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【デレマス】 偶像ルネッサンス
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1 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/04/21(日) 22:56:44.94 ID:gNqPAssWo
○長富蓮実・安部菜々・服部瞳子 などが登場します。
○以前書いた
長富蓮実「ザ・ラストガール」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1544796224/
というSSが、このお話の前日譚に当たりますのでよろしければそちらもどうぞ
(読まなくても分かるようにしています)
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1555855004
2 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/04/21(日) 22:59:34.71 ID:gNqPAssWo
【:独占特集: IU最注目グループ『Renaissa』結成から休止まで―――メンバーが語る真相】
3 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/04/21(日) 23:02:17.34 ID:gNqPAssWo
――――――
2018年4月、人気アイドルグループ「Renaissa(ルネッサ)」が無期限の活動休止を宣言、
所属事務所の346プロダクションが同月公式に発表した。
7年ぶりの開催となったトーナメントオーディション大会である「Idol Ultimate(アイドル・アルティメイト、以下IU)」2017年大会の決勝戦を終えてから1週間ほどの出来事で、
当時のファン・関係者を大いに騒がせたことはあまりにも記憶に新しい。
長年アイドル業界の様々なニュースを追いかけてきた筆者も、これには衝撃を受けた。
2017年4月にデビューを果たしてからの1年間、彼女たちの大躍進は凄まじいの一言であった。
IUは2010年の開催凍結前から、きわめて特殊なオーディション方式でありながらもトップアイドルへの登竜門としてその名を馳せており、
“IU2017”として当時の形式のままで再び開催されることが決まった当時の盛り上がりは予想以上で、エントリー数は大会として歴代最多の216組を記録した。
そんな激戦にもかかわらず、Renaissaはデビューしたその年にIU2017に参加した53組の中で決勝戦まで勝ち進んだたった2組のうちの1つであり
(ちなみに、今回のIUへの参加資格についてはデビューから3年以内という規約がある)、
それまでの道のりで格上のライバルたちを次々に下していった。
まさしく彗星のごとく現れた新星であった。
圧倒的な勝負強さと、大会のダークホースとしての人気を順調にかき集め、
彼女たちはこの一年で見事、トップアイドルの仲間入りを果たしたと言えよう。
そんな彼女たちはなぜ、人気絶頂のさなか活動休止を選んだのか?
休止発表から一年、筆者はRenaissaのメンバーに独占取材を試み、グループ結成から休止までの経緯やこの騒動の真相に迫った。
4 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/04/21(日) 23:05:20.42 ID:gNqPAssWo
【「Renaissaの一番の原動力は、リーダーの存在だったんです」――安部菜々】
――安部さんは去年の7月、346プロダクション内での「シンデレラガール総選挙」において、
見事第7回のシンデレラガールに選出されたわけですが。
安部菜々(以下、安):ありがとうございます。おかげさまで。
――やはり、それにはRenaissaでの活動が影響していると思われますか?
安:そりゃぁ、もちろんあると思います。この1年、Renaissa以外の活動も多くさせていただきましたけど……
デビューからずっと所属してて、一番活動の場をいただけたのがあのユニットでしたから。
――安部さんといえば、最近は多方面で同事務所所属の方と一緒に活動されています。
佐藤心さんとのコンビユニットは記憶に新しいですね。
安:そうですね。はぁとちゃんと組むのは本当に楽しいです(笑)。
――私も非常にエネルギーを感じます(笑)。さて、話を戻しますと、IU2017でのRenaissaの大躍進があったおかげで、
安部さんの今の人気があるという認識がおありなんですよね?
安:そのとおりです。
――単刀直入に伺いますが、他のグループとRenaissaの何が違っていたのでしょうか?
安:そうですねぇ……やっぱり、最初は誰も注目していなかった新人3人だけで組まれたユニットが、
IU2017という大きな舞台で勝ち上がっていけた意外性とかももちろんあると思うんですけど……
一番は、全員のアイドルとしての「在り方」だったんじゃないかと思っています。
5 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/04/21(日) 23:08:34.32 ID:gNqPAssWo
――在り方ですか?
安:実は……といってもお気づきでしょうけど、「ルネッサ」は「復活」を意味する「Renaissance」から来ています。
その名の通り、私たちはそれぞれが抱える「復活」への思いを全力で活動にぶつけてきました。
あるメンバーはアイドルとしての自分自身そのものの復活、
あるメンバーは自分が持っていた理想、諦めかけていた理想の復活、といったようにです。
――なるほど。
安:その中でも、とくにスケールの大きい「復活」のイメージをずっと持ち続けていた子がいました……
――そうですよね。存じ上げております。
安:彼女が目指した「復活」は、アイドルそのものでした。古き良き時代のアイドルを心から愛して、
今の時代でもう一度そのスタイルが輝けるように、って。
今考えるととんでもない話です。そんなことちょっとやそっとでできるものじゃありません。
――ですね。
安:確かにアイドルの世界全てを変えることはできなかったし、何もかもが成功に収まったわけではありません。
でも、彼女は……長富蓮実さんは、それを本気で目指していた。
リーダーだった彼女の心意気こそが、Renaissaの一番の原動力だったんじゃないかなと。
――では、Renaissaのメンバーとしてこれまで一番近くで長富さんを見てきた安部さんにお伺いします。
彼女はどんなアイドルでしたか?
