右京「万引き家族?」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/16(月) 01:32:38.92 ID:w7wIwWN50
相棒×万引き家族のssです。
クロス元は去年カンヌ国際映画祭で出展された作品になります。
よければ見てやってください。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1576427558
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/16(月) 01:34:49.27 ID:w7wIwWN50


2018年6月末日―――


時刻は昼の12時過ぎ、都内某所にある商店街を背広姿で歩く二人の男たちがいた。
警視庁捜査一課に所属する伊丹と芹沢の両刑事。
いつも通り眉間にシワを寄せて顔を強ばらせる伊丹に駆け寄りながら付いていく芹沢。
二人が目指すのはこの商店街の裏通りにある小さなスーパーだ。


「オイ、さっさとついてこい。時間ねえんだぞ。」


「わかってますよ。けど昼飯くらいちゃんとした場所で取りましょうよ。」


「バカ言え。そんな余裕があってたまるか。」


警視庁捜査一課の刑事となれば多忙なのは当然。
だが食事をする余裕もないほど時間に追われていた。
ちなみにこのスーパーだが既に築30年は経過している悪く言えばボロ屋な建物。
店内は簡素な作りで表通りにあるチェーン店のスーパーとは比較にもならないボロさが悪目立ちしていた。
いくら時間がないとはいえもう少し場所を選んでも罰は当たらないだろと芹沢も内心愚痴を吐く始末。
そんなスーパーに伊丹と芹沢は揃って入店した。
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/16(月) 01:35:58.67 ID:w7wIwWN50


「俺は惣菜コーナーでコロッケ買うからな。お前はどうすんだ?」


「あ〜メンチカツで…」


「それじゃあコロッケとメンチカツを二つ頼む。 」


とにかく愚痴っても仕方がない。それに今更他の店を探す時間もない。
もう諦めるしかないと思いながら芹沢もこのスーパーで売られている惣菜を購入。
それにしてもこんな寂れたスーパーの食べ物なんて美味しいのだろうか?
店がボロいのは仕方ないにしてもせめて美味しいものを食べたかったと思いながら一口食べた。


「これ…うまいっすね…」


「ああ、この店とんだ当たりだったな。」


芹沢はともかくあの偏屈な伊丹ですら思わず美味いと太鼓判を押した。
ダメ元で訪れたスーパーでまさかの嬉しい誤算に二人は思わず大喜びする。
気づけば手元にあったモノを食べきりせっかくなので追加注文しようとまで思った時だ。
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/16(月) 01:37:00.77 ID:w7wIwWN50


「お気に召して頂き光栄です。」


そんな二人に売り場にいた店員らしき人物が声をかけてきた。
思わず声を荒らげてしまい恥ずかしいがこの美味さは堪らない。
一体誰が作ったのかと店員を振り返った時だ。


「伊丹さん、芹沢さん、まさかお二人とこのような場で会うとはなんとも奇遇ですねぇ。」


「えぇぇぇぇぇぇっ!?杉下警部!!??」


「警部殿!アンタ一体何してんですか!?」


「見てわかりませんか。このお店で働いているんですよ。」


そこにいたのはご存知警視庁特命係に所属する杉下右京。
だが二人が驚いているのはそんなことではない。何故右京がスーパーで働いているのか?
これは当然だが公務員は副業を禁止されている。
ましてや警察官が真っ昼間から本来の業務そっちのけで副業していたとなれば、
すぐに監察官の大河内が飛んできて有無も言わさず懲戒免職の処分が下されるだろう。
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/16(月) 01:37:41.11 ID:w7wIwWN50


「言っておきますがこれは副業などではありませんよ。特命係の仕事です。」


「仕事って…いくら特命が暇だからってこんな場末のスーパーで働くなんてありえるんですか!?」


「それがありえるから世の中怖いんですよね。」


「冠城もいるのかよ。一体どういうことか説明しやがれ!」


あとから現れた冠城に事情を聞いてみるとかなり特殊なものだった。
実はこのスーパーだが見た目通りのボロさが災いして万引き行為が多発している。
これでは売上にかなり響いてしまう。この現状を近隣の所轄に相談した。
そんな話がどういった経緯なのかわからないが警視庁の内村刑事部長の耳に入った。


「まあ日頃我々を目の敵にしている内村部長のことです。
今にして思えば嫌がらせになることならなんだってよかったのでしょう。
まあそんな内村部長の嫌がらせはともかくこの店で多発している万引き行為を防止すべく
僕たち特命係がこのお店に派遣されたわけです。」


「ちなみに見た通り人手不足なもので俺たちが監視兼業務も担っています。
あ、これは副業じゃありませんからね。俺たちお金は貰っていません。
無給で市民の方々に奉仕していますからね。」


「けどいくらお金貰ってないからって警察官がスーパーの手伝いって大丈夫なんですか?」


「知るか。特命係が場末のスーパーで働こうが俺には関係ねえ!」


特命係がこのスーパーで働いている事情は把握出来た。
気になった伊丹が調理場を覗いてみるとそこには青木が恨めしそうな顔で材料の計量を行いながらブツブツと文句を垂れながら調理を担当していた。
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/16(月) 01:40:43.76 ID:w7wIwWN50


「なんで僕がこんな目に…スーパーで働くために警察に入ったわけじゃないんだぞ…」


普段から陰険な青木がこのスーパーでさらにグレードアップした雰囲気を漂わせながら黙々と作業を行っていた。
まさか自分が絶賛した揚げ物が実は特命係のお手製だったとは…
この様子を見て先ほどまであった伊丹の食欲が一気に薄れてしまった。


「クソ…こんなところいられるか!芹沢さっさと仕事に戻るぞ!」


「あ、ちょっと待ってくださいよ先輩!」
  

こうして伊丹はせっかくの昼食を邪魔されたせいで怒り心頭になり店を出て行った。
 その伊丹の後を追いかけるように芹沢も店を出た。
 残ったのはそんな二人を見送る右京と冠城の二人だけだった。
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/16(月) 01:42:43.08 ID:w7wIwWN50


「あ〜あ、怒らせちゃいましたね。俺たち客商売は向いてないんですかね?」


「僕は二人を怒らせるような真似はしていませんが…
それにしても捜査一課の伊丹さんたちがわざわざこんなスーパーを訪ねてくる理由。
どうやら彼らはあの事件の捜査を行っているようですね。」


「あの事件ってひょっとして北条じゅりちゃん失踪事件ですか。」


 そう、伊丹たちも好んでこのスーパーを訪ねたわけではない。
 実は伊丹たちはこの近辺で起きたある事件を担当していた。それは誘拐事件。
今朝、警察はTV報道である事件について大々的にある事実を告げた。
二日前、北条じゅりちゃん5歳が行方不明になった。
 じゅりちゃんの両親は必死に周囲を探したがその痕跡ひとつ見つからず警察に捜索依頼したという。


「心配ですね。まだ5歳となると親御さんも気がかりでしょう。」


「けど何で伊丹さんたち捜査一課が駆り出されたんですかね?彼らは殺人専門でしょ。」


「それについてですがどうやらマスコミに十年前の事件について突っつかれたのが原因のようですね。」


右京が指す十年前の事件とは千葉県内で起きた誘拐事件のことだ。
十年前のこの時期に同様の事件が起きた。誘拐されたのは当時生後間もない男の子。
犯人からの連絡は一切なくその痕跡を辿ることすら適わなかった。
その子は今も発見されておらず行方不明のまま。
それで今回の事件においてマスコミは当時の事件と同様にまた迷宮入りになるのではないかと疑問視された。
そのため今回は初動捜査から本腰を入れようと警視庁捜査一課を動かしているという大人の事情が絡んでいた。
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/16(月) 01:43:30.47 ID:w7wIwWN50


