高山紗代子「敗者復活のうた」

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1 : ◆VHvaOH2b6w [saga]:2019/12/29(日) 08:59:26.55 ID:ck9R+qDf0
 カタカタカタカタ

検索結果『たかやまさよこ アイドル』……0件HIT

 カタカタカタカタ

検索結果『さよこ アイドル』……0件HIT

 カタカタカタカタ

検索結果『Sayoko アイドル』……0件HIT


「……よーちゃん……」

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1577577566
2 : ◆VHvaOH2b6w [saga]:2019/12/29(日) 09:00:30.79 ID:ck9R+qDf0
     『私は敗者だった』

高山紗代子(17)
https://i.imgur.com/u3LfIXX.jpg
https://i.imgur.com/lWoglmn.jpg
https://i.imgur.com/04jKXzf.jpg
3 : ◆VHvaOH2b6w [saga]:2019/12/29(日) 09:01:41.43 ID:ck9R+qDf0
高山紗代子「今度は……今度こそは……2度あることは3度あった落選だけど、これまで7回チャレンジしてこれが最後……七転び八起きで今度こそ!」

真壁瑞希「ずいぶんと、気合いが入っていますね」

紗代子「きゃっ!?」

瑞希「これは驚かせてしまったようで、申し訳ありません。私、真壁瑞希と申します」

紗代子「あ、い、いいえ。私こそ緊張してて。えっと、瑞希……ちゃんもこのオーディションに参加を?」

瑞希「はい。こういう場は初めてなので、緊張しています……ドキドキ」

紗代子「そうは見えないんだけど……ううん、私いつもオーディションだと緊張してるから……あ、私は高山紗代子。今日はよろしくね」

瑞希「はい。どうやら同じぐらいの年齢で、同じように緊張しておられるようでしたので、つい話しかけてしまいました。ご迷惑……だったでしょうか?」

紗代子「ううん。むしろちょっとホッとしたよ。ありがとう」
4 : ◆VHvaOH2b6w [saga]:2019/12/29(日) 09:02:48.05 ID:ck9R+qDf0
瑞希「いいえ……先ほど高山さんは『私いつも』とおっしゃいましたが、もう何度もオーディションを受けているんですか?」

紗代子「う……うん。でも一度も通ったことがなくて……だから私、今回を最後にしようと、全力でオーディションを受けようって思っているの」

瑞希「最後……ですか?」

紗代子「もう7回も落ちてて……もちろん、アイドルになるって夢はあきらめられないけど、さすがに七転び八起きでも受からないとなると……」

瑞希「なるほど。わかりました、私も高山さんを見習って全力でオーディション受けてみます」

紗代子「一緒に合格できるよう、がんばりましょうね!」

瑞希「はい」

紗代子「……いつかも、こうだったっけ」

瑞希「? なんでしょう、高山さん」

紗代子「あ、な、なんでもないの! あ、私が呼ばれてるみたい。じゃあ……行ってくるね」

瑞希「はい……一緒に合格して、一緒にがんばりましょう」

紗代子「うん!」
5 : ◆VHvaOH2b6w [saga]:2019/12/29(日) 09:03:16.81 ID:ck9R+qDf0

紗代子「13番、高山紗代子です。よろしくお願いします!」

6 : ◆VHvaOH2b6w [saga]:2019/12/29(日) 09:03:50.44 ID:ck9R+qDf0
「今回は残念ながら……」

 面接官の言葉は、非情だった。
 さすがに紗代子も、その後どこをどう辿って家に帰り着いたのかを覚えてない。
 気がつけば、部屋にいた。
 ベッドに突っ伏し、涙を枕に吸わせていた。

紗代子「七転び八起きでもダメだったな……やっぱり私じゃあ、アイドル……なれないのかな……」

『そんなことない!』
 いつもなら出てくるその言葉が、今日の紗代子には出せなかった。
 ダメでも次がある! 次こそはがんばろう!!
 オーディション落ちも、最初の3回まではそれでもそうやって自分を鼓舞してきた。
 三度目の正直と勢い込んだ、3回オーディションに落ちてもまだ大丈夫。
 それが、4回5回と重なる度、さすがに心中穏やかにならなくなった。
 少しだけ弱音を吐き、溜息をつくようになる。
 心の隅に押し込んできた、生来の後ろ向きでネガティヴな自分が顔をもたげてくる。
 そしてとうとう今日、紗代子は決定的ともいえる落選を宣告された。
7 : ◆VHvaOH2b6w [saga]:2019/12/29(日) 09:04:31.31 ID:ck9R+qDf0
「私には……無理なんじゃないかな? だって私は特別な事なんかなんにももってないし、だから誰が見ても私は落選だったじゃない?」

