曜「神隠しの噂」

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1 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/07(木) 14:17:54.86 ID:NOmScrmB0
ラブライブ!サンシャイン!!SS

ダイヤ「吸血鬼の噂」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1562365941/

の続編です。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1573103874
2 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/07(木) 14:21:01.59 ID:NOmScrmB0

ちか「ねー、よーちゃん」


声がして振り向くと、跳ねた髪と背負ったランドセルを揺らしながら、千歌ちゃんが海の方を見ていた。


よう「? どうしたの?」

ちか「あれみて」


千歌ちゃんが指差す先──砂浜に、何かが流れ着いている。


よう「……ふね?」


そこにあったのは一艘の船だった。

とは言っても、もちろん普通の帆船や客船などではない。

そんなものが浜辺に流れ着いていたらもっと大騒ぎになっている。

じゃあ、ヨットやボート? ……いや、もっともっと小さな船だ。

それは大きさにして、60cmほどの小さな船──木で出来たミニチュアの船だった。


ちか「ちっちゃいおふねだね! かわいいね!」


千歌ちゃんは楽しげな声で笑いながら、船の方へと駆け出そうとする。


よう「……」


私はそんな千歌ちゃんの腕を引っ張るようにして、止める。


ちか「わっとと……? どうしたの? おふね、ちかくでみないの?」

よう「ちかちゃん、ふねの上……」

ちか「……上?」


千歌ちゃんを促し二人で目を向けた、木の船の上には──


ちか「……え」


魚が横たわっていた。


ちか「なに……あれ……」


木で出来た小さな船の上に──魚が横たわっていた。

先ほどまで楽しそうだった千歌ちゃんも、その異様な光景に言葉を失っていた。

ただ、私はあれが何かに少しだけ心当たりがあった。船乗りであるパパから聞いた、船にまつわる蠱い……。


よう「あれ……のろいだとおもう」

ちか「のろい……?」

よう「木でつくったふねの上に、のろいたい人が、みにつけてたものを、のみこませた魚をのせてながすとね」

ちか「う、うん……」

よう「ふねとお魚のかみさまがかんちがいして……のみこませたもののもちぬしが、けされちゃうんだって」

ちか「じ、じゃあ……あれって……」

よう「うん……だれかがだれかをけしちゃおうとしてるんだとおもう……」

ちか「…………」
3 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/07(木) 14:23:01.64 ID:NOmScrmB0

これはパパから聞いた迷信。

ただ、実際目の当たりにするのは初めてだった。


ちか「……どうして、そんなこと……」

よう「……わかんない」


他人にいなくなって欲しいなんて感情、当時の私には、そして千歌ちゃんにも全く無縁のことだった故に、二人して酷く困惑した。


ちか「……こわいな」

よう「……うん、こわいね。もういこ? ちかくにいたくないよね」

ちか「んーん、そうじゃなくて……」

よう「?」


千歌ちゃんは酷く悲しそうな顔をしながら、


ちか「だれかが、だれかをけしちゃおうとしてるなんて……こわいよ……」


そう言葉を漏らす。


ちか「それに……じぶんがしらないところで、だれかにけされそうになってたら……こわいよ……」

よう「ちかちゃん……。……ちかちゃんはだいじょうぶだよ、ともだちもいっぱいいるし」

ちか「そう……かな……」


私は震える親友の手を握って、


よう「だいじょうぶだよ」


目を見て、伝える。


ちか「よーちゃん……」

よう「それに……」

ちか「それに……?」

よう「もし、ちかちゃんになにかあったら、わたしがまもるからっ!」


少し照れくさいけど、ニカッと笑いながら、千歌ちゃんにそう伝えると、


ちか「よーちゃん……うん」


千歌ちゃんは少し安心したのか、和らいだ表情で笑顔を見せてくれた。


ちか「チカになにかあったら……よーちゃんがまもってね」

よう「うん! やくそくする!」


私は千歌ちゃんから頼られるのが嬉しくて、誇らしくて、彼女の手を引っ張りながら、意気揚々と歩き出す。

それに釣られるように、千歌ちゃんも私と一緒にトコトコと歩き出す。

私はこのときから、高海千歌を守る騎士になったのだ。

千歌ちゃんは私を頼ってくれるし、私は千歌ちゃんに頼られる。

だから……千歌ちゃんは困ったら、いつでも私を一番に頼ってくれると──勘違いしていた。

4 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/07(木) 14:25:06.20 ID:NOmScrmB0

──
────
──────



──6月10日月曜日。


千歌「…………」


浦の星女学院の中、廊下で前方を歩く千歌ちゃんの背中を見つけて、


曜「千歌ちゃん! おはよ!」


声を掛ける。


千歌「ひっ……!」


その声に驚いたのか、千歌ちゃんが声をあげながら、飛び上がる。


千歌「よ、曜ちゃん……」

曜「ひっ……って酷いなぁ」

千歌「あ、あはは……ご、ごめん……」

曜「…………」


こちらに振り向く千歌ちゃんの全身を観察する。

もう衣替えも過ぎたというのに、夏服ではなく、冬の制服に袖を通し、脚には普段余り千歌ちゃんが穿いてこないような、真っ黒なストッキング姿。

校舎内だと言うのに、鍔の広い帽子を被っているし、何より目を引くのは真っ白な手袋だった。

学生のオシャレの範疇を超えている気がしてならない。

まるで強い日差しを異様に嫌う、深層の令嬢を思い起こさせるような……そんな姿だった。


曜「千歌ちゃん……やっぱり何かあった?」

千歌「え……う、うぅん。な、なにもないよ……」


千歌ちゃんは顔を引きつらせながら誤魔化してくる。

嘘が下手すぎる。


曜「千歌ちゃん……悩みがあるなら聞くよ?」

千歌「…………」


千歌ちゃんだって、華の女子高生だ。

日差しが気になることだって、あるかもしれない。

どんな些細なことでもいい。

話して欲しかった。頼って欲しかった。


千歌「……な」

曜「……な……?」

千歌「なんでも……ない……」

曜「…………」


それでも、千歌ちゃんは、話してくれない。
5 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/07(木) 14:26:22.57 ID:NOmScrmB0

千歌「……ご、ごめん……もういくね」


千歌ちゃんは踵を返して、歩き出そうとする。

私は咄嗟に──


曜「あ……ま、待って……!」


千歌ちゃんの手を掴んでいた。

なんとなく──今、千歌ちゃんを放っておいちゃ、いけない気がしたから。

だけど、


千歌「……!! 放してっ!!!」


──パシンッ!

