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アンチョビ「一万回目の二回戦」
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179 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 18:44:12.87 ID:6Fy41Xha0
「良いだろう。フラッグ車は、カルパッチョの乗車するセモヴェンテにするぞっ!」
そう宣言すると、ちょっとだけ寂しさが胸に染みたが、それは飲み下すべきこと。
「ありがとうございます」
返事をしたカルパッチョの顔を見て、私はさらに思った。
私がアンツィオのみんなのために残せるものは、なんだろう。
そうして考えてゆくと、ずっと胸の中にあった『勝ちたい』という気持ちが、少し形を変えて『勝たせてやりたい』になったのに気付いた。
180 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 18:46:06.74 ID:6Fy41Xha0
「よし、完成だっ!」
結局、午前中のうちに作戦会議は終わらず、作戦が細部までまとまったのは昼休憩のこととなった。
一年生たちに任せた屋台を円形競技場の裏口から見守りつつの作戦会議。
昼食も彼女らの作った鉄板ナポリタンだ。
戦車道準備室から移動させてきたホワイトボードには、作戦名と概要がずらっと並んでいる。長い長い作戦会議の成果だ。
作戦を練り上げた達成感で宴会をしたい気分ではあるが、あまり時間もない。
次の行動へ移らなければならない。
本当に、至極残念ではあるが、まあ仕方がない。
181 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 18:47:29.59 ID:6Fy41Xha0
気を引き締めて、カルパッチョへ向かって口を開く。
「さて、それじゃあ、カルパッチョ。この作戦を資料にまとめてくれ」
「放課後の練習終わりまでに出来てたら助かるな」
「了解です」
カルパッチョが頷き、それを見たペパロニが「はいはいっ」と手を挙げる。
「ドゥーチェっ! わたしはどうするっすか!」
「ペパロニ。お前はみんなの士気をがんがん上げてくれ」
「ノリと勢いがアンツィオの武器だからな。武器の威力は高ければ高いほど良い」
「んー、よくわかんないっすけど、つまりみんなを盛り上げりゃ良いんすよね。そういうのは得意っす! 任せてください!」
182 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 18:48:51.10 ID:6Fy41Xha0
「うん、任せた」
「私は各車長の指揮系統の教育をしておく」
「私たち三人がいなくても、ある程度の立ち回りは考えられるようにしておかなければな」
「ぉおお、つまり先生っすか! いや姐さんさすがっすね!」
「ふふー、そーだろー?」
褒められて悪い気はしない。
思わず立ち上がり胸をそらしてしまう。わははー。
183 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 18:50:06.07 ID:6Fy41Xha0
……と、気を取り直して。
「では、解散っ!」
宣言と共にペパロニが「トスカーナうどん喰ってくるっす!」と飛び出していく。
すこぶる元気だ。
あいつがああだから、ウチの連中も引っ張られてノリと勢いがついていくのだろう。
「ドゥーチェ。私は一度準備室に戻りますね」
「放課後までに資料をまとめて印刷しておこうかと思います」
184 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 18:50:57.08 ID:6Fy41Xha0
「ホントか? あまり無理はするなよ」
「ドゥーチェこそ。気負いすぎないでくださいね」
そう言って、カルパッチョはすたすたと歩いてゆく。
私も気を抜くとペパロニに引きずられてノリと勢いに身を任せてしまうからな。
冷静なカルパッチョが隣にいてくれなければどうなっていたことか。
「練習メニュー、ばっちり考えておかないとな」
ぽつりと呟くと、心臓が脈打ち、やる気が全身に漲るのを感じた。
185 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 18:53:24.57 ID:6Fy41Xha0
というわけで、昼休憩の後は授業そっちのけで練習メニューの考案を行った。
マカロニ作戦。トルメンタ作戦。雲形定規作戦。
ニッビョ作戦。分度器作戦。地球儀作戦――。
大がかりなものから小粒なものまで、用意した作戦の数はかなり多い。
その全ての特訓は出来ないが、ぶっつけ本番というわけにもいくまい。
少なからず一度は試しておく必要があるだろう。
特に使う可能性の高い作戦については動きが安定するまで練習しておくべきだ。
それに、それぞれの役割によって、こなしておくべき練習は異なる。
となれば当然、メンバーごとに練習メニューを考えなければならない。
量が多く、なかなか骨が折れたが、なんとか放課後にはノート一冊分の練習メニューが出来上がった。
186 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 18:55:19.62 ID:6Fy41Xha0
「みんなっ! 資料は行き渡ったかっ!」
私が問いかけると、階下から「ばっちりっす!」「おっけーっすよっ!」「ありますっ!」と口々に声が届く。
カルパッチョは、宣言通り、本当に放課後までに作戦をまとめてくれた。
ページごとに図解付きで作戦を説明し、索引までつける周到ぶりだ。
みんなには、カルパッチョの作った作戦ファイルと、私の作った個人ごとの練習メニューを、それぞれセットで配布した。
資料を受け取ったみんなは、最初は威勢が良かったのだが、徐々に顔を曇らせていく。
先頭のアマレットが、ぼそりと「これ分厚くないすか」と呟いた。
187 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 18:57:23.88 ID:6Fy41Xha0
カルパッチョがわかりやすくまとめてくれたとはいえ、確かにいつもよりも資料の量は多い。
座学の苦手なアンツィオのみんなが不安に思うのも無理はないだろう。
「あー、いいかお前ら、ちょっと訊け?」
「作戦の数は多いが、なにも全てを細かく暗記する必要はないんだ」
「試合中に作戦名を指示したとき、どんな作戦だったかなんとなく思い出せるようにしてくれればそれで良いっ!」
「いや、それって結構厳しくないすか?」
ジェラートが不安げな声を発する。
188 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 18:59:40.20 ID:6Fy41Xha0
「あのなジェラート、向こうだって万全の準備をしてくるんだぞ」
「これくらいやらなくてどーする?」
「前にも言っただろ?」
「どうせ奴らは『アンツィオはノリと勢いがなければ総崩れ』とかなんとか思ってるんだぞ。それで良いのか?」
私が言った途端、ジェラートは「そうだったっ!」と荒々しく叫び、その怒気は周囲へと伝染する。
「許せねえ!」「舐めやがって!」「カチコミだカチコミ!」「あいつらみんなぶっ飛ばしてやるっ!」
189 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 19:01:22.47 ID:6Fy41Xha0
あぁあ、血の気が多すぎるのもいけない。
「待て待てみんなそう怒るな?」と私が宥めると、カルパッチョが「ただの推測だから」と続けた。
落ち着いたみんなに、今度はペパロニが声をかける。
「いいかてめえらぁっ! ドゥーチェの考えたこのちょー完璧な作戦があれば大洗なんて朝飯前だっ!」
「来週の大会であいつらに吠え面かかせてやるぞおっ!」
ペパロニが拳を突き上げ「ドゥーチェっ!」と叫ぶと、二度目からは階下のみんなも一緒に叫び出す。
いつの間にかカルパッチョも笑顔で拳を突き上げていて、私もみんなに混ざって「ドゥーチェっ! ドゥーチェっ!」とコールを始める。
