アンチョビ「一万回目の二回戦」

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138 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 22:51:21.60 ID:8naFKaaW0

 プラウダの学園艦は始めてで、街を歩くと遠目に雪原が見えた。
 驚いて道行く生徒に訊いてみると、人工でなく天然物だそうだ。
 あの雪原を保つために学園艦の進路の調整でもしているのだろうか。そういう酔狂は嫌いじゃない。

 しばらく街を散策した後にカチューシャを訪問。
 しかし、現れたのは本人でなく副隊長のノンナだった。

「カチューシャ様はお眠りになられています。またの機会を」

「起こせっ!」
139 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 22:53:19.60 ID:8naFKaaW0

 カチューシャの部屋へは15分ほど待った頃に通された。
 つい先程まで眠っていたことなど一切感じさせない様子で、カチューシャは「待たせたわね!」と宣った。
 私とカルパッチョは顔を見合わせてため息をついた。

 さて、と説明を始めようとしたものの、いつまで経ってもノンナが退席しない。
 怪訝に思い確認を取ると、彼女もまた、カチューシャと一緒にループを経験しているとのことだった。

 私とカルパッチョ。
 カチューシャとノンナ。
 各プレーヤーはコンビが基本なのだろうか。
 だとすると、第1ステージのケイは極めて特別な存在だったのだろう。
140 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 22:54:15.74 ID:8naFKaaW0

 私とカルパッチョは、改めて説明を始めた。

 カチューシャは悪態をつくものとばかり想像していたが、思いのほか、説明を聞いているあいだは素直だった。
 うんうんと頷きながら、RF-8の中で行儀良く体育座りをしていた。

「つまり、このループを脱出するためには、まずは大洗に負けなければならないということだな」

 そう話を締めると、カチューシャは言った。

「それでも勝つのはカチューシャよっ!」
141 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 22:56:00.12 ID:8naFKaaW0

 …………。

「えぇ……?」「……はい?」

 カルパッチョと二人して、喉の奥から疑問の声が湧き出る。

「聞こえなかった? 勝つのはカチューシャだって言ったのよ」

「聞こえなかったかと確認したいのはこちらの方だっ!」
「もしかして話が通じていなかったのか?」
「勝てばループが続くんだ。全員ループから脱出できないんだぞ?」

「失礼ねっ! 通じてるに決まってるでしょっ!」
「何回やったところで勝つのはカチューシャだし、あなた達には悪いけどループ脱出はできないわ。ね、ノンナ?」

 カチューシャが目をやると、ノンナは「はい」と頷いた。
142 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 22:58:57.80 ID:8naFKaaW0

「ず、ずっとこのループの中にいるつもりかっ!? 本当にそれで良いのかっ!?」

「仕方ないじゃない、プラウダの雪が永遠に溶けないのと一緒で、カチューシャの勝利はもう決まったことなんだから」

「い、嫌じゃないのかっ!? 終わりはやってこないんだぞっ!? 永遠だぞっ!?」

 ループが辛くないと言ったケイだって、脱出へ向けて動いていた。
 あいつだって永遠に彷徨い続けるのは嫌なんだ。

 それをカチューシャは、受け入れると言ってる。
143 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 23:01:05.12 ID:8naFKaaW0

「嫌とか嫌じゃないとかの話じゃないわ」
「……運命が何と言おうと、カチューシャは勝たなきゃいけないの」
「たとえ一万回繰り返したとしても、勝つのはカチューシャなのよ」

 そう言ったカチューシャの瞳は強く透き通っていて、嘘偽りない本心なのが伝わった。
 茶化す気はまったく起こらない。

 その覚悟も、なんとなく理解ができた。

「でも、だからって――」

 言いかけた私を、カチューシャが「はん」と鼻で笑う。

「ま、あなた達みたいな弱小校には、強者の胸の内なんて想像がつかないだろうけどね」
144 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 23:03:02.93 ID:8naFKaaW0

 あんまりな言いぐさに、頭へかっと血が上った。

「い、言わせておけばお前ぇえっ! アンツィオは弱くなんかないっ! いや強いんだぞっ!?」

「弱くない高校が、大洗に負けるわけないでしょ?」

 私は「ぐ……っ」と声を詰まらせてしまった。

 カチューシャの、言う通りだ。

 すでに私は大洗との試合を12回も繰り返している。
 それで大洗に一度も勝利できていないアンツィオは、はたして弱くないと言えるのだろうか。

 ふいに頭をよぎった考えは、私の脳裏に染みついたようで、すぐに消えてはくれなかった。
145 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 23:04:28.19 ID:8naFKaaW0

「なんなら練習試合で証明してあげても良いけど、あいにく大洗との試合までのあいだに差し込む余裕はないわね」

 そこまで言うと、カチューシャはRF-8の中に敷かれた毛布へ倒れ込み「ノンナ、帰ってもらって」と告げる。
 もうこれで話を締めるつもりらしい。

「お、おい、本気で言っているのかっ、カチューシャっ!?」

 慌てて私は声をかけたが、ずいとノンナが私たちとカチューシャとの間へ立ち塞がる。

「カチューシャ様はいつだって本気です。お引き取りください」

 感情の薄い冷酷な瞳に見つめられるとどうすることもできず、仕方なしに私とカルパッチョはプラウダの学園艦を後にした。
146 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 23:06:10.08 ID:8naFKaaW0

 アンツィオは、本当は弱いのだろうか。

 時折、頭をもたげるようになったその考えは、アンツィオの学園艦へ帰った後も続いた。
 その度に私は首を振って頭の中から追い出したが、それでも何度も何度も復活する不安は、まるで呪いのようだった。
 カルパッチョへの相談も考えたものの、口に出したら二度と消えてくれそうになくて憚られた。

 サンダースへは、学園艦へ帰った翌日に電話をかけた。
 カチューシャとの件を報告すると、ケイは「カチューシャならそう言うと思ったわ」と笑った。
 だからケイは付いてこなかったのかと合点がいき、もやもやとしたものを感じた私は「だったら初めから教えておいてくれてもいいだろ」と一言文句を言った。
147 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 23:07:56.63 ID:8naFKaaW0

 このままではプラウダは大洗に勝利してしまう。
 ループ脱出のため、前回のプラウダの戦術を大洗の連中へ密かに伝えることもできただろうが、そんな気も起こらなかった。

 ひたすら戦車道の練習やバイトへ打ち込んでいると、あっという間に一週間が過ぎ去った。

 二度目のプラウダVS大洗だ。
 私は前回と同じく、アンツィオのみんなと共に学園艦の円形競技場で試合を観戦した。

 これまた前回と同じく、やはり大洗は劣勢だった。
 知恵と連携で圧倒的不利を覆そうとする彼女らの姿は輝いていた。
148 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 23:09:40.19 ID:8naFKaaW0

 けれど今度は、大洗だけでなく、プラウダの奮戦にも目がいった。
 思いのほか大洗が手強かったのだろう、いくつかの車輌が大洗に撃破されてしまった。
 カチューシャは動揺している様子だったが、T-34/85が大洗のM3リーを撃破したのを皮切りに体勢を立て直し、そのまま大洗を押し切った。

 今回も、試合はプラウダの勝利。

 ハッチから顔を出して笑顔を浮かべるカチューシャを見て、私はふいに気付いた。

 アンツィオのみんなは大洗の敗北に落胆している様子だったが、私は違った。それでも良いと思えた。

 前回のループでは、大洗に自分を重ねていたのに。
 いまの私は、プラウダに自分を重ねていたのだ。
149 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 23:11:30.30 ID:8naFKaaW0

