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男「怪談蒐集」
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1 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2020/07/28(火) 13:36:09.54 ID:wDe8Cet90
※昔集めた話を、極力ありのまま書きます。
昼、喫茶店
カランカラン
A「あ、男さんですか?」
男「はい、はじめまして。Aさんですね?」
A「そうです。いやあ、オフ会というか、なんというか。ネットで知り合った人と会うのって、初めてなんですよ」
男「緊張しないで大丈夫ですよ、リラックスしていきましょう」
A「慣れてるんですね、取材」
男「ははは、取材なんて大層なものじゃないですよ。趣味です、趣味」
A「は、はい。それでは……えっと、ははは。何から話せばいいんでしょうかね」
男「ご自由に、感じたまま、遭ったままをお話下さい」
A「分かりました。あれは――」
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1595910969
2 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2020/07/28(火) 13:36:59.49 ID:wDe8Cet90
三年前の、夏場の話です。
仕事の関係で、私、その頃夕張に住んでいたんです。
夕張、北海道の地名ですよ。
昔は炭鉱なんかで随分栄えたそうなんですが、私が越した時にはもう随分と寂れていて。
まあ、その分自然が凄いんですよ。
マンションの五階部分に住んでいたんですけどね、べランダから見て右手、数百メートル先に山があるんです。近いでしょう?
麓がスキー場になってるんですがね、夏場でも夜になると、オレンジ色の照明が付いていて、木々を照らしているんです。
その景色が何だか気に入って、夜になる度にベランダに出て眺めていたんです。
――ある日の、夜の事です。
その晩も、風呂上がりにベランダに出て景色を眺めていたら、
「あれ?」
さっき話した山間のスキー場のところに、誰か居るんですよ。
オレンジ色の照明の、直ぐ下です。
それ、女なんです。
女が、ふらーふらーって、左右に揺れているんですよ。
数百メートル離れているって話したじゃないですか。
それでも見えるくらい、大きいんです。その女。
体感ですが、3,4メートルはあるんですよ。
私、驚いて思わず尻餅をついてしまって。
で、改めて女の方を見るとね、居るんですよ、やっぱり。
見間違いなんかじゃないです。
大きな女が、左右に揺れているんですよ。
いよいよ怖くなってしまって、慌てて部屋の中に戻りまして。
それからしばらくは、ベランダには出られませんでした。
ただ、人間って不思議なものですよ。
一月も経つと、その時の怖さなんて、忘れちゃうんですよね。
――飲み会があった夜に、ふらっとベランダに出てみたんですよ。
そこで、あの女の事をはっと思い出しまして。
恐る恐る、山の方を見てみたんです。
そしたら、女は居なかった。
で、安心して左手の住宅街の方をチラッとみたんです。
驚きました。
女、居るんです。
あの時の、3,4メートルくらいの女が、住宅街の歩道のところで、
ふらーふらーって、左右に揺れているんです。
それからの事、ベランダに出る度に、女を見るんです。
場所も方角もばらばらなんですが、必ず何処かに居るんです。
決して、こっちに近づいてくるだとか、そんな事はないんですが。
翌年引っ越して、それきりなんですが、あれは、何だったんでしょうかね。
3 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2020/07/28(火) 13:38:11.01 ID:wDe8Cet90
男「……なるほど」
A「いや、ははは。すいません、山もオチもなくて」
男「いえいえ、興味深いですよ」
A「男さん、あの女って、何だったんでしょうか」
男「すいません。僕はただの怪談好きなので、何とも」
A「そうですよね、すいません……。ただ、何だか納得がいかないんです。もやもやするというか」
男「ははは、分かりますよ。せめてオチが欲しいというか」
A「そうそう、そうなんですよ!」
男「――じゃあ、怪談好きとして、一つだけ」
A「是非お願いします」
男「その女って、左右に揺れていたんですよね、いつも」
A「え、ええ。そうです」
男「いつも、何処に居ても、それこそ右手の山間にいようが、左手の住宅街にいようが、左右に揺れいたと」
A「それが、なんだっていうんですか」