190 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 19:02:48.64 ID:6Fy41Xha0
「我々は、勝つっ! 気合いを入れろっ! アンツィオの力を見せてやれーっ!」
最後に私がそう締めると、みんなは「いぇえーいっ!」「おぉーっ!」と思い思いに叫んで、拳を天高く突き上げた。
気合いは十分。
ノリと勢いが持続してさえいれば、アンツィオは無敵だ。
そのままの勢いで練習を始めた結果、なんと金曜から日曜までの三日間でみんなは全ての作戦を身につけてしまった。
おかげで残りの六日間はひたすら連携と作戦の練度向上に費やすことができた。
191 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 19:04:22.32 ID:6Fy41Xha0
我々はやれる。我々は勝つ。
そう熱く信じながらも、胸の内の冷静さは失わないように。
「一瞬でも油断すれば負ける。ノリと勢いは損なわず、しかし最大限の知恵を振り絞れ――」
万が一があってはならない。
みんなが作戦を忘れてしまってもすぐに思い出せるよう、作戦ファイルは各車輌に備え付けた。
作戦の詳細をカルパッチョと何度も打ち合わせた。
ペパロニと協力して、パネトーネを初めとした各車長に、指揮の執り方やいざという時の立ち回りを教え込んだ。
万全は期した。
これ以上、我々に出来ることは何もない。
192 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 19:05:53.76 ID:6Fy41Xha0
と、そこまでいって、ようやく私はケイへ連絡を入れていないことに気付いた。
我々が第2ステージをクリアしなければ、またケイは第1ステージをやり直すことになるんだ。
『ハァイ、どうしたの、アンチョビ?』
「ケイか、すまない、一つだけ謝りたいことがある」
『んー、その声は、なるほどー?』
『明日の試合、本気で勝つ決心がついたのね』
『大丈夫。なにも問題ないわ。ファイトっ!』
ケイには全てお見通しだったらしい。
思わず笑ってしまって、「ありがとう」と私は礼を言った。
193 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 19:07:56.82 ID:6Fy41Xha0
そして、7月5日、日曜日。
大洗はやはり、荒れ地の真ん中でマップを広げて作戦の最終確認をしていた。
カルパッチョに「危ないですよ」と諫められながらも、立ち上がりフィアットのフロントガラスへ足をかける。
大洗の連中がこちらへ目を向ける。
私は叫んだ。
「たぁのもおぉーっ!!」
194 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 19:08:40.46 ID:6Fy41Xha0
ちょっと休憩します。
20分すぎに戻ります。
195 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 19:22:18.43 ID:6Fy41Xha0
再開します。
196 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 19:23:43.27 ID:6Fy41Xha0
ペパロニからの通信は、試合開始から15分が経過した頃にあった。
耳にあてたヘッドフォンを通して、威勢の良い声が届く。
『ドゥーチェっ! デコイ配置したっすっ!』
「よおーしっ! て、予備を置いてないだろうなっ!?」
『ばっちり置いてないっすよ!』
「不安になる答えだが、置いてないならよしっ!」
十字路の北東と南東に置いたデコイ。
我々の予測通りなら、大洗の連中はこのデコイを見て十字路に足止めされるはずだ。
その間に十字路の外側から回り込み、機動力で大洗を包囲するというのが、我々のマカロニ作戦である。
197 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 19:25:28.16 ID:6Fy41Xha0
「ペパロニ。大洗の連中はまだ街道に現れていないか?」
『もう離れちゃってるっすけど、さっきはいなかったすね』
「う……できれば目で見て確かめたかったところではあるが、まぁ仕方ない。まさかこの十字路を無視はしないだろう」
街道に戻らせたとして、一台だけ軽やかに動くCV33を見られれば違和感を抱かせてしまう。
時間がもったいないし、ペパロニにはこのまま包囲を進めさせる方が良いだろう。
「よし、ペパロニ、お前は予定通り大洗の背後へ回れ」
『了解っす! ドゥーチェ!』
198 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 19:27:23.02 ID:6Fy41Xha0
通信が切れる。と同時に私は、隣のセモヴェンテのハッチから上半身を出すカルパッチョへ顔を向ける。
「カルパッチョ、お前も予定通りここで指示があるまで待機だ」
「了解です。ドゥーチェはどちらへ向かわれますか?」
――アンツィオの車輌は、大きく四小隊に分けた。
ウーノ、カルパッチョ乗車のセモヴェンテにCV33一輌をつけたフラッグ車チーム。
ドゥーエ、私の乗車するP40に、セモヴェンテとCV33を一輌ずつつけた、奇襲部隊その一。
トレ、パネトーネの乗車するセモヴェンテに、CV33を二輌つけた、奇襲部隊その二。
クアトロ、攪乱役のCV33コンビ。これはペパロニが隊長を務める。
199 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 19:30:13.92 ID:6Fy41Xha0
ペパロニ率いるクアトロチームは大洗の背後――十字路の西側へ向かっている。
が、まだドゥーエとトレのどちらが十字路の北へ、どちらが南へ向かうかは決めていない。
「……過去のループでは、北にティーポ89、南にM3リーがいたはずですが」
「あぁ、そうだったな」
八九式には、散々翻弄させられた。CV33には天敵とも言える相手だ。
できれば早めにP40で潰しておきたいが――。
「しかし、それはフェアじゃない」
私は胸ポケットからコインを取り出した。
「ドゥーチェ?」
「表なら、ドゥーエが北。裏なら、トレが北だ」
200 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 19:32:36.30 ID:6Fy41Xha0
八九式が北にいるから。
そんな理由で決めてしまえば、我々は過去のループを利用したことになる。
……そりゃあ我々は、ループによって試合経験を積んでしまっている。
こんなことをしても本当の意味ではフェアにはならないかもしれない。
けれど、せめてもの、だ。
「よっ」とコイントス。
指で硬貨を弾き、落ちてきたそれを左の手の甲で受け止め、右手でおさえる。
右手を除けて出てきたのは――、
「……裏だ。我々は南、トレが北へ向かう。よろしく頼むぞ、パネトーネっ!」
私が言うと、パネトーネは「任せてほしいっす!」と元気よく返事をした。
201 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 19:36:00.61 ID:6Fy41Xha0
十字路の南を大きく迂回して街道を抜け、木々の間を進んでゆくと、やがて遠目にM3リーの車体が見えた。
砲身は我々の方角とは真逆――街道側へ向けており、どうやらこちらにはまだ気付いていない様子である。
「トレ、クアトロ。こちらは十字路の南へ到着」
「距離五百メートルの位置にM3リー一輌が配置」
「そちらの状況を教えろ」
『こちらクアトロっ! 十字路のずうっと西に到着っ! 距離は2キロってとこすかね』
『とりあえず東に向かって進んでるっすけど、敵影はまだ見えないっす』
『こちらトレっ! 十字路の北に到着したっす!』
『えーっと、あれは……ティーポ89、ティーポ89がいるっす、だぜ』
202 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 19:39:53.81 ID:6Fy41Xha0
なるほど……。となると、ペパロニはほとんど大洗側のスタート地点まで行ってしまったわけか。
素直に考えれば、W号、三突、38(t)の三輌はクアトロの先を進んでいることになる。
