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少女「あなた、死神?」男「あぁ」
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36 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/04(木) 20:31:14.89 ID:xJn3KPymO
少女「………」
少女「……あの人は相変わらずね」
少女(いつもそう。どんなに距離を空けても、いつの間にか私の裡側に入り込んでいる)
少女「………」
少女(……それでも、このまま生きている意味なんて……)
男「………」
少女「………」
男「………」
少女「…わっ!?」
男「………」
少女「……その現れ方どうにかならないの?心臓に悪いわ」
男「……ノックをしてから入ればいいか?」
少女「そうね、理想を言えば。……でもそんなことしたら聞こえてしまうわ。この部屋の外、あの人がすぐ近くに居ると思うから」
男「………」
少女「そう、だからあまり大きな声を出さないで。あなたが見つかっても、私は何も言えないし」
男「……安心しろ、俺の声は君以外には聞こえないようになっている。姿も見えない」
少女「私の声は?」
男「………」
少女「……気が利かないのね」
男「……そのような干渉は許されていない」
少女「神さまなのに?」
男「………」
少女「………」
37 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/04(木) 20:32:28.67 ID:xJn3KPymO
男「……その書物」
少女「これ?」
男「あぁ。かなり古いものだ」
少女「そうなの?……あなたのことを調べていたんだけどね。この本だけじゃないわよ?ざっと十冊は流し読みしたわ」
少女「けれど、やっぱりおかしい」
男「………」
少女「だって、どの本にも鎌を持っていない死神の話なんて出てこないんだもの。……あなた、隠し持っているのではなくて?」
男「……俺は鎌を持つことは出来ない」
少女「……禁書の棚からも探してみようかしら……」
男「………」
男「…苦しそうにしていた」
少女「え?」
男「昨晩の君だ」
少女「……見てたの?」
男「………」
少女「趣味が悪いわね」
男「……これを使えば、解放されるのか?」スッ...
(睡眠導入剤)
38 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/04(木) 20:34:32.18 ID:xJn3KPymO
少女「あ、それは……」
少女「……返しなさい」パッ
男「………」
少女「………」
男「………」
少女「……夜が寝苦しくなってきたのはもう随分前でね、初めは気のせいかと思ってた。一過性のもので、その内治るんだって」
少女「でもね、それは突然だったの。声も満足に上げられないくらいの痛み……」
少女「その日から眠るのが怖くなって……これを飲むようになったわ」
男「……楽になったか?」
少女「多少はね。叩き起こされることはなくなったけど、それでもとても苦しいとは感じるの。……寝ているはずなのに」
男「なぜ医者の言うことを聞かない」
少女「嫌よ、病院なんて……全身管で繋がれるんでしょう?監獄と一緒よ」
男「……では医者の出した薬は?痛みとは逃れたいものなのだろう?なぜ薬まで拒む」
少女「そ、そんなの……」
男「………」
少女「………」
男「……わがままだな」
少女「っ!」キッ
男「………」
少女「……あなたも同じ苦しみを味わわえばいいんだわ」
男「……生憎、俺は痛みを感じないんだ」
少女「まぁ…!」
少女「それは嫌味かしら?本当なのだとしたら、羨ましいことこの上ないわね」
男「嘘ではない」
少女「ふーん……」
39 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/04(木) 20:37:14.73 ID:xJn3KPymO
少女「……神さまってよく分からないのね」
男「……?」
少女「見るからに人としか思えない、言い伝えとは違う姿だし。かと思えばおかしな体質。いきなり湧いて出てくる」
少女「それに……」チラリ
男「………」
少女「……人間と友達になろうとする」
男「──」
少女「神さまって皆あなたみたいな人(?)ばかりなの?」
男「………」
男「…よく知らないな。他のものと顔を合わせる機会がないんだ」
少女「なら…ずっと死神さまのお仕事をしてるだけ…?」
男「そうだな」
少女「でも暇にはなるのでしょう」
男「……そうだな」
40 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/04(木) 20:38:53.62 ID:xJn3KPymO
少女「………」
少女「……ね、私あなたの話が聞きたい」
男「……俺の?」
少女「そう」
男「……退屈な話しか出来ないが」
少女「そんなの、あなたが決めることじゃないわ。私が聞きたいから、教えて欲しいの」
少女「お友達同士で思い出話をするのは定番よ?」
男「そうなのか」
少女「さ、時間もないんだから、頼んだわよ」
男「………」
男「……では、そうだな…俺がこの町に来る前の話だ──」
.........
41 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/04(木) 20:40:12.24 ID:xJn3KPymO
その黒ずくめの男は、──"死神"。
あらゆる命の期限を知る者です。
ただし、自分では生き物を殺しません。──殺せません。
実際に殺すのは、別の実行者──"鎌"たち。
退屈な死神が人々に紛れて生活していると、ある日見つけたのは、可愛らしい少女でした。
──数ある死の気配の中で、彼女にひかれた理由を、まだ死神は知りませんでした。
42 :
◆YBa9bwlj/c
[sage saga]:2019/07/04(木) 20:53:39.18 ID:RD8jNAV+0
>>22
アドバイスありがとうございます。
ですが安心してください。
どの設定をどう絡ませていくかは、一応考えてありますよ。
43 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/09(火) 02:14:42.59 ID:GTq2Jn9X0
そうして数日の月日が過ぎました。
44 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/09(火) 02:16:51.14 ID:GTq2Jn9X0
ーーー伯爵邸 娘の部屋ーーー
教育係「お嬢様、いい加減観念して口をお開けください!」
少女「嫌よ嫌!さっきから何度も言ってるじゃない!自分で食べられるって!」
教育係「なりません!先日あのようなことがあったばかりではないですか!」
少女「だから、手を滑らせただけなの!おかしいことじゃないでしょう!」
教育係「いいえお嬢様。私の目は誤魔化せないですよ」
少女「私の言うことが信じられない?」
教育係「お嬢様には嘘つきの前科がございますからね」
少女「む……」
教育係「……ではこうしましょう」
教育係「お嬢様、右手をお出しください」
少女「?……こう?」
教育係「そのまま、私と同じ動きをしてください」
45 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/09(火) 02:19:22.74 ID:GTq2Jn9X0
グーパーグーパー
少女「……なんで?」
教育係「出来ないのですか?」
少女「………」
グー...パー...グー...
教育係「遅いです。同じ速さでやって頂かないと」
少女「っ……」
グーパーグ...
少女「………」
教育係「……動かないのですよね?」
少女「……痛くはないのよ」
少女「ただ、少し痺れるだけで……」
教育係「お嬢様……」
ギュ...(手を握る)
46 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/09(火) 02:21:05.18 ID:GTq2Jn9X0
教育係「……お身体に異変があったのなら、すぐにお申し付けください」
教育係「あなたはひとりではないのです。その苦しみの一端だけでも、私たちにお預けください」
少女「……死ねばひとりよ」
教育係「お嬢様!!」
少女「………」
教育係「……まだ、死にたいとお考えですか?」
少女「………」
少女「…残酷なことを訊くのね」
少女「生きたいって答えて欲しいの?…もうすぐ死ぬ相手に」
教育係「……失言でした。申し訳ございません」
教育係(ですがそれでも、その一言さえ口に出して頂ければ、きっと私たちは……)
教育係「………」
少女「………」
教育係「…お食事に致しましょう」
少女「……ん」
カチャ
47 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/09(火) 02:23:04.95 ID:GTq2Jn9X0
教育係「では、どうぞ」スス...
少女「……」
アーン
少女「」モグモグ
教育係「……」
少女「」モグモグ
コクン
少女「……そんなに見られてると食べにくいわ」
教育係「あら、つい…」
教育係「…昔を思い出しておりまして」
少女「昔?」
教育係「覚えていませんか?まだお嬢様が9つのとき、高い熱を出して寝込まれたことがあったでしょう」
教育係「そのとき、同じようにこうしてお手伝いしていたな、と」
少女「そんなこと…あったかもしれないわね」
教育係「はい。それにそのときは……」
教育係「──旦那様もご一緒でした」
少女「………」
教育係「………」
教育係「……旦那様とお話は、いつされるのですか?」
少女「忘れてなんかいないわ」
少女「……近いうちに」
教育係「必ずですよ」
少女「分かってる」
48 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/09(火) 02:24:27.30 ID:GTq2Jn9X0
教育係「………」ス...
アーン
少女「」モグモグ
教育係「………」
教育係(……分かっているのです。この方が、全てを嫌いになったわけではないと)
教育係(お嬢様はお気付きになっているはずです)
教育係(お嬢様の発作に駆け付けたあの日から、毎夜旦那様が看病しにいらしていること……お嬢様の苦しむ時間を少しでも減らすために)
教育係(気付いていながら、何も言わず、さりとて拒絶もしない……)
教育係(そしてそれは旦那様も同じ)
教育係(お嬢様が旦那様を受け入れていることを、分かっているはず)
少女「」モグモグ
コクン
教育係「お次は何にします?スープですか?」
少女「……」コクリ
教育係(……あともう少し)
教育係(この子たちの溝が埋まる……そのときまで)
教育係(最後の一押しさえ、出来れば)
.........
49 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/09(火) 02:26:12.20 ID:GTq2Jn9X0
少女「………」ペラ...
教育係「………」
少女「………」ペラ...
教育係「………」
少女「……この間から思ってたけど」
教育係「はい?」
少女「ずっと私を見てるだけって…退屈しないの?」
教育係「しませんわ」
教育係「目の保養でございます」ニッコリ
少女「そう…」
少女「………」ペラ...
教育係「……小説を読まれているみたいですが、死神様の調べ物はお済みになったのですか?」
少女「ん、そうね…」
少女「案外、本の中身も信用できないってことなら分かったわ」
教育係「?」
少女「……とにかく、もういいの。気は済んだから」
教育係「……そうですか」
少女「………」ペラ...
教育係「………」
少女「……教育係」
教育係「はい。……ではまた後ほど」
スッ...
ペコリ
ガチャ パタン
50 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/09(火) 02:27:58.41 ID:GTq2Jn9X0
少女「………」
少女「……入っていいわよ」
カチ
ギギギ...
