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アンチョビ「一万回目の二回戦」
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80 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 12:48:54.55 ID:8naFKaaW0
まずはフラッグ車の盾になっているW号を落とすべく、狙いをすませて装填と同時にグリップを握りしめる。
と、私の腕が悪いのか、弾は車体をかすめて敵戦車の後方へと飛んでいく。
「次ぃっ!」
ジェラートがすぐさま装填。私は再びグリップを握る。
何度も何度も何度も、それを繰り返している内に、我々のでなくW号側の弾が、がつんとこちらの砲塔に当たった。
「いったぁ……っ」
「大丈夫っすかドゥーチェっ!」
「ああ、問題ないっ!」
振動で頭をぶつけてしまったが、白旗は揚がっていない。
まだ戦える。まだ負けていない。
81 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 12:51:16.02 ID:8naFKaaW0
「……ふふ」
楽しい。
「楽しいなあっ!」
砲音が聞こえる。車内に蒸した熱を感じる。火薬と油の臭いが鼻に漂う。
ジェラートの息遣いが聞こえ、視界の端には忙しなく体を動かす操縦手の姿が見える。
やがて敵車輌の撃破を諦め、ハッチを開けば、上半身に風が当たった。
大洗のフラッグ車は木々の間を縫うように逃げてゆく。
緩やかに進む風圧や、荒れ地を走行する戦車の振動、そういうのが全部、私の身に感じられる。
あぁ、これが私の生きる戦車道だ。
82 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 12:53:11.78 ID:8naFKaaW0
「いやあ、良い試合だった!」
私が言うと、西住は笑った。
今回も敗北はしてしまったものの、気分は晴れやかだった。
勝っても負けても関係ない、私は戦車道ができたのだ。それだけで十分じゃないか。
それに、どうせ次がある。今回の負けは次のループで取り返せば良いんだ。
「宴会だーっ!」
飲んで騒いで、大洗と別れてまた飲んで。
そうこうしている内に、日は徐々に傾いて、いつの間にやら辺りは真っ暗。
我々の囲うたき火だけが明かりを灯していた。
83 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 12:54:44.67 ID:8naFKaaW0
「カルパッチョ、いま何時だ?」
「11時50分ですね。もうすぐ日が変わります」
ああ、もうそんな時間か。
「じゃあカルパッチョ、また次もよろしくな」
「はい、ドゥーチェ、こちらこそ」
笑みを浮かべるカルパッチョの顔を横目に、私は草原に身を放り出した。
ぽつぽつと夜空に輝く星々が綺麗だった。
大きく息を吸い込むと、昼間よりも幾分か冷たい空気が鼻に入る。
それが気持ち良くて、私は静かに目を瞑った。
84 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 12:56:35.40 ID:8naFKaaW0
――――。
――――。
――――。
「ドゥーチェ、ドゥーチェ」
ぼんやりとカルパッチョの声が耳に届いた。
目を開けば、カルパッチョの真剣な顔が映る。
「ドゥーチェ、大変です」
「ん、どうした? 何かあったのか?」
「日付が変わっています」
そう言って、カルパッチョが懐中時計の盤面を見せる。
確かに時計の針は12時5分を示していた。
85 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 12:59:31.11 ID:8naFKaaW0
「そりゃあ12時を跨げば日付が変わるのは当然だろう?」
「違います。ドゥーチェ、もしかして寝ぼけてます?」
「私たちは、ずっと日付が変わるのと同時に巻き戻っていたじゃないですか」
「7月6日――月曜日になるはずがないんです」
言われてみて、ようやく事の重大さに気付いた。
86 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 13:00:37.50 ID:8naFKaaW0
なるほど、つまりこれは。
「――ループしていないということか?」
「そういうことです」
「我々は、ループを脱したのか?」
「仔細は不明ですが、おそらくは」
カルパッチョが頷く。
終わりは、ひどくあっけなかった。
若干の消化不良感さえ覚えるほどだ。
何が正解だったのかはわからないが、ともかく我々の勝利がループ脱出の条件ではなかったというのは確かだろう。
我々は今回もまた、大洗に敗北してしまったのだから。
87 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 13:01:45.79 ID:8naFKaaW0
周りを見渡せば、私たち以外のみんなは一人残らずぐーすか寝息を立てていた。
何人かは腹を出して眠っていたので、そっとブランケットを掛けてやる。
「ドゥーチェ、どうします?」
「どーもこーもないさ。みんな眠ってしまってるんだし、私たちも寝るしかないだろう」
カルパッチョが「それだけですか?」と驚いたが、私は気にせずテントの中へ身を突っ込んだ。
もう解決してしまったループの謎などどうでも良かった。
良い試合が出来たのだから、それで十分だ。
顔だけはテントの外へ出し、仰向けに夜空を見上げ、眠くなるまで、私はずっと星を眺めていた。
88 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 13:06:28.56 ID:8naFKaaW0
朝になると、「撤収っ!」の一言で素早く帰り支度を済ませ、みんなで学園艦へと帰った。
アンツィオの生徒たちは負けた我々を笑顔で迎え入れてくれた。
その日だけは、授業そっちのけで、再び宴会。
本当に良い学校に来れたものだと思う。
夏休みまで残り僅かではあったが、翌日からは改めて授業が開始。
放課後になると、私はカルパッチョらと協力して大会の後始末を行った。
すなわち、戦車の損傷の修復だ。
想像していたよりもP40の損傷が大きく、修理費用はかなりの額になりそうだった。
P40の購入に貯金は全部使ってしまったから、また一から貯金のし直しだ。
幸いにもこれから夏休みなわけだし、まー、冬までには何とかなるだろう。
89 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 13:07:46.96 ID:8naFKaaW0
――そう、冬だ。
今年は冬季無限軌道杯がある。
夏の大会の負けは冬に取り返せば良い。
しかしそのためには今のままでは駄目だ。
夏の反省を生かして猛特訓をする必要があるし、P40の修理費用も稼がなければならない。
そう思うと、夏休みに入っても遊んでいる暇などはなかった。
アンツィオのみんなと忙しい日々を送っていると、ある日、ペパロニが怠そうな顔で「たまには遊びたいっす、海行きましょーよ、海」とぼやいた。
私は「ここが海の上だぞ」と返したが、カルパッチョに諫められ、たまには良いかと、みんなで陸の浜辺へ行くことになった。
砂の城を建造したり、ビーチバレーをしたり、水泳大会を開いたり、とても楽しかった。
90 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 13:10:37.19 ID:8naFKaaW0
そして8月の第一週、忘れかけていた頃に大会の準決勝が始まった。
大洗女子学園の対戦相手はプラウダ高校。昨年の優勝校だ。
正直にいって大洗の分が悪いとは思ったが、それでも大洗ならプラウダ相手に勝利をおさめられるんじゃないかという期待もあった。
会場は北国とアンツィオ総出で出向くには難しい距離で、それならと応援は学園艦の円形競技場にて中継で行うことにした。
91 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 13:12:06.47 ID:8naFKaaW0
大洗は初めプラウダの車輌を三輌も撃破し、かなりの善戦を見せた。
が、プラウダとの圧倒的な戦力差を覆すことは叶わず、結局、決勝へと駒を進めたのはプラウダ高校となった。
足りない戦力差を知恵や連携で乗り切ろうと奮闘する大洗の姿はアンツィオのそれと重なる。
大洗の敗北は、我が事のように悲しかった。
92 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 13:13:39.29 ID:8naFKaaW0
試合が終わると、大量の食事を用意してそのまま大洗慰労会へと移った。
肝心の大洗が不在なのはどうでも良かった。
夜中まで騒ぎ、気付けば再び日付変更間近となっていた。
8月2日から8月3日への日付変更、その瞬間。
瞬きをすると見える景色が変わっていた。
「……はあ?」
つい先ほどまでは夜闇のなか円形競技場で宴会をしていたはず。
それなのに今見える景色はなんだ、灰色の天井が目に入るばかりじゃないか。
93 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 13:14:55.28 ID:8naFKaaW0
「どういうことだ、これは……」
まさか? そのまさかなのか?
