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少女「あなた、死神?」男「あぁ」
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102 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/14(日) 02:00:08.80 ID:Mh6fG3ql0
伯爵「………」
伯爵「……お前だけじゃないさ」
少女「え…?」
伯爵「……」
...ギュ(手を包み込む)
伯爵「私も母さんも、お前のこの小さくて可愛い手が、大好きだよ」
夫人「えぇ…えぇ…!勿論よ…!」
少女「──」
伯爵「お前は、この手の中にどれだけの想いを持っていたのだろうな……」
伯爵「それを受け取るのは、私たちの役目だったのに」
伯爵「いつしか見えなくなっていた、少女のことが。お前の溜め込んでいたたくさんの想いが」
伯爵「こんな土壇場にならないと、気付くことが出来なかった」
伯爵「……そんな私たちを、お前はまだ、親と呼んでくれるのか……?」
少女「………」
少女「当然ですわ。お父様、お母様」ニコッ
103 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/14(日) 02:02:10.18 ID:Mh6fG3ql0
夫人「…!」
夫人「少女……あぁ、少女…!」ヒシッ
少女「あ…」
夫人「私の可愛い娘…」
夫人「ごめんなさい…!いつの日か、あなたが私たちのことを分かる日が来るなんて、思い込んで、何もしようとしなかった…!」
夫人「"いつか"が来るだなんて、勝手に保証されてるものだと思っていたの…!」
夫人「神様はこんなにも不平等なのに……」
少女「……そう、ね」
ーーーーー
男「──君の友となってやろう」
ーーーーー
少女「神さまはちょっと、変わり者なのかもしれないわね」
伯爵「……少女よ」
少女「…?」
伯爵「お前の気持ちを、聞かせて欲しい」
伯爵「……お前はちゃんと、幸せになれたか?」
少女「………」
伯爵「………」
夫人「………」
少女「……うん、きっと」
伯爵・夫人「「!!」」
少女「お父様たちの想いに、向き合えたと思う」
少女「だから、かな」
伯爵「そうか…そうか……!」
夫人「少女……!」
104 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/14(日) 02:03:30.05 ID:Mh6fG3ql0
少女(………そう。楽しいと、感じてた)
少女(この数日)
少女(でも、それは)
少女(その中心にあったのは──)
少女「……お母様、ごめんなさい、私をこのまま横にさせてくれないかしら?」
夫人「えぇ、分かったわ」スッ
...トサッ
少女「ふぅ、情けないわ。ちょっと身体支えてるだけですぐ疲れちゃって」
少女「……ね、世間話…というのかしら」
少女「私たちの普段していたこととか、そんな何でもないような話がしたい」
伯爵「私たちが…」
夫人「普段していること…?」
少女「えぇ。お父様方が何していたのか、私全然知らないんだもの」
少女「それに、私だって話したいこといっぱいあるのよ?」
伯爵「……そうだな」
伯爵「ここ何日かは、普段の仕事さえ最低限に抑えていたが、それでもよいなら──」
少女「最近の話はいいの」
少女「……お父様が何をしていたのかは、分かってるから」
105 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/14(日) 02:04:45.29 ID:Mh6fG3ql0
伯爵「ほぅ…」
伯爵「では母さんのことならどうだね?」
少女「お母様?」
伯爵「うむ。母さんだってお前のために動いてくれていたのだよ」
少女「……そうだったの?」チラッ
夫人「そんな大層なことはしてないのよ…?」
伯爵「はは、よく言う」
伯爵「お前が倒れたあの日からな、どこから噂を聞きつけてきたのか、お前の様子が心配だという輩が毎日のように押し掛けてきてな」
伯爵「まぁ、どいつもこいつもこの機に乗じて私に取り入ろうとする者ばかりだったが」
伯爵「そんな連中の相手をして、全員丁寧に追い返してくれたのは、母さんなのだ」
夫人「…私は、少女が下らない道具のように利用されるのが嫌だっただけなのよ」
少女「まぁ…!そんなことが…」
少女「全く気付かなかったわ」
夫人「あなたの部屋に近付くことも許しませんでしたからね」
少女「ふふ。ありがと、お母様」
少女「…それじゃあ、少しずつ遡っていきましょう?」
少女「次は、ひと月くらい前から──」
.........
106 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/14(日) 02:06:08.64 ID:Mh6fG3ql0
ーーー部屋の外ーーー
教育係「……」
──アノトキノオヨウフクハ...
──ソウナンダ?テッキリオトウサマガ...
──ワタシニフクノセンスヲモトメテモ...
教育係(……私の出る幕はないようですね)
教育係「………」
教育係「……さて、私も急がないといけません」
スタスタ...
107 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/14(日) 02:07:54.52 ID:Mh6fG3ql0
ーーー王国 郊外ーーー
男「………」テクテク
「──それで、今度二人目が産まれるって聞いたものだから」
「まぁ!それは良い知らせですね」
「そうなのよ!お祝いの品、何がいいのか悩んでて…──!」
「…?どうかしまし……!」
男「………」テクテク
「……何かしら、この辺りでは見かけない人だけど」ヒソヒソ
「あんな、全身を隠す格好……まさか、賊ですか……?」ヒソヒソ
男「………」テクテク
「……行きましょう。気味の悪い……」ヒソヒソ
「えぇ、そうですね……」ヒソヒソ
スタスタ...
108 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/14(日) 02:09:38.50 ID:Mh6fG3ql0
男「………」テクテク
男(………)
男(……分からないな)
男(あの子も、あの女も、俺を変わり者と評したが…)
男(人間の方がよほど不思議な存在だ)
男「………」テクテク
男(仲の良いフリをしながら、簡単に裏切る者)
男(愛が強すぎる故に、憎しみへと変えてしまう者)
男(些細な価値観の相違により、他者を淘汰しようとする者)
男(……誰かの代わりに泣くという者)
男(これまで多くの人間を見、導いてきた)
男(知れば知るほど、矛盾を孕んだ存在)
男(それが人間)
男(…だが君は、これまで見てきたどの人間とも違っていた)
ーーーーー
少女「──今すぐ私を殺して」
ーーーーー
男(ただの死にたがりかとも考えた)
男(何もかもを諦め、世界に絶望し、自ら命を断とうとする……ありふれた人間の末路)
109 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/14(日) 02:11:26.51 ID:Mh6fG3ql0
男(しかしそうではなかった。俺は感じていたんだ)
男(あの小さな身に余りある程の……強い想い)
ーーーーー
少女「──呆れるくらい何もない人生だったわ…」
ーーーーー
男(それは恐らく、人間なら誰しもが抱く当然の想い)
男(──幸せになりたい、と)
男(その想いは、彼女の人生の半分以上もの間、どこにも解放されることなく、彼女の中で燻り続けてきたのだろう)
男(孤独という呪縛に囚われた彼女には、捨てることも成就させることも叶わなかった……)
男「………」テクテク
男(……そう、呪縛なんだ)
男("孤独"などというその言葉の本質。人間に理解できようはずがない)
男(確かに、この世のあらゆる命は生まれながらにして唯一無二……ヒトリだ)
男(一つの確立された個としての、ヒトリ)
男(だが、生きていく過程で必ず他者の想いが乗せられていく)
男(初めは親)
男(知人、友人、恩人、恋人、子供……)
男(そうして誰かの想いを抱えながら、時を重ねていく)
男(孤独とヒトリは違う)
男(孤独の本質とは、何者からも想われることがないということ)
男(己だけでは生きていけない人の身で、それを理解することは出来ない)
男(………)
110 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/14(日) 02:13:36.43 ID:Mh6fG3ql0
ーーーーー
少女「──ただただ、降りかかる現実を見ないようにしていた私が選択した道」
ーーーーー
男(……君は、いつからか他人の想いを撥ね退けるようになってしまったんだ)
男(自らが描いた夢……あまりに食い違う現実……その乖離に)
男(どれほどの苦悩があったのだろうか。君にとってその夢は、どれほど憧憬を抱くものだったのだろうか)
男(君の心は想いを拒絶し、そして)
男("孤独"を知っていった)
男(だから俺は、惹かれたんだろう)
ーーーーー
少女「──二人とも、孤独で寂しい存在」
ーーーーー
男(あぁ……その通りかもしれないな)
男(──だが君は、人だ)
男(……世界には2種類の人が存在する)
男(幸せになれる者と、なれない者)
男(しかし、幸せになってはいけない者は、存在しない)
男(君が知るべきだったのは孤独ではない)
男(君に向けられた想いの数々……想われるということの幸せ)
男「………」テク...