安:どんなアイドル、ですか……うーん、難しい質問ですけど……
そうですね、私に言わせれば――
6 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/04/21(日) 23:11:38.50 ID:gNqPAssWo
蓮実ちゃんは、「どんなアイドルか」という話じゃないんだと思います。
アイドルって、今でこそ色んなキャラクターがあって、
生き方があって、
ファンの方々もそれぞれ全然違ってて、
すっごく多様で面白い世界になっていますよね。
でも、元をたどれば……たった一つの形から、時代を経て少しずつ、
アイドルの在り方というものは広がっていったんだと思います。
蓮実ちゃんは、そんな中私たちなんかよりもずっと……アイドルの過去と、未来と、現在、人一倍向き合って、
一番勇気の要る道を進んでいったんじゃないかなぁ。
ハッキリ言いますと、彼女を「どんなアイドルか」と表すことはきっとできないんです。
だから、彼女について私からいえることはこれだけ。
「彼女がアイドルなんです」
──────
7 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/04/21(日) 23:13:57.25 ID:gNqPAssWo
“あの頃の清純派はもう死んだ?”
“いや、まだだね。 何でって……”
“まだ君がいる”
“君自身が憧れ目指す古き良き清純派アイドルの、最後の一人として――”
“君を、現代で頂点へ引っ張ってやる”
“みんなに見せてやろうぜ”
“清純派の復活ってやつをさ”
8 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/04/21(日) 23:19:54.30 ID:gNqPAssWo
*
その昔、
アイドルとは孤高であり、
不可侵であり、
届かぬ憧れであった。
昭和50年代、それは大衆メディアが大発達を遂げた絶頂の時代であり、その波に乗るようにアイドル文化も隆盛を誇った。
「清純派」と呼ばれる当時の伝説たちは、人類の長い歴史から見ればまだまだ始まったばかりの大衆アイドルという世界の中で、
初めてスタンダードを確立した一種の完成形となった。
彼女たちは日本中がTVを通じて見守る中、大きなステージの真ん中で、真っ暗な空間の中たった一人スポットライトを浴び、
時に静かに時に優しく、一曲を歌い上げる。
後奏が鳴り止んだ瞬間、一斉に沸き上がる歓声を一身に浴び、次の日には日本中がその瞬間について語り合い、讃えた。
彼女たちの一挙手一投足を真似するいたいけな少女も、友人の手前ファンだと大っぴらに言えない恥ずかしがりな青年も、
自室に埋め尽くされたポスターに囲まれながら擦り切れるまでレコードを聞き入る大人も、
ただ娘や孫を見守るように静かに静かに応援している老人も、
みな一様に、アイドルを愛していた。
アイドルはその特殊な世界でもって、見事に世間を魅了していた。
9 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/04/21(日) 23:21:03.11 ID:gNqPAssWo
だが、時代は変わった。
現代の人々にとって、アイドルとは百人いれば百通り存在する。
個々の知名度の差こそあれ、それがアイドルとしての全てではなくなった。
個性を重視し、オリジナリティを売りにして「狭く深く」独自の方向性で人気を得ていくようになった。
人々はそれぞれが信じる対象を崇拝し、支え、成功をともに喜び、失敗を悔やみ、進退に一喜一憂する。
それはアイドルへの人々の目が変わり、万人に人気を得ることが難しくなったから。
そしてTVからインターネットへとメディアの主流が移り変わり、「狭く深く」の戦略で生き残れる世界に変化したから。
そうして平成のアイドルはひっそりと栄えていった。
そこにはかつてほどの影響力こそないものの、みなそれに納得していた。
偶像は多様化の道を選んだのだ。
アイドルは孤高ではなく、
より近しい存在になり、
憧れは親愛に変わった。
万人にとってのアイドルはこの時代には存在しない。
こうして、かつて世を賑わせた「清純派」はすっかり鳴りを潜めることとなった。
さらに時代が移り変わろうとしている平成の末期、
一度は絶滅したかに見えた「清純派」の、最後の一人が現れるそのときまでは。
10 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/04/21(日) 23:22:08.76 ID:gNqPAssWo
(今日ここまで)
11 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/04/23(火) 22:17:27.43 ID:8+PeY8Rzo
──────
2017年・3月
──────
12 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/04/23(火) 22:19:24.37 ID:8+PeY8Rzo
春の346プロダクション。
アイドル部門はこの日、また新たな一員を迎える。
「受付から連絡来ました。今エレベーターに乗ってると」
「わかった」
“アイドル”という長く短い歴史の中で、既に見捨てられつつある一つの生き様。
この時代にたった一人しかいないであろう逸材は、その生き様に自らの使命を見いだし、逆風吹き荒ぶこと覚悟の上、この道を選んだという。
その道を照らすのは、『復活』という一つの希望。
時代の埃を被った夢を愛する者たちにとっての一つの希望。
「もうすぐ来ますよ」
「……うし。時間通り」
事務室へと続く、短く長い廊下を一歩一歩、かすかに震える足取りで進むその少女は、
大きな花柄をあしらった真っ白なワンピースに、太めのベルトのアクセント。
ワンピースとお揃いのカチューシャで、ふわりと巻いたミディアムヘアを飾っていた。
時代錯誤と言っても差し支えないそのファッションが、彼女の人となりを一目で表しているようにも見える。
「ここかな……?」
今か今かと室内で待ち構える二人を焦らし始めてほどなく、控えめなノック音を二回響かせたのち、
「……どうぞ、お入りください!」
「し、失礼します……」
少女はおそるおそる扉を開いていった。
「こんにちは、初めまして。 ようこそ346プロへ――」
「長富蓮実さん」
13 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/04/23(火) 22:21:36.11 ID:8+PeY8Rzo
「は、はじめまして」
蓮実は一礼をして、促されたまま用意されていた席に着いた。
「おう、よく来てくれたね」
「あ、プロデューサーさん……あの、この間はありがとうございました!」
「なんのなんの」
プロデューサーと呼ばれたこの男が、オーディション会場で結果を出せずうなだれる蓮実を見つけ、
