【ミリマス】育「ドラマ おおかみ姫」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/09(火) 00:02:07.45 ID:zmX2O7Gg0
※劇中劇的なお話になります。アイドルたちが役名で呼び合います。男役もいますので、苦手な方はご注意ください。




育「はぁ……はぁ……」ヨロ

育「ぼくは……どこまで逃げてきたんだろう……どこかの駅で貨物車を降りて、それから……」

ドサッ

育「もう……歩けないな……。マーガレット、みんな……どうか無事でいて……」

育(いちめん花でいっぱいだ。青い空に綿毛みたいな雲、やさしい風……。なんておだやかな場所なんだろう。そうか、ここはきっと天国に違いない…)


環「わ〜い待って〜!」

育(……ん?)

環「やったー! つかまえたぞー! くふふ♪」

育(女の子だ。ワンピース姿で走り回ってる……虫をつかまえてるのかな)

環「あれ? 誰かいるの?」トコトコ

育(長い髪が風にゆれてる……燃えさかる炎みたいな、きれいな髪――)

環「わあったいへん! ミランダー! 男の子がたおれてるぞー!」

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1562598127
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/09(火) 00:03:27.15 ID:zmX2O7Gg0
育「……」

環「この子、顔が真っ青だぞ。病気なの?」

美也「いいえ。どうやらものすごくお腹が空いているようですね〜。姫様、彼の頭を少し起こしてくださいますか」

環「うん。ターニャのひざの上にのせるね。よいしょ……」

美也「――お水ですよ。飲めますか?」

育「ん……」ゴク…

美也「お〜。この調子なら、持ってきたサンドイッチのパンをふやかせて……これなら、食べられますか?」

育「ん……」モグ…

環「食べてくれたね。だいじょうぶかなぁ……ん? ミランダ、見て。この子、左手の甲にタトゥーしてる……?」

美也「花の紋様ですね。もしや、これは……」
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/09(火) 00:04:01.67 ID:zmX2O7Gg0
育「ぅ……」

環「あっ、起きた。よかった無事で」

育「女の子……そうだ。ぼくは死んで……天使が迎えに…」

環「ちがうよ。ターニャは天使じゃないし、君もちゃんと生きてるぞ」

育「ターニャ……君の名前かい」

環「うん! 君はなんていうの?」

育「ぼくは、イグナス……」

環「イグナス! すてきな名前だね。よろしくね、イグナス! くふふ♪」

美也「イグナスさん、まだ意識がはっきりしないようですね。とりあえずお屋敷まで運びますよ。ミランダにおまかせです〜」
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/09(火) 00:04:31.50 ID:zmX2O7Gg0
――翌朝


美也「おはようございますイグナスさん。お加減はいかがですか〜?」

育「……メイドさん、きのうの……ここは?」

環「ここはターニャのおうちだぞ! イグナスは昨日ここに運ばれて、あれからずっと眠ってたんだ」

育「ふかふかのベッド……こんなの、いつ以来だろう。そっか、二人がぼくを助けてくれたんですね。ありがとうございます」

美也「どういたしまして。それより、朝ご飯はいかがですか? 食べやすいものをご用意しましたよ〜」

環「えんりょしないでいっぱい食べてね!」

育「ごくっ……いただきます」ぱくっ

育「……おいしい。すごくおいしいです」モグモグ

美也「それは良かったです〜」

環「すごいでしょ? ミランダはなんでもできちゃうすごいメイドさんなんだぞ」

美也「ところで――イグナスさんは、おうちはどちらですか? ご家族が心配されているかと思いまして」
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/09(火) 00:05:01.02 ID:zmX2O7Gg0
育「……ぼくに家族はいません。帰るところも、もう…」

環「え……」

美也「失礼しました。そうでしたか〜」

育「……そうだ! ミランダさん、ぼくのいた孤児院が大変なんです! 誰か助けを……えっと、ぼくの孤児院はジレールの街にあって――」

美也「ジレール……ここからだと列車で1時間はかかる都市ですね」

育「院長がずっと資金に困っていて、少しでも助けになればと、ぼくとマーガレット――同じ孤児院に住む仲の良い女の子が劇団のオーディションを受けることにしたんです」

育「だけどぼくはオーディションに落ちてしまって……マーガレットより先に孤児院に戻ってみると、ギャングが押し入っていて仲間のみんなを人身売買の取引にかけるって――」

環「ひ、ひどい……」

美也「国王陛下が体調を崩されて以来、ジレールをはじめとした大都市の治安は落ち、ギャングの闇取引が社会問題になっていますからね」

環「……」

育「それでぼくは隙を突いて奴らの馬車に火をつけてみんなを逃がして馬をうばい、怒って追ってきた奴らを振り切って、貨物車に忍びこんでこの近くの貨物駅まで…」
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/09(火) 00:06:02.27 ID:zmX2O7Gg0
環「ってことはイグナス、乗馬ができるの?」

育「うん。両親が「ヴォルフスの紳士たるもの必要な技術は身に着けるべし」って方針で、色々と習っていたんだ。みんな三年前の冬に、汽車の事故で亡くなってしまったけどね」

