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【ミリマス】馬場このみ『衣手にふる』
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1 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/06/12(水) 00:13:35.92 ID:BdiXsnKQo
「んん……っ。」
彼女は読んでいた資料の束から顔を上げ、静かに集中を解いた。
ここ、劇場の事務室には談話スペースが置かれており、誰も使っていないときにはローテーブルを挟んだ奥側のソファーでこうした読み物をするのが彼女の習慣となっていた。
彼女が意識を外に向けたとき、開かれた窓から木々が揺れる音を連れた爽やかな風が吹き込んで、そっと彼女の髪を揺らした。
梅雨入りして以来雨が続いていたが今日のような晴れ間は季節柄ありがたく、事務室のどの窓も大きく開かれ、自然の風を取り込むようになっていた。
馬場このみは読んでいた資料をテーブルに置き、談話スペースから出た。
彼女のプロデューサーも事務員である青羽美咲も出払っているため、いま事務室にいるのは彼女だけである。
部屋の端にある冷蔵庫から、作って冷やしておいた麦茶を取り出して、氷を入れた透明なグラスに注いでから、また談話スペースへと戻る。
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1560266015
2 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/06/12(水) 00:15:04.98 ID:BdiXsnKQo
風にのって微かに香る潮の匂いが鼻腔をくすぐるなか、彼女はまた資料を読み進めていく。
「…………。」
彼女が一週間ほど前から向き合っているこの資料は、近々行われる演劇の公演のオーディションに関するものだ。
765プロライブ劇場でも公演の一つとして演劇を行うことがあるが、これは完全に外部のもので演者もすべてオーディションで選ばれる。
765プロがアイドル事務所ということもあり、この手の話は必ずしも事務所に通知が来るとは限らず、今回のオーディションも本来はそうなるはずだったようだ。
ところが、企画の立ち上げに関わったスタッフの中に、馬場このみが元大女優シンシア役を演じた「屋根裏の道化師」を観たものがいて、そこから偶然彼女個人にオーディションの話が回ってきたのだった。
資料の枚数は50ページほどにものぼり、演劇のあらすじや世界観はもちろん、それぞれの役の詳細な設定、人間関係、そして劇中から抜粋されたオーディション用の短い台本も含まれていた。
すなわち、選考の過程で役そのものへの理解が不可欠であり、オーディションではまさに劇中の人物自身であることが要求されることは想像に難くない。
3 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/06/12(水) 00:15:34.22 ID:BdiXsnKQo
演劇のモチーフは「鶴の恩返し」である。
4 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/06/12(水) 00:18:29.79 ID:BdiXsnKQo
鶴を助けた青年のもとに、道に迷い雪に降られた娘が泊めてほしいと訪れる。
吹雪で外へ出られない日が続くが、やがて青年は娘の人となりに密かに好意を抱くようになる。
ある日娘が「布を織る間部屋を覗かないでほしい」と言い部屋にこもり、数日かけて一反の美しい布を織りあげた。
青年が詳しい話を聞いても、娘は「言えない」というばかり。
やがて娘が布を織るために頻繁に部屋にこもるようになり、それゆえ次第に二人が顔を合わせて話せる機会が少なくなっていった。
娘は青年に恩を返すため、自身の羽を抜いて糸とより合わせることで美しい布を織るが、それゆえに青年の近くにいることができない。
彼への想い、彼から伝わる好意と優しさ、そしてそれらと相反する正体を知られてはならないという自身の秘密の間に、娘は苦しんでいた。
青年は徐々に痩せ細っていく娘が心配だったが、娘は「大丈夫」と答えるばかり。
彼女がひとりで抱える秘密と、それゆえ表に出せない彼女に対する想い。
戸を開けて声を聴きたい、会いたい。しかしそれは約束を破るだけにとどまらず彼女の秘密を侵すことになってしまう。
彼もまたひとり二律背反を抱えていた。
物語の終盤で娘は自身の秘密を青年に打ち明け、その代償として青年のもとを去っていくことになる。
鶴の選択が正しかったのかどうか、といった解釈は受け手側に委ねられる。
このように、民話で伝えられるような内容から着想を得た、「互いが想い合うゆえのすれ違い」を描いた作品になっている。
演技をするにあたって、そういった感情のやり取りが重要となることは明白だった。
5 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/06/12(水) 00:19:21.91 ID:BdiXsnKQo
馬場このみが再び意識を外に向けた頃には、すっかり氷も解け、グラスの汗はローテーブルを濡らしてしまっていた。
資料が濡れてしまわぬように台拭きで拭ってから、彼女は息を吐いた。
「悲しいお話ね……。二人は、どうして別れなくちゃいけなかったのかしら……。」
6 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/06/12(水) 00:20:45.91 ID:BdiXsnKQo
彼女がアイドルとして活動する中で、最近はドラマ「セレブレーション!」や先述の「屋根裏の道化師」をはじめとした演技の仕事も増えてきた。
自身の二十余年の経験も助け、「想い合う二人のすれ違い」そのものについては、いまではある程度具体的なイメージを持てている。
しかしその一方で、物語の幕引きにどこか彼女の中で役に落とし込めない部分があった。
なにも誰もが救われる話であってほしい、ということではない。
最後に娘が自身が決めた道を向かうとき、それはどんな心境であったものだろうか?
