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黒埼ちとせ「進化論」
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48 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2020/06/26(金) 18:40:55.41 ID:W5lmC8VA0
「何かあったのか?」
心配そうに、あるいは少し、臆病そうに、彼は再度問いかける。
私なんかのために、いちいち真に受けてくれるの――ほんと、おっかしい。ふふっ。
「女の子に会ったの」
「女の子?」
「誰かのために、あの子自身のために、小さな幸せを掻き集める、とても優しくて、穏やかで……」
――強い子。
未来を諦めていた私とは、真反対の所に立っていた子。
「あの子は、誰かの未来のために、一生懸命に自分の今を見つめて生きている。
そんな姿を見せつけられたら、何だか、私……自分のことばかり考えていたんだなぁって、気づかされたの」
49 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2020/06/26(金) 18:43:35.91 ID:W5lmC8VA0
いつの間にか、フレデリカちゃんの番組は終わっていたみたい。
ラジオは今、過払い金がどうとかいう何とか法律事務所のコマーシャルを流している。
魔法使いさんがしょっちゅう流すから、私まで覚えちゃった。
「……考えもしなかった壁への答えが分からなくて、焦っているってところか」
「そうなんだと思う」
彼は椅子をギィッと鳴らし、天井を見上げた。
「俺も、自分の使命なんて、これまで考えもしなかったよ」
「それなら、今考えて?」
「お前はいつも無茶ぶりだな」
うーん、と腕組みをしながら、彼は唸りだした。
「大それたものでは、きっとないな」
「じゃあ、どうでもいいこと?」
「だからと言ってそれじゃ……寂しい気もする」
苦笑してないで、マジメに考えてよね。
あともう少しで、答えが出てきそう。
さっきのフレデリカちゃんが言っていたことも、何だか引っかかっていて、ヒントになりそうなんだけど――。
「たとえば、そうだなぁ……車を買う、とか」
50 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2020/06/26(金) 18:46:05.41 ID:W5lmC8VA0
ボンヤリと、独り言のように魔法使いは語り始めた。
「デカい車を買って、気立ての良い人を嫁さんにもらって、マイホームを手に入れて……
子供は、女の子と男の子の順で一人ずつ。仕事も適当に忙しすぎず、暇すぎず、細く長く続けていられたら、とかかな」
「……それ、使命?」
イメージしていたものとは随分違う答えに、目が点になる。
「俺にも分からん。ただ」
彼は組んでいた腕を解き、カップを持っておもむろに立ち上がった。
「一つだけ言えるのは、使命ってたぶん、誰かから強要されるものとは違うんじゃないかって思うんだ」
そのまま彼は、給湯器の方へ進んでいく。
「自分で、見出すもの?」
「俺はそう思う。
命令されたり、お願いされたりするんじゃなくて、自ずからこうしたい、こうありたいと願う、というか……そう」
カップにお湯を入れ、インスタントコーヒーをスプーンでカチャカチャ回しながら、彼はふと天を見上げ、私に向き直った。
「言い換えれば、夢ってことにもなるんじゃないか?」
「夢……」
――それがパパやママの夢だったからじゃないかな☆
51 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2020/06/26(金) 18:47:37.79 ID:W5lmC8VA0
他人任せの、偉そうな感じがしていた。
どことなく“やらされてる感”がして、ずっとこの言葉が気にくわなかった。
でも、そうだ――私が考えていたのは、もしかしたら使命じゃなくて。
「夢、か」
そして、千夜ちゃんに私はそれを託したつもりだった。
だけど――。
「あ、おい、ちとせ?」
今日は確か、午後はオフだったはずだ。
気づくと私は駆けだしていた。
魔法使いの方を振り返ることなく、自分の体力をも省みることなく。
千夜ちゃんが待つ家へ、一目散に。
私は、思い違いをしていなかっただろうか?
52 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2020/06/26(金) 18:50:31.12 ID:W5lmC8VA0
「千夜ちゃんっ」
玄関ドアをガチャンッ! と突進せんとばかりに叩き開ける。
ビックリして振り返った千夜ちゃんは、リビングのソファーに座っていた。
たぶん、本を読んでいたんだと思う。悪いことしちゃった。
「お、お帰りなさいませ、お嬢さま」
「はぁ、はぁ……ち、千夜ちゃん……!」
せっかくシャワーを浴びたのに、汗びっしょりになって、息も絶え絶え。
レッスン終わりの身体でほとんどずーっと全力疾走してきたから、寿命も結構縮んじゃったかな?
