男「怪談蒐集録」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/07/30(木) 06:04:01.06 ID:VcFikOLj0
※男「怪談蒐集」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1595910969/

誤字やミスが頻発した為、上記スレの建て直しです。
旧スレはHTML化依頼を出しました。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1596056641
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/07/30(木) 06:05:53.53 ID:VcFikOLj0
昼、喫茶店

A「あ、男さんですか?」

男「はい、はじめまして。Aさんですね?」

A「そうです。いやあ、オフ会というかなんというか。ネットで知り合った人と会うのって、初めてなんですよ」

男「緊張しないで大丈夫ですよ、リラックスしていきましょう」

A「慣れてるんですね、取材」

男「ははは、取材なんて大層なものじゃないですよ。趣味です、趣味」

A「は、はい。それでは……えっと、ははは。何から話せばいいんでしょうかね」

男「ご自由に、感じたまま、遭ったままをお話下さい」

A「分かりました。あれは――」
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/07/30(木) 06:12:43.03 ID:VcFikOLj0
 三年前の、夏場の話です。

 仕事の関係で、その頃夕張に住んでいたんですよ。

 夕張――北海道の地名です。

 昔は炭鉱なんかで随分と栄えたそうなんですが、私が越した頃にはもう随分と寂れていて。

 まあ、その分自然が凄いんですよ。

 マンションの五階部分に住んでいたんですけどね、べランダから見て右手、数百メートル先に山があるんです。近いでしょう?

 麓がスキー場になっているんですがね。夏場でも夜になるとオレンジ色の照明が付いて、木々を照らすんです。

 その景色が何だか気に入って、夜になる度にベランダから眺めていたんです。

――ある日の、夜の事です。

 その日も風呂上がりにベランダに出て景色を眺めていたら、

「あれ?」

 さっき話した麓のスキー場に、誰か居るんですよ。

 オレンジ色の照明の直ぐ下です。

 それ、女なんです。

 女が、ふらーふらーって、左右に揺れているんですよ。

 数百メートルは離れているって話したじゃないですか。

 それでも見えるくらい大きいんです。その女。

 体感ですが3,4メートルはあるんですよ。

 私、驚いて思わず尻餅をついてしまって。 

 で、改めて女の方を見るとね、居るんですよ、やっぱり。

 見間違いなんかじゃないんです。

 大きな女が左右に揺れているんですよ。

 いよいよ怖くなってしまって、慌てて部屋の中に戻りまして。

 それから暫くは、ベランダに出られませんでした。

 ただ、人間って不思議なものですよ。

 一か月も経つと、その時の怖さなんて忘れてしまうんですよね。

――飲み会があった夜に、ふらっとベランダに出てみたんですよ。 

 そこではじめて、あの女の事を思い出しまして。

 恐る恐る、山の方を見てみたんです。

 すると、女は居なかった。

 で、安心して左手の住宅街の方をチラッとみたんです。

 驚きました。

 女が居るんです。

 あの時の3,4メートルくらいの女が、今度は住宅街の歩道のところで、ふらーふらーって左右に揺れているんです。

 それからの事、ベランダに出る度に女を見るようになりました。

 場所も方角もばらばらなんですが、必ず何処かに居るんです。

 決してこっちに近づいてくるだとか、そんな事はなかったんですがね。

 仕事の関係でで翌年また引っ越して、それきりです。

 あれは、何だったんでしょうかね。
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/07/30(木) 06:20:10.34 ID:VcFikOLj0
男「……面白い」

A「すいません、山もオチもない話で」

男「いえいえ、興味深いですよ」

A「男さん。あの女って、一体何だったんでしょうか」

男「すいません。僕はただの怪談好きなので、何とも」

A「そうですよね。すいません……。ただ、何だか納得がいかないんです。もやもやするというか」

男「ははは、分かりますよ。せめてオチが欲しいというか」

A「そうそう、そうなんですよ!」

男「――じゃあ怪談好きとして、一つだけ」

A「是非お願いします」

男「その女って、いつも左右に揺れていたんですよね」

A「ええ、そうです」

男「いつでも何処に居ても、それこそ右手の麓に居ようが、左手の住宅街に居ようが、必ず左右に揺れていたと」

A「それが、なんだっていうんですか?」

男「ちょっと考えてみて下さい。何処に居ても左右に揺れているという事は、その女はいつも同じ方向を見ていたという事なんですよ。ほら、もし女が横を向いて左右に揺れていたら、Aさん側からは、縦に揺れているように見える筈でしょう?」