「なるほど、警察も二度目の失態は避けたいですからね。」


「ええ、誘拐事件は時間との勝負ですからね。ところで……来たようですよ。」


そんな雑談を交わしている中で右京はスーパーの入口から店内に入ってきた客に注目した。
一人は足に怪我を負ったしょぼくれた中年男、もう一人は大きなリュックサックを背負いヨレヨレのシャツを着てボサボサ頭な髪の毛の少年が入店した。
同時に右京たちも二人の動向に注意した。
男が買い物かごを持って店内にある商品をかごに入れる。
一見なんともなさそうな行動だ。それから右京が二人から目をそらした時だ。
少年が商品棚の前でリュックサックの中を開けた。中身は空っぽだ。
同時に男が少年の前に立ち右京の司会を遮った。
そして次の瞬間、少年は空のリュックに棚に置いてあった商品を取ろうとした。


「何をしているんだ。」


そこへ一連の行動を目撃していた冠城が割って入った。
 何をしていたのかなんて一目瞭然だ。この少年は万引きを行おうとしていた。
 それも突発的な犯行ではない。予めこの店で犯行を行うために入店した。
 つまり計画的な犯行だ。とにかくこんな行いを仕出かした以上は容赦しない。
 すぐに少年を店の事務室へと連れて行こうとした。
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/16(月) 01:44:43.37 ID:w7wIwWN50


「すいませんねぇ。うちの息子が誤解するような真似をして…」


 そんな冠城に男が声を掛けた。男は少年のことを息子と呼んだ。
 察するにこの二人は親子らしい。思わず顔を見比べてみるがどうにも似ていない。
 本当に親子なのかと疑ってしまうがまあ本人がそういうのならそうなのだろう。


「お父さん、これは明らかに万引き行為ですよ。さすがに警察を呼ばせてもらいます。」


「いやいや、子供の悪戯じゃないですか。それにまだここは店の中ですよ。外に出たのならともかく店の中でならまだ万引きにならないでしょ。」


父親である男からそんな指摘を受けて今頃気づかされたがここはまだ店内だ。
万引き犯を取り締まるには会計をせずに店の外へ出た場合だ。
つまりこの状況なら本人たちが子供の悪戯だと主張されたらそれまで…
隣で動向を伺っていた右京も思わず渋い顔で冠城を睨みつけた。
まずい…しくじった…思わずそう嘆くしかなかった…


「とりあえず迷惑かけてすいません…ほら…お前も謝れ…」


「ごめん…なさい…」


その場で謝罪を済ませると父親は息子を連れてすぐに店を出て行った。
この状況で再び万引きを行うことはないだろう。
だがこれで事態が解決したわけではない。
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/16(月) 01:45:14.22 ID:w7wIwWN50


 「まったく…失敗ですね…」


 「すいません…けど右京さんが何もしないから気づかないんじゃないかと心配で…」


「僕は油断などしていません。二人が店を出て行った瞬間を狙っていました。」


あの親子連れだが実はあの二人こそが店の経営を圧迫させている万引きの常習犯だ。
どうやらこの近隣に住んでいるようで防犯設備の疎いこの店をターゲットにして犯行を繰り返していた。
既に店側は二人をブラックリストに入れていたが中々尻尾を抑えることが出来ずにいた。
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/16(月) 01:46:06.94 ID:w7wIwWN50


「いやあ〜!今日も一日終わりましたねえ!」


夜9時、店での業務が終了した。
防犯のために送られたはずがまさかガッツリ働かされるとは思わなかった。
普段特命係で暇を持て余しているのが仇だったのか冠城は肩をクタクタにさせながら疲労感むき出しだった。


「右京さん花の里行って一杯やりませんか。早くこの疲れを癒しましょうよ。」


「ええ、それはいいのですが…」


「ひょっとして昼間の万引き親子を気にしているんですか?」


「そうですね。確かに実行犯は少年の方です。
ですがあの父親は僕の視線を遮るような行動に出ていた。
あれは明らかに意図的な行動です。つまりあの万引きは父親が裏で指示を出していたと見て間違いありません。」


右京の推理に冠城は思わず不快さを顕にした。
当然だ。真っ当な親なら子供に万引きなど行わせるはずがない。
実の子に万引きを行わせるとは一体何を考えているのかと怒りすら覚えた。
そんな冠城とは裏腹に周囲を見回しながら右京はあることに気づいた。
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/16(月) 01:47:52.45 ID:w7wIwWN50


「そういえば誘拐された北条じゅりちゃんの自宅はこの近隣でしたね。」


「まあ正確に言えばここから5キロほど離れていますけどね。」


「そのくらいなら子供の足でも移動は可能でしょう。」


「もしかして事件の捜査に参加するつもりですか?伊丹さんに怒られますよ。」


「まさか、今回は僕たちの出番はありませんよ。
警察が総力を挙げて捜査に乗り出しているなら発見されるのは時間の問題でしょう。」


右京の言うように警察は今回のじゅりちゃん行方不明事件に本腰を入れている。
そんな状況で自分たち特命係の出番などあるはずもない。
それにこちらも万引き犯の取締りという仕事がある。
さすがに今回は下手に首を突っ込んで現場をかき回すのは不適切であり自重すべきだと判断していた。

13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/16(月) 01:50:24.04 ID:w7wIwWN50


  「おーっ!母ちゃんに髪の毛切ってもらったのか!似合うじゃねえか!」


道中歩いているとふとある一軒家から話し声が聞こえてきた。
この声は聞き覚えがある。確かあの万引き親子の父親の声だ。
すぐに二人は声のする一軒家を覗いた。
ちなみにこの家だがもう五十年以上は築年月が経つほど古びており表札には『柴田』という苗字が記されていた。
その塀の隙間から家の様子を覗くと見えたのは昼間見た父親とそれに少年の姿があった。

  
  「母ちゃんに髪切ってもらえてスッキリしたなゆり。」


  「そうだね、前の髪型は野暮ったかったからこれで可愛く見えるでしょ。」


 父親とそれに母親らしき女性がなにから愉快に話し合っていた。
 会話の内容から察するにこの家にはもう一人娘がいてその子が髪を切ったということ。
 どんな風になっているのか気になるが生憎外からでは娘の姿を確認することが出来なかった。


「どうだい正太。ゆりの髪型似合うだろ。」


「髪型なんて別にいいだろ。それより腹減ったから飯にしようよ。」


そんな二人を呆れるような目で少年がこんな愚痴をこぼした。
 ちなみにだが少年の名前は正太というらしい。


「まったく正太は…女の子が髪を切った時は褒めないとモテないよ…」


「まあいいじゃないの。このくらいの年頃は色気より食欲だからね。」


そんな正太を嗜めるのは若い女性と年老いた老婆だ。
恐らくだがこの二人、正太の姉と祖母なのだろう。
 それから一家は正太の言うように夕食を食べ始めた。
 家族全員が笑顔で食卓を囲うこの光景はまるで幸せを絵に描いたかのようだ。
 まあこれ以上は見ていても何もならない。
 さすがにこの状況で家族の団欒を遮ってまで昼間の万引き未遂を咎めることも出来るはずもなく二人がこの場を立ち去ろうとした時だ。
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/16(月) 01:51:24.64 ID:w7wIwWN50


 「ご飯おいしいね!」


 偶然だが娘の姿を確認することができた。
 先ほど母親が髪を切ったショートヘアーが特徴的な5歳くらいの可愛い女の子。
 だがこの少女を目撃した瞬間、冠城はすぐに自らの携帯を取り出してあるニュースサイトを覗いた。
 
 
 「嘘だろ…何でここにいるんだ…」


 「おや冠城くん、どうしたのですか?」


 「これを見てください…あの子が…」

 
 動揺する冠城の隣で右京も携帯を覗いてみるとそこにはある少女の画像が載っていた。
 その少女は現在行方不明になっている北条じゅり。
ロングヘアーが特徴的な5歳の女の子だ。
この画像を見て右京もすぐにあの家に居る娘に注目した。


