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【荒野のコトブキ飛行隊】荒野の燕
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1 :
◆vPkNjiWzfsSW
:2019/09/20(金) 18:57:14.37 ID:hPu5BDeR0
シリアス系SS初めてです。
書き溜めありなのでちょいちょい投下していきます。
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1568973434
2 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 18:58:52.11 ID:hPu5BDeR0
1 一人ぼっちの用心棒
見渡す限りの青空。
聞こえてくるのは機体が風を切る音と轟々と唸るエンジン音。
はるか眼下には一面褐色の大地が広がる。
その中によく目を凝らすと水色の機体が飛んでいるのが確認できる。
3 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 18:59:21.54 ID:hPu5BDeR0
ユーハング製一〇〇式輸送機だ。
水色の胴体には良く分からない赤い変な生き物の絵が描かれている。
確か「海のウーミ」という児童向け文学に出てくる飲んだくれのカニだったか。
子供の頃読んだ本の挿絵を思い出そうとするが、はたしてあの胴体に描かれた絵がそうなのか確認できるほど鮮明には思い出せない。
件の一〇〇式輸送機の護衛任務に就く度に仕事が終わったら図書館か書店に行ってあの赤い変な生き物の正体を確認しようと思うのだが、なんやかんや仕事が終わると報酬の受け取りであったり機体の整備であったり諸々の雑多な作業で毎度忘れてしまう。
手っ取り早く機体の持ち主に聞けば済むことではあるのだが、調べもせずに答えを確認してしまうのはなんだか負けた気がしてしまうのだ。
4 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 19:00:04.13 ID:hPu5BDeR0
10か月ほど前に飛行隊を離れフリーのパイロットになってから今まで自分が置かれていた環境がいかに恵まれていたものだったのかを痛感するようになった。
給料は出撃任務がなくても商会から最低賃金の保証だけはされていたし、出撃があれば出来高に応じて上乗せもされていた。
任務が終わった後も機体の整備は整備班が完璧にこなしてくれていたのでパイロットは[
ピザ
]リーフィングを終えたら何事もなければ船内のバーに気心の知れた仲間と繰り出したり、休息をとったりと思い思いの時間の過ごし方ができた。
しかしフリーランスとなるとそうはいかない。
仕事一つ受けるにも自分の足で稼がなければならないし、最低限の機体の整備も自分でやらなくてはならない。
それ以上の整備となると自腹を切って街の整備士に依頼をすることにだってなる。
幸いにも件の一〇〇式輸送機の持ち主に気に入られたのかここ半年くらいはずっとあの機体の護衛任務に専従しているおかげで方々に仕事を探して駆け回らなくて済むのはフリーランスとしてはかなり運が良い方だろう。
フリーになって最初の1、2か月はパイロット以外の仕事をしてみたり悪い時にはそれすら見つからず飛行隊時代の貯えで過ごす事も多かったことを思えば今の環境でもだいぶ恵まれている方かと飛行隊時代を思い出して羨んでいたさっきまでの自分を追い払う。
5 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 19:00:54.10 ID:hPu5BDeR0
ふぅ・・・と一息吐きもう一度眼下の一〇〇式輸送機に目をやる。
何かがキラキラと光りながら輸送機に向かって落ちていくのが見えた。
目を細め注視する。
単座の戦闘機が三機ほど輸送機に向かって急降下するのが確認できる。
来たか・・・と思いスロットルレバーを押し込み、操縦桿を左に倒しながら次いで手前に引き上げる。
風切り音が激しくなり、エンジンはさらに唸りを上げ、そこに機体の軋む音も加わる。
6 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 19:01:25.22 ID:hPu5BDeR0
目標は一〇〇式輸送機に向けて急降下する敵戦闘機。
機体をロールさせながらこちらも全開で急降下を始める。
そして彼女はボソッと呟く。
たった一人で飛ぶことになってもやはりあの頃が自分の最盛期なのだ。
あの頃を忘れないように。
最高の自分で戦えるよう毎度戦闘が始まるたびに一人呟く。
「コトブキ飛行隊、一機入魂・・・」
7 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 19:22:29.21 ID:hPu5BDeR0
2 さすらいのお独り様
店内に流れる音楽。
賑わう客の喧騒。
それは笑い合う声であったり、涙する誰かを慰める声であったり、はたまた客同士が喧嘩する声であったり。
ユーハングの言葉で大酒呑みの意を冠する、バー「シュグゥ」はいつも通り盛況の様だ。
店の外まで聞こえてくる喧騒を聞きながら彼女はいつものようにスイングドアを押し開ける。
オリーブ色のツナギにカーキ色のマント。
鼻までフェイスマスクで隠しゴーグルを掛けた顔にはフードをすっぽりと被る。
そんなある種異様な出で立ちの彼女だが見慣れた光景なのか店内の客は誰も気にする様子もない。
8 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 19:25:36.57 ID:hPu5BDeR0
カウンターまでドカドカと歩き中にいる男性に声を掛ける。
「・・・マスター、お疲れ様。」
マスターと呼ばれた男性はこちらに気付くとニカッと笑いながら答える。
「おう、来たか。今日は助かったぜ。向こうの席空けてあるから待っててくれ。何か注文あるか?」
「ん・・・じゃあアホウドリの唐翌揚げとビールで。」
「おうよ。すぐ用意するからな。」
大きな体躯に浅黒い肌。短く刈り込んだブラウンの髪。
分厚い胸板に捲ったシャツから見える腕はそこらの女子の太ももくらいはあるのではないかと思うくらい逞しい。
護衛なんて必要ないだろうと冗談を言いたくなるような風体だが当人曰く喧嘩の方はからっきしらしい。
そんないつも通りの事を考えながら促された方向に歩を進める。
9 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 19:47:37.21 ID:hPu5BDeR0
