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小日向美穂「グッバイ、ネヴァーランド」
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1 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 00:14:06.27 ID:nY0iWbpOO
小日向美穂さん、誕生日おめでとうございます。
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1576422846
2 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 00:15:13.81 ID:nY0iWbpOO
「いーやっふー!」
「きゃー!」
「きゃっふー! あはは! 楽しい!」
カモメがキューキューと鳴きながら空を飛び、心地よい潮騒を裂くようにジェットスキーが爆音を鳴らし航跡波を引く。邪智暴虐の王様が如く無茶苦茶な運転だけど咎めるものは誰もいない。
「あー、最高! って美穂大丈夫? 目が回っているけど」
「だ、大丈夫だよ……響子ちゃんで絶叫マシンは慣れているから……」
満足するまで海の上のツーリングを楽しんだ加蓮とは対照的にタンデムしていた美穂は頭の上にカモメとひよこがキューキューピヨピヨと飛んでいるようだ。
「おーい、美穂ー」
「プロデューサーさぁん……フラフラします……でもあまり見ないでください……水着はやっぱり恥ずかしいです」
「あ、すんません」
カメラもないし何回も水着を着ているのに未だに慣れそうにないみたいだ。そういうところが実に彼女らしい。
3 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 00:16:10.53 ID:nY0iWbpOO
「ぷはぁ! 大和亜季、ただいま帰還しました!」
「わっ! 亜季さんすごっ、また大物取ってるじゃん」
「アッハッハ! これで無人島サバイバル企画が来てもバッチリでありますな!」
ブクブクと水面から泡ができたと思えば今度は亜希がモリを片手に浮かび上がってきた。鋭いモリの先には美穂の顔よりも真っ赤な真鯛が刺さっている。どんどん海の女としてのスキルが上がっていっているな、そのうちシーラカンスも仕留めて来るんじゃないか。
「スイカが冷えました! みんなでスイカ割りしましょう!」
やや小麦色に日焼けした卯月が先ほどまで海で冷やしていたスイカを抱えて持ってくる。お化けという単語が頭につきそうなほど大きく、遠くから見ればかぼちゃと間違えそうだ。
「やや右であります!」
「いやっ、ちょっと行き過ぎたかな?」
「そのまままっすぐですっ」
「ここですね……。えいっ!」
ぴにゃこら太アイマスクで視界を奪われた肇が勢いよくバットを振り下ろす。見事パカっと割れたスイカの中から元気な赤ちゃんが……なんてことはないけども、赤々とした果肉と星のように散りばめられた黒い種のコントラストが食欲をそそる。
4 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 00:17:06.28 ID:nY0iWbpOO
「あ、食べてもスイカの皮は捨てないでくださいね! 胡麻和えにしたら結構美味しいんですよ。晩ご飯のおかずに使いますよ!」
「へぇ、そうなんだね。さすが響子ちゃん」
「せっかくですし、写真撮りませんか?」
「わっ! 真鯛が息を吹き返したであります!」
「きゃあ!」
やいのやいのとスイカを食べながら藍子のカメラでパシャリ。毎日撮っている写真はこれで20枚目くらいだろうか。一
昨日はみんなで雪だるま大会を開いて、昨日は梅の花の下で写真を撮った。明日は何があるのかは分からないけど、言えることは1つ。全てがでたらめな小さなこの世界においては、過去から未来へと流れる時間なんてハナっから存在しない。
そもそも1秒1分1時間1日と細かく均等に刻まれた時間なんてものは、俺たち人間が勝手に決めつけたものなんじゃないかとすら思ってしまう。だとすれば、そいつはいい加減なものだ。なんせ人間それ自体がいい加減ででたらめな存在なんだから。我ながら不釣り合いなまでに哲学的なセリフが浮かんできて自嘲気味に笑ってしまう。
カレンダーを何回めくろうとも12月15日が続き、目が醒めればまた新しい12月15日が始まる。増えていく写真には気まぐれなほどに色とりどりの季節と俺たち。そんな異常事態でも何一つ不満すら抱かないようなネヴァーランド。俺たちは今、そこに囚われていた。
5 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 00:18:36.18 ID:nY0iWbpOO
「12月15日、朝のニュースです。世界レベルのアイドルヘレンさんが今日未明アトランティスを発見し」
いつものようにコーヒーを飲みながら朝のニュースを見る。存在自体が神話レベルであった超古代文明アトランティスの存在を証明する遺跡を見つけた! とヘレンさんがインタビューを受けている。最近あの人見ないなとは思っていたが、まさかアトランティスを発見していたとは。文字通り歴史に名を刻むとは流石だ。
「しまった、帰りに卵買わなきゃいけないな」
エッグトーストでも作ろうかと思って冷蔵庫を開けると卵が品切れ中だということに気づく。仕方がないから普通にパンを焼いてマーガリンを塗る。
「おはようございますっ」
「やあ、おはよう悠貴。今日も早いね」
朝食を済ませて会社に向かおうと家を出て少し歩くと、このあたりをランニングコースにしているらしい悠貴と鉢合わせる。吐く息は白く雪が降りそうなほど寒い空の下、既に結構な距離を走ってきたらしい悠貴の身体は湯気が出ているようにも見えた。
6 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 00:19:20.14 ID:nY0iWbpOO
「毎日の日課ですからっ。あ、でも今日は私だけじゃないんですよ?」
「ん?」
悠貴は後ろを振り向く。少し遅れてやや眠そうに走ってくる美穂がやってきた。
「美穂、おはよう」
「おはようございます……プロデューサーさ……プロデューサーさん!?」
「やっ」
バッチリ目が覚めたらしい。しかしそんなに驚かれると少し凹むな。
「な、なんでプロデューサーさんがいるんですか!?」
「なんでって家この辺だしね」
むしろ美穂がここにいる事がびっくりだ。事務所の寮はここから二駅離れた場所にあるけど走って気軽に来れる場所ではない。
「逆に美穂がなんでここに?」
「えっと、昨日悠貴ちゃんのおうちにお泊まりしたんです」
「はいっ。いつもは私の方が美穂さんのお部屋に泊まるんですけど、今回は逆なんですっ」
「へぇ」
美穂と悠貴はソラーナ・チーカというユニットを組んでいて2人の波長が合うこともあってか姉妹のように仲が良い姿がファンにも好評だ。ピンクチェックスクールやMasque:Radeとは違った一面を見せて、結成して一年も経っていないのに早くも2人のオリジナル曲を待ち望まれている。
「こうやってみると、本当に姉妹みたいだね」
「身長なら私が妹になっちゃいますけどね」
まぁ世界一有名な配管工兄弟も緑の弟の方が身長高いし変な話じゃない。
「じゃあ私たちは行きますねっ」
走り出した2人を見送り時計を見る。まだ少し時間に余裕があるけど早めに会社に着く分には悪い話じゃない。俺も悠貴見習って走って会社に行くべきかなと電車に揺られながら考えるのだった。
7 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 00:20:33.52 ID:nY0iWbpOO
「はい、そこまで! 各自明日に向けて無理する事がないように!」
「ふぅ……」
「はい、お疲れ様」
「ありがとうございます、プロデューサーさん」
本番前日ということもあってかレッスンは短めだったが朝のジョギング疲れからか美穂はややぐったり気味だ。スポーツドリンクを渡すとゴクゴクと喉を鳴らして飲む。
「プロデューサーさんから見て、私たちどうでしょうか?」
「どうでしょう、というと? ライブうまく行きそうかってこと?」
「はい。その、やっぱりまだ緊張しちゃうんです。明日が本番だって思うと。もう18歳になるっていうのに」