青年に心配を掛けまいと作り笑いをするものなのか、それとも後ろ髪を引かれる思いを断ち切り、涙を見せないよう振り返らず進むものなのか。
馬場このみが生きてきた中で、もちろん出会いの数だけの別れがあった。
その中で前者の別れもあったし、後者の別れも確かに経験している。
しかしながら、どちらを軸に解釈をしても娘の心の動きとかみ合わないような、そんな気がしてならなかった。
「どうしたものかしらね……。」
資料の中身は擦り切れるほどに読み返している。
二人を取り巻く環境、生活、価値観、心の動き──物語とその背景への理解を深めようと試みるたびに、その感覚は薄れるどころか、鮮明になっていくようだった。
7 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/06/12(水) 22:18:44.51 ID:PfnMtZAgo
ええぞええぞ
8 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/06/16(日) 20:48:03.76 ID:aN661FRYo
「はいほー!なのです。」
事務室のドアが開く音がしたと思えば、直後に特徴的な声が聞こえてきた。
談話スペースの奥側に座るこのみにはパーテーションが死角となり直接見ることはできないのだが、声の主が誰であるかは特段迷うこともなかった。
「まつりちゃんね、おはよう。」
9 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/06/16(日) 20:48:52.99 ID:aN661FRYo
このみは当人を確認するために腰を浮かし背中を伸ばした。
……のだが、思いのほか死角が大きいようだった。
ローテーブルに軽く手をつくようにして前のめりになり、それでも姿が確認できなかったため、さらにもう少しもう少しと。
体重を前に移すたび存外つらい体勢となっていく。
ふくらはぎから嫌な音が聞こえてくる前に、その場から数歩動いて死角から脱出したほうが建設的だと判断したのだが、
自身の身体を無理なく定位置に戻す方法がすぐに思い当たらず、結局その不思議な体勢のまま声の主と目が合うことになってしまった。
「このみちゃん。……えっと。それはエクササイズか何か、なのです?」
このみは何事もなかったかのようにソファーに座り直したかったのだが、その前に至極全うな疑問が飛んできたので諦めてしばらくの間弁明をした。
10 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/06/16(日) 20:50:59.36 ID:aN661FRYo
まつりは撮影の仕事を終え、劇場へ今しがた戻ってきたとのことだった。
小脇に抱えた小さな荷物を置き、慣れた手つきで自分の飲み物を準備して談話スペースに戻ってきた。
先ほどのこともあり、まつりが戻ってきたころにはこのみの集中は完全に途切れ、反動でローテーブルに突っ伏すような状態になっていた。
「その体勢は、レディとしてどうなのです?」
「レディにも色々あるのよ……。色々と……。」
11 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/06/16(日) 20:52:25.59 ID:aN661FRYo
このみは、はぁ……、とため息とも返事ともつかない微妙な声を上げつつ、
ちょうど目の前の位置にあった件の資料の束を、まるで紙の感触を確かめるようにそっと指先で転がした。
「『鶴の恩返し』って、悲しいお話よね……。」
このみはテーブルに体を預けたまま、そう声を漏らした。
彼女の目は相変わらず資料に向けられたままであったが、どこか別の場所を見ているようにもみえた。
「ほ?どうしたのです?」
そのこのみの様子を見かねて、まつりはそう尋ねた。
12 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/06/16(日) 20:53:25.23 ID:aN661FRYo
「ええ、実はね……。」
このみはそう言って身体を起こした。
まつりといえば765プロでも演技に定評のあるうちのひとりだ。
自身のプロフィールにも特技として記載するほどであるし、「屋根裏の道化師」でも共演している。
このみの言葉は口をついて出たというのが本当のところだが、実際相談する相手としても申し分ないだろう。
静かに降りゆく冷たい雪の中で、青年が白い息を吐き指を赤く腫らして、それでも助けてくれたこと。
鶴が青年の家を訪れたとき、初対面である「娘」も温かく迎えてくれたこと。
たった戸一枚分の距離でさえ、遠く離れているように感じてしまっていたこと。
そして、娘が青年に最後に伝えたことも。
自身でも一つ一つ咀嚼しながら、このみは劇中の物語をつぶさに伝えた。
13 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/06/16(日) 20:55:48.73 ID:aN661FRYo
物語を深く知れば知るほどに、このみはやりきれない切なさを感じてしまっていた。
娘にとって、自身が秘密を抱えたままでいること、そして大事な人に自身の本当の姿を知ってもらえないということは、なにより辛いことだったのだろう。
この選択が正しかったのかなんて、鶴自身もわかっていないのかもしれない。
別れを選んだ鶴は、雪の積もった山の奥で、人知れず涙を流すのだろうか。
それでも辛い選択をしたのは、きっとそれを選ぶほかなかったのだろう。
「お互いに思いあっていても、離れなきゃいけないなんて……。でも、仕方ないことなのよね……。」