店の一番奥に向かうとテーブルがいつも通り空いている。
この店に初めて来た時酔い潰れた席。
醜態を晒す羽目になったのは今でも恥ずべき思い出だが、あの一件のおかげで仕事を貰えるようになったことを思えば晒した甲斐もあったというものだろう。
「御予約」と書かれた札を隅にやりながら席に腰を下ろし一息つくとまずは店内を一通り見回し昔馴染みの知った顔がないか確認する。
知り合いが誰もいないのが確認できるとフェイスマスクとゴーグルを首元まで下げフードを下ろし長く伸びた髪を両手で掴み上げ後頭部で一まとめに束ねる。
ラハマから遠く離れたこの町で知った顔に会うことはかなり稀ではあろうが用心するに越したことはない。
理由はどうあれ今の自分は・・・
10 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 19:54:12.07 ID:hPu5BDeR0
「ほいよ。今日の報酬、確認してくれ。あと、とりあえずビールな。」
ドンッと乱暴に封筒とジョッキを置かれ思考を現実に引き戻される。
どうもこの店主は愛想はいいが給仕は恐ろしく苦手らしく今も零れたビールで封筒がぐっしょりと濡れている。
無言で封筒の中を確認した後、訝しげにマスターの方に目をやり口を開く。
「これ・・・多くない?」
「なぁに、お前のおかげで今日は貴重なユーハング酒も大量に仕入れられたし安いもんよ。」
「それにしたって、ちょっと・・・」
「あとな、お前さんの仕事っぷりが良いってんで他の町の連中が金積んで引き抜こうって話も出てるみたいだからな。うちの町としてもあんたみたいに優秀な用心棒にいなくなられたら困るんだ。だからこれはうちの店だけじゃなくて町としての報酬だと思ってもらえば良い。」
「・・・ん・・・ありがとう・・・」
11 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 19:55:19.69 ID:hPu5BDeR0
自分はそんな人から持て囃されるような人間じゃない。
自分はそんな価値のある人間じゃない。
それは自身が一番わかっている。
それだけにこの町の人の温かさが心にチクチクと突き刺さる。
お前だけ楽しく暮らすのか?
お前だけ幸せに生きていくのか?
誰にかにそう責められたわけではないのに、自分で自分を責めずにはいられない。
12 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 19:56:05.94 ID:hPu5BDeR0
「大金貰ってなぁに辛気臭い顔してるんだよ!そんなもん私の実力なら当然だぁ!!って自慢気な顔してりゃ良いんだよ!天下に名だたる名パイロット、元コトブキ飛行隊、一心不乱の・・・」
「ごめん、マスター。その名前はもう聞きたくない・・・」
「・・・あぁ、そうだったな。すまねぇ・・・。なんにせよ、うちの店でそんな辛気臭い顔はなしだ!酒が不味くなっちまう。ちょっと待ってろ。腕によりかけて特別美味い唐翌揚げ持ってきてやるからよ。」
こちらを指さしながらドカドカとカウンターに戻っていく店主を見送り、封筒を胸元に仕舞いながらビールを一口、二口と胃袋へ流し込む。
目に滲む涙は、きつい炭酸のせいだ。そうに違いない。
自分にそう言い聞かせながら残ったビールを一気に流し込む。
13 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 20:00:23.36 ID:hPu5BDeR0
3 『終わらない長い日』
見渡す限りの青空。
聞こえてくるのは機体が風を切る音と轟々と唸るエンジン音。
はるか眼下には一面褐色の大地が広がる。
そして目の前には僚機とそれを追う敵機。
14 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 20:01:10.04 ID:hPu5BDeR0
五式戦闘機か。
手強い相手だが格闘戦の土俵に乗ってくれる甘い相手ならさほど苦労する相手でもない。
空賊が一体どこで手に入れたのか知らないが、機体の特性を熟知していない相手ならどうとでもやりようはある。
以前相手にしたシロクマ団もそうだったが元々手に入りやすい九六式艦上戦闘機や九七式戦闘機、良くて一式戦闘機や零式艦上戦闘機を駆る事が多かった彼らは、自由博愛連合の手引きで三式戦闘機や四式戦闘機、紫電改等を手に入れるようになっても今までのように低速域での格闘戦を挑んでくる傾向があった。
今日の相手も例によって低空、低速域での格闘戦に乗ってきてくれた。
15 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 20:01:49.97 ID:hPu5BDeR0
僚機が舵を切り、射線上に敵機しかいなくなったのを確認すると機銃を一掃射する。
が、それを機体を翻しながらヒラリと避けるとやや下降しながら加速を始める。
速度で振り切られるとこちらの分が悪い。
もともと性能では相手が勝っているのでここは早い段階で一機でも多く潰しておきたい・・・
離される前に仕留めるべきか・・・と即座に判断しスロットルを押し込み加速態勢に入る。
エンジンは唸りを上げ、機体はさらに軋む音を激しくする。
照準眼鏡をのぞき込み、左手の親指に力を込めようとしたその瞬間。
「いけません!!罠ですわ!!戻って!!」
仲間の声でハッ我に返る。
16 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 20:02:33.42 ID:hPu5BDeR0
しまった。今僚機は完全に孤立してしまっているではないか。
ここしばらくの連戦連勝、そしてエリート集団として名を挙げたことで完全に天狗になっていた。
即座に追撃を中止し僚機の元へ舵を切る。
が、彼女もさるもの二機に追われながらもヒラリヒラリと巧みに敵弾を回避している。
スロットルを戻し、ふぅとため息を吐く。
流石だな・・・
杞憂だったかと安堵した時、はるか上空太陽を背に何機かの戦闘機が急降下してくるのが見えた。
まずい!!五式はおとりだ!!
気付いた瞬間にスロットルを再度押し込み無線で叫ぶ。
「上から!!逃げろ!!」
17 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 20:03:05.78 ID:hPu5BDeR0
先ほどの仲間の声が頭に響く。
彼女が言っていたのは私を引き離そうとした五式の事じゃなかった。
あいつらの事だった。
その証拠に彼女は急降下してくる戦闘機を止めるべく誰よりも早くその進路上に割り込もうと全開で向かっている。
くそ!!くそ!!