8 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 00:21:35.63 ID:nY0iWbpOO
18歳までのカウントダウンが残り12時間を切った彼女は少し不安そうに答える。小日向美穂という女の子の最大の個性ははにかみ屋というところだ。
恥ずかしがり屋で緊張しいだけど、かといって内気な女の子かと聞かれるとそんなことはない。むしろ熊本の女は強い、という自己暗示にも似た矜持を持っているくらいだ。
「今の君は緊張すらも楽しめる。違うかな?」
その言葉に偽りはない。ドキドキして爆発しちゃいそうな心臓の鼓動すら、彼女を高まらせるビート。いつの間にか緊張すらもスパイスにしていたのだ。だから弱点なんかじゃない、美穂にとっての立派な個性だ。
「17歳から18歳になっても、見える世界はすぐに変わらないよ。なんせ、今と未来は過去の積み重ねだからね」
我ながら良いことを言った気がする。なんて言っちゃうと台無しだけどこれは学校の先生の受け売りだ。授業内容はほぼ覚えてないのにこの言葉は妙に記憶に残っていた。
9 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 00:22:51.37 ID:nY0iWbpOO
「昨日まで、ううん。ほんの少し前までの美穂を信じてあげて。そうすれば自信が生まれないかな?」
「はい、なんだか気持ちが楽になった気がします。そうですよね、これまでの私を信じてあげなきゃですもんね」
「それは良かった」
「ありがとうございます、プロデューサーさん。これまでも、これからも。改めてよろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ」
美穂のモチベーションは高まっているように見えた。ありがとう、数学の高橋先生。関数は役に立たなかったけど貴方の言葉がアイドルの心を救いました。
「ところで、プロデューサーさんはどんな18歳だったんですか?」
「え? 俺?」
「ちょっと気になっちゃって」
思いもよらぬカウンターに少し驚く。そういや自分の青春時代の話あんましたことなかったな。
「美穂が期待してるほどの18歳じゃなかったぞ? 進路なんてまともに決まってなかったし、ただ何となく……昔からアメリカに憧れがあったから英文学科に入って、今に至る」
いつか見たハリウッド映画のスターと一緒に仕事がしたい! なんてふんわりと思ってたくらいで、明確なビジョンなんてものはなかった。だから入った英文学科は自分が思っていたものと違っていて苦労したものだ。最後の方は遊び呆けて卒業も怪しかったし。この仕事だってバイト中に社長の気まぐれでスカウトされたようなものだ。英文学科ほぼ関係ないよな、うん。
10 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 00:23:56.50 ID:nY0iWbpOO
「私は……ちょっとだけ、期待していることがあるんです」
「うん?」
「昔の話なんですけどね。おばあちゃんの家に遊びにいった時、話してもらったんです。18歳になったおばあちゃんが体験した、不思議なお話ーー。その物語には少し年上の男の人と女の人が出てくるんですけど……摩訶不思議で愉快なお話だってんです。だから私にも、不思議な出来事が起きないかなって。ちょっぴり、期待してます」
今でも美穂は寝る前にファンタジー小説なんかを読むことがあるらしい。それはもしかしたら、幼少期のおばあちゃんの話を聞いた影響なのかもな。
「っと、そろそろいかなきゃだな。じゃあ美穂、俺は加蓮を迎えにいくよ」
「はい。ありがとうございました」
レッスンルームを出てその足でアクセルを踏んで撮影スタジオまで向かう。クリスマスまで10日を切った街はあちらもこちらも浮かれ切っており道頓堀に投げられたあのおじさんもサンタ衣装。夜になれば並木通りにはイルミネーションの色とりどりの光が非日常を演出する。サンタクロースの正体を知って10年以上経ってるのにこの時期が訪れると無条件に楽しい気持ちになってくる。もしかしたらまだ、内心サンタさんがプレゼントくれることを願ってるのかな。
11 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 00:24:35.87 ID:nY0iWbpOO
「うー、寒い」
「今日は今年一番の寒さって言われてるしな。よくジョギングしたもんだ」
スタジオから出た加蓮はさっきから寒い寒いと同じワードを繰り返している。寒いと言っても暖かくなるわけでも夏が来るわけでもないので手のひらサイズの幸せをお裾分けしてやる。
「へぇ、気が効くね」
「気配りができて当たり前の業界で揉まれたもんで」
別に振らなくても大丈夫なのだけど加蓮は渡したカイロをシャカシャカと振っては揉み続けている。
「そうそう。先輩だけどようやく熱が下がったらしいから明後日には復帰できそうだって」
もともと俺は加蓮の担当ではなく、先輩プロデューサーが面倒を見ている子だ。この業界で生き抜くためのノウハウは全て先輩から叩き込まれたもので、面倒見の良い性格というのもあって俺は親しくさせてもらっていた。自然と先輩の担当アイドルとも交流は増え、特にこの北条加蓮は俺が担当している美穂と同じユニットを組んだこともあるのでそれなりに仲が良い。
「私がいうのもなんだけど結構熱が長引いたね」
「無理を言わないの。今年のインフルはタチが悪いらしいし先輩の場合正直過労気味だったから余計ね。残されたみんなからしたら良い迷惑だったかもだけど、2週間くらい休めてよかったと思うよ?」
12 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 00:25:26.98 ID:nY0iWbpOO
インフルエンザと言っても1週間あれば熱は下がるだろうが、先輩は相当うなされていたらしく丸々2週間熱が下がらず寝込んでいたそうだ。当然その間事務所に来ることはできないし、年末年始の撮影も控えているアイドルに移そうものなら洒落にならないことになる。その間彼が担当していたアイドルを同僚のみんなで分担して面倒見ることになっていた。俺が加蓮の送り迎えをしているのもそういう事情があったのだ。
「それより明日だよ? 美穂へのプレゼント、決めた?」
「あー、まぁ、うん」
「わかりやすいリアクションありがとう」
ジトーっと呆れたような目でこちらを見ている。返す言葉もありません。
「美穂の方は手作りのケーキくれたのにね」
「うぐっ」
俺の誕生日の為に美穂はわざわざケーキを作ってくれた。お菓子作りの得意なアイドルのみんなに手伝ってもらったとは言っていたけど、彼女の真心がこもったケーキは今まで食べて来たどんな食べ物よりも美味しく甘かった。俺もお返しをしないとな、と考えてはいたのだけど仕事の忙しさにかまけたり年頃の女の子へのプレゼントに頭を抱えたりしているうちに気付けば誕生日まで24時間を切っていた。
「加蓮さんや、この後暇だったよね」
「言っとくけど私は美穂ならなんでも喜ぶよーとか言わないからね?」
「恩にきります。あとでポテト奢るよ」
「私イコールポテトって方程式それはそれで気になるんだけどなあ」
とか言いながらも加蓮はおもちゃを見つけたみたいにキラキラしてる。こりゃあ一筋縄じゃいかなさそうだ。
13 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 00:27:13.22 ID:nY0iWbpOO
「なぁ加蓮?」
「んー?」
「これ、違うんじゃないか?」
鼻歌まじりに軽やかなステップを踏む加蓮は右に左にクリスマスムード全開のショップを行き来しては買い物に興じる。最初は美穂のために探そうって名目だったのにクリスマスセールの甘い謳い文句に釣られては財布が緩くなっているらしい。
とはいえそれは加蓮に限った事じゃない。モールには多くのお客さんがいて、中にはトナカイのツノを生やしたカップルもいる。ハロウィンと間違えてるんじゃないかと思ったけど、どこかのショップで買い物をしたらトナカイの帽子が貰えるみたいだ。恥ずかしげもなく被るカップルもこの空気に当てられておかしなテンションになっているのだろう。
「クリスマスまでに別れなきゃ良いけどね。真っ赤なお恥のトナカイさん……」
「そういうこと言わないの」
俺よりもきついこと考えてるなこの子!!