家に着いた私は、ヘトヘトになりながら何とかダイニングキッチンのカウンターに身体を預け、肩で息をするのがやっとだった。
「大丈夫ですか、お嬢さま。とにかく、こちらへおかけください」
「私、千夜ちゃん、に……謝らなきゃ、いけない、かもって……」
「謝る? ……お嬢さまが私に、ですか?」
千夜ちゃんは私に、只ならぬ雰囲気を察したみたい。
私をソファーにエスコートしながら、私の前に跪いて、真剣な目で見つめてくる。
53 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2020/06/26(金) 18:54:34.88 ID:W5lmC8VA0
「千夜ちゃん……アイドルは、楽しい?」
紫に煌めく千夜ちゃんの瞳が、少し大きくなった。
「ちゃんと答えて……私に、阿ることはしないで……」
「お、お嬢さま……?」
「ごめんね、千夜ちゃん……私、あなたに大きな重荷を背負わせちゃったのかもしれない……。
私の代わりに、アイドルの世界を楽しく生きるというのは、私の願いだった。
けれど、私はあなたに……従者の代わりに、私の未来を託すという、新たな呪いをかけてしまった」
それはともすれば、大いに独りよがりな“使命”で、彼女の自由を奪う行為。
手前勝手な生きがいを一方的に押しつけ、逆にこの子の未来を奪いかねない、私のエゴそのもの。
「千夜ちゃん……私、もっと千夜ちゃん自身の夢を、応援できたら良かったのにね……ごめんね」
「お嬢さま」
俯いた顔を上げると、優しく微笑む千夜ちゃんの顔があった。
まるで、藍子ちゃんみたい。
「一度しか言いません。そして、アイツにはくれぐれも内緒にしてください」
「えっ……?」
54 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2020/06/26(金) 18:57:29.00 ID:W5lmC8VA0
「アイドルは、楽しいです。
これほど夢中になれるものが私にあるとは、思いもしませんでした」
私の手を両手で握りながら、千夜ちゃんは私の目を見て続ける。
「当初は、先ほどお嬢さまが仰られた通り、お嬢さまが私に与えた新たな使命と解釈していました。
くだらないけれど、お嬢さまがそれを望まれるのであれば、この戯れに興じる以外の道は、私には無いのだと」
「千夜ちゃん……」
「ですが、そこに私は、私の新たな価値を見出す事ができたのです」
千夜ちゃんは私の手を取ったまま、私の隣にストンと腰を下ろした。
「これが呪いと呼ぶべきものかは、私には分かりません。
ですが、お嬢さま……病みつきと言いますか、ある種の中毒性を伴うものではあるのかもしれません。
お嬢さまの世話が蔑ろになってしまう申し訳なさよりも、これに夢中で取り組む事の楽しさの方が、上回ってしまう程度には」
「夢中……千夜ちゃんは、アイドルに夢中?」
「はい、お嬢さま。夢中です。
これが呪いであるならば、喜んで私はその事実を受け入れましょう」
55 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2020/06/26(金) 19:00:09.96 ID:W5lmC8VA0
――私は一体、千夜ちゃんの何を見ていたんだろう。
千夜ちゃんは、私が考えていたよりもずっと、自立していた。
依存していたのは私の方。
「以前、お嬢さまはアイツに、こう仰ったと聞きました。
お嬢さまが、お嬢さまご自身だけの道を見つけた時、私も私の人生を生きられる、と」
千夜ちゃんは、かぶりを振った。
見つめ直すその瞳は、煌々と燃えていて、活力に充ち満ちている。
「僭越ながら、私もそのお返しがしたいのです。
私に手がかからないことを……もう、私のことは心配要らないと、お気づきになられた今はただ、ご自身のことを。
気づかないうちに諦めたご自身の夢を、お嬢さまご自身のために、見つけていただきたいのです」
「私が諦めた、夢……?」
「そうです」
――諦めて、ずっと目を背け続けてきたもの。
人並みの事ができない中で、知らぬ間に絶望し、期待を放棄してきたもの。
「夢は夢で終わらない。
アイドルをやっていくうちに、気づかされた事の一つです」
56 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2020/06/26(金) 19:02:08.71 ID:W5lmC8VA0
描かずに消したもの。読まずに伏せたもの。
「もう一度……私にも見れるのかな?」
身体の内側が、ジワジワと熱くなっていく。
なのに、さっきまで抱いていたモヤモヤとした燻りはとっくに消えて、霧が晴れたかのように軽い。
「はい、お嬢さま……きっと」
ふわりと、不思議な感覚に陥った。
気づかぬうちに斜めになっていた世界が、鮮やかな彩りを取り戻していく。
私にも、見つけられるのかな?
