する。いや、待てよ……」
ランパードさんが叫んだ。
「まさかっ、シェリルは『六連星』かっ!!?」
「あり得ることだ。歓楽街を支配していたなら、それなりの連中とも付き合いがあるだろうな。アヴァロンとどういう接点があるのかはよく分からんが」
「そうか、道理で……いよいよ俺が行かねえとまずいな」
361 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/10/10(土) 17:15:03.95 ID:QhyjSLwuO
ランパードさんが玄関へと向かう。「待って!!」とエリザベートが彼の袖を掴んだ。
「私も行きますっ!」
「ダメだ。姫を危険には遭わせられねえ。何より、あいつの手口は2度戦った俺が、よく知ってる。対処法を知らないとまず終わりだ」
「でもっ!!?」
ランパードさんが唇を噛む。エリザベートを抱き寄せようとしたけど、逆に突き放した。
「言うことを聞けっ!!……あんたまで喪うことは、俺には耐えられねえんだよ」
「ビクタァ……」
「大丈夫、必ず戻る。心配するな」
ジャックさんが眉をしかめた。
「そんな約束ができるのか?そもそも、何のために行く」
「『草』の誰かがシェリルに乗っ取られてるはずだ。まずはそこから手を付ける。
シェリルの厄介な所は、まるで疫病のように自分が支配できる範囲を拡げていくってことだ。だから、誰が『中枢』かを把握する。
ただ、俺だけで倒せる相手でもねえ。中枢が誰か分かった時点でこっちに戻る。緊急回避の手段は、ちゃんと持ってるからそこは安心していいぜ」
「緊急回避……?あっ」
ランパードさんはエリザベートに黒い球を1つ見せた。
「いつの間に!!?」
「そ、『転移の球』だ。無茶はしねえから、安心しな」
くしゃくしゃと頭を撫でられ、エリザベートが涙目になる。
「本当に……ちゃんと帰ってきてくださいね?」
「ああ、約束だ」
ランパードさんが走り去っていく。その間、エリックだけは……終始無言だった。
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