A「……あ」

男「つまりその女は、ずっと貴方を見ていたんですよ」

『ベランダ』
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/07/30(木) 06:26:58.50 ID:VcFikOLj0
夜、居酒屋

男「乾杯! 久しぶりだな」

B「ほんとな。高校卒業以来か?」

男「ちゃんと就職出来た?」

B「いやぁ危なかったよ。何とか決めて大学卒業って感じだな。卒業旅行する暇もなかったわ」

男「ははは、お疲れ」

B「で、お前は? まだ怪談とか好きなの?」

男「仕事の事を聞いてよ。まあ、まだ好きだけどさ」

B「分かんない趣味だよなぁ。わざわざ怖がって何が楽しいんだか」

男「ははは。そう言われると何も言えないな」

B「お前ってさ、幽霊とか本当に居ると思うの? なんというか、死後の世界みたいな」

男「分かんない」

B「え! 居るって言わないんだ」

男「分かんないものにあれこれ言えないよ。居るかもしれない、とは思うけど」

B「つまんないなぁ」

男「ひでーなおい。じゃあさ、三途の川って知ってる?」

B「なに突然。まあ知ってるけど」

男「例えば、いつかBが死んで幽霊になったとする」

B「急に殺されたんだが」

男「まあ聞けって。で、その辺をふわふわと浮いている訳だ。する事もなく、誰かと話す事も出来ない」

B「寂しいなぁ」

男「そう、寂しい。で、どうする?」

B「えぇ、どうするかな……あ、三途の川」

男「じゃあBは三途の川に向かう。でも三途の川って何処にあるんだ?」

B「どっかの川だろ。探したらあるんじゃない?」

男「それだよ。だから水場の怪談が多いのかなって思うんだ。幽霊って元は人だろ? だから漠然と抱えていた死後の世界のイメージに釣られて、川だとか、そういう場所に集まるんじゃないだろうかってね」

B「なるほど……」

男「そうそう」

B「――え、終わり?」

男「うん。ほら、怪談はこういう妄想染みた楽しみ方も出来るんだぜっていう話だよ。怪談を話すと幽霊が集まる理由は何だろう、とかさ。そういう事を考えるのって、楽しくない?」

B「楽しくねえよ!」

男「えー楽しいのに。丁度良い、なんか怖い話してよ」

B「えー俺がかよ」

男「いいじゃん。大学で一つ二つ聞いたろ?」

B「そうだなぁ……あ、一つあるわ」

男「いいね、聞かせてくれ」
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/07/30(木) 06:35:56.88 ID:VcFikOLj0
 サークルの後輩に聞いた話なんだけどさ。

 そいつの彼女が結構面白い奴だったんだよ。

 なんつーか、有体にいえば、見えるんだよ。その子。

 でも、本人は信じてないんだって。お化けとか幽霊とか、そういうものをな。

 例えば二人でデートをしている最中に、彼女が誰かにぶつかって謝ったんだってさ。

 でも近くには誰も居ない。彼女は一体誰にぶつかったんだっていう。

 で、これを当の本人が信じないと。「いやいや見間違いだよ!」とか言って、流しちゃうんだってさ。

 後輩としては、一緒に何処かに行く度にこんな事が起こるから「絶対何か見えてるだろ」って思っていたらしんだけどね。

 で、そんな変な体験する癖に何も信じない彼女が、ある時「そういうものって本当に居るんだ」と思った体験があるんだよ。

――俺が三年の時だから、あいつらが二年の時か。

 彼女、電車で通学していてさ。その日もバイト終わりの夜七時過ぎに、電車に乗ったんだよ。

 夜七時っていったら、混む時間帯だろ?

