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真美「ベランダ一歩、お隣さん」
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37 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/17(月) 22:58:37.77 ID:MwWLOLhm0
「小学生ってそろそろ、こういうの気にしだす歳じゃないのか?」
「え? 気にするって?」
ぱくり。
んー! やっぱりプリン美味しいよー!
「いや、その……なんでもない」
「??」
ほんとに兄ちゃん、どうしたんだろ?
真美、なんか変なことしたかな。
真美がしたことと言えば、兄ちゃんにプリンあげたくらい――
38 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/17(月) 22:59:26.75 ID:MwWLOLhm0
「……あれ?」
「あ。その顔、今更気付いたっぽいな」
「えっとえっと、真美は今、兄ちゃんにプリンあげて」
「うん」
「このスプーンで」
「うん」
「真美が食べたこのスプーンで」
「そうだな」
……。
えっ、それってつまり……。
「……うあぁぁぁあっ!?!?」
「何も考えてなかったのか……」
うあうあ〜!!? 真美、なにはずいことしてんの!?
や、やばいよ、今顔真っ赤だよ!
39 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/17(月) 22:59:54.66 ID:MwWLOLhm0
「あ、亜美! 帰ろ!」
「真美、どったのー?」
「な、なんでもないよ! なんでもないから!」
「……兄ちゃんに変なことでもされた?」
「ち、ちがっ……えっと、変なことしたのはむしろ真美で、その……!」
「えっ、真美なにしたの!?」
自分でもわかるくらい顔が熱くなってるよ!
真美のバカ! あんぽんたん! 美少女!
「おーい、真美。大丈夫か?」
「大丈夫じゃないっしょ!! ま、また明日っ!」
「えー、もう帰るのー?」
「お、おう、また明日」
まだ残っていたそうな亜美の手を無理やり引っ張って、兄ちゃんの部屋から飛び出した。
うああああん!!
40 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/17(月) 23:00:44.60 ID:MwWLOLhm0
――そんなことがあってから、真美は事あるごとに兄ちゃんの部屋に遊びに行くようになった。
時々亜美も一緒に来たけど、基本的には真美一人だけ。
兄ちゃんの部屋に行って、おやつもらって、だらだらと漫画読んだり一人でゲームしたり。
兄ちゃんは大体レポート書いたり就活のなんか紙を書いてたり。
時々一緒に遊んだりもして。
「ねえ、今日のおやつは?」
「緊縮財政でカットです」
「昨日の試験、どーだったのー?」
「……聞くな、聞かないでくれ。頼むから」
「1Pは真美ね! コントローラー取ったぁ!」
「はいはい」
暑い夏の日から始まった、真美と兄ちゃんのおかしな毎日。
本当に兄ちゃんができたみたいで、とっても楽しい!
41 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/17(月) 23:01:25.25 ID:MwWLOLhm0
そんな毎日がちょっと変わったのは、外が寒くなり始めた秋の終わり。
いつものように兄ちゃんの部屋に行くと、なんか兄ちゃんが踊ってた。
「……兄ちゃん、何してんの? 頭おかしくなったの?」
「これは喜びの舞いだ!」
真美の言葉にツッコミも入れず、兄ちゃんは嬉しそうに一枚の紙を見せてきた。
「えーっと……ないてい……つうちしょ?」
「その通り! 就職先が決まったんだよ!」
「えっ……ええええええ!?」
兄ちゃん、てっきり就職できないかと思ってた……。
話を聞くと、どーやら夏の終わりに、街中で変なおじさんに声をかけられたっぽい。
「ねぇ、そこ大丈夫なの? 怪しくない?」
「一応調べたら、大きくはないけどちゃんとしたとこだったよ」
「それって何するとこなの?」
真美の質問に対する兄ちゃんの答えは、けっこー予想外なものだった。
42 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/17(月) 23:01:54.09 ID:MwWLOLhm0
「アイドル事務所のプロデューサーやるんだよ」
「……あいどる?」
アイドルって……あれかな?
あの歌って踊って、バラエティでわーきゃー言ってる、あれ?
「アイドルって、あのアイドル?」
「そう、あのアイドルだ」
「えっ、日高舞とか?」
「お前そういう世代じゃないだろ……事務所違うし」
日高舞ってそんな前の人だったっけ。
でも、そっかぁ。
真美が知ってるアイドルってそれくらいだからなー。
43 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/17(月) 23:02:21.40 ID:MwWLOLhm0
「俺がプロデューサーやる事務所のアイドルっていうと……秋月律子とか」
「んー、聞いたことない」
「まぁ、世間一般にすごく有名ってわけじゃないからなー」
そんなことを言いながら、少し得意げな兄ちゃん。
おぉ、なんかギョーカイジンっぽい!
その内、テレビにいっぱい出てる人と仲良さそうに話したりするのかな?
「でも兄ちゃん、いきなりプロデューサーとかできんの?」
「できる!」
「やけに自信満々じゃん」
「できる、と社長が言っていた!」
そう言って胸を張る兄ちゃん。
……ねぇ、プロデューサーってホントにそんなに楽なの?
騙されてない?
44 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/17(月) 23:02:48.82 ID:MwWLOLhm0
そんな話をされてからしばらくすると、兄ちゃんは事務所でバイトをするようになった。
プロデューサー業のべんきょーも兼ねて、アイドルこーほせい?のレッスンとかを見てるんだって。
といっても、教えるのは専門の人で、兄ちゃんは雑用的なことをやってるだけらしいけど。
「顔見せも兼ねてるんだよ」
「どんな人たちがいるの?」
「中学生から高校生くらいか。一人だけ短大生がいたかな?」
「いーーーっぱいいるの?」
「十人くらいだよ」
んー、けっこーいるような気もするけど、事務所全体でそれは少ないのかな?
「女の子ばっかりのとこ行って、避けられたり嫌がられたりしない?」
「んー、男が苦手だって子とか、飄々としててあまり喋らない子とかはいるけど、基本的には歓迎してくれてるよ」
「そっかぁ」
じゃあ、いじめられたりはしてないんだね。
思ってたよりは良さそうな場所っぽくて、ちょっと安心したかも。
45 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/17(月) 23:03:18.28 ID:MwWLOLhm0
「お前、なんでホッとしたような顔してるんだ?」
「え? えーっと……なんでもないよ」
真美がそっぽを向くと、兄ちゃんはおかしそうに小さく笑った。
「な、なんで笑うのさ!」
「俺のこと心配してくれてるのか?」
「ち、違うよ! そんなんじゃないから!」
「あはは。ありがとな、真美」
そう言うと、兄ちゃんの右手が真美の頭をくしゃくしゃと撫でた。
うあー。
そんな風にされると何も言えないじゃーん……。
「まぁなんか困ったことがあったら言うから、そんな心配すんなよ」
「……約束だよ? 無理しちゃダメだかんね」
「はいはい」
兄ちゃんは真美を見て、もっかい笑った。
46 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/17(月) 23:03:45.89 ID:MwWLOLhm0
会ってから半年近く経ったけど、兄ちゃんのこと、いっぱい分かってきた。
時々意地が悪いこと。
子どもっぽいとこがあること。
見栄っ張りなこと。
すぐに無理をすること。
辛いのをあまり見せようとしないこと。
それに、とっても優しくていい人なこと。
だからね。
真美、兄ちゃんのことが時々心配になるよ。
兄ちゃんに良くないことがあったら、
部屋で遊べないし、
おやつ食べれないし、
いたずらできないし、
さっきみたいに、頭ぽんぽんってやってもらえないし。
だからね。
47 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/17(月) 23:04:12.97 ID:MwWLOLhm0
「ねえ、兄ちゃん」
「ん?」
「ヤバい橋だけは渡らないでね」
「お前どこでそんな言葉を覚えてきた」
……。
んっふっふっふ〜!
ちょっと黙ってから、二人で一緒に笑った。
これからも、こんな感じで笑っててね。
ゼッタイゼッタイ、約束だかんね!
48 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/17(月) 23:05:01.36 ID:MwWLOLhm0
時間はどんどん過ぎていく。
あっという間に、秋が終わって冬が来る。
真美、いつの間にか兄ちゃんと一緒に居るのが当たり前になってきちゃったね。
暇なときは、大体兄ちゃんの部屋。
でも、バイトが始ってからは遊べる時間も減ってきた。
年が明けるころには、兄ちゃんはほとんどバイトばっかりだった。
「ねぇ兄ちゃん、そんなんで卒業できんの?」
「出来る! はずだ!」
「この前、卒論が終わる気がしないとか言ってなかったっけ」
「そこは抜かりない。教授には貢いである」
「うわぁ……」
こんな調子で、兄ちゃんはバイトバイトバイトバイト……。
もうバイトってかしゅーしょくしてるよね?