 「これは…まさか…」


「間違いありませんよ。行方不明になっている北条じゅりちゃんです。」


現在警察が血眼になって捜索している北条じゅり。
もう二日も行方不明になっておりその身が危機的な状況に見舞われると誰もが危惧していた。
それがまさか目の前にある一件家で家族団欒で食卓を囲っているとは誰が予想出来ただろうか。
 右京と冠城は目の前で幸せそうな家族を前にして複雑な思いを募らせていた。
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/16(月) 01:53:05.33 ID:w7wIwWN50
ここまで
ちなみにこのssの設定はシーズン17になります
なので特命係に左遷されたばかりの青木くんがいたりするのです
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/16(月) 01:55:55.90 ID:j9o64LeR0

特命の二人がスーパーで働くのはまだいいけど、刑事の二人は要らなかったのではないかと思ったり
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/16(月) 11:47:19.91 ID:mdYzfY5Qo
状況の説明にうってつけ
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/16(月) 13:29:05.26 ID:+mgaPGVHo
レギュラーだからな
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/16(月) 23:28:15.61 ID:w7wIwWN50


「それでお仕事の方はどうでしたか?」


「勿論幸子さんのおかげで大盛況でしたよ。あの伊丹さんたちも太鼓判を押してくれましたからね。」


「まあ!あの伊丹さんたちが!それは嬉しいわぁ。」


「それにしてもあそこまで絶賛されるとはどうしてですかね?」


「そうねぇ。きっと隠し味に黒味噌を使っているからでしょうね。」


「なるほど、それがミソってわけですね。」


 行きつけの花の里で晩酌を嗜みながら冠城は女将の月元幸子と楽しげに談笑していた。
 ちなみにだがスーパーで特命係が作っていた惣菜は幸子が考案したレシピによるもの。
 その経緯もあり幸子としてもメニューが大盛況だったのが自分事のように嬉しく思えていた。
 

 「…」


そんな二人とは裏腹に右京は険しい顔でなにやら考え込んでいた。
右京が何を考えているのか隣に座る冠城にはその理由はわかっていた。
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/16(月) 23:30:54.39 ID:w7wIwWN50


「右京さんやはり気になるのはじゅりちゃんですか。」


「ええ、あれが他人の空似とは僕にはどうしても思えません。」


「そうですね。公開写真と髪型が変わっていたので確かなことは言えませんがあれは余りにも似過ぎていますよ。」


冠城は携帯を取り出して再びニュースサイトにある北条じゅりの画像を見ていた。
さらにもうひとつ、画像フォルダーからある画像を検索してそれとじゅりの画像を見比べた。
写っているのは先ほどの柴田家で密かに隠し撮りした『ゆり』という少女の画像だ。


「やっぱり似ていますよね。髪型はちがうけどこれは他人の空似にしては…」


「確かに顔はどう見てもそっくりです。
もしこの子がじゅりちゃんだとして髪を切った理由があるとすればじゅりちゃんの顔が公開されたからではないでしょうか。」


確かに先ほどの一家の会話ではじゅりは今日髪を切ったと言っていた。
それも母親が切ったとのこと。何故床屋ではなく母親が切ったのか?
公開捜査によって顔が知られたとなれば周りに誘拐されたことがバレる。だから…
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/16(月) 23:32:39.63 ID:w7wIwWN50


「確かあの子の名前は『ゆり』ちゃんでしたね。名前も似ていますね。」

  
じゅりとゆり、顔だけでなく名前まで似ている少女は行方不明の少女が住む近隣住宅にいた。
誰の目から見ても関連性は十分あり得た。


 「…どうしますか?この情報を一刻も早く捜査本部に伝えるべきでしょう。」


 「確かにあの子がじゅりちゃんかどうかはわかりませんが捜査本部に伝えればすぐに調べはつくでしょう。ですがあの子が本当にじゅりちゃんならひとつ気になる点があります。」


「気になる点とは何ですか?」


「それは笑顔です。」


笑顔と聞いて冠城は先ほどの柴田家での団欒を思い出した。
家族みんな笑顔で食卓を囲いその中にはゆりもいた。
そのゆりだがみんなと同じく満面の笑みを浮かべていた。


「おかしいと思いませんか。5歳の女の子が見ず知らずの相手に誘拐されたんですよ。普通なら恐怖に怯えて食事など喉が通らないのではありませんか。」


右京の指摘にそういえばと冠城も思った。5歳となれば自我が芽生える年頃だ。
そんな年頃の少女が二日間も親元を離れれば不安になるのは当然だ。
それなのにあの子は笑顔でいた。もしもあれがじゅりであったならあんな笑顔を浮かべるとは思えない。 
 それではゆりはじゅりではないのだろうか?だが人相はどう見てもそっくりだ。
 どうにも考えがまとまらない。これは女性の視点による意見が欲しい。
そこで冠城は賄いの盛り付けをする幸子にこんな質問をした。
 
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/16(月) 23:33:51.63 ID:w7wIwWN50


 「幸子さんちょっといいですか。もしも周りに知らない人たちと食事したら笑顔になれますか?」


「知らない人と食事?もう冠城さんたら、ここは飲み屋なんだからそんなのしょっちゅうですよ。」


「あ、これは失礼。それなら付け加えてこれが5歳の女の子ならどうでしょうか?」


もしもこれが5歳の女の子の場合ならどうだろうか。
この意地悪な質問に幸子は珍しく頭を悩ませた。
そんな幸子だが悩んだ末にこんな答えを出してた。


「その相手によるかもしれませんね。信じられる人なら笑顔になれるかも。」


「信じられる人ですか?」


「はい、その人が信じられるなら笑顔になれるかもしれませんよ。」


信じられる人、それだけで5歳の女の子が他人に対してあの笑顔を浮かべることが出来るのか?
やはり今の状況では結論を出すには判断材料が欠けている。

23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/16(月) 23:34:57.88 ID:w7wIwWN50


「それでこれからどうするつもりですか。捜査本部にこのことを伝えます?」


「まだそれには早いでしょう。あちらも忙しいようですしあの子が本当に北条じゅりちゃんであるという確固たる証拠を得てからでないとなりません。」


「けど悠長なことはやってられませんよ。あの家族がじゅりちゃんに危害を加える可能性はある。そうなってからじゃ遅いですよ。」


冠城の懸念は最もだ。現在あの柴田なる家族を信じられる要素は何一つとしてない。
店では万引きの常習犯と疑われている家族の元に居れば子供の身が危険に晒される可能性は大いにある。
 

「わかっています。ですから今夜から僕たちであの柴田なる家を張り込みましょう。」


「店の業務に加えて夜は張り込みですか…これはつらいな…」


やはりそれしか方法はないかと冠城も思わず愚痴を零してしまうが現状では妥当な判断だろう。
とにかく最優先すべきは子供の安全を確保すること。
そのためには寝ずの張り込みも止むなし。
けれど昼のスーパーの業務に加えて夜の張り込みとなるとこれでは捜査に当たる伊丹たちとそう変わりない負担だと思わずにはいられなかった。
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/16(月) 23:35:50.88 ID:w7wIwWN50


「それにあの家にはもう一人子供がいます。」


「ああ、昼間に父親と付き添っていたあの坊主ですか。」


「あの少年もいざとなればどうなるかわかりませんからねぇ。」


確かに厄介な状況だ。実の子供がいるのに他所の子を誘拐してくる親がこの世に居るのかと疑いたくなるほどだ。
この事件、下手をすれば子供を二人も人質に取られているようなものかもしれない。
あの少女が本当に北条じゅりだった場合、少年の親は誘拐犯になる。
そうなれば少年は目の前で両親が逮捕される瞬間を目撃するのだろう。
それだけでも修羅場だろうが最悪なのは両親が少年にまで危害を加えるような事態が起きた場合だ。
そうなれば事態は最低最悪だ。
冠城は手元にある白ワインの入ったグラスを一気に飲み干した。普段なら味をしっかりと堪能したかったがそうも言っていられない。
とにかく気を引き締めなければならない。昼間のような失態は二度と犯せない。
子供たちの身を守る。それがこの事件における何よりの最優先事項だ。