その場で彼女をスカウトしたのはほんの一週間前の出来事である。
対面の席に座り、目の前で緊張の面持ちを隠せない少女と裏腹に、ずいぶん落ち着いた様子で彼女を迎え入れた。
「それにしても、プロデューサーさん自らスカウトなんて珍しいですね。普段はあまりそういうことされないのに」
「そんなことないよ。スカウトはするさ、欲しい子がいれば」
「……いえ、私をスカウトして下さって、本当にありがとうございます。これだけは、改めてきちんとお礼を言っておきたかったんです」
改めて深く頭を下げる蓮実。
「……そ。 どういたしまして」
プロデューサーは素っ気なく返事をするが、その表情はにこやかさを含んでいる。
14 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/04/23(火) 22:23:35.87 ID:8+PeY8Rzo
「あっ、申し遅れました。 私、346プロダクションの事務を担当しております千川ちひろです。よろしくお願いしますね」
「千川さん……はい、よろしくお願いします」
「私はプロデューサーさんみたいに直接蓮実ちゃんのお世話をさせていただくわけではないですけど、
これからのアイドル活動のサポートを全力で行いますからね」
珍しいライトグリーンのスーツに身を包んだ若い女性が右手を差し出すのを見て、蓮実は安心したように握手に応じた。
同時に、『アイドル活動』という言葉を一事務員とはいえ業界に身を置く人間から直接耳にした事実に、蓮実の背筋はピンと張る。
「まあまあ、そんな堅くならずにさ。 んじゃま、早速だけど……ちょっと軽くミーティングでもしよっか」
一方でプロデューサーは終始リラックスした──というより、少々気の抜けたような──様子を崩さずにいた。こちらは蓮実にとって意外だった。
スカウトを受けた日のこの人の言葉、瞳の奥に感じた熱――もっと厳格で、力強くて、頼もしい――そんなイメージを抱いていたのだが。
「えっ……プロデューサーさん、今からですか?」
「まだ何にも決まってないからね、アイドル長富蓮実の今後については。 この後時間ある?」
「あ、はい……私は大丈夫です」
確かにせっかく所属の決まった芸能事務所に初めてやって来たのに、ものの10分で帰らされるのもなんだかおさまらない。
突然の提案だったが、半ば流されるままに承諾した。
「そりゃよかった。 せっかく来てもらったんだ、挨拶だけして帰すのは失礼ってもんだよ」
15 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/04/23(火) 22:24:34.24 ID:8+PeY8Rzo
*
「……趣味は古着屋巡りに、ボウリング……? マイボールまで持ってるんですね! すごい!」
「いえ、たしなむ程度ですので……」
履歴書に目を通しながらちひろが賞賛の声を上げ、蓮実はただ恥ずかしげに相づちを打っていた。
「またまた、謙遜しちゃって。ベストスコアは?」
「うーんと……確か、200を超えたことくらいは……」
「へぇ〜、すごい。そりゃ男でもなかなかいないよ…… ちひろちゃんはボウリングやったことある?」
プロデューサーの質問にも、遠慮がちに答えていく。
「まぁ……やったことくらいはありますが、100もいかないですよ?」
「だろうねぇ〜、華奢っぽいしね」
「そうですか…………って、」
途中まで一緒になって話し込んでいたちひろが、ここでようやく異変に気づいた。
「プロデューサーさん、これはただのお喋りでは……?」
「ん?」
キョトン、と音の出そうなプロデューサーののんきな表情とは反対に、ちひろの眉間に小さく皺が寄っていく。
確かに実のある話はまだ何一つできていなかったなと、蓮実もよそ事のようにぼんやり思っていた。
16 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/04/23(火) 22:26:31.25 ID:8+PeY8Rzo
「いや、だって、ミーティングって言いましたよね?」
「コミュニケーションは大事だろ。 堅い話ばっかりじゃ疲れるし、なあ?」
まぁ、そうですね――と一応肯定しておく。
本心ではこれからについてのまじめなお話でも、こうやって気楽に談笑して事務所の空気に慣れておくのも、蓮実にとってはどちらでも良い。
「私は、まだここで何をして良いかも全く分からないので……プロデューサーさんにお任せします」
「だって」
「信頼されてるんですから、ちょっとはしっかりして下さいよ?」
「……むー」
まるで子供のように、小さくふくれっ面をしてみせるプロデューサーが少し可笑しくて、ふふと笑みをこぼした。
「……まあ、このへんでいっか。 じゃあ本題に入るけど」
「……は、はい!」
と思ったら途端に真剣な口調に戻り、困惑しつつも姿勢を改めて正す。唾を飲み込み、拳を握り直して蓮実はプロデューサーの鼻先のあたりを見つめた。
「まず最初にね、ここには全部でだいたい……180人くらいの女の子がいて」
「180。 そ、そんなにですか……」
「まぁ、そんだけいりゃここに来た理由も色々だ。 街中でスカウトされて〜とか、元々別の場所でアナウンサーとかモデルとかやってて、
第二のステップとしてやってくるのとか。 色々いて面白いよ……もちろん、正当にオーディションを受けてやって来たのも」
曲がりなりにも地元にいたときから名前くらいは知っていたので、大きな事務所とは分かっていたが……予想外の数字にくらりとする。
17 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/04/23(火) 22:29:29.42 ID:8+PeY8Rzo
「そりゃもう、みんな個性的な奴らばっかりだぜ」
「……はい」
「プロデューサーさん、いったい何が言いたいんです?」
彼の問いたいことは蓮実にはなんとなく察しがついた。
今やアイドルとは個性の時代だ。業界全体だけでなく同じ事務所内であってもこれだけの競争相手がいる中で、
自分を売り出すにはどうすれば良いか考えろ、ということなのかも知れない。
――自分は、古くさくありきたりで不器用な人間だから。
「君がここに来た理由……アイドルになりたい理由、どんなアイドルになりたいか、それは初めて会ったときに聞いた」
「……はい」
「もう一度、改めて話をしようと思うんだけど。 『清純派アイドルの復活』って一口に言っても、色んな形があるわけだ」
プロデューサーはほんの少し軽い先ほどまでの口調をあくまで保ったまま、飄々と続けた。
「長富はアイドルになって、その後どうしたい?」
彼の質問はすぐさま答えるには少し難しい。
蓮実はアイドルになったばかりの――否、これからなろうとすることが決まっただけの卵。
普通ならば、こうしてデビュー前のアイドル候補生に対してこんな問いを投げても、その場できっぱり言い切れるのは稀かも知れない。
「私は……」