私が掴んだ手は──乾いた音と共に、振り払われていた。


曜「え……」

千歌「あ……」


──千歌ちゃんに、手をはたかれた。


曜「…………」

千歌「あ……いや……その……」

曜「あ、はは……ご、ごめん……そんな、嫌がられると思ってなくて……」

千歌「ご、ごめん……なさい……」


千歌ちゃんは真っ青な顔で謝ってくる。


曜「う、うぅん……私こそ、ごめんね」

千歌「……ごめんっ」


千歌ちゃんは泣きそうな顔をしたまま、今度こそ踵を返して、教室の方へと走り去ってしまった。


曜「…………」


一人残された私は、はたかれた自分の手を見つめる。

守ると誓って、あの日繋いだ手が、今はじんじんと痛かった。

そんなに強くはたかれたわけじゃないはずなのに、何故だか……すごく、すごく……痛かった。

6 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/07(木) 14:27:29.43 ID:NOmScrmB0

──
────
──────



千歌ちゃん。

どうして、私を頼ってくれないの。

私、千歌ちゃんのためなら、なんだってするのに。

どんなことがあっても、私は千歌ちゃんの味方でいるつもりなのに。

理由はわからないけど……千歌ちゃんは今、闇の中にいる。

闇の中を一人で歩いて、苦しんでいる。

やっぱり、助けなきゃ。

放っておいちゃだめだ。

私は走り出した。

闇の中を歩く千歌ちゃんの背中を追って。


曜「千歌ちゃん!!」


声を張り上げる。

闇の只中を一人で歩き続ける千歌ちゃんの背中に向かって。


千歌「…………」


だけど、千歌ちゃんは振り向かない。


曜「千歌ちゃんっ!!!」


さっきよりも大きな声で呼ぶけど、それでも千歌ちゃんは振り返らない。

なら、こっちにも考えがある。

私は歩きづらい闇の中で、クラウチングの姿勢を取る。

短距離なら得意だ。

嫌がっても、私の走力なら絶対追いつける。

追いついて、何が何でも千歌ちゃんを救うんだ、守るんだ。

全身に力を込めて、弾けるように飛び出す──

歩きにくい闇の中で必死に足を動かす。


曜「千歌ちゃん!!」


名前を呼ぶ。


曜「千歌ちゃんっ!!!」


だけど、何故なのか。全然距離が縮まらない。


曜「千歌ちゃんっ!!!!」


名前を叫ぶのに、千歌ちゃんは全然反応しない。

まだ、足りないのか──

私は胸いっぱいに空気を吸い込んで、ありったけの大声で名前を呼ぼうとした。

そのとき──
7 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/07(木) 14:29:05.07 ID:NOmScrmB0

 「──千歌さん──」


闇の中に……声が、響いた。


千歌「……!!」


その声がした途端、さっきまで肩を落として、下を向いていた千歌ちゃんが、顔をあげたのが背中側から見てもわかった。

そして、千歌ちゃんは……その声のする方に一目散に駆け出した。


曜「え……」


──私の声には見向きもしなかったのに。


 「──千歌さん──」


声がする方へと、ぐんぐん進んでいく。


曜「待ってよ……」


気付けば、闇の中に取り残されていたのは──私だった。


曜「……なんで」


急に強い風が吹き荒び、どこからともなく現れた大量の木の葉によって、視界が覆われていく。


曜「私が……守るって……」


途切れ途切れの視界の遥か先で、長い黒髪を揺らして腕を広げて待っている人が居る。

あの人は、よく知っている。

浦の星女学院の生徒会長で、Aqoursの仲間で──私の記憶が間違ってなければ、千歌ちゃんと接点が余りないはずの人だった。


曜「なんで……その人なの……」


悪視界のその先を走る千歌ちゃんが、その人の胸に飛び込んでいく。


曜「……待ってよ……」


そのまま、二人は光に包まれて、だんだんと見えなくなっていく。


曜「待ってよ……」


私を一人、この闇に残して……。
8 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/07(木) 14:29:42.44 ID:NOmScrmB0

曜「千歌ちゃん……」


──さて、この物語は、この風と木の葉の吹き荒ぶ、闇の中から始まる。


曜「千歌ちゃん……待ってよ……」


──ただ、最初に断っておこう。この物語は……ただ、私──渡辺曜が、


曜「千歌……ちゃ──」


──幼馴染に失恋をするだけの話。

そんな気持ちを抱えて、消えて、居なくなる。そんな物語だ──



9 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/07(木) 14:31:36.56 ID:NOmScrmB0

    *    *    *





 「──うちゃん、曜ちゃーん……」

曜「ん……ぅ……」


身体を揺すられている。


曜「千歌……ちゃん……?」


ゆっくりと目を開けると──目の前で葡萄色の髪の少女が少し困ったような顔をしていた。


梨子「千歌ちゃんではないけど……」

曜「梨子ちゃん……」

梨子「だいぶうなされてたけど……大丈夫? もう、放課後だよ?」

曜「放課後……?」


言われて辺りをきょろきょろと見回すと、そこは見慣れた2年生の教室だった。


曜「……夢、か」


気付けば首の周りが脂汗でびっしょりだった。

授業中にうっかり寝落ちして、そのまま悪夢を見ていたらしい。

内容は……なんだったっけ。

懐かしいような、胸が詰まるような……最終的にかなりしんどい夢だった気がするけど。

まあ、夢なんてそんなもんだ。どんな悪夢でも目が覚めてしまえば思い出せないなんてよくあること。


曜「あはは……なんか変な夢見てたっぽい」

梨子「変な夢?」

曜「内容は全然思い出せないんだけど……」

梨子「えぇ……。まあ、平気ならいいんだけど……」

曜「うん、起こしてくれてありがと、梨子ちゃん」

梨子「二学期が始まったばっかりだからって、授業中に居眠りしてちゃダメよ? 千歌ちゃんじゃないんだから……」

曜「あはは、面目ない……」


私は頭を掻きながら、きょろきょろと辺りを見回す。


曜「ところで……その千歌ちゃんは?」

梨子「えっと、千歌ちゃんなら、放課後になった瞬間部室に行ったけど……」

曜「あ……そっか。そうだよね」


──ズキリ。また胸が鈍く痛んだ。


曜「放課後になったら、会える時間だもんね」


そう、ちょっと前に千歌ちゃんと付き合い始めた──あの人に。


曜「──ダイヤさんに……」
10 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/07(木) 14:33:01.88 ID:NOmScrmB0