 そう問いかけてくる自分を、これまでは必死の努力でまた押し込めてきた。

紗代子「そんなことない! 私はできる!! 私はやれる!!! あの子が……待ってるんだから」

 だが今夜の紗代子には、それもできなかった。
 それだけに最後の望みとして、一番憧れているアイドル事務所……765プロのオーディションを受け、そして不合格だったのだ。

 この日、高山紗代子はアイドルへの挑戦という道が途絶えた。
 望んでいた、願っていた未来へと羽ばたけない自分に絶望するしかなかった。

 結局、ほとんど一睡もできぬまま朝が来た。
 リビングで顔を合わせた弟が何かを言いかけるが、紗代子の顔色と表情を見て押し黙る。
 自身も一言も発せぬまま、紗代子は家を出た。
 正直、学校に行くような気分ではなかったが、かといって体調不良でもないのに学校を休むわけにはいかなかった。
 その時だ。
8 : ◆VHvaOH2b6w [saga]:2019/12/29(日) 09:06:03.30 ID:ck9R+qDf0
紗代子「あれ? スマホ……鳴ってる? はい、もしもし?」

「……」

紗代子「あの、もしもし?」

 知らない番号からの着信は、無言電話だった。
 普段なら「こういうことはやめてください」とでも紗代子なら言っただろうが、落ち込んでいる今の彼女にはその元気が出せなかった。
 無言で着信を切る。
 が、暫くするとまた同じ番号から着信が入る。

紗代子「もしもし?」

「……」

 やはり無言。
 少し怖くなり、慌てて紗代子は着信を切る。
9 : ◆VHvaOH2b6w [saga]:2019/12/29(日) 09:07:04.02 ID:ck9R+qDf0
紗代子「イタズラ電話……かな? なんかやだな、次かかってきたら着信拒否にしよう」

 そう言っている間に、またスマホが鳴る。
 ため息をついて着信拒否をしようとした紗代子だったが、ディスプレイを見てハッとする。
 かけてきたのは先ほど2回の番号ではなく、昨日のオーディション前に登録したばかりの765プロの代表番号だった。
 ドクンと心臓が鳴る。
 もしかして……

音無小鳥「もしもし? 私、765プロの音無と申しますが、高山紗代子さんでいらっしゃいますでしょうか?」

紗代子「は、はい! 私です、高山紗代子です!!」

小鳥「昨日は、弊社の新人アイドル候補生オーディションにご参加いただき、ありがとうございました」

紗代子「い、いえ」
10 : ◆VHvaOH2b6w [saga]:2019/12/29(日) 09:07:54.42 ID:ck9R+qDf0
小鳥「それでですね、そのオーディション結果につきまして、昨日は多忙にて立ち会えなかった弊社のプロデューサーの1人が録画していたオーディションを見て、高山紗代子さんのことを『逸材かも知れない』と、こう申しておりまして」

紗代子「本当ですか!?」

小鳥「先ほどもその件につきまして直接、高山紗代子さんのケータイ……スマホにかけてみたそうなんですが、あいにくプロデューサーの出先の電波状態が悪いみたいで繋がるけれど会話ができないと連絡がありまして」

紗代子「あ、さっきの着信はそうだったんですね。私、イタズラ電話かなにかかと思ってしまって」

小鳥「ご心配をおかけして申し訳ありません。それでそのプロデューサーが申すには、オーディション結果を覆す格好になるが、自分の責任で高山紗代子さんを候補生の1人に加えたいとのことなんですよ」

紗代子「本当に……本当ですか? ありがとうございます!」
11 : ◆VHvaOH2b6w [saga]:2019/12/29(日) 09:10:53.78 ID:ck9R+qDf0
小鳥「高山紗代子さんにご異存がなければ、本日にでも……もちろん学校が終わった後に昨日の会場、765プロ劇場においでいただけませんでしょうか?」