49 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/17(月) 23:05:28.29 ID:MwWLOLhm0
「昨日もやよいがな」
「ふーん」
やよいって、真美よりちょっと年上の人だっけ。
兄ちゃんは特に話すことがないと、真美に事務所の話をしてくれる。
楽しそうに話す兄ちゃんを見てるのはいいんだけど……。
「……仲間はずれみたいでふくざつー」
「ん? なんか言ったか?」
「んーん、なんでもないよ」
兄ちゃん、どんどん遠くに行っちゃう気がする。
せっかくこれからは兄ちゃんと一緒に、いっぱい楽しいこと出来ると思ってたのに……。
50 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/17(月) 23:05:55.17 ID:MwWLOLhm0
帰ってから部屋でぐでーっとしてたら、亜美がちょこちょこ寄ってきた。
「ねーねー真美、なにふてくされてんの?」
「……別にー」
「兄ちゃんと喧嘩でもしたの?」
「ううん」
「なになに、なんか悩んでるの?」
「えっと……」
兄ちゃん、最近あんま構ってくれない。
というか、構ってはくれてるけど、なんか前よりも遠い、気がする。
なんかむかむかするし、なんか……だし。
「んっふっふ〜、真美ってば、兄ちゃん取られて寂しいんだ?」
「うっ……ち、ちがーわいっ!」
「あまり双子を甘く見ないことですぜ?」
亜美がなんでもお見通し!って顔でにやにやしてる。
ぐぬー、双子なんて大っきらいだ!
51 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/17(月) 23:06:42.71 ID:MwWLOLhm0
「そーなんでしょ?」
「……ごめーとー」
白旗降参。
「だってさー、いっつもいっつも事務所の女の子のことばーっかり! 兄ちゃんのむっつりスケベー!」
「真美さんや、許してやんな……兄ちゃんだって男の子なのさ……」
「う、うぐぐ」
そりゃね?
別にいいよ、女の子といちゃいちゃしててもさー。
でも、もーちょっと真美に構ってくれてもいいんじゃないのー!?
「兄ちゃんのばーーーか!」
「言ったれ言ったれ!」
「ばぁぁぁぁぁぁあか!!!」
ドンッ!
「ゔっごめんなさい!」
「……聞こえてたみたいだね、兄ちゃん」
心の狭い地獄耳……。
52 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/17(月) 23:07:11.80 ID:MwWLOLhm0
「ねぇ、亜美」
「ん?」
「どーしたら兄ちゃん、構ってくれるかなー」
「えー? どーしたらって言っても……」
急にそんなことを聞かれて、亜美は答えに困ったみたい。
そりゃそうだよね。
真美だっていきなり聞かれても何にも言えないもん。
「だって、会える時間も少ないんでしょ? 最近、帰り遅いことも多いみたいだし」
「うん。バイトが休みの日とか、帰りが早い日にちょっと遊べるくらい」
「もーそっからして不利だよねー」
「ホントだよもー。真美もバイトに連れてってくれればいいのになー」
「さすがにそれは無理っしょー。一応お仕事だし」
あーあ、いいなー。
話聞いてると、寂しいけど、確かに事務所楽しそうだもん。
「真美も兄ちゃんと一緒に行けたらなー……ぜーったい毎日楽しいのに」
53 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/17(月) 23:07:39.24 ID:MwWLOLhm0
と、口にした時。
真美も亜美も二人とも、同時にぴくっと動いて目が合った。
「……一緒に」
「行けたら?」
…………。
……そっか!
「そっかそうだよ! 簡単じゃん!」
「気付いたか……気付いてしまったか、真美よ!」
「んっふっふ〜! もうこーなったら、この手しかないっしょ!」
そうと決まれば……!
54 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/17(月) 23:08:06.23 ID:MwWLOLhm0
「亜美! 真美は……やりとげるよ!」
「ふっ、真美……一人で抜け駆けしようったって、そうはさせないぜ!」
「亜美?! まさか、お前……!」
「ふしょー、この双海亜美、真美殿にお供するしょぞんでござる!」
「よくぞ言ってくれた!」
「だってこんな面白そーなこと、真美だけやるなんてずるいじゃん」
最後の最後で、ふつーに亜美の本音が出てきた。
うん。立場が逆だったとしたら、真美もそう言う。
だってこれ、兄ちゃんのこと抜きにしても、絶対面白いじゃん!
「まずはパパとママに言わなきゃね」
「あれこれお稽古やらせよーとしてたし、それと同じよーなもんだからだいじょーぶっしょ?」
「多分だいじょーぶだとは思うけどねー」
そのまま亜美と二人で、コソコソゴニョゴニョ。
まずはパパとママの砦を陥落させるべく、作戦を練り始めた。
55 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/17(月) 23:08:33.84 ID:MwWLOLhm0
それからまたしばらく経って。
春。
兄ちゃんは教授のお目こぼしをもらいつつ、ぎりぎり卒業できたっぽい。
かなり危なかったらしく、卒業できなかったら退学するつもりだったんだって。
オシゴトに気合い入りすぎだよね。
56 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/17(月) 23:09:00.22 ID:MwWLOLhm0
新しい年度になって、真美達は六年生になった。
正式にプロデューサーとして入社した兄ちゃんとは、滅多に会わなくなった。
夜遅くまで働いてるし、休みの日もお仕事行ったりしてるから、もうホントに時間が合わない。
「亜美、準備できたー?」
「うん、バッチリだぜい!」
だから真美は、亜美と二人で一計を案じたのだ……!
……一計を案じたって言葉の使い方、あってるよね?
「そろそろかな?」
「そろそろだね」
亜美が返事をしてくれた瞬間ドアが開いて、口元にほくろがあるお姉さんが、真美達を呼びに来た。
「それでは次の方、どうぞー」
「よっしゃ! 行ったるで!」
「双海魂、見せたろかい!」
「ふふ、頑張ってね」
57 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/17(月) 23:09:35.25 ID:MwWLOLhm0
「……」
「ん? キミィ、どうしたのかね? 口を開けたまま固まったりして」
ドアの向こうで真美達を迎えてくれたのは、なんか黒っぽい怪しいおっちゃんと、もう一人。
ぽかんと口を開けたまま真美達を見る、事務所のプロデューサーだった。
「お、おまっ……おま、おままっ」
「き、キミィ!? どうしたのかね!」
「リレキショ見てないの? 兄ちゃん動揺しすぎっしょ」
「そんなんだからカノジョできないんだよ……先が思いやられますなあ」
「お前らぁ!!!」
ぶふっ!っと、入ってきたドアの向こうから噴きだす声が聞こえた。
58 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/17(月) 23:10:02.62 ID:MwWLOLhm0
そう。
真美達は兄ちゃんが勤めてる事務所の、候補生オーディションに来たのだ!
「で、親御さんは」
「ちょー嬉しそーだったよ?」
「亜美達からまともにこういうの言い出すのなんて初めてだもんね」
「はっはっは、元気な子たちじゃないか」
すっごく苦い顔してる兄ちゃんの横で、おっちゃんは楽しそーに笑ってる。
「ティンと来た! 双海亜美君、双海真美君、合格だ!」
「いよっしゃー!」
「あんがと、おっちゃん!」
「いやいやいやいや社長本気ですか!?」
あ、この黒っぽいおっちゃん、社長さんだったんだね。
「このセリフが出たらもう決まりですよ、プロデューサーさん。はい、双海さん」
「おやつだー!」
ソファーに座らされた真美達の前に、さっきのお姉さんがマドレーヌを持ってきてくれた。
なんかそれなりにダンスとかもれんしゅーしてきたんだけど、披露する間もなく決まっちゃった。
59 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/17(月) 23:10:37.35 ID:MwWLOLhm0
「姉ちゃん、おかしありがとー!」
「ねねね、姉ちゃん!? そんなやだわ、姉ちゃんだなんて!」
小鳥さんっていうらしいお姉さんは、なんかニヤニヤしながら兄ちゃんの背中をバンバン叩き始めた。
「い、いたっ!? 小鳥さん痛いっ! あと反応がすごくおばさんくさ」
ドスン。
さっきまでの音と違って、めり込むよーな音が聞こえた。
「あ、ごめんなさい、つい、力が、入っちゃって、ね?」
「……うっす」
小鳥さん、目が笑ってない。ちょー怖い。
でも今のはどう考えても兄ちゃんが悪い。
「はっはっは! 仲良きことは美しきことかな!」
社長さんちょー楽しそう。
ここが……兄ちゃんの職場かぁ。
60 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/17(月) 23:11:08.26 ID:MwWLOLhm0
そんな感じで、あっという間に真美達、アイドル候補生になっちった。
次の日は事務所のみんなにご挨拶。
ぺたーんからぼいーんまでいろんな人がいる!
