周子「だから、あたしが逢いに往く」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/05/05(火) 18:35:09.62 ID:XnGtX3Tv0
幼女の紗枝はんが妖の周子に出会う話。
僕の考える生存本能ヴァルキュリアのエピソード0です。
ほかの子もちらほら出ますがアインフェリアは一人も出ません。
日本に酷似したファンタジーな国が舞台だから術とかお札とか出ます。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1588671309
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/05/05(火) 18:37:38.82 ID:XnGtX3Tv0
 怖いくらいに鮮やかな、夕焼けだった。

 夕日が少女を照らし出すも、鮮やかな光とは裏腹にその顔は俯き陰っていた。
 腰まであろう程の長く艶やかな髪、裕福で高貴な家柄が覗える衣、
 慣れ親しんだこの神社の階段に少女が独り、膝を抱えて座り込んでからもう数刻は経っただろうか。

 太陽は石段の最上段から見下ろす先の木々に次第に吸い込まれていたが、それでも西の空から桃色が流れ出して紫の空へと混ざっていくのが見える。
 星読衆の言うところだと、この色は雨の予兆だそうで、そう言われてみれば雲が多い気がする。
 本来であれば早めに帰路につくところだが、今日に限ってはそんな気になれなかった。

 そんな少女、小早川紗枝はこの国の政治の一部を担う一族の出であった。
 幼いころから家の方針で教養や礼儀作法等厳しく教え込まれ今年で十になるが、歳相応以上に様々なことが身についた。
 勿論、まだまだ知らない事も多くあるが、身の回りの状況や知識から自身で調べ考えとできるようにはなっていた。

 今にして思えば、それが仇になったのかもしれない。
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/05/05(火) 18:40:22.13 ID:XnGtX3Tv0
 先日、その日分の座学が終わった後に家の書庫に忍び込んだ時だった。
 国の中枢とまではいかないにしても近い地位にある家のせいかその蔵書量もなかなかのものであり、辺境の民家よりも下手をすれば大きい程の書庫にずらりと並ぶ書物の林は、まだ幼い紗枝でなくても圧倒されることだろう。
 当然、紗枝の興味をひかないはずがなかった。
 元々座学は嫌いではなかったし、むしろ今は好奇心真っ盛り。
 未知の世界が具現化したかのようなそこで手当たり次第に読み漁った。

 ―――と、ここで彼女は今日の記憶を振り払う。
 こんなにも強く瞼を閉じたことは今まで無かっただろう。
 見なかったことにしたくて、嘘だと思いたくて、忘れ去りたくて、それでもなお脳裏にこびり付いて離れない。
 急に書庫が怖くなり、かと言って母屋にいても落ち着かず、こうしてこの神社まで飛び出してきたのだった。
 以前から度々通っていて心落ち着く場所なのでそれを頼りに来たのだが、そう簡単にいくはずもなく。
 未だこの場からなかなか家に帰る気になれずにいるのもそれが理由だった。

 それでも空は少女の事情など知る由もなく。日は山に、桃は紫に、じわりじわりと食われていく。
 この日何度目かも分からぬ溜息を漏らして、ゆっくりと瞼を上げる。
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/05/05(火) 18:49:18.71 ID:XnGtX3Tv0
「どーしたん?今日は元気ないやん」

 あまりに突然で、固まってしまった。
 突如、いや、いつの間にか目の前にしゃがみ込みこちらを見上げる者に全くもって気が付かなかった。
 足音も気配すらもしなかった、まるで降って湧いたよう……否、最初からそこにいたかのような。
 やけに馴れ馴れしい口調ではあったが、この者は紗枝にとって完全に初対面だった。

 さらさらと輝く白銀の短い髪
 それと比べても透き通る程の白い肌
 くっきりとしながらも艶やかな釣り目
 本家の者達にも引けを取らない上質の装束

 紗枝にとって、母親より美しいと思える程の女性を見るのは初めてだった。
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/05/05(火) 18:51:47.26 ID:XnGtX3Tv0
「いやいや、そんな見つめられても困ってまうやん」