紗代子「もちろんです! あの……ありがとうございます!! 本当にありがとうございます!!!」

小鳥「いいえ。こちらこそ、色々とご心配をおかけいたしました。では、765プロ劇場にて高山紗代子さんをお待ちしております」

 道ばたで、何度も何度も紗代子は頭を下げた。
 通話を終えて目に入ったのは、いつもと同じ見慣れた風景であるはずの通学路が、まるで金色のように、そして極彩色のように輝いた景色だった。
 終わったと思っていた。
 諦める努力を始めなくちゃ。
 そう思っていた心に、一筋の光が降ってきた。
 昨日まで、いや先ほどまでの惨めな気持ちから一転、紗代子は生き返った気がしていた。
 輝く景色の中を、紗代子は学校に向かって走り出した。
12 : ◆VHvaOH2b6w [saga]:2019/12/29(日) 09:11:30.65 ID:ck9R+qDf0

小鳥「三者間通話で聞いてましたよね? これで良かったんですか?」

「……」

小鳥「プロデューサーさん? もう、私にまで……え?」

 気がつくと、小鳥のデスクのパソコンに通知サインが出ている。
 通知を開くと、メッセージが入っていた。

『いいです。ありがとうございます』

小鳥「通話は繋がってるんですから、わざわざメッセージで送らなくても……あ、プロデューサーさん?」

 ツーツーツー。

小鳥「プロデューサーさん……」

 小鳥はため息をついた。
13 : ◆VHvaOH2b6w [saga]:2019/12/29(日) 09:12:08.36 ID:ck9R+qDf0
 その日の授業は、まったく頭に入ってこなかった。
 生来まじめな紗代子としては、それが良くないことだとはわかってはいたが、それでもアイドル候補生になれたことに浮かれている自分を責めることはできなかった。
 幼少の頃からの夢。そして約束。
 それが現実になる道が、最後の望みも断たれて途絶えたはずの道が、繋がったのだ。
 学校が終わると紗代子は、夕日に染まる駅へと走っり、そのままの勢いで765プロへと急いだ。

瑞希「なんと……驚きました。高山さんではありませんか」

紗代子「あ、瑞希ちゃん。こんにちは」

瑞希「どうされたのですか……いえ、昨日は失礼しました」

紗代子「え?」
14 : ◆VHvaOH2b6w [saga]:2019/12/29(日) 09:13:30.99 ID:ck9R+qDf0
瑞希「挨拶もせずに、帰ってしまいました……いえ、しようとは思ったのですが、高山さんがひどく落ち込んでおられたので……私はてっきり高山さんはオーディションに落ちたのだと思って声をかけられなかったのです……早とちりだぞ瑞希」

紗代子「ううん。気にしないで。それに私、瑞希ちゃんの言う通り昨日は落選だったんだ」

瑞希「はて。昨日は……ということは、今日は違うということですか?」

紗代子「うん! それがね、びっくりなんだけど今朝電話がかかってきて、プロデューサーの1人の眼鏡にかなって候補生になれる、って」

瑞希「そうだったのですか。おめでとうございます。私も……高山さんが一緒で嬉しいです」

紗代子「私も。これからも一緒に、がんばろうね」
15 : ◆VHvaOH2b6w [saga]:2019/12/29(日) 09:14:10.75 ID:ck9R+qDf0
青羽美咲「はい。みなさん、こんにちは。本日みなさまに今後のことをご説明させていただく青羽美咲と申します。よろしくお願いいたします」

 その場にいた複数名の娘たち……おそらくは紗代子と同じアイドル候補生であろう全員が挨拶を返す。

美咲「まずは、当事務所の事と契約等に関することなどの資料をお渡しします。呼ばれた方は、取りに来てくださいね。それでは、篠宮可憐さん……豊川風花さん……真壁瑞希さん……」

 読み上げられていく名前。が、青羽と名乗った事務員さんが全員分の資料を配り終えても、紗代子の名前は呼ばれない。

紗代子「あの……私、まだ呼ばれていませんけど」

美咲「え? あれ? ええと失礼ですが、お名前は……」

紗代子「高山紗代子です。あの、昨日はオーディション落選だったんですけど、今朝……その……」

 急に不安に駆られる紗代子。
 もしかしてあれは、イタズラの類だったのかな?
 でもちゃんと、765プロからの電話だったし……
16 : ◆VHvaOH2b6w [saga]:2019/12/29(日) 09:14:39.98 ID:ck9R+qDf0
美咲「高山……紗代子さん?」

