高垣楓「酒あわせなひととき」

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1 : ◆eBIiXi2191ZO [saga]:2019/11/20(水) 23:19:22.50 ID:PSNJgP6Z0

・モバマス・高垣楓さんのSS
・楓さんがつまみ作って酒呑むだけのSSです
・短いのが続く感じ
・不定期



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1574259562
2 : ◆eBIiXi2191ZO [saga]:2019/11/20(水) 23:20:37.65 ID:PSNJgP6Z0

 がちゃり。

「ただいまー」

 返事はありません。当たり前です、ひとり暮らしですから。
 今日もひと仕事を終えて、程よい疲れを抱え帰ってきました。
 お帰りなさい、ああただいま、あなた今日はごはん? お風呂? それとも。

 脳内ひとり芝居はこのくらいで。

「さて、今日は、と」

 私はそそくさとキッチンに向かい、冷蔵庫のドアを開けます。

「どんな塩梅、かしら」

 ワクワクしながら、私はタッパーをひとつ、取り出しました。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



3 : ◆eBIiXi2191ZO [saga]:2019/11/20(水) 23:21:55.62 ID:PSNJgP6Z0



「……もらってくれませんかねえ」
「プロデューサーをですか? ええ、それはもう」
「楓さん、違います」

 目の前には段ボール箱。我がプロデューサー氏の実家から贈られてきたそれには、ぎっしりのきゅうり。
 どれも立派で、みずみずしいものでした。

「さすがにとても食べきれないので、ねえ」
「プロデューサーのご実家って、農家、でしたっけ?」
「いやいや、普通のサラリーマンですよ……家庭菜園は普通じゃないですけど」
「まあ」

 趣味で家庭菜園とか、とてもいいことだと思うんですけど。まあ、物事には限度というものはありまして。
 プロデューサーがおっしゃるには、借りた農園が相応に広いとこだ、と。
 土地を余しておくにはもったいない、と。
 なら、いろいろ作るか、と。
 自分たちが食べられる以上の供給を生産するに至った、と。

 なるほど、あるあるですね。

4 : ◆eBIiXi2191ZO [saga]:2019/11/20(水) 23:22:35.36 ID:PSNJgP6Z0

「事務所のみんなにも持ってってもらってるんですけどね」
「……どのくらい送ってこられたんです?」
「……三箱」

 まあ。
 それはそれは、お疲れさまです。

「女子寮に持ってく前に、少しでもさばいておこうか、と」
「それで、朝から移動販売、ですか」
「タダですけどね」

 プロデューサーは苦笑します。
 まあ女子寮なら、響子ちゃんがどうにかしてくれそうですし、それなら。

「じゃあ、お言葉に甘えて」
「ええ、ええ。どっさり持って行ってください」

 そう言ってプロデューサーは、袖机からスーパーのビニール袋をぽいぽいと取り出しました。
 ……マメですね、プロデューサー。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



5 : ◆eBIiXi2191ZO [saga]:2019/11/20(水) 23:23:23.89 ID:PSNJgP6Z0



「ふむ」

 目の前に鎮座ましましているのは、大量のきゅうり。
 私は袋ふたつ分のきゅうりを持たされ、こうしてキッチンで思索に耽っています。
 ……言い過ぎでした。ただ悩んでいるだけです。

 よくあるのは、浅漬けにするとか、切ってそのまま味噌をつけてもろきゅうとか。
 煮ても炒めてもいけますね、冬瓜のように使えば。
 ただきゅうりは日持ちしないので、これだけあるとさすがに……

 毎日が休肝バー、もとい、きゅうり天国(キューカンバー)というのは。

「まあそれもいいですけど」

 くすりと笑う、私。
 そうだ。ここには漬け樽はないけれど、多少日持ちする漬物なら。

「あれ。ですね」

 私はさっそく、きゅーちゃん漬けを作り始めるのでした。

6 : ◆eBIiXi2191ZO [saga]:2019/11/20(水) 23:24:00.20 ID:PSNJgP6Z0

 用意したきゅうりは、八本。一キロくらいあるかしら。
 それからしょうがを一個。そこそこの大きさですけど、全部入れちゃいましょう。
 あと、しょうゆと砂糖と、酢。そうそう、鷹の爪も少し入れましょう。
 あ、まあお仕事ありますし、今日は下ごしらえだけで。

 私は出したばかりのショウガと調味料を、そそくさと戻すのでした。

7 : ◆eBIiXi2191ZO [saga]:2019/11/20(水) 23:24:46.21 ID:PSNJgP6Z0

 きゅうりを一センチに足りないくらいの厚さで、輪切り。
 すとん。すとん。すとん。
 よく「手つきが危なっかしい」とは言われますけど、ゆっくり切れば安全ですし。
 のんびり、やりましょう。

