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【ミリマス】静香「ユートピア」
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1 :
◆BAS9sRqc3g
[sage saga]:2019/11/19(火) 20:23:09.49 ID:6s/A4gNC0
第一章 遠い日の落書き
それは一本の電話から始まった。
いえ、また……動き出したのよ。
「関東テレビの者ですが、最上静香さんの携帯ですか?
実は半年後に特大歌謡祭ヒットパレードという番組を企画をしているのですが、
是非そこで最上さんにまたステージで現役の頃のように唄って踊って欲しいんですよ」
そんな内容だった。
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1574162589
2 :
◆BAS9sRqc3g
[sage saga]:2019/11/19(火) 20:23:49.47 ID:6s/A4gNC0
少しだけ話をしたあと、私は通話を終えた携帯を見つめていた。
携帯の画面が放つブルーライトが目に刺さり、幻を私に見せる。
今でも思い出そうとすれば鮮明に蘇る記憶の数々……。
煌めくペンライトたちはまるで星の海のようだった。
苦しいことも辛いこともあったけど、その分私自身も輝きを放っていた。
でももう……たくさん笑い、たくさん泣いたあの頃の私はもう居ない。
3 :
◆BAS9sRqc3g
[sage saga]:2019/11/19(火) 20:24:26.71 ID:6s/A4gNC0
今、ここにいるのは今日の夕飯の献立を考えるどこにでもいる日本の主婦。
学校から帰ってきた娘には宿題をしろと口うるさく言い聞かせ、
帰ってきた旦那には小言をついつい言ってしまう。
そんな……どこにでもいる主婦なんだ。
最上だって、本名だったけれど、今じゃ旧姓。
4 :
◆BAS9sRqc3g
[sage saga]:2019/11/19(火) 20:25:44.86 ID:6s/A4gNC0
私は14歳の頃に親との約束で夢にまで見たアイドルを期限付きで始めさせて貰った。
当時私を担当してくれたプロデューサーは頼りないこともあったけど、
それでも私を、私達のユニットをトップアイドルへと導いてくれた。
16歳の時、アイドルを続けさせて欲しいという期限延長を
プロデューサーやユニットの仲間、事務所の仲間たちが総出で
私の父親のところにきて抗議したことを今でも覚えている。
あの時、私には「高校生になるまでが期限だ」と父は言っていたが、
大幅に延長してくれた。
当然、父の面子もあるのだが、みんなに圧倒されながら渋々許可を出した。
私は、みんなが帰ったあと母親の背中に隠れるようにして数週間を過ごした。
あんな風に押し切ったので父親と顔を合わせるのはどうにも気まずくて。
5 :
◆BAS9sRqc3g
[sage saga]:2019/11/19(火) 20:27:14.46 ID:6s/A4gNC0
それからしばらくして……私は27歳で引退した。
東京ドームを埋め尽くす超満員の私の引退兼解散ライブ。
客席のあちこちからすすり泣く声が聞こえ、
涙を拭いながらペンライトを振るファンの姿が見えていた。
私とユニットメンバーはそれに答えるべく全力を尽くした。
出し切った。何もかも。
終わった後、
花束を渡すあの子は最後の最後で顔をぐしゃぐしゃにして
大粒の涙をぼろぼろこぼしながら
「あなたのことがずっとずっと大好きで、
ずっと……ずっと羨ましかった」
と初めて告白され、私はみんなと抱き合って小一時間泣き続けた。
その時の温かさも全部。
全部、全部覚えている。
6 :
◆BAS9sRqc3g
[sage saga]:2019/11/19(火) 20:28:44.73 ID:6s/A4gNC0
――局からの電話のあとすぐに当時のプロデューサーからも電話がきた。
当時のプロデューサーからも電話がかかってきた。
内容は先に局の方からかかって来たそれと同じだった。
テレビ局の考えそうなことだった。
昔懐かしい、あの頃のアイドルをもう一度ステージに引っ張り上げ、
