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【たぬき】神谷奈緒「あたしの髪には何かが棲んでいる」
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1 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage]:2019/04/15(月) 23:51:54.86 ID:5B9BsUPD0
モバマスより小日向美穂(たぬき)の事務所と神谷奈緒のSSです。
独自解釈、ファンタジー要素、一部アイドルの人外設定などありますためご注意ください。
前作です↓
【たぬき】緒方智絵里「くろうさちえりの逆襲」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1554480579/
最初のです↓
小日向美穂「こひなたぬき」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1508431385/
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1555339914
2 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2019/04/15(月) 23:54:14.42 ID:5B9BsUPD0
―― 事務所
奈緒「ちーすおつかれさーん」ガチャ
P「おう、お疲れ」
未央「あ、かみやんおつかれー!」
美嘉「お疲れ★ 今コーヒー淹れるとこだけど、奈緒も飲む?」
奈緒「あ、うん飲む飲む。砂糖ふたつ入れてくれっ」
ズズズ…
3 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2019/04/15(月) 23:55:17.16 ID:5B9BsUPD0
未央「でもアレだねー。かみやんのもふもふ、あったかそうだよねっ」
奈緒「んー? ああまあ、そうかもなぁ。冬なら湿気もあんま無いしさ。静電気は大変だったけど」
美嘉「めっちゃやわらかい髪質だよね。天然でそのくらいふわふわなのって羨ましいよ」
奈緒「いやぁ、そんないいもんでもないぞ? 手入れとかも手間だし」
P「やっぱそうなのか?」
奈緒「そうそう! 梅雨とかほんと大変なんだから! もう髪がうじゃー、もじゃーって!」
美嘉「あ〜、毎年スゴいよねぇ……」
P「そんなアレだったら、一回さっぱり散髪してみたらどうだ? イメージもがらっと変わると思うぞ」
奈緒「え? 切ってみろ、って……」
美嘉「プロデューサー」ツネリ
P「オゥッフ脇腹!?」
未央「ちょっとこっちこっち」ヒッパリ
P「おっ、と、と、何だ何だ!?」
4 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2019/04/15(月) 23:57:25.07 ID:5B9BsUPD0
美嘉(いきなりそれはないでしょ!)ヒソヒソ
未央(そうそう! 女の子に髪切れなんて、ちょーっとデリカシーが足りてないぞー?)ヒソヒソ
P(えぇ!? でも大変だって……)
美嘉(それとこれとは別! 髪の話題はデリケートなんだから!)
未央(伸ばすのにもちゃーんと理由があるんだよ? 切るかどうかは本人の判断だかんね?)
P(むぅ……反省するよ)
美嘉(……それともプロデューサー、ショートの方が好みとか?)
未央(あホント? じゃあ未央ちゃんもストライクゾーンな感じ?)ニシシ
P(いやそれこそ全く別の話題じゃないですか)
美嘉(だよねー美穂とか楓さんも短めだもんねー)
P(何故そこでその二人が!?)
奈緒「……おーい、丸聞こえだぞー」
三人「ぎくっ」
5 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2019/04/16(火) 00:00:00.84 ID:fzUqSW1/0
P「ということで、急にデリカシーの無いこと言ってすまん」ペコリー
奈緒「別に気にしてないよ。まあでも、今んとこ髪切る予定は無いかなぁ」
美嘉「ほら」
P「だよな。やっぱ大事だよな」
奈緒「うーん……ていうかほら、切っちゃうと多分、あいつらがいられなくなっちゃうんだよな」
美嘉「だよね…………え?」
未央「あいつら?」
P「……って何?」
奈緒「あ!? い、いやなんでもない! そうそうこだわりなんだよこの髪!」モッフゥー
P「いや今明らかに何者かを意識した発言を」
奈緒「だからなんでもないって!!」モッファアア
P「グワーッやわらか髪ビンタ♡」フカフカァ〜
6 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2019/04/16(火) 00:01:43.31 ID:fzUqSW1/0
〜しばらくして〜
P「あの後なんだかんだで話を終わらせた俺達は、流れでジュース買いにいくジャンケンを行った」
P「そして奈緒は気合一発チョキで一人負けし、休憩スペースの自販機に向かっているのだ(説明終わり)」
P「ふぅ。しかし今日もいい天気だな」
美嘉「すっかり春ってカンジだね」
未央「今年もお花見楽しかったねー! 去年より人増えたし!」
美嘉「だね★ テンション上がった楓さんと茄子さんがアレだったのはまあ、毎度のことだけど……」
P「ははは……」ゲッソリ
P「……」
未央「……」
美嘉「……」
三人(『あいつら』って、どいつら……!?)