というか、よほどの奇策を打ってこない限りそうするだろう。
「よし、それじゃあクアトロはそのまま進め」
「ただし大洗の車輌を見つけたらすぐに隠れろ。決して見つかるなよ」
『了解っす!』
「ドゥーエは、本隊が合流する前に急いでM3リーを仕留める」
『マジっすか! さすがっす、ドゥーチェ!』
203 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 19:42:09.82 ID:6Fy41Xha0
大洗包囲の意味の一つは逃げ場を塞ぐこと、そして一つは有利を取ることである。
ドゥーエチーム三輌に対して、相手はM3リー一輌。
ここで仕留められずして我々に勝機はない。
『うちらはどうするっすか!? だぜ』
――そして、それはトレも同じだ。
トレチーム三輌に対して、相手は八九式一輌。有利はこちらにある。
とはいえ、そのうち二輌はCV33。
加えて、指揮を執るのはまだ経験も浅いパネトーネだ。
出来ないとは思っていない。
が、正直なところ、出来ずとも仕方なしとは思っている。
204 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 19:44:21.58 ID:6Fy41Xha0
「あー、トレも、できればティーポ89を仕留めて欲しいが、決して無理はせず――」
『余裕でできるっすよ!』
パネトーネは、こちらの言葉を遮って返事をした。
『みくびらないで欲しいっす!』
『俺らがこの日のためにどんだけ練習してきたと思ってんすか! だぜ!』
間髪入れず、そこまでパネトーネは言い切る。
その声色に、一切の淀みはない。
……まったく、ドゥーチェ冥利に尽きるというものだ。
205 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 19:46:08.31 ID:6Fy41Xha0
「よおし、よく言った! ならば任せたぞパネトーネっ!」
来年には私が消え、再来年にはカルパッチョとペパロニが消える。
その頃はこいつらの番だ。
まだまだ先の話とはいえ、この調子なら安心して構えていられるかもしれないな。
――て、いやいや、感傷に浸るのは試合が終わってからだ。
まずはこの試合に、勝たないと。
「ではこれより、ドゥーエとトレは、それぞれトルメンタ作戦を決行するっ!」
206 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 19:47:39.68 ID:6Fy41Xha0
私が宣言すると、少々の沈黙の後、
『あー、トルメンタ作戦ってなんだったっすか? だぜ』
とパネトーネの言葉があって、少し肩の力が抜けた。
「作戦ファイルの6ページ目だ!」
『あぁ、そうか。了解っす!』
ともかく気を取り直して。
「お前ら、行くぞ」
「「「Siっ!」」」
207 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 19:50:14.91 ID:6Fy41Xha0
私が合図すると、CV33とセモヴェンテがP40を置き去りにM3リーへと突撃してゆく。
ただし背後からではなく、迂回して街道側からだ。
まずはCV33がその姿を見せ、遅れてセモヴェンテがM3リーの前方へ飛び出す。
「スパーラっ! そしてフォーコだっ!」
閃光のように煌めく機銃、そしてセモヴェンテの砲弾が砲塔をかすめ、M3リーが車体をぐらつかせる。
が、すぐに停車、その砲身を僅かに動かす。
「左っ!」
慌てて指示して、すかさず車体をずらしたセモヴェンテの真横を砲弾が飛んでいった。
208 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 19:51:21.12 ID:6Fy41Xha0
M3リーの乗員は全て一年生。
突然の奇襲には、目論見通り動揺している様子だ。
とはいえ、なかなか車長の肝が座っているらしく、あっという間に体勢を立て直して逃走を図ろうとしているのは、さすが大洗といえるだろう。
しかし、そこで登場するのが我々だ。
「突撃っ!」
用意した作戦の中でも、トルメンタ作戦は極めて単純。
CV33の機動力を利用した、三輌での挟撃作戦だ。
209 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 19:52:50.50 ID:6Fy41Xha0
無線機を通信手へと返し、スコープを覗くと、右に旋回を始めたM3リーの姿が見えた。
両手に包丁を携えた兎のマークがどんどん大きくなり、我々との距離が近付いてきているのがわかる。
ようやくあちらも我々の存在に気付いたのだろう、さらに旋回し、こちらへ砲身を向けようとするが、もう遅い。
轟音と衝撃。
P40の砲身の先がM3リーの砲塔にぶち当たったのだろう。
「フォーコおっ!」
叫び、発射レバーを思い切り引き落とす。
体が後ろへ引きずられ、同時に爆音が響く。
慌ててスコープを覗けば、黒煙のなか、兎の戦車からは白旗が揚がっていた。
210 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 19:54:29.63 ID:6Fy41Xha0
「「「よっしゃああっ!」」」
車内に、歓声が上がった。
ふうっと一息つき、座席にもたれかかる。
なんとか、まずは一輌目だ。
『ドゥーチェっ! こちらトレ! 報告いいすかっ! だぜ!』
パネトーネの声が聞こえて、慌てて通信手席へ手を伸ばし、無線機を受け取る。
「ドゥーエだ! よろしく頼む!」
『トレはトルメンタ作戦を決行っ! ティーポ89の撃破に成功したっす!』
「ぉぉおおおおおっ! よくやったっ!」
211 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 19:56:33.13 ID:6Fy41Xha0
『でもCV33を二輌ともやられたっす。ごめんなさい、だぜ』
「うむ、仕方ないっ! 万全ならなお良かったが、上等だ」
「本当によくやったな、パネトーネっ! トレのみんなもなっ!」
『ふひひ、ありがとっす! みんなにも言っとくぜ! です』
『ドゥーチェっ! こちらクアトロのペパロニっす!』
『大洗のやつらが全速で森の中突っ走って北に向かってるっすよ!』
通信が切り替わり、今度はペパロニからの報告だ。
北というのは……つまり、パネトーネのいる方角か。
さすがに判断が速い。
我々の包囲を見抜き、一輌きりのパネトーネを仕留めて体勢を立て直そうというのだろう。
212 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 20:00:20.45 ID:6Fy41Xha0
「パネトーネっ! ただちに全力で西に逃げろっ!」
『りょ、了解っす!』
「クアトロはそのまま奴らを追えっ!」
「機銃でちょっかいかけまくって、少しでも奴らの速度を遅らせろっ!」
「あ、でも撃破はされるなよ!」
『了解っす! よっしゃあ、いくぜてめえらあっ!』
無線機を通信手へ返し、ペパロニに倣って私も叫ぶ。
「ドゥーエっ! パネトーネを助けるぞっ! 西の崖へ向かって全速前進だあっ!」
213 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 20:05:00.23 ID:6Fy41Xha0
パネトーネから再び通信が入ったのは、西の街道を我々ドゥーエが横切った直後のことだった。
『ドゥーチェ、大洗の連中に見つかったっす!』
「ジグザグに逃げつつ、そのまま北西の崖へ向かえ! 我々がそこで待ち伏せるっ! 追いつかれるなよ!」
『で、できっかなあ、とにかく了解っす! だぜ』
以前のループで大洗に使われた手ではあるが、あの北西の崖は待ち伏せをするのに最適だ。
崖の端までいかなければ下からは見えない上に、高さがあまりないおかげで崖下の戦車を射程範囲に入れられる。
214 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 20:06:32.05 ID:6Fy41Xha0
問題は、我々が待ち伏せに間に合うかという話なのだが――。
「クアトロっ! そちらから見て大洗の様子はどうだっ!」
『いや駄目っすね、さっきから機銃撃ってるんすけど、私たち全然相手にされてないっす』