 切ったきゅうりは、ボウル……うーん、ちょっと多いかしら。
 大きな鍋に入れましょうか。
 そして、塩をひとつかみ。ひと「つまみ」じゃなくてひと「つかみ」
 要は塩漬けです。ばさっと入れて、きゅうりと混ぜて、と。
 お皿を上からかぶせて、その上に、重しになるようなものを。

「それじゃあ」

8 : ◆eBIiXi2191ZO [saga]:2019/11/20(水) 23:25:14.47 ID:PSNJgP6Z0

 ちょうど二リットル空きペットボトルがありました。これに水を入れて、乗せましょう。
 その転がっている『〇五郎』のほうが大きい?
 ……あのね、大きさじゃないんだよ。

 ペットボトルを乗せて、セット完了。
 今日はほったらかしにして、お仕事の準備をしましょう。
 あとは帰ってきたら、続きをすることにして、と。

 では、行ってきます。

9 : ◆eBIiXi2191ZO [saga]:2019/11/20(水) 23:26:05.97 ID:PSNJgP6Z0

 はい、ただいま。
 いつもどおり仕事を終え、今日はプロデューサーに送られ帰ってきました。はあ、らくちん。
 プロデューサーに「よかったら私の手料理、いかがですか?」などと声をかけるものの。

「そんな時間ないです」

 まあ身もふたもないお言葉で、お断りされてしまいました。
 プロデューサーの忙しさはよく理解してます。私の仕事関係ですし、ね。
 ですから、強くお引止めせずにまっすぐマンションへ。
 さて。

「おお、たっぷんたっぷんですね」

 シンクに鎮座しているお鍋を見ると、すっかりきゅうりの水が上がっていました。うん、上等上等。
 ざるに開け水を捨てて、また鍋に戻して蛇口から水を張ります。ちょっとだけでも塩抜きを。
 その間に、調味液を作っておきましょう。

10 : ◆eBIiXi2191ZO [saga]:2019/11/20(水) 23:26:46.61 ID:PSNJgP6Z0

 醤油が400ミリリットル。砂糖が200グラム。お酢が100ミリリットル。
 計量カップでアバウトに量るだけ。
 砂糖の重さ? えー、確か100グラムは、カップで160ミリリットルくらいだったか、と。うろ覚えですけど。
 その程度のアバウトさで、十分。
 別のお鍋を用意して、量ったそばからジャーっと。そして火をつけます。
 なべ底に、青白い炎。なんか火をつける時って、わくわくしますよね。私、料理してるなあ、って。

 沸騰するまでに、針ショウガを作っておきましょう。
 ショウガの皮も剥かずに、トントントン。厚めの針ショウガができていきます。
 あら。
 火にかけたお鍋が沸騰して、ぶわっと泡が吹きそう。慌てて火を止めました。準備、よし。
 そして残りのショウガも全てハリハリにして。アツアツの調味液に投下!
 ざばざばざばー。

 シンクで塩抜きしているきゅうりをざるに開けて、水切り。これも調味液にどばーっと投下。
 結構、鍋いっぱいになりましたね。
 最後に、小口切りにした鷹の爪をぱらぱらと。

 できました。
 あとは蓋をして一晩放置して。本日の作業はここまで。
 はい。
 皆様、おつかれさまでした。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



11 : ◆eBIiXi2191ZO [saga]:2019/11/20(水) 23:28:00.35 ID:PSNJgP6Z0



 翌朝。
 そうそう、地方ロケで少しだけ家を空けるのでした。
 女性が旅行に行くときは、いろいろ持っていくものが多い、と言うけれど。
 私は最低限の私服と化粧品ポーチ、お気に入りの本を用意するくらいで、小さめのバッグで十分。
 ロケにはスタイリストさんもメイクさんも同行するし、基本はお任せなのです。
 なので、ロケ用セットはいつでも準備している、仕事のできる、私。えっへん。

 さて、それじゃあきゅーちゃんの仕上げといきましょうか。

「おめえら、覚悟しな」

 私はコンロに鎮座するお鍋に、そう告げます。
 そして……ご開帳。

「おお、これはこれは」

 半日ほったらかしのそれは、そこそこいい色に染まってきていました。
 ひとつつまんで、口に放り込みます。奥歯で噛めば、かりっと小気味よい音。

「……うん、まだまだね」

12 : ◆eBIiXi2191ZO [saga]:2019/11/20(水) 23:28:50.97 ID:PSNJgP6Z0

 きゅうりはまだ、芯まで味が染みてません。塩辛さが強くて若い、そんな感じ。
 そこできゅーちゃんを鍋から全部取り出して、調味液だけにします。再び着火。
 きゅうりの水分が出て薄まった調味液を少し煮詰めて、濃さを戻しましょう。

