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モバP「持たざる者と一人前」
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1 :
◆v0AXk6cXY2
[saga]:2019/08/01(木) 23:09:21.44 ID:FCK0uUJh0
モバマスSSです。 公式設定とはずれた勝手な設定があります。
またP視点に偏重しているのでアイドル成分は薄く、登場も遅いです。
それでも宜しければ、読んでいただけると幸いです。
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1564668561
2 :
◆v0AXk6cXY2
[saga]:2019/08/01(木) 23:11:31.83 ID:FCK0uUJh0
□ ―― □ ―― □
俺には何にもない。
それは才能って意味でもそうだったし、財力やら権力やらって意味でもある。お袋と親父には悪いけど取るに足らない一般農家の、取るに足らない一人息子だ。
当然学校の成績なんかも中の中。ひいき目なしに言えば中の下。運動も出来ないことはないけれど、だからって体育祭とかのクラス対抗戦には名前すら上がらない程度。
周りの大人たちはたぶん、最低限の期待はしてくれていたと思う。トンビがタカを産んだ可能性だってあるって。だから誰だって期待はする。俺だってするだろう。
けどまあ、そんな期待はいつの間にか消えていた。当然だよな、何にもないんだもの。それに文句を言うつもりはないけれどね。過度な期待なんて重荷でしかない。
そうとも、そんなちっぽけな期待でさえ俺にはキツかった。だから意地の悪い奴は俺のことを、何をやっても“半人前”だなんて言った。ありがたかったね、正直なところこれ以上ないピッタリな評価だった。
だからってこれまでの人生で何かをやる時に手を抜いたつもりはない。少なくとも俺は俺の“一人前”を果たしてきたつもりだった。やれるだけのことはやった。例えそうじゃなかっても今更だ。
3 :
◆v0AXk6cXY2
[saga]:2019/08/01(木) 23:12:06.52 ID:FCK0uUJh0
だから俺だけは俺を信じてやれる。俺にはやりたいことがある。アイドルのプロデューサーってものが、俺はやりたいんだ。
何を一人前にって思うかもね。俺みたいな半人前には無理な夢だって。俺だってそう思う。客観的に見ればその通りだ。
けど、夢だ。だから諦めない。当然お袋と親父には反対された。それでも俺は曲げなかった。たった一度の人生だ、賭け金としては安いかもしれない。けれどそれでも博打を打ってみたかった。
『一念岩をも通す』なんてことわざがある。だから俺は想い続けるよ。やる気だけはあるなんて性質の悪い言い分だろうけれど、これが“持たざる者”の“持てるだけ”だから。
「――ねぇ、苦しくないの? 辛くないの?」
もちろん! 苦しくなんて、辛くなんてあるものか。これまでずっとがむしゃらにやってきたんだ。これからもそうするだろう。
例えそこに至る道が困難を極め、踏破するだけの才能がなくても。俺だけじゃ無理でも君がいればって可能性を感じたから、声を掛けたんだ。
俺は今回こそ、岩を通そうとしている。
どうかな、君はどう思う? 君にとって俺は……どうだろうか?
4 :
◆v0AXk6cXY2
[saga]:2019/08/01(木) 23:13:20.97 ID:FCK0uUJh0
□ ―― □ ―― □
『うーん、駄目か……。まあそうだろうと思ったけど』
初夏もすぎもうすぐ夏だと宣言するような日差しが、せせら笑うように俺を襲っていた。昨日の雨のせいか、妙に蒸し暑いのも不快指数を跳ねあげている。
手に持つ携帯電話――今ではもう絶滅危惧種と化したガラケーのメールアプリに浮かぶ、新着なしの文字。俺は来るはずがない連絡が来るのを待ち続けている。
『アイドルをやりませんか!』
ここ数日、そうやって声をかけたアイドル候補の女性たちを思い出す。そもそも話を聞いてもらえなかったのが大半で、ナンパかキャッチだと思われてでも話を聞いてもらい、押し付けるように連絡先を書いた無地の名刺を渡したのが二人。
どちらも迷惑そうに受け取っていたから、新手の詐欺と思われて通報されなかったのが幸運だったと思うべきなのかもしれない。
俺は額に浮かんだ小さな汗をぬぐうと、ガラケーを閉じてアパートの鉄階段を登り、突き当りの一室、二〇四号室の鍵を開けた。扉の向こうは埃っぽい、1Kの小さな部屋だ。
高校卒業後、上京してからもう三年以上経つ。夢への道は果てしなく遠い。プロデューサーどころかスタッフにさえなれてもいない。
最初はシンプルな話だと思った。芸能プロダクションに新入社員として入ってプロデューサーになればいいと。だから履歴書を送った。そのほとんどは無駄に終わったが、中には面接に進めることもあった。
けれどどこも採用してはくれなかった。俺の夢を告げた時の面接官の言葉は記憶に新しい。
5 :
◆v0AXk6cXY2
[saga]:2019/08/01(木) 23:13:48.95 ID:FCK0uUJh0
「我々が売るべきものは顧客の夢だ。君の夢ではない」
……結局芸能プロダクションへの就職活動は二十連敗を超えたあたりで数えるのをやめた。だから別の道を探すことにした。だったら俺がプロダクションを作ればいいんだ、と。