 彼女が乗った車両も、もうぎゅうぎゅうでさ。

「大変だなぁ」って思いながら、吊り革に掴まったんだと。

 で、しばらく乗ってて。

 ふと気付いたら、立ったまま身体が動かないっていうんだよ。金縛りってやつだな。

 叫びそうになったらしいんだけど、口も動かないからどうしようもない。

 で、オロオロしてたら、視線の先に何かがあるんだって。

 目の前に電車の窓があったらしいんだけどさ。

 そこに、幽霊が沢山映っていたんだよ。夜の真っ黒な電車の窓に。

 彼女、そいつらは絶対幽霊だって分かったらしいんだよ。

 まず半透明なんだって。半透明の男女が何十人も窓の向こうに居て、全員がじーっとこっち見ているんだよ。

 で、全員片手を上げてこっちに振っているんだと。

 な、怖いだろ?

 でもさ、ちょっとして「あっ」て気付いたらしいんだ。

 窓の向こうに、自分も居るんだよ。半透明の姿で。

 彼女が見ていたものって、窓の反射、つまり車両の中だったんだよ。そりゃあ半透明だよって。

 窓の向こうの奴らは、手を振っていたんじゃなくて、吊り革に掴まっていたんだよ。

――そこで身体が動いたらしくてさ、慌てて振り返ったんだ。

 そしたらな、誰も乗ってなかったんだって。その車両。彼女以外。

 呆然として突っ立っていたら、次の駅に着いてさ。

 そこで乗ってきた奴らも「あれ、なんでこの車両だけ空いているんだ?」って顔をしていたらしいよ。

 そういう話。
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/07/30(木) 06:41:33.08 ID:VcFikOLj0
B「――で、それ以来彼女は幽霊を信じるようになったっていうんだ」

男「気味が悪いなぁ、その話」

B「なー。話さなきゃ良かった」

男「幽霊列車に似た話だね。終電過ぎの線路を幽霊を乗せた電車が走るっていう」

B「ははは。じゃあ彼女が見た奴らは、乗る時間を間違えたんだな、きっと」

男「そういえばさ、お前って千葉の大学に通っていたよな?」

B「え? うん、そうだけど」

男「その彼女って、どの駅から帰っていたの?」

B「知らんわ。バイトをしていたから、帰りに乗る駅、俺らと違ったんだよ」

男「そうかぁ、残念だ」

B「あ、待て。一回後輩と遊びに行った事があるんだった。そうだ、八積だ。八積駅から乗っていた筈」

男「おお、どっち方面に?」

B「茂原駅の方」

男「そうか!」

B「何で嬉しそうなんだよ」

男「いや、八積駅から茂原駅への線路ってさ、阿久川っていう川の上を通っているんだけどね」

B「うん」

男「この川、途中で一宮川に繋がって、その後三途川にぶつかるんだよ」

B「三途川? 三途川って、三途の川?」

男「そう。三途の川と同じ字面だよ。昔気になって調べた事があってさ。結局オカルト的な謂れはない川だったんだけどね」

B「待て待て。何だよそれ……」

男「不思議だよな。三途の川の話をした直後に、たまたま繋がりのある話が出てきた」

B「やめろよ、気持ち悪い」

男「ごめんごめん……渡る川を間違えたのかもしれないな、彼らは」

B「やめろったら」

『三途の川』
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/07/30(木) 06:44:57.64 ID:VcFikOLj0
夜、ドトールコーヒー

男「すいません、遅くなってしまって」

C「大丈夫ですよ。ついさっき来たばかりです」

男「ブレンドのSサイズをお願いします――じゃあ、早速聞かせてくれますか?」

C「はい。あの、僕、地元が山形なんですけど、去年帰省した時に、くねくねをみたんです、多分」

男「くねくねですか! 洒落怖で有名なあれですよね?」

C「あはは。はい。で、えっと」

男「うんうん」

C「去年の暮れに、新幹線で帰省したんですけどね?」

男「はい」

C「新幹線を降りて、バスに乗り継いで、窓の向こうに白い服を着ている女の人が居るんですよ」

男「え?」

C「で、バス降りたら、畑があるんですけどね? そこ、うちの実家の畑なんです」

男「は、はぁ」

C「それで、えっと――」
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/07/30(木) 06:48:55.65 ID:VcFikOLj0
 久しぶりに帰ったら、年末だった事もあって親戚が皆集まっていたんです。といっても、十人くらいですが。