男「………」ヌッ
少女「いらっしゃい」
男「……なぁ、他の方法はないのか?」
少女「ん?」
男「これではまるで物盗りではないか」
少女「最初に不法侵入しておいてよく言うわよ」
少女「仕方ないの。ドアからは入れないし、いきなり現れるのは……私の心臓が止まる」
少女「残りは窓しかないでしょう?」
男「………」
少女「友達には配慮するものよ」
男「……その言葉、そっくり返そう」
少女「あら、病気の女の子に苦労させるつもりかしら」
男「………君は、ああ言えばこう言うな」
少女「今更知ったの?」
51 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/09(火) 02:29:36.04 ID:GTq2Jn9X0
男「………」
男「……で、今日は何の話を聞かせればいいんだ?」
少女「んー、そうねぇ…」
少女(………)
ーーーーー
教育係「──まだ、死にたいとお考えですか?」
ーーーーー
少女「………」
男「………」
少女「……ねぇ、今私の命を奪ってと言ったら、してくれる……?」
男「……忘れたのか。俺に生を奪う力はない」
少女「もし、出来るとしたら?」
男「………」
少女「………」ジッ...
男「………」
少女「……ふぅ」
少女「そんな仮定の話、詮無いことよね」
男「………」
少女「だったら、そうね……」
(窓の方を向く)
少女「──私、一度市場へ行ってみたいの」
52 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/09(火) 02:31:04.80 ID:GTq2Jn9X0
ーーー王国の市場ーーー
ワイワイ
「ほれほれ!どうだい!今日も新鮮な魚が入ってるよー!」
ガヤガヤ
「そこな美しいお方。あなたの為に詩を一遍お読み致しましょう」
「あらまぁ…私のことでしょうか?」
「はい。多くの人々の中から貴女を見つけ出せた奇跡……その運命に祝して、いかがです?」
「ふふふ、口がお上手なのね。いいでしょう。聞かせてくださいな」
ザワザワ
少女「わー……」
男「………」
少女「すごい活気…!」
少女「私、市場がこんな賑やかな場所だなんて知らなかったわ…!」
男「………」
少女「あなた、以前退屈なところだって言ってたけど、全く違うじゃないの」
男「……どこの国でもありふれた光景だ」
少女「えぇそうでしょうね。あなたにとってはね」
53 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/09(火) 02:32:06.64 ID:GTq2Jn9X0
少女「……」ウズウズ
少女「…ね、早く行きましょう」
男「時間はいいのか」
少女「平気よ。ちょっと見て帰ってくるだけだから」
男「………」
テクテク
「さて皆さん、ご覧あれ!こちらは遠い東の異国から取り寄せた世にも珍しい逸品だよ!」
少女「」キョロキョロ
男「……」テクテク
「よっ!ほっ!」
「──はぁい!」パッ
オォォ!
パチパチパチ
「ありがとうございます!我ら西の旅芸人一座、どうぞよろしくお願いします!」
少女「わぁ…!」キラキラ
男「……」テクテク
54 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/09(火) 02:33:44.74 ID:GTq2Jn9X0
男「…よそ見をするな。人波にさらわれるぞ」
少女「大丈夫!そんなにやわじゃ──」
ドンッ
少女「きゃっ!」ドサッ
「あら、ごめんなさいね。急いでいるもので」スタスタ
少女「うぅ…」
男「言ったそばから……」
男「……」スッ
グイ
少女「!?」
少女(あ、手を……)
男「……離れると危ない。しっかり握っていろ」
少女「……うん」
ギュ...
55 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/09(火) 02:35:13.45 ID:GTq2Jn9X0
男「……」テクテク
少女「……」テクテク
男「……あまり外に出ないのか?」
少女「…毎日出てたわよ」
男「なら──」
少女「家の敷地内でね」
男「……」
少女「一日の中で、少しだけど自由に使える時間があってね。そういう時間は大体、外出していたわ。といっても、お屋敷の門から外へは出られないし、必ずお付きの者がいたから家の中に居るのと変わらない心地だったけど」
少女「…けどね、たまに、本当にたまに何かの用事でお父様たちと一緒に出かけることがあった」
少女「こんな風に自分の足で歩くことなんてなくて、いつも馬車の中で座ってたわ」
少女「……それで、大抵外を眺めていたの」
男「……」
少女「…私と同じか、それより小さな子たちがね、走り回って遊んでるのよ。それを見ながら、どんなルールの遊びなのか、何人で遊ぶのが楽しいものなのか…とか、考えてるの」
少女「それが最近の、一番の楽しみだった」
56 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/09(火) 02:36:32.78 ID:GTq2Jn9X0
「パパー僕お使い疲れちゃったー」
「頑張りなさい、あともう少しだから」
「えー」
「…じゃあお使いが終わったら向こうの広場へ行こうか。今西国の旅芸人の一座が来ているみたいだぞ!」
「ほんと!?行く行く!」
「よーし、それまでパパが肩車してやろう!ほれ!」
「わぁ!パパこわいってー♪」
少女「……」チラリ
男「……」
少女「……」グッ...
男「……」
少女「……ねぇ死神さま。幸せって何なのかしらね」
男「………」
少女「私たちが生まれてくる目的って、結局幸せになることなんだって思うの。幸せっていうのはつまり、楽しいと、嬉しいと感じることよね?」
少女「……だったら、私が生まれてきた意味って何だったのかな……」
男「………」
少女「………」
57 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/09(火) 02:37:23.75 ID:GTq2Jn9X0
「ちょっと、そこのかわいいお嬢さん」
少女「……え、私?」
「そうそう!そんな悲しい顔してちゃ、せっかくのおめかしが勿体ないよ!お兄さんもそう思わんかね?」
男「お兄さん…?」
「おんやぁ、違ってたかい?」
少女(……フフ)
少女「……いいえ、違いませんわ」
少女「ね、兄さま?」
男(む…)
男「……あぁ」
「そうかいそうかい!んなら、ほれ!」スッ
少女「これは…?」
「うちで売ってる焼き菓子だ!サービスさ、一つあげるから元気だしなよ!」
少女「ありがとう、ございます」スッ...
男「……」
少女「……」
58 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/09(火) 02:38:28.25 ID:GTq2Jn9X0
少女「」パク
少女「〜〜!」
少女「美味しい!これ美味しいわよ!とっても!」ニッコリ
男「!」
「わはは!そうだろう!じゃ、おじさんはもう行くからね。お店はここから真っすぐ行って左の方にあるから、気に入ったら寄っておくれ!」
少女「ありがとう!おじさま!」テフリフリ
少女「」パクパク
少女「ん〜〜!」
少女「市場ってなかなか、捨てたものじゃないのね…!」
男「………」
少女「…?なに?」
少女「あ、もしかして食べたかったの?」
男「……驚いた」
少女「ん?」
男「君は…笑わないものだと思っていた」
少女「…失礼ね。私を何だと思ってるのよ」
男「……」
少女「なによ、似合ってないとでも言いたいの?」
男「…いや」
男「笑顔の方が素敵だ」
少女「──っ」ドキッ
少女「…そ、そんなの、当然、よ」メソラシ
男「…?」
少女「さ!それよりまだまだ行くわよ!こんなんじゃ回り足りないんだから!」ギュ
男「おっと……」
男「……ちょっと見て回るだけじゃなかったのか…?」
.........
59 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/09(火) 02:39:19.98 ID:GTq2Jn9X0
少女「……」テクテク
男「……」テクテク
少女「…こっちの方はまた少し雰囲気が違うのね」
男「そうだな。インテリアや装飾品が主体だからだろう」
少女「食べ物の方が人気があるってわけ?……人間ってわかりやすい生き物よね」
男「……」
男(さっきの君も、他人のことは言えないと思うが…)
少女「……なにか?」ジロ
男「…何も言ってないだろう」
少女「ふん……」
男「………」
男「……この辺りで売っているものよりも、君の部屋にあるものの方が立派だ」
男「君にとっては目新しくないのではないか?」
少女「まぁ、そうね」
少女「でも、家に置いてあるのは、私が選んだわけじゃないから……あっ」ピタッ
男「どうした?」
少女「……」ジーッ
タッタッタッ
男「おい、どこへ…」
タッタッ...
少女「……」ジッ...
男「……」チラリ
看板『雑貨店』
60 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/09(火) 02:40:44.36 ID:GTq2Jn9X0
男「……」...テクテク
少女「……」ジッ
店主「おや、いらっしゃい。何か気になるものでもあったかな?」
少女「あ、えっと…」
店主「ん?…この銀の首飾りかな?ふむ、確かに、お嬢ちゃんによく似合いそうだ」
店主「よし!この首飾り、職人の業物でね、本来なら銀貨20枚はいただく代物なんだが……お嬢ちゃんのためだ、特別に半分の10枚にまけてあげよう」
少女「銀貨10枚……」
店主「うむ。どうかね?」
少女(……)
男「……君にとっては安い買い物だろう?」ボソッ
少女「それはそうだけど…今お金なんて持ってきてないもの。何か買うつもりなんてなかったから……」ボソッ
店主「……やっぱりちょっと値が張るかね?なら、こっちの髪留めなんてどうだろう?その綺麗な髪によく映えると思うよ」
少女「いえ、お気持ちは嬉しいのだけれど、私たち──」
男「──店主、その首飾りをいただこう」
少女「え…?」
店主「おぉそうかい!」
61 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/09(火) 02:42:13.63 ID:GTq2Jn9X0
男「金だ」ジャラ
店主「はい毎度」
少女「あなた、お金なんて……」
店主「では、こちらをお包み致しますので少々お待ちを──」
男「いや、そのままでいい。渡してくれ」
店主「そうですか?…では、どうぞ」
男「……」
(首飾りを受け取る)
少女「………」
男「……少女」
少女「!!」
少女(今、名前で…?)
