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高山紗代子「敗者復活のうた」
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236 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 16:04:20.19 ID:ZRhpxi3E0
瑞希「相変わらず、念入りな下見ですね」
静香「え? いつもこんなに念入りに下見をしてるんですか? ステージの大きさをわざわざ測ったりを?」
紗代子「うん。実はメガネを外すと、ちょっと視界がぼんやりしちゃうから、下見の段階で距離感とか掴んでおかないといけないから」
瑞希「そうでした……そして、そうまでしてステージではメガネを外すのは、訳があるんでしたね」
紗代子「私……小さい頃、仲良しだった友達がいたんだ。その子も私もアイドルが好きで……それで、2人で約束したの。絶対2人ともアイドルになろうね、って」
瑞希「幼い頃の、大切な友達との約束ですか……それを守ろうと、高山さんは一生懸命なんですね」
紗代子「あ、もちろん私自身がアイドルが好きで、憧れてて、なりたいって思ってたんだけど、あの子だってきっと今もそうだって……そして私も信じてるから」
瑞希「なるほど。そして、それはまだ、高山さんがメガネを使用するようになるより前のことなのですね?」
紗代子「うん……アイドルごっことかして遊んでいた頃は、メガネをしてなかったから。もしかしてメガネをしてたらわかってもらえないかも、って」
瑞希「お名前では、わからないのですか?」
紗代子「なんとなく覚えてはいるんだけど、漢字でどう書くのとか詳しいことは……小さい頃だったからね。でも2人とも名前が『さよこ』だったのは印象深いからはっきりと覚えてるよ」
静香「2人とも……? その子も、さよこというお名前なんですか?」
紗代子「うん。一緒に遊んでいたりして、周りの誰かが『さよこちゃん』って呼んだりすると2人とも『はーい』って返事しちゃったりしてたから、ある時にあの子が『じゃあ、私はさーちゃんで、あなたはよーちゃん。ね!』って言って」
瑞希「じゃあそのさーちゃんという方も、今アイドルになろうとしているのかも知れませんね」
紗代子「というか、もうなっていると思う」
静香「えっ!? 本当ですか!?」
237 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 16:06:28.51 ID:ZRhpxi3E0
紗代子「Shahが、あの子……さーちゃんだと思う」
瑞希「……なんですって。びっくり」
静香「え? じゃあその紗代子さんの幼なじみの、さーちゃんがShahだっていうんですか?」
紗代子「うん……さっき瑞希ちゃんが、かんでShahのことをさーって言った時に思い出したの。週刊誌に載っていたShahの写真、あれは……」
瑞希「そういえば、高山さんはあの写真を見た時に見覚えがあるような気がする……とおっしゃってましたね。まさか私がかんだことが、手がかりになるとは……お手柄だぞ、瑞希」
静香「ま、待ってください! ほ、本当にそうなんですか? 勘違いとか見間違いじゃないんですか!?」
紗代子「? たぶん、間違いないと思うけど……どうして?」
静香「っ……実は、翼と賭をしていて……」
瑞希「賭け、ですか?」
静香「か、賭って言っても、金銭とかは賭けていなくて、そ、そう! 射幸心を煽るようなものじゃなくて……」
紗代子「え? それってもしかして翼ちゃんが言ってた、Shah日本人説……のこと?」
静香は、コクリと頷く。
238 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 16:07:14.38 ID:ZRhpxi3E0
静香「翼が大穴ねらいで日本人説、でもけっこう自信あるんだ〜♪ って言い出して……じゃあもし違ったら花坊のうどんをおごりなさいよ、って話になって……」
紗代子「う、うん」
静香「かわりに、もし本当にShahが日本人だったら私は翼に、根の津でうどんをおごるってことに……しかも私は翼が食べるのを見てるだけっていう……あああ、本当にShahは紗代子さんの幼なじみなんですか!?」
紗代子「う、うん! ま、間違いない……と、思う!!」
静香「ああ……」
ガッカリと項垂れる静香。
紗代子「元気出して、静香ちゃん。うどんなら、今度私がヤマサ製麺所でおごってあげるから」
瞬間、バッと静香は頭を上げると、紗代子に詰め寄る。
静香「そこって、美味しいんですか!?」
紗代子「う、うん! うちの家族はみんな大好きだよ」
静香「どんな? どんな、うどんなんですか!?」
紗代子「えっと、セルフのお店なんだけど」
静香「セルフ!? セルフって、自分で作るってことですか!?」
紗代子「そ、そうだよ」
静香「製麺所のセルフうどんなんて、香川に行かないと体験できないと思ってました……あ、味はどうなんですか!?」
紗代子「や、柔らかくて美味しいよ」
瑞希「待ってください最上さん、少々落ち着きましょう」
239 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 16:08:12.77 ID:ZRhpxi3E0
静香「あ……す、すみません私、ちょっと興奮してしまって……」
瑞希「高山さん、高山さんのプロデューサーは、この事ご存じなのでしょうか?」
紗代子「どう……かな? そもそもShahの存在を知っているのかがわからないし、知っていたとしてもShahが自分の担当していた娘だっていうことも気づいているのかな」
静香「え? 紗代子さんのプロデューサーが、Shahのプロデューサーなんですか!?」
瑞希「元……ですが、これはまたあとできちんと説明しますね」
静香「そうだったんですか……」
瑞希「この事、お知らせすべきでしょうか?」
静香「この間の、小鳥さんの様子を見ると、私は慎重に考えた方がいいんじゃないかと思いますけど」
瑞希「はい……せっかく心の傷が癒えたプロデューサーが、またショックを受けたら大変です」
紗代子「確かにそうだね。うん、まだちょっと黙っておくよ」
瑞希「それが良いでしょう。しかしそれにしても……」
静香「?」
240 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 16:09:41.26 ID:ZRhpxi3E0
瑞希「不思議なご縁ですね。高山さんとShah、子供の頃に一緒にアイドルになろうと約束した幼馴染みのお2人が2人とも、同じプロデューサーに担当されて」
それは紗代子も思っていた。
そして、自分とShahを友にのプロデューサーが見出したということは、自分とShahに共通するような才能か、それに類するなんらかの見所があったということなのだろうか。
紗代子「私も……がんばれば、さーちゃんみたいに、アメリカでも通用するようなアイドルになれる……のかな?」
瑞希「もちろんです」
静香「ええ、紗代子さんの歌声はすごいです。それに、あのがんばりなら絶対に大丈夫だと思います」
紗代子「そうだね。今はまだまだでも、いつかはあの子に届くって、私も信じるよ……ありがとう。さあ、じゃあ続きをやろうか。ますは、明日のために!!」
静香「はい!!」
瑞希「やるぞー瑞希。えいえいおう!!」
241 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 16:11:27.00 ID:ZRhpxi3E0
紗代子のテレビ出演は大成功だった。
容姿の美しさと、軽やかなダンス。そしてなにより、画面越しでも伝わるあの、魂を揺さぶられる歌声に視聴者は驚き、話題になった。
効果はすぐ現れた。問い合わせは殺到し、関連グッズがまた在庫から消えた。
町中で、紗代子の歌が流れるようになる。
「姉ちゃんのサイン、欲しいって言われるようになったよ。とうとう姉ちゃんのこと、自慢しちゃった」
弟が少し恥ずかしそうに、紗代子に言う。
静香「私にテレビのお仕事ですか!?」
翼「え〜また静香ちゃん〜?」
P「先日のテレビで、注目されたみたいだな。真壁さんにも声がかかってるそうで、改めて2人のプロデューサーから話があると思う」
瑞希「やったぞ……瑞希。がんばります」
紗代子「ふふっ。私たちも、段々アイドルとして有名になってきたんだね……」
242 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 16:12:31.96 ID:ZRhpxi3E0
『あの子がやってきた』
243 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 16:13:45.72 ID:ZRhpxi3E0
アメリカ、テキサス州のダラスから飛び立ったプライベートジェットの操縦室で、機長は困惑していた。
このジェット唯一の乗客である少女が、突然ハイジャック宣言をしたのだ。行き先を日本に変更しろという脅迫と共に、だ。
このハイジャッカーは別に武装しているわけでも、人質をとっているわけでもなかったが、機長はフライト前に雇い主であるコーエン氏から「くれぐれも乗客の機嫌を損ねないよう、最大限のワガママを許してやって欲しい」と強く言われていた。
だがしかしこれは、最大限というワガママを越えているのではないだろうか。
本来の行き先は、イギリスのヒースローである。そこへ向かわずに日本になど行って良いものだろうか? そしていずれにしろ最終的にはこの乗客はヒースローに向かわなくてはならないのだ。
なにしろあの、ロイヤル・アルバート・ホールでのライブが控えているのだ。
「数時間でいいのよ。今回は少し余裕のある移動のはずでしょ? お願い!」
乗客の瞳は真剣だった。ワガママというよりは、今しかないという一瞬に望みをかける、懇願の目だった。
機長は成田空港へ、連絡を取ることにした。
244 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 16:15:19.51 ID:ZRhpxi3E0
P「歌番組も好評だった。色々と仕事も入ってきている」
紗代子「本当ですか!? 良かった……あ、でも、まだまだですよね。もっと私、上を目指したいです!!」
P「うむ……確かにまだまだやるべきことは、ある。だが、こうした世間からの求めに応じるのもアイドルとしての大切な仕事だ」
紗代子「はい。私、がんばります」
P「とりあえず、劇場外で単独ライブをうつ」
紗代子「劇場外……ですか?」
P「今度は本当に1人だぞ。どうだ? やるか?」
紗代子「はい」
P「いい返事だ。単独だから、色々とやってもらうぞ。覚悟しておけ」
紗代子「もちろんです。それで、どこなんですか? 劇場外って」
一瞬、プロデューサーの顔が曇ったのを、紗代子は見逃さなかった。
が、彼は軽く頭を降ると、殊更に笑顔で答える。
P「東京都の文化会館だ。しかも、大ホールだぞ。大きなハコだが、気後れするなよ」
その答えで、紗代子はなぜプロデューサーの表情が曇ったのかを悟った。
東京都文化会館は、Shah……いや、あの子のデビューイベントとなるはずだった会場だ。
プロデューサーにとっては、苦い思いでの場所だ。
今度は……いや、自分はなんとしてもプロデューサーに成功の喜びを味あわせてあげたいと強く彼女は思った。
245 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 16:16:16.96 ID:ZRhpxi3E0
瑞希「東京都文化会館ですか? 確か……上野だったと思いますが……どうかされましたか?」
紗代子「私の単独ライブが決まったの!」
瑞希「本当ですか……いよいよ単独でのライブなのですね。私、当日は観客として、高山さんに声援を送りたいと思います」
紗代子「ありがとう。それで、その会場がその東京都文化会館なんだ」
瑞希「待ってください。都の文化会館といえば……確かShahさんの……」
紗代子「……うん。それも同じ大ホールなんだって」
瑞希「高山さんは……本当に、良いのですか?」
紗代子「え? なにが?」
瑞希「高山さんは、Shahさんではありません。トップアイドルになって、自分だけでなく高山さんのプロデューサーの夢もかなえたいという想いは立派です。ですが、高山さんがShahさんの身代わりになることは……ありません」
紗代子「ありがとう、瑞希ちゃん。瑞希ちゃんの言ってること、わかるよ」
瑞希「はい……」
246 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 16:19:29.84 ID:ZRhpxi3E0
紗代子「それから……この間、私に言ってくれたことも」
瑞希「高山さんに……私が、言ったこと……ですか?」
紗代子「瑞希ちゃんは私に、事実だけを見ようって言ってくれたよね。だから……うん、今起きてることだけ見ていくよ。Shahのことは、今はプロデューサーとは分けて考える」