「今、私のこと見て失礼なこと考えてなかったかしら?」
「んーん、気のせいっしょ?」
「うふふ、早速仲がいいのね?」
眉間にしわを寄せたぺ……千早お姉ちゃんが、真美のことをじろりと睨んできた。
その隣で、どたぷーんなあずさお姉ちゃんはにこにこしてる。
61 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/17(月) 23:11:50.98 ID:MwWLOLhm0
「それじゃあ、新しく仲間に加わってくれた亜美ちゃんと真美ちゃんに、春香お姉さんからとっておきの……!」
「あっ……も、申し訳ございません……春香が持ってきた、クッキーは……その……」
「えーーーっ!? お姫ちん、一人で食べちったのー?!」
「す、すみません、亜美! ただ今すぐに……」
「わあああああっ!? た、貴音さん! いいですから! 出さなくていいですからぁ! また作りますよう!!」
はるるん……春香さんが用意してくれたクッキーを、お姫ちん……貴音さんがぜーんぶ食べちゃった!
なんか一日中、どっかで騒動が起こってる感じ。
まこちんとかピヨちゃんいわく、いつもこんな感じなんだって。
あ、ピヨちゃんって小鳥さん。
まこちんは真おに……お姉ちゃん!
62 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/17(月) 23:12:17.90 ID:MwWLOLhm0
「……なんか心配して損したかも」
「は? 心配?」
真美がぼそっと呟いたら、いおりんこと伊織さんが不思議そうな顔をした。
「うん。兄ちゃん、女ばっかりのかんきょーで、陰湿なイジメを受けたりしてないかなーって思ってて……」
「はぁ? よりにもよって、この事務所で陰湿ないじめぇ??」
そう言ってからしばらく考え込んだら、いおりんは何かを閃いたみたい。
その顔、真美と亜美もよくしてるよね。
ニヤニヤしながら真美に耳打ちした。
「アイツのことなら、この伊織ちゃんがたっぷりといじめてあげてるわよ……?」
「ふーん、じゃあいじめてみてよ」
「えっ!? ええと……ば、馬鹿プロデューサー、オレンジジュース持ってきなさい!」
「は? 伊織ちゃん、もう飲んだでしょ」
「きーーーっ! 誰がおばあちゃんよ!」
兄ちゃんの呆れた返事のせいで、いおりんの野望はもろくも崩れ去ったのであった……。
めでたしめでたし。
63 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/17(月) 23:12:46.85 ID:MwWLOLhm0
ずっとみんな、ワイワイガヤガヤ。
ひびきんのハムスター追いかけたり、ゆきぴょんが掘った穴を埋めたり、りっちゃんが怒鳴りながら走ってたり。
他にもいっぱい、いろんなこと。
確かにこんなに色々あったんじゃ、兄ちゃんも事務所で引っ張りだこだよね。
家にもなかなか帰れないし、お話しの内容も事務所のことになってくるよね。
「……でも、やっぱり納得いかないー」
「なんで? 事務所で兄ちゃんと遊べるよーになったじゃん」
「うん、そーだけどさー……」
あちらを立てればこちらが立たず、ってやつ?
兄ちゃんが遠くに行っちゃう……っていうのはなくなったけど……。
代わりに、兄ちゃんが他の人と楽しそーにしてるとこを見るのがめっちゃ増えた。
そしてそれを見てると、なんだか、ちぇーって気分になる。
「この前までは独り占めできたのにー……」
「きょーゆーざいさんというやつですな」
亜美は、真美ほどつまらない気分じゃないみたい。
64 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/17(月) 23:13:15.40 ID:MwWLOLhm0
でも、事務所に入ったからには、真美達もアイドル候補生なわけで。
レッスンもしっかりとやらなきゃダメなんだよね。
「うえー……つかりたー」
「亜美もー……」
学校からレッスンに直行して、暗くなるまでずーっと練習。
体力には自信あるけど、毎日これは疲れるっしょ……。
「お、二人ともお疲れさん」
「兄ちゃん!」
二人でぐでーっとしてたら、兄ちゃんが飲み物持ってきてくれた!
あ、お菓子もある!
「体力回復には糖分だ。ま、しょっちゅうはあげられないけどな」
「ありがとー!」
冷たいレモネードと、一口ドーナッツ。
んー! あまあま!
65 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/17(月) 23:13:44.59 ID:MwWLOLhm0
「しっかし、二人がアイドルに興味があったなんて意外だったな」
「え? 特になかったよ?」
しれっと答える亜美。
うん、真美も特に興味はなかった。
「は!? なんで来たんだお前ら!?」
「えーっと、兄ちゃんが楽しそうだったから?」
「アイドルって何するのかよくわかんないけど、やってみたら楽しいかなって思って」
なんて口では言ったけど、ほんとはそれも違う。
真美は楽しそうとかはどうでもよくて、とりあえず兄ちゃんが遠くに行っちゃうのが嫌だから、始めたんだよ。
亜美は普通に楽しいっぽいけど。
66 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/17(月) 23:14:13.58 ID:MwWLOLhm0
事務所からの帰り道。
「二人とも頑張ってるねぇ」
「そうかな?」
「んっふっふ〜、はるるんもうかうかしてると、あっという間に追い抜いちゃうぜい!」
「むっ! それは聞き捨てならないなぁ。お姉さんとして、負けるわけにはいかないよ!」
亜美とはるるんと三人で駅に向かってるとき、そんな会話があった。
はるるんは真美達より、一年早く事務所に入ったんだって。
アイドルとしてのお仕事は、週に一回あるかないか。
それもテレビとかじゃなくて、ちっちゃいイベントでの脇役とか前座みたいなのばっかり。
「でも、今年はきっと大ヒットして、トップアイドルになるの!」
そう言って拳を高く突き上げるはるるんは、とっても楽しそうだった。
67 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/17(月) 23:14:40.85 ID:MwWLOLhm0
はるるんちょー楽しそう。
いいなー、真美も楽しくしたいのに……。
兄ちゃんったら今日もさ!
「兄ちゃん兄ちゃん! 今日さ、夕飯食べに行こうよ!」
「あー……悪い。今日はテレビ局の人と呑みに行くんだ」
「えー! 兄ちゃん、最近付き合いが悪いぜー!」
「すまんな……これも仕事なんだ、勘弁してくれ」
「うぐぐ……仕方ないなぁ……」
……って、思い返すと兄ちゃん別に悪くないんだけどさ。
はーぁ……事務所に入れば、もっと兄ちゃんと前みたいに遊べると思ったのになぁ……。
68 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/17(月) 23:15:07.93 ID:MwWLOLhm0
真美、実は亜美ほどレッスンに力が入ってないんだ。
だって、真美は兄ちゃんと遊べればそれでよかったんだもん。
ほどほどにレッスンして、事務所行って、兄ちゃん含めたみんなでワイワイして。
あ、事務所は楽しいよ?
兄ちゃんだけじゃなくて、やよいっちと遊んだり、ミキミキとお昼寝したりとか。
すっごい楽しいよ。
でも。
「やっぱり、真美は兄ちゃんと遊びたいんだよ……」
事務所に行った夜は、寝る前に目を瞑ると、ふとそんなことを考えちゃう。
でも、兄ちゃんは兄ちゃんで忙しい。それは仕方ないことだよね。
それに、みんなはとってもまじめにアイドルを目指してる。
亜美も、だんだんレッスンにも力が入ってきて、なんか生き生きしてるのに。
69 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/17(月) 23:15:36.24 ID:MwWLOLhm0
「真美、最近調子悪いのか?」
「え?」
事務所でだらだらしてたら、兄ちゃんに急に言われた。
調子?