男(……君の止まっていた時は、ようやく動き出したというのに)
男(残された時間は、残酷なまでに短い)
111 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/14(日) 02:15:28.58 ID:Mh6fG3ql0
男(──どうして俺は、死神なんだ)
ーーーーー
教育係「──あの子に愛するということを教えてくれた…あなたに」
ーーーーー
男(愛……そんなものとは無縁と思っていた)
男(これほどまでに、強い想いだとは……)
男(死神が……有限の命に愛を抱く、か)
男(結末など分かりきっているのにな)
男「………」
男(あぁ……朽ちないこの身が憎い)
男(君と共に生き、君と共に星になりたかった)
男「………」カオアゲル
(遠くに見える伯爵の屋敷)
男「………」
ーーーーー
教育係「──あなたは何をしますか?」
教育係「──それとも──何もしませんか?」
ーーーーー
男(……俺に出来ること……)
男(君が望むなら、俺は)
男(この世の摂理に背いてでも──)
112 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/15(月) 16:42:38.16 ID:vBPP1GOf0
ーーー翌日 伯爵邸ーーー
伯爵「なに?今夜に外出の許可を?」
教育係「はい」
伯爵「むぅ……君の頼みだ、なるべくなら承諾したいところだが……」
教育係「…お嬢様のことでございますね?」
教育係「ご安心ください。私が出ているのはお嬢様が寝られている時間のみです」
教育係「その間は信頼のおける侍女に代わりを依頼してあります」
伯爵「………」
伯爵「…あの子にまつわる用件、なのだな…?」
教育係「……はい」
伯爵「そうか」
伯爵「……分かった。許可しよう」
教育係「ありがとうございます」
伯爵「だが、必ずあの子が目を覚ます前に戻ってきてくれ」
伯爵「今や君は、あの子にとって大事な家族のようなものだ」
伯爵「…少しでもあの子と長く一緒に居てあげて欲しい」
教育係「…承知しております」
ダッダッダッ ガチャ!
「こちらに居られましたか!」
伯爵「なんだ?騒々しい」
「大変です!お嬢様が例の発作を…!」
伯爵・教育係「「!!」」
113 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/15(月) 16:44:03.23 ID:vBPP1GOf0
ーーー伯爵邸 娘の部屋ーーー
少女「はぁ……はぁ……!」
伯爵(まだ正午も迎えていないのだぞ…)
伯爵(──間隔が短くなってきている)
伯爵「少女!薬だ、飲ませるからな!」クイッ
少女「うく………」コクコク...
少女「……はぁっ」
少女「ぅ゛…あ……!」
教育係「……!」
伯爵「少女…?」
少女「ぃ……!」ガタガタ
教育係「鎮痛薬が、効いていないのでは…」
伯爵「なんだと!?」
伯爵(確かに、これまでと違って全く治まる気配がない…!)
伯爵「……ならば……」
ガサゴソ
伯爵「………」
(別の薬)
教育係「旦那様、そちらは…」
伯爵「うむ、より効能の強いものだ」
教育係「しかしどのような副作用があるか──」
伯爵「分かっておる!」
伯爵「だが四の五の言っていられる状況ではない」
伯爵「少女が苦しんでおるのだ…!」
パキ
クイッ
.........
114 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/15(月) 16:46:05.04 ID:vBPP1GOf0
少女「」スースー...
伯爵「……何とか、効いてくれたようだな」
教育係「……はい」
伯爵「ふぅ……」ストッ
伯爵「…教育係よ、あの子は先程まで何をしていた?」
教育係「朝食を摂ってから、お嬢様の所望した本を読まれていたはずですが…」
伯爵「………」
伯爵「いつもと変わらぬな」
伯爵「……だが、病は刻一刻とあの子を蝕んでいっておる……」
伯爵「悪化する発作、短くなってゆく間隔」
伯爵「教育係、これが意味するところとは──」
教育係「………」メヲフセル
伯爵「──考えたくないものだな……」
伯爵「それでも、私たちが目を逸らすわけにはいかぬ」
伯爵「この子を見届けてやれるのは、私たちしかおらんのだから」
教育係「はい……絶対に」
教育係「………」チラリ
少女「」スースー...
(胸元の首飾り)
教育係(………)
教育係(……あの方は、一体何をしているのでしょう)
教育係(この現状を知らないわけではないはず)
教育係(それとも本当に……)
教育係(何もしないおつもりなのですか…?)
115 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/15(月) 16:47:27.85 ID:vBPP1GOf0
ーーーーーーー
少女(………)
少女(………)
少女「……!」
少女(あれ……?)
少女「……ここは?」
キョロキョロ
少女(……真っ暗……)
少女(でも私立ってるのよね…?)
少女(地面はあるってこと?)
──ヒック...グスン...
少女「!」
「うぅ……」ヒック...
少女(女の子…?)
少女「……」テクテク
少女「……」テク...
「クスン……」シクシク
116 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/15(月) 16:48:34.44 ID:vBPP1GOf0
少女「……どうしたの?」
「…?」
少女「何で泣いてるの?お姉ちゃんに話してごらん」
「……あのね」
「わたしね、いろんなとこに行ってね、いろんなものを見て…」
「それでね、とってもキラキラってなりたいの!」
「……でもね、ダメなの」
「わたしはお人形さんなの」
「いい子に言いつけを守らなくちゃいけないんだって…」
少女「………」
「なんでかな……わたし、なにか悪いことしちゃったのかな…?」
少女「……大丈夫」
少女「あなたのせいじゃない」
「……ほんと……?」カオアゲル
少女「っ!」
少女(この子……)
少女(──昔の……私……)
117 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/15(月) 16:49:52.95 ID:vBPP1GOf0
「じゃあ、わたし…いつかいっぱい、いろんなところ行けるかな…?」
「たくさん楽しいこと、できるかな?」
少女「──」
──ギュ
「お姉ちゃん…?」
少女「……」ギュー
少女「……うん」
少女「出来る……出来るよ、絶対……!」
「えへへ……そっかぁ…」
ーーーーー
男「──もう何年も前からずっと、泣き続けているんだ」
ーーーーー
少女(今分かった)
少女「……」ギュー
「ねぇねぇ、どんなところに行けるの……?」
少女(この子が……この"私"が……)
少女(ずっと私の代わりに泣いてたんだ…!)
118 :
◆HFDjdCXF6.
[saga]:2019/07/15(月) 16:51:42.92 ID:vBPP1GOf0
少女「……ありがとう……」
少女(そして)
少女「ごめんなさい……!」ポロ...ポロ...