7 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2019/04/16(火) 00:05:48.54 ID:fzUqSW1/0
◆◆◆◆
別に隠さなきゃって思ってたわけじゃない、つもりだ。
この事務所のみんななら、信じないなんてことはないんだろうし。
だけど言わないままで済んだわけだし、いつの間にかなんとなーくでここまで来てた。
アイドル活動に必要ってわけでもなかったしな。
だから今更カミングアウトも逆に変な気がして、このままなんかの機会でスッと明かせばいいかー、とか。
その機会が今のとこ来ないんだけど。
だからあたしのことを知ってるのは、言うまでもなくわかったごく少数――
「あら、奈緒ちゃん? お買い物ですか〜?」
たとえば、茄子さんとか。
8 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2019/04/16(火) 00:07:36.06 ID:fzUqSW1/0
「うん、ジャンケンで負けちゃってさ。プロデューサーさん達にジュース買ってた」
「そうなんですかぁ。でもジャンケンくらい、奈緒ちゃんなら……」
「いやいや、そんなことで頼らないって」
あたしのもふもふを見ながら茄子さんは言う。
この人もたいがい謎だよな。もう慣れちゃったけど。
「うふふ。でもみんな、奈緒ちゃんの力になりたいって言ってくれてますよ?」
茄子さんが笑うと。
あたしの髪が一部、もふっと盛り上がった。
「わ、こら。出てくんなって」
ぽんっ!
次の瞬間、空中にちっこいものが発生した。
ピンポン玉サイズの白くてもこもこした、タンポポの綿毛みたいなやつだ。
そいつらは、あたしの髪に住んでいる。
9 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2019/04/16(火) 00:10:21.02 ID:fzUqSW1/0
◆◆◆◆
実は5歳くらいまでストレートだったんだ。
奈緒ちゃんの髪はサラサラできれいだねー、なんて言われたりして。
これは自分でもあんまり覚えてないんだけど、母さんの実家に行った時あたしは行方不明になったらしい。
一晩まるまる帰ってこなくて、すわ神隠しかと近所の人とか警察総出で捜索してたところ、何も無かったみたいにひょっこり帰ってきた。
その時にはもう、今みたいなもふもふになってたってわけ。
10 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2019/04/16(火) 00:16:11.95 ID:fzUqSW1/0
「これは『けさらばさら』じゃねぇ」
婆ちゃんが言うには、なんでもそういう妖精? だか、妖怪? って存在なんだって。
昔はもっとたくさんいたんだけど、今じゃめっきり数を減らしちゃってるんだそうだ。
だから、あたしの髪に乗っかって下界に出てきたこいつらはだいぶ珍しい群れだとも。
どうもそこがお気に入りになってしまったらしい。
悪い奴ではないみたいだし、あたしも悪い気はしなかった。
5歳児から今に至るまでの12年間、自分の髪に住み着いた白毛玉たちをあたしはケサランパサランと呼んだ。
11 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2019/04/16(火) 00:20:09.81 ID:fzUqSW1/0
困ったことはほとんど無い。
そりゃ確かに最初はびっくりしたけど、大きくなる頃にはこれが当たり前だったし。
相手は毛玉にしか見えないけど、これでも生き物だ。
日によってふらっと飛んでどこかに行くこともあれば、気楽に増えたり減ったりしていた。
特に湿気が好きみたいで、梅雨から夏にかけてはあちこちから寄ってきてあたしのもふもふをパワーアップさせた。
普段は全然自己主張しないし、他の人に見られることも出てくることもない。
だから共同生活も苦じゃなくて、感覚としては半野良のハムスターか何かを飼ってるようなもんだ。
ただ一つだけ、どうしたものか判断に迷うことがあって――