「え、あ、えっと、ごめんなさい」

「そんな謝らんでええよー」
 
 ケタケタと笑う彼女の髪の穂先が、その首元あたりで僅かに揺れる。
 
「えっと……どちらさんどすか?」

「うーん、誰やろうね」

「えぇ……?」

「誰でもええやん、気まぐれなおばぁ……お姉さんとでも」

 そう言うと立ち上がり、紗枝の隣に腰掛ける。
 ふわりと袂がはためいて、微かな香りが紗枝の頬を優しく撫でる。
 あまり覚えのある香りではなかったが、それでも何故か心が落ち着くようで。

「そんな俯かんとさ、これあげるから、ね?」

 紗枝の目の前に掌が差し出される。
 その手には赤くて小さな実がいくつか、確かこれは……

「……ぐみ?」

「お、あたり!お嬢ちゃん物知りやね〜ご褒美にいくつか食べてええよ」

「でも……」

「ん?」

「それすっぱいからいやや」

「ははは。まぁ、まだそうなるよなー」

 そう言って差し出した手を引っ込め、載せていた実を一気に口に放り込む。随分と美味しそうに食べるものだ。
 紗枝はまだ酸っぱい物や苦い物がなかなか食べられずにいた。
 勿論、家での躾の一つとして安易な好き嫌いは咎められはするのだが、
 それでも飲み込むのになかなか覚悟のいる品が食卓に並んだ時には少し物怖じしてしまうのだった。
 大人になったら美味しさが分かるよ、などと祖父が言っていたが、今の紗枝には関係ないことだった。
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/05/05(火) 18:52:38.32 ID:XnGtX3Tv0
「せやったら、何がいい?他にもいろいろあるんよ」

「……なまえ」

「名前?」

「おねえさんの名前、教えてほしい」

「……名前かー」

 困るような、悩むような、そんな顔をして

「そう、やね……」

 染まりゆく、空を見て

「“シューコ”って、そう呼ばれてた」

 何ということはないはずの、とある神社の黄昏時

 一人の少女の運命が、
 一人の少女が運命を、大きく変える出会いだった。

7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/05/05(火) 18:56:15.59 ID:XnGtX3Tv0





「さえちゃんかー、ええ名前やん」

 辺りが暗くなり始め、見下ろす先の民家の窓にも明かりが灯る頃
 シューコに連れられて紗枝は長い階段を下っていく。
 紗枝にとって見知った場所であるはずなのだが、暗くなってから通るとなんだか遠い道のりに感じた。
 思いのほか長居してしまい、夕日が沈む前に帰るようにと言いつけられている紗枝としては自然と早足になってしまう。
 あまりに遅いと祖母の雷が落ちるのだ。

「なんか良いね、冴えてるって感じで」

 シューコとしては誉めているつもりなのだが、名を音でしか認識していないであろうことが紗枝には引っかかってしまう。

「うちの名前はそういう意味とちゃいます」

「えーそうなん?せやったら、どういう意味なん?」

「それは……えーっと……」

 自分の名前といえども、いざその意味を訊かれるとすらすらとは答えられないものだ。
 特に紗枝としては難しい質問だった。一言で言い表せる訳ではないのだ。
 それに、以前母が教えてくれたそれは当時の紗枝としては少々難しい話であった。
 正直言うと、文字毎のなんとなくの意味合いや印象しか覚えていない。
 だが、少なくとも『冴える』という意味ではない。

「書いた方が早いんやけど……」

 書いて見せて、その文字の意味を教えようと思いついた。言葉で全て説明するのはきっと難しい。
 誰かに説明する機会など無かったのだ。
 だがそれぞれの文字の意味なら知っている。
 紗枝は最近、画数の多い自分の名前を書けるようになったのだ。紗枝の密かな自慢の一つである。
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/05/05(火) 18:57:39.33 ID:XnGtX3Tv0
「ほんならこれにでも書いたら?」

 そう言うとシューコは帯の隙間から葉を取り出して紗枝に渡す。
 そう、紙ではない。葉である。

「……なんで葉っぱやの?」

「ええやん書けるんやし、ほらやってみ」

「普通、紙やないの?」

「紙使うんはもっとこう難しいことする時や。紙は自然に生えてきてくれへんやろ?」

「えぇ……」

 戸惑う紗枝をよそにシューコはにこやかに笑う。
 だいたい何故木の葉なのか紗枝にはさっぱりだった。筆記用具すら渡されていない。
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