「それとも私たちもトナカイになる?」
真っ赤なお恥を受け入れろとのたまうのか。
14 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 00:28:03.44 ID:nY0iWbpOO
「それともの使い方を間違えてるぞ。それはそうと聞きたいのだけど、なんで俺が荷物持ちしてるの?」
一方で俺の両手には彼女の買った買い物袋が増えてゆく。その姿はクリスマス前にプレゼントをかき集めるサンタクロースにも見えただろう。いや、むしろ忖度苦労すというべきか。美穂の誕生日プレゼントを買いに来たはずなのにあれれおかしいぞぉ。ひょっとしたらこの子先輩にも荷物持ちさせてるのか。周囲の視線がやや気になるが帽子と眼鏡とマスクで変装している加蓮には気付いていないようだ。目元と口元を隠せば案外隠し通せるものだったりする。
「仕方ないよ、私マイクより重いもの持てないから」
「はいはい、よく言いますよ……ん?」
ふと目線を横にやるとファンシーショップの中、恋人のように肩を寄せ合うクマのぬいぐるみと目があった。2匹とも仲の良さをアピールするみたいにハートの小物を持っている。
「加蓮さん加蓮さん、あれなんかプレゼントにどうですか」
「コックリさんみたいに言わないでよ。でもクマのぬいぐるみかぁ。美穂好きだもんね。でもプロデューサーさんとあのクマ言うほど似てるかな?」
加蓮的にも評価は悪くなさそうだ。ファンシーショップだなんて柄じゃないけど近くでみないとわからない。ちょっとした異世界に入ると先程のクマさんたちが持っていたハートの小物はちょっとしたケースになっていてアクセサリーや鍵なんかを入れるのに良いかもしれないな。
「グッドチョイスなんじゃない? 私が美穂なら喜ぶよ?」
「じゃあこれにするか」
「プロデューサーさんと美穂で片方ずつ持とうって言ったら美穂顔真っ赤にして喜ぶと思う。あっ、もしかして両方渡すつもりだった?」
すみません、そのつもりでした。
15 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 00:29:00.45 ID:nY0iWbpOO
「ふんふんふーん」
ショッピングを心ゆくまで楽しんだ加蓮は満足げにフライドポテトを頬張る。片手にポテト、もう片方の手には参考書を持って。
「テスト勉強?」
「学校のテストはもう終わったよ? これは番組の企画用。読んでみる?」
「えーと、どれどれ?」
そういやみんなテストの結果で一喜一憂してたっけか。加蓮に渡された参考書をペラペラとしてみる。
「加蓮、秘書になるの?」
「そっ。私たちの冠番組の企画で16歳でも取れる資格を取ろうって話になって。前に別の資格は取ったんだけど、その二弾ってところ」
秘書検定が16歳から取ることができるなんて知らなかった。実際資格を取ったところで加蓮は忙しい身だからあんまり活かせない気も……。
「んげ……」
「どうしたのプロデューサーさん」
プロデュースの参考になるかもしれないから帰りにでも秘書検定の参考書買おうかなと思っていたらメールが届く。差出人は部長。滅多にメールなんか送ってこないのに至急戻って来いって何があったんだ怖い怖い。
「部長から呼び出しくらった」
「あらま。なんかやらかしたの?」
「いやまさかそんな……ことはないと、思う……」
振り返ってみたけど部長の雷が落ちるようなことはしていないはずだ。
「てなわけですまん加蓮! 俺は事務所に戻る!」
「えっ、ちょっと!? この服どうするの!?」
「今タクシー呼んだからそれで持って帰りなさい!」
「流石に準備が早い!」
タクシーはいつでも呼べるようにすること、先輩からの教えだ。後ろからブーブー言ってくる加蓮に心の中でもう一度謝り急いで事務所へと戻った。
16 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 00:30:46.93 ID:nY0iWbpOO
「申し訳ありませんでした。心当たりがありませんが申し訳ありませんでした」
「いきなり謝られても困るんだが」
「申し訳ありません」
「だから謝らないでくれないか」
部長に呼び出された俺は会議室に入るなり華麗に謝罪を決めたがどうやら別に求められてなかったらしい。謝罪ハットトリックをかれいにきめて椅子に座る。
「こほん。まどろっこしいのは苦手でね、本題を単刀直入に言わせてもらう。君にはこの事務所を代表して、ハリウッドに行ってもらいたい」
「は、はい? ハリウッド……?」
窓から差す夕日の眩しさに瞬きする。一瞬閉じて開いた目に映る光景は紛れもなく現実だ。俺が、ハリウッド……?