12 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2019/04/16(火) 00:27:32.96 ID:fzUqSW1/0
◆◆◆◆
―― 後日 街中
P「悪いな、電車移動になっちゃって」
奈緒「いいってこれくらい。車の調子悪いんだろ?」
P「ああ。昨日までなんともなかったのに急にプスンってな。車の機嫌もよくわからないもんだ」
P「それより、今日のオーディションの手ごたえはどうだった?」
奈緒「もうバッチリ! 結果は期待していいぞ、プロデューサーさん!」
P「おっマジか。よし、ならご褒美におじさんがなんか奢っちゃろうか」
奈緒「ははっ、なんだよおじさんって? ――んじゃ、クレープがいいな! 加蓮にうまいとこ教えてもらったんだ!」
13 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2019/04/16(火) 00:28:28.15 ID:fzUqSW1/0
アリガトゴザマシター
奈緒「奢っといてもらってなんだけど、アンタは買わなくていいのか?」
P「オッサンなので糖質を気にするのだ」
奈緒「そうかぁ? まだ若く見えるけどなぁ」
P「いやぁ、こう見えて中身の方は順調にくたびれてきてるもんよ……」
奈緒「だったら運動すりゃいいじゃんか。あたしらのレッスンに呼ぼうか?」
P「すごく悪い笑みを浮かべる青木さんがありありと想像できるからやめて!」
奈緒「あはは。……ん、うまいなこのクレープ!」ムシャー
奈緒(なんか、二人きりで歩くのって珍しいなぁ)
奈緒(車が故障しちゃったのもまあ、怪我の功名かな……へへ♪)
奈緒(…………ん?)
毛玉(…………)モコモコ
14 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2019/04/16(火) 00:35:35.52 ID:fzUqSW1/0
〇
たまに、変に運が向いてくることがある。
都合よすぎっていうか。
大抵の場合大したことじゃないんだけど、でも「日頃の行い」では納得しがたいほどだったりもして。
そういうのは短期間に一気に来るんだ。
たとえば、こんな――
15 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2019/04/16(火) 00:36:19.78 ID:fzUqSW1/0
〇
からんからーんっ!
「一等賞! ぴにゃこランドペアチケット大当たりで〜〜〜す!」
「お、おぉ……!?」
おつかいに来た商店街の、ふらっと寄った福引でのことだった。
大体こういうのって一等のチケットより二等以下の家電の方が嬉しかったりするんだ。
それをなんでこんな、しかもペアチケットだなんて…………。
ふわふわ、ぱちん。
「……!」
あたしの髪の毛から白毛玉が舞って、一つ弾けた。シャボン玉みたいに。
疑うまでもない。
あたしの幸運は、こいつらのおかげだった。
16 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2019/04/16(火) 00:46:44.88 ID:fzUqSW1/0
ケサランパサランは幸福の象徴だって言われてる。
彼らが弾けると、その度に奇跡が起こるんだ。
それは一つ一つは小さなものだけど、どれも宿主の都合のいいように働く、いわばラッキーだ。
あたしは子供の頃ケサランパサランに気に入られた。
彼らは人間社会にあまり居場所が無いらしい。
だからなのかあたしは、よくその恩恵を受けてしまっている。
こっちから頼ったりは全然してないんだけど。
家賃替わりだと思ってんのかな。
17 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2019/04/16(火) 00:53:17.68 ID:fzUqSW1/0
◆◆◆◆
―― 後日 事務所
奈緒(……)
奈緒(せっかく貰っちゃったんだし、無駄にするのも、だよなぁ……)
奈緒(えぇ〜? でも遊園地だぞ? 大人の男の人ってこういうの喜ぶのかぁ……?)