グラスの中の氷が、からんと音を立て、結露の粒が下へ流れていった。
14 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/06/23(日) 22:27:18.49 ID:+aWMwZWyo
少しだけ間が空いて、それからまつりはゆっくりと口を開いた。
「……鶴さんはまじめで、人のことを大切にできて、それでちょっぴり臆病さんなんだって、姫は思うのです。」
「姫だったら。その大切な人と逃げちゃうのです。雪が降る道をふたり、えすけーぷ!なのです。」
まつりは、真っ直ぐにそう答えた。
普段のふわふわとしたまつりと変わらない口調だが、その目には芯の強さのようなものが垣間見えた。
15 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/06/23(日) 22:28:04.75 ID:+aWMwZWyo
一方のこのみは、その言葉を受け入れるまでに幾らかの時間を要していた。
確かに、まつりの言う通りである。
もしも娘が竹から生まれていたのなら、青年と離れたくなかったとしても、迎えに来た月の都の使いには従わざるを得なかっただろう。
しかし、娘はそうではないのだ。
たとえ鶴の世界へ戻れなくなったとしても、眩しいヒトの世界で生きる道もあるかもしれない。
しかし───。
16 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/06/23(日) 22:29:33.56 ID:+aWMwZWyo
「で、でも。それだと、迷惑になっちゃわないかしら……。」
このみはまるで自身のことのように思考を思い巡らせ、そう尋ねた。
娘にとって青年は、運命的な出会いを忘れられずに、もう一度手を伸ばした相手である。
一方で、青年にとって自身は、吹雪の夜で道に迷ったために訪れた娘でしかない。
想いを隠し布を織る娘にとって、その差は何よりも重くのしかかった。
だからこそ娘は想いを隠し布を織るのに、また負担を掛けてしまうことにならないだろうか?
17 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/06/23(日) 22:30:34.14 ID:+aWMwZWyo
まつりは自分のグラスの縁を指でそっと撫でながら、静かに口を開いた。
「きっと、大丈夫なのです。」
「好きなひとがひとりで悩んでいたら、力になりたい、と思うものなのですよ。」
あっ……、とこのみの声が漏れた。
本当は、娘は青年からの好意には薄々気がついていたのだ。
ただ、抱えた秘密ゆえ、気づかぬうちに自分から遠ざけてしまっていたのだ。
もし「受け止めてほしい」と、言えたのなら…………。
18 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/06/23(日) 22:32:25.37 ID:+aWMwZWyo
娘が最後に打ち明けるまで、結局青年は部屋の戸を開けて秘密を覗くことはしなかった。
青年も、彼女の抱えた秘密を大事にしたかった。
「私が青年だったなら……。」
「一人で抱えてほしくない。頼ってほしい。やっぱりそう思うと思う。けど……。」
娘が自分に言えない隠し事をしていたから、きっと青年も言えなかったんだろう。
結局二人とも、相手に余計な荷物、負担をかけさせたくなかっただけなのだ。
「二人とも、似た者同士、だったのかもね……。」
19 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/06/23(日) 22:33:36.48 ID:+aWMwZWyo
それからしばらくの間、このみは物語を読み返した。
二人の出会いも、二人のすれ違いも、そして二人の別れも。
今ならば、以前より娘に近づけるように感じられた。
「ありがとう、まつりちゃん。少しずつこの子のことが分かってきた気がするの。」
「姫は、ただ思ったことを言ってみただけなのです。このみちゃんの演技、とっても楽しみにしてるのですよ?」
20 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/07/07(日) 23:08:11.10 ID:2s7Ltdwho
***
午後2時を回った頃、このみはレッスン室にいた。
主にダンスレッスンで使われたりする部屋だが、それに限らず空いている時には多目的に使えるようになっている。
部屋の窓に面したある壁面には、板張りの床から白い天井まで、部屋の全体が映るほど大きな鏡が据え付けられている。
ただし、このみ一人で使うには少々持て余すだろう。
このみは端にいくつか寄せられていたキャスター式の鏡を持ち出し、台本を片手にその鏡の前に立っていた。
21 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/07/07(日) 23:09:06.00 ID:2s7Ltdwho
『もう行かなくちゃ。……本当の姿を知られてしまったら、私はもう此処には居られないの……。』
『ずっと言えなくて、ごめんなさい。……今まで、ありがとう。』
外へと続く引き戸を開けた娘が、青年に背を向けたまま言葉を紡ぐ場面。
降りしきる雪と鋭く差す冷たい風に冷えてしまわぬようにと、身体の前で腕を抱えたまま、娘は雪の上へと歩いていく──。
普段なら十分上出来だと自分に言えそうなのに、今はまだどこか大事なものが抜けているような気がしてならなかった。
幾度も試してみるものの、結局自身が満足する結果には辿り着けなかった。