男「何をしている。こっちを向くんだ」
少女「え、今、あなた……」
男「早く」
少女「……えぇ」
男「……」
スッ(首飾りを着ける)
62 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/09(火) 02:44:14.71 ID:GTq2Jn9X0
少女「……」
男「……」
店主「おぉ…!やはり思った通り、よく似合っている!」
少女「そうかしら…?」
店主「えぇそうですとも!…こちらの鏡で、今のご自身を御覧なさい」スッ
少女「…まぁ…!」
少女(胸元にちょこんと……ふふ、かわいい業物さんね)
少女「ねぇどうかしら、あなたも似合ってると思う?」クルッ
男「……あぁ。とても魅力的だ」
少女「♪」
男「………」
少女「……あ」
少女(そういえば)
少女「店主さん」
店主「なんだい?」
少女「今、何時かしら?」
店主「今……そうだね、17時前くらいじゃないかね」
少女「もうそんな時間なのね…!」
少女(あと40分もない…)
少女「戻りましょう?」
男「……」
63 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/09(火) 02:45:10.52 ID:GTq2Jn9X0
テクテク
店主「また来ておくれよー!」
少女「……」テクテク
男「……」テクテク
少女「…♪」クビカザリイジリ
男「……」テクテク
少女「…今日は、ありがと」
男「……」
少女「あなたのおかげで、素敵な一日になったわ」
少女「……こんな日々を送ってみたいものね……」ボソッ
男「………」
男「……最後に、少し立ち寄りたいところがある」
少女「あなたが…?」
男「そんなに時間は取らせない」
少女「なら、いいけど…」
男(………)
64 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/09(火) 02:46:31.15 ID:GTq2Jn9X0
ーーー伯爵邸のはずれの森 空地ーーー
少女「──ここって……」
男「……昔、来たことがあるのではないか?」
少女「そう、ね。でも……」
(町を一望できる景色)
少女「……本当に昔のことよ。まだ物心がついたばかりの」
少女「死神さまともなると、そんなことまで分かるのね」
男「………」
少女「………」
トサッ
男「……」
少女「……ほら、あなたも座って」
少女「ここに」ポンポン
男「………」
...スッ
65 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/09(火) 02:48:19.81 ID:GTq2Jn9X0
少女「………」
男「………」
少女「…変わらないわね、ここからの眺めは」
男「………」
少女「初めてここに連れて来られたのは、まだ6か7くらいの時だったわ」
少女「あなた、想像できて?私にも素直な幼子時代があったのよ?」
少女「今はもう随分変わってしまったけどね…」フッ
男「………」
少女「ま、あなたにとっては数年なんて一瞬なんでしょうね」
男「……今でも、この景色は好きか?」
少女「……うん。あの頃と同じ。ここから見てると、この世界の一部になったように感じるの」
少女「私みたいな小さい存在でも、確かにそこに居るんだって…思わせてくれる……」
男「………」
少女「………」
男(……柔らかい表情。きっとそれが、君の本来の素顔……)
66 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/09(火) 02:49:26.19 ID:GTq2Jn9X0
男「……君の話を、聞かせてくれないか」
少女「……」チラリ
男「この数年で変わったと、そう言っただろう。……何を感じ、何を思って今の君があるのか」
男「俺に教えてくれ」
少女「………」
男「……思い出話に花を咲かせるのは定番、なのだろう?」
男「俺の話は十分にしたはずだ」
少女「………」
少女「……うん」
少女「いいわ。……あまり長く話すことはないけど」
男「………」
少女「……私の小さい頃の夢から教えてあげる」
少女「昔の私はね、それこそ、夢見る女の子の典型例だった。子供ってすごいわよね、無限に想像力があるのよ。いつもいつも、あれはどうだ、これはそうだって飽きもせず考え続けてたわ」
少女「…とある絵本を読んでね。内容は、ありふれたものなの。村の人たちからいじめられて辛い想いをしていた娘が、実はお姫様で、素敵な王子様が迎えに来てくれるっていうね」
少女「でもその絵本を読んだ私は、これしかないって、自分でもびっくりするくらい強い、夢を抱いた」
67 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/09(火) 02:50:56.93 ID:GTq2Jn9X0
少女「……ね、クイズ」
少女「どんな夢だと思う?」
男「……姫になりたい、か?」
少女「ふふ、はずれ」
少女「……そのお姫様にはね、友達がいたの。どんなときでもお姫様の味方だった、明るい村娘」
少女「その子の生き方に憧れたのよ」
男「………」
少女「その絵本の中でも、とりわけ好きな場面があって、それが──」チラ
男「……?」
少女「──それがちょうど、さっきの私たちみたいに、村娘がお姫様を大きな市場に連れて行く場面」
少女「こんなに自由に、力強く生きている人がいるんだって、その時の私にはとても眩しく思えたの」
少女「……ふふ、今読んだら分からないわよ?単なる脇役の一人にしか見えないかもしれない」
男「……その本は今も読むのか?」
少女「それがね、残念ながら何処かに無くしちゃったみたいなのよね……」
少女「時々探してみてるんだけど、見つからなくて」
男「………」
少女「……続き、話すわね」
男「あぁ」
少女「ここからはある程度想像が付くかもしれないけれどね」
68 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/09(火) 02:52:10.42 ID:GTq2Jn9X0
少女「……とにかく、私が夢見る女の子でいられたのは、その時くらいまでだった」
少女「今のお屋敷に住むようになってから、私の行動は否応なく制限されていったわ」
少女「やれ教養を身につけるための習い事だの、やれ伯爵家の娘としての振る舞いを意識しなさいだの……堅苦しい催事にもたくさん行った」
少女「どれも私にとっては煩わしい鎖にしか感じられなくて、次第にお父様、お母様に反発する数も増えていった」
少女「気付いたらお父様たちと顔を合わせるだけで衝突するようになっていて、今の私とまともに口をきけるのはあの人……教育係だけになっちゃってた」
少女「そうしたら……フッ…この有様」
少女「伯爵家のわがまま娘」
少女「それが他者評価。……まぁ、自覚はあるわ」
男「何の変哲もない、村の娘に生まれたかったのか?」
少女「いいえ、ちょっと違う」
少女「……多分、広い世界に憧れてただけ」
男「広い世界……」
男「……」
男「……そうでもない。意外とこの世界には、同じようなものしか存在しないさ」
少女「もう……すぐそうやって夢のないことを言う」
男「死神に睡眠は必要ないからな」
少女「…?」
男「…夢を見ないということだ」
少女「なにそれ、分かりにくい冗談」クスッ
69 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/09(火) 02:53:21.92 ID:GTq2Jn9X0
男「………」
少女「………」
男「……親を、憎んでいるか」
少女「………」
少女「……ううん」
男「………」
少女「だって、全部私が招いた結果だもの」
少女「お父様たちのせいでもない、運命なんて言うつもりもない……ただただ、降りかかる現実を見ないようにしていた私が選択した道」
少女「だから、誰かを憎むなんて…そんなことはないの」
男「………」
70 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/09(火) 02:54:13.53 ID:GTq2Jn9X0
少女「………」
男「………」
少女「……どう?私のこと、少しは分かったかしら?」
男「……」
少女「呆れるくらい、何もない人生だったわ…」
男「……」
少女「空虚で、独りで、寂れていて……」
少女「だからね、助からないと知ったあの時……早く終わりにしてほしかったの」
男「……」スッ...
少女「これ以上、無意味な日を重ねても何の──!?」
...ポン(頭に手を置く)
71 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/09(火) 02:55:33.14 ID:GTq2Jn9X0
男「………」
少女「………」
男「………」ナデリ...ナデリ...
少女「っ……」
少女「……その手は、なに?」
男「……」ナデナデ
少女「ね、ねぇってば……」
男「……」ナデナデ
少女「……なんなのよ……」
男「……君は泣いている」
少女「…何を言ってるの。涙なんて出てないわ」
男「分からないか?」
男「……もう何年も前からずっと、泣き続けているんだ」
少女「──!」
男「その声は誰にも届かない。その涙は誰にも気づかれない」
男「……君自身さえも」
少女「………」
少女(……ぁ……)
少女「……そう…かもしれない、わね……」
男「………」
72 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/09(火) 02:56:36.81 ID:GTq2Jn9X0
少女「………」
男「………」
少女「……こういう時、大声で泣けば、すっきりするのかしら…?」
男「……」
少女「…でも、泣き方なんてとうの昔に忘れてしまったわ」
男「……」ナデナデ
少女「……」
男「……」ナデナデ
少女「……」
少女「……私も、分かったことがある」
男「……?」ナデナデ
少女「……」
少女「…私とあなた、とてもよく似てるのよ」
少女「──二人とも、孤独で寂しい存在」
73 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/09(火) 02:58:05.42 ID:GTq2Jn9X0
男「……!」
男(……あぁ、そうか……)
少女「じゃなければこんなに、私以上に私のことを分かるはずないもの」フフッ
男(だから……俺は、こんなにも……)
少女「…私たち、似た者同士でお似合いかもね」
少女「ね、そう思わない?」
男「………」
男(……分かってしまえば、簡単なことなのだな……)
男「………」
男「……その──」
少女「っ!」ビクッ
少女「ぐ……あ……」ウズクマリ
男「おい、どうした…?」
少女「しに……が……」
ドサッ
男(こんなときに発作か…!)
少女「ぃ゛……」ガクガク
男(…この子は今がその時ではない)
男(俺が部屋まで連れ帰る、ということなのか…?)
「──お嬢様から離れてください」
74 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/09(火) 02:59:24.61 ID:GTq2Jn9X0
男「!」
タタタッ
教育係「……」サッ
少女「ぁ…ぎ……」
教育係「お嬢様、お薬です」クイッ
少女「ん………」コク...コク...
少女「…ぷはっ!」
少女「はぁ…!はぁ…!」
少女「は……」
少女「……………」
教育係「お嬢様…?お嬢様!!」
教育係(いえ、落ち着いて…)
スッ...
少女「………」
教育係「…気を失ってしまわれただけですか…」
男「……」
教育係「全くもう……お約束の時間、過ぎていますよ」
男「……」
75 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/09(火) 03:00:42.37 ID:GTq2Jn9X0
教育係「……僭越ながら、あなたたちの後を尾けさせて頂きました」
男「………」
教育係「どこの誰とも知れない怪しい人物の不法侵入」
教育係「無断でお嬢様を外へ連れ出した罪」
教育係「普通であれば打ち首ものです」
男「……」
教育係「……ですがあなたは……」
教育係(この子から笑みを引き出してくれた……)
教育係「……行きなさい」
教育係「今回だけ、あなたのことは旦那様へ報告しないでおきます」
男「……」
教育係「しかしくれぐれも、今後お嬢様へは近づかれないようにしてください」
教育係「もしお嬢様を悲しませることがあれば、そのときは──」
教育係「──私は一切容赦しません」キッ!