美也「三年前の汽車の事故といえば、あの港町に向かう特急が、大雪の影響で脱線してしまった事故ですか……」

育「はい。祖父の発案で親戚総出で旅行に出かける途中に起きた事故で……親戚の中でぼくだけが生きのびて、知り合いのつてでジレールの孤児院に」

美也「そういうことでしたか」

環「それじゃあ今、イグナスはひとりぼっちってこと……?」

育「そうだね……だから、一刻も早くみんなの無事を確認したいんです。もしかしたらどこかで危ない目にあってるかもしれない……」

育「場所ならすぐに案内できます。ミランダさん、今すぐぼくを警察まで連れて行ってもらえませんか」

美也「大変な状態なのはわかりました。ですが落ち着いてくださいイグナスさん、今はまずあなた自身のお身体を大事にするときです」

育「でも……!」

美也「あなたが孤児院のみなさんを心配なさっているように、みなさんもきっとあなたを心配してらっしゃると思いますよ。勇敢な行動でギャングを怒らせてしまったわけですから」

育「わかりました……」

美也「お着替えをお持ちいたします。しばらくお待ちくださいね〜」

パタン…
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/09(火) 00:06:39.40 ID:zmX2O7Gg0
環「じーっ……」

育「なんでそんなに見てるの? ぼくに何かおかしなところでもあるの?」

環「ねぇ、どうしてイグナスはターニャのことを天使とまちがえたの?」

育「えっ、何のこと?」

環「だってイグナスがターニャの前で目を覚ましたときに、そう言ってたぞ」

育「ああ……あのときのぼくは、きっと自分は死んだものと思ってたから。そんなときに目の前にきれいな女の子がいたら、誰だって――」

環「そうなの? ターニャ、今までそんな風に言われたことなかったから、ふしぎだなーって思ってたんだ。あっ、髪の毛はきれいってよくミランダにほめられるぞ」

育「言われたことないって、冗談でしょ? だって君はこんなに……しかもどこかのお嬢様なんだろう?」

環「お嬢様じゃなくて、お姫様なんだぞ。知らないの? ……あ、そっか。ターニャ、お城の式典とかもう何年も出てないから仕方ないよね」

育「お姫様って……まさか君が、病気でずっと療養してるっていうヴォルフス王国第三王女の!?」

環「そうだぞー。びっくりした?」

育(どうりで……でも、とても病気で伏せってるようには見えないけど……。って、そんなことよりぼく王女様相手に友達みたいにすごく失礼なことを!)

環「くふふ♪ おどろいてるイグナスおもしろいぞー」

育「……ターニャ王女は、この屋敷でミランダさんと二人で暮らしてるんですか?」
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/09(火) 00:07:07.67 ID:zmX2O7Gg0
環「むー。ふつうにしゃべっていいのに」

育「そういうわけには……」

環「ターニャはイグナスとお友達になれてうれしいんだ。だからふつうにしゃべってよ。お姫様めいれいだぞー」

育「お友達なのに命令って。ふふっ、そういうのをむじゅんしてるっていうんだよ」

環「やったぁ! ねぇイグナス、早く元気になってターニャといっぱい遊ぼうね。約束だぞ」

育「うん。わかったよ」

育(ターニャの気持ちはうれしいけど、お姫様の家でずっと遊んでばかりいるわけにもいかないよ)


美也「む〜ん…」

美也(ここ数日の新聞、特にジレールの地方版をあたってみましたが、それらしい事件の記事は載っていませんね)

美也(ジレールはヴォルフス王都に次ぐ第二の都市。そして国内で最も治安の悪い街でもある……)

美也(イグナスさんの話はきっと事実でしょう。けれどそれが公に出ていないのは気がかりです。調べてみる必要がありますね)
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/09(火) 00:07:42.98 ID:zmX2O7Gg0
育「……」

ガチャ

環「よいしょっと」

育「どうしたの? 何冊も本を持ってきて」

環「ずっとねてばかりいたら退屈だと思って、ターニャが好きな本を持ってきたんだ。読んで聞かせてあげるね」

育「そっか。うれしいけど、ぼくどれも読んだことがあるよ。あっ、こっちは『昏き星、遠い月』だね」

環「うん。その本はミランダが好きなんだけど、ターニャにはむずかしくてよくわかんなかったんだ」

育「書き出しのせりふは――私たちは、旅をしています。どこまでも続く終わりのない旅です」

環「おおーっ」

育「次はミュージカルで有名なクリスとエドガーの出逢いのシーン…。――あんたみたいなお嬢さんが、こんな危ないとこで何してるんだ? うろうろしてると危ないぞ」

環「すごい。すごいよイグナス! ミュージカルの俳優さんみたいだぞ!」ピョンピョン

育「えへへ。俳優になるために練習してたからね。ぼくがエドガーで、クリスティーナの役はマーガレットがよく演じてたな…」
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/09(火) 00:08:18.51 ID:zmX2O7Gg0
環「マーガレット……その子とイグナスは仲良しだったんだよね」

育「うん。最初はぼくだけでオーディションを受けるつもりだったけど、マーガレットのことも誘ったんだ」

育「彼女はしっかりしてて、かわいいし、きっといい女優さんになれると思ったから。だから本人からいっしょにオーディションに出たいって言われたときはうれしかった」

環「……」

育「でも、いっしょにがんばろうねって励ましたのはぼくだったのに、先に落選しちゃって情けないな。おまけに帰りにあんな事件が起きて……」

環「……やっぱり本はやめにして、カードゲームでもしようよ。そうだ! ボードゲームはどう? ミランダがね、外国のチェスみたいなゲームが得意なんだ」

育「おもしろそうだね。ぼくにも教えてほしいな」

環「うん! じゃあ取ってくるから、待っててね」

……
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/09(火) 00:08:51.22 ID:zmX2O7Gg0
――翌日


