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【たぬき】小日向美穂「令和狸合戦ぽんぽこひなた 〜さらわれたPさんを追え〜」
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54 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/12/24(火) 00:06:58.78 ID:i/ShainYo
荒らしだろ
ほっとけ
55 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/01/01(水) 10:13:40.97 ID:ygi0t5eZO
あけおめ
続き待ってるよ
56 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/01/08(水) 16:46:04.65 ID:/3FpbBvM0
忙しくて書けないのだと思いますが、ずっと待ってます!
57 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/01/09(木) 23:54:48.36 ID:AjGUihUM0
◆◆◆◆
「う……う〜ん……ぽこぉ……」
「――はっ!!」
目が覚めたら、山の中。
しかも夜です。空にはまんまるお月様が浮かび、地上に影を作るほどぴかぴか光っています。
「卯月ちゃんっ! 響子ちゃん!?」
きょろきょろ見渡してみても、二人の姿はありません。
私は二人のにおいを探しながら、山の中を歩き回りました。
スマホを見てみても、位置情報は出てきません。
また攫われちゃった? まさか京都の時みたいな結界の中なんてことは……ない……とは言い切れないけど。
さわさわと風の吹く山中。森のかおりが漂っていて、なにやら故郷の鏡山を思い出しました。
58 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/01/09(木) 23:55:54.37 ID:AjGUihUM0
「――卯月ちゃーん! 響子ちゃーーんっ!!」
大声を出しながら、そこらじゅうをホテホテ歩きます。
二人のにおいは、あるようなないような……風に乗ってなつかしい香りが鼻をくすぐっては、すぐに消えちゃう。
まるで二人ともすぐそばにいるような、そうかと思えば遠くへいっちゃうような……変な感じです。
「こんなのおかしい。においを辿れば、すぐわかるはずなのに……」
と――
嗅ぎ慣れないにおいがして、何かが背後に「どすんっ!」と落ちます。
私は慌てて振り返り、ずんぐりむっくり大きな「それ」を見ました。
見上げるほど大きな、だるまでした。
59 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/01/09(木) 23:57:12.07 ID:AjGUihUM0
「…………」
………………。
「……………………」
ぴょいんっ!!
「ぽこ!?」
だるまが跳ねました。その質感はおもちみたいで、赤い体をぶよぶよもちもちさせて跳ね回ります。
その動きに合わせて――
ぼとととととんっ!!
大小さまざまなだるま達が、落ちては跳ねて私を追いかけてきました!!
「ぽ、ぽこ〜〜〜っ!?」
60 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/01/09(木) 23:58:25.96 ID:AjGUihUM0
びっくりして逃げる逃げる逃げる、だるま達は追う追う追う。
坂道を駆け下ると、夜の森がすごい速さで流れ去っていきます。
だるまは振り切れましたが、このペースってどう考えても私の足の速さじゃない……ような……?
!?
気が付けば足元はベルトコンベア。山肌に沿ったそれが私を導いて、超高速で下り坂の終わりまで導きます!
「ぽこーーーーーーーーーーっ!!?」
しゅぽーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!
終端に何故かジャンプ台があって、高く高く飛び上がる私。
目が回る中、これはまずいかも……と思った瞬間。
ぼふんっ、と私の体を受け止めるものが。
61 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/01/09(木) 23:59:23.58 ID:AjGUihUM0
助かった……? と思いながら顔を上げると、そこは野原一面を埋め尽くす座布団の海。
と思いきや、座布団ひとつひとつが飛び上がって、私をもみくちゃの座布団まんじゅうにしちゃうのです。
「わぷっ、むーっ! むむぅ! みゅーーーーっ!!」
その後も、群れをなす白い象さんの行列、足が生えた大きなサメさん、黒い肌のいなせなチキン・ジョージ、
動いて喋る変なおもち、行進を続けるホーロー看板、猫、鵺、アルパカ、ヒバゴン、南極のニンゲン……。
私はパニックになりながら、頭の隅で、この珍事の正体に勘付いていました。
どことなく、たぬきのにおいがする。
62 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/01/10(金) 00:00:02.44 ID:m4o3eiU70
これは『偽山』。
山そのものが、化けだぬきなんだ。
63 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/01/10(金) 00:01:08.95 ID:m4o3eiU70
私は京都のある伝説を思い出していました。
その名も「偽如意ヶ嶽事件」――山に化けた、一匹の大だぬきの逸話。
発端は京都に住まう天狗同士のいさかいだったと言われています。
如意ヶ嶽を根城とする大天狗と、鞍馬天狗たちの縄張り争い。あわや京都分け目の大喧嘩となるところ、大天狗に味方したたぬきが一匹。
如意ヶ嶽が欲しいかそらくれてやるぞと、呼んだ山がまさにそのたぬきの化け姿。
鞍馬天狗は山中で起こるヘンテコスチャラカあらゆる怪事件にすっかり肝を潰し、ほうほうのていで逃げ帰ったといいます。
京都どころか、全国のたぬきの中でも快挙中の快挙。天狗にとっては歴史的汚点そのものだという逸話です。
人づてたぬきづて狐づてに、紗枝ちゃんから聞いたことがあります。
64 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/01/10(金) 00:02:02.84 ID:m4o3eiU70
この山も同じとしか考えられません。
だったら、相手はとっても化け力の強いたぬき……!?
「ぽこっ!」
ポンッ!!
私はたぬき姿に戻って、野山を駆け回ります。
化かそうと迫り来る怪現象は、タネがわかってしまえば怖くありません。
今はただ、風に混じるわずかなたぬきのにおいを追っかけます……!
65 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/01/10(金) 00:03:26.43 ID:m4o3eiU70
〇
もちろん、山ひとつに化けるのなんて並大抵のことじゃありません。
私はたぬき的直感に従い、ある程度の推測をつけていました。
どんなに化け力が強いといえど、これほどの規模の偽山を形作るたぬきなんて百年に一匹いるかいないかです。
たぬき聖地の四国でだって、それは同じはず……。なにしろ、これだけの規模なんですから。
ずばりこれは――四国は久万山のたぬきたちの、合体技!
一匹でさえ化け力の強いたぬきが結託して、ひとつの大変化を成し遂げる話は過去にいくつも聞いています。
そこではどんな怪異の魑魅魍魎百鬼夜行も思いのままなんだとか。
かつて多摩ニュータウン開発期に世間を賑わせた「妖怪百鬼夜行騒動」も、力を合わせたたぬきの仕業であるというのが通説です。
66 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/01/10(金) 00:04:12.88 ID:m4o3eiU70
――だけど、そこには必ず「へそ」があります。
いわば変化における要、突かれてしまえばダメ的な弱点の部分です。
それは京都の化け狐の結界にすらありました。へそを突かれて、京都の摩訶不思議な結界屋敷は瓦解したんです。
複数の化け動物が結託した空間だからこそ、みんなの集中が集まる力点がある。私はそう学習したんです。
だって……私だって、いろんな修羅場をくぐってきたんだから!
とてとて走って、ぽこぽこ転がる。のそのそ潜り込んで、ぷにぷに切り抜ける。
もふもふたぬきの身体能力すべてをもって、たぬきのにおいが濃い方へと一心不乱にダッシュです。
67 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/01/10(金) 00:05:11.82 ID:m4o3eiU70
走り抜けるうちに、私はなんとなくこの偽山の「癖」が見えてきました。
きっと、音頭を取っているたぬきはまだ若い。私と同じか、大して変わらないくらいだと思います。
妖怪の突飛さとか地形のヘンテコさに、溢れ出るアイディアと盛り盛りのやる気が見て取れるのです。
それが突破口になりました。怪現象がわかりやすくて、隙を探しやすいのです。
これがもっと巧妙に「山」を偽装し迷わせていたら、私はすっかり化かされていたと思います。
化け力は物凄いけど、古だぬき流のズルさが無い……って、それは私も似たようなものですけど!