「どうしたの…?」
少女「ううん、何でもないの…」ポロポロ
「でも……」
少女「大丈夫よ」ポロポロ...
少女「……ね、お姉ちゃんがいいこと教えてあげる」
「わぁ…なになに?お外の楽しいお話?」
少女「ふふ、ごめんね、それはお姉ちゃんもあまり詳しくないの」
少女「……けどね、いつか必ずあなたを外へ連れ出してくれる人が来てくれる」
ーーーーー
男「──娘、生きたくはないのか?」
ーーーーー
少女「その人は無口で、不器用で、面白い冗談が言えない人だけど」
ーーーーー
男「──離れると危ない。しっかり握っていろ」
ーーーーー
少女「きっとね、あなたを楽しい世界へ連れてってくれるわ」
119 :
◆HFDjdCXF6.
[saga]:2019/07/15(月) 16:52:11.18 ID:vBPP1GOf0
少女「……ありがとう……」
少女(そして)
少女「ごめんなさい……!」ポロ...ポロ...
「どうしたの…?」
少女「ううん、何でもないの…」ポロポロ
「でも……」
少女「大丈夫よ」ポロポロ...
少女「……ね、お姉ちゃんがいいこと教えてあげる」
「わぁ…なになに?お外の楽しいお話?」
少女「ふふ、ごめんね、それはお姉ちゃんもあまり詳しくないの」
少女「……けどね、いつか必ずあなたを外へ連れ出してくれる人が来てくれる」
ーーーーー
男「──娘、生きたくはないのか?」
ーーーーー
少女「その人は無口で、不器用で、面白い冗談が言えない人だけど」
ーーーーー
男「──離れると危ない。しっかり握っていろ」
ーーーーー
少女「きっとね、あなたを楽しい世界へ連れてってくれるわ」
120 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/15(月) 16:54:19.39 ID:vBPP1GOf0
「そうなの…?」
「わたしの夢、かなえてくれる…?」
少女「もちろん」
「…!」
「すごい…すごいねその人!」
「お願いかなえてくれるの、なんだか神さまみたいね…!」
少女「──」
少女「…そうね、神さまかもね」ニコッ
少女(そう……融通の利かない、私の死神さま……)
少女「だからっ」
少女「その人が迎えに来てくれるまで、ちゃんと良い子に待ってなきゃダメよ。悪い子にしてたら、来てくれなくなっちゃうんだから」
少女「…って、あなたの周りの人たちは、言ったのよ」
「そうだったんだ…!」
少女「えぇ」
121 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/15(月) 16:55:29.24 ID:vBPP1GOf0
少女「…ね、良い子にするって、お姉ちゃんと約束できる?」
「できる!」
少女「ふふ、そう」
少女「それじゃ…ほら」スッ
「?」
少女「指切りげんまん」
「!」ススッ
...キュ
少女「……破っちゃダメよ?」
「うん!」
少女「よしよし、偉いわね」ナデナデ
「えへへ…」
少女(これでいいのよね)
少女(これで……私は"私"を解放してあげられる)
「ねぇお姉ちゃん」
少女「ん?」
「──ありがとう」ニッコリ
少女(──)
少女「……どういたしまして」ニコッ
122 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/15(月) 16:56:52.92 ID:vBPP1GOf0
ーーーーーーー
少女「……!」
少女(……明るい)
少女(それに、この重い身体)
少女「……」
少女(戻ってきたのね……夢から)
教育係「お嬢様、目が覚めましたか?」
少女「えぇ」
少女(何だか、まだ目がぼんやりしてるけど…)
少女「んー…」シパシパ
少女(ん?)
少女(何かしら、脇に何か立ってる…?)
少女(細い…柱みたいな)
少女「…教育係」
教育係「はい…あぁ、こちらですか」
教育係「お嬢様、昨日の発作以降再び眠りについたままになってしまわれたため、勝手ながら点滴を打たせて頂いたのです」
少女「そうなの…」
教育係「申し訳ございません。お嬢様がこのようなものを望まれていないのでしたら、極力頼らないようにはと──」
少女「いえ、いいわ」
少女「私のためを思ってしてくれたんだものね」
少女(きっと腕のどこかに着けられてるのよね……感覚がないから分からないけど……)
123 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/15(月) 16:58:22.47 ID:vBPP1GOf0
少女「でも、そんなに眠っていたのね」
教育係「………」
少女「…また起きられてよかった」
少女「こうやって、まだ教育係と話が出来る」
教育係「お嬢、様……」
少女(……あなたはまた、いないけれど……)
教育係「そうです、お嬢様。是非見せたいものがあるのです」
スッ
少女「……?」
少女(ぼやけてて、よく見えない……)
教育係「見覚え、ありませんか?」
教育係「──お嬢様が昔読まれていた絵本です」
少女「─!」
少女「も、もっとよく見せて…!」
教育係「はい」
ソッ...(少女に寄り添う)
124 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/15(月) 17:00:04.03 ID:vBPP1GOf0
少女「……」
少女(……確かに、よく見ればこの色合い、形……)
少女「……これ、どうしたの?」
教育係「取りに行ったのです。以前住んでいたお屋敷に」
少女「前の?」
教育係「えぇ。このお屋敷の中はどこにもありませんようでしたので」
教育係「以前のお屋敷は、今は別館として様々な用途に使用されていまして、既に処分されてしまっていないか少し不安でしたが……」
教育係「お嬢様が使われていたお部屋の、クローゼットの奥に……隠されているような所から見つかったようですよ」
少女「!」
少女「…そうだ」
少女「そうだったわ……私が隠したんだった」
ーーーーー
「──うん!ここに隠しておけば見つからないわよね!」
「──いつかわたしがこの村娘ちゃんみたいに強く、キラキラになれたら、また読む!」
「──それまでは、ここでわたしのこと見守っててね」
ーーーーー
少女「……そんなこと、すっかり忘れてた」フフッ
125 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/15(月) 17:01:01.98 ID:vBPP1GOf0
教育係「……お読みになられますか?」
少女「うん。読みたい」
少女「…けど、教育係が読んでくれるかしら?」
教育係「お安い御用ですよ」
少女「ありがとう。……さっきからずっとね、目がぼやけてて、この本の字もはっきり見えないの」
教育係「…!」
少女「困ったものね、この病気は。身体の自由だけじゃなくて視力まで奪うなんてね」
教育係(違う…)
教育係(お医者様のおっしゃっていた症状にそのようなものはない)
教育係(それはきっと、薬の副作用……)
教育係「大丈夫です、お嬢様。私共がついていますから」...ギュ
少女「うん」
教育係「……では、読みますよ」
ペラ
教育係「ここより少し遠いある国で、一人のみすぼらしい女の子が貧しくも慎ましく暮らしておりました──」
.........
126 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/15(月) 17:02:14.74 ID:vBPP1GOf0
教育係「──こうして、お姫様はいつまでも王子様と幸せに暮らしましたとさ」
教育係「……以上です、お嬢様」
少女「………」
少女「そう、ね」
少女「そんな話だったわね」フッ
少女「やっぱり今読むと、子供向けに作られた普通の本っていうのがよく分かるわね」
少女「とってもご都合主義」
少女「……羨ましい……」ボソッ
教育係「………」
少女「私ね、この本に出てくる村娘に憧れてたの。お姫様じゃなくてね」
少女「すごく自由で楽しそうで……そう見えたのよね」
教育係「…左様ですか」
少女「………」
少女(………)
少女「ねぇ、教育係」
教育係「なんでしょう」
少女「……私が外で倒れたあの日」
教育係「!」
少女「あのとき、私をここまで運んでくれたのは…誰なの?」
教育係「…私ですよ」
教育係「お嬢様がお部屋から居なくなっていたので、急いで周りを捜していたのです」
127 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/15(月) 17:04:07.51 ID:vBPP1GOf0
少女「……そのときさ」
少女「私以外に誰か、居なかった?」フリムキ
教育係(っ──)
教育係「……誰か、ですか」
少女「……」
教育係「…いいえ」
教育係「お嬢様の苦しそうなお声を聞いて駆け付けましたが、側には怪しい人物は見受けられませんでしたね」
少女「………」
少女「そう」
教育係「………」
少女「……」ソッ...