男「……」
教育係「……」スス...
(少女を抱える)
教育係「それでは」
スタスタ...
男「……」
男「……」
男(………)
76 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/07/10(水) 15:52:48.70 ID:GCpAwD4xO
続き楽しみ
77 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/11(木) 22:43:32.86 ID:NycV8kaX0
ーーー伯爵邸ーーー
伯爵「なんだと?この時間に発作が…?」
教育係「はい。今は鎮痛薬をお飲みになってから、自室にて寝ております」
伯爵「……なんということだ、ついに……恐れていたことが……」
教育係「……申し訳ございません。私の落ち度です。容態が良くないと知っていながら、お嬢様を外へ連れ出してしまいました」
伯爵「うぅむ……君らが外から戻ってきたときは何があったのかと思ったが……」
教育係「……」
伯爵「娘が言い出しのだな?外へ出たいと」
教育係「それは……」
伯爵「言わずともよい。分かっている」
伯爵「……しかし、危険と分かっていながら、娘を許可なく外出させるなど……」
教育係「罰はお受けします」
伯爵「そうではない。君のことだ、何か理由があったのだろう」
伯爵「そこまでする程の、理由が」
教育係「………」
ーーーーー
少女「──多分、広い世界に憧れてただけ」
ーーーーー
78 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/11(木) 22:45:25.35 ID:NycV8kaX0
教育係「それだけは、お嬢様から直接お聞きになった方がよろしいかと……」
教育係「私が伝えてしまうのは簡単です。ですが旦那様」
教育係「……そろそろ、お嬢様としかと向き合うべきだと、私は思います」
伯爵「なに…?」
伯爵「私が、あの子のことを見ていないと……そう言ったか?」
教育係「………」
伯爵「ふざけるな!私はあの子の父親だぞ!?」
伯爵「確かに今まであの子を放置しかけていたことは認めよう」
伯爵「だが今は違う!あの子の一挙手一投足まで見逃すつもりはない!こうしてお前の報告をつぶさに聞き、あの子の様子を毎日見に行っているではないか!」
伯爵「それが私に足りなかったこと、出来ていなかったことなのだ!」
伯爵「あの子への愛……そう、愛するというのは、片時も忘れず大切に想うこと……」
伯爵「──子を持たぬお前に何が分かる!?」
教育係「………」
伯爵「」ハッ
伯爵(……私は、何を……)
79 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/11(木) 22:47:28.33 ID:NycV8kaX0
伯爵「……すまない。少し疲労が溜まっているのやも知れぬ」
教育係「………」
教育係「私は、旦那様に手を引かれたあの時より、この御家に仕える身。命果てるまで尽くすと決めております故、子を成すことはないでしょう」
教育係「ですが、お嬢様の──あの子のことは我が子同然と思っております」
教育係「ですから分かるのです。旦那様も奥様も、お嬢様のことを本当に愛していること」
教育係「……旦那様が今、怯えていらっしゃること」
伯爵「っ…」
教育係「もう気付いておいでですよね?お嬢様は、旦那様を拒絶していないと」
教育係「想うだけが愛ではございません。伝えること、受け取ること、これもまた、愛の一つです」
教育係「ご自身を信じてあげてください。旦那様の行いに込められた意味、聡いあの子はきっと理解しています」
教育係「……それとも、自らの子供に恐れを抱くのも、親の愛とおっしゃいますか?」ニコッ
伯爵「………」
伯爵「……はは」
伯爵「敵わないよ、君には」
伯爵「私にそこまでものが言えるのは、娘か、君くらいのものだ」
教育係「光栄ですね」
伯爵「…皮肉だぞ?」
教育係「分かっておりますよ」ニコニコ
伯爵「ふ……」
80 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/11(木) 22:48:55.95 ID:NycV8kaX0
伯爵「……教育係、この数日、私は親と呼べる存在でいられただろうか」
伯爵「自分ではがむしゃらになっているつもりかもしれないが、振り返ってみると、ただの独りよがりで空回りしているだけなのではないか、などと余計なことばかり考えてしまうのだ」
教育係「………」
伯爵「………」
教育係「……明日です」
伯爵「む?」
教育係「明日、お嬢様とお話しされることになるでしょう」
伯爵「そうは言うが、私から突然出向くのは──」
教育係「この期に及んで何をおっしゃいます」
教育係「それに、勘違いをしていますね」
教育係「──お嬢様の方から、お声がかかるのですよ」
伯爵「……どうしてそんなことが分かる?」
教育係「約束したからです」
教育係「必ず、旦那様と話をされるように、と」
教育係(この約束は、絶対に破らない……そう信じていますから)
81 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/11(木) 22:51:24.73 ID:NycV8kaX0
伯爵「………」
伯爵「……そう、か」
教育係(……あの子の固く閉ざされていた心は、恐らくこの数日で急速に溶かされた)
教育係(それは多分、あの男がいたからこそなのでしょう)
教育係(あの方と共に歩いていた時の表情……)
教育係(……ふふ、立派に成長されましたね)
伯爵「……娘は、まだ眠っているのだな?」
教育係「はい。今の今、目を覚まされているかもしれませんが」
伯爵「………」
スッ
スタスタ
伯爵(私のやることは変わらない)
伯爵(あの子が安心して眠れるよう、側についていてあげる)
伯爵(それが夜だけでなくなっただけだ)
ガチャ(ノブを回す)
教育係「──旦那様」
伯爵「……」クル...
教育係「お尋ねしたいことを一つ、忘れておりました」
伯爵「……言ってみなさい」
教育係「お心当たりがあればでよろしいのですが…」
教育係「お嬢様が昔読まれていたという絵本について、ご存じありませんか?」
82 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/11(木) 22:53:34.10 ID:NycV8kaX0
ーーー夜 伯爵邸 娘の部屋ーーー
少女「」スースー...
伯爵「」グー...グー...
──フッ
男「………」
サ...サ...
男「………」
少女「」スースー...
男(………)
ソー...
男「…!」
──パッ(手を引っ込める)
教育係「……近づかないよう念を押したその日に夜這いですか。いい度胸です」
男「……」
教育係「……」
男(この女……なぜ俺が見える)
教育係「…あなたには訊きたいことがあります。私についてきなさい」
男「……断ると言ったら?」
教育係「力づくでも……と言いたいところですが、お嬢様の近くで騒ぎたくはありません」
教育係「あなたも同意見では?」
男「……」
教育係「……」
...テクテク
83 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/11(木) 23:28:14.06 ID:NycV8kaX0
ーーー部屋の外ーーー
教育係「……ここならよいでしょう」
男「………」
教育係「どうですか?このお屋敷は。見事なものだと思いませんか?」
教育係「例えばこの絵画などは、お嬢様がお選びになったものなのですよ」
教育係「……ふふ、私がいくら手解きをしても、あの子の美的感覚を養うのは難しかったようで」
男「……」
教育係「──さて」
クルリ
教育係「……まず単刀直入に訊きます」
教育係「あなたは、誰……いいえ」
教育係「何者ですか?」
男「………」
教育係「………」
男「………」
教育係「…答えられないのですか?」
男「………」
教育係「無口な方ですね」
教育係「……普通の人間ではありませんね?」
教育係「人智を超えた何か……そう、例えば──」
教育係「──死神様、とか」
男「──」
84 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/11(木) 23:30:12.52 ID:NycV8kaX0
男「……酷い妄想だな」
教育係「私もそう思います」
教育係「ですが、あそこまでお嬢様がヒントを出していれば、気付きます」
教育係「それにその格好」
男「……」
教育係「……古い書物ですが、ある伝承に全く同じ容姿で描かれた挿絵があります」
男「…どこにでも売っているフードだ」
教育係「では趣味でそのような格好を?」
男「………」
教育係「………」
男「……貴女こそ、ただ者とは思えない」
教育係「おや、私に興味がお有りですか?」
男「あぁ」
教育係「あら…」
男「………」
教育係「……なんてことはありません。お嬢様方と同じ、人ですよ」
教育係「ただ、昔から"分かる"だけなのです」
男「"分かる"?」
85 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/11(木) 23:31:52.98 ID:NycV8kaX0
教育係「人ならざるもの、異界の者の類…そういった気配」
教育係「小さな頃は、それが当たり前と思い騒ぎ立てることはありませんでしたが、ある日ふと友人に話してしまったのです」
教育係「……魔女狩りは知っていますね?」
男「……知っている」
教育係「あの頃の私は無知でした。その友人は教会に密告してしまい、使者に捕らえられた私は、眼前に降って湧いた処刑を待つだけでした」
教育係「──そこから救ってくださったのが、今の旦那様なのです」
男「……」
教育係「……腑に落ちないという顔をしていますね」
教育係「どうして私だったのか、でしょう?」
男「……」
教育係「勿論、私も尋ねました」
教育係「旦那様が迎えにいらしたその時に」
86 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/11(木) 23:33:14.76 ID:NycV8kaX0
ーーーーー
教育係「………」
カツ、カツ...
「おい、女」
教育係「………」
「迎えだ」
教育係「……」カオアゲル
教育係(迎え……?)
