◆きみが身体をみつけたら

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/18(火) 23:47:59.73 ID:2+eK45Jl0

『入れ替え』という能力は、
私生活を過ごすにあたって、とても便利だ。

力を行使する際の手順は、(1)−(3)に従う。

(1)入れ替えたいものを頭に思い浮かべる
(2)入れ替え先の対象を目視で確認する
(3)入れ替えを念じる

要するにとても簡単なやり方で、この力は使うことが出来る。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1560869279
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/18(火) 23:50:16.58 ID:2+eK45Jl0

たとえば買ったばかりのアイスクリームを地面に落としてしまった時、
僕は『入れ替え』を使うことでこれを取り戻すことができる。


(1)僕は、まず『アイスクリーム』を頭に思い浮かべる。

入れ替えにおいては、このプロセスが極めて重要になる。
つまり、脳内での具体的なイメージが定まっていない状態で
次のステップに行くことは、入れ替え障害を巻き起こすことになる。

入れ替え障害というのは、AをBと入れ替えたいと考えている最中に、
誤ってCも同じタイミングで思い浮かべてしまった時、
『入れ替え』はAとCの両方に対して起きてしまうという現象になる。

これは偶発的な事故であり、一歩間違えれば
あらゆる危険性も孕んでいるため、
この作業は慎重に行う必要がある。


僕は、頭の中で『アイスクリーム』のイメージを思い浮かべる。

3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/18(火) 23:51:57.54 ID:2+eK45Jl0

これが終わったら、次に(2)のプロセスに入る。

目的の対象は、正面の形が見える位置にあるのが好ましいが、
外形が捉えられていれば横向きであっても特に問題はない。

要するに、これもイメージの問題であり、
リンゴというイメージが元から頭に入ってさえすれば、
形が違うものであっても、半分に切られていたとしても、
想像で補えることが出来れば『入れ替え』は可能になる。


僕は早速、向かい側に座る青年のアイスクリームを眺めた。

4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/18(火) 23:52:42.51 ID:2+eK45Jl0

後は(3)で示した通り、念じるだけでいい。

僕は『入れ替え』を行使する。
するとどうだろう、僕の手元にはまっさらのアイスクリームが現れる。
代わりに、青年が買ったばかりのアイスは僕のものと入れ替わっている。

僕は素知らぬ顔でアイスを頬張る。
慌てふためく青年をよそに、
冷たい甘みが僕の口の中に広がっていった。

5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/18(火) 23:54:21.07 ID:2+eK45Jl0

 * 

「ねえねえ、ちょっと聞いてくれない?」
柏木さんはそう言って、にこやかに白い歯を見せる。

陸上部に所属している彼女は、一年生ながらにして、
短距離走でレギュラーの座を獲得しているほどに、
肉体的にも精神的にも、実に健康的な女の子だ。

「今から、日誌書かなくちゃいけないんだけど」

「まあそう言わずにさ。実はね、昨日、噂のあの人を見かけちゃったの」

「へえ。誰のこと?」

6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/18(火) 23:55:39.58 ID:2+eK45Jl0

柏木さんは、先ほどよりもひとつ声のトーンを落とす。

「ほら、隣のクラスの蒼井さんだよ。蒼井明衣さん、知ってるでしょ」

「蒼井さんって、あの?」

「うん。いっつも包帯巻いてる女の子。ファッションなのかな、あれ」

「さあ。怪我でもしてるんじゃない」

「怪我って、それ」

「なあ、蓮見はどう思う?」

7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/18(火) 23:56:51.11 ID:2+eK45Jl0

そういうと、ふたりの男女は、こちらに顔を向けた。

「話聞いてたよな」
佐々木は誰にも好かれそうな好青年のような笑みを浮かべている。

盗み聞きをしていたわけではないけれど、
隣で喋っていればいやでも耳に飛び込んでくるはずだ。

それを分かってなお、佐々木は僕に意見を求めているんだろうか。
そういう意味でも、僕は佐々木が嫌いだった。

「たぶん、アニメの見過ぎとかじゃないかな」
僕は話題を断ち切るように、一言だけ告げる。

8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/18(火) 23:59:21.46 ID:2+eK45Jl0

「なんだそれ、うける」
僕の返答に佐々木は笑っていたが、
柏木さんの顔は強張ったままだった。

僕らの会話はそこで終わった。

佐々木が再び柏木さんと談笑をはじめたことをよそに、
僕は窓の外を眺め、心の中で悪態をついた。

9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/19(水) 00:02:32.14 ID:qOvrccx90

蒼井明衣は、学内でも有名な女の子だった。
おそらく、良い意味でも悪い意味でも。

彼女は、人よりも際立って目立つ容姿を兼ね備えていた。
入学したばかりの頃から既に、
彼女は上級生からも注目されるほどには、有名人だった。

「薄幸の美少女」だとか、
「真っ白で透明な花束」だとか、
とにかく彼女の呼び名は様々あった。

10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/19(水) 00:03:53.81 ID:qOvrccx90