自分で改めて口にして、また少しだけ胸が詰まるような感じがした。





    *    *    *





──本日は9月9日月曜日。

夏休みが終わり、本格的に二学期が始まった放課後。

私は梨子ちゃんと一緒に部室へと足を向ける。

その道すがら、


梨子「それにしても、びっくりしたよね」


梨子ちゃんが唐突に話を切り出す。


曜「ん、何が?」

梨子「千歌ちゃんとダイヤさんのこと」

曜「ん……ああ。そうだね」

梨子「もう……3ヶ月くらい前だっけ? 千歌ちゃんが急に学校に来なくなって……」

曜「そのあと、ダイヤさんともども季節はずれのインフルエンザに罹って……」

梨子「二人とも復帰したと思ったら、付き合い始めてたんだもんね」

曜「あはは……ホントにね」


あえて誰も突っ込まないけど、千歌ちゃんとダイヤさんが揃って学校を休んでる間に何かがあったのは明白だった。

それが何かはわからないけど……。


梨子「ただ、よかったよね」

曜「え?」

梨子「千歌ちゃんがまた元気になってくれて」

曜「あ、ああ……うん、そうだね」


ただ、梨子ちゃんの言うとおり、再び学校に来るようになったときには、千歌ちゃんはいつもの太陽のような笑顔でいっぱいだった。

──そんな安心も束の間、時期が時期だったから、その後の期末試験の補講で、やつれていったって言うのは余談だけど……。


梨子「千歌ちゃんが元気になったのって……たぶん、ダイヤさんのお陰だよね」

曜「……たぶんね」

梨子「意外だったなぁ……まさか、ダイヤさんと千歌ちゃんが……ね」

曜「……うん」

梨子「羨ましいなぁ……恋人かぁ」

曜「……」


梨子ちゃんが羨ましがるのはわからなくもない。

それくらい二人は仲睦まじいカップルになっていた。

今ではすっかりAqours内公認カップルと言ったところだ。

二人でそんな話をしながら歩き、ちょうど部室のある体育館に差し掛かったところで、
11 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/07(木) 14:33:46.42 ID:NOmScrmB0

 「──わぁぁぁあああああああ!!!?」

曜・梨子「「!?」」


急に部室の方から、大きな声が聞こえてきた。

この声は──


曜・梨子「「果南ちゃん!?」」


梨子ちゃんと二人で声を揃えると同時に走り出す。

すぐさま部室に走ると、果南ちゃんが部室の入り口で、


果南「ぁ、ぁ、あわわ……」


真っ青な顔をして、尻餅をついていた。


梨子「果南ちゃん!? どうしたの!?」

果南「り、りりり、梨子ちゃん……!! ちちちち千歌が……!!」

曜「!? 千歌ちゃんに何かあったの!?」


果南ちゃんの言葉を聞いて、反射的に部室内にいるであろう千歌ちゃんの方に目を向けると──


千歌「ほぇ?」


千歌ちゃんの口元が真っ赤な液体に塗れていた。


曜「……」

梨子「……あー」

果南「な、何二人とも落ち着いてるの!!? ち、千歌が……千歌が血塗れで……!? ってか、あれ食べてる!! 絶対人とか食べてる!!」

曜「果南ちゃん落ち着いて」

果南「お、落ち着けるわけないでしょ!? ち、千歌が……ひ、人を襲って……あわわわ……」


完全にてんぱっている果南ちゃんに向かって梨子ちゃんが溜め息を吐きながら、


梨子「あれ……トマト」


そう伝えると、


果南「……え?」


果南ちゃんがポカンとした表情で千歌ちゃんの方に顔を向ける。


千歌「んっと……果南ちゃんも食べる……?」


千歌ちゃんは困った顔をしながら、果南ちゃんにそう訊ねた。


果南「な、なんだぁ……びっくりした……」


言いながら、そのままへなへなと梨子ちゃんにもたれかかる。


梨子「わわ……! 果南ちゃん大丈夫!?」

果南「ほっとしたら、力が……」
12 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/07(木) 14:34:57.78 ID:NOmScrmB0

