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エミリーが忘れた日
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◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/06/10(月) 20:12:44.63 ID:9pdDfgPfo
「エミリー」
不安そうな面々に囲まれた彼女に一言だけそう呼びかけると、彼女はゆっくりこちらを見つめてくる。
「《この人たちは分かるか?》」
ごくごく簡単な英語で――辞書を引いてあらかじめ覚えてきただけのフレーズだが――問うと、エミリーは小さくこくんと頷いた。
「じゃあ俺が今言ってることは?」
事態を証明するためとはいえ、残酷な質問なのだろうなと胸が締まる。意味は通じていないだろうが、エミリーは何となく察したのか今度は首を横に振った。
「大変なことになってしまったね……」
高木社長はそれだけ吐き出して力尽きたかのように椅子にどっかりと座り込み、そのまま頭を抱え続けている。
音無さんは今にも泣き出してしまいそうな表情で、ひたすらにエミリーに目をやりながらかける言葉を探しているようだった。
青羽さんは事故の瞬間を目撃していたのもあって、電話でエミリーの容態を理解してもらうまで伝え続けるのが心苦しかった。
一晩経った今でこそ冷静を装って立ち尽くしているものの、真っ赤に泣き腫らした目がとても痛々しい。
「あれから何度か質問を繰り返してみた結果分かったのは……エミリーは今、日本語の読み書きと会話が全くできないということ。
ただそれ以外の記憶に影響はなく、自分が誰で、ここがどこで、俺たちが何者なのか――そういうことは全て覚えているようです」
「それは――不幸中の幸い、なのかね」
「社長……全然そんなこと、ないです……!」
音無さんが嗚咽混じりに訴えた。
「エミリーちゃんは、今まで当たり前のようにお喋りして、一緒に仕事してきた私たちが、
ある日突然訳も分からない言葉を話し始めたのと同じなんですよ……!?
おうちからここまで、いつも歩いている風景にある標識とか、看板とか……
『765ライブ劇場』の文字も……ファンからのお手紙も……全部、全部いっぺんに分からなくなっちゃったって事ですよ……!」
ようやくそこまで言い切ったあと音無さんはついに耐えきれなくなり、ハンカチで顔を覆っておろおろ声でむせびだした。
青羽さんもその音無さんの肩を抱きながら目にいっぱいの涙をためていた。
「分かっている、もちろん分かっているよ音無君……今のは失言だった。 すまない」
もちろん社長にも悪気などなかったろうし、こうやって気持ちが参ってしまっているのは誰しも同じだ。
言葉一つあげつらって責める気などこれっぽっちもない。
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