高木社長「失礼するよ」

 そう言って、全身真っ黒な男性が入ってくる。

美咲「あ、どうしてこちらへ?」

高木社長「うむ。完成した劇場を見ておきたかったのと、大事な用件もあってね。ええと、もしかしてその娘が……」

美咲「あ、それがその、こちらの方が……」

高木社長「いや、私が来た理由というのがまさにそれでね。君が、高山紗代子君だね?」

紗代子「あ、はい、えっと、あの、ありがとうございます!」

高木社長「え?」

紗代子「私を見込んでくださったそうで。一旦はもうダメかと思ったんですが、プロデューサーのお陰で夢が繋がりました。私、なんてお礼を言えばいいのか……」

高木社長「ああ。違う違う」

紗代子「え?」
17 : ◆VHvaOH2b6w [saga]:2019/12/29(日) 09:15:30.40 ID:ck9R+qDf0
高木社長「私じゃないんだよ。君を合格にしたのは」

紗代子「あ、そ、そうなんですか?」

美咲「こちらは当765プロの社長、高木順二朗さんです」

紗代子「ええっ!? す、すみませんでした!!」

 紗代子が頭を下げると同時に、候補生達は全員立ち上がる。

高木社長「いやいや、みんなそう固くならなくていいからね。そうか、君が高山紗代子君か。いや、我が765プロの優秀なプロデューサーの1人が、映像の君を見て『この娘だ!』っていうものでね」

紗代子「あの、それでそのプロデューサーは……?」

高木社長「えーと……うむ、彼は多忙な人間でね。なかなかここには来られなかったりするんだ」

紗代子「そう……なんですか」

18 : ◆VHvaOH2b6w [saga]:2019/12/29(日) 09:16:15.01 ID:ck9R+qDf0
高木社長「だから、とりあえずレッスンなどは他の娘と一緒にやってもらう。そして随時、君には彼から連絡があるはずだ」

紗代子「わかりました。私、がんばります」

高木社長「ああ」

紗代子「私を見つけて……認めてくださったプロデューサーの為にも、がんばります!」

高木社長「……私から彼に、君がそう言っていたと伝えよう」

美咲「じゃあ社長さん、彼女も間違いなく合格者だったんですね。ごめんなさい。資料は後からまたお渡しいたします」

紗代子「いいえ。もとはといえば私が昨日きちんと合格していれば良かったんですから。そして、これからよろしくお願いします!」

美咲「はい。では説明を続けますね。まずは劇場を案内いたします」

高木社長「ではみんな、今後ともよろしく頼むよ。全員アイドルとしての高み、トップアイドルを目指してくれたまえ」

 765プロの新人アイドル候補生たちは頷くと、美咲に連れられてその場を去っていく。
 それを見届けてから、高木社長はポツリと呟いた。

高木社長「確かに、全然違うタイプの娘みたいだね……」
19 : ◆VHvaOH2b6w [saga]:2019/12/29(日) 09:17:02.86 ID:ck9R+qDf0

紗代子「ふうー……劇場、すごい設備だったなあ。私もいずれ、あのステージに立つのかな……あ、ううん! 立つんだ。そのためにがんばらなきゃ」
 
 わずか1日、昨日と今日で目指す目標が全然違う。
 昨日の自分は、夢との決別を悩んでいた。
 それがとうだろう。今日の自分は、夢への歩み方を考えている。

紗代子「これも全部、プロデューサーのお陰だ。今日……会えなかったけど、どんな人なんだろう」

 その時、スマホから着信音が流れた。
 発信先は、今朝と同じ765プロからだ。

紗代子「はい。高山です」

小鳥「こんばんわ。今朝はどうもお世話になりました、音無です」

紗代子「こちらこそありがとうございました。今もまだ、少し信じられない気持ちです。私が、765プロの練習生になれるなんて」
20 : ◆VHvaOH2b6w [saga]:2019/12/29(日) 09:19:36.70 ID:ck9R+qDf0
小鳥「全部紗代子ちゃんの才能……あ、ごめんなさい、馴れ馴れしく呼んじゃって」