完全に天狗になっていた。
所詮空賊。
どんなに良い機体を使っても何も考えず格闘戦を挑んでくる無謀な連中。
そんな先入観のせいで今まさに罠にハマっている。
何も考えてないのはどっちだ!!
なんで空賊だからって侮った!!
なんで毎度毎度空賊が格闘戦しか挑んでこないと思ったんだ!!
自分を責めながら全開まで押し込んだスロットルをさらに壊れるほど押し込もうとする。
18 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 20:03:49.06 ID:hPu5BDeR0
もっと速度を!!
もっと上昇力を!!
そうしている間にも上空の敵機はどんどん僚機へと近づいている。
彼女も上空からの敵機に気付き回避行動に移ってはいるがいかんせん速度が違い過ぎる。
そして敵機の姿が識別できる距離まで近づいた時全身から血の気が引いた。
四機の三式戦闘機 飛燕。
しかも主翼から飛び出した機関砲の銃身。
あれはマウゼル砲と呼ばれる強力な機関砲を積んだ重武装型だ。
まずい!!まずい!!
心臓の動悸が激しくなる。
「急げぇぇぇぇぇぇ!!!」
自分になのか戦闘機になのか叫びながらこれ以上動くこともないスロットルをさらに押し込もうと力を入れる。
19 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 20:04:35.54 ID:hPu5BDeR0
だが無情にも彼女の叫びに呼応するかのように四機の飛燕は僚機目掛けて掃射を始める。
激しく出火するエンジン。
吹き飛ぶ尾翼。
左の主翼の半分が消え去ったかと思ったら次いで胴体後ろ半分がへし折れ激しい黒煙が尾を引きながらはるか眼下の渓谷の中に姿を消していった。
もはや燃える機体すら視認できないほど深く僚機を飲み込んだ暗い谷間を見下ろしながら墜ちて行った隼に乗っていた相棒の名前を腹の底から叫ぶのだった。
20 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 20:09:31.01 ID:hPu5BDeR0
4 シュグゥ酒場
「・・・・ナ・・・・・おい、レナ!!」
ぼやけた視界の中に見慣れたマスターの顔が映る。
「レナ!!!おい、大丈夫か!!!」
誰だ?としばらく考えすぐに自分が呼ばれているのだと気付く。
そうだ。今の私はレナなのだ。
とっさに思いついて名乗った名前だったが今ではそれが定着して町の誰もがその名前で呼ぶ。
そして何の因果か誰が言い出したのか分からないが、一度戦闘になると戦意を失った逃げる相手すら執拗に追いかけ撃墜するその姿を「一心不乱」と呼びだしたのだ。
その呼び方は止めて欲しいと何度言っても周りは無責任に囃し立てる。
事情を知るマスターだけがやんわりと周りを抑えてくれたりはしたが今では町の多くの人が私を「一心不乱」の二つ名で呼ぶ。
21 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 20:10:03.86 ID:hPu5BDeR0
「おい・・・大丈夫か??またあの夢か・・・?」
だんだん意識が覚醒し、ゆっくりと目線だけ動かし今の状況を理解しようとする。
90度傾いた世界に目の前に転がるビールジョッキ。
床に寝ているのは何となく理解できた。
そして頬に伝わるヌルリとした感触と、嫌悪感のするすえた匂い。
なんとなく理解できて来た。
また飲み過ぎて嘔吐。
そして自分の吐瀉物の上に倒れこみ今まで寝ていたのだろう。
初めてこの店に来たあの夜のように。
22 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 20:11:17.96 ID:hPu5BDeR0
「おいレナ・・・意識あるか??」
返事をしないのを心配してかマスターが申し訳程度に頬をペチペチと叩く。
ゆっくりと起き上がりながら申し訳なさそうに答える。
「ごめんマスター・・・またやっちゃったね・・・」
「客が吐くのなんてこの商売やってりゃ慣れたもんよ。ただお前さんの場合しょっちゅう、しかも若い女が泣きながらだからな・・・心配にもなるってもんよ。」
「・・・泣いてない・・・」
「そんだけ顔グチャグチャにして目ぇ真っ赤に腫らして何言ってやがる。ほれ、奥行って顔洗ってこい。」
精一杯虚勢を張るも軽くあしらわれ胸元にタオルを押し付けられる。
やはりこの人には敵わないなと頭を掻きながら洗面所へ向かう・・・
23 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 20:12:23.68 ID:hPu5BDeR0
濡れた顔をタオルで拭きながら戻ると店内は随分閑散としていた。
残っているのは数人の客のみでそれすらも酔い潰れて寝ているだけだった。
一体今何時なんだろうと時計に目をやると日付が変わって2時間は経とうとしていた。
ため息を吐きながら先ほどの席に戻ると綺麗さっぱりと片付けられていて荷物はカウンター席に移動されていた。
「ごめん、マスター・・・」
再度謝罪をしながらカウンター席に腰を下ろしタオルを手渡す。
「こんなゲロまみれのタオルなんて返されてもなぁ。」
冗談めかした表情でタオルを受け取ると代わりにジョッキを目の前に置かれる。
24 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 20:13:19.85 ID:hPu5BDeR0
「・・・今日はもうやめとくよ・・・」
「バカ、水だよ水。飲んどけ。」
一気に半分近くの水を流し込み、しばしの沈黙の後ポロポロと喋りだす。