周子「奈緒ちゃん何持っとるんー?」ヒョコッ
奈緒「わぁ!? 周子!?」
周子「お? なになに遊園地のペアチケ……あぁ〜」
奈緒「な、なんだよぅ」
周子「いやいや、頑張り〜? あたし誰応援していいかわからんけどー」ヒラヒラ
奈緒「だからなんだよー! 変な想像してるだろー!?」ワタワタ
奈緒「はぁ、ふぅ……行っちゃったし。そ、そんなこと言われると余計に緊張するじゃんか……」
18 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2019/04/16(火) 01:04:58.56 ID:fzUqSW1/0
P「おいすー」ガチャ
奈緒「げっ」
P「人の顔見るなり『げっ』はなくない?」
奈緒「いやあの、よ、よぉプロデューサーさん! 奇遇だな!」
P「奇遇もなにもここ事務所だからな」
奈緒「あっそうか、えっとそうだったな。あー……えっと……げ、元気か!?」
P「おかげさまでそこそこ健康ですが……なんだどうした? 変なことでもあったか?」
奈緒「ああ、いやぁ、そういうわけじゃなくてさぁ……」
奈緒「あのさ、ゆ……!」
P「ゆ?」
奈緒「……由愛ってさ、かわいいよなっ!」
P「だな。頑張り屋さんだし、情熱もある。いいアイドルだ」
奈緒「うんうん! って、じゃなくて、遊……!」
P「遊?」
奈緒「…………遊佐こずえって、いい名前だよなっ!」
P「??? うん、そうだな……?」
こずえ「いえーい……」
奈緒「あ〜〜……じゃなくてぇ……」
19 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2019/04/16(火) 01:09:13.32 ID:fzUqSW1/0
P「なあ、どうした奈緒? 悩みでもあるのか?」
奈緒「どぇ!? いやそういうわけじゃ……な、なんでもない! なんでもないんだっ」
奈緒(今度のオフ一緒に遊園地行こうなんて、言えるわけないだろぉっ!!)
P「そ、そうか……ならいいんだが」
P「おっと、そろそろ時間だ。打ち合わせ行ってくるわ」
奈緒「あ、ああわかった。気を付けてな!」
奈緒(無い、無い無いっ。凛か加蓮でも誘おう、そうしよう……っ)
フワ フワ…
ぱちんっ!
『プロデューサーさんっ!!』
奈緒「!?」
P「んお!? なんだ、どうした?」
奈緒(あ、あたしの声……っ!?)
奈緒「あ、いやあの、なんていうか実はっそのぉ……!」
奈緒(え、ええいっ!もうなるようになれだ!!)
20 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2019/04/16(火) 01:10:54.08 ID:fzUqSW1/0
◆◆◆◆
結局、誘っちゃった。
「…………もぉぉ〜〜〜〜っ!」
ベッドでじたばた。どうしていいかわからない。
いきなり聞こえた自分の声に背中を押されて、勢いで……って感じだったけど。
そういえばあの声は……。
「お前たち……だよなぁ」
天井付近をただよう白毛玉たちは、どことなく誇らしげだった。
いつの間にあたしの声真似なんて……。いや、結果的にはいい感じになった……のかなぁ?
