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【シャニマス】摩美々「ナッキンコールにありがとー」
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1 :
◆RZFwc/0Dpg
[sage saga]:2019/12/04(水) 22:32:04.16 ID:JiBnuEL3o
投稿久々なんでミスったらごめんなさい
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1575466323
2 :
◆RZFwc/0Dpg
[sage saga]:2019/12/04(水) 22:33:11.22 ID:JiBnuEL3o
初秋の青空。
そこに、紙のように薄っぺらな月が浮かんでいる。
それをぼんやり眺めながら、私は缶ジュースを飲んでいた。
公園をさらさらと抜ける風が気持ち良い。朝が早かったこともあって、だんだん眠くなり始めていた。
「おーい、摩美々!」
見慣れた『大人』が駆け寄ってくるのに気付いたのは、そんな時。にやけそうになる口元を苦労して抑える。
暇潰し相手……発見。
3 :
◆RZFwc/0Dpg
[sage saga]:2019/12/04(水) 22:34:20.22 ID:JiBnuEL3o
「あ、プロデューサー。どうですかー?」
「どうも機材の調子が悪いらしい。もうちょっと待っててくれ」
頭を掻きながら彼は応える。自分のせいでもないのに、申し訳なさそうに言うのがおかしかった。
「えー。プロデューサー、カメラ壊しちゃったんじゃないですかぁ……ふふー」
「い、いやいやいや! 指一本触れてないからな、本当だぞ!?」
慌てて弁解するのを見て笑いが堪えきれなくなる。
全く、何でも真に受けるんだから。
4 :
◆RZFwc/0Dpg
[sage saga]:2019/12/04(水) 22:35:04.43 ID:JiBnuEL3o
「これは撮影、長引きそうですねー」
「そうなるかもなあ。寒くないか?」
「いや、別にぃ」
「そうか……何か食べたいものとかは?」
「……? お腹も空いてませんよー」
「そ、そうか──コンビニで雑誌とか買ってこようか!?」
「ちょっ……なんですかぁ、大丈夫ですってー」
「なんか、待たせて悪いと思ってさ」
苦笑いする彼に溜め息を吐きそうになる。我慢しているのはこの人も一緒なのに。お人好しが過ぎるなぁ。
5 :
◆RZFwc/0Dpg
[sage saga]:2019/12/04(水) 22:35:43.51 ID:JiBnuEL3o
手持ち無沙汰になったのか、彼は私と同じようにパイプ椅子に腰掛けて溢した。
「なんで俺達の撮影ってこんな頻繁に、機材トラブル起きるかなぁ……」
「パウリ効果ですかねー」
「なんだそれ、どんな効果?」
「教えてあげませーん。ふふー」
きょとんとしているプロデューサーの顔を見て、にまにましているとふと気付く。
眠気なんて何処かに飛んでしまっていた。
どうしてこの人といると、こんなに楽しいんだろう。
6 :
◆RZFwc/0Dpg
[sage saga]:2019/12/04(水) 22:36:16.16 ID:JiBnuEL3o
「──やっぱりー、お腹空いてきましたぁ」
「おぉ! そしたら何か買ってくるよ」
「まだまだ時間掛かるなら、どこか食べに行きましょうよー」
「え……抜け出すのか?」
「そこはぁ、パウリさんが交渉してきて下さーい」
「それ俺のこと!? ねぇどういう効果なの!!」
「さぁさぁ、頑張ってきて下さいパウリさんー……ふふふふ」
7 :
◆RZFwc/0Dpg
[sage saga]:2019/12/04(水) 22:36:54.87 ID:JiBnuEL3o
「案外あっさりオッケー貰えたな……」
コーヒーカップにブラウンシュガーを落としながら、彼が呟く。
「それどころじゃない位、バタバタしてましたもんねー」
そう返して私はチーズケーキを口にした。その甘酸っぱさに、頬の奥の方がキュッとした。
監督におすすめされたカフェは、撮影場所の近くにあった。平日昼前の店内は静かで、ほっと息が漏れるような安心感がある。
苺のタルトが人気だと教えて貰っていたので、チーズケーキを頼んだ。そんな私を見てプロデューサーは「ひねくれ者め」と笑ったけれど、彼が頼んだのはザッハトルテだった。
人のこと言えないんだけど。
8 :
◆RZFwc/0Dpg
[sage saga]:2019/12/04(水) 22:37:35.03 ID:JiBnuEL3o
「プロデューサー。はい、あーん」