その問いに対する答えを一つだけ持っているということを、プロデューサーが見越しているかどうかはともかく。
頭の中でゆっくりと言葉を整えながら、蓮実は少しずつ語った。
18 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/04/23(火) 22:31:13.77 ID:8+PeY8Rzo
「私は、自分のように遠い昔の清純派を好きで、本気で憧れているような、私みたいなアイドルは他にいないと思っています。
今時受けは悪いとしても、それが自分の最大の強みです」
「……うん」
「だから、私に求められているのは――きっと、同じように清純派を愛する人たちへのメッセージになること。
かつてのアイドルのスピリットを現代に伝える、『最後の清純派』として一花咲かせることだと思います。
……そして願わくば私は、清純派を次の時代へ伝えたいと、そう思っています」
少々気取った答えになってしまったかも知れない。
心配をよそに、プロデューサーはうんうんと頷き――そして、重ねて尋ねた。
「清純派アイドルになって、トップを目指そうって思ったことはない?」
「と、トップですか?」
「そ」
そういえばスカウトの日も同じようなことを言われた気がすると、ほんの一週間前のことを思い出してみる。
あのときは続けざまに名刺を差し出されて、そんなことを考える余裕すらなかった。
「それは…………」
蓮実は答えづらそうに口を歪ませて、少し間をあけて、ようやく一言だけ口にした。
「……まだ、分かりません」
「分からない、ね」
一転してネガティブな返答をしてしまったことをとっさに後悔した。
新人らしく、「もちろん、目指すは天国へ一番近い場所……天使のステップで、上って見せます」と洒落た台詞でも並べた方が良かっただろうか?
もちろんそれは蓮実にとって一つの夢であることに変わりはないが、どうもこの男には、虚勢がすぐにばれそうな気がした。
19 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/04/23(火) 22:34:05.35 ID:8+PeY8Rzo
「……OK。それが今の長富の答えってワケだ」
「……ダメだったでしょうか」
「うんにゃ、そんなことないよ。 まだまだ腹割って話しにくいところもあるだろうしな。 ありがとう」
初めての話し合いで印象を悪くしてしまったかもという不安がほんの少し残る蓮実に対して、プロデューサーは何事も無かったかのように続けた。
「んじゃ、まずは他の新人と同様、基本的なレッスンで現時点でのスキルを測る。
後は取引先に軽く挨拶回りして、そんで一通りの基礎トレが終わったら、
ウチと提携してるライブハウスのうちの一つで早速ステージに立って一曲披露してもらう――まあ、今から2週間後ってとこかな」
「そ、そうなんですか?」
――たった2週間でステージデビュー?
蓮実の心臓が一気に高鳴る。
「346の新人はだいたいこの流れでアイドルとしての第一歩を踏むってワケ。 いち早く実践の場に立たせてくれるなんて、なかなか良心的だと思わないか?」
「そ、それは……そうかもしれませんが」
「ま、慌てなくてもいいんだ。 レッスンを進めるのと並行でその初ステージの内容についてもしっかり話し合って、どういうことをやりたいか――
長富の希望も聞いて、できる限り実現する」
“自分の希望”というフレーズがどこまでを指すのか確実には汲みかねる。そのままプロデューサーの次の言葉を待った。
「最初だからな、歌詞忘れたりとか多少の失敗はみんな目をつぶってくれるさ。
それよりも、自分のイメージしたとおりの事がステージで実際にできるのかどうか。
そんでもって観客からどういう反応をもらうのか……そういう、いままで想像でしかなかったアイドル活動と実際とのギャップを埋めるのが目的」
20 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/04/23(火) 22:36:00.00 ID:8+PeY8Rzo
「……ちょっと、難しいお話ですね」
イメージしたとおりのステージ――そう聞くと、蓮実がかつて数え切れないほど想像してきた伝説たちのきらめく光景が瞳の奥によみがえる。
当然、今の自分はあれほどの喝采を浴びるには足りないけれど、先へ進むにはやるしかない。
どのみちその最初のステージがどういう結果に転ぼうと、「ちょっと待って」とプレイバックなどできやしない。
「でも…………分かりました。 蓮実、頑張ります!」
「よしきた」
今日初めての力強い返事に、プロデューサーもニヤリと笑ってみせた。
「んじゃ、週明けから早速始めようか」
21 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/04/23(火) 22:37:05.41 ID:8+PeY8Rzo
*
「……うん。 発声はまだまだ練習しないとだけど、音程はきっちりとれてますね」
「本当ですか? ありがとうございます♪」
初めてのレッスンがボイストレーニングだと知り、蓮実は嬉しくてたまらなかった。
大好きな歌。ダンスも自信はないしえくぼもできないけれど、こればかりはいつだって欠かさずずっと続けていた大事なものだ。
プロとしての第一歩を歌で飾れるというだけで、何だか上手くいっているような気がして、浮かれたようにレッスン室の扉を叩いた。
トレーナーの女性も親身に練習を見てくれて心強い。
30分ほど続けた後、一旦休憩を取ってしばし世間話。
「歌の練習、ずっとしてたの?」
「練習と言いますか……ずっと好きで歌ってた曲が、いくつもありましたから」
蓮実の趣味についてはトレーナーもあらかじめある程度知ってくれているようだ。
聞き上手なばっかりに話を際限なく広げるのをこらえながら、蓮実は昔からの想い出について色々と語ってみた。
母親が子守歌代わりに聴かせてくれたレコードのこと、ぬいぐるみを並べてコンサートごっこをして遊んでいた幼い頃のこと。
22 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/04/23(火) 22:38:20.60 ID:8+PeY8Rzo
……数分後、やはりというか結局夢中になってしばらく話し込んだところでハッと我に返る。
「すみません、私語り出すと止まらなくて、つい……」
「いいのいいの。 ……そうだ、今回の課題曲とは違うけど、なにか歌ってみてくれない?」
意外な提案だったが、とくに断る理由もない。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
せっかく歌ってみてと言われたのだから、思い切りやらせてもらおう。
幸いこれは今までみたいなオーディションでもない。この人なら笑わずに聴いてくれるはず。
「では……蓮実、歌います!」
コホンを咳払いをして、最初に思い浮かんだ一曲の、イントロの構えに入る。
――フレッシュ・フレッシュ・フレッシュな感じで!