当時の私やユニットのみんなに熱狂していたファンたちにあの頃を思い出して浸ってもらおうという企画だろう。
私も小さい頃はそういう企画を何度か観てきたし、
自分が現役でアイドルをやっている頃も観ていた。
歳を重ねた女性が美しいドレスを纏い、
老いてなお美しいその美貌と付け加えられた妖艶さで魅了をする。
その気迫をどこかで観ながらも、
内心は鼻で笑っていたところもあったし、眼中になかった。
自分のことで精一杯だった。
少しでも隙を見せれば喰われてしまう。
全員がライバルだったから。
7 :
◆BAS9sRqc3g
[sage saga]:2019/11/19(火) 20:29:49.61 ID:6s/A4gNC0
……。
一通りの説明を私にしたあと、プロデューサーは私に昔と変わらない調子で問う。
「それで、どうする? 受けてもいいし受けなくてもいい」
「少し悩んでいるところです」
他のみんなを思い出す。どうしているのだろう。
みんなならこのことを聞いたらどうすると言うのだろう。
8 :
◆BAS9sRqc3g
[sage saga]:2019/11/19(火) 20:30:48.71 ID:6s/A4gNC0
クレシェンドブルーという私が愛した5人のアイドルユニット……。
野々原茜さん。
確か事務所を移ったあと地方のバラエティに引っ張りだこになって、
どこかで毎年のように小さいライブショーをやっていると聞いていたけど、
5年くらい前からそれも聞かなくなった。
北上麗花さん。
消息不明。生きているのか死んでいるのかも分からない。
誰も……誰に何を聞いても分からないまま。
事務所を辞める前からもう連絡が取れないことがよくあったみたいで、
どこで何をしているのか分からないまま、
私はあの人にお別れの言葉もちゃんと言えてない。
9 :
◆BAS9sRqc3g
[sage saga]:2019/11/19(火) 20:32:20.44 ID:6s/A4gNC0
箱崎星梨花。
ユニット解散後、すぐに大学に入り直したというところまでは聞いているけれど、その後は不明。
星梨花の実家は何度か遊びに行ったことがあるので場所は分かっているけれど、
私の職場の沿線ではないので行っていない。
おそらく忙しいのだろうし、きっと会えないと思う。
北沢志保。
私のライバルと言ってもいい彼女が一番連絡をとっていた。
最後に会ったのは彼女の結婚式の時に呼ばれて会った、それっきり。
私の時はすっかり引退したあとで結婚したものだから
それほど騒ぎにはならなかったけど、
志保の場合は女優路線に転向して何年かしてからの発表だったから世間も驚いていた。
その頃には彼女の気難しいところはすっかり世間に知れ渡っていたので
「大丈夫か?」という声がたくさん上がっていた。
当然私も思った。
あと年一回、あけましておめでとうのLINEは必ずする。
なんとなく、一番切りたくない存在。
10 :
◆BAS9sRqc3g
[sage saga]:2019/11/19(火) 20:33:48.73 ID:6s/A4gNC0
電話越しのプロデューサーさんに聞く。
「みんなはなんて言いますかね」
「志保が珍しくOK出したそうだぞ。ああでも条件があるとか」
まあ今でもテレビで見かけるもの。志保は当然そういうのも断らないわよね。
「条件って?」
「静香が出ることだ」
11 :
◆BAS9sRqc3g
[sage saga]:2019/11/19(火) 20:34:41.29 ID:6s/A4gNC0
ああ、それで私のところに電話がかかってきたんだ。
という納得と、私自身は結局志保のバーターでしかないということにショックだったが、すぐに諦めた。
そりゃあそうでしょう。もう引退して何十年も前になるもの。
2LDKのお世辞にも広いとは言えないマンションの一室で、
リビングに広がる娘の洋服に目が行く。
ため息もつき飽きたというくらい、誰に似たのか。
旦那は何度言っても真面目に娘を注意することはしない。
プロデューサーには
「また連絡してください。前向きに検討します」
とだけ言い。
電話を切った。
12 :
◆BAS9sRqc3g
[sage saga]:2019/11/19(火) 20:36:08.07 ID:6s/A4gNC0