「・・・またあの夢を見た・・・結末はいつも一緒。分かってる筈なのに・・・何が起きるか知ってる筈なのに・・・夢の中ですら毎度毎度馬鹿みたいに同じ罠にハマって・・・大事な・・・大切だった人が墜ちて行くのを眺めてるだけ・・・」
店主は黙って話を聞きながらジョッキに冷えた水を注ぎ足す。
「・・・あの時こうすれば良かったとか、今なら最善の選択肢だって分かってるのに・・・夢の中の私はそれすらできない・・・どんな事が起きるか分かってるのに・・・何をしなくちゃいけないか、何をしたらいけないか分かってるのに・・・私はあの時と同じ事しか出来ない・・・」
机に突っ伏し、嗚咽をあげる。
何度目かも分からないこの話を店主はいつものように黙って聞いてくれる。
店内には彼女のすすり泣く声と、音楽だけが響く。
25 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 20:16:24.71 ID:hPu5BDeR0
5 『悲壮なる羽衣』
あの後どうやって羽衣丸まで戻ってきたかあまり覚えていない。
ナサリン飛行隊の二人が割って入ってきて危機を脱したらしいというのは無線のやりとりで何となく察しがついていた。
あとから聞いた話だがあの日襲ってきた空賊は積み荷が狙いではなくコトブキ飛行隊が狙いだったらしい。
らしいというのは推測にすぎない話をナサリンの連中から聞いたからだ。
26 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 20:18:55.81 ID:hPu5BDeR0
隼一機を落とした後、他の仲間にも手を出そうとした空賊だったがナサリンの援護も含めこれ以上の戦果は望めないとなると早々に撤収していった。
あの手際を見るにそもそもの狙いが積み荷ではなくコトブキ飛行隊だったのではないかとはフェルナンドの弁。
イケスカ動乱の際、自由博愛連合に反旗を翻し反イサオ同盟軍の骨幹となったコトブキ飛行隊は、動乱後も活動を続ける残党からしたら目の上のたんこぶに他ならない。
また反イサオ同盟の象徴ともいえるほど名を馳せたコトブキ飛行隊を壊滅させることは残党にしてみたらこれ以上ないほどのプロパガンダなのだろう。
淡々と説明をするフェルナンドだがその時は何も頭に入ってこなかった。
27 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 21:23:48.05 ID:hPu5BDeR0
ただそんな中でも着艦直後、しばらく隼から降りられなかった事だけはよく覚えている。
手足の震えが止まらず自力で操縦席から出ることが出来なかった。
仲間から抱えあげられるようにして降りたはいいが甲板に降りた後も足が自分の物でないかのように力が入らず、仲間からの介助がなくなった途端そのまま崩れ落ちてしまった。
仲間たち・・・だけでなく他の船員たちも集まり何やら声を掛けてくるが全く耳に入らない。
責めるようなことを言っているわけではない事だけは表情や仕草で分かるが自分の泣き声でまったく他人の声が入ってこないのだった。
28 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 21:24:46.45 ID:hPu5BDeR0
僚機が墜とされてから二日。
ずっと格納庫の隅で帰ってくるはずもない相棒の帰還を待ちわびるかのように足を抱え込みながら座り込む。
普段は口うるさい整備班長もこの時ばかりは察してかここでずっと座り込むことに何も文句を言わなかった。
それどころか時々隣に来ては無言で頭をグシャグシャと撫で上げてはまた仕事に戻るのだ。
29 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 21:25:29.69 ID:hPu5BDeR0
泣き腫らした目でボーっとハッチを眺めていると急に開き始めた。
やにはに格納庫内は騒然とし始め航空機の着艦準備を始める。
動悸が激しくなり、その場に立ち上がろうとする。
もうあの隼が帰ってくることはない。
そう分かっていても期待せずにはいられないのだ。
するとハッチが開ききったのにあわせ九五式練習機 赤とんぼが飛び込んでくる。
その後席には誰かが乗っているように見えたが毛布でしっかりと覆われていて分からない。
いてもたってもいられず飛び出そうとする。
30 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 21:26:06.43 ID:hPu5BDeR0
「来るんじゃねぇ!!!」
整備班長の怒声で一瞬足が竦むがそれでも構わず向かおうとする。
「お前ら!!そいつを近づけるな!!しっかり押さえとけ!!」
その声で周りの整備員は一斉に私をその場に取り押さえる。
それを確認した班長はゆっくりとした様子で赤とんぼに近づき毛布を軽くめくりあげ中を覗き込む。
肩を落とし、震えるようにはぁぁ・・・っと深いため息をつくとこちらを向き整備員たちに指示をする。
「・・・お前ら・・・そいつを連れ出せ。良いって言うまで格納庫に絶対入れるんじゃねぇぞ・・・」
31 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 21:27:46.12 ID:hPu5BDeR0
あまりに暴れるのでと船内の資材置き場に閉じ込められて数時間。
今どのあたりを飛んでいるんだろう・・・
さっきの毛布の下には何があったんだろう・・・
考えを巡らす・・・
毛布の下?お前だって本当は大体察しがついているんじゃないのか?
あの大きさはどう見ても人だったよな?
なんでわざわざ毛布を掛ける必要がある?