25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/16(月) 23:40:45.34 ID:w7wIwWN50
ここまで続きは明日
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/16(月) 23:42:26.20 ID:+mgaPGVHo
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/18(水) 19:47:43.46 ID:AIKJ/mA/0


 翌日―――


 時刻は午前9時、この時間だと本来なら店で開店準備に入らなければならない。
 だが右京は店の開店準備を冠城に任せてある場所へ訪れていた。そこは…


 「北条さん!現在のお気持ちはどうですか!」


 「娘のじゅりちゃんについて何か進展はありましたか!」


 「一言お願いします!」


 郊外にある公営団地にTV、新聞、週刊誌などの報道陣が挙って押しかけていた。
 ここは北条じゅりが住む団地。じゅりはこの団地で父と母の三人家族で暮らしている。
 そんなマスコミの前にじゅりの両親らしき二人の男女が現れた。


 「今はじゅりが…見つかってくれることを願うだけです…」


 そんなマスコミの前に一言だけそう伝えるとすぐに両親は自宅の部屋へと戻った。
 ちなみに両親だが二人とも年齢は20代で二人とも髪を金髪に染めて態度もふてぶてしく生真面目なサラリーマン夫婦といった気質の職業ではない。
 ハッキリ言えば両親揃ってチンピラともいえる見た目の悪さだ。
 それに住居となっているこの公営団地だが住民は殆どが収入の低い世帯ばかり。
 今回の事件、もしも営利目的ならば犯人は富裕層の子を選ぶだろう。
 多額の身代金を要求すれば犯人はリスクを犯しても多額の利益を得られる。
 だがこんな団地に住む少女を誘拐したところで身代金など用意出来るはずがない。
 それでは犯人の目的は一体何なのか?そう疑問に思った時だった。
28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/18(水) 19:49:34.61 ID:AIKJ/mA/0


 「あーっ!やっぱり来てる!?」


 声のする方を振り向くとそこには芹沢が駐車場に止まっている車に乗っていた。
 

 「馬鹿ッ!大声を上げるんじゃねえ!」


 そんな芹沢を同乗していた伊丹がゲンコツしながら思わず注意しているが…
 二人の様子を見て右京はようやくこの状況をある程度察することができた。


 「お二人共、こんなところで張り込みをしていたわけですか。じゅりちゃんの捜索は行わないのですか?」


 「じゅりちゃんの捜索は所轄の警官が辺りを聞き込みしてます。だから俺たちは…」


 「隠さなくて結構ですよ。捜査本部はどうやら誘拐の線を考えていないようですね。」


 その指摘に二人は思わず図星を突かれたかのような険しい表情を浮かべてしまう。
 そんな二人に構わず右京は自らの推理を続けた。


 「考えてみればお二人があのスーパーに来た時から様子がおかしかった。
今回の事件で警察は本腰を入れて捜査をしているはずです。
誘拐事件ともなれば現場周辺の徹底的な聞き込みは必須。
それなのに僕たちがいたスーパーであなた方はじゅりちゃんの消息について一切尋ねようともしなかった。
ひょっとしてですが捜査本部の捜査方針によるとじゅりちゃんは…」


 右京が最後まで言おうとする直前で伊丹が観念したのか嫌々ながら車の中へと招いた。
 どうやらここからの会話は外のマスコミに知られると厄介な内容らしい。
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/18(水) 19:53:30.08 ID:AIKJ/mA/0


 「警部殿の推理通りです。警察はじゅりちゃんが誘拐に遭ったとは考えていません。」


 「ですが現在じゅりちゃん行方不明です。誘拐以外の線で考えられるなら…」


 「…じゅりちゃんは殺害された可能性が高いんですよ…」


 それが現在の警察の捜査方針だった。つまり警察は既にじゅりが殺害された前提で動いてる。
 だがじゅりは行方不明になってから今日で三日目。
 殺害されたという可能性は確かにあるがそれでも誘拐の線を否定する要素とは成り得ない。
  

 「まだじゅりちゃんが行方不明になってから三日目です。
誘拐の線を否定するには早計だといえる状況ですが…あるんですね…
殺害の可能性が高い根拠が…」


 「当然です。俺たちだってガキのお使いやってるわけじゃない。………本当は二ヶ月前なんですよ。」


 「はぃぃ?どういう意味ですか。」


 「だから…実際にじゅりちゃんが行方不明になったのは二日前じゃなく二ヶ月前なんですよ。」


 伊丹の言葉に右京も思わず驚くがこれで捜査本部が誘拐ではなく殺人の線で動いていた理由を理解した。
 両親から誘拐事件の通報を受けて近辺を調べると二ヶ月前からじゅりを目撃した人間は誰もいないことが判明。
 ここで警察はある疑惑を抱いた。両親の通報は偽りではないのかと…

30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/18(水) 19:58:08.20 ID:AIKJ/mA/0


 「なるほど、二ヶ月前ですか。そうなると一番怪しいのは通報したじゅりちゃんのご両親になりますね。」


 「その両親なんですが…父親の北条保がこれまた流行りの半グレでしてね…」


 「母親の北条希も水商売やっているそうです。
そのストレスから夫と一緒に子供に対してDVやらネグレクトをやっていたらしいんですよ。」


 伊丹たちが得た情報によると父親の北条保は半グレでありながら悪名高い城南金融に出入りしている。
 普段から素行が悪くそれは子供にも同様で妻の希と一緒にDV行為を行っているそうだ。


 「児相で何度も通報を受けていたらしいですよ。
それで二ヶ月前に相談員が訪問したら子供は病気になったとかなんだかんだ言い訳して会わせなくなって、
警察に相談したところで両親が三日前に子供が誘拐されたと慌てて警察に駆け込んできたわけです。」


 それが伊丹から語られた事件の経緯だった。警察もそれなりの根拠を元にして捜査を行っていた。
 状況から判断するに自分たちに娘の殺害疑惑が掛かる前にじゅりは誘拐されたという体裁を整えようとしたのだろう。
 警察を侮った浅はかな行いだ。だがじゅりが死亡していれば肝心の問題があった。

31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/18(水) 19:59:56.69 ID:AIKJ/mA/0


 「じゅりちゃんが殺害された。
その場合だと問題はじゅりちゃんの遺体です。まさか自宅に置いてあるわけではありません。
ここは団地、遺体を二ヶ月も放置していれば強烈な異臭を放ち誰かに見つかる恐れがあります。恐らくは第三者の手を借りている可能性が高いでしょう。
問題はその第三者ですが…」


 「警部殿の見解通りその第三者ってのが北条保の出入りしている城南金融の可能性があります。
組織の力を借りれば子供の遺体を隠すくらい簡単ですからね。
だから警察は城南金融がこの件に絡んでいるのではないかという線で組対5課と合同捜査を進めているんです。」


 組対5課といえば特命係の隣に位置する部署だ。
 右京の顔なじみでひょっこりと顔を見せては「よ、暇か?」が口癖な角田課長など年中出入りしてはコーヒーを淹れに訪れている。
 そんな彼らが目の敵にしている城南金融がこの事件に絡んでいる可能性が浮上したのなら今頃は血眼になって捜査しているだろう。


 「だからこうして24時間張り込んでいるわけです。
この騒ぎだから娘の遺体がどうなっているのか気になって城南金融のところに駆け込むはずでしょう。」


 「そしたらもう一網打尽ですよ。元締めの城南金融共々一斉検挙に踏み込めますからね。」


 それが警察の狙いだった。つまりじゅりの捜査は餌だ。本命は城南金融。
 まさにエビで鯛を釣るといったところだろうか。

32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/18(水) 20:06:08.17 ID:AIKJ/mA/0


 「つまりじゅりちゃんの生存は捜査本部では絶望視だというわけですか。」


 「まあ…一応捜索は続けてますよ…けど二ヶ月も前じゃ…生きてる可能性は低いでしょ…」


 「そうっすよ。これが本当に数日前に起きたならまだ生存の可能性はあったけど二ヶ月じゃねぇ…」


 伊丹と芹沢もじゅりの生存について問われると流石に返答に困惑しているが無理もない。
 こんな経緯を知ればじゅりの生存は望み薄だ。
 それに右京も昨日の偶然がなければじゅりの発見は適わなかっただろう。