正直よくわからない。
プロデューサーさんは快諾してくれたけど、でもなんていうか。
オフに男女二人でどっか出かけるってことはつまり、はたから見れば、いやどっからどう見ても……。
21 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2019/04/16(火) 01:17:55.05 ID:fzUqSW1/0
「…………で、デ〜〜〜…………」
にまぁ……。
「……はっ! ちがっ、違う違う! 違うぞ!?」
誰に言い訳してるんだあたしは。
はぁ〜、でも……。
そっかぁ……。
つ、次の日曜、かぁ……。へ、へへへ……。
な、なんの服着てこ……いつものでいいかなぁ……たまにはでも、普段着ない可愛い系の奴とか…………。
「だぁっ! だから違うぅっ!!」
だから誰に言い訳してるんだあたしは。
転がるあたしの気持ちを知ってか知らずか、毛玉たちは電灯の周りをゆらゆら回遊して。
ぽんっ。
ぽんぽんっ!
ぽぽぽーんっ!!
ひとつ、ふたつ、みっつよっつと、テンポよく増殖していった。
22 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2019/04/16(火) 01:19:59.57 ID:fzUqSW1/0
そういえば最初の方に、気楽に増えたり減ったり……って言ったけど。
彼らが増える具体的な条件は、「幸せになること」なんだ。
ケサランパラサンは幸せの象徴。幸福で満ち足りた空気になれば、彼らはそれを吸って増殖する。
反面、不幸で落ち込んだ空気になってしまうと、逆にしょぼくれて減っちゃうんだ。
一応の宿主であるあたしのテンション、周囲の空気、こいつら自身のテンションで増減する様は、幼いころからひとつの幸せのバロメーターだった。
そっか、増えたってことはいいことなんだな。
…………って。
「……いやっ! 今のあたしが幸せだってのかよーっ!?」
ぽぽぽぽぽぽんっ!!
うわまた増えた!!
もはや天井を埋め尽くす勢いのケサランパサランにはいっそ笑うしかなかった。
仰向けに寝転がり、幸せをもたらす同居人の群れを見上げた。
23 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2019/04/16(火) 01:22:44.89 ID:fzUqSW1/0
「あ、でも、ああいうことはしなくていいんだぞ! クジで当たり取らせるとかさ!」
しゅん……
あ、ちょっと減った。
「だって、あたしがお前らをそういう目的で使ってるみたいだろ。あんなの無くたって、あたしんとこにいていいんだからなっ」
ぽぽんっ!
増えた。嬉しいみたいだ。
こういうやり取りも、12年も付き合っていればお馴染みのことだった。
「ははっ。……お前らに接するみたいに、あたしも素直になれたらいいんだけどな」
綿毛の雲はほわほわと空気の流れをなぞっている。
見上げているうちに眠くなってきた。日付が変わってもう結構経つ。
もだもだしてるうちに夜更かししちゃってたみたいだ。あたしは布団を被って電気を消した。
「……なーんて言ったって仕方ないよな。もう寝るよ。明日も頑張るぞ!」
目を閉じると、綿毛たちが髪の中に戻っていく。
そのやわらかな感触に包まれて、あたしは眠りに落ちていった。
24 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2019/04/16(火) 01:24:27.80 ID:fzUqSW1/0
◆◆◆◆
―― 日曜 ぴにゃこランド
P「ほほ〜」パシャパシャ
奈緒「なあ」
P「なるほどなるほど……」パシャパシャ
奈緒「おいっ」
P「ここはもう一枚……ん? どうした奈緒?」
奈緒「なんでさっきから写真撮りまくってんだよっ」
P「ああ、実は次のステージのセットは遊園地モチーフにしようって話があってな」
P「やっぱ本物の遊園地がどんなかはチェックしとかなきゃってさ。いやぁ助かったよ奈緒!」パシャシャー
奈緒「なんだよ、結局仕事かよ……」
P「このシリーズだいたい怪異の解決ばっかで仕事してる描写ほぼ無いから、たまにはな!!」
奈緒「切実だな!! てかメタ発言やめろよ!!」
P「ムッハッハ。――あ、奈緒そこ立ってくれるか?」
奈緒「え? ……は? あ、あたしも撮るのか!?」
P「これはプライベートなやつだから。ほらほらそこ立って」
奈緒「わっ、ちょっ……あ、あたしなんか撮ったって意味ないだろ!? あそこの着ぐるみとかでいいじゃんか!」
