魔王と魔法使いと失われた記憶

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1 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 20:07:24.37 ID:t6Hj5ReaO


はじめに


・本作は現在進行中の「オルランドゥ大武術会」のパラレルワールド的な話です。
ただし、過去作含め直接的な繋がりはほぼありませんので、予備知識ゼロでも問題なく読めます。

・コンマスレではありません。安価のみ、ごく一部で使わせてもらいます。
(頻度は多分ラストまで通して2、3回です)

・全て地の文で展開します。R15程度の描写はあるかもしれません。
また、残虐描写が所々出ますのでご注意下さい。

・キャラクターは全員新規です。過去作やオルランドゥ〜のキャラクターは出ません。
ただ、スターシステム的に外見が近い人物は出ます。地理は過去作やオルランドゥ〜とほぼ共通です。

・なろうに後日加筆修正して転載する予定です。なお、こちらの方が早く読めます。
週1程度の更新になろうかと思います。(ある程度キリのいいところまでまとめて投下します)

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1596798444
2 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 20:11:25.19 ID:t6Hj5ReaO
最初に、主人公の外見だけ決めます。

なお、名前は「エリック」です。

1 14歳程度の少年(実年齢28歳)
2 20代半ばの青年(実年齢28歳)
3 ちょい悪風の中年(実年齢35歳)

3票先取です。
(なお、これ以外の安価は当分ありません)
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/07(金) 20:12:44.28 ID:US/cAw3yo
3
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/07(金) 20:26:15.53 ID:sVoddJbx0
2
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/07(金) 20:33:54.30 ID:Y29hMbuG0
1
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/07(金) 20:46:51.51 ID:ZjuWaGDDO
1
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/07(金) 20:52:14.87 ID:Q+ST0VOV0
1
8 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 20:52:47.29 ID:t6Hj5ReaO
1で決定しました。投下まで少々お待ちください。
9 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 21:51:44.46 ID:S0Anv1g5O



むかし、といってもそう遠くないむかしのこと。

ある山のふもとに、小さいけどゆたかな国がありました。

花はうつくしく、ごはんはおいしく、人はどこまでもやさしく親切でした。

北にまぞくの国が、南にはヒトの大きな国がありました。2つの国は長いあいだあらそっていましたが、国ざかいのこの国はずっと平和でした。
けっしてこの国はおかさないように、ヒトの王さまとまおうさまがきめていたからです。

この国ざかいの国の王さまは、とてもかしこく、そしてとてもじひぶかい人でした。
何十年もつづいたヒトとまぞくのあらそいを終わらせたい、ずっと思っていました。

そこにまおうがやってきました。「おれといっしょにへいわを作ろう」と持ちかけてきたのです。王さまはこころよくそれをうけいれました。


10 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 21:52:32.37 ID:S0Anv1g5O





……しかし、それはまおうのわなだったのです。




11 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 21:53:02.41 ID:S0Anv1g5O




まおうは夜、みんながねしずまったころにあばれだしました。
そして、たった、たったひとばんでその国の人たちを、かしこい王さまもふくめてほとんどみなごろしにしてしまったのです。



12 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 21:53:55.99 ID:S0Anv1g5O



生きのこったのは、たった3人。王女さまと、やどのかんばんむすめと、町外れに住むエルフのまほうつかいだけでした。
そして、命からがら南の国ににげこんだかのじょたちは、「まおうをたおして!!」とさけびました。


すぐにまおうをたおすためのとうばつたいがくまれました。
しかし、まおうはとても強く、小さな国にたった1人だけなのにそのすべてをうちやぶりました。
たくさんの人がぎせいになりました。死にました。

そして、もうだめだとだれもが思った時、ある青年が立ち上がったのです。


13 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 21:54:27.86 ID:S0Anv1g5O





「ぼくがまおうをたおして、世界を平和にする」


それこそがゆうしゃさまです。




14 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 21:55:00.70 ID:S0Anv1g5O