男「ちょっと考えてみて下さい。何処でも左右に揺れているっていう事は、それ、同じ方向を見ているって事なんですよ。ほら、もしそいつが横を向いて左右に揺れていたら、Aさんからすると、縦に揺れる筈でしょう?」
A「……あ」
男「そいつ、ずっと同じ方向を見ていたんです。ずっと、貴方を見ていたんですよ」
『ベランダ』
4 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2020/07/28(火) 13:54:56.90 ID:wDe8Cet90
居酒屋
男「乾杯! 久しぶりだな」
B「ほんとなー、高校卒業以来か」
男「ちゃんと就職出来た?」
B「いやぁ危なかったよー、何とか決めて大学卒業って感じ。卒業旅行する暇もなかったわ」
男「ははは、お疲れ」
B「で、お前は? まだ怪談とか好きなの?」
男「仕事の事聞いてよ。まあ、まだ好きだけど」
B「分かんない趣味だよなぁ。わざわざ怖がって何が楽しいんだか」
男「ははは、そう言われると何も言えないな」
B「お前ってさ、幽霊とか本当に居ると思うの? なんというか、死後の世界みたいな」
男「分かんない」
B「え! 居るって言わないんだ」
男「分かんないものにあれこれ言えないよ。居るかもしれない、とは思うけど」
B「つまんないなぁ」
男「ひでーなおい。んー、じゃあさ、三途の川って知ってる?」
B「なに突然。まあ知ってるけど」
5 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2020/07/28(火) 14:05:45.11 ID:wDe8Cet90
男「例えばさ、いつかBが死んだとして、幽霊になったとする」
B「急に[
ピーーー
]な」
男「まあ聞けって。で、ふわふわ浮いてる訳だ。する事もなく、誰かと話す事も出来ない」
B「寂しいなぁ」
男「そう、寂しい。で、どうする?」
B「えぇ、どうするかな……あ、三途の川」
男「Bは三途の川に向かう。でも三途の川ってどこ?」
B「どっかの川だろ。探したらあるんじゃない?」
男「それだよ。だから水場の怪談って多いのかなって思ったりするんだ。幽霊って、元は人だろ? だから、漠然と抱えていた死後の世界のイメージに釣られて、川だとか、そういう場所に集まるのだろうかって」
B「なるほど……」
男「そうそう……」
B「――え、終わり?」
男「うん。ほら、こういう妄想染みた楽しみ方も出来るんだぜっていう。怪談を話すと幽霊が来る理由は、だとかさ。そういう事を考えるのって、楽しくない?」
B「楽しくねえよ!」
男「えー楽しいのに。丁度良い。なんか怖い話してくれよ」
B「えー俺かよ」
男「いいじゃん。大学で一つ二つ聞いたろ?」
B「そうだなぁ……あ、一つあるわ」
男「いいね、聞かせてくれ」
B「えっと、大学の後輩に聞いた話なんだけどさ」
6 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2020/07/28(火) 14:29:04.23 ID:wDe8Cet90
サークルの後輩に聞いた話なんだけどさ。
そいつの彼女が、結構面白い奴だったんだって。
なんつーか、有体にいえば、見えるんだよ。その子。
でも、本人は信じてないんだって、そういうの。そう、お化けとか幽霊とか、そういうやつを。
例えば、二人でデートしてる途中、彼女が誰かにぶつかって、謝ったんだってさ。
でも、近くには誰も居ない。彼女は一体誰にぶつかったんだっていう。
で、これを当の本人が信じないと。「いやいや、見間違いだよ!」とか言って、流しちゃうんだと。
後輩としては、一緒に何処かに行く度にこんな事が起こるから「いやいや絶対何か見えてるだろ」って思ってたらしんだけどね。
で、そんな体験する癖に信じない彼女が、ある時「そういうものって居るのかもしれない」って思った体験があるんだよ。
――俺が三年の時だから、あいつらが二年の時か。
彼女、電車で通学していてさ。その日も大学終わって夜の七時過ぎに、電車に乗ったんだよ。
夜の七時っていったら、混む時間帯だろ?
彼女が乗った車両も、もうぎゅうぎゅうでさ。
「大変だなぁ」って思いながら、吊り革に掴まったんだと。
で、しばらく乗ってて。
ふと気付いたら、立ったまま、身体が動かないっていうんだよ。金縛りってやつだな。
叫びそうになったらしんだけど、口も動かないからどうしようもない。
で、オロオロしてたら、視線の先に何か映ったんだって。
目の前に電車の窓があったらしいんだけどさ。
そこに、幽霊が沢山映っていたんだよ。夜の、真っ黒な電車の窓に。
それ、絶対幽霊だって分かったらしいんだよ。
まず半透明なんだって。半透明の男女が何十人も窓の向こうに居て。
全員じーってこっち見てるんだよ。
で、全員片手を上げて、ふらふら振ってるんだと。
な、怖いだろ?