急いでベッドを下り、日めくりカレンダーに残された日付を確認する。
「そんな馬鹿な」
6月26日、金曜日。
日付が巻き戻っている。
つまり、私はまだ、ループの只中にいるのだ。
94 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 13:16:27.08 ID:8naFKaaW0
何故、何故だ?
ループが終わっていないなら、どうして大洗との試合当日に巻き戻りが発生しない?
どうして大洗対プラウダの試合当日なんだ?
そこになにか鍵があるのか?
湧き上がる疑問が脳を駆け巡る。
と、ふいにノックの音が響いた。
おそらくはカルパッチョだろう、二度、三度と続けざまに扉をノックされる。
95 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 13:18:25.01 ID:8naFKaaW0
あぁまったく、仲間がいなければ脳みそが弾けてしまいそうだ。本当にありがたい。
急ぎ扉へ駆け寄り、ドアノブへ手をかける。
「すまないカルパッチョ、いま起きたばかりなんだ――」
しかし、そこに立っていたのはカルパッチョではなかった。
「ハァイ、アンチョビ」
にかっと笑う、金髪の女の名は。
サンダース大学附属高校、戦車道隊長、ケイ。
96 :
◆JeBzCbkT3k
[sage saga]:2019/07/14(日) 13:20:03.51 ID:8naFKaaW0
一旦、休憩します。
夜になったらまた来ます。
97 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 21:04:19.26 ID:8naFKaaW0
再開します。
98 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/07/14(日) 21:05:15.76 ID:xgIBdAYoO
まってた
99 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 21:07:29.95 ID:8naFKaaW0
サンダースの隊長ケイは、学校の制服に身を包み、肩には大きめのスポーツバッグを提げていた。
アンツィオの女子寮にはまったく似合わぬ出で立ちだ。
先ほどから疑問が増え続けるばかりで、もはや私の脳はショート寸前だが、気力でもってして一言だけ口にする。
「何故、お前がここに」
しかし、ケイから返ってきたのは「とりあえず場所を変えましょ」というまったく回答にもならぬ返事だ。
いや、いやいやいやいや。
「お、おい、ケイっ! 私がド忘れしてるとかじゃないよなっ? アポの連絡とか何ももらってないだろっ!?」
「どうしてそんなフランクに話を進められるっ!?」
「というか、ここはアンツィオの学園艦だぞっ!? どうやって侵入したんだあっ!?」
100 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 21:09:23.11 ID:8naFKaaW0
「そういう疑問にもぜーんぶ答えてあげるから」
「ほ、本当だろうなっ!?」
「イエースっ! ホントよ。手始めにどうやって侵入したのかってのを教えてあげると、アレね」
言って、ケイが窓の外を指さす。
首を伸ばして見ると、女子寮の庭に、サンダース印のヘリ、シコルスキーS-58が鎮座していた。
運転席に座る短髪の子が、こちらの姿を認めるとひらひら手を振る。
噂には聞いていたが、サンダースは無茶苦茶だな……。
101 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 21:11:22.25 ID:8naFKaaW0
「そんな顔しないで、アンチョビ。とりあえず待っててあげるから、着替えてきたら?」
ケイの言葉に、私は絞り出すように「ああ、すまないな」と返して部屋へと戻る。
ペパロニはいまだ寝息を立てたまま。
私はその横で制服へと着替え、髪をとかし、リボンをつける。
最後にマントを羽織り、それでようやく腹が据わった。
疑問に答えてくれるというのなら乗ってやる。
ケイも型破りな性格ではあるが、悪い奴ではない。なにも取って食われはしまい。
102 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 21:12:26.22 ID:8naFKaaW0
んんっと軽く咳払いして喉を整え、再び廊下へと出る。
「込み入った話になるんだろう。ウチの戦車道準備室まで案内する。途中でウチの副隊長を同行させるが、問題ないか?」
私が言うと、ケイは「んー」と指を立てる。
「まぁ、問題はないわね! オッケー。良いわよ」
「……含んだ言い方だな」
「そんなことないわよ。さあ行きましょう。レッツゴーっ!」
腕を振り歩き出したケイの後を追う。
操縦士の子と二人でアンツィオを訪ねてきたのだろうか、ケイは他のサンダースの生徒と合流する様子はない。
103 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 21:14:23.86 ID:8naFKaaW0
カルパッチョの部屋を訪ねると、彼女は私と同じく驚愕の表情を浮かべた。
ケイの訪問を怪訝そうにしていたが、それも束の間、「ドゥーチェが良いのでしたら」と手早く服を着替えて同行してくれる。
なんだかんだ切り替えが早いのがカルパッチョの良いところだ。
戦車道準備室へと着くなり、ケイはホワイトボード前の席に陣取った。
カルパッチョがコーヒー豆の焙煎を始めるのを見て「彼女には悪いけど話を始めてしまうわね?」と私に確認する。
私が「ああ、どうぞ」と促し、ケイは「それじゃあ」とにこやかに切り出した。
「まずは――そうね、アンチョビ、貴女、これで今年の6月26日は11回目だと思うんだけど、合ってる?」
104 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2019/07/14(日) 21:15:01.77 ID:scLNyBc90
ツイッタから来ました。見てます。幸子以来のファンです。
105 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 21:16:18.62 ID:8naFKaaW0
…………11回目。
「11回目ぇっ!?」
私が叫ぶと、後ろでカルパッチョも動揺したのか、コーヒーカップが音を立てる。
てっきり、ケイがここへやってきた理由を説明してくれるものと思っていたのだが、まさかそっちの話をするのかっ!?