ゆうしゃさまはつばさのはえたまほうつかいと、とてもつよいせんし、そして心やさしいそうりょといっしょに小さな国にむかいました。
まものやまおうがころした人たちがつぎつぎとゆうしゃさまにおそいかかります。そのすべてをゆうしゃさまはたおしました。



そして……ついにゆうしゃさまはまおうをたおしたのです。やっと、世界に平和がおとずれました。



15 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 21:55:58.87 ID:S0Anv1g5O
#

私はパタン、と絵本を閉じた。子供の頃、よく読んだ本だ。
実際にこの出来事が起きたのは、私が2歳の頃らしい。その後すぐにこの絵本が作られ、そして子供たちが皆読むようになった。

勇者による英雄譚。それを読んで、憧れない子供はいない。
そして、悪逆の限りを尽くした魔王に怒らない子供もいない。

私もそうだった。魔族は悪であり、許されない存在なのだと聞かされて育った。


そう、実際に魔族と出会うまでは。


16 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 21:56:48.73 ID:S0Anv1g5O


その人は、とても親切な人だった。まるで兄のように、親のいなくなった私に接してくれた。
どこか私を邪険にしていた叔父夫婦ではなく、彼を慕うようになったのは当然だった。あるいは、それは私の初恋だったのかもしれない。



17 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 21:57:15.47 ID:S0Anv1g5O




しかし……私の12歳の誕生日に、彼は叔父夫婦を惨殺した。



18 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 21:57:54.28 ID:S0Anv1g5O




その時の記憶は、私にはない。というより、彼が叔父夫婦を殺した前後の記憶が、すっぽりと抜けている。
気が付くと、彼は既に処刑された後だった。どこか、現実味がなかった。


私が知っているのは、彼が人を殺めたというただの「事実」でしかない。


だからこそ、私はこの研究を始めた。そして研究は、完成に近付こうとしていた。


19 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 21:58:20.98 ID:S0Anv1g5O





「魔王と魔法使いと失われた記憶」





20 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 21:58:54.26 ID:S0Anv1g5O



第1話



21 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 21:59:51.48 ID:S0Anv1g5O
コポコポコポ…………

実験室のケトルが音を立てている。私は急須にお茶の葉を入れた。

「プルミエール、ちょっといいかしら?」

「あー、すみません!すぐお茶を……」

「そうじゃなくって。お菓子がないのよ、テルモン産のマロングラッセ」

向こうからアリス・ローエングリン教授の困惑した声が聞こえた。ケトルの火を氷結魔法で消し、彼女がいる書斎へと向かう。

「え?そこの戸棚にあったはずじゃ」

「ないのよそれが。せっかく楽しみにしてたのに……」

「私は食べてないですよ?」

「分かってるわよ。あなたはそんなことしないもの。ここに今日来た可能性があるのは……」

「……エリザベートですね。あの娘、本当に食い意地が張ってるから……」

アリス教授は笑いながら肩をすくめた。

「あら、決めつけはよくないわよ?そういうときのためのあなたの魔法じゃないの」

「ああ……それもそうですけど。でも、まだまだ改良が必要で」

「だからこそよ。学会発表前の予行演習と思って、見せてごらんなさいな」

私は口を尖らせた。私の同僚、エリザベート・マルガリータは天真爛漫だけど少し常識を欠いたところがある。トリス王家の出らしいけど、もう少しなんとかならないかしら。

まあ、とりあえずの確認……ということでいいか。

「教授が最後にマロングラッセを確認したのは?」

「そうねぇ、2時間ぐらい前かしら。氷結魔法を緩めに戸棚にかけておいたのよね。
そして講義のために席を外したから……貴女が来たのは?」

「30分前ですね。じゃあ、その間ってことですか」

私は水晶玉を取り出し、そこにマナを通していく。小さく、地の精霊に働き掛ける詠唱を始めた。
22 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:00:54.58 ID:S0Anv1g5O