その後、志保にはLINEで嫌味を送ってやろうと会話の履歴から漁っていく。
その手の動きは軽やかだった。
正直に言うと、久々にやり取りができる口実ができて嬉しかったのだと思う。
ママ友たちのLINEからずいぶんと下に行って、志保の名前を見つける。
志保の画面をひらくと「あけましておめでとう」だけポツリとやり取りしてある。
私はそこに
「テレビ局から出演依頼の電話が来たのだけど、私が出るなら出るって言った?」
とぶっきらぼうに送る。
私はそれからキッチンの片付けをする。
洗い終わり、綺麗に拭いてから使い終わった食器を元の場所に戻していく。
戸棚を閉めた頃にはキッチンの端っこに置いていたスマホが光っているのを見る。
志保からだ。
すぐに分かった。
あの子、返事だけは早いのよね。
13 :
◆BAS9sRqc3g
[sage saga]:2019/11/19(火) 20:37:09.66 ID:6s/A4gNC0
「言った」という文字だけが来ていた。
見ているとそのあとに「いやだった?」と付け加えられた。
「平気」
「プロデューサーが引退した静香のこと一時預かりにするって」
「そうなんだ」
「そう。出演料とかそこから振り込まれるから」
「プロデューサーのとこにマージン取られるわけ?」
「さあ? 聞いてみないと分かんない」
「正直いくら貰うかにも寄るんだけど」
「わかる。確認しておく」
淡白なやり取りが続く。
あの子暇なのかしら?
14 :
◆BAS9sRqc3g
[sage saga]:2019/11/19(火) 20:37:46.79 ID:6s/A4gNC0
「もし、出るなら練習期間と打ち合わせがあるから」
「わかった」
「ミニ静香は元気?」
ミニ静香とは私の娘のこと。志保はそう呼ぶ。
娘は志保のことをお姉さんと呼ぶ。(強制させられていた)
「元気すぎ」
「良かった。今度誕生日よね」
「そう」
「Amazonから好きそうなの送っとく」
「5000円以下でお願い」
15 :
◆BAS9sRqc3g
[sage saga]:2019/11/19(火) 20:38:44.85 ID:6s/A4gNC0
以前志保は娘の誕生日に5万円分の子供服を大量に送りつけてきたことがある。
しかも志保好みのやつばかり。
私の娘はそのせいで安い服を好まなくなってしまったし、
志保にはすっかり猫なで声を出すようになった。
悪い大人だ……。
まあ、可愛がってくれるならそれにこしたことはないのだけど。
志保には生意気そうな顔した猫のスタンプを送りつけるだけで、
それ以降返していない。
あとは志保がギャラのことを聞いてくれるのを待つだけになった。
ふう、とため息つく頃に玄関ではドタバタと足音がする。
それから勢いよく開くリビングの扉から娘が飛び出てくる。
「ママ!! 明日牛乳パック使うんだけどある!?」
「あんたなんでもっとそういうの先に言わないの!!」
16 :
◆BAS9sRqc3g
[sage saga]:2019/11/19(火) 20:39:12.01 ID:6s/A4gNC0
第二章 新しい困難
――数日後。
私は都内のA局に来ていた。
別にアイドルやこの業界に未練はない。
でも、なんとなくもう一度みんなに会えると思ったら出たくなった。
それに、こういうお誘いをテレビ局からされることは、実は初めてだった。
そのせいで舞い上がっていたのかもしれない。
17 :
◆BAS9sRqc3g
[sage saga]:2019/11/19(火) 20:40:31.53 ID:6s/A4gNC0
私は慣れていたはずのテレビ局の受付で手続きをなんとか済ませる。
こんな所まで私の知らない風に変わってしまっていたらどうしようかと
内心ビクビクしながら受付をしていた。
案内された通りに局内を進んでいく。
テレビ局の廊下には今やっているドラマのポスターが張られていたりする。
その中に、かつての仲間たちの姿はもうほぼ見ないし、
パッと見てすぐに分かる人なんて居ない。
受付で指定された会議室に到着した私はノックしてから部屋に入る。
扉を開けた瞬間にキツい香水の匂いと、
加齢臭とは程遠い、乳臭い匂いの充満した部屋が広がっていた。
それに、これは何の匂い?
柑橘系の制汗剤……?