全然悪くないけど。
「なんで?」
「なんか時々、雰囲気が暗いからさ」
やばっ、気持ちが表に出ちゃってたのかな。
兄ちゃん、何でもないように聞いてるふりして、めっちゃ真美のこと心配してる。
自分の後ろに回した手が、すっごいそわそわしてるもん。
丸見えだよ。
「んーん! レッスンいっぱいやって、時々疲れてるだけだよ!」
「そうなのか? あんまり無茶はするなよ」
これ以上、兄ちゃんに心配かけるわけにはいかないもんね。
兄ちゃん、真美は大丈夫だよ。
70 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/17(月) 23:16:03.42 ID:MwWLOLhm0
「兄ちゃん、仕事は楽しい?」
「ああ、プロデューサー業は思ってたよりずっと楽しいぞ!」
疲れるし面倒も多いけどな、と兄ちゃんは笑った。
世話好きだもんね、兄ちゃん。
この事務所、世話焼きたくなるような人がいっぱいいるし。
「みんな、大きな夢を追いかけてる。その手伝いは本当にやりがいがあるよ。金も思ってたより悪くないし」
「最後の一言でぶち壊しだよ」
「チッチッチ……真美はまだお子様だな。お金っていうのはマジで大事だぞ」
「大人って汚いね、兄ちゃん」
いつか真美もそうなるんだよ、って優しい眼差しで言われた。
大人ってホントに世知辛い世界なんだね。
真美、ずっと子どものままでいたいかも……。
71 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/17(月) 23:16:30.40 ID:MwWLOLhm0
「俺の目標は、事務所の全員を売れっ子アイドルにすることだ!」
へー、でっかい夢だねー。
はるるんたち、頑張んないと。
「他人事みたいな顔してるが、勿論、お前もだぞ?」
「へ?」
とか思ってたら、急に矛先が真美の方に向いた。
「真美も?」
「当たり前だろうが。お前だってこの事務所のアイドル候補生なんだ」
そう言って、兄ちゃんは胸を張った。
「そしてそれが叶ったとき、お前は思うのだ。俺との出会いは運命だったのだと!」
あーっはっはっは!と、黒幕の手前であっさり死にそうな悪役みたいな声で笑いだした。
兄ちゃん、完全にフラグ立ってるぜ……。
72 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/17(月) 23:16:56.50 ID:MwWLOLhm0
……でも、そう言われたら、頑張んないわけにはいかないよね。
「兄ちゃん」
「ん?」
「真美、頑張るよ」
「……」
兄ちゃんは無言で真美の頭をぽんぽん撫でた。
あ……これ、すっごい久しぶりかも。
やっぱり兄ちゃんの手って、とっても優しい。
「無茶はすんなよ、真美」
「だいじょーぶい!!」
人のこと煽ったくせに、しんぱいしょーなんだから。
「元気とやる気だけが、真美の取り柄だかんね!」
73 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/17(月) 23:17:23.10 ID:MwWLOLhm0
だから、頑張るよ。
しょーじき、まだアイドルのことってよくわかんない。
でも、兄ちゃんがそこを目指すなら。
兄ちゃんと一緒にそこを目指せるなら。
兄ちゃんと一緒にこれからも笑えるなら。
真美、頑張るよ。
「――」
真美がそう決心した時、兄ちゃんがぼそりとなんか言った気がした。
よく聞こえなくて聞き直したけど、なんて言ったのか、兄ちゃんは教えてくれなかった。
74 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/06/18(火) 16:35:27.99 ID:iQsB7BJL0
釣りスレかと思ったら本当に復活してるとは
75 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 20:59:32.14 ID:5Y2de4vS0
>>74
3年も経って釣りに使われたら、それはそれで光栄……とか言ってはいけないんですが、
覚えていてもらえたのは嬉しいです。
既に書き終えていますので、今回は最後まで投稿できるのでよろしくお願いします。
76 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 20:59:59.38 ID:5Y2de4vS0
その日から、真美は頑張った。
まだアイドルのアの字もよく分からないけれど。
いっしょーけんめいレッスンして、オーディションも行った。
兄ちゃんがもくひょー目指して頑張ってるんだもん。
少しくらい遊べなくても、疲れても、嫌なことがあっても。
真美も、頑張んなくちゃいけないから。
「兄ちゃん、真美、アイドルっぽくなってきてるかな」
「最初の頃に比べれば格段にそれっぽいぞ」
「えへへー、じゃあ褒めて褒めて!」
「褒めるって何すりゃいいんだよ」
「えーとね……ぽんぽんってしてくれたら、いいよ」
「こうか?」
ぼすぼす。
「兄ちゃん雑過ぎっしょー! そーじゃないってばぁ!」
77 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:00:26.98 ID:5Y2de4vS0
「はいはい冗談だよ、わがままめ」
ぽんぽん。
今度はいつもみたいに撫でてくれた。
「……んふー」
「やっぱり子どもは安いな」
「大人は高いの?」
「そうともさ。恐ろしいやつは何万もするブランド物を要求したりする」
「ピヨちゃんも?」
「あの人は……三百七十円のたこわさかな」
「やっすいねー」
そんなのなら真美、安くていいや。
だって、ぽんぽんってしてもらうと気持ちいいし、兄ちゃんの暖かさも伝わってくる。
これがあれば、真美、まだ頑張れるよ。
78 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:01:20.36 ID:5Y2de4vS0
なのに。
真美、いっしょーけんめい頑張ってるのに。
「……ねぇ、兄ちゃん」
「ん?」
「真美、どうしてオーディション通らないのかな……」
「……んー」
事務所に入ってから大体半年。
秋が真ん中を過ぎても、一個もオーディションに受からなかった。
ほんっとーに小さなエキストラとかさえ、ぜんぜんうまくいかない。
合格者のほーが多いやつだってあったのに。
「審査員との相性ってやつもあるしな。運もあるさ」
「そうじゃないよ」
なんとなく、わかってた。
79 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:01:50.12 ID:5Y2de4vS0
「だって、亜美はけっこーいい感じじゃん。同じよーなキャラなのに」
「それは……」
「ううん、同じじゃないよね」
だって、亜美のほーが上手いもん。
「ダンスも、歌も、お喋りも……」
ぜんぶ、亜美のほーが上手いもんね。
真美なんかよりも、ずーっとずーっと。
「……まぁまぁ真美よ、落ち込んでないでテレビでも見ようじゃあないか」
変な声で励ますように、兄ちゃんがテレビをつけた。
「……おっと」
「わー、やっぱ凄いねー……」
ちょっとしたバラエティ番組の端っこに、ちっちゃく、ただの脇役ではあるけれど。
にこにこ笑ってる亜美がいた。
80 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:02:17.34 ID:5Y2de4vS0
その傍には、そっぽ向いてプンプンしてるいおりんと、ぽやーっとしてるあずさお姉ちゃん。
「りゅーぐーこまち組んでから、ぐいぐい行ってるねー」
「……そうだな」
「その前から、亜美はイケイケだったけどね」
全然上手くいかない真美とは正反対。
めちゃくちゃトントン拍子の大成功ルートってわけじゃないけど。
亜美は、真美に比べたらすっごくアイドルらしかった。
「……ねぇ、どうしよ、兄ちゃん……」
「真美……」
「真美、置いてかれちゃうよ……」
こんなダメなままじゃ。
亜美にも、兄ちゃんにも置いてかれちゃう。
兄ちゃんの足を引っ張っちゃう。
兄ちゃんの目標が、遠くに行っちゃう。
81 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:02:46.44 ID:5Y2de4vS0
「ほら、真美。こっち来い」
「……うん」
兄ちゃんがソファーに座って、隣をぽんと叩いた。
まっくらくらな真美が隣にすとんと座ると、兄ちゃんは真美を膝の上に寝かせた。
「疲れただろ」
「うん」
「甘いもん食べたいか?」
「ううん」
「そうか。なら、このまま少し昼寝するか?」
「……うん」
兄ちゃんの膝は、ちょっと硬かったけど、とっても暖かい。
兄ちゃんの体温がほっぺたに伝わってきて、なんだか泣きそうになる。
でも、泣いちゃダメだかんね、真美。
そしたら兄ちゃん、もっと心配しちゃうから。
82 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:03:12.96 ID:5Y2de4vS0
「……兄ちゃん」
「なんだ」
「真美さ……」
どうすればアイドルになれるのかな。
そう、聞こうとしたんだけど、ダメだ、目が重いや。
疲れたから、このまま昼寝しちゃおっと。
んっふっふ、兄ちゃんを一人占めー。
「……眠くなっちゃった」
「ああ、そうか。おやすみ、真美」
「うん、おやすみ……」
……なんでかな。
こーいうことするために、わざわざ事務所に入ったはずなのに。
なんか、思ってたのと、違うね。
83 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:03:40.03 ID:5Y2de4vS0
それからも真美、まずは亜美に追い付こうって、必死に頑張ったよ。
でも、追い付くどころか、亜美はどんどん先に行っちゃう。
亜美だけじゃない。
はるるんも、やよいっちも、いおりんも、ひびきんも。
みんなみーんな、早さは違うけど、ちょっとずつ前に進んでる。
真美だけ上手くいかない。
なんで?