でもさ、ちょっとして、「あっ」て気付いたらしんだ。
窓の向こうに、自分も居るんだよ。半透明で。
彼女が見ていたものって、窓の反射、つまり車両の中だったんだよ。そりゃ半透明だよって。
窓の向こうの奴らは、手を振ってたんじゃなくて、吊り革に掴まってたんだよ。
――そこで身体が動いたらしくてさ、慌てて振り返ったんだよ。
そしたらな、誰も乗ってなかったんだって、その車両。彼女以外。
呆然として突っ立ってたら、次の駅に着いてさ。
乗ってきた奴らも「あれ、なんでこの車両だけ空いてるんだ?」って顔してたらしいよ。
そういう話。
7 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2020/07/28(火) 14:47:50.74 ID:wDe8Cet90
B「――で、それ以来彼女は幽霊を信じるようになったっていう」
男「気味悪いなぁ、その話」
B「なー、気味悪いわほんと。話さなきゃ良かった」
男「幽霊列車に似た話だな。終電過ぎに幽霊を乗せた電車が走っているっていう」
B「ははは。じゃあ彼女が見た奴らは、乗る時間間違えたんだな、きっと」
男「そういえばさ、お前って千葉の大学行ってたよな?」
B「え? うん、そうだけど」
男「その彼女って、どの駅から帰ってたの?」
B「知らん。バイトしてたから、帰りに乗る駅、俺らと違うんだよ」
男「あー残念だ」
B「あ、待て。一回遊びに行った事あるんだった。そうだ、八積だ。八積駅から乗ってた筈」
男「おお、どっち方面に?」
B「茂原駅の方」
男「そうか!」
B「何で嬉しそうなんだよ」
男「八積駅から茂原駅の間ってさ、阿久川っていう川が通ってるんだけどね」
B「うん」
男「この川、途中で一宮川に繋がって、その後、三途川にぶつかるんだよ」
B「三途川? 三途川って、三途川?」
男「そう。三途の川と同じ字面だよ。気になって調べた事あってさ。結局オカルト的な謂れはなかったんだけどね」
B「待て待て。何だよそれ……」
男「不思議だよな、三途の川の話をした後で、たまたま繋がりのある話が出てきた」
B「やめろよ、気持ち悪い」
男「ごめんごめん……渡る川を間違えたのかもしれないな、彼らは」
B「やめろったら」
『三途の川』
8 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2020/07/28(火) 15:00:50.02 ID:wDe8Cet90
夜、ドトール
男「いやぁ、すいません遅くなってしまって」
C「大丈夫です」
男「じゃあ、早速」
C「はい。あの、僕、地元が山形なんですけど、去年帰省した時に、くねくねみたんです、多分」
男「くねくねですか! 洒落怖で有名なあれですよね?」
C「あはは。はい。で、えっと」
男「うんうん」
C「去年の暮れに、新幹線で帰省したんです」
男「はい」
C「で、新幹線を降りて、バスに乗りついで、窓の向こうに白い服着てる女の人居るんですよ」
男「え?」
C「で、バス降りたら、畑があるんですけどね、そこ、うちの実家の畑なんです」
男「は、はぁ」
C「それで、えっと――」
9 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2020/07/28(火) 15:04:50.68 ID:wDe8Cet90
久しぶりに帰ったら、親戚が皆集まってるんです。といっても、十人くらいです。
で、ご飯食べて、風呂入って、廊下に白い服着た女が居たんです。
その日は直ぐに寝たんです。
翌日の、朝の五時くらいですよ。
目が冷めたんです。
その時、何か気になったんです。
白い服着た女も居て。
で、カーテン開けて、窓の外みたらね。
まだ薄暗い田んぼの中に、なんか居るんです。
ピンク色してるんですけどね、それ多分くねくねなんですよ。
ばたばたばたって、動いているんです。
遠目でも分かるんです。
あれ、くねくねですよ。
どう思いますか?