瑞希「そうですか……なんだか私は、余計なことを高山さんに言ってしまったような気もしますが、いつでも相談にはのります。なんでも私に言って、頼ってください……」
紗代子「うん。ありがとうね!」
2人は笑顔を交わしあうと、東京都文化会館へと向かった。
瑞希「スマホのルート案内だとここを曲がって……見えました、あれが東京都文化会館です」
紗代子「お、思っていたより大きいんだね」
瑞希「そうですね……外観も立派な……おや、なんでしょう?」
紗代子「すごい人だかり……何かあったのかな」
247 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 16:20:27.63 ID:ZRhpxi3E0
「ホントにマジだって! いたんだよ、あのShahが」
「もうすぐロンドンでライブだろ? こんなとこにいるもんか」
「でも確かにちょっと似てたな」
紗代子「……え? Shah?」
瑞希「そんなまさか……そう、都合よく……」
Shah「ふう。もう日本でも知られてきてるんだ。まさか、ファンに見つかるとは……」
瑞希「!? あ、あの、もしかしてShahさん……ですか?」
Shah「え!? ち、違います。私は通りすがりのアーティストで……」
紗代子「……さーちゃん?」
Shah「……え? まさか……」
248 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 16:20:55.71 ID:ZRhpxi3E0
紗代子「私……わかる? 私は……」
Shah「よーちゃん! よーちゃんでしょ!? まさか会えるなんて……元気にしてた!?」
紗代子「さーちやんこそ!! ずっとずっと……会いたかったよ!!」
抱き合う2人。しかしその再会を瑞希が止める。
瑞希「待ってください。こんな人目の多いところで、日米の新鋭アイドル2人が親しげにはぐするなど、騒ぎの元です」
紗代子「そ、そうか。ごめん、瑞希ちゃん」
Shah「じゃあ、どうしたら……」
瑞希「大丈夫です……私に、ついてきてください」
249 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 16:38:46.37 ID:ZRhpxi3E0
瑞希が2人を連れてきたのは、いつぞや善澤記者が紗代子と瑞希を連れてきたカフェだった。
瑞希が善澤の名前を出すと、さして詮索もされず件の個室に3人は通された。
Shah「もしかしたら会えたりするかもとは思っていたけど、本当によーちゃんに会えるなんて! ネットで見たよ。アイドルとして、がんばってるんだ」
紗代子「私こそ、さーちゃんの活躍は聞いてるよ。すごいね、アメリカで活躍してるなんて!」
Shah「……私は乗り気じゃなかったけどね」
紗代子「え? あ、うん……プロデューサーのことだよね」
Shah「プロデューサー?」
瑞希「端的にご説明しますが今、高山さんを担当しているプロデューサーは、Shahさんを以前担当しておられたプロデューサーです」
Shah「え?」
紗代子「さーちゃんが引き抜きでアメリカに行った後、色々とあって……今は私のプロデューサーなの」
Shahは青ざめると、その表情を強ばらせた。
紗代子「さーちゃん?」
Shah「ごめんなさい! よーちゃん!! 私の……私のせいで!!!」
紗代子「え?」
Shah「謝ってゆるしてもらえるとは思わないけど、本当にごめんなさい」
紗代子「ま、待ってよ。さーちゃん。なんで私に謝るの?」
250 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 16:39:33.84 ID:ZRhpxi3E0
Shah「なんで……って、私のせいでよーちゃんがあの人の片棒を担がされて……やっぱり、あの人に脅されたりされてるの?」
紗代子「お、脅される!?」
瑞希「待ってくださいShahさん。話が噛み合っていません……脅されるとはなんのことですか?」
Shah「え? だって……あんな条件でプロデュースを受けて……無理矢理だとばかり……もしかしてよーちゃん、なにも知らないの?」
紗代子「なにも……? 私は、どこの面接やオーディションでも落ちて絶望していた所を、プロデューサーに……」
Shah「本当に……なにも知らないの……ラングレーだって動いたって聞いてたけど」
紗代子「ラングレー?」
Shah「Central Intelligence Agency。CIAのこと……つまり、ええと、日本語に訳すと……」
瑞希「アメリカ中央情報局……ですね。映画とかでは聞く名前ですが……」
紗代子「ど、どういうことなの!? なんでそんな所が私やプロデューサーに関係あるの!?」
251 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 16:40:18.70 ID:ZRhpxi3E0
Shah「あの人……あのプロデューサー、私を脅迫してたの」
紗代子「きょう……はく?」
Shah「アメリカは訴訟に対しては寛容よ。だけど、脅迫となるとそれは別。明らかに反社会的な行為として咎められるわ。コーエンは事を重く見て、CIAに相談したって言ってた。国を跨いでの犯行予告だったし」
茫然とする紗代子。代わりに瑞希が、Shahに聞く。
瑞希「脅迫とは、具体的にはどういうものだったのですか?」
Shah「当初は支離滅裂な言動だったわ。日本に戻らないと天罰が下るとか、今までのレッスンや指導料として1億円払えとか、AISは俺に株を売って俺のものになるべきだ、とか……」
紗代子「そんな……そんなこと……」
252 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 16:41:11.02 ID:ZRhpxi3E0
心配そうに紗代子を見ながら、それでも瑞希は聞く。
瑞希「当初は、ということは。その後が……あるのですか?」
Shah「ええ……しばらくすると、文章は妙に紳士的なものになったわ。でもそこから先は、一切がラングレーが証拠として管理をしだしたから、私はよく知らないの」
紗代子「……」
瑞希「では、現在は?」
Shah「コーエンは、もう心配ないって言ってたわね。両者の間で、合意があったみたい。ただ……脅迫がなくなった代わりに、たわごとを言うようになった、とも」
瑞希「高山さん、もう……やめておきましょうか?」
紗代子「……聞きたい。話して、さーちゃん」
Shah「よーちゃん、本当にいいの? ようやく再会できたのに、こんな話をしちゃって……」
紗代子「大丈夫。私は……私たちの友情と夢は変わらないよ。でも、私はやっぱり本当のことを全部知っておきたい」
Shah「……わかった。あの人は……ごめんねよーちゃん、これはあの人の言ってたことだからね。私が思ってることじゃなくて……」
紗代子「……うん」
253 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 16:43:07.07 ID:ZRhpxi3E0
Shah「あの人は、今に見ていろ、俺の実力を証明してやる……なんの……なんの才能もないやつを、誰も見向きもしないような者を、俺だけの力でプロデュースしてトップアイドルにしてみせてやるからな……って……」
紗代子の顔から、顔色と表情が抜け落ちた。
涙すら出なかった。
凍ったように世界が止まった。
ずっと不思議だった。
ずっとずっと謎だった。
どうして自分なんだろう。
どうしてプロデューサーは、私を選んだんだろう。
ようやくわかった。
自分は、なにもない、なにもできない、なんの才能も将来性もないことを理由に選ばれたのだ。
プロデューサーの力の証明のために……
254 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 16:44:33.82 ID:ZRhpxi3E0
Shah「慰めのつもりじゃないけど」
ポツリとShahが口を開く。
Shah「私は、よーちゃんの実力も才能も信じてるよ。それから……あの人のことも」
瑞希「高山さんの、プロデューサーをですか?」
Shah「今日、あの場所……都の文化会館に私が行ったのは、どうしてもあの場所を見ておきたかったからなの」
瑞希「高山さんや私と会えたのは、予想外の偶然……なのでしたね」
Shah「あの文化会館は、私のデビューイベントが行われるはずだった場所。そして、イベントは中止になったけど、会場はキャンセルされなかった」
瑞希「? イベントは中止になったのに、会場はそのまま借りていたんですか?」
Shah「後から聞いたの。当日、あの人は本来ならデビューイベントが開かれているはずのあの会場で、ずっと呆然と客席に座っていたそうよ。会場代は自腹でね」
瑞希「そうなんですか……」
255 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 16:45:25.45 ID:ZRhpxi3E0
Shah「あの人は、あの人なりに真剣だった。私に期待をしてくれていた。それに応える時間も機会もなく、私はアメリカに連れて行かれてしまったの……あの人は、私やコーエンを脅迫したかもしれないけど、あの人なりに傷ついた」
瑞希「……しばらく、人前には出られなくなってしまっていたそうです」
Shah「私は、自分のしでかした事を見ておきたくて、今日あそこへ行ったの」
瑞希「そうだったんですか……高山さん、大丈夫ですか」
紗代子「……え? あ、うん……」
Shah「ごめんね。せっかく会えたのに、こんな話で……」
紗代子「ううん。私もプロデューサーに聞いてみる。今まで聞かなかったこと」
瑞希「それは……それこそ、大丈夫ですか? 高山さんも傷つくことに……」
紗代子「もう、後戻りはしたくないし、前に進むなら全身でぶつかりたいの」
Shah「そっか。じゃあそろそろ、私は行かなくちゃ。よーちゃん、約束……まだ忘れてないよ」
紗代子「私もだよ、さーちゃん。今日はありがとう」
256 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 16:46:58.96 ID:ZRhpxi3E0
紗代子とShahは抱き合い、別れた。
そして悲壮な表情で、紗代子は劇場に帰ってきた。
P「どこに行ってたんだ? これから……」
紗代子「プロデューサー!」
P「な、なんだ?」
紗代子「私、会いました」
P「会った? 誰にだ?」
紗代子「さーちゃん……いえ、Shahにです!」
ハッとするP。
紗代子は構わず続ける。
紗代子「プロデューサーが、以前担当していたんですよね?」
P「な、なんで……どうして知って……」
紗代子「Shahがあの子だったんです。一緒にアイドルになろうって誓い合った、その子がShahなんです」
P「なんだと……」
257 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 16:47:42.19 ID:ZRhpxi3E0
紗代子「あの子を脅迫したっていうのは、本当なんですか?」
P「ま、待て。それは……あの時、俺はどうかしていた……」
紗代子「あの子を見返すために……自分の力を認めさせるために、私の担当になったんですか?」
P「紗代子! き、聞いてくれ!!」
紗代子「私がなんにもない! なんの才能もない、ほっといたらアイドルになれない娘だから、選んだんですね!?」
泣き叫ぶように追求する紗代子に、プロデューサーの足は震えた。
恐れていた事が起きた。起きてしまった。
自分のしてきたことが、一番知られたくない紗代子に全部知られてしまったのだ。
崩れ落ちるように床にへたり込んだ後、プロデューサーは絶叫した。
P「あ……あああ、あああーーーっっっ!!! あ、あーーー!!! あああぁぁぁあああーーーっっっ!!!」
そのまま彼は、もつれる足でその場を逃げ出した。
代わりに紗代子が、その場に泣き崩れる。
紗代子「うう……わーーーーーーっ!!!」
仲間のアイドルたちも、立ち尽くすしかなかった。
そして翼が、静香の袖を引く。
翼「つまり……やっぱりShahは日本人だった、ってコトだよね〜?」
静香「……今は、それどころじゃないでしょ」
翼「わかってるけど……こういう空気、どうしたらいのかわかんないよ……」
瑞希「帰りましょう……高山さん。今日は、私が送ります……」
258 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 16:48:56.08 ID:ZRhpxi3E0
紗代子を抱えるようにして乗り込んだ、帰りの電車内。彼女は一言も発しなかった。
瑞希も言うべき言葉がなく、黙っていた。
帰宅した紗代子を見て、さすがに母親は何が起こったのかはともかく、娘の精神状態は察し、黙って娘を自室に送る。
「わざわざ心配して送り届けてくれたんでしょ? ごめんなさいね」
瑞希「いえ……1人にするわけには、いかないと思いましたから」