パタン(本を閉じる)
128 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/15(月) 17:05:27.09 ID:vBPP1GOf0
少女「絵本、嬉しかったわ」
少女「私の宝物なの。ありがとう」
教育係「喜んで頂けたのなら何よりです」
少女「……教育係はさ、誰かを好きになったことってある?」
教育係「…お嬢様のことなら、大好きでございますよ」
少女「んーと、そうじゃなくてね」
少女「何て言えばいいのかな…」
教育係「……想い人が、出来たのですか?」
少女「!……うん」
教育係「どんな方なのです?」
少女「…いつも、夢の中で逢いに来てくれる人」
少女「私の知らないことをたくさん知ってて…私ととてもよく似ているの」
少女「いきなりやってきたときは、訳の分からないことばかり言っておかしな人だと思ってた」
少女「……けど、少しずつ話をしていくうちにね……」
教育係「……お好きになっていた」
少女「………」コクリ
教育係(小さく頷くお嬢様の顔は、それはそれは)
教育係(……年相応の女の子の顔をしていました)
129 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/15(月) 17:06:44.71 ID:vBPP1GOf0
少女「けれど」
少女「最近は、もう逢いに来てくれなくて」
教育係「………」
少女「だったらもう、私から行くしかないのかなって」
少女「思っちゃうんだ」
少女(この命が尽きれば、あなたは迎えに来てくれる……)
少女(そうだよね…?)
教育係「………」
ナデ...ナデ...
教育係「……そんなことはありません」ナデナデ
少女「……」
教育係「きっと、お嬢様の元へ来てくれますよ。その方は」
少女「……そうかな……」
教育係「はい」
教育係「──お嬢様が生きておられるうちに」
少女「………」
少女(……死神さま……)
130 :
◆YBa9bwlj/c
[sage]:2019/07/15(月) 17:08:49.97 ID:vBPP1GOf0
間違えて同じ投稿を二度してしまいました…
次回の投稿で、完結する予定です。
131 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/18(木) 07:46:46.09 ID:JVBn92ieO
──そうしてついに、その日はやってきてしまいました。
132 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/18(木) 07:47:50.44 ID:JVBn92ieO
ーーー伯爵邸 娘の部屋ーーー
教育係「………」
伯爵「………」
夫人「………」
少女「………」
少女「皆、来てくれたのよね」
少女「ごめんなさい、急に呼び出して」
伯爵「お前のためならいつでも駆け付けるさ」
夫人「私もよ、少女」
教育係「全く同意です」
少女「……なんか、私がとても偉くなったみたいね」フフッ
伯爵「それで、どうしたのだ、少女よ」
伯爵「私たちに出来ることなら何でもするぞ」
少女「えっとね……今日はお願いとかじゃなくてね」
教育係(……)
少女「──お別れを言っておきたかったの」
133 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/18(木) 07:49:28.68 ID:JVBn92ieO
伯爵・夫人「「─!?」」
教育係「っ……」
伯爵「お別れ……など…!」
伯爵「縁起でもないことを言うんじゃない…!」
少女「落ち着いて、お父様」
少女「分かるのよ。自分のことだから」
少女「もうね、お迎えが来るんだって」
教育係「お嬢様……」
夫人「……ぅ……」ウツムキ
伯爵「………」
少女「……そんなしんみりとしないでよ。まだお通夜じゃないんだから」
教育係「…お嬢様、それはいささか冗談が過ぎるかと」
少女「あら…やっぱり?」
少女「でもね」
モゾ...(右手を僅かに持ち上げる)
少女「……もう身体も動かない」
少女「目も視えない」
少女「少しばかり動くのはこの右手と口と…耳だけ」
少女「いつ喋ることさえ出来なくなっても不思議じゃない」
少女「…だから今、伝えておきたいの」
少女「私の、お父様たちへの想い」
三人「「「………」」」
134 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/18(木) 07:50:08.97 ID:JVBn92ieO
伯爵「……そうか」
伯爵「うむ……聞かせておくれ、少女」
伯爵「お前たちも、よいな?」
夫人「…えぇ」
教育係「はい」
少女「………」
少女「…お父様、こっちへ来て」
伯爵「うむ」
サッ、サッ...
伯爵「……なんだい?」
少女「そこにいる…?」
伯爵「む…」
...ギュ(手を握る)
少女「ぁ…」
伯爵「これで分かるか?」
少女「うん」
135 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/18(木) 07:51:41.00 ID:JVBn92ieO
少女「……お父様、私ね、考えてたの」
少女「いつかお父様が言っていた、"強く生きなさい"という言葉」
少女「強いってどういうことなんだろうって」
少女「一騎当千……単騎で千の敵を倒すことのできる力」
少女「堅忍不抜……どんなことが起こっても決して挫けない心」
少女「勇往邁進……何事にも臆せず立ち向かう勇気」
少女「きっとそのどれもが正解」
少女「…けどね、そうじゃないの」
伯爵「……」
少女「最後の最後、ようやく分かった気がする"強さ"」
少女「それはね──」
少女「──何かを大切に想うことのできる意志」
少女「お父様がその身で体現してくれたから」
少女「……ねぇ、私にも大切に想えるものが出来たのよ」
少女「こんなに遅くなってしまったけど、これでお父様の言い付け、ちゃんと守ることが出来たかな」
136 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/18(木) 07:52:22.13 ID:JVBn92ieO
伯爵「……出来ているとも」
伯爵「強いというものに、決まりきった形はない」
伯爵「だがな、真の強さとは、どんななりであれ他者から見てそれと分かるものだ」
伯爵「……少女、お前はしっかり強くなった」
伯爵「この私が認めよう」
少女「……」ニコッ
少女「…本当はまだまだ弱いところばかりだって分かってる」
少女「それでも、お父様から教わったこの"強さ"だけは、理解することが出来て良かった」
少女「ありがとう、お父様」
少女「貴方は私にとって、世界で一番強いお人よ」
伯爵「こちらこそ……生まれてきてくれてありがとう」
伯爵「お前は私にとって、一生、世界一可愛い娘だ」
少女「……ふふ……」
少女「………」
少女「お母様」
夫人「…ここよ」
...ギュ
137 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/18(木) 07:53:09.91 ID:JVBn92ieO
少女「……子供を持つってどういうことなのかな」
少女「このまま成長していって、大切な人が出来て、子供を授かる…」
少女「そんな当たり前が私にも訪れるのかなって、なんとなく思ってた」
夫人「少女……」
少女「…まだ14年しか生きていないんだもの。未練なんていくらでもあるわ」
少女「思えばお母様の言う事には何かと反抗してばかり……いつもお母様の悩みの種になっていたわよね、きっと」
少女「私もね、母親ってどうしてこんなに煩わしいんだろうって何度も思っちゃった……お互い様かな」クスッ
少女「でもね、生まれて来なければよかったなんて、絶対に言わない」
少女「…自分の人生が満点だなんて言えはしないし、やりたかったこともたくさんあるけど」
少女「──お母様が私を生んでくれたからこそ、私は大切なことを知れた」
138 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/18(木) 07:54:34.84 ID:JVBn92ieO
少女「生きる事の目的は、幸せになることだと思ってた」
少女「でも幸せって、色んなことを知っていく中で感じられるものだったんだ」
少女(そう、色んなこと……色んな想い……)
少女「だから私はね、ちゃんと幸せになれたって言えたのよ」
少女「ありがとう、お母様」
夫人「私も……私もよ……!」
夫人「私だってあなたからたくさんのことを教えてもらったわ…!」
夫人「少女が私の娘で良かった……母親としてあなたを育てられたこと、ずっと覚えていますからね…!」
少女「……」ニコッ
少女「……教育係」
教育係「はい、お嬢様」
...ギュ
139 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/18(木) 07:55:18.95 ID:JVBn92ieO
少女「……この手」
少女「この手に何度、連れて行かれたことかしらね」
教育係「…お嬢様が習い事を抜け出そうするからですよね」
少女「本当、抜け目ないのよ、あなた」
教育係「それが私の役目ですから」
少女「………」
教育係「………」
少女「…ありがとう」
少女「あなたはいつでも私のことを分かってくれていた」
少女「……きっと、今も」
教育係「……」
少女「私も、あなたのこと好きよ」
教育係「…!」
教育係「……それだけ、ですか?」クスッ