真美、頑張ってるよ?
これまでこんなに頑張ってきたこと、一度もなかったのに。
初めて本気でやってるのに、上手くいかないよ。
84 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:04:10.20 ID:5Y2de4vS0
「おい、真美。今日のレッスンはこれくらいにしておかないと」
「……ううん、まだ足りないよ」
「やりすぎだ。完全にオーバーワークだぞ」
「オーバーワークになるまでやっても、ぜんぜん追い付けないじゃん」
だったら、もっとやるしかないっしょ。
基本の反復練習も、応用の発展練習も……。
ぜんぶぜんぶ、真美の中身をぜーんぶ吐き出すくらいまで……。
「っ」
「真美!?」
あっ……頭がくらっときて……。
あれ、これ。
あんま、よくないやつ、かな。
目の前が真っ白に――
85 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:04:40.46 ID:5Y2de4vS0
――。
……あれ、なんで真美、ソファーで横になってるんだろ。
えっと……あぁ、そーだった。
真美、レッスンしてたら倒れちゃったんだ。
「真美、どうしてプロデューサーの言うこと聞かなかったの」
首を横に倒すと、向かい側のソファーに、手帳片手のりっちゃんが座ってた。
「……あれ、兄ちゃんは?」
「悪かったわね、お守りが私で」
りっちゃんは少し、ムスッとしたような表情をして立ちあがった。
「どう? 気分悪くない? 変に痛むところとかある?」
「えっと……だいじょーぶ」
寝ちゃってたのかな。
早くレッスンに戻らなきゃ……。
86 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:05:14.42 ID:5Y2de4vS0
「……ぅぁ」
「もー、頭押さえて辛そうじゃない。無理するんじゃないの」
頭が重いというか、気持ち悪いというか……。
全身もなんだか気だるい。
「プロデューサーに心配かけちゃダメでしょ」
「……ごめんなさい」
「焦る気持ちは分かるけどね。空回りしたまま続けても、身体を壊すだけよ」
りっちゃんは真剣な表情と真美を気遣ってくれる表情とで、半分ずつくらいだった。
背もたれに身体を預けてだらーんとする。
うあー、もう動けないよ……。
「今日はもう帰って休みなさい。歩ける?」
「ん、なんとか」
りっちゃんに軽く引っ張ってもらって立ち上がる。
うん、頭も覚めてきたから、帰るくらいなら。
87 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:05:47.96 ID:5Y2de4vS0
「うー、さぶ……」
いつの間にか冬が来て、すっかり寒くなっちゃった。
昨日なんて雪が降ったもんね。
タクシーでマンションの前までりっちゃんに送ってもらっちゃった。
「どーせなら兄ちゃんが送ってくれれば良かったのになぁ」
「私で悪かったわね。プロデューサーは忙しいの」
「分かってるよ。あんがとね、りっちゃん」
「あ、ちなみにあなたが目を覚ます十分くらい前までは、ずっとプロデューサーが看病してたのよ」
「えーーーっ!? っつつ……」
「いきなり大きな声出すからよ、もう。しっかり休みなさいね」
「うん。じゃあまたね、りっちゃん」
しっかり休むように、ともう一回念を押して、りっちゃんはタクシーで戻って行った。
あーあ、りっちゃんにまでめーわくかけちゃった。
88 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:06:21.39 ID:5Y2de4vS0
がちゃり。
昼間は誰もいない部屋の、玄関の鍵を開ける。
亜美も、今日は番組のしゅーろくだ―って言ってたし。
家には、真美一人。
「ただいまー……」
誰もいないから返事はないんだけど。
習慣みたいに言っちゃうんだよね。
「うー、ダメだー、もう何もできない……」
のろのろと自分の部屋まで行くと、荷物を放り出して、ベッドにばたんきゅー。
89 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:06:49.72 ID:5Y2de4vS0
真美じゃ、ダメなのかな。
真美じゃ、兄ちゃんと一緒にいられないのかな。
みんなみたいにアイドルらしくないと。
亜美みたいにいっぱい活躍しないと、これからは兄ちゃんと一緒にいられないのかな。
「兄ちゃん……」
兄ちゃん。
真美、寂しいよ。
でも、兄ちゃんが構ってくれないからじゃないよ
真美が、兄ちゃんと一緒にいられるような子じゃないことが、とってもとっても寂しくて。
「悔しいなぁ……悔しいよ……」
90 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:07:21.71 ID:5Y2de4vS0
ベッド、ふかふかしてて柔らかい。
真美の辛い気持ちをぜーんぶ吸いこんでくれるみたい。
ほんとは今頃、レッスンしてなきゃいけないのに。
真美、悪い子だなぁ。
「あー……兄ちゃんの膝みたい……」
柔らかくて、心地よくて。
でも、兄ちゃんの膝の方が硬かったけど、もっともっと気持ち良かった。
「お疲れ様、真美」
「んふー……」
横になった真美の頬を、兄ちゃんのちょっとごつごつした手が撫でる。
それだけで、真美の疲れとか嫌な気持ちとかは、ぽーんって飛んでっちゃうんだよ。
91 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:07:52.38 ID:5Y2de4vS0
もっと兄ちゃんに甘えたいな。
「兄ちゃん、もっとー」
「仕方ないな、真美は」
そう言って、兄ちゃんが首回りを優しくもみほぐしてくれて。
「あはははっ、ちょ、くすぐったいってばぁ!」
「そういや前、くすぐりみたいで苦手だって言ってたな」
今度は肩を軽く、リズムを刻みながらぽんぽん叩いてくれて。
小さい子を落ち着かせるような、優しく寝かしつけるような……。
子どもっぽいって思われるかもだけど、兄ちゃんにこうされるの、好きだよ。
92 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:09:57.42 ID:5Y2de4vS0
兄ちゃんがしてくれる一つ一つが、真美を幸せにしてくれる。
「兄ちゃん、おやつー」
「何が食べたい?」
「白いやつー」
真美が上半身を起こすと、兄ちゃんがフォークを片手に待ってて。
「真美。はい、あーん」
「あーんっ」
ぱくっ。
兄ちゃんが差し出してくれたショートケーキを一口。
んー!
やっぱり、甘味は正義っしょ。
93 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:10:34.69 ID:5Y2de4vS0
「そんなにケーキが好きか?」
「うん、好きだけど……」
「だけど?」
兄ちゃんが食べさせてくれるから、こんなに美味しいの。
ぱくぱく。
「はい、今度は兄ちゃんがあーん」
「同じフォークでいいのか?」
「いいから! あーん!」
「はいはい。あーん」
兄ちゃんも一口ぱくり。
付き合ってあげますよ、って顔してるけど、真美知ってんだかんね。
兄ちゃんも甘味が好きで好きでたまんないって。
「……悪くない」
ほぉら、口元がちょっと緩んでる。
94 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:11:00.96 ID:5Y2de4vS0
食べ終わったら、兄ちゃんの膝の上にお座り。
兄ちゃんの腕をシートベルトみたいに掴むと、優しく抱え込んでくれて。
「兄ちゃんってあったかいね」
「冷たかったらそりゃあ死んでるからな」
「真美、あったかいかな?」
「ああ。ホッカイロみたいだ」
「……使い捨て?」
「まさか」
目を閉じると、背中越しに兄ちゃんの鼓動が伝わってくる。
95 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:11:27.64 ID:5Y2de4vS0
あったかい。
優しさの温度。
心の温度。
それは、兄ちゃんの?
それとも、真美の?