25 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2019/04/16(火) 01:26:16.21 ID:fzUqSW1/0
P「そう言うなよ。せっかく可愛い格好なんだから」
奈緒「かわッ」
P「それ、普段あんまり着ないタイプの服だよな。すごく似合ってるし、周りの風景にも合ってるからさ」
奈緒「か、かわ……かわ……」
P「ああ、もちろんここだけの秘密だ。みんなに言ったらからかわれちゃうしなぁ」ワハハ
奈緒「ひ、秘密……二人だけの……」
奈緒「わ……わかった。そういうことなら……」カチコチ
P「いやカタいな!?」
奈緒「しょ、しょ、しょうがないだろぉ……いきなりそんなこと言うからぁ……」
P「仕事の撮影でもそこまで緊張しないだろ……。よしわかった、俺がポージング指導をしてやる」
P「あ、すいませーん! 写真撮って欲しいんですけどー!」
奈緒「しかもツーショットかよ!!?」
P「お前一人じゃカチコチだろ。この際だ、仕事ってわけじゃなし、俺も一緒に映るから」
女の子「ええ、私で良ければ喜んで……」
奈緒「わ、わ、わ」
P「ほら肩の力抜いて、はいチーズ」
女の子「撮りますよ♪」パシャー
26 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2019/04/16(火) 01:27:43.74 ID:fzUqSW1/0
P「ありがとうございましたー!」
女の子「とんでもありません。では、友人を待たせているので……」
女の子「お互い、よきぴにゃ体験を……♪」グッ
P「ええ、よきぴにゃ体験を」グッ
P(……いやぴにゃ体験って何だ?)
奈緒「ほ、ほ、ほ、ほんとに撮っちゃったのか……あたしとアンタの、つ、つ」
P「ああ、これデータ。いるか?」
奈緒「いッ……………………る」
P「じゃ後で送るよ。いやでも、ほんと似合ってるぞ。普段も着ればいいのになぁ」
ぼふんっ!!!
P「髪のもふもふ度が爆増したーッ!!?」ガビーン
奈緒「なっなっなんでもない! なんでもないからっ!! ただの寝癖だこれはっ!!」モジャモジャ
P「時間差で炸裂する寝癖なんてある?」
奈緒「あるって言ったらあるんだっ!!」モファーッッ
奈緒(似合ってる似合ってる似合ってる似合ってるって似合ってるって)
奈緒(わ、やばい、どうしよあたし、わけわかんなくなってきた……! 落ち着け落ち着け落ち着け……っっ)
奈緒(……つ、ツーショット写真撮っちゃった……♪)
27 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2019/04/16(火) 01:32:13.25 ID:fzUqSW1/0
◆◆◆◆
加蓮「――あーあー、こちらエージェントK。エージェントR、聞こえますか?」
凛「聞こえてる」
加蓮「こちらは目標を確認しました。そちらのポイントから二人は見えますか?」
凛「見えてる。っていうか私、隣にいるじゃない」
加蓮「もー。凛ってばノリわるーい」
凛「いいのかなこんなことしてて」
加蓮「だって気になるでしょ? 奈緒とプロデューサーのお忍びデート!」
凛「まあ……。奈緒ってああいう服も着るんだね。ちょっと意外かも」
加蓮「かわいーよね〜♪ プロデューサーとデートで気合入ってるんでしょ?」
凛「……ねえ、加蓮」
加蓮「わかってるわかってる、口出したり後で弄ったりしないって! ちょっと見守るだけ!」
ジャアサイショハアレニノッテ…
ン? ダレカガコッチミテ…
加蓮「やばっ! 隠れて!」ササッ
凛「……気付かれた?」
加蓮「……セーフみたい。あっ、あっちに行っちゃいそう! 追いかけるよ!」
凛「本当にいいのかなぁ……」
凛(そういえば遊園地入るの、小学生低学年のとき以来かも……)
タタタッ……
28 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2019/04/16(火) 01:36:23.76 ID:fzUqSW1/0
◆◆◆◆
P「奈緒ってお化け屋敷とか平気なタイプ?」
奈緒「おばっ!? な、なんだよ急に……?」
P「ほらあそこ、『啓蒙! 青ざめた血の病棟 〜宇宙悪夢的恐怖をあなたに〜』って奴。あれ入ってみないか?」
奈緒「な、なんだよプロデューサーさん。ああいうの好きなタイプだったのか……?」
P「遊園地アトラクションがテーマならあっち方面のセットも確かめないとな! 小梅たちのステージに使えそうだ」パシャパシャ
奈緒「ふ、ふ〜〜〜ん……」
奈緒(定番のやつだ……『きゃあ怖い!』つって抱き着いちゃうやつ……マンガで読んだことあるぞ……!)
