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北条加蓮「藍子と」高森藍子「線香花火のカフェテラスで」
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1 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/07/12(日) 19:05:39.17 ID:zRpIVwSS0
――おしゃれなカフェテラス――
北条加蓮『――ごめんっ! ほんっとにごめんっ。今収録終わったとこで今からっ……今日もう遅いし帰った方がいいし埋め合わせは今度絶対するから! その……ごめんっ!!』
高森藍子「……ううん。私は大丈夫ですよ。だから加蓮ちゃん、落ち着いて? ほら、深呼吸、深呼吸♪」
電話の向こうからとても切迫した声が聞こえたのは、空に赤みがかかり始めた頃のことです。
今日は、加蓮ちゃんは午前中に番組の収録があって、午後すぎからはここでゆっくりしようって、加蓮ちゃんに誘われていました。
1日使うことはできないけれど、たまにはここでのんびりしたいから。他のアイドルの誰にも見られない場所で、ゆっくりお話したいから、って。
約束の時間は、お昼過ぎの1時か2時。
その頃にはここに来られるって、加蓮ちゃんが言ったんです。
今の時間は、夕焼けのはじまりの頃。午後5時すぎ。
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1594548338
2 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/07/12(日) 19:06:18.18 ID:zRpIVwSS0
レンアイカフェテラスシリーズ第126話です。
<過去作一覧>
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「膝の上で」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「最初にカフェで会った時のこと」
〜中略〜
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「紫陽花のカフェで」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「梅雨の晴れ間のカフェテラスで」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「30分だけのカフェで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「時間がたくさんあるカフェで」
念の為に記しておきます。これは最終話ではありません。
いつもの2倍程度の長さです。ごゆっくりお読みくださいませ。
3 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/07/12(日) 19:06:52.81 ID:zRpIVwSS0
加蓮『落ち着ける訳っ……藍子のことずっと放ったらかしにしててっ、連絡もしないで……藍子、なんで怒らないのっ……』
藍子「加蓮ちゃん。まずは落ち着いて? 今は私のことよりも、自分のことを先に考えてください。深呼吸、深呼吸……」
加蓮『えっ、何モバP(以下「P」)さん――今からでも行けって、でも時間、』
藍子「Pさんも、そっちにいるんですね。Pさ〜ん。Pさんからも、加蓮ちゃんに落ち着くようにって言ってあげてくださいっ」
電話の向こうで加蓮ちゃんは、泣きそうな声色で何度も何度も謝るんです。
落ち着いてほしいのに……。
予定が変わったり、思ったよりも忙しくなったとしても、私は気にならないのに。
だから私は、かける言葉を変えることにしました。
スマートフォンを、持ち替えて。
加蓮ちゃんがいじわるを言う時の顔は――にぃっ。こんな感じ、かな?
ふふっ。確認してくれる誰かさんは、今とても焦っているみたいですけれど。
4 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/07/12(日) 19:07:48.04 ID:zRpIVwSS0
加蓮『だってもう夕方だし、ずっとほったらかしにしてたんだよ! 私、今からどんな顔して会えばいいって言うの――』
藍子「加蓮ちゃん」
加蓮『っ』
藍子「何を言われても、私は帰りません。カフェで、ずうっと、加蓮ちゃんのことを待っています。遅くなっても、暗くなっても、絶対、帰りませんからっ」
加蓮『えっ……いや……でも、』
藍子「待ってますからね♪」
電話を切りました。静けさが戻ってきても、まだ、耳の中では加蓮ちゃんの声が反響しています。
スマートフォンをゆっくりとテーブルの上に置いて、同じ手でカップを手に。
コーヒーは、ぬるくなっちゃった。店内から5度鐘がなった時に、なんとなく、そろそろ加蓮ちゃんが来てくれるかな? って思ったから、合わせて注文してみたのに。
直感は、半分、ううん、4分の1くらい的中でしたね。
5 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/07/12(日) 19:08:17.96 ID:zRpIVwSS0
遠くから、からすの鳴き声が聞こえます。
空の端に生まれた赤色は、ちょっとずつ、ちょっとずつ、青色を上塗りしていきます。
陰影の生まれた雲が、なんだか帰り道を急いでいるように見える、初夏の夕暮れ。
ほのかな夕焼け色も、いつもとは様子が違う雲も、とっても綺麗。
指でファインダーを作ってのぞきこんでみたら、しばらく焼き付いて離れません。
そして、夕焼けは1日の終わりを想像させる色。
寂しくない、って言ったら、嘘になっちゃいますけれど――。
今の私にとっては、明日のことが楽しみになる色です。
明日は、どんな風景が見られるかな。
どんなことが起きるかな。
もしかしたら、何も起こらないかも?