68 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/01/10(金) 00:05:54.33 ID:m4o3eiU70
「ぽこ……!」
ついに、それらしきものを見つけました。
山林を抜けて橋を渡り、崖を駆け下って洞窟を進み竹林を抜けた先のなんでもない地面。
落ち葉が山積したその下に、マンホールがありました。
地面にマンホールなんてありえません。あからさまです。しかも隠されてあったし。
私はそこに、そっと尻尾を乗せて……。
「ぽこっ」
こちょこちょ。
ふさふさ尻尾で、マンホールの蓋をひたすらくすぐります。
こちょこちょ、こちょこちょこちょ。ぷにふさっ、さわわ〜。もふもふ。
こちょこちょこちょ〜……!
69 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/01/10(金) 00:06:30.30 ID:m4o3eiU70
『ふぁ』
あ。
『ふぁ、ふぁ……』
どこからともなく、声がして――――
『へっぷちっ!!』
70 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/01/10(金) 00:07:00.42 ID:m4o3eiU70
ぐにゃんっ!!
崩れた……っ!
誰かがくしゃみをした瞬間、山の風景が大きく歪みました。
ひしっと地面にしがみつく私。このまま変化が解ければそこはきっと違う場所で、ばらばらになったたぬき達と対面するはずです。
勝負はそこからです。卯月ちゃんと響子ちゃん、そしてプロデューサーさんをどこに隠したか聞き出さなくちゃ……!
ポンッ!!
71 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/01/10(金) 00:07:58.07 ID:m4o3eiU70
途端に、全身が浮遊感に包まれました。
あまりにも眩しくて、視界が真っ白に塗り潰されます。
気付けば私は青空の下。さんさんと輝く冬の太陽に照らされて、たぬきが一匹、くるくる回って落下します。
「ぽ、ぽこ……っ!?」
本当は、夜ですらなかったんだ。
偽の山と、偽の空。時間さえも騙してみせる大仕掛けだなんて。
一体、どれほどのたぬき達が……
――と、私の顔に影が差しました。
見れば太陽の逆光を背負い、もうひとつの毛玉が、くるくるもふもふ宙を舞っています。
狙いは明らかに私。一直線に、落ちてきて――
72 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/01/10(金) 00:08:41.66 ID:m4o3eiU70
「ぽこーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
気合一発、たぬきの威嚇。
その鬼気迫る迫力よりも、何よりも――
――たったの、一匹!!?
あんなに大きな偽山が消失して、飛び出してきたのはたぬき一匹。
しかも私より明らかに年下の……たんぽぽみたいな、もふもふ小さな仔だぬきだったのです!
73 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/01/10(金) 00:09:42.94 ID:m4o3eiU70
「ぽこっ!!」
「ぽこぉ!?」
しゅばばっ!
仔だぬきの、鋭い肉球ぱんち! 私はそれを前脚ではっしと受けます。
「ぽこっ、ぽこぁ!」
「ぽこぽんっ!」
くるっと回って尻尾ビンタ。それも危ないところで回避。
更にずばばばばばっと後ろ脚連続肉球蹴りが繰り出され、私は防戦一方。
これは……タヌキカラテ! この子もかなりの使い手……!?
「ぽこぽこーーっ!!」
「ぽこっ、ぽこぽんっ! ぽぽんっ!」
「ぽっぽこぽーん!! ぽこぽこーっ!!」
「ぽこぉーーーーっ!!」
74 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/01/10(金) 00:10:54.59 ID:m4o3eiU70
二匹はわちゃわちゃもつれ合いながら、お池にぽちゃんと着水。
並んで岸までちゃぷちゃぷ泳いで、なんとか溺れちゃうのは避けました。
はぁ……はぁ……。せーのっ。
ポンッ!!
「あなた誰!? ど、どうしてこんなことするのっ!?」
「ぽこ〜……!」
人の姿になって疑問を投げかけます。
ぶるるんっとたぬ回転で水滴を払った仔だぬきは、警戒心たっぷりの目でじりじり後ずさります。
改めて見ても、本当に小さい子でした。辺りには他のたぬきはおろか、どんな獣も一匹もいません。
全身の毛を逆立て、仔だぬきはむぅっと気合を入れて――
ポンッ!!
75 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/01/10(金) 00:12:08.27 ID:m4o3eiU70
その姿を見た時、私は不意に、紗枝ちゃんの言葉を思い出していました。
――せや。もひとつ、伝えなあかんことがありました。
――うちがまだ京都におったころ、お父はんが言うておったことや。
――なんや珍しいことやったさかい、覚えとるんどす。京都に根を張るお父はんが、四国のたぬき事情を気にしはるなんて……。
「だんなさまを取らないでっ!」
――四国は愛媛に、どえらいもんが産まれはったてなぁ。
――そのたぬきこそ、大だぬき「隠神刑部」の血を最も濃く受け継ぐ者。
――幼くして、化け力は既に父を超えて最強。
――間違いなく、八百八狸の次期頭領と言われとります――
76 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/01/10(金) 00:13:05.84 ID:m4o3eiU70
「せんせぇは、かおるのおムコさんになるんだもんっ!!」
――姓は龍崎。名は薫。
――まだ十にも満たへん、ちぃちゃな仔だぬきやって話どす。
77 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/01/10(金) 00:14:25.53 ID:m4o3eiU70
一旦切ります。
すいません……おしごと村が炎上しておりますため、更新ペースこのくらいになりそうです。
京都編や熊本編ほどの長編にはならない予定ですので、今しばらくお待ちください。
78 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/01/10(金) 00:18:05.11 ID:g2+VB8yyo
おっつ
スレタイで予想してたが平成狸合戦ネタがチラリと
あれだけやった多摩ニュータウンも高翌齢化の波で……
79 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/01/10(金) 04:29:01.35 ID:g+tEThQTo
乙でした
事案待ったなしw
80 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/01/10(金) 06:11:19.16 ID:YkheSVYDO
人間に化けた際が9歳のペド……
でも山に化けることができるだけの才能があるならば、(歩くセクロス)薫19歳や(未婚の未亡人)薫26歳に(永遠の)薫17歳にも化けることは可能だよね?