紗代子「あ、いいんですよ。765プロの人にそう呼んでもらえると、本当に自分もその一員になれたんだ、って思えますし」

小鳥「そう? じゃあ、これからも紗代子ちゃんって呼ばせてもらうわね。それで紗代子ちゃんの担当プロデューサーさんなんだけど」

紗代子「あ、はい」

小鳥「実は今ね、えっと……海外に行ってるのよ」

紗代子「そうなんですか? それで電波も繋がりにくかったんでしょうか」

小鳥「そ、そうかも知れないわね。だから今は紗代子ちゃんに会うことはできないんだけど、レッスンの様子は全て録画してプロデューサーさんに、ネット経由で送ることになってるの」

紗代子「え、それって毎日ですか?」

小鳥「そうよ。その上で指示とかを紗代子ちゃんに送りたいって言ってるんだけど……どうかしら?」
21 : ◆VHvaOH2b6w [saga]:2019/12/29(日) 09:20:52.47 ID:ck9R+qDf0
紗代子「ええ、私はそれで構いませんけど、海外の仕事でお忙しいのに 私のレッスンまで目を通してもらってなんだか悪いですね」

小鳥「まあ……そこは気にしなくてもいいと思うわ」

紗代子「え?」

小鳥「あ、ああ、ええと、仕事なんですから。それがプロデューサーさんの」

紗代子「? ともかく、私は構いませんよ」

小鳥「それじゃあ紗代子ちゃんのメアドを教えてもらえるかしら」

紗代子「はい」

 口頭でメアドを小鳥に伝えると、すぐに確認のメールが届いた。

小鳥「うん、間違いないわね。じゃあプロデューサーさんにも、伝えておくから」

紗代子「よろしくお願いします! あ、それから……」
22 : ◆VHvaOH2b6w [saga]:2019/12/29(日) 09:21:49.97 ID:ck9R+qDf0
小鳥「なにかしら?」

紗代子「ありがとうございます……って、伝えていただけますか」

小鳥「……それはプロデューサーさんからの連絡に、直接した方がいいと思うわ」

紗代子「あ、そうですね。わかりました」

小鳥「じゃあ、私はこれで」

紗代子「はい。ありがとうございました」

 通話を切ると、ものの十数秒でメールの着信がある。

紗代子「もしかしてプロデューサーかな? あ、やっぱり」
23 : ◆VHvaOH2b6w [saga]:2019/12/29(日) 09:22:41.44 ID:ck9R+qDf0
 件名は『プロデューサーより』となっており、さっそく本文を開いてみる。

『これはビジネスだ』
 それが最初の一文だった。
『君は本来、合格者ではない』
 続く言葉も、厳しい内容が続き、思わず紗代子は身を固くする。
『あらゆる面で、君は基本的な基準を満たしてはいない。だが……』
 そこまで読んで、昨日の自分が帰ってくる。
 絶望の底で、全てが否定され、明日という夢を見る権利も無くした、そんな自分が本来の自分なのだ。そう、昨日と今日とで自分は何も変わっていない。昨日の絶望は、何も変わらず厳然として目の前にいる。
『君には将来性がある。少なくとも――私はそう感じた』
 そう、だからこそ自分は、この救いの手に感謝をしている。昨日の自分を、今日の自分にしないように。
『今後、レッスンに私が目を通し、都度都度指示を与える。こういうやり取り故に、細かな質問や疑問は一切受け付けない』
 紗代子は頷いた。もとよりそのつもりだ。
 自分を信じてくれたこの人を、自分も信じよう。そう思っていた。
『私の指示にさえ従えば、君もトップアイドルになれる。明日からのレッスン、がんばるように』
24 : ◆VHvaOH2b6w [saga]:2019/12/29(日) 09:24:23.81 ID:ck9R+qDf0
 そうだ、明日からアイドルになる本当のレッスンが始まるんだった。
 まだ自分は、アイドルとして何者でもない。ただ、アイドルになる道が、見えただけだ。
 紗代子はメールに返信した。

『高山紗代子です。オーディションで私を見つけ、そして選んでくださったこと、本当にありがとうございます。私、一生懸命がんばります。どうかよろしくお願いいたします』

 それに対する返信はなかった。
 忙しい身なのだろう。紗代子はそう思っていた。
25 : ◆VHvaOH2b6w [saga]:2019/12/29(日) 09:25:09.34 ID:ck9R+qDf0