 最近のコンロは便利ですよね。調理タイマーが付いてて、鍋を空焚きするなんてこともない。
 私はタイマーを適当にセットして、出勤準備を始めたのでした。

 しばらくして。
 私はもう準備万端。でも、プロデューサーはまだ来ませんね。

「では」

 深めのタッパーを用意して、取り出しておいたきゅーちゃんを入れます。ハリハリショウガも一緒に、ぽいぽいっ。
 ……あら、ひとつじゃ足りなかったですね。
 もうひとつタッパーを出して、そちらにもぽいぽいっ。一つめのタッパーと分量をあわせて、と。
 そして、鍋の中身を注ぎ入れました。

 できあがったふたつのタッパー。まだぬくもりが残っているそれを、冷蔵庫へシュート!
 そして、最後の大事な儀式。

13 : ◆eBIiXi2191ZO [saga]:2019/11/20(水) 23:29:19.56 ID:PSNJgP6Z0

「おいしくなーれ……おいしくなーれ……もえもえ、きゅん」

 ええ、まあ。
 なんとなくそんな気分だったのです。

 プロデューサーから間もなく着くと連絡がありました。
 私はロケセットを持ち、マンションのロビーへ向かいます。

 では、きゅーちゃんたち。再会を楽しみにしてますね。
 アデュー。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



14 : ◆eBIiXi2191ZO [saga]:2019/11/20(水) 23:29:53.92 ID:PSNJgP6Z0



 そして、最初へ戻る。なーんて。

 ロケから帰ってタッパーを取り出した私は、浸かり具合を確認するのです。
 では、ご開帳。

「……まあ」

 ほどよい色に染まった、きゅーちゃん。
 これは我ながら、素晴らしい出来と思えます。傑作です。

「さっそく、ひとくち」

 タッパーから一切れ取り出して、ぱくり。
 しっかりした歯ごたえと、ほどよい甘味と、塩気。鷹の爪のぴりっと感も感じられます。
 私はぽりぽりと噛みしめながら、ひとりサムズアップをするのでした。

 さあ、こうなればあとは。

「ご慰労会、ですね」

 おひとりさまですけど。

15 : ◆eBIiXi2191ZO [saga]:2019/11/20(水) 23:31:04.19 ID:PSNJgP6Z0

 きゅーちゃんだけでは少し寂しいので、冷凍シューマイを取り出して、レンジでチン。
 あとは、本日のファーストチョイス。

「……今日の気分は……君に決めた!」

 最初はオリオンのドラフトで、いきましょう。

 リビングのテーブルに、シューマイの皿とからし醤油の小皿。そして。
 愛しの、きゅーちゃん。
 では、参りましょうか。

 プシュッ!!
 オリオン缶のプルタブを開けます。ああ、いい音ですね。心が湧きたちます。

「本日もお仕事、お疲れさまでした」

 缶のままグイっとひと口。オリオンのさらっとさわやかな口当たりと、すっきり喉ごし。

「……ふう……おいし」

16 : ◆eBIiXi2191ZO [saga]:2019/11/20(水) 23:31:31.41 ID:PSNJgP6Z0

 さっそく、きゅーちゃんからいただきましょう。
 ぱくり。
 ……ぽり……ぽり……
 ああ、いい歯ごたえです。

 本格的に、オリオンをぐびぐびっと。きゅーちゃんとオリオンが、胃の腑にすとんと落ちていきます。
 うん。
 いいですね。いい。

 次に、シューマイをぱくり。オリオンをぐびっと。うん、これもおいしい。
 冷食って便利ですよね。常備しておくとおつまみに事欠かなくて、ありがたいお供です。
 あっという間に、オリオンは空になりました。

「それじゃあ、メインと参りましょうか」

17 : ◆eBIiXi2191ZO [saga]:2019/11/20(水) 23:32:24.95 ID:PSNJgP6Z0

 今日のメインは、ロケ先のお土産。秋田の刈穂「kawasemi」
 ラベルが綺麗で、思わず手に取っていました。
 四合瓶をしばし眺め、私は準備を始めます。
 冷徳利を食器棚から取り出して、中に氷を詰めましょう。ぐい飲みも用意して、と。
 さて。
 封を開け徳利に注ぎ入れれば、フルーティーな香りが鼻腔をくすぐります。ああ、幸せな香りですね。