そんな果南ちゃんの姿を見て、千歌ちゃんは、


千歌「……もう! 皆、トマト食べてるくらいでいちいち驚かないでよ! 突然おっきな声出すから、こっちがびっくりしたよ!」


そういいながら、ぷくーっと頬を膨らませる。


果南「いや、だって……」

梨子「大丈夫だよ、果南ちゃん。私もこの前、教室で同じような反応したから……」

曜「あはは……あのときの梨子ちゃんの錯乱っぷりも、大概だったもんね……」

梨子「だ、だって……!」

千歌「おちおちトマトも食べてられないよ……あむ」


そう言いながらも、千歌ちゃんは更にトマトを丸齧りしながら、口の周りを真っ赤な液体で汚している。


果南「というか、なんで部室でトマトなんか食べてるのさ……」

千歌「んー……部室で待ってても誰も来ないから、おやつに」


そんな反応をする前方の千歌ちゃんとは反対側、私の背後から突然、


善子「──おやつにトマトって……アナタ、キャラブレしてるわよ?」


善子ちゃんのツッコミが入る。


曜「あ、善子ちゃん」

善子「善子じゃなくて、ヨハネ」

花丸「マルたちもいるよー」

ルビィ「ぅゅ……みんな入り口でどうしたの……?」


入り口で果南ちゃんを介抱している後ろから一年生たちの姿。


曜「ちょっと、いろいろあって……」

果南「ってか、全然部室でトマト食べてることの説明になってないし!」

梨子「千歌ちゃん、最近トマトブームが来てるみたいで……お昼ご飯もトマト、水筒の中身もトマトジュースだし……」

千歌「おやつにトマト常備は基本だよね!」

ルビィ「カバンの中で潰れて大変なことになりそう……」

千歌「大丈夫! トマトしか入ってないから、滅多に潰れたりしないよ!」

曜「それは大丈夫とは言わないような……」


揃って苦笑していると──


 「──あら……それは、興味深いお話ですわね」

曜「っ!?」


再び背後から、声──今度は凛とした通る声が聞こえてきて、ビクリとする。

振り返るとそこには……漆黒の髪を携えた大和撫子──ダイヤさんの姿。
13 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/07(木) 14:36:07.79 ID:NOmScrmB0

千歌「!? え、あ、えーっと……」

ダイヤ「……千歌さん? カバンの中に教科書は入っていないのですか?」

千歌「そ、そのー……ほら、トマトで汚れたらいけないかなって」

ダイヤ「聞き方を変えますわね。教科書はどう持ち歩いているのですか?」

千歌「……つ、机の中、かなー」

ダイヤ「まあ……! まさか、学校の机と、千歌さんの家の机の引き出しは繋がってるということでしょうか……!?」

千歌「……! そうそう!! そうなの!」


占めたとでも言わんばかりに、ダイヤさんの発言に激しく頷く千歌ちゃんに、


善子「……のび太の部屋の引き出しがタイムマシンのある場所に繋がってる的な……?」


善子ちゃんが肩を竦めながら、補足する。


ダイヤ「そんなわけないでしょう!!」

千歌「ひぃっ!!!?」


案の定、ノリツッコミ気味にダイヤさんに一蹴されたけど。


ダイヤ「教科書は常に持ち歩かなければ、予習復習が出来ないではありませんか!!」

千歌「予習復習なんて、梨子ちゃんとダイヤさんと花丸ちゃんくらいしかしてないよっ!!」

梨子「えー……」

曜「あはは……」

花丸「そもそもマルは予習復習以外でも教科書読むの好きだけどな〜。読み物として結構面白いんだよ?」

千歌「嘘でしょ!? ……でも、善子ちゃんはしてないよね!!」

善子「……ママがうるさいから、最低限はやってるわよ」

千歌「そんなぁっ!? 果南ちゃん!! 果南ちゃんはしてないよね!?」

果南「すごい不名誉な期待をしてるみたいだけど……私は普通に予習復習してるよ?」

千歌「う、裏切り者!!」

果南「裏切り者って……」


果南ちゃんは呆れたように肩を竦める。


千歌「……ルビィちゃん」

ルビィ「ぴぎっ!?」

千歌「信じてるよ」

ルビィ「え、えぇっと……ル、ルビィは……」


急に信頼のまなざしを向けられたルビィちゃんが言葉に詰まっていると、


ダイヤ「ルビィは後で別にお説教をするとして……」


ダイヤさんから、そんな一言。


ルビィ「えぇぇ!!? と、とばっちりだよぉ……」


……ルビィちゃん、確かにたまーに宿題サボって千歌ちゃんと結託して逃げ回ってたりしてたっけ。それじゃ、予習復習はしてないよね……。
14 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/07(木) 14:37:10.28 ID:NOmScrmB0

ダイヤ「千歌さん? 少しわたくしの躾が甘かったようですわね」

千歌「し、躾って……」

ダイヤ「わたくしの“恋人”が、このような体たらくでいいと思っていますの……?」

千歌「いや、その……」


ダイヤさんから詰問され、涙目でしどろもどろになっている千歌ちゃんを尻目に、


曜「“恋人”……か……」


私は思わず、そう呟いていた。


善子「……曜?」


善子ちゃんが、僅かに反応を示したけど、


曜「……うぅん、なんでもない」

善子「……そう?」


すぐに誤魔化す。


ダイヤ「うふふ♪ 千歌さん、少しわたくしと一緒にお勉強しましょうか?♪」

千歌「ダイヤさんっ!!」


千歌ちゃんは急に立ち上がり、ダイヤさんにタックルするように飛びついて、


千歌「大好きっ!!」


いきなり愛の告白をし始めた。


ダイヤ「……ありがとう、千歌さん。わたくしも貴女のことが大好きですわ。お勉強が終わったら、また聞かせてくださいませ」

千歌「ぐっ!? 愛の告白攻撃が全く効いてない!?」

ダイヤ「もういい加減慣れましたわ。そんな方法で逃げようとしたってそうは行きませんわ。むしろ……」

千歌「む、むしろ……?」

ダイヤ「そういう姑息な手を使う千歌さんには、きっちりお灸を据えないといけないことが、よーーーーーくわかりましたわ」

千歌「え、ちょ、ま、待って……」

ダイヤ「さ、わたくしが見てあげますから……しっかり、お勉強しましょうね、千歌さん……♪」

千歌「あ、の……」

ダイヤ「……着席っ!!」

千歌「は、はいぃ!!」


ダイヤさんの号令で、千歌ちゃんは椅子に即座に腰を下ろす。


梨子「すっかり、尻に敷かれてる……」

果南「ま、千歌にはあれくらいがちょうどいいのかもね」


梨子ちゃんと果南ちゃんが一部始終を見て呆れていると──


鞠莉「Sorry. 遅くなったわ……って、みんなどしたの?」


遅れてやってきた、Aqoursの最後のメンバー鞠莉ちゃんが、部室の入り口辺りで呆れている皆を見て、不思議そうな顔をしていた。
15 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/07(木) 14:38:17.73 ID:NOmScrmB0