藍子ちゃんのように、小さな幸せを――かつていくつも取りこぼしていたものを。
どっちの方なのか分からない、震える手がピタリと止まった。
「そうだね」
見つけに行こう。
描かずに消した、読まずに伏せた夢をもう一度、広げよう。
57 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2020/06/26(金) 19:03:40.34 ID:W5lmC8VA0
「ありがとう、千夜ちゃん」
私は立ち上がった。
「いいえ、お嬢さま。何も」
千夜ちゃんは、照れ臭そうにかぶりを振るう。
「ううん。それと千夜ちゃん、ちょっと私出かけてくるね?」
「えっ?」
今の私には、ありがとうを言わなきゃいけない人がもう一人いる。
この前、連絡先を交換して良かった。
私はスマホを取り出した。
示し合わせて彼女と会うのは、これが初めてだ。
58 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2020/06/26(金) 19:05:35.55 ID:W5lmC8VA0
よく晴れた夜空に浮かぶ、大きな真ん丸の月。
何ちゃらムーンっていう、特別な満月の日なんだって、千夜ちゃんは教えてくれた。
――どうしてキリンの首が長いかって?
月に向けて手を伸ばす裸婦像の前で待ちながら、私は幼い頃のとある記憶を思い出していた。
パパの書斎で、そういう本を読み聞かせられた時のこと。
――随分難しいことを聞くんだなぁ、ちとせは……よぉし、ちょっと待っていなさい。
59 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2020/06/26(金) 19:07:59.88 ID:W5lmC8VA0
1809年、ラマルクは「獲得形質の遺伝説」を唱えた。
今日、キリンの首が長いのは、首の短いキリンが高い場所の葉っぱを食べようとして、首を伸ばす努力をしたからだと。
そして、その子孫達にもそれが受け継がれていった。
つまり、「親キリンの努力や経験値がDNAに書き込まれる」という説。
これに対し50年後、ダーウィンは新たに「自然選択説」を唱えた。
彼によれば、たまたま突然変異で生まれた首の長いキリンだけが生き残り、首の短いキリンは競争の果てに自然淘汰されていった。
つまり、「親キリンの努力や経験値がDNAに書き込まれることはない」という説。
現代では、ダーウィンの説が進化論の定説になっている。
「あなたの手は……伸ばし続ければいつか、月に届くのかな」
物言わぬ裸婦像に語りかけ、一人で小さく笑っていると、やがて遊歩道の方からこちらへ近づいてくる人影があった。
60 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2020/06/26(金) 19:10:05.62 ID:W5lmC8VA0
「月夜の下の散歩も、たまには良いものでしょう?」
私が問いかけると、影は歩み寄りながら小さく会釈をした。
街灯の下に立ち、藍子ちゃんの姿がようやく私の前に浮かび上がる。
「いつもは、門限が厳しいですから、あまり夜に出歩くことがなくて」
「そっか。藍子ちゃん、高校一年生だっけ。
こんな時間に呼び出してごめんね?」
「いいえ」
ご両親には、レッスンが長引いて遅くなる、と言ってあるらしい。
嘘をつかせてしまった事が、ちょっとだけ申し訳ない。
「今日は、どうかされたんですか? ちとせさん」
何の打算も、怒りも悲観も無く、至極当然な質問を真っ直ぐに、藍子ちゃんは私に投げかけた。
61 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2020/06/26(金) 19:12:19.02 ID:W5lmC8VA0
「今日は藍子ちゃんに、私の自己紹介をしたいなと思ったの」
「自己紹介?」
「ロクに私のこと、教えてこなかったでしょう?」
そう言って誘い笑いをしてみせると、藍子ちゃんはちょっと小首を傾げた後、握り拳を口元に寄せてフフッと笑った。
「楽しみです」
いつものように、彼女は微笑んだ。
この優しくて柔らかくて、穏やかな微笑みに、私は救われたのだと気づかされた。
それなのに、私はまともに向き合おうともせず、茶化してばかりで――失礼だっただろうな。
「私も、アイドル……今度のオーディション、私も出るの」
「知っています」
藍子ちゃんは、表情を崩さずに言った。
「私のプロデューサーさんが、当日のオーディションの参加者について教えてくれて……それで、知りました」
62 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2020/06/26(金) 19:14:51.87 ID:W5lmC8VA0
「あはっ♪ なぁんだ」
それならそうと言ってくれたらいいのに、と悪い癖でまた茶化してしまうと、藍子ちゃんは頬を掻いた。
「言いたくないご事情があったのかなぁ、って……それで、深入りしませんでした」
「……うん」
私は、月明かりに照らされた裸婦像を見上げた。
「胸を張って、言えなかったんだと思う。
実際、もう辞めるんだって、私は心に決めていたから」
「アイドルを、ですか?」
珍しく驚きの声を上げた藍子ちゃんに、私は目を合わせないまま頷いた。
「今は、分からない……。
アイドルを続ける中で、私の夢を見出せるのか……まずはそれを、今度のオーディションで見つけたいかな」
「見つからなかったら……辞めちゃうんですか……?」
「というか、ね」
63 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2020/06/26(金) 19:17:57.71 ID:W5lmC8VA0
言うべきかどうか、少しだけ迷ったけれど、私は打ち明けることにした。
自らの境遇を。
「魔法使い……私のプロデューサーと、約束させられたの。
もし私が、今度のオーディションに合格したら、アイドルを続けなさいってね」
「……!」
藍子ちゃんは口をつぐみ、手を胸の前で握った。
それまで見たことが無いほどに、抑えきれない動揺を感じさせる姿だった。
「そ、そんな……負けちゃったら……?」
たった数回会っただけの私に、この子はこんなにも、親身に向き合ってくれている。
「ふふっ……藍子ちゃん、どう?