瑞希「高山さんは……スポーツの経験は、あるのですか?」

紗代子「ううん。マネージャーはやってたんだけど、自分が身体を動かす何かをするのは初めてかな。瑞希ちゃんは?」

瑞希「はい……私は、バトントワリングをやってます」

紗代子「へえ。じゃあ身体を動かすのは得意なんだ」

瑞希「得意というほどではないですが……いささか、自信はあります。ですがやはり、アイドルのレッスンというのは、勝手が違うのではないかと」

紗代子「そうだね。あ、あの人がトレーナーさんかな?」

「はい全員、注目。これからレッスンを始めます。ほとんどの娘が初心者だと思うので、今日は基本のボイスレッスンと、ステップを中心にやっていきます」

 ボイスレッスンとダンスステップは、それぞれ1時間ほどで終了した。
26 : ◆VHvaOH2b6w [saga]:2019/12/29(日) 09:25:58.17 ID:ck9R+qDf0
紗代子「瑞希ちゃん、やっぱりすごいね。ステップの足運び、とっても軽やかだったよ」

瑞希「ありがとうございます……ええと、その……高山さんも……」

紗代子「あ、いいのいいの。無理に褒めようとしてくれなくても。うん……わかってる。私、全然なにも出来てなかったよね」

瑞希「そんなことは……私は経験があっただけです。高山さんも、すぐにできるようになります」

紗代子「……うん」
27 : ◆VHvaOH2b6w [saga]:2019/12/29(日) 09:26:33.81 ID:ck9R+qDf0
 初レッスンは、散々だった。声の出し方から注意を受けた。音程が不正確な上、声も出ていないと言われた。
 ダンスのステップも、足がもつれて転んでしまった。それも3回。
 最初から何もかもできるわけはないと思ってはいたが、こんなに何もできないのは自分でもショックだった。
 そして紗代子は、ちらりとカメラに目をやる。
 レッスンの間中、ずっと自分たちを撮っていたカメラだ。いや――

紗代子「幻滅されちゃったかな……」

 彼女だけはわかっていた。あのカメラは、忙しい彼女のプロデューサーの為の、そして紗代子を録る為のカメラだ。
 レッスンの様子は、海外にいるプロデューサーへ送られるはずだ。
 そしてそれはその通りなのだが、実は紗代子のプロデューサー以外にもこのカメラで撮ったレッスンの様子を見た者がいた。
28 : ◆VHvaOH2b6w [saga]:2019/12/29(日) 09:31:25.19 ID:ck9R+qDf0

     『黒井社長は覗いていた』

29 : ◆VHvaOH2b6w [saga]:2019/12/29(日) 09:34:26.93 ID:ck9R+qDf0
黒井社長「あの男……素材を見抜く目だけは確かだからな。その男が見いだした素材……興味はある。必要とあらば、わが961プロに引き抜きをしても……おかしいな」

 黒井社長は首を捻る。
 目の敵にしている765プロ。だがそれだけに無視も出来ない相手だ。当然に諜報活動を行い、その動勢に目を光らせている。
 その765プロの、気になる男が、誰も見向きもしなかった原石を逸材と認め、自らプロデュースに赴く。
 黒井社長にとっては、ビッグニュースだ。
 以来、その原石を彼は個人的に調査した。
 が、その調査結果に彼は眉をひそめる。

黒井社長「これか? これがあの男の認める逸材なのか?」

 隠し撮りされた写真は、確かに目鼻立ちの整った美人ではあるが、それほどの原石には思えなかった。
 アイドルを志望する娘にしては、平凡。それが黒井の持った紗代子に対する第一印象だった。
 しかしなにしろ、あの男の事だ。この自分にすら気づかない何かが、この娘にはあるのかも知れない。
 悔しいが、それだけの実績があの男にはあった。今もあの男が選んだ娘は、海外デビュー間近なのだ。
30 : ◆VHvaOH2b6w [saga]:2019/12/29(日) 09:34:59.92 ID:ck9R+qDf0
 そして今日も、その海外へネット経由で送られるというレッスン風景のデータを途中でハッキングしようと彼は待ち構えていた。
 が、待てど暮らせどデータが765プロから海外に送信される気配はない。