「改めて、いただきます」

 ぐい飲みに注ぎ、口に含みます。
 ……ああ。
 フレッシュな味わいと、甘さ。これは。

「……おいしい」

18 : ◆eBIiXi2191ZO [saga]:2019/11/20(水) 23:33:01.30 ID:PSNJgP6Z0

 その言葉だけで必要かつ十分。まずは一献、空けまして。
 次は当然、きゅーちゃんと一緒に。
 ぐい飲みを満たせば、再び香る命の水。きゅーちゃんを口に入れ、噛みしめます。そしておもむろに杯を空け。

「……ああ、酒あわせ……」

 このひと時が、ありがたい。
 まだ宵の口。ゆっくりとじっくりと、夜を愉しみましょう。
 ひそやかな、愉しみを。

 ぽりぽり……くいっくいっ……ぽりぽり……くいっくいっ……
 この酒あわせが。
 ずっと続きますように。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



19 : ◆eBIiXi2191ZO [saga]:2019/11/20(水) 23:33:44.57 ID:PSNJgP6Z0



 翌日。
 この日オフの私は、小袋を携え事務所に顔を出します。

「……あれ? 楓さん?」

 いつもの机では、プロデューサーがパソコンとにらめっこしていました。

「ええ、あなたの高垣楓、ですよ?」
「いや、それはいいです」

 まあ、プロデューサー。つれないですね。

20 : ◆eBIiXi2191ZO [saga]:2019/11/20(水) 23:34:26.52 ID:PSNJgP6Z0

「今日はどうしました?」

 プロデューサーが私に尋ねます。

「存外よく出来たんで、お裾分けです」

 そう言って私は、小袋を彼に渡しました。

「これは?」
「どうぞ、私の愛情がこもってますよ?」

 小袋を覗き込めば、そこに発見される小さなタッパー。
 プロデューサーはそれを取り出すと、蓋をゆっくり開けます。

「お、漬物。きゅーちゃん?」
「大正解。お手製ですよ」
「へー、きゅーちゃんって作れるんですね」

 そう言うとおもむろにひとつつまみ、口に放り込みました。ぽりぽりといい音。

「おー、これはなかなか」
「それはよかったです」

21 : ◆eBIiXi2191ZO [saga]:2019/11/20(水) 23:35:02.43 ID:PSNJgP6Z0

 私はちひろさんにも同じ小袋を渡します。

「あら、楓さん。ありがとうございます」
「ちひろさん、今度はうちで、女子会しましょうね?」
「それは、ぜひぜひ」

 うふふ、うふふと、笑顔のたくらみ。楽しくなりそうですね。

「あら、プロデューサーも参加します?」
「……いや遠慮しておきます。女性同士、気兼ねなく楽しんでくださいな」
「まあ、プロデューサーなら特別枠で。ねえ、ちひろさん?」
「そうですね……ぜひご一緒に」

 女性ふたりの笑顔に、プロデューサーは苦い顔をして。

「ごちそうさまでした」

 そそくさとタッパーを仕舞い、パソコンに向かうふりをするのでした。

 大丈夫。取って食べたりしませんよ。
 たぶん。おそらく。

 そして事務所は、本日も通常営業です。

22 : ◆eBIiXi2191ZO [saga]:2019/11/20(水) 23:36:25.91 ID:PSNJgP6Z0

 そういえば。
 まだうちには、きゅうりがだいぶ残ってます。
 どうしましょうね?



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



23 : ◆eBIiXi2191ZO [saga]:2019/11/20(水) 23:37:07.92 ID:PSNJgP6Z0



その1.Qちゃん

(おわり)



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



24 : ◆eBIiXi2191ZO [saga]:2019/11/20(水) 23:40:58.28 ID:PSNJgP6Z0
とりあえず続きます。よろしくお願いします。

調味液の分量は好みによってバランスを変えてください。わりと塩辛めになっているかと思います。
唐辛子の辛さが苦手な方は、鷹の爪抜きで十分食べられます。

日持ちは冷蔵庫で二週間程度を目安に。

では ノシ
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/11/20(水) 23:44:46.75 ID:AnPgvpeWo
乙です
きゅうりは安いからと大量に買っちゃうと、いつの間にかシナシナになっちゃうんですよねえ
キューちゃんの手作りとはまた珍しい。夏に知りたかった
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/11/21(木) 19:38:25.83 ID:2xDVPERi0
定食のおかずを食べきった後は漬物で御飯がイケるんだよなぁ…とウサミン星人と同い年になった頃に知った思ひ出
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