18 :
◆BAS9sRqc3g
[sage saga]:2019/11/19(火) 20:41:22.25 ID:6s/A4gNC0
会議室に既に入っていた何十人という十代か二十代の女の子たちは一瞬だけ、
部屋に入ってきた私を見るのに静まり返る。
「失礼します」
と深くお辞儀をしてから私は適当に空いている椅子に座る。
そこまでの一連の私の動きを見た若い女の子たちは再び自分たちの会話を始める。
その会話の内容はどうにも私のことをこそこそと話しているようだった。
あまりいい気分ではない。
私はそういう声には極力耳を貸さないようにしていたが、
一人の女の子が私に声をかけてきた。
19 :
◆BAS9sRqc3g
[sage saga]:2019/11/19(火) 20:42:47.76 ID:6s/A4gNC0
「あの、休憩されているところすみません、もしかして最上静香さんですか?」
声をかけてきたのは見るからに10代の女の子だった。
そのキラキラした私のこと見る瞳で
すぐに私のことを知っている子だと理解する。
「ええはい、そうです。私のこと、知ってくれているんですか?」
その会話が始まると近くで
「あ〜聞いたことあるかも」
という声が聞こえる。
その女の子はそれはもう嬉しそうに「もちろんです!」と言う。
その声が少し響いてまたしても私は注目を浴びてしまう。
「私、大ファンだったんです!」
――だった。
過去形か。
細かいところに引っかかるようになったのは
娘の嘘を見抜くために身についた悲しいスキルね。
でもこれはきっと興奮しているせいで言い間違えたのよ。
私はスルーを決める。
20 :
◆BAS9sRqc3g
[sage saga]:2019/11/19(火) 20:43:56.63 ID:6s/A4gNC0
「ありがとう。ごめんなさい、お名前を聞かせていただいても良いかしら」
「私、シーガールズっていうアイドルユニットの羽村です!」
「そう、羽村さんありがとう。あの一つ教えて欲しいのだけど、
この部屋は特番の打ち合わせであってますか?
私部屋を間違えたんじゃないかと心配で」
羽村さんは私の質問に即答する。
笑顔が眩しい……。
21 :
◆BAS9sRqc3g
[sage saga]:2019/11/19(火) 20:44:40.75 ID:6s/A4gNC0
「合ってます!
この部屋は特番に出演する女性アイドルの打ち合わせ部屋なんです。
ってさっきスタッフさんたちが言ってました!」
「そう、良かったわ。ありがとう」
「いえ、こちらこそ。何か分からないことがあればまた聞いてくださいね!」
「ありがとう。そうしますね」
そう言うと羽村さんは深く一礼してから自分たちのユニットの方へと戻っていく。
そのタイミングで部屋には番組のプロデューサーが部屋に入ってくる。
22 :
◆BAS9sRqc3g
[sage saga]:2019/11/19(火) 20:45:45.99 ID:6s/A4gNC0
番組プロデューサーが入ってくると、
これまでダラダラとお喋りしていた若い女の子たちは
人が変わったように一斉にガタン!と起立し、
「おはようございます!」と大きな声で挨拶をした。
あまりの統率力に軍隊を彷彿させた。
気遅れした私はせめて年寄りなりに品の良さを見せようと
丁寧に立ち上がり深くお辞儀をしてみせた。
そして、そんな有りもしない品性を演じて見せたことを私は少し恥ていた。
娘が今のを見たらきっと「余所行き」って馬鹿にされる。
志保はそのプロデューサーの後ろをツカツカと付いて歩いて入ってきた。
私はようやく見知った顔を見れて安心する。
良かった、私だけが来るというドッキリじゃなかった!