「今夜は、お夕飯を食べていってね。あ、なんなら泊まってもいいのよ?」
瑞希「いえ、それは……ですが、やはり高山さんが心配ではあります……」
「決まり! ね、お宅には私からも一言添えて連絡することにして」
瑞希「では、お言葉に甘えて……それにしても、大丈夫でしょうか?」
「紗代子なら心配ないわよ」
259 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 16:49:53.18 ID:ZRhpxi3E0
瑞希「なぜですか……あの熱意と懸命さの塊のような高山さんが、あれほど落ち込んだ姿を、私は見たことがありません」
「ま、確かに久々ね。春頃に、765プロのオーディションを落ちて帰ってきた時以来かしら」
瑞希「あの時の……」
「あの子はね、どんなことがあっても、一晩寝たら元気になってるから。だから、大丈夫。そうね、明日の朝食は、たい焼きでも焼いておいてあげようかしらね」
瑞希「本当ですか……しかし、今回はどうでしょう」
これまでも苦難や困難はあった。だがそれとは次元が違う。
今回彼女は、信頼するプロデューサーとの根源的な関係が崩れそうであるのだ。
ずっと心の支えだった、プロデューサーに見出されたという自信が、今回は粉々に砕かれたのだ。それもそのプロデューサーによって。
「ただいまー。え!? あ、アイドルの真壁瑞希ちゃん!?」
260 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 16:50:49.65 ID:ZRhpxi3E0
瑞希「おじゃましています、真壁瑞希です。私のことは気軽に、瑞希ちゃんと呼んでください」
「もしかして姉ちゃんが、友達だって言ってたのは……マジ?」
瑞希「はい……マジです、マジ。真実の本当です……まじまじ」
「今夜はうちに泊まってくれるそうよ。失礼のないようにね」
「マージでえええ!?!?!?」
夕食にも紗代子は部屋から出てこなかった。
紗代子の弟も「765プロのオーディションを落ちて以来だよな」と母親と同じことを言い、あまり動じていないようだ。
そして夕食後、その弟が自転車に乗る。
「姉ちゃんがいないのに走るって、変な感じだな」
261 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 16:52:06.91 ID:ZRhpxi3E0
瑞希「それはつまり……高山さんは、毎晩走っておられるということですか?」
「ああ……いや、はい。最初は自転車使わずに一緒に走ってたんだけど、だんだん追いつけなくなって、ママチャリに乗るようになって、それでも追いつけなくなってちゃんとした自転車買って、そして今はあれを組んでるとこです」
瑞希「あれ……ほほう、緑色の綺麗な自転車ですね。び……びあん……き?」
「うん! お陰様で、今は自転車部でエースですよ。あのビアンキの自転車も姉ちゃんに見せて自慢するつもりだったのに」
瑞希「明日には……本当に高山さんは、元気になっているでしょうか」
「ま、大丈夫でしょ」
瑞希「今夜は……高山さんの代わりに、私が走ります」
「え? ま、マジですか!?」
「ちゃんとボディガードするのよ? 瑞希ちゃんも、戦車とかに気をつけてね」
瑞希「はい……戦車?」
262 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 16:53:07.38 ID:ZRhpxi3E0
「こんなにのんびり走るの、久しぶりかな」
瑞希「つまり高山さんは、もっと早く走っているのですね?」
「慣れっこになってたから麻痺してたよな。駅から海岸線まで出て、そのまま神社前を登って降りてマリンワールドまで……けっこうなスピードで」
瑞希は、その距離と速さに驚く。いや、紗代子の弟は、今日は速度を控えて走っているというから、普段は……
瑞希「すごいです……高山さんは……」
263 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 16:54:15.76 ID:ZRhpxi3E0
来客用のベッドに横になりながら、それでも瑞希は紗代子が心配だった。
紗代子の家族は心配していなかったが、あれだけの精神的なショックを受けて、それでも一晩で立ち直れるものだろうか。
いや、もし立ち直れなかったとしたら、紗代子はアイドルをやめてしまうのではないだろうか。
その想像は、瑞希の胸を悲しみの棘で刺した。
彼女にとって、紗代子は単に親友というだけではない、同僚のアイドルだけでもない。
紗代子の努力と、その諦めない熱意でここまで来る様を間近に瑞希は見てきたのだ。
それは美しいだけの道程ではなかった。時に涙を流し、もがくように苦しみながら歩んできた茨の道だ。
それだけに、紗代子のすごさを如実に物語り、自分も影響を受けた道でもあった。
瑞希「高山さん……」
ステージの上での、楽しそうに、嬉しそうに、輝くように歌う紗代子。
そしてその陰で、弱い自分を必死に鼓舞し、その自分を励まし、寄り添っていた紗代子。
2人の紗代子は、瑞希にとって。いや、765プロ全員の、今や宝物となっていた。
瑞希「やめないで……ください」
264 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 16:55:19.00 ID:ZRhpxi3E0
朝がきた。
結局ほとんど眠れなかった瑞希は、紗代子の部屋の前で座り込んでそのドアが開くのを待っていた。
紗代子「あれ……瑞希……ちゃん!? なんでここに!?」
ウトウトしていた所に、紗代子の声が聞こえ瑞希は目を開ける。
そこには不思議とさっぱりとした表情の紗代子が、立っていた。
瑞希「おはようございます、高山さん。高山さんのお母さんが、勧めてくださったので、昨夜はお泊まりをさせていただきました」
紗代子「そうだったの!? ごめんね、相手もしてあげないで」
瑞希「よいのです。それにしても……」
紗代子「な、なに?」
瑞希「ご家族のお話は、本当でした……元気になられましたね。よかったぞ……ほっ」
紗代子「うん……自分でも不思議だけど、なんか一晩寝ちゃうと元気になれるんだよね。それに……」
瑞希「はて、なんですか?」
265 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 16:56:12.99 ID:ZRhpxi3E0
紗代子「こんなの……あの時にくらべれば……765プロのオーディションを落ちたあの日の夜にくらべれば、なんでもない!」
瑞希「私は、もしかして高山さんがアイドルをやめてしまうのではないかと、心配していました」
紗代子「やめないよ。やめない……このままじゃ、絶対にやめない! 今度は私が……」
紗代子の母親は、起きてきてた娘を見て少し笑うと「おはよう」とだけ言った。父親も似たような反応で、弟はしきりに瑞希に話しかけてきていた。
つまり、これといって特別な反応を紗代子にしめさず、家族は朝の時間を迎えていた。
なるほど、やはり紗代子のことをよくわかっている。
朝食を終え高山家を辞した瑞希と、紗代子の2人は765プロ劇場へと向かった。
266 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 16:57:02.98 ID:ZRhpxi3E0
のり子「あ、紗代子! 大丈夫?」
紗代子「のり子さん、ご心配おかけしました。もう大丈夫です」
のり子「良かった〜! もう、このまま紗代子がアイドルやめちゃったらどうしようって心配してたよ!」
紗代子「瑞希ちゃんにも言われました。でも、やめません私」
桃子「おはようございま……紗代子さん! 良かった、やめないんだね!?」
のり子「あはは」
桃子「え? もう、のり子さんなにがおかしいの?」
のり子「みんな同じ心配をしてるんだなあっていうのと、紗代子は今日これから765プロのアイドルの数だけ、同じこと言われるんだなって思ったの」
桃子「じゃあ、ほんとうにやめないんだね? 紗代子さん」
紗代子「うん。ごめんね心配かけて」
桃子「ううん。桃子も嬉しいよ」
翼「おはようございまーす。あ、紗代子さん、やめないんだ!」
のり子「ほらね」
桃子「ほんとだ。おかしい」
その後やって来るアイドルと、ほぼ同じようなやり取りをし、先に来た娘が笑うということを繰り返した後、意を決したように紗代子は言った。
267 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 16:57:57.57 ID:ZRhpxi3E0
紗代子「それでプロデューサーは?」
未来「あ、うん、それが……」
紗代子「? どうしたの?」
静香「昨日、あの後プロデューサーをみんなで追いかけたんですけど、見つからなくて」
紗代子「え?」
翼「駅までの道にいなかったし、別の道も探したりしたんですけど」
のり子「アタシもクラウザー号で、劇場の周辺を走ってみたんだけど、全然姿がないんだよね」
瑞希「プロデューサーは、どこへ行かれたのでしょう……みすてりー」
茜「空を飛んでいっちゃったとか?」
麗花「空にもいませんでしたよ?」
茜「ここで深く追求はしないでおくけど、じゃあどこへ行っちゃったの!?」
昴「なあなあ、可憐の嗅覚でプロデューサーを探せないかな」
可憐「えっ!? そ、それは無理だと思いますけど……」
風花「待ってみんな。プロデューサーさんは、多分……劇場のどこかにいると思うの」
268 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 16:59:01.01 ID:ZRhpxi3E0
翼「え〜? なんでわかるの?」
風花「紗代子ちゃんのプロデューサーさんは、逃げ出しちゃったわよね?」
志保「はい。うろたえた様子でした」
風花「精神的にショックを受けた人の逃避は、闇雲に走り出したりしないの。たいていは、よく知っている場所や慣れ親しんだ場所に行ってしまうものなのよ」
美奈子「なるほど。それじゃあこの劇場内で紗代子ちゃんのプロデューサーの慣れてる場所……どこかな?」
琴葉「この人数で、しらみつぶしに劇場を調べるのがいいかな」
桃子「まって。この劇場の中で、誰かが隠れていて、しかも誰にも気づかれないところ、ってことでしょ?」
のり子「桃子、心当たりがあるの!?」
育「あ! もしかして」
桃子「うん。あそこじゃないかと思うんだ。ね、環」
環「? どこだ?」
269 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:00:07.44 ID:ZRhpxi3E0
桃子「もう、育が見つけた、あのトマソンだよ!」
環「とまそん……?」
育「私たちが、かくれぼしてた時に見つけた、あそこのことだよ」
環「ああ、たまきもわかったぞ。でもなんであそこなんだ?」
桃子「あの後ちょっと考えてみたんだけど、あの場所って機材置き場でもないし、あそこにあった機械ってパソコンとかだったと思うんだ」
瑞希「なるほど。高山さんのプロデューサーは、そこからレッスンを見たり高山さんに指示を出したりしておられたのですね」
のり子「えー!? ということはあのプロデューサー、外国じゃなくて……まさか、ずっと劇場にいたってこと!?」
紗代子「桃子ちゃん、その場所に案内して!」
桃子「うん、こっちだよ」
270 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:00:57.22 ID:ZRhpxi3E0
美奈子「ここって……壁じゃないの?」
育「わたしが見つけたんだ。ここの足下に触ると……あれ?」
桃子「どうしたの?」
育「開かないの。あの時は中を押したらカチッっていって、スルって壁が開いたのに」
美奈子「ということは……中から鍵がかけてあるのかな」
のり子「どうする紗代子。壁、ぶち破っちゃう?」
昴「お! それならオレも手伝うよ」
琴葉「待って! そんな乱暴な……いくらなんでも劇場を壊すなんて」
昴「えー。でもじゃあどうすんだよ」
琴葉「なにか穏やかな方法を何か考えましょう」
このみ「鉄球をぶつけるとか、放水するとか……」
琴葉「もっと物騒になってるじゃないですか!」
271 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:02:25.60 ID:ZRhpxi3E0
紗代子「みんな、私に任せて」
琴葉「もちろん紗代子が一番の当事者だから、いいけど……まさか紗代子も壁を壊して無理矢理入ろうって言うんじゃないわよね」
紗代子「そ、そんなことはしません」
紗代子は、ひとつ咳払いをすると歌い出した。
紗代子「あーーーーーー♪♪♪」
志保「この曲……」
静香「センター公演の時の……」
272 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:03:53.27 ID:ZRhpxi3E0
紗代子「私は ここにいます♪
私は ここで歌っています♪
ねえ 聞こえますか?