22 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/07/07(日) 23:10:14.30 ID:2s7Ltdwho
二人の関係性については理解が進んだが、当初引っかかっていた部分が解消されたわけではないのだ。
あともう少しで掴めるかもしれない、という感覚はあるのだが、一向にその先が見えてこなかった。
「……こういうときは、原点に立ち返って考えろ、よね。」
これはこのみが前職に就いていた頃に特に身についた思考法のひとつで、環境が変わってもしばしばこの考え方に助けられてきた。
何しろ単調で代わり映えのしない事務処理を行っていると、どうしても計算が合わないような箇所が出てくることもあった。
もちろんそれより前の段階のどこかで間違いをしているのが原因なのだが、それを膨大な情報量から探し出すのは相当骨が折れるものだ。
焦って闇雲に問題の箇所を探してもたいていいい結果はでない上、たとえそれが特定できたとしても間違いを減らすこと自体には繋がらない。
そんなときはまず落ち着いて、そもそも「始めに何をしたかったのか」を頭の中で整理してから事を始める、というアプローチが非常に有用であった。
「……私は、……。」
上手く言葉が出てこなかった。
わかっているつもりではあった。しかしそれを言葉の形にできるかは別なのだ。
23 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/07/07(日) 23:14:10.33 ID:2s7Ltdwho
であるならばさらに前へとさかのぼる必要があるだろうとこのみは考え、開いていた資料を閉じて少しずつ因果の糸をたどっていく。
そして最後に行きついた場所はあの「屋根裏の道化師」の「シンシア」であった。
仕事の幅という意味だけでなく、このみ自身の経験としても大きく変化があった作品だと言えるだろう。
あの時は、どういう風に役と向き合っていただろうか?
思えば、この「娘」の話も「屋根裏の道化師」がきっかけで声を掛けてもらったんだった。
自身の本業はアイドルであり、演技を専門とするような女優には単純な技術や表現力では遠く及ばない。
ならきっと他に理由があるはずだ。
「娘」の役は、「シンシア」と特段共通点があるわけではない、ようには思うけれど……。
24 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/07/15(月) 05:55:00.61 ID:6Cl8Fzkmo
事務室の中でも目を引くほど大きなガラス戸のついた書棚には、劇場のアイドル一人一人の営業用の資料をはじめとして、劇場内外の活動を納めた書類や写真、映像資料などが納められている。
劇場ができたばかりの時はまだ殆どものが納められていなかったが、劇場のアイドルたちが活躍して少しずつ棚が埋まっていくたびに、頻繁に部屋に出入りするこのみとして、嬉しく感じていた。
このみはそんな書棚から慣れた手つきで、棚の最下段にあったケースを取り出した。
ケースは透明で、ディスクの表面は真っ白で、黒の油性ペンでタイトルだけが記されていた。
25 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/07/15(月) 05:55:43.47 ID:6Cl8Fzkmo
青羽美咲もプロデューサーも戻ってくるのは16時以降になると聞いていたため、特段気がねすることはないだろう。
事務室内にはテレビを見るためのスペースもあり、そこでみることにした。
ここはアイドルが番組に出演するたびにソファが埋まるほどの盛況となったりもする。
まあ、アイドルだけで52人もいるのだから、溢れてしまうのも仕方のないことではあるのだが。
このみはテレビ台をあけ、再生機兼レコーダーの電源を入れた。
26 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/07/15(月) 05:56:39.74 ID:6Cl8Fzkmo
「えっと、イジェクトは……っと。」
実のところこのみがこの再生機を使うのは初めてなのだ。
と言っても、このみがこの手の機器に疎いというわけではない。
元々使っていたものが前々から怪しい挙動をしていたのだが、つい先日とうとう完全に動かなくなってしまったのだった。
仕事上映像ディスクが読めないというのは大問題だ、ということで新しくやってきたのがいまの再生機というわけである。
27 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/07/15(月) 05:59:37.35 ID:6Cl8Fzkmo
実は高木社長が「撮りためていたアイドル諸君の録画が……。」と数日間嘆いていたが、実は日頃からバックアップを欠かさなかった小鳥や美咲、律子たちのおかげで事なきを得ていたり。
あるいは、自前で劇場を持てたといってもやはり765プロは765プロということで、財政面的な兼ね合いから、
棚の目立たないところに置かれているゲーム機の再生機能でしばらく代用する手もあるという話が出て765プロゲーム部のアイドル達とひと悶着あったとかなかったとか。
28 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/07/15(月) 06:00:03.38 ID:6Cl8Fzkmo
少しだけ手間取りながら、このみは再生の準備を終えた。
再生ボタンを押しそうになるが、少しだけ踏みとどまって目的を確認する。
シンシアを演じたとき、どういう気持ちで演じていたのだったか?