現役の頃にいくつこの手のドッキリに引っかかったことか……。
顔を真っ赤にして怒る私の映像は当時嫌と言うほど世間に流された。
23 :
◆BAS9sRqc3g
[sage saga]:2019/11/19(火) 20:46:47.37 ID:6s/A4gNC0
部屋中の若いアイドル達は志保のことを見るなりにざわつく。
無理もないわね。今じゃかなり大物の女優だもの。
「あれ、北沢志保さんじゃない……?」
「嘘、なんで……?」
「ほら、昔アイドルやってて」
「あー、それで?」
志保はそんな中、若い群衆から離れぽつんと座る私を見つけるなり
「よっ、お疲れ」と片手をひらひら挙げながらこちらに来る。
私は近づいてきた志保のその手をぱんっと叩いてぎゅっと掴む。
なんとなく会うとこんなハイタッチ紛いのことをするのがお決まりになっている。
24 :
◆BAS9sRqc3g
[sage saga]:2019/11/19(火) 20:47:37.05 ID:6s/A4gNC0
「仕事?」
「そう。ギリギリまで詰められちゃって。この打ち合わせのあとも仕事。駅までなら途中タクシー乗せるわね」
「ありがとう」
志保はガサガサと肩に掛けていた鞄から水を出すと
半分くらい入っていた500ミリのペットボトルの中身をいっきに飲み干した。
「はぁ……生き返る」
近くの机から資料が回ってくるのを私は志保に渡す。
プロデューサーはその資料をもとに
今回の特番についての説明を始めた。
25 :
◆BAS9sRqc3g
[sage saga]:2019/11/19(火) 20:48:41.48 ID:6s/A4gNC0
最初に聞かされていた内容と殆ど相違無かった。
今回の『特大歌謡祭ヒットパレード』は今をときめくアーティスト達が大集合して、
自分たちの代表作とも言える曲を披露する。
そこには懐かしのあの人やあの人が登場するという流れだった。
私はいつの間にか進んでいったこの時代から取り残されて
「懐かしいあの人」になってしまった。
未練はないけれど、現実に突きつけられると少し悲しくなる。
基本的には今ヒットしている曲をやるのだが、
私たちはその「懐かしのあの人」という特別枠で登場する事になる。
そこで今回の目玉として私と志保が呼ばれた訳だったが、
クレシェンドブルーの集まりがあまりにも悪かったため、
他の若いアイドルたちにはバックダンサー、
コーラスをやってもらおうという企画だった。
今回はそのメンバーの顔合わせらしい。
26 :
◆BAS9sRqc3g
[sage saga]:2019/11/19(火) 20:50:14.85 ID:6s/A4gNC0
会議中、それが発表されると先ほどの羽村さんからの熱い視線と
「頑張ります! 任せてください!」
と言ってるかのようなジェスチャーを貰う。
会議室の中を見渡すと
あまり良くない顔をしている女の子もチラホラ居る。
当然ね。
要は
「君らじゃなくてこの懐かしいおばさんたちのサポートに回れ」
って言われてるようなもの。
反発する意見があって十分でしょ。
27 :
◆BAS9sRqc3g
[sage saga]:2019/11/19(火) 20:50:58.31 ID:6s/A4gNC0
そして、かくいう私の隣で、
話が進むに連れて段々椅子に寄りかかる角度が鋭くなっている志保も
この企画によく思っていなかったのだろう。
「ということで、またレッスンの日時は
追って各事務所の担当マネージャーから聞いてくださいね!」
と空気の悪いのを察した番組プロデューサーは
そそくさと打ち合わせを切り上げてしまった。
殆ど私らの質問など受け付けぬように。
28 :
◆BAS9sRqc3g
[sage saga]:2019/11/19(火) 20:52:01.34 ID:6s/A4gNC0
「静香どう思う?」
「どうって、まあ私はもうすっかり引退してるから全然だけど
……サポートに入って貰えるなら嬉しいかなって」
「はぁ」
志保は私までも睨みつけながらため息をつく。
「私たち、すっかり歳だから二人じゃ出来ないと思われているのよ。
舐められたもんだわ」
志保は周りの女の子達には聞こえないように言う。
昔なら志保はその場であのプロデューサーに
真っ向から噛みつきに行っただろう。
彼女も人として成長したってことかな。
29 :