こんな事を聞かされたら、オーディション、私に勝たせてあげたくなっちゃった?」
「……いいえ」
しばしの沈黙の後、藍子ちゃんは小さく、しかしまるで自分にも言い聞かせるかのように、ハッキリと答えた。
「私も……頑張りたいから」
私は頷いた。
藍子ちゃんならきっと、そう答えてくれると思ったんだ。
「藍子ちゃんはさ……知ってた?」
「えっ?」
「キリンの首が長い理由……私もついさっき、知ったの」
64 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2020/06/26(金) 19:20:37.86 ID:W5lmC8VA0
フレデリカちゃんは、子供達のために風船を取ってあげたいという夢が代々引き継がれたからだと言った。
一方で、進化論では首の長い動物は、生存競争のためにそのフォルムを変えてきたという。
どっちにしても、そうして強く望むことが、世代を超えていつしか形になるのなら――。
「藍子ちゃん、私ね……?
自分の人生は、自分だけで完結するものだって、思っていたの。
でも……」
像の台に、そっと手を置いてみた。
ひんやりと、心なしか少し湿っている。
にわか雨でも降っていたのか、噴水の水しぶきがこちらまで届いていたせいなのかは分からない。
「たとえ、私では達し得ない夢であったとしても……本当に、たとえばの話。
何かを強く望む私の姿を、どこかの誰かが見てくれて……その誰かが、また誰かに引き継がれて、そうしていつか……」
この間は悪く言ってしまったけれど――もしかしたらこの像にも、私の知らない想いが託されていたのかも知れない。
幾度となく作り直されるとしても、変容していく中で、当時から引き継がれた想いが。
「私ではなく、いつか誰かがたどり着けるのだとしたら、この命も無駄じゃない。
あなたとフレデリカちゃんのおかげで、私もそう思うことができたの。
だから……藍子ちゃん」
65 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2020/06/26(金) 19:23:20.46 ID:W5lmC8VA0
「ちとせさん……」
私は歩み寄り、藍子ちゃんの震える手を取った。
あは♪ こんなに小さかったんだ――。
「今度のオーディションは私、やっぱり勝ちたいと思うの。
私にとっての夢のヒントは、アイドルにあると思ったから」
千夜ちゃんがあれほど夢中になれるものに、価値が無いはずはないのだから。
「でも、もしオーディションで藍子ちゃんに負けたとしても、私は悪く思ったりしないよ?
それどころか、うんと応援する。藍子ちゃんの小さな幸せを見つけるお手伝い、一緒にやりたいな」
「はい……はいっ。私もきっと、ちとせさんの見つけたかった夢、必ず見つけたいです……!」
藍子ちゃんは目を潤ませて、力強く何度も頷いてくれる。
「あ、なぁにその言い方。もうすっかり私に勝つ気でいるんだ?」
「えっ!? い……いや、違います! 私は、そんなっ!」
「あははは。いいのいいの」
顔を真っ赤にして泣きながら慌てふためく藍子ちゃんの鼻をツンっと一つ突いて、私は笑った。
「誰かに引き継いだり、引き継がれたり……。
そうしてたくさんの歯車が、複雑に絡み合うのが愛おしいんだって、気づけたから」
66 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2020/06/26(金) 19:28:12.83 ID:W5lmC8VA0
使命という言葉は好きじゃない。
だけど、強いて私にも、この世界に生まれ持って携えた使命がもしあるとしたら――。
名も無き部品として、世界を傍観していくことじゃない。
大それたものでなくても、歯車の一つになって、私も干渉し続ける。
19世紀初頭に蒸気機関が船に搭載されると、定期船による新航路が次々に開拓され、あらゆるものが海を越えた。
空を飛びたいという人々の想いは、やがてアメリカのとある自転車屋の兄弟に、世界初の有人動力飛行を成し遂げさせる。
藍子ちゃんのように、小さなものでも手にしたい。
たとえきっかけはささやかであったとしても、それはきっと膨らんでいく。
空を飛び、海を渡り、私達の夢はまだ膨らんで、誰かに託される。
もしそれが私にもできたら――。
そう考えると、このアイドルという世界に出会えたことに、運命めいたものを感じずにはいられない。
誰かに夢や元気を与えるアイドルとして、誰も傷つけない優しい夢を。素敵な夢を。
私を見てくれた誰かに、引き継げるかな?