トレーナーがじっと見る中、蓮実はつま先で1、2、3、4とリズムを打ってから飛び跳ねるように歌い出した。
23 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/04/23(火) 22:40:26.29 ID:8+PeY8Rzo
*
大サビまで歌い終わり、腕の最後の一振りを終えたところでトレーナーは少しの間唖然と口を開け、そして思い出したかのように拍手をし始めた。
「すごい……振り付けまでバッチリ」
「あ、ありがとうございます……」
「素直に驚いた。 すっごく良かった!」
蓮実はホッとした表情でよかった、と一言だけ漏らした。
「今の、ずっと昔のCMソング? どこかで聴いたことあるかも……」
「ご存じでしたか? 洗剤の……」
「だよね、詳しくは知らないけど。 でも、とにかくその歌が大好きだっていうのが伝わってきたわ。 とっても良かった」
「そうですか? なら、良かったです」
どうやら好評だったようで一安心といった心持ち。 少なくとも自分の好みの歌をポジティブに評価してくれる人が、
プロデューサー以外にも居てくれたことだけで口元が思わず綻んでくる。
トレーナーはうんうん、と頷いた後、少し考え込んでいた。
「……初ステージ、本当は最初にやったのが課題曲でもあるんだけれど……カバーなんてのも良さそうね」
「えっ、本当ですか?」
思わぬ言葉。蓮実の驚きと同時に、こもったノック音がレッスン室に響く。
数拍おいて扉を開け姿を見せたのはプロデューサーだった。
24 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/04/23(火) 22:41:44.76 ID:8+PeY8Rzo
「調子どう?」
「あっ、プロデューサーさん。 お疲れさまです」
トレーナーが向き直って一礼した。
蓮実も合わせて「お疲れさまです」と挨拶をしてみる。
なんとなく業界人っぽさを感じ取って、浮かべてしまった照れ笑いを隠すように口先をキュッと締めた。
「初日にしては調子抜群、って感じですね。 さっきも、長富さんのお気に入りの歌を披露してもらっていたところです」
「そうなの?」
「はい♪ ステージの曲、それのカバーでも良いんじゃないかって言っていただけました!」
「へぇ……」
はしゃぐように報告する蓮実と満足げなトレーナーをそれぞれ一瞥した後、だったら、とプロデューサーが切り返した。
「ステージ曲、それで行く?」
「……本当にいいんですか? 課題曲があったんですよね?」
「まあ、そうだけど……なぁ?」
トレーナーも「いいんじゃないでしょうか」と、どうやら乗り気のようだ。全くの冗談で言ったわけでもないらしい。
25 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/04/23(火) 22:42:52.02 ID:8+PeY8Rzo
「普段ならあまり曲目の変更はしないんですが――他の新人の子たちは、曲にこだわりがない子も多いので――
長富さんが希望するなら、そういうのもアリだと思います」
「だってさ。 どうする?」
「えっ、本当に……?」
トントン拍子に話が進みすぎて、かえって困惑すら覚える蓮実の返事をプロデューサーとトレーナーが待つ。
二人の顔を交互に見つめた後、おそるおそる尋ねてみた。
「……本当に、私今の歌でアイドルとしてステージに立っても良いって事ですか?」
「本人の希望も聞いた上でステージをやるって言ったろ」
蓮実の表情が一際パッと咲く。
「じゃあ……やってみたいです……!」
「OK。 じゃ、それでいきましょう」
「わぁ……っ」
思わずはしゃぎ出しそうになるのをぐっとこらえ、精一杯の我慢の末に小さくガッツポーズを取った。
「いいんだけど、残りのレッスンのメニューは同じようにこなしてもらうぞ」
「はい、もちろんです♪」
とっても幸先のよいスタート。青い風が背中を押してくれている。そんな気がする。
次のレッスンに移る前に一回だけ、軽々しくステップを踏んでから、くるりとターンしてちょっとした喜びを表現してみた。
26 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/04/23(火) 22:44:03.05 ID:8+PeY8Rzo
*
翌日、レッスンは中休みということでラジオ局へのご挨拶をプロデューサーの付き添いで行うこととなった。
「よっ、久しぶり」
「おー、ずいぶん長い間顔を出さないと思ったら」
プロデューサーは、軽い様子でスタッフらしき人物と言葉を交わしている。
「今日はどうしたの」
「うんにゃ、また新人を担当することになったから挨拶回り」
「そうかい。あんたそういうの肌に合わないんじゃなかったのか?」
中年で小太りの、どうやらお偉方のようにも見えるスタッフの男がガハハと笑い声を上げた。
「まあホントのとこはねぇ。 でもそこはきっちりやるさ、仕事だから」
「せっかくなんだし、もっと顔出しに来いよ。 ……で、新人さんって?」
「ん、紹介するわ」
そう言って後ろを向いたプロデューサーに手招きされ、おずおずと前へ出る。
27 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/04/23(火) 22:45:15.25 ID:8+PeY8Rzo
「お、おはようございます! 長富蓮実、16歳です」
「うん、すごいべっぴんさんだねぇ。 蓮実ちゃんっていうの? 初めまして」
「は、はい……」
「そんな緊張しなくてもいいよ、ガハハ。 ……んーせっかくだし、もっと蓮実ちゃんらしい何かを見てみたいなぁ」
「私らしい……ですか?」