「奴らの前に出て走行の邪魔をしろっ!」
『お、やっていいんすか、了解っす!』
崖の上までここからはもう1分ほどだ。
パネトーネや大洗より先に到着できなければ、当然、待ち伏せは成功しない。
果たして間に合うだろうか……。
『ドゥーチェ、トレ、北西の崖に到着したっす!』
「て、早いなっ!? お、大洗の連中は付いてきてるか!?」
『すぐそこっす!』
「応戦しろおっ!」
215 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 20:08:34.04 ID:6Fy41Xha0
崖の上まで出るにはパネトーネらのいる逆サイドから上らなければならない。
今は、まだ中腹辺りだ。
「ペパロニっ! 大洗を止めろっ!」
『やってるんすけど、あいつらセモヴェンテばっか狙いやがるんすよ!』
『ああもう、タンケッテ舐めんなよ、おらあぁっ!』
「お、おい、無茶はするなよっ!?」
と、ペパロニを制止したのも束の間、別の通信が割り込む。
『ドゥーチェ、ごめんなさい、パネトーネ車撃破されたっす!』
――遅かったか。
「わかった、よくやったな。誰も怪我はないかっ!?」
『大丈夫っす! ドゥーチェ、健闘を祈るぜ! です!』
216 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 20:10:06.11 ID:6Fy41Xha0
パネトーネとの通信が切れて、ようやく我々は崖上へと上がった。
下を見下ろすと、黒煙を燻らすセモヴェンテと、大洗の車輌が三つ。
そしてその周囲を走り回るCV33が二輌見える。
「うぉおおおお、パネトーネさんの敵っ!」
と、ふいに隣のセモヴェンテが崖に向かって突進を始める。
突然すぎて面食らい、少し思考が停止してしまった。
「うぇええっ!? 何をしているっ!」
「くらえっ! 分度器作戦っ!」
「分度器作戦はそんな作戦じゃないだろっ!? 危ないぞっ!」
217 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 20:11:59.56 ID:6Fy41Xha0
私の制止をまったく意に介さず、セモヴェンテは崖下へと落下してゆく。
おそらくは敵フラッグ車を狙ったのだろうが、崖下から幾分か距離を取っている大洗の戦車へは届かない。
あえなく地面へと激突した。
「おい、大丈夫かっ!?」
『だ、大丈夫っす、けど――』
W号の砲身が、セモヴェンテを狙っている。
慌ててこちらもスコープを覗きW号へ狙いをすませるが、W号はこちらの砲撃を軽々と避け、その後に発射した弾をセモヴェンテへと命中させた。
白旗が揚がる。
218 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 20:14:24.16 ID:6Fy41Xha0
「私も分度器作戦いくっすっ!」
今度は隣のCV33からだ。
「お、おい、やめろと言っているだろうっ!?」
「セモヴェンテは重いから距離が届かなかったんす、CV33なら届くっす!」
そしてCV33が落下。
先程のものとは異なる、ごうん、という鈍い音が響く。
見れば、CV33は敵フラッグ車である38(t)へと突っ込み、その砲身をへし折っていた。
219 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 20:15:52.15 ID:6Fy41Xha0
『ドゥーチェ、こ、これどうなってるっすかっ?』
「し、白旗は揚がっていないな。て、その前に怪我はないか!?」
『あー、それは大丈夫っす。……んあ?』
「あ」
直後、ぱかあんと弾ける音がして、CV33が38(t)の上から吹っ飛んだ。
三突がCV33を撃ったのだ。
220 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 20:17:34.18 ID:6Fy41Xha0
崖下には、W号、三突、砲身の折れた38(t)、それにCV33が二輌。
奴らを撃破できる車輌は、崖上のP40のみ。
――さすがに分が悪いなっ!
「クアトロっ! 一時撤退するぞ! 全速で逃げろっ!」
『了解っす、ドゥーチェ!』
などと言っている間に、W号と38(t)が崖上へ回り込もうと旋回して前進を始めている。
「急げ急げっ! 我々も逃げるぞっ!」
慌てて指示すると、車内からは「Siっ!」と一斉に返事があった。
221 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 20:21:32.11 ID:6Fy41Xha0
大洗残存車輌。
W号戦車、一輌。三号突撃砲、一輌。38(t)、一輌。
合計三輌。
アンツィオ残存車輌。
P40、一輌。セモヴェンテ、一輌。CV33、三輌。
合計五輌。
数的にはまだこちらが優位にあるが、そのうち三輌はCV33だ。
こちらの戦車で敵車輌を撃破できるのは、私のP40とカルパッチョのセモヴェンテのみ。
さらに言えば、奇襲部隊としていたトレとドゥーエのうち残存するのがP40のみというのもなかなか辛いところだ。
222 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 20:23:11.46 ID:6Fy41Xha0
――とはいえ、これはフラッグ戦。
とにかく相手フラッグ車を撃破さえすればこちらの勝利となる。
犠牲は大きかったが、38(t)の砲身が折れたのはラッキーだった。
相手は丸腰なのだから、一対一の状況さえ作ることができれば負けはない。
無茶ではあったが、みんなよくやってくれた。
問題は、三突とW号の二輌だ。
三突だけなら何とかなるだろうが、あの技量のW号も加わるとなれば、P40一輌で突っ込んでも負けは見えている。
どうにかあいつらを38(t)から引き剥がさなければならない。
223 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 20:24:48.96 ID:6Fy41Xha0
「クアトロ。ドゥーエだ。状況を報告しろ」
『変わらずっす。大洗の連中見つかんないっすねー』
「了解。今はどの辺りにいる?」
『十字路を北東に進んだ辺りっすね。また進展あったら報告するっす』
「ああ、頼んだぞ」
クアトロには大洗の捜索を命じている。
さすがの大洗もCV33の速度には敵わず、北西の崖での交戦後、あっという間にクアトロは大洗を撒くことができた。
けれど今度は、こちらが大洗の車輌を見失ったのだ。
いやに諦めが早かったのが気になるが、いまあちらは何を考えているのか……。
224 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 20:26:29.08 ID:6Fy41Xha0
『ドゥーチェっ! ドゥーチェっ!』
「どうしたペパロニっ! 進展早いなっ!?」
『大洗の車輌見つけたっす!』
『でもおかしいんすよ! 二輌しかいないんすっ! 三突がいないっす!』
三突がいない……?
――あぁ、なるほど、二手に分かれてこちらのフラッグ車を探しているのか。
しかしそれなら好都合だ。
W号だけが相手なら、こちらの勝ちの目もあろう。
225 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 20:28:42.86 ID:6Fy41Xha0
「ペパロニっ! 場所を教えろっ!」
『あっ! すみません、ドゥーチェ! こっちのCV33が一輌やられたっす!』
『こいつよくもぉおっ!』
「熱くなるなペパロニっ! いいから場所を教えろ! 助けに行くっ!」
『北の街道をちょっと西に行ったところっす! ドゥーチェのいる場所からも近いんじゃないすかっ!?』
「よしわかった! すぐに行く! お前らは逃げろっ!」
『ぅううう、悔しいけど了解っす!』
226 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 20:30:46.96 ID:6Fy41Xha0
ペパロニとの通信を切ると、P40を旋回させ、進路を変更する。
もっと遠くまで移動していると思っていたが、フラッグ車の捜索は三突任せということか?
『こちらウーノっ! こちらウーノっ!』
……今度はカルパッチョかっ!