黒井社長「? なぜだ? なぜデータ送信をしない……? 765プロの脆弱なプロテクトなぞ、容易に超えられるはず……」

 彼はは、試みにデータベースにアクセスしてみる。
 果たしてデータはそこにあった。送信された気配はない。が、データそのものはそこにある。

黒井社長「罠か? データ名は20190406レッスン……か。どれ」
31 : ◆VHvaOH2b6w [saga]:2019/12/29(日) 09:35:45.78 ID:ck9R+qDf0
 データは簡単にハックでき、すぐさま展開をしてみる。
 そこには紗代子を中心……いや、むしろ紗代子のみ、レッスンの様子を撮ってあった。
 冒頭から最後まで、彼はそれを眺めた。
 続いてもう1度、彼は動画ファイルを再生する。
黒井社長「ノン……ノン! ノン!! ノン!!! なんだこれは、これのどこが逸材なのだ!?」
 広い社長室に大声が響く。いかに初めてのレッスンとはいえ、それはあまりにもお粗末に見えた。

黒井社長「わからない……何を考えておるのだ、あの青二才は……」
32 : ◆VHvaOH2b6w [saga]:2019/12/29(日) 09:40:13.14 ID:ck9R+qDf0

紗代子「プロデューサー、今日のレッスンいつ見るのかな……」

 自室でペットのハリ子の世話をしながら、ぽつりと漏らす。
 忙しい身と聞いているので、もしかしたら数日……いや、週単位の時間が経過してから連絡があるかも知れない。
 そう思っていた彼女のスマホが鳴る。メールの着信だ。

紗代子「え? プロデューサーから……?」

 相変わらずタイトルは『プロデューサーより』となっている。
 開いてみると、画面に表示しきれないほどの長文が並ぶ。

紗代子「まずボイスレッスン……ええと、すごい。全部問題点とそれに対する指導が書いてある……」

『明日のレッスンまでは時間がないので、指摘した全てを修正することはできないと思う。しかし君には今現在これだけの問題点がある。その事はしっかりと把握し、私の指示した修正を行っていくように』
33 : ◆VHvaOH2b6w [saga]:2019/12/29(日) 09:40:45.62 ID:ck9R+qDf0
 スマホが震えていた。いや、その持つ手が震える。
 昨日の自分は、今日と前の日の自分の違いに驚いていた。絶望からの希望。
 今日の自分は、また落胆をしていた。レッスンでの失態が、それ以上に自分の先行きに不安を感じさせていた。
 それが今、不安は霧散している。
 出来ないこと、失敗したことを、こうして指摘しどうすればいいかを、この人が教えてくれるんだ。言う通りにしていけば……いいんだ。
 どのオーディションに出ても見向きもされなかった自分に、ここまで真剣になってくる人がいたことに、彼女は感動すら覚えていた。

紗代子「プロデューサー。私、やります。期待に応えてみせます!」
34 : ◆VHvaOH2b6w [saga]:2019/12/29(日) 09:41:37.53 ID:ck9R+qDf0

「あら……高山さん? 今日は音程がぶれないわね」

紗代子「本当ですか!? 上達……しているんですかね」

「そうね。昨日よりは、だいぶ良くなってるわ。じゃあCの音で……そう、音程を維持して……クレッシェンド……クレッシェンド……」

 ボイストレーニングの最中、紗代子はプロデューサーからの指摘を思い出していた。
紗代子「そうだ、出す声よりもお腹の力加減に注意して……声を大きくする時は、口の大きさに気をつけて……」
35 : ◆VHvaOH2b6w [saga]:2019/12/29(日) 09:42:17.63 ID:ck9R+qDf0

「では、昨日のステップのお温習いをします。1、2、3、4! 1、2、3、4! 足はそのまま右見てタン、タン、タンで左ターン!」

紗代子「足下は見ない。視線は正面……頭の中で自分の全身をイメージして……」

「はい、1、2、1、2、その調子、その調子!」

 昨日叱られた所を、今日は指摘されずにレッスンがすすむ。
 褒められたわけではない。自分でもまだトレーナーと同じ動きができていないことは、わかっている。
 しかしそれでも、昨日出来なかったことが出来るようになり始めている自分に、紗代子は感動していた。
 涙を堪えながら、必死でレッスンを続けていた。

紗代子「やっぱりプロデューサーの指摘を確認しながら、練習して良かった。気がついたら夜中の2時だったけど……でも、良かった」

 これなら……この調子なら、レッスンにきっとついていける。アイドルにも……なれる!
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