フォークに一口分のチーズケーキを乗せて、プロデューサーの顔の前に突き出してみる。私の突飛な行動に、彼は目を白黒させた。
「えっ、いや摩美々? そういうのはほら」
「ごー、よーん、さーん、にぃ、いーち……」
何の説明もしないまま私が始めたカウントダウンに、案の定彼は焦った。そして観念したように口を開く。
胸がぎゅっとなるような喜びを感じながら、手に持つフォークを寄せた。
……彼の鼻の頭に。
9 :
◆RZFwc/0Dpg
[sage saga]:2019/12/04(水) 22:38:16.06 ID:JiBnuEL3o
「ぬおっ!!」
そんな呻き声を聞きつつ、私はケーキを口にした。さっきよりも甘く感じるのはどうしてだろう。
「ふふふふ」
「お前なぁ、本当なぁ……」
プロデューサーは恨みがましい眼を向けてくる。その鼻にはちょんと、苺のソースとチーズが付いていて、まるで映画の一場面のようにコミカルだった。
「ダメですよー、アイドルのあーんは高いんですよぉ?」
「摩美々がくれるって言ったんじゃないか」
「残念でしたぁ、ふふー」
溜め息を吐きながら鼻を拭って、プロデューサーは言う。
「絶対いつか、ぎゃふんと言わせてや──」
「ぎゃふーん」
「え。ノータイムで言ってくれるのかよ……」
二人の忍び笑いが、緩やかなカフェの空気にほどけていった。
10 :
◆RZFwc/0Dpg
[sage saga]:2019/12/04(水) 22:39:00.00 ID:JiBnuEL3o
プロデューサーが電話をするために席を立ったので、私はぼうっと窓の外を眺めていた。
そんな時、流れていた音楽が軽やかなジャズに変わる。
彼が戻ってきたのは、それを聞いている最中だった。
「……ねー、プロデューサー」
「ん? どした」
「この曲、知ってますー?」
店内でゆったりと泳いでいる曲。その空気の振動を指し示すように、指を宙に向けながら訊ねてみる。
11 :
◆RZFwc/0Dpg
[sage saga]:2019/12/04(水) 22:39:50.51 ID:JiBnuEL3o
プロデューサーは確かめるように少しの間耳を澄ませてから、答えてくれた。
「『It is only a paper moon』だな。歌ってるのはナッキンコール」
「……意外ですー。ジャズ詳しいんですかー?」
「凄く有名な曲だからさ、たまたま知ってただけだよ」
「ふぅん……それでこれー、どんな歌詞なんですか?」
「気に入ったのか? これはな──」
12 :
◆RZFwc/0Dpg
[sage saga]:2019/12/04(水) 22:40:26.63 ID:JiBnuEL3o
撮影場所の公園へ戻ると、福の神のように丸々とした監督が待っていた。いつも通りのにこやかな顔だけれど、その眉が今はハの字を描いている。
「ごめんなぁ摩美々ちゃん、P君……。今日中に復旧するの、無理だこれ」
「えぇっ、そんなに深刻なんですか!?」
私の隣でプロデューサーがすっ頓狂な声を上げる。苦笑いをしたままの監督と少し引きつった表情の彼は、顔を突き合わせてバタバタと予定を組み直していた。
13 :
◆RZFwc/0Dpg
[sage saga]:2019/12/04(水) 22:41:04.50 ID:JiBnuEL3o
途中、監督がもう一度私に向き直ってくる。
「いや本当に悪いなぁ、摩美々ちゃん。今朝も早かったろう?」
「仕方のないことですしねー。今回は許してあげましょー」
「あっこら、摩美々! 目上の方だぞ!」
慌ててプロデューサーが注意するのも意に介さず、監督は安心したように目を細めた。
「許してくれて良かったよぉ。次はちゃんとするからね」
この人も、お人好しが過ぎる。まるでどこかの誰かさんのようだ。
そんな誰かさんは監督の後ろで私をじっとりと見ながら、口をパクパク動かした。
『お・せっ・きょ・う・だ!』
もう……ちょっとした冗談じゃないですかー。
14 :
◆RZFwc/0Dpg
[sage saga]:2019/12/04(水) 22:41:44.76 ID:JiBnuEL3o
「そうしたら撮影は改めて、再来週の木曜でよろしくね」
パタパタと手帳を捲って確認しながら、監督が言う。それを聞いて私は一瞬戸惑った。
「あれ。まみみ達は来週とかも、空いてますよー?」
顔を上げた監督は、にんまり意味深な笑みを向けてくる。
「なーに言ってるんだい。来週は摩美々ちゃんの大事な『決勝戦』があるじゃないか。そっちに集中してもらわないとね」
15 :
◆RZFwc/0Dpg
[sage saga]:2019/12/04(水) 22:42:19.90 ID:JiBnuEL3o
「……監督、よく知ってますねー」