 13回目の6月26日。

 ベッドに横たわったまま、起き上がらずに思考へ沈む。

 何故、プラウダに自分を重ねたのかと、考えてみれば答えはすぐに見つかった。

 私は、カチューシャを知った。
 これまでは大洗の相手役くらいにしか認識していなかったが、彼女にも芯があったんだ。
 失礼な話だ、当たり前のことだった。

 ただ、形が違うだけ。
 大洗には燃え上がるような情熱があり、プラウダには凍りつくような覚悟がある。
 そこには、優劣も貴賤もないんだ。
150 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 23:13:12.55 ID:8naFKaaW0

 では、果たして私はどうなのか。

 情熱はあるか。覚悟はあるか。

 その問いかけに、以前の私ならどちらもあると答えた。
 だからこそ、その頃の記憶があるからこそ、私は大洗にもプラウダにも自分を重ねることができた。

 しかし今の私はどうだ。
 情熱があると言えるのか。覚悟があると言えるのか。
 たとえ残滓でもそれらが残されているのなら、このままループを脱出する選択などして良いのだろうか。

 戦わなくて良いのか。
 ドゥーチェの称号は、ただの飾りだったのか。

 私に覚悟や情熱がなくて、どうしてアンツィオのみんなを引っ張っていけるというんだ。
151 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 23:15:08.17 ID:8naFKaaW0

 ――いや、しかし。いやしかしだ。

 そうやって自分を問い詰めたところで、だからどうしろというんだ。

 これは私だけの問題じゃない。
 私が勝利に固執してループを抜け出せなくなれば、同じくカルパッチョやケイ、カチューシャやノンナもループに囚われてしまう。

 確かに勝ちたい。
 そりゃあ勝ちたいさ。

 しかし、そのために他を犠牲にしようとは思わない。

 勝利だけが戦車道じゃない。

 私の戦車道は、そんなものじゃない。
152 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 23:16:46.80 ID:8naFKaaW0

「あー、ほんとドゥーチェはめんどくさいっすねー。じゃあドゥーチェの戦車道ってなんなんすか?」

「……ん」

 突然に声をかけられ、右下へ目をやると、ベッドの手すりから顔を出したペパロニが大きなあくびをしていた。

「朝からうるっさいすよ、ドゥーチェ」

「も、もしかして、全部、声に出ていたか?」

「いやわかんないっすけど。覚悟がどうとか言ってたっすよ」

 声に出てたんじゃないかっ!

 その叫びは胸の中にしまっておいて、火照った頬を隠すために、すっと私は顔を引く。

「よ、よし、いいかペパロニ。ぜんぶ忘れろ?」

「いや、忘れないっすけど」

 少しだけ呆れたような声色が下方から届く。
153 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 23:18:02.71 ID:8naFKaaW0

 何も返すことができなくて黙っていると、しばらくしてペパロニから言葉が放られた。

「……で?」

 短いな。

 そして、待てどもペパロニはその続きを口にしない。
 仕方なしに「で、とは?」と私が確認すると、ペパロニは言った。

「いやだから、ドゥーチェの戦車道ってなんなんすか?」

 ああ、そういえばそんなことを言っていたか。
 冷静な頭になって考えてみれば、その問いには淀みなく答えられる。
154 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 23:19:22.22 ID:8naFKaaW0

「そりゃあ、楽しいのが、私の戦車道だ!」

「負けて楽しいすか?」

「うんっ! 楽しければ、それで良しだっ!」

「勝ったら楽しいすか?」

「もちろんっ! 楽しいプラス嬉しいで、最高だな!」

「いや、じゃあ勝ちゃいいんじゃないすか?」

「そ」

 と、一文字だけ漏れて、そこで慌てて私は口を噤んだ。

『そうもいかない事情があるだろ』

 そのことを、ペパロニは知らない。
155 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 23:21:02.61 ID:8naFKaaW0

「なんすか? 負けてもまぁ楽しいっすけど、悔しさもあるっすよね? 少なくともわたしは悔しいっすよ」

「う、ぅうう、そ、そうかもしれないがなあ」

「ドゥーチェいつも言ってるっすよ。アンツィオは強いって。だったら、勝って証明してやればいいじゃないすか」

「……ちょっと、考えさせてくれ」

 私はそう言葉を残して、さっと制服へ着替えるとペパロニを置いて自室を後にする。

 ずぶずぶと思い悩んでいたが、あっけらかんとしたペパロニの言葉を聞いていると脱力してしまった。
 もっと気楽に考えても良いんじゃないかと思えてくる。
156 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 23:22:48.68 ID:8naFKaaW0

「でもやっぱり、みんなのことを思うと、勝利勝利って言っていられないんだよなあ」

「別に、構わないんじゃないでしょうか」

「…………」

 今度は、カルパッチョの言葉だった。
 戦車道準備室にて、向かいに座るカルパッチョがにこにこと笑みを浮かべる。

「そうは言ってもな。お前は辛くないと前に言っていたが、ずっとループから出られないのはさすがに嫌だろう」
「私は、そんな苦しみを、みんなに強いるつもりはない」
157 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 23:23:49.73 ID:8naFKaaW0

 私が言うと、カルパッチョはきょとんと目を丸くした。

「ひとつ疑問なんですけど」

「なんだ」

「ドゥーチェは、あと何回、負け続けるつもりですか?」

 ――――。

「あと、何回……?」

 雷撃が、私の頭に、落ちた。
158 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 23:25:10.08 ID:8naFKaaW0

 あぁあぁぁあああっ!
 まったくっ! なんてことだっ!

 ここまで落ちぶれていたのか、私は。

 何故気付かなかった。
 どこまで負け犬根性が染みついていたんだ。

 そうだ、そうだ、そうじゃないか。

「すまなかった、カルパッチョ」

 私の言葉に「なんのことでしょう」と彼女はしらを切る。

「お前たちがいて、良かった」
159 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 23:26:47.26 ID:8naFKaaW0

 ループを脱出できない?

 大洗に勝利し続けるから?

 いや違う。それはプラウダの場合の話。

 我々の場合は、大洗に挑戦し続けるからだ。
 勝つために挑戦し続けるから、ループを脱出できないんだ。

 挑戦し続けるとは、すなわち、負け続けるということ。

 我々は負け続けて良いのか?

 そんなわけがない。

 ループなど、敗北など、繰り返してはいけないに決まっているっ!
160 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 23:29:01.64 ID:8naFKaaW0

「……一万回繰り返せば、そりゃあ我々が勝てることもあるさ」
「でも、それじゃあ意味がない。そんな勝利に価値はない」

 自分に言い聞かせるよう、ぽつぽつと言葉を吐く。

 カルパッチョは私の言葉に反応を示さない。
 ただ黙って耳を傾けてくれている。

「アンツィオは、一万回に一度の幸運でしか勝利を掴めないようなチームじゃない」
「アンツィオの強さを証明するためには、これ以上繰り返してはならない」
「それでは名誉は得られない」

 我々は強い。大洗に勝てる。

「これまで随分と負け続けてきたが、選択を間違え続けてきたが、今度こそ最後だ。勝っても負けても、これで最後にする」

 だから。

「いま勝とう。このループで勝つぞっ!」

 私が宣言すると、カルパッチョが頷いた。

「最初から、そのつもりです」
161 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 23:30:15.28 ID:8naFKaaW0

 長く放浪の旅をしていたらしい情熱が、覚悟が、私の中へ戻ってきた。

 楽しいのも戦車道だが、勝利を目指すことも戦車道だ。

 何を甘えていたんだ。
 ループに依存していた。頼ってしまっていた。
 そんなものを利用しなくとも、我々は勝てるだろう。

 私はもう繰り返さない。
 ただの一度きりで、大洗に勝利する。

 そうやって心に決めてしまうと、なるほど、見えてくる景色が変わった。
 胸の内から湧き上がる炎が、火花を振りまいて破裂してしまいそうだ。
162 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 23:32:05.37 ID:8naFKaaW0