私が わかりますか?
私が ここにいます♪」
麗花「なるほど! 因幡の白うさぎ作戦だね!」
琴葉「いえ……天岩戸作戦だと思いますけど……歌で本当にプロデューサーが……あ!」
ゴトリ。
壁の中から、物音がした。と、続いてチャリという音が響き、壁そのものがスライドした。
中からプロデューサーが出てくる。
昴「す、スッゲー。ほんとに出てきた」
のり子「は、早く捕まえて引っ張り出さないと」
瑞希「お待ちください。おそらく……その必要はありません」
静香「え?」
気まずそうに、だがそれでも紗代子の歌声を聞き、出てきてしまったプロデューサーの前に、紗代子は真剣な瞳で対峙する。
273 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:05:00.09 ID:ZRhpxi3E0
P「紗代子……」
紗代子「アイドルは要りませんか?」
P「な、なに?」
紗代子「こういう歌をうたえるアイドルを、プロデュースしたくはありませんか?」
P「それは……」
紗代子「はやくしないと、他のプロデューサーを探しに行きますよ?」
P「ま、待て」
紗代子「才能のあるなしじゃなくて、今の私を見て決めてください」
P「お、俺……俺は……」
紗代子「私じゃあ、トップアイドルになれませんか?」
P「そ、そんなことはない!」
274 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:06:04.55 ID:ZRhpxi3E0
紗代子「以前の私は、こんな風に歌えたりはしませんでした」
P「それは……」
紗代子「ダンスもステップひとつできませんでした」
P「まあ、確かに……」
紗代子「でも、今はできます」
P「あ、ああ……」
紗代子「こんな逸材を、見逃していいんですか? プロデューサーがプロデュースしてくれないなら私、他のプロデューサーを探さないといけません!」
P「だ、ダメだ!」
紗代子「……」
P「紗代子は俺の担当だ。俺が見つけて、俺が育てたんだ! 俺が紗代子のプロデューサーで!! 紗代子の一番のファンだ!!!」
紗代子「……はい」
P「はあ……はぁ……い、いいのか?」
275 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:07:35.82 ID:ZRhpxi3E0
紗代子「トップアイドルには、一流のプロデューサーが必要です」
P「……」
紗代子「私のプロデューサーは、あなたしかいません! 要らないって言われても、あなたに私をおしつけます!!」
P「わかった。そしてすまなかった……」
紗代子「もういいんです。ここまでこられたのも、プロデューサーのお陰です。そしてこれから先の光景も、一緒に見て行きたいんです」
P「改めて頼む、俺に高山紗代子をプロデュースさせて欲しい。その理由は、高山紗代子が希にみる逸材だからだ。この娘をトップアイドルにしたいと思ったからだ!! 俺じゃないとできないからだ!!!」
紗代子「はい、よろしくお願いします!!!」
仲間達が見守る笑顔の和の中心で、改めて2人は出会い、そして夢を誓い合った。
後にトップアイドルとなる少女と、そのプロデューサーとなった男。つまり連壁の関係となる、この初めてではないこの出会いは、2人を強く結びつけた。
なんの才能も持っていない事を見込まれた少女。
それを復讐に利用しようとした男。
だがそれを過去のものとして、2人は手を取り合った。
276 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:08:29.07 ID:ZRhpxi3E0
未来「そっか。私、ようやくわかったよ」
静香「え? なにが?」
未来「春香さんに言われたこと。絆、って言葉の意味」
翼「う〜ん。まあ、確かにちょっとわかったかな」
志保「何もないからという理由で選んだアイドルと、そのプロデューサー。それがまたもう一度お互いを認めて選び合う……」
静香「これが、絆……なのね」
翼「うんうん。ところで静香ちゃん。イッケンラクチャクしたから改めて確認なんだけど〜?」
静香「え? なに?」
翼「Shahはやっぱり日本人だったんだよね〜?」
静香「ええ……あ!」
翼「うどん、おごってぇ〜!」
静香「もう……わかったわよ」
277 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:09:12.88 ID:ZRhpxi3E0
善澤「なんと……そんなことが」
P「ええ。なんというか、不思議な縁を感じました。まさかサー……いやShahが紗代子の言っていた『あの子』だったとは」
善澤「だろうねえ。しかしそれを含めて、君と高山君が全てを知った上で和解して、改めて担当アイドルとプロデューサーになってくれたのは、僕にとっても嬉しいよ」
P「え?」
善澤「改めて、君達の歩んだ軌跡を、独占記事にさせてもらいたいな」
P「……紗代子が、トップアイドルになったなら」
善澤「いい返事だ。事実上のO.K.サインとしてうかがっておくよ。そうそう、君には話しておくんだが」
P「え?」
善澤「君と高山君のこと……記事になりかけていたんだ。書いたのは悪徳だ」
P「なんですって!?」
善澤「Shahのことももちろん含め、君が彼女を脅迫したことなども書かれていた。不起訴とはいえ、イメージダウンになりかねないところだったよ」
P「だっと、ということは……」
善澤「ゲラになる前に記事は消された。なかったこと、になっている」
278 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:10:03.82 ID:ZRhpxi3E0
P「消されたって、誰が……もしかして社長が?」
善澤「高木ではないな。彼も驚いていたからね」
P「じゃあ誰が……まさか、コーエンですか?」
善澤「おそらくそうだろうが、まあそれは僕が調べておくよ。いずれ書く君と高山君の物語のひとつのエピソードにもなろうからね」
P「お願いします」
善澤「ああ。高山君……あれ以来、さらに熱の入ったレッスンをしているようだね」
P「まだまだ……紗代子には足らないものが多いですから」
善澤「ということは、まだまだ彼女は伸びていくわけだ。まったく、末恐ろしいアイドルとその担当プロデューサーだね」
P「そうだ。これから葬式があるんですが、善澤さんも参列されますか?」
善澤「葬式!? だ、誰のだい?」
P「俺の……いや、かつての俺の、ですよ」
善澤「?」
279 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:17:44.04 ID:ZRhpxi3E0
その頃、紗代子と他のアイドルの面々は、ヒュッテ……いや、プロデューサーがずっと隠れていた階段にあるトマソンに集まっていた。
のり子「これってジグソーパズル? けっこう大きいね」
紗代子「はい。これだけは運び出して欲しいって言われてて……わあ、山の写真のパズルなんだ」
桃子「これって、なんて山かな?」
翼「えっと〜富士山?」
育「違うよ翼さん、富士山ってもっとこう広がってる感じだけど、この山はほら形が……さんかくだもん」
桃子「そうだよね」
亜利沙「フォーーーッッッ! 桃子ちゃん先輩、そこはこう、もっと、さん・かっ・けー♪ってお願いしまあああーーーすすす」
桃子「富士山じゃないよね」
亜利沙「あああぁぁぁあああ!!! 桃子ちゃん先輩の冷たい視線、ごちそうさまでえええす!!!」
美奈子「じゃあ、鋸山かな?」
麗花「違いま〜す。この山はね、K2って山だよ。世界で2番目に高い山」
280 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:18:35.99 ID:ZRhpxi3E0
静香「世界で2番目? なんだか変わっているというか、半端ですね。世界1の山を飾っているなら、なんとなくわかりますけど」
麗花「K2は高さでは世界で2番目だけど、世界1なこともあるんだよ?」
育「なになに? なにが世界1なの、麗花さん?」
麗花「登頂って言ってね、頂上まで登るのが一番難しい山なの」
紗代子「世界1、登るのが難しい山……」
桃子「それって、エベレストよりも難しいってことなの?」
麗花「うん。高さではエベレストにはかなわないけど、険しさや厳しさはエベレストよりも上でね、登頂を果たした人もすっごく少ないの。事実、冬期に登頂を果たした人はまだ誰もいないんだ」
千鶴「つまりこのジグソーパズルは、紗代子のプロデューサーの、困難に挑む矜持を示したものなのですわね」
瑞希「かも知れません……いえ、きっとそうなのでしょう」
P「残念ながら違う」
紗代子「プロデューサー!」
281 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:19:22.63 ID:ZRhpxi3E0
P「たまたま、見つけた1000ピースのパズルがこれだっただけだ。深い意味はない」
紗代子「本当ですか?」
P「……」
志保「あら?」
育「どうしたの? 志保さん」
志保「これ、パズルのピースが落ちちゃってるんじゃない?」
のり子「あれ? 気をつけて運んでるつもりだったけど……ん? それって、床じゃなくてデスクの上にあったんだよね」
志保「そう言われてみれば……じゃあこれは、落ちたんじゃなくてまだ嵌めずに置いてあったのかしら」
静香「たった10ピースだけ嵌めずに……何か意味があるんですか?」
環「たまき、パズルとか得意だから、完成させてやるぞ」
P「待て待て。そうはいかない」
紗代子「え?」
P「これを嵌めるのはまだまだ先だ」
紗代子「? どうしてですか?」
P「紗代子もまだ、このパズルみたいに未完成だからな」
紗代子「?」
282 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:20:30.49 ID:ZRhpxi3E0
P「俺は今まで紗代子に、990の事を教えてきた。そして紗代子がそれを覚えるたびにピースをひとつずつ嵌めてきた」
紗代子「えっ!?」
P「自分じゃ気づいてないだろうが、紗代子は既にそれだけのものを身につけてるんだぞ」
紗代子「私が……?」
P「ま、それはまた後でいいだろう。それより今は……」
琴葉「あの……プロデューサー? その手にしているハンマーみたいなものはなんですか?」
P「これか? これは、ハンマーだ」
琴葉「それで……そのハンマーでなにをするつもりなんですか?」
P「これはな、こう……使う!」
ドガッ!