自問自答しながらも嫌な予感だけが大きくなっていく。
動悸が激しくなり、呼吸も乱れ始め、目には涙が浮かんでくる。
32 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 21:54:22.51 ID:hPu5BDeR0
その時資材置き場の扉が開き誰かが入ってきた。
目を移すとぼやけた視界の中に我らの雇い主がいた。
「マダム・・・」
そう呼ばれた女性は憐れむようにこちらを見ながら近づき目の前まで来ると目線を合わすかのようにしゃがみこむ。
「落ち着いて聞いてちょうだい。」
震えながらだまって頷く。
「今から7時間ほど前に、先日戦闘が生起した場所で捜索隊が隼らしき残骸を発見したわ。」
「・・・らしき・・・?」
「ほとんど燃え尽きていてね・・・エンジンが栄だったことと、先日の戦闘空域の近くだったからおそらく彼女の隼だろうと・・・」
33 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 21:55:11.48 ID:hPu5BDeR0
動悸がどんどん激しくなる。
体の震えも止まらない。
やめろ、やめてくれと遮りたいが声が出ない。
「コックピットからね・・・遺体が出てきたの・・・ただ・・・性別不明なくらいに・・・その・・・焼けこげちゃっていてね・・・今からタネガシ、カイチ経由でイケスカに向かってそこの大きな病院で歯型とかを元に・・・ちょっと!どこに行くの!?」
震える足に無理やり力を入れたまらず資材置き場を飛び出す。
34 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 21:57:30.20 ID:hPu5BDeR0
格納庫に戻る道中、堪え切れず廊下で胃液を逆流させてしまう。
顔から床にボタボタとしたたっている液体が涙なのか鼻水なのか汗なのか、それとも胃液なのか。
判別できないくらいグチャグチャになっていたし最早そんなことはどうでも良い。
廊下で人目を憚る事なく泣いていると視界の中に見慣れたブーツが入ってきた。
上品な金髪に青色を基調としたドレスの様な服を着た彼女は私の手を取り引き起こす。
彼女の目も赤く腫れ先ほどまで泣いていただろうことが容易に想像できた。
「気持ちはわかりますわ。でも、毅然としなさい!彼女もあなたのそんな姿は見たくないはずです!私たちは空を飛び始めた時からいつかこうなる覚悟はしていたはずです!」
涙を浮かべながら震える声で、しかしそれでも力強く私にそう言う彼女に抱きつき様々な想いを込めて一言呟く。
「エンマ・・・ごめん・・・」
35 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 21:59:08.28 ID:hPu5BDeR0
その日私はコトブキ飛行隊から逃げ出した。
36 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 22:03:58.34 ID:hPu5BDeR0
6 帰らざるあの頃
「・・・落ち着いたか?」
店主が頭をクシャクシャと撫でまわしながら声を掛けてくる。
「・・・ごめん・・・いっつも同じ話ばかり・・・」
「酒飲んで泣き喚いて、そんで溜まってるもんぶちまけりゃ良いんだよ。そのためにこの店があるんだからな。」
「泣いてない・・・」
「自分の顔鏡で見てみるか?」
「・・・喚いてはいない・・・」
「周りの客に聞いてみるか?」
バッと振り向くといつの間に起きていたのかわずかに残っていた客達が素早く目を逸らす。
あまりの醜態に顔がカッと熱くなるのを感じ外していたフードを鼻まですっぽりと被る。
37 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 22:04:56.36 ID:hPu5BDeR0
「どうする?もう遅いけど今日は泊ってくか?」
ニヤニヤしながら店主は聞いてくる。
「・・・今日は帰る・・・これお代!!」
バンっと紙幣と硬貨を叩きつけ、フードを口元まで力一杯引き下げながら足早に店を立ち去る。
「またのお越しを。」
店主の声を後ろに聞きながら、もはや早足なのか駆け足なのか分からない速度で店から離れる。
38 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 22:05:33.79 ID:hPu5BDeR0
一体どこから聞かれていたんだろう。
今日が初めてなのだろうか?
実は今までも聞かれてた?
考えを巡らせるが、考えれば考えるほど顔がどんどん熱くなるのを感じる。
足を止めフードを外し、ふぅっと一息吐き思う。
恥ずかしいとは感じるけど、嫌とは感じない。
この町の人に知られるのは嫌じゃないのかもしれない。
紅潮させた顔で空を見上げながら考える。
ここでなら昔の私を捨てて生きていけるだろうか・・・
39 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 22:06:17.40 ID:hPu5BDeR0
20分ほど歩き駐機場まで着くと一機の戦闘機の前で足を止める。
明灰色をベースにその上に濃緑色で迷彩模様を描いた三式戦闘機 飛燕
MG151/20マウゼル砲を積んだ重武装型。
尾翼には赤で横向きの三本線。
その上に重なるように雷の様なマークと点をあしらったマーキング。
コトブキ飛行隊を飛び出した私が仕事の為に新たに購入した機体がこれだった。
大切な人を墜としたのと同じ機体・・・
「ナムフ」と描かれた場所を踏まないように機体に上り、風防を開けするりと着座する。
指二本分ほどの隙間を残し風防を閉めそこから入る涼しい風を肌で感じながら目を閉じ今日の事を思い出す。
40 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 22:07:10.27 ID:hPu5BDeR0
マスターの一〇〇式輸送機に近づく空賊の二式戦闘機 鍾馗を急降下しながら照準器で捉える。
あの日と同じように一瞬で主翼や胴体が吹き飛ぶ光景を見ながら機首を引き起こしそのまま上昇、高度をとる。
そしてそのまま反転するようにもう一機を捉え降下を始める。
ほどなくしてその鍾馗も部品を撒き散らし黒煙を引きながら地面に落ちてゆく。
再度高度をとり見下ろすと最後の一機の鍾馗は仲間が無残にやられたのを見てか一〇〇式輸送機の進行方向とは逆方向に離脱を始めた。
ドクンッと心臓が脈打つ。
どこに行く?
まさか逃がしてもらえると思ってるのか?