81 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2020/01/10(金) 19:22:14.08 ID:MbQvBqoxO
……よりによって妖獣イヌガミギョウブの直系かよ……。
そりゃ京都のみならず全国の化け狐が戦慄するわけだ……。
82 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/01/15(水) 18:06:09.43 ID:JRzcDMhvO
期待
83 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/01/24(金) 17:01:46.49 ID:TIExqIVUO
保守
84 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/02/09(日) 13:49:40.76 ID:VTs5gKWz0
まだかな
85 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/02/09(日) 13:53:11.27 ID:HjcAId09o
Twitterで事故ってしばらく書けない的なこと呟いてたよ
86 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/02/09(日) 18:51:43.36 ID:VTs5gKWz0
そうなんだ……ゆっくり治して元気でいてほしい
87 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/02/09(日) 19:52:11.15 ID:qCW5b//80
びっくりしてツイッター確認しに行ったら普通にゲームで遊んでたんですが
88 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/02/09(日) 19:58:08.65 ID:OnClgoJDO
そんなもんでしょ。おいらもR板でスレ立てて放置中
89 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/02/09(日) 20:10:42.29 ID:9jKVHX9po
普通に元気じゃねえか
びっくりさせやがって
90 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/02/22(土) 15:30:10.41 ID:vm1qXfQuO
待っている以上、やっぱり何らかの報告をしてほしい。
91 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/02/22(土) 15:36:23.93 ID:PlKwQwpDO
同人誌作ってるからそれどころじゃないってさ
92 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2020/02/23(日) 09:37:32.27 ID:Es8nIoGY0
93 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/02/27(木) 01:08:00.56 ID:SQAfR/tb0
◆◆◆◆
〜前回までのあらすじ〜
四国は松山、道後温泉にライブに来た美穂たちP.C.S。
ライブは無事に終わったのだが、その夜、プロデューサーが四国のたぬきに攫われてしまう。
プロデューサーを探す三人だったが、途中でたぬきに化かされて散り散りに。
巨大な「偽山」に迷い込んだ美穂は、機転を利かせて変化を解かせ、ついにそのたぬきと対峙する。
たった一匹で山そのものに化けたたぬきは、龍崎薫。
齢九歳にして化け力最強と称される、隠神刑部の直系の少女だった。
彼女は一体、どうしてプロデューサーを「旦那様」と定めたのか。
偽山での一件から時を遡り――
94 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/02/27(木) 01:08:48.42 ID:SQAfR/tb0
◆◆◆◆
【プロデューサー】
――少し前
――温泉旅館 露天風呂
「ふぅ〜〜〜……っ」
いやぁ、いい湯だ。
広い風呂に足を伸ばして入るなんて何年ぶりだろう。
疲労回復・肩こり腰痛などに効能があるという天然温泉は、まさに極楽の湯加減だった。
少し浸かるだけにして明日に備えるつもりだったが……すっかりハマってしまって、もうお湯から出ることができない。
体中から疲れが抜けて、お湯に溶けていくかのようだ。本当に溶けてるかもしれない。
じんわりと体の芯まで温められていって、心地よい溜め息が湯気と共に夜空に投じられていく。
シャワーばっかりじゃ疲れが取れない……って紗枝が心配してたっけ。
いい機会だから、体中の垢もコリも綺麗さっぱり流してしまおう。
95 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2020/02/27(木) 01:09:53.21 ID:SQAfR/tb0
――がささっ。
「……ん?」
露天風呂の外、茂みで何かが動いた。
大きいものではないようだ。
それは徐々に近付いてきて、なんだなんだと思っていたところ、がさっ、と顔を出した。
「ぽこっ」
あ、たぬきだ。
しかも小さい。たぬきモードの美穂より更に年下っぽい、まだまだ子供って感じだ。
仔だぬきはつぶらな瞳で俺を見て、しばしぽかんとしているようだった。
「ぽこ?」
「どうも」
「ぽこ!」
びっくりされた。
その場に10センチほど跳ねて逃げようとするのを慌てて呼び止める。
「ああ、待て待て! 大丈夫、危害は加えたりしないから!」
96 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2020/02/27(木) 01:11:06.40 ID:SQAfR/tb0
………………。
…………。
……。
「ぽこ」
がさっとまた茂みから顔を出す。
おいでおいでをすると、まだちょっと警戒しているようだが、慎重に寄ってきた。
ぬいぐるみみたいな毛玉がよちよち歩み出て、前脚でお湯をちゃぷちゃぷかき混ぜる。
そして、湯加減を確かめ、とぷんと湯船に浸かった。
「ぽこ〜♪」
たぬきがぷかぷか、極楽気分で湯船に浮かぶ。
長野だかどっかの温泉地では、野生の猿が露天風呂に入りに来ることもあるらしい。
さしずめ四国はそのたぬき版といったところだろうか。最初こそビビっていたようだが、この子もさして人を恐れてはいなさそうだ。
97 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2020/02/27(木) 01:12:13.28 ID:SQAfR/tb0
「ぽこぽこ」
「そうだなぁ、いい湯だなぁ〜……」
なんて、たぬきの言ってることはわからんが。これも何かの縁だと、一人と一匹でのーんびりする。
ふと思い立って、仔だぬきに話しかけてみる。
「なあ、これ見てみ」
浮かぶたぬきに、いたずら心で両手を見せてみた。
仔だぬきは「わりと興味がある」くらいのテンションでこちらを注視する。フフフ見て驚くなよ。
「とうっ」
右手親指が取れた。
…………というのは錯覚で、そういうマジックだ。
小学生の頃とかに流行っただろう。実は俺、これがかなり得意である。
クラスではよく「めっちゃ指取れるPっちゃん」という名誉ある称号を貰ったりもしたっけフフフ……。
まあ子供だましではあるのだが。
変化できるたぬきからすれば(この子がそうなのかは知らないが)失笑モノのトリックに過ぎないだろうが、まあ軽い見せ物には……。
98 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2020/02/27(木) 01:13:28.39 ID:SQAfR/tb0
「ぽ……ぽこ…………!!!」
えっ。
「ぽこっ! ぽここーっ!! ぽこっ!?」
ガチでびっくりしていらっしゃる?
仔だぬきはぱちゃぱちゃこっちまで泳いできて、今のはなんだ何をどうしたんだと言わんばかりにぽこぽこぺちぺち肉球で叩いてくる。
俺の右手をつぶさに観察して、取れたはずの親指がくっついたことにマジで慄いている。
…………もしかしてこのトリック知らない?
99 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2020/02/27(木) 01:15:48.89 ID:SQAfR/tb0
「ぽこ!」
「じゃあ次、小指な。はいっ」
「ぽこぉ!?」
「薬指」
「ぽここーっ!!」
「中指と人差し指を同時に」
「ぽこぽーーーんっっ!!?」
た……楽しい……!!
新鮮なリアクションだ……こんなの今までに無かったぞ。
誰とは言わないがアイドルたちに見せた時の反応はだいたい「かいらしなぁ」「そっかすごいね。ラーメン食べ行かん?」「そんなコドモ騙しで喜ぶかッ」なんて雑〜なもんだったから、こうなんか、ストレートに驚いてくれるのめっちゃ嬉しいぞ。
調子に乗って余技のマジックを見せまくると、仔だぬきはぽんぽこ驚きまくって次は次はと催促するし、俺の方もどんどんノってくる。
素手でできるものをほぼ全て披露し、落ち着くころにはすっかりたぬきは尊敬のまなざしを向けてくるまでになっていた。
まるで先生と言わんばかりの……。
「よし、じゃあちょっと種明かしをしてやろう。あのな――」
100 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2020/02/27(木) 01:16:54.04 ID:SQAfR/tb0
――がららっ。
とその時、露天風呂の入り口が開く。
……ん? 別の客かな?
いや、確か今日は男性客は俺だけだったはずだが。飛び入りとか? そんな気配も無さそうだったが……。
あ。
記憶に蘇る、仲居さんの説明。
確かこの露天風呂は時間ごとに男湯と女湯が切り替わるという。
てことは気付かないうちに切り替わっちゃって、女性客が入ってきちゃった……とかか?
…………ははは、まさか。
今時そんな一昔前のラブコメみたいなこと――
「わぁ、広ーいっ!」
「本当……! お月さまもよく見えますねっ」
「美穂ちゃんっ、響子ちゃんっ、早く入ろうっ♪」
あったわ。
101 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2020/02/27(木) 01:18:01.51 ID:SQAfR/tb0
しかも三人。よりにもよって担当アイドル。
慌てて俺は岩陰に隠れる。まずい……!
そんなに広い露天風呂ではない。しかも出口はひとつだけで、ここからだとどう回り込んでも三人の視界に入る。
正直に名乗り出る? まさか! 三人が出るまで待つ? いやいや。その間ずっと隠し通せるかわからないし、第一のぼせちまう。
「ぽこ?」
「しっ! いい子だから大人しくしててくれよ……」
仔だぬきも一緒に隠れる形だ。彼(彼女?)は状況がわかっておらず、いいからさっきのトリックをもっとやれやれとつついて催促してくる。
「はぁぁ〜〜っ……気持ちいい〜♡」
「ぽこぉ〜……」
「美穂ちゃんが溶けてる!」
「とけてないよぉ〜……」
岩ひとつを隔てた向こうでは、三人娘が湯船に浸かってゆったりしている。
考えろ、考えろ。なんとかこの危機を切り抜ける一手は……。
102 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2020/02/27(木) 01:18:40.17 ID:SQAfR/tb0
「ぽこ、ぽこっ」
ぱちゃぱちゃ。
……と、仔だぬきが泳ぎだした。
向かう先はなんと、美穂たちの方向……!?