「二泊三日の研修とかそんな感じですよね?」
「それくらいの時間じゃ何も得んだろう。1年間、きっちりアメリカで学んで来なさい。そしていずれはアメリカとアイドルたちの活動の橋渡し役になってほしい」
「いやいやいや! どうして俺」
どうして俺がと聞こうとするも答えはその前に自分の中で出る。そうだ、そもそもこれは俺が望んだことだ。
17 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 00:32:43.80 ID:nY0iWbpOO
「ハリウッド……」
なんとなく目指していた憧れだった。だけどこう現実のものとして目の前に差し出されると嬉しさと戸惑いが入り混じった複雑な感情が生まれてしまう。おかげで仕事終わりに買おうと思っていた卵のことはすっかり頭から飛んでいってしまった。
研修期間が1週間程度なら俺は喜んでハリウッドの土産屋に置いてあるオスカー像を買って帰って来た事だろう。未来の主演女優賞小日向美穂、なんて粋なメッセージを送ったりして。それくらいで十分だったのに。
「さすがに長いよな」
だけど1年となると途端に及び腰になってしまう。言葉の壁は怖くない。アメリカで待つであろう困難も恐れているわけじゃない。だけどどうしても俺の心に強く根付いた存在がいた。
「美穂はどう、思うんだろう」
外では躾の足りていないご近所さんのブルドックが吠えていて心地よい睡眠の邪魔になりそうだ。来年頭にあるライブの資料を作成しているうちに時計の針が一番上で重なった。彼女にとっての、新しい1年が始ま……る……。
18 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 00:33:24.18 ID:nY0iWbpOO
「んん……」
ザザーン、ザザーン。アラームの音が部屋に響く。最近のアラームはすごいんだな、波の音と一緒に潮の匂いすらしてくる。というか……。
「暑っ!?」
めちゃくちゃに暑い!! 暖房が壊れたのか!? 寝苦しくなり思わず目が醒める。
「あ、あれ……?」
だけどおかしい、俺はまだ夢の中にいるみたいだ。昨日部屋の中で寝たはずなのに、浜辺のど真ん中で寝てたなんて。あ、カモメが鳴いてる。
「なーんだ、夢か……」
夢の中でも夢を見るなんてまるで美穂みたいだ。気を取り直して寝る……。
「んなわけあるかあああ!!」
額に垂れる汗もこの冬に相応しくない暑さもカモメの水兵さんも潮の香りも波の音も全て現実だ。俺は寝ぼけてそのまま地球の裏側に来てしまったのか? そんなトンチキな事を寝ぼけ頭で考えてみるが周囲一帯を見渡しても海と砂浜。ご近所の皆様も居なくなってしまった。登校する子供達の元気な声も目に見える全てのモノに吠えるブルドックの鳴き声も何もかも重い砂に覆われ消えてしまったのか。
「あっ、いましたっ! プロデューサーさん!」
何がどうなったのかさっぱりなまま頭を抱えていると遠くから俺も知っている声が届いてきた。
「悠貴!」
ハワイで買ったアロハシャツを着て砂浜を走って来る彼女の姿は実に絵になる。MVの撮影かと思ったほどだ。
19 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 00:35:47.45 ID:nY0iWbpOO
「な、なあこれどうなってるんだ?」
「わからないですっ。昨日は本番前にしては珍しく早寝しちゃって、その分早起きできたから少しジョギングしようと思ったら」
両親の姿はなく悠貴1人だけ。しかも外はなぜか夏模様になっていたからアロハシャツに着替えたらしい。だが話を聞くと俺と違って家はあったみたいだ。
「みんなにも電話をかけたんですが携帯は圏外で繋がらなくてっ。プロデューサーさんの家の場所は知ってたから、もしかしたらって思って走ってきたんです」
「そうか……」
あまりの展開にすっかり忘れていたが俺の携帯も使い物にならないようだ。じゃあなんだ? ハリウッド映画みたいにたった一夜で人類が滅んで、俺と悠貴だけが生き残ったってか?
「なんじゃそりゃ、笑えないっての」
あまりに突飛もない展開にその場に座り込んでしまう。こんなんじゃアメリカどころじゃない。俺達はこれからどうすれば……。
「! プロデューサーさん、あれ!」
「へ?」
悠貴は何かを見つけたように遠くを指差す。
「おーいでありまーす!」
道とも呼べない砂の上を灰色のジープが走ってくる。
20 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 00:36:47.15 ID:nY0iWbpOO
「プロデューサー殿! 悠貴殿! ご無事でしたか!」
「亜季!?」
ジープの運転席から飛び出すように降りた亜季はこの異常事態でも変わらずパッと敬礼をする。あまりにシームレスにされるものだから俺と悠貴もつられて敬礼してしまう。
「お乗りください! みんな事務所に集まっておりますので!」
「みんなって……俺と悠貴以外にもいるのか!」
「はい! とにかく戻りましょう。一度本部に戻って作戦会議です!」
「本部って……何にせよ乗ろう悠貴」
「はいっ」
何が何だかさっぱりだが事務所に行けばみんなに会えると聞いて一安心していた。周りの砂に隠れていた俺の私物や服をかき集めてジープに乗り込む。そしてどうかこれが悪い夢でじきに醒めてくれる事を心の底から祈るのだった。
21 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 00:37:53.55 ID:nY0iWbpOO
「プロデューサーさん! 悠貴ちゃん!」
「美穂! 無事だったんだな」
「はいっ。朝起きたら外がすごいことになってて、寮の子もほとんどいなくなってたんです……私、もう何がなんだか分からなくなっちゃって」
「無理もないよ。俺だって意味不明すぎて混乱しそうだ」
美穂と話しているとぞろぞろと無事だったみんながやってきた。島村卯月と五十嵐響子、藤原肇、そして。
「みんな事務所に来ていたんですね……良かった、他にも人がいて」
「ね、ねぇこれどうなってるの? 意味がわかんないんだけど」
「俺だって訳がわからないよ……」
事務所に来る途中で見かけた狼煙の元に走って行った亜季が拾ってきた高森藍子と北条加蓮。
「美穂ちゃん、他のみんなは……?」
「ううん、わからないの。多分寮にいたのは私と卯月ちゃんと響子ちゃんと肇ちゃんだけだと思う」
「卯月ちゃんも?」
藍子に聞かれて俺も違和感を覚える。響子と肇は地方から上京して寮暮しだから分かるけど、卯月は実家暮らしなのにどうして寮に。
「昨日響子ちゃんのお部屋に泊まってたんです。日付が変わったら美穂ちゃんのお誕生日を祝おうって思ってこっそり隠れてたんですけど」
「もしかして日付が変わるくらいで急に眠くなった?」
「はい! プロデューサーさんもなんですか?」
「同じだよ。いきなり電源が切れたみたいに眠くなった。他のみんなはどう?」
22 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 00:38:43.52 ID:nY0iWbpOO
「すみません、私は昨日早くに寝てしまったので……」
「私もですっ」
「私もいつも日付が変わる前には寝るようにしてますね」
早寝していた肇、悠貴、藍子はイマイチピンと来ていないようだけど、0時になったくらいで強烈な睡魔が襲ってきた。まるでその時間になったら何かが始まるのを隠すかのようで、意識と瞼はあっという間に落ちてしまった。
「いやしかし見事でありますな。この状況で狼煙を上げて助けを呼ぶとは。恥ずかしながら私ですら混乱して思いつきませんでした」
状況が一切飲み込めず、一回り年下の悠貴の前で無力にも膝をついた俺とは対照的に、藍子と加蓮は煙を起こして存在をアピールするという手段を取った。今時の女子高生は授業でサバイバル術も学ぶのだろうか。
「加蓮ちゃんのアイデアなんです。公園の草木を集めて、ライターで火をつけて。こんなにうまく行くとは思いませんでしたけど」