そして、この役を経た馬場このみの演技として、何を求められているのか?
このみは、自身の心の中で繰り返した。
言葉にするとなにやら改まった心持ちで、これから見る物語もまるで初めてみるもののような気がした。
このみは不思議な緊張を感じながら、リモコンのボタンを押した。
29 :
抜けがありました
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/07/15(月) 06:00:47.34 ID:6Cl8Fzkmo
>>23
と
>>24
の間
一般にはまだ未発売だが、特典部分の事務所チェック用のサンプルが以前届いていたはずだ。
このまま考えていても、何か大きなものが得られるとは考えにくい。
このみは「屋根裏の道化師」の映像を見返すことを決め、事務室へと戻ることにした。
30 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/08/03(土) 01:33:56.89 ID:GHTuQabuo
由緒ある劇場で、ある作品が発端となり起こった凄惨な殺人事件。
そして、事件により浮き上がる、登場人物たちの息遣い。
「屋根裏の道化師」は、とりわけ繊細な表現を要求される作品であった。
『コレット!良かった……。大丈夫だった?……ひどいこと言われたりしなかったわよね?』
『大丈夫です、シンシアさん。お気遣いありがとうございます。でも、すみません。少し、気分が……。』
『……無理もないわ。あんなことがあった上に、犯人だって疑われたんだもの……。』
物語の幕開けとなった殺人事件の関与を疑われた、劇場の新人女優コレットが取り調べから戻ってきた場面。
この場面含め、シンシアは比較的他の女優たちよりもコレットを気にかけることが多かったはずだ。
複雑で入り乱れた人間関係の中には劇中で明かされていない過去も多くあり、それらを経た登場人物たちの微妙な感情の機微を演じることの難しさは相当のものだった。
31 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/08/03(土) 01:34:42.75 ID:GHTuQabuo
一方で、このみは当時を振り返って、それほど演技に悩んだりすることはなかったように感じた。
今の「娘」役ほど役の理解に時間を充てていたわけではなかった、というのはあるが、
その時間分だけ、共演する他の子の様子をみていたように思う。
役に対する向き合い方・関わり合いはその子それぞれで、
比較的ドライに出来てしまう子もいれば、側から見てすこし心配になる程に深く深く自身を落とし込む子もいた。
演技に関してはそれほど経験がある訳ではないために、それらが望ましい関わり合い方なのかは分からなかった。
ただ、少しでもみんなの力になりたいと思った。
全体練習の時間はもちろん、それは他の仕事であったり、あるいはアイドルとしてのレッスンでも。
できることは多くはなかったけれど、それでも出来る限りいろいろな事をしてきたと思う。
32 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/08/03(土) 01:37:57.95 ID:GHTuQabuo
このみは当時の自分を分析して、気が付いたことがある。
「自身が意識しないところで、自然と元大女優の立ち位置入り込めていたのかもしれない」、と。
きっとそれはコレットとモニカの関係性から刺激を受け、「演技」における関係性が深化した田中琴葉と周防桃子がそうであったように。
それがこのみが演じたシンシアにおいて思いがけず比重の大きい要素になったのかもしれない。
それからこのみは画面越しに繰り広げられる登場人物たちの心模様に想いを馳せた。
その中にはこのみ自身が演じた当時には気付かなかったような発見もあり、ある種の新鮮さをも感じていた。
33 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/08/03(土) 01:38:34.75 ID:GHTuQabuo
>>32
×「自身が意識しないところで、自然と元大女優の立ち位置入り込めていたのかもしれない」、と。
○「自身が意識しないところで、自然と元大女優の立ち位置に入り込めていたのかもしれない」、と。
34 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/08/15(木) 20:50:02.87 ID:An8umD0so
しばらく経った頃、ドアが開く音がして、このみはそこで意識を物語から離した。
「お兄ちゃんちょっと……って、あれ。」
事務室へ姿を見せたのは周防桃子だった。
プロデューサーどころか青羽美咲まで出払っているのは珍しく、
ましてや現在進行形で自分の出演作品が流れているのだ。それは面食らったことだろう。
このみはリモコンで映像を止めながら答えた。
35 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/08/15(木) 20:51:15.27 ID:An8umD0so
「桃子ちゃん。プロデューサーならいま外に出てるわよ。4時は過ぎるって聞いてるけど……。」