「深き地の中より生まれ出る者
悠久の時を生き続ける者
汝に感謝と我が願いを伝えん
今より2刻、それより1刻半の間に汝が見たものを映せ……」


ぼわっと水晶玉の表面が歪む。そこには、上から見た書斎が映し出されていた。

「うん、私が出ていく所が見えるわね。『再生』、早められる?」

「はい。まだ『倍速』程度ですけど」

「本当は5倍速ぐらいまで行ってほしいのだけどね。そこはこれからの課題かしら」

「再生」を始めて20分ほどすると、窓から何かが入ってきた。

「……これは」

「猫、ねぇ。それも黒猫。最近研究棟に住み着いたって子かしら」

それは顔をあげると、スンスンと鼻を鳴らす様子を見せた。まるで犬みたいだ。
そして、一直線に戸棚に向かうと……器用に戸棚を開けてマロングラッセを咥えると、そのまま窓から去ってしまった。

「……まさか猫だなんて。というか、こんな器用な猫っているものなんですか?」

「あらら、『偽猫(デミキャット)』かもしれないわよ?最近、愛玩用に飼っている人多いらしいし。
あれなら子供ぐらいの知能があるから、不思議じゃないわ」

「偽猫なら尻尾は2本のはずですが、あの猫は……」

「1本だけだったわね。ここの魔道士が手を加えたのかもしれないわ」

アリス教授はクスクス笑っている。確かに、ここオルランドゥ魔術都市には変な魔術士がたくさんいる。
偽猫に普通の猫の真似をさせる人がいてもおかしくはない、か。

「まあ仕方ないから、お茶の時間にしましょう?
お湯、もう一度沸かし直しておいてね」

私は苦笑しながら厨房に戻る。研究の合間に飲むトリスの緑茶は格別なのだった。
23 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:01:56.43 ID:S0Anv1g5O
#

「にしても、大分こなれてきたわね。今までにない魔法であるのは確かだわ」

ズズッ、とアリス教授がお茶を啜った。私はマロングラッセの代わりに、エリザベートの故郷の土産「セベー」を齧る。少ししょっぱいけど、トリス茶にはそれがよく合う。

「ありがとうございます。でも、まだまだ課題は山積です。『再生速度』はまだ上げなきゃいけないですし、それに……」

「もっと昔のことを精霊を通して映し出すのは、マナが全然足りてない。引いてはマナの効果がまだ非効率であるという証明……でしょ?」

私は小さく頷いた。

「ええ。さすがですね。精霊魔法なら教授の右に出る人はいませんけど」

「あらあら、私には貴女の発想はなかったわ。精霊の『視覚』を再現することで、その場所で何があったかを映し出す。
あなたの『追憶(リコール)』は、唯一無二のものよ。もっと自信を持ちなさいな。
それに、『思い出させる』んでしょう?10年前に、何があったか」

「……はい」

「貴女の記憶は、誰かによって消されている。それを取り戻すことは、私にすら無理だったわ。
どうして貴女の記憶が消されたのかは分からない。何か、貴女が知ってはいけない真実を隠すためかもしれない。
でも、貴女の『真実を知りたい』と思う気持ちは止められないわ。だから、私は貴女に精霊魔法を教えることにしたの。そして、それはもうすぐ実を結ぶわ」

教授が私に微笑みかけた。

「プルミエール・レミュー。貴女の魔法は、きっと多くの人を救うでしょう。学会が終わったら、各国から召し抱えの文が届くはず。そのために、もう少し頑張らなくちゃね」

「はい!それも、教授のおかげです」

「やあねぇ、御世辞を言っても何も出ないわよ?
……ところで、もし文が来たらどこに行くつもり?」

「え?……それは、多分……アングヴィラじゃないかと。私、あそこで育ちましたし」

窓から風が吹き込んできた。教授は少し険しい顔になって、開いたままだった窓を閉める。

「……あそこはやめときなさい」

「えっ……何でですか?」

私は困惑した。完全にアングヴィラに戻るつもりでいたからだ。
24 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:02:38.97 ID:S0Anv1g5O
私の生まれは大陸北東部のテルモン皇国だけど、叔父夫婦の死の後は南西のアングヴィラ王国で育った。
記憶を失ったままの私を、たまたまテルモンを訪問していたクリス・トンプソン宰相が拾ったのだ。
そして、私は彼の庇護の元育てられた。オルランドゥ魔術学院に入れたのも、彼の口利きがあってのことだ。
私に父の記憶はほとんどない。だけど、トンプソン宰相は……私にとっては、親も同然だ。