一つ確かなのは、兄ちゃんと一緒にいると幸せになれるってこと。
96 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:11:57.00 ID:5Y2de4vS0
そうだよ、兄ちゃん。
「……幼女が侵入してきた」
「なにをー!」
兄ちゃんと出会って。
「ほれ、お食べなさい」
「今日はカステラだー!」
おやつ食べて。
「ねね、ドライブいこーよドライブ!」
「えぇ……卒論の要項出さんといけないんだけど……」
いっぱい遊んで。
「はっぴばーすでー!」
「お前、いつの間に人の誕生日調べやがった!?」
たくさん騒いで。
97 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:12:23.28 ID:5Y2de4vS0
「んっふっふ〜、真美が事務所に来てびっくりした?」
「お前らなあ……ドッキリのために人生を変えるなよ……」
兄ちゃんといる時。
兄ちゃんと何かする時。
兄ちゃんはね、真美を幸せにしてくれるんだ。
兄ちゃんと初めて会ってから、一緒に何かするたんびに、少しずつ幸せが大きくなってったんだよ。
ただのお隣さんなのに。
ねえ兄ちゃん、どうしてかな。
98 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:12:50.18 ID:5Y2de4vS0
むくり。
「……ん……ふあぁぁ……」
って真美、いつの間にか寝ちゃってたみたい。
窓の外は真っ暗。
もうけっこー夜遅くじゃん……。
あーあ、さっきのは全部夢かぁ。ざーんねん。
「あ……毛布?」
隣のベッドを見ると、亜美が小さな寝息をたててた。
帰ってきて、寝てる真美に気付いたのかな。
「……あんがとね」
はいじゃってた毛布を掛け直してあげると、亜美は小さな寝言をごにょごにょ言って寝がえりを打った。
「お疲れさま、亜美」
亜美は亜美で、とっても疲れてるんだよね。
99 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:13:16.45 ID:5Y2de4vS0
すっかり寝ちゃったせいか、ぜーんぜん眠くなかった。
ちょっと大人ぶって、夜風にでも当たってみよっかな。
セーターを着て、ベランダに出てみる。
「わ、けっこーさむいなー」
はーって息を吐くと、白い霧ができた。
霧は、さっきの夢みたいにすぐに消えちゃった。
「……どーして兄ちゃんと一緒だと、幸せになれるのかな」
今もこうして兄ちゃんのことを考えると、とっても幸せであったかい気分になる。
同時に、いま隣に兄ちゃんがいないことが、とっても寂しくて切ない気分になる。
「兄ちゃーん……真美に変なまほーかけたー……?」
ベランダの手摺りに顎を載せながら、ちょっと文句を言ってみた。
もちろん答えは返ってこないけど。
100 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:13:48.73 ID:5Y2de4vS0
「……むー」
なんか気に入らない。
これは、そうだ。ぜんぶ兄ちゃんが悪い。
文句を言ってやらないと。
「とうっ」
室外機のダクトを掴んで、ひとっ飛びでベランダに飛び乗る。
レッスンの成果かな、前よりも軽々と登れた。
「ちえいっ」
そして壁のパイプを掴んで、隣のベランダへひとっ飛び。
手摺りから飛び降りて、兄ちゃんの部屋の前に来てみた。
101 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:14:22.89 ID:5Y2de4vS0
電気消えてるし、誰もいないっぽいけどね。
なんかもやもやするから、とりあえず兄ちゃんに文句言っとこう。
「兄ちゃんのばーか」
「隣の部屋から来た幼女になんか罵倒されてるな」
「うぁぁぁぁああっ!?」
い、いきなり足元から声がしたぁ!!
「しんにゅーしゃ!? ふほーしんにゅーしゃ!? 兄ちゃああああん!!」
「いやいやいやいやふほーしんにゅーしゃはお前だからね?」
「……あれ?」
……よく見たら、いつぞやのよーに、兄ちゃんがベランダに座り込んでた。
もおおおおお!!
びっくりするってばぁ!
102 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:14:51.92 ID:5Y2de4vS0
「いきなり夜中に侵入されてビビってるのはこっちだからな」
「ごもっともです」
真美は何も言い返せなかった。
顔から火が出そーなくらい恥ずかしかったけど、戻るのもなんだから、兄ちゃんの隣に座った。
「体調、もう大丈夫か?」
「う、うん。ここまで来れるくらいには」
「反省、してるか?」
真美の顔を覗きこむ兄ちゃんの表情は、少し心配そうで、少し怒ってるようにも見えた。
「……ごめんなさい」
「ん、分かればよろしい」
もう無茶はするなよ、と真美の頭を撫でた。
うん、無茶しないよ。兄ちゃんに心配かけたくないもん。
103 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:15:19.86 ID:5Y2de4vS0
「兄ちゃん、ここで何してんの?」
「ん? 空を見てたんだよ」
「空?」
「ほら、今日は星が綺麗だろう」
兄ちゃんに言われて見上げると、空はきれーに晴れて、星がぽつぽつと光ってた。
「都会だからそんなに多くはないけどな。それでも、冬の晴れ空ならそこそこ見える」
「ほんとだ、けっこー見えるね」
「そんな空を、明日はオフだし、意味もなく眺めてたわけだよ」
「ふーん」
よくテレビで見るよーな満天の星空、というわけじゃないけど、ところどころで星が光ってる。
都会っ子にとっては、これでも珍しいなーって思ったり。
でもそれ以上に、兄ちゃんと見上げる星空はとっても輝いて見えた。
104 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:15:49.41 ID:5Y2de4vS0
「悩んでいるんだろう」
「えっ」
空を見上げたまま、兄ちゃんが呟いた。
いきなり図星を指されて、真美はとっさに上手い返事ができなかった。
「なんで、そんなこと……」
「真美のことは、見てりゃ分かる」
兄ちゃんはくすくす笑ってから、真美の頭に手を載せた。
「アイドル、辛いか」
「辛くなんかないよ!」
アイドルは、辛くないよ。
そーじゃなくてね、真美は。
続く言葉が出てこなくて、視線だけが逃げるように泳ぐ。
105 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:16:17.64 ID:5Y2de4vS0
「この馬鹿真美め」
「わっ?!」
兄ちゃんが急に、真美のことを抱きしめた。
うあうあっ!? い、いきなしなにすんのー!?
「ににに、にーちゃん!?」
驚く真美を、兄ちゃんは割れ物に触るように、抱きしめたまま優しく撫でた。
「ごめんな、真美」
「……え?」
ほっぺたが、兄ちゃんの胸のあたりに当たる。
いつか背中越しに聞いたゆっくりとしたリズムが伝わってくる。
106 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:17:19.50 ID:5Y2de4vS0
「俺に合わせようと、無理してるんだろう」
「そんなこと……」
ない。
とは言えない。
兄ちゃんと一緒にいたくて必死なのは、ほんとだから。
そのことに兄ちゃんが気付いてくれてたのが、どこかで嬉しかったから。
「……」
返事の代わりに、兄ちゃんの胸の中に顔をうずめた。
視界の外で小さなため息が聞こえて、少し大きな手のひらが、真美の背中をぽんぽんと叩いた。
「無理はしなくていい」
兄ちゃんは続けて言った。
「アイドル、休もうか」
がばっと、真美は顔を上げた。
107 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:17:52.38 ID:5Y2de4vS0
なんで兄ちゃん、そんなこと言うの?
「……やだ」
アイドルを休めって。
それは、真美じゃ力不足だから?
「やだ、やだ!!」
真美じゃ、兄ちゃんと一緒にいる資格がないから?
やだ、やだよ兄ちゃん!
「真美、頑張るから! もっともっと、兄ちゃんが認めてくれるくらい頑張るから!!」
お願い、お願いだよ兄ちゃん!
きっと結果を出すから!
だから兄ちゃん!
