【モバマス】周子「四つの季節、二人の帰り道」

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1 : ◆RZFwc/0Dpg [sage saga]:2019/05/31(金) 22:15:34.53 ID:kcSV+mvpO

 あれから二年が経つ。

 忙しない日々は飛ぶように過ぎ、気付けば十八の少女は、二十歳の女性になっていた。

 人生のほろ苦さも味わった周子は少しだけ大人びた表情を見せるようになって。


 そして俺達は、酒を飲むようになった。



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2 : ◆RZFwc/0Dpg [sage saga]:2019/05/31(金) 22:16:05.09 ID:kcSV+mvpO
── 冬 ──


「ふふ、中々悪くない一日だったなー」


 隣を歩く周子がそう呟く。仄かに潤んだ瞳をゆっくり閉じて、満足そうに深呼吸した。

 彼女のアルコール混じりの吐息は一瞬白く柔らかい形を作り、冬の空気に溶けていった。

 それをぼんやり目で追ってから、俺は馬鹿丁寧にお辞儀する。


「それは大変よろしゅう御座いましたぁ」

「うんうん。くるしゅうないよ!」


 周子は胸を反らして目を細めていた。

 深い夜の帰り道。街路樹の向こうにベテルギウスが浮かんでいる。繁華街から離れ、人がまばらになるにつれて、空は益々澄んでいくようだった。
3 : ◆RZFwc/0Dpg [sage saga]:2019/05/31(金) 22:16:44.09 ID:kcSV+mvpO
「初めての酒はどうだった?」


 のんびりと足を進めながら訊ねてみる。


「何か……身体ふわふわする。けど結構好きかも」


 普段よりも締まりのない顔で周子は微笑む。
 こいつ、相当酒飲みになりそうだなあ。

4 : ◆RZFwc/0Dpg [sage saga]:2019/05/31(金) 22:17:16.45 ID:kcSV+mvpO
「味の方は?」

「ビールもカクテルも、意外とすっと飲めたなー。あ、けど一番気に入ったのは日本酒!」

「すっげえ……。俺が二十歳の時は、ビールも苦くて飲めたもんじゃなかったよ」

「あはは、Pさん味覚が子供やもんね」

「若々しい舌を持ってる、と言え」


 緩く優しい風が吹いていた。馬鹿騒ぎと酒で火照っていた身体が、冷えてゆくのが心地好かった。
5 : ◆RZFwc/0Dpg [sage saga]:2019/05/31(金) 22:17:49.92 ID:kcSV+mvpO