伯爵「おぉ、間違いない!この子だ」
教育係(……この男、確か昨週姿を見せていた…)
「じっとしていろよ」ガサゴソ
カチッ カチッ(拘束具がはずれる)
「さぁ出ろ」
教育係「………」
伯爵「……おい、彼女は立てない程弱っているのではないのか?」
「いえ、そのようなことはないはずですが……」
教育係「………」
教育係「…私をどうするつもりですか?」
伯爵「うむ、そう警戒しなくてよい」
伯爵「君に仕事を任せたいだけなのだ」
教育係「……私に……?」
教育係「なぜ、このような女を?」
伯爵「いやなに、先日この教会に立ち寄ったとき、偶々君を見かけただけなのだが……」
伯爵「──私はね、人を見る目には自信があるのだよ」
ーーーーー
87 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/11(木) 23:35:04.75 ID:NycV8kaX0
教育係「……それが私と旦那様の馴れ初めです」
男「……」
教育係「初めは当然、信用する気になどなれませんでした」
教育係「…ですが、仕事を覚えていく傍ら、旦那様を観察しているうちに、その言葉が真実であったことに気付かされました」
教育係「僅かでも悪意の持った者は必ず見破られ、誰がどの仕事に向いているのか、適材適所を実現なさる」
教育係「……これこそ、旦那様がここまでの人物たり得る証左に他ならないのでしょう」
男「……」
教育係「もっとも、ご自身の娘さんにだけは、通用しなかったようですね」フフッ
男「………」
教育係「……少々お喋りが過ぎましたか」
男「………」
男「……人ならざる者が分かると、そう言ったな」
教育係「えぇ」
男「ならば、先の問答に意味はなかったろうに」
教育係「先程の?いえいえ、私が察するのはあくまで気配のみ。その正体までは分かりません」
教育係「それは無論、あなたでも、です」
教育係「──今、確信に変わりましたが」ニッコリ
88 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/11(木) 23:37:57.77 ID:NycV8kaX0
男「………」
男「……どこまでも測れない人間だ、貴女は」
男「俺の存在に、最初から気付いていたな?」
教育係「………」
教育係「ご明察」
教育係「さすが死神様です」
教育係「正確には、お嬢様がお医者様の診断を受けられた翌日に、ですがね」
教育係「でなければ、いつお身体に不調が出てもおかしくないお嬢様を2時間もひとりにするなど、許すはずありません」
男「……なるほど、盗み見盗み聞きとは確かに、良い思いはしないな」
教育係「これでおあいこでしょう?」
男「……」
男(この物言い……)
男(あの子の口がよく回るのは、この人間譲りか)
教育係「人間の友人を作る死神様……世の中にはなんと、変わった神様がいるものだと思いましたよ」
男「……」
教育係「……それでも、どうしても分からないことがあるのです」
教育係「……」ジッ...
男「……」
教育係「なぜ、あの子なのですか?」
89 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/11(木) 23:40:58.42 ID:NycV8kaX0
男「……」
教育係「あなたは暇つぶしの中の偶然と言っていましたが…」
教育係「本当にそうなのですか?」
教育係「ただの偶然で、神様が一人の人間にここまで入れ込むことなど、あるのですか?」
男「………」
男(………)
男「…偶然だ」
教育係「……」
男「…と、思っていた。今日までは」
教育係「…!」
男「あの子が答えを言っていただろう」
教育係「……答え……?」
男「あぁ」
男「……あの子は俺と同じなんだ」
男「──孤独で悲しい存在」
教育係「………」
男「だから、知りたかった」
男「そんな人間のことを」
90 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/11(木) 23:41:59.70 ID:NycV8kaX0
教育係「……知ったその先に、何を求めるのです?」
男「先などない」
男「ただ、俺が興味を持ったというだけのこと」
教育係「……ただ、興味を持っただけ、ですって……?」
男「……」
教育係「えぇ、そうなのかもしれません。あなたにとっては長い時間のほんの一部に過ぎない」
教育係「ですがあの子にとっては違う!」
教育係「僅か数日という間に心を開き」
教育係「あまつさえお慕いする程にまで、あなたの存在は大きくなってしまった!」
教育係「気付いておりましたか?あなたを見る目、あなたと話すときの表情、その変化に」
教育係「あぁやはり死神様はとても残酷なお方です…!」
教育係「先が長くないと分かっている人間に、大きな未練を残させるのですから!」
男「……声を荒げると、聞こえてしまうぞ」
教育係「っ……」
91 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/11(木) 23:44:24.42 ID:NycV8kaX0
男「………」
教育係「………」
教育係「……感謝、しているのです」
男「……」
教育係「あの子に愛するということを教えてくれた…あなたに」
教育係「あの子の命は、今やこの世のどんなものよりも輝いていることでしょう」
教育係「…ですが同時に」
教育係「──私はあなたを許せない」
男「……」
教育係「あなたは今のあの子にとって、大き過ぎるものを与えてしまった」
教育係「決して叶うことのないその想いは……容赦なくあの子の心を締め付けることになる」
教育係「……私は言ったはずです」
教育係「あの子を悲しませるのであれば、容赦はしない…と」キッ
男「……」
男「……容赦、か」
男「死神を殺すか?」
教育係「……」ギリッ...
男「…ふ、揃いも揃ってよく喋る人間ばかりなのだな」
教育係「何を…!」
男「俺が今しがた口にした言葉」
男「貴女ほどの者でも察しはつかなかったか?」
教育係「……」
男「……俺は興味を持ったんだ、彼女に」
男「興味を、持ってしまったんだ」
男「──俺にとっても、彼女は…特別な存在になってしまったんだよ」
92 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/11(木) 23:49:02.55 ID:NycV8kaX0
教育係「──!」
教育係(特別……死神が、人を……)
教育係(あの子を──?)
スタスタッ!
グイッ!(胸倉を掴み上げる)
男「…!」
教育係「──ならば約束なさい!」
教育係「他のどの人間より、あの子を幸せへ導くと!」
男「…あぁ」
教育係「例えあの子の魂がなくなったとしても、絶対にあの子のことを忘れないと!」
男「あぁ」
教育係「あなたの存在が果てるまで、あの子の記憶を背負っていくのです!」
教育係「それが──!」
教育係「……それがあなたにしかできない、あの子に向けた愛」
男「……約束しよう」
ツー...
教育係「……」ポロ...ポロ...
男「……」
教育係「……」ポロポロ
...パッ(手を離す)
93 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/11(木) 23:51:02.65 ID:NycV8kaX0
男「……なぜ泣くんだ」
教育係「…これは、私の涙ではありません」ポロポロ
教育係「泣くことを忘れてしまったあの子の代わりに、私が泣いているのです……」ポロポロ
男「……」
男(………)
教育係「………」ポロ...
男「………」
教育係「………」
男「………」
教育係「……首飾りを……」
教育係「ありがとうございます」
男「……」
教育係「あの子は一層可愛くなりましたね」フフッ
男「……」
教育係「……夕刻、倒れられてからあの子はまだ目を覚ましておりません」
教育係「お医者様の話では明日には意識が戻られるとのことですが……」
教育係「こうもおっしゃっていました」
教育係「想定より病の進行が早い、あの子に残された猶予はもうあと幾日ばかり…と」
94 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/11(木) 23:52:23.52 ID:NycV8kaX0
男「………」
教育係「私どもにとってはあの子との最後の時間です」
教育係「……あなたにとっては?」
教育係「たったの数日という、あの子に生があるその時間」
教育係「あなたは何をしますか?」
教育係「それとも──何もしませんか?」
男「………」
男「……俺は」
男(……俺の代わりなどはいくらでもいる)
男(だが、あの子は……)
ーーーーー
少女「──こんな日々を送ってみたいものね……」
ーーーーー
男(あの子に与えられるはずだった幸せという時間は……)
男(………)
男「………」
教育係「………」
男「……君が望むなら、俺は……」
教育係「……?」
男「………」
スッ...
教育係「!」
教育係(姿を消した…?)
教育係「………」
教育係「……誠、神とは身勝手なものです……」
95 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/11(木) 23:53:46.38 ID:NycV8kaX0
ーーー翌日 伯爵邸 娘の部屋ーーー
少女「」スースー
教育係「………」
少女「………ん」モゾ...
教育係「!」
少女「……んぅ……」
少女(ここは、私の部屋……?)
少女(……いつ戻ってきたんだっけ……)
教育係「お嬢様!良かった…ご無事ですか?」キュ...
少女「教育係……」
教育係「心配していたのですよ。もう一日近く眠っていらしたのですから…!」
少女(一日……)
少女(じゃあ昨日のは、夢…?)
少女「……」チラッ
少女(…夢じゃない)
少女(首飾りがちゃんとある)
少女(……それより……)
少女「……ねぇ教育係」
教育係「なんでしょう?お腹が空かれましたか?すぐお出しできるよう手配していますよ」
少女「ううん、そうじゃなくて」
少女「……今、私に触れているのよね?」
教育係「!すみません。左腕、痛みましたか…?」
少女「………」
少女「……おかしいのよ」
少女「──その手の感触がね、ないの」
96 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/11(木) 23:55:09.12 ID:NycV8kaX0
教育係「──っ」
教育係(……あぁ……)
少女「いいえ…左手だけじゃない」
少女「あまり身体に力が入らないわ」
教育係(そんな……)
少女「んー…!」ググ...
少女「……はぁ、ダメ」
少女「教育係、起こしてくれないかしら?一人じゃ起き上がれないみたい」
教育係(この世界は、無慈悲です)
教育係「…痛かったら、申してくださいね」
スッ
少女「ありがとう」
教育係「……いえ」
教育係(こんなにも儚い子から、躊躇いなく奪っていく……)
少女「……ふふ。これで本当に重病人らしくなったわね」
教育係「………」グッ...
少女「なんて顔してるのよ」
97 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/12(金) 00:00:51.62 ID:dvAFSZf60
少女「………」
少女「…もう、食事だけじゃないわね」
少女「あなたに全てやってもらうことになっちゃいそう」
少女「……最後まで、よろしくね」
教育係「──お嬢様…!」コト...(膝をつく)
──ギュ
少女「…!」
教育係「──」ギュー
少女「……あなたが抱き着いてどうするのよ……」フッ
教育係(……いずれこうなってしまうのは、頭のどこかで予想していました……)
教育係(一番辛いのは、他でもないこの子のはず)
教育係(なのに……)
少女「こっちの手はまだ動くわ」
ナデ...ナデ...
少女「……こうしてると、私がお姉さんみたいね」
教育係(……なのになぜ、そんなにも優しい顔をされるのですか……?)
少女「……」ナデ...ナデ...
教育係「……」ギュ...
少女「……ね、早速お願いがあるの」
教育係「……はい。何なりと」
少女「お父様、お母様と話がしたいわ」
98 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/14(日) 01:50:40.11 ID:Mh6fG3ql0
ーーーーーーー
少女「………」
少女(……鍵の閉まった窓)
少女「………」
少女(今にも開きそうなのに……)
少女(死神さま……)
少女「………」
少女(昨日、私が倒れてから、何があったのかしら)
少女(──誰が私をここまで運んだの?)