限りなく名案だと思った。別に大きなプロダクションである必要はない。俺と、アイドル一人だけのプロダクション。そんなちっぽけなものでも俺の夢は果たせるはずだって。
だから街中で見かけたこれは、と思う女性に声もかけた。……初めて声をかけた女性の言葉は、昨日のように思い出せる。
「……頭、おかしいんじゃないですか? 無理ですよ、そんなもの」
当然の回答だった。人脈もコネクションもない。後ろ盾や資金があるわけでもない。実績もなければ手腕があるわけでもない。ないない尽くしの男についていく奴はいない。わかっていたことのはずだ。
結論として、それは的を射ていた。それから二年間、俺は誰も彼もに振られ続けている。
6 :
◆v0AXk6cXY2
[saga]:2019/08/01(木) 23:14:15.59 ID:FCK0uUJh0
『……もう一年ない、か』
上京するとき、お袋と親父に誓った期限がある。それが四年だった。今年中に俺はプロデューサーにならないといけない。もし出来なければ……田舎に帰って家業を継ぐことになるのだろう。
継げるものがあるだけ恵まれている方だ、なんて思いながら扇風機をつけると、ごろんと部屋に寝転がって天井を見る。
そしてケータイを取り出し片手で小器用に開いた。型落ちもいいところだがとある理由で買い替えるつもりはない。あと夜勤バイトで食いつないでいる人間にそんな余裕はないってのもある。
俺はぷちぷちとボタンを押して、一つの動画を呼び出した。それはとあるゲリラライブの映像だった。
そこに写っているのは一人のアイドルの姿。今から四年前の高校生の頃、修学旅行で来ていた東京の街角で撮った物だ。画質も音質も悪く、時間もほんの数十秒の短いもの。
この女性が誰かはわからない。たまに誰かに聞いてみたけれど誰も知らなかった。だが――。
7 :
◆v0AXk6cXY2
[saga]:2019/08/01(木) 23:15:21.85 ID:FCK0uUJh0
『……“アイドル”だよなあ。やっぱり』
こんな動画よりもずっとずっと、俺の脳裏には彼女の姿も声も鮮明に残っている。とても綺麗だった。もちろん容姿という意味でもある。そして心地の良い声の持ち主だった。だから惹かれたのだとは思う。
けれどもそれが本質ではなくて、彼女にはどうしようもなく抗えないまぶしさ、説明のできない魅力があった。俺が決して持ち合わせることのないそれ故に、彼女は紛れもなく偶像《アイドル》なのだと思った。
そうとも、彼女が俺にこの世界を教えてくれた。これが“夢を売る”ということなら、世にアイドルファンがこれほどいる理由もわかるというものだ。
あれ以来、この彼女が俺にとっての“アイドル”の基準になっている。それは簡潔に言えば、感動というもの。だから俺はアイドルのプロデューサーになりたい、なんていう先の見えない道を選んだ。
“アイドル”を生み出せる人になりたい。純粋な憧れ、そして目標。そう言った一種の終着点として、夢を見てしまった。
馬鹿なことだとは承知していた。けど、夢だから。俺は顧客の夢も、俺の夢も満たせる“アイドル”のプロデューサーになりたかったのだから。
8 :
◆v0AXk6cXY2
[saga]:2019/08/01(木) 23:16:11.11 ID:FCK0uUJh0
『うだうだ考えてないで、もう一回出かけるかな』
それでもいい加減、何か成果を出したいと思っている。いや、そんなものは三年も前からずっとだ。一応、数少ない人脈を伝って小さなインディーズレーベルと懇意にさせてもらっている……と俺は思っているけれど、それは成果とはとても言えない。
プロデューサーとしてのいろはさえ知らなかった俺に、ちょっとしたアドバイスをしてくれた人たちというだけだから。ちなみに二回目からは講義料を取られた。その分しっかりとは教えてくれたけれど。
彼らと働くことは考えた。だが採用してもらえるとは限らないし、採用してもらえたとして、たぶんそれはプロデューサーとしてではない。分不相応と言われようとも、俺はプロデューサーになりたいと思う。
だがこの三年で俺は俺の夢がいささか無謀だと知りつつあって、でも諦めはしなかった。やる気だけは有り余るほどあるのだ。それが俺の“持てる限り”なのだとすれば、やる気を損なうわけにはいかない。
ひとしきり休息を取った俺は、やがてリクルートスーツよりかは幾らかモダンでシックなスーツに着替える。二着三万円のたぶん安い部類それは、上京する俺に最後まで反対していたお袋と親父が、それでもと買ってくれた贈り物。
『おーし、じゃあ行きますか!』
大切なスーツでびしっと決め、そんな風に気合を入れる。ああ、なんだかいいことが起こりそうだ。
9 :
◆v0AXk6cXY2
[saga]:2019/08/01(木) 23:17:02.03 ID:FCK0uUJh0
□ ―― □ ―― □
『……なーにが“いいことが起こりそう”だよ。やれやれ……災難だな、本当』
げんなりしていた。原因は簡単だった。ケータイを落としたのだ。
全く進展を見せないスカウト活動に精を出し、二度ほど変質者として通報しますよ! と脅された帰り道。なんでも新進気鋭のアイドルグループがライブイベントをしていたらしく、通りはかなりの人混みだった。そしてそこを何とか押し通ろうとした。
俺だって興味がないわけじゃない。伊達でアイドルプロデューサーを目指しているわけじゃない。だから視察……というと偉そうだから見学ということにしておいて、そのライブが行われる場所に行った。