「うーん、そっか……。」
このみは桃子が手帳を小脇に抱えているのを見つけた。
黒の落ち着いたフォーマルなデザインだが、桃子自身のものだ。
「スケジュールの確認か何かだった?」
「うん、そうだよ。まあ急ぎじゃないし、また後ででいいかな。それより……。」
36 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/08/15(木) 20:51:56.84 ID:An8umD0so
桃子はテレビに映るコレット達の姿に目を向けた。
「『屋根裏の道化師』?」
「ええ。そうだ、桃子ちゃん。時間があったら、一緒に見ない?」
「えっと……。」
桃子はしばらくどうしようか考えた様子であった。
その視界の端には劇場の女優達が相対したまま止まっているテレビと、
普段そうであるように種々の物が雑然と置かれたローテーブルが映っていた。
「……うん。じゃあ、そうしようかな。」
37 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/08/15(木) 20:52:23.72 ID:An8umD0so
んしょ、と可愛らしい声とともに桃子はソファーに腰掛けた。
「巻き戻そっか?」
「いいよ。ストーリーもなにも、全部知ってるんだもん。このみさんもそうでしょ?」
このみは桃子の右隣に座りながら何の気なしに尋ねたが、
その桃子の返答に、このみははっとさせられた。
桃子はそんなこのみをよそにテーブルの上のリモコンを手に取り、このみに差し出した。
このみは、桃子の見る体制が整ったという合図を受け取り、再生ボタンを押した。
38 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/08/15(木) 20:53:03.55 ID:An8umD0so
このみは桃子の言葉を聞いて、改めていま自分がこうしているのが不思議だな、と感じていた。
学生時代の頃からドラマなどの映像作品を見ることはしばしばあったが、まさか自分が出演する側になるとは思ってもみなかった。
それどころか、見知った仲とはいえその共演者とこうしてその作品を見返しているというのは、人生何があるかわからないものだ。
当時の自分であれば色紙とペンを持ってサインを頼むような状況だろうな、と。
このみが隣に目をやり、真剣な表情で画面を見つめる桃子を見るたびに、そうした感覚を実感した。
二人とも静かに鑑賞していたが、時折いくらか言葉を交わした。
それは制作側だからこそ知っている裏設定的な部分のことであったり、撮影当時の思い出話、公開までの期間の話、演技の技術的な話など様々だった。
演じることに長く身を置いてきた桃子の話は、その中でもこのみにとって参考になる部分が多かった。
39 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/08/15(木) 20:53:47.28 ID:An8umD0so
幾度もみた映画であったが、映画の最後、その凄惨な幕引きは、二人をその場から動けなくさせるには十分すぎた。
「演じること」。
劇場の女優たちはただひたすらにそれを追い求め、それぞれが持つ矜持に従い生きている。
コレットも、マドリーンも。そして、モニカも。
彼女らを形作ってきたひとつひとつが今の彼女たちを動かしている。
改めて見返すたびにこのみは不安に飲まれそうになる。
「シンシア」がそうであったのかは、自分では皆目見当がつかない。
タイトル画面へ遷移して再び音が帰ってきたところで、このみは答えのない問いを遠くへ追いやり、代わりに小さく息を吐いた。
「……ねえ、桃子ちゃん。すこしいいかしら……?」
40 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/08/15(木) 20:55:46.38 ID:An8umD0so
「鶴の恩返し、かあ。」
桃子はこのみから資料の束を受け取り、何枚かに目を通しながら呟いた。
「ええ。鶴……、娘の役はどうか、ってお話をもらっててね。」
「上手く言えないんだけど、役がまだつかめてなくて。」
桃子の手があるページで止まった。
書きこみは台本のどのページにも見られたが、そのページは他のそれと明らかに様子が異なっていた。
台詞部分には何か所も線が引かれ、それら一つ一つに矢印が伸びていた。
しかし、その矢印の根本にあるはずの文──当人による注釈がないのだ。
41 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/08/15(木) 20:56:20.91 ID:An8umD0so
「最後のところで、青年との別れがあるの。離れたくないのに、それは許されなくて。」
「初めから人間の姿をして会っていなければ、こんな悲しい思いをしなくてよかったのかな、って。」
大切な人と別れたくない。
いつか来ると知っていた別れでも、実際にその時が来れば胸が張り裂けそうになるだろう。
例えば姿を隠して家の前に何か物を置いていくとか、あるいは鶴のまま恩を返す方法だって。
いくらでもやりようはあったはずなのだ。