プロデューサーはハンマーを隠し部屋のデスクに叩き込む。
載っていたパソコン等の機材にヒビが入る。
琴葉「や、やめてください! 劇場でなんてことを!!」
P「大丈夫。安心してくれ、田中さん」
琴葉「え?」
283 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:21:20.16 ID:ZRhpxi3E0
P「心配しなくても、これらは全部、俺の私物だ」
琴葉「なるほど。それなら……い、いいえ! よくありませんよ!!」
制止する琴葉を横目に、プロデューサーはハンマーを振り下ろし続ける。
P「こんな……こんな場所があるからいけないんだ! もう、ここは……こんなものは……必要ない!!」
その言葉に、琴葉も制止を解く。
美奈子「もう止めないの?」
琴葉「……後片付けは、自分でしてもらうわね」
P「ほら、紗代子も」
紗代子「えええっ!? わ、私もやるんですか?」
P「もうここには、戻らないからな」
紗代子「プロデューサー……わかりました」
284 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:22:34.73 ID:ZRhpxi3E0
冷静に考えると、不思議な気もする。
ずっと外国にいると思っていた、自室から受け取ったり送ったりしていたメールは、実際にはここでやりとりされていたのだ。
紗代子の振り下ろしたハンマーに、ディスプレイが砕ける。
百合子「な、なんだか少し、もったいない気もしますね」
昴「ああいう機械って、どのくらいするんだ?」
杏奈「あの機種だと……たぶん……120万円ぐらい?」
紗代子「え?」
百合子「も、もったいなくないです!?」
紗代子「ぷ、プロデューサー! そ、そんな高価な機械、私……」
P「いいんだ。もう要らない。こんな機械も、場所も。もうオサラバだ」
その後、全員で代わる代わるトマソン内でハンマーを振るった。
琴葉は最初遠慮をしていたが、それでも紗代子の心情を慮り1度ハンマーを振り下ろした。
紗代子と片付けをしながら、プロデューサーはポツリと言う。
P「単独ライブ、がんばろうな」
紗代子「はい! ご指導、お願いします!!」
285 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:23:28.11 ID:ZRhpxi3E0
紗代子の単独ライブの日が来た。
会場前からファンが大挙して押し寄せ、物販の売れ行きも好調だ。
そこへ神妙な顔の、このみがやって来る。
このみ「紗代子ちゃんのプロデューサー」
P「あ、馬場さん。どうされました? 紗代子だったら……」
このみ「違うのよ。来てるの」
P「え?」
このみ「5階席に、黒井社長が来てるのよ!」
P「……」
黒井社長は、紗代子のセンター公演にも来ていた。それも、初めて765プロの招待を受けて、だ。
幸いにも特に何かを仕掛けてきたわけではなかったが、それだけに不気味でもあった。いや、後に何かとんでもない事をしてくる下準備のような気すらしている。
その黒井社長が、今日も来ているというのだ。
いったいどんな企みを狙っているのか……
P「しかもまあ5階席か。また腕を組んで座ってるんだろうな」
このみ「渋い顔してたわね。まあチケットを買って来てくれたお客さんだから、無碍にはできないんでしょうけど」
P「ええ、気をつけておきます」
286 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:24:30.11 ID:ZRhpxi3E0
志保「今日は、客席でみんなと応援をします」
P「ありがとう北沢さん。よろしくな」
志保「楽屋で紗代子さんに会いました……いつも以上に、魅力的に見えました。それに、堂々としてる様にも見えました」
P「今までやってきた事が、ようやく紗代子にも淡い自信となってきたんだろうな」
志保「紗代子さんは、Shahをライバルにしているんですよね」
P「紗代子が世界一のアイドルになるには……少なくともそれを目指す為には、世界一のプロデューサーが必要だ」
志保「え? でも、高山さんにはプロデューサーがいるじゃないですか」
P「俺も、自分が世界一だなんて自惚れているつもりはないさ」
志保「そうなんですか?」
P「だからこそ、Shahの一件があった時に、あれほど俺はショックを受けたんだろうな。思い当たることがあったから……図星を指されたから、あんなに辛かったんだうな」
志保「……」
P「まあ、誰だってそうさ。自信はあっても過信しちゃいけない。真に世界一のプロデューサー以外はな」
志保「誰なんです? 世界一のプロデューサーって」
287 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:25:47.60 ID:ZRhpxi3E0
P「AISの創業者にして社長、そして現役プロモーターのコーエン……ロジャー・コーエンだ」
志保「ロジャー・コーエン……」
P「コーエンには借りがある。いや、以前はなんで俺の担当アイドルを、コーエンが引き抜いて掻っ攫っていったのかがわからなかった。だが、今ならわかる」
志保「? どうしてなんですか?」
P「紗代子にとってサー、いやShahが運命の相手であったように、俺にとってコーエンは宿敵であり、そして目指すべき、尊敬すべきライバルだからだ」
志保「運命って、言いたいんですか? プロデューサーは、そういうのを信じない人かと思っていました」
P「不思議な巡り合わせを体験したからな……俺は世界1のプロデューサーになる。コーエン以上のな。きっとその為に俺はコーエンと縁があったのさ」
志保「はい……」
P「それで? 君の悩みは? 北沢さん」
志保「え?」
P「なにか悩みがあるんだろう?」
志保「紗代子さんのプロデューサーは、私のプロデューサーじゃありません」
P「? ああ」
志保「だから、言えます……いえ、言います。どうすれば私と私のプロデューサーも、紗代子さんと紗代子さんのプロデューサーみたいになれるんでしょうか?」
288 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:26:51.97 ID:ZRhpxi3E0
P「彼と話し合えばいい」
志保「っ……それは……ひ、人に頼ったりするのは……得意じゃありません」
P「頼るんじゃない」
志保「え?」
P「君の方から、協力させるんだ」
志保「私から……協力をさせる……」
P「阿諛佞媚を絵に描く必要なんてない。求められれば応じる、そうやって共に協力していく。俺は紗代子からそれを教わった」
志保「逆じゃないんですか?」
P「え?」
志保「あなたが紗代子さんを、引っ張ってきたんじゃないんですか? その……色々と別の思惑があったにしろ」
P「色々な……いや、紗代子でなければ俺はいつまでもあの穴蔵のようなヒュッテに閉じこもったままだっただろう。紗代子が、俺をあそこから出してくれた。というよりは、引きずり出されたも同然だがな」
志保「私にも……そんなことできるでしょうか」
P「少しずつでいい。気持ちを相手にぶつければいい。必ずそれに応えてくれる。それがプロデューサーってもんだ」
志保「わかりました。あの……この話は……」
P「もう忘れた。さあ、行こう」
289 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:27:51.95 ID:ZRhpxi3E0
東京都文化会館大ホールは満席となった。
その満座のステージで、迷いも不安もふっきった彼女は、2時間の間歌い、踊った。
彼女の歌声は、どの曲も観客の心を揺さぶった。
観客も歌声に応えるように熱狂した。
SNSでもその様子はすぐに伝えられ、話題になった。
次の日から、紗代子関連のグッズがどこも品切れになった。CDも完売し、増産がすぐに決まった。
テレビの出演を含め、次々と仕事が舞い込んできた。
765プロの先輩アイドルを追いかけるように、彼女の周囲は変わっていった。
そして、さらにその後を追いかけるように……
可奈「えー!? 私のセンター公演ですか!?」
志保「! み、みんな次々にセンター公演を……」
美奈子「私、テレビ番組のレギュラーが決まったよ」
のり子「アタシは単独ライブ」
桃子「べ、別にドラマの主役なんて今更だけど、主題歌は……ちょっと嬉しいかな。ちょ、ちょっとだよ!」
環「たまきと育、そのドラマのレギュラーだぞ」
育「可憐さんは、ラジオ番組だったっけ?」
可憐「は、はい……こ、声はミキサーで調整してもらえるから……゛、がんばります!」
瑞希「みなさん……躍進ですね。私も……セクシー枠を狙っていますが……とりあえずは、クイズ番組に出演です」
290 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:29:59.46 ID:ZRhpxi3E0
P「これは、先日の礼だ」
2人だけになるとプロデューサーはそう言い、綺麗にラッピングされた包みを紗代子に渡す。
紗代子「礼?」
P「俺をゆるしてくれた事と、俺をプロデューサーに選んでくれた事」
紗代子「そんな! そんなの、当たり前の事ですから」
P「それと」
紗代子「え?」
P「いつだったかの、夕食の礼だ。遅くなったがな」
紗代子「はい……」
P「どうした? 元気がないな」
紗代子「プロデューサー、私……」
P「今更、日本を代表するトップアイドルになるのはやめます、とか言うんじゃないだろうな」
紗代子「ち、違います。あの……ジグソーパズルのことです」
P「ん?」
291 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:32:26.35 ID:ZRhpxi3E0
紗代子「私、もうプロデューサーから教えてもらうことは、あと10個しかないんですか? もう私には、成長の余地は……伸びしろはないんですか!?」
P「俺からの礼……」
紗代子「えっ!?」
P「開けて見てくれないのか?」
紗代子「はあ……あ!」
ラッピングの中から出てきたのは……
紗代子「新しいジグソーパズル! プロデューサー、これって!!」
P「まだまだ高山紗代子というアイドルが完成するわけないだろう? 1000ピースはただの区切りだ。これからも……いや、これからは今まで以上に厳しくいくぞ」
紗代子「はい! あ、このジグソーパズルの絵は」
P「わかったか。俺たちが最初に会った、筑波山だ」
紗代子「やっぱり、K2も意味があるんですね?」
P「昔……登ろうとしたが、断念した」
292 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:35:15.00 ID:ZRhpxi3E0
紗代子「K2をですか? 確か、世界一登るのが難しい山……なんですよね」
P「俺の場合は、スタートラインにも立てなかったがな」
紗代子「?」
P「入山許可が下りなかったんだ。それ以来、俺にとっては高嶺の花さ。見果てぬ夢とも言うか……」
紗代子「プロデューサーと一緒なら、私はどこまでも、どんな困難な山でも、頂点にたどり着くつもりです!」
P「じゃあとりあえず、日本のトップになりにいくか」
紗代子「はい! ……え?」
293 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:36:52.10 ID:ZRhpxi3E0
瑞希「ワールドフェスティバル オブ ニューオーダーズ……これは、世界規模の新人アイドルフェスですか。すごい」
P「AIS主導の、な。当然に会場も主催も放映権もアメリカ……AISが握っている」
紗代子「もしかしてプロデューサー、これに私が出られるんですか!?」
P「いや待て。出たいとは思っているが、まだ決まった訳じゃない」
翼「紗代子ちゃんのプロデューサーさ〜ん。私もこれ、出た〜い」
P「日本からの出場枠は、ひとつだけだ」
瑞希「なんと……しかしそうなると、まず765プロにも先輩にあたるみなさまが……」
琴葉「ううん。この要項を読むと、出場者は本年デビューしたアイドル・アーティストに限る……とあるわ」
P「そう。順当な人選でいけば、確かに他の娘の可能性もあるが、この規定に沿えば今年候補生になった娘から、選ぶことになる」
翼「私は〜?」
P「そしてその中でやはり、センター公演を経験している、即ち紗代子か真壁さんか、福田さんとなる」
翼「え〜!」
294 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:37:24.20 ID:ZRhpxi3E0
P「そして765プロの代表となっても、次に日本予選がある」
紗代子「そうでしたね。日本からの出場枠は1つなんですものね」
P「そう。誰がこのワールドフェスに出るのか、それを決める大会があるのさ。無論、そこで優勝すれば今年の新人アイドルで一番と認められることになるだろう」
紗代子「プロデューサーの言っていた、とりあえず日本のトップになりにいくか、って言うのはそういう意味だったんですね」