少女(……多分、教育係なら何か知っているはず)
少女(でもなんでだろう)
少女(それを訊くのが、怖い)
少女「……」
少女(訊いてしまえば、もう死神さまに会えなくなるような、そんな気がして……)
少女(……それが、たまらなく怖い)
少女「……」
少女(強く生きる、なんてとんでもない)
少女(私はこんなに弱かったんだ……)
99 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/14(日) 01:52:12.48 ID:Mh6fG3ql0
「少女、私たちだ」
少女「……入って」
ガチャ
トッ、トッ、トッ...
伯爵「………」
夫人「……少女……」
少女「………」
少女「…ふふ、どうしてそんなところで立ったままなの?」
少女「こっちに来て座ってくれないと、遠いじゃない」
伯爵「……」
夫人「……」
テクテク...
スッ(ソファに腰掛ける)
100 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/14(日) 01:56:02.67 ID:Mh6fG3ql0
少女「……口調、怒らないのね」
少女「言葉遣いがなってない!って、いつもなら言いそうなのに」フフッ
伯爵「む……」
夫人「そんなこと、もう……」
少女「………」
少女「ん…!」ググ...
夫人「少女、あなた何を!?」
伯爵「おい、無理するんじゃない!起き上がりたいのなら──」
少女「──いいの!」
少女「大丈夫だから。そこで見てて」
伯爵「!」
少女「っ……!」グググ
...ノソ
少女「はぁ……ふぅ……」
少女「…なんだ、頑張ればまだ起き上がるくらいは出来るのね」
夫人「──っ」ウツムキ
伯爵「……」
少女「……お母様」
夫人「」ハッ
夫人「なに、かしら」
少女「……」
101 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/14(日) 01:57:58.11 ID:Mh6fG3ql0
グイ...(手を伸ばす)
ギュ
少女「……良かった、届いた」
夫人「少、女…」
少女「あたたかい、お母様の手」
少女「私ね、この手が好きよ」
少女「優しく私を抱いてくれた手だもの」
夫人「う……うぅ……」ポロポロ...
少女「……お父様」
伯爵「……」ジッ...
グイ...(再び手を伸ばす)
ギュ
伯爵「」ビクッ
少女「……もう。そんな割れ物に触れたような反応はやめて」
伯爵「す、すまない……」
少女「…お父様の手は大きいわね」
少女「この手も好き」
少女「私を大事に守ってくれた手だから」
102 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/14(日) 02:00:08.80 ID:Mh6fG3ql0
伯爵「………」
伯爵「……お前だけじゃないさ」
少女「え…?」
伯爵「……」
...ギュ(手を包み込む)
伯爵「私も母さんも、お前のこの小さくて可愛い手が、大好きだよ」
夫人「えぇ…えぇ…!勿論よ…!」
少女「──」
伯爵「お前は、この手の中にどれだけの想いを持っていたのだろうな……」
伯爵「それを受け取るのは、私たちの役目だったのに」
伯爵「いつしか見えなくなっていた、少女のことが。お前の溜め込んでいたたくさんの想いが」
伯爵「こんな土壇場にならないと、気付くことが出来なかった」
伯爵「……そんな私たちを、お前はまだ、親と呼んでくれるのか……?」
少女「………」
少女「当然ですわ。お父様、お母様」ニコッ
103 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/14(日) 02:02:10.18 ID:Mh6fG3ql0
夫人「…!」
夫人「少女……あぁ、少女…!」ヒシッ
少女「あ…」
夫人「私の可愛い娘…」
夫人「ごめんなさい…!いつの日か、あなたが私たちのことを分かる日が来るなんて、思い込んで、何もしようとしなかった…!」
夫人「"いつか"が来るだなんて、勝手に保証されてるものだと思っていたの…!」
夫人「神様はこんなにも不平等なのに……」
少女「……そう、ね」
ーーーーー
男「──君の友となってやろう」
ーーーーー
少女「神さまはちょっと、変わり者なのかもしれないわね」
伯爵「……少女よ」
少女「…?」
伯爵「お前の気持ちを、聞かせて欲しい」
伯爵「……お前はちゃんと、幸せになれたか?」
少女「………」
伯爵「………」
夫人「………」
少女「……うん、きっと」
伯爵・夫人「「!!」」
少女「お父様たちの想いに、向き合えたと思う」
少女「だから、かな」
伯爵「そうか…そうか……!」
夫人「少女……!」
104 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/14(日) 02:03:30.05 ID:Mh6fG3ql0
少女(………そう。楽しいと、感じてた)
少女(この数日)
少女(でも、それは)
少女(その中心にあったのは──)
少女「……お母様、ごめんなさい、私をこのまま横にさせてくれないかしら?」
夫人「えぇ、分かったわ」スッ
...トサッ
少女「ふぅ、情けないわ。ちょっと身体支えてるだけですぐ疲れちゃって」
少女「……ね、世間話…というのかしら」
少女「私たちの普段していたこととか、そんな何でもないような話がしたい」
伯爵「私たちが…」
夫人「普段していること…?」
少女「えぇ。お父様方が何していたのか、私全然知らないんだもの」
少女「それに、私だって話したいこといっぱいあるのよ?」
伯爵「……そうだな」
伯爵「ここ何日かは、普段の仕事さえ最低限に抑えていたが、それでもよいなら──」
少女「最近の話はいいの」
少女「……お父様が何をしていたのかは、分かってるから」
105 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/14(日) 02:04:45.29 ID:Mh6fG3ql0
伯爵「ほぅ…」
伯爵「では母さんのことならどうだね?」
少女「お母様?」
伯爵「うむ。母さんだってお前のために動いてくれていたのだよ」
少女「……そうだったの?」チラッ
夫人「そんな大層なことはしてないのよ…?」
伯爵「はは、よく言う」
伯爵「お前が倒れたあの日からな、どこから噂を聞きつけてきたのか、お前の様子が心配だという輩が毎日のように押し掛けてきてな」
伯爵「まぁ、どいつもこいつもこの機に乗じて私に取り入ろうとする者ばかりだったが」
伯爵「そんな連中の相手をして、全員丁寧に追い返してくれたのは、母さんなのだ」
夫人「…私は、少女が下らない道具のように利用されるのが嫌だっただけなのよ」
少女「まぁ…!そんなことが…」
少女「全く気付かなかったわ」
夫人「あなたの部屋に近付くことも許しませんでしたからね」
少女「ふふ。ありがと、お母様」
少女「…それじゃあ、少しずつ遡っていきましょう?」
少女「次は、ひと月くらい前から──」
.........
106 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/14(日) 02:06:08.64 ID:Mh6fG3ql0
ーーー部屋の外ーーー
教育係「……」
──アノトキノオヨウフクハ...
──ソウナンダ?テッキリオトウサマガ...
──ワタシニフクノセンスヲモトメテモ...
教育係(……私の出る幕はないようですね)
教育係「………」
教育係「……さて、私も急がないといけません」
スタスタ...
107 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/14(日) 02:07:54.52 ID:Mh6fG3ql0
ーーー王国 郊外ーーー
男「………」テクテク
「──それで、今度二人目が産まれるって聞いたものだから」
「まぁ!それは良い知らせですね」
「そうなのよ!お祝いの品、何がいいのか悩んでて…──!」
「…?どうかしまし……!」
男「………」テクテク
「……何かしら、この辺りでは見かけない人だけど」ヒソヒソ
「あんな、全身を隠す格好……まさか、賊ですか……?」ヒソヒソ
男「………」テクテク
「……行きましょう。気味の悪い……」ヒソヒソ
「えぇ、そうですね……」ヒソヒソ
スタスタ...
108 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/14(日) 02:09:38.50 ID:Mh6fG3ql0
男「………」テクテク
男(………)
男(……分からないな)
男(あの子も、あの女も、俺を変わり者と評したが…)
男(人間の方がよほど不思議な存在だ)
男「………」テクテク
男(仲の良いフリをしながら、簡単に裏切る者)
男(愛が強すぎる故に、憎しみへと変えてしまう者)
男(些細な価値観の相違により、他者を淘汰しようとする者)
男(……誰かの代わりに泣くという者)
男(これまで多くの人間を見、導いてきた)
男(知れば知るほど、矛盾を孕んだ存在)
男(それが人間)
男(…だが君は、これまで見てきたどの人間とも違っていた)
ーーーーー
少女「──今すぐ私を殺して」
ーーーーー
男(ただの死にたがりかとも考えた)
男(何もかもを諦め、世界に絶望し、自ら命を断とうとする……ありふれた人間の末路)
109 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/14(日) 02:11:26.51 ID:Mh6fG3ql0
男(しかしそうではなかった。俺は感じていたんだ)
男(あの小さな身に余りある程の……強い想い)
ーーーーー
少女「──呆れるくらい何もない人生だったわ…」
ーーーーー
男(それは恐らく、人間なら誰しもが抱く当然の想い)
男(──幸せになりたい、と)
男(その想いは、彼女の人生の半分以上もの間、どこにも解放されることなく、彼女の中で燻り続けてきたのだろう)
男(孤独という呪縛に囚われた彼女には、捨てることも成就させることも叶わなかった……)
男「………」テクテク
男(……そう、呪縛なんだ)
男("孤独"などというその言葉の本質。人間に理解できようはずがない)
男(確かに、この世のあらゆる命は生まれながらにして唯一無二……ヒトリだ)
男(一つの確立された個としての、ヒトリ)
男(だが、生きていく過程で必ず他者の想いが乗せられていく)
男(初めは親)
男(知人、友人、恩人、恋人、子供……)
男(そうして誰かの想いを抱えながら、時を重ねていく)
男(孤独とヒトリは違う)
男(孤独の本質とは、何者からも想われることがないということ)
男(己だけでは生きていけない人の身で、それを理解することは出来ない)
男(………)
110 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/14(日) 02:13:36.43 ID:Mh6fG3ql0
ーーーーー
少女「──ただただ、降りかかる現実を見ないようにしていた私が選択した道」
ーーーーー
男(……君は、いつからか他人の想いを撥ね退けるようになってしまったんだ)
男(自らが描いた夢……あまりに食い違う現実……その乖離に)
男(どれほどの苦悩があったのだろうか。君にとってその夢は、どれほど憧憬を抱くものだったのだろうか)
男(君の心は想いを拒絶し、そして)
男("孤独"を知っていった)
男(だから俺は、惹かれたんだろう)
ーーーーー
少女「──二人とも、孤独で寂しい存在」
ーーーーー
男(あぁ……その通りかもしれないな)
男(──だが君は、人だ)
男(……世界には2種類の人が存在する)
男(幸せになれる者と、なれない者)
男(しかし、幸せになってはいけない者は、存在しない)
男(君が知るべきだったのは孤独ではない)
男(君に向けられた想いの数々……想われるということの幸せ)
男「………」テク...