それが良くなかった。いやあ、凄い人だった。通りの人混みなんて足元にも及ばないほどの人だかりで。おかげでどこの誰がライブをやっているかも分からなかった。遠くから聞こえてきた歌声は、そのほとんどが歓声のせいでかき消された。
(骨折り損のくたびれ儲けだな、これじゃ)
内心苦笑をしながらその場を離れようとしたのだが、まあ、そう簡単に抜け出せるはずもない。歩行者天国どころか満員電車の車内のような有様。
そして三十分ほどかけてようやく道の端っこにたどり着いた時に気付いた。ケータイがない、と。
10 :
◆v0AXk6cXY2
[saga]:2019/08/01(木) 23:17:29.59 ID:FCK0uUJh0
最初はスられたとも思ったのだけれどあんな型落ちもいいところのケータイ、金を貰ったって欲しがる人はいないだろう。だが俺にとってはかけがえのないケータイだった。あの動画を見れるのは、あのケータイだけなのだから。
(……こんなことなら早々に買い替えておくべきだったかな。ああ、ちくしょう)
今更悔いても仕方がない。一縷の望みをかけて最寄りの交番へと向かいながら、俺は嘆息する。もっとも、あのデータをどうにかして残しておく術は限られていたと思う。型落ち過ぎて吸い出す手段はないだろう。
メールに添付するにせよ、サイズが重すぎて――あくまで当時の基準だが対応していない始末。いまならクラウドとか、ファイル共有サイトとか、そういう便利なサービスが仕えたんだろうなと思わずにはいられなかった。
『……届いていると、いいなあ』
そんな風に思いつつも交番へとやってきた俺は、中のデスクで座っていたお巡りさんに声を掛ける。人の好さそうな、まだ若い人だ。
『あの、すみません。ケータイ落としたんですけど。……届いてないですかね』
「うん? ケータイ? スマートフォンですか」
『ああ、スマホじゃないです。何でしたっけ、ガラケーです』
「なるほど、ガラケー。落としたのはいつ頃ですか?」
『本当についさっきです。一時間も経っていなくて……』
「わかりました、確認をしますのでそちらに座っていてください」
お巡りさんはそう言って遺失物を管理しているだろう奥の部屋へと消えていく。
11 :
◆v0AXk6cXY2
[saga]:2019/08/01(木) 23:18:30.13 ID:FCK0uUJh0
(あの様子じゃ多分届いていなさそうだな……)
そんな風に悲観的に考えつつ、とりあえず傍のパイプ椅子に腰を掛けた。それから三分ほど経つ。お巡りさんはまだ戻ってこない。
『やっぱり駄目そうだな……』
肩を落とした、その時だった。
「――すみません。落とし物、届けに来たんですけど」
交番内にそんな声が響いた。妙に耳に残る少女の”凛”とした声。俺はふと、俯いていた顔を交番の入り口へと向ける。
刹那、びりりと体中に電気が走ったかのような感覚。
そこにいたのは声の印象に違わない、クールな印象を受ける一人の少女だった。
黒髪と呼ぶには幾らか茶色がかったロングヘアーが風によってかすかに揺れ、耳たぶにあるピアスが見える。外国の血が入っていないだろうに、その瞳は光の加減か、僅かに碧が含まれているように見えなくもない。
どこか気だるげな表情は無愛想と評されることもあるだろう。どこかを見ているようで見ていない……とてもつまらなさそうな、そんな目つきの鋭さも相まって、キツめの印象を与える。
だが俺にはその胡乱な目がなぜか、ひどく目に留まった。何かを秘めているようなその奥にある既視感。
気が付けば全くの無言で、全身全霊彼女を凝視していた。
12 :
◆v0AXk6cXY2
[saga]:2019/08/01(木) 23:19:01.49 ID:FCK0uUJh0
(――この子しかいない)
うわごとのように俺は思う。そして声を掛けようと思って……今自分のいる場所を思い出す。交番だ。ああ、くそ。流石にそこまでネジは吹っ飛んでいない。喜ばしいことだ、多分。でも、ちくしょう、この機会を逃すわけには。
そんな葛藤を抱いている俺に彼女も気付いたらしい。ただ、単に先客として扱われたのだろう、軽く会釈だけを俺に向けてから覗き込むように交番へと入ってくる。
もうこの季節には暑いだろうに、長袖と思われるシャツにカーディガンを羽織った彼女。第一ボタンを開けて緩めたネクタイと首元にあるシルバーのネックレスが映える、なんとも都会の女子高生という感じだ。
それからグレーのスカートから伸びるすらりとした脚。いや、男ならそういう物に目を取られるのは仕方ないと強弁したいところだけれど、そういう物を差し引いても彼女の制服姿はひどく似合っている。
なんというか垢ぬけている。そして学生にありがちな軽率さをそこまで感じない。崩れた制服から遊び人の印象を受けてもおかしくないのに、雰囲気は落ち着いている。
そこにあるのは第一印象の無愛想さが転じた、ある種の実直さだと気づくのに時間はかからなかった。堂々としているというか、度胸があるというか。一言でいうと、「真っすぐ」というのが似合う。
13 :
◆v0AXk6cXY2
[saga]:2019/08/01(木) 23:20:28.69 ID:FCK0uUJh0
……と、そんなことを思っているうちにふと気づいた。彼女の持っている物。とても、とっても見覚えがある。傷だらけの蒼いケータイ。折れ曲がったワンセグ用のアンテナと、汚れで黒ずんだどこかのご当地キャラのストラップ。
――あれは俺のケータイでは?