だからこそ、アングヴィラに戻らないという選択肢はなかった。私の「追憶」で、彼の恩に報いる。そのつもりだった。

だから、教授の言ったことを私は理解できなかった。困惑したままの私に、教授は首を振る。

「いいからやめておきなさい。貴女のためよ」

私は思わずテーブルを叩いた。ガチャンとグラスが揺れ、溢れた緑茶がテーブルクロスを濡らす。


「どうしてなんですかっっ!!!」


教授は無言のまま、天井を見上げた。

「いつかは伝えないといけないけど、私にはまだ確信がない。もう少し、待ってちょうだい。
学会が終わり、今は秘している貴女の魔法が世に知られるようになったら……きっと理由を教えられると思う」

「……一体何を」

「真実を知ることは、時に残酷なのよ。……仕官の件なら、もしモリブスから話が来たら通してあげる。古い友人がいるの」

教授は溢れたお茶を布巾で拭き取った。

「お茶、淹れ直すわね」

教授があんな頭ごなしに言うなんて初めてだ。……でも、その時の私には、彼女の言うことが全く分からなかった。
25 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:03:32.70 ID:S0Anv1g5O
#

お茶の後の微妙な空気は、1人の闖入者によって破られた。

「教授!プルミエールさんっ!お茶にしましょ!」

「……エリザベート、もう済ませたわよ?」

「えっ……私抜きで?ひどいっ」

「遅刻する貴女が悪いのよ。ここでの論文執筆は、3の刻からと決まってなかった?」

エリザベートは時計を見る。針は4と半刻を指していた。

「ありゃあ……確かに。大遅刻ですねぇ」

「まあ貴女の論文は詰めの段階だし、もう来なくても大丈夫かもしれないけど」

ばつが悪そうに、エリザベートは頭をかく。

「うう……すみません。あ、プルミエール。そっちはどう?」

「うん、まあまあ順調」

「そっかそっか。どんな魔法なのか、楽しみだよぉ。プルミエールだったら、さぞすごいんだろうなぁ」

「あなただって。でも、同じ研究室でも学会まで研究内容は秘密なのよね」

ウフフ、と教授が笑った。

「まあ、新しい魔術ってのはそれだけの価値があるからね。昔からの慣例、ってとこかしら。
実際、事前に漏れた結果盗用されて大問題になったこともあるから」

「でも教授は知ってるんですよね、プルミエールの研究」

「ええ、でも教えないわよ」

「むー、残念。ところで、ぜんっぜん話は変わるんですけど。『魔王』、出たらしいですよ」

26 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:04:07.32 ID:S0Anv1g5O
「『魔王』?……ズマのハンプトン大魔候、ではなくて?」

エリザベートが声を潜める。

「違いますよ。モリブスに、自称魔王が出たそうなんです」

「自称?意味ないじゃない、それ」

「ええ。でも、ご存じの通りエルフの情報網ってそこそこ正確なんですよ。で、そいつって魔力の質が異常に高かったらしいんです」

「……悪さは?」

「今のところ。ただ、オルランドゥ方面に向かったとかなんとか」

アリス教授が黙った。

「……こっちに?」

「ええ。だから注意した方がいいって、さっき連絡が。見付けたら即警察にと」

「悪いことをしてないのに、警察を呼ぶの?」

やれやれ、とエリザベートが首を振った。

「だからこそよ。魔王の正体は分からない。けど、高い魔力を持った魔族なんて、それだけで危険でしょ?
何かしでかす前に捕まえておかないとダメじゃん。あなたの叔父さんたちだって、魔族に殺されたわけでしょ?」