「ねぇ……あなたは、どう思う?」
67 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2020/06/26(金) 19:29:26.46 ID:W5lmC8VA0
見渡す限り、まっさらで何も無い野原。
こっちに背を向けて、中腰の姿勢でせっせと何かに勤しむ女の子に、気づくと私は声をかけている。
「ン? アタシ?」
振り返ると、金髪翠眼の人懐こそうな顔が私の前に現れた。
「私にも何か、たとえばあなたに与えられるもの、あるかな」
女の子はニッコリと笑い、どこからともなくピンク色の可愛いじょうろをポンッと取り出した。
「じゃあ、お水あげて!」
68 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2020/06/26(金) 19:32:25.32 ID:W5lmC8VA0
「お水?」
「そう! うえきちゃんに☆」
その子が一歩身を引いたそこに植わっていたのは、頂部の花のつぼみに相当する部分が人の顔のようにも見える、奇妙な植物だった。
「これは……根元にかけてあげればいいの?
それとも上の、口みたいな所に?」
「どこでも大丈夫だよー。うえきちゃんは育ち盛りだからね♪」
言われるがまま水をかけてみると、うえきちゃんなる植物は見る見る膨らみ、ありえない早さで上へ上へと伸びていく。
「すごいね……」
あっという間に天をも突かんとばかりに大きく育ったそれをボンヤリ見上げる。
すかさず、金髪翠眼の女の子が私の手をグイッと引っ張った。
「さぁさ、上ってみよー☆ 令和初のジャックと豆の木しるぶぷれ〜♪」
「え、えぇっ?」
69 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2020/06/26(金) 19:34:46.71 ID:W5lmC8VA0
促されるまま、彼女の後をついていくと、頂上へ着くのはあっという間だった。
うえきちゃんの顔の横、大きな葉っぱの上に二人並んで座り、眼前に広がる街並みを眺める。
あれ?
何だかヘン。さっきまで、何も無い野原だったのに――。
「あぁ、そうか」
私は今さら得心した。
「これ、私の見ている夢だったんだね」
「アタシもおんなじ夢を見てるよ」
「えっ?」
隣を見ると、女の子の綺麗な横顔があった。
今日も忙しく廻っている世界を愛おしそうに見つめる、藍子ちゃんと同じくらい優しそうな子。
70 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2020/06/26(金) 19:37:09.99 ID:W5lmC8VA0
そうだ――藍子ちゃんが言っていたんだ。
相手を嫌な思いにさせてやろうなどとは微塵も考えない、346プロの中でも有数の気ぃ遣い屋さんなのだと。
「アタシね? アイコちゃんに約束したの。
今度のオーディション、勝たなくてもいいから、ちゃんと楽しんできてねって」
「勝たなくてもいい、って……どうして?」
オーディションは、勝たなきゃ意味が無い。
次につながるお仕事が無くなってしまうか否かの正念場で、楽しむことの優先度がどうして高くなるのだろう?
まして、この子は藍子ちゃんに自分の機会を譲ったのに、それが無駄に終わってもいいのだろうか。
「だって、楽しい方が楽しくない?」
彼女は満面の笑みで答えた。
「チトセちゃんは、アタシと一緒に宮本式のジャックと豆の木ごっこして、楽しくなかった?」
71 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2020/06/26(金) 19:39:14.66 ID:W5lmC8VA0
「……ううん。とっても楽しかったよ」
夢の世界とはいえ、まさかこの私が、幼少時代に聞いたおとぎ話の追体験をするなんて。
「でも、こんなに高いと、さすがにキリンの首も届かないかも知れないね」
「届くよ!」
その子がパァッと両手を前に広げると、大きな雲が見る間に晴れて、光がワッと降り注いだ。
「もしキリンさんがそういう夢を見てくれたら、きっといつか、うえきちゃんにコンニチワしに来るよ。
今は届かなくても、キリンさんの孫の孫の、そのまた孫の〜を何回か繰り返したお孫さんキリンがね☆」
72 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2020/06/26(金) 19:42:21.08 ID:W5lmC8VA0
「……あはっ♪」
この子はなんて楽しい視野を持っているんだろう。
そして、私と同じ世界を見ていると、言ってくれもした。
「楽しくしていた方が、見ている方も楽しい……か」
私はその場に立ち上がった。
「アイドルのやり方……あなたや藍子ちゃんを見て、分かった気がする」
大小の様々な歯車が複雑に絡み合い、今日も廻っているこの世界。
愛しき世界。
私も、君と廻していく。
その覚悟がようやくできた。
「チトセちゃんもオーディション、楽しんできてね?」
「うん」
いつの日か、周回遅れの質問に、あのラジオでこの子はきっと、こう答えるだろう。
夢だけでお腹はいっぱいにならないけれど、夢があってこそ人は――。
73 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2020/06/26(金) 19:43:21.01 ID:W5lmC8VA0
「ちとせさん……」
――――。
「……? あいこちゃん……」
ふと視界が開けると、目の前には藍子ちゃんの顔があった。
その向こうには、真っ白な天井が広がっていて――。
あれ――病院?
