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346プロの奇怪な夏
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102 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/19(月) 17:19:25.82 ID:4nkCagHl0
「……私は……私はっ! 貴方と、っ! ずっと一緒に居たいだけなんです……! ねえ、貴方は! 私の事を……!」
水鉢の近くに置かれたそれに、俺は手を伸ばした。
それが全ての始まりだと、皆分かっていた。
それで全てが終わるのだと、俺は分かってしまっていた。
それは、俺が渡せなかったもの。
俺と茄子を繋ぎとめているもの。
俺が……茄子の事を……
「……愛してるよ、ずっと」
自分の指からも、同じ物を抜き取った。
シルバーのペアリングを二つ、芳乃に渡す。
「頼む、芳乃」
「……はいー……っ!」
「私は! 貴方と……イヤです! ねえ、助けて下さい! 守って下さい! 私は…………!!」
「愛してるよ、茄子……っ」
溢れる涙は三人分。
夏の夜に、跡を残す。
「貴方の事がーー」
芳乃が、両手を閉じた。
ただ、それだけで。
俺の夏の、現実逃避の逃避行は、終わりを告げた。
103 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/19(月) 17:20:01.70 ID:4nkCagHl0
9、夏
「プロデューサーさん、最近元気になりましたよね」
「そうか? 自分では分からないが……」
「うーん……憑き物が落ちた、みたいな表情です」
どんな表情なのだろう。
自分では分からないが、痩せたとかそういうのだろうか。
「……どうだ美穂、俺カッコいいだろう」
「うわぁ……」
あんまりな反応である。
バカな事などするのものでは無かった。
いつも通りの日常だった。
ありふれた現実だった。
ぽかりと空いた穴は、未だに埋まらないけれど。
きっと、沢山の幸せで埋めてゆけるだろう。
八月二十四日、土曜日。
あの日から約一週間。
夏は、まだまだ続いていた。
104 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/19(月) 17:20:28.31 ID:4nkCagHl0
全てを終えた八月十八日。
身も心も疲れ果てていた俺は、どうやらそのまま墓地で眠りに落ちたらしい。
翌日起きれば、寺に寝かせて貰っていた。
芳乃が上手く話してくれたらしく、住職さんと和やかにお茶を飲んでいたのは覚えている。
それから既に用意されていた券で(文香が用意してくれていたらしい)飛行機に乗り。
東京に戻った直後、俺は疲れ果てて空港で再び寝た。
連続で三回も飛行機に乗って疲れた芳乃も寝ていたらしい。
起きたら文香がステキな笑顔で笑っていた。
図書券をプレゼントしたら普通の笑顔になった。
『厄が、呼び込まれやすかったのです』とは帰りの車内での文香の談。
それは、俺がずっと気になっていた事だった。
俺は346プロダクションに勤めてそこそこ長いが、こんなにも沢山の心霊現象に遭遇した夏は初めてだった。
それは、俺が作り出した『彼女』の性質に起因していた。
彼女は半分は俺の妄想だったが、もう半分は芳乃曰く『幸運そのもの』だ。
そして周りからすれば、空白でもある。
そこには、何もない。
砂浜に掘った穴に海水が流れ込んで溜まる様に、『彼女』が通った跡には厄が流れ込み易かったらしい。
周りの幸運を自然とその身に溜め込み、運や福が無くなった空白に厄が流れ込む。
だから、こんなにも沢山の心霊現象に遭遇したのだ、と。
普段であれば小梅や芳乃が何とかしていたが、この夏に限って芳乃は東京に居なかった為、俺たちにお鉢が回って来ていたのだ。
俺の疑問を見透かした様に、文香は話してくれた。
本当に、この夏は文香にお世話になりっぱなしだった。
七月の半ば辺りからその様な体験をして、一番知識がありそうな文香に相談した時からずっとこうだ。
彼女もまた、俺と『彼女』を監視する為近くに置いておくのに丁度良かったのだろうが。
まぁ、つまり。
今後はもう、こんな不思議な体験を俺がする機会は無いのだろう。