「……まあ、そうだけど」

「何が切っ掛けで魔族の『獣性』が解き放たれるかなんて、分からないでしょ?だからこれは仕方ないのよ。まして自称魔王なんて、ロクな奴じゃないだろうし」

確かにそうだろう。概して魔族には、悪人が多いとされている。
だから各国で人権は制限されている。多民族国家で比較的寛容な、ロワールやモリブスですら、だ。

「……あまり遅くまでやらない方がいいわね、2人とも。
特にプルミエールは魔法を使わせちゃったし、もう上がっていいわ」

「え、いいんですか?」

「学会、来週でしょ?論文も大事だけど、実技が上手く行かなかったら意味はないわ。
今日は早めに帰って、体力を回復させときなさい」

「あっ、ありがとうございます!」

教授はヒラヒラと手を振った。
27 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:05:01.40 ID:S0Anv1g5O
#

私の家は、オルランドゥ魔術学院から歩いて10分ぐらいの所にある。
家からはオルランドゥ大湖が近い。マナに溢れたあの湖畔を歩くと、それだけで力が湧いてくる気がする。

ゆっくりと歩いていると、ぐう、とお腹が鳴るのを感じた。
夕食時には少し早いけど……ま、いっか。最近お酒も飲んでなかったし、少しぐらいはいいだろう。

「へい、らっしゃい。ってプルミエールじゃん」

「おひさです、カトリさん」

湖の側に立つレストラン……というかカフェに入ると、カウンターの向こうからピョコンと長い耳が立つのが見えた。

「うん、久し振りだねえ。学会が近いって聞いたから、しばらく来ないもんだとばかり思ってたよ」

「今日は早く帰れたんです。だから、学会前の気晴らしってことで」

「いいねえ。今日はいいのが揚がってるんだ、ちゃちゃっと捌いてやんよ」

白い歯を見せて、ウサギの亜人……カトリさんが笑った。旦那さんのウカクさんは、厨房みたいだ。

「いいですね!何ですか?」

「オルディック海老だよ。今、旦那が海老の煮込みスープを作ってるけど、あたしは活け造りだね。これはあたしからのおごりってことでいいかい?」

「あっ、わ、悪いですよ」

「いいからいいから。学会が上手く行ってあんたが仕官したら、その時に出世払いさ」

奥からウカクさんが現れ、奥の席にいる客に料理を出しに行った。
後ろ姿しか見えないけど……随分小さいな。亜人かホビットかしら。テーブルには皿が結構積まれている。

「ありがとうございますっ。で、お酒ですけど」

にぃ、とカトリさんが笑った。

「ちゃんとあるよぉ。アングヴィラ産の葡萄酒の白、『コルナック』」

「わぁすごい!でも、高いんでしょ?」

「まあね。でも、これもおごっちゃう」

「え?」

カトリさんがチラリと奥の客を見て、私に耳打ちした。

「それがさ、あの客が『前払い』って言ってドカンと払ったのよね。受け取れないって言ったんだけど、聞かなくって」

「え、いくらぐらい?」

「それが100万ギラ!2週間分の売上だよ?まあ、それに見合うぐらい良く食べるんだけどさ……」

100万ギラ??魔術学院を首席で卒業した仕官者の初任給2ヶ月分並みじゃない……

「何者なんですか?」

カトリさんは肩をすくめた。

「さあ。というか、子供なんだよねぇ。本人は28だとか言ってたけど。
気味が悪いけど、お金は確かに持ってたからそれ以上は聞かないことにしといた。何より、魔族っぽいのよねぇ」

ゾクリ、と身体に震えが走った。まさか……

「『魔王』?」

「なーに突拍子もないこと言ってんのさ。相手は子供よ?確かに怪しいも怪しいけど、魔王はないわよ」

奥の席の男……いや少年は、ウカクさんと何やら話している。こっちの会話には気付いてないようで、ほっとした。

「そう……ならいいんですけど」

「とりあえず、これ付け出しね。ちょっと待ってて、葡萄酒の栓抜くから」

チーズをトリス名産の調味料「ソミ」に漬けたものを出すと、カトリさんがコルク抜きを探し始めた。
私は奥の席の少年をもう一度見る。……そんなに魔力は感じない。
魔王は異常に魔力が高いってエリザベートが言ってたから、やっぱり気のせいかな。