少女「十分過ぎるでしょ?」クスッ
教育係「……」
教育係「…お嬢様」スッ
(そっと額に口付け)
140 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/18(木) 07:56:59.67 ID:JVBn92ieO
少女「…?何をしたの?」
教育係「いいえ、何も」
教育係「……私はどんなときでも、お嬢様の幸せを願っていますよ」
少女「……うん」
少女(分かる)
少女(皆の想いが)
少女(こんなに近くで想ってくれていたなんて……ちょっと顔を上げれば見えたはずなのにね)
少女「………!!」
少女(………あ………)
少女(もう、ほんと勝手なんだから………)
少女「……あのね、一つだけ聞いてくれる?」
伯爵「しかと聞いているとも」
少女「少しだけ、本当に少しだけでいいの」
少女「──私が呼ぶまで、この部屋でひとりにさせてくれないかしら」
141 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/18(木) 07:58:00.77 ID:JVBn92ieO
教育係「──!」
伯爵「な、それは……」
夫人「少女…そんなことあまりにも危険過ぎるわ。さっきあなたも言ってたじゃない。その間にあなたの声も出なくなったりしたら、もう……」
少女「大丈夫、大丈夫だから。私を信じて」
伯爵「いや、だがな…私たちは最後までお前の側を──」
教育係「──私からも、お願い致します」
夫人「!」
伯爵「……教育係」
教育係「旦那様、奥様、どうかこの通りです」ペコリ
伯爵「……」
少女「……ね、最後のわがままだから……」
伯爵「………出ようか、夫人」
夫人「あなた……」
夫人「……分かりました」
テク、テク...
伯爵「……10分だ」
伯爵「お前からの呼びかけがなかったら、10分で戻ってくる」
伯爵「それ以上は、譲れぬぞ」
少女「うん、それでいい」
少女「10分で果てるほど、やわなつもりはないわ」フッ
伯爵「……言いおる」
ガチャ
教育係「それでは、お嬢様…」
教育係(……後は、頼みましたよ)
パタリ...
142 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/18(木) 07:59:39.99 ID:JVBn92ieO
少女「………」
少女「………」
少女(………)
少女「……ふぅ」
少女「そこに居るんでしょう?」
少女「死神さま」
男「……あぁ」
少女「…私を迎えに来てくれたのよね?」
男「………」
少女「まったく……何してたのよ」
少女「あの日以来、全然来なくなっちゃって……お仕事暇なんでしょ?」
少女「結局、私との条件、守ってくれなかったわね」
男「条件…?」
少女「そう」
少女「私が死ぬまで、私の暇つぶしに付き合うっていう条件」
少女「……これであなたとの友達の契約も解消かしらね?」
143 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/18(木) 08:01:00.16 ID:JVBn92ieO
男「……」
少女「……」
少女「死神さま、手握って……?」
男「………」スッ...
──ギュ
少女「……」...キュ
男「……」
少女「……本当に……」
少女「本当に、自分勝手よ……あなたは……」
男「……」
少女「暇つぶしだとか言っていきなり来たと思ったら……今度は友達になろうなんて突拍子のないことを言い出すし……」
少女「…それなのに、突然いなくなって……」
少女「私、まだまだ話したいことあったのに……」
少女「……ばか……」
男「……悪いと思っている」
少女「………嘘」
男「本当だ」
144 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/18(木) 08:02:26.43 ID:JVBn92ieO
少女「………」
男「………」
少女「……でもね」
少女「あなたが居てくれたおかげで、私は楽しかった」
少女「"私"を見つけてあげることが出来た」
少女「この世界はたくさんのもので溢れかえってるって、気付けた」
少女「……あなたは、灰色だった私の世界にもう一度色を付けてくれたの」
男(……)
少女「だから」
少女「あなたにも、ありがとう」
男「………」
少女「死神さまが感謝されることなんて、初めてなんじゃない?」フフッ
男「…そうかもな」
男「……少女」
少女「なぁに?」
男「……」
男「今一度、問う」
男「──生きたくは、ないか?」
145 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/18(木) 08:09:12.98 ID:JVBn92ieO
少女「……なぜ?」
少女「今そんなこと…だって私はもう行かなくちゃいけないんでしょ?」
男「……俺は、今この時、君を連れに来たのではない」
男(そうだ)
男(俺がここに来たのは)
少女「……じゃあ、あなたもお別れをしに?」
男「別れか。…それを君らと同じように感じることはない。俺にとっては流れ行く時と同じだ」
男「……人間と同じ物差しで測れぬことは、既に分かっているだろう」
少女「相変わらず捻ちゃって……」
男「……」
少女「……だったら」
少女「その質問、私がはいと答えれば、私は死なずに済むとでも言うのかしら?」
男「そうだ」
少女「!!」
男「……と言ったら?」
男(……)
男(例えこの身が消えることになろうと)
男(この小さな命を守ることが出来るのなら、俺は……)
146 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/18(木) 08:10:29.04 ID:JVBn92ieO
少女「………」
男「………」
少女「………」
少女(……………)
少女「……そんなの……」
男「……」
少女「決まってる。私は……」
男(……)
少女「──このまま、あなたの迎えを待っているわ」
147 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/18(木) 08:11:58.48 ID:JVBn92ieO
男「──!」
少女「それだけよ」ニコッ
男「………死を望むのか」
少女「死……そうね、私はもうすぐ死ぬ」
少女「あなたと初めて会った時、死ぬことが怖くないって言ったっけ」
少女「あれは、嘘ではないけど、あの時はまだ死がどんなものかよく分かっていなかったの」
少女「ただ無味な私が消えるだけだって、考えていたわ」
男「……」
少女「……死ぬのが待ち遠しいわけじゃない」
少女「神さまから貰ったこの命を、あなたに返すだけ」
少女「それはね、とてもとても自然なこと」
少女「あなたがこれまで導いてきた幾多の命と同じように、私もあなたに委ねるの」
少女「…あ、でも少しくらい特別扱いしてくれてもいいわよ」クスッ
148 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/18(木) 08:12:57.84 ID:JVBn92ieO
男「………」
男(………)
男「……やはり、君は最も理解に苦しむ人間だ」
少女「そう?この前出かけたときは、知ったようなこと言ってたのに?」
男「俺と似ているからこそ、理解できない」
男「君の命はまだ追い求めているはずだ」
男「この世界の広さ、まだ見ぬ幸せを」
男「──かつて思い描いた君の夢は、消えてなどいないのだろう…!」
少女「……死神さま」
男「…なんだ?」
少女「私の方が一枚上ね」
男「?どういうことだ?」
少女「だって私、理解出来ちゃったから」
男「…?」
少女「……あなたが鎌を持てない理由」
男「っ」
少女「──優し過ぎるの」
149 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/18(木) 08:13:52.97 ID:JVBn92ieO
男「──」
少女「あなたはね、生き物の生死全てを司るには優し過ぎるのよ」
少女「……"暇つぶし"に一人の人間と話をしてしまうくらい、ね」
少女「だからきっと、偉い神様が考えたのでしょうね」
少女「あなたに鎌を持たせないことで、平等な死が崩れないように。不平等な生が生じないように」
少女「……心を知ってしまっても、大丈夫なように」
男「………」
男(……君は……)
ーーーーー
教育係「──あの子の命は、今やこの世のどんなものよりも輝いていることでしょう」
ーーーーー
男(そう、か)
男(なら、その輝きを見届けるのが……俺のすべきこと)
150 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/18(木) 08:15:01.97 ID:JVBn92ieO
少女「…叶えたいこと、知りたかったことなんて挙げたらキリがないわ」
少女「それでもね……ねぇ聞いて?」
少女「──優しい死神さま。私はあなたと過ごせたから幸せになれました」
少女「あなたが迎えに来てくれると分かっているから、私はもう寂しくないの」
少女「私の夢と一緒に、私のことを連れて行ってくださいな」
少女(……願わくば、あなたへのこの想いも共に……)
男「………」
男「………」
男「……分かった」
少女「……」ニコッ
151 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/18(木) 08:20:24.70 ID:JVBn92ieO
──ツー...