「カルパッチョ。作戦会議だ。今度は一つの策に頼り切る真似なんてしないぞ。二重三重の策を用意して大洗を翻弄してやる」

 私が言うと、カルパッチョは鼻息を荒くして答えた。

「ええ、望むところです」

 まったく頼もしいものだ。
 私は「ありがとう」と礼を言って、改めてホワイトボードの前へと移動した。

「あー、作戦会議ならわたしも混ぜてほしいんすけど」

 と、この場にいないはずの声が聞こえて、振り返る。

「ペパロニ?」

 先ほど部屋で別れたはずのペパロニが、そこにいた。
163 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 23:33:15.91 ID:8naFKaaW0

「どうして、お前、ここに?」

「いやー、ここんとこずっと、二人でこそこそ相談してたじゃないすか」
「いつもならわたしも混ぜてくれんのに、ずるいっすよ」
「つーわけで、ドゥーチェつけてきたっす!」

 そう言って、ペパロニは腰に手をあてて仁王立ちする。

「お前なあ……まぁ、私たちも悪かったかもしれないが、こっちにも事情があってだな」

「……ちょっと、ドゥーチェ、ドゥーチェ……っ」

 耳元でカルパッチョが囁き、「うん?」と私は目を向ける。

「なんだ?」
164 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 23:36:08.79 ID:8naFKaaW0

「おかしくないですか? いまは6月26日の朝ですよ」
「確かに二人だけでの作戦会議は何度もしてましたけど、それは、6月26日以降のループ中の話ですよね?」
「6月25日以前は、基本的にペパロニも作戦会議に参加してたはずです」

 言われてみて気付く。なるほど。

「それじゃあ、ペパロニが『こそこそ相談してた』なんて言うはずがないな」

「ええ。だからきっと、ペパロニはループ中に私たちの相談してる姿を目撃してたんだと思います」

「……んん、つまり、それは?」

「おそらく、そのまさかかと……」

 カルパッチョが神妙な顔で頷く。
165 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 23:37:34.72 ID:8naFKaaW0

 つまり、それは、こういうことか。

「ペパロニ。お前、6月26日は、何度目だ?」

「あー、ちょっと覚えてないすね。10回目くらいっすか?」

 ――――。

「お前ぇえっ!?」「どうして言わなかったのっ!?」

 二人して驚きの声を上げると、ペパロニは返した。

「あっはっはっ! まー、別に気にするほどのことでもねーかと思って。別に困ってないっすから」

 あっけらかんと言ってのけるペパロニに、自然と口からため息が漏れる。

「……おい、こいつ、どーする?」

「とりあえず、作戦会議は三人でしましょうか……」

「よろしくっす!」

 カルパッチョが呆れた声で言うと、ペパロニは元気よく敬礼をしてみせた。
166 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 23:40:32.68 ID:8naFKaaW0
見てくれてる人いますか。
今日は、終わりにします。

続きはまた明日の夕方辺りに始めようかと思います。
正直、まだ長いですが、明日中に最後までいけるように頑張ります。
167 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/14(日) 23:45:59.83 ID:8TNXiAAYo
乙です
そういや途中でデコイの数について逆に疑問を呈してたなw
168 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/07/14(日) 23:59:26.67 ID:PWxuzZYd0
乙乙!
すげー面白いです
一気読みしました
169 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/15(月) 16:04:56.26 ID:0OKEC0330
勝ちたいならペパロニを外せばいいと思ったが、
違うのか…
170 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 18:28:21.14 ID:6Fy41Xha0
待ってた方いたらすみません。再開します。
途中ちょいちょい休憩を挟むとは思いますが、今日中に最後までいくつもりです。
お付き合いいただけたら幸いです。
171 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 18:30:00.65 ID:6Fy41Xha0

 カルパッチョの煎れてくれたコーヒーを三つ並べて、作戦会議を開始した。

 他のみんなには今日の朝練はスキップすると伝えてある。
 授業が始まるまではまだしばらく余裕があるが、できれば午前中のうちに作戦をまとめておきたいところだ。

 んんっと咳払いをして、早速、対面の二人に向かって話を切り出す。

「やはり、まずはマカロニ作戦でいこうと思う」

 私の言葉にカルパッチョは頷いたものの、ペパロニが「マジっすか」と抗議の声を上げる。
172 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 18:32:25.29 ID:6Fy41Xha0

「あんだけ失敗したんすよ。まだやるんすか?」

「失敗じゃない。ここ2回は成功してただろ? 結局、その後に負けてしまったが、作戦自体は成功だ」

「負けてたら意味ないじゃないすか」

「それは――マカロニ作戦じゃなくて、他の作戦が駄目だったから。意味はあります」

「ペパロニ。お前、またデコイを置きすぎたりはしないよな?」

「しないっすよ! 舐めないでほしいっす!」

「じゃあ、マカロニ作戦は成功するさ。ここを軸に他の作戦を考えていくぞ」

「万が一、駄目だった時のことを考えて、代案は立てておく必要はあると思いますけどね」

 カルパッチョの言葉に「うん、それはそうだな」と頷きつつ、少し思い当たる。
173 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 18:34:02.29 ID:6Fy41Xha0

「……あー、大洗の包囲を戦術の要とする予定だが、マカロニ作戦が駄目だった場合、そこから変えた方が良いな」
「デコイが向こうにばれれば、我々が包囲を狙っていることも察せられるだろう」

「タイミングにもよると思いますけどね」

「持久戦に持ち込まれれば負けるのは我々だ」
「どちらにせよ、狙うは短期決戦。奇襲が基本となるな」
「だとしたら、我々の居場所を向こうに悟らせるのだけは避けなければ……」

「あぁあああっ! まずはマカロニ作戦の話しないっすか!? 万が一の話は後にしてほしいっす!」

 ペパロニに言われてみて、議論が少し脱線してしまっていたのに気付く。
「あぁ、すまなかったな」とペパロニに謝り、軌道修正。
174 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 18:36:12.93 ID:6Fy41Xha0

「さて、マカロニ作戦が成功したとして、次は大洗の包囲だ。包囲網をどう敷くかが重要となるな」

「これまではCV33部隊、セモヴェンテ二輌に、P40を中心としたフラッグ隊の三チームに分けていましたけど、あまり大洗に有効とはいえなかったですね」

「あ、フラッグ車って、もしかしてウチらっすか?」

「いや、それはやめだ。もう懲りた」
「最後にフラッグ車だけが残された時、それでも勝ちの目がゼロにはならないようにしたい」
「セモヴェンテか、P40か……」
175 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 18:37:25.26 ID:6Fy41Xha0

 うんうんと悩んでいると、やがてカルパッチョが「あの」と手を挙げた。

「相手車輌を撃破する役割は、基本的にはP40ですか?」

「うん。スペックを考えると、それが一番だからな」

「――でしたら、フラッグ車は、セモヴェンテにしませんか」

 そう言ったカルパッチョの語気は力強い。
 その言葉に、何らかの意図が乗っているのは明白だった。
176 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 18:39:23.39 ID:6Fy41Xha0

「それは、P40をフラッグ車にすると、最前線へ出るのに危険だからか?」

「はい。それに、敵はフラッグ車に集まります。目立てば奇襲をかけるには不向きになってしまいます」

 なるほど、道理だ。
 それならもう一つ質問をしておこう。

「フラッグ車のセモヴェンテに乗るのは、お前か?」

 私が問うと、カルパッチョは「はい」と頷いた。

「任せて、もらえませんか?」

 僅かに瞳を潤ませて、頬を紅潮させて、眉は険しく反らせて、カルパッチョが問いかける。

 その表情は、私の認識を、まるごと根底から変えてしまうような代物だった。
177 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 18:40:43.48 ID:6Fy41Xha0