「ちょ、待っ、どこ行くんだおい……!?」
「ぽこ!」
振り返る仔だぬきの顔は、何故かとても頼もしげ。
安心しろ。
お前の超スゴいトリックは、向こうの雌たちにもちゃんと布教してやる。
…………と言っている気がしたがそれじゃマズいんだって!!
103 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2020/02/27(木) 01:19:59.87 ID:SQAfR/tb0
「ぽこ、ぽこーっ」
「だから待てって……!」
がしっ!!
と、咄嗟に伸ばした手が、たぬきの尻尾を強く掴んだ。
それがいけなかった。
「ぽ…………っっ!?」
「え!? な、なんだ……!?」
「――――ぽこぉ!!!!」
104 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2020/02/27(木) 01:20:29.98 ID:SQAfR/tb0
バシャーーーーーーーーンッ!!!
突然、たぬきの身が翻り。
ものすごい突風に晒されたかと思えば、逆巻く湯柱で上も下もわからなくなって。
結果、毛まみれで気絶する、全裸の俺が生まれたというわけである。
その後の顛末は、前回までに述べた通り。
俺は美穂たちに介抱され、深夜に目覚めたかと思えば、四国のたぬきたちに迎えに来られた。
なんでも俺を「婿」にするとのことだったが、なにがなにやら、正直わからないままで――
105 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2020/02/27(木) 01:21:45.83 ID:SQAfR/tb0
◆◆◆◆
―― 久万山 四国たぬきの村
連れられた先は、久万山というところにある村だった。
巣穴だとか森とかじゃなくて、れっきとした村里だ。
それも結構大きい。山間の一部分、国道と繋がる開かれた場所に、家や畑や各施設が過不足なく揃っている。
郵便局や診療所、コンビニや、小さいながら図書館や学校まである。
だが移動中の説明によれば、ここに暮らすのは一匹残らずたぬき。
たぬきたちが独自の村を築き、みな現代的で文化的な生活しているのだという。
中には街に職業を持つたぬきもいるのだとか。彼らは一見人間とは区別がつかず、金を稼ぎ、人間社会を回し、互いに繋がりを持って存続しているのだ。
たぬき王国たる四国ならではの村だ。ちょっと信じがたい。ヒキコモリの京都の狐たちが見たらなんと言うだろうか。
106 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2020/02/27(木) 01:23:25.84 ID:SQAfR/tb0
「――よくぞおいて下さった、婿殿。儂は本村のたぬきを率いる、龍崎玄葉と申します」
「はあ、ご丁寧にどうも……」
通されたのは、村役場近くの講堂。いわゆる体育館的な空間で、正面にはささやかな舞台がある。
中に入ると、ヒゲを生やした毛むくじゃらの大柄なおっさんが待ち受けていた。後ろには大小さまざまなたぬきがずらっと並ぶ。
「遠路はるばるお疲れでございましょう。配下の者に鯛しゃぶを用意させておりますゆえ、それで腹を満たすがよろしい」
「いえ、それはありがたいんですが」
何もかも急な話ではあるものの、相手に敵意の類はなさそうだ。
とはいえ、詳しい思惑を聞かなければどうにもしようがない。
「婿に迎える……というのは、どういうことでしょうか? 私はこの四国へ来たのも、あなたがたと出会うのも始めてです。正直、一体何が何やら……」
「ふむ、疑問に思うのもごもっとも。ここは本狸(たぬ)を呼んでご説明いたしましょう。――薫!」
薫?
龍崎氏が奥へ声をかけると、舞台にかかった緞帳の陰から、一匹のたぬきがおずおず顔を出した。
……あ!
107 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2020/02/27(木) 01:24:32.19 ID:SQAfR/tb0
あの子は、前夜に露天風呂を共にした仔だぬきだ。間違いない。
そういえばあの子の尻尾を掴んでから天地がひっくり返って、わけもわからず意識を失っていたわけだが……。
「ぽこ……」
てちてち歩み出る仔だぬきに、龍崎氏が目配せ。
すると小さな毛玉がむぅんっと気合を入れ、そうかと思えば、
ポンッ!!
「な……お、女の子……!?」
とても小柄な、小学校低学年くらいの少女がそこにいた。
ぱっちり開いたお日様色のどんぐりまなこと、ひまわりに近いオレンジがかった茶髪。
正直言ってめちゃくちゃかわいい。
これならアイドルになったって誰にも見劣りしないだろう。
そうだな、ヨネさんのところの部署はジュニアアイドルがメインだったから、彼のところに預けたりすれば……
と、いかんいかん、職業病が……。
108 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2020/02/27(木) 01:25:24.37 ID:SQAfR/tb0
「一人娘の龍崎薫です。親の欲目を差し引いても、見事なものでございましょう」
確かに、これが化け姿ならかなりのものだ。
一発で人間と寸分たがわぬ姿を取り、耳も尻尾もまったく出していない。
そもそも人に化けきること自体がなかなかの高等技術だと美穂から聞いたことがある。
彼女の年齢が見た目相応のものだとしたら、この歳で人化けを完全にマスターしていることになる。
……ん? 年齢……。
「あの。彼女は、幾つですか?」
「九つになります。たぬきの平均寿命はもっと短いものですが、我ら化けだぬきは別。人と同等かそれ以上に生きられますゆえ、人の九歳とほとんど変わりはありません」
「で、その薫さんが……」
「貴殿が夫婦となる相手にございます」
「ナンデ!?」
九歳でしょ!?
一回り以上も年下なんですけど!?
109 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2020/02/27(木) 01:26:15.11 ID:SQAfR/tb0
「う……ぁの……」
娘さん――薫ちゃんは、りんごみたいに赤い頬をぺたぺた撫でながら、伏し目がちに俺を見上げる。
はっきりとした太めの眉は、今は困ったようなハの字に下がり、どうしていいかわからないといった風だ。
本来もっともっと元気な子なのだと思うが、今は未体験の事態に戸惑いを隠せないでいるようだった。
「し、しっぽをね? しっぽを、掴まれた……から……」
「婿殿。貴殿は昨夜の露天風呂にて、薫と裸の付き合いをしたと聞きます」
「た、確かに成り行きで風呂には入りましたが……」
まさか雌だったなんて。
「まあそこまではよろしい。薫もしばしば道後の湯を楽しみに行く身。時には観光客の男衆や、地元の爺様たちと共に風呂に浸かることもあります」
ならば何故。そういえば薫ちゃんは、さっきからずっとお尻を気にしている。
「貴殿は、薫の尾を力強く鷲掴みにしたそうですな」
「そういえば……」
咄嗟に止めるためのことだった。
思えばあれが、薫ちゃんが突然爆発したきっかけではなかったか。
110 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2020/02/27(木) 01:27:00.08 ID:SQAfR/tb0
厳かに腕を組み、龍崎氏は断言する。
「たぬき界にて雄が雌の尻尾を強く掴むことは、『お前を嫁に貰う』という意味を持つのです」
「そうなの!!!???」
初耳だが!!!!????