P「そうだ。さて、真壁さんと福田さん」
瑞希「はい。高山さん……出てください」
のり子「そうだね。約束の対決、果たしなよ」
紗代子「え?」
瑞希「私はまだまだ、実力をつけてから挑みます。今回は、高山さん、どうぞ」
のり子「アタシも、少なくとも単独ライブやってから。ね、これは遠慮じゃないよ。だから、約束……果たしなよ紗代子!」
紗代子「2人とも……ありがとう。うん! 私、優勝する!! 優勝して、約束を果たしに行くよ!!!」
翼「私は〜?」
295 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:39:15.43 ID:ZRhpxi3E0
静香「翼はまず、センター公演してからでしょ」
翼「え〜〜〜」
静香「私の次は、未来か翼にやって欲しいんだから」
翼「それは私も〜……え? 次の……センター静香ちゃんなの!?」
静香「そうよ。昨日、決まったの」
未来「ええーいいなあ」
静香「だから未来、翼、2人とも、がんばってね」
翼「あ〜ん。負けてられない。私もセンターやるー!」
未来「私も!」
紗代子「それて予選大会っていつあるんですか?」
P「12月29日だ。そして本フェスは新年の19日だ。結構な過密日程だが、やるしかない」
紗代子「12月29日……」
P「どうした?」
紗代子「私の、誕生日です」
296 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:39:51.27 ID:ZRhpxi3E0
P「そういえば、そうだったな。よし、最高の誕生日プレゼントになるよう、がんばるしかないな」
紗代子「そうですね。このバースデープレゼント、自分で掴み取ります!」
のり子「あははっ。自分の誕生日プレゼントを、自分で掴み取るっていうの、紗代子らしいなあ」
美奈子「うんうん。すっごく紗代子ちゃんらしいよね」
紗代子「え? へ、変ですか?」
のり子「そんなことないよ」
美奈子「そうだよ。紗代子ちゃんらしくていいなあ、ってことだよ」
小鳥「おはようございます」
P「おや、音無さん。どうされました?」
小鳥「あ、良かったプロデューサーさん。実はですね、765プロで管理している紗代子ちゃんの公式Twitterが、Shahの公式Twitterからフォローされまして」
297 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:40:17.83 ID:ZRhpxi3E0
P「え? ああ、そうだったな。2人はもう会ったんだったな」
小鳥「公式ですし、問題ないと思ってこちらからもフォローを返したらDMがきまして」
P「なんて言ってきたんです? 彼女は?」
小鳥「Facebookはやってないの? って」
のり子「どうなの、紗代子」
紗代子「やってません。けど、どうしたのかな」
P「おそらく話がしたいんだろう。アメリカじゃLINEはほとんど使われていなくて、代わりにFacebookのメッセンジャーが主流だ」
瑞希「そういうことですか……高山さん、今から登録しましょう。Facebook」
紗代子「うん! ええと……」
杏奈「紗代子さん……杏奈、手伝っても……いい……よ」
紗代子「ありがとう! 助かるよ、杏奈ちゃん」
298 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:43:17.27 ID:ZRhpxi3E0
杏奈「んと……それで、完了……だよ」
紗代子「うん。助かったよ、ありがとうね。えっと……登録したよ……と、わ! すぐ返事が来た。えっと、ビデオ通話?」
Shah「よーちゃん、久しぶり! 顔色は……いいわね?」
紗代子「うん。あの後のこと、心配してくれたんでしょ? もう、大丈夫だよ」
P「……俺は打ち合わせがある。じゃあな」
紗代子「あ、はい」
Shah「……あの人も元気そうね」
紗代子「あ、うん」
静香「瑞希さん、やっぱり紗代子さんのプロデューサーは、わざと席を外したんでしょうか」
瑞希「はい……かも知れません。高山さんと和解したとはいえ、Shahさんに対してはまだ、わだかまりがあるのかも……知れません」
Shah「さて、よーちゃんもワールドフェスの話は聞いた?」
紗代子「聞いたよ。私も出られるよう、がんばる」
Shah「待ってる。あの時の約束……果たせるよう、待ってるね」
紗代子「絶対に行くから、少しだけ待ってて!」
299 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:43:48.13 ID:ZRhpxi3E0
Shah「あ、ひとつだけ助言……というか警告。961プロに気をつけて」
紗代子「えっ!? どうして?」
Shah「何を考えているのかはわからないけど、あそこの社長がコーエンに接触してるみたいなの」
瑞希「Mr.コーエン……Shahさんのプロモーターで、AISの社長さんですね」
Shah「ええ。日本の予選大会で、何かしてくるかも」
紗代子「ありがとう、さーちゃん。でも、私は誰が何をしてきても負けないよ! あ、私とプロデューサーは、ね」
Shah「……2人にアメリカで会うの、楽しみにしてる。じゃあ……次はアメリカでね、よーちゃん」
紗代子「私も楽しみにしてる。ありがとう、さーちゃん!」
300 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:46:16.85 ID:ZRhpxi3E0
高木社長「では、我が765プロからはワールドフェス日本代表予選へ高山紗代子君を、代表として出場することに決定したわけだね」
P「はい。他の娘の担当プロデューサーからも了承を得ました」
高木社長「では改めて、君にひとつ聞きたい」
P「なんでしょうか?」
高木社長「君の復讐は、終わったのかね?」
P「……」
高木社長「その様子を見ると、まだのようだね」
P「教えてください、社長。復讐は、いつ終わるんですか? どうすれば終わるんですか? もう誰が何を言っても気にしません。Shahもそうです。でもまだ、俺の心は何かを求めてざわついているんです!」」
高木社長「私が、以前君に言ったことを覚えているかね?」
P「覚えています。俺の復讐も、いつか終わる。そして、そのいつかは突然にやってくる……でしたね」
高木社長「私としては、そのいつかも遠くないと思っているよ」
P「そしてその時、俺はプロデューサーとしての真価が問われるんですか……」
高木社長「そうだ。心に傷を負った……人生の敗北を味わった君が、そこから真の意味で抜け出す時がやがて来る」
P「そんな日が果たして、来るんでしょうか……」
301 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:48:03.39 ID:ZRhpxi3E0
『いつかは今日だった』
302 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:49:05.99 ID:ZRhpxi3E0
ワールドフェスを前日に控え、瑞希は紗代子に声をかける。
瑞希「高山さん。調子は……いかがですか?」
紗代子「あ、うん……大丈夫」
瑞希「私たちも、そろそろ……長いつき合いです」
紗代子「え? うん」
瑞希「今の高山さんが、強がっておられることぐらいは、わかります」
紗代子「……そっかー。瑞希ちゃんにはお見通しかー!」
瑞希「何か、心配事があるのですか?」
紗代子「プロデューサーのジグソーパズル、ね」
瑞希「?」
紗代子「まだ1ピース、嵌まってないの……」
瑞希「しかしあれは、1000ピースで完成するという類いのものではない……そうではありませんでしたか?」
紗代子「そうなんだけど、なんとなく……気になってて」
瑞希「高山さん、あまり心配しないでください……ふぁいとです。おー」
紗代子「うん……そうだね!」
303 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:51:59.63 ID:ZRhpxi3E0
そして大会当日。
紗代子「こんなに大勢の参加者がいるんですか!?」
P「確かに多いな。いや、確かに定員とかは書いてなかったし、応募資格は今年活動を開始したアイドルかアーティストということだけだからな」
会場である新国立劇場は、アイドルとその関係者達でごった返している。
そしてその中を掻き分けながら、瑞希とこのみがやって来る。
瑞希「大変です……実は、大変なお知らせが2つあるのですが、どちらから聞きたいですか?」
紗代子「じゃあ、大変な方から!」
瑞希「わかりました。当初は全員1回ずつのパフォーマンスで最高得点者が合格と予定されていましたが、勝ち抜き戦のトーナメント方式での開催となったそうです」
P「なんだと!? 最低でも4回はパフォーマンスをするってことになるのか……」
紗代子「それで? 大変な方のお知らせっていうのは?」
このみ「それが……こっちは大問題なのよね」
P「なんですか? いい予感はしませんが」
304 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:53:26.41 ID:ZRhpxi3E0
このみ「961プロから出場予定のアイドルもいたんだけど、出場を取り下げたのよ」
P「なんだって? 961プロにだって今年活動を開始した娘はいるのに……まさか、会場を爆破したりとかするつもりじゃないだろうな」
瑞希「なんでも、961プロは海外も既に視野に入れて活動をしており、今更日本予選などには出ない……と、黒井社長さんはおっしゃっておられたとか」
このみ「なんにしても、気味が悪いのよね。いつもやって来るけど、何もせず帰って行くのは」
確かにこのみの言う通り、結局黒井社長は紗代子のセンター公演も単独ライブもやっては来たが、なにもせず帰っている。
それが何を意味するのかがわからないだけに、765プロの面々としては嫌な予感がしている。
司会「それではワールドフェスティバル オブ ニューオーダーズ、日本予選を開催いたします! 本大会は予選とはいえ日本を代表する本年新人アイドルの大会……すなわち、1を決定する場でもあります。もちろん全国放送もされております」
司会者がテレビを意識したMCを始めた。
司会「本大会は脱落形式で進行、最終的に5回の勝ち抜きを果たした娘の優勝となります!」
P「5回もパフォーマンスをやるのか!? ライブやショーじゃないんだぞ!!」
通常のライブや舞台なら連続して5曲を歌うことも、ないわけではない。だがそれは、事前準備も十分でリハーサルもやった上でのことだ。
だがこれは、観客も入ったショーではあるが、コンテストでもあるのだ。
紗代子「プロデューサー、私は大丈夫です」
P「そうは言うがな……
305 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:54:02.69 ID:ZRhpxi3E0
言い掛けて、プロデューサーは口をつぐむ。
この娘はここまで、こうやって登ってきたのだ。
止めない歩み、あきらめない心、それがあってこその紗代子なのだ。
P「……5回パフォーマンスをやるなら、順序も大事だ。最初はスローテンポの曲でいこう」
紗代子「わかりました。じゃあ、プレシャスとかどうですか?」
P「いや、もう少しメッセージ性の強い曲にしよう。Half Moonは?」
紗代子「いいと思います。準備します」
控え室へと走る紗代子を見て、このみが表情を曇らせる。
このみ「そうとうキツい、戦いになりそうね」
P「申し訳ありませんが、豊川さんを呼んできていただけませんか?」
このみ「そうね。でも、いざという時、紗代子ちゃんをあなたは止められるの?」
P「紗代子の身体が一番です。無理なら止めさせます」
このみ「そう。安心したわ、それが聞けて。じゃあ風花ちゃんと代わるわね」
P「お願いします」
この期に及んで、復讐など気にするはずもない。自分でそう思いながらも、胸のざわつきはプロデューサーに残っていた。
P「決まってるじゃないか。紗代子が最優先だ……」
306 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:54:33.20 ID:ZRhpxi3E0
大会は進行していく。
紗代子の歌はやはり、観客や審査員の心を捉えた。
今や、劇場でも紗代子の歌声は名声を博しつつある。紗代子の歌目当てのお客さんもいるほどだ。
その歌を、表現豊かなダンスやフリが支えている。
彼女は疲弊しつつも、順調に勝ち進んだ。
風花「紗代子ちゃん、大丈夫? 少しでいいから座って休んで。ゼリー飲料も用意したから、摂って」
紗代子「あ、ありがとうございます……大丈夫です。あと1つ……あと1つ勝てば優勝です」
307 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:55:37.96 ID:ZRhpxi3E0