事務所前に溜まった厄は、全て芳乃が祓ってくれた。
これでもう、事務所にデカデカと描かれた『件』の絵も必要無いのだ。
やっと消せる、もうこれ以上専務に頭を下げなくて良いんだ。
とても嬉しい、高垣さんと飲みに行こう。
事務所に戻ると、小梅が迎えてくれた。
既に体調も良くなった様で、『あの子』の残滓が何処かに残ってないか探しに行くらしい。
志希はまた研究室(事務所内の部屋)に篭りっきりらしい。
今度こそちゃんと除霊出来る香水を作るとかなんとか。
皆んな、既に日常に戻っていた。
例年通りの夏に、戻っていた。
だから俺も、そろそろ戻ろうと思う。
目を逸らし続けていた現実に。
誰にも秘密にしていた(何故か文香にバレてたけど)恋人は、もういないんだという現実に。
それと……
「プロデューサーさん、たっくさん書類溜まってますからね?」
目の前に積まれた、沢山の白い紙という現実に。
105 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/19(月) 17:20:56.22 ID:4nkCagHl0
「そう言えばプロデューサーさん。こんな事、聞いて良いか分からないんですけど……」
「どうした?」
背中をぼきぼきと鳴らしながら伸びをする俺に、美穂は質問を投げかけて来た。
申し訳無さそうに、けれど興味は津々と言った様に。
「……茄子さんの事、好きだったんですか?」
噎せそうになった。
おかしいな、誰にもばれて無いと思っていたんだが。
もしかしたら、その後の反応で察した人もいたのかもしれない。
茄子の葬式、思いっきり俺と同じ指輪付けてただろうし。
「ええっと、その……わたし達、こないだコックリさんやったって言ったじゃないですか」
「そうだな。結局、どんな事を教えて貰おうとしたんだ?」
美穂だけは、あの『コックリさん』がホンモノだったと言う事を知っていた。
降霊された者が彼女達の求めた『コックリさん』なのかどうか自体は定かではないが。
「……プロデューサーさんの好きな人は誰ですかー! って……」
「学生かよ」
「学生ですっ!」
そうだった。
自分基準で話すものではない。
もし俺が学生の時に『コックリさん』が流行していても、多分尋ねたのはそう言う系統のものだっただろう。
「そしたら……『た、か、ふ、じ』って……」
あぁ、成る程。
それは果たして、『コックリさん』がホンモノだったのか。
それとも又は、『彼女』がイタズラして自分の名前を示したのか。
「……『たかふじ』って名前の人なら、日本にいくらでも居るだろ」
「……誤魔化すんですねー、へー……ふぅーーん……」
どうやらお気に召さない反応だった様だ。
「……あれ? プロデューサーさん、指輪着けてませんでしたっけ?」
「外したよ。いつまでも過去に縋ってられないだろ」
嘘である。
正直毎晩デスクに置いた指輪を見て泣いている次第である。
「……もしかしてチャンスある……?」
突然上機嫌になった。
女心は秋の空より分からない。
今は夏だが。
「……夏、今年はまだ暑いなぁ」
「熱い夏にしちゃいましょうっ! 午後ってお休みだったりしませんかっ?」
「あー悪い、旅行行ってくる」
「旅のお供に!」
「結構です」
106 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/19(月) 17:21:24.20 ID:4nkCagHl0
お昼が過ぎる前、俺は再び島根に戻って来た。
正直午前中から参加させて頂きたかったのだが、どうしても仕事で外せなかった。
納骨自体は既に済まされているとか。
その辺は地域や家系によって異なると言う事は、文香から聞いていた。
そもそも家族の方は、俺と茄子の関係なんて……知ってるか、ペアリングで知られてるわ。
本当に、数々の非礼を詫びなれければ。
本来であれば真っ先に、挨拶に伺うべきだった。
門前払いされたら、それは仕方ない。
誠心誠意謝罪して、非礼を詫びさせて欲しい。
七月七日から、七週間。
今日は茄子の、四十九日だった。
107 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/19(月) 17:22:05.96 ID:4nkCagHl0
蝉の鳴き声が煩くて、夏の日差しが眩しくて。
纏わり付く様な暑さの中、俺はまた、此処へ来た。