私の知っている場所で、私の知っていることだけが起きる世界。
それはちょっぴりものたりないかもしれないけれど、たまにはのんびりするのもいいかもしれませんね。
6 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/07/12(日) 19:08:49.03 ID:zRpIVwSS0
私の知っている場所、知っている世界。
家、学校、事務所、通学路、事務所へ向かう道。
友だちと出かけた場所、アイドル仲間と一緒に行ったお店、みなさんのいる場所。
加蓮ちゃんが、一緒にいてくれる場所。
カフェだけではなくて、これまでの――
いつもよりはしゃいじゃった温泉街。
一緒に虹を見た事務所の屋上。
扉越しに優しさを感じた真夜中の病院。
散ってしまった桜の木の前、花筏のきらめく川の広場。
一緒に巡ったカフェ。
加蓮ちゃんが連れてきてくれたカフェLIVEのステージ。
形を変えた想いを伝えあったひまわり畑。
違う意味でドキドキした握手会会場。
過去と向き合い成長した加蓮ちゃんのサンタ姿。
1日中ずっとコラムを書いていたこの場所。
1つ1つを思い浮かべてみると、びっくりするくらいに私の世界は広がっていて、そして、たくさんの思い出ができていることに気がつきました。
7 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/07/12(日) 19:09:17.92 ID:zRpIVwSS0
そしてきっと、加蓮ちゃんは私よりも、さらにたくさんの世界へ触れてきました。
最初の頃は、周りの人のことを信じるだけでも難しくて、独りだった加蓮ちゃん。
私のことも、なかなか信じてくれなくて、いくつもの言葉を積み重ねて来ました。
何度もお互いに、傷つけあって、確かめあって、それで少しだけ変わることができた加蓮ちゃんは、いつしか、事務所の中心にいることが多くなっていました。
こんなことを言ってしまうと、加蓮ちゃんや、加蓮ちゃんの世界を大事にしているPさんに、怒られてしまうかもしれませんけれど……。
昔はきっと、私の方がたくさんのものを見ていたのだと思います。
私の方が、世界を多くを知っていました。
今はきっと、加蓮ちゃんの方がたくさん世界を知っています。
もちろん、私と加蓮ちゃんを比べて、どっちがすごいとか、どっちが幸せなんて、言うつもりはありませんよ。
私だって……ちゃんと、私のこと。高森藍子という1人の存在を、大切にしてくれる人たちがいます。
私が、私のことを「自分なんて」って言ったら、そんな方々にとても失礼だってことは、分かっていますもんっ。
8 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/07/12(日) 19:10:18.63 ID:zRpIVwSS0
比べるつもりはありません、でも――
『……加蓮ちゃん、なんだかすごいアイドルになりましたね』
前よりもずっとキラキラしていて、前よりもずっと前を向いていて。
まぶしいほどに大きく成長していた加蓮ちゃんは、いくつも高い壁を乗り越えて、けわしい道でも歩き進めて、頂上にたどり着きました。
かつて狭い世界の中で、ちいさく膝を抱えていた女の子は、いつしか誰よりも煌めく、そして、たくさんの方々に応援されるアイドルになっていました。
もちろん加蓮ちゃんは毎日こつこつ、ううん、できることをぜんぶ頑張って、そこに辿り着いたんです。
その努力の姿を、ぜんぶではなくても見てきました。
……それなのに、いつの間にか――いつしか――なんて思ってしまうのは、私が長い間、加蓮ちゃんを見続けていたからでしょうか。
夜空に瞬く星を見続けていると、逆にそれが動いていることや、輝きを増していること――そこにも確かに時間が流れていることに、気がつきにくいように。
昔の私なら、もしかしたら加蓮ちゃんから離れようとしていたかもしれません。
そんなすごいアイドルの隣に、見た目も性格もアイドルらしくない私がいるべきではない、加蓮ちゃんの邪魔をしたくない……って。
私なんかより、もっと他の人と一緒にいた方がいい……なんて、考えてしまって。
そうして言葉も交わさないまま遠ざかって、外側の輪の中にいる加蓮ちゃんのことを、よかったね、って言っていたのでしょうか。
9 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/07/12(日) 19:10:48.37 ID:zRpIVwSS0
残り少ないコーヒーをゆっくりと啜って、空を見上げます。
徐々に青色がなくなりつつある夕焼け色。きっと加蓮ちゃんも、今ごろ走りながらも見ていることでしょう。
今の加蓮ちゃんは、きっと友だちよりもうちょっと大切な女の子として私の隣にはいてくれるけれど、同時にアイドルとして途方もなく高い山の頂上に立っているんです。
私が手を伸ばしても、指先さえも同じ空気を共有できないほど、遠い遠い場所に。
そこから見ることのできる景色は、加蓮ちゃん――
トップアイドルとなった加蓮ちゃんにしか見ることができなくて、加蓮ちゃんしか知らない景色。
以前、世界が変わっていっている、動いている、って教えてくれました。
たくさんの新しいことと、その中にある、今までもあったもの。
それらがぜんぶ、以前よりも幸せに感じるんだって。
以前、今が充実している、って教えてくれました。
とっても忙しいけれど、自分がすっごくアイドルをやっているんだって!
そうお話する加蓮ちゃんは、見とれてしまうくらいの笑顔でしたっ。
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