好機だ、好機でしかない! そう思って声を掛けようとした瞬間、
「お待たせしました。調べたところ、どうもケータイの落とし物は届いていないですね。申し訳ないのですが、遺失物の届け出を作成しますので、詳しい特徴をお伺いできますか」
奥の部屋へ消えたお巡りさんが、ここぞというタイミングで戻ってくる。目の前の少女に声を掛け損ねた俺は、一瞬にして言葉の吐き出し先を失い、金魚のように二度、三度と口を動かして。
そしてようやく言葉を纏めることが出来た矢先、今度は少女の言葉が俺を遮る。
「あの。落とし物拾ったんですけど……もしかしなくてもこの携帯電話、この人のじゃ」
そうだとも、君のそのケータイは俺のだ。今すぐお礼を言って受け取りたい。思わず手を伸ばしそうになる。
けれどまたしてもその行動は、お巡りさんの言葉で阻害された。うーんままならない。
14 :
◆v0AXk6cXY2
[saga]:2019/08/01(木) 23:21:00.56 ID:FCK0uUJh0
「うーん、もしそうだとしても一応規則ですからね。お手数ですけれど、確認と書類を作成しますのでご協力いただけますか」
「……まあ、いいですけど」
「申し訳ありません。ああ、そちらのお兄さんも。ちなみにそちらの方が持っている携帯電話で間違いないですか?」
『えっ? ああ、ええと、はい。たぶん、その合ってます、青のケータイで、ご当地ストラップで。あー、番号とか、言った方がいいですかね。アドレスとかも』
そしていきなり俺に話を振られたので少ししどろもどろになってしまった。ほんと急に話を振るのはやめてほしい。お巡りさんは人の好さそうな笑みを浮かべると、
「ああ、そこまでしなくても大丈夫です。一応、書類に残すだけですからね。身分証とか、あります?」
俺にそう尋ねた。
『えっと、免許でいいですか』
乗ってないけどね。乗る機会もない。お金ないし。
「ああ、はい、結構ですよ。そちらのお嬢さんも、椅子に座ってお待ちください」
てきぱきと書類作成の準備に取り掛かったお巡りさんに免許を渡しつつ、彼がケータイを受け取るときに合わせてちらり、と彼女の方へと目をやった。
特に面倒そうな様子も見せず、椅子に座ってさっきまで聞いていただろう音楽プレイヤーをポケットにしまい込んでいる。当然名前なんてわかるはずもない。今時小学生でもあるまいし、名札がついているはずもなくて。
そうだ、落とし物を見つけた人には一割だか二割だか、お礼を支払う的なことを聞いたことがある。そのどさくさに紛れて――。
15 :
◆v0AXk6cXY2
[saga]:2019/08/01(木) 23:21:35.34 ID:FCK0uUJh0
(……いや、これは完全にヤバい思考だ。ないな、うん、ない)
そろそろ暴走し始めていたので理性で押さえつけ、落ち着かせるために交番の天井を見上げる。無機質な白の天井。防音材か何かかは分からないけれど、所々穴が開いている。あれは何のためにあるのだろうか。
そんな取り留めもないことを考えていると、お巡りさんが二枚の紙ぺらを俺と、少女の方へ差し出した。
「すみません、お二人ともこちらの書類に諸々、記載いただけますでしょうか」
一枚は拾得物届け、もう一枚は遺失物届け。落とし物を見つけましたって奴と落とし物をしましたって奴。もちろん俺が書くべきなのは遺失物届けの方。
俺はボールペンを走らせる。手で文字を書くのなんて久しぶりで、幾分か字が汚くなってしまったことに若干のショックを受けつつ、十分読み取れるはずの文字を書きこんでいく。そうして俺がちょうど書類を書き終えようとしていたとき。
「これでいいですか」
「……はい、大丈夫ですよ。すみません、お手間を取らせて」
「いえ。もう、帰っても大丈夫ですか」
「はい、ご協力感謝いたします」
隣で少女が書類を書き終えたらしい。しまい込んでいた音楽プレイヤーを取り出しながらお巡りさんに紙を差し出している。俺は努めてその紙を見ないようにしつつ、一気に書類を書き上げた。
俺の脳内に去来する、“彼女と二度と会えないかもしれない”という思い。鈍痛にも似たそれがひどく俺の頭を揺らし、瞬間的な焦燥を生み出していた。
俺は極限まで勢いを抑え込みつつ、迅速にお巡りさんへと書類を差し出す。その間に彼女はスクールバッグを肩にかけて、交番を後にしようとしていた。
16 :
◆v0AXk6cXY2
[saga]:2019/08/01(木) 23:22:02.09 ID:FCK0uUJh0
『大丈夫ですか、これで。なんか不足とか……』
「ええと、特になさそうです。ご協力、感謝いたします」
『いえ、こちらこそお手数をおかけしたようで。ありがとうございました』
そう言って一気に立ち上がる。もうすでに彼女は交番の外へと出ていた。急いで、後を追う。
いた、交番からほんの数メートル。いまにも雑踏に溶け込もうとしている彼女の姿。
『あのっ!』
彼女は応えない。もう、イヤホンを耳につけているのかもしれない。でも言わなきゃ。
何を? 俺の連絡先? 名前を教えてほしいっていう思い? スカウトの言葉?