美也「ずいぶん顔色が良くなってきましたね〜。安心しましたよ〜」

育「おかげさまで。ミランダさんの作る料理はとってもおいしいから、きっと元気がない人もみんな元気になっちゃうと思います」

育(こんなおいしい料理を、孤児院のみんなにも食べさせてあげられたらいいのにな……)

美也「イグナスさん……?」

育「ミランダさん、やっぱりぼく、いつまでもこの屋敷でお世話になるわけにいきません。体調がもどり次第、ここを出るつもりです」

美也「孤児院のみなさんのことが心配なんですね」

育「はい。院にはぼくみたいに普通の家庭で生まれ育った子は珍しくて、読み書きが上手くできない子も大勢います。たとえ奴らから逃げ切れても、別の悪い大人に見つかってしまったら…」

美也「その件については既に私が一つ手を打っていますよ。心配なさらず、しばらくこちらでゆっくりなさってはいかがですか?」

育「いいえ、そういうわけには。元々ぼくは、孤児院の子たちみんなに勉強できる時間とお金を用意したくて、街の食堂で働いてたんです。とても足りなかったですけど」

美也「それでまとまったお金を得るために、劇団のオーディションを受けられたんですね」

育「はい。役者としてたくさんのお金をかせげれば、孤児院のみんなだって学校に通えるようになる。元々演技で人を喜ばせるのが好きだったというのもありますけど」
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/09(火) 00:09:44.30 ID:zmX2O7Gg0
育「だからこうして安全な場所に避難できたぼくが、ちゃんと稼いでみんなのためになれるようにしないと。元気になったらすぐに働きたいです」

美也「む〜ん、そうですか〜。姫様もイグナスさんと仲良くなれてとても嬉しそうだったので、残念です〜」

育「いえ。ここを出てもターニャとは友達でいたいです。ずっとこの屋敷や庭園でばかり過ごすのは、さみしいと思うし」

美也「はい〜。ぜひそうしてください」

育「それでおねがいがあります。この近くで、住み込みで働かせてもらえるようなお店や農家さんを知っていたら、教えてください」

美也「働くことも立派ですが、イグナスさんご自身もお勉強をされてもいいんですよ。姫様も、一緒にお勉強するお友達がいれば嬉しいでしょう」

育「だけど、ぼくだけが楽をするわけには……」

美也「頑なですね〜。でも、そこがイグナスさんの素敵なところなのでしょう。わかりました。少しご近所を当たってみますね。ですがお勉強の件は、ぜひご検討ください」

育「ありがとうミランダさん。お気持ちは受け取っておきます」

美也「ところで……差し支えなければ、イグナスさんのその左手の甲の紋様について教えていただけますか?」

育「あ、これですか。ぼくにもよくわからないんです。劇団のオーディションを受ける前に気づいて……」

美也「そうですか。なら、そちらについても調べる必要がありそうですね」
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/09(火) 00:10:26.14 ID:zmX2O7Gg0
――さらに翌日


育「きれいなちょうちょ……こんなの初めて見たよ。ジレールの街では普通のちょうちょを見かけることだって珍しいのに」

環「そうなの? この辺りにはいっぱいいるぞ。あっ、ほらあっちにも!」

育「ほんとだ。やっぱり空気がすんでるからかな」

美也「む……お二人とも、お静かに」

環「ミランダ? どうしたの」

美也「イグナスさん、こちらの植え込みの影に隠れてください。姫様も。声を立てないように…」


黒服の男A「おい、いたか?」

黒服の男B「いえ。さっぱりっス。クソッあのガキどこへ隠れやがった。空き家や廃屋にいねぇなら、やはりこの辺りの誰かに匿われてるんスかね」

黒服の男A「ああ。ここらは田舎だが別荘地でもある。ガキ一人匿うだけの余裕のある家も多いだろうからな」

黒服の男B「この屋敷とか、どうっスかね」

黒服の男A「おい馬鹿。あの狼の紋章を見てみろ。ここは王室の土地だ。下手に近づくのはマズい」

黒服の男B「マジっスか!? なら尚更こんなところにあのガキはいるはずないっスね…」

黒服の男A「だな。とりあえず他を当たるぞ。あるいはとっくに農家の荷馬車にでも紛れ込んでトンズラした後かもしれねえからな」

タタタ…
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/09(火) 00:10:56.01 ID:zmX2O7Gg0
育「……」

美也「……行ったようですね」

環「あいつら、イグナスのことを追ってきたの?」

美也「どうやらあれが、昨日ご近所の酪農家さんたちが噂していた不審な輩のようですね」

育「やっぱり、感づかれていたんだ」

美也「イグナスさん、住み込みでの働き口をご紹介するお話ですが、なかったことにさせてください。あなたの身を危険にさらすわけにはいきません」

育「だけどぼくがここにいたらあいつら、近くのみなさんにまで迷惑を――」

美也「今から他の町に行ってもまた感づかれるでしょうし、その町の人を怖がらせることにもなります。ここより安全な場所はありません。いいですね?」

育「……わかりました」

環「だいじょうぶだよイグナス。あいつらのことだって、きっとマリーナお姉様ならすぐ調べて捕まえてくれるぞ」

育「マリーナお姉様って、マリーナ第二王女のこと?」

美也「はい〜。マリーナ様は警察省の特別顧問をされていますから」
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/09(火) 00:11:31.89 ID:zmX2O7Gg0
――翌日