 周子はコートのポケットに手を突っ込んだまま、ふと小さく笑い出す。


「ん? どうした」

「いやさ、ほら。奏ちゃんと美嘉ちゃんが不満そうにジュース飲んでたの、思い出して」

「あー。奏さんがしれっとワイン持ってた時は焦ったな」

「『私が頼んだものなのよ……』」


 周子がふざけて真似をする。
6 : ◆RZFwc/0Dpg [sage saga]:2019/05/31(金) 22:18:25.11 ID:kcSV+mvpO

 つい数時間前、奏さんが勝手に頼んだボトルは仕方なしに、俺と彼女の担当が二人がかりで空けた。そんな俺達を眺めていた奏さんが、ぼそりと呟いた台詞だ。

 彼女の恨みがましい目を思い出すと、俺もおかしくなってくる。

「けど今回はまだ良かったよ。フレデリカさんの誕生日の時は、周子と志希さんもまだ未成年だったから……もう大混乱だったし」


 前回の飲み会を思い起こしてそう言う。

 そして気付いた。
 あれ、そういえばあの時は──


「美嘉さん、あの時は止める側じゃなかったっけ?」

7 : ◆RZFwc/0Dpg [sage saga]:2019/05/31(金) 22:18:57.55 ID:kcSV+mvpO

 慌てた顔で志希さんを羽交い締めしていたのを覚えている。あの時志希さんは確か、興味深そうに目をキラキラ輝かせながら、テキーラを呷ろうとしていたっけ。

 あのとき防衛チームにいたはずの美嘉さんが今日は何故、冗談混じりにコークハイをちょろまかそうとしていたんだろう。

 にやけっぱなしの周子は、朗らかに返してくる。

8 : ◆RZFwc/0Dpg [sage saga]:2019/05/31(金) 22:19:31.07 ID:kcSV+mvpO

「あたしと志希ちゃんが二十歳になって、Pさん達への負担減ったでしょ? 美嘉ちゃんもバランス取る必要なくなったんやろうね」


 自分が負担扱いされるのは良いのか、周子。
 そう思いながら俺は溜め息を吐く。


「……何だよ、美嘉さんはまともだと思っていたのに。彼女もやっぱりLIPPSなんだなぁ」

「ちょっとー。あたし達のユニット名、変な使い方せんでよ」


 周子はけらけらと笑った。

9 : ◆RZFwc/0Dpg [sage saga]:2019/05/31(金) 22:20:14.94 ID:kcSV+mvpO

 だらだら歩き続ける俺達は、公園沿いの道に差し掛かっていた。

 歩道と敷地の境には植込みが並んでいる。その奥に砂場と滑り台、それからブランコが見えた。
 少し開けた位置にはぽつんと、時計が立っていた。

 二本の針はその頂点で今にも重なろうとしている。
 俺達にとって特別な、十二月十二日が終わろうとしている。


「周子」

「ほーい。どしたん?」

「誕生日、おめでとう」

「へへへ……うん。ありがと」


 時計のすぐ傍で、月が青白く輝いていた。


10 : ◆RZFwc/0Dpg [sage saga]:2019/05/31(金) 22:20:47.87 ID:kcSV+mvpO

── 春 ──


「はぁー……久しぶりのお酒、美味しかったーん」


 白く光るスピカの下、彼女は気持ち良さそうに声を上げる。ふわりと何処からか淡く、梅の花の香りがした。

 二人だけのひっそりとした祝勝会の帰路だった。

 昨日行われたライブは無事に成功した。見る者全てが酔いしれ、熱くなるような良いライブだった。そのパフォーマンスは間違いなく、周子の隠しがちな努力に裏打ちされたものだった。

 晴れ晴れとした周子の顔を見るに、やはりこれまで不安や重圧を感じ続けていたのだろう。
 飄々として見える彼女も、その影では戦いの日々を送っている。

11 : ◆RZFwc/0Dpg [sage saga]:2019/05/31(金) 22:21:27.14 ID:kcSV+mvpO

「──それにしても。ライブまでの間、そんなに焼鳥食べたかったのか?」


 からかうように訊ねてみる。何でもご馳走すると告げると周子が即答したのは、事務所近くの焼鳥屋だった。


「なにさー。美味しかったやろー! あたしあそこの皮、大好き」

「串とお猪口持ってる周子見たら、アイドルなの忘れそうになったよ」

「ふふ、変装いらずで楽じゃない?」

12 : ◆RZFwc/0Dpg [sage saga]:2019/05/31(金) 22:21:56.41 ID:kcSV+mvpO

 スキップでも始めそうな程に軽やかな足取りの周子。
 そんな彼女はこちらを振り向いて、急に猫撫で声を出してきた。


「それにぃ。あたしはPさんと二人で、ゆっくり飲むのが楽しみだったんよ。うふっ」

「……何が欲しいんだ?」

「あはははっ、察し良すぎるでしょ!」

「何年担当してると思ってるんだ。どうせいつものおねだりだって分かったよ」

「流石やねぇ。うへへ、そしたらさぁ──」


 周子は足を止める。
 俺達は丁度、コンビニの前を歩いていた。


「──アイス買うて♪」


13 : ◆RZFwc/0Dpg [sage saga]:2019/05/31(金) 22:22:42.28 ID:kcSV+mvpO

 コンビニの明かりがやけに眩しく感じた。安っぽい出汁の匂いがしてぼんやりと思う。もうそろそろ、おでんも見なくなる時期だなあ。

 店内には菜々さんの新曲が流れていた。十七歳の菜々さんと、二十歳の周子。彼女達の年齢は少しずつ離れていく。そう考えると何だかおかしい。


「別に、あれだからな」


 お菓子の棚を物色していた周子が顔を上げる。
 というかお前、アイス買いに来たんじゃなかったっけ?