「たぬき……特に化けだぬきにとって尻尾は妖力の核。すなわちそのたぬきの全て、ある意味で心臓や金玉よりも大切な部位にありますれば」
金玉とか言うな。
「然るにその尻尾を強く掴むということは、『お前のすべては俺のもの』『お前の最も大切なものを引き受ける』……という意味になるのですな」
「そ、そんなことが……!」
「無論、薫は当家の未来を担うたぬき。いかに幼きとて尻の守りは盤石、そう易々と余人に尾を晒すことなどあり得ぬ話です。
であれば貴殿に気を許していたか、あるいは相当に油断していたことになりましょうが……いずれにせよ、掴まれたからには百年目」
「待ってください! あれは偶然のことで、そんな意味があったなんて私はまったく……!」
111 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2020/02/27(木) 01:28:08.85 ID:SQAfR/tb0
あれこれ言い合う俺と龍崎氏を、娘の薫ちゃんは交互に見比べていた。
やがて、ぽっ、ぽぽぽっ、とその頬が赤みを増し、
「だ、だめ〜〜〜〜〜〜っ!! やっぱり恥ずかしいよぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
ぴゅーーーーーーーーっ!!
と、一目散に逃げていってしまった。
ちっちゃな歩幅でトテテテテテテテと走り去り、その背中がどんどん遠ざかっていく。
龍崎氏は敢えて止めようとはせず、まずは、と俺に向き直る。
――ざざっ!
氏をはじめ講堂のたぬき一同が、一斉に俺に頭を垂れる。
その一糸乱れぬ統率に驚嘆すると同時に、遅まきながら事の重大さを実感しつつある俺だった。
112 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2020/02/27(木) 01:28:53.59 ID:SQAfR/tb0
「改めまして――龍崎家ならびに本村のたぬき一同、貴殿を薫の婿殿として迎え入れようと」
「お断りします」
…………………。
「……貴殿を婿として当家に迎え入れようと」
「やり直すな! お断りしますって言ってるでしょ!」
「なにゆえ」
「いえ、だって彼女はまだ九歳でしょう? だいいち本人は納得してるんですか!?」
「薫が承服しているか否かは関わりのなきこと。これはたぬきの決まり事であり、忽(ゆるが)せにはできぬ掟にありますれば」
「そんなっ……じゃあ、偶然の出来事で彼女を好きでもない男とくっつけるっていうんですか!?」
「これも天命でありましょう。この世には人やたぬきの力が及ばぬ天地神明の理なるものがあります」
「だからって幼い娘の将来を勝手に決めるのか!? あんたには人の心ってもんが無いのか!?」
「たぬきなので」
「それはそうだが!!!!!」
くっ、何を言ってものれんに腕押しだ……!
重厚な雰囲気だが、どこかのらりくらりと手応えの無い感はまさにたぬきオヤジ。
113 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2020/02/27(木) 01:30:07.47 ID:SQAfR/tb0
「――それに当方とて、なにも考え無しの決定ではございません。
いかに掟といえど、どこの馬の骨とも知れぬ凡夫に娘をやる決定など致しませんとも。
まして伊予は久万山、いや四国、いや日ノ本に不世出の天稟を持つ、薫ほどのたぬきを」
さっ、と氏が合図を出した途端、恐ろしいことが起こった。
周りのたぬきが一斉に俺に殺到し、群がり、くっついて動きを封じてきたのだ。
「うわぁ!? なっ何をする!?」
くんくんくんくんくんくん。
ふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふん。
はすはすはすはすはすはすはすはすはすはすはすはすはすはすはすはす。
か、嗅がれてる!
全身余すことなく、たぬきの鼻をくっつけられて嗅ぎ回されてるゥー!!!
「フムン……ふんふんふん。くんくん、くんかくんか」
ヒゲモジャのおっさんにも嗅がれてる!!!
なんら敵意を感じないことが、かえってぞわぞわした。やだ何この空間。志希のハスハスがかわいいものだ!
114 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2020/02/27(木) 01:32:23.19 ID:SQAfR/tb0
「やはり。婿殿、貴殿はなにやら奇天烈な匂いを漂わせていなさる」
「えっ臭いっすか。昨日ちゃんと洗ったんですが……」
「温泉の芳香でも打ち消せぬ、体中に染み入った類まれなるものどもの香りが……」
スルーされた。
いや、てことは体臭じゃないんだろうが、じゃあなんだ?
「たぬき。人。ここまではよろしかろう。加えて狐、兎、ふむ……西洋の化生の気配もある。続いて鹿……否、トナカイ。
更には桑の葉……そういえば桑を神体とする東北の農耕神がおりましたな。仄かな花の香は柊。魔除け、退魔の血筋にゆかりのあるものです。
直接匂いは感じませぬが、鼻先をくすぐる冷気も尋常のものではない。雪女など久しく見たこともありませぬが、いや珍しい。
それから――とても旧い、旧く永い土と樹の匂い。およそ生き物の匂いではありませぬが、覚えがあります。
幼き頃、父に連れられて巡礼した果ても知れぬ紀伊の路。あれは確か、山伏の聖地……熊野古道と言いましたかな。あの場所の匂いと似ている。
……そして山とは真逆に、気も遠くなるような潮(うしお)の匂い。
これは果たして何者の匂いかすらもわかりませぬ。母なる海そのもののような……遥か遠き島にでも迷い込んだようです」
115 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2020/02/27(木) 01:34:21.67 ID:SQAfR/tb0
戦慄した。
嗅いだだけでここまでわかるものか。
今なお鼻をふんふんヒクつかせる配下のたぬきたちが、ぽこぽこ龍崎氏に何かを訴えている。
おそらく一匹一匹が俺を嗅ぎ、気付いたことを逐一報告しているのだ。
「総じて言えば、まるで人の匂いではない。貴殿そのものは人の身であろうが、なれば猶更、何者なのかが気にかかる」
何者かもなにも、芸能事務所のプロデューサーですが。
…………と言っても、信じてはくれないような気がする。
沈黙を保つ俺に、龍崎氏は眉ひとつ動かさずに話題をシフトした。
「時に、四国のたぬきは日本各地に間者を放っておりましてな。南は琉球、北は蝦夷と、人に紛れてあらゆるたぬきが網を張っておるのです。
殊に現代は情報化社会。絶えず流るる社会情勢やら、あるいは裏の怪異事情などを的確に掴まねば時流に乗り遅れるぞと……」
「……それが?」
「彼らから、『京の狐が敗れた』と聞き及びました」
ぎくりとした。
116 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2020/02/27(木) 01:36:23.92 ID:SQAfR/tb0
「儂らは狐を好きません。四国では弘法大師様のお導きもあり、彼奴らを一匹残らず追い出すことに成功しましたが、奴らは悪賢い。
特に京都の狐などは最悪です。悪知恵が働く上に性格がしこたま悪い。なれど、彼奴らの化け力だけは、認めざるをえません」
龍崎氏は黒々とした顎髭を撫でさすりながら、まるで見てきたように続ける。
「あの結界は我らたぬきが総出になっても真似できぬもの。まして破るなどは夢のまた夢、互いに関わりを持たずにいるべし……
と、思っていたところに、これです。
晴明公、はたまた稲生様の生まれ変わりの豪傑でも現れたかと色めき立ったものですが、事実は真逆。
配下もはっきりと掴めてはおりませぬが、少数の人間とたぬき、あとは片手で足りるばかりの物の怪どもの仕業のようだと」
下手なことは言えない。
と黙っていたのが裏目に出た。龍崎氏は、俺の顔から片時も目を離さない。
「……心当たりがおありのようですな」
やっぱりこいつ、かなりの食わせ者だ。
熊本の海老原一家、京都の小早川家と違い、敵意というものが最初から無い。
むしろ歩み寄る姿勢を見せているのが、かえってこれまでの相手と違う凄味を放っている。
117 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2020/02/27(木) 01:37:49.94 ID:SQAfR/tb0
「ご覧の通り、我が村は人間社会と深く関わりを持ちます。儂は時代の流れに従い、人とたぬきの血を混ぜ合わすもやぶさかではないと考えておりましてな。
であれば相手もまた、ただの人であってはならない。そこに現れたのが婿殿、貴殿のような奇妙奇天烈な客人(まろうど)というわけです。
薫はまだ子を成せる歳ではありませぬが、色々な意味で将来有望と確信しております。いかがですかな?」
「いかがですかったって、そんな勝手に決められても――」