美也「――ではお手数ですが、よろしくお願いします」

海美「任せて! 王女として警察顧問として、こういう問題を放っておくわけにはいかないもの」

美也「ふふっ。マリーナ様らしいですね〜」

環「お姉様〜〜〜!!」ダッ

海美「あっ、ターニャぁぁぁぁ!! うぅぅ〜久しぶりだね〜会いたかったよ!」

環「くふふ♪ ターニャもだぞ。ねぇお姉様、今日は何して遊ぶの?」

海美「ごめんね。私もいっぱい遊びたいところなんだけど、今日は大事な仕事があってここに来たからさ。ほら、ミランダに呼ばれて」

環「あっそれって、イグナスがいた孤児院の事件のこと?」

海美「そうそう。ふふふ、ターニャったらかわいいボーイフレンドなんて作っちゃって。も〜お姉ちゃん嬉しいよ〜」

環「ボーイフレンド……そっか。ターニャ、イグナスのこと……」

海美「あっごめんターニャ、そんなつもりじゃ――」

環「ううん。平気だぞ。だけど……もし事件が解決したら、イグナスは元の街に帰っちゃうのかな」

海美「うーん、それは私からはなんとも言えないけど…」

環「そっか……うん。しょうがないよね」シュン
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/09(火) 00:12:27.62 ID:zmX2O7Gg0
海美「……この国の治安を回復させるためにも、新しい女王の即位――お姉ちゃんとメルセデスお義兄様の婚礼を早くまとめたいところなんだけど」

海美「それにしても魔法科学が発達してて多くの魔術師を輩出しているサジタリアス王国の第三王子が、うちのお姉ちゃんとあんなにラブラブになってくれるなんてね」

環「そうだね。カタリーナお姉様、メルセデスお義兄様といっしょだといつもニコニコしてて幸せそうだぞ」

海美「ほんとそうだよね! お姉ちゃん真面目だから難しい顔をしがちだけど、やっぱりこの国の女の子は笑顔でなきゃね!」

環「王子様と結婚か……。ターニャにはあんまりよくわかんないけど…」

海美「……せっかく仲良くなれたんだもんね。イグナスくんとは、これからも仲良しでいたいよね」

環「でもイグナスには帰らなきゃいけない場所があるし、ターニャといつまでもいっしょにいたら……明日は満月だし…」

海美「明日の天気なら心配なさそうだよ。天気予報では、この辺りは一日中曇りで、夜には一部で雨も降るかもって言ってたから」

環「ほんと? じゃあターニャ、明日もイグナスとずっといっしょにいられるぞ! くふふー」

海美「……心配しないで。ターニャのこれからのことは、お姉ちゃんたちが必ず解決してみせるから」

海美「カタリーナお姉ちゃんだって色々動いてくれてるからね。ただ、ちょっと考え込みすぎてる感じはあるけど」

環「それはしかたないよ。だってカタリーナお姉様だもん。こっちが心配になっちゃうぞ」

海美「よしっじゃあ私がお姉ちゃんに、ターニャも心配してるから一人で抱え込まないでー!って伝えておくね」

環「うん! それじゃあお姉様、イグナスの孤児院のこと、よろしくね」

海美「任せて! じゃあね!」
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/09(火) 00:12:54.36 ID:zmX2O7Gg0
育「マリーナ王女ってとっても明るくて元気な人なんだね。ちょっと意外だったけど、ターニャのお姉さんって考えるとたしかに似てる気がするよ」

環「くふふー、そうでしょ。ターニャ、マリーナお姉様のことも、カタリーナお姉様のことも大好きなんだ」

環「事件のことはマリーナお姉様が調べてくれてるから、イグナスは安心してここにいていいんだぞ。だから今日はターニャといっぱい遊ぼうね!」

育「ありがとうターニャ。だけどぼくは匿われている身だから、あまりはしゃぎすぎるのもよくないかなと思って」

環「そんなこと気にしなくていいの! それにせっかく元気になったんだから、体を動かさないともったいないぞ。ね、ターニャといっしょに来て」

育「う、うん…」

育(ターニャ、今日はごきげんだなぁ。やっぱりお姉さんに会えたからかな)

育(昨日の夜は、さみしそうな顔で夜空をながめてた気がするから、ちょっと心配してたけど……元気そうでよかった)
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/09(火) 00:13:26.00 ID:zmX2O7Gg0
――ヴォルフス王国、王宮


琴葉「そう。ターニャにボーイフレンドが…」

海美「うん。ターニャより2つ年下みたいだけど、なかなか美少年だったよ。なんていうのかな、聡明そうな感じ?」

琴葉「ふふっ。何はともあれターニャが元気そうで良かった。ただ、まだ何の解決にもなってないのがね」

海美「そうだね…」

琴葉「あの子にも私たちの式に出席して欲しいし、何より幸せに生きていって欲しい。そのために私たちにできることが、必ずあるはずだから…」

海美「お姉ちゃんがターニャのために頑張ってることは私が一番知ってるつもりだよ。魔法の勉強でサジタリアス王国に留学したり、色んな図書館で古い書物を調べたり」

海美「だけど忘れないで。もしお姉ちゃんに何かあったら、私もターニャもとっても悲しい。無理しないでね」

琴葉「マリーナ……うん。ありがとう」

海美「それじゃあ私、もう戻るね。お父様のお見舞いにも行きたいし」

琴葉「気をつけてね。いってらっしゃい」

パタン…
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/09(火) 00:13:51.40 ID:zmX2O7Gg0
琴葉「……」