10 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2020/07/28(火) 15:11:38.40 ID:wDe8Cet90
C「絶対くねくねですよね?」
男「あの、すいません」
C「なんですか?」
男「白い服着た女って、なんですか?」
C「なんですかそれ?」
男「いや、Cさん、何回か言っていたじゃないですか」
C「言ってないですよ。くねくねの話です」
男「……あの、聞きながら、メモしてたんですけどね、ほら」
C「言ってないです」
男「……そうですか。すいません」
C「で、くねくねですよ。やっぱりくねくねですよね?」
男「そうですね。そうなのかもしれません」
C「やっぱり。そうなんですよ。凄いですよね」
――何度も聞き取りをしてきた中で、録音しなかった事をこれ程後悔した事はない。
『白い服を着た女』
11 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2020/07/28(火) 15:15:39.92 ID:wDe8Cet90
一旦区切り。
12 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2020/07/28(火) 15:22:13.33 ID:wDe8Cet90
昼過ぎ、老人ホーム、レクリエーションルーム
D「男さん、結婚は?」
男「いえ、まだです」
D「ボランティアなんてしてる暇あったら、彼女作んなさい」
男「すいません……」
D「今日の昼、美味しかったね」
男「そうなんですか」
D「アジがね、美味しかったの」
男「良かったですね」
D「こんな話つまらなくない?」
男「そんな事ないですよ、思い出話とか、好きなんです」
D「怖い話好きなんだって?」
男「ははは。はい、好きですよ。それが目的で来ている節もあるくらいで」
D「不思議な話ならあるけど、聞く?」
男「是非!」
D「えっとねぇ、もう六十年くらい前なんだけど――」
13 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2020/07/28(火) 15:27:20.80 ID:wDe8Cet90
出目金って知ってる? 金魚の仲間なんだけどね。
私が子供の頃、お父さんが買ってきてくれたの。金魚鉢と一緒にね。
黒くて、目がぎょろっとしている、あれよ。
とっても可愛くてね、私、気に入っちゃって。
居間のね、戸棚の上にね、金魚鉢を置いていたんだけれども。
私、毎日眺めていたの。
でもね、お母さんが掃除している時に、戸棚にぶつかってね。
金魚鉢が床に落ちて、割れちゃったの。
直ぐお鍋に水を入れて、出目金を入れたんだけどね。
傷が付いたみたいで、直ぐに死んでしまって。
でも、金魚って、ほら、あんまり頭が良くないでしょう?
それからね、たまに戸棚の上を見るとね。
出目金が、泳いでたのよ。宙を。
自分が死んでるって、気付いてなかったのね。
14 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2020/07/28(火) 15:30:45.56 ID:wDe8Cet90
D「一月くらいの間だけどね、確かに見たのよ」
男「面白い話ですね」
D「でしょう。家族の誰も信じなかったんだけどね、私は見てた」
男「僕は信じますよ」
D「ありがとう」
男「いえ」
D「私も泳ぎたいわねー。もう何年海に行ってないんだろう」
男「そうなんですか?」
D「今泳ごうとしたら溺れちゃうわ」
男「ははは」
D「何笑ってるの」
男「すいません」
D「いつかねー、泳ぎたいわね。いつかね」
『出目金』
15 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2020/07/28(火) 15:31:39.16 ID:wDe8Cet90
区切り。
16 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2020/07/28(火) 15:32:27.42 ID:wDe8Cet90
また明日書きます。SSで書くの難しいですね。
17 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/07/29(水) 05:00:20.43 ID:+9ex3nDBO
シンプルだけどおもしろ怖い
乙
18 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2020/07/29(水) 12:45:42.63 ID:jYHpJQUS0