「その反応は、正解ってことで良いのかしら?」
「い、いや、なんというか……ああ、混乱していて上手く言葉にできないな……とにかく、正解だ」
「私と――そこのカルパッチョは、これで11回目のループになる」
106 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 21:19:04.40 ID:8naFKaaW0
「ふーん、貴女もそうなの?」
ケイの言葉にカルパッチョが「はい」と頷く。
「ははーん、それで彼女を同席させたってわけ。なるほどね」
「副隊長さんにはわけのわからない話になるかもと思ったけど、それなら本当に問題はないわね」
「良い判断だわ、アンチョビ」
「そ、それは、まぁ、ありがとう」
なんて、お礼を言っている場合ではない。
「……えっと、それじゃあこっちからも訊きたいんだが、つまり、お前もこれが11回目のループってことなのか?」
「違うわよ」
「違うのかっ!?」
「私はこれで48回目だから」
「ええぇ……どういうことだ……?」
会話に頭がついていかない……誰か助けてくれ……。
107 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 21:21:08.65 ID:8naFKaaW0
「うーん、そうね、ホントはループ条件の話から始めようと思っていたのだけど、先に全体の説明をしましょう」
ケイが立ち上がり、マーカーでホワイトボードに一本の長い横線を引く。
さらに線の左端に『6月1日』と記入、横に髪の長い二頭身のキャラクターを描いた。
「スタート地点は、ここ、6月1日よ。私の場合、ループの度にこの日へ戻されてるの」
「我々と全然違うじゃないかっ!」
「貴女たちのスタート地点はどこなの?」
「今日だ! 6月26日。我々は6月26日に戻されてる」
108 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2019/07/14(日) 21:23:29.56 ID:8naFKaaW0
「オーケーオーケー、やっぱりそうなのね」
そう言ってケイは、横線の中心辺りに『6月26日』と記入する。
横にはツインテールと長髪の二人組を描いた。
先ほどの長髪の子よりも髪の毛がふわふわしている。
「ところでアンチョビ。私がどうしてアンツィオの学園艦にいるのか、ホントのホントに、記憶ない?」
「……? いや、そう言っただろう?」
「あのね、私、昨日からこの学園艦にいるの」
「もちろん貴女にも会ってるわ」
「これから帰るところで、最後に挨拶しておこうと思ったんだけど、まさか貴女があんな反応するなんてね」
――昨日も、会ってるだと?
「そ、そんな記憶ないぞっ!?」
「私もです」
私が叫ぶと、カルパッチョが同意する。
109 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2019/07/14(日) 21:24:51.93 ID:8naFKaaW0
ケイは、あははと笑い、言葉を続けた。
「だから確信したの。今日の貴女は昨日までの貴女とは違う。前のループの貴女が、戻ってきたんだってね」
「ど、どういうことだ?」
「……記憶が上書きされている、ということでしょうか」
「ザッツライ! その通りよ、カルパッチョ!」
ケイが親指を立て、言葉を繋げる。
「ループしてるのは、正確には私たちじゃなくて世界の方。記憶の引き継ぎによって、私たちは偶然それを体験できているだけなのよ」
110 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 21:28:19.16 ID:8naFKaaW0
酉つけるの忘れてた。 ごめんなさい。
>>108
>>109
これ私です。
111 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 21:31:45.07 ID:8naFKaaW0
>>98
>>104
ありがとうございます……。
慎重にやろう。再開します。
112 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 21:33:51.88 ID:8naFKaaW0
「わ、わかりやすく説明してくれえ……」
「んー、それじゃあ、ゲームに例えましょう」
ケイが再び立ち上がり、マーカーを握った。
『6月1日』の上に『第1ステージ』、『6月26日』の上に『第2ステージ』と記す。
「私たちは、一つのゲームをプレイしているの」
「それは、ゴールへ辿り着くためのゲーム」
「私が第1ステージを担当、貴女たちが担当するのは第2ステージってわけ」
「この後にはきっと、第3ステージと最終ステージが続いてる」
「第63回戦車道高校生大会が終われば、ゲームクリアね」
113 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 21:36:36.13 ID:8naFKaaW0
「ど、どうしてそんなことがわかるんだ?」
「準決勝でプラウダが大洗に勝ったことで、時間が巻き戻されたからよ」
「おそらく大洗との試合が基準になってる。3回続けば間違いないわ」
「第3ステージの担当は、順当に考えればプラウダのカチューシャね」
「あいつも、我々と同じくループしてるってことか?」
「ううん、ループするのはこれから。だって、まだ第3ステージは1回しかプレイされてないから」
「ああ、そっか。じゃあ、カチューシャにとって、今回のループが2回目ってことか?」
114 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 21:39:14.02 ID:8naFKaaW0
「あはは、そうとも限らないのよ。だって、貴女たちが第2ステージでゲームオーバーするかもしれないから」
「つまり、ゲームオーバーすると第3ステージが始まらない?」
「そういうこと。時間が巻き戻って、スタートに戻されてしまうの。一応言っておくけれど、スタートというのは、6月1日のことね」
ケイがホワイトボードに描かれた長髪のキャラクターを示す。
言うまでもなく、これがケイを示しているのだろう。
「第1ステージの終わりは、一回戦の終わり。6月8日を迎えられれば、第1ステージクリア」
横線に『6月8日』と記される。二頭身のケイと我々のあいだ辺りだ。
115 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 21:42:30.72 ID:8naFKaaW0
「第2ステージの終わりは、二回戦の終わり。確か――」
「7月6日だ。7月6日を迎えられれば、クリア」
ケイは「イエス」と答え、二頭身の我々の眼前へ『7月6日』と記す。
「一つのステージはおおよそ一週間程度で終わるようね」
「だとしたら、カチューシャの記憶が引き継がれるのは、7月26日前後かしら」
「……待て待て」
「じゃあ例えば、第3ステージが開始されなかったとしたら、7月26日を迎えられなかったとしたら、そのループはどうなる?」
「記憶の引き継ぎは行われるのか?」
「行われないわ。そのループ、カチューシャはスキップね」
116 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 21:45:50.60 ID:8naFKaaW0
そこまで説明されて、ようやく私はケイの言葉の全てを理解した。
あぁ……なんてことだ、我々よりしんどいじゃないか。
「ケイ。お前が48回目なのは、48から11を引いた、残りの37回を第1ステージでゲームオーバーしているからなんだな」
私が言うと、「そういうことね」とケイは笑った。
「ケイ。どうしてそこで笑えるんだ。うんざりしたりとかしないのか」
ましてや、ケイは私とは状況が違う。
この場に彼女一人きりということは、おそらく第1ステージを繰り返しているのはケイだけなのだ。
私にはカルパッチョがいる。だから踏みとどまれた。
けれどケイには誰もいない。
117 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 21:47:45.91 ID:8naFKaaW0
「仲間が必要なら、我々が仲間になるぞ」