◆BAS9sRqc3g
[sage saga]:2019/11/19(火) 20:52:28.59 ID:6s/A4gNC0
だが、私たちの前に更なる不安要素が舞い込んでくる。
「あの、北沢志保さんと最上静香さんですよね」
「はい」
そう声をかけられた私たちは顔をあげると2人の女の子が立っていた。
その後ろには慌てふためく羽村さんの姿がある。
「シーガールズの上野です」
「……同じく川崎です」
「上野さん、川崎さん……何か?」
30 :
◆BAS9sRqc3g
[sage saga]:2019/11/19(火) 20:53:27.54 ID:6s/A4gNC0
さっきの羽村さんとは大違いの雰囲気をまとった2人が目の前に立つ。
私はさっそく2人の勢いに呑まれかけるが
志保は相変わらずどっしりと構えている。
「今回の話、申し訳ないのですが、丁重にお断りさせていただきます」
正直この時、この話が出たのは「まあ何というか仕方ないかな」とも思っていた。
でもそれを直接こんな形で伝えてくるのは中々勇気があるどころか、
そんな肝の座ったことをするのは私が現役の時代でもそうそう居なかった。
志保はちょくちょく何かやらかしてたりするけど。
正義感が悪い方向に働いた結果がこれかもしれない。
正義の反対にあるのは別の形の正義なんだ。
31 :
◆BAS9sRqc3g
[sage saga]:2019/11/19(火) 20:54:03.06 ID:6s/A4gNC0
「だめだよ! せっかく貰ったお仕事なんだから!」
羽村さんは上野さんの言葉を訂正するかのように振る舞うが、
上野さん、川崎さん両者のだす空気はそんなことでは揺るがない。
「……事務所から断りの連絡が行くと思います」
それだけを川崎さんが伝えると三人は帰ってしまった。
最後に羽村さんだけが、頭を深く下げて先に行く二人を追っていく。
32 :
◆BAS9sRqc3g
[sage saga]:2019/11/19(火) 20:55:22.95 ID:6s/A4gNC0
しーん、と静まり帰った会議室。
椅子に寄りかかる志保はぎしっと、
音を立てながら起きあがると、
「私たちとやると出番が減るのでやりたくないってさ」と言った。
そんな解釈の仕方しなくても、とは思ったが、要はそういうことなんでしょう。
静かになった会議室を出て私は志保の手配したタクシーで局から近い駅まで送ってもらう。
タクシーの中では仕事、それから旦那の愚痴をべらべらと志保は喋っていた。
「ねえ、志保。今までこんな依頼来てた?」
「来てたわ」
志保は少し考えたあと、
窓の外をつまんなそうに見ながら続けた。
33 :
◆BAS9sRqc3g
[sage saga]:2019/11/19(火) 20:57:01.75 ID:6s/A4gNC0
「でも、どれもこれもクレシェンドブルーでって話だったから断ってた。
私がOK出したら他のみんなに聞こうとしてたみたいよ」
プロデューサーは一番テレビでの露出がある志保にまず許可を得ようとしていたらしい。
というかテレビ局からの要望もそうなんだと思う。
「まず北沢志保が出るか出ないか」
これが重要なんでしょうね。
「なんで今回だけ受けたの……?」
どれもこれもと言った彼女だったが、
私の知る限りでは志保はそういう番組に出たことはなかったと思う。
34 :
◆BAS9sRqc3g
[sage saga]:2019/11/19(火) 20:57:32.38 ID:6s/A4gNC0
「……なんとなく」
志保は相変わらず窓の外を見ながら、適当に言った。
「ねえ……ミニ静香は元気?」
私はうっかり娘に対しての愚痴が溢れ出しそうになるのを
ぐっと堪えて「元気よ」とさらっと言う。
この前もLINEで聞いてきたのに、忘れたのかしら。
35 :
◆BAS9sRqc3g
[sage saga]:2019/11/19(火) 20:58:05.95 ID:6s/A4gNC0
「そう。あ、ねえ。久しぶりに会いたいから収録の時、連れてきてよ。
観覧で一般入れるんでしょうし」
「え? ……うん、分かった。たぶん来ると思うから聞いてみる」
「私がすごいお姉さんだってところ見せてやるから絶対連れてきなさいよ」
志保はそう言いながら笑っていた。
それから駅について車を降りる際に志保に