果南「あ、鞠莉。……いつもの」

鞠莉「ああ……メオトマンザイね」

善子「とりあえず……いい加減部室に入らない?」

梨子「そうだね……」


言いながら、一部始終を見て入り口で立ち往生していたメンバーたちがぞろぞろと部室内へと入っていく。

そんな皆の姿を後ろからぼんやり眺めていると──


鞠莉「……曜? 入らないの?」

曜「……え?」


鞠莉ちゃんが再び不思議そうな顔をしながら、私にそう訊ねてきた。


鞠莉「ぼーっとしてたヨ? 大丈夫?」

曜「あ……うん、ちょっと呆気に取られちゃって……あはは」

鞠莉「そう……?」


適当に誤魔化しながら、私も部室の中へと入っていく。


ダイヤ「それでは三次関数からやっていきましょうか」

千歌「……じ、持病の癪が……」

ダイヤ「千歌さん?」

千歌「……はいぃ」


二人の姿を見ながら、思わず、


曜「…………私だったら、もっと優しく教えてあげるのに……」

鞠莉「……」


──ボソッと、そんなことを呟いていた。





    *    *    *





千歌「だいたい、びぶん? って何の役に立つのさ……」

ダイヤ「微分するとグラフの傾きが求められますわ」

千歌「求めてどーすんのさっ!」

ダイヤ「そもそも微分は複雑な関数を線型近似で捉える考え方ですわ」

千歌「……? せんけーきん……なんて……?」


──ああ、そうじゃないって……千歌ちゃんにそんな難しい言い方しても、わかんないって……。


ダイヤ「今の千歌さんに説明するのは難しいから、とにかく問題を解いてください」

千歌「うぅ……だって、微分って意味わかんないんだもん……」

ダイヤ「最初から諦めていたらいつまで経っても進まないでしょう? わからないところがあったら逐一教えてあげますから、とにかくやってみてください」

千歌「はいぃ……」
16 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/07(木) 14:41:24.64 ID:NOmScrmB0

ダイヤさんに言われた通り、千歌ちゃんは唸りながら数式を書き始める。


果南「あはは……千歌も大変だね」

梨子「千歌ちゃん数学苦手だからね……」

善子「数学得意なやつなんて居るの……?」

果南「私、数学得意だよ?」

善子「え゛」

果南「ん〜? 善子ちゃん? その反応はどういう意味なのかな〜?」

善子「え、あ、いやー……果南は勉強苦手ってイメージが勝手に……ってか、善子じゃなくてヨハネ!!」


千歌ちゃんとダイヤさんの勉強会を見ながら、皆口々に話しているけど……。


千歌「うぅ……頭痛い……」

ダイヤ「ほら、頑張って?」


皆、気にならないのかな……あんな無理矢理勉強させたら千歌ちゃんが、可哀想──


鞠莉「曜?」

曜「……え?」


再び鞠莉ちゃんに声を掛けられて、思考を引き戻される。


鞠莉「どうしたの? なんか怖い顔してるヨ?」

曜「え……あ、っと……いや、数学って確かに難しいよねって思って……あはは」

千歌「……むぅ」


私の言葉を聞いて、千歌ちゃんが急にむくれる。


千歌「曜ちゃんが数学難しいなんて言い出したら、チカに出来るわけないじゃん……」

曜「え!? あ、いや、そういうことじゃ……」

梨子「曜ちゃん、数学の成績結構よかったもんね」

鞠莉「この間の期末は学年6位だったっけ」

曜「!? な、なんで鞠莉ちゃんが私の成績知ってるの!?」

鞠莉「理事長だからネ。生徒たちの成績には一応目を通してるんだヨ?」

千歌「学年6位にも難しい数学なんて、私に出来るはずなーい!!」

ダイヤ「曜さんは貴女と違ってちゃんと予習復習をしてるから、出来るのですわ」

曜「…………」

千歌「……曜ちゃんは器用だから予習復習とかしなくても成績いいもん」

曜「え、あー……いや、えっと……」

ダイヤ「そんなわけないでしょう。曜さんだって、ちゃんと影で努力をしているはずですわ。そうでしょう? 曜さん」

曜「えっと……まあ、その……少しくらいは……」

ダイヤ「ほら見なさい」

曜「…………」
17 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/07(木) 14:43:40.95 ID:NOmScrmB0

……正直なことを言うと、千歌ちゃんが言うとおり、予習復習といった類の学習はあまりやったことがなかった。

そもそも学校のテストって授業でやった範囲しか出ないし……授業をちゃんと聞いていれば点数はちゃんと取れると思う。

ただ、経験上こういうことは口にすると、皆嫌な顔をするので、こういうときは話を合わせることにしている。

そんな私の胸中を知ってか知らずか──


鞠莉「みんな予習復習なんてするんだ……。真面目だネ」


鞠莉ちゃんはあっけらかんと言い放つ。


果南「……確かに鞠莉の部屋で教科書とかあんまり見た覚えないかも」

鞠莉「大体、学校のテストなんて授業でやった範囲しか出ないじゃない。ちゃんと授業を聞いてれば満点取れるでしょ?」

曜「……!」


先ほど私が思っていたのと同じようなことを鞠莉ちゃんが口にする。

──いや、さすがに満点は無理だけど……。


梨子「ま、満点はどうかな……」

ルビィ「ぅゅ……鞠莉ちゃん、しゅごい……」

善子「ま、まさか能力者……!?」

ダイヤ「こんなこと言っていて学年1位なんですから、納得が行きませんわ……」

千歌「あれ? そうなの? 三年生の成績って、ダイヤさんが一番なんだと勝手に思ってた」

果南「小学校の頃から定期テストの成績は鞠莉とダイヤの頂上決戦だったんだけど……」

ダイヤ「悔しいことにわたくしが点数で上回っているのは、国語と日本史だけですわ……英語はともかく、他の科目でも勝てないのは……」

果南「英語、世界史、数学、物理、化学辺りはいっつも鞠莉が1位なんだよね……。国語と日本史もダイヤの方が上ってだけで、鞠莉はいっつも2位だしね」

善子「……もしかして、Aqoursって超エリート集団なんじゃ……」

花丸「そもそも生徒会長と理事長がいる時点で異常ずら。特に理事長」

善子「頭の作りが根っこから違うのかしら……?」

鞠莉「才能の違いはあるかもネ♪」

果南「まあ、鞠莉だし……」


話を聞きながら、私は少しだけ鞠莉ちゃんに親近感を覚えていた。

同じようなことを考えてる人、居たんだ……。


ダイヤ「まあ……鞠莉さんみたいな例外のことは置いておいて、千歌さんは勉強をしないと」

千歌「えー……やっぱり、やるの……?」

ダイヤ「一学期の期末の補講……どれだけ大変だったと思っているのですか。追試のときも、結局わたくしがマンツーマンで教えてあげてやっと赤点回避ギリギリだったではありませんか」