恵美「カタリーナ、そんなに深刻な顔しないで。マリーナたちだっていつも言ってくれてるじゃないか。君には笑顔が一番似合うって」

琴葉「メルセデス……。だけど私、今の状態で本当に女王に即位していいのかな」

恵美「それなら大丈夫。君のその優しさは、この国を背負って立つのに相応しいものだ。僕が保証するよ」

琴葉「でも私は、ターニャを……大切な妹さえ幸せにすることもできない。こんな私に、国民のみなさんを幸せにすることなんて……」

恵美「カタリーナ…」

琴葉「ああ、ターニャ……あの子には何の罪もないのに、どうしてこんなに苦しまなきゃならないの」

恵美「大丈夫。あの子に流れている血は、この国を造った偉大な女王の血だ。それが悲劇を生む呪われた存在だなんて、僕は思わない」

琴葉「……今夜は満月。月が満ちる度に、あの子のことで頭がいっぱいになるの。あの子にも平穏な満月を過ごせる日が、いつか来るのかしら」

恵美「焦っても仕方ないさ。今はとにかく信じて前を向こう。ね?」

琴葉「ええ。そうね…」
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/09(火) 00:14:23.96 ID:zmX2O7Gg0
育「へえ。これが国王陛下の小さいころの写真なんだね」

環「うん。このお屋敷は、お父様が小さいころにこの辺りの森で虫取りをするときに使ってたんだって」

育「そうなんだ。陛下も虫や自然が大好きなんだね。それであんなに日焼けを…」

環「うん! 学校の自由研究で発表したっていう作文も残ってるんだぞ。えっと、たしかこっちの方に――えっ」

育「ターニャ?」

環「なんで……今夜はくもりだからだいじょうぶって、マリーナお姉様が言ってたのに……」

育「ターニャ、どうしたの? 窓の外に何かあるの?」

環「イグナス、ごめんね」ガラッ ダッ

育「待ってよターニャ! どこへ行くの!?」

環「来ないで……見ちゃやだよ……うぅ……ググ…」ゴゴゴゴ…

育「ターニャ、だいじょうぶ!? ターニャ!!」

環「ダメ……おねがい、おさまってよ……今夜だけは……ウウゥゥウ……」バキバキバキ…
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/09(火) 00:14:54.14 ID:zmX2O7Gg0
スタッ

美也「イグナスさん、離れてください」

育「ミランダさん、ターニャはどうしちゃったの――あ」


環「グァァァアアアアアーーーーッ!!」

美也「晴れた満月の夜……姫様はこのお姿になるのです」

育「そんな、これって……」

環「ガルルルル……」

育「オオカミ……じゃないか…」
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/09(火) 00:15:29.96 ID:zmX2O7Gg0
それは、今から1800年ほど前のこと――。

この大地は、魔界からやってきた魔物の毒で汚されていた。人々は病に苦しみ、争いも絶えなかった。

混迷の中、事の発端である魔物を退けようと一人の若者が立ち上がった。

誰もがその日一日を生き延びるだけで精一杯の世の中、孤立無援の戦いになるのは必至。けれども彼は一本の剣を携え魔物と相対した。そして案の定、苦戦を強いられた。

万事休すかと思われたそのとき、大きな獣が飛び出して魔物に噛みついた。それは彼がかつて助けた一匹の狼だった。

若者は魔物の毒に蝕まれ瀕死だった狼をつきっきりで看病し、己の空腹を顧みず食事を与え続けたのだった。

そんな彼の姿に、狼は種族を越えた想いを密かに抱いていた。孤立無援と思われていた若き勇者には、誰よりも彼を愛し見守る者がついていたのだ。

狼の強大な牙に抉られ弱点が剥き出しになった魔物に、若者は最後の力を振り絞って剣を突き立てた。

魔物が倒れ、その力が消え去ると、若者と狼の前に土地神が姿を現した。土地神は彼らを英雄として讃え、願いを三つ叶えようと告げた。

若者は言った。もう皆が二度と魔物に苦しまぬよう、この剣に神の聖なる力を宿してくれ、と。これが叶えられ、剣はたちまち聖剣となった。

狼は吠えた。人間となり、若者の妻として一生を共に生きたいと。これが叶えられ、彼女は美しい赤髪の乙女となった。

そして乙女は、思い人と手を取り合い言った。この土地に争いのない平和な国を築きたいと。

土地神は光を放ちながら姿を消した。光が晴れると、そこには立派な城と都が造られていた。狼だった乙女は初代女王に即位し、子宝にも恵まれた。

これがヴォルフス王国建国の物語である。
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/09(火) 00:16:02.11 ID:zmX2O7Gg0
しかしそれから500年後のこと。王家に双子の王子が生まれた。

このうち兄である第一王子は、満月の夜に狼に変化し、暴走してしまうのだった。家臣たちは初代女王の先祖返りだと恐れた。

息子を憐れんだ王はこの情報を秘匿し、第一王子の人生に影響しないよう努めた。

ところが二人が成長し後継争いが勃発。第二王子は兄の体質を利用し、「兄は悪魔に魂を売り渡し化け物となった」と民に触れ回った。

第一王子は、恐怖で団結した第二王子側の勢力に追い詰められるも監禁先の牢獄で先祖の力が暴走。敵勢力をすべて壊滅させ、ついに第二王子をも食い殺してしまった。

やがて第一王子は正統な王となり後継者も生まれたが、己の力が災いをもたらすことを恐れ、自らの意思で人生の大半を牢の中で過ごした。歴史上最も孤独な王であった。


それからさらに500年後、今度は先祖返りの王女が生まれた。

500年前の悲劇を繰り返さぬよう、王女は手厚く育てられた。満月の夜以外は普通の少女として過ごした少女はすくすくと成長し、一人の男性と結ばれた。

愛する人と共に暮らし始めた王女だったが、とうとう悲劇は起きた。ある満月の夜、狼と化した王女が無意識のうちに最愛の伴侶を食い殺してしまったのだ。

翌朝、我に返りすべてを知った王女は、失意の末自ら命を絶った。


以来800年間、ヴォルフス王家に先祖返りは生まれていない。記録上は――。
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/09(火) 00:16:34.44 ID:zmX2O7Gg0
育「先祖返り……そんな、王家に悲劇をもたらすって……」