 「なるほど、話はわかりました。それではお仕事頑張ってください。」


 「え?それだけですか?何かそっちで掴んだ情報くらいないんですか。」


 「一応あります。昨夜じゅりちゃんに似た少女を見かけました。捜査の参考になればとお伝えしておきます。」


 「それはご苦労様です。あとで所轄の連中に見回りに行かせるよう報告しておきますからどうかお引き取りください。」


 右京の報告など半信半疑な対応でさっさと車から出して伊丹たちは張り込みを続けた。
 これで現在の捜査状況は把握することは出来た。だが一方で右京の心中は複雑だ。
 北条じゅりが実際には二ヶ月前から行方不明になっている。
 警察はじゅりの生存を端から絶望視しており、両親を餌に組織犯罪の検挙に乗り出している状況だ。
 確かに右京が掴んだ情報もまだ確実な信憑性があるわけではない。
 だがあのゆりなる少女が本当に北条じゅりだった場合、警察は誤った捜査を行っていたということになる。
 下手をすれば誤認逮捕による冤罪が生じてしまう。そうなればかなり厄介な事態になる。
 いずれにせよ捜査本部がじゅりの両親を逮捕に踏み切るまでにゆりが本当に北条じゅりなのか確かめる必要があった。

33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/18(水) 20:15:15.95 ID:AIKJ/mA/0
ここまで
ちょっと伊丹さんたち右京さんに冷たくないとか思われますが張り込みでストレス溜まってるからです
34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/18(水) 20:17:40.42 ID:pgz0v7sf0

伊丹は毎回こんな感じだと思ってました。
35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/23(月) 17:53:56.34 ID:zfX+eAJ1o
続きはまだか
36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/25(水) 01:34:50.26 ID:4eonmOIU0


「昨日は済まなかったな。お詫びの印に遠慮なく食べてくれ。」


一方で冠城はスーパーにてある子供を店の事務室へ招いた。
招いたのは昨日この店で万引きをしようとした祥太だ。


「このコロッケはお兄さんが作ったばかりのモノだからとても美味しいよ。」


「これ美味しい!もっと食べていい!」


 「ああ、勿論だ。たくさん食べていいぞ。」


 出されたコロッケをすぐに食べ終えると祥太はさらなるおかわりを要求した。
 ちなみにこのコロッケだが一応は店の商品だ。だからといって売り物でもない。
 形の合わないモノや少々焦げてしまい売り物に出せないモノを出している。
 いくら捜査とはいえさすがに店の売り物をタダで渡すわけにはいかない。
 そのため苦肉の策で店の許可を得て子供たちに食べさせていた。
 とにかくこれで祥太もこちらに気を許してくれるだろう。
37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/25(水) 01:36:10.50 ID:4eonmOIU0


 「そういえば自己紹介がまだだったな。俺は冠城亘だ。」


 「俺は祥太。柴田祥太だよ。」



 「祥太か、こちらこそよろしく。
ところで今日はお父さんと一緒じゃないんだな。そういえばお父さんって普段仕事は何しているんだ?」


 「……工事現場で働いてる。」


 「工事現場で?けど昨日見た時は足を怪我してたじゃないか。」


 「うん…この前…怪我して…」

 
 工事現場で作業員が怪我を負った。まあこれだけならよくあることだ。
 だがあの足の骨折だが見た感じだと全治一ヶ月くらいの怪我だ。
 そうなると当分現場では使い物にならないのではないか。
 だから生活費を賄うためにこの店で万引き行為に及んだのではないか。
 

 「それは大変だったな。お母さんはどうしてるんだ?」


 「パートの仕事してる。クリーニングの工場で働いてるって。」


 「なるほど、それじゃあ今はお母さんが一家の生活を支えてるわけか。他に家族は?」


 「婆ちゃんと姉ちゃんがいるけど…」


 簡単な説明だったがここまでの話で一応柴田なる家の状況は把握できた。
 現在柴田家では大黒柱の父親が怪我を負って働くことが出来ない。
 他にも働き手がいるのだろうが女性陣にそれほどの稼ぎはない。
 パート勤めの母親に年金暮らしの祖母。
 子供に万引きをやらせるくらいなのだから生活は相当行き詰まっているのだろう。
 これで一応家族構成は把握したがまだ聞きたいことは山ほどある。
 だがここで下手に焦れば警戒心を持たれる恐れもある。とりあえずはこの辺にしておこうと時間だと言って祥太を帰らせようとした。
38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/25(水) 01:37:28.89 ID:4eonmOIU0


 「祥太〜!アンタこんなところにいたのね!」


 店を出ると祥太を呼ぶ声が聞こえてきた。
 そこには中年の女性が小さな女の子を伴ってこちらへと歩み寄ってきた。
 昨日の柴田家で見かけたゆりの髪を切った女性。察するに祥太の母親のようだ。


 「失礼ですが祥太の母親ですか?」


 「ええ、うちの子がお世話になったそうでありがとうございます。」


 母親は笑顔でそう答えるが正直なところ冠城はこの母親に対して不信感を抱いていた。
 昨日…恐らくはそれ以前から…祥太はこの店で万引きを行った。
 それなのに母親はそんな祥太に反省も促さずにいる。
 普通の親なら息子が過ちを仕出かせばまずは謝罪からすべきだろう。
 それなのにこうして悪びれる様子も見せずにいるとは…
 まさか息子がこの店で万引きを行っていることなど知らないとでも…?
 


 「ところでそっちは何してたの?」

  
 「うん、明後日海に行くでしょ。だからこの子の水着を買いに行ってたの。」

 
 母親は祥太に対して自慢そうに買い物袋を見せつけた。
 そんな母親の傍らに付き添っている少女。昨日柴田なる家で目撃したはずのゆりだ。
 見たところ、監禁されてもなくこうして外に連れ出している様子。
 世間で言われているようにこの子がじゅりであり誘拐されたのであれば家の中に監禁しているはずだ。
 それがこうも自由に外出しているということはこの子はじゅりではないのか?
 そのことを問い質したいところだが今は無理だ。
 下手に相手を刺激すれば何が起こるのかわからない。残念だがまだ十分な証拠が揃わない。
39 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/25(水) 01:38:25.43 ID:4eonmOIU0
 冠城は何か他に会話の糸口はないかと思い悩んでいると、ゆりの手元に注目した。
 母親の手を掴んでいるゆりの腕には生々しい傷があった。


 「その傷どうしたんだ?」


 「これは…転んで怪我しちゃったんだ…」

 
戸惑うゆりに代わって祥太が答えたが…
 それは明らかに転んで出来た怪我ではない。誰かに打たれて出来た傷だ。
   

 「ひょっとして…大人にやられたんじゃないのか…?」


 もしも子供たちが親から虐待を受けていればここで認めてくれたら児相に通報することができる。
 それにこの子がじゅりであるなら今すぐにでも保護すべきだ。
 柴田家がこの子に暴力を振るっているのなら悠長な捜査などやっている場合ではない。
 すぐにでも捜査本部にこの件を報告して凶悪な誘拐犯として逮捕させる。
 そうしなければならないと決め込んでいた。だが…


 「ちがう!……ころんだのッ!」


 ゆりは真っ向からそれを否定した。それも目の前にいる冠城に怒鳴りながらだ。
 柴田家から虐待を受けているのならここで泣きつけば助けを求められるはずだ。
 それなのに否定してみせた。冠城にはその意味がわからなかった。

40 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/25(水) 01:40:15.85 ID:4eonmOIU0


 「ごめんな。お詫びの印にこのコロッケ持って行ってくれ。」


 とにかく今の状況で子供たちの信用を失うわけにはいかない。
 祥太たちにコロッケの残りを渡すと三人はそのまま家に帰ろうとした。
 片手にコロッケの入った袋を持ち幼いゆりを連れて帰ろうとする祥太と母親。
 そんな帰り際にふと冠城はこんなことを尋ねた。


「そういえば妹ちゃんは名前なんていうんだい。」


その問いかけに思わず祥太が険しい顔でゆりの方をジッと見ていた。
そう、気になるのは妹の名前だ。
昨夜の柴田家を覗き見した時に偶然ながらゆりの名前を知った。
ここでゆりから自分の名前を聞けばもしかしたら本当の名を聞けるのかもしれない。
だがゆりからは思わぬことを告げられた。
41 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/25(水) 01:40:49.97 ID:4eonmOIU0





―――――りんッ!