「憚りながら、婿殿。事はもう『偶然のなりゆき』で修正の利かぬところにまで進んでいると自覚した方がよろしい」
返す言葉は、これまでより一段低く、厳かだった。
その圧に息を呑むと、一瞬前までの威圧感はどこへやら、龍崎氏はにっこりフレンドリーに微笑んだ。
「……まあ、急な話で戸惑うのも無理からぬ話。しばしこの村にご滞在なされませ。豊かな自然と旨い飯でも楽しみつつ、ゆるりと考えましょうや」
118 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2020/02/27(木) 01:39:03.38 ID:SQAfR/tb0
○
驚いたことに、普通〜に解放された。
何の束縛も無しに講堂を歩み出る。
よく晴れた午前の空は真っ青で、山の空気はものすごくうまい。
目の前を、農作物を積んだ軽トラがゆるゆる通り過ぎる。
小さな分校で子供達の遊ぶ声が聞こえる。
赤い郵政カブが手紙を積んで農道をのんびり走っている。
……あれらは全部、たぬきなのだ。
脱出を考えはした。だがすぐに現実的ではないことに思い当たる。
早朝からここまで相当な距離を移動した。土地勘の無い男が一人で下山できるとも思えないし、車も簡単には盗めまい。
そうだスマホは、とポケットを漁ってみたが、ご丁寧にいつの間にか没収されていた。
つまりこれは、事実上の軟禁だ。
119 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2020/02/27(木) 01:40:07.55 ID:SQAfR/tb0
「美穂……卯月、響子……」
頭に浮かぶのは彼女たちのことだった。
心配をかけていないだろうか。
せっかくライブが大成功に終わったのに、こんな形で迷惑をかけてしまった。
せめて彼女たちだけでも先に戻り、事務所に状況を伝えて欲しいのだが……。
「あの……」
と、横から声がかかる。
見ると電柱の陰から、渦中の娘さんが見ているではないか。
「君は……薫ちゃん?」
「う、うん。あの、あのね」
勇気を出して物陰から出てくる。
しゃがみ込んで目線を合わせると、薫ちゃんは意を決してこう言った。
「む、村! この村のこと、案内してあげたいなぁ」
「村の案内?」
「うん! えっと、来たばっかりでよくわかんないと思うし。かおる、村のことなら詳しいから……」
120 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2020/02/27(木) 01:41:08.38 ID:SQAfR/tb0
もじもじしている。
まるで好きな男の子に、一緒に帰ろうと言っている女子のようだ。
というかニュアンス的にはほとんど同じようなものに思えた。
……うん。
一人でうだうだ考えていたって仕方ない。
「わかった。お願いしていいかな?」
「! ほんとに!?」
ぱぁっと彼女の表情が華やぐ。
本当に太陽のような笑みだった。これが彼女の本来の顔なのだろうと、直感でわかる。
「もちろん。連れてってくれるか?」
「うんっ! じゃあねじゃあね、こっちに来て! かおるが教えてあげまーっ!!」
あげまーって。かわいいな。テンション上がった時の口癖だろうか。
小さな手が、はっしと俺の手を握る。
そうかと思えば、小さな体のどこにそんな力があるのか、小さい重機みたいな勢いでのっしのっし歩き出す薫ちゃんだった。
121 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2020/02/27(木) 01:41:49.20 ID:SQAfR/tb0
……まずは彼女と、この村のことを知らねば。
一方、美穂たち三人がたぬきのタクシーに引っかかってしまったことを、俺はこの時まだ知らないままだ。
122 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2020/02/27(木) 01:45:02.45 ID:SQAfR/tb0
一旦切ります。更新バリクソ遅れてしまい申し訳ありません。
公私ともにあれこれ作業があり、なかなか手が回らずにおりました。
過去長編ほど長くはなりませんので、これで半分過ぎたくらいです。
今後も遅めのペースになりますが、せめて少しずつでも進めていければと思います。
123 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/02/27(木) 04:12:09.23 ID:9ifpCgwd0
続き来た!乙です
やはりこずえちゃんが一番ヤバそうな感じなのか…?
124 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/02/27(木) 06:01:09.50 ID:2DRZ0paDO
同人誌作成乙
茄子とこずえと芳乃(あと千川)がいれば、大抵何とかなるのがモバ界だからなぁ
あとはクラリスにイヴとヘレンも
125 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/02/27(木) 07:11:17.45 ID:RUhog2jQo
おつ
残ってる匂い多すぎなんですがそれは
126 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/03/19(木) 12:30:03.60 ID:tbYlTNr2O
お仕事頑張ってください!待ってます
127 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/03/21(土) 22:23:20.97 ID:QbJQO6xTo
スランプかな?
今回特に難航してる気がする
128 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/03/25(水) 02:35:16.35 ID:TF8qVewy0
シンステで本買ったぞー
続き楽しみにしてる
129 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/04/17(金) 22:46:23.73 ID:6ThGbU9u0
コロナにかかって書けないとは思いたくないけど、とにかく早い再開を願うばかり
130 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/04/24(金) 23:03:31.66 ID:LfJZE5H/0
◆◆◆◆
―― 久万たぬきの村
薫「それでねそれでね、こっちが図書館! いっぱい本があるんだよ!」
P「へぇ、小さいながらもしっかりした……」
薫「あそこは学校で、向こうには畑! あとねあとね、コンビニもあるんだよ!」
P「ああ、さっき見たよ。こういうところにもあるんだな」
薫「おばーちゃんがやってて、8時に開いて7時に閉まるの!」
P「田舎によくあるやつだ……!!」
131 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/04/24(金) 23:04:30.85 ID:LfJZE5H/0
〜しばらくして〜
P「ここは公園か。少し休もうか」
薫「うんっ」
P「いい天気だなぁ……山の上だから、空気がうまいんだな。なんか心が和むよ」
P(今の状況忘れそうになるくらいには……)
薫「じー……」
P「ん?」
薫「じぃーー……っ」
P「ど、どうかした?」
薫「あのね、えと」
薫「……おなか、すいてない?」
P「腹? ああそういえば、朝からなんも食ってないなぁ……」
グゥゥ…
P「っと……はは。自覚した途端にこうだ。さっきのコンビニで何か買おうかな」
薫「あのねっ!!!」
P「うわぁびっくりした! 何!?」
薫「かおる、おにぎり作ってあるのっ! だんなさまに食べてもらおうって!」
132 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/04/24(金) 23:14:37.20 ID:LfJZE5H/0
P「おにぎり」
薫「うんっ。食べて……くれる?」オズオズ
P「そっか……それは嬉しいな。ありがたくいただくよ」
薫「! えへへっ、待っててね! 今出すからっ」ゴソゴソ
P(龍崎薫ちゃん……上の思惑はともかくとして、この子はすごくいい子だ)
P(不可抗力とはいえ、この子を嫁に貰うとは、俺もとんでもないことをしてしまったな……)
P(なんとか誤解を解かなければ……)
薫「はい、どーぞ!」
P「お、ありがデカァァァァいッ!!?」
薫「え? そうかなぁ」
P「すごいデカい! メロンくらいある!」
薫「でも、おとうさんはいつも五つくらい食べてるよ?」
P「すげーなお父さん!?」
薫「男のひとは、たくさん食べなきゃいけませんっ。はいっ、めしあがれーっ♪」