千歌「うぅ……だってぇ……」

ダイヤ「やらないと出来るようになりませんわよ」

千歌「うぅ……わかったよぉ……」


相変わらず厳しいダイヤさんの姿を見て、


果南「ふふ」


急に果南ちゃんが笑い出す。


ダイヤ「? どうかしましたか?」
18 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/07(木) 14:46:26.72 ID:NOmScrmB0

ダイヤさんが果南ちゃんの反応にキョトンとした顔をする。


果南「いや、二人とも仲良いなって、思って」

善子「これ……仲良いの?」

果南「だって、私が千歌に勉強教えようとしても、泣き喚いて逃げるだけだったし」

千歌「!?/// い、いつの話してるのさっ!/// それ小学生のときとかでしょ!///」

果南「そうだよ〜? あまりに千歌の成績が悪いからって、美渡姉に頼まれて、教えに行ったら、もう泣くわ叫ぶわで大変でさ……それに比べて、ダイヤの言うことなら素直に聞くんだなって」

千歌「い、今はそんなことないもんっ!///」

果南「でも、ダイヤが勉強教えてくれて、ちょっと嬉しいって思ってるでしょ?」

千歌「…………ちょっとだけ……///」


千歌ちゃんは頬を赤らめながら、言う。


果南「いやー妬けちゃうね」

梨子「羨ましいなぁ……」

ダイヤ「……コホン///」


果南ちゃんと梨子ちゃんの言葉にダイヤさんがわざとらしく咳払いする。


ダイヤ「千歌さん! 浮かれてる場合ではありませんのよ? 成績が悪いと部活動にも支障が出るのですから……」

果南「そういうダイヤも結構浮かれてるんじゃない?」

ダイヤ「……え?」


果南ちゃんはそう言いながら、ダイヤさんの髪留めを指差す。

──薄い若葉色のクローバーの葉っぱのような形をしたハート型の髪留めだった。


果南「髪留め新しくしたみたいだけど……なんかダイヤっぽくないセンスなんだよねぇ」

ダイヤ「……!?///」

梨子「あ……それは私も同じこと思ったかも……。どっちかというと……」

果南「──千歌のセンスっぽいよねぇ……」


果南ちゃんがニヤっとしながら言う。


ダイヤ「ぅ……///」

果南「恋人からの贈り物を身に付けてるなんて……いやー浮かれてるよね」

ダイヤ「ち、ちが……!/// これは、前にしていた髪留めを着替えの際に紛失してしまって……その代わりで……///」


ダイヤさんのその言葉に、私は少しだけ身動いだ。


善子「……? 曜?」

曜「あ、いや……なんでもない」


果南「それでわざわざ千歌からの贈り物を〜?」

千歌「えっとね、失くしちゃったって言うから、プレゼントしたの。お返しに……」


そう言いながら千歌ちゃんは、髪の右側の髪留めに触れる。

そこには、いつもの三つ葉のヘアピンではなく──トランプのダイヤのようなマークを模した水色の髪留めがあった。
19 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/07(木) 14:47:51.21 ID:NOmScrmB0

梨子「あ、やっぱり……! 前から気になってたんだけど……お返しってことはそれ、ダイヤさんから貰ったヘアピンだったんだね」

花丸「お互い贈り合ったアクセサリーを身に付けてるなんて、ロマンチックずらぁ〜」

ダイヤ「えっと……いや、ですから、これは……その……///」


皆、口々に千歌ちゃんとダイヤさんのことをからかい始める。


曜「…………」


その光景を見て、私は胸の中のモヤモヤがどんどん大きくなっていくのを感じた。

ああ、なんか、やだな……。

これはきっとすごく幸せなことのはずなのに、素直に応援出来ていない自分が居て……。


鞠莉「まぁ……ダイヤ」

ダイヤ「な、なんですか、鞠莉さんまで……!!///」

鞠莉「その……あんまりはしゃぐと、見えちゃうよ?」

ダイヤ「……? 見える……? 何がですか?」

曜「…………?」


ダイヤさんが再びキョトンとした顔になる。


千歌「あ、ちょ……ま、鞠莉ちゃ──」


一方で千歌ちゃんが急に焦りだした。

二人の様子を見ながら、鞠莉ちゃんは──制服の左襟の少し内側辺りを人差し指で、トントンと叩いてみせる。

釣られて、ダイヤさんの左首の辺りを見ると──


曜「……え」

ダイヤ「……? ……!!?///」


ダイヤさんはそれが何かに気付き、急に顔を茹蛸のように真っ赤にして、首元に手の平を当てて覆い隠した。


ダイヤ「ち、ち、千歌さぁぁぁぁぁ〜ん!?///」


そして、立ち上がり、軽く涙目になりながら、千歌ちゃんを睨みつける。


千歌「え、あ、その、なんというか」

ダイヤ「どうして、貴女はいつもいつも、ココに痕を付けるのですか……っ!!///」

千歌「……く、癖?」

ダイヤ「そんな癖、今すぐ直しなさいっ!!///」

千歌「い、いやぁ……身に染みちゃったというか……」


二人の問答を見て、


花丸「今のって……」

善子「あのときの絆創膏と同じ場所よね……」

梨子「わぁ……/// ほ、本物……初めて見ちゃった……///」

果南「ここまで来ると逆に生々しいなぁ……」

ルビィ「え? え? どういうこと……?」
20 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/07(木) 14:49:05.09 ID:NOmScrmB0