「どうしたっ!? 何かあったのか!」
『すみません、ドゥーチェ。三突と接触して、CV33が撃破されました』
「なにぃっ!? 場所はどこだっ!」
『最初の位置から移動していません。十字路の東です』
227 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 20:32:59.78 ID:6Fy41Xha0
「わかった! それじゃあ、ともかく南西へ逃げろっ! こちらと合流するぞっ!」
『いえ、逃げれば向こうも他の車輌と合流します』
『三突は街道の東から現れました。わざわざ回り込んできたんです』
『となれば、敵の狙いは、挟撃』
『カルパッチョの言う通りっす! W号と38(t)は東に向かってるっすよっ!』
「……カルパッチョ、どうするつもりだ?」
『W号が合流する前に、三突を仕留めます』
カルパッチョの声色は、熱く燃えるように滾っていた。
228 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 20:35:07.90 ID:6Fy41Xha0
W号をこちらが仕留めてしまえば大洗の合流はない。
だから戦術上は逃走を指示することもできる。
しかしその声を聞いて、私にカルパッチョの決意を止める理由は思いつかなかった。
「任せたぞ。カルパッチョ」
『勝ちます』
その一言を残して、カルパッチョとの通信は切れる。
「一同、全速前進っ!」
こうなれば、我々は何としてもここで38(t)を仕留めねばならない。
ましてやW号をフラッグ車であるカルパッチョの元へ行かせるなんて、ありえない。
229 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 20:37:15.41 ID:6Fy41Xha0
「ペパロニ、W号を足止めしろ! 撃破されても構わんっ!」
『了解っす!』
「ジェラート! 敵と接触したらすぐ戦闘だ、砲弾を準備しておけっ!」
ジェラートが「Si!」と返事をしたのも束の間、森から街道へと抜けた場所にW号と38(t)の姿が見えた。
向こうも我々に気付いたのか、38(t)を前に行かせ、W号が後ろへと下がる。
しかし、W号が砲身を我々に向けるよりも、我々が連中を射程範囲に入れる方が先だ。
230 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 20:38:36.27 ID:6Fy41Xha0
「ここで決めるぞっ! 突撃っ!」
スコープを覗き、みるみる近づく亀のマークを捉える。
「フォーコおっ!」
叫び、発射レバーを倒す。
――が、砲弾は急発進して盾になったW号の砲塔に当たり、弾道を変えてあらぬ方向へと飛んでいってしまった。
W号がびくともしていないのは、装甲を抜かれないよう着弾位置を調整したのだろう。
連中は化け物かっ!
231 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 20:39:53.89 ID:6Fy41Xha0
「あ、ま、まずいっ!」
W号の砲身が、こちらを捉えている。
この距離からなら、一発で装甲を抜かれる。
指示を出す間もない。砲身が僅かに首を上げ――、
「フォーコだおらぁああああああああっ!」
高台から飛び出してきたCV33が、W号の砲身へと横から突撃をかました。
弾道のずれた砲弾は我々には当たらず、背後でどおんと轟音が鳴る。
232 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 20:41:49.85 ID:6Fy41Xha0
『姐さんっ! フラッグ車をっ!』
突撃をくらったものの、W号の砲身は無事で、砲塔を回転させて再びこちらへ狙いをすまそうとしている。
38(t)はW号の背後――街道の先へと遠ざかってゆくところだ。
「W号は無視だ行くぞっ!」
そうは言ったものの、W号が簡単に我々を逃がしてくれるはずがない。
しかし我々には頼れる仲間がいた。
『くらえぇっ!』
CV33がW号の履帯に突撃し、旋回を遅らせる。
我々はその隙にW号の隣を通り過ぎ、街道を逃げる38(t)を目標に捉えた。
とはいえ、38(t)とP40では速度はそう変わらない。我々の方が少し遅いくらいだ。
おそらく追いつけはしない。
233 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 20:44:01.88 ID:6Fy41Xha0
『ドゥーチェ、ペパロニ車やられたっす! あと任せたっす!』
「おうっ! このドゥーチェに任せておけっ!」
このまま街道を走り続ければ、いずれフィールドの端に辿り着く。
そうなれば38(t)を追い詰められるだろうが、向こうもそんなことは百も承知だ。
そうなる前に森へと逃げ込むだろう。
姿を見失い、また仕切り直しにされてしまう。
カルパッチョだってまだ撃破はされていないようだが、ここからどうなるかはわからない。時間はない。
234 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 20:47:02.13 ID:6Fy41Xha0
『ドゥーチェ、大丈夫です。そのままフラッグ車を追ってください』
「カルパッチョかっ!? 三突はどうしたっ!」
『宣言した通りです』
――街道の先から、黄色の旗を掲げたセモヴェンテが現れる。
「あははっ!」
なるほど、三突はすでに撃破してきたのかっ!
『挟撃しましょうっ!』
「よおしっ! いくぞっ!」
235 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 20:48:47.44 ID:6Fy41Xha0
前方から現れたセモヴェンテを回避しようと、38(t)が西の森へ進路を変えようとする。
が、その先へセモヴェンテの発射した砲弾が当たる。
38(t)が急停車。
さあ、亀のマークをスコープの中心に。
これで終わりだ。
「フォーコっ!」
言って、発射レバーを下ろす。
砲弾が発射され、38(t)の側面へと着弾する。
「ぅおおっ!?」
直後、衝撃が走り、車内がぐらりと大きく揺れた。
ハッチから顔を出すと、P40の車体からは白旗が揚がっている。
振り返るとW号がそこに佇んでおり、どうやら我々は彼女らに撃破されたらしかった。
236 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 20:50:23.13 ID:6Fy41Xha0
――しかし。
しかし、白旗が揚がっているのは、P40だけではなかった。
我々の砲弾が命中した38(t)からも、白旗が揚がっているのが見える。
残存車輌は、大洗がW号戦車一輌、アンツィオがセモヴェンテ一輌。
我々のフラッグ車は、セモヴェンテだ。
『フラッグ車、38(t)、走行不能!』
つまり――、
『アンツィオ、勝利っ!』
審判長の声が響き、我々は歓声を上げた。
237 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 20:53:37.58 ID:6Fy41Xha0
残ったP40とセモヴェンテに乗り込み、大会指定の待機場所まで戻ると、目尻に涙を溜めたパネトーネらに迎えられた。
「ドゥーチェ最高っす! 姐さん方、マジ最高っすっ!」
「はっはっはーっ! そうだろうそうだろう!」
「いや、というかお前らもだぞ? 今日勝てたのはみんなのおかげだ」
「さすがアンツィオは強いっ!」
私が言うと、「ドゥーチェえぇっ!」と一際大きな声でパネトーネが叫び、たちまちドゥーチェコールが巻き起こった。
私も笑顔でその声に応えた。
「さて、いいかお前ら、これで終わりじゃないぞ? アンツィオの流儀というものを見せてやろう」
私の言葉に、ペパロニが顔を輝かせて「よっしゃー、いくぞてめえらあっ!」と叫ぶ。
みんなは「ぅおーっ!」「いくぜーっ!」と思い思いに返事をすると、一斉に散って各車両の運転席へと座った。
238 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 20:55:38.84 ID:6Fy41Xha0
少し距離を空けた大洗側の待機場所まで辿り着くと、大洗の連中は大泣きをしている生徒会の河島を宥めているところだった。
ループを繰り返す前の私なら「クールな彼女が珍しい」と違和感を抱くかもしれないが、今ならすんなり受け入れられる。
大洗の面々で、一際、感情の強い子だもんな。
停車したフィアットから下りると、こちらに気付いた西住がたたたと駆け寄ってきた。
私の顔を正面から捉えて、元気に口を開く。