奈緒(や、やるか……? できるか、あたしに? 大体そんなことしてドン引きされたりしないかな……?)
P「もし怖かったら俺にしがみついてていいぞ、はっはっは」
奈緒「はぁっ!? だだだ誰が!」
P「遠慮するな、これでも肝は据わってるつもりだ」
P「こちとら高空からヒモ無しバンジーしたり幽体離脱したり拉致られたり狐屋敷に閉じ込められた男だ、今さらお化け屋敷なんて大した事ねーや」ワハハ
奈緒「説得力がえげつねぇ」
P「というわけで入るぞ! あぁ楽しみだなぁ!」ウキウキ
奈緒「まったく、頼もしいんだかそうでないんだか……。あ、中は写真撮影禁止だからな!」ワクワク
29 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2019/04/16(火) 01:37:10.68 ID:fzUqSW1/0
P「ぎゃあああああああああああああっ!!」
奈緒「ひょわぁぁぁああああああああっ!!」
P「あばばばばばばばばばばばばばばばば!!!」
奈緒「ひぃぃいいいいいいいいいいいい!!?」
P「アイエエエエエエエエーーーーーーーーーーッ!!!?」
奈緒「いやああああああああああああああああああっ!!!!」
30 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2019/04/16(火) 01:38:20.30 ID:fzUqSW1/0
P「」チーン
奈緒「」ポックリ
P「……は、は、発狂するかと思った……」
奈緒「人形……人形が喋った……」
P「なんなんだよあの目玉いっぱいの……」
奈緒「うぅっ……あの変な歌が耳から離れない……」
〜しばらくして〜
P「あれはまだ俺たちには早かったみたいだ」キリッ
奈緒「そうだな」キリッ
P「それにしても奈緒、悲鳴は結構乙女なんだな。『いやー』って(笑)」
奈緒「んなっ!? あ、アンタこそ情けなかったぞっ! 何が『お化け屋敷なんて大したことねーや』だぁ!」
P「なんだとぉ!?」
奈緒「やるかぁっ!?」
奈緒「……ぷふっ」
P「……ははっ」
奈緒「あーあ、叫びすぎて喉渇いちゃったな。なあ、飲み物買いにいかないか?」
P「お、いいな。よしおじさんが奢っちゃろう」
奈緒「おっ出たなおじさん。そんならお言葉に甘えようじゃんか!」
P「グリーンぴにゃこらスムージー(枝豆味)……」
奈緒「……ま、まあこれはいいかな……」
31 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2019/04/16(火) 01:39:51.77 ID:fzUqSW1/0
◆◆◆◆
加蓮「お。なんか雰囲気よさげ……?」ジー
加蓮「お化け屋敷入ったんだから『きゃあ怖い!』って抱き着くくらいはしたんだろーねー、奈緒〜……?」ジジー
凛「加蓮。ねえ加蓮」
加蓮「むむむ、距離が遠くて見えづら……えっ何?」
凛「あれ。昇天ぴにゃこらサイクロンコースター」
加蓮「……それが?」
凛「乗りたい」
加蓮「却下」
凛「!?」
加蓮「乗ってる時間ないでしょそんなの。ていうか私絶叫マシンとかムリだし! 気絶しちゃうし!」
凛「でも、乗った人にはもれなく昇天ぴにゃこら太お面がプレゼントされるって……」
加蓮「いらない! ほら、早く行かないと見失っちゃうじゃん!」
凛「昇天ぴにゃこらサイクロンコースター……」ショボン
32 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2019/04/16(火) 01:43:28.15 ID:fzUqSW1/0