やはり全部が全部砂となって海に飲み込まれた訳じゃないようだ。
「というかなんでライター持ってたんだ」
「あ、これ? 私のじゃないよ。プロデューサーさんの。あの人禁煙する禁煙するって言っても目を離すとモクモク吸ってるからライター取りあげたの」
私が吸うわけないじゃんと言いたげだ。
23 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 00:41:07.54 ID:nY0iWbpOO
「まあ100円くらいで買えちゃうからあんま意味ないんだけどね」
「だけどそれが役に立つなんて、先輩さまさまだな」
「それは言えてる。ところで私も気になってたんだけど、その車どうしたの? 亜季さんのマイカー?」
「いえ、その……非常に申し上げにくいのですが……このジープは近くの砂浜で失敬したものです。もちろん近くにはその旨を書いたメモを貼っておりますが……」
亜季は心底申し訳なさそうに話す。
「あの、亜季さんがプロデューサーさん達を迎えに行っている間に私たちでこの辺を散策したんですが、社用車が何台かありましたから返してきても良いかと」
「なんと、左様でしたか肇殿。ではそうするように致しましょう。鍵はお持ちですか?」
「ああ、一応スペアの鍵も持ってるからこれを渡しとくよ」
肇の話を信じるなら足はなんとかなりそうだ。電車が使えない今、人の気配の消えた街東京を生き抜くためには車が必要不可欠だ。人の車を使うのは抵抗があったが社用車なら話は別。所属アイドルの危機を救うためにも使わせてもらおう。
24 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 00:42:00.90 ID:nY0iWbpOO
「とりあえず……他にも誰かいないか探したいけど頼みの綱がこれじゃあなあ」
携帯は圏外で使い物にならない。
「携帯電話、使えませんもんね。みんな大丈夫かな……」
「大丈夫ですよ卯月ちゃん。アトランティスを見つけちゃうアイドルが所属してる事務所ですよ? みんながそう簡単にいなくなるなんてありませんから!」
「そうだよね、ありがとう響子ちゃん。こんな状況でも、笑顔で頑張ればいいことありますよね!」
このトンデモ状況でもみんなは前を向いている。この子たちは俺が思っている以上に強いんだ。
「ところで。携帯といえばずっと気になっていたのでありますが」
「ん?」
「日付、おかしくはないですか?」
亜季に言われて携帯を見てみる。圏外なことに気を取られていたが、ロック画面に出ている日付は。
「12月15日……? 昨日じゃないか」
他のみんなの携帯を見ても15日だ。
「昨日の時点で携帯が壊れたのか? でも時間はなんだこれ!?」
1から59までの数字がビンゴゲームみたいに目まぐるしく変わっている。明らかに正常な携帯電話の挙動じゃない。あまりにでたらめで、めちゃくちゃだ。
25 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 00:42:36.84 ID:nY0iWbpOO
「あれ! 時計台が!」
美穂が指差す先には事務所のシンボルともいえる時計台は拷問器具と形容するのがふさわしいくらいに針が高速でグルグル回っている。これじゃあ時間なんてわからない!
「と、とにかく! まずは何か食べましょう! みんなお腹空いてますよね? 腕によりをかけて作っちゃいますよ!」
「響子さん。じゃあ私も手伝いますね」
とはいえこんな状況でも腹は減る。響子と肇は何を作ろうかと話しながら事務所の食堂へと向かった。
「あのさ、何か食べるのはいいんだけどガスとか水道……通ってるの?」
「……その時は大和亜季先生にサバイバル飯をご教授願うか。じゃがいも、1から育てような」
「そこまでポテトジャンキーじゃないからね私」
じゃがいもひとつひとつに名前つけそう、って言ったら足を踏まれるだろうか。やめておこう。
26 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 00:43:32.29 ID:nY0iWbpOO
結論から言うと、不思議なことに事務所の中は電気も水道もガスも生きていた。それどころか食材の備蓄も豊富にあり、賞味期限もまだ先だ。
「食は存外簡単に確保できましたな」
不本意ながらサバイバル状態に陥った俺たちだったが神様はそこまでエゲツない真似をする気はないらしい。食事と最低限のライフラインは用意してくれているようだ。
「いきなり荒廃した未来に来た! って感じじゃなさそうだ」
映画の見すぎと言われればそれまでだけど、さっきまで真面目にその節も考えていた。そうこう考えていると美味しそうな匂いが漂って来た。お腹の虫も遠慮なくぐうぐうと鳴り出した。ほら、俺以外にも。
「わ、私じゃないですよっ!?」
そのリアクションは自白してるようなものだぞ、美穂。
27 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 00:46:34.76 ID:nY0iWbpOO
「とりあえず手分けして周辺の散策をしよう。車が運転できるのは俺たちだけだな」
社用車は複数台あるが免許を持っているのは俺と亜季の2人だけだ。
「あのっ、私もゲームセンターのカーレースなら出来るから運転出来るかもしれませんっ」
「悠貴、気持ちは嬉しいけど流石にそれは無理があるかな……」
無意味だろと言われるかもしれないが、異常事態とはいえアイドルのみんなにはルールを守って欲しかった。それにゲーム感覚で運転されるわけにもいかないしね。
「あとここに待機する子たちも必要だから……くじ引きで分かれようか」
食堂の割り箸にペンで三色の色を塗り簡単なくじを作る。順番に引いてもらって3つに分かれる。
「えーと、俺の車に乗るのが美穂と藍子」
「私の車に乗るのが響子殿と悠貴殿」
「私と卯月と肇が待機組だね」
待機組の加蓮たちは目印になるように狼煙を上げる準備を始める。俺たちも見落としのないように探索をしないとな。
「ピンクチェックスクール綺麗に分かれちゃいましたね」
「そうだな。でも藍子とだってユニット組んでるだろ?」
「はい。私たちマグナウィッチーズです」
美穂と藍子はマグナウィッチーズというユニットを組んでいる。直訳すると偉大なる魔女たち、と言ったところだろうか。元々はハロウィンの時期に魔女の格好をした二人が一緒に仕事をしたことが始まりだ。尖ったアイドルの多いうちの中ではわりかし正統派な2人が組んだユニットは活動の機会が多いわけじゃないけどもコアな人気を集めている。
28 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 00:47:07.85 ID:nY0iWbpOO
「いつかはまた2人での仕事もとってくるつもりでいたけど……」
カボチャよりもスイカの方がムードに合いそうな炎天下の中車を走らせる。いつも聞いていたカーラジオは何も流れず静かな車内というのは地味に新鮮な気持ちだ。
「なんだか、魔法にかかったみたいですね」
去りゆく海を眺めながら藍子が呟く。魔法か、ほんとそうだよな。
「魔法がかかったのは俺たちか。それとも」
この世界そのものか。考えても仕方ないか。
「そういえば、今の美穂ちゃんの言葉を聞いて思ったんです」
「ん?」
「ここにいるみんなって、美穂ちゃんと一緒にユニットを組んでたりでお仕事した子だなって」
「えっ? 卯月ちゃん、響子ちゃん、藍子ちゃん、加蓮ちゃん、肇ちゃん、悠貴ちゃん、亜季さん……」
指をおり数えて本当だと声を上げる。
「亜季さんだけはユニットってわけじゃないけど……他のみんなはそうです!」
ここにいるアイドルは確かに美穂とユニットを組んだ子がほとんどだ。ピンクチェックスクール、Masque:Rade、マグナウィッチーズ、フェアリーテイル*マイテイル、ソラーナ・チーカ……。これは偶然なのか?