――違う、そうじゃあない。いま伝えなきゃいけないのはそうじゃない。俺は息を吸い込んで、そして言った。決して大きくはないけれど、万感の思いを込めて。
17 :
◆v0AXk6cXY2
[saga]:2019/08/01(木) 23:22:29.07 ID:FCK0uUJh0
『ありがとう。ケータイ、拾ってくれて』
その言葉に、彼女は一瞬だけ足を止めて、そして軽くこちらを振り向いた。ちらりと目が合う。胡乱だと思っていたその目はじっと俺を見据えている。……なんてことだ、胡乱なんて、とんでもないじゃないか。
彼女は微かな笑みを浮かべ、じっとこちらを見ていた。少なくとも俺にはそう見えた。そして射貫かれるような鋭い視線の中にあった、“良かった”なんていう安堵の色。
もちろんそれも俺がそう感じたにすぎないけれど、きっと間違いじゃあない。そう信じたい。
彼女は軽い会釈を俺に交わし、再び前を向いて歩いていく。とてつもない強さと真っすぐさの象徴。俺にとってその後姿はそう見えた。
それで、俺はもう駄目だった。ほぼ無意識に取り出したケータイ。頭は何も命令を下していないのに、体が勝手に動いたとしか思えない手つきでカメラを起動させて。
雑踏の中へ消えゆく、制服姿の少女へとそれを向ける。どこか、映画でも見ているかのようなそんな気分で。
“いいことは起こった”。そう思った瞬間。
ぴぴっ。かしゃっ。
交番の前、雑踏に、そんな電子音が響いた。
18 :
◆v0AXk6cXY2
[saga]:2019/08/01(木) 23:25:17.64 ID:FCK0uUJh0
本日はここまでになります。
また数日中には続きを投稿する予定です。
ありがとうございました。
19 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/08/01(木) 23:26:58.97 ID:6IDlGcD20
お帰り
7人目から読み返してくるかな
20 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/08/01(木) 23:46:34.39 ID:b9owjELd0
楽しみにしてます。
21 :
◆v0AXk6cXY2
[saga]:2019/08/01(木) 23:46:54.43 ID:FCK0uUJh0
書き忘れていましたがトリップを忘れて発行しなおしています。
以前は◆m03zzdT6fsでした。
>>19
ありがとうございます、覚えていてくださって恐縮です
22 :
◆v0AXk6cXY2
[saga]:2019/08/08(木) 18:57:31.89 ID:caute9RW0
□ ―― □ ―― □
『……なーにが“いいことは起こった”だよ。もう、最低だな……』
絶賛自己嫌悪の最中だった。片手にケータイを握りながらアパートの自室で倒れ伏し、かれこれ二時間になる。
そう、俺の手元にはケータイが戻ってきた。あの思い出の動画が帰ってきてくれた。普通ならその足で新式とはいかなくとも、まあ前世代型くらいのスマートフォンを買いに行くのが筋だ。
だがそんなことをする気力は俺になかった。理由は握るケータイの画面。そこに写っているのは、無意識に撮ってしまった一枚の画像。
画像は、今にも雑踏の中に消えゆこうとしている一人の少女の背中が映し出されていた。俺はそれを見て、また一つ嘆息する。
『……ははは、とうとう犯罪者になっちまった』
まさかこの歳で前科が付くなんて。いやまだ捕まっていないが。それでも年頃の少女の姿を無断で撮ったのだから、何だろう。肖像権? とかそういうのを侵害している。あるいは盗撮か。そうだ、盗撮だこれは。
盗撮。うん、かなりヤバい響き。そんな重大犯罪の証拠がこのケータイに残されている。早く消さなきゃ、なんて場違いな使命感に駆られていた。……その実は単なる証拠隠滅に過ぎないのだけれど。
だがかれこれ二時間、いまだに画像は残っている。表示されたままの画像。あの凛々しい後姿は画面から消えていない。
23 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/08/08(木) 18:58:07.48 ID:caute9RW0
『……消せねえ。消せねえよ』
俺はまた嘆息した。もちろん、この画像を使ってどうのこうのなんてするつもりは全くない。そんな気持ちは微塵もないのだ。
それでも名状しがたい罪悪感が存在する。そしてその罪悪感があってなお、消したくないという俺の身勝手が俺の自己嫌悪を加速させる。いっそのこと、ケータイを見つけてくれたのが彼女でなければ。そんな失礼な事さえ思い、さらに自己嫌悪。
本当、最悪だ。そう思って目を閉じた。……浮かぶのはあの少女の姿。
(まるで一目ぼれじゃないか)
目を閉じたまま俺は自嘲した。もちろん恋愛的な意味での一目ぼれじゃない。が、広義の意味での一目ぼれにはきっと含まれるのだろうね。
まだ高校生なのだろうに凛とした表情や大人びた雰囲気。ティーンエイジャーの少女から微かに滲み出す芯の強さとひたむきさは、まさに見る者を魅せる力を持っている。
それだけではない。すらりと伸びたスレンダーな手足に、しなやかに揺れる黒い髪。僅かに茶色がかっているが故に正統派な黒髪のロングヘアではないが、誓って良い意味で、清楚や古風ではない彼女にとっては減点要素にならない。
彼女が逸材でないはずがない。そんな確信めいた感情は、一分一秒ごとに募っていく。
ああ、もう一度、逢いたい。熱病のように、俺の頭と心はそんな思いが澱のようにたまっていく。
24 :
◆v0AXk6cXY2
[saga]:2019/08/08(木) 18:59:01.76 ID:caute9RW0
(……分かってる、そんなことはないんだって)
そうとも、きっと彼女とはもう二度と逢うことはない。この巨大な都市の中で、ほんの一瞬だけ交差した縁。ただそれだけの事。
それでもやっぱり、聞かずにはいられないんだ。自分の何もかも一切合切を投げ捨てたっていい。こんな”持たざる者”の持てる限りを、あの少女に賭けてみたい。
きっと断られる。そう分かっていても、俺はきっと、もう一度出逢えば聞くのだろう。
アイドルに興味はないですか?