「今日は、ありがとうございましたっ!」
頭を下げる西住に私も言葉を返した。
「こちらこそありがとう西住! いやあ、強いな大洗はっ! まったく、いい勝負だった!」
239 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 20:59:00.57 ID:6Fy41Xha0
「アンツィオこそ、デコイを利用した電撃作戦、さすがでした」
「そうかそうかっ! ありがとうっ!」
「本当に強かったですっ! 次は私たちが勝ちますっ!」
「次なんてあるかあっ!」
我々の会話に割り込み、西住の後方から河嶋が叫ぶ。
「どういう意味だ?」
私が訊くと西住は「あはは」と苦笑するのみ。
よくわからないが、まぁ話したくないのなら詮索はしまい。
240 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 21:00:18.73 ID:6Fy41Xha0
閑話休題。
「ところで西住。アンツィオの戦車道をまだまだ喰らいたくはないか?」
頭の上に疑問符を浮かべる西住に、私は口角を上げる。
「お前らあっ! 宴会を始めるぞおっ!」
宴会の準備はものの数分で終わった。
大洗の一年生が料理へ駆け寄り、それを我々アンツィオの面々が迎える。
少し遅れて大洗の他の生徒も料理へ手を伸ばし、やがてアンツィオのみんなと共に笑い合う。
その光景は試合の遺恨などまったくない様子で、内心、私は胸を撫で下ろした。
241 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 21:02:18.35 ID:6Fy41Xha0
私もパスタ皿を手に西住らあんこうチームの面々と試合の感想を語り合っていると、私が一人になったタイミングで、大洗の角谷会長がそそと寄ってきた。
「やー、チョビ。今日はありがとね」
「チョビと呼ぶな、アンチョビっ! ドゥーチェ、アンチョビだ!」
「いやこちらこそありがとう! 楽しかったっ!」
角谷が私の言葉に笑い、直後、さっと表情を変える。
「さっきの、河嶋の言ったことなんだけどね。あれ、ホントなんだよね」
242 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 21:03:23.76 ID:6Fy41Xha0
「次がない、てやつか?」
私の言葉に角谷が頷く。
「今年一杯で、大洗は廃校になるんだ」
――それは、つまり、
「我々が勝ったからか? もしかして、この大会に勝ち続けることが、廃校取りやめの条件だったのか?」
再び角谷が頷く。
243 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 21:05:21.16 ID:6Fy41Xha0
「でもまー、チョビ子は気にしなくて大丈夫だよ」
「たまたま大洗にそういう事情があっただけだし、まだ廃校と決まったわけじゃないしね」
「来年まで、精々あがいてみるよ」
「角谷……」
「あ、他のみんなには伝えないでね」
「ウチも知ってるのはまだ生徒会の人間だけだから」
「アンツィオのみんなに伝えたら萎縮しちゃってノリと勢い落ちちゃうだろうしね」
「――角谷、心配しなくても大丈夫だぞ」
「うん?」
不思議そうに眉を上げる角谷に、私は言った。
「次は、ある」
244 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 21:08:47.36 ID:6Fy41Xha0
休憩します。再開は21時30分すぎだと思います。
あと少しで終わります。
途中まで河嶋間違いを犯していてすみませんでした。
245 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/07/15(月) 21:16:22.37 ID:2EVSDlqfo
wktk
246 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 21:35:20.85 ID:6Fy41Xha0
再開します。
247 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 21:38:00.92 ID:6Fy41Xha0
14回目の6月26日の朝。
私はカルパッチョとペパロニを戦車道準備室へと集めた。
「ループを脱出するぞ」
「了解です」
「え? いいんすか?」
カルパッチョとペパロニの返事は相反したものだった。
おそらくペパロニはこう言いたいのだろう。
勝ち続けなくて、いいんすか?
私は答えた。
「いいんだ。もう、アンツィオの強さは証明できた」
「やり残したことは何もない」
「ペパロニ、お前はあるのか?」
248 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 21:39:19.55 ID:6Fy41Xha0
ペパロニはしばし思案する素振りを見せたが、最後には「そう言われてみると、ないっすね」と答えた。
上手く言語化できないだけで、ペパロニもわかっているのだろう。
「我々は勝ち続ける必要などないんだ」
「アンツィオの戦車道はプラウダのそれとは違う。我々には、我々の矜恃がある」
「これ以上続けても、きっと楽しくはないだろうしな」
二人が頷いたのを見届けて、私は言葉を続けた。
「それではこれより、アリーヴェデルチ作戦を決行する!」
「了解っす!」「了解です」
すでに二度も第2ステージの突破に成功しているのだ。
我々の役割は問題なく果たすことができるだろう。
249 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 21:41:20.05 ID:6Fy41Xha0
三人での打ち合わせが終わると、アンツィオのみんなを集め、マカロニ作戦の詳細を説明。
試合当日までは、大洗包囲のため主に機動力の底上げ練習を行った。
我々はループを脱出する。
つまり我々のこの日々が、十年先、二十年先まで続いていくということだ。
私はループの最中で多くを知った。
いつまでも、私はアンツィオのドゥーチェではいられない。
ドゥーチェを引き継がなければならない。
だから私は、私がいられるうちに、伝えられる限りのことをアンツィオのみんなに伝えるんだ。
部隊の統率、P40の操縦、練習メニューの考案、戦術の組み立て方から屋台の切り盛りまで。
余った時間を少しずつ利用して、カルパッチョやペパロニ、一年生たちへと伝えていく。
250 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 21:42:37.34 ID:6Fy41Xha0
迎えた試合当日、私はペパロニへ言った。
「ペパロニ。今回はデコイを全部置くんだぞ?」
「わかってるっすよ。はー、負けるために試合すんのってあんま気合い入んないっすねー」
「なにか勘違いしているようだが、デコイを全部置きさえすれば、全力で戦ってもいいんだぞ」
「え、マジっすか?」
「ああ。でないと、みんな学ぶものがないだろう」
「もしそれでループが続いてしまっても、構わないさ」
「ケイにも話を伝えて、許可はもらってるしな」
「よっしゃあっ! やってやるっす!」
251 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 21:43:53.70 ID:6Fy41Xha0
「まあ、しかし勝てるかどうかは別問題だけどな」
「まったく、ペパロニがデコイを置きすぎさえしなければなあ」
私がからかうように言うと、ペパロニがぼやいた。
「……それは、そうしないとループ脱出できないからじゃないっすか」
「だが、それが正史らしいぞ。お前もループを体感していなければ、きっと毎回デコイを全部置いてるだろ?」
にやにやと指揮棒を突きつけてやると、ペパロニは「うっ」と言葉を詰まらせた。
図星なのだろう。
いつかのループでペパロニがきちんと予備のデコイを配置せずに残しておいたのは、きっとペパロニもループの只中にいたからだ。
252 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 21:45:49.69 ID:6Fy41Xha0
「アーヴァンティっ!」
試合は、予定通りに終了した。
ペパロニが11枚全てのデコイを置き、大洗に作戦がばれ、CV33が八九式になぎ払われ。
追い詰められた私のP40が最後に討ち取られて、アンツィオは大洗に敗北した。
ケイの言った通り、自然にやれば、意外と正史を辿ることができるらしい。