29 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 00:49:12.42 ID:nY0iWbpOO
「でもそれなら、美嘉ちゃんや他のMasque:Radeのメンバーがいないです」
ここにいるみんなと、いないみんな。あるなしゲームのような何かが共通点としてあるのだろうか。それにその中だと亜季の存在がイレギュラーだ。確かに以前美穂と一緒に廃校になる学校の思い出作りに行ったけど、そこで歌ったわけじゃないしそれならば奏がここにいるはずだ。
「……でも、亜季って美穂と同じ誕生日だった、よね?」
「あっ!」
他の誰よりも大きな共通点があったじゃないか。美穂も亜季も12月16日生まれ、明日が誕生日だ。いや、本来なら今日が誕生日のはずだったのだけど時間が無茶苦茶になった今、日付なんて人が定めたカテゴライズなんて意味がないのかもしれない。
30 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 00:49:45.97 ID:nY0iWbpOO
「お疲れ様であります、プロデューサー殿。何か発見がありましたか?」
「いや、こっち側はずっと海しか見えなかった。それどころか、地図だとこの辺りか? そこから先は海で阻まれたみたいになっていて、進めなかった」
車を走らせて1時間くらいだったか。まるでゲームの背景みたいに大きな海が行方を遮って先に進めなかった。距離にするとどうだろうか。周りに船がある様子もなく、これ以上の探索は難しいと悟った俺たちは藍子のカメラに映った大きな鯨以外の土産を持って帰ることができなかった。
「亜季の方は?」
「はい。こちらもある程度行ったら海が広がっていて先に進めませんでしたが……大きな発見がありました。隣駅のショッピングモールなんですが、どうやら生きてるみたいなんです」
「なんだって?」
隣駅のショッピングモールといえば昨日加蓮と一緒に美穂のプレゼントを買いに行った場所だ。折角買ったクマのぬいぐるみはジープに乗る前に探してみたけど見当たらず、砂の中に消えてしまったのだろう。しかしモールが稼働していたなんて。
「誰かいたんですか?」
「いえ、我々もそれを期待しましたが……やはり人の気配はありませんでした。ですが食料品や衣服といった生活必需品には困らないでしょうね。併設されている家電量販店のマッサージ機も使えるみたいでしたし」
「そうですか……」
31 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 00:52:28.37 ID:nY0iWbpOO
「すみません美穂殿。一応お店の中の目立つところにこの事務所に人がいると張り紙をして来たのでそれを見た人がこちらに来るかも知れません。待機組はどうでしたか?」
「待機組も誰かくるかなって思って待ってましたが誰も来ませんでした。もしかしたら、今ここにいるのが全員……なのかもしれません」
「肇……」
肇は沈痛な顔で答える。折角お腹を膨らませて前向きになろうとしたのに、なんでこうも現実はままならないんだ。
「今日のところはもう休んだ方が良いかもしれないな」
「そうですね。これが悪い夢ならば、明日には元通りになるはずですから。生活の拠点は女子寮にしましょう。私たちは空いている部屋をお借りするとして、プロデューサー殿も来られますか? いや、その方が良いかと」
「ええ!? 俺も!?」
確かに俺の住んでたアパートは砂と化して生活拠点はないけども。でもだからって女子の秘密の花園に土足で踏み入るのは……。
「別に私たちは気にしませんよ? ね、美穂ちゃん」
「ええ! そこで私に振る!?」
響子からのパスをお手玉している美穂は少し俺の目を見て顔を赤らめて、
「よ、よろしくお願いします!」
「こちらこそ?」
互いに深々とベッドバンキング。なんだこの展開。
「あはは! 何それ、同棲するみたい」
「ど、どどどど同棲!? 同棲!?」
冷やかす加蓮をトマトみたいに顔を赤く熟れさせて追いかける。落ち込んだり恥ずかしがったり女の子ってのはなかなかに忙しいな。
部屋割りはもともと住んでいた子らはそのままで、引っ越し組は二階と三階の空き部屋に分かれることになった。美穂、響子、肇は元々三階で悠貴と俺が三階の部屋を、卯月と藍子と加蓮と亜季は二階の部屋を使うことになった。
32 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 00:53:09.62 ID:nY0iWbpOO
「ふぅ……ん? 肇、悠貴、どうした?」
空き部屋に荷物を置いてもう少し散策をしようかと考えていると2人が部屋の前で何やら考え込んでいる姿が見えた。
「この部屋は?」
「芳乃さんの部屋なんですけど……その、見てもびっくりしないでくださいね?」
「何が……!? な、なんだこれ!?」
ガチャと空いた部屋の中は和風な調度品で揃えられている。それ自体はおかしな話ではない。真ん中に依田芳乃の等身大石像がなければ、の話だが。
「これ、芳乃なのか? 石像……?」
「そうみたいです。その、さっきこの部屋から変な音がして。通りかかった肇さんと一緒にのぞいたら、芳乃さんの像が置かれてたんですっ」
ゲームのバッドステータスに石化ってのをよく見るけど、まさか目の当たりにしてしまう日が来るなんて。
「……一応聞くけど芳乃に自分の石像を愛でる趣味は」
我ながら脚線美でしてー、と恍惚の表情で石像を舐め回すように撫でる芳乃を想像してみたけど無理がある。
「そんな変な趣味は持ってませんよ……多分」
「芳乃さんがいくらミステリアスな人でもここまでじゃないですっ」
「ですよねー」
親しき仲でも話せない趣味はあったりするけども、芳乃に限ってそんな胡乱な趣味はないだろう。じゃあこれは一体なんなんだ? 芳乃もこの世界に最初からいたのか? だけどバジリスクかコカトリスにでもハチあって石にされた? もしそうならば、女子寮だって安全じゃない。用心するに越したことはなさそうだ。
33 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 00:54:58.09 ID:nY0iWbpOO
「しかし芳乃の石像か」
神殿に飾れば崇め奉る人が集まりそうだな、と不謹慎なことを考えると顔に出ていたのか肇と悠貴はやや引いた顔をしている。
「でももしかしたら他のみんなも芳乃みたいに石像があるかもしれないな……後でみんなで手分けして部屋の中見てもらっていいかな? 流石に俺が何度も何度も女の子の部屋開けるわけにはいかないからね」
変なことしちゃダメですよ、と2人は釘を刺して部屋を出る。石像に触れても声を上げる様子はない。いや、もしかしたら。
「じー……」
「じーっ……」
「……変なことしようとしたわけじゃないです、はい」
部屋から出たと思った2人が不埒なものを見る目で俺を見つめていた。決して胸を触ったら復活すると考えたわけじゃないです、はい。あまり長居すると余計怪しまれそうだから俺も出る……。
「……たー、…を……る……してー……」
「えっ?」
今、芳乃の声がした? 振り返るもそこにあるのは一歩も動かぬ石像。色々起きすぎて疲れているのかな俺……。
34 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 00:56:06.21 ID:nY0iWbpOO
「亜季さん、このカレーですけどスパイスをどんな配分で入れたんですか? 今後の為にも教えてください」
「お嫁さんにしたいアイドル殿堂入りの響子殿にそこまで言われるとは! いやはや、ネイビー冥利につきますな!」
「オレガノ、シナモン……あと何でしたっけっ? ヒトリデデキルモン?」
「カルダモンですよ、悠貴ちゃん」
夜は亜季が作ったカレーを食べる。金曜じゃなくてもカレーを食べるんだなと聞いたら疲れた時にはこれが一番であります! と返って来た。まぁ確かに体が弱りつつある時ってなんだか無性にカレーを食べたくなるし、作り置きも出来るから良いかもしれないな。毎晩だと流石に飽きるけど。亜季だけに。
「何か面白いことありました?」
「へ?」
ちょっとうまいこと言えたって顔をしていたのだろうか。美穂の頭の上にハテナが浮かんでいた。
「コホン。それで肇、さっき見てもらったけど、どうだった?」
「他の部屋も見て回ったんですけど、芳乃さんの部屋以外もぬけの殻って状態で」
「ってことは芳乃の石像だけが寮の中にあった、と」
やはり他のみんなも石像になって部屋にいる、なんてことはなかったらしい。でもなんで芳乃だけが?