「……いや、是非、我々を仲間に加えてくれ」
「一緒にループを脱出しようじゃないか」
「ありがとう、アンチョビ」
「でもホントに、そんなシリアスになってもらわなくても大丈夫なの」
「ループを繰り返して辛くなったこと、一度もないしね」
どうして。
私がそう短く問いかけると、ケイは言った。
「――だって、わかるでしょ? ループのあいだ、私は大洗との試合を何度も何度も経験出来るのよ?」
ケイが満面の笑みを浮かべる。
「私は戦車道が大好きだからね!」
それは、どこまでも明快な答えだった。
118 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 21:52:42.94 ID:8naFKaaW0
「はいっ。それじゃあ気を取り直して――」
ぱんっとケイが手を叩く。
「ループ条件の話に移りましょうっ! まずはアンチョビ、何か意見や気付いたことはあるかしら」
「わ、私かっ!?」
突然に話を振られて少し狼狽えてしまったが、ともかく頭を捻ってみる。
「うーん、ずっとアンツィオの勝利がループ脱出に繋がると信じてきたが、負けて7月6日を迎えてしまったしなあ」
「かといって、ただ負けるだけというのも違う」
「負けるだけで良いなら、これまでループしていたのと辻褄が合わない」
119 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 21:54:56.48 ID:8naFKaaW0
「負け方に意味があるのかもしれませんね。今回の作戦が、たまたま何かの条件を満たしていたのかも」
カルパッチョが続けると、ケイが大きく手を広げた。
「グレート! カルパッチョ、さすがね。サンダースに欲しいくらいだわ」
「か、カルパッチョはウチの副隊長だぞ!」
「あはは、わかってるわかってる」
ケイはそう言って笑うが、サンダースなら本気で勧誘を始めてもおかしくはない。
きちんと釘を刺しておかないと。
120 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 21:56:57.78 ID:8naFKaaW0
「まぁでも、つまりそういうことね。大事なのは負け方。大洗に、どう負けるかよ」
「……やっぱり勝っちゃ駄目なのか?」
「そうね。それは確かよ。……具体的にどうすれば良いってアドバイスはできないけど、おおざっぱな条件なら、もうわかってるわ」
「ほ、ホントかっ!?」「ホントですかっ!?」
ケイがこくりと頷く。
「ループ脱出の条件はね、正史を辿ること」
121 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 21:58:53.64 ID:8naFKaaW0
「正史……正しい歴史、ですか……?」
「前回の我々はそこを辿れたってことか?」
私たちが問うと、ケイは「ザッツライ!」と返す。
「だから具体的なアドバイスはできないの」
「敢えて言うなら、全部ね。前回やったのと同じことをもう一度やれば良い」
「サンダースの場合、アリサがやらかして、私がそれに気付いて、五輌で大洗の元へ向かって、負ける」
記憶の中にある、サンダースと大洗の試合を思い返す。
もう何ヶ月も前のことのように思えるが、確かにサンダースは大洗の無線傍受を行っていた。
ルールブックでは禁止されていないが、戦車道としては相応しくない。私もそう思う。
だからケイは戦いに赴く戦車を大洗と同じ数まで落としたのだろう。
あれが、一回戦の正しい歴史なんだ。
122 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 22:01:03.11 ID:8naFKaaW0
――では、我々の場合はどうすれば良いか。
「マカロニ作戦を決行し、ペパロニが全てのデコイを配置し、大洗に数が合わないのを見破られ、徐々にアンツィオの車輌を削られ、負ける」
「――だけじゃ駄目だけどね。正史を辿るには、もっと細かく一致させる必要があるわ」
「戦車が撃破される順番だったりとか、きっと台詞とか、ポーズなんかまでね」
「え。も、もう一度、まったく同じことをやるのか……?」
思わず声が出てしまった。
「でも、そこまで細かく記憶している自信ないぞ。話した内容とかなんて、絶対に無理だぞっ!?」
123 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 22:02:42.24 ID:8naFKaaW0
「そんなに難しく考える必要ないわよ」
ケイが左右に指を振る。
「アンチョビもカルパッチョも、自然にやれば良いだけよ」
「だって、一回は成功してるんだからね」
「前回のループ、ああしようこうしようって演じてたわけじゃないでしょ?」
「まあ、それはそうかもしれないが」
「出来る気はしませんね……」
「あはは。やってみれば、何とかなるものよ?」
そう言って、ケイは立ち上がる。
124 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 22:04:18.13 ID:8naFKaaW0
「さて、これで伝えなくちゃいけないことは全て伝えたわ。あとは各人がクリアを目指せば、きっとゴールに辿り着ける」
イレーザーを手に取ってホワイトボードの図を消し、私の隣を通り過ぎる。
その背中へ、私は声をかけた。
「もしかして、もう帰るのか? せっかくだし、朝食くらい取っていったらどうだ?」
「そうしたいのはやまやまだけど、二人で話し合いたいこともあるでしょ?」
ケイは首の上だけで振り向いてそう言うと、「あ」と何かに気付いたかのように目を大きくした。
125 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 22:05:32.72 ID:8naFKaaW0
「でも一つ訊かせて、アンチョビ」
「なんだ」
「貴女、これからどうするの?」
どうする。……どうする?
「何をだ?」
私が問うと、ケイはふいに顔から笑いを消した。
まるで、これこそが本日の最重要事項とでもいうかのように――、
「ループ、脱出するの?」
126 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 22:06:59.98 ID:8naFKaaW0
私は答えた。
「そりゃあそうだ。当たり前だろう」
束の間、ケイの顔がふっと崩れる。
あははと笑って言葉を返す。
「その当たり前は、当たり前じゃないと思うけどね」
「ま、貴女がそう言うなら良いわ。頑張って。ドゥーチェ、アンチョビ」
そうやって出て行こうとするので、思わず「ま、待てっ!」と声をかける。ケイは再び振り向いた。
127 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 22:09:36.18 ID:8naFKaaW0
「なあに?」
「……ああ、安心して。貴女がどの選択をしようと、第1ステージはきちんと毎回クリアするから」
「まぁ、たまにはしゃいでゲームオーバーしちゃうかもしれないけど、それも貴女には関係ないしね」
「結局、どうしてこんなループが起きてるんだ? 解決法はわかった。だが、原因がわからずじまいじゃないか」
ケイは一切考える素振りを見せず、さらりと答える。
「さあね。神様の気まぐれじゃない?」
その言葉を最後に、ひらひらと手を振ってケイは戦車道準備室を出て行った。
128 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 22:10:50.39 ID:8naFKaaW0
残された我々はしんと静まりかえってしまったが、やがてカルパッチョが「ドゥーチェ」とぽつり言葉を吐く。
その声色がなんだか湿っぽく、私はそれを吹き飛ばすよう、できるだけ明るく言葉を返した。
「まー、わからないことは残っているが、とにかく情報を整理するかー」
「記憶違いもあるだろうし、お互い、覚えてることを共有しないとな」
「やるぞ、カルパッチョ」
カルパッチョは黙って頷いた。
129 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 22:14:22.44 ID:8naFKaaW0