「真美のこと、見捨てないでよ……!」
108 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:18:43.03 ID:5Y2de4vS0
涙がとまんない。
鼻もぐすぐすいう。
やだ、やだ、ってちっちゃい子が駄々をこねるみたいに、真美は泣いた。
真美はまだ、そこそこちっちゃい子だけどさ。
そんな真美を兄ちゃんは、もう一回優しく抱きしめてくれた。
「何言ってるんだ。見捨てるわけないだろう」
「ほんっ……とぉっ……?」
「そんな嘘ついてどうする」
真美は兄ちゃんの肩に顎を乗せて、ちっちゃく嗚咽をもらす。
「真美は焦りすぎだ。子どものくせに」
優しい声で、兄ちゃんが諭すように呟く。
兄ちゃんの声を聞いてたら、真美も少しずつ落ち着いてきた。
109 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:20:10.10 ID:5Y2de4vS0
「何もそんな長期間休養しろってんじゃない。一か月でも、一週間でも、一日でも。ちょっと休んで、本当にやりたい形を探してごらん」
真美の身体を少し離してから、目を見て兄ちゃんが微笑んだ。
「一人で休むのが嫌なら、事務所でだらだらしててもいい。俺も合間に話を聞いてやるさ。逃げやしない」
「……ほんと? 真美が全然前に進めないからって、置いてったりしない?」
「お前、俺がそんな薄情者だと思うのか?」
ずびっ、と鼻をすすってから、真美は首を横に振った。
「……思わない」
「だろ? 結果なんてすぐに出す必要はないさ。お前、まだ小学生なんだからな」
「でも、亜美は」
「チャンスは人それぞれ。亜美の場合、運が良かっただけかもしれないし、焦らなかったのもプラスに働いたかもな」
真美はずっと焦りっぱなしだった。
思い返してみると、そのせーで全力を出し切れてなかったことが多かったかもしれない。
真美、急ぎ過ぎてたのかな。
110 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:20:52.36 ID:5Y2de4vS0
「真美、ずっと不安だったんだ」
兄ちゃんに涙を拭いてもらいながら、観念した真美ははくじょーした。
「みんながどんどん前に進んで、亜美も上手くいってて、真美だけが置いてかれて」
そんな真美の話を、兄ちゃんは黙って聞いてくれた。
背中にまわされたままの手が、とってもあったかい。
「このままじゃ、兄ちゃんにも見放されちゃうんじゃないかって」
「なかなか上手くいかないから、プロデューサーが頑張るんじゃないか」
そりゃ、そーだけどさあ。
でもね、こっちにとっては不安で不安で仕方ないんだよ。
「真美の取り柄は、元気とやる気だけだから。それを活かして前に進むには、めいっぱい頑張るしかないっしょ」
「んー……」
兄ちゃんがちょっと唸って黙り込んだ。
あれ……真美、なんかいけないこと言っちゃった……?
111 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:21:22.33 ID:5Y2de4vS0
ちょっと迷ったような顔をする兄ちゃん。
「あー……真美の取り柄は、元気とやる気だけじゃないよ」
「他に何があるっていうのさー」
「えーとだな」
しばしの沈黙。
……ほーら、思い付かないじゃん。
ふぉろーしよーとしてくれるのは嬉しいけど、真美が一番分かってるもん。
「ないでしょ? 兄ちゃん、無理しなくて――」
112 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:21:48.97 ID:5Y2de4vS0
「可愛いからな、真美は」
「い……へっ?」
ん?
んん??
兄ちゃん、今、なんて言った?
「兄ちゃん、なんて言ったの?」
「可愛いって言った」
…………。
えええええええええええええええええ!?!?!?
113 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:22:22.02 ID:5Y2de4vS0
「えっ!? あ、あえっ……に……兄ちゃん!?」
「お世辞じゃないよ。こんな妹がいたらなーって何度も思ったしな」
「あ……そう……」
って、やっぱりそういうことじゃーん!
もー、キタイさせないでよね、兄ちゃんのばか!
「ってかさー……アイドルってみんな可愛いじゃん、真美なんかより……」
「そんなことはないさ」
拗ねて頬を膨らませたら、兄ちゃんの人差し指につんつんされた。
ぷひゅーと空気が抜ける。
「理屈じゃなくてさ、真美って見ててすごく可愛いんだ。見た目だけじゃなくて、仕草とか、声とか、笑顔とか」
「あ、あぅ……」
に、兄ちゃん……。
そんな風に言われると、恥ずいってばぁ……!
114 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:22:48.23 ID:5Y2de4vS0
「技術的なものも勿論大切だけど、そういう天性の雰囲気っていうのかな。アイドルにとってはとても重要だ」
って、結局アイドル論になるんだね。
兄ちゃんは、真美の気持ちを持ち上げて落とすのが上手いですなー。
でも、悪い気はしないよ。
兄ちゃんが可愛いって言ってくれたんだもん!
「ねぇ兄ちゃん、真美ってアイドルに向いてると思う?」
「ああ、まるでアイドルになるために生まれてきたかのようだな」
「んふー」
口元が緩む。
悪い気がしないどころじゃないや。
真美、ちょーにっこにこしてる。
そのまま兄ちゃんの膝の上にごろんと横になった。
115 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:23:19.24 ID:5Y2de4vS0
「真美、ちょっとアイドル休もうかな」
「そうするか」
横になった真美の頭を、兄ちゃんが優しく撫でてくれる。
寒い冬空の下のはずなのに、春先みたいにあったかい。
うあー……癒されるぅ……。
「少しの間ね、どんなアイドルを目指すのか考えたいの」
「そりゃいいことだ。ずっと突っ走りすぎてたからな」
「うん。ちょびっとだけ」
兄ちゃんは、真美のことをちゃんと見てくれてる。
ゆっくり、自分のペースで進んでいいんだ。
それにね、真美、ちょっと考えたいことがあるんだ。
116 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:23:47.07 ID:5Y2de4vS0
「ね、兄ちゃん」
「ん?」
「……んっふっふ〜、なんでもないよん」
「変なやつだな」
兄ちゃん。
真美ね、ずっと兄ちゃんのこと追っかけてた。
兄ちゃんといると楽しいし、兄ちゃんがいないと寂しいから。
でもそれってね、ただそれだけじゃなかったんだよ。
「てやっ」
「いっ!? なんだよ、いきなり人の脇腹突いて」
「ふふふふ」
117 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:24:16.67 ID:5Y2de4vS0
何かあるたびに不安だった。
兄ちゃんが知らないとこで、みんなで仲良くしてるんじゃないかって不安だった。
真美を置いて、どっかに行っちゃわないかって不安だった。
誰か他の人に、兄ちゃんを取られちゃうんじゃないかって不安だった。
それって。
「にいちゃーん」
「今日の真美はやけに甘えん坊だな」
「真美、まだ小学生だからいいんだよー」
兄ちゃん。
真美のこの気持ちは、きっと。
118 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:24:55.13 ID:5Y2de4vS0
あのベランダの夜からね、真美、ちょー考えたんだよ。
実は、答えなんて最初から分かってたけど。
でも、真美にとっては初めてのことだったから。
ほんとにそーなのかな?って。
119 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:25:24.47 ID:5Y2de4vS0
そんなことを聞いてみたら、ピヨちゃんが教えてくれた。
「ふふふ。真美ちゃん、きっとあなたが思っている通りよ」
「やっぱりそーなのかな?」
「女の子は誰もが通る道よ。ううん、きっと男の子も」
「兄ちゃんも通ったのかな」
「多分ね。それはとっても特別で、幸せなことなの」
真美が話してる間、ピヨちゃんはとっても微笑ましそうだった。
120 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:25:56.31 ID:5Y2de4vS0
みんな、同じようなことを言ってた。
はるるんは、あわあわと驚きながら、心地よいものだって教えてくれた。
千早お姉ちゃんは、しばらく黙り込んだ後に、切ないものだって教えてくれた。
ミキミキは、すっごくテンション高めに、情熱と戦争だーって教えてくれた。
表情は人それぞれだったけど、でもみんな、何かを思い出しながら幸せそうだった。
人によっては、前のことなのかな。
人によっては、今のことなのかな。
でもそれが例えいつのことであったとしても。
この気持ちって、幸せなものなんだね。
121 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:26:22.96 ID:5Y2de4vS0
ずっと言葉でしか知らなかった。
人の話とか、物語の中でしか知らなかった。
遠いどこかの出来事だと思ってた。
でも、それは今、真美の中にある。
「兄ちゃん」
「どうした?」
「んっふっふ〜」
「おいおいなんだお前、にこにこして」
兄ちゃん。
真美ね、きっと初めてね。
122 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/18(火) 21:26:49.32 ID:5Y2de4vS0
恋、してるんだよ。
123 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/19(水) 19:16:20.83 ID:3PIsBOKz0
真美は今、いっぱいの幸せを持ってる。
少し想いを巡らせるだけで、あったかい気持ちに包まれる。
このあったかさが、たくさんの人に伝わりますように。
「真美、そんなアイドルになりたいな」
「いい目標じゃないか。とってもアイドルらしいし、真美らしい」
まだ全部は言えないけれど、真美なりに考えたことを兄ちゃんに伝えた。
たくさんの人に、このあったかさを届けたいんだよ。
124 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/19(水) 19:16:47.22 ID:3PIsBOKz0
そう言うと、兄ちゃんは嬉しそうに笑った。
「アイドル双海真美、リ・バースだな!」
「え、げろげろげー?」
「……頼むからカメラの前ではそういう発言は慎んでくれよ……」
そう言ってから、一緒に笑い合った。
久しぶりだね、兄ちゃん。
兄ちゃんが働き始める前みたいで、懐かしいな。
「兄ちゃん。真美、頑張るよ」
そのためにさ。
「真美の手、引いてね?」
「ああ。プロデューサーに任せとけ!」
繋がれた手のひらを、兄ちゃんの体温が伝う。
これがあれば、何も恐れずに進めるよ。
125 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/19(水) 19:17:24.85 ID:3PIsBOKz0
アイドルに復帰してからは、もう無理はしなくなった。
焦らなくていい。
亜美より遅れちゃうのは少し悔しい気もするけど、それはそれ。
亜美は亜美で、真美は真美。
真美なりのやり方で、すぐに亜美に追い付くから!