男(…!)
少女「……」ポロ...
男「……」
少女「……」ポロポロ
男「……」
少女「ねぇ、死神さま」ポロポロ
男「……」
少女「私、今どんな顔してる?」ポロポロ
男「………」
少女「ちゃんと笑えてるかしら…?」ポロポロ
男「……っ」
少女「あなたが素敵と褒めてくれた笑顔……ちゃんと出来てるかな…?」ポロポロ
男「──」
男「…あぁ、出来ているさ」
少女「……よかった……」ポロポロ
男「……」ナデナデ
少女「……」ポロポロ
少女(あぁ……)
少女(私は今……)
152 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/18(木) 08:21:30.18 ID:JVBn92ieO
──とっても幸せです
153 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/18(木) 08:23:28.28 ID:JVBn92ieO
伯爵家の一人娘が息を引き取ったとの知らせが出たのは、その日の夕方でした。
民からの信頼も厚い伯爵様が大事にしていた、少女という娘。
その訃報に悲しむ人は少なくなかったといいます。
ですが、お悔やみを伝えに来た人々は皆、驚いた様子で屋敷を後にしていきました。
それは──
亡くなった娘が、それはそれは晴れやかな笑顔を浮かべていたから。
──だそうです。
154 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/18(木) 08:25:06.50 ID:JVBn92ieO
ーーー夜 伯爵邸 娘の部屋ーーー
──フッ
男「………」
男「………」
男「……迎えに来た」
少女「」
男「……」スッ...
(そっと少女を抱きかかえる)
男「……」
少女「」
男「……」
男(……綺麗な笑顔だ)
男「……」
男(君のその笑顔、決して忘れはしない)
男(永遠に──この世界の果てるまで)
男「……」
男「さぁ、行こうか」
155 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/18(木) 08:27:40.24 ID:JVBn92ieO
ーーーーーーー
老婆「──はい、おしまいです」
「うぅ……」グスッ...
老婆「あらあら、そんなに泣いちゃって……これで涙を拭きなさい」スッ
「うん……」フキフキ
老婆「…落ち着きましたか?」
「ありがとう、婆や」
老婆「……おや、もうこんな時間ですね」
老婆「今日はもうおやすみなさい。明日は朝から東の貴族様のパーティーに出かけるのですからね」
「分かったわ」
「……婆や、いつもありがとう。私婆やのお話好きよ」
老婆「それは何よりですね」ニッコリ
「でも、今日のは悲しいお話ね……思わずたくさん泣いてしまったわ……」
老婆「悲しいお話?」
老婆「…いえいえそれは違いますよ」
「え…?」
老婆「このお話はですね──」
老婆「とても、優しいお話なんですよ」
老婆(そうですよね)
老婆(──お嬢様)
156 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/18(木) 08:28:50.14 ID:JVBn92ieO
その黒ずくめの男は、──"死神"。
あらゆる命の期限を知る者です。
ただし、自分では生き物を殺しません。
──殺せません。
何故なら──
その死神様は鎌を持つには、優し過ぎるからです。
これは、広い世界を夢見た小さな女の子と、鎌を持てない死神様の、優しい優しい物語。
ー終わりー
157 :
◆YBa9bwlj/c
[sage saga]:2019/07/18(木) 08:53:49.06 ID:JVBn92ieO
以上で完結となります。
元ネタは「鎌を持てない死神の話」という歌からです。
本当は画像を一枚貼りたかったのですが、調べてもやり方がよく分かりませんで…
読んで下さった方、ありがとうございました。
158 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/07/18(木) 10:57:00.19 ID:O7dUznl9o
年を取ると涙腺が緩くなっていかんな……
素晴らしかった乙!
159 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2019/07/18(木) 14:00:05.40 ID:DWlB0X3EO
こんな結末は許さない!
お嬢様復活で死神とのイチャラブ結末も書きなさい!
160 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/18(木) 20:07:39.55 ID:JVBn92ieO
>>159
実はご都合主義の後日談的なものの構想を少し考えていたんです。
自分はハッピーエンドが大好きなので笑
需要があれば別スレを立ててそこに投下していこうかと思うのですが、どうでしょう。
161 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/07/18(木) 21:26:13.10 ID:lU4PNiymO
別スレじゃなくても良いと思うけどもそこはどちらでも
162 :
◆YBa9bwlj/c
[sage saga]:2019/07/18(木) 23:27:20.86 ID:TjuqEVZS0
既にHTML化依頼を出してしまった後なので、このスレで続けていいものか少し不安は残りますが、近いうちに後日談をここに投下していこうと思います。
もしまずそうなら別スレッドを立てます。
もう少しだけお付き合いくださると嬉しいです。
163 :
◆YBa9bwlj/c
[sage saga]:2019/07/19(金) 17:59:46.73 ID:4Zg8L775O
164 :
◆YBa9bwlj/c
[sage saga]:2019/07/19(金) 18:02:08.59 ID:4Zg8L775O
>>163
は例の歌の画像です。
好きな絵です。
165 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/21(日) 13:27:57.33 ID:HWAi5Ut60
それでは後日談を投下していきます。
後日談といっても、ifストーリーのようなものです。
人によっては蛇足にしかならないかもしれませんが、ご容赦ください。
166 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/21(日) 13:29:04.79 ID:HWAi5Ut60
ーーー王国 市場ーーー
ガヤガヤ
男「………」テクテク
「──着いた着いた!ここの広場だよ!」タッタッタッ
「ちょっと……速いって……!」タッタッタッ
「…ってあれ?居ないじゃないか」
「んー、場所間違えたか…?」
「君たち、もしかして西の旅芸人一座を見に来たのかね?」
「あ、お菓子屋のおっちゃん!」
「そうなんだ!ここでショーをやってるって言うから!」
「残念だったねぇ……彼らは昨日、隣町へ向かってしまったところだよ」
「えぇー…」ションボリ
「そんなぁ…」ガックリ
男「………」テクテク
「ん?…あ!あの、そこの商人さん!」
「はて…?おや、あなたは……いつぞやの手紙の方」
「覚えていてくれましたか。実はあの後彼女と結婚の約束をすることが出来まして」
「おぉ!それはめでたいですなぁ」
「あなたが届けてくれた手紙のおかげで、僕の気持ちを伝えることが出来たんです。ありがとうございました!」
「はっはっは!では、今後は私の商売にもご贔屓にしてくれますかな?」
男「………」テクテク
167 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/21(日) 13:30:40.91 ID:HWAi5Ut60
男(相変わらず、人間というのはごく小さなことで感情を揺らす生き物だな)
男(そうでもしないと、短い一生を彩れないから……だろうか)
男(つくづく共感しがたい感覚だ)
男「………」テク...