一時間ほどかけてカルパッチョとの情報交換は終わった。
試合当日の流れは把握できたし、諸処の動きや台詞もおおむね思い出せただろうと思う。
始める前は無理だろうと思っていたのだが、カルパッチョの記憶に刺激されて私の記憶が蘇り、反対に、私の記憶に刺激されてカルパッチョの記憶が蘇り。 相互作用がうまく働き、思いのほか、細部まで整理できた。
打ち合わせが終わると、一旦、朝食をとって、他のみんなを集合させて朝練へと移った。
マカロニ作戦を発表し、まずは作戦を実行に移すためのデコイの制作からだ。
前回のループと同じく、デコイの制作は一日で終わった。みんな楽しそうにしていてなによりだ。
130 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 22:16:06.28 ID:8naFKaaW0
当日までの残りの時間は全て試合の練習に割いた。
負けるために練習をするというのもおかしなものだが、戦車道はなにも今回の大会で終わりというわけじゃない。
冬の大会だってあるし、他のみんなには来年もある。練習はいつか実になる。
そして試合当日。
これだけ準備を重ねたのに、我々は正解のルートを外れてしまった。
ペパロニが、全てのデコイを配置しなかったのだ。
131 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 22:18:33.06 ID:8naFKaaW0
嬉しい誤算だが、今の私はそれを望んでいなかった。
作戦は成功した。しかし目論見は失敗したのだ。
ともかく我々は大洗の背面へ回り込み、全面包囲からの奇襲作戦を行った。
それでも大洗には勝てなかった。
M3リーと三突の二輌は撃破できたが、それだけだった。
三突と撃ち合いになったカルパッチョ車に白旗が揚がり、残りのセモヴェンテは全てW号に狩られた。
CV33は八九式になぎ払われ、最後に私の乗るP40をやられ、それで終わりだ。
132 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 22:20:49.22 ID:8naFKaaW0
私とカルパッチョは、12回目のループを迎えた。
ケイから見ればこれで49回目――とも限らないのか。
我々が認識する11回目と12回目の間で、ケイが何度か第1ステージをゲームオーバーしている可能性もある。
なんともややこしいが、確かなのは、今回のループでケイが第1ステージをクリアしているということだ。
また負担をかけてしまった。
私たちはそれを引き継ぎ、今回こそ第2ステージをクリアしなければならない。
133 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 22:22:48.43 ID:8naFKaaW0
再び試合当日。
私はペパロニに言った。
「おいっ! デコイ、全部置いてしまえ!」
『え? マジっすかドゥーチェ。もしかして数の計算できないんすか』
「良いからっ!」
『しゃーねーなー。おーい、残り全部こっちに置くぞー』
前に7月6日を迎えた時とはペパロニとのやり取りは違っていたが、そこに大きな問題はなかったようだ。
その後、おおむね前回と同じ流れを辿り、我々は大洗に敗北。
宴会をして、無事に7月6日を迎えた。
134 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 22:24:35.76 ID:8naFKaaW0
>>129
改行ミスっちゃった。
集中力切れてきたみたいなので、一旦、休憩します。
40分くらいに再開します。
135 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 22:46:39.63 ID:8naFKaaW0
遅れました。すみません。
再開します。
136 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 22:48:22.74 ID:8naFKaaW0
「今回は、第3ステージをクリアできるでしょうか」
「さあなあ。それは私たちにもどうにもできないだろう。だが、とにかくプラウダの隊長には会いに行かなきゃな」
ケイの予測では、カチューシャに記憶の引き継ぎが行われるのは7月26日前後とのことだった。
我々はそれまでのあいだ、前回同様、アルバイトや戦車道の練習をして過ごした。
どのループが我々にとって本当の歴史になるのかはわからない。
だとしたら、手を抜いて良いはずがない。
我々は、いつだって全力で臨む必要があった。陸の海辺にも行った。
137 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 22:49:51.06 ID:8naFKaaW0
7月26日になると、過去に交換した連絡先を引っ張り出してプラウダへ電話をかけた。
『何のようっ!? 今はあなたの相手なんかしてる場合じゃないのよっ!』
「まーまー。ループしたんだろ? 全部説明してやるから」
『はあっ!? 何それっ! ちょっとあなた――』
長くなりそうだったので、そこで私は通話を切った。
ケイへ連絡をとると、貴女たちだけで行ってちょうだい、とのことだったので、プラウダへは私とカルパッチョの二人だけで出向いた。
138 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 22:51:21.60 ID:8naFKaaW0
プラウダの学園艦は始めてで、街を歩くと遠目に雪原が見えた。
驚いて道行く生徒に訊いてみると、人工でなく天然物だそうだ。
あの雪原を保つために学園艦の進路の調整でもしているのだろうか。そういう酔狂は嫌いじゃない。
しばらく街を散策した後にカチューシャを訪問。
しかし、現れたのは本人でなく副隊長のノンナだった。
「カチューシャ様はお眠りになられています。またの機会を」
「起こせっ!」
139 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 22:53:19.60 ID:8naFKaaW0
カチューシャの部屋へは15分ほど待った頃に通された。
つい先程まで眠っていたことなど一切感じさせない様子で、カチューシャは「待たせたわね!」と宣った。
私とカルパッチョは顔を見合わせてため息をついた。
さて、と説明を始めようとしたものの、いつまで経ってもノンナが退席しない。
怪訝に思い確認を取ると、彼女もまた、カチューシャと一緒にループを経験しているとのことだった。
私とカルパッチョ。
カチューシャとノンナ。
各プレーヤーはコンビが基本なのだろうか。
だとすると、第1ステージのケイは極めて特別な存在だったのだろう。
140 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 22:54:15.74 ID:8naFKaaW0
私とカルパッチョは、改めて説明を始めた。
カチューシャは悪態をつくものとばかり想像していたが、思いのほか、説明を聞いているあいだは素直だった。
うんうんと頷きながら、RF-8の中で行儀良く体育座りをしていた。
「つまり、このループを脱出するためには、まずは大洗に負けなければならないということだな」
そう話を締めると、カチューシャは言った。
「それでも勝つのはカチューシャよっ!」
141 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 22:56:00.12 ID:8naFKaaW0
…………。
「えぇ……?」「……はい?」
カルパッチョと二人して、喉の奥から疑問の声が湧き出る。
「聞こえなかった? 勝つのはカチューシャだって言ったのよ」
「聞こえなかったかと確認したいのはこちらの方だっ!」
「もしかして話が通じていなかったのか?」
「勝てばループが続くんだ。全員ループから脱出できないんだぞ?」
「失礼ねっ! 通じてるに決まってるでしょっ!」
「何回やったところで勝つのはカチューシャだし、あなた達には悪いけどループ脱出はできないわ。ね、ノンナ?」
カチューシャが目をやると、ノンナは「はい」と頷いた。