でも、ちょっと雰囲気が違うみたい。
「気がついたか」
74 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2020/06/26(金) 19:45:14.49 ID:W5lmC8VA0
「……魔法使い」
首を横に倒すと、部屋の隅に置かれた丸椅子に、魔法使いが足を組んで座っていた。
「ちとせ……お疲れさん」
よく見ると、私はステージ衣装に身を包んでいて、藍子ちゃんも――。
そして、どことなく疲れや諦めが多分に含まれた彼のその一言で、私はようやく思い出し、悟った。
今日はオーディション当日。そして――。
「私……ダメだったんだね」
「勝っていてもおかしくない内容だった……終了間際に気を失って倒れなければ。
たぶん、貧血だろうって」
「そっか」
私は、首の位置を戻し、膝枕をしてくれている藍子ちゃんの顔を改めて見上げた。
「藍子ちゃんが、勝ったんでしょう?」
75 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2020/06/26(金) 19:47:09.62 ID:W5lmC8VA0
「…………」
藍子ちゃんは、何も言わなかった。
私の額にそっと手をやり、口をギュッとつぐんで、今にも泣き出しそうだった。
心根の優しい彼女の、その一生懸命な沈黙こそが、今回の結果を雄弁に物語っている。
――どこまでも、素直な子。
「なぁ、ちとせ」
魔法使いさんが、ふと思い出したかのような調子で私に声をかけた。
「一つだけ、聞かせてくれないか」
「ふふ……なぁに?」
「今回のオーディション、楽しかったか?」
まるで、さっきまで見ていた私の夢の内容を見透かしていたかのような質問に、私は笑った。
そんな事、どう考えたってあり得ないのにね。
「何がおかしいんだよ」
「ううん」
76 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2020/06/26(金) 19:52:56.96 ID:W5lmC8VA0
私は藍子ちゃんの方を見つめた。
これは、この子に返してあげるべき言葉だと思ったから。
「ちとせさん……?」
「楽しかったよ」
私の頬に、滴がひとつふたつ、パタリと落ちた。
「すごく楽しかった……夢を見る方法を、教えてもらえたおかげだね。
藍子ちゃんと、フレデリカちゃんに」
私を見て、楽しい気持ちになる人がいてくれたなら――。
探していたものは、呆れるほどに簡単で軽く、こんなにも快い。
「ありがとう、藍子ちゃん」
「ちとせさん……!」
藍子ちゃんが力強く取った私の手の上に、大粒の雨がポロポロと降り注ぐ。
「辞めないでください……アイドル、もっと……続けてください……!
今回のオーディションだって……私、なんかのために……う、うぅ……!」
いつも笑ってくれる彼女が初めて見せた、悔しくて、悲しい涙。
彼女の本気のバロメーターは、怒りではなく、誰かを慈しむがための悲しみだった。
77 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2020/06/26(金) 19:57:20.82 ID:W5lmC8VA0
そう――。
覚悟はしていたつもりでも、やっぱり、残念だなぁ。
「ねぇ、魔法使いさん」
丸椅子の上の彼に、私は声をかけた。
いつぞやの事務所に迷い込んだあの子が、最後の助けを求めたように。
「アイドル、続けたかったとしても、私……負けちゃったんだね」
「あぁ……困った事になった」
どういうわけか、魔法使いさんは白々しく肩をすくめた。
「もし、オーディションにお前が合格したら、お前はアイドルを続ける……そういう約束だった」
「うん…………え?」
「オーディションに負けてしまった場合については、何も決め事を作っていなかった。
困ったな……約束をしていない以上、お前の好きにさせてやるしかないじゃないか」
私は、呆然と彼を見つめている。
「もしお前がどんな判断をするとしても、俺にはそれを否定する事なんてできやしない。
あぁ困ったなぁ、どうしたものだろう」
78 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2020/06/26(金) 19:59:12.29 ID:W5lmC8VA0
「ぷふっ。ククク……!」
藍子ちゃんの膝の上で、私の頭がヒクヒクと揺れる。
それに呼応するように、さっきまで大泣きしていた藍子ちゃんまでもが、今度は嬉し泣きに変わっていた。
「……大人って、ズルいね」
そう言いながら、私はどこか幸せな気分で胸が一杯になってしまい、再び目を閉じた。
振り返ってみれば、私は魔法使いさんに、してやられたのだろう。
いともたやすく、私は思い直してしまった。
それは、彼女達との出会い無しにはあり得なかった心変わり。
その出会いを予見できなかったはずの彼の狙いが、見事的中してしまったあたり、本当は――。
私にとっての世紀の発見は、世間一般にしてみれば、ごく当たり前の事だったのかも知れない。
誰もが幸せを願っているように。
見つかりにくいだけで、そこら中に小さな幸せがいっぱい落ちているように。
79 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2020/06/26(金) 20:03:18.65 ID:W5lmC8VA0
一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍が、かの星であった。
戦後、旅客機の登場により、誰もがみな空を旅することができる時代が到来して、幾年月が経ってからのこと。
人の夢はついに空を越え、月にだって届いたのだ。
空を飛び、月をも歩いてしまうくらい、目まぐるしく世界は動いていく。
とっても忙しくて、変わらないことが特に取り沙汰されるくらい、皆が変わっていく世界。
一方で、かつては男の子だった銅像が豪雨で流されるように、変容していく中で自然に脅かされることもあるだろう。
それも全て、受け入れていきたい。
皆が廻していく先に、私や、私達の見果てぬ夢が――素敵な夢が、きっとあるのなら、一緒に見ていたい。
それを信じさせてくれた藍子ちゃん。
もちろん、彼女だけでなく――。
「千夜ちゃーん、ラジオつけてくれたぁ?」
一緒のレッスンから帰り、洗面台の前で肌着を着替えながら、私は千夜ちゃんに声をかけた。
「申し訳ございません、お嬢さま。
今、アイツからメールが来ていましたので、ちょっと先にそっちを片付け……」
「あ〜ん、魔法使いのメールなんて後回しでいいから!