「うーん……」
「どうしたの美穂、何か考えごと?」
カレーにも手をつけず頭を働かせる美穂を見て加蓮が俺の代わりに聞いてくれた。
35 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 00:56:41.84 ID:nY0iWbpOO
「芳乃ちゃんがここにいるのって、変じゃないですか?」
「ん? どういうこと?」
「確か芳乃ちゃんって泊まりで地方のロケに行ってましたよね。美嘉ちゃんと李衣菜ちゃんと一緒に」
「あっ、そういえば」
美穂に言われて気付く。そうだ、芳乃達は今その2人と一緒に九州の方まで泊まりで行っていたんだ。
「芳乃さんだけ石像になって送り返されて来た、ということでしょうか?」
少なくとも俺たちは着払いで石像を受け取った覚えはない。
「いや、もしかしたら美嘉と李衣菜も……?」
ロックなアイドルがロックな像になるなんて笑えないぞ。
「美嘉ちゃんは埼玉で、李衣菜ちゃんは東京ですよね? 明日家にまで行ってみても良いかもしれません」
「卯月の言う通りだな。明日見に行ってみよう……って思ったけど俺あの2人の住所知らないぞ」
事務所にデータはあるはずだが待機組が言うには電気は通れどもパソコンまでは見ることが出来なかったらしいから調べようがない。
「あの、プロデューサーさん。私2人の家に泊まったことあるので、なんとなくですけど場所憶えてますよ?」
「私も分かるよ? 2人いる方が何かと便利じゃない?」
「ほんとか美穂、加蓮。じゃあ明日ナビゲートお願いするよ」
「はい、任せてくださいね」
「はーい」
なんにせよでたらめな世界にだって何かしらのルールがあるはずだ。それが彼女を中心に動いているものだとしても。
36 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 00:58:35.31 ID:nY0iWbpOO
「東京でも、こんなに星が見られるんだな」
人工の光はほとんど消えた元都会の砂浜の上を満点の星空が見守っている。えっと、あれがデネブアルタイル……。
「ベガですよ、プロデューサーさん」
「美穂。そうだったね」
美穂が指差すのは夏の大三角形。12月に見られるものじゃない。異常気象で暑いなんてわけじゃなく、時間が加速して夏に来てしまったみたいだ。
「こうやって2人で星を見るのも半年ぶりくらいですね」
「そうだな……」
初夏の川のせせらぎが聞こえて来るようだ。あの時、俺は今まで知らなかった美穂の色んな一面を知ることが出来た。意外とおばあちゃんっ子だったり、川でイワナの掴み取りをするくらいに子供の頃はわんぱくな子だったり。担当として一緒に過ごす時間が多くて小日向美穂博士を勝手に自認してたのに、今なお新しい彼女は増えていく。そしてこれからもそんな彼女の誰も知らない部分がどんどん生まれて来るはずだったのに。
「早くこんな悪い夢から醒めないと」
「えっ?」
彼女、ううん。アイドルのみんながいるべきステージはここじゃない。大人として、彼女達のファンとして。俺がこの世界の真実を暴くんだ。そう強く誓ったのに。
37 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 00:59:50.63 ID:nY0iWbpOO
「プロデューサーさん……これ夢なんでしょうか?」
「なあ美穂。俺のほっぺつねってくれないか?」
「あの、私のほっぺもつねってもらって良いですか?」
2人向かいあってダンスを踊るように手を伸ばし互いのほっぺたを少し強めに引っ張る。
「いふぁいふぇす……」
「俺も痛い……」
実に古典的な手法だけど目の前の現象を納得するには充分だ。さて、昨日俺は夏の大三角形の下美穂としばしの間語り合った。彼女が欠伸をしたあたりでお開きにして自分の部屋に戻ってすぐに寝たのだけど。
「美穂ちゃん、プロデューサーさん。何やってるんですか?」
「うふひひゃん」
パジャマ姿の卯月が部屋から出て来る。特に慌てた様子もないあたり、多分窓の外を見てないのだろう。
「卯月、窓の外見てみ?」
「え? 何か見つかり……美穂ちゃん、ほっぺたつねって貰って良いかな……?」
窓を挟んだ外の景色は相変わらずの海だ。しかし昨日までの海とはわけが違う。不意に演歌の歌詞が流れて来そうなほどの雪景色。たった一晩で砂浜は雪で覆われてしまったのだ。
「もうなにがなにやら……」
12月なんだから雪が降るのはなんらおかしいことじゃない。こんなに積もるのかと聞かれたらたった一夜で降り過ぎな気はするけどまぁ許容範囲だ。ほんの数時間前まで、夏の大三角形が見えるくらいの夏日和だったことに目をつぶれば。
38 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 01:01:04.65 ID:nY0iWbpOO
「早起きしてジョギングしようと思ったんですっ。でも流石にこんなに雪が降っていたら難しいですね」
一晩あければ悪い夢が醒めてくれることを期待していたのに、待っていたのは余計意味不明な光景。女子寮ごと北国にワープしてしまった感覚に陥ってしまうが周りの風景は昨日と変わりがない。
「今日李衣菜殿と美嘉殿の家に行くんでしたよね? しかしこの天候、まともに運転できなさそうですが冬用タイヤの用意はあるのですか?」
「ああ、それならご心配なく。社用車のタイヤはいわゆるオールシーズンタイヤってやつだからこれくらいの雪でも問題はないはずだよ」
「なるほど! 流石プロデューサー殿、いざという時の準備はバッチリでありますな!」
そこまで褒められるとこそばゆい。というか別に俺がタイヤの準備をしたわけじゃないしな。
「とりあえず朝ごはんを食べたら一度車を出してみるよ。誰か見つけたら拾っていけば良いし」
天候も天候なため今日のところは周辺の探索をなしにして、俺たちだけで李衣菜と美嘉の家に向かうことになった。ただ懸念事項が一つ。
「風邪ひかないかとか心配してる顔してる」
「バレたか
39 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 01:01:43.91 ID:nY0iWbpOO
今でこそステージで激しいダンスも踊りバラエティ番組でロードランナーの上を走ってクイズに答える加蓮だけど、昔は身体が強くなく入退院を繰り返していたそうだ。本人は大丈夫大丈夫と言ってはいるが……。
「みんな過保護だって。それに今頗る体調良いから大丈夫だよ、風邪なんかひくわけないって」
「しんどくなったらすぐに言うんだぞ? 加蓮に風邪引かせようものなら先輩に何をされるか」