って。
『……まあ、届かぬ思いってやつだよねえ』
俺は反動をつけて起き上がりながら、自分に言い聞かせつつそう呟いた。それでも、何か行動を起こさずにはいられない。そしてその瞬間、悪魔のひらめきが起こった。
25 :
◆v0AXk6cXY2
[saga]:2019/08/08(木) 18:59:53.99 ID:caute9RW0
『そうだ、一応報告しに行った方がいいかなあ。うん、そうだ、そうしよう。俺は報告のために写真を撮った。そういうことだ』
完全に詭弁だ。詭弁だけど、自分でもこの上なくヤバイと思っている自分を落ち着けるにはこういう詭弁も必要だった。そうでもしなければ本当にどうにかなってしまいそうだった。
そうして今度は、普段着ほどラフではないけれどスーツほど堅苦しくない、外行きの私服に着替える。
報告――つまりインディーズレーベルの人たちの所に行こうというわけだ。あの子をスカウトができる、できないに関わらずこれは! という子を見つけることはできた。つまりそういう名目。
とはいえだ。こんな後ろ姿であっても分かる人にはきっとわかってもらえるはず。そういう確信があった。
もしあの人たちがこれだけで分かってくれるのであれば、間違いなく信用できる人たちだろう。そういう意味ではこの画像を撮った意味は存在すると言える。
まあ、全部後付けの詭弁であることは否定できない。それに……否定もしない。仕方のないこと。
(……あの子の後姿に惹かれたのは、事実なんだしね)
それを否定してしまっては本末転倒だ。そこだけは、ぶれてはならないと俺の本能が言っている。だったら迷う必要はない。俺はしっかりとケータイを握って、そしてポケットに突っ込んだ。財布を持ち、部屋の鍵も持つ。
二か月ぶりくらいだろうか、あの人たちに会うのは。ここしばらく連絡をしていなかったけれど、きっとこの子のポテンシャルは理解してくれる。そう信じていた。
26 :
◆v0AXk6cXY2
[saga]:2019/08/08(木) 19:00:52.88 ID:caute9RW0
□ ―― □ ―― □
なんだよ、これ。
俺のそんな第一声は、あまりの衝撃に、声にさえならなかった。
アパートから歩いて数十分、郊外の少し入り組んだ、いかにも場末の路地といったオフィス街。そこに俺の目的地である、インディーズレーベルの事務所はある。
いや、あった。
貸しテナントが幾つも詰まる同じようなビルが並んだ一角。ひび割れた壁が年季を醸し出す、ビルの二階に俺は居る。
二か月前にはあったはずの数多の張り紙。微かに上階から漏れ聞こえていた歌声や楽器の音。埃っぽい事務所から聞こえる笑い声。
それらは今、どこにもない。目の前にあるのは無機質な鉄の扉とはがされたネームプレート、そして今や紙切れとなっただろう、散らばったパンフレットだけだった。
微かな痕跡を残して、ここに存在したはずのインディーズレーベルは掻き消えていた。
27 :
◆v0AXk6cXY2
[saga]:2019/08/08(木) 19:01:50.22 ID:caute9RW0
『これは、流石に。堪えるなあ……』
がっくりと肩を落とし、壁にもたれ掛かれば座り込んで、俺は吐くように独語した。
どういう理由かはさっぱりわからない。借金がかさんでの夜逃げか、それとも倒産か。ただ少なくとも、ここからいなくなったのはここ数日の話じゃなさそうだった。少なくとも二週間、あるいは一か月くらいは前の事だろう。
つまり俺がここにやってきた二か月前の時点でおそらく、こうなる未来はおおむね決まっていたか決めていたことになる。まあ、それ自体はそこまで気にしていない。
俺に実害はない。別に就職していたわけでもなければ内定をもらっていたわけでもないのだ。せいぜい、さほど価値のない俺の個人情報を知られた程度なわけで。ただそれよりも個人的にきついのは。
『なんも連絡なし、かあ。所詮、その程度にしか……思ってくれてなかったんだなあ……』
何か一言で良かった。それこそ直接でなくてもいい。留守電に残す程度で良かった。
「明日、ウチ潰れるんで。いままでありがとね〜」
そんな小馬鹿にしたような報告でも良かったんだ。連絡するに値しない存在だと、そう思われていた。これは流石の俺でも心が折れそうになる。
人を見る目に自信があるわけじゃないからこういうこともあるのだろう。それは納得できる。けどこんなことがあって凹むな、というのが無理じゃあないだろうか。
28 :
◆v0AXk6cXY2
[saga]:2019/08/08(木) 19:03:42.48 ID:caute9RW0
『あぁ、どうするかなあ、ほんと。俺もなあ、これ、完全に手詰まりだよねえ』
こんな状況下でもポジティブシンキングが出来るほどたくましくはないわけで。もっとも、ポジティブに考えたところで何かが変わるはずもない。
このインディーズレーベルはある意味、俺にとっての命綱だと思っていた。最後の最後、本当にどうしようもない時の駆け込み寺なんだって。これはそんな失礼なことを思っていた報いなのかもしれない。
そろそろ本格的に身の振り方を考えなければならないか、とため息をついた時だった。
かん、かん、かん。廊下の向こう、さびた鉄階段がある方から小気味の良い音が響いた。それはだんだんと大きくなっていく。どうやら、誰かが階段を上ってきている。
そう思ったときにふと思った。ここは上階までインディーズレーベルが借りてたはず。だからレーベル撤退後すぐに入居ということがない限り、上にテナントは入っていないはずだ。
いったい誰だろうか。僅かにそんな興味が掻きたてられる。けれど、今のこの沈んだ気分の俺にはあまりにも小さすぎる意欲過ぎて。俺は座ったまま、廊下の床を眺めていた。
やがて階段を上る音は途切れ、今度はこつり、こつりという足音が聞こえる。それはどうやら、こちらへとやってくるらしかった。
29 :
◆v0AXk6cXY2
[saga]:2019/08/08(木) 19:04:46.97 ID:caute9RW0
(……レーベルの人? いや、今更こんなところに用はないよね)
心が折られかかっている俺はそんな風に考え、特に気にすることもなかった。いっそ、誰であろうと無視をしよう。そう思った。