私の大切な人が逃げようとした時、お前らは見逃してくれなかったのに。
スロットルを奥まで押し込み逃げる鍾馗に向け急降下を始める。
41 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 22:09:28.88 ID:hPu5BDeR0
轟々と唸るエンジン音。
びゅうびゅうと風切る音。
操舵に合わせギシギシと鳴く機体。
逃がすか、逃がすか、逃がすか。
全身の血が沸き立ち、呼吸が激しくなる。
逃がすか、逃がすか、逃がすか、逃がすか、逃がすか。
距離が近づくにつれだんだん呼吸が早くなり、機体の細かい部分まで鮮明に見えるようになる。
マウゼル砲を発射し主翼や胴体がはじけ飛ぶ様子がスローモーションのように見えた。
そして交錯する瞬間。
悲壮な顔をするパイロットと目が合ったような気がした。
そしてまるで隣に座っているかのようにそのパイロットの断末魔が鼓膜を震わす。
42 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 22:10:18.02 ID:hPu5BDeR0
ガバッと立ち上がり風防にしこたま頭をぶつける。
激痛に悶えながらぶつけたところを右手でさする。
いつの間にか寝ていたのか・・・
そもそも撃墜し墜ちて行くパイロットと目が合うなんて言うのはまだしも、エンジン音や風切り音が激しい機内で相手のパイロットの断末魔なぞ聞こえるわけがないのだ。
わけはないのだが最近は昔の夢以外にも誰かを墜とした日にはこんな夢を見ることが多くなっていた。
体の前で指を組み再び目を閉じる。
もう余計な事は考えない。
寝る。
ただ寝るだけだ。
願わくばせめて夢の中でくらい在りし日の楽しい時間をあの人と過ごせますようにと祈り眠りにつくのだった。
43 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 23:21:04.76 ID:hPu5BDeR0
7 『飛燕のための100ポンド紙幣』
幸か不幸か。
彼女と寝食を共にしたあの部屋で過ごすのは辛いだろうとマダムが特別に個室を融通してくれた。
おかげで誰の目にも触れずに逃げる準備をすることが出来た。
周囲に人がいないか慎重に確認をしながら部屋を出る。
持つのは最低限の私物と今まで貯めたお金。
部屋の机の上にはコトブキ飛行隊を抜けること、捜さないで欲しい旨を書いた手紙を置いてきた。
廊下をコソコソと進み、するすると器用に飛行船内部の骨組みを伝い上へ上へと登っていく。
前の羽衣丸が飛行船強盗に遭った際に外部から船内に侵入したことがあるが、まさかその時の経験が役立つとは思わなかった。
44 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 23:22:23.24 ID:hPu5BDeR0
おかげで誰にも会うことなく上手い具合に船外へとアクセスできる小さな扉までたどり着いた。
扉を開け外に出る。
後は飛び降りるだけだ。
最後に愛機に別れをできないのは辛いが仕方がない。
横から吹き荒ぶ激しい風に打たれながらふと先ほど仲間から言われた言葉を思い出す。
『私たちは空を飛び始めた時からいつかこうなる覚悟はしていたはずです!』
違うんだ・・・
私だって覚悟はできていた。
45 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 23:23:00.26 ID:hPu5BDeR0
過去に墜とされた時も決して醜く取り乱したりはしなかったつもりだ。
そういうものだと割り切っていたから。
ただ気付かされたのだ。
自分が墜とされる事には覚悟が出来ていても、大切な誰かが墜とされる覚悟が出来ていなかった。
ましてや自分のせいで。
滲む涙を拭いながら一人決意をする。
これからは独りで飛ぶ。
大切な人を死に追いやった自分に誰かと飛ぶ資格などないのだ。
一歩踏み出し羽衣丸から飛び降りた。
46 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 23:24:12.51 ID:hPu5BDeR0
タネガシ手前のそこそこ栄えた街に到着し、しばし考える。
まず何をするべきか。
生きていくためには仕事をしないと金を稼げない。
だが最低限の荷物以外すべて置いてきた。
もちろん愛機だった隼一型もだ。
とにかく新しい機体を調達しないと始まらない。
最初は体に馴染んだ隼一型を考えたが同じ機体で飛ぶのは見つけてくださいと言わんばかりの様な気がしたのですぐに違う機体にしようと考えた。
次に考えたのが隼の三型か零戦の二一型、もしくは三二型だった。
今まで乗っていた機体から格闘戦で真価を発揮する機体が欲しかったのだ。
47 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 23:25:10.49 ID:hPu5BDeR0
しかしいざ機体を探し始めるとこれがなかなか見つからない。
業者に赴き男に案内された在庫を格納するヤードも実に寂しい状態だった。
曰くイケスカ動乱で活躍したパイロットたちにあやかってかその手の機体が飛ぶように売れて品薄かつ高値安定なのだという。
疾風迅雷、峻烈可憐、電光石火等の異名を持つパイロット達を輩出したエリート集団が駆った隼一型
荒野の雌豹の駆った零戦三二型
またその影響でそれぞれの違う型も飛ぶように売れているらしい。
とりあえず見積もりだけでもと思って出してもらったが見て驚いた。
一昔前の3倍から4倍ほどの値段になっていたのだ。
買えないこともないが完全に予算オーバーである。
48 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 23:26:34.60 ID:hPu5BDeR0
がっくしと肩を落としながら格納庫を見回すと隅に埃をかぶったシートで覆われた機体があるのに気が付いた。
「・・・あれは?」
「あれねぇ。良い機体なんだけどねぇ。扱いが面倒臭いのと、イケスカ動乱で全然目立たなかった。っていうか自博連側に付いてた空賊の連中が主に乗ってたせいで良いイメージがないんだろうねぇ・・・見てみるかい?」
黙って頷き機体に近づく。
シートを外すとその下からは塗装の一切されていない銀一色の飛燕が姿を現した。
49 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 23:27:42.23 ID:hPu5BDeR0
その姿を見た瞬間全身の血の気が引きゾワッと鳥肌がたつ。
「綺麗な機体だろ?イケスカ動乱前にフルオーバーホール終わらせて売り出す予定だったんだけどな。ちょうど売り出した頃には、動乱も収まって無事飛燕のイメージはすこぶる急落。縁起が悪いってんで価値も大暴落。買い手がつかなくなっちまったのよ。」
鳥肌の残る腕をさすりながら無言で機体の周りをぐるりと回り各所をつぶさに観察する。
体の震えが止まらない。
心臓も高鳴りすぎて今にも口から飛び出すんじゃないかと心配になる。
50 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 23:28:54.18 ID:hPu5BDeR0
「こいつの積んでる機関砲。これが厄介者でな。マウゼル砲って言うんだが。あぁっと通に言わせりゃユーハングの発音でモーゼル砲だったかね??20mm機関砲には違いないんだがどうも純粋なユーハング製じゃないみたいでな。ユーハングの連中もどっかもっと進んだところから取り寄せてたらしい。」