皆、様々な反応を示す。

それは、ダイヤさんの真っ白い肌に出来た真っ赤な痕──つまり、キスマーク。

そして、そのキスマークを作ったのは、どう考えても……──


曜「……っ!!!」


──ガタッ! 私は思わず、椅子から立ち上がってしまった。


善子「!? び、びっくりした……」

鞠莉「曜……?」

曜「あ……えっと……」


私が音を立てて立ち上がったせいか、部室内は急に静まり返ってしまう。


曜「そうそう……!! 私、今日高飛び込みの方に顔出す予定だったの思い出してさ!」

千歌「え、そうなの?」

鞠莉「……」

曜「うん! 高飛び込みの後輩にたまには来て欲しいって言われちゃってさ、あはは。だから、今日は先に帰るね!」


まくし立てるように言い訳をして、荷物を持って部室から逃げるように飛び出す。


曜「皆、また明日! お疲れ様!」

善子「ちょ……曜……!」


善子ちゃんが何か言いかけてた気がするけど……私は無視するように下駄箱までダッシュする。

──もう……これ以上あの場に居たくなかった。

これ以上、あの二人のやり取りを見ていたら……言ってはいけないことを言ってしまいそうな気がしたから、私は……──





    *    *    *





曜「……はぁ」


下駄箱に上履きを収めながら、溜め息を吐く。

我ながら、強引な誤魔化し方だった。

あんな下手くそな誤魔化しじゃあ……。


善子「──……曜!」


こんな風に、人が追ってきちゃう。


曜「……ん。どうしたの、善子ちゃん?」

善子「どうしたの、じゃないわよ……」


さて、どうやって誤魔化そうかな……。
21 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/07(木) 14:50:42.55 ID:NOmScrmB0

善子「ねぇ、曜……」

曜「なにかな?」

善子「嫌なら、嫌って言った方がいいわよ……?」

曜「……なにが?」

善子「なにがって……」


善子ちゃんが困った顔をする。


善子「……はぁ。言いたくないなら無理に追求はしないけど……あんまり抱え込まない方がいいわよ?」

曜「……私、そんなに抱え込んでるように見える?」

善子「かなり」

曜「……そっか」


善子ちゃんは帰る方向が同じということもあって、実のところ一緒に過ごしている時間が結構長い。

加えて善子ちゃん自身、他人をよく観察してる子だし、自分が思っている以上に見られているのかもしれない。


善子「今にも呪いとか黒魔術にでも頼りそうな雰囲気よ」

曜「…………」


その言葉に下駄箱から外履きを取り出す動作が一瞬止まる。


善子「え……? ま、まさか、マジでそんなことしてるの……?」

曜「いや、まさか……善子ちゃんじゃあるまいし」

善子「そ、そうよね……。……って、人のことなんだと思ってるのよ!? それに善子じゃなくてヨハネよ!!」

曜「えー、善子ちゃん好きじゃん、そういうの」

善子「……それは否定しないけど……思い通りにならないからって、そんなものに頼っても良いことなんてないもの」

曜「……? どうして?」


少し意味を図りかねて聞き返す。

黒魔術とか呪いとかって、そういうときに行うイメージだけど……。


善子「そういうのって、大概ストレートに目的が成就しないからよ」

曜「ストレートに目的が成就しない……?」

善子「猿の手……とかが有名だけど……わかる?」

曜「……うぅん、知らない」

善子「ジェイコブズの小説に出てくる猿の手のミイラなんだけど……持ち主の願い事を三つ叶えてくれるの」

曜「うん」

善子「ただ、その願いは本人の望まない形で成就される」

曜「望まない形……?」

善子「お話の中に出てくるのだと……息子が冗談半分に家のローンの残りを払うのに200ポンドが欲しいと願ったら、後日勤務先で事故に遭って亡くなって、彼が受け取るはずだった勤労報酬が両親の手に渡った……その額が丁度──」

曜「──200ポンドだった……」

善子「そういうこと」

曜「それは、なんというか……皮肉な話だね」

善子「願いを叶えてくれるお話って世の中にたくさんあるわ。私の考え方だと、動機の違いはあるけど、誰かを呪うことも同じようなものだと思ってる」

曜「だから、そういうのに頼っても最終的には良くない結末になるってことが言いたいのかな……?」

善子「まあ、ざっくり言えばね。……人を呪わば穴二つとも言うし、人を呪おうとした代償は大抵同じように呪いとして返ってくるわ」
22 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/07(木) 14:52:23.55 ID:NOmScrmB0

曜「なるほどね……」

善子「だから……辛くても、そんなものに頼っちゃダメよ?」

曜「……覚えてはおくよ。ありがとう、善子ちゃん」

善子「わかったなら、いいわ。……明日はちゃんと部活に来てね。マリーも心配してたから」

曜「え……鞠莉ちゃんが……?」

善子「最近ずっと曜のこと気に掛けてるわよ? 気付いてなかったの?」

曜「……」


言われてみれば、鞠莉ちゃんに声を掛けられること……多かったかもしれない。


曜「……わかった、出来る限り部室にも顔出すよ」

善子「ん、そうしてあげて」

曜「うん」


私は善子ちゃんとのやり取りを終え、学校を後にする。

身体さえ動かせば、きっと……きっと、このモヤモヤも少しは和らぐと思うから……。





    *    *    *





──高飛び込みの台の上で息を整える。


曜「…………ふぅ」


踏み切り台の端に立ち、


曜「────」


踏み切る。

決める技はもちろん演技番号“317C”──前逆さ宙返り三回半抱え形だ。  (*演技番号:飛込競技には演技に番号が定められていて、4桁表記の場合、それぞれ一桁目は飛込方法、二桁目は宙返りの有無、三桁目は回転数、四桁目は姿勢を表している。)


曜「────」


前向きに踏み切って、そのまま後方に3回転半回転する大技。

同年代だと自分以外に出来る人は見たことがない。

視界が回転しながら、10mの高さを一気に落下する。

そして、出来る限り水飛沫を立てないように真っ直ぐ着水──





    *    *    *





曜「……ふぅ」


水面に顔出し、プールサイドへと泳いでいくと、
23 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/07(木) 14:53:26.42 ID:NOmScrmB0