14 : ◆RZFwc/0Dpg [sage saga]:2019/05/31(金) 22:23:20.42 ID:kcSV+mvpO

「……ん? なぁに?」

「欲しい物あるからって、毎度媚売らなくていいんだからな。最初から素直に言え」


 笑いながらそう言葉を投げると、周子は身体をくねくねとさせた。


「えー。シューコちゃん奥ゆかしい京美人やから、そんなんよう言えへんー」

「紗枝はんに叱られてこい」

「素直に言うんやけど、チョコも買ってって良い?」

「……おう、買っちまえ。もう好きなだけ買っちまえ」


 諦めたように言う俺を見て、周子が吹き出した。

15 : ◆RZFwc/0Dpg [sage saga]:2019/05/31(金) 22:23:59.07 ID:kcSV+mvpO

「んー……期間限定って惹かれるなぁ。でもやっぱ雪見だいふくも……」


 ショーケースを覗き込んで、周子が唸っていた。その横で俺も一緒になってアイスを眺める。

 手に持つ籠の中で周子のチョコと俺のミネラルウォーターが揺れて、ガサガサと音を立てた。


「Pさんは何にするん?」

「うーん、ソフトクリームかな。最近のコンビニのやつ、結構美味いし」

「お、ええやんええやん! そんならそれは、一口貰うとしてぇ……」

「計算高いわぁ周子はん」

「──あの、あれ。嘘やないからね」
16 : ◆RZFwc/0Dpg [sage saga]:2019/05/31(金) 22:24:31.64 ID:kcSV+mvpO

 周子の言葉の意味が分からず、俺はきょとんとしてしまう。話題がすぐにあっちこっちと飛び回る俺達の会話は、稀にこんなことがあった。


「は? 何がだ?」

「Pさんと飲むのが好きなのは、別に嘘じゃないから」


 お前、何分前の話をしてるんだよ。
 そう笑おうとしたが途中で止めた。

 何でもないようにショーケースをうろうろ見定め続ける周子の横顔に、僅かに照れ臭さを見たからだった。

17 : ◆RZFwc/0Dpg [sage saga]:2019/05/31(金) 22:25:03.30 ID:kcSV+mvpO

「あー……それはどうも」

「Pさんはどうなん」

「ん?」

「あたしと飲むの、嫌いじゃない?」


 好きか、と訊ねないそのいじらしさに顔が綻びそうになった。

 こんな何気ない所に時折、周子の幼さが現れる。それに気付く度、胸が締め付けられるような甘さを感じていた。

18 : ◆RZFwc/0Dpg [sage saga]:2019/05/31(金) 22:25:40.31 ID:kcSV+mvpO

「嫌いなわけないだろ」

「ほんと?」

「ほんとほんと。──好きだよ」

「ん……そんなら、良かった」


 何だかしんみりとした雰囲気に、俺はまごついた。
 そして彼女はそれに気付いたのかもしれなかった。

 散々迷っていたはずの周子は突然、一つのアイスをむんずと掴み上げて声を出す。


「う、うははは! よぉーし、あたしハーゲンダッツにするっ!!」

「ふふ……遠慮ねぇな、おい」

19 : ◆RZFwc/0Dpg [sage saga]:2019/05/31(金) 22:26:18.40 ID:kcSV+mvpO

 コンビニを出た俺達は公園に足を踏み入れていた。数ヶ月前と同じように、時計はぽつねんと立っている。

 日付の変わったばかりの砂場には、人っ子一人いなかった。

 滑り台の近くにあるベンチに二人並んで座り、ぼんやり夜の公園を眺めながらアイスを食べた。


「まだ桜は咲いてないみたいやねぇ」

「あと半月位はかかるんじゃねえかなあ」

「満開になったらさー、アーニャちゃんとか忍ちゃんとか誘って、お花見連れてってよ」

「良いなそれ。何処かおすすめスポット探しておいてくれ」

「やった。言ってみるもんやなー」


 涼しい春の夜風が、蕾の膨らみ始めた桜の枝を静かに揺らしていた。

20 : ◆RZFwc/0Dpg [sage saga]:2019/05/31(金) 22:26:49.25 ID:kcSV+mvpO

 周子がアイスを食べ終えて、そのゴミまでしっかり俺に手渡してきた直後のこと。彼女は突然大声を出した。


「あーっ!!」

「うぉ、びっくりしたぁ。……何だよ急に」

「ブランコ新しくなってる!」

「……あ、本当だ」


 ぱっと駆け寄る周子の後を追って、俺もブランコへと歩く。不服に感じつつも、彼女のゴミをビニール袋へ片付けながら。
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