「だって、兄ちゃんが手伝ってくれるもんね」
「他のみんなだって俺が手伝ってるんだからな」
「うあうあ! 結局びょーどーじゃん!」
「当たり前だろうが」
「あ、隙あり」
「あっ! おま、十割コンボは禁止って言っただろ!」
空き時間にがちゃがちゃとコントローラーを弄りながら、兄ちゃんとアイドル論を語り合った。
126 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/19(水) 19:17:54.51 ID:3PIsBOKz0
「そういえばドラマのオーディションの話が来てたんだった。やるか?」
「えっ!?」
「隙あり」
「ぬわーーー!? 兄ちゃんのひきょーもの!」
「大人は汚いのさ」
大人げない、兄ちゃんちょー大人げない!
しょーがくせい相手に何やってんのさ!
「で、オーディション受けるか?」
「え? 嘘じゃないの?」
「オーディション自体は本当だよ」
「受けるよ! もち受けるに決まってんじゃん!」
話を聞いたら、連続ドラマのチョイ役で、ヒロインの恋敵の一人だって。
恋して負ける役かぁ……ちょっと縁起悪いけど、勿論やるよ!
でも小学生で恋敵役って、それいいの?
127 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/19(水) 19:18:24.73 ID:3PIsBOKz0
兄ちゃんには二つ返事で参加を伝えた。
オーディションは意外とすぐで、特別な対策とかはしなかった。
「急な話で悪かったな。勝算のほどは?」
「んっふっふ〜、真美、負け戦はしない主義なのだ!」
と見栄を張ったはいいものの、やっぱりオーディションはきんちょーするよ。
でも、心を落ち着けて、出来る限りのことをするっきゃないよね!
気を引き締め直して、自分に、よし!って言い聞かせた。
ちょーどその時、真美の名前が呼ばれた。
「真美は、真美らしくやればいいんだよね」
独り言を呟いて、会場のドアを開けた。
128 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/19(水) 19:18:53.30 ID:3PIsBOKz0
恋が実らなかった気持ちを、自由に表現してほしい。
それが、審査員の人から言われた、オーディションのお題。
自由ってことは、セリフとか設定とかはかんけーないんだよね?
えーっと、恋が実らなかったら……。
もし、真美の恋が実らなかったら。
「っ……」
……あれ?
なんだろ、まだ演技始めてないのに……。
129 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/19(水) 19:19:22.86 ID:3PIsBOKz0
「……やだ……」
真美の恋が、実らなかったら。
もし兄ちゃんに、振られたら。
誰かに、取られてしまったら。
「やだ……やだ、やだやだやだぁ……!」
ごめん、真美。
申し訳なさそうな顔でそう言う兄ちゃんの顔を思い浮かべたら。
頭の中が、ぐちゃぐちゃになってきて。
「なんで……真美じゃ、ダメなの……?」
兄ちゃん、どうしてそんなこと言うの?
真美、兄ちゃんと一緒だったじゃん。
130 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/19(水) 19:19:49.08 ID:3PIsBOKz0
これからも一緒でしょ?
嘘だよね、兄ちゃん。
「ひっぐ……ぁ……うぁ……!」
でも、分かってる。
嘘じゃないんだ。
兄ちゃんは、もう真美とは一緒に居てくれない。
もう兄ちゃんは、真美から離れてっちゃう。
兄ちゃんと笑うことは、もう。
131 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/19(水) 19:20:18.49 ID:3PIsBOKz0
「ぅあ……うあぁぁぁぁぁああああん!!」
ぼろぼろと雫が零れ落ちる。
両足はまるで真美のものじゃないみたいに、がくんと折れ曲がった。
「行かないで、行かないでよ! 真美、いっしょーけんめー頑張るから!」
勢いよく膝が床に落ちて、めっちゃ痛いはずなんだけど。
それよりももっともっと、心が痛かった。
「真美のこと、見ててよぉ……」
オーディションが終わるまで、痛みは消えなかった。
132 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/19(水) 19:20:49.71 ID:3PIsBOKz0
そんなオーディションが終わると、血相を変えた兄ちゃんが真美のところへ来た。
「ま、真美! 大丈夫か!? そんなに辛かったのか!?」
「え?」
ちょーマジな兄ちゃんが、がんめんそーはくって感じで真美の肩を掴む。
「兄ちゃん兄ちゃん」
「な、なんだ? 審査員の人に酷いこと言われたのか? 上手くいかなかったのか? 大丈夫だからな、真美――」
「いや兄ちゃん。あれ、演技だからね?」
「……え?」
ぽかんと口を開けたまま思考を停止した兄ちゃん。
「迫真の演技だったっしょ? 審査員のおっちゃん達、誉めてくれたよ!」
「え? あ、おう……」
空回りしてたことに気付いて、ちょっと恥ずかしそうな兄ちゃん。
んっふっふ、ういやつよの〜。
133 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/19(水) 19:21:22.10 ID:3PIsBOKz0
「マジか……完全に騙された……」
「騙すとはしっけーな。真美は、きちんとオーディションに応えて演技をしたのだよ!」
「む……それはそうだな。大変失礼いたしました、お嬢様」
「うむ、分かればよろしい」
演技は難しくなかったよ。
辛い気持ち、悲しい気持ち、恋する真美には理解できるから。
休みの間に沢山考えたし、無茶してレッスンしてたお陰で、技術はそこそこ身に付いてたし。
でも、実はちょっとズルしちゃったんだ。
……ちょびっと。
ちょびっとだけね?
……兄ちゃんのことそーぞーしたら、ちょびっとだけ本気で泣いちゃった。
これは、真美だけのヒミツだかんね。
134 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/19(水) 19:21:56.70 ID:3PIsBOKz0
だからちょっとだけ、回復しないとダメなのだ。
「ねぇ兄ちゃん、頑張ったからご褒美ちょーだい!」
「ケーキは昨日食べたでしょ」
「ううん。頭撫でてー」
「またか。それだけでいいのか?」
「いいの。兄ちゃんは頭撫でマイスターだから、めっちゃ気持ちいいんだよー」
「そうかそうか、そう期待されちゃあ断れん」
お疲れ様、という表情で、兄ちゃんが真美の頭に手を載せた。
わしわし。
「ちょっと痛い」
「マッサージだと思え」
ぽふぽふ。
兄ちゃんの手は、真美の手よりもずっとおっきい。
その手が真美に触れる度に、真美の幸せポイントはちょっと増えるのだ。
135 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/19(水) 19:22:32.15 ID:3PIsBOKz0
「真美!」
「ど、どしたの兄ちゃん?」
オーディションから四日。
事務所でやよいっちと二人ババ抜きをしてたら、兄ちゃんが飛び込んできた。
「いきなしそんな声出されたらびっくりするってばぁ」
「……ったぞ」
「え?」
「オーディション! 受かったぞ!!」
「……」
え、オーディション?
136 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2019/06/19(水) 19:22:59.44 ID:3PIsBOKz0
「……受かったの?」
「ああ!」
……。
「やたあああああああああああああ!!!!」
受かった!
初めて、初めてオーディションに受かった!
真美、やったよ!
「やった……やったぁ!」
「ああ、やったな、真美……!」
「うん……うん……!」
泣き崩れそうな真美を、兄ちゃんが優しく抱きとめてくれた。
やったんだ……やっと真美、本当のスタートを切れたんだ……!
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