あの夜とは違って、全てはっきりと見えて。
これからきっと、何度も訪れるだろう。
大切な恋人の墓。
俺を守ってくれた人が眠る場所。
大切な恋人を演じてくれた『彼女』の、最期の思い出。
俺が殺した『彼女』が消えた場所。
周りからしたら、非常に危険なものだったかもしれないが。
俺からしたら、『彼女』はこの夏、俺を守り続けてくれた。
俺の大切な恋人は、死後も俺を守り続けてくれた。
だから、もう一度。
「……ありがとう、茄子」
名前を呼ぶ。
大切な恋人の名前を。
「……ありがとう、茄子」
名前を呼ぶ。
鷹富士さんの、名前を。
水鉢の近くには、既に指輪が置かれていた。
あの後芳乃が、置いて行ってくれたのだろう。
……はてさて、困った。
正直、壊された物だと思っていた。
鞄の中には、もう一組のペアリングが入っていた。
八月に入ってからもう一度、彼女にプレゼントしようと思い購入したものだ。
これ、置く訳にはいかないよな。
……茄子なら許してくれそうだな、いやでも家族の方に怒られるわ。
親御さんは、俺を受け入れてくれた。
それどころか、優しい言葉を掛けてくれた程だ。
あの人達を悲しませる様な事はしたくない。
墓に異なる指輪が二つ置いてあったら間違いなく大問題だ。
仕方がないので、住職さんに供養してもらう事にした。
それが良いだろう。
渡す相手がいないのであれば、持っていても仕方ないし。
置く場所が無いのであれば、そうして貰うのが一番だ。
そう思って、鞄に手を伸ばす。
「ん……」
開けた箱には、指輪が一つしか入っていなかった。
「……せめて俺から渡させてくれよ」
今回もまた、結局渡せなかった。
自分の不甲斐なさに呆れる次第だ。
けれど、なんとなく。
自分から取っていく方が、彼女らしい気がした。
……さて、帰ろう。
今度こそ、俺は日常に戻る。
いつも通りの夏に戻る、奇怪な夏は終わる。
心霊体験にも化け狸にも心霊スポットにも地方伝承にも。
海デートにもプレゼント探しにも不審者にもネットのフラッシュにも。
恋人にも縁の無い生活に、戻るとしよう。
108 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/19(月) 17:22:34.80 ID:4nkCagHl0
ーーとした筈だった。
『はぁ……貴方と言う人は……』
「電波繋がってる? これ幻聴だったりしないか? 信じるぞ? 信じるからな?!」
電車に乗って、空港へと向かっていた筈だった。
途中で寝落ちして、気付けば見た事も聞いた事も無い駅に辿り着いていた。
辺りは既に暗く、何も見えない。
人の気配もしないし、音も聞こえない。
焦った俺は、迷わず文香に電話した。
繋がらなかったら不安に押しつぶされていたと思う。
『……迂闊に動かないで下さい。今、近くに見えるものは……?』
「駅名が書いてあるな……きさ……らぎ……汚くて上手く読めん」
『あぁ……成る程。芳乃さん、島根に旅行に行きたくありませんか……? いえ、先日行ったばかりと言うのは重々承知で……』
俺がいつも通りの夏に戻れるのは、もう暫く先の事になりそうだった。
終
109 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/19(月) 17:23:00.77 ID:4nkCagHl0
以上です
お付き合い、ありがとうございました
110 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/08/19(月) 21:23:08.76 ID:Wg17wsuA0
おつおつ
111 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/08/20(火) 18:32:19.09 ID:2AvWq6NJ0
乙
去年加蓮のお話も書いてなかった?
やめてよね、毎年毎年涙腺爆発させるの…
112 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/08/21(水) 00:31:53.43 ID:l9eTFUx+o
久しぶりに名作にあえた
茄子…過去作も教えてほしい
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