夜、バーカウンター
E「次、何飲む?」
男「お任せで。お酒詳しくないんですよ」
E「ははは、知ってる」
男「でも、凄いですよね。サラリーマンからすると、30代でバー経営っていうのは、憧れですよ」
E「いやぁ、大したもんではないんだよ。店の費用も、うちの爺さんが出してくれてね」
男「良いお爺さんですね」
E「子供の頃から、なんというか、俺、お爺ちゃん子だったもんで、困ったら何でも相談してたなぁ」
男「――昔話とか、聞いたりしてたんですか?」
E「あーなに、また怖い話?」
男「あはは。もしあれば、是非」
E「そうだなぁ、じゃあ、爺さんの思い出でも話そうか」
19 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2020/07/29(水) 13:01:28.96 ID:jYHpJQUS0
うちの爺さんな、昔、猟師やってたんだよ。
マタギ、狩人、猟師、言い方は色々あると思うけど、ようするに、鹿やら何やらを山で狩ってた訳だ。
それで、爺さんからその頃の色んな話を聞いたんだけどな。
一つ、何だか気味の悪い話があったんだよ。
爺さんが若い頃にはな、ベテランの猟師の中で、ルールというか、暗黙の了解ってのがあったんだよ。
猿は撃つな。
そういうルール。
ほら、猿って頭が良いだろ? だから猟師が銃を向けると、両手を合わせて跪いて、命乞いをするっていうんだよ。丁度、拝むみたいに。
それが何とも気味の悪い姿らしくてな、いつしか猿は撃つなっていうルールが出来たそうなんだよ。
だけど、猿って田畑を荒らす害獣の一種だろ? 市や農家から駆除の依頼がよくあったらしいんだ。
それも、一匹につき今の価格で三万円前後。それでもベテランは手を出さなかったらしいんだが、金の欲しい若手はそうはいかなくてな。
爺さんの友人の岡田って奴が、ある日猿に手を出したんだ。それ一匹や二匹じゃきかない。猿を専門にし始めた。
一方爺さんは、ベテランの猟師達の教えを守って鹿ばかり狩っていたから、岡田とは疎遠になったらしい。
――しばらく経ったある日、用事があって、爺さんが役場に行ったら、丁度その岡田と鉢合わせた。
元々仲は良かったから、世間話に興じてな。
でも、岡田の様子が何だか変だっていうんだよ。
「よう! 元気か」と言って、両手を合わせる。
「○○の件、どうだい」と言って、また拝む。
話の間中、時折そんな事をするんだよ。猿みたいに。
爺さん、段々心配になってきてな。聞いてみたんだと。
「なぁ、岡田。猿撃ちって、まだやってるのか?」
20 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2020/07/29(水) 13:20:56.75 ID:jYHpJQUS0
すると、岡田はニヤニヤして、懐から大金を取り出したそうだ。
「今日も、四匹狩ってきたんだ」
そう言ったらしい。
それから一月くらい経った頃だよ。岡田が入院したっていう話が爺さんの耳に入ってきた。
山で足を滑らせて、足の骨を折ったと。それを聞いて、爺さんは直ぐ見舞いにいったそうな。
病室に入ると、カーテンの閉まった薄暗い部屋の中で、岡田は寝込んでいた。
「いやぁ、猟師が足を折るなんて、まだまだだなぁ」なんて、冗談交じりに声を掛ける。
でも、岡田は黙ってじっと爺さんを見てるんだと。
爺さんも段々気味が悪くなってきてな。カーテンを開けようと窓辺に近づいたら。
「猿にやられた」
岡田がそう呟いた。
爺さんはそれを「猿を狙っていて、うっかり足を滑らせた」だとか、そんな意味だと思ったらしんだ。でも、そうじゃなかった。
岡田が言うには、山を登っている途中、猿が襲い掛かってきたらしいんだ。
岡田は慌てて何発も銃を撃ったらしい。でも、それでも猿は止まらなかったと。弾が当たっていたかどうかは知らん。
で、岡田が続けてこう言うんだよ。
「また来た。ほら、猿だ。窓の向こうからこっちを見てる」って。
でも、カーテンは閉まってるんだ。見える筈がない。その筈なんだ。
爺さんはそう思いながらも、結局カーテンを開ける勇気は出なかったんだと。
もしかしたら、本当に猿がそこに居るのかもしれない。そんな疑念を振り払えなかったそうだ。
――その後の話だ。
岡田は退院した後、猟師を止めたらしい。
翌年、酒の飲みすぎで肝臓を悪くして亡くなったそうなんだが、死ぬ間際までずっと時折――
「山に行くのが怖い。猿が怖い。猿が怖い」と、言っていたそうだ。
21 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2020/07/29(水) 13:36:12.87 ID:jYHpJQUS0
E「――って話よ」