「うちのスタッフは全員、摩美々ちゃんのファンだからねぇ! みんなで応援にも行くよぉ!」
「本当に、お気遣いありがとうございます」
きっちりと頭を下げるプロデューサーに対し、監督は慌てたように両手を振った。
「これくらい何でもないさ! 君達が頑張ってるのはよく分かってるからね、応援したくなるんだよね。精一杯やりきっておいで」
「ありがとうございまーす」
感謝の言葉は自分でも驚くくらい自然に、私の口からするりとこぼれ出た。
16 :
◆RZFwc/0Dpg
[sage saga]:2019/12/04(水) 22:42:54.02 ID:JiBnuEL3o
それはただのハリボテの月
厚紙の海に浮かんでる
でも君が信じてくれるなら、
それはきっと偽物ではなくなるんだ
17 :
◆RZFwc/0Dpg
[sage saga]:2019/12/04(水) 22:43:26.75 ID:JiBnuEL3o
「──田中摩美々さん、"第二位"ですっ!!!」
18 :
◆RZFwc/0Dpg
[sage saga]:2019/12/04(水) 22:43:58.73 ID:JiBnuEL3o
目の眩むようなスポットライトの中、司会者のその叫び声を聞いた瞬間。
手足の先がすーっと冷えた。
心臓が一回り縮んだみたいに感じる。
目の前に広がる景色がまるで、モニター越しに見ているもののように思えて。
『あー……絶望って、こんな感覚のことを言うのかも』
心の隅に残った僅かな理性で、私はそんなことを考えた。
何もかもがバツンと断ち切られたような感覚。そのあまりの衝撃に、つい呆然としてしまっていた。
19 :
◆RZFwc/0Dpg
[sage saga]:2019/12/04(水) 22:44:37.10 ID:JiBnuEL3o
差し出されたマイクを丸々一拍遅れてから、慌てて手にして言う。
「……あ、ありがとうございましたー。次はもっと頑張るので、応援引き続きよろしくお願いしまぁす」
自分でも全く分からなかった。
──私はこのとき、まともに笑えていたんだろうか。
20 :
◆RZFwc/0Dpg
[sage saga]:2019/12/04(水) 22:45:16.58 ID:JiBnuEL3o
「すいませーん、私ダメでしたー」
わざわざ舞台袖まで迎えに来てくれていたプロデューサーに、そう言った。
声が震えないように。
表情が引きつらないように。
プロデューサーの目を見ないように。
全身全霊をもって虚勢を張っていた私に、彼は優しく言う。
「お疲れ様。良く頑張った」
その声を聞いた途端。
目の奥がつんとして、喉がぐっと締め付けられた。
まずい、まずい、まずい。
堪えろ……絶対、堪えなきゃ。
21 :
◆RZFwc/0Dpg
[sage saga]:2019/12/04(水) 22:45:53.23 ID:JiBnuEL3o
自分を抑えるために、私は息をゆっくり吐く。
「皆の期待を裏切る悪い子でー……ごめんなさい」
「摩美々。謝る必要なんてない」
プロデューサーの顔が見れなかった。けれど顔を逸らすのも嫌だった。だから私は、彼の靴を見つめていた。
その靴に向かって、呟く。
「……でも、結局負けちゃって」
靴は優しい声のまま応えてくれる。
「これで全てが終わった訳じゃない。摩美々はもう、立派なアイドルだよ」
「でも……でも私…………勝ちたかったです」
22 :
◆RZFwc/0Dpg
[sage saga]:2019/12/04(水) 22:46:25.12 ID:JiBnuEL3o
限界だった。
靴もスーツも真っ暗な舞台袖も……何もかもが溶けて滲んで。私の目に映るものは全て、涙で溺れたみたいになった。
必死に声を出さないように唇を噛み締め泣く私を、プロデューサーはしばらく黙って待っていてくれた。
それからゆっくり、私の背中をさすりながら言う。
「──悔しいのは、摩美々が精一杯頑張った証だ。俺はそれが誇らしいよ」
23 :
◆RZFwc/0Dpg
[sage saga]:2019/12/04(水) 22:46:58.12 ID:JiBnuEL3o
それはただのキャンバスに描いた空
モスリンの木の上に広がってる
でも君が信じてくれるなら、
それはきっと偽物ではなくなるんだ
24 :
◆RZFwc/0Dpg
[sage saga]:2019/12/04(水) 22:47:30.48 ID:JiBnuEL3o
俺達が決勝で負けた次の日は、空気が澄んでいた。
秋晴れの遠くで、くっきりとした鰯雲が描かれている。
そんな青空の下、摩美々とレッスン室へ向けて歩いていた。
「明日、レッスン入れてもらえますかー」