彼女が包帯を巻いて登校するようになったのは、
たしか、梅雨入りのころはずだ。

実を言えば、僕は彼女と通学時間が重なっており、
また使う交通機関すらも同じだった。

そういうわけで、僕は度々彼女の姿を見かけることになるのだが、
彼女の左腕には常に仰々しく包帯が巻かれてあった。

はじめは、周りの人間が騒いでいたものだが、
彼女がその件に関して何も口を出さないこともあり、
これまで群がっていた連中は、いつしか彼女を恐れて離れていった。

11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/19(水) 00:05:11.14 ID:qOvrccx90


今では、彼女は「高嶺の華」という扱いを受けている。

最も、それは薔薇のようなものなのかもしれないけれど。


12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/19(水) 00:06:00.15 ID:qOvrccx90

「まあ、どうでもいいことだな」
 
僕は、裏庭のベンチに深く腰掛けた。
ここは日が当たることもほとんどないので、
基本的に人気が少ない。

放課後に立ち寄ることが増えたのは、それが理由だった。
僕みたいな人間にはもってこいの場所だ。

べつにクラスの連中からは苛めを受けているわけでもはないが、
それに近い迫害を受けているのは確かだった。

13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/19(水) 00:07:11.88 ID:qOvrccx90

「いいか、小林。コミュニケーション能力ってのは、
社会に出るためには、確実に必要になるスキルのひとつなんだ。

つまりは、僕はそういうのが欠落してんだろうな。
でも、それを悪いと思ってるわけじゃないんだ。

今は人同士が特別、関わり合いすぎなんだよ。
もっと、軽い関係で良いんだ、僕からすれば。

別れる時も、またなじゃなくって、さよならでいいんだ。
それくらいが、ちょうどいいんだよ、僕は」


ぐぅ、と小林は声を唸らせた。
顔を見つめるが、分かっているのか分かっていないのか
微妙な表情で喉を鳴らしている。

もしかすると、猫に話しかけるのを虚しく感じなくなるのも、
ひとりきりが長いと培われる能力なのかもしれない。

14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/19(水) 00:07:37.82 ID:qOvrccx90

「さて、今日もお前に飯をやろう。いいか、よーく見ておけよ」
 
小林の好物は、丸々太った金魚だ。
そいつらは、裏庭のため池の中で悠々と泳いでいる。

しかし、生徒が立ち入らないようにと、
ため池との隔たりを作るような網格子が備え付けてある。

だが、僕にとってはそんな壁を超えることなど造作もないことだった。

僕は足元に転がった小石を一瞥した後、
ため池の中で泳ぐ金魚の姿を想像する。

血だまりのような、鮮やかな赤を思い浮かべ、僕は『入れ替え』を行使する。

15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/19(水) 00:08:20.48 ID:qOvrccx90

すると、小石はその場から消え失せ、
代わりにびちびちと、地面で跳ね回る金魚がそこに姿を現した。

僕はしたり顔で小林の頭を撫でた。

「どうだ、凄かったろ? ちゃんと味わって食べろよ」

16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/19(水) 00:08:53.78 ID:qOvrccx90

裏庭に人がやってくることは滅多にない。
それは、このため池も関係していた。

不自然に建てられた歪つなフェンス。

ちょうど5年ほど前に
この池に足を滑らせて死んでしまった生徒がいるらしい。

そして、ここに近づく人間はその死体に呪われるとも囁かれている。

どこまで本当かは分からない。
ただ、その噂のおかげで
こうしてひとりの時間を満喫できるのだから、
少しは感謝しなければならない。

17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/19(水) 00:10:37.10 ID:qOvrccx90

そういうわけで、僕は完全に油断をしていた。

そう。ここに人が立ち寄るなんて、滅多にないことなのだから。

「今の、どうやってやったの?」

蒼井明衣は、僕の後ろで立ち尽くしたまま、怪訝な表情を浮かべていた。

彼女に話しかけられたのは、これが初めてのことだった。

18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/19(水) 00:12:13.42 ID:qOvrccx90

「なんでもないって言うのは無しだからね。

私、ちゃんと見ちゃったから。説明してもらえるかな。

さっき入れ替えたでしょ、そこの小石と、ため池の金魚」

蒼井明衣は、まくし立てるような口調でこちらに詰め寄ってくる。
僕は呆気にとられて声を出すことが出来ないでいた。

「ねえ、どうして黙ってるの」

彼女は、不機嫌そうな顔で僕の顔を見上げていた。

そうして僕は、現状を再確認する。
これは、まさしく、大変な状況になった。

19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/19(水) 00:13:46.36 ID:qOvrccx90

「ぜんぶ、見たのか?」

「うん。ぜんぶ、ね」

せめてもの絞り出した声にすばやく反応する。
蒼井は、人差し指をつきだしたまま、
問い詰めるような口調を止めようとはしない。

「……何でもないよ。ただのマジックみたいなものだから」

「口下手なんだね。それって、肯定と同じだよ」

彼女はそう言って、不機嫌そうに口をとがらせた。

20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/19(水) 00:14:22.63 ID:qOvrccx90