試合後の宴会では、安堵の表情を浮かべた河嶋が印象的で、角谷に「次はあるって言っただろー?」と声をかけると、心底怪訝そうな顔をされた。
「つ、次というのは準決勝のことだっ!」
「絶対勝つんだぞっ! 準備は入念になっ! 諦めず最後まで気を抜くなよっ!」
「うん、ありがとね。頑張るよ」
253 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 21:48:13.85 ID:6Fy41Xha0
屋台を切り盛りして、バイトして、戦車道の練習をして、みんなで海に遊びに行って。
夏休みはあっという間に消化されてゆき、中頃になるとプラウダと大洗の試合が行われた。
油断はあったかもしれないが、決してプラウダが手を抜いたわけではないだろう。
私は、大洗の二度の敗北をこの目で見ている。
だからきっと、今回は大洗が当たりくじを引いただけ。
もしくは、大洗の作戦が功を奏しただけ。
それでも試合の勝者は、大洗だった。
画面越しに悔し涙を流すカチューシャを見て、私は再び彼女の覚悟を思い知った。
254 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 21:50:36.31 ID:6Fy41Xha0
そうして未知の夏休み後半へと突入しても、我々の日常にあまり変化はなかった。
屋台を切り盛りして、バイトして、戦車道の練習をして、あとはみんなで花火をして。
何をしていても、私は毎日が楽しかった。
大洗と黒森峰との決勝戦は、盆の始まり、8月15日の土曜日に行われた。
今回は現地に大洗の応援へ行こうということで、みんなでフィアットに乗り込んで会場へと向かった。
255 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 21:53:19.79 ID:6Fy41Xha0
着いたのは前日の深夜となった。
カルパッチョに「まだ早すぎませんか?」と訊かれたので、私は「物事を進めるには慎重なくらいがちょうど良いんだ!」と答える。
まだ時間もあったのでとりあえずわいわいと宴会を始めると、いつの間にか眠りこけていたようだ。
起きたら空がオレンジ色に染まりカラスがかあかあと鳴いていた。
「しまったっ! 寝過ごした!」
案の定というべきか、決勝戦はすでに終わっていた。
急いで閉会式会場へと戻ると、表彰台の上に大洗の生徒が並ぶなか、西住が優勝旗を手にして笑っていた。
256 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 21:55:46.40 ID:6Fy41Xha0
「勝ったのか……大洗」
「よかったっすね」
「ええ、本当に」
アンツィオのみんなで、表彰台の功労者たちへ精一杯の拍手を送る。
試合は寝過ごしてしまったが、この瞬間に立ち会えたのはせめてもの救いだ。
応援はできずとも、我々には大洗を慰労することができるんだ。
257 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 21:57:36.89 ID:6Fy41Xha0
と、ふいに観覧席の隅にサンダースの連中を見つけた。
ケイも椅子に座って「コングラッチュレーション」と大洗へ拍手を送っている。
「宴会するぞ。準備しておけ」
アンツィオのみんなにそう言い置くと、私はケイの元へと駆け寄った。
「いやあ、やったな、ケイ」
「あらアンチョビ。ホント、まさか黒森峰を倒すなんて。またサンダースとも戦ってもらいたいわ」
「ああ、それはアンツィオもだ。今度は正史で勝利をおさめたいからな」
ケイが「うん?」と首を傾げる。
その反応に少し違和感を覚えたが、さておき私は言葉を続ける。
258 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 21:59:00.69 ID:6Fy41Xha0
「まあともかく、これで一件落着だな」
「お前の予想通りなら、大洗の優勝で我々もループを脱出できるんだろ?」
ケイは反対側に首を傾げて答えた。
「正史? ループ? なんの話?」
――――。
「い、いやいや、だから、我々がこの大会をループしてた話だ」
「いや正確にはループしてるのは世界そのものだったか?」
「ともかく、そういう話をしただろ?」
「お前は第1ステージ、我々が第2ステージを担当していた」
「ホワット? してないと思うけど?」
259 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 22:00:18.72 ID:6Fy41Xha0
「……えーっと」
まさか、まさかとは思うが。
「ケイ、一回戦の大洗との試合、どんな試合だった?」
「あー、身内の恥はなんとやらって奴なんだけど、この子がちょっとやらかしてね〜」
隣に座るそばかすの子を、ケイが流し目で見つめる。
彼女は居心地悪そうにずずっとジュースを啜った。
「我々と大洗の、二回戦の試合は見ていたか?」
「配置するデコイの数を9枚に止めていれば勝機はあったかもね」
「惜しかったわ、アンチョビ。ナイスファイトっ!」
「……そうか、ありがとう。変なことを訊いてすまなかった」
260 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 22:01:37.86 ID:6Fy41Xha0
――この様子は、おそらく間違いないだろう。
またね〜、と手を振るケイを背に、アンツィオのみんなの元へと戻る。
焦燥感に駆られながらも、その中からカルパッチョとペパロニの姿を見つけると、私は口早に話しかけた。
「カルパッチョ、ペパロニ、おかしいぞ、ケイの記憶がなくなっている」
「は? 記憶? なんすか?」
「……記憶というのは、ループの記憶ですか?」
「ああ、そうだ。私たちの学園艦でループの説明をしたことも、何度も一回戦を繰り返したことも、何も覚えていない」
261 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 22:03:15.59 ID:6Fy41Xha0
ペパロニは何のことやらわからないという様子で片眉をあげる。
こいつはケイが現れた時にいなかったのだから無理もない。
カルパッチョを見ると、彼女の方は顎に手をやり、真剣な表情で思案に耽っていた。
しばしの沈黙を挟み、
「――ループが終わったから、かもしれませんね」
やがてカルパッチョはそう呟く。
「説明になってねえぞ」
「我々が記憶をなくしたことと、ループが終わったことと、何の関係があるんだ」
262 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 22:05:18.91 ID:6Fy41Xha0
私とペパロニが突っ込みを入れると、こほんと一息ついてカルパッチョがまくしたてる。
「ループ脱出の条件は、正史を辿ることですよね」
「私たちは、そのためにループを体験させられてきました」
「けれど、ようやく目的を果たせた。正史を辿れた」
「そうなると我々の記憶は、正史の中にあっては不自然なものになります」
「これから先、再び正しい歴史を歩んでいく上で、余計な記憶は邪魔なんです」
正史の中の邪魔者。
それは我々の記憶であり、ループそのもの。
「なるほど……ループ現象自体をなかったことにしようというのか」
「おそらくそういうことかと思います」
ああまったく、神様がいるとしたら随分と勝手なものだな。
263 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 22:06:41.53 ID:6Fy41Xha0
「私たちの記憶が消えていないのは?」
「おそらく個人差があるんだと思います。私たちの記憶が消えるのも、時間の問題でしょう」
つまらそうにずっと口を閉じていたペパロニが、そこでようやく目を大きくした。
「え、マジっすか? いまいちよくわかってないんすけど、わたしたちの記憶、消えるんすか?」
「ループに関する記憶だけな」
「はー、マジっすかー。それ、いつっすか?」
「今日か、明日か、はたまた1分後のことなのか――」
「わかりませんね」
カルパッチョはぴしゃりと答えた。
264 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 22:08:10.81 ID:6Fy41Xha0
――記憶が、消える。
孤独に大洗との試合を繰り返した記憶。
カルパッチョに救われ、共に戦った記憶。
ケイやカチューシャに目覚めさせられた記憶。
ペパロニに勇気づけられた記憶。