142 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 22:58:57.80 ID:8naFKaaW0
「ず、ずっとこのループの中にいるつもりかっ!? 本当にそれで良いのかっ!?」
「仕方ないじゃない、プラウダの雪が永遠に溶けないのと一緒で、カチューシャの勝利はもう決まったことなんだから」
「い、嫌じゃないのかっ!? 終わりはやってこないんだぞっ!? 永遠だぞっ!?」
ループが辛くないと言ったケイだって、脱出へ向けて動いていた。
あいつだって永遠に彷徨い続けるのは嫌なんだ。
それをカチューシャは、受け入れると言ってる。
143 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 23:01:05.12 ID:8naFKaaW0
「嫌とか嫌じゃないとかの話じゃないわ」
「……運命が何と言おうと、カチューシャは勝たなきゃいけないの」
「たとえ一万回繰り返したとしても、勝つのはカチューシャなのよ」
そう言ったカチューシャの瞳は強く透き通っていて、嘘偽りない本心なのが伝わった。
茶化す気はまったく起こらない。
その覚悟も、なんとなく理解ができた。
「でも、だからって――」
言いかけた私を、カチューシャが「はん」と鼻で笑う。
「ま、あなた達みたいな弱小校には、強者の胸の内なんて想像がつかないだろうけどね」
144 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 23:03:02.93 ID:8naFKaaW0
あんまりな言いぐさに、頭へかっと血が上った。
「い、言わせておけばお前ぇえっ! アンツィオは弱くなんかないっ! いや強いんだぞっ!?」
「弱くない高校が、大洗に負けるわけないでしょ?」
私は「ぐ……っ」と声を詰まらせてしまった。
カチューシャの、言う通りだ。
すでに私は大洗との試合を12回も繰り返している。
それで大洗に一度も勝利できていないアンツィオは、はたして弱くないと言えるのだろうか。
ふいに頭をよぎった考えは、私の脳裏に染みついたようで、すぐに消えてはくれなかった。
145 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 23:04:28.19 ID:8naFKaaW0
「なんなら練習試合で証明してあげても良いけど、あいにく大洗との試合までのあいだに差し込む余裕はないわね」
そこまで言うと、カチューシャはRF-8の中に敷かれた毛布へ倒れ込み「ノンナ、帰ってもらって」と告げる。
もうこれで話を締めるつもりらしい。
「お、おい、本気で言っているのかっ、カチューシャっ!?」
慌てて私は声をかけたが、ずいとノンナが私たちとカチューシャとの間へ立ち塞がる。
「カチューシャ様はいつだって本気です。お引き取りください」
感情の薄い冷酷な瞳に見つめられるとどうすることもできず、仕方なしに私とカルパッチョはプラウダの学園艦を後にした。
146 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 23:06:10.08 ID:8naFKaaW0
アンツィオは、本当は弱いのだろうか。
時折、頭をもたげるようになったその考えは、アンツィオの学園艦へ帰った後も続いた。
その度に私は首を振って頭の中から追い出したが、それでも何度も何度も復活する不安は、まるで呪いのようだった。
カルパッチョへの相談も考えたものの、口に出したら二度と消えてくれそうになくて憚られた。
サンダースへは、学園艦へ帰った翌日に電話をかけた。
カチューシャとの件を報告すると、ケイは「カチューシャならそう言うと思ったわ」と笑った。
だからケイは付いてこなかったのかと合点がいき、もやもやとしたものを感じた私は「だったら初めから教えておいてくれてもいいだろ」と一言文句を言った。
147 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 23:07:56.63 ID:8naFKaaW0
このままではプラウダは大洗に勝利してしまう。
ループ脱出のため、前回のプラウダの戦術を大洗の連中へ密かに伝えることもできただろうが、そんな気も起こらなかった。
ひたすら戦車道の練習やバイトへ打ち込んでいると、あっという間に一週間が過ぎ去った。
二度目のプラウダVS大洗だ。
私は前回と同じく、アンツィオのみんなと共に学園艦の円形競技場で試合を観戦した。
これまた前回と同じく、やはり大洗は劣勢だった。
知恵と連携で圧倒的不利を覆そうとする彼女らの姿は輝いていた。
148 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 23:09:40.19 ID:8naFKaaW0
けれど今度は、大洗だけでなく、プラウダの奮戦にも目がいった。
思いのほか大洗が手強かったのだろう、いくつかの車輌が大洗に撃破されてしまった。
カチューシャは動揺している様子だったが、T-34/85が大洗のM3リーを撃破したのを皮切りに体勢を立て直し、そのまま大洗を押し切った。
今回も、試合はプラウダの勝利。
ハッチから顔を出して笑顔を浮かべるカチューシャを見て、私はふいに気付いた。
アンツィオのみんなは大洗の敗北に落胆している様子だったが、私は違った。それでも良いと思えた。
前回のループでは、大洗に自分を重ねていたのに。
いまの私は、プラウダに自分を重ねていたのだ。
149 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 23:11:30.30 ID:8naFKaaW0
13回目の6月26日。
ベッドに横たわったまま、起き上がらずに思考へ沈む。
何故、プラウダに自分を重ねたのかと、考えてみれば答えはすぐに見つかった。
私は、カチューシャを知った。
これまでは大洗の相手役くらいにしか認識していなかったが、彼女にも芯があったんだ。
失礼な話だ、当たり前のことだった。
ただ、形が違うだけ。
大洗には燃え上がるような情熱があり、プラウダには凍りつくような覚悟がある。
そこには、優劣も貴賤もないんだ。
150 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 23:13:12.55 ID:8naFKaaW0
では、果たして私はどうなのか。
情熱はあるか。覚悟はあるか。
その問いかけに、以前の私ならどちらもあると答えた。
だからこそ、その頃の記憶があるからこそ、私は大洗にもプラウダにも自分を重ねることができた。
しかし今の私はどうだ。
情熱があると言えるのか。覚悟があると言えるのか。
たとえ残滓でもそれらが残されているのなら、このままループを脱出する選択などして良いのだろうか。
戦わなくて良いのか。
ドゥーチェの称号は、ただの飾りだったのか。
私に覚悟や情熱がなくて、どうしてアンツィオのみんなを引っ張っていけるというんだ。
151 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 23:15:08.17 ID:8naFKaaW0
――いや、しかし。いやしかしだ。
そうやって自分を問い詰めたところで、だからどうしろというんだ。
これは私だけの問題じゃない。
私が勝利に固執してループを抜け出せなくなれば、同じくカルパッチョやケイ、カチューシャやノンナもループに囚われてしまう。
確かに勝ちたい。
そりゃあ勝ちたいさ。
しかし、そのために他を犠牲にしようとは思わない。
勝利だけが戦車道じゃない。
私の戦車道は、そんなものじゃない。
152 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 23:16:46.80 ID:8naFKaaW0
「あー、ほんとドゥーチェはめんどくさいっすねー。じゃあドゥーチェの戦車道ってなんなんすか?」
「……ん」
突然に声をかけられ、右下へ目をやると、ベッドの手すりから顔を出したペパロニが大きなあくびをしていた。
「朝からうるっさいすよ、ドゥーチェ」
「も、もしかして、全部、声に出ていたか?」
「いやわかんないっすけど。覚悟がどうとか言ってたっすよ」
声に出てたんじゃないかっ!