摩美々がそう言ったのは、決勝が行われた会場からの帰り道のことだった。
25 :
◆RZFwc/0Dpg
[sage saga]:2019/12/04(水) 22:48:01.07 ID:JiBnuEL3o
「……大丈夫か? 疲れも残ってるだろうし、気持ちを切り替える必要もあるだろうから、数日は休みにするつもりだったんだけど」
そう返すと彼女はいつもと同じように、にんまり笑って応えた。
「大丈夫ですよー。それに、良いんですかぁ?」
「ん……何がだよ」
「あのまみみが折角レッスンしたいって言ってるのに、休みにしちゃってー」
その悪戯っぽい顔があまりに普段と同じだったから……俺は渋々了承したのだった。
26 :
◆RZFwc/0Dpg
[sage saga]:2019/12/04(水) 22:48:32.93 ID:JiBnuEL3o
信号待ちになったので、隣に立つ摩美々の顔色を改めて窺う。彼女はやはり、いつも通りの平然とした表情だ。
「なんですかぁ、人の顔じろじろ眺めてー」
「……いやいや。昨日はあれだけ泣いたのに、目が腫れなくて良かったなと思ってさ」
「あー。そんな意地悪言うんならぁ、またコーヒーにお酢仕込んでおきますからねー」
「うわ、あれは流石に勘弁してくれよ!」
二人して互いの軽口に笑う。
本当に……いつもと変わらない、いつもの昼過ぎだった。
27 :
◆RZFwc/0Dpg
[sage saga]:2019/12/04(水) 22:49:11.84 ID:JiBnuEL3o
違和感を覚えたのは、ダンスレッスンの最中だった。
「……あれ?」
トレーナーの指示に従いステップを踏む摩美々。その動きがいつもよりぎこちなく、強張っているように見える……。
昨日のことを考えれば、当たり前のことなのかも知れない。数分間のパフォーマンスに、気力と体力の全てを注ぎ込んだのだ。疲労が残っているのは間違いないだろう。
しかし本当にそれだけだろうか。
それだけではなく……何というか。
「──まるで、萎縮してるみたいだ……」
俺の胸の内で、不安の風がさっと吹き抜けた。
28 :
◆RZFwc/0Dpg
[sage saga]:2019/12/04(水) 22:49:46.81 ID:JiBnuEL3o
レッスンが終わって摩美々はそのまま帰る……と思っていたのだが。彼女は何故か事務所へ戻る俺について来た。
「用事がないのなら、帰ってゆっくりしても良いんだぞ?」
デスクからソファへ向けて、俺はそう言葉を投げる。おそらく摩美々が横になっているはずだ。
彼女はやはりそこに居た。
ソファの陰からぴょこりと爪先だけが姿を見せ、ゆらゆら揺れながら声を返してくる。
「えー。まみみが居るとぉ、邪魔ですかぁー?」
「いや、そうは言ってないけどさ」
「じゃあ良いじゃないですかー」
29 :
◆RZFwc/0Dpg
[sage saga]:2019/12/04(水) 22:50:21.21 ID:JiBnuEL3o
呆れながら、俺は冗談混じりに言う。
「物好きだな。そんなに事務所が好きか?」
「社長がたまに、美味しいお菓子差し入れてくれますからねー」
「あはははっ、確かにあれは役得だよな!」
吹き出しながらそう返事をすると突然、摩美々が身体を起こし、こちらへ顔を覗かせた。
「ねー。プロデューサー」
「うん? なんだよ」
「その……明日も、レッスン入れられませんかー?」
30 :
◆RZFwc/0Dpg
[sage saga]:2019/12/04(水) 22:50:52.95 ID:JiBnuEL3o
それを聞いて、俺は凍りついてしまった。
摩美々がレッスンをしたがったから──ではない。
レッスンを要求する彼女の顔が、まるで何かに焦っているかのように見えたからだった。
「おい、大丈夫か?」
思わずそう訊ねると、摩美々は顔を微かに強張らせた。
「な、何がですかぁ」
「……負荷をかけ過ぎるのは良くない。出来れば明日は休んでほしいな」
「プロデューサー。どうしても……ダメですか?」
不安げにこちらを見る摩美々を前にして、言葉が詰まった。
31 :
◆RZFwc/0Dpg
[sage saga]:2019/12/04(水) 22:51:25.30 ID:JiBnuEL3o
あぁ……そうか。
こいつは「これ」を言い出すタイミングを見計らうため、ずっと事務所に居たのか。
摩美々、お前は一体何を怖れているんだ。
「……分かった。けれど無理し過ぎな様子なら、その時点で俺が止める。それでも良いか?」
そう譲歩すると、彼女はほっとした表情になった。
「はぁい。よろしくお願いしまーす」
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