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エミリーが忘れた日
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1 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/06/10(月) 20:03:08.99 ID:9pdDfgPfo
第一報を受けたのはその日の午後6時のことだった。
リハーサル中、ステージで事故があったらしい。
──エミリー・スチュアートが足を滑らせ転んだと。
そのときの俺は別の営業でどうしても劇場から離れなければいけなかったので、その日の公演を他のスタッフや先輩アイドルたちに任せっきりにする予定だった。
そのせいか、事故は昼間に起こったものの現場は一時対応でてんやわんやしており、こちらへの報告が遅れたと、音無さんから謝罪を受けた。
大丈夫です、連絡ありがとうございます、と冷静に返事をしている間は「らしからん」程度にしか思っていなかった。
エミリーは基本的には落ち着き払った女の子だ。あまり無茶をしてケガをするような危ない場面を見かけたことがない。
捻挫や打撲だとしたら公演のスケジュールに影響するかもなと、そのくらいにしか考えていなかった。
だが能天気に捉えていたのも束の間、電話越しの音無さんから詳しく事情を知れば知るほど心に不安が渦巻き始める。
彼女は頭を打って病院に運ばれたのだ。
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1560164588
2 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/06/10(月) 20:05:07.97 ID:9pdDfgPfo
午後7時半にその病院へ駆けつけたとき、エミリーは診察室のベッドに座り込んでじっとしながら、医者の先生と看護師さんの会話を眺めていた。
いつものツインテールを解いたきらびやかな金髪を不揃いに横切る包帯が痛々しく映るも、当の彼女は心ここにあらずといった態度でただそこにいた。
医者の先生の話によると、エミリーは転んだ際に側頭部を強く打ち、そのまま数分間意識を失っていたとのことだ。
すぐさまこの病院へ連れてきて念のため一通りの検査を行ったものの、一応、脳に異常は見つからなかったらしい。
そこまで聞いてから俺はようやく胸を撫で下ろした。
「ただし、外的ショックによる健忘の兆候も見られます。よく話をされたほうが」
「健忘? それって記憶喪失ってことですか?」
「いえ、そこまでの大げさなことではありません。 まず、転んだ前後の記憶はないはずです。
これは頭を打てばよくあることなので仕方ないのですが……他にも、忘れたり思い出せなかったりすることがあるかもしれないということです」
「はぁ……」
ドラマや漫画でこういう状況を目にした事はあるものの、実際に当事者でないとはいえ、自分がその場に立つと全く実感も湧かないものである。
改めて目をやると、ベッドに座って黙ったままのエミリーはさきほどからずうっと口を固く結んで黙り込んだままこちらを見つめている。
よくみると両目にうっすらと涙も浮かべていた。
3 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/06/10(月) 20:06:27.55 ID:9pdDfgPfo
「エミリー、すまなかった。 俺が劇場にいて監督できていれば防げたかもしれないのに……」
しゃがみ込んで彼女に目線を合わせ、ゆっくり話しかけていく。
彼女は俺の目を見つめながら、ブンブンと首を横に振った。
「先生がもう大丈夫だって。 ほら、今日の所は帰ろう」
手を差し出してみるも、彼女は頑なにそこを動こうとせず、ただただ首を振り続けていた。
「仕事のことは心配するな、大事を取ってしばらく休みにするから……エミリー?」
ここでようやく、さすがに様子がおかしいことに気がついた。
エミリーはひたすらに、こちらに何かを訴えるような目つきを変えなかった。
はっきりと、その奥に恐怖とかおびえじみた感情が映り込んでいる。
「あの……彼女、話せるんですか?」
「何ですって?」
先生が横から挟んだ言葉がすぐには理解できず──それを飲み込んで、まさか、と背筋が凍る。
「……エミリー? 何があったんだ? 教えてくれ! エミリー!?」
思わず細い両腕を掴み食ってかかると、彼女は体を強張らせうずくまる。しまった、と離れた瞬間、ようやくエミリーは絞り出すように声を発した。
ボロボロに弱りきった、掠れるような声で、俺の想像を絶する一言を。
4 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/06/10(月) 20:08:04.11 ID:9pdDfgPfo
「I... I apologize for causing you concern, but... I... I...」
そのまま両手で顔を覆い静かに泣き出したその少女に、何と声をかければ良かったのか。
「……エミリー、どうしたんだ……?」
それに対する反応はなく、彼女はそのまま何十分も肩を震わせ続けていた。
結論から話すと、
エミリー・スチュアートは日本語を忘れてしまったのだ。
5 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/06/10(月) 20:10:40.40 ID:9pdDfgPfo
──────
きっとエミリーは幼い頃から、劇場の誰もが思い及びすらしない血の滲むような努力を重ねてきたに違いない。
日本への憧れその一心で故郷を離れこの東洋の国へやってきた十三歳の女の子。
彼女は出会ったときからこの国の文化に人一倍詳しかったし、またその知識欲も並の日本人など相手にならないだろう。
カタカナすら一切話したがらないという、異常なまでの日本語へのこだわりがあったこともよく分かっている。
それはおそらくエミリーが憧れの大和撫子を目指すにあたっての最大のコンプレックスである、国籍という壁を少しでも打ち破るための手段。
彼女にとって、俺たちと同じ言葉を話すということは単なるコミュニケーションの道具なんかではなかったはずだ。
そんな、彼女が自身を大和撫子たらしめる最大の拠り所が失われてしまったとしたら――?