早く、ラジオっ。もう始まっちゃってるよ」
80 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2020/06/26(金) 20:06:44.73 ID:W5lmC8VA0
魔法使いからの提案で、私と千夜ちゃんはユニットを組む事になった。
でも、本当はたぶん、千夜ちゃんの進言もあったんじゃないかって気はしている。
もちろん、私の方こそ大喜び。
おかげで毎日が、とっても楽しい。けれど――。
もうっ。
新しく買ったラジオの使い方が分からずに首を捻っている千夜ちゃんを見るに見かねて、彼女の後ろから手を伸ばし、ボタンを押した。
「お、お嬢さまっ!? そんなはしたない格好を……!」
「いいじゃない。千夜ちゃん全然つけてくれないんだもん」
今日の放送は聞き逃したくないの。
と言っても、大体の内容はもう予想はついてるんだけどね。
あの子なら、きっとこういう事を言うって。
『あーあー、もうフレちゃん〜、それまた前回の質問だってば』
ちょっとだけ関西のイントネーションが入った女の子の、呆れた声が聞こえる。
塩見周子ちゃん。機知を得たゆるいツッコミを入れてくれる、良き相方役だ。
最近ようやく知った。
そして――。
81 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2020/06/26(金) 20:09:03.51 ID:W5lmC8VA0
『ゴメーン☆ フレちゃんどうしても忘れんぼう屋さんでー♪』
『本当の忘れんぼう屋さんって、毎度毎度そう律儀に一週遅れの質問回答しないと思うけどね。
ま、もうすっかり恒例行事になってるおかげで、地味にこの番組の注目度も高まってるみたいやけど』
『かたじけない』
『微妙に間違ってないの腹立つ〜』
千夜ちゃんや魔法使いさん。
それに――一緒にヘンテコな植物に上ってくれた、あの子。
皆とずっと、見ていたい。
今日も廻っている、この愛しき世界を、明日もずっと廻していこう。
そう心に決めたんだ。
82 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2020/06/26(金) 20:12:43.86 ID:W5lmC8VA0
『しかしまぁ、この「夢色ジラフ」さんの質問も大概っちゃ大概だけどねー。
あれ? ジラフって、キリンだっけ? 日本語が得意なフレデリカさん』
『ンー、確かそうカモ?』
『先週までのトークの内容にしっかり触れてる当り、この人ひょっとしてヘビーリスナーさんかも知んないよ。
いつもウチのフレがお世話になってます〜』
『シューコちゃんにお世話させてます〜♪』
『てなわけで、ごめんなさい、「夢色ジラフ」さん。
人間の血はなぜ赤くて美味しいのか、なんていうドラキュラ染みたチョイ怖なお題、もとい質問は置いといて、前回の質問。
えーと、フレデリカさん、どうして人は夢だけでメシが食えないのでしょうか?』
『ンー、たとえばレモンって、すごい栄養がいっぱいあるよね?』
『そりゃあまぁ知らんけど、レモン一個分のビタミンCやらが入ってるみたいやんな』
『じゃあ、シューコちゃん!