――けれど、それは許されなかった。
「そこの君」
『……』
「聞こえなかったかね? そこの、座り込んでいる君だ」
『……?』
「聞こえているじゃあないか。そうだ、君以外におらんだろう」
その人は、俺に声を掛けてきた。ゆっくりと、声の主へと目を向ける。刹那、一瞬だけ体が震えた。誇張でも、なんでもなくて。本当に、びくり、と。
そこにいたのは三十後半か、あるいは四十に行くかってぐらいの中年男性。どこにでもいるおじさん……のはずだった。
だがその眼光は鋭く、まるで射貫く様なそれを俺に向けていた。それだけでも相当なのに、何だろうか。体からは覇気というか、精気というか。説明できない人間のエネルギーのようなものが迸っている……ように見えて。
その様は俺なんかとはどこか人間としての格が違う、まさしく命を燃やしながら人生を謳歌している、そういう何だろう、「英雄」とか、「豪傑」とか。
大袈裟だけれど、そういう言葉で形容するほかに何もないほどの威風を漂わせていた。そんな人が、じっと俺を見据えながら、再び問いを発する。
30 :
◆v0AXk6cXY2
[saga]:2019/08/08(木) 19:05:52.47 ID:caute9RW0
「一月前ほどまで、ここにあったインディーズレーベルの関係者かね?」
『……いいえ、そうありたいと思っていた人間ですけど。それが?』
憮然とした態度をとってしまったことに一瞬、しまった、と考える。だがどうにでもなれという気持ちのほうが勝って。反抗的な視線で彼を見据えた。
ただ彼はそんな俺の視線と態度を意に介すこともなかったらしく、泰然とした様子で、
「ふむ、そうか。いや何、大したことではないのだがね。ここにあったインディーズレーベルに用件があったのだが、その様子だと君に聞いても意味はなさそうだね」
そう言った。言葉尻に棘があるように感じた俺の口から、言葉が出た。
『用件……ですか』
「うむ、しかし君に話すことも意味はないだろう。何もかも諦めてしまった君には」
刹那、心臓をつかまれた思いだった。まるで蛇ににらまれた蛙のように、その視線から目をそらすことができない。そしてその目を見て、もしかしてさっきの態度に怒っているのだろうか……そんな考えは一瞬で霧散した。
この人は確かに怒っている。俺が“諦めていた”ことに怒っている。なんでそこまで怒るかは知らないけれど、でも確かに。
だから俺は言った。そう言わないと“諦めていた”ことを認めることになりそうだったから。ちっぽけな“持てる限り”の意地を張って俺は言った。
31 :
◆v0AXk6cXY2
[saga]:2019/08/08(木) 19:06:20.85 ID:caute9RW0
『……もしかすると、意味があるかもしれないじゃないですか』
言ってから意味などないと思った。こんな子供の駄々でしかない言葉を取りあう人なんているはずがない。
「そうか、では話してみようか」
――そんな俺の予想は外れた。唖然としている俺をよそに、彼は話し始める。
「実は私の経営学の師匠が昔、芸能プロダクションを経営していてね」
芸能プロダクションの経営者が師匠だと、目の前の男性は言った。その瞬間、俺の中で何かがどくん、と跳ねた。
「かねてより私も興味があって、どのような方向性が良いか……という参考にいろんなインディーズレーベルを巡っていたのだ」
軽く笑みを浮かべ、目の前の男性は俺の目をもう一度見た。ひどく鋭い眼光だったが、不思議とさっきほどには恐れることはなかった。
「個人的には師匠と同じ、アイドル系のプロダクションを経営出来たらと思っていた。だが最後にとアイドル系のここに来たところ、潰れていて途方に暮れているというわけだ。……さて、これが私の用件だが。意味はあったかな、君?」
『……ええ、きっと』
俺は不敵に笑った。笑ってしまった。折れかかっていた心は、なぜかすっかり直っている。
32 :
◆v0AXk6cXY2
[saga]:2019/08/08(木) 19:06:50.34 ID:caute9RW0
本日はここまでになります。
また数日中には続きを投稿する予定です。
ありがとうございました。
33 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/08/09(金) 07:59:29.28 ID:0oxkVZ13o
前作読み直すとだいたい登場はしてるんだよね、このシリーズのP
復習するかな
34 :
◆v0AXk6cXY2
[saga]:2019/08/15(木) 16:28:14.98 ID:p4U+w2zG0
□ ―― □ ―― □
……俺は雑踏の中、ベンチに座って空を眺めていた。徐々に傾いていく太陽の光を浴びながら、しかしそれを眩しいと思えないほどには情動が失われていた。何か、心の中の大きなものを持って行かれたような、そんな気がするくらいに。
あの中年の男性――プロダクションを立ち上げ予定の社長はほんと、大した度量の人だ。そうでなければ篤志家か、あるいはギャンブラーだろう。
社長と俺は話した。“アイドル”という世界について。その中の半分くらいは、かつてあの場所に存在したインディーズレーベルの人たちから聞いた受け売りだったけれど、それでもすらすらと説明することができた。
講義料を払っただけあって、彼らから聞いたことに説得力はあったのだろう。社長はしきりに頷き、なるほどと言っていた。
実際に俺も共感する部分が多かったから気持ちはとてもわかる。いつか役に立つものだ、と思っていたのがこんな形で役に立つとは思わなかったが。
そしてもう半分は……俺の夢の話だった。
プロデューサーになりたい。そんな下らない話だった。どうしてなりたいのか、そう思った理由は何か。それをたどたどしく話した。
そして彼は言った。
35 :
◆v0AXk6cXY2
[saga]:2019/08/15(木) 16:28:41.47 ID:p4U+w2zG0
「面白い話だ。君がアイドルのプロデューサー、か。いいじゃないか、私は興味がある。我がプロダクション初のプロデューサーが君ということに」
耳を疑った。正直、夢かな? と思って何度か社長の目の前で頬をつねった。