「うんうん、 なにか特技みたいなのないの?」
「特技……といいますか……」
どうしようか一瞬迷ったものの、ここは自分を知ってもらうチャンス。頑張って自分を売り込まなければ次のチャンスも巡ってこない。
そういう世界なんだろう。蓮実は意を決した。
「長富、なんかある?」
「で、では……一度やってみたかった、ご挨拶を」
ゴホンと小さく咳払いをしてから、ぴょんと軽く跳ねて、楽しそうにもう一度ご挨拶――
「レッツゴーアイドル! なんて♪ もぎたてのフレッシュさで、蓮実、これから頑張ります♪」
――自分らしさ全開で。
「へぇ」
「……おおぅ……これはまた……」
プロデューサーは特に変わった反応は見せなかったものの、男のほうは目を丸くしてしばらく蓮実を見つめた後、
「……ガハハ! 君、面白いねぇ!」
「……へ?」
一際大きな声で笑い出した。
28 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/04/23(火) 22:46:43.42 ID:8+PeY8Rzo
「いやぁ。346さんまた“濃ゆい”子を連れてきたんだねぇ! 尖ったキャラしてるわ!」
「“濃ゆい”、尖った……そう見える?」
プロデューサーは質問とも言えない口調で一言だけ放った。
「うんうん、上手いよ。 ちゃんと大昔のアイドルっぽくてバッチリじゃない!」
「えっと……ちゃんと、ぽくて、というのは……」
「いやぁ、346さんたまーにすっごく変わった子連れてくるからさ、次も楽しみにしてたんだけど……うんうん、悪くないね」
――これは失敗だったかな。
蓮実はばつの悪そうに下を向いて黙った。
「ただ――その路線だけじゃちょっとインパクト弱いかなぁ」
「別にインパクトは関係ないんだがな」
「まあとにかく、機会があればその子も出てもらうかもしれないし、今後ともよろしく頼むな!」
「……あいよ」
「悪いけどこの後収録押してるから、今日はこの辺で。 またいつでも来てくれよ!」
「はいはーい」
お偉方の男はそれだけ言って向こうへ歩いて行き、廊下の突き当たりの曲がり角で姿を消した。
「346さん、ああやってたまにぶっ飛んだことしてくれるからホント面白いよ……ハハ…………」
ただ、角の向こうへ消えたお偉方の一際大きな話し声は、しばらくこちらへ筒抜けに届いていた。
プロデューサーにもその会話が聞こえていたらしく、大げさに鼻息を漏らしてからスタスタとその場を去って行くのを見て、蓮実も慌ててついていく。
――自分は、ぶっ飛んだアイドルに見られたのだろうか。
心には靄が渦巻いている。
29 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/04/23(火) 22:48:26.17 ID:8+PeY8Rzo
*
「ありゃ何も理解してないな」
局の正面玄関を出て外の空気を大きく吸い込む。もうすぐ4月だが、今日はまだまだ肌寒い。
蓮実に話しかけたのかどうか分からない程度に、プロデューサーがボソリとつぶやいた。
そのまま数歩歩いてから、頬を控えめにポリポリと掻いている蓮実の顔をプロデューサーが覗き込む。
「気を悪くしたならすまない。 あれで悪い奴らじゃないんだけど」
「いえ、 アイドルになる前も――もっとも私はまだ卵ですが――オーディションなんかで、あんな感じでよく思われないことはしょっちゅうでした。
今更この程度で折れません」
「……そうかい」
今度は前を向いて、蓮実は続けた。
「それにアイドルはやはり、ステージでこそ輝くもの……こうやって業界の方にご挨拶に伺うのも芸能界らしくって新鮮ですが、
やっぱり私は今はライブのことを一生懸命考えたいんです」
「うん、それがいい」
30 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/04/23(火) 22:49:30.04 ID:8+PeY8Rzo
話しながらふと、さっきの男の笑い声が頭に響き渡る。
思い出してもモヤモヤした気持ちしか残らないから、と無理矢理追い払った。
「私の憧れのアイドル像を、ようやく皆さんの前で表現できるチャンスだと思ってます。
数々のアイドルたちが通った階段を、ようやく私も登り始めたんだと思うと――これくらい、へっちゃらです」
「なら、しばらくは思うように動いてみな」
“思うように”というのが、めげずに今日のような自分なりのアピールを貫いていいということだとすれば、
「俺も長富のやりたいようにやらせてみたい」
「……頑張ります」
少なくともプロデューサーは私を信じてくれている。だったらたった一度の失敗などどうってことない。
自分自身に言い聞かせて、蓮実は次のレッスンの予定へと話題を移した。
31 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/04/23(火) 22:50:50.74 ID:8+PeY8Rzo
*
レッスンは数日では足りない。 袖で待機している間、何度そう思ったか。
歌にはそこそこ自信があるものの、プロとして求められるレベルにはまだ遠いらしい。
最近の歌の振り付けは苦手だ。 自分には激しすぎる。
ビジュアルアピールとは? 何をすれば成功なのか?
往年の歌一色で育ってきた蓮実に対し、時にアイドルとしての課題は予想外の方向から突きつけられる。
ただ、トレーナーとプロデューサーが「今回のステージで」蓮実に求めている者はそこまでハードルの高いものではないらしい。
いったんは安堵したものの、不安は常に残る。
「営業」と呼ばれるものも、あれから何度か経験した。
やはりというか、どこへ行っても反応は大きく変わり映えしなかった。
“へ、へぇ〜……往年のアイドル風か、まあいいんじゃない?”