 で、ご飯を食べて、お風呂に入って、廊下に白い服を着た女が居たんです。

 その日は直ぐに寝ました。

 翌日の、朝の五時くらいの事ですよ。

 ふと目が覚めたんです。

 その時、なんだか外の様子が気になったんですね。

 白い服を着た女も居て。

 で、カーテンを開けて窓の外をみたら、まだ薄暗い畑の中に、何か居るんですよ。

 それは、手足がついているピンク色の何かでした。多分、それがくねくねなんですよ。

 だって、ばたばたばたって動いているんです。ネットの話の通りに。

 遠目でも分かったんです。

 あれ、くねくねですよ。

 どう思いますか?
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/07/30(木) 06:51:10.21 ID:VcFikOLj0
C「絶対くねくねですよね?」

男「あの、すいません」

C「なんですか?」

男「白い服を着た女って、なんですか?」

C「なんですかそれ?」

男「いや、今何度か言っていませんでしたか?」

C「言っていないですよ。くねくねの話しかしていません」

男「あの、聞きながらメモをしていたんですけどね、ほら」

C「言っていないですよ」

男「……そうですか。すいません」

C「それで、くねくねの話ですよ。やっぱりあれは、くねくねですよね?」

男「そうですね。そうなのかもしれません」

C「やっぱり。そうなんですよ。凄いですよね」

――何度も怪談を聞き取りをしてきた中で、録音しなかった事をこれ程後悔した事はない。

『白い服を着た女』
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/07/30(木) 06:53:17.18 ID:VcFikOLj0
昼過ぎ、老人ホーム内レクリエーションルーム

D「――男さん、結婚は?」

男「いえ、まだです」

D「ボランティアなんてしている暇があったら、恋人を作りなさい」

男「すいません……」

D「そういえば、今日のお昼は美味しかったわね」

男「そうなんですか?」

D「アジがね、美味しかったの」

男「良かったですね」

D「こんな話、つまらなくはない?」

男「そんな事ないですよ。思い出話だとか、好きなんです」

D「そういえば、怖い話が好きなんだって?」

男「ははは。はい、好きですよ。それが目的で来ている節もあるくらいで」

D「――不思議な話ならあるけど、聞く?」

男「是非!」

D「えっとね、もう六十年くらい前なんだけど――」
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/07/30(木) 06:54:57.84 ID:VcFikOLj0
 出目金って知ってる? 金魚の仲間なんだけどね。

 私が子供の頃、ある日お父さんが買ってきてくれたの。金魚鉢と一緒にね。

 黒くて目がぎょろっとしている、あれよ。

 とっても可愛くてね、私、気に入っちゃって。

 居間の戸棚の上にね、金魚鉢を置いていたんだけれども。

 私、それを毎日眺めていたの。

 でもね、お母さんが掃除をしている最中に、戸棚にぶつかっちゃってね。

 金魚鉢が床に落ちて、割れちゃったの。

 直ぐお鍋に水を入れて、出目金を入れたんだけどね。

 傷が付いたみたいで、直ぐに死んでしまって。

 でも、金魚ってほら、あんまり頭が良くないでしょう?

 それからね、たまに戸棚の上を見ると。

 出目金が泳いでいたのよ。宙を。

 自分が死んでるって、気付いていなかったのね。きっと。
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/07/30(木) 06:57:19.17 ID:VcFikOLj0
D「その後一か月くらい、度々泳いでいる出目金を見たわ」

男「面白い話ですね」

D「そうでしょう。家族は誰も信じなかったんだけどね。私は確かに見てた」

男「僕は信じますよ」

D「ありがとう」

男「いえ」

D「私も泳ぎたいわね。もう何年海に行っていないんだろう」

男「そうなんですか?」

D「今泳ごうとしたら、きっと溺れちゃうわね」

男「ははは」

D「何笑ってるの」

男「すいません」

D「いつかまた泳ぎたいわね。いつか」

『出目金』
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/07/30(木) 06:59:14.96 ID:VcFikOLj0
夜、バーカウンター