 正直、悩みながらも、結局はP40をフラッグ車にすることになるだろうと予感していた。

 それは、私がドゥーチェだから。

 ここまできたのだ。
 この土壇場では、相手車輌を撃破する役割も、フラッグ車を務める責任も、全てドゥーチェである私が背負うべきだと思っていた。

 けれどカルパッチョは、その片方を彼女が担うと言っている。

 彼女の決意は、きっと、セモヴェンテをフラッグ車にした方が勝率が高いから、というだけの理由ではない。
178 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 18:43:20.25 ID:6Fy41Xha0

 私は、いつまでもドゥーチェではいられない。

 来年になれば、隊長を務めるのは、カルパッチョか、ペパロニのどちらかだ。

 私は、ドゥーチェを受け渡さなければならない。
 それはまだ先のことかもしれないけど、遠い未来じゃない。

 少しずつ少しずつ、私の色をアンツィオから消していかなければならない。
 カルパッチョやペパロニが、私に頼り切りじゃ駄目なんだ。

 カルパッチョの表情には、その覚悟が乗っていた。
179 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 18:44:12.87 ID:6Fy41Xha0

「良いだろう。フラッグ車は、カルパッチョの乗車するセモヴェンテにするぞっ!」

 そう宣言すると、ちょっとだけ寂しさが胸に染みたが、それは飲み下すべきこと。

「ありがとうございます」

 返事をしたカルパッチョの顔を見て、私はさらに思った。

 私がアンツィオのみんなのために残せるものは、なんだろう。

 そうして考えてゆくと、ずっと胸の中にあった『勝ちたい』という気持ちが、少し形を変えて『勝たせてやりたい』になったのに気付いた。
180 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 18:46:06.74 ID:6Fy41Xha0

「よし、完成だっ!」

 結局、午前中のうちに作戦会議は終わらず、作戦が細部までまとまったのは昼休憩のこととなった。

 一年生たちに任せた屋台を円形競技場の裏口から見守りつつの作戦会議。
 昼食も彼女らの作った鉄板ナポリタンだ。

 戦車道準備室から移動させてきたホワイトボードには、作戦名と概要がずらっと並んでいる。長い長い作戦会議の成果だ。

 作戦を練り上げた達成感で宴会をしたい気分ではあるが、あまり時間もない。
 次の行動へ移らなければならない。
 本当に、至極残念ではあるが、まあ仕方がない。
181 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 18:47:29.59 ID:6Fy41Xha0

 気を引き締めて、カルパッチョへ向かって口を開く。

「さて、それじゃあ、カルパッチョ。この作戦を資料にまとめてくれ」
「放課後の練習終わりまでに出来てたら助かるな」

「了解です」

 カルパッチョが頷き、それを見たペパロニが「はいはいっ」と手を挙げる。

「ドゥーチェっ! わたしはどうするっすか!」

「ペパロニ。お前はみんなの士気をがんがん上げてくれ」
「ノリと勢いがアンツィオの武器だからな。武器の威力は高ければ高いほど良い」

「んー、よくわかんないっすけど、つまりみんなを盛り上げりゃ良いんすよね。そういうのは得意っす! 任せてください!」
182 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 18:48:51.10 ID:6Fy41Xha0

「うん、任せた」
「私は各車長の指揮系統の教育をしておく」
「私たち三人がいなくても、ある程度の立ち回りは考えられるようにしておかなければな」

「ぉおお、つまり先生っすか! いや姐さんさすがっすね!」

「ふふー、そーだろー?」

 褒められて悪い気はしない。
 思わず立ち上がり胸をそらしてしまう。わははー。
183 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 18:50:06.07 ID:6Fy41Xha0

 ……と、気を取り直して。

「では、解散っ!」

 宣言と共にペパロニが「トスカーナうどん喰ってくるっす!」と飛び出していく。
 すこぶる元気だ。
 あいつがああだから、ウチの連中も引っ張られてノリと勢いがついていくのだろう。

「ドゥーチェ。私は一度準備室に戻りますね」
「放課後までに資料をまとめて印刷しておこうかと思います」
184 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 18:50:57.08 ID:6Fy41Xha0

「ホントか? あまり無理はするなよ」

「ドゥーチェこそ。気負いすぎないでくださいね」

 そう言って、カルパッチョはすたすたと歩いてゆく。

 私も気を抜くとペパロニに引きずられてノリと勢いに身を任せてしまうからな。
 冷静なカルパッチョが隣にいてくれなければどうなっていたことか。

「練習メニュー、ばっちり考えておかないとな」

 ぽつりと呟くと、心臓が脈打ち、やる気が全身に漲るのを感じた。
185 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 18:53:24.57 ID:6Fy41Xha0

 というわけで、昼休憩の後は授業そっちのけで練習メニューの考案を行った。

 マカロニ作戦。トルメンタ作戦。雲形定規作戦。
 ニッビョ作戦。分度器作戦。地球儀作戦――。

 大がかりなものから小粒なものまで、用意した作戦の数はかなり多い。
 その全ての特訓は出来ないが、ぶっつけ本番というわけにもいくまい。
 少なからず一度は試しておく必要があるだろう。
 特に使う可能性の高い作戦については動きが安定するまで練習しておくべきだ。

 それに、それぞれの役割によって、こなしておくべき練習は異なる。
 となれば当然、メンバーごとに練習メニューを考えなければならない。

 量が多く、なかなか骨が折れたが、なんとか放課後にはノート一冊分の練習メニューが出来上がった。
186 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 18:55:19.62 ID:6Fy41Xha0

「みんなっ! 資料は行き渡ったかっ!」

 私が問いかけると、階下から「ばっちりっす!」「おっけーっすよっ!」「ありますっ!」と口々に声が届く。

 カルパッチョは、宣言通り、本当に放課後までに作戦をまとめてくれた。
 ページごとに図解付きで作戦を説明し、索引までつける周到ぶりだ。

 みんなには、カルパッチョの作った作戦ファイルと、私の作った個人ごとの練習メニューを、それぞれセットで配布した。

 資料を受け取ったみんなは、最初は威勢が良かったのだが、徐々に顔を曇らせていく。
 先頭のアマレットが、ぼそりと「これ分厚くないすか」と呟いた。
187 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 18:57:23.88 ID:6Fy41Xha0

 カルパッチョがわかりやすくまとめてくれたとはいえ、確かにいつもよりも資料の量は多い。
 座学の苦手なアンツィオのみんなが不安に思うのも無理はないだろう。

「あー、いいかお前ら、ちょっと訊け?」
「作戦の数は多いが、なにも全てを細かく暗記する必要はないんだ」
「試合中に作戦名を指示したとき、どんな作戦だったかなんとなく思い出せるようにしてくれればそれで良いっ!」

「いや、それって結構厳しくないすか?」

 ジェラートが不安げな声を発する。
188 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 18:59:40.20 ID:6Fy41Xha0

「あのなジェラート、向こうだって万全の準備をしてくるんだぞ」
「これくらいやらなくてどーする?」
「前にも言っただろ?」
「どうせ奴らは『アンツィオはノリと勢いがなければ総崩れ』とかなんとか思ってるんだぞ。それで良いのか?」

 私が言った途端、ジェラートは「そうだったっ!」と荒々しく叫び、その怒気は周囲へと伝染する。

「許せねえ!」「舐めやがって!」「カチコミだカチコミ!」「あいつらみんなぶっ飛ばしてやるっ!」
189 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 19:01:22.47 ID:6Fy41Xha0