男(……君の止まっていた時は、ようやく動き出したというのに)
男(残された時間は、残酷なまでに短い)
111 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/14(日) 02:15:28.58 ID:Mh6fG3ql0
男(──どうして俺は、死神なんだ)
ーーーーー
教育係「──あの子に愛するということを教えてくれた…あなたに」
ーーーーー
男(愛……そんなものとは無縁と思っていた)
男(これほどまでに、強い想いだとは……)
男(死神が……有限の命に愛を抱く、か)
男(結末など分かりきっているのにな)
男「………」
男(あぁ……朽ちないこの身が憎い)
男(君と共に生き、君と共に星になりたかった)
男「………」カオアゲル
(遠くに見える伯爵の屋敷)
男「………」
ーーーーー
教育係「──あなたは何をしますか?」
教育係「──それとも──何もしませんか?」
ーーーーー
男(……俺に出来ること……)
男(君が望むなら、俺は)
男(この世の摂理に背いてでも──)
112 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/15(月) 16:42:38.16 ID:vBPP1GOf0
ーーー翌日 伯爵邸ーーー
伯爵「なに?今夜に外出の許可を?」
教育係「はい」
伯爵「むぅ……君の頼みだ、なるべくなら承諾したいところだが……」
教育係「…お嬢様のことでございますね?」
教育係「ご安心ください。私が出ているのはお嬢様が寝られている時間のみです」
教育係「その間は信頼のおける侍女に代わりを依頼してあります」
伯爵「………」
伯爵「…あの子にまつわる用件、なのだな…?」
教育係「……はい」
伯爵「そうか」
伯爵「……分かった。許可しよう」
教育係「ありがとうございます」
伯爵「だが、必ずあの子が目を覚ます前に戻ってきてくれ」
伯爵「今や君は、あの子にとって大事な家族のようなものだ」
伯爵「…少しでもあの子と長く一緒に居てあげて欲しい」
教育係「…承知しております」
ダッダッダッ ガチャ!
「こちらに居られましたか!」
伯爵「なんだ?騒々しい」
「大変です!お嬢様が例の発作を…!」
伯爵・教育係「「!!」」
113 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/15(月) 16:44:03.23 ID:vBPP1GOf0
ーーー伯爵邸 娘の部屋ーーー
少女「はぁ……はぁ……!」
伯爵(まだ正午も迎えていないのだぞ…)
伯爵(──間隔が短くなってきている)
伯爵「少女!薬だ、飲ませるからな!」クイッ
少女「うく………」コクコク...
少女「……はぁっ」
少女「ぅ゛…あ……!」
教育係「……!」
伯爵「少女…?」
少女「ぃ……!」ガタガタ
教育係「鎮痛薬が、効いていないのでは…」
伯爵「なんだと!?」
伯爵(確かに、これまでと違って全く治まる気配がない…!)
伯爵「……ならば……」
ガサゴソ
伯爵「………」
(別の薬)
教育係「旦那様、そちらは…」
伯爵「うむ、より効能の強いものだ」
教育係「しかしどのような副作用があるか──」
伯爵「分かっておる!」
伯爵「だが四の五の言っていられる状況ではない」
伯爵「少女が苦しんでおるのだ…!」
パキ
クイッ
.........
114 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/15(月) 16:46:05.04 ID:vBPP1GOf0
少女「」スースー...
伯爵「……何とか、効いてくれたようだな」
教育係「……はい」
伯爵「ふぅ……」ストッ
伯爵「…教育係よ、あの子は先程まで何をしていた?」
教育係「朝食を摂ってから、お嬢様の所望した本を読まれていたはずですが…」
伯爵「………」
伯爵「いつもと変わらぬな」
伯爵「……だが、病は刻一刻とあの子を蝕んでいっておる……」
伯爵「悪化する発作、短くなってゆく間隔」
伯爵「教育係、これが意味するところとは──」
教育係「………」メヲフセル
伯爵「──考えたくないものだな……」
伯爵「それでも、私たちが目を逸らすわけにはいかぬ」
伯爵「この子を見届けてやれるのは、私たちしかおらんのだから」
教育係「はい……絶対に」
教育係「………」チラリ
少女「」スースー...
(胸元の首飾り)
教育係(………)
教育係(……あの方は、一体何をしているのでしょう)
教育係(この現状を知らないわけではないはず)
教育係(それとも本当に……)
教育係(何もしないおつもりなのですか…?)
115 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/15(月) 16:47:27.85 ID:vBPP1GOf0
ーーーーーーー
少女(………)
少女(………)
少女「……!」
少女(あれ……?)
少女「……ここは?」
キョロキョロ
少女(……真っ暗……)
少女(でも私立ってるのよね…?)
少女(地面はあるってこと?)
──ヒック...グスン...
少女「!」
「うぅ……」ヒック...
少女(女の子…?)
少女「……」テクテク
少女「……」テク...
「クスン……」シクシク
116 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/15(月) 16:48:34.44 ID:vBPP1GOf0
少女「……どうしたの?」
「…?」
少女「何で泣いてるの?お姉ちゃんに話してごらん」
「……あのね」
「わたしね、いろんなとこに行ってね、いろんなものを見て…」
「それでね、とってもキラキラってなりたいの!」
「……でもね、ダメなの」
「わたしはお人形さんなの」
「いい子に言いつけを守らなくちゃいけないんだって…」
少女「………」
「なんでかな……わたし、なにか悪いことしちゃったのかな…?」
少女「……大丈夫」
少女「あなたのせいじゃない」
「……ほんと……?」カオアゲル
少女「っ!」
少女(この子……)
少女(──昔の……私……)
117 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/15(月) 16:49:52.95 ID:vBPP1GOf0
「じゃあ、わたし…いつかいっぱい、いろんなところ行けるかな…?」
「たくさん楽しいこと、できるかな?」
少女「──」
──ギュ
「お姉ちゃん…?」
少女「……」ギュー
少女「……うん」
少女「出来る……出来るよ、絶対……!」
「えへへ……そっかぁ…」
ーーーーー
男「──もう何年も前からずっと、泣き続けているんだ」
ーーーーー
少女(今分かった)
少女「……」ギュー
「ねぇねぇ、どんなところに行けるの……?」
少女(この子が……この"私"が……)
少女(ずっと私の代わりに泣いてたんだ…!)
118 :
◆HFDjdCXF6.
[saga]:2019/07/15(月) 16:51:42.92 ID:vBPP1GOf0
少女「……ありがとう……」
少女(そして)
少女「ごめんなさい……!」ポロ...ポロ...
「どうしたの…?」
少女「ううん、何でもないの…」ポロポロ
「でも……」
少女「大丈夫よ」ポロポロ...
少女「……ね、お姉ちゃんがいいこと教えてあげる」
「わぁ…なになに?お外の楽しいお話?」
少女「ふふ、ごめんね、それはお姉ちゃんもあまり詳しくないの」
少女「……けどね、いつか必ずあなたを外へ連れ出してくれる人が来てくれる」
ーーーーー
男「──娘、生きたくはないのか?」
ーーーーー
少女「その人は無口で、不器用で、面白い冗談が言えない人だけど」
ーーーーー
男「──離れると危ない。しっかり握っていろ」
ーーーーー
少女「きっとね、あなたを楽しい世界へ連れてってくれるわ」
119 :
◆HFDjdCXF6.
[saga]:2019/07/15(月) 16:52:11.18 ID:vBPP1GOf0
少女「……ありがとう……」
少女(そして)
少女「ごめんなさい……!」ポロ...ポロ...
「どうしたの…?」
少女「ううん、何でもないの…」ポロポロ
「でも……」
少女「大丈夫よ」ポロポロ...
少女「……ね、お姉ちゃんがいいこと教えてあげる」
「わぁ…なになに?お外の楽しいお話?」
少女「ふふ、ごめんね、それはお姉ちゃんもあまり詳しくないの」
少女「……けどね、いつか必ずあなたを外へ連れ出してくれる人が来てくれる」
ーーーーー
男「──娘、生きたくはないのか?」
ーーーーー
少女「その人は無口で、不器用で、面白い冗談が言えない人だけど」
ーーーーー
男「──離れると危ない。しっかり握っていろ」
ーーーーー
少女「きっとね、あなたを楽しい世界へ連れてってくれるわ」
120 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/15(月) 16:54:19.39 ID:vBPP1GOf0
「そうなの…?」
「わたしの夢、かなえてくれる…?」
少女「もちろん」
「…!」
「すごい…すごいねその人!」
「お願いかなえてくれるの、なんだか神さまみたいね…!」
少女「──」
少女「…そうね、神さまかもね」ニコッ
少女(そう……融通の利かない、私の死神さま……)
少女「だからっ」
少女「その人が迎えに来てくれるまで、ちゃんと良い子に待ってなきゃダメよ。悪い子にしてたら、来てくれなくなっちゃうんだから」
少女「…って、あなたの周りの人たちは、言ったのよ」
「そうだったんだ…!」
少女「えぇ」
121 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/15(月) 16:55:29.24 ID:vBPP1GOf0
少女「…ね、良い子にするって、お姉ちゃんと約束できる?」
「できる!」
少女「ふふ、そう」
少女「それじゃ…ほら」スッ
「?」
少女「指切りげんまん」
「!」ススッ
...キュ
少女「……破っちゃダメよ?」
「うん!」
少女「よしよし、偉いわね」ナデナデ
「えへへ…」
少女(これでいいのよね)
少女(これで……私は"私"を解放してあげられる)
「ねぇお姉ちゃん」
少女「ん?」
「──ありがとう」ニッコリ
少女(──)
少女「……どういたしまして」ニコッ
122 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/15(月) 16:56:52.92 ID:vBPP1GOf0
ーーーーーーー
少女「……!」
少女(……明るい)
少女(それに、この重い身体)
少女「……」
少女(戻ってきたのね……夢から)
教育係「お嬢様、目が覚めましたか?」
少女「えぇ」
少女(何だか、まだ目がぼんやりしてるけど…)
少女「んー…」シパシパ
少女(ん?)