アンツィオのみんなで、大洗に勝利した記憶。
そういうのが全部、消えてなくなってしまう。
265 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 22:09:35.86 ID:6Fy41Xha0
――――。
――――。
――――。
しばらく物思いに耽り、やがて、ふうーと、口から長く息が漏れた。
そのため息を合図に感情が澄んでいくのを感じる。
私の記憶が、些細なものとは思わない。
けれど、もっと大事なものを私はすでに手にしている。
そちらはきっと、失われない。
266 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 22:10:59.55 ID:6Fy41Xha0
カルパッチョとペパロニへ向かって、まるで独り言のように、私はぽつぽつと言葉を吐き出した。
「まあ、仕方のないことだな」
「そもそもループ現象の方が異常だったんだ。癪ではあるが、これで普通の生活には戻れる」
「癪ってレベルじゃないっすよ。マジむかつくっす」
確かにペパロニの性格では、簡単に納得はできないだろう。
「でも、むかついたところでどうすることもできないだろ?」
「ぅうううう……そうかもしんないっすけどお」
267 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 22:12:45.16 ID:6Fy41Xha0
苦い顔を浮かべるペパロニの隣で、カルパッチョが「あのー」と手を挙げる。
「ループの間にあったことをメモに残しておくことはできると思いますが」
「おおっ! それだあ!」
「いや、いいさ。神様だか世界だかわからないが、そのメモも連中に消されてしまうかもしれないだろ?」
「あぁー……なるほどっす」
「うーん、どうでしょう。そこまで干渉できるかは、正直わかりませんし、やってみる価値はあると思いますけど」
268 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 22:14:27.99 ID:6Fy41Xha0
戸惑うように言うカルパッチョに、私は笑う。
「ホントに、いいんだ。今度のは本心だぞ」
「まあ、お前らがやりたいなら、好きにすれば良い。私は止めはしないから」
私が言うと、ペパロニが「よっしゃあやってやるぜ!」と雄叫びを上げる。
「……ドゥーチェ、どうして割り切れるんですか」
「ペパロニもそうですし、私だって、そんな、今までのことを全部忘れるなんて――」
「そりゃあ私たちが、アンツィオの強さを証明できたからだ」
269 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 22:16:49.91 ID:6Fy41Xha0
「この世界の正史を誰が決めているのかはわからないが、少なくとも連中は、アンツィオは二回戦で負けるものと思っているらしい」
「だからたぶん、今回の大会で我々は負けざるをえなかったんだ。そう決めつけられていたからな」
だが、しかし。
「しかし我々は勝利したっ! 奴らは、我々の強さを思い知った!」
「それでなんの心残りがあるっ!」
「我々の記憶が消えようともその事実は変わらないっ!」
「たった一度きりの勝利でも、我々の勲章は、永遠に、未来永劫どこまでも残り続けるのだっ!」
「「ドゥーチェ……」」
270 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 22:18:34.66 ID:6Fy41Xha0
「それに、それにな」
「あの勝利だけじゃない。正しい歴史でなくとも、ループの中で起こったことは全部、どこかで起こりえたことなんだ」
「我々はそれらを全て、この身で体験してきた」
「脳みそだけじゃなくて、魂で知っている。だから――」
人差し指で側頭部を示す。
「ここから消されてしまっても」
そして親指で、左胸を示す。
「ここにはきっと残っている」
私が言うと、しんと二人は静まりかえった。
気恥ずかしくなり、「ちょ、ちょっとくさかったか」と口にすると、少し間を置いてペパロニが呟いた。
「いや姐さん格好良いっす。わたしもそれでいくっす」
ペパロニの言葉に続き、隣のカルパッチョが頷くのが見えた。
271 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 22:20:19.91 ID:6Fy41Xha0
そして聖グロリアーナとの試合当日を迎えた。
やれることは全てやった。
聖グロリアーナの車輌や戦術を分析し、対策を練り、こちらの戦術を組み立てた。
諸処の作戦も無数に考案し、その中から有効なものを選び取り訓練を重ねた。
みんなのノリと勢いだって頂点に達している。
聖グロリアーナは強い。全国大会で準優勝をおさめたこともあるくらいだ。
けれどだからといって勝てない相手ではない。
272 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 22:21:19.62 ID:6Fy41Xha0
「カルパッチョ、フラッグ車を頼むぞ」
「はい、了解です、ドゥーチェ」
「ペパロニ、熱くなりすぎるな。あとは好きにやっていいぞ」
「任せてください、姐さんっ!」
「パネトーネ、気楽にやれ。期待してるぞ」
「了解っす、だぜっ!」
273 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 22:23:19.14 ID:6Fy41Xha0
冬季無限軌道杯。
一回戦のポンプルとの試合はなんとか勝利をおさめることが出来た。
カルパッチョの乗車するセモヴェンテをフラッグ車としたのが功を奏したのか。
新たに考案した雲形定規作戦やトルメンタ作戦を効果的に利用できたからか。
もしくは、パネトーネを小隊長に据えたのが良かったのか。
おそらくどれか一つでなく、全てが噛み合って勝因となったのだろう。
勝負には時の運もある。
練度や性能差、その日のコンディションだって影響する。
試合が始まってみるまで、どう転ぶかはわからない。
けれど一つ、確かなことがある。
「アンツィオは、強い」
私はそのことを知っている。
この身で知っている。魂で知っている。
274 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 22:25:11.41 ID:6Fy41Xha0
夏の大会では、惜しくも二回戦で大洗に敗退してしまった。
あれは良い試合だった。
あんなに楽しい試合は、後にも先にもない。
気持ちの良い相手だった。
今回の大会、トーナメント表を見る限り、大洗と当たるとすれば、決勝戦でのこととなる。
アンツィオの目標は二回戦突破ではない、優勝だ。
だから必然的に、アンツィオは決勝まで駒を進める。
そこで大洗を倒して、この大会に優勝するんだ。
275 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 22:27:26.79 ID:6Fy41Xha0
……ああ。
わくわくと、胸が躍る。
P40のハッチから上半身を出し、エンジンの振動に揺られ、吹いては凪ぐ風を感じて、頭の中には作戦を張り巡らす。
体中に巡った熱は冬の寒さを忘れさせ、そのまま昂揚感に脳をやられてしまわないよう自制する。
横を見ればセモヴェンテ、反対側にはCV33。
ここからは見えないけれど、きっとフィールドの遠く向こうにはチャーチルやマチルダが並んでいることだろう。
ひゅううと高音が聞こえて、白煙が空に上がった。
天高く弾ける白煙は、試合開始を告げる合図だ。
「いくぞ、お前らっ!」
ああ、なんて贅沢なんだ。
私はいま、戦車道の只中にいる。
「アーヴァンティっ!」
前方へ叫ぶと、みんなの雄叫びが私の耳に届いた。
276 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 22:28:27.39 ID:6Fy41Xha0
終わり。
277 :
◆JeBzCbkT3k
[saga]:2019/07/15(月) 22:31:40.72 ID:6Fy41Xha0
なんとか三連休で終えられました。
読んでくれた方、いましたら、長い物語にお付き合いいただきありがとうございました。
278 :
◆JeBzCbkT3k
[sage saga]:2019/07/15(月) 22:34:19.18 ID:6Fy41Xha0
しばらくしたらHTML化依頼出しておきます。
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