男(……丁度、この辺りだったか)
男(彼女の噂を聞いたのは)
男「………」
男(…また、これまでと変わらぬ日々が訪れる)
男(命の終わりを見届け、導く……幾度となく繰り返してきた時間が)
男(──そう、思っていたのだがな)
少女「──ねぇ見て見て!見たことのないお菓子!これ面白いのよ!」タッタッタッ
168 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/21(日) 13:32:06.91 ID:HWAi5Ut60
男「……」
少女「らむね?というものなんだって!」タッタッ...
少女「甘くて、口の中でしゅんわり溶けていくの…!」
男「……それを買いに行っていたのか?」
少女「」ギクッ
少女「……偶然見かけただけよ?」パク
男「……」
少女「……」
少女「ほら…あなたも一つどう?」スッ
男「……」
男「……」スッ
男「」アム...
少女「…どう?不思議でしょ」
男「薬みたいだな」
少女「もうちょっとましな感想は言えないの?」
男「……なぁ、少女よ」
少女「…はい」
男「はしゃぐなとは言わない」
男「だが、今の君が俺から離れ過ぎるのはあまりよろしくない」
男「ましてや俺たちは遊びに来ているわけではないんだ」
男「そういうのは少なくとも、仕事をこなしてからだ」
少女「うぅ……分かってるわよ……」
男「では、行くぞ」
少女「うん」
テクテク...
169 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/21(日) 13:33:25.58 ID:HWAi5Ut60
ーーー王国 郊外 とある民家ーーー
少女「──ここ?」
男「そうだ」
少女「……」ノゾキコミ
「あぁ……どうして亡くなってしまったの……?もう少し一緒に居たかったのに……」
少女(お庭の端でうずくまってる女の子……)
少女「……おじいさまか、おばあさまが亡くなられたのかしら……」
男「いいや。よく見ろ」
少女「?」
男「…あの子の前の地面、何かを埋めた跡があるだろう」
少女「あ…!」
男「死んだのはこの家で飼っていた子犬だ」
少女「………」
男「寿命は……5年と4ヵ月か」
少女「そんなことまで分かるの?」
男「君もいずれそうなるのだぞ」
「……グスッ……また来るからね……」
サッサッサッ...
170 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/21(日) 13:34:38.02 ID:HWAi5Ut60
男「……ペットというものだな」
少女「私の家でも飼っていたわよ」
少女「…馬、蛇、虎とか。お父様とお母様が趣味で集めた子たち……専用の小屋まで建ててたっけ」
男「可愛いのか」
少女「まさか。私はせいぜい小さなインコと戯れてたわ」
男「……動物は人間より遥かに寿命が短い」
男「自分より先に死に、別れが辛いと分かっているのに、なぜ共に生きようとするんだ?」
少女「分かってないわね」
少女「一緒に過ごした時間の長さじゃないの。その時間でどれだけ心を通わせて、意思を通じ合わせられるか、なのよ」
少女「先立たれる未来が分かっていようと、その経験は何にも代えられない濃い思い出になるの」
男「……インコより先に逝った君の台詞とは思えないな」
少女「あ、今そんなこと言う?怒っていいわよね??」
男「………」スクッ
テクテク
少女「ちょっと…!」サッ
テクテク
171 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/21(日) 13:36:04.77 ID:HWAi5Ut60
男「………」
少女「これ……」
(手製の墓)
少女「……あの子が作ったのね、きっと」
男「…君の初仕事だ」
少女「えぇ。この子犬ちゃんよね」
少女「……でも、どうやって連れて行けばいいの?」
少女「まさかお墓でも掘り返すなんて言うんじゃないでしょうね?」
男「急くな。そこだ」
少女「ん?」
子犬「……」シッポフリフリ
少女「あら…」
男「………」
少女「これは…つまり幽霊ってこと?」
男「そう呼ぶ者もいるな」
子犬「?」
少女「キョトンとしちゃって」フフッ
男「自分が死んだことに気付いていないのだろう。ままあることだ」
少女「……」
スッ(手を差し出す)
少女「おいで」
子犬「……」ジッ...
子犬「……キャン!」テテテッ
172 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/21(日) 13:37:22.47 ID:HWAi5Ut60
ーーーーーーー
少女「──これで、いいのよね」
男「あぁ」
少女「ふぅ……」
少女「……"導く"って、こんなにあっさり終わっていいのかしら」
男「大層な儀式でも期待していたか?人間のような」
少女「ううん、そうじゃないけど…」
少女「……なんか、とても不思議な感じ」
少女「死ぬって、こう……もっと色々あるものと思ってた」
少女「閻魔さまの裁きとか、輪廻転生とか」
男「人の思想に囚われ過ぎだ」
少女「元々人間ですからね」
173 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/21(日) 13:40:23.61 ID:HWAi5Ut60
男(………)
男「……はぁ……そうだな」
少女「…なんで溜息ついたのよ?」
男「いや……なぜ俺はこんなお守り紛いのことをしているのか、とな」
少女「……………」
少女「お守りって、誰のことかしらね???」
男「……」
男「……」ジッ
少女「……」ジッ
男「……」ジー
少女「………」ジッ
男「……」ジー...