P「う、うむ……これは激しい戦いになりそうだ」
133 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/04/24(金) 23:22:04.21 ID:LfJZE5H/0
P「おっ、うまい……!」
薫「ほんと!?」
P「うん、うまいよこれは。具にたどり着くまで、結構遠いけど……」モグモグ
P「からあげに卵焼き、昆布におかか……バクダンおにぎりってやつだな。これは、具も君が?」
薫「うんっ! おかあさんに教えてもらったのっ!」ブンブン
P(尻尾出てるのかわいいな)
P「あ、お茶もらえる?」
薫「はい、どーぞっ」パタパタ
P「ありがとう」
P「……ふうっ、ごちそうさまでした。腹いっぱいだ」
薫「おそまつさまでしたっ」
P「うまかったよ。何かお返ししたいところだけど……なんも無いな」
薫「おかえし……」
薫「じゃあ、お話が聞きたいな」
P「話?」
薫「だんなさまのこと。ねえ、東京から来たんだよね? おしごと? 何のおしごとしてるの?」
P「俺の仕事は、アイドルのプロデューサーだよ」
薫「ぷろでゅーさー? アイドルって……テレビで見るやつ?」
P「そう、そのアイドル。歌ったり踊ったり、ドラマや色んな番組に出たりするんだ。そうだな……高垣楓って知ってる?」
薫「! 知ってるー! 歌がじょうずなおねえさん!」
P「彼女もうちのアイドルなんだ。他にも、たとえば……」
134 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/04/24(金) 23:38:28.44 ID:LfJZE5H/0
………………
…………
……
薫「わぁ〜〜……! それ、ほんとなの!?」
P「本当だとも。最近の大きな仕事だと、ドームでライブやったり……ここにもステージの仕事で来たんだ」
P(美穂、卯月、響子……今ごろどうしているだろう。余計な心配をかけていなければいいが……)
薫「すごいすごいっ。アイドルって楽しそう! だんなさまが、みんなに色んなこと教えてあげてるんだね!」
P「いやいや、ほんの少し手伝いをしてるだけだよ。むしろ、俺が教えられることだって多いくらいで」
薫「んーん。かおる、わかるよ。みんな、だんなさまのこと大好きだって! そんなにおいがするの!」
P「におい?」
薫「ぽかぽかした、おひさまみたいなにおい。なかよしなんだなって、わかるの!」
P「そうか……みんなもそう思ってくれてたら嬉しいな」
薫「なんか、だんなさまって先生みたい。あのね、学校では人間のことばとか、化けかたとか、いろんな先生が教えてくれるんだよっ」
P「ははは。本職の人に比べればまだまだだけど、ある意味近いのかもな」
薫「うんっ。ねえ、『せんせぇ』って呼んでもいい?」
135 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/04/24(金) 23:39:07.90 ID:LfJZE5H/0
P「せ、先生?」
薫「だめ……?」
P「いや、そりゃ構わないけど……」
P(旦那様っていうのも、なんかくすぐったいしな)
薫「やったぁ! これからもよろしくねっ、せんせぇ!」
薫「あ、でも、かおるとケッコンするんだから、プロデューサーはもうしないのかなぁ……?」
P「…………」
P「薫ちゃん。そのことなんだけど……」
薫「ごめんね」
P「え……」
薫「かおる、ほんとはわかってたんだ。せんせぇがかおるのしっぽ掴んだの、わざとじゃないって」
薫「でも、きまりだから。おとうさんもそうしなさいって。せんせぇは、ここのたぬきじゃないのに……」
薫「だから……」
136 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/04/24(金) 23:45:55.54 ID:LfJZE5H/0
P「…………」ワシャワシャ
薫「わわっ。せ、せんせぇ?」
P「薫ちゃんは何も悪くないよ」
薫「そ、そうかな……」
P「悪いとしたら俺の方だ。ここのしきたりを知らないのに、無作法なことしちまった」
P「だから、俺からきっちり話をつけて解決するよ。何の心配もしなくていい」
薫「…………」
P「結婚がどうとかなんて早すぎるだろ? 君には、これから色んなことがあるんだから」
P「今のうちから将来を決めてしまわないで、自由に育って。嬉しいこととか、悲しいこともたくさん経験して」
P「そうして、ちゃんと自分の心で好きになった人と、幸せに一緒になる。結婚ってそういうものだと思う」
P(…………なんて)
P(多感な時期の女の子にアイドルやらせてる男が言うのも、説得力ゼロかよって話だが)
P(この子はアイドルじゃないし、まして自分で望んだわけでもない。こんなことで人生狂わすわけにもいかない)
P「それに、薫ちゃんは俺にはもったいないよ」
P「かわいいし明るいし、おまけに料理がこんなにうまい。もっと素敵な、ふさわしい相手がいるさ。間違いない」
137 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/04/24(金) 23:51:13.78 ID:LfJZE5H/0
薫「………………」ポケー
P「ん? 薫ちゃん?」
薫「んーん。かおる、やっぱりせんせぇとケッコンする」
P「んん!?」
薫「おかあさんが言ってた。ケッコンするなら、どきどきできるトノガタにしなさいって……!」キラキラ
薫「かおる、いますっごくどきどきしてる! こんなの初めて! ね、せんせぇ、ケッコンしよ! しよしよ!」
P「ちょっと待……!」
――――ヒュンッ
P「わぷっ!? ……な、なんだ!? 葉っぱが顔に!?」
薫「…………!!」
138 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/04/24(金) 23:52:06.54 ID:LfJZE5H/0
ヒョイ マジマジ…
P「……薫ちゃん?」
薫「まちの方から……この色のはっぱ……こんなにはやく……」
薫「数は――うん。……うん。そっか……うん。タクシーのおじちゃんが……」
薫「……わるいヤツが来たんだ」
P「悪い奴……!? ちょっと待ってくれ、どういうことだ!?」
薫「だいじょうぶ! せんせぇのことは、かおるが守るから! ――ここで、待っててっ!!」
ピューーーーーーッ!!
P「薫ちゃっ……速ッ!? 時速何キロあんの!?」
P「くそっ、追わなきゃ……!」
P(もしかしたら、美穂たちかもしれない……!)
139 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/04/24(金) 23:53:14.05 ID:LfJZE5H/0
◆◆◆◆
「はぁ、はぁ、はぁ……」
辿り着いた先は、村はずれの原っぱだった。
山の中にぽっかり開いた、木が一本も無い草原。ちょっとした池があるくらいで、抜けるような青空が広がるばかりの場所――
その真ん中に、薫ちゃんがぽつんと立っていた。
「薫ちゃ……!」
息を呑んだ。
彼女の背にみなぎる気迫は、これまでのかわいらしい少女のそれではなかった。
今まで見たこともない――
熊本のたぬきの群れとも違う――
京都の狐の結界とも趣を異にする――
140 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/04/24(金) 23:54:38.53 ID:LfJZE5H/0
信じられないほど深い、9歳の少女が出すものとはまるで思えない、生半可な妖怪変化が束になっても敵わない圧倒的な「怪異」の気配。
凡人にもわかる、常識や日常などまったく及びもつかない、想像さえもできないもの。
俺がこれまで見た――楓さん、芳乃、茄子さん、こずえ、紗枝、智絵里、アーニャ、まゆ――
みんなとも、こと「力強さ」という点において、隔絶とすら言えるほどの違いがあって。
ぶわっ!!
風が巻き上がる。薫ちゃんを中心に渦を巻き、葉っぱを乗せて、目に見える螺旋を描いて天へと投じられていく。
奇妙なのは、中心に立つ彼女は、一切風にあおられていないことだ。
髪の毛一本、服のシワひとつ、何の影響も受けていない。成人男性の俺すら立っていられない風が集まる中――
彼女に何の影響も無いということは、すなわち薫ちゃんが「台風の目」になっていることに相違ない。
141 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/04/24(金) 23:56:07.95 ID:LfJZE5H/0
「ん〜〜〜〜〜〜〜……っ!」
寒気を巻き上げる巨大な渦の中で、薫ちゃんは念じる。頭に耳が、お尻に尻尾がぴょこんと生えている。
その毛が、まるで敵を威嚇するように膨れ上がり――
「むぅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ……!!」
ポ ン ッ ! !