その叫びは胸の中にしまっておいて、火照った頬を隠すために、すっと私は顔を引く。
「よ、よし、いいかペパロニ。ぜんぶ忘れろ?」
「いや、忘れないっすけど」
少しだけ呆れたような声色が下方から届く。
153 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 23:18:02.71 ID:8naFKaaW0
何も返すことができなくて黙っていると、しばらくしてペパロニから言葉が放られた。
「……で?」
短いな。
そして、待てどもペパロニはその続きを口にしない。
仕方なしに「で、とは?」と私が確認すると、ペパロニは言った。
「いやだから、ドゥーチェの戦車道ってなんなんすか?」
ああ、そういえばそんなことを言っていたか。
冷静な頭になって考えてみれば、その問いには淀みなく答えられる。
154 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 23:19:22.22 ID:8naFKaaW0
「そりゃあ、楽しいのが、私の戦車道だ!」
「負けて楽しいすか?」
「うんっ! 楽しければ、それで良しだっ!」
「勝ったら楽しいすか?」
「もちろんっ! 楽しいプラス嬉しいで、最高だな!」
「いや、じゃあ勝ちゃいいんじゃないすか?」
「そ」
と、一文字だけ漏れて、そこで慌てて私は口を噤んだ。
『そうもいかない事情があるだろ』
そのことを、ペパロニは知らない。
155 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 23:21:02.61 ID:8naFKaaW0
「なんすか? 負けてもまぁ楽しいっすけど、悔しさもあるっすよね? 少なくともわたしは悔しいっすよ」
「う、ぅうう、そ、そうかもしれないがなあ」
「ドゥーチェいつも言ってるっすよ。アンツィオは強いって。だったら、勝って証明してやればいいじゃないすか」
「……ちょっと、考えさせてくれ」
私はそう言葉を残して、さっと制服へ着替えるとペパロニを置いて自室を後にする。
ずぶずぶと思い悩んでいたが、あっけらかんとしたペパロニの言葉を聞いていると脱力してしまった。
もっと気楽に考えても良いんじゃないかと思えてくる。
156 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 23:22:48.68 ID:8naFKaaW0
「でもやっぱり、みんなのことを思うと、勝利勝利って言っていられないんだよなあ」
「別に、構わないんじゃないでしょうか」
「…………」
今度は、カルパッチョの言葉だった。
戦車道準備室にて、向かいに座るカルパッチョがにこにこと笑みを浮かべる。
「そうは言ってもな。お前は辛くないと前に言っていたが、ずっとループから出られないのはさすがに嫌だろう」
「私は、そんな苦しみを、みんなに強いるつもりはない」
157 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 23:23:49.73 ID:8naFKaaW0
私が言うと、カルパッチョはきょとんと目を丸くした。
「ひとつ疑問なんですけど」
「なんだ」
「ドゥーチェは、あと何回、負け続けるつもりですか?」
――――。
「あと、何回……?」
雷撃が、私の頭に、落ちた。
158 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 23:25:10.08 ID:8naFKaaW0
あぁあぁぁあああっ!
まったくっ! なんてことだっ!
ここまで落ちぶれていたのか、私は。
何故気付かなかった。
どこまで負け犬根性が染みついていたんだ。
そうだ、そうだ、そうじゃないか。
「すまなかった、カルパッチョ」
私の言葉に「なんのことでしょう」と彼女はしらを切る。
「お前たちがいて、良かった」
159 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 23:26:47.26 ID:8naFKaaW0
ループを脱出できない?
大洗に勝利し続けるから?
いや違う。それはプラウダの場合の話。
我々の場合は、大洗に挑戦し続けるからだ。
勝つために挑戦し続けるから、ループを脱出できないんだ。
挑戦し続けるとは、すなわち、負け続けるということ。
我々は負け続けて良いのか?
そんなわけがない。
ループなど、敗北など、繰り返してはいけないに決まっているっ!
160 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 23:29:01.64 ID:8naFKaaW0
「……一万回繰り返せば、そりゃあ我々が勝てることもあるさ」
「でも、それじゃあ意味がない。そんな勝利に価値はない」
自分に言い聞かせるよう、ぽつぽつと言葉を吐く。
カルパッチョは私の言葉に反応を示さない。
ただ黙って耳を傾けてくれている。
「アンツィオは、一万回に一度の幸運でしか勝利を掴めないようなチームじゃない」
「アンツィオの強さを証明するためには、これ以上繰り返してはならない」
「それでは名誉は得られない」
我々は強い。大洗に勝てる。
「これまで随分と負け続けてきたが、選択を間違え続けてきたが、今度こそ最後だ。勝っても負けても、これで最後にする」
だから。
「いま勝とう。このループで勝つぞっ!」
私が宣言すると、カルパッチョが頷いた。
「最初から、そのつもりです」
161 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 23:30:15.28 ID:8naFKaaW0
長く放浪の旅をしていたらしい情熱が、覚悟が、私の中へ戻ってきた。
楽しいのも戦車道だが、勝利を目指すことも戦車道だ。
何を甘えていたんだ。
ループに依存していた。頼ってしまっていた。
そんなものを利用しなくとも、我々は勝てるだろう。
私はもう繰り返さない。
ただの一度きりで、大洗に勝利する。
そうやって心に決めてしまうと、なるほど、見えてくる景色が変わった。
胸の内から湧き上がる炎が、火花を振りまいて破裂してしまいそうだ。
162 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 23:32:05.37 ID:8naFKaaW0
「カルパッチョ。作戦会議だ。今度は一つの策に頼り切る真似なんてしないぞ。二重三重の策を用意して大洗を翻弄してやる」
私が言うと、カルパッチョは鼻息を荒くして答えた。
「ええ、望むところです」
まったく頼もしいものだ。
私は「ありがとう」と礼を言って、改めてホワイトボードの前へと移動した。
「あー、作戦会議ならわたしも混ぜてほしいんすけど」
と、この場にいないはずの声が聞こえて、振り返る。
「ペパロニ?」
先ほど部屋で別れたはずのペパロニが、そこにいた。
163 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 23:33:15.91 ID:8naFKaaW0
「どうして、お前、ここに?」
「いやー、ここんとこずっと、二人でこそこそ相談してたじゃないすか」
「いつもならわたしも混ぜてくれんのに、ずるいっすよ」
「つーわけで、ドゥーチェつけてきたっす!」
そう言って、ペパロニは腰に手をあてて仁王立ちする。
「お前なあ……まぁ、私たちも悪かったかもしれないが、こっちにも事情があってだな」
「……ちょっと、ドゥーチェ、ドゥーチェ……っ」
耳元でカルパッチョが囁き、「うん?」と私は目を向ける。
「なんだ?」
164 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 23:36:08.79 ID:8naFKaaW0
「おかしくないですか? いまは6月26日の朝ですよ」
「確かに二人だけでの作戦会議は何度もしてましたけど、それは、6月26日以降のループ中の話ですよね?」
「6月25日以前は、基本的にペパロニも作戦会議に参加してたはずです」
言われてみて気付く。なるほど。
「それじゃあ、ペパロニが『こそこそ相談してた』なんて言うはずがないな」
「ええ。だからきっと、ペパロニはループ中に私たちの相談してる姿を目撃してたんだと思います」
「……んん、つまり、それは?」
「おそらく、そのまさかかと……」
カルパッチョが神妙な顔で頷く。
165 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 23:37:34.72 ID:8naFKaaW0
つまり、それは、こういうことか。
「ペパロニ。お前、6月26日は、何度目だ?」
「あー、ちょっと覚えてないすね。10回目くらいっすか?」
――――。
「お前ぇえっ!?」「どうして言わなかったのっ!?」
二人して驚きの声を上げると、ペパロニは返した。
「あっはっはっ! まー、別に気にするほどのことでもねーかと思って。別に困ってないっすから」
あっけらかんと言ってのけるペパロニに、自然と口からため息が漏れる。
「……おい、こいつ、どーする?」
「とりあえず、作戦会議は三人でしましょうか……」
「よろしくっす!」
カルパッチョが呆れた声で言うと、ペパロニは元気よく敬礼をしてみせた。
166 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/14(日) 23:40:32.68 ID:8naFKaaW0
見てくれてる人いますか。
今日は、終わりにします。
続きはまた明日の夕方辺りに始めようかと思います。
正直、まだ長いですが、明日中に最後までいけるように頑張ります。
167 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/07/14(日) 23:45:59.83 ID:8TNXiAAYo
乙です
そういや途中でデコイの数について逆に疑問を呈してたなw
168 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2019/07/14(日) 23:59:26.67 ID:PWxuzZYd0
乙乙!