少女(何かしら、脇に何か立ってる…?)
少女(細い…柱みたいな)
少女「…教育係」
教育係「はい…あぁ、こちらですか」
教育係「お嬢様、昨日の発作以降再び眠りについたままになってしまわれたため、勝手ながら点滴を打たせて頂いたのです」
少女「そうなの…」
教育係「申し訳ございません。お嬢様がこのようなものを望まれていないのでしたら、極力頼らないようにはと──」
少女「いえ、いいわ」
少女「私のためを思ってしてくれたんだものね」
少女(きっと腕のどこかに着けられてるのよね……感覚がないから分からないけど……)
123 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/15(月) 16:58:22.47 ID:vBPP1GOf0
少女「でも、そんなに眠っていたのね」
教育係「………」
少女「…また起きられてよかった」
少女「こうやって、まだ教育係と話が出来る」
教育係「お嬢、様……」
少女(……あなたはまた、いないけれど……)
教育係「そうです、お嬢様。是非見せたいものがあるのです」
スッ
少女「……?」
少女(ぼやけてて、よく見えない……)
教育係「見覚え、ありませんか?」
教育係「──お嬢様が昔読まれていた絵本です」
少女「─!」
少女「も、もっとよく見せて…!」
教育係「はい」
ソッ...(少女に寄り添う)
124 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/15(月) 17:00:04.03 ID:vBPP1GOf0
少女「……」
少女(……確かに、よく見ればこの色合い、形……)
少女「……これ、どうしたの?」
教育係「取りに行ったのです。以前住んでいたお屋敷に」
少女「前の?」
教育係「えぇ。このお屋敷の中はどこにもありませんようでしたので」
教育係「以前のお屋敷は、今は別館として様々な用途に使用されていまして、既に処分されてしまっていないか少し不安でしたが……」
教育係「お嬢様が使われていたお部屋の、クローゼットの奥に……隠されているような所から見つかったようですよ」
少女「!」
少女「…そうだ」
少女「そうだったわ……私が隠したんだった」
ーーーーー
「──うん!ここに隠しておけば見つからないわよね!」
「──いつかわたしがこの村娘ちゃんみたいに強く、キラキラになれたら、また読む!」
「──それまでは、ここでわたしのこと見守っててね」
ーーーーー
少女「……そんなこと、すっかり忘れてた」フフッ
125 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/15(月) 17:01:01.98 ID:vBPP1GOf0
教育係「……お読みになられますか?」
少女「うん。読みたい」
少女「…けど、教育係が読んでくれるかしら?」
教育係「お安い御用ですよ」
少女「ありがとう。……さっきからずっとね、目がぼやけてて、この本の字もはっきり見えないの」
教育係「…!」
少女「困ったものね、この病気は。身体の自由だけじゃなくて視力まで奪うなんてね」
教育係(違う…)
教育係(お医者様のおっしゃっていた症状にそのようなものはない)
教育係(それはきっと、薬の副作用……)
教育係「大丈夫です、お嬢様。私共がついていますから」...ギュ
少女「うん」
教育係「……では、読みますよ」
ペラ
教育係「ここより少し遠いある国で、一人のみすぼらしい女の子が貧しくも慎ましく暮らしておりました──」
.........
126 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/15(月) 17:02:14.74 ID:vBPP1GOf0
教育係「──こうして、お姫様はいつまでも王子様と幸せに暮らしましたとさ」
教育係「……以上です、お嬢様」
少女「………」
少女「そう、ね」
少女「そんな話だったわね」フッ
少女「やっぱり今読むと、子供向けに作られた普通の本っていうのがよく分かるわね」
少女「とってもご都合主義」
少女「……羨ましい……」ボソッ
教育係「………」
少女「私ね、この本に出てくる村娘に憧れてたの。お姫様じゃなくてね」
少女「すごく自由で楽しそうで……そう見えたのよね」
教育係「…左様ですか」
少女「………」
少女(………)
少女「ねぇ、教育係」
教育係「なんでしょう」
少女「……私が外で倒れたあの日」
教育係「!」
少女「あのとき、私をここまで運んでくれたのは…誰なの?」
教育係「…私ですよ」
教育係「お嬢様がお部屋から居なくなっていたので、急いで周りを捜していたのです」
127 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/15(月) 17:04:07.51 ID:vBPP1GOf0
少女「……そのときさ」
少女「私以外に誰か、居なかった?」フリムキ
教育係(っ──)
教育係「……誰か、ですか」
少女「……」
教育係「…いいえ」
教育係「お嬢様の苦しそうなお声を聞いて駆け付けましたが、側には怪しい人物は見受けられませんでしたね」
少女「………」
少女「そう」
教育係「………」
少女「……」ソッ...
パタン(本を閉じる)
128 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/15(月) 17:05:27.09 ID:vBPP1GOf0
少女「絵本、嬉しかったわ」
少女「私の宝物なの。ありがとう」
教育係「喜んで頂けたのなら何よりです」
少女「……教育係はさ、誰かを好きになったことってある?」
教育係「…お嬢様のことなら、大好きでございますよ」
少女「んーと、そうじゃなくてね」
少女「何て言えばいいのかな…」
教育係「……想い人が、出来たのですか?」
少女「!……うん」
教育係「どんな方なのです?」
少女「…いつも、夢の中で逢いに来てくれる人」
少女「私の知らないことをたくさん知ってて…私ととてもよく似ているの」
少女「いきなりやってきたときは、訳の分からないことばかり言っておかしな人だと思ってた」
少女「……けど、少しずつ話をしていくうちにね……」
教育係「……お好きになっていた」
少女「………」コクリ
教育係(小さく頷くお嬢様の顔は、それはそれは)
教育係(……年相応の女の子の顔をしていました)
129 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/15(月) 17:06:44.71 ID:vBPP1GOf0
少女「けれど」
少女「最近は、もう逢いに来てくれなくて」
教育係「………」
少女「だったらもう、私から行くしかないのかなって」
少女「思っちゃうんだ」
少女(この命が尽きれば、あなたは迎えに来てくれる……)
少女(そうだよね…?)
教育係「………」
ナデ...ナデ...
教育係「……そんなことはありません」ナデナデ
少女「……」
教育係「きっと、お嬢様の元へ来てくれますよ。その方は」
少女「……そうかな……」
教育係「はい」
教育係「──お嬢様が生きておられるうちに」
少女「………」
少女(……死神さま……)
130 :
◆YBa9bwlj/c
[sage]:2019/07/15(月) 17:08:49.97 ID:vBPP1GOf0
間違えて同じ投稿を二度してしまいました…
次回の投稿で、完結する予定です。
131 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/18(木) 07:46:46.09 ID:JVBn92ieO
──そうしてついに、その日はやってきてしまいました。
132 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/18(木) 07:47:50.44 ID:JVBn92ieO
ーーー伯爵邸 娘の部屋ーーー
教育係「………」
伯爵「………」
夫人「………」
少女「………」
少女「皆、来てくれたのよね」
少女「ごめんなさい、急に呼び出して」
伯爵「お前のためならいつでも駆け付けるさ」
夫人「私もよ、少女」
教育係「全く同意です」
少女「……なんか、私がとても偉くなったみたいね」フフッ
伯爵「それで、どうしたのだ、少女よ」
伯爵「私たちに出来ることなら何でもするぞ」
少女「えっとね……今日はお願いとかじゃなくてね」
教育係(……)
少女「──お別れを言っておきたかったの」
133 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/18(木) 07:49:28.68 ID:JVBn92ieO
伯爵・夫人「「─!?」」
教育係「っ……」
伯爵「お別れ……など…!」
伯爵「縁起でもないことを言うんじゃない…!」
少女「落ち着いて、お父様」
少女「分かるのよ。自分のことだから」
少女「もうね、お迎えが来るんだって」
教育係「お嬢様……」
夫人「……ぅ……」ウツムキ
伯爵「………」
少女「……そんなしんみりとしないでよ。まだお通夜じゃないんだから」
教育係「…お嬢様、それはいささか冗談が過ぎるかと」
少女「あら…やっぱり?」
少女「でもね」
モゾ...(右手を僅かに持ち上げる)
少女「……もう身体も動かない」
少女「目も視えない」
少女「少しばかり動くのはこの右手と口と…耳だけ」
少女「いつ喋ることさえ出来なくなっても不思議じゃない」
少女「…だから今、伝えておきたいの」
少女「私の、お父様たちへの想い」
三人「「「………」」」
134 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/18(木) 07:50:08.97 ID:JVBn92ieO
伯爵「……そうか」
伯爵「うむ……聞かせておくれ、少女」
伯爵「お前たちも、よいな?」
夫人「…えぇ」
教育係「はい」
少女「………」
少女「…お父様、こっちへ来て」
伯爵「うむ」
サッ、サッ...
伯爵「……なんだい?」
少女「そこにいる…?」
伯爵「む…」
...ギュ(手を握る)
少女「ぁ…」
伯爵「これで分かるか?」
少女「うん」
135 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/18(木) 07:51:41.00 ID:JVBn92ieO
少女「……お父様、私ね、考えてたの」
少女「いつかお父様が言っていた、"強く生きなさい"という言葉」
少女「強いってどういうことなんだろうって」
少女「一騎当千……単騎で千の敵を倒すことのできる力」
少女「堅忍不抜……どんなことが起こっても決して挫けない心」
少女「勇往邁進……何事にも臆せず立ち向かう勇気」
少女「きっとそのどれもが正解」
少女「…けどね、そうじゃないの」
伯爵「……」
少女「最後の最後、ようやく分かった気がする"強さ"」
少女「それはね──」
少女「──何かを大切に想うことのできる意志」
少女「お父様がその身で体現してくれたから」
少女「……ねぇ、私にも大切に想えるものが出来たのよ」
少女「こんなに遅くなってしまったけど、これでお父様の言い付け、ちゃんと守ることが出来たかな」
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