 あぁあ、血の気が多すぎるのもいけない。

「待て待てみんなそう怒るな?」と私が宥めると、カルパッチョが「ただの推測だから」と続けた。

 落ち着いたみんなに、今度はペパロニが声をかける。

「いいかてめえらぁっ! ドゥーチェの考えたこのちょー完璧な作戦があれば大洗なんて朝飯前だっ!」
「来週の大会であいつらに吠え面かかせてやるぞおっ!」

 ペパロニが拳を突き上げ「ドゥーチェっ!」と叫ぶと、二度目からは階下のみんなも一緒に叫び出す。
 いつの間にかカルパッチョも笑顔で拳を突き上げていて、私もみんなに混ざって「ドゥーチェっ! ドゥーチェっ!」とコールを始める。
190 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 19:02:48.64 ID:6Fy41Xha0

「我々は、勝つっ! 気合いを入れろっ! アンツィオの力を見せてやれーっ!」

 最後に私がそう締めると、みんなは「いぇえーいっ!」「おぉーっ!」と思い思いに叫んで、拳を天高く突き上げた。

 気合いは十分。
 ノリと勢いが持続してさえいれば、アンツィオは無敵だ。

 そのままの勢いで練習を始めた結果、なんと金曜から日曜までの三日間でみんなは全ての作戦を身につけてしまった。
 おかげで残りの六日間はひたすら連携と作戦の練度向上に費やすことができた。
191 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 19:04:22.32 ID:6Fy41Xha0

 我々はやれる。我々は勝つ。

 そう熱く信じながらも、胸の内の冷静さは失わないように。

「一瞬でも油断すれば負ける。ノリと勢いは損なわず、しかし最大限の知恵を振り絞れ――」

 万が一があってはならない。
 みんなが作戦を忘れてしまってもすぐに思い出せるよう、作戦ファイルは各車輌に備え付けた。

 作戦の詳細をカルパッチョと何度も打ち合わせた。
 ペパロニと協力して、パネトーネを初めとした各車長に、指揮の執り方やいざという時の立ち回りを教え込んだ。

 万全は期した。
 これ以上、我々に出来ることは何もない。
192 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 19:05:53.76 ID:6Fy41Xha0

 と、そこまでいって、ようやく私はケイへ連絡を入れていないことに気付いた。
 我々が第2ステージをクリアしなければ、またケイは第1ステージをやり直すことになるんだ。

『ハァイ、どうしたの、アンチョビ?』

「ケイか、すまない、一つだけ謝りたいことがある」

『んー、その声は、なるほどー?』
『明日の試合、本気で勝つ決心がついたのね』
『大丈夫。なにも問題ないわ。ファイトっ!』

 ケイには全てお見通しだったらしい。
 思わず笑ってしまって、「ありがとう」と私は礼を言った。
193 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 19:07:56.82 ID:6Fy41Xha0

 そして、7月5日、日曜日。

 大洗はやはり、荒れ地の真ん中でマップを広げて作戦の最終確認をしていた。

 カルパッチョに「危ないですよ」と諫められながらも、立ち上がりフィアットのフロントガラスへ足をかける。

 大洗の連中がこちらへ目を向ける。

 私は叫んだ。

「たぁのもおぉーっ!!」
194 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 19:08:40.46 ID:6Fy41Xha0
ちょっと休憩します。
20分すぎに戻ります。
195 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 19:22:18.43 ID:6Fy41Xha0
再開します。
196 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 19:23:43.27 ID:6Fy41Xha0

 ペパロニからの通信は、試合開始から15分が経過した頃にあった。
 耳にあてたヘッドフォンを通して、威勢の良い声が届く。

『ドゥーチェっ! デコイ配置したっすっ!』

「よおーしっ! て、予備を置いてないだろうなっ!?」

『ばっちり置いてないっすよ!』

「不安になる答えだが、置いてないならよしっ!」

 十字路の北東と南東に置いたデコイ。
 我々の予測通りなら、大洗の連中はこのデコイを見て十字路に足止めされるはずだ。

 その間に十字路の外側から回り込み、機動力で大洗を包囲するというのが、我々のマカロニ作戦である。
197 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 19:25:28.16 ID:6Fy41Xha0

「ペパロニ。大洗の連中はまだ街道に現れていないか?」

『もう離れちゃってるっすけど、さっきはいなかったすね』

「う……できれば目で見て確かめたかったところではあるが、まぁ仕方ない。まさかこの十字路を無視はしないだろう」

 街道に戻らせたとして、一台だけ軽やかに動くCV33を見られれば違和感を抱かせてしまう。
 時間がもったいないし、ペパロニにはこのまま包囲を進めさせる方が良いだろう。

「よし、ペパロニ、お前は予定通り大洗の背後へ回れ」

『了解っす! ドゥーチェ!』
198 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 19:27:23.02 ID:6Fy41Xha0

 通信が切れる。と同時に私は、隣のセモヴェンテのハッチから上半身を出すカルパッチョへ顔を向ける。

「カルパッチョ、お前も予定通りここで指示があるまで待機だ」

「了解です。ドゥーチェはどちらへ向かわれますか?」

 ――アンツィオの車輌は、大きく四小隊に分けた。

 ウーノ、カルパッチョ乗車のセモヴェンテにCV33一輌をつけたフラッグ車チーム。

 ドゥーエ、私の乗車するP40に、セモヴェンテとCV33を一輌ずつつけた、奇襲部隊その一。

 トレ、パネトーネの乗車するセモヴェンテに、CV33を二輌つけた、奇襲部隊その二。

 クアトロ、攪乱役のCV33コンビ。これはペパロニが隊長を務める。
199 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 19:30:13.92 ID:6Fy41Xha0

 ペパロニ率いるクアトロチームは大洗の背後――十字路の西側へ向かっている。
 が、まだドゥーエとトレのどちらが十字路の北へ、どちらが南へ向かうかは決めていない。

「……過去のループでは、北にティーポ89、南にM3リーがいたはずですが」

「あぁ、そうだったな」

 八九式には、散々翻弄させられた。CV33には天敵とも言える相手だ。
 できれば早めにP40で潰しておきたいが――。

「しかし、それはフェアじゃない」

 私は胸ポケットからコインを取り出した。

「ドゥーチェ?」

「表なら、ドゥーエが北。裏なら、トレが北だ」
200 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 19:32:36.30 ID:6Fy41Xha0

 八九式が北にいるから。
 そんな理由で決めてしまえば、我々は過去のループを利用したことになる。

 ……そりゃあ我々は、ループによって試合経験を積んでしまっている。
 こんなことをしても本当の意味ではフェアにはならないかもしれない。
 けれど、せめてもの、だ。

「よっ」とコイントス。
 指で硬貨を弾き、落ちてきたそれを左の手の甲で受け止め、右手でおさえる。

 右手を除けて出てきたのは――、

「……裏だ。我々は南、トレが北へ向かう。よろしく頼むぞ、パネトーネっ!」

 私が言うと、パネトーネは「任せてほしいっす!」と元気よく返事をした。
201 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 19:36:00.61 ID:6Fy41Xha0

 十字路の南を大きく迂回して街道を抜け、木々の間を進んでゆくと、やがて遠目にM3リーの車体が見えた。

 砲身は我々の方角とは真逆――街道側へ向けており、どうやらこちらにはまだ気付いていない様子である。

「トレ、クアトロ。こちらは十字路の南へ到着」
「距離五百メートルの位置にM3リー一輌が配置」
「そちらの状況を教えろ」

『こちらクアトロっ! 十字路のずうっと西に到着っ! 距離は2キロってとこすかね』
『とりあえず東に向かって進んでるっすけど、敵影はまだ見えないっす』

『こちらトレっ! 十字路の北に到着したっす!』
『えーっと、あれは……ティーポ89、ティーポ89がいるっす、だぜ』
202 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 19:39:53.81 ID:6Fy41Xha0