あなたはこれからずっと、レモンしか食べてはいけません! って言われたら?』
『えぇぇ? いや、それ絶対イヤだなぁ。
口ん中スッパスッパぁ〜になってお婆ちゃんみたいな喋り方なるわ』
『だよねー☆
じゃあじゃあ、シューコちゃん。ご飯しか食べちゃダメです! って言われたら、どう?』
『白飯だけ? ずっと?』
『ウィームシュ』
『いやぁ、それもしんどいでしょ。せめて奏ちゃんがいてくれたら、あたしもご飯三杯はイケるけどさ』
『あーん、シューコちゃんのグルメ屋さん♪
好き嫌いばっかしていたら大きくなれないよ?』
『堪忍してや、これでも和菓子屋の娘やってましたんで。
ていうか好き嫌いも何も、フレちゃんがバランスの良い食事を提案してくれんのやないかーい』
『そうそう! それ、シューコちゃん!』
『は?』
83 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2020/06/26(金) 20:17:29.71 ID:W5lmC8VA0
『夢だっておんなじだよ、ってアタシは思います☆』
『……あー、なるほど。不覚にもちょっと納得させられたわ、あたし』
『でしょ?』
『レモンだけだとしんどいけど、あった方が栄養のバランス的にも良いみたいなことでしょ?』
『夢だけでお腹はいっぱいにならないけど、夢が無いと人生美味しくなんないよねー。
夢があってこそアタシ達は楽しくなれるんだってフレちゃん思うんだー♪』
『ふむふむ、つまりフレデリカさん的には、人生を楽しむコツは夢にあると?』
『アタシね? ママから教わったの。
色んなものをバランス良くモリモリ食べやさいって』
『ダジャレかい』
『綺麗で優しい小さな夢をアイコちゃんみたいにたくさん摂って、規則正しくバランスの良い人生を心掛けたいよねー♪』
『なるほどですねー、ところでフレデリカさんの夢とは一体何でしょう?』
『ン? アタシ?
えーとね、まずはシキちゃんと明日買い物に行くでしょ? ずっと行きたかったケーキ屋さんに二人で行って、カナデちゃんおすすめのサメ映画も観るの。
この番組終わった後はシューコちゃんと一緒にキンキンに冷えたジュース飲みたいし、事務所に帰ってうえきちゃんにお水もあげたいかな〜。
あ、そうだ! この前アイコちゃんにオススメされて、フレちゃん新しいカーテン買ったの! 花柄のふわふわした可愛いヤツ!
家に帰ったら、早くそれをシャー!シャーッ!ってしたいし、それに』
『あの、フレちゃんフレちゃん』
『ン?』
『それさ、夢なん? 何というか、もっとデッカく、ドーンっていうのは?』
『ンー、このラジオを聞いた人が、アタシと同じタイミングで家のカーテンをシャーッ!ってしてくれることかなぁ』
『リスナーの皆さん、聞きましたか?
お家に帰ったら、ぜひご家庭のカーテンをシャーッ!してやってください。
あなたの清きシャーッ!で、ウチのフレの夢が叶います』
『絶対楽しいよー! 皆も一緒にやろうねー☆』
84 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2020/06/26(金) 20:20:16.96 ID:W5lmC8VA0
「千夜ちゃん千夜ちゃん、朝だよー。起きて」
あくる日の朝。
私は千夜ちゃんの代わりに、カーテンをシャーッてした。
朝の陽光に照らされた、いつもと変わらない街並みが目に眩しい。
昨日調べてみて、面白い話を見つけた。
キリンの首がどうして長いのか――これについて、近年では新たな説が生まれているみたい。
それは、「親キリンの努力や願いが身体のどこかに記憶され、子孫へ受け継がれていく」というもの。
今の世代では叶えられなかった願いが、次の世代へと受け継がれるかもしれない――。
ラマルクが唱えた進化論と同様に、そんな希望の願いが含まれた説なのだ。
あの子は言った。
進化とは、遠い祖先達の願いであり、夢であると。
トイカメラでも拾えるくらい、身近でささやかなものが、きっと私にも受け継がれていて――。
そんな優しい夢を、誰かに引き継ぐことができたなら。
私はベランダに出た。
いつかの夢で、うえきちゃんの頂上から見た世界が、目の前に広がっている。
今日も廻っている、愛しき世界。
〜おしまい〜
85 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2020/06/26(金) 20:23:23.90 ID:W5lmC8VA0
Mr.Childrenの『進化論』という曲を基に書きました。
途中、同曲の歌詞や、2015年のツアーで流れたナレーションを所々引用しています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
86 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/06/26(金) 20:32:54.96 ID:W5lmC8VA0
>>47
誤字、失礼しました。
誤)「……焦っている、か……そうかもね}
正)「……焦っている、か……そうかもね」
87 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/06/26(金) 20:37:50.28 ID:XKJWoVZa0
乙でした!
いつもながら長くても、読みやすくて引き込まれる文章でした
88 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/06/27(土) 23:36:31.12 ID:3w3b61zT0
一気に読んでしまった
89 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/06/28(日) 12:33:37.06 ID:gO3HgNIs0
まだ読んでないけど冒頭の「カーテンがシャーッ」でなんかわらってしまった
90 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/06/30(火) 01:42:28.47 ID:cEcd3VTto
ああ、なんだか読み慣れた文章な気がしたけど、メガロの人だったのか!
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