美也「はい。ターニャ様は800年ぶりに生まれた、記録上3人目の先祖返りの王族なんです」

育「それじゃあターニャが病気で療養してるっていうのも――」

美也「国民のみなさんを動揺させないための表向きの発表です」

美也「真実は国王陛下と第一王女カタリーナ様、第二王女マリーナ様、そしてカタリーナ様の婚約者であるメルセデス様と私ども一部の家臣にしか明かされていません」

育「そうか、王妃様――ターニャのおかあさんは、ぼくが生まれた頃にはもう……」

美也「ええ。ターニャ様の先祖返りの事実にひどく心を痛められ、お身体を悪くしてほどなくお亡くなりになりました」

育「そうだったんですね……」

美也「そんなターニャ様のおそばにいることが、私のお仕事なんです」
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/09(火) 00:17:03.11 ID:zmX2O7Gg0
環「ガルルル……アオォォーーーン!!」

美也「鎮まりください、姫様……」スッ

バリバリバリッ

環「ガァアァァッ!! グォォ…!」ジタバタ

育「ミランダさん!? 何を……ターニャ、苦しそうだよ!」

美也「魔獣の力を封じるために用いる魔術です。幼き日の私は、国王陛下にこの力を認められ、ターニャ様お付きのメイドとなったのです」

美也「ターニャ様が王女として国民の前に立つことができなくても、できるだけ普通の日常を送れるように――それが国王陛下の願いです」

美也「この状態の姫様は我を忘れておられます。何も手を打たなければ、誰彼構わず襲いかかることでしょう。お屋敷の外へお連れするわけにはなりません」

育「だけどこんな……魔獣を鎮めるための魔術なんて、かわいそうだよ……」

美也「ですがこれが私の使命……何より姫様ご自身が人を傷つけることを望まれておりません。それを防ぐこともまた、メイドの務めですから」

育「ミランダさんだって、本当はこんなことしたくないはずですよね。だって今のミランダさん、とっても悲しいそうだよ…」

美也「……」
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/09(火) 00:17:32.48 ID:zmX2O7Gg0
育「ぼくにまかせてください。必ず、ターニャを落ち着かせてみせます」

美也「イグナスさん、しかし――」

育「おねがいします! ぼくもターニャのために、できることをしたいんです」

美也「落ち着かせられると、ご自分を信じていらっしゃるようですね。はて、その自信の源とは?」

育「やる前からあきらめたくないです。できるかできないかじゃなくて、できる自分でありたいから」

美也「ふふっ……私の負けですね〜。ただし、危険が迫ったらすぐに間に入りますからね」

育「ありがとう、ミランダさん」


環「ガウゥゥ……」

育「ターニャ、ぼくだよ。イグナスだ」

環「ガルルルル……」ジリジリ

育「痛かったよね。でも、もうだいじょうぶだから。こわがらないで」

環「ガァァァッ!!」ガブッ

美也「!!」
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/09(火) 00:17:59.83 ID:zmX2O7Gg0
育「いたっ! ぐっ……このくらい平気だよ。どんな姿でも、ターニャはターニャだ。君がぼくを食べるなんて、そんなことあるもんか」

環「グゥゥゥ!!」

育「初めて君と見つめ合ったとき、夕焼けみたいにきれいな目だと思った……今だってそうだよ。今夜初めて月の光に照らされる君の目を見てる。きれいだよ、ターニャ」

美也「……」

育「だからぼくらの心は通じ合えるに決まってる。ターニャになら、ちゃんととどいてるよね。ぼくの言ってることが……」

環「ウゥ……」ピタッ

美也「なんと……!」

環「ワォン……」スヤスヤ

育「おやすみ、ターニャ。……ミランダさん、このままターニャをベッドまで連れて行けますか?」

美也「はい〜。もちろんですよ」

育「もし許してもらえるなら、ぼくもターニャのそばにいていいですか。満月の夜のターニャは、いつも苦しい思いをしてきたんですよね」

美也「ええ。あれだけ明るく元気な姫様です。本来なら、たくさんのお友達に囲まれ、月夜もご家族と穏やかに過ごされているはずですから……」

育「ターニャはもうひとりぼっちじゃありません。ぼくがいますから」

美也「そうですね〜。それじゃあ、お願いしますね。その前に、まずはイグナスさんの左手を治療しましょう」
28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/09(火) 00:18:28.62 ID:zmX2O7Gg0
環「ん……もう、朝……。わっ!」