 なるほど……。となると、ペパロニはほとんど大洗側のスタート地点まで行ってしまったわけか。

 素直に考えれば、W号、三突、38(t)の三輌はクアトロの先を進んでいることになる。
 というか、よほどの奇策を打ってこない限りそうするだろう。

「よし、それじゃあクアトロはそのまま進め」
「ただし大洗の車輌を見つけたらすぐに隠れろ。決して見つかるなよ」

『了解っす!』

「ドゥーエは、本隊が合流する前に急いでM3リーを仕留める」

『マジっすか! さすがっす、ドゥーチェ!』
203 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 19:42:09.82 ID:6Fy41Xha0

 大洗包囲の意味の一つは逃げ場を塞ぐこと、そして一つは有利を取ることである。

 ドゥーエチーム三輌に対して、相手はM3リー一輌。
 ここで仕留められずして我々に勝機はない。

『うちらはどうするっすか!? だぜ』

 ――そして、それはトレも同じだ。

 トレチーム三輌に対して、相手は八九式一輌。有利はこちらにある。

 とはいえ、そのうち二輌はCV33。
 加えて、指揮を執るのはまだ経験も浅いパネトーネだ。

 出来ないとは思っていない。
 が、正直なところ、出来ずとも仕方なしとは思っている。
204 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 19:44:21.58 ID:6Fy41Xha0

「あー、トレも、できればティーポ89を仕留めて欲しいが、決して無理はせず――」

『余裕でできるっすよ!』

 パネトーネは、こちらの言葉を遮って返事をした。

『みくびらないで欲しいっす!』
『俺らがこの日のためにどんだけ練習してきたと思ってんすか! だぜ!』

 間髪入れず、そこまでパネトーネは言い切る。
 その声色に、一切の淀みはない。

 ……まったく、ドゥーチェ冥利に尽きるというものだ。
205 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 19:46:08.31 ID:6Fy41Xha0

「よおし、よく言った! ならば任せたぞパネトーネっ!」

 来年には私が消え、再来年にはカルパッチョとペパロニが消える。
 その頃はこいつらの番だ。

 まだまだ先の話とはいえ、この調子なら安心して構えていられるかもしれないな。

 ――て、いやいや、感傷に浸るのは試合が終わってからだ。

 まずはこの試合に、勝たないと。

「ではこれより、ドゥーエとトレは、それぞれトルメンタ作戦を決行するっ!」
206 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 19:47:39.68 ID:6Fy41Xha0

 私が宣言すると、少々の沈黙の後、

『あー、トルメンタ作戦ってなんだったっすか? だぜ』

 とパネトーネの言葉があって、少し肩の力が抜けた。

「作戦ファイルの6ページ目だ!」

『あぁ、そうか。了解っす!』

 ともかく気を取り直して。

「お前ら、行くぞ」

「「「Siっ!」」」
207 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 19:50:14.91 ID:6Fy41Xha0

 私が合図すると、CV33とセモヴェンテがP40を置き去りにM3リーへと突撃してゆく。
 ただし背後からではなく、迂回して街道側からだ。

 まずはCV33がその姿を見せ、遅れてセモヴェンテがM3リーの前方へ飛び出す。

「スパーラっ! そしてフォーコだっ!」

 閃光のように煌めく機銃、そしてセモヴェンテの砲弾が砲塔をかすめ、M3リーが車体をぐらつかせる。
 が、すぐに停車、その砲身を僅かに動かす。

「左っ!」

 慌てて指示して、すかさず車体をずらしたセモヴェンテの真横を砲弾が飛んでいった。
208 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 19:51:21.12 ID:6Fy41Xha0

 M3リーの乗員は全て一年生。
 突然の奇襲には、目論見通り動揺している様子だ。

 とはいえ、なかなか車長の肝が座っているらしく、あっという間に体勢を立て直して逃走を図ろうとしているのは、さすが大洗といえるだろう。

 しかし、そこで登場するのが我々だ。

「突撃っ!」

 用意した作戦の中でも、トルメンタ作戦は極めて単純。
 CV33の機動力を利用した、三輌での挟撃作戦だ。
209 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 19:52:50.50 ID:6Fy41Xha0

 無線機を通信手へと返し、スコープを覗くと、右に旋回を始めたM3リーの姿が見えた。
 両手に包丁を携えた兎のマークがどんどん大きくなり、我々との距離が近付いてきているのがわかる。

 ようやくあちらも我々の存在に気付いたのだろう、さらに旋回し、こちらへ砲身を向けようとするが、もう遅い。

 轟音と衝撃。

 P40の砲身の先がM3リーの砲塔にぶち当たったのだろう。

「フォーコおっ!」

 叫び、発射レバーを思い切り引き落とす。
 体が後ろへ引きずられ、同時に爆音が響く。

 慌ててスコープを覗けば、黒煙のなか、兎の戦車からは白旗が揚がっていた。
210 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 19:54:29.63 ID:6Fy41Xha0

「「「よっしゃああっ!」」」

 車内に、歓声が上がった。

 ふうっと一息つき、座席にもたれかかる。
 なんとか、まずは一輌目だ。

『ドゥーチェっ! こちらトレ! 報告いいすかっ! だぜ!』

 パネトーネの声が聞こえて、慌てて通信手席へ手を伸ばし、無線機を受け取る。

「ドゥーエだ! よろしく頼む!」

『トレはトルメンタ作戦を決行っ! ティーポ89の撃破に成功したっす!』

「ぉぉおおおおおっ! よくやったっ!」
211 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 19:56:33.13 ID:6Fy41Xha0

『でもCV33を二輌ともやられたっす。ごめんなさい、だぜ』

「うむ、仕方ないっ! 万全ならなお良かったが、上等だ」
「本当によくやったな、パネトーネっ! トレのみんなもなっ!」

『ふひひ、ありがとっす! みんなにも言っとくぜ! です』

『ドゥーチェっ! こちらクアトロのペパロニっす!』
『大洗のやつらが全速で森の中突っ走って北に向かってるっすよ!』

 通信が切り替わり、今度はペパロニからの報告だ。

 北というのは……つまり、パネトーネのいる方角か。

 さすがに判断が速い。
 我々の包囲を見抜き、一輌きりのパネトーネを仕留めて体勢を立て直そうというのだろう。
212 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 20:00:20.45 ID:6Fy41Xha0

「パネトーネっ! ただちに全力で西に逃げろっ!」

『りょ、了解っす!』

「クアトロはそのまま奴らを追えっ!」
「機銃でちょっかいかけまくって、少しでも奴らの速度を遅らせろっ!」
「あ、でも撃破はされるなよ!」

『了解っす! よっしゃあ、いくぜてめえらあっ!』

 無線機を通信手へ返し、ペパロニに倣って私も叫ぶ。

「ドゥーエっ! パネトーネを助けるぞっ! 西の崖へ向かって全速前進だあっ!」
213 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 20:05:00.23 ID:6Fy41Xha0

 パネトーネから再び通信が入ったのは、西の街道を我々ドゥーエが横切った直後のことだった。

『ドゥーチェ、大洗の連中に見つかったっす!』

「ジグザグに逃げつつ、そのまま北西の崖へ向かえ! 我々がそこで待ち伏せるっ! 追いつかれるなよ!」

『で、できっかなあ、とにかく了解っす! だぜ』

 以前のループで大洗に使われた手ではあるが、あの北西の崖は待ち伏せをするのに最適だ。
 崖の端までいかなければ下からは見えない上に、高さがあまりないおかげで崖下の戦車を射程範囲に入れられる。
214 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 20:06:32.05 ID:6Fy41Xha0