“……うん、今時、そういうのもアリっちゃアリだね”
気を遣って否定こそしないものの、その表情には苦し紛れの笑顔が貼り付いていた。
やはり、受けはそれほど良くはないのだろう。
32 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/04/23(火) 22:51:52.58 ID:8+PeY8Rzo
だがこれしきでへこたれては居られない。
ようやくアイドルになれたのだから、今更後には引けない。
ようやく、ようやく本当のアイドルとして第一歩を踏み出せるのだ。
憧れの清純派アイドルとしての第一歩。
この初ステージ、必ず成功させて、夢への階段を――
「……緊張してるのか?」
声をかけられて我に返った。
「いえ、少し考え事を」
「そっか」
一つ前の出番をこなしている別のアイドルは、どうやらそこそこに人気を得ているのか、ワアーという歓声が裏手まで響いてくる。
「おっ、近いところギリギリまで行くもんだなぁ」
そのアイドルは観客とハイタッチを交わさん勢いで舞台から身を乗り出し、腕を伸ばして手を振っていた。
「……今のアイドルは、やっぱりああいう風に、ファンの皆さんと距離が近くないといけないんでしょうか?」
おそるおそる尋ねてみる。
33 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/04/23(火) 22:53:17.92 ID:8+PeY8Rzo
「うーん、そんなことないんじゃない? そりゃ、イマドキって感じはするけどさ」
「……だけど、それが流行ってものですよね?」
「まあな」
「だったら、私もそんなスタイルを見習っていくのがきっと正しいんでしょうね」
歓声にかき消されたものの、プロデューサーの口の動きから「かもね」とだけ読み取れた。
「……でも、ダメなんです。 理屈や時代の流れを考えれば答えは決まっているのに、
私は昔ながらの清純派アイドルへの憧れを捨てられないんです……私ってば、頑固で意地っ張りですよね」
「――思うんだけど」
自分の言葉を遮ったプロデューサーにドキリとして、少し黙る。
「ああやってファンとの距離が近すぎるとさ…………マイクに声入んないのかな?」
「へ?」
虚を突かれる、とはまさにこのこと。
34 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/04/23(火) 22:55:00.60 ID:8+PeY8Rzo
「うん、だから、観客の声がさ。 入っちゃわないかと思って」
「声ですか?」
「したら自分の歌拾ってもらえなくなるかもだよなぁ」
「……さ、さぁ、どうでしょう……」
流れを完全に無視した独り言にとっさに反応してみるも、さすがに戸惑いは隠せない。
「だからさ、あそこまではしなくていいと思うんだよ」
「…………」
後奏が終わって、さらに大きな歓声と拍手がこちらまで届いた。
「……長富、一つだけ確認な」
「何でしょう?」
わけも分からず、身体がいっそう脈打つのを首筋あたりで感じ取りつつじっと待っていると、
「今日の結果がどう転んでも、清純派アイドル、続けるか?」
プロデューサーから、やけに意味深な一言が放たれた。
「それって、どういう――」
35 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/04/23(火) 22:56:38.57 ID:8+PeY8Rzo
聞き返せないうちに、今度は司会のアナウンス。
『いやー、ライブは盛り上がるばかりですね! それでは、次のアイドルに登場してもらいましょう! どうぞ!!』
「……気にせずやりたいことをやれ、ってことだよ」
「……は、はい!」
「長富蓮実を見せつけてやれ」
ポンと背中を叩かれた。妙な疑問は全て吹き飛んで、キュッと意識を集中させると視界が少し狭くなる気がした。
目に入ってくるのはステージのど真ん中、指定された自分の立ち位置。ここから10mほどの距離だ。
「行ってきます!」
飛び出すように走り出して、スポットライトの下へ躍り出た。
専用にあつらえてもらった今日のための衣装――
ショッキングピンクの袖口とラインが映える黄色のジャケットに、フリルのついたスカート。カチューシャは大きなリボンが一つ。
何度も何度もイメトレを重ねた最初の挨拶の台詞を、観客席のむこうへ元気よく放り出した。
「みなさん、初めまして! もぎたてフレッシュ、長富蓮実。 16歳です!」
――あ、ステージって、こんなに明るいんだ。
36 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/04/23(火) 22:58:29.32 ID:8+PeY8Rzo
心はガチガチに緊張している。だけど頭は以外と冷静で、
薄暗くて観客がよく見えないなぁとか、あ、みんなサイリウム持ってくれてるとか、そういうとりとめのないことがよぎる。
それでも、練習していたとおりのスピーチはスラスラ口から出てきた。
「まだまだ初恋も知らない私ですが……バッチグーでノっちゃってくださいね!」
まだ分からない。 みんなの反応はどうなのか?