インフルエンザウイルスを絶滅させる勢いで殴りかかって来ることは確かだろう。
40 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 01:02:12.92 ID:nY0iWbpOO
「えっと確か、この辺りだったよね」
「あれあれ! 表札にも多田ってあるよ」
案外李衣菜の家は事務所の近くにあった。加蓮と美穂を車内に残してチャイムを鳴らす。ピンポンとチャイム音が響くも出て来る気配はない。というか他の家同様誰かが住んでいる空気ではなかった。
「出て来ませんか?」
「何回か鳴らしてるんだけどね……っておい加蓮!?」
加蓮がドアノブを回すとガチャリとドアが開く。
「私たち李衣菜のお母さんとも面識あるし部屋分かるから」
「うーん、空き巣みたいな真似はしたくないけど……」
「怒られたらごめんなさいって謝れば済む話だよ、こんな状況ならそれくらい大したことじゃないでしょ」
加蓮の言うとおりもし多田家の皆さんが命の危機に瀕していたら? と最悪一歩手前の可能性が過ってしまい2人と一緒に中に入る。すみません、お邪魔します。
「高そうなヘッドホン持ってるって聞いてたからそうかなって思ってたけど、結構良い家に住んでるな」
「李衣菜ちゃんカレイの煮付けも作れるしコーヒーも入れれるし……普段はロックロックって言ってますけど、育ちが良いんですよ? お父さんとお母さんの教育が行き届いてるんでしょうね」
「まあ礼儀はしっかりしてる子だしな」
「遠まわしに私は慇懃無礼だーって言ってない?」
「言ってないし言葉を選ぶよ。せめて歯に衣着せぬって言わせて」
往々にしてロックスターという人種は不思議と育ちが良かったりする。音楽を始めるってなるとそれなりにお金がいるから当然の帰結と言えばそうなのかもしれない。いずれにわかと笑われた彼女も歴史に名を残すロックスターになるのかもしれないな。
41 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 01:03:34.52 ID:nY0iWbpOO
「李衣菜の部屋にも……いないか」
部屋という部屋を探して回ったが石像の一つもありゃしない。そりゃあ一般家庭に自分の姿を象った石像があれば怖いけどもさ。分かったこといえば李衣菜の部屋はすみずみまで掃除が行き届いているということくらいか。響子が見たら不満を覚えそうだ。
「李衣菜ちゃん……」
美穂は机の上に置かれていた写真を見ている。真紅のドレスを見に纏う5人はステージ上のアンニュイな表情を忘れて笑っている。「愛」や「運命」から解き放たれて少女らしく笑うみんな。そこにいたはず3人は、この世界にいない。
「大丈夫だって美穂。李衣菜もまゆも智絵里もみんなどこかで私達のこと探してるよ。大体あのまゆだよ? プロデューサーさんと添い遂げるまで死なないって。ね?」
「ね? って俺に言われても」
机の下にいたり車の中にいたり。まゆは俺が行く先行く先に先回りしていたし、それが当たり前になっていた。正直困ることもあったけど……不思議と今、寂しさを憶えていた。
「次は城ヶ崎さんちに行こう」
多田家にアポなしで乗り込んだことをもう一度謝って再び雪道を走らせる。朝よりかは降る雪の量も減って来て、このまま車を降りて2人と雪合戦をしたい気持ちになるけどそれは一旦置いておいて目的地へと向かう。雪景色の中どこまでが東京でどこからが埼玉なのかの境界線も曖昧になってくる。まぁこの状況じゃ47都道府県なんてカテゴライズは無意味だろう。甲子園もサッカーの全国大会も出来やしないんだから。そもそも俺を合わせてようやく野球チームが一つできるくらいだしな。プレイングマネージャーだ俺。
42 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 01:04:03.06 ID:nY0iWbpOO
「やっぱ美嘉も莉嘉もいないか」
城ヶ崎家も探索してみたけど真新しいものはない。姉妹の石像は当然ないし、強いて気づいたことと言えば美嘉の部屋にミニうえきちゃんが飾ってあったことくらいだ。
「お前は何か知らないのか?」
「シラナイ」
「そうか」
ウヨウヨと揺れるミニうえきちゃんに語りかけてみるけどやはりなにも分からなさそうだ。
「美穂、それは……」
「前に行った美郷小学校のみんながライブを見に来てくれたときの写真です。みんなでツインテールになって……楽しかったなあ」
子供たちに囲まれツインテールの3人は優しい笑顔を浮かべている。子供たちにとって彼女たちと過ごした時間は何よりの宝物だったはずだ。美穂も一緒になって埋めたタイムカプセルを開ける未来が来ることをきっと楽しみにしていたはずなのに。
「のぶくんもミッちゃんももっともっと、遊びたかったよね……」
家族、友人、出会った人たち。みんなもどこかにいると信じたい。だけど俺たち以外の人がどこにもいない世界は残酷なまでにその可能性を奪っていく。諦めて受け入れろ、そうすれば楽になる。そう言っているみたいだ。
「プロデューサーさん。私車に戻ってるから……美穂のこと、お願いね」
「分かったよ」
加蓮はこちらに目配せをして先に部屋を出る。美嘉の部屋で美穂と2人という奇妙なシチュエーションをうえきちゃんだけがニヤニヤと見ていた。
43 :
◆d26MZoI9xM
:2019/12/16(月) 01:05:56.78 ID:nY0iWbpOO
「これ使いな」
「えぐっ……ありがとうございます……ごめんなさい、プロデューサーさんのハンカチ借りちゃって」
白いハンカチに涙が染みる。なに、ハンカチの方も俺に使われるよりも女の子に使ってもらった方が嬉しいに決まっているさ。
「私、ずっとみんながいるって思ってたんです」
涙が混じりながら、ゆっくりとゆっくりと美穂は話し始めた。
「卯月ちゃんや響子ちゃんがいて、美嘉ちゃんや李衣菜ちゃんたちがいて、プロデューサーさんがいて。アイドルになって出会った人たちと、これからもずっと一緒に頑張って行くんだって。そう、思ってました」
これならもずっと。その言葉の重さにズキリと胸が痛くなる。そんな俺の表情を見ることなく美穂は続けた。
「もっと沢山の曲を歌って、もっと沢山のお芝居をして、もっと沢山の仲間たちが増えて。わがままかな? って思うけど……そんな毎日を過ごせたら、きっと楽しいって。でも、みんないなくなっちゃいました。今いるみんなだって、明日になれば」
「美穂!!」
考えるよりも先に身体が動いていた。頭が冷静になってようやく、怯える小さな身体を抱きしめていることに気付いた。
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