少女「……っ」
少女「……そ、そんな見ないで……」フイッ
男「………正直、ここまで解しがたい出来事は初めてだ」
少女「それを私に言われても困るけど……そうね──」
少女「──まさか私が死神になるなんてね」
174 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/21(日) 13:41:15.26 ID:HWAi5Ut60
少女「あなたの上司…なのかな?話の分かる神さまで良かったじゃない」フフッ
男「上司……まぁ人間で言うところのそのような位置付けか」
男「………正気の沙汰ではない。人間を、死神にするなど」
少女「やっぱり、人から神さまになることって珍しいの?」
男「当たり前だ。というより、俺の知る限り前例はない」
男「……第一、どうして君は断らなかったんだ」
男「生への執着はないと言っていたではないか」
少女「私たち生きているわけではないのでしょう?」
男「屁理屈はいい。俺はあのいかれた提案を呑んだ理由を訊いている」
少女「………なに?私が消えなかったのが、そんなに不満?」
男「そういう話ではない」
男「君は死神という存在のことを何も理解していない」
男「"期限"の切れた命を向こうの世界へ導く……これを延々と繰り返すんだ。それこそ、この世界が終わるまで」
男「俺たちに"期限"はないからな」
男「永遠に存在し続けるなど、人間のしてきたあらゆる拷問よりも耐え難い責め苦だ」
男「…君は自ら地獄に足を踏み入れたんだぞ」
175 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/21(日) 13:43:33.13 ID:HWAi5Ut60
少女「………」
男「………」
少女「……地獄じゃない……」
男「時が経てば嫌でも分か──」
少女「──だって!」カオアゲル
少女「あなたと一緒に居たかったから…!」
男「っ!」
少女「ずるいのよ!私をこんな気持ちにさせておいて、私だけ消えなきゃいけないなんて」
少女「それでも仕方ないと割り切って、この想いと一緒に行こうと思ってたのに…」
少女「あんなチャンスをくれたら、掴まないわけないでしょ!」
少女「永遠に存在し続ける?地獄の責め苦?」
少女「それがなに?」
少女「あなたと過ごせることの方が、ずっとずっと嬉しいに決まってるじゃないっ!」
男「………」
少女「ぁ……//」カアァ
少女「……い、いえ…その……」
少女「あーもう、いいわ…!」
少女「死神さま」
男「……」
少女「……」
少女「私、少女はあなたのことが好きです」
176 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/21(日) 13:44:51.25 ID:HWAi5Ut60
少女「だから、これからずっと、私をあなたの側に置いてくれませんか?」
男「──」
男(………)
男「……君はもう俺と同じ存在だ」
男「その約束を交わさずとも、離れることなどない」
少女「……」
男「次の仕事に向かうぞ」...テクテク
少女「……は?」
ガシッ
男「……なんだ?」
少女「……」ニコニコ
男(妙な凄みを感じる……)
少女「…ねぇ、あなたの気持ちは?」
男「む…?」
少女「私は、ちゃんと伝えたわよね。あなたへの想い」
少女「ならあなたが私をどう思ってるのか聞かせてくれないと不公平じゃない?」
177 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/21(日) 13:46:08.33 ID:HWAi5Ut60
男「……」
男「…君が一方的に喋っただけだと思うが」
ガシィ!
少女「……」
男「……そんなに強く掴むな、皺になる」
少女「言っとくけど、あなたが教えてくれるまで離しませんからね」
少女「時間なんてたっぷりあるんだし」
男「………」
少女「………」
男「………」
少女「………」
男「……特別な存在だ」
少女「!それって…!」
男「人間上がりの死神、というな」
少女「……」
男「もういいだろう。離してくれ」
少女(むー……)
178 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/21(日) 13:47:21.60 ID:HWAi5Ut60
少女(……そういえば)
少女「…一個、気になることがあるのだけど」
男「…?」
少女「最後、あなたが来て私に生きたいか訊いてきたとき」
少女「…あのとき、私が生きたいって言っていたら、本当に私は生きていられたの?」
男「!」
少女「……」
男「………そうかもしれない」
少女「どうやって?あなたが生かしてくれるの?」
少女「命を奪うこともできないのに?」
男「……」
少女「……」
男「……」
少女「……まただんまり?」
少女「でも無駄よ。私もあなたと同じ死神なんだから、あなたが何をしようとしていたのかなんて、いずれ分かるわ」
男「……………」
男「……君を守るつもりでいた」
男「君に近づいてくる鎌から」
少女「え…」
少女「そんなことが出来るの…?」
男「普通はしない。ありえないことだ」
少女「そうよね。鎌を持てもしないんだものね」
男「…持つことが許されていないだけだがな」
少女「私を生かすのは許された、ってこと?」
男「いや……」
男「そんなことをしていたら、当然俺もただでは済んでいない。なにせ天の意向に背くことなる」
179 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/21(日) 13:48:15.74 ID:HWAi5Ut60
少女「……そうまでして私を守りたかったのよね…?」
男「………」
少女「それはなぜ?」
男「……」
少女「……」ジッ...
男「……」
男「…さっきも言ったろう」
男「特別な存在だからだ」
少女(特別……)
男「…そろそろ移動したいんだが」
少女「もーっ!」
少女「ここまで来たんだからちゃんと最後まで言って!」
少女「言葉にして伝えてよ!」
男「……」
男(……)
男「………」
男「」フゥ
...ポン(少女の頭に手を置く)
男「君を、愛しているから」
180 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/21(日) 13:49:46.68 ID:HWAi5Ut60
少女(──!)
男「……これで満足か?」
少女「……死神さまぁ!」ダキッ
男「…!」
少女「えへへ…」ギュー
男「おい、これではますます動けない…」
少女「ん〜♪」アタマグリグリ
男(……聞いていないな)
少女「ね、私たちこれからずっと一緒なのよね?」
男「そうだな」
少女「〜〜!」
少女「こんな……こんなに幸せでいいのかしら、私」
男「……いいんじゃないか」
男「多くの者が君の幸せを願っている」
男「…無論、俺もだ」
少女「ふふ、ありがと」
少女(……この世界に、感謝しなくちゃいけないかしらね)
181 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/21(日) 13:51:19.20 ID:HWAi5Ut60
少女「…あ、ねぇねぇ」
少女「これからあなたと過ごしていくわけだけど」
少女「あなたのこと何て呼べばいいのかな?」
少女「死神さま…だと変よね。私も死神なんだし」
少女「あなた、名前はあるの?」
男「………」
少女「…?聞いてる?」チラリ
男「……男」
男「それが俺に与えられた識別名だ」
少女「男……」
男「……」
少女「……」
少女「……それじゃあ」
少女「──これから色んな世界を見せてね、男さん」ニコッ
182 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/21(日) 13:52:52.20 ID:HWAi5Ut60
ーーーーーーー
老婆「………」
老婆(……ついに、寝たきりになってしまいましたか)
老婆(近頃、身体が思うように動かなくなっていましたが……老いには勝てませんね)
老婆「………」
老婆(……あの子は、今日結婚の契りを交わしているはず)
老婆(最後にその晴れ姿を見ておきたかったですね)
ーーーーー
「──婆や、今の私があるのは婆やのおかげよ」
「──今まで私を見てくれてありがとう。私、幸せな女になるからね」
「──行ってきます」
ーーーーー
老婆(……お優しい子になられて……)
老婆「………」
老婆(私は、この御家に尽くすことが出来たでしょうか)
老婆(私に任された子たちには皆、愛情を注いで育ててきたつもりですが……)
老婆(……いえ、やめておきましょう。今わの際、自問するだけ無駄でしょうから)
老婆(私は自分のしてきたことに誇りを持つだけです)
老婆(……それでも、唯一心残りがあるとするなら……)
183 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/21(日) 13:54:16.95 ID:HWAi5Ut60
老婆「……!」
老婆(おや、この気配……)
老婆「……」フッ...
老婆「……お迎え、ですか……」
老婆「死神様…?」
「そうね、よく分かったわね」
老婆「…!?」
老婆(……そんな、まさか……)
老婆(このお声は……!)
老婆「………お、嬢……様……?」
「………」
「…そう呼ばれるの、とっても久しいわね」
「けど、今は違うかな」
少女「──私、死神ですから」フフッ
184 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/21(日) 13:55:50.80 ID:HWAi5Ut60
それから、神様の伝承を記した書物の一部には、可愛らしい少女の姿をした死神が描かれていることが、あったとかなかったとか──。
ですが、そんなことを気にするのはせいぜい神学者くらいなものでしょう。
今日も世界は、同じように廻っています。
ーある一つの幸せな未来 Endー
185 :
◆YBa9bwlj/c
[sage saga]:2019/07/21(日) 13:59:14.13 ID:HWAi5Ut60
後日談、以上となります。
今度こそこの話はこれにて終了です。
ここまでお付き合いしてくれた方、ありがとうございました。
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