それなのに──。
42 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/08/15(木) 20:56:46.99 ID:An8umD0so
「……。桃子は、……あんまりそういう風に考えたこと、なかったかな。」
「でも。やっぱり、役を掴めるまで、何回でもやるしかないと思う。」
桃子は自身の経験を踏まえたうえでそう答えた。
喜びも、怒りも、そして哀しみの演技も。
ずっと昔から、様々な舞台を経た今でも、変わらず桃子はそうしてきた。
43 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/08/15(木) 20:58:39.49 ID:An8umD0so
このみはしばらくその言葉を反芻したのち口を開いた。
「……うん、そうよね。ありがとう、やってみる。」
そう言って、このみは立ち上がろうとした。
……のだが、そのときその左手に柔らかく暖かなものが触れた。
「……桃子ちゃん?」
44 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/08/15(木) 20:59:42.36 ID:An8umD0so
このみは、握られた左手を見て、それを辿るようにして桃子と顔を合わせた。
このみの目を見据えていたその目は、寂しさのようなものを含んでいるようだった。
桃子はそれからすぐ目線を逸らした。
「その……。」
少しの間口ごもっていた桃子だったが、意を決したように前を向いた。
「その、桃子、応援するからね。」
「えっ……?」
45 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/08/15(木) 21:01:15.46 ID:An8umD0so
思わぬ言葉に、このみは驚きを隠せなかった。
どう返すべきか言葉に詰まったこのみを察してか、あるいはそうではないのか、
桃子はこのみの目をまっすぐに見て続けた。
「『屋根裏の道化師』のとき、このみさんを見て、負けてられないな、って思ったの。」
桃子はシンシアの、なんでもない場面のある台詞を思い返していた。
『もし復帰するとしたら?もちろん──負けなくてよ?』
その言葉とは裏腹に、その目の奥底からは今もなお衰えることのない鋭さが垣間見えた。
シンシアの語られることのない過去、元「大女優」たる所以の──。
46 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/08/15(木) 21:02:00.69 ID:An8umD0so
「あの子は……。モニカは、『いまの桃子だから』演じられたと思ってる。」
「シンシアさんも、きっとそうなんだ、って。あのとき見てて思った。」
「桃子ちゃん……。」
「だから……。『このみさん』だからできる『娘』が。きっとあると思うの。」
「子役」から「アイドル」になって、桃子は色々なものを知った。
楽しいことも、悔しいことも、本気で叱られたことだってあった。
桃子自身も言葉にできないような変化であったが、それらが自身の演技に大きな影響を与えていることに、あるとき桃子は気がついた。
自身の過去、経験、そのひとつひとつが、いまの周防桃子に繋がっているんだ、と。
そう胸を張って言える日がいつか来るような、桃子はそんな予感めいたものを今では感じていた。
47 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/08/15(木) 21:02:34.88 ID:An8umD0so
桃子は自身の両の手が、このみの手を包んでいることに気づいた。
自身の顔が少しずつ熱くなっていくのを感じて、あわてて手を離した。
「な、なんか恥ずかしくなってきちゃった……。と、とにかく。桃子はこのみさんとは違うから……。」
このみは、緩んでしまいそうになる頬と抑えられないほどに胸に込み上げる気持ちを感じて、
溢れるものをそのまま、言葉に詰め込んだ。
「ええ。……ありがとう、桃子ちゃん。」
「……うん。」
48 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/08/16(金) 18:44:13.68 ID:/J9ed0xSo
ええやん
49 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/08/31(土) 00:29:43.70 ID:BiyDrPqgo
***
桃子と別れたこのみは、例の書類の束を持って、レッスン室へ向かっていた。
とはいえ、昼のような調子で張り詰め過ぎるようなことをするつもりはもうなかった。
役作りに充てられる時間はまだ十分あるし、視野が狭まっている状態ではいいものは当然できない。
そして何よりも、大切なものに気づけたのだから。
「『私だからできるあの子』、か。」
シンシア役のときは言葉にして考えられていた訳ではなかったが、それは確かにそこにあった。
今はまだ分からないけれど、『あの子』のそれも、きっと今の自分の中にきちんとあるものなんだ、と今ではこのみは自然にそう思えた。