E「次は何を飲む?」

男「お任せで。俺、お酒詳しくないんですよ」

E「ははは、知ってる」

男「でも凄いですよね。サラリーマンからすると、三十代でバー経営っていうのは憧れですよ」

E「いや、大したもんではないんだよ。店の費用もうちの爺さんが出してくれてね」

男「良いお爺さんですね」

E「子供の頃から、なんというか、俺、お爺ちゃん子だったもんで、困ったら何でも相談してたなぁ」

男「――昔話とか、聞いたりしていたんですか?」

E「あーなに、また怖い話?」

男「あはは。もしあれば、是非」

E「そうだなぁ。じゃあ、爺さんの思い出でも話そうか」
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/07/30(木) 07:11:24.31 ID:VcFikOLj0
 うちの爺さんな、昔、猟師をやっていたんだよ。

 マタギ、狩人、猟師――言い方は色々あるけれど、ようするに鹿やら猪やらを山で狩っていた訳だ。

 その頃の思い出話の一つに、気味の悪い話があったんだよ。

 爺さんが若い頃にはな、ベテランの猟師の中で、ルールというか、暗黙の了解みたいなものがあったんだ。

 猿は撃つな。そういうルール。

 ほら、猿って頭が良いだろう? だから猟師が銃を向けると、両手を合わせて跪いて、命乞いをするっていうんだよ。丁度、拝むみたいにさ。

 それが何とも気味の悪い姿らしくてな。いつしか、猿は撃つなっていうルールが出来たそうなんだよ。

 だけど、猿って田畑を荒らす害獣の一種だろ? 市や農家から駆除の依頼がよくあったらしいんだ。

 それも、今の価値でいうと一匹につき三万円前後。それでもベテランは手を出さなかったらしいんだが、金の欲しい若手はそうはいかなくてな。

 爺さんの友人の岡田って奴も、そんな金の欲しい若者の一人だった。岡田はある日、猿に手を出したんだ。それも一匹や二匹じゃきかない数を。つまり、猿撃ち専門の猟師になった。

 一方爺さんは、ベテランの猟師達の教えを守って鹿や猪ばかり狩っていたから、岡田とは疎遠になっていったらしい。

――暫く経ったある日。用事があって爺さんが役場に行ったら、丁度その岡田と鉢合わせた。

 元々仲は良かったから、世間話に興じたらしいんだけどな?

 岡田の様子が、何だか変だったっていうんだよ。

「よう! 元気か」と言って、両手を合わせる。

「○○の件、どうだい」と言って、また拝む。

 話の間中、時折そんな事をするんだよ。まるで猿みたいに。

 爺さん、段々心配になってきてな。聞いてみたんだと。

「なぁ、岡田。猿撃ちって、まだやっているのか?」

 すると、岡田はニヤニヤして懐から大金を取り出したそうだ。

「今日も、四匹狩ってきたんだ」

 そう言ったらしい。

――それから一か月くらい経った頃だよ。岡田が入院したっていう話が爺さんの耳に入ってきた。

 山で足を滑らせて、足の骨を折ったと。それを聞いて爺さんは直ぐ見舞いにいったそうだ。

 病室に入ると、カーテンの閉まった薄暗い部屋の中で岡田は寝込んでいた。

「いやぁ。猟師が足を折るだなんて、お前もまだまだだなぁ」なんて冗談っぽく声を掛ける。

 でも、岡田は黙ってじっと爺さんを見ているんだと。

 その様子に、爺さんも段々気味が悪くなってきてな。カーテンを開けようと窓辺に近づいたんだ。その時。

「猿にやられた」

 岡田がそう呟いた。

 爺さんはそれを「猿を狙っていて、うっかり足を滑らせた」だとか、そんな意味だと思ったらしんだ。

 でも、そうじゃなかった。

 岡田が言うには、山を登っている最中に、突然猿が襲い掛かってきたらしいんだ。

 慌てて何発も銃を撃ったらしい。でも、それでも猿は止まらなかったと。弾が当たっていたかどうかは分からない。

 で、岡田が続けてこう言うんだよ。

「また来た。ほら、猿だ。窓の向こうからこっちを見ている」って。

 でも、カーテンは閉まっているんだ。見える筈がない。その筈なんだ。

 爺さんはそう思いながらも、結局カーテンを開ける勇気は出なかったんだと。

 もしかしたら、本当に猿がそこに居るのかもしれない。そんな疑念を振り払えなかったそうだ。

――その後の話だ。

 岡田は退院した後、猟師を止めたらしい。

 翌年、酒の飲み過ぎで肝臓を悪くして亡くなったそうなんだが、死ぬ間際までずっと時折――

「山に行くのが怖い。猿が怖い。猿が怖い」と、言っていたそうだ。
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/07/30(木) 07:13:08.02 ID:VcFikOLj0
E「――って話よ」