「あとでラインするわ」とだけ言ってこの日は別れた。
36 :
◆BAS9sRqc3g
[sage saga]:2019/11/19(火) 21:00:01.63 ID:6s/A4gNC0
――後日。
プロデューサーから連絡が入ったのは例の件でのことだった。
「静香、『あんた達みたいな小娘とは出来ないって言われた。
こんな悲しい思いをしたのは初めてだし、
嫌な気分を引きずったままではステージに上がることはできない』
ってクレームが来てるんだが? そんなこと言ったの?」
私は電話越しにため息をつく。
リビングでソファに転がりながらテレビを見ている娘にも目が行きため息はより深くなる。
プロデューサーはため息を聞いて「まあ、言うわけ無いよなー」と分かってくれた。
あれだけの長い期間一緒にやってきたからこそ分かってくれる。
37 :
◆BAS9sRqc3g
[sage saga]:2019/11/19(火) 21:01:15.66 ID:6s/A4gNC0
「まあそれを受けての向こうが言った言葉がこうだ。
『私達だってもっと売れていかないといけないのに、
こんなところで過去の人達のバックダンサーなんてもので
収まっていい器ではないからやらない』
と言い返してしまったことは反省している。だそうだ。
そんな酷いこと言われたのか?」
「いいえ。でもそれが本心ね」
私はその気持ちが痛いほどわかってしまった。
あの頃、現役でもっと尖っていた私や志保が同じ境遇に居たら、
上野さんや川崎さんのように直談判する勇気はなくても
プロデューサーに対して猛抗議をしただろう。
プロデューサーは電話越しに
「最近の若いのは〜」とべらべら喋っていたが、
そんな声を聞いて思い出した。
38 :
◆BAS9sRqc3g
[sage saga]:2019/11/19(火) 21:02:21.03 ID:6s/A4gNC0
彼自身はとっくに忘れているのかもしれないが、
私や志保に向かってプロデューサーは
「いつかしっぺ返しが来るぞ」
と忠告したことがあった。
誰にも迷惑かけていないのに、バカバカしい。
と流していたが、そうか。
今頃になって来たのか。
「彼女たちがやりたくない、ということを無理にやらせるわけにはいかないわ。
私と志保2人でステージには立つから、
そう番組のプロデューサーにも伝えておいて」
とプロデューサーに告げ、電話を切った。
電話を切ったスマホの画面には志保からのLINEが入っていた。
「あの小娘どもつぶしたろうかな」
「ふっ……」鼻で笑ってしまった。
彼女は変わらないようだ。
39 :
◆BAS9sRqc3g
[sage saga]:2019/11/19(火) 21:03:18.03 ID:6s/A4gNC0
第三章 出来ていたこと
レッスン初日。
先にスタジオに来て私は柔軟体操をしていた。
体型が大きく変わったと言うことはないが、
明らかに身体は堅くなっている。
これは果たして柔軟になっているのだろうか。
自然と出来る範囲をキープしている。
身体はみしみしと言っている。
昔はもっと無茶出来たような気がするけど、
いろんなことが頭をよぎってしまう。
自分のこと、身体のこと、家庭のこと、娘のこと。
まっすぐ伸ばした足の裏だって触れたのに
……今じゃ膝下のスネをさわる程度。
40 :
◆BAS9sRqc3g
[sage saga]:2019/11/19(火) 21:04:30.15 ID:6s/A4gNC0
足を開いてみる。
昔は綺麗に開いたのに今じゃ膝は勝手に曲がってしまい、
綺麗に開くことが出来ない。
出来ない。
急に私は思いつきで昔の映像をYouTubeで引っ張り出した。
映像は私たちのライブ映像。
小さなスマホに流れる映像、
それに合わせて踊ってみよう。
41 :
◆BAS9sRqc3g
[sage saga]:2019/11/19(火) 21:04:59.00 ID:6s/A4gNC0
イントロが始まる。
「Shooting Stars」だ。覚えている。
目を閉じる。
覚えている。目の前にはペンライトの海が広がっている。みんなの立ち位置も分かる。
私の取るポーズが分かる。
何度もやった。
何度も何度も何度も踊って、唄った。
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