育「……」スヤスヤ

環「イグナス、なんでここに――って、うわああどうしよう! まだ月が沈んでないぞ!」

育「ムニャ……ターニャ、起きたのかい?」

環「イグナスこっち見ないで! ターニャがいいって言うまで見ちゃダメだぞ!」

育「わっ、ごめん。……ミランダさんから聞いたよ。朝になっても、月が消えるまでは完全に元にもどらないんだよね」

環「ここにいるってことはイグナス、ずっと見てたんだよね。ターニャの、あの姿を」

育「ミランダさんからは危ないから近づかないように言われた。でも、だからって放っておけないよ。どんな姿でもターニャはターニャだ。ひとりぼっちにさせたくなかった」

環「ターニャは……イグナスにだけは見られたくなかったの……ミランダも優しいイグナスなら平気でいてくれるって言ってくれたけど、でも……見せたくなかったの!」

育「……ごめん。そうだよね。君の気持ちも考えず……悪いのはぼくだ」

環「……」

育「そっちを見ずに、このまま出て行くよ。また後でね」
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/09(火) 00:18:58.72 ID:zmX2O7Gg0
環「……待って、イグナス」

モフッ

環「イグナスはターニャのことを考えてくれてたんだよね。ターニャを、ひとりぼっちにさせたくなかったんだよね」

育「……ここにミランダさんと二人だけで住んでいるのも、お城の中や周りの人にあの姿を見せないようにするため、なんでしょ」

環「そうだよ……イグナスは自分の今までのこと、いっぱいターニャに話してくれたのに、ターニャはぜんぶだまってた。こんなの不公平だよね。ごめんね」

環「それでもイグナスはずっとターニャのそばにいてくれて……なのにターニャはおこったりして……。だけどもう平気だから、ターニャのこと、見て」

育「本当にいいの?」

環「……うん。イグナスの顔を見て、ちゃんとお礼が言いたいから」

育「わかった。それじゃあ――あらためて、おはようターニャ」

環「おはようイグナス。ずっとそばにいてくれて、ありがとう♪ ……えっ、その左手のケガって」

育「あっ……こんなの気にしなくていいよ。だってぼくが自分から――」

環「でも、でも……うわぁぁ〜ん」

育「泣かないでターニャ。ぼくは平気だよ」

環「だってミランダから聞いたでしょ? ターニャとずっといっしょにいれば、ターニャはイグナスのこと、食べちゃうかもしれないんだよ? ターニャ、そんなのやだよ」

環「ターニャはイグナスとずっといっしょにいたい……けど、イグナスを傷つけたくない……だからターニャは、イグナスとお別れしなきゃいけないの……」

育「お別れなんてしなくていいんだよ。ほら、ぼくをよく見て。君と一晩中いっしょにいたけど、食べられたりなんかしてないじゃないか」
30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/09(火) 00:19:33.60 ID:zmX2O7Gg0
育「覚えてないかもしれないけど、満月を見て暴れていた君にぼくが呼びかけたら、君はおとなしくなって、それからずっと眠ってたんだよ」

環「そうなの……?」

育「ぼくの言葉が通じたんだ。ならこの先だって、ぼくが食べられる心配なんてありっこないんだよ」

環「こんな風になっちゃう人なんて、世界でターニャしかいないのに……こわくないの?」

育「いつものターニャも、耳としっぽが生えたターニャも、オオカミのターニャも、ぜんぶひっくるめてターニャでしょ? ならそれでいいじゃないか」

育「ぼくはそれよりも、ターニャが辛い思いをしてるのに、それを知らないままほったらかしにしてたかもしれないことの方がこわいよ」

育「今まで満月の夜はずっと一人でこわい思いをしてきたんだよね。でももうだいじょうぶ。これからはぼくがついていてあげるから。ぼくなら絶対食べられたりしない。約束する」

環「ほんと? イグナス……ほんとに次の満月も、その次の満月も、ずっとずっとターニャといっしょにいてくれるの?」

育「もちろんだよ。だってぼくらはともだ――」

モフッ

育「――わっ!?」

環「わーい! イグナスだーいすき! くふふ♪」

育「あはは。くすぐったいよターニャ。もう〜」


美也「……」チラッ

美也「ふふっ、これで一件落着ですね〜。さあ、朝ご飯の支度をしましょうか」
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/09(火) 00:20:02.22 ID:zmX2O7Gg0
美也「さて、今朝はオムレツにポテト、それからとれたてのプチトマトを添えて……」

育「ミランダさん、ちょっといいですか?」

美也「おや、イグナスさん。姫様とご一緒ではなかったのですか?」

育「うん。ターニャ、顔をあらって着がえてるところだから」

育「それで、何かお手伝いすることはありませんか? 孤児院の子たちに作ってたから、目玉焼きとか簡単な料理ならできます」

育「お世話になると決まったからには、何もしないわけにいきません。持てるかぎりでなんでも挑戦させてください」


環「イグナスお料理するの? じゃあターニャも手伝うぞ!」

育「わっターニャ、いつの間に」

美也「おや〜、姫様はお料理をなさったことあったでしょうか」

環「イグナスがお料理するならターニャもするの! ミランダばっかりイグナスといっしょでずるいぞー!」

美也「む〜ん、困りましたね〜」

育「それじゃあぼくが教えてあげるね」

環「うん!」
32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/09(火) 00:20:30.22 ID:zmX2O7Gg0
――数日後、王宮


海美「先祖返りしたターニャを魔術なしで抑えた!? 例のイグナスくんが?」

琴葉「ええ。昨日届いたミランダからの手紙によるとね。ただ偶然かもしれないし、先祖返り自体を止められたわけでもないらしいけど」

海美「だけどすごいことだよ。私たちの誰が呼びかけても鎮められなかったのに」

恵美「ところでそのイグナスくんって、一体何者なの?」

海美「捜査のために色々調べさせてもらったけど、元々は郊外ののどかな町、ドリトーラに生まれた裕福な市民だったみたい。それが三年前に汽車の脱線事故で家族を亡くして…」