主翼から飛び出した砲身を震える手で撫でる。
あの日の光景がチカチカと脳裏に映し出される。
「そんなわけでこいつには専用の高性能薄殻榴弾があってな。ユーハングの連中、コピーできなかったらしいんだが穴がふさがる直前に何とか同等品を作れるようになったらしくってな。まぁそこで働いてたイジツの連中と子孫共が今でも少量生産で薄殻榴弾ってのを作ってるんだが、手に入り辛いし、手に入ってもお高いんだわな。」
51 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 23:29:39.48 ID:hPu5BDeR0
飛燕からやや距離を置き全体を睨みつける。
なんの因果か知らないが、このタイミングでこいつに出会った。
こいつに乗って一生罪を償えと言われたような気がした。
「だが粗悪なただの榴弾じゃないれっきとしたモノホンの薄殻榴弾を積んで戦った連中はみんな絶賛してるぜ!嘘かホントか知らねぇが爆撃機の羽が簡単にへし折れたとか、胴体に大穴空けたとかな!」
嘘じゃない。
実際に目の前で見せつけられた。
一瞬でバラバラにされる僚機の姿を。
「ただ普通の飛燕と比べてもこいつはマウゼル砲のせいで補強が入ってる分だいぶ重くなってるからな。姉ちゃん、隼や零戦がお好みなんだろ?こいつは運動性もお世辞にも良いとは言えないし気に入らないと思うぜ?」
もはや説明など耳に入っていなかった。
52 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/20(金) 23:30:48.48 ID:hPu5BDeR0
男の方を向き短切に伝える。。
「買った。」
「・・・は?」
つい今までペラペラと蘊蓄を語っていた男が呆気にとられた顔をする。
「いや、姉ちゃん俺の話聞いてたか?悪い機体じゃねぇが姉ちゃんの求めてるニーズとは・・・」
「即金で買う。今すぐ!!」
肩に掛けていたカバンをひっくり返しそこから100ポンド紙幣の札束がボトボトと落ちる。
男はしばし無言で地面に落ちた札束を見つめる。
「ちょ、ちょちょちょちょっと待ってろ!!すぐ契約書持ってくる!!やっぱやめたとか無しだからな!!!」
格納庫に併設された事務所にすごい勢いで飛び込んでいく後姿を見送り、もう一度飛燕の方に視線を移す。
自分にとっては大切な友を墜とした疫病神の様な機体。
未だに体の震えが治まらず、動悸も激しいまま。
それでも、視線を外すことなく男が戻るまで飛燕を睨み続けた。
53 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/21(土) 12:23:37.56 ID:2cqef2pX0
8 小飛行隊長
コンコン・・・と風防をノックされ目を覚ます。
狭い操縦席内でそれでも精一杯体を伸ばそうとする。
体中からクキクキと関節の鳴る音が聞こえるのが心地良い。
見慣れた顔が目に入ったので風防を開けながら声を掛ける。
「おはよう・・・」
「おはようって時間かよ・・・」
呆れた感じの返事をされたので時計に目をやると、もうすぐ昼になろうかという時間だった。
黒髪のオールバックに似合わない口髭を生やした中年男性。
この町の自警団の飛行隊長だった。
飛行隊長とは言っても濃密な対空火網の構成されたこの町では地上の防空班の方が勢力は大きいし、たった3機しかいない飛行隊の隊長なので悪く言えば名ばかりの隊長といったところだろう。
ちなみにみんな隊長としか呼ばないし私自身も隊長と呼んでいるので名前は未だに知らない。
もしかしたら「タイチョウ」という名前なのかもしれないと下らないことを考える。
54 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/21(土) 12:55:46.79 ID:2cqef2pX0
「ほら。マスターがどうせロクなもん食ってないだろうから持ってけって。」
紙袋を受け取りながら不服そうな顔で飛行隊長を睨みつけるが図星なだけにすぐに表情を戻す。
袋の中を覗くとこぶし大のハンブルグサンドが二つ入っている。
「あとこれも。」
とサイダーも一緒に渡される。
ユーハングの飛行機乗りたちが機内で飲むのに持ち込んだとのことでイジツにおいても飛行機乗りの飲み物としては人気の物だ。
55 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/21(土) 13:33:52.73 ID:2cqef2pX0
「いつもの哨戒行くから。何もないとは思うけどな。一応護衛について欲しい。」
そう言って走り去る隊長の後姿をハンブルクサンドを頬張りながら見送る。
ゆっくり二口、三口と口に運んだあとサイダーの栓抜きがないことに気が付き文句を言ってやろうともう一度隊長の方を振り向くが、すでに隊長機に乗り込んでタキシングに入っていた。
仕方なく無線で呼びかける。
「隊長・・・栓抜きは・・・?」
「あぁ!?栓抜き?・・・あぁ俺が持ってるわ。もう出るとこだから哨戒終わったらまた渡してやるよ!」
一体何時間後の話だと悪態をつきながらサイダーの栓を機内の機銃の後部に引っ掛け一気に下に引っ張る。
56 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/21(土) 13:34:35.71 ID:2cqef2pX0
心地良いプシッと栓の抜ける音とともにシュワシュワと中身が溢れ出し慌てて口を当て胃袋へと流し込む。
零れたサイダーで手袋も飛行服もビショビショだ。
最悪の気分で再度無線を入れ今まさに目の前を離陸していく機体に問いかける。
「・・・まさか振った?」
これが答えだと言わんばかりに豪快な笑い声が返ってきた。
57 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/21(土) 13:37:06.06 ID:2cqef2pX0
上空を緩やかに飛行しながら機体をロールさせ下を見下ろす。
水色に塗装された艦上攻撃機 天山。
隊長の乗る機体だ。
なにやら珍しい機体らしく主翼内に7.7mm機銃を積んでいることを自慢されたが一体何がすごいのかは未だに良く分からない。
こちらに気付いたのか後部の機銃手が大きく手を振る。
反射的に手を振るが気付かいないかと思い直しバンクを振る。
58 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/21(土) 13:38:07.60 ID:2cqef2pX0
「そういえばレナ。お前さんどっか飛行隊とかには入らないのか?」
無線から流れてきた唐突な質問に一瞬面食らうがすぐにいつも通りの返事をする。
「・・・人とつるんで飛ぶのは性に合わない。」
「とか何とか言っちゃって。いつもシュグゥのマスターと飛んでるし、今だってこうして俺と一緒に飛んでるじゃねぇか。」
「・・・そうじゃなくて。任務で誰かを護衛するのは良いけど、僚機と編隊を組んで飛ぶのは御免だって話・・・」
「ふーん。難儀な性格してんなぁ。ま、俺らとしてもお前さんに町から出てかれると困るから良いんだけどな。」
余計なお世話だと口から出そうになったがグッと堪え、しばしの沈黙で非難する。
59 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/21(土) 13:39:26.18 ID:2cqef2pX0
「なぁ、レナ。」
「・・・今度は何・・・」
「コトブキ飛行隊って知ってっか?」
全身の血の気が一気に引くのを感じる。
なんでこんなことを聞く?