50 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/08/31(土) 00:31:42.16 ID:BiyDrPqgo
レッスン室までの途中、窓越しに廊下に落とされた新緑の木々の影を見て、このみは太陽が傾き始めていることを知った。
木々の葉が海風で揺れる音に気がつき、しばらくの間このみは目を閉じて、それが心地よく耳を撫でるのを感じていた。
……のであったが、それも束の間だった。
なにやら聞こえてきた騒がしい声と、がらがらと何かが倒れるような物音に、その小さな音色はすぐさま掻き消されてしまった。
それらを少し聞いただけでも、曲がり角の向こう側の惨状が目に浮かんでくるようだった。
「双海真美選手、振りかぶって第1投目を──」
……それは有難いことに、実況まで付いていた。
51 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/08/31(土) 00:33:08.69 ID:BiyDrPqgo
このみは息を吐いたあと、角を曲がりながら、いつものように何度目か分からない言葉を言う。
「こーら、そこのわんぱく娘たち!」
「わっ!」
廊下の先にいたのは765プロわんぱくシスターズこと双海亜美、真美、大神環、永吉昴の4人だった。
真っ直ぐ伸びた長い廊下で繰り広げられていたのはお手製ボウリング。
バレーボールを転がして、ボウリングのピンに見立てた500mlのペットボトルを倒すのだが、
本来のボウリングとはかけ離れた圧倒的なコンディションの悪さに起因する特有のゲーム性と戦略がある……らしい。
この4人──主に亜美真美の2人であるが──の手にかかれば、なんの変哲も無い廊下と段ボール箱が、
実況席のついた全長18.29mのボウリングレーンに大変身してしまうのだ。
52 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/08/31(土) 00:34:31.52 ID:BiyDrPqgo
真美が今まさに投じたバレーボールは、4番と10番ピンだけを綺麗に残して、
向こう側で待機していた昴の手の中に吸い込まれていった。
「よっ、と。あ、このみもやらない?結構盛り上がるんだぜ、これ。」
「やりませんっ。」
「えーっ、すっごく楽しいぞ、このボウリング。」
「確かに楽しそうではあるわね……。って、そういう話じゃなくてね……。」
「なんだ、このみんか……。……セーフ。」
「いや、アウトよ、アウト!」
「おーっと、双海真美選手!スプリットを出してしまった!」
「ああ、もう。亜美ちゃんも実況ストップ!」
一度ペースに飲まれたら、もう収集が付かなくなりそうだった。
このみは早々に話を切り上げて、本題に入ることにした。
53 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/08/31(土) 00:36:07.66 ID:BiyDrPqgo
「……別に、やるなーって話じゃなくてね。ただ廊下は人が通って危ないから、やるなら別の場所でやりましょ、ってこと。」
「このみん。別の場所って……。例えば、どこ?」
「中だと……。大道具部屋の横の使ってない部屋とか、かしら?あそこなら多少だったら騒いでも大丈夫だし……。って、前もそこでやってたじゃない。」
「えー。真美たちはもっと思い切り投げたいんだよ〜。」
話を聞いた限り、どうやら今までの小さな規模のボウリングでは我慢できなくなってしまったらしい。
そんなときに、どうぞ思い切りやって下さいと言わんばかりに真っ直ぐ伸びた廊下を見つけて今に至る、と。
「亜美、真美。仕方ないって。続きはあっちの部屋でやろうぜ。」
「すばるん……。」
「さ、取り敢えずみんなで片付けちゃいましょう。」
ぱんぱんと手を鳴らしながら、このみはそう呼びかけた。
54 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/09/15(日) 22:41:35.32 ID:VqG4l+2oo
片付ける、と言ってもペットボトルとボールだけで、そんなに物が散らかっているわけでもない。
「あら、環ちゃん。一回で全部持ってきてくれたの。」
「くふふ、これくらいへっちゃらだぞ!」
先ほどまで亜美が実況席として使っていた段ボール箱をひっくり返して、その中にペットボトルとボールを流し込む。
小走りで環が両手でペットボトルを全部抱えて持ってきたおかげで、ものの10秒で片付けは終了した。
55 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2019/09/15(日) 22:42:28.20 ID:VqG4l+2oo
「遊ぶなら、あまり騒がしくしないで、危なくないようにね。」
「むむ……騒がしくなくて……。」
「危なくもない……。」
亜美と真美は元の小規模ボウリングに戻るのは気が進まないようだった。
少しの間二人はそうしてあれやこれやと思考を巡らしていたが、とうとう何か思いついた様子で、二人して顔を見合わせた。
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