42 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/25(水) 01:42:58.14 ID:4eonmOIU0


「…りん?あの子は確かにそう名乗ったのですか。」


「間違いありません。この耳でハッキリと聞きましたからね。」


店での業務を終えた冠城は愛車のスカイラインで合流した右京に今日の出来事を報告していた。 
 その報告で肝心のあの子の…ゆりという少女の名前が『りん』に変わっていたことを伝えていた。
 

 「どうにもおかしい。たった一日で子供の名前が変わるなど決してありえませんねぇ。」


 「同感です。ペットじゃあるまいし人間の名前がコロコロ変わるわけがありませんよ。」

 
 「あの子がりんと名乗ったのは間違いないのですね。
ですが昨日僕たちはあの子の名前がゆりだとハッキリと聞きました。これもまた間違いではありません。」


 「『ゆり』と『りん』じゃ聞き間違うには無理がありますよ。」


 昨日のゆりとじゅりなら聞き違いがあったかもしれない。
 だが今回は明らかに名前が違っていた。
 それも子供が自ら『りん』という名を口にした。これは明らかに怪しい。
 
43 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/25(水) 01:44:40.40 ID:4eonmOIU0

 
 「それにしても誘拐した柴田家の意図が見えません。一体何を考えて誘拐を行ったのでしょうか。」


 冠城からの話で柴田家の現状を把握出来たがさすがの右京もこの誘拐に何の意味があるのか見当もつかなかった。
 今のところ身代金の要求もないので金銭などの営利目的ではない。
 だからといって暴力を振るわれている様子もない。
 こうして自由に外出を許されているのだからそういった類でもない。
 だがあの一家が生活に行き詰まっているのは確かだ。


 「それに万引きの件もかなり怪しいですね。
実はあの家族が店から帰った後であるお店に行ってきました。
母親がゆり…いや…りんちゃんのために水着を買ったお店です。
そこで店員に確認してもらったところ女児用の水着が一着紛失していたことがわかりました。
詳しいことは調べないとわかりませんが…もしかしたら…母親も…」


 冠城の調べでどうやら母親も万引き行為をしていたことが発覚。
 柴田家は子供の水着すら万引きで手に入れて満足に買おうともしない。
 それなのに食い扶持を一人増やす負担を犯しているのはどうにも奇妙でしかない。
やはり柴田一家には何かまだ秘密があるようだ。

44 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/25(水) 01:46:01.70 ID:4eonmOIU0


「ところで伊丹さんたちはもうじゅりちゃんの捜索を諦めてるって本当ですか?」


 「ハッキリとは言っていませんでしたが生存の可能性を絶望視している発言はしていました。
確かに二ヶ月前から行方不明になっていたというのなら生存の可能性は低いと思われても仕方がないでしょう。」


 「そうですか。つまりじゅりちゃんは親だけでなく警察からも見離されたわけですね。」


 認めたくはないが客観的に見ればそうなるだろう。
 じゅりは実の親から虐待を受けていた。それだけでなくじゅりを捜索している警察も既にその生存を絶望視している。
 これでは大人たちに見捨てられたも同然。
 そう思うと冠城はじゅりに同情せずにはいられなかった。


 「…まったく呑気だな。こっちはこんなに思い詰めてるのに…」

 
 そんな冠城の悩みを余所に張り込み先の柴田家からは今日も明るい笑い声が聞こえた。
 家の中を覗くとやはりゆり…いや…りんが笑顔で夕食を食べている。他の家族も…
 もしもりんが北条じゅりであったらこの家族は誘拐犯である。
 この後、逮捕されたらこんな食卓を囲うなど二度と出来ないのに…
45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/25(水) 01:46:28.27 ID:4eonmOIU0
ここまで 更新遅くてごめんなさい
46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/25(水) 01:47:29.56 ID:/CR0Cfg/o
47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/30(月) 08:33:45.19 ID:Khibt4+9o
面白いから完結まで頑張って欲しい
48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/01(水) 09:59:57.04 ID:12PeC/pS0


 右京たち特命係が柴田家の張り込みを開始してから既に二日が経過した。
 今日も右京は店の方を冠城と青木に任せて自分は柴田家の人間を調査することにした。
 右京が探ったのは父親だ。冠城が正太から聞いた話によると父親は工事現場で働いているとのこと。
 そこで右京はこの近辺にある建設会社を手当たり次第に当たった。
 ここ一ヶ月以内で柴田という名の中年の作業員が怪我をしていないかと探ってみた。

 
 「ああ、柴田治さんね。確かにうちで働いていましたよ。」


 何件か周ってようやく柴田家の父親が務めている会社を突き止めた。だが…
 
 
「けどあの人もう辞めてますよ。」


「辞めた理由は何でしょうか?」


「怪我ですよ。全治一ヶ月の怪我を負ってね。それで労災を申請したんですけど…日雇いだから労災は降りなくて…」


 会社の事務の人間は戸惑いながら返答するがどうやら保険料を払っていなかったらしい。
 それに作業員といっても柴田は日雇いだった。
 つまり雇用関係において彼は正規の社員ではなかった。そのせいで労災が降りなかったようだ。
49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/01(水) 10:00:30.58 ID:12PeC/pS0


 「おや…あれは…?」


 建設会社を後にした右京は偶然にもある人物を見つけた。
 それは柴田家の祖母だ。夏の暑い昼間の時間帯に何処かへ出掛けようとしていた。
 すぐにその後を付けるべく尾行を開始。車や自転車も使わずに徒歩でのみ移動をする祖母。
 この炎天下の日照りだ。あのような老女がこんな日中歩き通しでは熱中症になる恐れがあるはずだ。
 それなのに祖母は何処へ行くというのか?それから数分後、ある場所へとたどり着いた。
 その場所はとある一軒家。しっかりとした家作りで柴田家のようなボロ家とは大違いだ。
 しかし問題は建物の外観などではない。右京はこの家のある部分に注目していた。
 それは表札、その表札には柴田という苗字が記されていた。


 「お邪魔するよ。」


 祖母がインターホンを鳴らすと玄関から中年の夫婦が現れて家の中へと招かれた。
 それから一時間近くが経過したのだろうか。 祖母が家から出てきた。
 そんな祖母だが帰り際に夫婦からある封筒を渡されていた。
 その封筒の中身を見て祖母はご満悦な様子ですぐにこの家を立ち去った。
 今のやりとりはどういうことなのか?気になった右京はすぐにこの夫妻を尋ねた。

50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/01(水) 10:15:55.27 ID:12PeC/pS0


 「実は…あの人は…私の父の…奥さんだった人です…」


 「父の奥さん…?何やらおかしな言い回しですね。あなたのお母さまではないのですか。」
 
 
 「そこがまた複雑でして…あの人…初枝さんは…父の前妻なんです…」


 それからこの家のご主人がその複雑な事情を語ってくれた。
 この家の主人である柴田譲の父親には前妻がいた。それがあの祖母こと柴田初枝だ。
 つまりこの譲の母親は後妻ということになる。
 だがこうなると些か不可解だ。初枝が前妻ならば譲とあの祖母に血縁関係はない。
 それなのに初枝は何故後妻の息子の家を訪ねてきたのか?