いや、それよりもなんて答えるべきだ?
イケスカ動乱であれだけ有名になったんだ。
知らないなんてのは逆に不自然だろう。
「おーい、聞いてっか?」
「・・・名前ぐらいは・・・急にどうして・・・?」
喋っている自分の声が震えていないか不安になる。
「いや、この前インノに行く用事があってな。その時途中の空の駅で飯食ってたんだわ。んで隣の席に金髪の人形みてぇにえれぇ綺麗な女の子が来たから声掛けたんだよ。そしたらコトブキ飛行隊って言うじゃねぇか。イケスカ動乱で自博連を壊滅させた連中っていうからもっとごっつい男みてぇな連中だと勝手に思ってたから驚いたなぁ。」
60 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/21(土) 13:39:58.95 ID:2cqef2pX0
金髪の人形みたいに綺麗な女性。
一人しかいないかつての仲間の姿を思い出す。
「いやぁ、喋り方とかもすんげぇ気品があってなぁ。紅茶を飲む姿もすっげぇ様になってたと言うか。ああいうのを嗜むって言うんだろうなぁ。ああいう娘に一回くらいはお相手してもらいたいもんだぜ。あっちの方もお上品なんかねぇ?」
彼女の表面しか見ないならそう見えてしまうのもしょうがないのだろう。
こういう助平な輩こそ彼女の本質に触れてしまえば良いのにと思ってしまう。
『あなたの様な下劣な事しか考えられない不埒な輩はい今すぐここでくたばっておしまいなさい!』
いかにも彼女が言いそうな事が頭をよぎり寂しくも懐かしい気持ちになる。
61 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/21(土) 13:40:58.54 ID:2cqef2pX0
「・・・そんな下らない話なら無線切る。・・・他に何か言ってた・・・?」
「そうそう。そんでなぁ、なんか仲間が減ったとかで今は4人で活動してるんだとよ。たった4人だからいろいろと大変らしくてなぁ。だからさっきお前さんに飛行隊とか興味ないかって聞いたんだよ。」
4人と聞いた瞬間に心臓が止まった。
帰っていなかった。
コトブキ飛行隊を飛び出して10か月。
その情報には敢えて触らないようにしてた。
そうすればひょっとしたら自分の知らないところで大切な人は実は生きて戻ってきているかもしれない。
そんな想いで今日まで過ごしてきたが今日ついに現実を知ってしまった。
62 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/21(土) 13:41:40.30 ID:2cqef2pX0
今コトブキ飛行隊には4人しかいない。
さっき以上に全身から血の気が引き手の震えが止まらない。
ラダーを操作する足も震える。
「・・・ごめん隊長。無線切る。」
「あ、おい!?なんか気に障る事言ったか!?」
動悸が激しくなり呼吸も乱れる。
無線機が確実に切れていることをぼやける視界で今一度確認する。
左手でゴーグルを外し涙を拭うが栓が壊れたかのように次々と溢れ出す。
声も噛み殺そうとするが嗚咽を止めることが出来ない。
もう二度と会えない。
一度は受け入れたつもりだったが、やはり心のどこかで実は生きているかもと安易な期待していた自分を恥じた。
63 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/21(土) 15:26:58.34 ID:2cqef2pX0
9 『ゴロツキと風来坊』
見渡す限りの夕空。
聞こえてくるのは機体が風を切る音と轟々と唸るエンジン音。
飛燕での初めての護衛任務を終え帰路につく。
64 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/21(土) 15:29:16.27 ID:2cqef2pX0
なるほど。
業者の男の言う通り今まで乗っていた隼とはだいぶ勝手が違う。
格闘戦をしようにも隼に慣れた身からすると操舵の追従性がだいぶ鈍く感じる。
しかしながら一撃翌離脱での性能は目を見張るものがあった。
どれだけ速度を上げたところから機首を引き起こしても機体の剛性感が凄まじく、隼ならこの速度からは引き起こせないだろうという場面でも難なくこなせてしまうのだ。
併せて火力の凄まじさも改めて実感した。
今までだったら多量の射弾を撃ち込む必要があった場面でも戦闘機相手なら数発で墜とせてしまう。
65 :
◆vPkNjiWzfsSW
[sage]:2019/09/21(土) 15:29:51.90 ID:2cqef2pX0
チラと横を見やりそれぞれ「ナムフ」「フムナ」と描かれた翼を見る。
「ユーハング語は分からねぇが機体の大事な箇所にこのマークを入れる文化があったみてぇでな。おそらく弾が当たらねぇ様にって願掛けみたいなもんだろうな。」
そう業者の男が言っていたのを思い出しながら目線を前へと戻す。
飛燕での訓練はある程度はしたが実戦で見えてきたものもだいぶある。
今日の戦果を踏まえ戦い方を変える必要があるなと滑走路を見据え着陸態勢に入る。
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