モバP「持たざる者と一人前」

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78 : ◆v0AXk6cXY2 [saga]:2019/08/18(日) 15:31:25.51 ID:BON9hvjh0
 そうそう、事務員で思い出した。俺が夢を目指すきっかけとなったあの動画のアイドルは、なんと正直者なプロデューサーが手掛けたアイドルだったのだ。

「へえ、なんだか嬉しいな。こんなに優秀なプロデューサーが生まれるきっかけだなんて……あの時俺たちのやってたことは間違いじゃなかったんだなぁ。ねえ、ちひろさん?」

 しかもそのアイドルが引退後、事務員としてシンデレラガールズにやってきたのだから俺の興奮はすごかった。その時に向けられた渋谷さんからの冷たい視線で素に戻ったのは、今となると笑い話だ。

 そんな憧れの人たちより先に入社して、ある意味先輩になってしまったのだから恐縮しっぱなしで。それを知っているあの人たちは笑って、事あるごとに俺のことを先輩って呼んでくる。とても性質が悪いと思う。

 けれどそれがどうしようもなく嬉しくて、楽しくて。俺の夢が。絶対に無理だって思っていた夢が、どんどん叶っていく。気を抜けば小躍りでも始めそうなくらい幸せ過ぎて、本当にどうにかなりそうだった。
79 : ◆v0AXk6cXY2 [saga]:2019/08/18(日) 15:31:52.65 ID:BON9hvjh0
「――あっ、プロデューサー。ここに居たんだ」

 そんな感傷に浸る俺へ、掛けられる凛とした声。それに気づいて、俺は立ち上がる。そこに居たのは、あのトロフィーを持った、ドレス姿の渋谷さんの姿。

『渋谷さん、おめでとう。凄く綺麗だった』

「相変わらず、褒め言葉ばかりは一人前なんだから」

『はは、すっかり俺も、渋谷さんの尻に敷かれちゃったからね』

「もう……」

 呆れたように、けれどはにかむ彼女の姿は、とても魅力的だった。こんなかわいくて、綺麗なアイドルが俺の担当だなんて、今でも夢みたいだと思う。

 結局、この三年間で彼女にしてあげられたことなんて、どこまで行っても“半人前”だった俺には片手で足りるほどでしかなかった。

 それでも渋谷さんは俺を信じてついてきてくれた。もうすっかり“一人前”に見える彼女が、ずっと。だから俺は思っていた。

 もう十分すぎるくらい、彼女に夢を見せてもらった。俺の人生を、こんなにも変えてくれた。彼女に頂上の景色を見せてもらった。これ以上――。
80 : ◆v0AXk6cXY2 [saga]:2019/08/18(日) 15:33:00.13 ID:BON9hvjh0
「“これ以上、俺が重荷になるわけには行かない”……なんて、考えているんでしょ、プロデューサー?」

 どくん、と心臓が跳ねた。考えていたことをピタリ、と言い当てられたのだから当然だろうけれども。見やれば、少し不機嫌そうな渋谷さんの顔。

「あのさ、プロデューサー。私がここまでこれたのはプロデューサーがいたからだよ。なのに重荷なんてはず、ないじゃん」

『え、いや』

「そもそも、自己評価がちょっと低すぎるんだよね、プロデューサーは。昔どうだったかは知らないけど、他のプロデューサーからなんて呼ばれてるか知ってる? “俺たちの良いとこ取り野郎”だよ?」

 嘘でしょ。なんて大層なあだ名だろうか。初めて知った。渋谷さんも思わずふふ、と笑っている。

『はは……まあ、でも俺は“半人前”だからさ。できる限りのことをやっていかないと、渋谷さんに置いて行かれちゃうって思って』

「向上心があるのは良い事。でも自信も持ってほしいよ。私の、その。自慢のプロデューサーなんだから」

 そう言ってから、恥ずかしそうに渋谷さんはそっぽを向いた。何となく、俺も恥ずかしくなる。そんな風に思ってくれているなんて、ちょっと思いがけなかったから。これも夢なのだろうか。頬をつねる。痛かった。