翌日、765プロの事務所にエミリーを連れてきた俺は社長室で経緯をできるだけ詳細に説明していった。
音無さんと青羽さん含め、三人にはすでに報告済みではあったがやはり改めて話さなければいけない。
場合によっては――彼女の今後すらも。
俺は話し合いの際、エミリー本人も同室にいさせた。
もちろん聞かせたくない話であったし、俺たちの会話が理解されないという状況を利用するようで自分でも吐き気のする選択だったが、
まだ彼女を一人放っておきたくはなかったから。
6 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/06/10(月) 20:12:44.63 ID:9pdDfgPfo
「エミリー」
不安そうな面々に囲まれた彼女に一言だけそう呼びかけると、彼女はゆっくりこちらを見つめてくる。
「《この人たちは分かるか?》」
ごくごく簡単な英語で――辞書を引いてあらかじめ覚えてきただけのフレーズだが――問うと、エミリーは小さくこくんと頷いた。
「じゃあ俺が今言ってることは?」
事態を証明するためとはいえ、残酷な質問なのだろうなと胸が締まる。意味は通じていないだろうが、エミリーは何となく察したのか今度は首を横に振った。
「大変なことになってしまったね……」
高木社長はそれだけ吐き出して力尽きたかのように椅子にどっかりと座り込み、そのまま頭を抱え続けている。
音無さんは今にも泣き出してしまいそうな表情で、ひたすらにエミリーに目をやりながらかける言葉を探しているようだった。
青羽さんは事故の瞬間を目撃していたのもあって、電話でエミリーの容態を理解してもらうまで伝え続けるのが心苦しかった。
一晩経った今でこそ冷静を装って立ち尽くしているものの、真っ赤に泣き腫らした目がとても痛々しい。
「あれから何度か質問を繰り返してみた結果分かったのは……エミリーは今、日本語の読み書きと会話が全くできないということ。
ただそれ以外の記憶に影響はなく、自分が誰で、ここがどこで、俺たちが何者なのか――そういうことは全て覚えているようです」
「それは――不幸中の幸い、なのかね」
「社長……全然そんなこと、ないです……!」
音無さんが嗚咽混じりに訴えた。
「エミリーちゃんは、今まで当たり前のようにお喋りして、一緒に仕事してきた私たちが、
ある日突然訳も分からない言葉を話し始めたのと同じなんですよ……!?
おうちからここまで、いつも歩いている風景にある標識とか、看板とか……
『765ライブ劇場』の文字も……ファンからのお手紙も……全部、全部いっぺんに分からなくなっちゃったって事ですよ……!」
ようやくそこまで言い切ったあと音無さんはついに耐えきれなくなり、ハンカチで顔を覆っておろおろ声でむせびだした。
青羽さんもその音無さんの肩を抱きながら目にいっぱいの涙をためていた。
「分かっている、もちろん分かっているよ音無君……今のは失言だった。 すまない」
もちろん社長にも悪気などなかったろうし、こうやって気持ちが参ってしまっているのは誰しも同じだ。
言葉一つあげつらって責める気などこれっぽっちもない。
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