司会「ここで皆様に、ひとつお知らせがございます」
四回戦終了後、残っているアイドルは5人になったところで、唐突に登壇した司会者が言った。
司会「審査員の一人である、大河内先生ですが体調が優れないとのことでここで降板されます。なお、代わりの審査員には」
プロデューサーは愕然とした。
代わりの審査員とは……
司会「黒井崇男さんです。黒井さんはご存じの方もおられるかも知れませんが、あの961プロの社長であり、その目は確かであるということで、主催であるAISも審査員として間違いないと、認定をされております」
P「なんだと……そ、そんな馬鹿な!」
黒井「ウイ。緊急事態でもあり、主催者であるコーエン氏から是非にとのご指名で、不肖この黒井崇男、審査員を務めることになったよ。よろしく」
その瞬間、ようやくプロデューサーはわかった。
P「これか……これが黒井社長の狙いか……」
今まで765プロの動勢を探っていたのも、紗代子の様子をみていたのも、この大会に961プロからのエントリーがなかったのも……
風花「利害関係者ではなくなる為。なんですね?」
P「なんてことだ……これじゃあもう、紗代子は……」
紗代子「だ、大丈夫です。私、まだまだやれます!」
308 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:56:22.46 ID:ZRhpxi3E0
元気に答える紗代子だが、さすがに息があがっている。
一瞬、棄権しようかという思考がプロデューサーの脳裏をよぎる。
黒井社長が審査員である以上、紗代子はトータル得点で他のアイドルより10点は低く集計されることは間違いない。
そして今現在残っている娘は、全員が今年デビューしたアイドルの中でも、それこそトップの娘らだ。
1点の損失が命取りになりかねない。
つまり、紗代子が優勝できる可能性はほぼ0だ。
ここで身体を壊すような無理をすべきではないのではなかろうか……
P「紗代子、黒井社長が審査員になった以上、彼が紗代子に入れる点はおそらく0点だろう。だから……」
プロデューサーが棄権という言葉を口にしかけたその瞬間、それより早く、紗代子は意外な言葉を口にした。
紗代子「じゃあ、今まで以上の……最高の歌声で歌う必要がありますね!」
プロデューサーは、唖然として出るべき言葉がなかった。
いや、紗代子のあきらめない心と、熱意はよくわかっている。
だがそれにしても、それは現実を無視するものではないはずだ。
それなのに紗代子は、まだあきらめていない。まだやるというのだ。
P「わかっているのか、紗代子!? 他のアイドルより10点のハンデを負って戦うんだぞ。あの娘らとだ!!」
紗代子「なら、他の審査員が10点以上! 11点や12点をつけてくれるような歌を歌うだけです!!!」
どうかしている。
どう考えても普通じゃない。
しかし紗代子は、それでも輝く瞳で彼を見つめている。
309 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:57:56.07 ID:ZRhpxi3E0
P「なぜだ……」
紗代子「え?」
P「どうして紗代子は、そんなにも希望を持っていられるんだ……希望を捨てずにいられるんだ……どうして……」
『俺には出来なかった』その言葉を、プロデューサーは必死で飲み込む。
そうだ。だからこそ、今にして思えば馬鹿な手段で紗代子をプロデュースしようなどと思い上がっていたのだ。それでこの娘を傷つけたりもしながら。
自分の手でトップアイドルを生み出そう、そう固執していた自分はなんと醜かっただろう。
だがこの娘は、ただひたすらに純粋に、前を上だけを燃えるような想いで見つめている。
紗代子「プロデューサー」
一瞬、微笑むと、紗代子はステップを踏んだ。
疲れているはずの身体で、難易度の高いジャイブのステップを軽やかに踏んでみせた。
P「お、おい紗代子。無理するな」
310 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:58:27.49 ID:ZRhpxi3E0
紗代子「プロデューサーに教わるまで、私はこんなステップどころか普通にダンスをすることもできませんでした」
P「? ああ」
紗代子「今は、歌えば歌声をほめられたりします。でも、発声の基本も、歌に気持ちをのせる方法も、プロデューサーが教えてくれました」
P「……そうだな」
紗代子「私はプロデューサーが最初に見込んだ通り、何もできませんでした。そんな透明な私に、アイドルに必要な事は全部プロデューサーが教えてくださいました」
P「……だからなんだ?」
紗代子「私は、プロデューサーが教えてくれたことしかできません。でも、私はまだ教わっていませんから」
P「……なにをだ?」
311 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 17:59:12.59 ID:ZRhpxi3E0
紗代子「夢の、あきらめかたです」
312 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 18:00:43.90 ID:ZRhpxi3E0
P「!」
紗代子「私のプロデューサーは、将来を夢見たアイドルを引き抜かれても、周りからひどいことを言われても、それで心に傷を負って人前に出られなくなっても、夢をあきらめなかった人です」
P「俺は……」
紗代子「心に傷を負い、人前に出られなくてもプロデュースをする方法を模索し、相応しいアイドルを見つけ、そのアイドルをここまで育てた人です」
P「……俺は」
紗代子「担当アイドルを、トップアイドルにするという夢を絶対にあきらめない姿を、私は尊敬しています!」
彼には、わかった。
紗代子と和解しても消えなかった、心の中のもやもやとしたざわめきは、きれいさっぱりと消えてなくなっていた。
自分は誰かに認められたかった。肯定されたかった。
紗代子が自分を認めてくれた。
自分はトップアイドルを育てたかった。それが夢だった。
紗代子をトップアイドルにしよう。それが俺の夢だ。
彼にはわかった。
高木社長の言っていた、復習の終わる時……いつかがやってきたのだ。
いつかは今日だった!
313 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 18:01:10.31 ID:ZRhpxi3E0
P「わかった」
紗代子「え?」
P「今、わかった。俺は今、プロデューサーとしての真価を問われているんだ」
紗代子「プロデューサー?」
P「この窮地から、紗代子を助けてこそプロデューサーだ!」
314 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 18:09:07.00 ID:ZRhpxi3E0
P「豊川さん、紗代子をお願いします。できたら可能な限り疲労を取ってやって欲しいんですが」
風花「わかりました。水分補給と、マッサージをしてあげてます」
紗代子「すみません、風花さん」
P「お願いします」
プロデューサーはそう言うと、ディレクターの元に走る。
P「765プロの高山ですが、順番を最後にしていただけませんか。ちょっとトラブルがありまして。いや、単純なものなので、出演は続けられます」
開催ディレクターは渋い顔をしている。が、プロデューサーは引き下がらない。
P「大会規定には、速やかな進行の為に準備が遅れた者は出番を後回しにさせる……とあります。この履行を求めます。後回しにして進行してください」
本来この規定は、準備に手間取るなら出演者を待ったりせず進行を優先するという為のものだ。が、プロデューサーはそれを逆手に取った。
規定にあるならば、やむを得ない。ディレクターも渋々ではあるが、首を縦に振る。
そのままプロデューサーは、舞台裏のミキシングルームに走る。
P「ちょっと調整させてください」
当初から気になっていた、マイクのミキシングを、プロデューサーは紗代子に合わせたものに変える。
P「これで! この調整でお願いします!!」
プロデューサーの迫力に、ミキサールームのスタッフも頷く。
そして紗代子の元に帰ってきた彼は、風花のマッサージを受けている紗代子に話しかける。
315 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 18:10:09.77 ID:ZRhpxi3E0
P「そのまま聞いてくれ。衣装を変える。あの紫のシックドレスだ。歌は『明日……』だ」
紗代子「あの歌はまだ……」
P「練習中なのは、わかっている。だが、歌える。紗代子は歌えるんだ」
紗代子「え?」
P「あの歌は、紗代子をイメージして作った曲だ。センター公演の時を覚えているだろう? あの時を思い出せ。同じように、気持ちをのせて歌えばそれでいい。テクニックや歌唱は、もう既に紗代子の中にあるものが、自然についてきて紗代子を歌わせてくれる」
紗代子「そうなんですか……?」
P「ジグソーパズルの最後のピースが、それだ。今までのピースを意識せずに使う……今ここで、あのパズルを完成させよう」
紗代子「わかりました! そうか……そうだったんだ」
P「マイクはスタンドを使う」
紗代子「今まで使ったこと、ほとんどありませんけど」
P「その方が動く量が減る。その上で、ハンドアクションで表現を量・質共に補うんだ。それもできるはずだ」
紗代子「し、指示が多いですね」
P「当たり前だ。世界一になるため……だからな」
紗代子「! そうですね……わかりました。他にはなにかありますか?」
316 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 18:10:39.24 ID:ZRhpxi3E0
P「日本とアメリカ……ラスベガスとの時差、わかるか?」
紗代子「えっ?」
P「こっちはむこうより17時間早い。今が夜8時だからむこうは……」
紗代子「朝の5時ですか」
P「Shahはきっと起きている」
紗代子「そうですね……はい、立場が逆なら私だって夜中でも起きていると思います」
P「中継回線で、きっとこの会場を見ている」
紗代子「はい」
317 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 18:11:26.27 ID:ZRhpxi3E0
P「Shahに……あの子に聞かせてやるんだ。会ったとはいえ、そんなに話はできなかったんだろう?」
紗代子「わかりました。歌で聞かせてあげます、あの子に、私のアイドルとしての今までを」
P「それでいい。黒井社長以外の審査員に10点以上を出させる……奇蹟に挑戦だ」
紗代子「儚い奇蹟ですけど、私はかなうって信じてます!」
「高山紗代子さん、時間です。スタンバイ、お願いします」
P「わかりました」
紗代子「じゃあ……プロデューサー、行ってきます!」
P「次に会う時は、紗代子は今年の新人日本一だな」
紗代子「でも私はきっと、何も変わっていません。きっと今のまま、ここへ帰ってきます」
P「そうか……よし、行こう」
318 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 18:12:25.02 ID:ZRhpxi3E0
紗代子が舞台に上がる。
これまでにない、スタンドマイク。それでも緊張せずに、ファンの声援に応えながら彼女は前を見据えた。
いつもの、燃えるような瞳だ。
紗代子「あーーー〜〜〜♪♪♪」
前奏が始まるより早く、紗代子は絶唱する。
そう、あの時のように。
P「思い出せ、とは言ったが……」
いいかけてプロデューサーは苦笑する。
そうだった。この娘は、こうだった。
言われたことは素直に、時に頑迷に、そして着実に実行するんだった。
そして観客はやはり、紗代子の呼びかけの声に、応えるように魂をふるわせた。
その証拠に、一瞬ーー駆けつけたファンの間からすら音が消えた。
全員が、その全身全霊を紗代子に向けていた。
やがてーーわすれていたかのように、怒濤のような歓声が紗代子を包む。
319 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 18:12:56.59 ID:ZRhpxi3E0
紗代子「ここには誰も いない♪
ここには誰も こない♪
独りきりで 迎える朝♪
でも今日からは 違うの♪」
紗代子の歌に、会場は熱狂した。
みんなが紗代子を注目し、その歌を一瞬たりとも聞き逃すまいと耳を向けた。
紗代子「絶望と暮らした日 サヨナラ♪
弱くて孤独な私に バイバイ♪
弱虫 泣き虫 一番星♪
負けてばかりの私が 歌う♪」
紗代子の歌を聞き、知らずプロデューサーも涙が浮かぶ。
紗代子をイメージした曲と言ったがーーいや、事実その通りなのだが、紗代子が歌うとそれはまるで、自分のことのように彼には感じられた。
もう復讐もない、敗者もいない。あるのは、世界一を目指そうとするアイドルと、それを支える男だけだった。