 俺の様子を見て、渋谷さんは笑う。
81 : ◆v0AXk6cXY2 [saga]:2019/08/18(日) 15:33:27.61 ID:BON9hvjh0
「夢なんかじゃないよ。夢なんかじゃ」

 そして、渋谷さんは思い出したように、

「……そうだ、プロデューサー。あの約束、覚えてる?」

 そう訊いてくる。

『もしトップアイドルになったらって奴か』

「うん。願い事を聞いてくれるって、言ったよね」

 もちろん、俺は覚えていた。忘れるはずもない。本格的に彼女のプロデュースを始めた日に交わした約束。

『ああ。俺に聞けることなら、なんでも』

 だからそう答えた。自慢じゃないけれども、彼女との約束は一度だって破ったことがない。どんな些細なことでも、一度交わした約束は絶対に守った。

 どんな難題でも応えて見せよう。そう覚悟をしたのに、けれども、彼女から飛び出た願い事は――。
82 : ◆v0AXk6cXY2 [saga]:2019/08/18(日) 15:34:09.89 ID:BON9hvjh0
「“凛”……って、そう呼んでほしいな。いつまでも“渋谷さん”なんて、他人行儀だから」

 そんな、些細なお願い。思わず目を丸くする。そう言えば、確かに渋谷さんのことをそう呼んだことはない。ほかのプロデューサーは下の名前で呼んでいる人もいるのに。

『そんなのでいいのか?』

「うん。それがいいの」

 それが彼女の願いなら、否応もない。それに……きっと、俺は彼女を。

『分かったよ……り、凛』

「……うっ、お、思ったよりも、恥ずかしいね」

 ずっと、こう呼びたかったのかもしれない。嬉しそうに、けれども恥ずかしそうにはにかむ凛の姿をみてそう思う。

「……ねえ、プロデューサー」

『うん?』

 凛が一歩、俺に近づいてから声をかけてくる。
83 : ◆v0AXk6cXY2 [saga]:2019/08/18(日) 15:34:36.50 ID:BON9hvjh0
「プロデューサーは自分のことを“半人前”って言うけどさ」

『うん』

「私だって、何も知らなかった私から、ようやく“半人前”のアイドルにはなれたと思ってるんだ」

『……うん』

「てことはさ」

 俺を見上げ、少し熱っぽい視線で見上げる彼女と目が合う。そこに、もう胡乱なものはどこにもない。

 あるのは、大切な何かを見据えた一人の少女の姿。

 そして凛は、笑った。少しだけ、背伸びをしながら。

「私も“半人前”で、プロデューサーも“半人前”なら、二人で“一人前”ってことでしょ。……だからね、プロデューサー」





「これからもずっと、プロデュースしてよ……ずっと、ね?」

 それが、凛からのプロポーズだったことを知るのは、少し後の事で――。




 ――これはとある“持たざる者”とアイドルの、二人で“一人前”の物語。
84 : ◆v0AXk6cXY2 [saga]:2019/08/18(日) 15:37:27.36 ID:BON9hvjh0
今回の更新で、この作品は完結となります。
またシリーズと言えるかどうかは分かりませんが、七人目の正直から始まった一連の作品群もこれで終わりです。
構想してから都合六年でようやく終わることが出来ました。
読んでいただけた方々には感謝しかありません。ありがとうございました。

それでは、HTML化の依頼を出しておきます。今までお世話になりました。
85 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/08/18(日) 20:15:30.26 ID:HemI3qE0o
お疲れ様でした
四面楚歌から知ってシリーズ全部読んだよ
しかし強そうなCoプロだ…
86 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/08/18(日) 21:03:54.21 ID:TcQpB08bO
お疲れ様でした。
最後の1人は予想がついてたけどやっぱり作品で見たいし、また更新してくれて嬉しかったです。
3年待ったけど待ってて良かった、ありがとうございます。
87 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/08/19(月) 22:22:06.39 ID:2V09kfHe0
感動をありがとうございます。
7から読み直してきます。
88 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/08/23(金) 01:03:35.73 ID:XV4USbbX0

>>77の部分が最高だな
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