すげー面白いです
一気読みしました
169 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/07/15(月) 16:04:56.26 ID:0OKEC0330
勝ちたいならペパロニを外せばいいと思ったが、
違うのか…
170 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 18:28:21.14 ID:6Fy41Xha0
待ってた方いたらすみません。再開します。
途中ちょいちょい休憩を挟むとは思いますが、今日中に最後までいくつもりです。
お付き合いいただけたら幸いです。
171 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 18:30:00.65 ID:6Fy41Xha0
カルパッチョの煎れてくれたコーヒーを三つ並べて、作戦会議を開始した。
他のみんなには今日の朝練はスキップすると伝えてある。
授業が始まるまではまだしばらく余裕があるが、できれば午前中のうちに作戦をまとめておきたいところだ。
んんっと咳払いをして、早速、対面の二人に向かって話を切り出す。
「やはり、まずはマカロニ作戦でいこうと思う」
私の言葉にカルパッチョは頷いたものの、ペパロニが「マジっすか」と抗議の声を上げる。
172 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 18:32:25.29 ID:6Fy41Xha0
「あんだけ失敗したんすよ。まだやるんすか?」
「失敗じゃない。ここ2回は成功してただろ? 結局、その後に負けてしまったが、作戦自体は成功だ」
「負けてたら意味ないじゃないすか」
「それは――マカロニ作戦じゃなくて、他の作戦が駄目だったから。意味はあります」
「ペパロニ。お前、またデコイを置きすぎたりはしないよな?」
「しないっすよ! 舐めないでほしいっす!」
「じゃあ、マカロニ作戦は成功するさ。ここを軸に他の作戦を考えていくぞ」
「万が一、駄目だった時のことを考えて、代案は立てておく必要はあると思いますけどね」
カルパッチョの言葉に「うん、それはそうだな」と頷きつつ、少し思い当たる。
173 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 18:34:02.29 ID:6Fy41Xha0
「……あー、大洗の包囲を戦術の要とする予定だが、マカロニ作戦が駄目だった場合、そこから変えた方が良いな」
「デコイが向こうにばれれば、我々が包囲を狙っていることも察せられるだろう」
「タイミングにもよると思いますけどね」
「持久戦に持ち込まれれば負けるのは我々だ」
「どちらにせよ、狙うは短期決戦。奇襲が基本となるな」
「だとしたら、我々の居場所を向こうに悟らせるのだけは避けなければ……」
「あぁあああっ! まずはマカロニ作戦の話しないっすか!? 万が一の話は後にしてほしいっす!」
ペパロニに言われてみて、議論が少し脱線してしまっていたのに気付く。
「あぁ、すまなかったな」とペパロニに謝り、軌道修正。
174 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 18:36:12.93 ID:6Fy41Xha0
「さて、マカロニ作戦が成功したとして、次は大洗の包囲だ。包囲網をどう敷くかが重要となるな」
「これまではCV33部隊、セモヴェンテ二輌に、P40を中心としたフラッグ隊の三チームに分けていましたけど、あまり大洗に有効とはいえなかったですね」
「あ、フラッグ車って、もしかしてウチらっすか?」
「いや、それはやめだ。もう懲りた」
「最後にフラッグ車だけが残された時、それでも勝ちの目がゼロにはならないようにしたい」
「セモヴェンテか、P40か……」
175 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 18:37:25.26 ID:6Fy41Xha0
うんうんと悩んでいると、やがてカルパッチョが「あの」と手を挙げた。
「相手車輌を撃破する役割は、基本的にはP40ですか?」
「うん。スペックを考えると、それが一番だからな」
「――でしたら、フラッグ車は、セモヴェンテにしませんか」
そう言ったカルパッチョの語気は力強い。
その言葉に、何らかの意図が乗っているのは明白だった。
176 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 18:39:23.39 ID:6Fy41Xha0
「それは、P40をフラッグ車にすると、最前線へ出るのに危険だからか?」
「はい。それに、敵はフラッグ車に集まります。目立てば奇襲をかけるには不向きになってしまいます」
なるほど、道理だ。
それならもう一つ質問をしておこう。
「フラッグ車のセモヴェンテに乗るのは、お前か?」
私が問うと、カルパッチョは「はい」と頷いた。
「任せて、もらえませんか?」
僅かに瞳を潤ませて、頬を紅潮させて、眉は険しく反らせて、カルパッチョが問いかける。
その表情は、私の認識を、まるごと根底から変えてしまうような代物だった。
177 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 18:40:43.48 ID:6Fy41Xha0
正直、悩みながらも、結局はP40をフラッグ車にすることになるだろうと予感していた。
それは、私がドゥーチェだから。
ここまできたのだ。
この土壇場では、相手車輌を撃破する役割も、フラッグ車を務める責任も、全てドゥーチェである私が背負うべきだと思っていた。
けれどカルパッチョは、その片方を彼女が担うと言っている。
彼女の決意は、きっと、セモヴェンテをフラッグ車にした方が勝率が高いから、というだけの理由ではない。
178 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 18:43:20.25 ID:6Fy41Xha0
私は、いつまでもドゥーチェではいられない。
来年になれば、隊長を務めるのは、カルパッチョか、ペパロニのどちらかだ。
私は、ドゥーチェを受け渡さなければならない。
それはまだ先のことかもしれないけど、遠い未来じゃない。
少しずつ少しずつ、私の色をアンツィオから消していかなければならない。
カルパッチョやペパロニが、私に頼り切りじゃ駄目なんだ。
カルパッチョの表情には、その覚悟が乗っていた。
179 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 18:44:12.87 ID:6Fy41Xha0
「良いだろう。フラッグ車は、カルパッチョの乗車するセモヴェンテにするぞっ!」
そう宣言すると、ちょっとだけ寂しさが胸に染みたが、それは飲み下すべきこと。
「ありがとうございます」
返事をしたカルパッチョの顔を見て、私はさらに思った。
私がアンツィオのみんなのために残せるものは、なんだろう。
そうして考えてゆくと、ずっと胸の中にあった『勝ちたい』という気持ちが、少し形を変えて『勝たせてやりたい』になったのに気付いた。
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