男「面白いです。山の話は幾つも聞いた事がありますが、猿が拝むっていうのは初めて聞きました」

E「他にもあるぞ? 首だけの鹿が川で水を飲んでいるのを見ただとか、神隠しにあった奴が居るだとか」

男「山っていうのは、色々あるものですね」

E「そうだなぁ」

男「お爺さんは、その後どうなったんですか?」

E「暫く猟師を続けて、その後すっぱり止めたよ。息子――つまり俺の親父が生まれて直ぐの話だそうだ」

男「そうですか。じゃあ、結局猿は撃たなかったんですね」

E「いいや、撃ったよ」

男「え?」

E「子供が出来て、金が必要になって。結局撃ったんだよ。何匹も何匹も。怖さより金。人間は凄いよな、ははは」

男「えっと、それは……大丈夫だったんですか?」

E「右手の指が三本欠けていたよ。理由は知らないが」


『猿撃ち』
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/07/30(木) 07:15:13.34 ID:VcFikOLj0
男「ねえ、なんか怖い話して」

父「そうだなぁ。じゃあ、お母さんに内緒な? 怒られるから」

男「はーい」

父「お父さんが若い頃な、一人暮らしをしていたんだよ。ボロボロのワンルームで」

男「うん」

父「で、夜寝ているとな? 玄関の戸が開く音がするんだ。鍵、閉まってる筈なんだぞ?」

男「うんうん!」

父「そうしたらな、俺の親父が立っているんだよ」

男「なんだ、お爺ちゃんか」

父「いやいや、でもおかしいんだよ。親父の後ろに、もう一人誰か立っていたんだ」

男「え?」

父「あれ、だれだろうって思っていたらな? その人影が、ぬるーって親父の前に出てきた」

男「怖い……」

父「そいつはな、鼻がやけに長くて、口をニタリとさせた、爺さんだったんだよ――で、目が覚めた」

男「……え、終わり!?」

父「ああ、終わりだ。夢だったのかもしれん」

男「なにそれ! つまんない!」

父「酷いなおい! せっかく話したのに」

『父の話』
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/07/30(木) 07:16:29.64 ID:VcFikOLj0
昼、リビング

男「お母さんお母さん」

母「なに?」

男「怖い話して!」

母「やーだ」

男「なんで!」

母「そういうの嫌いだから」

男「えー! 話してよ!」

母「やーだったら」

男「じゃあなんで嫌いなのかだけ教えて?」

母「え?」

男「なんで怖いの嫌いなの?」

母「はあ、仕方ないなぁ。お父さんと結婚したての頃にね、夜中に目を覚ましたら、天井に顔があったのよ。知らない人の顔」

男「怖い!」

母「鼻が長くて、ニタニタ笑っているお爺さんだった。まあ、多分夢だけどね」

男「……あれ?」

母「それから怖いものは嫌いなの。あ、この話お父さんには内緒ね? 絶対面白がるんだから」

『母の話』
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/07/30(木) 07:17:28.21 ID:VcFikOLj0
夜、子供部屋

兄「……」

男「お兄ちゃん、遊戯王やろ?」

兄「……」

男「お兄ちゃん、ねえ」

兄「男、あれ見える? 窓の外」

男「え? 真っ暗で何にも見えないよ」

兄「顔があるよ。お爺ちゃんの顔。笑ってる。鼻が長い。ほら」

男「見えないよ?」

兄「あ、消えた。なんだろう。あれ」

『兄の話』
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/07/30(木) 07:19:10.58 ID:VcFikOLj0
夜、占い師が居る喫茶店