320 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 18:15:55.63 ID:ZRhpxi3E0
パフォーマンスが終わった瞬間、紗代子は倒れ込みそうになるのを必死でこらえた。伏せた顔は披露で苦悶に歪み、息は完全にあがっている。
だが顔を上げた刹那、彼女は完璧な笑顔で観客に応え、手を振った。
激情の迸るようなステージたった。
観客もそれに対し、惜しみない拍手と声援をおくった。
客席から、笑顔や歓声と賞賛の言葉が紗代子に飛んでくる。
瑞希「すごい……」
P「完璧だ。紗代子は、全部出し切った。そして、問題は……」
司会者は、やや畏れるような目で黒井社長をちらりと見た。
黒井社長は、業界の実力者だ。しかも必要とあらばどんな手段でもとってくる。有名司会者とはいえ、黒井社長の勘気を被ればひとたまりもなく明日からの職を失うだろう。
その黒井社長は、腕を組んだまま微動だにしない。そして険しい表情からは、意図が見てとれない。
司会「えー……そ、それでは採点です。高山紗代子さんのパフォーマンス、審査員のみなさん得点をお願いいたします!」
321 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2019/12/29(日) 18:16:22.72 ID:ZRhpxi3E0
十人の審査員は、それぞれ得点のボタンを押す。
それぞれの席にその点数が表示され、司会者はそれを読み上げていく。
司会「これはすごい! 10点、10点、10点、10点、10点、10点、10点、10点、10点……」
司会者はそこで言葉を失った。
黒井社長と目が合う。
司会「黒井……社長?」
765プロに対する黒井社長の敵意はよく知っている。確執も承知だ。
司会者は不思議そうに黒井社長を再度見る。
黒井「なんだね? なにが言いたいのかね」
司会「これは……この点数は、間違いないんですか?」
322 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 18:17:45.84 ID:ZRhpxi3E0
黒井「君はこの私を誰だと思っているんだい? この私に限り、間違いなどあるはずがない。私の採点はこの通りだ」
やはり間違いはないのだ。いやーーここで黒井社長がこう言っているのだ。これ以上話を延ばせば、自分が危うい。
司会「は、はいっ! それでは黒井審査員の10点を加え、合計は……100点! ま、満点の最高得点です!! この時点で優勝は、765プロ所属の高山紗代子さんに決定です!!!」
紗代子「プロデューサー? 私……私?」
P「や、やったぞ。紗代子……満点だ! 優勝だ!!」
紗代子「プロデューサー!!!」
抱き合う2人。やがて促され、紗代子はステージに登壇する。
目に涙をいっぱいい浮かべながらも、清々しい笑顔で観客に一礼する。
323 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 18:18:19.53 ID:ZRhpxi3E0
司会「最優秀新人大賞、そしてワールドフェスへの参加、共に手中に収められたわけですが、今のお気持ちは」
紗代子「まず、いつも応援してくださっているファンのみなさんにお礼を言わせてください。本当にありがとうございます!」
司会「大変な熱戦でしたね」
紗代子「私1人では、優勝どころかここまで来ることもてできなかったと思います。私をここまで導いてくれたのは、家族や同じ765プロの友達でありライバルでもあるみんなのお陰です」
司会「ワールドフェスへの意気込みは」
紗代子「去年の今頃、私はまだアイドルに憧れているだけの、どこにでもいる普通の高校生でした。それが今、こうして新人大賞をいただきました。私の周りの、私を知る人すべてが「まさか」という言葉を言っていると思います」
ここで紗代子は舞台袖のプロデューサーを見た。
紗代子「でも1人だけ、プロデューサーだけは最初から私にトップアイドルになれると言ってくれました。そのプロデューサーと世界に行きます。目指すのは……優勝です!」
司会「本年の最優秀新人大賞の、高山紗代子さんからワールドフェスの夕所宣言が飛び出しました!」
満座の拍手と喝采を浴び、大会は終わった。
ステージから降りると、駆けつけていた765プロの同僚・先輩アイドルが一斉に紗代子に駆け寄り祝福の言葉を浴びせる。
324 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 18:19:36.74 ID:ZRhpxi3E0
アメリカではその様子を、Shahが……あの子が見ていた。
その表情は微笑みながらも、強い瞳で紗代子を見ていた。
Shah「負けないよ。絶対に負けない。だから……待ってるよ。私たちで素敵なステージを作ろうね。私と、よーちゃんと……それから、あの人もね」
325 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 18:20:03.42 ID:ZRhpxi3E0
『敗者復活のうた』
326 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 18:21:48.16 ID:ZRhpxi3E0
華々しく終了したワールドフェス日本予選。その舞台裏で、善澤記者は黒井社長に話しかける。
善澤「黒井」
黒井社長「なんだね? 昔なじみだからといって、気安く呼ぶんじゃないよ」
善澤「なぜわざわざ、コーエンに働きかけてまで審査員になったんだい?」
黒井社長「……なんのことか、わからないね」
善澤「思えば君は、ずっと高山紗代子君というアイドルを見ていた。そう、765プロのアイドル候補生になってから、ずっとだ。センター公演も、単独ライブも来ていたが、それ以前からずっと気にかけていたようだね」
黒井社長「わからないと言ってるだろう!」
善澤「君はずっと見続けていて、あの高山紗代子君というアイドルに興味以上の好意をもったのではないかね?」
黒井社長「……馬鹿な邪推はやめていただきたいね」
善澤「例の記事……握りつぶしたのも、君だろう?」
黒井社長「なぜ私が、そんなことをする必要があるのだ」
善澤「……高木も馬鹿じゃない」
黒井社長「なんだって?」
327 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 18:25:32.91 ID:ZRhpxi3E0
善澤「ハッキングのことは、とうに気づいていたそうだよ」
黒井社長「信じられないねえ。まあ、なんのことかはわからないけれども」
善澤「ライバルの動勢に目を光らせるのは当然だ……お互いにね、と高木は言っていた」
黒井社長「なんだって!? ……くそう、まあいい。君も余計な勘ぐりなどしないことだ。さっきも言ったように、私は私のやりたいこと……自分の仕事を正しくこなしただけだ」
善澤「うむ。では僕も、自分の仕事をすることにするよ」
黒井社長「なんだって?」
善澤「高山紗代子君と、そのプロデューサーの出会いと栄光への軌跡を独占取材記事として出版しようと思ってね」
黒井社長「ほう。それは……い、いや! も、物好きだね君も。まあ売れるかどうかはわからないが、出来たら持って来るといい」
善澤「タイトルは『敗者復活のうた』にしようと思っているんだ」
黒井社長「……別に、まあ……それでいいんじゃないかね。うむ……うむ、うむ!」
328 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 18:28:29.76 ID:ZRhpxi3E0
P「ワールドフェス優勝とは、大きくでたな」
765プロ劇場でのささやかな祝勝会の後、紗代子を自宅まで送り届けるという名目のもと、2人は車に乗る。
紗代子「夢が大きいと、努力もしがいがありますし、絶対に叶えたいですから!」
P「言っておくが、俺は夢のあきらめかたを知らんぞ。夢を持ったなら、かなえるしかないからな」
紗代子「はい! これからも、よろしくお願いします!!」
P「……改めて紗代子、優勝おめでとう」
紗代子「全部、プロデューサーのお陰です」
P「それから、ありがとう」
紗代子「え? いいえ、こちらこそありがとうございました」
329 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 18:30:57.76 ID:ZRhpxi3E0
P「紗代子がいなければ、俺は立ち直れなかった。だから感謝している。紗代子が俺を、プロデューサーに戻してくれたんだ」
紗代子「私が!? とんでもありません。私こそ、プロデューサーにアイドルに……トップアイドルにしてもらいました」
P「要するに……俺と紗代子は、連壁の関係ってことだ。2人で一人前だが、2人なら最強の一人前だってことかな」
紗代子「はい! これからも……よろしくお願いします!」
いつしか雪が降り始めていた。
混雑する道を車は、高山家まで安全運転でゆっくり、長い時間をかけて2人は語り合いながら帰って行った。
330 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 18:32:46.48 ID:ZRhpxi3E0
〜2週間後〜
紗代子「じゃあみんな、行ってくるよ! 世界一のアイドルになりに!!」
瑞希「はい……テレビ中継で、応援しています……そして、信じています。お2人の勝利を……」
志保「紗代子さん」
紗代子「志保ちゃん。なにかいいことあったんでしょ?」
志保「はい……テレビのお仕事、決まりました、プロデューサーが見つけてきてくれたんです……」
紗代子「そっか……良かったね」
志保「はい。あの……がんばってきてください。私も、必ず追いつくようがんばりますから!」
紗代子「ありがとう、志保ちゃん。志保ちゃんのプロデューサーと一緒にがんばってね!!」
その後も、765プロの面々が次々と激励を送るその横で、高木社長とプロデューサーは握手を交わしていた。
331 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 18:34:14.79 ID:ZRhpxi3E0
高木社長「復讐は終わった。復讐は、過去からの清算なのだから、もう君たちは過去に捕らわれてなどいない。これからは、未来に向かって羽ばたく姿を楽しみにしているよ」
P「色々とご迷惑と、心配をおかけしました。行ってきます。最高のアイドルとプロデューサーになりに」
高木社長「うむ。吉報を待っているよ」
紗代子「プロデューサー、さあ行きましょう!」
P「おいおい。フライトまでまだ時間があるぞ」
紗代子「わかっていますけど……待ちきれないんです。あの子が、待ってるんです!」
P「……そうだな。行くか、世界一になるために」
332 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 18:41:50.82 ID:ZRhpxi3E0
高山紗代子とそのプロデューサーが渡米したのと相前後して、人気絶頂となった高山紗代子の特集誌が刊行され、たちまち売り切れとなった。特集誌のタイトルは『敗者復活のうた』。
綿密に取材され、また関係者からの証言をふんだんに盛り込んだ本となっていた。
その本は、紗代子の候補生時代から現在までのふんだんの写真と共に、こう最後が結ばれていた。
333 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 18:42:58.97 ID:ZRhpxi3E0
『少女はかつて、敗者だった。何も持たず、誰にも認められず、誰にも選ばれず、夢だけが支えだった』
『男もかつて、敗者だった。夢破れ、嘲笑を受け、人目を気にし、それでも夢を捨てなかった』
https://i.imgur.com/tfctpcc.jpg
334 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 18:44:33.67 ID:ZRhpxi3E0
『2人の敗者は、出会い、手を取り合った。少女はアイドルとなり、男はプロデューサーだった』
『少女は敗者であったが故に敗北を知った。男も敗者であるが故に敗北を知っていた』
https://i.imgur.com/m9kxQLk.jpg
335 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2019/12/29(日) 18:45:49.93 ID:ZRhpxi3E0
『敗北を知る2人は、敗者の気持ちがわかった。その気持ちを、歌い上げた』
『彼女が歌えば、聞いた人の弱っていた魂も震え、前へと進む勇気が湧いてきた。それは敗者へ復活を促すエールとなって人々に広がっていく。』
https://i.imgur.com/dNaXZY3.jpg
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