蒼井はぽすりとベンチに腰をかけた。
その腕には包帯が巻かれてある。

「座りなよ、ここ」

「あいにく、僕の定位置は今君が座ってる場所なんだけどさ」

「そういうの気にするんだ。君、名前は?」

「は?」

「だから、名前はって言ってるでしょ。呼びづらいから」

「教える義理はないね」

「うわあ、友達いなさそー」

蒼井は、そう言って憐れむような目を僕に向ける。
もはや、会話する気持ちすら失せ、僕はその場で踵を返した。

21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/19(水) 00:15:03.14 ID:qOvrccx90

「どこ行くの?」

「帰るんだよ」

「ふうん。それじゃあ、また明日ね」

 僕は蒼井の言葉に思わず振り返る。

「ちょっと待て。なんだ、また明日って」

「だから、また明日も会いに行くからって意味だよ。
なんなら、君のクラスを探しに行ってあげようか?」

22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/19(水) 00:15:36.56 ID:qOvrccx90

僕は想像する。

突然、蒼井明衣の現れた僕のクラスは、
騒々しくなるだろう。

ただでさえ誰彼構わず注目を集める女だ。
しかも彼女が探している相手は、僕みたいなあぶれ者ときた。

こいつがいなくなった後、
僕はあいつらからの格好の的になるに違いない。

23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/19(水) 00:16:14.50 ID:qOvrccx90

僕は、どさりと彼女の隣に座りこむ。
すると蒼井は口角を歪ませて笑う。

「帰るんじゃなかったの?」

「気が変わった」

「へえ。少しは物分かりがいいんだ。意外だった」
「その減らず口は生まれつきか? 
こっちも意外だったよ。
普段は取り繕ってるつもりかは知らないけど、
危うくだまされるところだった」

「君、ずいぶんと毒舌なんだね」

どっちがだよ、と言いかけて僕は口を噤む。
さっきから調子が狂わされてばかりだ。

24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/19(水) 00:16:42.59 ID:qOvrccx90

「それで?」彼女は首をかしげる。

「なにが」

「名前。まだ教えてくれてないでしょ」

へらへらと蒼井は笑う。
学園のアイドルと話しているという気持ちは、
いつの間にか消え失せていた。

僕は「蓮見」とだけ答える。
それ以上は何も言うつもりはなかった。

25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/19(水) 00:17:39.01 ID:qOvrccx90

「じゃあ、蓮見君。
そろそろ、さっきのことを説明してくれてもいいんじゃない。
まだ教えてもらってないでしょ。あれは、どうやってやったの?」

手品だよ、けっこう凄かったろ。
ここの高校、バイト禁止だから、
普段は路上パフォーマンスで稼いでるんだ。
家の生活費が苦しいから、
自分で使うお金くらいは自分で賄わないといけないからね。

「……ふうん、そっか」

それだけ言って、蒼井は黙り込んでしまった。


26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/19(水) 00:18:23.81 ID:qOvrccx90

「さっきから何を考え込んでんの?」

「蓮見君から自白させる方法を考えてるの」

彼女は諦める様子はひとつも見せようとはしない。これは実に困った。

「残念だけど、あんたに何かを言うつもりはないよ」

「あんた、じゃないよ。私、蒼井明衣って名前があるの」

「……じゃあ、蒼井。そろそろ諦めてくれないか、僕も家に帰りたいんだ」

そう言って、僕はため息を吐く。
強情さじゃ負ける気はしない。
彼女がどう足掻いても、僕が折れることはないだろう。

27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/19(水) 00:20:13.22 ID:qOvrccx90

「分かった、じゃあやり方を変えるよ」

だが、蒼井明衣は僕の想像を超えた“異常さ”を兼ね備えていた。

彼女は、涼しい顔でベンチから立ち上がると、
裏庭とため池を隔てるフェンスをよじ登り始めた。

太ももからまくり上がったスカートを気にする素振りも見せず、
彼女はするりするりとフェンスの向こうへと降り立つ。

「何するつもりだ」僕は脂汗を滲ませて彼女に尋ねた。

「飛び降りるの」

「は?」

「今から、このため池に飛び込むよ。よく見ててね」

「バカ、やめ――」


28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/19(水) 00:20:43.86 ID:qOvrccx90

それは一瞬の出来事だった。

僕の静止を聞こうともせず、
蒼井はため池の方へと歩いていく。

そして、彼女の身体は宙を舞った。
斜陽と重なり、彼女の後姿は
鮮やかな逆光となり、僕の瞳に映る。

何の迷いもなく、きれいな影となる。
それは、映画のワンシーンにも思えた。
ひとりの少女が死にゆく様を切り取った、
フィルムのようだった。

29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/19(水) 00:21:44.29 ID:qOvrccx90


そして、僕は無意識のうちに『入れ替え』を行使していた。


30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/19(水) 00:22:10.55 ID:qOvrccx90



「それじゃあ、そろそろ説明してくれるかな?」

ベンチと入れ替わった彼女は、僕の隣で嬉しそうに笑みを浮かべていた。

「どぼん」という鈍い音が辺りに響き渡り、
ため池の中に僕の居場所は泡となり消え去った。

31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/19(水) 00:24:18.25 ID:qOvrccx90
今日はここまで。つづきます。
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