男「面白いです。山の話は幾つも聞いた事がありますが、猿が拝むっていうのは初めて聞きました」
E「他にもあるぞ? 首だけの鹿が川で水を飲んでいるのを見ただとか、神隠しにあった奴が居るだとか」
男「山ってのは、色々あるもんですね」
E「そうだなぁ」
男「お爺さんは、その後どうなったんですか?」
E「暫く猟師を続けて、その後すっぱり止めたよ。息子、つまり俺の親父が生まれて直ぐの話だそうだ」
男「そうですか。じゃあ、結局その後も猿は撃たなかったんですね」
E「いいや、撃ったよ」
男「え?」
E「子供が出来て、金が必要になって、結局撃ったんだよ。何匹も何匹も。怖さより金。人間は凄いよな、ははは」
男「えっと、それは……大丈夫だったんですか?」
E「右手の指が三本欠けてたよ。理由は知らんが」
『猿撃ち』
22 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2020/07/29(水) 13:48:06.15 ID:jYHpJQUS0
男「ねえ、なんか怖い話して」
父「あー、そうだなぁ。じゃあ、母さんに内緒な? 怒られるから」
男「はーい」
父「お父さんが若い頃な、一人暮らししてたんだよ。ボロボロのワンルームで」
男「うん」
父「で、夜寝てるとな。玄関の戸が開く音がするんだ。鍵、閉まってる筈なんだぞ?」
男「うんうん!」
父「そしたらな、俺の親父が立ってるんだよ」
男「えーお爺ちゃんか」
父「いやいや、でもおかしいんだよ。親父の後ろに、もう一人立ってるんだ」
男「え?」
父「あれ、だれだろうって思ったらな、その人影が、ぬるーって、親父の前に出てきた」
男「怖い怖い……」
父「そいつな、鼻がやけに長くて、口をニタリとさせた、爺さんだったんだよ――で、目が覚めた」
男「……え、終わり!?」
父「ああ、終わりだ。夢だったのかもしれん」
男「なにそれ! つまんない!」
父「酷いなおい! せっかく話したのに」
『父の話』
23 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2020/07/29(水) 13:53:03.09 ID:jYHpJQUS0
昼、リビング
男「お母さんお母さん」
母「なに?」
男「怖い話して!」
母「やーだ」
男「なんで!」
母「そういうの嫌いだから」
男「えー! 話してよ!」
母「やーだったら」
男「じゃあなんで嫌いなのかだけ教えて?」
母「え?」
男「なんで怖いの嫌いなの?」
母「はあ、仕方ないなぁ。お父さんと結婚したての頃ね、夜中に目を覚ましたら、天井に顔があったのよ。知らない人の顔」
男「怖い!」
母「鼻が長くて、ニタニタ笑ってお爺さんだった。まあ、多分夢だけどね」
男「……あれ?」
母「それから怖いものは嫌いなの。あ、この話お父さんには内緒ね? 絶対面白がるんだから」
『母の話』
24 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2020/07/29(水) 13:55:58.14 ID:jYHpJQUS0
夜、子供部屋
兄「……」
男「お兄ちゃん、遊戯王やろ」
兄「……」
男「お兄ちゃん、ねえ」
兄「男、あれ見える? 窓の外」
男「え? 真っ暗で何にも見えないよ」
兄「顔があるよ、爺ちゃんの顔。笑ってる。鼻が長い。ほら」
男「見えないよ?」
兄「あ、消えた。なんだろ、あれ」
『兄の話』
25 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2020/07/29(水) 14:12:30.73 ID:jYHpJQUS0
夜、占い師が居る喫茶店
男「――こんばんは。えっと、よろしくお願いします」
F「貴方、占い信じてないでしょ?」
男「え? いや、そんな事は……」
F「大丈夫大丈夫、リラックスしていいんだよ?」
男「実は、友人の紹介で来たもので。占いとか、一回もしたことないんですよ。だから、その、すいません」
F「それでいいの。占いなんて、話半分で聞くものだから」
男「……意外ですね。占い師の人がそんな事言うなんて」
F「そう? だから、おばちゃんの世間話を聞いてるみたいなニュアンスで聞いてね? 実際おばちゃんだしね」
男「ははは、分かりました」
F「鼻の長い老人が笑ってるね。心当たりある?」
男「……え?」
F「間違えた?」
男「あ、いや、心当たり、あります……」
F「ごめんね、怖がらせて」
男「だ、大丈夫です。びっくりしただけです」
F「えっと、聞きたい? この話」
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