何せ俺の荒唐無稽な夢の話を聞いて馬鹿にしたそぶり一つ見せず、あまつさえ俺をプロデューサーとして雇うことに興味がある、とまで言い出したのだから。
そしてそんな俺を見ながら大笑いして、そして彼は言った。
「だが代わりに見せてほしい、君がプロデューサーたりえるのかを。それができればぜひ、ウチに来て欲しい。一か月だ。一か月以内にそれを証明してみたまえ。準備が出来たならここに連絡するといい。では、またな」
そうして社長は名刺を俺へ押し付けると、呆然とする俺をほったらかしにして去っていった。その後ろ姿がえらくウキウキしていたのは気のせいだろうか……。
ともかく、期せずして俺は一縷の望みを得た。得たのは良いのだけれども……この望みはあまりに細く、儚いものだ。
社長に言われた「プロデューサーたりえることを見せる」とは、果たしてどうすればいいのか。シンプルな意味でいえば能力を見せろ、ということなんだろうけれども。さっぱりわからなかった。具体的に何々をせよ、と言われたわけではないからなおのことだ。
しかも期間は一か月。どうすればいいかと、ないアイデアを絞って、絞って、絞って。そして考えて、考えて、考えて――結局浮かんだ結論は。
36 :
◆v0AXk6cXY2
[saga]:2019/08/15(木) 16:29:08.30 ID:p4U+w2zG0
『……やることは、変わらないよね』
これは! という女の子を説得し、連れてくること。それしか思い浮かばなかった。むしろそれしか俺にはないってことでもある。ある意味簡単な話になった。やったな。
問題はそれが限りなく難しいことなんだけれども。
『はぁぁぁぁぁぁ……』
馬鹿のように長い長い溜息をついて、俺はゆっくりと立ち上がった。ひどく憂欝だ。心が動かない。心に引きずられて、なんだか体も動かない。
その理由は分かっていた。
――居ないんだ。彼女ほど、心の動く人が。
ずっと街中を歩き回った。それぐらい歩けば、最低でも一人くらいこれは! って人が見つかった。あの日までは。
けれどもただの一人さえ、俺は声をかけることができなかった。……違うな、それは正確じゃない。声をかけなかった。彼女に勝るとも劣らず、なんて思えた人が見つからなかったから。
俺は妥協をしない。絶対に妥協をしない。これは“持たざる者”である俺ができる数少ないことだ。“持てる限り”だ。これまでも、そしてこれからも。
彼女に断られていたのなら割り切って、諦めもついたかもしれない。だって割り切ることと妥協には天と地ほどの差があるのだ。妥協は中途半端で、諦めは勇気ある選択だと俺は思っている。けれども俺は断られることさえできていない。これじゃダメだ。
37 :
◆v0AXk6cXY2
[saga]:2019/08/15(木) 16:29:36.83 ID:p4U+w2zG0
『……探しますかね。あの子を』
だからそれが今の俺のできる唯一のこと。もちろん見つかるはずもないだろう。そもそもこの街の住人ではない可能性すら高い。そりゃそうだ、昼間人口と夜間人口が数倍以上ある街なのだから。
遠いところから、たまたま遊びや用があってきていただけ――。そんな可能性も当然ある。でも妥協はしない。できない。そんなことをしてしまえば、夢が夢じゃなくなってしまう。
俺が出来るのは、俺の“一人前”を果たすだけ。それがたとえ、誰かにとっての“半人前”だったとしても。
俺はゆっくりと街中を歩き始める。ひとまず、あの交番付近からかな。駅前もいいかもしれない。制服から学校を割り出す……のは、流石にまずいだろうか。もう覚えていないからどうしようもないけれども。
周囲を見渡して、何度もあの後ろ姿を幻視した。そして何度見ても、そこに彼女の姿はない。
……それがここしばらくの話。少女と社長、その衝撃的な二つの出会いからもう二週間ちょっと。
今日も朝から街を歩いた。時にはコンビニ夜勤のシフトを外してまで歩いた。歩いて、歩いて、歩いて、歩き続けて。それでも彼女の姿は見つけられない。
38 :
◆v0AXk6cXY2
[saga]:2019/08/15(木) 16:30:16.75 ID:p4U+w2zG0
『見つからないなぁ……』
ぽつり、つぶやいた。周囲は随分と暗くなっている。ケータイを取り出して時間を見れば、すでに午後七時を回っていた。道理で暗いはずだ。
『しょうがない、今日もいったん帰ろう』
探索行はすでにかなりの範囲になっている。環状鉄道の内側くらいは優に歩いているはずだ。何せ内側は歩き尽くし、今や環状鉄道の線路、その外側に行っているのだから。
都市区画の数でいえば四つか五つほど。我ながらよくもまあ、それだけ歩き回ったことだろう。もちろん広い範囲を探し回るのは裏目に出る可能性もある。
あっちを探している間にこっちにいて、こっちを探している間にあっちにいる……なんてのはテーマパークとかなら良くある話。それが都市規模ともなればなおのこと。
ひたすら定点観測したほうが、もしかすると見つかる可能性は高いのかもしれない。それでも俺は探し回った。理由? そんなものはない。強いて言えば、
『うーん、今日こそなんだかいいことありそうな雰囲気だったんだけどなあ』
ただ何となくそう思っただけという理由だ。毎日そう思っているからなんのあてにもならないけれど、結局できることをするしか俺にはできない、それならできることをできる限り。これは変わらない。
俺は軽く首を鳴らしながら、いくらか入り組んだ道を抜けて駅へと向かう商店通りを歩む。服屋、金物屋、仏具屋にコンビニやファストフードチェーン。新旧ないまぜになった店がならぶ、駅前へと向かう通りとしてはよくある道だ。
それなりに人通りもありなかなかににぎわっているようで、なんとなくこういう通りにある肉屋の惣菜が美味いんだよな、なんて思い浮かべる。そういやコロッケとか唐揚げとか、そういうの全然食ってないな。
(もしあったら、ちょっと買って帰ろうかな)
そんな風に見回しながら歩く。そして肉屋らしき店を見つけた。いい匂いがする。そう思った瞬間だった。
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