トクトクと葡萄酒がグラスに注がれる。口にすると、キリッとした刺激が喉を通り抜けた。その奥には、芳醇な香りと甘味。

「美味しいっ!!」

「でしょ。どんどん飲んでね」

しばらくすると、お酒と料理の美味しさで、奥の席の少年のことはすっかり忘れてしまったのだった。
28 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:05:31.24 ID:S0Anv1g5O
#

「じゃあカトリさん、また〜」

「プルミエール、足元には気を付けてねえ」

「らいじょうぶれすよぉ。家までは3分もないですしぃ」

うーん、自分で喋っていて呂律が怪しい。2本開けたのはやり過ぎだったかな……

ふらふらと、家に向かって歩く。上級学生には1人1軒の家が貸し与えられる。研究に専念してほしい、という魔術学院の意向であるらしい。
小さいけど、そこそこ快適で嫌いではない。あと少しでここともお別れと思うと、ちょっと残念だけど。
29 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:06:16.33 ID:S0Anv1g5O


…………ザッ


背後から音が聞こえた。……何だろう。振り向くけど、誰もいない。

また歩き始める。家が見えてきた。


…………ザッ、ザッ


今度は気のせいじゃない。ハッキリと、足音が聞こえる。
嫌な予感がして振り向いた。そこには……


30 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:07:27.15 ID:S0Anv1g5O


「動くな」


黒装束の男が2人。そしてそのうちの1人は、私の背中に剣を突き付けている。


「…………え」

「叫ぶな。叫んだり声を出したら殺す。大人しく我々についてこい」

「……何者、なの」

酔いが一気に抜けていくのが分かった。まずい。これは、まずい。
でも、魔法を使っても……詠唱している間に刺されるだろう。もちろん、私に武術の心得なんて、ない。

黒装束の男は、底冷えのする声で告げた。

「お前に言うことはない。ただ、ついてくればいい」

「……何を、しようと、いうの」

歯がガチガチと震える。目からは涙が溢れてきた。


そんな。こんな所で、私は……殺されるの??


男は何も言わず、剣をさらに突き付ける。プツ、と制服のローブが貫かれる音がした。


「お前が知る必要もない。今殺されたいか?」


足に力が入らない。絶望で、私はその場に座り込みそうになった。

31 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:08:09.14 ID:S0Anv1g5O


その刹那だ。


…………ザンッッッ


32 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:08:46.66 ID:S0Anv1g5O


「……あっ」


何か、光るものが私の目の前に走った。黒装束の男の首が大きくかしげ……そしてボドリと落ちた。

鮮血が、噴水のように上がる。


「え」


もう一人の男が口にした瞬間、彼の首も地面に落ちた。
首をなくした身体だけが、2体目の前に立っている。


これは、悪夢?酔いが見せた、悪夢なの?
しかし、降り注ぐ紅い雨は……これが現実であることを示していた。

33 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:09:25.07 ID:S0Anv1g5O


恐怖が全身を駆け抜ける。


「……キッ、キャア……むぐっ」


叫ぼうとした私の口を、誰かが塞いだ。


「黙れ。逃げるぞ」

「んぐうっっっ!!?」

「黙れ、と言っている」


口を塞ぐ主の顔が見えた。月光に照らされた、その顔は……

34 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:10:00.74 ID:S0Anv1g5O



浅黒い肌に尖った耳。そして、まだ幼さを残した顔。


まさか、あの店にいた彼…………


次の瞬間、私の意識は、消えた。


35 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:10:26.14 ID:S0Anv1g5O
#


それが、私……プルミエール・レミューと、「魔王」エリック・ベナビデスの出会いだった。


36 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:11:13.29 ID:S0Anv1g5O
第1話はここまで。

キャラクターの外見設定などは後程。
37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/08(土) 08:27:24.02 ID:jfYZjryC0
新作乙
38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/08(土) 12:23:52.37 ID:xOh7syr10
面白そう
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