琴葉「それで天涯孤独になってしまったのね。かわいそうに…」

海美「孤児院の事件については、ギャングが表沙汰にならないように処理したみたいで調べるのが大変だったよ。ただ、逃げた子たちの身の安全は確認されたよ」

恵美「それは良かった」

海美「手筈どおり、希望者には私が指定した安全な孤児院に移ってもらったよ。それに院長さんも無事だった。ただ建物は全焼……あの分だと再建するのは難しいかな…」

琴葉「そう……資料、見せてもらってもいい?」

海美「もちろん。お義兄様もどうぞ」
33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/09(火) 00:20:58.22 ID:zmX2O7Gg0
恵美「ありがとう。……ん? イグナスくんの母方のお祖父さん、うちの国の出身なんだね」

海美「そうみたい。列車事故よりも前に病気で亡くなられたみたいだけど」

恵美「待って。この事故のとき彼が乗ってた車両、損傷が一番激しかったところじゃないか。ここで無傷で生き延びたなんて、普通じゃありえない」

琴葉「不思議ね。ねぇマリーナ、他に彼の気になる特徴とかあれば教えてくれる?」

海美「ある! 左手の甲に、花の形をしたタトゥーみたいなのがあって、それがミランダ曰く悪魔の刻印らしいんだ」

琴葉「悪魔……!?」

海美「だけど本人に訊いても、いつつけられたか覚えてないみたいなんだ。結構最近までなかったはずらしいんだけど」

琴葉「彼、本当に大丈夫なのかな。ターニャにも危険がなければいいけど」

海美「それなら心配ないって。だってミランダがついてるんだもん」

恵美「イグナスくんについては僕の方でも少し調べさせてもらうよ。彼のお祖父さんのことも気になるしね」
34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/09(火) 00:21:33.83 ID:zmX2O7Gg0
――さらに数日後


美也「イグナスさん、手のケガの調子はいかがですか?」

育「はい。元々そんなにひどいケガじゃなかったし、痛みだってすぐ収まりました。もう包帯を解いてもだいじょうぶですよね」

環「ごめんね、イグナス」

育「ターニャは悪くないよ。それにこんなに軽いケガですんだのも、ターニャと心が通じたからなんだから」グルグル

育「……あれ?」

環「どうしたの?」

美也「おや〜? あの妙な刻印が消えていますね」

環「ほんとだ。代わりにターニャの歯形がちょっと残っちゃってるぞ」

育「ふしぎだね。もしかしたらターニャがおかしなパワーを消してくれたのかもしれないね」

環「ほんと? そうだとうれしいな」


こうしてイグナスはターニャの屋敷で家事の手伝いをしたり、勉強をしたりしながら過ごすようになった。

穏やかな時間は流れ、やがて次の満月の夜が訪れた。
35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/09(火) 00:22:01.37 ID:zmX2O7Gg0
美也「もうすぐ日が沈みます。月もうっすら見えてきましたね〜」

環「ターニャ、ほんとにだいじょうぶなのかな。あっ耳が」ピョコン

育「だいじょうぶだよ。ぼくを信じて」

環「うん……」

美也「空がだんだん暗くなってきました」

環「うぅ……グルルル……」ゴゴゴゴ…

環(ダメ……やっぱりおさえられない……ターニャ、おおかみになっちゃうよ)

環(せっかくお姉様たちを安心させられると思ったのに。カタリーナお姉様の結婚式にも出られると思ったのに…)

――どんな姿でも、ターニャはターニャだ。

環(あれ?)

――ちゃんととどいてるよね。ぼくの言ってることが……。

環(イグナスの声。知らないはずなのに、いつか聞いたことがあるような……。あったかい……とっても心が落ち着くぞ)
36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/09(火) 00:22:27.20 ID:zmX2O7Gg0
育「……ターニャ」

環「ガゥゥ……」

育「ターニャ、ぼくがわかる?」

環「ワゥゥ♪」

美也「なんと〜。姫様、ミランダですぞ〜。わかりますか〜」

環「ンフフゥ♪」

美也「おぉ〜」

育「すごい、すごいよターニャ。自分の意思で力をコントロールできてるんだよ!」

美也「はい〜。これならもう沈静の魔術を受けられる必要も、地下室で過ごされる必要もありませんね〜」

育「やったぁ!」

美也「これもイグナスさんのおかげですな〜」

育「あ、そっか。ぼくがいないときもコントロールできなきゃ意味ないよね。じゃあターニャ、ぼくちょっと庭を離れてみるから――」タッ
37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/09(火) 00:22:55.43 ID:zmX2O7Gg0
環「ガゥゥ〜♪」トコトコ

育「わっ、ダメだよ。ぼくからはなれないと練習にならないじゃないか」

環「ワフワフ♪」ペロペロ

育「もうターニャったら、しょうがないんだから」

美也「お〜。姫様、大胆でいらっしゃる。これは前途有望ですな〜」

ポンッ

環「ターニャ、イグナスといっしょならおおかみのままでも平気なんだ。くふふ♪」

育「えっ、自分でもどれるようになってる??」

美也「でも耳と尻尾は生えたままですね〜。まあ、これでも今の生活に支障はありませんし、無理に練習しなくても大丈夫でしょう〜」

育「い、いいのかな…」

環「いいんだぞ♪」
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