 問題は、我々が待ち伏せに間に合うかという話なのだが――。

「クアトロっ! そちらから見て大洗の様子はどうだっ!」

『いや駄目っすね、さっきから機銃撃ってるんすけど、私たち全然相手にされてないっす』

「奴らの前に出て走行の邪魔をしろっ!」

『お、やっていいんすか、了解っす!』

 崖の上までここからはもう1分ほどだ。
 パネトーネや大洗より先に到着できなければ、当然、待ち伏せは成功しない。
 果たして間に合うだろうか……。

『ドゥーチェ、トレ、北西の崖に到着したっす!』

「て、早いなっ!? お、大洗の連中は付いてきてるか!?」

『すぐそこっす!』

「応戦しろおっ!」
215 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 20:08:34.04 ID:6Fy41Xha0

 崖の上まで出るにはパネトーネらのいる逆サイドから上らなければならない。
 今は、まだ中腹辺りだ。

「ペパロニっ! 大洗を止めろっ!」

『やってるんすけど、あいつらセモヴェンテばっか狙いやがるんすよ!』
『ああもう、タンケッテ舐めんなよ、おらあぁっ!』

「お、おい、無茶はするなよっ!?」

 と、ペパロニを制止したのも束の間、別の通信が割り込む。

『ドゥーチェ、ごめんなさい、パネトーネ車撃破されたっす!』

 ――遅かったか。

「わかった、よくやったな。誰も怪我はないかっ!?」

『大丈夫っす! ドゥーチェ、健闘を祈るぜ! です!』
216 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 20:10:06.11 ID:6Fy41Xha0

 パネトーネとの通信が切れて、ようやく我々は崖上へと上がった。

 下を見下ろすと、黒煙を燻らすセモヴェンテと、大洗の車輌が三つ。
 そしてその周囲を走り回るCV33が二輌見える。

「うぉおおおお、パネトーネさんの敵っ!」

 と、ふいに隣のセモヴェンテが崖に向かって突進を始める。

 突然すぎて面食らい、少し思考が停止してしまった。

「うぇええっ!? 何をしているっ!」

「くらえっ! 分度器作戦っ!」

「分度器作戦はそんな作戦じゃないだろっ!? 危ないぞっ!」
217 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 20:11:59.56 ID:6Fy41Xha0

 私の制止をまったく意に介さず、セモヴェンテは崖下へと落下してゆく。

 おそらくは敵フラッグ車を狙ったのだろうが、崖下から幾分か距離を取っている大洗の戦車へは届かない。
 あえなく地面へと激突した。

「おい、大丈夫かっ!?」

『だ、大丈夫っす、けど――』

 W号の砲身が、セモヴェンテを狙っている。

 慌ててこちらもスコープを覗きW号へ狙いをすませるが、W号はこちらの砲撃を軽々と避け、その後に発射した弾をセモヴェンテへと命中させた。
 白旗が揚がる。
218 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 20:14:24.16 ID:6Fy41Xha0

「私も分度器作戦いくっすっ!」

 今度は隣のCV33からだ。

「お、おい、やめろと言っているだろうっ!?」

「セモヴェンテは重いから距離が届かなかったんす、CV33なら届くっす!」

 そしてCV33が落下。

 先程のものとは異なる、ごうん、という鈍い音が響く。

 見れば、CV33は敵フラッグ車である38(t)へと突っ込み、その砲身をへし折っていた。
219 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 20:15:52.15 ID:6Fy41Xha0

『ドゥーチェ、こ、これどうなってるっすかっ?』

「し、白旗は揚がっていないな。て、その前に怪我はないか!?」

『あー、それは大丈夫っす。……んあ?』

「あ」

 直後、ぱかあんと弾ける音がして、CV33が38(t)の上から吹っ飛んだ。
 三突がCV33を撃ったのだ。
220 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 20:17:34.18 ID:6Fy41Xha0

 崖下には、W号、三突、砲身の折れた38(t)、それにCV33が二輌。
 奴らを撃破できる車輌は、崖上のP40のみ。

 ――さすがに分が悪いなっ!

「クアトロっ! 一時撤退するぞ! 全速で逃げろっ!」

『了解っす、ドゥーチェ!』

 などと言っている間に、W号と38(t)が崖上へ回り込もうと旋回して前進を始めている。

「急げ急げっ! 我々も逃げるぞっ!」

 慌てて指示すると、車内からは「Siっ!」と一斉に返事があった。
221 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 20:21:32.11 ID:6Fy41Xha0

 大洗残存車輌。
 W号戦車、一輌。三号突撃砲、一輌。38(t)、一輌。
 合計三輌。

 アンツィオ残存車輌。
 P40、一輌。セモヴェンテ、一輌。CV33、三輌。
 合計五輌。

 数的にはまだこちらが優位にあるが、そのうち三輌はCV33だ。

 こちらの戦車で敵車輌を撃破できるのは、私のP40とカルパッチョのセモヴェンテのみ。

 さらに言えば、奇襲部隊としていたトレとドゥーエのうち残存するのがP40のみというのもなかなか辛いところだ。
222 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 20:23:11.46 ID:6Fy41Xha0

 ――とはいえ、これはフラッグ戦。
 とにかく相手フラッグ車を撃破さえすればこちらの勝利となる。

 犠牲は大きかったが、38(t)の砲身が折れたのはラッキーだった。
 相手は丸腰なのだから、一対一の状況さえ作ることができれば負けはない。
 無茶ではあったが、みんなよくやってくれた。

 問題は、三突とW号の二輌だ。
 三突だけなら何とかなるだろうが、あの技量のW号も加わるとなれば、P40一輌で突っ込んでも負けは見えている。
 どうにかあいつらを38(t)から引き剥がさなければならない。
223 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 20:24:48.96 ID:6Fy41Xha0

「クアトロ。ドゥーエだ。状況を報告しろ」

『変わらずっす。大洗の連中見つかんないっすねー』

「了解。今はどの辺りにいる?」

『十字路を北東に進んだ辺りっすね。また進展あったら報告するっす』

「ああ、頼んだぞ」

 クアトロには大洗の捜索を命じている。

 さすがの大洗もCV33の速度には敵わず、北西の崖での交戦後、あっという間にクアトロは大洗を撒くことができた。
 けれど今度は、こちらが大洗の車輌を見失ったのだ。

 いやに諦めが早かったのが気になるが、いまあちらは何を考えているのか……。
224 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 20:26:29.08 ID:6Fy41Xha0

『ドゥーチェっ! ドゥーチェっ!』

「どうしたペパロニっ! 進展早いなっ!?」

『大洗の車輌見つけたっす!』
『でもおかしいんすよ! 二輌しかいないんすっ! 三突がいないっす!』

 三突がいない……?

 ――あぁ、なるほど、二手に分かれてこちらのフラッグ車を探しているのか。

 しかしそれなら好都合だ。
 W号だけが相手なら、こちらの勝ちの目もあろう。
225 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 20:28:42.86 ID:6Fy41Xha0

「ペパロニっ! 場所を教えろっ!」

『あっ! すみません、ドゥーチェ! こっちのCV33が一輌やられたっす!』
『こいつよくもぉおっ!』

「熱くなるなペパロニっ! いいから場所を教えろ! 助けに行くっ!」

『北の街道をちょっと西に行ったところっす! ドゥーチェのいる場所からも近いんじゃないすかっ!?』

「よしわかった! すぐに行く! お前らは逃げろっ!」

『ぅううう、悔しいけど了解っす!』
226 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 20:30:46.96 ID:6Fy41Xha0

 ペパロニとの通信を切ると、P40を旋回させ、進路を変更する。

 もっと遠くまで移動していると思っていたが、フラッグ車の捜索は三突任せということか?