――――そして、「山」が生まれた。
142 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/04/24(金) 23:58:01.24 ID:LfJZE5H/0
◆◆◆◆
―― 偽山
「い……一体、どうなってるんだ……?」
起きたことをそのまま言うならば。
真昼の草原だと思っていたのが、突如真夜中の緑深い山中になった。
何を言っているかわからねーと思うが、俺にもさっぱりわからない。
催眠術とか超スピードとか、そんなチャチなもんじゃ断じてなくて……これは、たぬきの化け術だ。
理由はわかってるが、それでもやっぱり信じられない。
だって、山ひとつだぞ? 空さえも夜にしてる。こんなものが、たった一匹のたぬきにできるのか?
化け術についてはある程度知っているつもりだが、俺がこれまで見てきたものとはあまりにもレベルが違いすぎる。
四国どころか、日本でも最高クラスの天才……父親はそう言っていた。確かにこれが薫ちゃん一人の仕業なら、桁が違うとしか言いようがない。
143 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/04/24(金) 23:59:20.49 ID:LfJZE5H/0
でも本人は、人懐っこくて優しい女の子だ。
そんな薫ちゃんが敵意を露わにするほどの相手とすれば……。
外部からやってきて、龍崎家の祝言を阻止しようとする相手。
この状況で、それが誰なのかというと……考えるまでもない。
美穂、卯月、響子。
優しい子たちだ。俺を心配して、探しに来てくれたのかもしれない。
あの三人が巻き込まれていたとなれば、なんとしてでも保護しなくては……!!
「ん……!?」
途端に、目の前の地形が大きく揺らいだ。
地面は地面ではない。薫ちゃんが生み出した、幻術の山なのだ。
それが化け主の意思に呼応し、まるで誰かを迎撃するように激しく蠕動し――
ぐわんっ!!!
144 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/04/25(土) 00:00:13.98 ID:9Di3eWDa0
○
「――はぁ〜……くっそ……」
次に目が覚めれば、景色が激変していた。
さっきまでは上り坂を歩いていたはずが、今は崖っぷち。どこがどこだか。空の月がくっきり地上を照らしている。
けど、俺もこの偽山に巻き込まれたことはかえって好都合だ。
美穂たちもここにいるのなら、会わなければ何も始まらない。
俺は、歩いて……
歩いて……………………
歩いて…………………………
歩いて……………………………………
「…………一ッッッ向に、どこにも着かねぇ!!?」
145 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/04/25(土) 00:02:56.86 ID:9Di3eWDa0
たぶん当たり前である。
凡人が、たぬきの化けた偽山を攻略できるわけがないのだ。
ただただ、ひたすら何も無い山道を歩いて歩いて、迷って、迷って迷って……。
砂漠を進んでいるにも等しい。
なんか昔、似たような状況に陥らなかったっけ? ひたすら無限の桜吹雪が吹き荒れる世界。あれもヤバかったな。って懐かしんでる場合じゃないが。
とにかく進むしかない。俺も化かされているのなら、化かされ上等。
同じ状況に陥っている誰かを、見つけることさえできれば……。
「――た、助けてください〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
!!!
146 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/04/25(土) 00:04:24.76 ID:9Di3eWDa0
○
声のする方へ、ひたすら走って走って走りまくった。
他の一切には目もくれなかった。
波打つ木々とか、渦を巻く草原とか、象とかチキンジョージとか、なんかよくわからんあらゆるものを全部駆け抜けて、全身全霊で急いだ。
助けを求めるその声に、聞き覚えがあった。
間違えるものか。声の主は、間違いなく――
「卯月!!」
果たして、卯月は本当にいた。
背が高い木の上にしがみついて、ひんひん泣きながら、叫ぶ。
「わ、私っ、食べてもおいしくないですよぉ〜〜〜〜っ!!」
147 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/04/25(土) 00:05:32.98 ID:9Di3eWDa0
見れば木の根元に、やっぱりなんかよくわからんものがうごうごしている。
妖怪、というか。クレヨンで描いたみたいなアバウトでカラフルなバケモノたちが、うおーがおーこわいぞーたべるぞーと卯月を全力で威嚇している。
それに卯月は本気で怯えて、べしょべしょ泣きながら命乞いしている。
……いやまあ、怖いのはわかる。
こんなよくわからん状況で、妙ちくりんな作画の妖怪に襲いかかられたら誰だってビビる。俺だってビビる。
幸いなのは、俺にはこの源が誰なのかわかっていることだ。
あれらの妖怪は、薫ちゃんの化け力によって生み出されたもの。ならば……。
――ザッ!
「卯月、大丈夫だ! もう少しそこで耐えててくれ!」
「えっ……えっ!? ぷ、プロデューサーさんっ!?」
一歩踏み出し、ネクタイをゆるめる。
根本が薫ちゃんなら、この『技』も通用するはず……ッッ。
148 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/04/25(土) 00:06:56.67 ID:9Di3eWDa0
「これを見ろ!」
妖怪たちが、こっちに意識を取られる。
「指が……!!」
構える……!!
「取れた!!!」
『!!!!!?????』
ポポポポポポポンッ!!!!
驚愕の表情を最後に、妖怪たちが消えてなくなる。
やはり……!!
化け合戦は、タネはどうあれ「ビビらせたもの勝ち」……。
こうしたトリックであっても、薫ちゃん自身がタネを知らないのであれば、ガチビビリから少しでも変化を打ち消せる……はず!
……いや、こんなんでいいのかとは自分でもちょっと思うが……!!!!
149 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/04/25(土) 00:08:13.83 ID:9Di3eWDa0
「卯月! 俺だ!」
「ぷ、ぷろっ、ぷろでゅ、プロデューサーさぁん……!!」
「俺は問題ない! ほら、地上はもう大丈夫だ! 降りてきていいぞ!」
「で、でも、ゆびっ、指が取れちゃって……!!」
「卯月このトリック知らないの!!!??」
……そこから、ちょっと「指が取れちゃったテク」の説明を挟み。
なんとか無事らしいと理解してもらって、もぞもぞ木から降りようとすること数分、
ドシーーーーンッ!!!
「グワーーッ豊満な尻!!!」
「ああぁっ!? ご、ごめんなさいぃ!!」
……ご褒美、もといトラブルがあったのは置いといてだ。
150 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2020/04/25(土) 00:09:46.28 ID:9Di3eWDa0
話を聞くに、卯月は目覚めたら一人だったらしい。
美穂と響子がどこにいるかは、見当もつかないと……。
「よし。じゃあ、探すか……!」
「は……はい! 島村卯月、がんばりますっ!!」
きっと今にも、美穂と響子も戦っているはずだ。
すぐに合流して、みんな敵ではないと薫ちゃんに説明しなくては……!!
151 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2020/04/25(土) 00:13:09.08 ID:9Di3eWDa0
一旦切ります。
美穂の誕生日に始めた話が、卯月の誕生日まで終わってないとかなんなの……
体調は一切問題ないのですが、おしごと村がヤバすぎて諸々滞っておりました。
お待たせしてしまい、誠に申し訳ありません。
島村卯月さん、誕生日おめでとうございます……(過ぎてるけど……)
152 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/04/25(土) 00:37:17.83 ID:+5Dse3YDO
同人誌のショップ委託マダー?
でなく、乙型海防艦
153 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/04/25(土) 00:40:38.18 ID:mKDIXByy0
更新乙です
身体に気をつけて頑張ってください
次は8月10日かな?(悲観的
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