観察する余裕もなく今度はイントロが始まる。
先ほどの別のアイドルとは打って変わった、ポップでレトロなサウンドが耳に入ってくる。
蓮実にとっては何千回も聴き込んできた、身体の一部とも言っていい一曲。
歌い出しの息を吸い込んだとき、照明のまぶしさに慣れてきたのかようやく一人一人の表情が何となく分かってきた。
「「「…………?」」」
――うーん、やっぱりあんまりかも。
冷静さを保てるのが不思議だな、と蓮実はぼんやり考えていた。
それでもステージは刻々と続いていく。
歌自体はバッチリの出来。
ダンスも、この曲に関しては身体が覚えているから何の問題もない。
時には目を合わせて笑顔を配るのも忘れずに。
今日のステージでやりたかったことは全部叶った。
――叶ったけど。
37 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/04/23(火) 23:01:04.58 ID:8+PeY8Rzo
*
曲が終わって、大きくお辞儀をして、少し間を置いてパラパラと、それからだんだんと大きくなっていく拍手を背に、蓮実はステージを後にする。
最終的には拍手も歓声もそれなりに頂けたし、初舞台としては及第点じゃないかな、と自分の中でぼんやりと考えていた。
控え室へ戻って着替えを済ませ、プロデューサーを探そうと薄暗いライブハウスの廊下をウロウロ歩いていると、
角を曲がったところでプロデューサーらしい人影を見つけた。
「あの、どうでした…………」
向こうがこちらに気づく前に、反対側からやって来たスタッフの男がプロデューサーに話しかけた。
プロデューサーの意識もそちらに持って行かれてしまったようだ。
「あー、ちょっとごめんね346サン」
「ん? どしたの」
反射的にその場に立ち止まり、
「いやさ、今日来てくれた子……長富さん? だっけ?」
数歩下がって、曲がり角の壁に手をかけ、
「……申し訳ないんだけど、次回からはああいうのはちょっと……」
スッと壁の向こうに身を隠す。
ひんやりした壁を背中に受けながら、足先から膝までどっぷりと、鉛のような鈍さを感じた気がした。
38 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/04/23(火) 23:02:16.96 ID:8+PeY8Rzo
「一応、長富は真剣だったんだけどな」
「え、そうなの? てっきりネタでやってるのかと……」
「……そっか。 分かんなかったか」
プロデューサーの声色が、何だか低まったように聞こえる。
「それ以外で理由あるなら、聞いといてもいい?」
「あ、いや、そういう事なら別にその……悪くはなかったんだけどさ、今回のステージコンセプトとはやっぱりだいぶ違ってて……
うちは、最新で斬新なアイドルちゃんを求めてるんだよね」
「…………最新で斬新、ね」
「そりゃ、ああいう懐かし路線の子がいても良いとは思うけど。 ……新人さん連れてきてくれるのはありがたいんだけど、
346さんたくさん女の子いるんだからさ、もう少し人選は考えてほしかったなぁ」
「そうかい」
プロデューサーは気怠そうな声で返していく。
39 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/04/23(火) 23:03:42.49 ID:8+PeY8Rzo
「ま、上に伝えとくわ」
「悪いね! 346さんには普段からお世話になってるからこそ、なんだよ」
「分かった、分かった」
「んなワケで、その、またよろしくお願いしますね! あはは……」
「はいよー」
スタッフが立ち去ったあと、プロデューサーは――深く息を吸い込んで、ため息のように大きく吐き出し、振り返ってカツカツと歩き出した。
すぐ手前に潜んでいた蓮実が慌てて退がろうとしても既に遅く、
「うおっ……」
「!」
隠れていた曲がり角にさしかかった彼は、すぐさま蓮実の影に気がついた。
「……聞いてたのか?」
「…………はい」
「立ち聞きたぁ感心しないな」
すみません、と蓮実は声にもならない謝罪をひっそりと吐き出した。
「まあ、ここの方針とは合わなかったんだよ。 そういう事は誰にだってある」
「……そうですか」
「帰るぞ」
足早に過ぎ去るプロデューサーを、蓮実は黙って追いかけるしかできなかった。
40 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/04/23(火) 23:04:54.89 ID:8+PeY8Rzo
*
二人して無言で現場を後にする中、蓮実の表情はいっそう暗かった。
オーディションでも馬鹿にされ、苦難の中ようやく憧れの清純派としてアイドルになれたと思ったのに、待ち受けていたのはさらなる苦難。
茨の道になることも承知の上だったはずなのに、いざこうやって現実と対面するとどうにも昔からの迷いがまた浮かび上がってくる。
“最新で斬新なアイドルちゃんを求めてるんだよね”
それはつまり、やはり、自分のようなアイドルは古くさくて必要とされていないという事なのだろうか?
何度も何度も悩み続けた不安の種が、また新たに黒い芽を吹きそうになるのを奥底で感じ取りながら。
もう何十分、無言のまま並んで気もそぞろに帰り道を辿っただろうかというタイミングで、
気紛れに切り崩そうと思っていたその沈黙をプロデューサーが先に破った。
「すまないな。 長富」
その一言をゆっくり飲み込んでから、意味するところを自分なりに考えて、つぎはぎに言葉を返していく。
「……プロデューサーさんのせいじゃありません。 やはりこの時代、私のようなアイドルは受け入れられにくい。 これはしょうがないことなんでしょう……」
足下のみを見つめていても、プロデューサーの視線がこちらへ向くのが何となく感じられた。
41 :
◆AsngP.wJbI
[saga]:2019/04/23(火) 23:06:03.62 ID:8+PeY8Rzo
「謝らないで下さい。 私が憧れに固執しすぎなのが悪いんです。 ただ私は、それも覚悟の上でアイドルになると決めたんです……
例え報われなくとも、私は私のやり方を貫きたいんです。 だから……」
「いや、俺が『すまない』って言ったのはそういうことじゃない」
「え?」
想定外の答え。
彼の言わんとする意味を懸命に理解しようとする蓮実を待たずして、プロデューサーは続けた。
「今時、ド新人のアイドルが『古き良き清純派を目指して頑張ります』なんて言ったところで、
こうやって大して受け入れられない状況だっていうのを突きつけたのは――俺だ」
「どういう……?」
「お前は普通のアイドルじゃない。お前が目指す『清純派の復活』が普通より難しいことなんだって、一度知ってもらいたかった」
素っ頓狂な反応を無視して言葉を重ねるプロデューサーを、蓮実は顔を上げて、この帰り道で初めて見つめてみる。
「今までの、全部わざとだったの」
冗談めいた台詞。それとは全く不似合いなほど、その表情には、蓮実にスカウトを持ちかけたあのときと同じ、情熱を帯びた瞳をしたがえていた。
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