『こちらウーノっ! こちらウーノっ!』

 ……今度はカルパッチョかっ!

「どうしたっ!? 何かあったのか!」

『すみません、ドゥーチェ。三突と接触して、CV33が撃破されました』

「なにぃっ!? 場所はどこだっ!」

『最初の位置から移動していません。十字路の東です』
227 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 20:32:59.78 ID:6Fy41Xha0

「わかった! それじゃあ、ともかく南西へ逃げろっ! こちらと合流するぞっ!」

『いえ、逃げれば向こうも他の車輌と合流します』
『三突は街道の東から現れました。わざわざ回り込んできたんです』
『となれば、敵の狙いは、挟撃』

『カルパッチョの言う通りっす! W号と38(t)は東に向かってるっすよっ!』

「……カルパッチョ、どうするつもりだ?」

『W号が合流する前に、三突を仕留めます』

 カルパッチョの声色は、熱く燃えるように滾っていた。
228 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 20:35:07.90 ID:6Fy41Xha0

 W号をこちらが仕留めてしまえば大洗の合流はない。
 だから戦術上は逃走を指示することもできる。

 しかしその声を聞いて、私にカルパッチョの決意を止める理由は思いつかなかった。

「任せたぞ。カルパッチョ」

『勝ちます』

 その一言を残して、カルパッチョとの通信は切れる。

「一同、全速前進っ!」

 こうなれば、我々は何としてもここで38(t)を仕留めねばならない。
 ましてやW号をフラッグ車であるカルパッチョの元へ行かせるなんて、ありえない。
229 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 20:37:15.41 ID:6Fy41Xha0

「ペパロニ、W号を足止めしろ! 撃破されても構わんっ!」

『了解っす!』

「ジェラート! 敵と接触したらすぐ戦闘だ、砲弾を準備しておけっ!」

 ジェラートが「Si!」と返事をしたのも束の間、森から街道へと抜けた場所にW号と38(t)の姿が見えた。

 向こうも我々に気付いたのか、38(t)を前に行かせ、W号が後ろへと下がる。
 しかし、W号が砲身を我々に向けるよりも、我々が連中を射程範囲に入れる方が先だ。
230 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 20:38:36.27 ID:6Fy41Xha0

「ここで決めるぞっ! 突撃っ!」

 スコープを覗き、みるみる近づく亀のマークを捉える。

「フォーコおっ!」

 叫び、発射レバーを倒す。
 ――が、砲弾は急発進して盾になったW号の砲塔に当たり、弾道を変えてあらぬ方向へと飛んでいってしまった。

 W号がびくともしていないのは、装甲を抜かれないよう着弾位置を調整したのだろう。
 連中は化け物かっ!
231 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 20:39:53.89 ID:6Fy41Xha0

「あ、ま、まずいっ!」

 W号の砲身が、こちらを捉えている。
 この距離からなら、一発で装甲を抜かれる。

 指示を出す間もない。砲身が僅かに首を上げ――、

「フォーコだおらぁああああああああっ!」

 高台から飛び出してきたCV33が、W号の砲身へと横から突撃をかました。

 弾道のずれた砲弾は我々には当たらず、背後でどおんと轟音が鳴る。
232 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 20:41:49.85 ID:6Fy41Xha0

『姐さんっ! フラッグ車をっ!』

 突撃をくらったものの、W号の砲身は無事で、砲塔を回転させて再びこちらへ狙いをすまそうとしている。
 38(t)はW号の背後――街道の先へと遠ざかってゆくところだ。

「W号は無視だ行くぞっ!」

 そうは言ったものの、W号が簡単に我々を逃がしてくれるはずがない。
 しかし我々には頼れる仲間がいた。

『くらえぇっ!』

 CV33がW号の履帯に突撃し、旋回を遅らせる。
 我々はその隙にW号の隣を通り過ぎ、街道を逃げる38(t)を目標に捉えた。

 とはいえ、38(t)とP40では速度はそう変わらない。我々の方が少し遅いくらいだ。
 おそらく追いつけはしない。
233 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 20:44:01.88 ID:6Fy41Xha0

『ドゥーチェ、ペパロニ車やられたっす! あと任せたっす!』

「おうっ! このドゥーチェに任せておけっ!」

 このまま街道を走り続ければ、いずれフィールドの端に辿り着く。
 そうなれば38(t)を追い詰められるだろうが、向こうもそんなことは百も承知だ。
 そうなる前に森へと逃げ込むだろう。
 姿を見失い、また仕切り直しにされてしまう。

 カルパッチョだってまだ撃破はされていないようだが、ここからどうなるかはわからない。時間はない。
234 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 20:47:02.13 ID:6Fy41Xha0

『ドゥーチェ、大丈夫です。そのままフラッグ車を追ってください』

「カルパッチョかっ!? 三突はどうしたっ!」

『宣言した通りです』

 ――街道の先から、黄色の旗を掲げたセモヴェンテが現れる。

「あははっ!」

 なるほど、三突はすでに撃破してきたのかっ!

『挟撃しましょうっ!』

「よおしっ! いくぞっ!」
235 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 20:48:47.44 ID:6Fy41Xha0

 前方から現れたセモヴェンテを回避しようと、38(t)が西の森へ進路を変えようとする。
 が、その先へセモヴェンテの発射した砲弾が当たる。
 38(t)が急停車。

 さあ、亀のマークをスコープの中心に。

 これで終わりだ。

「フォーコっ!」

 言って、発射レバーを下ろす。

 砲弾が発射され、38(t)の側面へと着弾する。

「ぅおおっ!?」

 直後、衝撃が走り、車内がぐらりと大きく揺れた。

 ハッチから顔を出すと、P40の車体からは白旗が揚がっている。
 振り返るとW号がそこに佇んでおり、どうやら我々は彼女らに撃破されたらしかった。
236 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 20:50:23.13 ID:6Fy41Xha0

 ――しかし。

 しかし、白旗が揚がっているのは、P40だけではなかった。

 我々の砲弾が命中した38(t)からも、白旗が揚がっているのが見える。

 残存車輌は、大洗がW号戦車一輌、アンツィオがセモヴェンテ一輌。
 我々のフラッグ車は、セモヴェンテだ。

『フラッグ車、38(t)、走行不能!』

 つまり――、

『アンツィオ、勝利っ!』

 審判長の声が響き、我々は歓声を上げた。
237 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/15(月) 20:53:37.58 ID:6Fy41Xha0

 残ったP40とセモヴェンテに乗り込み、大会指定の待機場所まで戻ると、目尻に涙を溜めたパネトーネらに迎えられた。

「ドゥーチェ最高っす! 姐さん方、マジ最高っすっ!」

「はっはっはーっ! そうだろうそうだろう!」
「いや、というかお前らもだぞ? 今日勝てたのはみんなのおかげだ」
「さすがアンツィオは強いっ!」

 私が言うと、「ドゥーチェえぇっ!」と一際大きな声でパネトーネが叫び、たちまちドゥーチェコールが巻き起こった。
 私も笑顔でその声に応えた。

「さて、いいかお前ら、これで終わりじゃないぞ? アンツィオの流儀というものを見せてやろう」

 私の言葉に、ペパロニが顔を輝かせて「よっしゃー、いくぞてめえらあっ!」と叫ぶ。
 みんなは「ぅおーっ!」「いくぜーっ!」と思い思いに返事をすると、一斉に散って各車両の運転席へと座った。
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