◆◆◆◆
――なんだかんだで、普通に……いやすごく、楽しんだ。
ジェットコースター乗ったり、ウォーターライド乗ったり、フリーフォール乗ったり、コーヒーカップ回したり。
メリーゴーラウンド乗ったり、ゲームコーナーで遊んだり、観覧車…………はまだ早い気がするから無理として。
プロデューサーさんはアトラクションめぐりのついでに写真も増えてご満悦だった。
仕事の資料用と、プライベート用。藍子に教わって、結構カメラなんかも凝りだしたらしい。
あたしが映るのはみんなプライベート用で、一枚くらい新規衣装の参考にさせてもらえないか言われたけど、さすがにやめろって言った。
……恥ずかしいし。
「ほら奈緒、アイス買ってきたぞ」
「ん、さんきゅ」
ベンチから見る人の流れには、色んな顔があった。
親子連れ、つるんでる学生、遠足の子供たち、ぴにゃマニアっぽい人……と。
よく見るのは、やっぱり……カップル。
こういうとき定番の台詞がもう一つある。
あたしたち、どんな関係に見えてるのかな? ――だ。
33 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2019/04/16(火) 01:45:04.33 ID:fzUqSW1/0
さすがに言うのは憚られた。
この朴念仁のことだから「兄妹」とでも言うに決まってるし、万が一期待通りのことを言われたらそれこそどうしていいかわからない。
それに、今さらそんな試すようなことを言うのもちょっとヘンな感じがするし、だいいち恥ずいし。
そもそもこれ、いいのか? ファンの人にバレたりしないか? いつもと違う服だから気付かれないかな? あ〜なんか頭ん中ぐるぐるしてきた……。
「……ちべたっ」
「お?」
頬にアイスがついちゃってた。ついつい考え込んだせいだ。
「なんだ奈緒、ボーッとしてたのか? ちょっと待ってろハンカチあるから」
「え!? い、いいよぉ、その辺のトイレで拭くから……!」
「早くしないと垂れちゃうだろ。ほら顔こっち向けな」
「いいって――んぅ、んーっ」
結局されるがままだった。
あたしの頬を手早く拭って、プロデューサーさんは気の抜けたような笑みを見せた。
「こうしてるとあれだなぁ。まるで……」
「えっ? ま、まるで……!?」
「大きな娘か、妹がいるみたいだなって」
「ああはいはい、うん知ってた、あたし知ってたよアンタはそういう奴だ」
「何が!?」
予想通りというか、期待外れというか……。
いきなり白けたあたしに彼は戸惑うばかりで、だからなんか、怒る気もなくなった。
34 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2019/04/16(火) 01:46:20.90 ID:fzUqSW1/0
それに、たとえ誰にどう見られてたって……な。
「あ」
もわわんっ。
また髪がもふみを増した。ケサランパサランが増えたんだ。
両手で押さえてみたけど、やっぱり明らかにもふついていて、隣のプロデューサーさんが目を丸くしている。
「……なあ、それってやっぱ湿気が関係してるの?」
「いや……どっちかっていうと、気分かな」
「どういう体質だよ!」
「どういうのでもいいだろっ。その、なんだ……」
何よりも、こいつらには……自分の気持ちには嘘がつけない。
あたしは今、幸せなんだと思う。
「嬉しいとこうなるんだよ、ばかっ」
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