男「――えっと、よろしくお願いします」

F「多分貴方、占いとか信じていないでしょ?」

男「え? いや、そんな事は……」

F「大丈夫大丈夫、リラックスしていいんだよ?」

男「実は、友人の紹介で来たもので。占いだとか、一回もしたことがないんですよ。だから、その、すいません」

F「それでいいの。占いなんて、話半分で聞くものだから」

男「……意外ですね。占い師の人がそんな事を言うなんて」

F「そう? だから、おばちゃんの世間話を聞いているみたいなニュアンスで聞いてね? 実際おばちゃんだしね」

男「ははは、分かりました」

F「鼻の長い老人が笑っている。心当たりはある?」

男「……え?」

F「間違えた?」

男「いや、心当たり、あります……」

F「ごめんね、怖がらせて」

男「大丈夫です。びっくりしただけです」

F「えっと、聞きたい? この話」

男「お願いします」
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/07/30(木) 07:21:15.90 ID:VcFikOLj0
 これから私が話す事は、きっと嘘っぽく聞こえるだろうし、実際本当かどうかなんて証明のしようがないものなの。

 だからさっきも言った通り、話し半分で聞いてね。

 鼻の長いお爺さんが貴方の家に居る。いえ、アパートの方ではなくて、貴方の実家でしょう。

 ごめんね。正体だとか、そういうものは分からないの。私、霊能力者じゃなくて、ただの占い師だからね。

 そうそう、全然別物よ。ほんと、ただのおばちゃんなんだから。

 そうねぇ……貴方、もしくはご家族の誰かで、水場で何か悪い事をしなかった?

 それが理由ね。それは分かる。

 貴方の実家、神棚があるでしょう。そう。だから入ってこられないみたい。

 でも、別に悪さをしようって訳でもないみたいよ。何もする気がない。

 強いて言えば、見てる。

 ただじっとお家の中を眺めてる。もうずっと長いことね。

 それくらいかな、分かるのは。言葉足らずでごめんね。
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/07/30(木) 07:22:31.79 ID:VcFikOLj0
男「あの、どうすればいいんでしょうか」

F「さあ……どうしようね」

男「御祓いとかした方がいいんですかね?」

F「そういうのは分からないってば」

男「あ、すいません」

F「ごめんね、使い物にならなくて」

男「いや、そんな事は」

F「貴方は、その老人を見た事がある?」

男「いえ。家族の中で、僕だけ見た事がないんです」

F「じゃあ、気をつけなさい」

男「何をですか?」

F「全部よ。だって貴方のアパート、神棚ないでしょう?」

『占い師の話』
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/07/30(木) 07:25:06.40 ID:VcFikOLj0
夜、ラブホテル駐車場、車内

男「――じゃあ帰ろっか」

G「あ!」

男「どうしたの?」

G「ごめん……部屋に時計忘れてきちゃった」

男「俺、取ってくるよ。あ、部屋会計だから、入ったらもう一回支払わないと駄目なのか」

G「そうなの……どうしよ」

男「大丈夫だよ。ホテルのロビーに電話を掛けて、取りに行って貰おう」

G「そうだね」

男「あ、繋がった。――という事なんですが、お願い出来ませんか? ありがとうございます」

G「大丈夫だった?」

男「うん、車まで持ってきてくれるって」

G「よかったぁ」

――コンコン

男「ああ、これです。ありがとうございました。はい、すいません」

G「……」

男「よし、帰るか。コンビニ寄ってい――」

G「ねえ」

男「ん?」

G「あの人、今どこから来た?」

男「車の後ろの方から」

G「ホテル、車の前だよ? 後ろは壁でしょ。ほら?」

男「……あ」
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/07/30(木) 07:27:12.64 ID:VcFikOLj0
深夜、高速道路、車内

G「さっきの人絶対お化けだよ!」

男「どうだろうなぁ。でも、時計もちゃんと渡してくれたし」

G「ありえないよ! だって車の後ろ壁しかなかったじゃん! 私達に気付かれないで後ろに回るなんて無理だよ!」

男「落ち着けって。大丈夫だから」

G「絶対お化けだよ。あの男の人」

男「え?」

G「あの男の人絶対お化けだって!」

男「いや、女だったろ」

G「男だったよ! 怖い事言わないで!」

男「いや、髪長かったし、声だって」

G「違うよ! お爺さんだったでしょ? 鼻が長くて、笑っているお爺さん!」

男「……嘘だろ?」

 家族や近しい人の中で、僕だけが、まだ見たことがないんです。

『僕の話』
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