後輩「渡辺先輩!! さすがです!」


後輩が賞賛の言葉を投げかけてくる。


曜「あはは、ありがと」

後輩「やっぱり渡辺先輩の飛び込み見ると、気が引き締まるなぁ……。最近先輩、全然来てくれなくて皆寂しがってたんですよ?」

曜「ごめんね、ちょっとスクールアイドルの方が忙しくってさ……」


水からあがりながら、苦笑い。

言われて気付いたけど、高飛び込みに顔を出したのは本当に久しぶりだった。

それくらい夢中で、スクールアイドルをやっていたから。

そんなことを考えていたら、突然、


 「──忙しいなら、そのまま来なければ良いのに」

曜「……!」


少し離れた場所から辛辣な言葉が飛んでくる。


曜「あ、えっと……先輩……」


声の主は、自分が高飛び込みを始める前から、同じプールで飛び込みをやっていた一つ年上の先輩だった。


先輩「……皆真剣にやってるんだけど? スクールアイドルだかなんだか知らないけど、浮ついてる半端な人に飛び込みやって欲しくない」

曜「……すいません」

後輩「……そ、そんなの渡辺先輩の自由じゃないですか……!」

曜「ゆうちゃん、いいから」

後輩「で、でも……」

先輩「大して出入りもしないのに……後輩従えて、良いご身分ね」

曜「……そんなつもりは……。先輩の邪魔にはならないように練習するんで……」

先輩「……ふん」


低姿勢で居たら、先輩は機嫌悪そうに、飛び込み台の方へと歩いていってしまった。


曜「……ふぅ」


なんとかやり過ごせた。


後輩「渡辺先輩……! なんで言い返さないんですか……!!」

曜「ん……いや、だって、一応向こうの方が先輩だしさ」

後輩「でも……渡辺先輩の方が飛び込みうまいんだから……」

曜「……ほら、そういうこと言ってると、ゆうちゃんも目付けられちゃうよ?」

後輩「いいんですよ! どうせ、来年になったら東京の体育大に進学するって言ってましたし!」

曜「まだ半年以上あるでしょ……自分から居辛くしてどうすんのさ」


後輩を嗜めながら、私はプールサイドを出て行こうとする。
24 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/07(木) 14:54:35.05 ID:NOmScrmB0

後輩「え、わ、渡辺先輩……もう帰っちゃうんですか!?」

曜「うん、まあ……馬渕先輩の邪魔しちゃ悪いからさ」

後輩「そんな……」

曜「ほら、練習頑張りなよ」

後輩「はい……」


そう言うと、後輩はしゅんとした様子でプールサイドへと戻っていった。

よしよし……。


曜「……はぁ……」


更衣室への道すがら、溜め息が漏れる。

もともと、あの先輩とは折り合いが悪かった。

特に私が大会で成績を残すようになってからは、たびたび突っかかられて大変だった記憶がある。

まあ……自分より後から入ってきたやつが、ちやほやされてたら、そりゃ面白くもないだろうし。仕方のない話だと思う。

……とは言っても、私は大会記録とかにはそこまで興味がなかったし、張り合っていたわけでもない。

だから、嫌味を言われることこそあったものの、本格的にケンカみたいな衝突を起こしたことはない。これまでも適当に謝っておけば、どうにかなった……それに。


曜「…………今までは、千歌ちゃんが応援してくれてたから……」


私が飛ぶたびに、千歌ちゃんが、すごいすごいと、笑ってくれたから。

だから、私は誰に何を言われても、落ち込むことなく、気にすることなく……飛べたんだ。飛び続けられたんだ。

でも、今は……──


曜「…………」


──ツー、と。頬を水滴が伝う。

ぶんぶんと頭を振って、水を飛ばす。


曜「……はぁ……」


気分転換に来たつもりだったのに、かえってモヤモヤしてしまった。


曜「なんか、うまくいかないなぁ……」


私は肩を落としたまま、プールを後にするのだった。





    *    *    *





曜「……はぁ」


今日何度目かわからない溜め息を吐きながら、日の傾き始めた帰り道をとぼとぼ歩く。

思ったよりプールに居られなかった為、想定より早く帰路につくことになってしまった。

どうしようかな……帰って衣装作りでもしようかな……。

ぼんやりと今後の予定を考えながら、歩いていると──
25 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/07(木) 14:57:07.18 ID:NOmScrmB0

 「──てりゃっ♪」

曜「……!?」


急に後ろから、何かに抱きつかれる。

──痴漢……!?

そのまま手が胸の方に伸びてきて、胸を鷲掴みにされる。


曜「っ!!」

 「Oh...!! これは果南にも劣らない、逸ざ──」


咄嗟に痴漢の腕を掴んで、


 「──え!?」

曜「とぉりゃぁぁぁ!!!」


そのまま、背負い投げする。

パパから教わった護身術だ。


 「Ouch!!」


痴漢は目の前でお尻を打ち付けて声をあげ──


曜「って……え?」

 「いたた……」


目の前で尻餅をついていたのは男性ではなく、女性……どころか、

見覚えのある制服と、太陽の光を反射してキラキラと光る金色の髪の美少女──


曜「ま、鞠莉ちゃん!?」

鞠莉「あ、あはは……まさか投げられるとは思ってなかったわ……」

曜「え、ご、ごめんっ!? てっきり、変質者かと思って……!!」


すぐさま手を取って、鞠莉ちゃんを立ち上がらせる。


鞠莉「ちょっとびっくりさせようと思っただけだったんだけど……逆にびっくりさせられちゃったわね」

曜「いや、びっくりはしたよ……。大声とかあげられても知らないよ……?」

鞠莉「果南はこれくらいじゃ驚かないんだけどなぁ……」


果南ちゃんはどれだけ鞠莉ちゃんから日常的に胸を揉まれてるんだろうか……。


曜「ホントにそのうち訴えられるよ……」

鞠莉「んーまあ、そのときはそのときで……?」

曜「はぁ……。……それより、どうしたの?」

鞠莉「んー……? なんていうかなー……曜、様子がおかしかったから……つけてきちゃった♪」


そう言いながら、鞠莉ちゃんは可愛らしく舌を出す。
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