 「こんなこと警察の人には言いにくいのですが…あの人と父が離婚したのは…私が生まれたからです…」


 夫婦が離婚する原因は大抵が浮気によるものだ。
 しかし前妻である初枝と譲の父との間に子供はいなかった。
 そこで譲の父は初枝と離婚して浮気相手の女性と再婚して家庭を築いた。
 この話からして離婚に非があったのは譲の父だ。
51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/01(水) 10:17:19.98 ID:12PeC/pS0


 「今日は父の命日なんです。あの人は毎年この日に訪ねてきて私たちは慰謝料を払い続けています。」


 初枝がこの家を訪ねた理由は金銭にあった。
 先程初枝が持っていた封筒、あの中に現金が入っていたのだろう。
 確かに事情を知れば譲の父親に非はあった。
 だがそれはもう何十年も前の話だ。それに息子の譲がこの慰謝料を払い続ける義務などあるはずもない。


 「しかし何故お金を払い続けるのですか?
失礼ながら離婚の問題はあなたのお父さまによるものです。息子であるあなたには非などありませんよ。」


「確かにそうなんですが…うちにはさやかという高校生の娘がいまして…」


 下手に揉め事となれば娘のさやかに害を及ぼす恐れがある。
 大学進学を控えている娘の将来をこんなことで台無しにするわけにいかない。
 だから夫妻も嫌々ながらも初枝を招き入れてお金を払うしかなかった。
 右京は玄関前に飾られてある家族写真を見つけた。
 そこには夫妻の真ん中に高校の制服を着た少女が写っていた。恐らく娘のさやかだろう。
 三人は満面の笑みを浮かべながら幸せそうな顔でいた。
 まさに理想の家族がそこにいた。

52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/01(水) 10:19:07.86 ID:12PeC/pS0


 「これは…」


 そんな家族写真ばかり飾られている棚の奥に気になるものがあった。
 それは一枚の写真。そこにはさやかではない若い娘が写っていた。
 右京はこの娘に見覚えがあった。あの柴田家にいた長女だ。


 「失礼ですがこの女性はどなたでしょうか?」


 「………それは長女の亜紀です。今は海外留学しているので…」

 
 譲は何やら動揺した素振りでそう答えた。明らかな嘘である。
 何故なら亜紀は初枝の家にいる。海外になど留学しているはずがない。
 複雑に絡み合う柴田家の人間関係。あの家族は一体何なのか?
 さすがの右京もあの家族の人間関係には理解の範疇を超えていた。

53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/01(水) 10:19:44.21 ID:12PeC/pS0


 一方で冠城は店の前で掃き掃除をしながらあることに気づいた。
 
 
 「早くしろよ。」


 「うん!まって〜!」


 祥太とりんだ。二人がこちらのスーパーではなく別の店に入って行こうとしていた。
 ちなみに二人が入った店は古めかしい駄菓子屋さん。
 店主は還暦を過ぎたお爺さん一人で経営しているこちらのスーパーよりも小さなお店だ。
 二人の様子が気になった冠城はうしろからこっそりと覗き込むが二人は何も買わずに店の中をグルグルと回っていた。
 この感じ、店の手伝いを経験して冠城の中である直感が働いた。
 今から二人はこの店で万引きを行おうとしているのだと…
 

 「えいっ!」


 するとりんが店のお菓子を万引きしてしまった。
 隣にいた祥太はそれが無事に成功するとすぐにりんを連れて店を出ようとした。
 なんということだろうか。こんな小さな少女が万引きをしてしまった。
 本来ならこの行為は咎めなければならない。だが現在の状況はかなり複雑だ。
 りんが北条じゅりであった場合、ここで警戒心を持たれたら冠城は二度と子供たちとの接触が敵わない。
 下手をすれば柴田家の人間がりんを家に監禁状態にするかもしれない。
 だがここで見過ごすことなど出来やしない。
 いくらなんでもこんな小さな子が罪悪感もなしに悪事を働くなどあってはならない。
54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/01(水) 10:26:45.59 ID:12PeC/pS0

 
 「お前たち!自分が何をしたかわかっているのか!」


 冠城はすぐに二人の前に立ちはだかりその行為を咎めようとした。
 犯行がバレた二人は思わず動揺してしまう。
 普段は冷静な冠城だがこんな幼気な子供たちが罪悪感も理解出来ず犯行に至るのは我慢ならなかった。


 「いや…ちがうよ…それは…上げたんだ…」


 すると後ろから誰かが声を掛けてきた。見るとそれは駄菓子屋の店主だ。
 店主はりんが持っていこうとしたお菓子は自分が与えたものだと主張した。
 こうなると部外者である冠城はもう何も言えなかった。
 二人はそのまま駆け足で店を出ていった。
55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/01(水) 10:27:12.63 ID:12PeC/pS0

  
 「いいんですか?あの子たちあれが初めてじゃなかったんでしょ。」


「…ああ…何度かやられてるよ…」


 店主はため息混じりで二人が何度もこの駄菓子屋で万引きを行っていたことを話した。
 どうやら祥太はスーパーだけでなく他の店でも万引きを行っていたようだ。
 それだけでなく幼いりんまで連れて犯行に至るとは…
 冠城は一昨日の治が祥太に万引きを行わせた光景を思い出した。
 今度は祥太が幼いりんに万引き行為を手伝わせていたとはあの親にしてこの子ありとでもいうのだろうか。


 「それなら何で助けるような真似をしたんですか。警察に突き出せばいいでしょ。」


 「…そうなんだが…もう長くなくてね…」


 話し終えると店主は苦しそうに咳き込んでいた。どうやら持病を抱えているらしい。
 もう先行き長くない自分のせいで子供たちが傷つくところを見たくないとそう嘆いた。
 そのことを聞いた冠城はなんとも居た堪れなかった。
 
56 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/01(水) 10:28:05.69 ID:12PeC/pS0
 

 「ごめんください。誰かいませんか!」


 その後、冠城は子供たちを連れて柴田家を訪れた。
 駄菓子屋での一件は店主が子供たちにお菓子を上げたというのだから罪に問うことは出来ない。
 だからといってこのままで終わらせていいはずがない。
 とにかく直接親に文句を言わなければ気が収まらない。その思いからこうしてリスクを犯すのを覚悟で乗り込んだのだが…
 何度呼びかけても返事がない。だが玄関には大人の履物が置いてある。
 誰かが家にいるのは間違いない。


 「あ…う…ぅ…ん…」


 何やら微かな声が聞こえてきた。これは…喘ぎ声だ。
 まさかと思った冠城はすぐさま子供たちを外へと出してもう一度大声でごめんくださいと叫んだ。
 するとすぐさま奥からドタバタと物音がして慌てて二人の男女が姿を現した。

57 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/01(水) 10:38:11.54 ID:12PeC/pS0


 「あれ?この前のスーパーの人じゃないっすか。何か用?」


 祥太の両親だ。だが二人の衣服は明らかに乱れた様子。
 この様子を見てすぐに察した。二人は真っ昼間から行為に及んでいたと…


 「ねえ…どうかしたの…?」


 そこへ先程冠城が外へと出した子供たちがひょっこりと姿を現した。
 さすがに子供たちの前でこんなことを咎めるわけにもいかない。
 そう判断した冠城は単に子供たちを送り届けただけだと言ってその場を後にした。
 本来なら子供たちの行為を咎めたいところだが…
 それにしてもあの夫婦は昼間から仕事もせずに何をやっているのだろうか。
 夫の治はともかくとして母親は確かパートの仕事があるはずだ。
 それなのに仕事をサボって昼間から情事に耽るとは…
 そう思うとつい苛立ちだけが募っていた。


 「…」


 そんな時、ふと周囲を見回すと一人の女性が柴田家をジロジロと眺めていた。
 一体どうしたのかと声をかけてみた。


 「失礼ですがどうしましたか?」


 「アンタこの家の人と知り合いなの?」


 「…知り合いといえばそうかもしれませんが…」


 「実は私…この家の柴田信代さんと同じ職場で働いていたんだけど…」


 どうやらこの女性、母親の信代と同僚らしい。そして冠城は意外な事実を聞かされた。
58 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/01(水) 10:39:56.38 ID:12PeC/pS0


 「…それでは柴田信代さんはパートの仕事をリストラされたのですか。」


 「そのようです。話によると職場の経営難ということですが…
実際には信代さんは手癖が悪いらしく預かった衣類から金品を盗んでいたらしいです。
それがリストラされた原因とのことでした。」


 その夜、張り込み先の柴田家で合流した冠城から右京はその一部始終を聞かされた。
 現在の柴田家で稼ぎ手だと思われた信代がリストラされていたとは…
 しかもその原因が盗みだというのだからなんとも言えない話だ。
 そうなるとこの家で収入源となる人間はかなり限られているようだ。

 
 「ところでその同僚の方はどうして柴田家を覗いていたのですか?
信代さんに非があってのリストラなのだとしたら気にすることではないと思いますよ。」


 「それが…実は信代さんがリストラされる際にその同僚の女性とどちらをリストラするのか職場で意見が分かれたそうです。
そこで同僚の人はあることを言って信代さんにリストラを促すように仕向けたんです。」


 実はこの同僚だが以前に信代がりんを連れているところを見かけたそうだ。
 それが数日前から報道されている誘拐された少女と似ていたことからなんらかの関連性があるのかと怪しんでいた。
 そのことを告げられた信代は大人しくリストラされた。
 そんな信代だが職場を去る際に同僚に対してあることを告げたらしい。
59 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/01(水) 10:40:50.81 ID:12PeC/pS0


 「殺してやる。このことを誰かに言えば殺すと信代さんはそう脅したそうです。」


 その時の信代は明らかに殺意があったらしい。そうした不安から同僚は柴田家を覗いていたようだ。
 今の話を聞く限りだと信代はリストラされても相手を殺すとまで脅してまで家族の秘密を守ろうとしたことになる。
 つまりこれはりんが北条じゅりである可能性が高い証拠だ。
だが右京がいくら考えてもその理由がわからなかった。
 りんの存在が柴田家の生活が圧迫しているのは明らかだ。
 それなのに柴田一家はりんを匿っている。一体何のために…?

60 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/01(水) 10:45:09.01 ID:12PeC/pS0


 「もう嫌だ!僕は降りますよ!」


 そこへなにやら怒り心頭の青木が姿を現した。 
 実は青木だが冠城に頼まれて今日一日ある女性を見張っていた。この家に住む亜紀だ。
 彼女が日中どんな仕事をしているのか青木に調べてもらっていた。


 「その様子だと何かあったみたいだな。」


 「ええ!ありましたとも!あの女どこに勤めていたと思いますか!JK見学店ですよ!」


 「JKって…彼女…女子高生なのか…?」


 「そんなわけないでしょ。いい歳した女がJKの格好していやらしいことをする風俗店に勤めているんですよ。」


 青木がいうには亜紀はJK見学店に所属している風俗嬢とのことだ。
 予想していなかったわけではないがよりにもよってJK見学店とは…
 近年その手の店は過激な性サービスが問題視されており警察でも摘発対象となっている。
 口にはしたくないがこれは気質の仕事ではない。
 ましてや家庭に幼い子供いるのだから悪影響を及ぼす可能性もある。
 
61 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/01(水) 10:46:06.80 ID:12PeC/pS0
 

 「ところでお前、どうしてそんなにキレてるんだ?」


 「そりゃあんな対応されたらムカついて当然でしょ!こっちはこれでも客ですよ!」


 「お客って…お前…まさか本番までやったんじゃ…」


 「そんなわけあるか!これでも僕は警察官で職務中ですよ!だから行為とか一切なく相手の様子を伺っていたんですけど…」


 一般客を装い亜紀の勤務するJK見学店を訪れた青木だがその対応は酷いものだった。
 亜紀は青木が行為に及ばないと察するに時間中にも関わらず自らの携帯を取り出してSNSに耽っていたそうだ。
 さすがの青木も客として注意したが亜紀は素っ気ない態度で聞き流していた。
 
62 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/01(水) 10:50:43.83 ID:12PeC/pS0


 「こっちはこれでもお金払ったんですよ!それをあの女はさも当然かのように素っ気ない態度で時間終了までスマホの画面眺めてましたよ!」


 「そのくらいでキレるなよ。様子がわかっただけでいいだろ。」


 「まあ僕だってあんな尻の軽そうな商売女とやるつもりは一切ありませんよ。
けど怒っているのはそれだけじゃないんですよ。これでも僕は身持ちの固い公務員ですよ。
それなのにあの女は…こっちの番が終わったと同時にあんなのと…」


 青木がイラついている原因は亜紀の態度もそうだが仕事への姿勢にも問題があった。
 前述の通り、青木の番が終わると4番という常連客らしき男が現れたらしい。
 ちなみにこの4番という常連客は発話障害の持ち主で筆談のやり取りを行っていた。
 その4番が姿を見せると亜紀はそれまでの素っ気ない態度が嘘かのように豹変した。
 まるで恋人かのようにイチャついていたとのことだ。


 「本当にあいつ仕事舐めてますよ!あのさやかちゃんは!」


 「さやかちゃん?彼女の名前は亜紀さんではないのですか。」


 「さあ?店ではさやかと名乗っていましたけど本名じゃないなら源氏名でしょ。」


 今の話を聞いて右京は昼間の出来事を思い出していた。
 初枝が訪ねた家…恐らくは亜紀の実家で見た家族写真。
 そこに写っていた亜紀の妹の名前はさやかだった。
 つまり亜紀は実の妹の名前を源氏名として使っている。
63 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/01(水) 10:51:38.50 ID:12PeC/pS0


 「まったく家族みんな歪んでいますね。」


 一連の事情を知った冠城がつい本音を呟いた。確かにその通りだ。
 ここまでの調べでこの家の誰もがろくな人間でないのは明らかだ。
 老婆の初枝は前夫の息子から慰謝料をふんだくり治は子供に万引き行為をさせている。
 妻の信代は勤務先で盗みを働き亜紀は風俗店での勤務。
 こうして挙げただけでも幼い子供を住まわせる環境に適しているとは言えない状況だ。


 「あとこの件を解決したかったらさっさとした方がいいですよ。そろそろ捜査本部も証拠固めを終えましたからね。
明後日辺りには城南金融を一斉摘発するつもりですよ。それじゃあお疲れ様でした!フン!」


 こうして青木は不機嫌な態度でその場を後にした。
 それにしても明後日には城南金融の摘発となれば同時にじゅりの両親も逮捕されてしまう。
 そうなる前に特命係はなんとかしてこの事件に決着をつけなければならなかった。
64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/01(水) 11:00:08.39 ID:12PeC/pS0


 翌日、柴田一家は家族揃って海に出かけた。前から予定していた旅行だ。
 海に着くとさっそく祥太が衣類を脱いで海へと駆け込んだ。
 治も足の包帯を取って祥太に続いた。
 二人はまだ水着も付けないで下着姿のままで海水浴を楽しんでいた。
 そんな男たちがはしゃいでる中でりんも初めての海に興奮した。
 信代と亜紀もりんの面倒を見ながらそれぞれこの海水浴を満喫していた。
 

 「まったく…能天気だねぇ…」


 浮かれる家族に対して唯一人初枝のみが悲観的だった。
 そんな初枝だがなにやら体調が悪いらしく砂浜に敷いたシートで座ったままだ。


 「いいじゃないの。こういう時はパーッと騒がないとさ。」


 「こんなの長続きしやしないよ。」


 「そんなことない。りんだって家族の一員になって血の繋がりなんて関係ないって!」


 血の繋がりなんて関係ない。そう言い聞かせるようにして信代は亜紀とりんを連れて祥太たちの元へと駆け寄った。
 家族揃って手を繋ぎながら波際で楽しく遊んでいた。


 「家族…だねぇ…」


 初枝はそんな彼らを砂浜にて眺めていた。誰もが幸せそうな笑顔でいてくれている。
 本来ならこれはどこにでも有り触れている一家団欒な光景のはず…なのに…
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